藤本美貴、人気の「ミキティ人生相談」のハズレ回――“働く一般女性”に対する想像力の欠如

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「だって、その人は周りの信用もないし、仕事も頑張れない人」藤本美貴
YouTubeチャンネル「ハロー!ミキティ」(4月26日)

 旬の果物、イチゴ。この季節、洋菓子店にはイチゴのタルトやロールケーキなど、イチゴを使った商品が盛りだくさんに並ぶ。しかし、だからといって、イチゴの商品しか取り扱わないという店はまずないだろう。なぜなら、シュークリームやプリンなど定番があるからこそ、旬の商品の価値が出るからだ。流行も定番も連動して共生しているわけで、これは人気商売の基本法則といえるのではないだろうか。

 芸能界にも同じようなところがあるように思う。テレビ局がコンプライアンスを強化し、「人を傷つけない穏やかなタレント」が重宝されて“旬の人”になっている現在、タレントにとっては“はっきり物を言うべきこと”さえも、高いリスクを伴うのかもしれない。

 バラエテイ番組を見ていると、出演者が「言っていいのかな」と前置きして発言することは、よくある。炎上させたくない、場を変な空気にしたくないという配慮なのかもしれないが、それではタレントの個性も出ないし、結果的に番組も盛り上がらない。やはり、ズバッと物を言うキャラというのは、いつの時代も必要とされる“定番”といえるだろう。

 今の時代、人を傷つけないのはマストとして、炎上を恐れて萎縮せず、ズバッと言うことは言うので爽快感がある――そんなキャラとして頭ひとつ抜き出た感じがあるのが、元モーニング娘・藤本美貴だ。

 夫はお笑いコンビ・品川庄司の庄司智春。国民的アイドルと芸人のカップルは、結婚した2009年当時こそ、「格差婚」といわれたものだが、現代では、男性が大黒柱になるべきと考える人は減っているだろうから、時代を先んじていたカップルといえる。

 そんな藤本は、自身にも夫にも不倫などの悪いうわさがなく、夫婦円満なようだし、3人のお子さんがいることから、子育てについての経験も豊富なだけに、彼女はかなり“引き出しが多い”タレントだと思う。

 芸能界のご意見番とも呼ばれるズバッと言う系のタレントは、マツコ・デラックスや和田アキ子、美川憲一など、それなりに人生経験があり、話の引き出しの多いタレントばかり。そう考えると、藤本にもその適性はありそうだ。一方、これまでのズバッと言う系タレントは、ビジュアルもキャラも濃く、「そのほうが、説得力が増す」とも考えられてきたように思うが、今の時代は、藤本のようなアイドル出身でナチュラルなビジュアルやキャラの人物のほうが、圧がなく、若者には受け入れやすいのかもしれない。

 藤本の考え方は、いつも“ズバッと明快”といえるだろう。2月22日放送『上田と女が吠える夜』(日本テレビ系)に出演した際、オアシズ・大久保佳代子が、“気になっている男性にアプローチできず、懊悩(おうのう)している”と明かすと、「自分のものにならないなら、嫌われてもよくない? だから、どんどん押せばいいのに」と明るく答えていた。

 おそらく、大久保サンがアプローチできないのは、相手が彼女を受け入れるかどうかの確信が持てないから。大久保サンが気にしているのは、相手の気持ち、もしくは相手から自分がどう見えているかという“評価”であるのに対し、藤本が見ているのは、自分の気持ちと未来ではないか。

 藤本は、今好きな人が、自分をどう見ているかはどうやったってわからないが、自分は相手のことが好きなのは確かなのだから、どんどん進めと言っているのだろう。他人にどう評価されるかより、自分がどう感じるかを優先するのが、藤本の基本的な人生観なのかもしれない。その背景には、必ず運命の人は現れる、明るい未来が待っているという彼女のポジティブな思考があるようにも感じるのだ。こうした前向きさもまた、人に愛されるゆえんなのだろう。

 しかし、タレントとして向かうところ敵なしに思える藤本にも、苦手な話題というものがあるようだ。藤本のYouTubeチャンネル「ハロー!ミキティ」の人気企画「ミキティ人生相談」に、こんなメールが寄せられた。

 26歳の女性が、子どもの体調不良、本人の体調不良を理由に、急に当日欠勤することが多い先輩の存在にモヤモヤしているという。突然休めば、その人の仕事を周囲がフォローすることになるが、「ありがとうございます」「申し訳ありません」などの一言があるわけでもないとのこと。

 藤本は「私は、その先輩はね、放っておいたらいいと思うんですよ」と回答。「というのも、相談者さんも思ってるように、周りも絶対に思っているはずだから、早く自分が仕事を頑張って、その人を抜き去っていけばいいと思う」と、例によって“他人を気にせず、己の道を行け”とアドバイスした。「だって、その人は周りの信用もないし、仕事も頑張れない人だし、ただ入った年数が先の先輩っていうだけであって、全然余裕で抜けるってこともあり得ると思う」と、相談者には仕事に集中することを勧めていたが、正直、私は違和感を覚えた。これは会社員経験のない藤本には難しい相談だったのかもしれない。

 芸能人やプロ野球選手のような個人事業主は、自分が頑張って結果を出せば、評価されるというシンプルなルールで活動している。どちらが先輩であるかよりも、どちらが“数字”を残しているかが問われるし、結果を出せばギャラも増えるだろう。

 しかし、会社員の場合、団体で仕事を回していくことが多いので、1人が抜けると確実に誰かに負担がかかる。一生懸命フォローしても残業代がつくぐらいで、特に賃金が増えることもなく、キャリアアップになるわけでもない。こうなると、「私、なんで人のために頑張っているんだろう」とモヤモヤする人が出てくるだろうし、それは、自分が仕事に集中するだけでは解消されないだろう。

 また藤本は、お子さん、もしくは本人の体調不良を理由に、急に仕事を休む人について、「その人は信用もないし、仕事もできないし」とズバッとコメントしていた。「自分の頑張りが、自分に反映される」という仕事の仕方は、言い方を変えると「結果がすべて」なので、そういうふうに捉えるのもしょうがない部分はあるだろうが、子どもを育てながら働く、一般の会社員側に立って考える“想像力”に欠けていると感じた。藤本は本人もお子さんも丈夫だったのかもしれないけれど、人によっては、出産後に体調が戻りにくかったり、お子さんが熱を出しやすかったりで、出産前と同じような働き方ができないこともあるのではないかと思う。

 だから、周囲が我慢せよと言いたいのではない。特定の社員が会社を休みがちなため、周囲に負担がかかっていることを解決するのは、上司の仕事だと思うのだ。そうしなければ、女性間の不公平感は解消されず、「子持ちは迷惑」という空気が出来上がってしまう。そうすると、子どもがほしくても「職場に迷惑をかけるから」と産みづらくなったり、出産後に、辞めたくもないのに仕事を辞める女性が出てくるだろう。この構造を打破しないと、女性は仕事を続けられなくなってしまう。

 人気の「ミキティ人生相談」には、こんなふうに芸能人的なものの考え方でズレた回答をしてしまう“ハズレ回”もある。しかし藤本は、おそらくそんなことを気にするような人ではないだろう。今後も世の中のモヤモヤをズバズバッとぶった斬っていただきたいものである。

紀子さま、眞子さんと佳子さまの結婚めぐり「子育てが間違っていた」と叩かれてしまうワケ

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「出雲大社を上回る家でないと」紀子さま
ニュースサイト「デイリー新潮」2023年4月16日配信

 野球の国・地域別対抗戦「第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の決勝戦がアメリカ・マイアミで行われ、日本代表「侍ジャパン」が、アメリカ代表を破って3大会ぶり3度目の優勝を果たした。テレビを見ない人が増えたと言われて久しいが、3月24日配信の「スポーツ報知」によると、決勝戦の平均世帯視聴率は平日午前8時に試合開始という悪条件でありながら42.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、その他日本戦も軒並み40%を超える高視聴率を記録したという。

 世界一の立役者、大谷翔平選手はエース兼主軸打者として活躍し、WBC史上初の投手部門、指名打者部門の2部門で、大会ベストナインに相当する「オールWBCチーム」に選ばれた上、MVPも受賞している。

 わが子を大谷選手のような素晴らしい人物にしたいと思う親は多いようで、講談社の配信するウェブマガジン「現代ビジネス」は「大谷翔平の両親が、我が子の前で『絶対にやらなかった』意外なこと」という記事を配信(3月21日)。同記事によると、大谷選手のご両親は、子どもの前で夫婦げんかをしないことなどを守ってきたという。

 両親の諍いが、子どもの脳に悪影響を与えることは、脳科学者で小児精神科医の友田明美氏の著作『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版)に詳しいが、ここで疑問が浮かぶ。それでは、わが子の前で夫婦げんかをしなければ、子どもはみな大谷選手のような偉大な人物になれるのか。残念ながら、答えはNOだろう。

 ちょっと冷静になれば気づきそうなものだが、どうしてこの手の記事が多くのPV・アクセス数を獲得しているかというと、それだけ子育てが難しいから、また多くの人が持っているバイアス(思い込み)が関係しているからではないか。

 心理学では、バイアスは「誰にでもあるもの」と定義づけている。バイアスは無数に存在するが、そのうちの一つに「信念バイアス」と呼ばれるものがある。これは「好ましい結果が出ると、そこに至る過程はすべて正しいとみなされるが、悪い結果が出てしまうと、そこまでのプロセスはすべて間違いとみなす」こと。もっというと、いい結果を出せばすべてが称賛されるが、悪い結果が出た場合は「ここも悪い、あそこも悪い」とバッシングが過熱してしまうわけだ。

 現代社会において、「悪い結果が出ると、すべてが間違っている」というマイナスの「信念バイアス」に晒されがちな立場に置かれているのは、女性皇族ではないだろうか。

 最近では、週刊誌による紀子さまバッシングをよく目にする。ニュースサイト「デイリー新潮」は「佳子さまに“同居拒否”を決意させた、紀子さまの“ひと言” 佳子さまのお相手について『出雲大社を上回る家でないと』」という記事を配信している(4月16日)。

 同記事によると、高円宮家の次女・典子さんは出雲大社の禰宜(当時)・千家国麿さんと結婚したが、秋篠宮家は筆頭宮家であることから、紀子さまは佳子さまの結婚相手に、それ以上の相手をお考えで、旧宮家の男系男子に興味を持っているとのこと。

 紀子さまが人柄よりも家柄を重んじるブランド主義かのようなネガティブな印象を受ける記事ではあるものの、仮に紀子さまがこれらの記事のような発言を本当になさったとしても、それはおかしいことではないと私は思う。女性皇族と一般人では、価値観や風習が相いれないことも多々あるだろう。その点、皇籍離脱した旧宮家の男性は、大きくいえば“親戚”なわけだから、そのあたりのカルチャーギャップが埋めやすいのではないか。

 それでは、なぜ紀子さまが口うるさい母親かのように書かれてしまうかというと、子育てにおいて、「悪い結果」が出たと、世間に見られているからだと思う。

 秋篠宮家の長女・眞子さんは、大学時代の同級生・小室圭さんと21年10月に結婚し、ニューヨークに移住した。小室さんは、3度目の挑戦でニューヨーク州の司法試験に合格。おそらく現在は、2人で自由な新婚生活を満喫しているだろうが、ここに至るまでの道のりは決して平たんではなかった。

 小室さんの母上の金銭トラブルの発覚や、法学部出身でない小室さんが、米フォーダム大のロースクールにすんなり留学したことで、「内親王の婚約者という立場を利用したのではないか」と疑う声が上がったりなど、国民が諸手を挙げての祝賀ムードとは言い難い状態だった。秋篠宮さまは「皇室としては類例をみない結婚」とコメントを発表されたが、結婚一時金を辞退したり、朝見の儀などの儀式を行わない内親王の結婚は、確かに前代未聞なのではないだろうか。

 このような状況が、国民に「悪い結果」と捉えられると、そのすべてのプロセス――つまりこれまでの子育てが間違っていたというバイアスが働き、特に母親である紀子さまが「しっかりしていないから」という理由でバッシングされやすくなるのだ。

 今はバッシングに晒されている紀子さまだが、一時は「理想の妃」とみなされていた。雅子さまは適応障害で長期の療養に入ったものの、紀子さまは精力的に公務をこなし、美智子さまや黒田清子さんとの関係も良好で、男のお子さまもご出産されたからだろう。

 反対にその頃は、雅子さまが週刊誌に散々な叩かれ方をしていた。雅子さまが適応障害を患った際、それは「悪い結果」として、国民に受け止められ、外務省出身で国際派である雅子さまは、伝統を重んじる皇室に合わないといった批判が噴出。さらに療養のために、オランダで天皇陛下と愛子さまと共に過ごされたときは、「公務はできないのに、遊びはできる」と書かれたし、登校を怖がる小学生の愛子さまのために、雅子さまがお付き添いになったときは「異様な親子」とバッシングされるなど、やはり行いすべてが間違っているという叩かれ方をしたものだ。

 うまくいかないとき、世間が冷たいのは常なのかもしれないが、芸能人は週刊誌の報道に意見があるときは、自分のSNSを使って訴えることができるし、バッシングされて注目が集まると“見せ場”を作ることもできる。しかし、皇室の方々はそういうお立場ではないので「書かれたら書かれっぱなし」「やられ損」でしかない。

 もっとも、宮内庁も手をこまねいているわけではない。広報室を設けて「皇室の方々の名誉を損なう出版物に対応する」と発表した。最近の週刊誌の皇室報道は明らかに行きすぎていると思うので、存分に腕を振るっていただきたいものだが、それでも、秋篠宮家は前途多難といえるのではないだろうか。というのも、このままでは、悠仁さまのお妃選びの難航が予想されるからだ。

 渡辺みどり氏の著作『美智子皇后の「いのちの旅」』(文春文庫)によると、上皇さまが皇太子時代のお妃選びはかなり難航し、上皇さま自身が“一生、結婚できないかもしれない”と悩まれた時期もあったという。

 当時、皇太子妃になるのは旧華族の令嬢と考えられていたが、彼女たちは皇室の重みや複雑さをよく知っているからこそ、自由を求めて次々に結婚していったそう。現在の天皇陛下も、雅子さまと出会われてから、実際のご成婚までには長い年月を要している。また美智子さまも雅子さまも皇室入りされてから、心身の不調に悩み、静養を経験されているが、それすらバッシングの対象になる。

 紀子さまはそこまでの体調不良は経験されておらず、その点での非難が受けていないものの、別方面のバッシングに晒され続けている。「女性セブン」2022年4月1日号(小学館)は、紀子さまについて、観察力がすさまじく、細かいことにまで気が回り、責任が強いために、時に職員を叱責することもあると報じているのだ。

 このように皇室のややこしさ、恐ろしさばかりが報道されれば、悠仁さまのお妃選びはさらに困難を極めるのではないか。そしてそのことによりバッシングの矛先が向かうのは、紀子さまにほかならないだろう。

 週刊誌の切り口というのは、テレビや新聞とは違った鋭さがあると思うが、超えてはいけない一線もあってしかるべき。マイナスの「信念バイアス」により、週刊誌報道が結果として皇室と国民を分断させてしまうのだとしたら、国家にとってこれ以上の悲劇はないと思う。

ジャガー横田夫・木下博勝氏の“さらけ出す子育て”の問題点――学校にとっては「要注意人物」でしかない?

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「他人様にしつけてもらったほうがいいと感じる部分がありました」ジャガー横田
(ニュースサイト「AERA dot.」4月12日配信インタビューより)

 今年1月、プロレスラー・ジャガー横田がYouTubeチャンネル「ジャガー横田ファミリーチャンネル」の閉鎖を宣言したが、2月末には更新を再開。こうなるだろうと予想していたものの、あまりに早い復活劇に、この一家の“SNS依存”を感じた人は多いのではないだろうか。

 ジャガーファミリーといえば、世間をイラつかせるネタを定期的に提供してくれることでも有名だ。

 ジャガーの夫である医師の木下博勝氏は、自身のインスタグラムで、高校2年生になった息子の大維志くんが、クラス委員に選ばれなかったために、「自分はクラスメートから嫌われている」と落ち込んでいたことを明かした。

 なぜ自分の息子が傷ついた出来事を、世間に公表する必要があるのだろうか。大維志くんがクラス委員に選ばれなかった理由はわからないが、この結果から推測して、「大維志くんは人望がない」と解釈してしまう人もいるかもしれない。父親が自分の子どもの評判を落とすようなことをなぜ喧伝するのか、理解に苦しむ。

 今回のことに限らず、大維志くんの高校受験の合否をすべて公開するなど、木下氏の“さらけ出す子育て”に違和感を覚え、イラつく人は多いと思うが、一方、ジャガーに対する世間の印象はどうだろう。 彼女は大維志くんの高校受験に関して、『バイキングMORE』(フジテレビ系)の取材を受け、合否を公表することに反対だと述べていた。そのため「良識がある」と捉える人もいるだろうが、ジャガーもちょっと“甘い”のではないだろうか。

 4月12日配信のニュースサイト「AERA dot.」のインタビューで、ジャガーは大維志くんの中学受験を振り返っていた。彼の中学受験は『スッキリ』(日本テレビ系)が密着していたため、記憶に残っている人も多いことだろう。見事、私立中学に合格したものの、親子で話し合い、公立中学に進学した大維志くん。高校受験をして、現在は長野県にある私立校で寮生活を送っている。お子さんと離れることに葛藤はあっただろうが、ジャガーは「他人様にしつけてもらったほうがいいと感じる部分がありました」と語っている。

 おそらく、この「他人様にしつけてもらう」というのは、親だとどうしても甘くなってしまうところがあるので、第三者の目線で子どもを指導してもらいたいという意味だろう。しかし、他人様にわが子を育ててもらうという時代は、すでに過ぎ去っているように思う。

 教師や学校が絶対的に正しく、子どもや親はそれに服従しなければならないという時代があった。例えば、教師や学校が、子どもに厳しい指導を行った場合、生徒のためを思った愛情ゆえという面もあるだろうが、明らかにその理屈ややり方がおかしかったとしても、子どもや親は言いなりにならざるを得なかったのだ。なぜなら、「教師や学校側を怒らせると、成績に影響が出るかもしれない」という懸念があったから。 その背景には、昔は子どもの数が多かったために、学校に「いれていただく」意識があったのだと思う。

 しかし、今は少子化が進み、子どもや親が学校を「選ぶ」ようになってきた。一般用語として定着した 「モンスターペアレンツ」が示す通り、過度の権利意識を持ち、学校側に自己中心的な要求をする親も存在する。学校側が理不尽な行為を働こうものなら、SNSで告発することもできる。こうなると、特に私立校は、生徒を“お客さま”とみなして、「愛情をもって厳しく接する」よりも、「卒業まで、大過なく過ごしてもらう」ことを目指すようになっているのではないだろうか。その点で、ジャガーの「他人様にしつけてもらう」という考えは、見通しが甘い気がするのだ。

 またジャガーは、教師や学校側が、木下氏をどう捉えているかについても考えが及んでいないと思う。

 クラス委員になれなかった大維志くんは、校長先生に面談を申し込み、いろいろと話を聞いてもらったそうだ。なぜ校長先生と面談する必要があるのか、私には理解できないが、木下氏はインスタグラムで「何て良い学校なんでしょう、校長先生の寛大さに涙が出ます。でも、良く校長先生とさしで話し合いるな~と感心したりするのは親バカでしょうか。(笑)」 と満足そうに語り、校長先生や学校、そして何よりわが子の勇気を褒め称えていた。

 しかし、もし校長先生の都合が合わず、面談がかなわなかったら、どうなっていたのだろうか。“さらけ出す子育て” を実践する木下氏は、インスタグラムに「校長先生に面談を申し入れたが、断られた」と書いてしまう可能性があり、その場合、「あそこの校長は生徒に冷たい、面倒見が悪い」と学校のイメージダウンにつながっていたかもしれない 。学校側から見ると、木下氏のように何でも公表してしまう親は、“要注意人物”でしかないとも思えてしまう 。

 大維志くんのためを思って厳しく指導したとしても、ハラスメントや横暴と受け止められ、有名人の父親のSNSで拡散される可能性がある――そう考えると、周囲の大人は「触らぬ神に祟りなし」とばかりに、表面的には和やかに、けれど、警戒心を持って大維志くんに接するようになるのではないか。もし実際にそういう状態にあるならば、ジャガーの望む「他人様のしつけ」はあまり期待できないだろう。

 私には、有名人の夫となり、テレビに出ることで承認欲求を満たしてきた木下氏だが、肥大化する欲求を抑制できず、 今度はYouTubeチャンネルやインスタグラムに活路を見いだし、大維志くんをネタにしているように見えて、気の毒になってしまう。しかしジャガーのインタビュー記事によれば、大維志くんは海外の大学に進学を希望しているとのこと。さすがに海外まで行けば、父親も“さらけ出す育児”を 、そう簡単に実践できないだろう。大維志くんもいろいろ大変だろうが、夢をかなえるため、今ある環境を信じて、しっかり勉学に励んでいただきたいものだ。

『アメトーーク!』野田クリスタルが先輩に可愛がってもらえない本当の理由とは?

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「行くか!」マヂカルラブリー・野田クリスタル
『アメトーーク!』(3月30日、テレビ朝日系)

 3月30日放送の『アメトーーク!』(テレビ朝日系)のテーマは「先輩に可愛がってもらえない芸人」。これは2011年に、麒麟・川島明の発案で行われた企画だが、メンバーチェンジをしての第2弾ということらしい。

 「これって、今の時代に大丈夫なのだろうか」というのが、私の最初の感想だった。

 前回の「先輩に可愛がってもらえない芸人」には、その下敷きとなるような「たいこ持ち芸人」(08年放送)という企画があった。同回に出演した芸人たちは、必死になってネタを作るより、先輩に可愛がってもらうほうが早く売れると考え、カラオケなどで先輩を喜ばせるテクニックを披露していた。

 つまり「先輩に可愛がってもらえない芸人」には、“それゆえに売れるチャンスを逃している”というニュアンスが含まれているように思うのだが、それは一歩間違うと「芸人として成功するためには、先輩の誘いは絶対に断れない、先輩の言うことは絶対」ということにつながり、今の若者にはハラスメントを正当化しているように感じられるのではないか。

 また、10年以上前であれば、芸人が「先輩に可愛がってもらえない」とボヤくことは、自虐的で面白かったかもしれないが、現代の若者には、「でも『アメトーーク!』に出られるくらい売れてるじゃん」と冷めた目で見られてしまうように思う。そのため、今回の企画は、失敗するのではと思って番組を見ていたが、結果から言うと、非常に今っぽくて面白かった。

 芸人たちは、なぜ先輩に可愛がってもらえないかを自己分析する。パンサー・菅良太郎は「圧倒的に可愛げがない」、マヂカルラブリー・野田クリスタルは「芸歴の前半がトガりすぎてた」「仕事終わって飲みに行って、オンナ呼ぶみたいな、ああいう流れがつまんねーなと思ってて」と、先輩に自らなじもうとしなかった時代があったと告白していた。

 その後、実際に先輩芸人のFUJIWARA・藤本敏史(フジモン)から、控室で飲みに誘われた際、彼らがどういった対応をするかを検証するVTRが流されたが、それを見ていると、なんとなく「誘われない理由」がわかった気がする。

 菅は、フジモンに「メシ行こうってなったのに、全然言ってこない」と言われた際、「あ、自分から(誘うべき)?」と敬語を使わずに返答。また「菅は俺と飲んでいて、楽しいんかな?」と聞かれると、「そりゃ、もうゲラで」と答えていたが、これはフジモンが求めている返しではないと思う。

 おそらく、後輩を食事に誘う先輩は、後輩から「ぜひ食事をご一緒したい」「先輩と飲むのは楽しいです」というような尊敬の念を含んだ素直な言葉を期待しているのではないか。菅はそういう可愛げのある言葉を発しないので、フジモンの誘いに迷惑しているようにも見える。これでは、先輩が「誘うのは控えよう」と思ってしまうだろう。

 一方の野田も、なかなか面倒だと思う。フジモンから「飲みに行く?」と誘われても、「行くか!」と一度断った後、「ちょっと2人は(ダメ)」「今日はダメで」と、かなりはっきり断っていた。本当に予定があったのかもしれないが、あの話の持って行き方では「とにかく、フジモンと飲みに行きたくないため、適当に答えている」と受け止められる可能性があり、やはり先輩は尻込みすると思う。

 野田といえば、筋トレをしていることを公言している。野田自身は、マッチョ化することで可愛げが出て、先輩に誘われやすくなると思ったそうだが、麒麟・川島に「マッチョは(食べる物に制限があるから)メシに連れて行きにくい」と言われていた。野田は「唐揚げとか全然大丈夫」と反論するものの、実際に食べるのかというと「食べない時もある」と明かしている。川島から「それがつまらない」と指摘されると、野田は「それは仕方ないじゃないですか」と言い返していた。つまり野田は「先輩に誘われたい」というものの、だからといって、先輩に全部合わせて、食べたくないものでも食べるというように、自分を曲げることはしたくないわけだ。

 こうした菅や野田のスタンスは、きょうびのテレビ的に非常によかったのではないだろうか。

 もし菅と野田の2人が、心から先輩に誘われたいと願い、礼儀や受け答えなどもきちんとしているのに誘われないのだとしたら、先輩が後輩をいじめている、もしくは2人が嫌われ者のように見えてしまうかもしれない。

 けれど、菅や野田は「口では誘われたいと言っているけれど、本当は誘われたくないかのように思えるような態度を取る」のだから、先輩に誘われないことは実はラッキーなわけで、番組がハラスメントを正当化しているような印象は一切受けなかった。むしろ、先輩からの誘いを面倒だと感じている若い世代の視聴者は、先輩を前にしても、おべっかを使わない菅、自分の意見を曲げない野田を見て、「よくやった」と溜飲を下げたのではないだろうか。

 今回の出演メンバー、総じてちょっとクセがあるというか、先輩の下手に出て、可愛げある後輩を演じることに抵抗があるメンバーのように、私には見えた。しかし、今や先輩に媚びて仕事をもらう時代でもないだろう。無理に先輩に合わせず、自分の道を突き進んでほしい。

竹内由恵アナ、三浦瑠璃氏に通ずる視聴者を“イライラさせる”という才能

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「天然で」竹内由恵アナ
『あちこちオードリー』(3月22日、テレビ東京系)

 20代の頃は局アナとして名前を売って人気を獲得し、やがて寿退社。 その後はフリーに転身して、家庭とのバランスを取りながら仕事を行う。女子アナがそんな生き方をしている時代があった。

 結婚すれば、夫の稼ぎもあるため、毎日テレビに出るようなあくせくした働き方をする必要はなくなり、ある程度自由に仕事ができるようになる。 高い知名度ゆえに講演会を頼まれたり、女性誌から連載を依頼され、夫婦関係や子育てについて書くなど、これまでとは違った仕事も増えるだろう。特に後者は、新たなファン層を獲得することにもつながり、仕事の幅を広げるチャンスになる。

 しかし、もはや、この“売り方”は現在、ほとんど実行不可能といえるだろう。まず、テレビを見る人が少なくなっているので、誰もが知っている“人気女子アナ”が育ちにくい。そうなると、マスコミも彼女たちを扱わなくなり、世間の女子アナへの注目度自体が低くなってしまう。女性誌も休刊が相次いでいるため、テレビから女性誌へという“異動”も難しくなっている。そんな女子アナ受難の時代にフリーになると、どうしても苦労ばかりが予想されるものだ。

 3月22日放送の『あちこちオードリー』(テレビ東京系)に出演した元テレビ朝日のエースアナ・竹内由恵。医師と結婚しテレ朝を退社。夫の勤務地・静岡に移住した竹内アナは、フリーとなり、肩書をアナウンサーからタレントへと改めたそうだ。

 「できるだけバラエティ番組に呼んでいただきたい」という竹内アナは、同番組のアンケートを3回書き直し、マネジャー陣と1時間くらい打ち合わせをしたという。加えて共演者のラジオ、YouTubeチャンネル、有料配信サイトもチェックするなど、“勉強”を怠らない。

 竹内アナいわく「テレビはできる人、面白い人、頑張る人でできている」とのことで、「自分は(できる人、面白い人の)どっちでもないな」と思ったため、「頑張る人って枠もあると思う」という結論に至ったそうだ。体を張るロケも辞さないといい、ローションまみれになる仕事もOKと話していた。

 芸能界で生き残りたいという意気込みをひしひしと感じたが、肩書はアナウンサーのままでいったほうがいいのではないだろうか。なぜなら、超狭き門であるキー局アナウンサー出身者はごく少数である一方、タレントは無数にいる。自分の肩書をタレントにすると、その分、ライバルも一気に増えてしまうからだ。「元局アナの中で一番できる人、 面白い人」を目指すほうが、トップを獲りやすいのではないか。

 それに、竹内アナや周りの人は、彼女の大いなる才能に気づいていないように思う。

 時代によって、タレント に求められるものは違ってくるが、今の時代、人をいかに“イライラさせるか”が重要視されていると感じる。視聴者は人をイライラさせるタレントに引き寄せられ、そのイライラをネットに書き込む。すると次第に「あの人は人をイライラさせるらしい」と話題になっていく。今は、こうして人気者が生まれる時代のように思うのだ。その代表格は、国際政治学者・三浦瑠麗氏ではないだろうか。

 三浦氏の発言を一言で表すなら「根拠なく、自信たっぷり」といえる。『ワイドナショー』(フジテレビ系)が、アンジャッシュ・渡部建のテレビ復帰が進まないという話題を扱った際、三浦氏は「自分の傷つきを他人に投影するの、よくない」とコメントしていた。

 まわりくどい、わかりにくい言い方をするのも三浦氏の特徴だが、私はこの発言を「夫に不倫された妻が、渡部のスキャンダルをきっかけにそのとき受けた屈辱と心の傷を 思い出し、だから『許さない』と怒っている」と解釈した。しかし、渡部の復帰がうまくいかないのは、世の不倫された妻のせいではなく、スポンサーの許可が下りないからではないだろうか。

 正面切って渡部を擁護する人がいないので、三浦氏があえてそちら側に回った可能性は否めないものの、「世の不倫された妻のせいで、渡部が復帰できない」と言わんばかりの発言に「違いますけど?」とイライラした人もいたはずだ。

 また三浦氏は、安倍晋三元首相の国葬の際、シースルーのスケスケ喪服を着て話題になったが、国葬という歴史的な行事に、人をイライラさせる要素をぶっこんでくるのが三浦氏のすごいところといえるだろう。

 三浦氏ほどではないが、竹内アナも割と人をイラッとさせることが多い。現在、静岡在住の竹内アナが、2022年5月26日放送の『上田と女が吠える夜』(日本テレビ系)に出演した際のこと。「静岡から番組があると東京に来させてもらって、子どももいるので、なかなか今までのようには仕事ができないと知人に相談したら、『そんなことない、都落ちだなんて思わないで』って言ってきたんですよ。思ってねーし」と発言していた。

 しかし、別の話題の際には「伊勢丹で服を買って配送依頼書を書く際に、住所書こうと思ったんですけど、静岡県って書くのが、なんかちょっと、一瞬ためらいました」と 話し、同番組司会の上田晋也に「都落ちだと思ってんじゃねーか」とツッコまれていたのだ。

 「静岡に住んでいることは恥ずかしい」いう気持ちが垣間見える言い方には、やはりイライラさせられるが、彼女の秀逸なところは、それが“ほどよい”イライラである点ではないだろうか。

 一昔前のバラエティ番組は、今よりもっと毒のある発言が求められていたと思う。例えば、「都落ちだと思わないで」と言ってきた知人に対し、「お前なんて〇〇に住んでいるくせに」と言い返すくらいの過激さが必要だったが、 今の時代、ここまで言うと、静岡だけでなく、〇〇に住んでいる人もコケにしたことになり、竹内アナの敵が多くなりすぎてしまうのだ。その点、「思ってねーし」で留めた竹内アナは、視聴者に“ほどよい”イライラを与えたのではないか。

 『あちこちオードリー』で竹内アナは、学生時代の自分のことを「たまに言う一言でクラス全員が笑ったり」「(狙って笑わせたわけではなく)天然で」と分析していた。彼女は天然ゆえに人をイライラさせるけれど、だからこそ、後味がそう悪くならず、彼女自身も叩かれすぎないという稀有な才能を持っているような気がする。この能力を生かさない手はないだろう。

 過激さが敬遠される一方、それでもある程度、悪役や憎まれ役が必要であるバラエティ番組において、竹内アナの“ほどよい”イライラは、「いいネタを提供した、いい仕事をした」と評価されるように思うのだ。

 なお竹内アナは、『あちこちオードリー』放送後から約1週間後の3月28日に、第2子妊娠を発表した。もしローションぬるぬる仕事なんてやっていたら、おなかの子どもにどんな悪影響があるかわからず、番組に苦情が殺到することだろう。当分、体を張る仕事はあきらめて、天然ボケならぬ天然イライラを極めていただきたいものだ。

ハライチ・岩井勇気、「女優との結婚はステイタス」という価値観の全否定に思うこと

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「嫌だもん、芸能人と付き合ったりするの」ハライチ・岩井勇気
『ぽかぽか』(3月21日、フジテレビ系)

 芸能人や有名人の結婚相手というのは、“時代を映す鏡”といえるのではないだろうか。

 例えば、2021年に離婚したが、とんねるず・石橋貴明が女優・鈴木保奈美と結婚し、記者会見を開いたときのこと。男性リポーターから「とんねるずは2人とも、美人女優と結婚してうらやましい」という意味のコメントがあった(石橋の相方・木梨憲武の妻は女優・安田成美である)。

 男性お笑いタレントにとって、“美人女優”との結婚はステイタスを上げる“モノ”であるというニュアンスが込められた発言だけに、今なら炎上してもおかしくない。なぜ、このようなコメントがなされたかというと、当時、女優というのは実業家、俳優、プロデューサーの男性と結婚することが多く、人気女優と男性お笑いタレントというカップルがほとんどいなかったからではないかと思う。

 男性お笑いタレントが人気を博し活躍するようになると、彼らをMCに起用する番組が増えていく。その番組が高視聴率を記録すれば、彼らの番組に出たいと思う芸能人が増え、男性お笑いタレントの影響力および地位が向上していく。人気番組には、それにふさわしい人気アイドルや女子アナ、有名女優が出演することになるので、必然的に出会いの機会も増える。

 そうすると、とんねるずのように、これまであまり接点がないように思われた“美人女優”とゴールインする者が現れ、それがいつしか男性お笑いタレントのステイタスのようになっていったのだろう。

 実際、モテ男として知られ、13年に元モデルの一般女性と結婚したロンドンブーツ1号2号の田村淳は、独身時代に若槻千夏らバラエティアイドルとも浮名を流したが、ある番組で「女優と結婚したい」と発言していた。「女優の〇〇さんと結婚したい」ではなく、「女優」とまず職業を口にするあたり、当時の彼にとって女優を妻にすることがステイタスだったことがわかる。

 ほかにも、オードリー・若林正恭は、2017年12月24日放送のラジオ番組『第43回ラジオ・チャリティ・ミュージックソン』(ニッポン放送)内において、南海キャンディーズ・山里亮太について、「女子アナやモデルと結婚しようとしている節がある」「『ここまで来たら、一軍と結婚するしかないだろ』と叫んでいた」と暴露していた。そんな山里は、実際に女優・蒼井優と結婚している(そういう若林も、翌年元日に女優・南沢奈央との交際が報じられたものの、同年9月に破局している)。

 トロフィーワイフという言葉があるが、人からうらやましがられる女性と結婚することが、男性お笑いタレントにとって「売れた証拠」になるのかもしれない。

 3月21日放送『ぽかぽか』(フジテレビ系)に出演したお笑いコンビ・さらば青春の光・森田哲矢もそういった価値観であるらしい。「誰しもが、女優さんとか行きたくて、この世界入っている」と女優との結婚を夢見ていることを明かしていた。

 しかし、同番組司会のハライチ・岩井勇気は、「俺はまったく(そんな気持ちは)ないよ」「嫌だもん、だって俺、芸能人と付き合ったりするの。自意識高そうで」と全否定。女優をはじめ女性タレントとは「あえて結婚しない」という発言は、女性を男性の地位向上の道具とみなしていないという点で、今どきの視聴者にウケるのかもしれない。一方で、岩井の価値観は、時代とともに、タレントを取り巻く環境が変わったからこそのものと私には感じられる。

 2016年、「週刊文春」(文藝春秋)がベッキーの不倫を報じ、“数字”を稼ぐようになると、この流れにほかの週刊誌も追随するようになり、ワイドショーや情報番組が芸能人の不倫を追いかけるようになった。その時に面白いと思ったのが、『バイキング』(フジテレビ系)に出演していた司会の坂上忍が「芸能人同士で結婚するなら、不倫をしてはいけない」と言っていたことだ。

 芸能人だけでなく、既婚者の不倫は総じてよろしくないことだが、坂上のこの発言には理由がある。

 男性芸能人が不倫をしたとして、妻が一般人の場合、マスコミは原則妻を追わない。しかし、妻も芸能人の場合、マスコミは妻にもコメントを求めるし、それを無視するわけにもいかないだろう。場合によっては妻のイメージが低下して、仕事に差し障りが出てしまうかもしれない。つまり、自分と相手の事務所をも巻き込んだ大トラブルになりかねないわけで、芸能人と結婚するのなら、不倫はしないと腹をくくるべきだと持論を述べていた。

 女優など女性芸能人と結婚することは、男性芸能人にとってステイタスなのかもしれない。しかし、コンプライアンスが強化されている現代の芸能界で、女性芸能人を妻にすると、妻の顔が売れている分、面倒なことが起こりかねない……実際に岩井がそこまで思っているかは不明だが、一時期に比べ、芸人の妻が“一般人”であるケースが増えているのは、どこか示唆的ではないだろうか。

 千原ジュニア、ナインティナイン・岡村隆史、ノンスタイル・井上裕介、そして先に触れた若林は、だいぶ年下の一般女性と結婚している。彼らは番組で「うちの奥さんが」と妻の話をすることがあるが、こういう家庭の話は今時の視聴者が最も親近感を抱きやすいネタだし、妻は一般人で、表に出ない職業であるからこそ、ある程度好きに話せるのだろう。

 岩井も今のところ、女優をはじめ女性芸能人との結婚はまったく頭にないのかもしれない(過去には結婚願望がゼロとも語っていたそうだ)。それは確かに今の時代、賢い判断だろうが、恋愛や結婚というのは縁でするものだ。「思っていたのと違う」結果になるほうが面白いよとも申し上げたい。

平野レミは、デキるビジネスウーマン――ただの天真爛漫な人ではないと思うワケ

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「だから、なんだって? なんだって?」平野レミ
『ぽかぽか』(3月9日、フジテレビ系)

 “天真爛漫な人”というのは、テレビと相性がいい。予定調和ばかりの番組だと視聴者は飽きてしまうが、こういうキャラが1人いると、いい意味で番組が引っかき回されて、アクセントになる。

 中でも料理愛好家・平野レミは、“ザ・天真爛漫キャラ”といえるのではないだろうか。番組で料理を作る場合、一般的には、正しい手順、正しい分量、正しい方法 が重んじられるが、レミは違う。3月9日放送の『ぽかぽか』(フジテレビ系)では、レミが過去、番組の料理コーナーで、太めのパスタの束をひざで割る、トマトを包丁で切らずに手でにぎり潰すなどの“荒業”を披露したことが紹介された。

 料理だけでなく、私生活でも天真爛漫ぶりを発揮するレミ。 家に空き巣が入ったとき、警察が現場検証に来たが、レミが動き回るので犯人の足跡が消えてしまったなど、ユーモラスなエピソードには事欠かない。『ぽかぽか』で、ほんの少し前に話していたことを忘れてしまい、「だから、なんだって? なんだって?」と聞き返していたところを見るに、天真爛漫はテレビ向けのキャラなどではなく、彼女の性格そのものなのだろう。

 そんなレミを、天真爛漫を通り越して、“適当すぎる人”と見る人もいるかもしれない。けれど、私には、本当に好き勝手にやっている部分もあるが、一方ですごく“緻密で真面目”、かつ“デキる人” なのではないかと思えてならない。

 レミが生み出したヒット商品といえば、「レミパン」。『おしゃべりオジサンとヤバイ女』(テレビ東京系)に、レミが次男の嫁で料理家・和田明日香とゲスト出演した際、例によって自由に動き回っていたが、千原ジュニアは「本当にがさつなら、レミパンを作ることはできない」といった意味の発言をしていた。

 確かにレミパンユーザーの私も同意見だ。実際に使ってみるとわかるが、細部にまで心配りがあると感じる。明日香もレミについて「レシピに関しては、すごく細かい」と言っており、それはプロとして当然ではあるものの、細かなところまで手を抜かない真面目さがあるからこそ 、専門的な料理の勉強をしたわけではないのに、今 の地位を築くことができたのではないだろうか。

 また、自由に振る舞っているように見えるレミだが、押さえなければいけないポイント を心得ている人なのではないかと思う。それは「忘れてはいけないことは、忘れない」という彼女の性質に関係しているのではないか。

 上述した通り、レミはちょっと前に話したことを忘れてしまう。しかし、毎年タケノコを送ってくれる京都のお寺のことは忘れずに、テレビできちんと固有名詞を出す。寺は宣伝してもらうことを期待して、レミに贈り物を送っているわけではないと思うが、悪い気はしないだろう。忘れていいことは忘れるが、良くしてくれた相手へのお礼など、忘れてはいけないことは絶対に忘れないのがレミなのである。

 レミは芸能活動をする息子の妻たちへの気遣いも忘れない。長男であるTRICERATOPSのボーカル・和田唄の妻は女優・上野樹里 だが、レミは『ぽかぽか』内で、何の脈絡もなく、ネックレスに触れながら、「あ、これ、樹里ちゃんにもらっちゃった」「樹里ちゃんってうちの嫁」と息子の妻の名前を口にした。言葉こそ短いものの、姑に気を使う上野の優しさと、関係性の良さをうまくアピールしたといえる。

 一方、この日のレミの衣装は上下デニムであり、「次男のほう(の嫁)は、和田明日香。料理やってんの。それがジーンズのプロデュースやってるんだって」と説明していた。有名人であるレミが、テレビで商品を着用すれば、宣伝効果は絶大だろう。

 独特の口調に騙されてしまうけれど、レミは周りへの心遣いを忘れず、 押さえなければいけないポイントをしっかり押さえる―― そんなデキるビジネスウーマンのような人だと思う。

 加えてレミは、ただ単に天真爛漫というわけではなく、その本質はむしろ繊細なのではないかと思うことがある。レミが夫でイラストレーターの和田誠さんの話をするときだ。和田さんは2019年に亡くなったから、4年近い月日が過ぎようとしている。レミは常に明るく振る舞っている が、まだ悲しみは癒えていないようだ。

 『ぽかぽか』で、「何度生まれ変わっても、和田さんと結婚する」と語ったレミ。「今度はさ、あたしが先に死んで、それでこの悲しみ、会いたさ、つらさを和田さんに味わってもらってリベンジする」と笑っていたが、それはレミが今なおどれだけつらいかを物語っているし、彼女がちょっと泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。

 いろいろな番組でレミは、和田さんは料理愛好家・レミの産みの親であり、最大の応援者であったと話している。彼女の見る者を引き付ける天真爛漫さは、和田さんという精神的な支柱を得たおかげで開花したものなのかもしれない。

 

中田敦彦がテレビを面白くすると思うワケ――「誇大妄想的な一面を隠し切れない」彼の魅力

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「会社と揉めたところはデカいと思いますよ」オリエンタルラジオ・中田敦彦
『あちこちオードリー 「番組Pおすすめ回!」』(TVer)

 TVerの『あちこちオードリー 「番組Pおすすめ回!」』を見た。これはその名の通り、番組のプロデューサーが“推す”回で、2022年10月26日オンエア分の再放送である。ゲストはオリエンタルラジオ・中田敦彦だったが、テレビに出ている彼を久しぶりに見た気がする。

 中田の芸能人生は、起伏に富んでいる。2005年にデビューし、芸歴3年目でゴールデン冠番組を3本持つなど大ブレークしたオリエンタルラジオ。しかし、勢いは続かず、09年には冠番組がすべて終了してしまう。

 しかし、14年に結成したダンス&ボーカルグループ・RADIO FISHの楽曲 「PERFECT HUMAN」が16年に大ヒットし、『NHK紅白歌合戦』にも出場。さらに19年には自身のYouTubeチャンネルがスタートして人気を博す。その後、20年にはテレビから“卒業”することを宣言。同年中に所属事務所の吉本興業を退所し、家族とシンガポールに移住した。

 レギュラー番組や冠番組が多いほど“売れっ子”とされる風潮がある芸能界で、自らテレビを去った中田を「既存の価値観に縛られない、新しい人」だと見る人もいるだろう。しかし、同番組を見ると、案外古いタイプであることがわかる。

 中田はもともとテレビの世界を去るつもりはなく、MCを目指して一生懸命やってきたと言う。そのため、人気が急落したときは、韓国に行って手相の整形手術をするなど、体を張ることを厭わず、制作陣の言うことも全部聞いた。それもこれも「絶対に冠番組を取りたい、MCになりたい」という気持ちからだった。

 しかし、『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)で、中田がMCを務める特番『中田歴史塾』をやった際、結果を残せず。 「MCになりたくてしょうがない奴なのに、なれないんだ」と心が折れ、燃え尽きてしまったのだそう。もし特番で結果を残し、MCになれていたら、テレビの世界にいただろうとも振り返っていた。

 思うように行かない焦りから「会社と揉めたところはデカいと思いますよ」「揉めちゃいけない揉め方ってある」「これはテレビには戻れないな」と、テレビからの撤退は後ろ向きなものだったとも語っていた中田。こういう話を聞くと、彼の印象は“新しい人”ではなく、テレビに固執する古いタイプの人に思えてくる。

 また、中田いわく、YouTubeチャンネルも先見の明があって始めたわけではなく、「絶望のふちでギリやった」ことだそうだ。それが今や登録者数500万人超えの人気チャンネルになっているわけだから、やはり中田は“持っている”と言えるのだろうが、中田が独特の“もろさ”を持っていることにも気づかされる。

 同番組司会のオードリー・若林正恭に「たまに劣等感を口にするじゃない?」と指摘されると、中田はそれを認め、「東大に入って当たり前の高校から、ドロップアウトして慶應に入ってる」と、大学受験の“失敗”による劣等感を持っていると告白。若林が「そんな世界があるの?」と驚くと、中田は「あるんですよ。東大以外は大学じゃないって俺、言ってましたから」と説明した。

 例えば、東大に合格した人が、その誇らしさから「東大以外は大学じゃない」と言うならわかるが、中田はまだ受かっていないのに、受かった人のような物言いをしてしまっている。これはまさに彼の特徴ではないだろうか。

 中田はMCの話が来なかったことで心が折れ、その焦りから会社と揉めてしまったと言っていたが、MCになれなかったのは、中田の実力が及ばなかったとは言い切れない。オファーがあって成立する仕事は、タイミングも重要な要素なので、もうちょっと待っていたら、声がかかっていた可能性は否定できない。

 けれど、「まだ手にしていないものを、手にした気分で物を言う」 メンタリティの人の場合、「これだけできるのに」「どうしてオレにMCの話が来ないのか」とキレやすくなり、周囲と修復不可能な揉め事を起こしてしまうのではないだろうか。

 一般人がそんなことをしていたら「ちょっと落ち着こうか」と声をかけたいところだが、中田の場合、これが最大の魅力だと思うのだ。

 研究熱心で何でも小器用にこなし、その結果、すぐに天狗になるが、自己評価と現実が折り合わず、がっくりきて劣等感を募らす――売れていても謙虚に振る舞う芸能人が多い中、誇大妄想的な部分を隠さない中田がテレビにいたら、面白い気もする。加えて、先に指摘した新しいタイプの人に見せかけて、実は古いタイプの人というギャップも、視聴者に面白く映るのではないか。

 人の話を聞くのが好きではないようだから、MCには向かないかもしれないけれど、時々テレビに出てほしいと思うのは、私だけではないはずだ。

瀬戸内寂聴先生に通ずる、YOUのニュー・サバサバスタイル

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「自分が何かヒマになる」YOU
『上田と女が吠える夜』(2月22日、日本テレビ系)

 バラエティ番組に出演する芸能人は、場を盛り上げるエピソードトークを披露するのがお仕事と言っていいだろう。人とカブらない、面白いエピソードができたら、番組制作者にも視聴者にも強い印象を与えられる。しかし、今の時代は面白い話をするだけではダメで、違うワザも必要なのではないかと、2月22日放送の『上田と女が吠える夜』(日本テレビ系)を見て思った。

 今回のテーマは「悩み相談されがちな女が吠える夜」。悩み相談に乗ったのにモヤモヤしたことがあるか、一般の女性に尋ねると“こっちとこっち、どっちがいいと聞かれ、アドバイスしたのに、(相手が)違うほうを選んだ”とか“彼氏がクズで、絶対別れたほうがいいと自分でわかっていて相談してきているのに、結局別れない”といった答えが返ってきた。誰にとっても一度くらい経験のある話でつい笑ってしまうが、番組の出演者は、その上をいく面白い話を披露しなければならない。

 若槻千夏は、“指原莉乃に仕事の相談をされ、真面目に答えたところ、指原が携帯をいじりだし、覗いてみたらアプリで自分のほうれい線を消していた”と、双方のイメージダウンにならない程度に、ちょうどよく指原をイジッてみせた。ヒコロヒーは“オジサンと交際する女友達に「銀座の高い店連れて行かれて、イヤやってん」と相談され、自分は彼氏と鳥貴族に行っていると話すと「めっちゃいいやん」と言われた”と、相談に見せかけてマウントを取ってくる女の具体例を挙げ、スタジオを盛り上げた。

 これもまた、「こういう人いるよな」と笑えるが、エピソードトークがある一線を越えると、番組の雰囲気、もしくは、そこに出演している芸能人全員の印象までも変わってしまうような気がする。

 クリスタル・ケイはヒコロヒーのトークを受け、「相談と見せかけてマウントを取るのはジャパニーズカルチャー」「謙遜とマウンティングのミクスチャーな感じ」と分析し、具体例として「あたし、ちょっと太っちゃって」「いやいや、細いじゃん」という会話を挙げた。すると、料理家・和田明日香が、「相手が求めてる『いやいや痩せてるよ』は絶対言ってやらない」方針だと明かし、「国によってはそっちのほうがモテるよ」と返すと述べたのだ。同番組司会のくりぃむしちゅー・上田晋也は「意地悪いなー、あの人」と言っていたが、私もそう思った。

 友人の悩み相談に付き合ったのに、アドバイスを無視されたとか、マウンティングされたという話が面白いと感じられるのは、相談を受けるこちら側が、善意的な人間であることが大前提ではないだろうか。つまり、相手のためを思っての対応に、思いもよらない仕打ちが返ってきたからこそネタになるわけで、和田のような意地悪なエピソードトークでは、「悩み相談する振りをしてマウンティングするオンナも嫌だけど、ムキになってやり返す側も結構ひどい」と感じる人が出てきてしまうのだ。

 そうなると、出演者全員が、なんだか「性格の悪い女の集団」に見えてきて、番組もタレントもイメージダウンにつながる気がする。

 こんなふうにトークが行きすぎたとき、調整を図れるのがベテランの腕なのかもしれない。YOUが突然「だいぶ長く、別れる別れる詐欺をしていました」と独白を始めた。同番組の出演者は、悩み相談で迷惑をかけられた側というテイで集っているはずだが、YOUは自分が迷惑をかけた側だと“自首”したわけだ。

 YOUは「冗談じゃねーよ、もうやってらんねーよ」と彼氏のことを友達に愚痴りつつ、「全然別れない」のだそう。なぜ別れないのかというと「自分がなんか暇になる」から。つまり、そんな彼氏でもいないと寂しいとか、一人になるのが嫌というような消極的な理由で交際を続け、その一方で友達に、愚痴とも相談とも取れる内容の話をしていたということだろう。

 「人からの相談を受けたことで、こんな迷惑をかけられた」というエピソードが過熱すると、一種の断罪になってしまい、番組の雰囲気も出演陣の印象もキツくなるように感じる。しかし、悩み相談で迷惑をかけられた側のYOUが、「かつては、自分も人に迷惑をかけていた」と、“お互いさま”であると告白したことで、スタジオの空気が中和され、番組が見やすくなったように感じた。加えて、出演者個々のイメージダウンも回避されたといえる。

 かねてからサバサバした女の代表格とされてきたYOU。例えば、2015年放送の『ボクらの時代』(フジテレビ系)にゲスト出演した際には、友人の真木よう子を「暗いし、美人だし、おっぱい大きいし、すごい人見知りで面倒くせぇ女だと思ったけど、一皮むけると、すごくチャーミング」と、毒舌交じりに褒めるなど、女の友情にありがちとされる“ベタベタした関係性”に浸っていない自分をアピールしていたように思う。

 しかし、今の時代、こうしたサバサバはあまり肯定的に受け止められないだろう。タレントとして、時代に即したサバサバキャラにアップデートする必要があるわけだ。

 YOUはさらっとこの難所を乗り越えた。同番組でYOUは「みんなそうだと思うけど、まずみんなに言いたい、聞いてほしくて、友達にワーっと言って、それで解決していることのほうが多い」と、相談というのは答えを求めて行うものではなく、ストレス発散が目的であると受け止めているそうだ。なので、人の相談に乗った後、報告がなくても特に気にならないという。

 そういえば、人生相談の名手としても知られていた作家・瀬戸内寂聴先生(21年死去)は、“悩み相談は話を聞いて、一緒に泣いてあげるだけでいい”といった意味合いのことを話していた。

 瀬戸内先生とYOUは、恋多きオンナという共通点を持つが、奇しくも2人が同じような見解を持っているのは、「男女の仲、ひいては人の心というものは、理屈ではどうにもならない部分がある」との実感から、「相手の悩みに他人がどうこう言ってもしょうがない」という諦念を持っているからではないだろうか。

 そもそも、相談に乗るという行為は、なかなかの鬼門であるように思う。真剣に答えたつもりでも、相手が納得しなかったり、「傷ついた」と言われてしまえば失敗である。それに今時、「ああしろ、こうしろ」というアドバイスは多様性の時代にそぐわない気がするし、「アドバイスを聞き入れない」とか「その後の報告がない」と文句を言うと、こちら側がパワハラ気質の人物であるように見られてしまう。

 こう考えてみると、相談には乗るけれど、その後の報告は求めず、仮に相手がアドバイスを聞き入れないとしても、「私も昔はそうだった」と言えるYOUは、人生相談の名手になる素質を備えたタレントといえるのではないだろうか。

 少し前まで、YOUのサバサバキャラのポイントは、「サバサバしているけれど、オトコが途切れない」ことだったと私は思っている。「サバサバしたオンナはオトコにモテなさそう」というイメージを覆す彼女の姿が、テレビ映えする個性になっていたと感じるのだ。しかし、今はもうモテるオンナが憧れられる時代ではない。現在のYOUのスタンスなら、そのキャラを上書きする、ニュー・サバサバキャラを確立できる気がするのだ。

 他人に対して押し付けがましさがなく、それ故に年齢も性別も問わず、支持される――よく考えると、ニューサバサバって無責任なのでは? という気がしないでもないが、それはさておき、売れ続けているタレントの「自分を変化させる能力」には感服するばかりだ。

田中みな実の「人付き合いない」発言――庶民からの共感が「危険」と感じるワケ

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「ほぼ、人付き合いないですよ」田中みな実
『田中みな実 あったかタイム』(2月18日、TBSラジオ)

 最近、大御所の「庶民チャレンジ」動画をよく見かけるような気がする。例えば、歌手・ユーミンこと松任谷由実は、生まれて初めて回転寿司に行ったが、お茶の淹れ方がわからず、まごまごする動画を公式インスタグラムにアップしていた。Yahoo!ニュースがこれを取り上げており、コメント欄を見ると「ほっこりした」とおおむね好意的に受け止められていた。

 ほかにも、小林幸子がサイゼリヤに行ってみたり、黒柳徹子がH&Mで爆買いしたりと「庶民チャレンジ」はユーミンに留まらない。すでに大御所である彼女らがそんなことをしてまでウケを狙う必要など本当はないのかもしれないが、おそらく大御所だからこその俯瞰した視点から、一般人の気持ちの変化のようなものに気づいているのではないだろうか。

 ひと昔前、人気芸能人といえば、雲の上の存在で、庶民には想像もつかないような高級な服を着て、豪華な食事をしていると思われていた。庶民に手の届かない存在であることが、芸能人の人気を支えていたわけだが、もう今はそういう時代ではない。庶民と同じ感覚を持っているという点が人気を呼ぶポイントになったのだ。

 そのため、たとえ大物であっても、あえて一歩、庶民の側に入り込み、それを嫌みなく見せることで、「あの人はいい人だ」と好感を抱いてもらう必要がある――彼女たちは、それが芸能界を生き抜くコツだと気づいているのではないだろうか。

 庶民の側に一歩踏み込み、「私はあなたと同じ人間。一緒なんですよ」とアピールすることは、芸能人の戦術としてアリだろう。しかし、人気芸能人の庶民に寄り添うような発言を鵜呑みにしてしまうことは、危険なような気がするのだ。

 2月18日放送のTBSラジオ『田中みな実 あったかタイム』。出演者であるタレント・永野から「プライべートでイライラすることがあったら、それを抱えていくのか、排除するのか?」と聞かれた田中は「排除します」とキッパリ。「排除していった結果、人間関係がなくなりました。ほぼ人付き合いないですよ、私」「どんな会にも属してないし、だからどこからも呼ばれないし。楽ですよ」と答えた。

 いかにも“キラキラ”した交友関係を築いていそうな人気芸能人・田中に「人間関係がない」のは意外だったのか、この発言は多くの人に衝撃を与えたようだ。2月21日付「ハフポスト日本版」は、「『どんな会にも属してない』。田中みな実さんの人間関係への考え方が刺さる。『このマインドめっちゃ大事』と共感広がる」と、田中に好意的な記事を配信している。

 プライベートでまでイライラを抑え込んで人と付き合う必要はないし、人付き合いがないことが悪いとも言わない。ただ、ここで見過ごしてはいけないのは、田中のようなオファーがあって成立する芸能人と、いわゆる一般の会社員では、人間関係の築き方や関係性の内実が根本的に異なっているという点ではないだろうか。

 例えば、会社員の場合、一緒に働く人の顔ぶれが変わるのは、人事異動や転勤、あるいは自分が転職したとき程度で、基本はそんなに変わらない。プライベートで自分から積極的に交友を増やそうと思わない限り、人間関係はほぼ固定化されてしまうだろう。

 それに対し、田中のようにオファーがあって成立する人気商売の場合、一緒に仕事をする人の顔ぶれはどんどん変わり、人と知り合うチャンスは会社員より格段に多い。もちろんチャンスがあることと、親しくしたい人と出会えるかは別の話だが、「その気になれば」人付き合いには困らないわけだ。

 特に田中のような売れっ子と親しくなりたいとすり寄ってくる人は、たくさんいるだろう。それに、もし田中が本当に人間関係を持たなかったとしても、田中には身の回りの世話を焼いてくれるマネジャーがついているわけだから、ひとりぼっちになって孤立無援になることはまず考えにくい。

 けれど、一般人、特に一人暮らしの女性が田中を真似て、周りの人を「どんどん排除していく」ことをすると、本当に“独り”になってしまう可能性がある。南海トラフ地震や新型コロナ肺炎など、人間にはどうすることもできない自然界の脅威が迫る中、日ごろからゆるやかにでも誰かとつながっておかないと、いざという時に「誰にも頼れない」ということになりかねないのだ。

 阿佐ヶ谷姉妹は、女性の共感を得ているタレントとしてよく名前が挙がるコンビだが、その理由は、彼女たちのネタがウケているからといったこと以外に、2人が醸す雰囲気、あるいは「気の合う人がすぐ近くにいて、いざとなったら頼れる安心感がうらやましい」からというのもあるだろう。田中の「人付き合いないですよ」発言が世間から共感を呼ぶ一方、若い女性は、阿佐ヶ谷姉妹的な距離感の人間関係のあり方を参考にするのも手だと思うのだ。

 話を田中に戻そう。そもそも他人にイライラするのは、単にその人と相性が悪いこともあるが、自分の思考が「ああするべき」「そんなのムダ」と支配的もしくは批判的なときにも起きやすい。田中の意見に共感する人は、実はそういった思考に陥っている可能性があるだけに、周りの人間を排除する前に、まずは自分を振り返ってみるのも大事だろう。

 そして、田中自身にも、ぜひ自分を振り返ってほしい……なんて思わない。女子アナから始まり、女性誌の表紙を飾るまでビッグになっても、なーんかイライラしている。それが彼女のタレントとしての個性であり、最大の魅力だと思うから。

 一般人よりはるかに恵まれているのに、まるで一般のように悩む。それが田中の最強の武器かもしれない。