浜口京子、世間が求める完璧な“メダリスト像”のウラに……娘を縛りつける父と母の陰

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「恋愛は積極的になれない」浜口京子
『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系、11月11日)

 芸能人はイメージ商売であることは言うまでもないが、時と場合によっては、“キャラ変”ができるという自由を持つ。しかし、そうはいかないのがオリンピックのメダリストではないだろうか。

 1992年、バルセロナオリンピックの平泳ぎで、金メダルを獲得した岩崎恭子の不倫疑惑を「フラッシュ」(光文社)が報じた。岩崎は不倫を認めブログで謝罪したが、さっそく仕事に影響が出ているようだ。「会の趣旨にそぐわない」ということで、講演会のキャンセルが決定したという。講演会は、拘束時間が短い割にギャラがよく、ネタの使い回しもできるので、著名人にとっていい収入源だろうから、この痛手は大きいはずだ。講演会のタイトルは「幸せはいつでも自分でつかむ」だったそう。努力家で克己心が強く、メンタルも強いと思われているメダリストが、不倫という肉欲に走ることは、ふさわしくないと判断されたのだろう。

 メダリストは不倫さえしなければいいのか、というと、そうでもないように感じる。女優・深田恭子が“親友”であるリオデジャネイロオリンピック銀メダリスト・吉田沙保里の誕生日を祝ったことをインスタグラムで報告した。親友と言う割に、深田は昨年、吉田の誕生日を祝うのを忘れたそうだが(吉田は深田の誕生日を祝っている)、この投稿をきっかけに、吉田に対する「東京オリンピックに出るつもりがあるなら、練習しろ」という意見をネットで見かけるようになった。メダリストとは寸暇を惜しんで練習すべきであり、華やかな芸能人との交友はふさわしくないものだという認識があるのかもしれない。

 もしそうなら、世間が求めるメダリスト像とは、結果を出しつつ、浮ついた行動をしない人ということになるだろう。となると、パーフェクトな存在がいる。レスリングの浜口京子である。父親は元プロレスラーのアニマル浜口。父の特訓を受けた娘がメダリストになるというのは、日本人の好む美談であるし、アニマルの「気合だ!」というパフォーマンスも、テレビ受けする。

 浜口はかつて『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)で、「彼氏がいたことがない」と告白していた。恋愛未経験の女性にアレコレ言うことは、バラエティーであってもセクハラだとして、視聴者に不快感を与える可能性がある。しかし、浜口の場合、超人的な練習を重ねた結果メダルをつかんだことが知られているので、彼氏を作ることが物理的にほぼ不可能だからと解釈される。ゆえに共演者もいろいろ言いやすいし、視聴者も安心して見ていられるだろう。

 浜口自身も恋愛未経験でいじられることに、抵抗感がないのではないだろうか。

 「恋しているの?」という質問の答えは、「している」もしくは「していない」の2択であり、3秒もあれば答えられる質問だと私は思うが、浜口ははにかみながら、くねくねして答えを引っ張る。それを女優やタレントに「かわいい」と褒められる姿は、もはや定番である。

 11月11日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)に出演した浜口は、ここでも“恋愛にウブ”キャラで臨む。おネエ軍団への相談として、「マットの上では積極的になれるけれど、恋愛では積極的になれない」と打ち明けるのだ。「出会い系サイトに登録しろ」とか「お酒を飲んで、スキを見せろ」という、どこかで聞いたことのある解答でオチがついたが、確かに浜口の恋愛は難しかろうと思うのだ。

 なぜかというと、親がブレーキをかけているように私には見えるから。

 『爆笑!いいね動画シアター』(フジテレビ系)で、浜口が父のアニマルにドッキリをしかけたことがある。浜口がアニマルに、俳優をしている男性を紹介し、結婚していいか承諾を求めるというドッキリだったのだが、アニマルは反対する。その理由が「浜口京子は、自分だけの娘ではない。日本の浜口京子、世界の浜口京子なんだよ」「そんな簡単に京子を持っていかれちゃ困る」というものだ。

 メダリストである娘に、有名でもない俳優はふさわしくないと思ったのかもしれないが、どうも男女交際そのものに抵抗感があるように見えた。

 また『とんねるずのみなさんのおかげでした』(同)に“石橋温泉”というコーナーがあった。とんねるず・石橋貴明が女性芸能人と温泉に行き、悩み相談に乗るというものだが、ここに浜口が出演したことがある。

 例によってくねくねしながら、恋愛がうまくいかない話をしており、そこに「結婚に関してお父さんはこう言っている」といった具合に、親の意見をちょいちょい混ぜる。石橋は「年齢も年齢なんだから、自分の幸せ考えたら?」と正論で返すが、全然響いていない様子。ここでアニマルと母親が登場し、娘に結婚してほしいと口では言うものの、発想が割りとぶっ飛んでいる。

 浜口が男性とデートをしていると、両親は「どこかで監禁されているのではないか」と心配になり、家のドアの前でまんじりともせず待っているそうだ。浜口は、両親の愛情エピソードだと理解しているようだが、常識的に考えて、そんな男性はほとんどいないだろう。結局、両親は浜口をいつも自分の目の届く場所に置いておきたのではないだろうか。浜口が恋愛結婚を希望している場合、デートぐらいで文句をつけられているようでは、なかなか先に進めないのではないか。

 日本のバラエティーでは、“結婚していない女性”は需要があるので、本心は別として、浜口が“恋愛未経験キャラ”で続けるのであれば、仕事が増える可能性はある。でも、もし浜口が本気で結婚したいなら、とりあえず自宅から100メートルの距離でいいから、鍵を渡さないかたちで一人暮らしをしてみることを勧める。ものすごい解放感に気づくかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

華原朋美が持つ、「不安定さ」というスターの特性――彼女が引退をすべきではない理由

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私は私の幸せを考えたいな・・・華原朋美としてではなく」華原朋美
(華原朋美インスタグラム、7月15日)

 確固たる地位を築いた芸能人が、「芸能界を辞めたい」と漏らすことは時々ある。例えば、とんねるず・石橋貴明の妻である女優の鈴木保奈美は、“トレンディードラマの女王”と呼ばれていた頃、雑誌のインタビューで、繰り返し「スーパーと家の往復で幸せになれるタイプ」「辞めたい」と話していた。そして保奈美は、石橋との結婚で本当に芸能界を引退してしまう。あれだけの売れっ子でありながら、大々的な引退興行は行わないまま引退しただけに、「無理やり辞めた」印象が残った。

 3人の子どもを出産、育児に専念していた保奈美だが、10年後に再び芸能活動を開始している。保奈美だけでなく、引退を表明した芸能人が臆面もなく戻ってくることは多い。なんのかんの言っても、芸能人というのは「人に見られないと死んでしまう病気」に近いものにかかっているからではないだろうか。

 芸能人の誰もが、見られたい、前に出たいと思うからこそ、諍いが起きる。精神的なストレスも相当なもので、神経の細い人に向かない職業とも言える。が、不安定な人だけが持つ華も、人々を魅了すると思う。例えば、『スター誕生!』(日本テレビ系)史上、最高得点で合格した中森明菜。3枚目のシングル「セカンド・ラブ」でオリコン1位を獲得するなど、トップアイドルとして上り詰め、デビュー前からファンだったという近藤真彦と交際を始めるも、関係がこじれて自殺を図る。ここから長い低迷が始まるのだ。

 明菜の旬は、デビューした1982年から89年、テレビに出まくっていたおおよそ7年間。その後、テレビで姿を見ることも少なくなり、新曲も定期的に発売されることはなくなって現在に至る。数字だけで言えば、歌手として沈黙している時間の方が長いのに、ファンは愛想を尽かさない。明菜がディナーショーを開くとチケットはすぐに売り切れるというのが、その証拠だ。不安定さや不器用さで愛されるのもスターの証拠である。

 華原も明菜と同じく、不安定さやダメさが魅力の芸能人ではないだろうか。深夜番組ではしゃいでいたB級アイドルが、時代の寵児的な大物プロデューサー・小室哲哉に見初められ、トップアイドルへ。しかし、いい時は長く続かず、小室の心変わりによりポイ捨てされたといわれている。自殺未遂、薬物依存など絵に描いたような転落を経験し、2009年に事務所を解雇。番組名は失念してしまったが、華原がボイトレと称して、カラオケボックスで一人練習する姿はまるで素人のようで、全盛期を知る身としては切なかった。

 しかし12年、華原は事務所と再契約して、ライブを開けることになり、その様子を『NEWS ZERO』(日本テレビ系)が密着していた。会場に足を運ぶのは、往年のファンはもちろん、“ご新規さん”も結構な数含まれていたという。そのうちの1人である女性は、「自分も華原さんと同じ年で、就職難とかいろいろ経験してつらい思いをしたので、応援したくなった」などと話していた。華原の姿や歌声を自らの人生と重ね合わせたということだろう。その女性は、不安定な華原を否定しないし、不安定さを直してほしいとも思っていないようだったし、華原を応援することで、自分を励ましているようにも感じられた。明菜も華原も、活動が安定しないという意味でファンを裏切っている。しかし、ファンはそのあたりを織り込み済みなような気がする。裏切りが最大の絆になる。これもスターの特性だろう。

 音楽業界全体が厳しいので、その活躍ぶりは全盛期とは比べようがないものの、華原は全国ツアーができるまでに復活を果たした。めでたしめでたしと言いたいところだが、そこで“裏切り”を忘れないのが、またスターらしい。「フライデー」(講談社)が、華原の不倫疑惑を報じたのだ。相手は、30歳年上の一部上場企業会長で、華原のコンサートのスポンサーも務める人物。妻帯者なので、恋愛関係であれば不倫にあたる。

 相手が70代男性ということもあって、盛り上がることはなかったが(これが30代の妻子あるイケメン俳優が相手だったら、大バッシングされたことだろう)、華原はインスタグラムに意味深なメッセージを寄せた。スタッフやファンに支えてもらい、応援してもらい、幸せだと書いた上で、「でも・・・そろそろ・・・私は私の幸せを考えたいな・・・華原朋美としてではなく」と結んだのだ。芸能界引退を暗示していると解釈することもできるこの発言の後、華原がTwitter、インスタグラムなど自身が持っているSNSを閉鎖することを発表。活動休止、もしくは引退説が濃厚になってきた。

 “華原朋美が華原朋美を辞める”、つまり芸能界を引退して一般人になるということだが、無理だと私は思う。冒頭で述べた通り、芸能人は「人に見られないと死んでしまう病気」にかかっているように思うからだ。華原の言う「私の幸せ」が何を指すかわからないが、死ぬよりつらいであろうどん底を味わいながらも、芸能界と縁が切れないところに、華原の芸能界との相性の良さを感じるのだ。

 本人は気づいていないだろうが、不倫相手とされた会社会長が、華原を“応援”してくれたのだって、彼女が芸能人だから。社長が華原のスポンサーとなったのは、転落した歌姫を救うタニマチ的な行為にプライドをくすぐられた可能性はある。何が言いたいかというと、芸能人は芸能人であることを辞められないのだから、自分から引退など言い出さない方がいいと、私は思うのだ。

 ミリオンセラーを飛ばさなくてもいい、テレビでいつまでも未練がましく元カレの話をしていてもいい。ヤバくなったら、休んでもいい。華原の芸能人としての仕事とは、不安定を隠さず、歌い続けること。健康的に病む姿をファンに見せてほしい。壊れそうで壊れない、華原の繊細さや意外な強さが、彼女の最大の魅力なのだから。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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華原朋美が持つ、「不安定さ」というスターの特性――彼女が引退をすべきではない理由

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私は私の幸せを考えたいな・・・華原朋美としてではなく」華原朋美
(華原朋美インスタグラム、7月15日)

 確固たる地位を築いた芸能人が、「芸能界を辞めたい」と漏らすことは時々ある。例えば、とんねるず・石橋貴明の妻である女優の鈴木保奈美は、“トレンディードラマの女王”と呼ばれていた頃、雑誌のインタビューで、繰り返し「スーパーと家の往復で幸せになれるタイプ」「辞めたい」と話していた。そして保奈美は、石橋との結婚で本当に芸能界を引退してしまう。あれだけの売れっ子でありながら、大々的な引退興行は行わないまま引退しただけに、「無理やり辞めた」印象が残った。

 3人の子どもを出産、育児に専念していた保奈美だが、10年後に再び芸能活動を開始している。保奈美だけでなく、引退を表明した芸能人が臆面もなく戻ってくることは多い。なんのかんの言っても、芸能人というのは「人に見られないと死んでしまう病気」に近いものにかかっているからではないだろうか。

 芸能人の誰もが、見られたい、前に出たいと思うからこそ、諍いが起きる。精神的なストレスも相当なもので、神経の細い人に向かない職業とも言える。が、不安定な人だけが持つ華も、人々を魅了すると思う。例えば、『スター誕生!』(日本テレビ系)史上、最高得点で合格した中森明菜。3枚目のシングル「セカンド・ラブ」でオリコン1位を獲得するなど、トップアイドルとして上り詰め、デビュー前からファンだったという近藤真彦と交際を始めるも、関係がこじれて自殺を図る。ここから長い低迷が始まるのだ。

 明菜の旬は、デビューした1982年から89年、テレビに出まくっていたおおよそ7年間。その後、テレビで姿を見ることも少なくなり、新曲も定期的に発売されることはなくなって現在に至る。数字だけで言えば、歌手として沈黙している時間の方が長いのに、ファンは愛想を尽かさない。明菜がディナーショーを開くとチケットはすぐに売り切れるというのが、その証拠だ。不安定さや不器用さで愛されるのもスターの証拠である。

 華原も明菜と同じく、不安定さやダメさが魅力の芸能人ではないだろうか。深夜番組ではしゃいでいたB級アイドルが、時代の寵児的な大物プロデューサー・小室哲哉に見初められ、トップアイドルへ。しかし、いい時は長く続かず、小室の心変わりによりポイ捨てされたといわれている。自殺未遂、薬物依存など絵に描いたような転落を経験し、2009年に事務所を解雇。番組名は失念してしまったが、華原がボイトレと称して、カラオケボックスで一人練習する姿はまるで素人のようで、全盛期を知る身としては切なかった。

 しかし12年、華原は事務所と再契約して、ライブを開けることになり、その様子を『NEWS ZERO』(日本テレビ系)が密着していた。会場に足を運ぶのは、往年のファンはもちろん、“ご新規さん”も結構な数含まれていたという。そのうちの1人である女性は、「自分も華原さんと同じ年で、就職難とかいろいろ経験してつらい思いをしたので、応援したくなった」などと話していた。華原の姿や歌声を自らの人生と重ね合わせたということだろう。その女性は、不安定な華原を否定しないし、不安定さを直してほしいとも思っていないようだったし、華原を応援することで、自分を励ましているようにも感じられた。明菜も華原も、活動が安定しないという意味でファンを裏切っている。しかし、ファンはそのあたりを織り込み済みなような気がする。裏切りが最大の絆になる。これもスターの特性だろう。

 音楽業界全体が厳しいので、その活躍ぶりは全盛期とは比べようがないものの、華原は全国ツアーができるまでに復活を果たした。めでたしめでたしと言いたいところだが、そこで“裏切り”を忘れないのが、またスターらしい。「フライデー」(講談社)が、華原の不倫疑惑を報じたのだ。相手は、30歳年上の一部上場企業会長で、華原のコンサートのスポンサーも務める人物。妻帯者なので、恋愛関係であれば不倫にあたる。

 相手が70代男性ということもあって、盛り上がることはなかったが(これが30代の妻子あるイケメン俳優が相手だったら、大バッシングされたことだろう)、華原はインスタグラムに意味深なメッセージを寄せた。スタッフやファンに支えてもらい、応援してもらい、幸せだと書いた上で、「でも・・・そろそろ・・・私は私の幸せを考えたいな・・・華原朋美としてではなく」と結んだのだ。芸能界引退を暗示していると解釈することもできるこの発言の後、華原がTwitter、インスタグラムなど自身が持っているSNSを閉鎖することを発表。活動休止、もしくは引退説が濃厚になってきた。

 “華原朋美が華原朋美を辞める”、つまり芸能界を引退して一般人になるということだが、無理だと私は思う。冒頭で述べた通り、芸能人は「人に見られないと死んでしまう病気」にかかっているように思うからだ。華原の言う「私の幸せ」が何を指すかわからないが、死ぬよりつらいであろうどん底を味わいながらも、芸能界と縁が切れないところに、華原の芸能界との相性の良さを感じるのだ。

 本人は気づいていないだろうが、不倫相手とされた会社会長が、華原を“応援”してくれたのだって、彼女が芸能人だから。社長が華原のスポンサーとなったのは、転落した歌姫を救うタニマチ的な行為にプライドをくすぐられた可能性はある。何が言いたいかというと、芸能人は芸能人であることを辞められないのだから、自分から引退など言い出さない方がいいと、私は思うのだ。

 ミリオンセラーを飛ばさなくてもいい、テレビでいつまでも未練がましく元カレの話をしていてもいい。ヤバくなったら、休んでもいい。華原の芸能人としての仕事とは、不安定を隠さず、歌い続けること。健康的に病む姿をファンに見せてほしい。壊れそうで壊れない、華原の繊細さや意外な強さが、彼女の最大の魅力なのだから。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

「プチ別居」で炎上の『あさイチ』、華丸・大吉のMC力以上に問題だった「坂下千里子のマイルール」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「好感度上がっちゃった」坂下千里子
『あさイチ』(NHK、7月9日)

 人気番組の後釜に座る人というのは、苦労を強いられがちである。たとえ視聴率が良くても「固定ファンがいるから」と評価されず、少しでも数字が下がれば「前の方がよかった」と言われてしまう。元NHKの有働由美子アナとともに、この春『あさイチ』(NHK)のMCを卒業したイノッチことV6・井ノ原快彦、その後釜ポジションを得た博多華丸・大吉は、この試練を乗り越える必要がある。2人とも既婚者、しかもジャニーズのように“家庭の匂いを極力出さない”といった制約がないことから、“夫婦問題”に関する特集は、イノッチにはない(また独身の有働アナにもない)彼らの持ち味を生かす企画と言えるかもしれない。

 同番組は、7月9日の放送回で「プチ別居」について取り上げた。この「プチ別居」は、医師の石蔵文信氏が名付け親で、夫婦関係を良くするため、妻が1日~1週間、夫から離れてホテルや実家に宿泊することを指すそうだ。

 番組は、実際の夫婦のプチ別居を紹介する。3人の子どもを育てる専業主婦の女性が、子育てのストレスを解消するために、8年ぶりに友達と飲みに行き、ホテルに泊まって1人で寝て、家に帰ってくる。また、2人の子どもを持つ女性が月に一度、1週間程度実家に帰る(夫の出張などに会わせて、スケジュールを組む)。これらが「プチ別居」の実例として挙げられていたが、これのどこが別居なのか理解に苦しむ。単なる外出や里帰りではないだろうか。

 Twitter上でも「お母さんが飲みに行くくらいで、別居よばわりされるなんて」という意見があふれ、「イノッチと有働さんがいれば、こんな展開にはならなかった」と、華丸・大吉が主婦の心情をわかっていないという趣旨のツイートもあった。

 しかし実際には、華丸・大吉をはじめとする出演者も「別居とは言えないのではないか?」とはっきり述べている。お母さんが飲みに出ている夜、お父さんが子どものためにチャーハンを作り、後片付けをしている姿を、ゲストの坂下千里子が「すごい」と褒めそやすと、大吉が「皿くらい洗いますよ」「(オトコは)舐められてるなと思った」と発言していたことから考えると、女性の外出を否定的に捉えているとは感じられなかった。

 ちょっとした外出や規制を「別居」ということよりも、私が大きな違和感を覚えた点は2つあった。1つめは、8年ぶりに飲みに出た女性(以下、Aさん)は、なぜこれまで夫に「飲みに行きたい」と言い出せなかったのかという点。2つめは、夫とスケジュールを調整した上で、乳児の子ども2人を連れて実家に1週間程度帰省する女性(以下、Bさん)に対し、番組側が「甘えていると思われないために」といった言葉を使った点である。実家に甘えて何がいけないのか私には理解できないし、そもそも実家に帰省するかどうかは、Bさんと夫や両親の問題であり、他人には関係ない。AさんとBさんのケースからは、女性の“内なるブレーキ”に似た何かを感じずにいられない。それはゲストの坂下からも感じることができる。

 ロンドンブーツ1号2号・田村淳の元カノで、モテ女として名を馳せた坂下だか、最近は使い勝手のいいママタレントになっている印象だ。『ノンストップ』(フジテレビ系)で「夫はカメラマン」「収入が月によって違う」と話していたことがあるが、夫がテレビの世界の裏方に属することは、ママタレとしての千里子に幅を与えている。夫が富豪ではないので、視聴者に嫉妬されないし、有名人や人気芸能人でもないため、テレビで夫の悪口を言っても夫やその関係者に迷惑をかけることもない。千里子は共感されながら、夫の不満を言える数少ないママタレなのである。

 その千里子も飲みに行くときは、「1カ月以上前に夫に言う」「一次会だけで帰ってくる」「必ず夜ご飯を作っていく」と話した後、「好感度上がっちゃう」と言っていた。本人が自覚しているかどうかは別として、千里子の中には「飲みに行くお母さんは、褒められた存在ではない」というマイルールがあるのではないだろうか。大吉は「1カ月前から言わないでもいい」という見解を示したが、結局のところ、当人自身が「こうあらねばならない」というマイルールを抱え込んでいたら、周囲が何を言っても無駄である。

 飲みに行って帰ってきたAさんの夫は、3人の子どもの面倒について「思ったより大変」とし、最後に「母は偉大なり」と結んだ。これは褒めているようだが、一種の責任転嫁ではないだろうか。母親は偉大だからなんでもできる、でも、自分は母親でないのでできないと甘える父親、そして、休んだり甘えたりすることがいけないというマイルールに縛られる母親。主婦ウケを狙った企画だったのだろうが、華丸・大吉のMCとしての力量以前に、夫婦問題の根があまりにも深いことが露呈した回だった。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの