社会学者・古市憲寿氏が、テレビで売れっ子なワケ――「カネより友達」発言に感じた甘さ

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「結局、友達じゃないですか?」古市憲寿
『今夜くらべてみましたSP』(日本テレビ、1月1日)

 番組名は失念したが、オードリー・若林正恭が、かつて「ほかに本業があってバラエティに出ている人はずるい」という意味の発言をしていたことがある。

 芸能人が芸能人にかみつくと、番組は瞬間的には盛り上がるかもしれないが、芸能界のチカラ関係に巻き込まれ、格下の方に仕事がなくなることにもなりかねない。しかし、例えば、西川史子のように、医学といったほかの仕事がある人は、失業の危機におびえないでつっこんでいける。その結果、そういう人が芸能人として評価されることが納得いかないというような話だった。

 若林が言うところの「ほかに本業がある人」で、今、最も評価が高いのは、古市健寿氏だろう。野田内閣、安倍内閣で懇親会メンバーに選ばれた気鋭の社会学者だが、最近では情報番組やバラエティ番組に多数出演しており、初の小説『平成くん、さようなら』(文藝春秋)では芥川賞候補にノミネートされるなど、マルチに活動を続けている。

 『ボクらの時代』(フジテレビ系)で、作家の林真理子センセイ、新潮社の出版部部長・中瀬ゆかり氏と鼎談に臨んだ古市氏は、『とくダネ!』(フジテレビ系)にコメンテーターとして出演し続けるわけを「バイトみたいに、『この日からこの日まで海外に行くんで』とか、自由にシフトを組めるんですよ」と、テレビ出演に意気込んでいるわけではなく、気軽なバイト感覚だと説明した。

 気負いがないせいだろうか、サッカーのワールドカップ直前には、フジテレビが中継をするにもかかわらず、同番組で「僕は、ワールドカップは見ない」と発言し、話題を呼んだ。

 テレビでは、どうしてもMCの意向に沿った発言をすることが求められるため、古市氏は空気が読めないかのような印象を与える。しかし、トータルで考えると、古市氏の発言がネットニュースになれば、本人や番組の名前があちこち拡散される。また、芸能人でないことを考えると、ギャラもそこまで高くないだろうし、芸能人ではないわけだから、芸能界のしがらみにとらわれなくて済む。となると、古市氏は、安い投資で番組を宣伝してくれ、かつ安全という、ある意味、一番の番組思いの青年と言えるのではないだろうか。

 また、古市氏がリア充志向でないのも、時代に即している。かつて古市氏は『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、「子どもも性行為も汚いから、嫌い」と発言して物議を醸したことがある。学者がテレビに出て、芸能人の彼女でも作ろうものなら、調子に乗ったリア充扱いされて、叩かれそうだが、この発言が本当なら、女性との交際は無理だろう。古市氏に好感を持つ若者の視聴者は多そうだ。

 さらに、古市氏の魅力の1つとなっているのが、彼が男性であることではないだろうか。古市氏は『保育園教育義務化』(小学館)という書籍を出版している。日本には三歳児神話があるため、「子どもが3歳になるまで、母親がずっとそばにいるべき」という主張が蔓延し、そのせいか保育園に子どもを預けることを、いまだに「かわいそう」とみなす人はいる。そういった主張に、女性の学者やママタレントたちが異議を唱えてきたが、男性の学者がこのエリアに立ち入るのは、非常に珍しいことではないだろうか。研究者の古市氏は、データをもとに、保育園での良質な教育が子どもに充実した人生をもたらすと著書で繰り返し書いており、単なる個人の意見でないことに救われた女性は多いだろう。

 男性と女性がまったく同じ主張をしても、受け止められ方は同じとは限らない。例えば、日本は料理などの家事を女性がすべきものという刷り込みが強い国だが、「女性だからといって、料理をしなくていい」と女性が言うのと、男性が言うのでは、女性からの好感度が高いのは、後者ではないだろうか。女性が「女性だからとって、料理をしなくていい」と言った場合、その発言を聞いた女性は「この人はそういう意見なんだな」と受け止める。しかし、男性が「女性だからといって、料理をしなくていい」と言った場合、それは単なる意見を超えて、「自分は女性に料理などの家事の献身を求めない、フラットでリベラルな人間である」という人格のアピールにもなるからである。

■視聴者を暗くさせない、古市氏の“若さゆえの甘さ”

 しかし、古市氏の最大の魅力は、別のところにあると思う。

 古市氏は元日放送の『今夜くらべてみましたSP』(日本テレビ系)に出演し、HKT・指原莉乃、フリーアナウンサー・羽鳥慎一と「いくらお金があったら、安心か」について話していた。羽鳥アナはお金に頓着がなく、「ないなら、ないなりに生活できる」と将来に不安はない様子。指原は旅行や物に興味はなく、実家を新築したことと、60歳から10万円もらえる保険にお金を使っていると語った。一方の古市氏は、「結局、友達がいるかじゃないですか?」「助けてくれる友達がいるかどうか」と最終的に頼れるのは、カネではなくヒトであると結論づけた。カネがあれば安心できると言われたら、芸能人より低収入であろう一般人は、下を向くしかないため、この発言に好感を抱いた視聴者は多いだろう。

 が、私の感想は「若いな」である。ここで言う若さとは、年齢ではない。変化についての想像力がないという意味である。中瀬ゆかり氏は、ウェブサイト「AERA.dot」の連載「50代ボツイチ再生工場」で、古市氏について「得意技はお金持ちのジジババを転がすこと」と書いている。古市氏は、LINEをやっていないジジババ世代に、アプリをインストールしてあげることでホットラインを築き、食事にこぎつけて、ごちそうしてもらっているそうだ。『今夜くらべてみましたSP』での「助けてくれる友達」とは、こういうお金持ちのことを指すのかもしれない。確かにお金持ちと友達でいれば、有形無形の支援が望めるだろう。

 しかし、問題は古市氏が助けを求めるくらいの窮地に陥った時、そのお金持ちが今と同じように古市氏と交際してくれるか、という点ではないだろうか。古市氏は「メリットのない人とは、付き合わない」と公言しているが、「相手も自分と同じように、メリットを感じない人とは付き合わないかもしれない」という想像力を持たないようだ。相手の視点で物を考えないあたりに、未熟という意味の若さを感じずにいられない。元光GENJI・諸星和己といった、社会現象を巻き起こすほどのスーパースターたちは「売れなくなったら、1人残らず人がいなくなった」と一様に話すが、カネと友情はある程度連動している。カネがある(いい仕事をする)と友達も多くなるが、カネがなくなると友情もやせ細るのが世の中というものではないだろうか。

 けれども、この若さゆえの甘さが、古市氏最大の魅力でもあると思う。あまりに現実的すぎるコメントでは、視聴者が暗い気持ちになってテレビを見たくなくなってしまうのだ。

 チョコレートが大好きで、家の冷蔵庫にはチョコレートしかないと『ワイドナショー』で発言していた古市氏。人生のほろ苦さを無視したセミスイートなコメントが、彼の持ち味なのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの」

有働由美子アナは、なぜ日テレで苦戦するのか? 2018年「女子アナと独立」を斬る!!

オンナの花形職業として羨望を集める存在ゆえか、何かと穿った見方をされがちな女子アナ。そんな彼女たちをウォッチし続けるライター・仁科友里が、年の終わりに今年の女子アナトピックに考察を繰り広げます。

 「一分一秒でも長くテレビに映ること」を芸能人の“成功”と仮定した場合、その辺のタレントなんかメじゃないくらいの“成功”を収められるのが、女子アナではないだろうか。特番シーズンともなると、人気アナウンサーは出ずっぱりで、自らの顔を売っていく。テレビ局という大企業の安定を甘受しながら、有名人になれるのが強みだが、安定すると変化を求めるのが人情というもの。

 ということで、今回のテーマは「女子アナと独立」。今年独立したあの女子アナの仕事ぶりを考察するとともに、今後独立するであろう女子アナを勝手に予想してみた。

有働アナ、フリー転身後も抜けないNHKグセ

 この人だけはNHKを辞めないと思っていた。今年フリーに転身した、有働由美子アナである。上層部からの覚えがめでたく、視聴者人気もあり、女性役員間違いなしの呼び声も高く、役員就任の暁には「オンナの幸せを犠牲にした甲斐があった」といった具合の自虐的なコメントをすると思っていたので、何かに急き立てられるようなNHK退社には、何かあったのでは……と勘ぐってしまう。

 「ジャーナリストになりたい」宣言どおり、フリー一発目の仕事として『news zero』(日本テレビ系)のメインキャスターを選んだが、視聴率は今のところかんばしくない。思うに、制作陣が『あさイチ』(NHK)のノリを持ち込んで「ニュースを明るくしよう」と思っているのかもしれないが、結果的に「ニュースが薄く」なっているように感じる。 

 また、有働アナのNHKグセが2つ出ている。1つめは、言葉遣いの悪さだ。『ボクらの時代』(フジテレビ系)で、女優・石田ゆり子らと鼎談した時もそうだったが、有働アナ、「ヤベェ」と言った具合に、アナウンサーらしからぬ物言いをすることが時々ある。NHKであれば「NHKらしくない」「親しみやすい」と言ってもらえたかもしれないが、民放でかつ視聴率が悪い番組に出ている場合、叩かやれやすいのだから自重する必要がある。視聴率で全てが決まる民放では、数字によって、やっていいこと悪いことが変わるのだろう。

 2つめは、自分語り。テレビに出る人にとっては、全国津々浦々に顔が流れるNHKは、ギャラは安くても、民放より“上”という概念が存在するようだ。そんな影響力のある放送局で、若い頃から注目されてきた弊害だろうか、有働アナ、ニューヨーク・ヤンキースGM付特別アドバイザー・松井秀喜氏との対談で、自分語りを披露してしまう。ネット上での評判も悪かったようだ。恐らくこれらは“NHKボケ”というか“民放慣れ”していないからだと思われるので、徐々に悪癖は抜けて、視聴率は上向くのではないだろうか。ダメだったら、所属事務所の先輩、マツコ・デラックスを頼るべし。

 私は、水卜麻美アナ(日本テレビ)、桑子真帆アナ(NHK)、宇垣美里アナ(TBS)を独立予備軍としてみている。

 まず、オリコン主催「好きな女子アナウンサーランキング」で、5年連続第1位を獲得し、殿堂入りした水卜アナ。日テレにとっては視聴率を取ることができる、ありがたい女子アナだろうが、その一方で、この人にスポットが当たり続けると、下が育たないという側面もある。十分日テレには貢献しただろうから、ここらでフリーになる方が、お互いのタメになる気がする。

 次に、 桑子アナ。テレビは、出演者の顔形を映すが、時折内面の上昇志向的ギラつきを映し出すこともあるのではないか。そう考えた時、私が勝手にギラつきを感じるのが桑子アナであり、ゆえに離婚したと聞いた時も、「だろうなぁ」であった。上昇志向が悪いということではなく、これだけ野心があったら、家庭の地味な幸せに満足できないだろうと意味である。

 そう思っているところに、ニュースサイト「日刊ゲンダイ」が、桑子アナのフリー転身を報じた。『ニュースウォッチ9』のキャスター、2年連続『NHK紅白歌合戦』の司会を務めるなど、名実ともにNHKのカオとなりつつある桑子アナ。同記事では「先輩の有働アナが独立して苦労をしているのを見て、早いほうがいいと思った」「『ブラタモリ』で共演したタモリが、桑子をわが子のようにかわいがっており、桑子に頼まれたら、タモリが自らの所属事務所を紹介しないわけにいかない」と報じている。

 まぁ、でも、入社5年でTBSを退職してフリーとなった田中みな実が、『ボクらの時代』で「フリーになると身の程を知る」と言っていた通り、若ければいいというものでもないだろう。また、「共演者にかわいがられた」という考え方も注意が必要である。年長者が、自分にメリットのある大きな組織の一員をかわいがるのはある意味当たり前だからだ。加えて「事務所を紹介してくれること」と、「永遠に仕事を斡旋してくれること」は別問題である。NHKのアナウンサーは、「民放に行ったら地味」と言われる宿命を持つが、そこを打破するためにも、もうちょっとお茶の間に顔を売って、実績を積んだ方がよいのではないか。

 3人目は、宇垣アナ。「顔がいいというのは、足が速いと一緒なので、別に遠慮しない」……ミス同志社を経て、TBSに入社した宇垣アナのこの発言を聞いて、背中がゾクゾクした。宇垣アナの先輩に当たるタレント・小島慶子も、かつてほとんど同じことを言っていたからである。TBSに脈々と流れる、“ズケズケ物を言う美人に弱い”という特徴は、もう社風と言っていいのかもしれない。

 さて、宇垣アナ、もうアナウンサーという仕事やTBSに興味はなく、次(独立してタレントになる)を見据えているような気がしてならない。マイメロ理論や、闇キャラ、コスプレ披露などで好評だが、タレントとなってそれ一本でやっていけるかとなると、ちょっと弱い。小島慶子パイセンは「第36回ギャラクシー賞DJパーソナリティー賞」を受賞したり、『小島慶子キラ☆キラ』(TBSラジオ)で聴取率首位を獲得するなど、“わかりやすい成果”を出してからフリーに転身している。何か成果を出すか、とんでもない熱愛スキャンダルを起こすかくらいしないと、単なる“元女子アナ”で終わってしまうかも。

 フリー転身は誰にとっても大博打だが、わざわざカネを払う側(テレビ局)の立場になって考えてみると、無難にタイトルホルダーや実績のある人に頼みたいというのが本音ではないか。水卜アナの食いしん坊キャラ、宇垣アナの闇キャラなど、アナウンサーにまでキャラが求められる時代ではあるが、その一方で、キャラに食傷気味な視聴者もいるはずだ。そんな今こそ、“アナウンサーとして”何を成し遂げたかは、独立後のキーとなるのではないだろうか。

 なんてエラそうに言っていますが、来年もみなさんを応援しているので、体と男に気を付けて頑張ってください。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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有働由美子アナは、なぜ日テレで苦戦するのか? 2018年「女子アナと独立」を斬る!!

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 「一分一秒でも長くテレビに映ること」を芸能人の“成功”と仮定した場合、その辺のタレントなんかメじゃないくらいの“成功”を収められるのが、女子アナではないだろうか。特番シーズンともなると、人気アナウンサーは出ずっぱりで、自らの顔を売っていく。テレビ局という大企業の安定を甘受しながら、有名人になれるのが強みだが、安定すると変化を求めるのが人情というもの。

 ということで、今回のテーマは「女子アナと独立」。今年独立したあの女子アナの仕事ぶりを考察するとともに、今後独立するであろう女子アナを勝手に予想してみた。

有働アナ、フリー転身後も抜けないNHKグセ

 この人だけはNHKを辞めないと思っていた。今年フリーに転身した、有働由美子アナである。上層部からの覚えがめでたく、視聴者人気もあり、女性役員間違いなしの呼び声も高く、役員就任の暁には「オンナの幸せを犠牲にした甲斐があった」といった具合の自虐的なコメントをすると思っていたので、何かに急き立てられるようなNHK退社には、何かあったのでは……と勘ぐってしまう。

 「ジャーナリストになりたい」宣言どおり、フリー一発目の仕事として『news zero』(日本テレビ系)のメインキャスターを選んだが、視聴率は今のところかんばしくない。思うに、制作陣が『あさイチ』(NHK)のノリを持ち込んで「ニュースを明るくしよう」と思っているのかもしれないが、結果的に「ニュースが薄く」なっているように感じる。 

 また、有働アナのNHKグセが2つ出ている。1つめは、言葉遣いの悪さだ。『ボクらの時代』(フジテレビ系)で、女優・石田ゆり子らと鼎談した時もそうだったが、有働アナ、「ヤベェ」と言った具合に、アナウンサーらしからぬ物言いをすることが時々ある。NHKであれば「NHKらしくない」「親しみやすい」と言ってもらえたかもしれないが、民放でかつ視聴率が悪い番組に出ている場合、叩かやれやすいのだから自重する必要がある。視聴率で全てが決まる民放では、数字によって、やっていいこと悪いことが変わるのだろう。

 2つめは、自分語り。テレビに出る人にとっては、全国津々浦々に顔が流れるNHKは、ギャラは安くても、民放より“上”という概念が存在するようだ。そんな影響力のある放送局で、若い頃から注目されてきた弊害だろうか、有働アナ、ニューヨーク・ヤンキースGM付特別アドバイザー・松井秀喜氏との対談で、自分語りを披露してしまう。ネット上での評判も悪かったようだ。恐らくこれらは“NHKボケ”というか“民放慣れ”していないからだと思われるので、徐々に悪癖は抜けて、視聴率は上向くのではないだろうか。ダメだったら、所属事務所の先輩、マツコ・デラックスを頼るべし。

 私は、水卜麻美アナ(日本テレビ)、桑子真帆アナ(NHK)、宇垣美里アナ(TBS)を独立予備軍としてみている。

 まず、オリコン主催「好きな女子アナウンサーランキング」で、5年連続第1位を獲得し、殿堂入りした水卜アナ。日テレにとっては視聴率を取ることができる、ありがたい女子アナだろうが、その一方で、この人にスポットが当たり続けると、下が育たないという側面もある。十分日テレには貢献しただろうから、ここらでフリーになる方が、お互いのタメになる気がする。

 次に、 桑子アナ。テレビは、出演者の顔形を映すが、時折内面の上昇志向的ギラつきを映し出すこともあるのではないか。そう考えた時、私が勝手にギラつきを感じるのが桑子アナであり、ゆえに離婚したと聞いた時も、「だろうなぁ」であった。上昇志向が悪いということではなく、これだけ野心があったら、家庭の地味な幸せに満足できないだろうと意味である。

 そう思っているところに、ニュースサイト「日刊ゲンダイ」が、桑子アナのフリー転身を報じた。『ニュースウォッチ9』のキャスター、2年連続『NHK紅白歌合戦』の司会を務めるなど、名実ともにNHKのカオとなりつつある桑子アナ。同記事では「先輩の有働アナが独立して苦労をしているのを見て、早いほうがいいと思った」「『ブラタモリ』で共演したタモリが、桑子をわが子のようにかわいがっており、桑子に頼まれたら、タモリが自らの所属事務所を紹介しないわけにいかない」と報じている。

 まぁ、でも、入社5年でTBSを退職してフリーとなった田中みな実が、『ボクらの時代』で「フリーになると身の程を知る」と言っていた通り、若ければいいというものでもないだろう。また、「共演者にかわいがられた」という考え方も注意が必要である。年長者が、自分にメリットのある大きな組織の一員をかわいがるのはある意味当たり前だからだ。加えて「事務所を紹介してくれること」と、「永遠に仕事を斡旋してくれること」は別問題である。NHKのアナウンサーは、「民放に行ったら地味」と言われる宿命を持つが、そこを打破するためにも、もうちょっとお茶の間に顔を売って、実績を積んだ方がよいのではないか。

 3人目は、宇垣アナ。「顔がいいというのは、足が速いと一緒なので、別に遠慮しない」……ミス同志社を経て、TBSに入社した宇垣アナのこの発言を聞いて、背中がゾクゾクした。宇垣アナの先輩に当たるタレント・小島慶子も、かつてほとんど同じことを言っていたからである。TBSに脈々と流れる、“ズケズケ物を言う美人に弱い”という特徴は、もう社風と言っていいのかもしれない。

 さて、宇垣アナ、もうアナウンサーという仕事やTBSに興味はなく、次(独立してタレントになる)を見据えているような気がしてならない。マイメロ理論や、闇キャラ、コスプレ披露などで好評だが、タレントとなってそれ一本でやっていけるかとなると、ちょっと弱い。小島慶子パイセンは「第36回ギャラクシー賞DJパーソナリティー賞」を受賞したり、『小島慶子キラ☆キラ』(TBSラジオ)で聴取率首位を獲得するなど、“わかりやすい成果”を出してからフリーに転身している。何か成果を出すか、とんでもない熱愛スキャンダルを起こすかくらいしないと、単なる“元女子アナ”で終わってしまうかも。

 フリー転身は誰にとっても大博打だが、わざわざカネを払う側(テレビ局)の立場になって考えてみると、無難にタイトルホルダーや実績のある人に頼みたいというのが本音ではないか。水卜アナの食いしん坊キャラ、宇垣アナの闇キャラなど、アナウンサーにまでキャラが求められる時代ではあるが、その一方で、キャラに食傷気味な視聴者もいるはずだ。そんな今こそ、“アナウンサーとして”何を成し遂げたかは、独立後のキーとなるのではないだろうか。

 なんてエラそうに言っていますが、来年もみなさんを応援しているので、体と男に気を付けて頑張ってください。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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田中みな実、いとうあさこへのホロ酔いキスに見る「自信ない」「病み」発言の欺瞞

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「やらない、やらない」田中みな実
『ボクらの時代』(フジテレビ系、12月23日)

 12月22日放送の『人生最高レストラン』(TBS系)は、「クリスマス妄想女子スペシャル」と称して、ゲストのみちょぱとオアシズ・光浦靖子が、理想(妄想でも可)のクリスマスデートとディナーを紹介するという回だった。みちょぱは東京ドイツ村、光浦は石垣島でのデートが理想らしい。

 みちょぱのディナーは、ラーメン、餃子、ソフトクリーム、焼肉と、クリスマスでなければ食べられないものではない。光浦も、おっぽー(豚肉を具材にした沖縄のおにぎり)や、現地でとれた魚を挙げていた。

 クリスマス感よりも、2人が重視するのは、恋人からの言葉のようだ。みちょぱは、クリスマスデートの帰りに「来年はどうしようか?」という言葉が、最高のクリスマスプレゼントと話したが、MCのチュートリアル・徳井義実はその真意がわからない。光浦が「来年どうするってことは、来年も付き合っているという、その約束がうれしいじゃない」と解説してみせた。光浦は理想の展開として、プロポーズされるものの、束縛しない事実婚を提案し、その理由を「私はお笑い界のゴクミだよ」と説明する。「そんなやっちゃんが好き」と言って、光浦のややこしさを受け入れてくれる男性がいいと言っていた。

 クリスマスデートでは、「彼氏に自分が喜ぶことを言ってほしい」という女性陣の思いは、徳井には響かなかったようで、「『ずっと一緒にいようね』っていう男、信用できひん」と話していた。彼が期待を持たせるようなことを言わないタイプゆえの発言かもしれないが、私も言葉ほどアテにならないものはないと思う派である。来年のクリスマスの話をしても、それは今そういう気分であるだけで、約束ではない。真に受けると、肩透かしを食らって余計なダメージを受ける可能性もあるので、話半分以下程度で受け止めておいた方が無難だろう。

「言葉を真に受けてはいけない」

 これはテレビの世界にも、あてはまるのではないかと思う。バラエティ番組に出るとき、出演者はキャラを背負って登場し、そのキャラにふさわしい発言をして、好感度を上げていく。その際の意外な盲点とは、番組内での行動ではないだろうか。

 発言と番組内での行動に違いがあるのが、フリーアナウンサー・田中みな実である。『ボクらの時代』(フジテレビ系)で、オアシズ・大久保佳代子、いとうあさことワインを飲みながら鼎談した。

 「時々、朝起きると涙が止まらなくなることがある」と病んでる感を押し出した後、番組の共演者について「みなさん、面白いエピソードがあるのに、私はたいしたことがしゃべれない。エピソードがない」と結んだ。うじうじした自信のない美人というのは、男性には人気があるだろうし、何かと悩み多き若い女性にとっても、「こんなに恵まれている人も、自信がないんだ! 私も頑張ろう!」と励ましになるかもしれない。が、行動から判断すると「この人、本当に自信がないの?」と思わされる。

 収録が終わり、大久保さんが去った後、まだセットの中に残るいとうと田中の様子を、カメラがとらえていた。ホロ酔いの田中は、いとうの顔に自分の頬をすりつけ、頬にキスをしたのだ。年上で、さほど親しいとも言えない先輩の体に触れたり、キスをするのは、「自分は嫌がられない存在である」という一種の自信から生まれているものではないか。また、いとうに「オトコにもやるだろう」と言われた田中は「やらない、やらない」と言いながら、いとうと腕を組んでいたが、その昔『ダウンタウンなう』(同)で、坂上忍に「収録後、みんなでちゃんぽん食べましょうと言いながら、腕をからめてくる。おっぱいが当たる」と暴露されていたこともある。番組によって発言やキャラは変わっても、行動は大して変わらないようだ。

 あのタレントがテレビでこう言った、けしからんと炎上する時代だが、タレントはお金をもらっている立場上、“言わされている”可能性がないとは言い切れないし、目立つためにあえて言っているケースもあるだろう。テレビでは発言に目が行きがちだが、本心というものは、行動に隠されていると見ていいのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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マツコに「かなわない」といわしめるIKKO、今のバラエティーで重宝がられる“無垢さ”

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「ガチムチ~」IKKO
『ダウンタウンDX』(日本テレビ系、12月6日)

 最近テレビで見なくなったなとつくづく思うのが、“豪邸拝見”である。かつてはスターや一般人の豪邸を訪問し、レポーターが家の調度品にいちいち驚いて「これはおいくらでしょうか?」と尋ねるアレが、ワイドショーを中心に結構な頻度で繰り広げられていた。経済的な格差が広がると、豪邸を持つほど成功しているリア充を見たくないというのが、今の視聴者心理なのかもしれない。

 また、お笑い番組では、オトコ芸人がオンナ芸人をブスいじりすることがほとんどなくなっていることにも気づく。オンナ芸人本人が、ブスや非モテを自称することはあるが、オトコ芸人から「おまえはブス」といったふうに投げかけることは、もうほとんどないと言ってもいい。バラエティー番組は女性視聴者からの好感度が大事と聞いたことがあるので、やはり女性に反感を買うことや、SNSの炎上を恐れているのかもしれない。

 成功者のリア充アピールもダメ、ハラスメントとみなされるような特定の誰かを笑うイジリもNG。リア充に甘く、弱いものはイジりという体で叩いてきたバラエティーの手法が、今はもう通じなくなっている。かといって、制作側は新しいバラエティーとは何か、明確な答えを見つけられていないようだ。そんな中、リア充でありながら、うまくいじられることができる人がいる。美容家でタレントのIKKOである。

 カリスマヘアメイクという裏方だったIKKOだが、『おネエ☆MANS』(日本テレビ系)に出演したことで出役に。ヘアメイクとしての確かな腕で世の女性を魅了した。その後のおネエブームは、マツコ・デラックスなどのスターを生み出したが、そのマツコは『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系)で「笑われることを躊躇しないから」という理由で「IKKOさんにはかなわない」と話していた。

 確かにIKKOは無敵だと思う。まず、つっこみやすい。視聴者がリア充を嫌う今、芸能人たちは、女優やモデルといったきれいどころも「本当はオタクなんです」「いつもぼっちです」といった具合に非リア充的なコメントをする。しかし、IKKOはかつて『さんまのホントの恋のかま騒ぎ』(TBS系)で「目標とする女性は、グレース・ケリー」と発言したり、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』(日本テレビ系)で、「元旦に抱かれたいオトコが思い浮かばなかったら、オンナとしておしまい」といった具合にお高い発言が多いので、芸人は「何言うてんねん」とつっこみやすいのだ。

 『人生最高レストラン』(TBS系)で、IKKOは「いまだにオチも何にもわからない」と発言していたが、確かにわかっていなさそうだ。変なところで声を張ったり、立ち上がったりする。質問に答えず、聞かれていない話をだらだらして『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』でダウンタウン・松本人志に「おまえは、妖怪尺食いか」と言われていたことがあるが、こういう誰が見てもわかる隙があるために、芸人が突っ込んでもいじめのような印象を与えないだろう。

 カネの話をしないのが暗黙の了解になりつつあるバラエティーで、IKKOは自前の高価な着物を身に着けている。その理由が「太ったから(着物だと体形がカバーできるから)」であるのが、バラエティー向きでよい。『人生最高レストラン』で、「韓国に着くとすぐにエステに行くが、そこにヤンニョムチキンをデリバリーしてもらう」と発言し、チュートリアル・徳井義実に「美容大国に行って太って帰ってくるってどないやねん」と突っ込まれていたが、突っ込まれるネタを自ら提供できるのがIKKOの強みである。

 また、IKKOは軽井沢の別荘をバラエティー番組でよく公開している。このご時世に、自慢と受け取られかねない行為だが、『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)で、とんねるずに家をめちゃくちゃにされるという“洗礼”を受けている。同番組の性質上、別荘を褒めちぎるとは考えにくい。何かされることはわかりつつ、オファーを受けたことで自慢の要素が薄まるのだ。

 IKKOの強みは、性的な話ができることも挙げられるだろう。12月6日放送の『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)で、IKKOはチョコレートプラネット・長田庄平と松尾駿を軽井沢の別荘に招き、長田庄平が入浴するVTRを見たIKKOが「ガチムチ~」と叫んで見せた。ガチムチとはガッチリした筋肉質でありながら、むちっとした脂肪がついている男性の体形を指すそうだが、この言葉自体がお茶の間に浸透しきってはいないことと、女性を対象としているわけではないので、女性視聴者の反感を買いにくいのではないだろうか。

 演者も視聴者もバラエティーのパターンに慣れ切った今、IKKOの「いまだにオチも何もわからない」という無垢さは新鮮である。来年もIKKOをテレビで見ることは多そうだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

平野ノラ、ポンコツ夫エピソードに考える「選んだのは自分」という結婚自己責任論の是非

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「そういう相手を選んだのは、ノラちゃんでしょ?」HKT48・指原莉乃
『ピンポイント業界史』(テレビ朝日系 12月2日)

 『ピンポイント業界史』(テレビ朝日系)は、芸能人がこれまで炎上を恐れて封印していたエピソードを披露し、スタジオ内の観客(一般人)の共感が得られれば、賞金がもらえるという番組である。12月2日放送回に出演したお笑い芸人・平野ノラは、「本気で成田離婚を考えた」という新婚の夫のポンコツぶり披露した。

 新婚旅行で人生初ハワイに出かけることにしたノラ夫妻。しかし、夫はハワイに関する計画を立てることに熱心でなく、人気アトラクションを予約してほしいと3カ月前から頼んでいたにもかかわらず、動こうとしなかった(その結果、予約は取れなかった)。ハワイで宿泊したホテルはセルフサービスが基本で、タオルなども自分で用意するタイプだったというが、夫はバスマットを持ってきたという具合だ。

 「そういう人、知ってる」と思いながら私は見ていたが、ノラの思いに共感する人は少なく(20人中7人)、賞金獲得にはならなかった。夫婦ネタは友人間でも共感の仕方が難しいので、仕方がないのかもしれない。「夫がひどい」と訴える妻に乗っかって、相手を責めることは簡単だが、そうは言ってもよそ様のパートナーを責めるのはよろしくないだろう。また、一緒になって悪く言っていると、なぜかこちらだけが悪者にされるということも、よくある話だ。

 しかし、共感が得にくい最大の理由は、HKT48・指原莉乃の「そういう相手を選んだのは、ノラちゃんでしょ?」という発言にあるように、「自分で選んでおいて、文句を言うな」という自己責任論が根付いているからではないだろうか。“夫がポンコツ”ネタは、女友達の間でも共感の仕方が難しいとしたが、共感というより、「そんな結婚は失敗だ」とか「そういう夫を選ばないようにしなくては」とか、自己責任にもとづいた教訓としてシェアされることもある。

 ノラも自己責任的な価値感を内包しているようで、「夫を育てます」と発言していたが、夫がポンコツなのは、本当にそういう人を選んだ妻に責任があるのだろうか? 

 番組でノラは、「夫妻ともにハワイは初めて」と言っていたが、海外旅行に慣れていなかった場合、いろいろなことにモタモタするのは、おかしなことではない。わからないことがあったら、聞いたり調べればいいわけだが、気後れして質問することができなかったり、逆に日本と同じように行動して顰しゅくを買う男性もいる。

 妻が注意しても態度が変わることはなく、「こんなコミュニケーションが取れない人と一生一緒にいられない」と、帰国後にすぐ離婚する人がいて、それを成田離婚と呼ぶのだが、この言葉が定着した頃、旅行会社が男性をターゲットに「成田離婚を回避するためのプレ新婚旅行」を企画して話題を呼んだことがある。旅行の経験がないゆえにモメるのであれば、あらかじめ“予習”しておけば、離婚を回避できるという考えのもとに企画された旅行で、このツアーに参加した男性の成田離婚率は0%だったそうだ。つまり、ノラの夫エピソードも、ただ単に「初めてのことに強いプレッシャーを感じて、自信がないからうまく対応できない人もいる」という程度の話で、ノラが真剣に離婚を考えるようなことではないのではないか。

 「夫を育てる」というノラの発言が、具体的に何を指すのかわからないが、「ダメな夫を選んだ私が悪い」という自己責任論を胸に抱えたままでは、ずっとイライラしたままだろう。小さなわが子とて、親の思う通りには育たないのに、大の大人がそう簡単に妻の言うことを全て聞くとは思えないからだ。となると、自己責任論の妻は「この人がヘボいと、私までダメだと思われる」「こんな夫としかと結婚できなかったのは、自分のせい」と、ずっと自分と相手を責め続けるのではないだろうか。

 結婚とは、2人で生計を共にする契約であり、相手の人格や能力に責任を持つことではない。なので、ポンコツであっても法を犯さなければOKだし、妻(夫)の責任でもないように思う。

 「この人、なんでこんなことするんだろう」と思うのが結婚の始まりではないか。恋愛禁止のグループにいる若い指原も、新婚の平野もあまり頭でっかちにならずに、ゆるーく行きましょう。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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尼神インター・誠子、「結婚よりお笑い」「オンナとして不幸」発言に見る“芸人としての力量”

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<今回の有名人>
「オンナとしては幸せになれない」尼神インター・誠子
『さんま・女芸人お泊り会 人生向上の旅』(フジテレビ系、12月1日) 

 テレビで、年長者や成功者が、後輩からの質問を受け付けるという企画を時々見かけるが、これって質問する側のセンスが問われる企画ではないかと思うことがある。

 カメラが回っていない場所でなら、好きなことを聞いていいだろう。しかし、テレビで放送されることを考えると、まず質問がおのずと制限される。かつ、その質問がほかとかぶらず、番組の趣旨に沿っていて、答える側が話しやすいものでなくてはならない。簡単なようで“腕”が必要なのではないだろうか。

 12月1日放送の『さんま・女芸人お泊り会 人生向上の旅』(フジテレビ系)は、その名のとおり、明石家さんまと後輩である女芸人が1泊旅行をする企画だが、女芸人の質問のうまさ(ヘタさ)が如実に出たと言ってもいいかもしれない。

 同番組内では、「さんまに何でも質問していい」というコーナーがあった。いとうあさこは「葬式についてどう考えているか」、フォーリンラブ・バービーは「年賀状やお歳暮は誰に送っているのか」、オアシズ・大久保佳代子は「自分の番組の視聴率が悪い時は、どう考えるのか」について聞く。葬式について聞けるのは、ある程度親しい関係でないと無理なので、貴重な話を聞きだせるはず。また、バービーの質問は、さんまの実例を知ることにより、自分の贈答の範囲が決められるので実用的という意味で有益だろう。大久保の質問は、いちいち自分の評価が気になりがちな一般人にとっても参考になる。“死”や“義理”、“評価”についての質問はさんまにとっても答えやすく、視聴者にとっても新鮮だったことだろう。

 が、それに比べると、キャリアの差というべきか、尼神インターの誠子は、ヘタだったのではないか。誠子は「みなさんに聞いてみたい」という形で、先輩を含めたオンナ芸人に「女の幸せって何なんやろうなと思うんです」と切り出す。誠子は「大好きな人に『結婚するから、お笑いやめて』と言われても、やめられない」そうで、「オンナとして幸せになれないのかなと思って」と結んだ。

 先輩たちが仕事について聞いたので、かぶらないようにと、“女子らしい”話をしようと思ったのかもしれないが、誠子の発言は「結婚とお笑いなら、お笑いを取る。結婚を選ばない人生は、オンナとして不幸なのではないか」と解釈することもできるわけだ。独身の先輩をバカにしているだけでなく、テレビの向こうの女性たちをもコケにすることにつながると、気づいていない。

 また、この話に先輩後輩がコメントしやすいか、限られた時間の中でオチがつくのかについても、考えていない。本人が腹の底でどう考えていようと勝手だが、テレビに出て話す際は、二重三重に配慮が必要なのである。

 あさこが「30歳前だから、揺れ動く時期かもね」とうまい具合に話を逸らすが、先輩陣はツッコミを忘れない。相席スタート・山崎ケイは「相手不在で、これ考えてるんですよ」、椿鬼奴は「誰からも仕事辞めろって言われてないんでしょ? なら仕事してればいいんだよ」と、誠子の悩みが想像上のものだから気にする必要はないとオチをつけた。

 それでは、なぜ誠子は起きてもいないことで悩むのだろうか。オンナ芸人も結婚して出産する人が増えている中、名前の知れたオンナ芸人が「結婚するから芸人を辞めます」と選択することは、ほぼないだろう。男性の立場から考えてみても、売れているオンナ芸人はそれだけ収入も高いわけだから、自分が左うちわで暮らせるというメリットがある。オンナ芸人が仕事を辞めない方が、男性側も助かるわけだ。

 実際に起きてもいない、また身近な事例で考えてみてもほとんどないケースで誠子が悩むのは、未来が明るいと信じているからではないだろうか。

 生死に関わること、また金銭問題などの苦労から悩みが生まれることもあるが、誠子の悩みはその手の深刻さはない。結婚するからお笑いを辞めろと迫られることは、大前提として売れ続けていることが条件で(仕事が月に1~2度しかなければ、辞めるという話にはならないだろう)、かつ恋愛では相手に強く求められていると見ることもできるから、甘美な響きがないこともない。つまり、自分の仕事は好調で結婚したいと思える相手に出会えると信じているからこそ、この悩みが生まれるわけだ。

 かつて、オンナ芸人は、自分のブスさを自虐してネタにしていたが、今は「ブスなのにいい女気取り」を笑う方向にシフトしつつある。しかし、このキャラは“ブス”と“いい女”を天秤にかけた時、ちょうど釣り合っている状態を保たないと、芸人として成立しないだけでなく、人から「本当に自分のこと、いい女だと思っている」と思われ、叩かれる可能性も秘めている。同番組で、さんまは「お笑いはほかの人より下と思われることで、笑ってもらえる」と話していたが、誠子が「本当にいい女」になってしまうと、笑えないのだ。

 ネタを見せる番組が少ない今、芸人の人気は好感度に支えられている。匙加減を間違うと、一気にバッシングの対象になる、なんてことがないとは限らない。今の芸人に一番大事なんは、誤解を招かないという意味の守備力なのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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及川光博と離婚……檀れい、過去の「別居疑惑」記事に見る“ワケあり母”との関係性

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<今回の有名人>
「笑顔で出した結論です」檀れい
(及川光博・檀れい 離婚報告、11月28日)

 プライベートを露出することで注目を集めようとしない、歌や踊りなどの純粋な“芸”で人を楽しませる芸能人も、離婚となればいちいち世間サマが納得してくれそうな理由を説明しなければいけないのだから、芸能人というのは因果な商売である。

 ミュージシャン・及川光博と女優・檀れいが離婚を発表した。結婚当初から不仲や別居といった報道がされていたため、「離婚に近い夫婦」とみられていた時もあったが、いつの間にか不仲説は消えていた。それだけに驚いたファンも多かったのではないだろうか。

 2人とも夫婦ウリをしていないので、離婚したところで仕事には何の支障もないが、なんとなく思い出される記事がある。2012年9月13日号の「女性セブン」(小学館)が、及川と檀について「別居か」と不確定な形で報じていたのだ。

 檀は夫である及川とは住まず、実母の家にいるという。その理由を檀の“知人”は、「及川がワケありの檀を受け止められなかった」と話していた。

 檀の母親は、檀が宝塚音楽学校に入った頃に、夫を捨て、檀の妹を連れて駆け落ちしているという。檀から見て継父にあたる男性が交通事故で亡くなった後、檀が母親と妹を金銭的に援助していたそうだ。

 結婚後も、檀が2人の面倒を見るつもりでいたが、いざ結婚してみたら、及川がドラマ『相棒』(テレビ朝日系)を降板、収入は檀の半分以下となる。檀は早く子どもが欲しいと思っていたものの、収入が激減したことで仕事をたくさん入れざるを得なかった。そうすることで、すれ違いが生まれたのだという。さらに檀の妹が結婚したことで、母親は1人に。檀は及川に母親の面倒を見てもらいたいと思っていたが、及川はいい顔をせず。檀の知人は「及川さんが手に入れたかったのは“妻”ではなく“宝塚”の檀さんだったのかもしれません」と見解を語っていた。

 まとめると、檀は及川のせいで子どもも作れず、働かざるを得なかった。それなのに、及川は親の面倒も見てくれない。及川が愛したのは、スターとしての檀で、人間として愛しているわけではない……と言いたいのだろう。

 週刊誌において、「〇〇の知人」は「〇〇」に都合の良い話をするのが定石なので、及川サゲのエピソードを披露したのだろう。「及川冷たい!」と共感する人もいるかもしれないが、私は檀の言い分に違和感があった。

 芸能人という不確かな仕事をしている以上、収入が変化することは十分あり得る。収入が減ったとしても、それは責められないのではないだろうか。また、及川に檀のお母さんの面倒を見てもらいたいという発想も、ちょっと極端に感じる。人気芸能人が家族の生活の面倒を見ることはよくあるが、妹さんが結婚したのであれば、お母さん1人を見ればいいことになり、金銭的負担は減って楽になるはずだ。記事を読む限り、お母さんは日常生活を1人で送るのに差しさわりがある状態には感じられないため、同居は必要なさそうだ。それなら今まで通り、金銭的な援助を続ければいいのではないだろうか。どうして、「及川に面倒を見てほしい」ところまで飛躍してしまうのだろうか。

 断っておくが、私は親の面倒を見なくていいとか、見捨てろと言っているのではない。

 お母さんが健康に生活を送っているなら、これまで通り金銭的援助はそのままにして、時々会いに行くというスタイルをとればいいのではないだろうか。なぜ夫と離れて、お母さんと同居する必要があるのだろうか。親の面倒を見ることは“親孝行”とされ、「いいことだ」と言われる。しかし、特に差し迫った事情があるわけでもないのに、本来の自分の持ち場……檀の場合、結婚した家庭ではなく親を優先するのだとしたら、それは「親から離れられない」という依存ではないかと思う。

 檀は、及川が特に健康状態に問題があるわけでもない「母親の面倒を見てほしい」と言ってきたら、諸手をあげて大賛成できるのだろうか。もし躊躇するとしたら、及川と同じである。「優しい」とか「冷たい」という言葉で片づけられる問題ではないのだ。

 一般人の世界でも、ワケありの母親より、娘の方が経済力や行動力を持つようになると、娘が親孝行に勤しむ話をよく聞く。このケースがうまくいくのは、“他人が入ってこない”状態の時である。娘に彼氏ができたり、結婚すると、母親は最優先されなくなったことに不満を感じ、娘は娘で、自分の母親を“常に”気遣ってくれない彼氏や配偶者を「冷たい」と感じる。こうなると、娘の配偶者は母娘共通の“敵”となる。

 檀がそうだと決めつけるつもりは毛頭ないが、ワケありの家庭に育ち、成功した娘ほど、家族との“境界”がわからないことは多々ある。人間関係には、段階と関係に応じた“助け方”があるはずなのに、家族だと境界線が引けず、「お母さんのために給料を全部渡す」といった具合に、極端な接し方しかできなくなってしまう話はよく聞く。

 及川と檀は、離婚を報告する書面で「笑顔で出した結論です」と述べた。笑顔で離婚を決める人はあまりいないと思うが、もしかしたら、及川を憎む隙もないほどに、檀の頭の中を占めていたのは、母親のことなのかもしれない……そんなことを思ったりもする。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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オードリー・若林正恭、『黄昏流星群』トークに感じた「ピュアな恋」への盲目的な憧れ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「40~50代の男女の出会いは、10代の時のようなピュアさがある」オードリー・若林正恭
『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送、11月10日)

 よっぽどの大御所は別として、芸能人は芸能界で生き残るために、常に名前と顔をアピールし続ける必要がある。そのためには、本来、他人に晒さなくてもいいこと、例えば、恋愛や結婚、出産をネタにして、話題を集めることもある。特に女性芸能人は、これらのネタで同性の視聴者の共感をうまく稼げれば、仕事を増やすことができるだろう。失恋や離婚を積極的に経験したい人はいないだろうが、芸能人の場合を考えると、それで仕事を増やせれば、大成功である。

 そういう意味で、失敗したように見えてしまうのが、女優・南沢奈央である。一回り年上の人気芸人、オードリー・若林正恭との熱愛が報じられたのは、今年の1月。若林は本業のお笑いに加え、『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA)で斎藤茂太賞を受賞、CMにも出演している。円熟期を迎えた芸人と、年若の女性というカップルは芸能界でよく見かけるだけに、結婚も射程範囲だと思われたが、破局してしまったようだ。

 若林は「私の度量の狭さです」と『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で説明し、詳細は語らなかった。女性を守ったという見方もできるだろうが、芸能人として考えると、この発言で損をするのは南沢ではないだろうか。2人の間に実際に何があったのかはどうでもよい。若林の度量が狭いので破局した設定にするのなら、それらしきエピソードを披露して視聴者を納得させてくれないと、若林が“かばっている”感じがするのだ。若林は女性をかばうことで株を上げることができるかもしれないものの、南沢は「人に言えないクセがある」などと思われて、マイナスイメージになりかねない。同番組で若林は、南沢から「今回のこと、笑いにしてくれていいからね」と“許可”をもらったと言っていたが、それなら、腕によりをかけて南沢のイメージを上げるようなことを言ってくれないと、南沢のプラスにはならないだろう。

 そんな若林は同番組で、最近、『黄昏流星群』(小学館)にハマっていると話していた。現在、フジテレビで放映されているドラマの原作で、『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)で共演するウッチャンナンチャン・南原清隆に勧められたそうだ。

 もともと、若林は女性向けの恋愛漫画が好きではないという。その理由として「20代が30代前半のオトコをどう落とすかみたいな話になると、『40だから、こっちは』(と思う)」と、自分は蚊帳の外な存在であるため、物語に入り込めない点を挙げ、さらに「(漫画から)『女はこんな腹黒く考えてるんでござい』みたいな。『ビビリなさい、オトコたち』みたいな(圧を感じる)。実際、ビビるし」と続け、女性が打算を張り巡らせて、相手を選ぶことに恐怖を感じるからだと説明した。

 しかし『黄昏流星群』にはそれがないと語る若林。その理由を「40~50代の男女の出会いは、10代の時のようなピュアさがある」と説明した。若い方はご存じないだろうが、90年代に「恋は遠い日の花火ではない。」というウイスキーのCMが話題を呼んだことがある。俳優・長塚京三が、部下のわっかい美人OLに「課長の背中を見るのが好きなんです」と言われ、図らずもときめいてしまうというものだったが、40~50代の恋愛とは、条件ではなく、こういう些細なことで始まると、若林は言いたいのかもしれない。

 が、思い出してほしい。10代の時の恋愛って、そんなにピュア一辺倒だったろうか。社会的に見れば子どもではあるが、「〇〇クンとつきあえたら自分のステイタスが上がる」とか、「彼氏がいる自分が好き」と言った具合に、子どもなりの“計算”は存在するだろう。それに男女とも、相手を好きだと思っているものの、それは性に対する興味ではないと言い切ることは難しいのではないか。10代の恋愛だからピュアとは言い切れないのである。

 そもそも、『黄昏流星群』だって打算バリバリである(ネタバレを含むので、ドラマ版を楽しみにされている方は、ここから先は読まないでいただきたい)。

 ドラマは、原作『黄昏流星群』の中の『不惑の星』がベースになっている。仕事ひとすじだった妻子ある銀行マンが、子会社への出向を命じられ、失意の中、スイスに旅立つ。そこで知り合った日本人女性と不倫関係に陥り、夫婦不仲だったこともあり、家庭を捨ててもいいと思うようになる。しかし、突如、銀行への栄転が決まると、女性スキャンダルがご法度の銀行マンらしく、女性と距離を置き始める……という内容だ。

 左遷されて淋しくなれば女性を求め、栄転が決まると、保身のために女性から離れる。若林は女性向け恋愛漫画に描かれる女性の腹黒さを怖いと発言していたが、青年向け漫画である『黄昏流星群』だって十分腹黒いし、打算的なのではないか。恋愛感情を美しいものと解釈する人は多いが、そこには男女年齢を問わず、無意識のうちに打算や性欲、嫉妬など理性で割り切れない気持ちが混じっているのではないか。打算のない恋愛がこの世に存在すると私は思わない。

 恋愛がピュアなものかという解釈はそれぞれに任せるとして、確かなことは、若林が「ピュアな恋に、盲目的に共感する」ということである。だからこそ、今回の破局を、南沢の仕事にプラスになるようにするという芸能人としての気の回し方ができなかったのかもしれない。なお、最後に付け加えるが、若林の彼女志望の女性たちよ、ピュア芝居を磨け。ここが若林攻略の最大のヤマであるような気がする。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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浜口京子、世間が求める完璧な“メダリスト像”のウラに……娘を縛りつける父と母の陰

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「恋愛は積極的になれない」浜口京子
『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系、11月11日)

 芸能人はイメージ商売であることは言うまでもないが、時と場合によっては、“キャラ変”ができるという自由を持つ。しかし、そうはいかないのがオリンピックのメダリストではないだろうか。

 1992年、バルセロナオリンピックの平泳ぎで、金メダルを獲得した岩崎恭子の不倫疑惑を「フラッシュ」(光文社)が報じた。岩崎は不倫を認めブログで謝罪したが、さっそく仕事に影響が出ているようだ。「会の趣旨にそぐわない」ということで、講演会のキャンセルが決定したという。講演会は、拘束時間が短い割にギャラがよく、ネタの使い回しもできるので、著名人にとっていい収入源だろうから、この痛手は大きいはずだ。講演会のタイトルは「幸せはいつでも自分でつかむ」だったそう。努力家で克己心が強く、メンタルも強いと思われているメダリストが、不倫という肉欲に走ることは、ふさわしくないと判断されたのだろう。

 メダリストは不倫さえしなければいいのか、というと、そうでもないように感じる。女優・深田恭子が“親友”であるリオデジャネイロオリンピック銀メダリスト・吉田沙保里の誕生日を祝ったことをインスタグラムで報告した。親友と言う割に、深田は昨年、吉田の誕生日を祝うのを忘れたそうだが(吉田は深田の誕生日を祝っている)、この投稿をきっかけに、吉田に対する「東京オリンピックに出るつもりがあるなら、練習しろ」という意見をネットで見かけるようになった。メダリストとは寸暇を惜しんで練習すべきであり、華やかな芸能人との交友はふさわしくないものだという認識があるのかもしれない。

 もしそうなら、世間が求めるメダリスト像とは、結果を出しつつ、浮ついた行動をしない人ということになるだろう。となると、パーフェクトな存在がいる。レスリングの浜口京子である。父親は元プロレスラーのアニマル浜口。父の特訓を受けた娘がメダリストになるというのは、日本人の好む美談であるし、アニマルの「気合だ!」というパフォーマンスも、テレビ受けする。

 浜口はかつて『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)で、「彼氏がいたことがない」と告白していた。恋愛未経験の女性にアレコレ言うことは、バラエティーであってもセクハラだとして、視聴者に不快感を与える可能性がある。しかし、浜口の場合、超人的な練習を重ねた結果メダルをつかんだことが知られているので、彼氏を作ることが物理的にほぼ不可能だからと解釈される。ゆえに共演者もいろいろ言いやすいし、視聴者も安心して見ていられるだろう。

 浜口自身も恋愛未経験でいじられることに、抵抗感がないのではないだろうか。

 「恋しているの?」という質問の答えは、「している」もしくは「していない」の2択であり、3秒もあれば答えられる質問だと私は思うが、浜口ははにかみながら、くねくねして答えを引っ張る。それを女優やタレントに「かわいい」と褒められる姿は、もはや定番である。

 11月11日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)に出演した浜口は、ここでも“恋愛にウブ”キャラで臨む。おネエ軍団への相談として、「マットの上では積極的になれるけれど、恋愛では積極的になれない」と打ち明けるのだ。「出会い系サイトに登録しろ」とか「お酒を飲んで、スキを見せろ」という、どこかで聞いたことのある解答でオチがついたが、確かに浜口の恋愛は難しかろうと思うのだ。

 なぜかというと、親がブレーキをかけているように私には見えるから。

 『爆笑!いいね動画シアター』(フジテレビ系)で、浜口が父のアニマルにドッキリをしかけたことがある。浜口がアニマルに、俳優をしている男性を紹介し、結婚していいか承諾を求めるというドッキリだったのだが、アニマルは反対する。その理由が「浜口京子は、自分だけの娘ではない。日本の浜口京子、世界の浜口京子なんだよ」「そんな簡単に京子を持っていかれちゃ困る」というものだ。

 メダリストである娘に、有名でもない俳優はふさわしくないと思ったのかもしれないが、どうも男女交際そのものに抵抗感があるように見えた。

 また『とんねるずのみなさんのおかげでした』(同)に“石橋温泉”というコーナーがあった。とんねるず・石橋貴明が女性芸能人と温泉に行き、悩み相談に乗るというものだが、ここに浜口が出演したことがある。

 例によってくねくねしながら、恋愛がうまくいかない話をしており、そこに「結婚に関してお父さんはこう言っている」といった具合に、親の意見をちょいちょい混ぜる。石橋は「年齢も年齢なんだから、自分の幸せ考えたら?」と正論で返すが、全然響いていない様子。ここでアニマルと母親が登場し、娘に結婚してほしいと口では言うものの、発想が割りとぶっ飛んでいる。

 浜口が男性とデートをしていると、両親は「どこかで監禁されているのではないか」と心配になり、家のドアの前でまんじりともせず待っているそうだ。浜口は、両親の愛情エピソードだと理解しているようだが、常識的に考えて、そんな男性はほとんどいないだろう。結局、両親は浜口をいつも自分の目の届く場所に置いておきたのではないだろうか。浜口が恋愛結婚を希望している場合、デートぐらいで文句をつけられているようでは、なかなか先に進めないのではないか。

 日本のバラエティーでは、“結婚していない女性”は需要があるので、本心は別として、浜口が“恋愛未経験キャラ”で続けるのであれば、仕事が増える可能性はある。でも、もし浜口が本気で結婚したいなら、とりあえず自宅から100メートルの距離でいいから、鍵を渡さないかたちで一人暮らしをしてみることを勧める。ものすごい解放感に気づくかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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