剛力彩芽、仕事激減で“ジリ貧”の今だからこそ――ZOZO前澤友作氏にねだるべきもの

剛力彩芽、ジリ貧でも女優業に意欲……彼女に伝えたい「ZOZO前澤友作氏の使い方」

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「30歳までには、代表作と言われるものを作りたい」剛力彩芽
『バイキング』(フジテレビ系、3月11日)

 女優・剛力彩芽がイブ・サンローランのイベントに登場し、株式会社ZOZO代表取締役・前澤友作氏との交際発覚後、初めて報道陣の取材に答えた。

 前澤氏と言えば、総資産3000億円ともいわれる資産家。女優と資産家という組み合わせは王道だが、「剛力はカネに目がくらんだ」と一部から反感を買ってしまう。その炎上に油を注いだのは、二人のSNSだった。剛力は昨年のワールドカップ2018ロシア大会決勝戦をモスクワで観戦し、「凄いところにいる、夢みたい。感謝」とインスタグラムに投稿。前澤氏のプライベートジェット(50億円の代物だと前澤氏がTwitterで説明)でロシアに飛び、飲食代金を含めて一人220万円のチケットを買って観戦したそうだ。

 「凄いところにいる、夢みたい」という投稿は、ワールドカップというお祭りに参加して、高揚していると見ることもできるが、「カネの力で、夢のようなすごいところに行った」と解釈できなくもない。こうした剛力を、『とくダネ!』(フジテレビ系)司会の小倉智昭は「どうして、これを大っぴらにしたいのかな」、明石家さんまは『ヤングタウン土曜日』(MBSラジオ)で、「自家用ジェットに乗ったら、オンナ、落ちるで」とあてこすった。

 それ以来、炎上と言わないまでも、剛力がインスタを更新するたびにネットニュースになった。事務所から叱られたのか、剛力はそれまでの投稿を一旦削除したが、新しい投稿も以前と大して変わりがなく、私は逆に笑ってしまった。反省したふりをして、さらに大衆の興味を引き付け、ツッコませているのだとしたら、それはオオモノの証しである。

 それよりも、私が気になったのは、前澤氏の言動である。元芸能人(Switch Styleというバンドのドラマー)の血が騒ぐのか、前澤氏は大衆に愛されたいという願いが再燃してきたのかもしれない。昨年8月には、Twitter上で「前澤友作を応援したいか?」とアンケートを募り、10月になるとフォロワー100万人を目指しているものの、なかなかフォロワーが増えないことに対し、「みんな助けて」と呼びかけている。今年の正月には、前澤氏をフォローすること、リツイートすることを条件に、前澤氏のポケットマネーから、100万円を100人にプレゼントすると発表した。お年玉ほしさにフォロワーは激増し、一時は600万人に達したが、プレゼント企画が終わるとフォローを外された。しかし、現在でも460万あまりのフォロワーがいるわけなので、昨年の「フォロワー100万人」という目標は軽く達成したことになる。目的は必ず達成する人と見ることもできるが、「経営の手腕は優れていても、おとなげない」と思った人もいるだろう。

 そんな前澤氏は2月、本業であるZOZOが上場以来初の減益となったことで、Twitterの休止を宣言した。一方の剛力は、CMの契約は更新されず、ドラマにも出ていない。パーソナリティーを務める『剛力彩芽 スマイル S2 スマイル』(ニッポン放送)が3月いっぱいで終了するという。前澤氏との恋愛が取りざたされる中の終了は、偶然なのか、それとも意図的に外されたのかは不明だが、剛力の仕事がジリ貧化していることは間違いないだろう。

 そんな状況に危機感を持っているのかもしれない。剛力は『バイキング』(フジテレビ系)で、「英語を勉強したい」「和物が好きなので、お茶やお花を勉強したい」と新しい“剛力像”を探っているとも取れる発言をしていた。「映画はより強くチャレンジしていきたい」「30歳までには、代表作と言われるものを作りたい」という発言からは、女優を引退する意志がないことがわかる。

 しかし剛力よ、キミはすでに前澤友作という代表作を持っているではないか。

 吉永小百合のような昭和の清純派女優にとって、恋愛はご法度である。しかし、今の女優は恋愛が代表作になる時代ではないだろうか。例えば、米倉涼子。ドラマの視聴率が良くない時代に、高視聴率が見込める女優の一人であり、彼女の出世作といえば、松本清張原作の悪女もの『黒革の手帖』(テレビ朝日系)を連想する人は多いだろう。知名度のない女優が、主役を張ることは稀である。それでは、米倉の知名度を上げたものは何かと言えば、恋愛ではないだろうか。米倉はNHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』で市川海老蔵(当時、新之助)と共演し、まもなく熱愛が発覚した。

 今でこそ、歌舞伎界きっての大名跡・市川團十郎をまもなく襲名するため、ストイックに芝居と子育てに打ち込む海老蔵だが、当時は「お育ちはいいが、素行の悪いおぼっちゃん」というイメージだった。結婚はしていないものの、女性との間に子どもをもうけ、米倉と交際している最中も、ほかの女性とのうわさが持ち上がっていた。恋愛と結婚は違うというのが、梨園の掟だそうだが、交際が深くなるにつれて、米倉に梨園妻が務まるのかも話題になった。

 毎週のように週刊誌に掲載されることで、米倉の知名度は上がっていく。プレイボーイ海老蔵が長く交際するのは、それだけ米倉が魅力的だということ。海老蔵との恋愛は、米倉にとって最高のプロモーションだったのではないだろうか。米倉は、海老蔵からイメージアップのチャンスを与えられ、それを成し得たと私は見ている。

 剛力と前澤氏の場合はどうだろうか。二人の本意は別として、結果的にSNSの投稿で反感を買ってしまった。二人して本業もかんばしくない。しかし、これは「いいこと」ではないだろうか。剛力と前澤氏を「調子に乗っている」と見る人からすれば、二人の停滞は、「バチがあたった」と思えるので、溜飲が下がるだろう。セレブ自慢をしたら、仕事がなくなったというのは、子どもの頃に読んだ教訓めいた童話のようだ。

 だからこそ、今、剛力は逆にチャンスだと見ることができるのではないだろうか。剛力が映画に興味があるのなら、出るべきだ。前澤氏が映画のスポンサーなら、そのポジションはたやすく手に入るようにも思う。

 しかし、前澤氏はスポンサーになったとしても、その事実を公表してはならない。映画はとんでもなくカネがかかると言われるが、その額をTwitterにも書かず、世間にも公表せず、剛力のために使うのだ。

 結婚を「男の誠意」と解釈することがあるが、相手にカネを使うことも誠意を表す一つの方法である。ニュー剛力を生み出すために、先に仕事をねだれ。その回答にこそ、前澤氏の誠意が含まれているのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

山崎ケイの「ちょうどいいブス」キャラは、人をトリコにする? 炎上の背景に見えてくるモノ

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「出会いよ、出会い」相席スタート・山崎ケイ
(三菱地所CM「新しい匂いのする街」シリーズ「丸の内の健康意識篇」)

 芸人がネタ番組以外でテレビに出るには、キャラが要る。このキャラは、その芸人の真の姿である必要はなく、周囲とかぶらず、かつインパクトがあればよい。そういったセオリーに則ったであろうオンナ芸人、相席スタート・山崎ケイの「ちょうどいいブス」は、炎上騒ぎを2回経験している。炎上は珍しくないが、2回となると「ちょうどいいブス」が、誰かの神経を逆なでする、もしくは“トリコにする何か”を持っていると考えていいのではないだろうか。

 「男性はブスが嫌い」と巷間思われているが、一部の男性に“かわいげ”を感じさせるという意味で言うのなら、「ちょうどいいブス」は最強である。美人に失礼なことを言えば、嫌われてしまう。職場で女性に「おまえはブスだ」と言えば、ハラスメントになって問題になりかねない。しかし、女性側が「ちょうどいいブス」を自称するのなら、「ブスと言ってもいい」「下に見てもいい」「かつ、怒らない」という三原則が揃う。上から物を言いたい男性にとって、「ちょうどいいブス」は、ある意味キュートな存在だろう。

 最初の「ちょうどいいブス」炎上は、花王のヘアケア製品「エッセンシャル」のPR動画だった。山崎が同社の製品を使うと、「ちょうどいいブス」から「いいオンナ」になるというものだったが、批判が殺到。同社は謝罪するとともに、動画を削除した。制作側は、「山崎が“ちょうどいいブス”と自称しているのだから、女性蔑視ではない」と思ったのだろうが、たとえ自称であっても、顧客に夢を与える空間で、そのメイン層の女性を侮蔑する言葉を平気で使う見識の低さが炎上の原因なのではないか。

 2回目の炎上は、読売テレビが山崎の著書『ちょうどいいブスのススメ』(主婦の友社)をドラマ化すると発表した時だった。同署はモテ指南本なので、読売テレビ側は「ちょうどいいブスが、美人よりモテるなんて夢があって、ドラマにふさわしい」と考えたのだろう。一方の視聴者側は「男性に査定されて、モテることが幸せという時代ではない」と大炎上。とうとう、ドラマのタイトルが変更されることになった。ドラマの脚本は山崎が書いたものではないし、山崎のように“何としてでも男にモテたい”という価値観はあってもいいと思うが、山崎自身にもバッシングの火の粉が飛んだ。

 そんな山崎、最近は三菱地所のCM「新しい匂いのする街」シリーズ「丸の内の健康意識篇」に、女優・高畑充希と共に出演している。このCM、見ようによって、感想が違ったものになってくるあたりが、面白いと思う。

 「丸の内は健康意識が高い」という高畑のナレーションから始まるCMは、「健康意識」という言葉を、単純に「健康に気を使っていること」と解釈するか、「意識高い女性が気を使いがちなこと」と解釈するかで、見え方が違うのではないだろうか。

 CM内容はこうだ。山崎と高畑がレストランで食事をしているが、山崎は「焼きそばのそば抜き」を注文し、高畑に「それってただの野菜じゃ」と突っ込まれている。食事を終え、山崎は「さぁ、走るわよ」と意気込むが、途中で脚が吊って動けなくなる。そこにイケメンが現れ、おんぶしてもらうことに。高畑が「お知り合いですか?」と尋ねると、山崎は「出会いよ、出会い」と仮病であることをほのめかす。

 このCMを「健康に気を使っていること」という観点から見るのなら、糖質を気にして「焼きそばのそば抜き」を頼むのも理にかなっているし、皇居ランも打倒な選択だろう。食事や健康に気を付けた結果、イケメンとお知り合いになれたというご褒美もついてくるので“いい話”である。

 それでは、「意識高い女性が気を使いがちなこと」と解釈するのなら、どう見えるだろうか。

 『女が女に怒る夜』(日本テレビ系)など、オンナ芸人や駆け出しのタレントが嫌いな女の話をする番組で、必ずといって例に出てくるのが、この「意識高い女」である。例えば、モデルの真似をして、体が冷えないように常温の水を飲んだり、オーガニックの食品しか口にしない女性などを指すそうだが、なぜモデルなら許されて、一般人女性だとイラつかれるのかと言えば、結果の差だろう。「意識高い」という言葉は、「声高に努力を語る割に、結果が追い付いていない人」を小バカにしていると言えるのではないだろうか。

 こうした「意識高い女性が気を使いがちなこと」という観点からみると、山崎が「焼きそばのそば抜き」を注文して高畑に突っ込まれるシーンは、「やる気はあるけれど、抜けがある」エピソードに思えてくる。また、それを伏線だと解釈するなら、おんぶしてくれたイケメンと山崎がうまくいくことは「ない」と想像がつくだろう。このように、三菱地所のCMは、その人の悪意の含有量で、見え方が変わるCMなのである。

 悪意を視聴者に任せるという手法を番組で用いているのが、芸人・有吉弘行ではないだろうか。『有吉弘行のダレトク!?』(フジテレビ系)で、有吉はアシスタントを務めるフリーアナウンサー・高橋真麻に正面切って「ブスだなぁ」と述べるなど、有吉いわく「高橋英樹公認のブスいじり」をしてきた。しかし、そういった発言が炎上のもとになる風潮を察したのか、最近有吉は、外見を下げる言い方はしない。その代わり、有吉は逆に女性を一律褒めだしたのだ。

 例えば、『有吉反省会』(日本テレビ系)で、女性レギュラーやゲストを「反省会の美女軍団を用意しました」と言うのがまさにそれで、「その通り、美女だ」と肯定するか、「どこが美女だよ」と否定するかは、見る人に任される。確かなことは、有吉は言葉で女性をけなしていないので、クレームはつかないということだろう。

 クレームと言えば、不思議なことが一つ。ニュースサイト「週刊女性PRIME」が「女性が選ぶリアル“ちょうどいいブス”芸能人は?」という企画を行ったのだが、これは炎上しなかった。花王と同じく、女性週刊誌も女性を主な顧客としているだろうから、顧客である女性に対して侮蔑的な表現を取るのは禁忌だろう。そして、ブスと査定されることが嫌だ、失礼だと言いながら、「この人がブスだ」とブスチョイスに参加する女性も存在するわけだ。しかし、この記事は燃えない。私はここに、一つの深層心理が隠されているような気がしてならないのだ。

 自分がブスと言われるのは絶対にイヤだけど、人に言ったり、人が言われるのは面白いと感じる女性も、それなりに存在するのではないだろうか。有吉が(直接的な言葉は封印しても)容姿いじりを続けるのも、「ブス」が大衆ウケする不滅のコンテンツだと読んでいるからかもしれない。山崎の「ちょうどいいブス」は、案外長持ちするキャラになりそうな予感がする。

「地元の友達に負けたくない」横澤夏子が憧れる、“キラキラした東京生活”の大いなる盲点

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「東京を味わえる、一番キラキラした区に住みたい」横澤夏子
『中居くん決めて!』(TBS系、2月25日)

 タレントがテレビで不動産を見せる、探すというのは、結構ナーバスな部分を含んでいる。どんな不動産を持っているか、もしくは借りたいかを話すことで、自分の財布事情がモロバレするからだ。特に賃貸物件の場合、家賃は給料の1/3程度に抑えるべきという“言い伝え”がある。となると、賃貸物件の値段がバレるのは、月収、ひいては年収もバレるということだ。

 格差が広がり、リア充を嫌うこのご時世、テレビで不動産を見せる、探すタレントは限られている。「自宅や別荘の内部を見せるのはタレント・IKKO」「高級物件を狙って探すのは日本のインスタ女王である渡辺直美」といった具合に、キャラの立ったタレントしか思い浮かばない。化粧品ビジネスで一発当てたIKKOと、今や世界的セレブになりつつある直美なら、「視聴者も『高級物件がふさわしい』と納得するだろう」と制作側が思っているのではないだろうか。

 こういう流れの中、『中居くん決めて!』(TBS系)で、久しぶりに上記の2人以外で不動産を探す芸能人を見た。芸人・横澤夏子である。21歳の頃から婚活パーティーに行くなどして婚活に励み、2017年に念願の結婚を果たした。相手は一般人男性で、利便性を考え、現在は都心の駅から近いマンションに住んでいるが、手狭なために引っ越しをしたいという。それなら、いっそ賃貸ではなく、購入した方がいいのかを、番組MC・中居正広に決めてもらいたいそうだ。

 横澤の条件は、港区、中央区、千代田区という「東京を味わえる、一番キラキラした区」。賃貸であれば、「駅から徒歩5分以内、3階以上、家賃14万程度」の物件を探しているという。このエリアに住んだことのある人なら、即「無理だよ」と答えるだろうが、恐らく、わざと無知な設定にしているのではないだろうかと思う。上述した通り、家賃は年収を連想させる。横澤が的確な条件を掲げると、「それぐらい稼いでいますよ」と言っているようなものなので、彼女にとってはマイナスだろう。また、横澤は芸風として“キラキラした女性に憧れるキャラ”で売っているので、実際の収入は別として、テレビ上では「住みたいけど、住めない」ポジションでなければならない。

 番組は格安物件から、億ションまで紹介するが、横澤が気に入ってかつ経済的に手の届く範囲の物件はなかった。同番組のゲストであるサンドウィッチマン・伊達みきおや富澤たけしは、「賃貸で様子を見て、家族が増えたら購入を考えれば」と勧めたが、中居は「賃貸にお金を払うのがストレスになっているのであれば、物件に出会ったら、即購入する」ことを勧めた。

 横澤は、この番組に出演することで、キラキラに憧れるキャラを演じることができた。オリンピック後に地価や物件の値段は下がるかもしれないということは、前から言われており、今後、横澤のように家を探す新婚さんは増えるかもしれない。となると、横澤に今後、物件探しの仕事が来ることも考えられるので、この出演はビジネスとしてプラスだろう。しかし、もし横澤が、港区、千代田区、中央区を「東京を味わえる、一番キラキラした区」だと思って、キャラやビジネスではなく本気で定住したいと考えているのだとするのなら、結構しんどいのではないだろうか。

 横澤は『文藝芸人』(文藝春秋、17年)で、自らの原動力について「地元(新潟県糸魚川)のOLの友達に負けたくない」と書いていた。もちろん、芸人だから、あえて露悪的に書いている部分はあるだろうが、見ず知らずのインスタグラムの女性の投稿をあれこれ言う芸風から考えると、他人の視線が気になるタイプ、もっと言うと自分が一番だと言われたい性質であると見ることもできるだろう。

 「地元のみんな、見て。私は東京のキラキラした区に家を買ったの!」とアピールしたい気持ちもあるのかもしれないが、横澤の地元の人は、地元の価値観で生きているので、「芸能人として一発当てて、東京のおしゃれエリアに家を買う」ことがうらやましいと思ってくれるとは限らないのだ。実際、横澤は「文藝芸人」で「うちの地元じゃ、墓守をする人=家を継ぐ人が一番偉いという考えなのです。だから、給料がいいことなんて、まったく自慢にならなかったのです」と明かし、そのことを知って、「泣きながら家に帰った」とも書いていた。横澤の故郷だけではなく、日本の至るところに、市役所など安定したところに就職して、二世帯住宅を建て、親に孫の顔を見せることが幸せだと信じる人はいる。高年収の企業に就職して、独身で海外赴任してしまうよりも、低収入でも、親と暮らす、子だくさんの元ヤンの方が褒められる世界は、確かに存在するのだ。

 また、上沼恵美子が『怪傑えみちゃんねる』(関西テレビ)で、かつて歌手デビューした時、セールスが一番悪いのが地元・淡路島だったと話していた。「同じ地元民なのに……」という理由で妬みが生まれ、応援する気持ちになれないということらしい。その代わり、ブレークすると「私が育てた」「えみちゃんとは親しかった」と言いだすとも付け加えていた。横澤が思ったほど、地元でちやほやされないのは、こういう人間心理も働いているのかもしれない。

 しかし、本当の問題は、横澤がキラキラした区に定住してしまった場合である。横澤の価値観で言うのなら、キラキラした区に住むのは、勝者の証しだろう。ただし、そういうキラキラした区には、保守的もしくは排他的な人も多数いるので、そこに入れば、横澤は単なる新参者であり、代々そこに住む人と比べると“下”なのである。芸人として売れる、つまり勝者になった結果、一番下に行ってコンプレックスを刺激されるという矛盾を味わう可能性もあるわけだ。

 横澤の言うキラキラ願望が、どれほど本気のものかわからないが、地元の人に尊敬されたいなら、両親にお城のような豪邸をプレゼントし、孫の顔を見せるのが効果的だろう。横澤の今の活躍ぶりなら、故郷に豪邸くらいたやすいはず。「横澤御殿」と呼ばれる豪邸が立った時が、かつての同級生への勝利宣言になるかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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「オンナ芸人のブスいじり」が消えつつある今、バービーがニューヒロインになりそうな理由

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「オンナ芸人の人ってどこか自信がないのに、プライドはあるんですよ。もっと素直に愛されよう!」フォーリンラブ・バービー
『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系、2月16日)

 現在放送中のドラマ『人生が楽しくなる幸せの法則』(日本テレビ系)は、もともとのタイトルが『ちょうどいいブスのススメ』だった。相席スタート・山崎ケイの同名エッセイをドラマ化したものだが、SNSで「ちょうどいいブスとは何事か」と炎上。山崎の言う「ちょうどいいブス」の定義が「酔ったらいける」であったことから、「そこまでオトコにへりくだる必要があるのか」「オンナはオトコにジャッジされるべき存在ではない」といった怒りが噴出した。このままでは視聴率にいい影響がないと判断したのだろう。日本テレビは、ドラマのタイトルを変更すると発表した。

 オンナ芸人にとって、ブスはある意味一番簡単に笑いを稼ぐネタだったが、こういった炎上を恐れてだろう。バラエティー番組で、はっきりしたブスいじりを見ることはほとんどなくなった。ジェンダーとして考えれば適切な方向だが、こうなると現場にいるオンナ芸人は、ブスやモテない以外の新しいキャラを早急に見つけないといけない。今、そこから頭ひとつ出ているのが、フォーリンラブ・バービーではないだろうか。

 今から4年ほど前『金曜 ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で、「ホントはイイ女GP(グランプリ)」という企画が行われたことがあった。司会のロンドンブーツ1号2号・田村淳が、独身のオンナ芸人やグラビアアイドルの家を訪れ、料理や掃除、整理整頓が行き届いているかをチェックし、もてなしの心地よさを競うといった内容だった。バービーはこの企画に参加し、淳から高評価を受けていたが、その一方で「結婚願望がない」「結婚していないイコールかわいそうという扱いに納得がいかない」「自分をブスだと思っていない」といった具合に、「オンナ芸人はブスで結婚できない」という既存のフォーマットに異を唱えている。

 2013年に『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)に出演したオアシズ・大久保佳代子によると、オンナ芸人の中で一番性欲が強いのはバービーだそうで、純粋なマッサージに行くときも“何か”を期待して、性欲が強そうなマッサージ師を探すそうだ。マレーシアに旅行に行った際は、インド人のタクシーの運転手に口説かれて、深い仲になったらしい。もちろん大久保は芸人なので、話を盛っている可能性はあるだろう。しかし、外国人男性もOKというキャラは、これまでなかなかいなかっただけに、ビジネスチャンスと見ていいのではないか。

■バービーの行動は視聴者からのクレームがつきにくい

 男性に対してアグレッシブなのは、今も変わっていないようだ。2月16日放送の『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)に出演したバービーは、ガンバレルーヤ・よしこに「男漁りがひどくて、オンナ芸人の品を下げている」と指摘されていた。バービーはSNSでダイレクトメールを送ってくる一般人とデートをし、会ったその日に“ぺろんちょ”(おそらく性行為の意味)したことがあるらしい。SNSが発達した今、有名人と一般人の間でトラブルがあった場合、リスクが大きいのは知名度高い有名人の方である。そのリスクを考えたのだろう、オトコ芸人は「一般の人でしょ?」と驚き、オンナ芸人は「オンナ芸人がみんなそんなふうに貞操観念が緩いと思われたら、困る」とバービーに抗議した。バービーは「オンナ芸人の人ってどこか自信がないのに、プライドはあるんですよ。もっと素直に愛されよう!」と反論していた。

 会ったその日に“ぺろんちょ”する考えの好き嫌いは別として、バービーの行動は視聴者からのクレームがつきにくいだろう。なぜなら、バービーの行動で傷つく人はいないから。バービーはテレビで彼氏がいると明言していないし、独身である。そのため、性に奔放であっても、誰にも迷惑をかけていないことになる。

 女性がよく知らない人と簡単にセックスするなんてと眉を顰める人もいるだろう。安全上の問題や、セックスを長期的に交際するための駆け引きとして使うという観点で言えば、危険な決断かもしれない。しかし、「女性だから」貞操を守らなければならないと考えているとしたら、それは女性の性的な自由を認めない、もしくは女性は性的な経験が少ない方がいいという女性差別にあたる。なので、クレームがあったとしても、「ちょうどいいブス」ほどの盛り上がりにはならない。

 それにしても、テレビは炎上の理由がいまいちわかっていないと思わされることがある。

 性欲が強いキャラで売っているからだろう。バービーはネタのふりをして、陣内智則にキスをしたり股間に顔をうずめ、突き飛ばされてオチを迎えるネタをたびたび披露する。陣内もバービーも視聴者も、同意の上に行われたネタであることは承知しているだろう。けれど、私に言わせるのなら、これもアウトである。もし男性タレントが女性タレントに同じこと、つまり無断でキスをしたり、股間に顔をうずめたりしたら炎上必至のはずだ。女性に差別をしてはいけないのではなく、女性(男性)にやってはいけないことは、男性(女性)にもやってはいけないのだ。放送の最終決定権を持つテレビ局がそういった根本的な部分を理解していないために、表面上は女性に気を使っているが、炎上要素を含んだネタが繰り返される羽目になっている。

 性犯罪でも毎回女性が悪く言われ、ジェンダー観の過渡期を迎える日本で、性欲の強いキャラは実は立ち回りが難しいポジションだ。そこをうまく切り抜けて、性を謳歌する独身のニューヒロインとなってほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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「オンナ芸人のブスいじり」が消えつつある今、バービーがニューヒロインになりそうな理由

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「オンナ芸人の人ってどこか自信がないのに、プライドはあるんですよ。もっと素直に愛されよう!」フォーリンラブ・バービー
『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系、2月16日)

 現在放送中のドラマ『人生が楽しくなる幸せの法則』(日本テレビ系)は、もともとのタイトルが『ちょうどいいブスのススメ』だった。相席スタート・山崎ケイの同名エッセイをドラマ化したものだが、SNSで「ちょうどいいブスとは何事か」と炎上。山崎の言う「ちょうどいいブス」の定義が「酔ったらいける」であったことから、「そこまでオトコにへりくだる必要があるのか」「オンナはオトコにジャッジされるべき存在ではない」といった怒りが噴出した。このままでは視聴率にいい影響がないと判断したのだろう。日本テレビは、ドラマのタイトルを変更すると発表した。

 オンナ芸人にとって、ブスはある意味一番簡単に笑いを稼ぐネタだったが、こういった炎上を恐れてだろう。バラエティー番組で、はっきりしたブスいじりを見ることはほとんどなくなった。ジェンダーとして考えれば適切な方向だが、こうなると現場にいるオンナ芸人は、ブスやモテない以外の新しいキャラを早急に見つけないといけない。今、そこから頭ひとつ出ているのが、フォーリンラブ・バービーではないだろうか。

 今から4年ほど前『金曜 ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で、「ホントはイイ女GP(グランプリ)」という企画が行われたことがあった。司会のロンドンブーツ1号2号・田村淳が、独身のオンナ芸人やグラビアアイドルの家を訪れ、料理や掃除、整理整頓が行き届いているかをチェックし、もてなしの心地よさを競うといった内容だった。バービーはこの企画に参加し、淳から高評価を受けていたが、その一方で「結婚願望がない」「結婚していないイコールかわいそうという扱いに納得がいかない」「自分をブスだと思っていない」といった具合に、「オンナ芸人はブスで結婚できない」という既存のフォーマットに異を唱えている。

 2013年に『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)に出演したオアシズ・大久保佳代子によると、オンナ芸人の中で一番性欲が強いのはバービーだそうで、純粋なマッサージに行くときも“何か”を期待して、性欲が強そうなマッサージ師を探すそうだ。マレーシアに旅行に行った際は、インド人のタクシーの運転手に口説かれて、深い仲になったらしい。もちろん大久保は芸人なので、話を盛っている可能性はあるだろう。しかし、外国人男性もOKというキャラは、これまでなかなかいなかっただけに、ビジネスチャンスと見ていいのではないか。

■バービーの行動は視聴者からのクレームがつきにくい

 男性に対してアグレッシブなのは、今も変わっていないようだ。2月16日放送の『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)に出演したバービーは、ガンバレルーヤ・よしこに「男漁りがひどくて、オンナ芸人の品を下げている」と指摘されていた。バービーはSNSでダイレクトメールを送ってくる一般人とデートをし、会ったその日に“ぺろんちょ”(おそらく性行為の意味)したことがあるらしい。SNSが発達した今、有名人と一般人の間でトラブルがあった場合、リスクが大きいのは知名度高い有名人の方である。そのリスクを考えたのだろう、オトコ芸人は「一般の人でしょ?」と驚き、オンナ芸人は「オンナ芸人がみんなそんなふうに貞操観念が緩いと思われたら、困る」とバービーに抗議した。バービーは「オンナ芸人の人ってどこか自信がないのに、プライドはあるんですよ。もっと素直に愛されよう!」と反論していた。

 会ったその日に“ぺろんちょ”する考えの好き嫌いは別として、バービーの行動は視聴者からのクレームがつきにくいだろう。なぜなら、バービーの行動で傷つく人はいないから。バービーはテレビで彼氏がいると明言していないし、独身である。そのため、性に奔放であっても、誰にも迷惑をかけていないことになる。

 女性がよく知らない人と簡単にセックスするなんてと眉を顰める人もいるだろう。安全上の問題や、セックスを長期的に交際するための駆け引きとして使うという観点で言えば、危険な決断かもしれない。しかし、「女性だから」貞操を守らなければならないと考えているとしたら、それは女性の性的な自由を認めない、もしくは女性は性的な経験が少ない方がいいという女性差別にあたる。なので、クレームがあったとしても、「ちょうどいいブス」ほどの盛り上がりにはならない。

 それにしても、テレビは炎上の理由がいまいちわかっていないと思わされることがある。

 性欲が強いキャラで売っているからだろう。バービーはネタのふりをして、陣内智則にキスをしたり股間に顔をうずめ、突き飛ばされてオチを迎えるネタをたびたび披露する。陣内もバービーも視聴者も、同意の上に行われたネタであることは承知しているだろう。けれど、私に言わせるのなら、これもアウトである。もし男性タレントが女性タレントに同じこと、つまり無断でキスをしたり、股間に顔をうずめたりしたら炎上必至のはずだ。女性に差別をしてはいけないのではなく、女性(男性)にやってはいけないことは、男性(女性)にもやってはいけないのだ。放送の最終決定権を持つテレビ局がそういった根本的な部分を理解していないために、表面上は女性に気を使っているが、炎上要素を含んだネタが繰り返される羽目になっている。

 性犯罪でも毎回女性が悪く言われ、ジェンダー観の過渡期を迎える日本で、性欲の強いキャラは実は立ち回りが難しいポジションだ。そこをうまく切り抜けて、性を謳歌する独身のニューヒロインとなってほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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英国王室・メーガン妃、悲痛な“父親への手紙”に考える、「娘の足を引っ張る親」の胸中

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「私はあなたのことを愛し、守り、擁護し、できるだけの経済援助もしてきた」メーガン妃
(「Daily mail UK」2月9日)

 小室圭氏の母親が抱える元婚約者との金銭トラブル。先月、代理人を通じて、小室氏は見解を発表したが、法的に不備はなくても、印象としては「絶対返しません」という小室母子の金銭への執着すら感じるものだった。そして、新たな問題も浮上している。「女性自身」(光文社)で、清原博弁護士が「元婚約者から受け取った金銭が借金ではなく、贈与ならば贈与税の対象となる」と指摘したのだ。また、小室氏の母と元婚約者が、内縁関係であれば贈与税はかからないが、その代わり、これまで受け取ってきた遺族年金は受け取れなくなり、現在からさかのぼって5年分の不正受給分を返金しなければならないとも付け加えた。

 なぜ小室氏はアルバイトの身でプロポーズしたのか、母親の元婚約者との金銭トラブルはどうなっているのか、アルバイトの青年のために誰が何の目的で高額な米留学費用を出したのか……小室氏にまつわる謎は常にカネの問題だが、「女性自身」によると、眞子さまは小室氏との結婚をあきらめていないそうだ。この後に及んで、そこまで結婚したいと思われるのなら、眞子さまが皇室を捨てる覚悟と引き換えに結婚することを、秋篠宮さまも認めたらどうだろうか。尋常でない苦労が待っていることは間違いないが、それもまたプリンセスの人生である。

 海外にも、“捨てられない”プリンセスがいる。メーガン妃である。離婚歴のある外国人女性が、イギリス王室に嫁ぐということで世界的な注目を浴びたが、恥も外聞もなくメーガンの足を引っ張ろうとする家族の存在が話題を集めている。

 メーガン妃の母親は、離婚と再婚を経験しているため、異母兄妹が存在する。姉のサマンサ・クールは『The Diary of Prinsecc Pushy’s Sister』(でしゃばりなプリンセスを妹に持つ姉の日記)という書籍を発表、異母兄のトーマス・マークル・ジュニアは「結婚をとりやめるべき」とヘンリー王子に手紙を送り、メーガン妃の父親はパパラッチと組んで、イギリスの旅行ガイドを見たり、式服をあつらえている自身の姿を写真を撮らせている。パパラッチが出版社に写真を売り込んで報酬を得ることを考えると、父親にも分け前が与えられたと考えるのが自然だろう。

 結婚後も、「うちの娘ったら連絡もくれない、冷たいでしょ」などとワイドショーやマスコミに連呼する父親に対し、現在妊娠中のメーガン妃の健康を気遣った親友たちは、匿名を条件にアメリカの雑誌「ピープル」に、メーガン妃が父親に手紙を送っていたと告白。それを受けて、父親がその手紙を公開した

 意訳すると、メーガン妃は父親の行為に心がずたずたになったこと、誰かに操られているかのような行動が理解できないとした上で、父が話す金銭に関するウソにも触れている。

 「You’ve said I never helped you financially and you’ve never asked me for help which is also untrue, (お父さんは、私にお金やその他の助けを求めたことがないと言っていたけど、それもウソ)「I have only ever loved, protected, and defended you, offering whatever financial support I could(私はあなたのことを愛し、守り、擁護し、できるだけの経済援助もしてきた)」と書いている。メーガン妃はきっと、ずっとお父さんに対し、愛情と誠意を持って接してきたのに、お父さんあなたはどうして……と思っているのだろうが、この2箇所を読んで、私は腑に落ちた気がした。父親は、これまでカネを送ってきたメーガン妃を手放したくない、だから足を引っ張るような真似をしてでも気を引きたいのだろう。ましてや嫁ぎ先は王室である。うまくいけば、メーガン妃からもらうより、多額のカネをひっぱれると思っているのではないか。

 親が子どもからカネを引っ張るということが信じられない人もいるだろうが、実はそう珍しいことではない。例えば、山口百恵さんの『蒼い時』(集英社文庫)によると、父親は別に家庭があり、百恵さんを認知したものの、家庭には1円の生活費も入れなかった。しかし、百恵さんがスターになると豹変、親権を要求してくる。もちろん、一緒に暮らしたいという気持ちからではなく、カネのためである。週刊誌に“出生の秘密”として自分との関係を売り込み、百恵さんに内緒でプロダクションに借金をし、ほかのプロダクションからは移籍料と称してカネを受け取っていた。自分が入院したときは、マスコミを呼びつけて、娘に会わせてもらえないとかわいそうな父親を演じて見せた。結局、百恵さんが手切れ金を渡すことで関係を切ったそうだ。百恵さんに限らず、親にたかられる芸能人は多いが、一度大金を手にしてしまうと、たとえ自分の子どもであっても味をしめてしまう部分があるのだろう。

 メーガン妃に話を戻そう。恐らく、話せばわかってくれるはずとメーガン妃は思って手紙を書いたのだろうが、こういう人には言っても無駄である。関わりを持ったことをまたマスコミに話し、取材費としていくらもらおうかぐらいしか考えていないと言ったら、言い過ぎだろうか。

 メーガン妃は現在、懐妊中。彼女の家族は、ヘンリー王子と、生まれてくるロイヤルベビー、それとエリザベス女王たちであり、実家の家族は忘れた方がよい。メーガン妃が心安らかに出産されることをお祈りする。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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デヴィ夫人は、なぜ性犯罪を軽くとらえるのか? 貧困から脱却した彼女の「性」の価値観

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<今回の有名人>
「(警察は)彼を絶対逮捕するという強い意志のもとに、動いていた」デヴィ夫人
(講談社刊『選ばれる女におなりなさい デヴィ夫人の婚活論』出版記念会見、2月6日)

 例えば、スーパーで万引きをした人が万引きGメンに捕まり、店が警察に通報したとしたら「それは当然だ、万引きをした人が悪い」と言われるだろう。しかし、なぜか同じ犯罪でも、加害者が断罪されず、なぜか被害者が責められるのが性犯罪なのである。性犯罪へのコメントは、その人の性(女性という性別、セックスという意味の性)のとらえ方が如実に反映されるものなのかもしれない。

 性犯罪に関するコメントで、独特なスタンスを取っているのが、日本人にしてインドネシア建国の父、スカルノ大統領と結婚したデヴィ夫人ではないだろうか。2018年に元TOKIOのメンバー・山口達也が女子高生に対する強制わいせつ事件で書類送検された際、夫人はブログで「KISSされたら、トイレに行ってちょっとうがいして『ちょっと失礼』と言って二人で帰ってくればよかったのでは?」と、女子高生への批判とも解釈できる文章をつづっている(のちに削除)。

 今月に入って、俳優・新井浩文が派遣型マッサージ店の女性従業員に乱暴した容疑で逮捕された事件では、新井の出演作品がお蔵入りする可能性が高いことから「たくさんの方に迷惑をかけるなら、1000~2000万でも差し上げて円満解決すればよかったのに」とコメントした。また、自著『選ばれる女になりなさい デヴィ夫人の婚活論』(講談社)の出版記念会見では、「(警察は)彼を絶対逮捕するという強い意志のもとに、動いていた」と述べているが、逮捕は法律に基づいてなされるものであり、警察の意志のもとでなされるとしたら、由々しきことである。夫人は「性犯罪は大したことではない」「性犯罪は、カネで解決できる」「性犯罪くらいで逮捕するなんて、警察もひどい」といった具合に、女性に対する性犯罪そのものを軽くとらえているのではないだろうか。

 性というものに対する考え方に、その人の人生が関係していることは、疑う余地はないだろう。若い世代にとって、夫人は美貌の元大統領夫人であり、『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)の出演者でおなじみだろうが、彼女の人生は壮絶である。『デヴィ・スカルノ自伝』(文藝春秋)によると、昭和15年生まれの夫人は、子どもの頃から器量よしで知られていたものの、家庭は格別に貧しかった。小学校入学の際、母親が手持ちの服をほどいて、セーラー服を作ってくれたが、学校に行くと、クラスメイトは新品のおしゃれな服を着ており、「世の中には金持ちの子がいる。そして私は貧乏だ! 私は生涯忘れることのできないほど衝撃を受けた」と書いている。

 夫人は貧乏から抜け出すために、中学卒業後は就職して会社員となり、芸能プロダクションに所属して女優を目指すが、スターになるのは難しく、会社員としての将来も開けていないことに気づく。さらに喫茶店でバイトをすれば給料をピンハネされるなど、自分が弱い立場の人間であることを思い知らされた夫人は、水商売の世界に足を踏み入れる。赤坂のナイトクラブでは、2時間座っていれば、会社員の給料と同額がもらえるとわかり、ためらうことなく会社を辞めて、仕事をホステス業に絞ることを決心。昭和30年代に月給百万をもらっていたというから、夫人の売れっ子ぶりがわかるはずだ。

 夫人はナイトクラブで知り合った、ケタ外れの財力を持つ外国人男性に生活の面倒を見てもらい、湯水のように金を注いでもらうようになる。相手はだいぶ年上の既婚者で、夫人の望みは何でもかなえてくれたが、その一方で「寝室では忠実な生徒であることを命じた」そうである。これを、相手からカネをもらう代わりに、相手好みのセックスをするという契約だととらえるのなら、夫人にとっての性とは、カネを生むものである。

 また、夫人は同書で39歳年上のスカルノとの性生活について「20代の新婚の夫でも、あの頃の彼ほど妻に愛を尽くすということができるだろうか」と頻度の高さと濃密さについて触れている。本来ならプライバシーの類に入ることについて触れているのは、スカルノが異常性欲者と日本で報じられたことの不名誉を晴らしたかったから、加えて、スカルノの周囲に多数いる女性に差をつけたかったからではないだろうか。夫人はイスラム教徒であったスカルノの第三夫人であり、第二夫人から執拗ないじめを受けていたそうである。さらに、スカルノは艶福家で、夫人と結婚する前には日本人女性をインドネシアに囲っており(後に女性は自殺)、結婚後も日本の芸者と関係を持ち、さらにこっそりインドネシア人女性を妻に迎えている。ショックを受けた夫人は修道女になろうと修道院に家出をしたり、自殺未遂を図ったりと女性問題には泣かされている。ライバルがたくさんいる中で、夫人が自分の地位を保つためには、スカルノの寵愛が頼りである。愛情という目に見えないものを測るのに、夫人はセックスをバロメーターにしたのではないだろうか、愛されているから、魅力があるからセックスを求められると考えるようになったのかもしれない。

 女性という性、もしくはセックスが、とてつもないカネを生み出し、魅力の証拠だと夫人が考えているとしたら、同意なくキスやセックスをしかけられることの不快感を理解できないのかもしれないし、夫人が性犯罪を「それぐらいで」と考えるのも理屈が通る。価値観に正答はないので、どんな考えも全てアリなわけだが、ここで夫人の言葉がよみがえる。

 夫人は外国人専門のナイトクラブで働くことにした理由として、給料の良さに加え、「日本では、家庭、教育、過去、環境が整わねば女一人の人格なんて誰も認めてくれないのに、外国人は明らかに私の中に独立した人格を認めていた」としている。つまり夫人は日本において、「世間の人たちから平等な人間と認められない」という経験をしたのだ。山口の強制わいせつ事件も、新井の強制性交容疑も、被害者は一般人で、芸能人と比べると発言力も弱く、男性と比べて立場も腕力も弱い。いわば「人格を認めてもらえていない」女性たちといえるだろう。女性たちがかつての自分と同じように、社会の理不尽に耐えることを強いられていると感じても、夫人は「性犯罪くらいで」というスタンスのコメントができるのか。貧困から自力で抜け出した経験者としての、夫人の意見が聞きたいと思うのは、私だけではないはずだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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嵐、活動休止発表までの時系列から紐解く……伊藤綾子の「ミセス二宮」計画の巧妙な策

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<今回の有名人>
「2017年6月中旬頃に、メンバー4人に集まってもらって」嵐・大野智
(嵐活動休止記者会見、1月27日)

 平成末に、国民的アイドルグループの活動休止発表を目の当たりにすることになろうとは。嵐が2020年12月31日をもって活動を休止することが発表された。

 「この世界を離れて、一度離れてみて、今まで見たことのない景色を見てみたい」という大野の気持ちを、ほかのメンバーが受け入れての活動休止。記者会見中、「解散ではない」と強調し、21年以降は、大野を除いた4人がソロ活動をしていくことを発表した。活動休止を考えた時期について、大野は「だいたい3年前から(そういう気持ち)」「2017年6月中旬頃に、メンバー4人に集まってもらって」「(そこで)嵐としての活動を一旦終えたい、自由な生活が一回してみたいと(話した)」と説明していた。

 元フリーアナウンサー・伊藤綾子(以下、アヤコ)と二宮和也の交際が「女性セブン」(小学館)に出たのが16年の夏。この頃のアヤコの会員制ブログを見ると、二宮との交際を匂わせる投稿が頻繁に登場し、二宮ファンの逆鱗に触れた。匂わせは、見つかってしまっては意味がない。たいていの場合、検挙されたら匂わせをやめて、おとなしくなる。しかし、アヤコは18年に至っても、匂わせをやめることはなかった。ジャニーズ事務所所属タレントの彼女や妻は、芸能人であっても、交際や結婚生活を誇示することはない。その逆を行くアヤコの行動はまったくの常識外で、ゆえに「アヤコ事変」と私は名付けている。

 10代20代であれば、彼氏が国民的アイドルであるという事実がうれしくて、つい匂わせをしてしまうかもしれない。しかし、アヤコは分別のつくオトナで、自分もテレビに出る側である。ファンを怒らせれば、事務所が怒る。二宮も追い込まれて、二人の関係が悪化する可能性は大だろう。自分の仕事にも、悪影響が出ていいことはないはずだ。それなのに、どうしてこんな子どもじみたことをするのか。結婚への焦りからか。そう思っていたが、大野が17年6月中旬、初めてメンバーに、「嵐としての活動を一旦終えたい」という申し出があったと考えると、ある仮説が浮かんだのだ。

 17年6月中旬の大野の申し出により、グループ存続が100%でなくなった時点で、アヤコと二宮は結婚の意志を固めたのではないだろうか。

 16年のアヤコブログでの匂わせは、有料会員制サイトに掲載された、ある意味クローズドだったので、こっそりと優越感に浸りたいがためのものだったのかもしれない。しかし、17年6月中旬、よくも悪くも、二宮が嵐から自由になる可能性が出てきたのだ。稼ぎ頭であるタレントの結婚を事務所がおいそれと認めるわけがなく、人気があればあるほどタレントたちの結婚は遅くなるものだが、グループを離れて一人になるとなれば、それは千載一遇の結婚のタイミングだろう。そう考えた場合、世論を納得させるための既成事実の積み重ねとして、匂わせはある意味、有効な手段である。その場合、二宮も匂わせに肯定的であると見ることができる。

 記者会見で、大野は活動休止について、18年2月に事務所に報告、18年6月に結論を出したと述べていたが、二宮とアヤコは18年4月に「女性セブン」にドライブデート、8月に「週刊文春」(文藝春秋)でモルディブへの旅行を報じられている。「女性セブン」に掲載されたときは、活動休止の話し合いの最終局面であろうことが想像でき、また「週刊文春」に撮られたときはすでに活動休止が決まっていたことから考えると、「撮られた」のではなく「撮らせた」のであり、二人の中で結婚は決まっていて、ゆっくりと段取りを踏んでいたのではないか。

 18年3月いっぱいで「メディアに関わる仕事から、一旦離れたい」と芸能活動から退いたアヤコ。大野の「嵐としての活動を一旦終えたい」発言がなければ、「匂わせをしたことでファンを怒らせ、仕事まで失った」と見ることができるだろう。しかし、18年2月に嵐が事務所に活動休止の件を報告したという時系列から考えると、アヤコは「仕事を失った」のではなく、「結婚のために満を持してやめた」のではないだろうか。

 「一旦離れる」ということは、戻ってくる意志があると見ることもできるはず。「もう一度戻る」といえば、マッカーサー元帥の「I shall return(私は戻ってくる)」が思い出される。日本人には連合国軍総司令官として馴染みのあるマッカーサーだが、フィリピン駐在の極東軍司令官であり、日本軍と戦ったことがある。1942年、アメリカ軍が劣勢となり、司令官であるマッカーサーが捕虜になることを恐れたアメリカ本国は、彼に撤退命令を出す。大統領命令なので仕方のないことではあっても、部下を見捨て、自分だけ家族と共にオーストラリアに逃げることになった屈辱から、「I shall return」と発言したとされている。その後、部隊を立て直したアメリカ軍は再びフィリピンに上陸。マッカーサーは自身の発言通り、もう一度戻ってきたのだった。

 子供じみていそうに見えて、その実、巧妙に練られた作戦にも見えてきた「アヤコ事変」。メディアから「一旦離れたい」といったアヤコが、再び「ミセス二宮」としてメディアに登場するとき、私たちは彼女を「アヤコ元帥」と呼ぶべきなのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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小室圭氏は、皇室の“暗黙の了解”を理解していない……金銭トラブル「解決済み」の文書に思うこと

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<今回の有名人>
「どうか温かく見守っていただけますと、幸いでございます」小室圭氏
(1月22日、公表文書より)

 皇族とご結婚される人物のご実家は、頻度こそ少ないものの、カネをめぐって話題になることがある。

 例えば、雅子さまが浩宮さまとご婚約中、ご実家の小和田家が、ある宝飾メーカーからお祝いとして1000万円相当の真珠をもらったと「週刊文春」(文藝春秋)に報じられたことがある。宮内庁から注意を受け、小和田家は返納したそうだが、この行為のどこがマズいのか、おわかりになるだろうか。

 特定のメーカーから献上された品を受け取ると、実際に使っていなくても「雅子さまはうちの商品をご愛用」とビジネスの宣伝に利用され、癒着しているとみなされる可能性があるからだ。渡辺みどり著『美智子皇后の「いのちの旅」』(文春文庫)によると、美智子さまのご成婚の際は、全国から膨大なお祝いの品が届いたが、ご実家・正田家は、幼稚園児からのお祝いの手紙や絵以外は、全て手紙を添えて返していたという。潔癖なくらいクリーンにしていないと、余計な誤解を生むと判断されたからではないだろうか。

 紀子さまのご実家である川嶋家も、同じく「文春」で、その“あり方”に疑問を呈されたことがある。皇室への嫁入りは莫大な費用を必要とする。日清製粉社長令嬢の美智子さまですら、ご両親は山を売って支度をされたそうだが、「3LDKのプリンセス」と呼ばれた紀子さまの負担を減らすため、費用は天皇家が持つこととなった。しかし、川嶋家は手袋といったさして高価ではないものの請求書まで回してきた(実家が負担しようとしない)そうで、美智子さまはため息をつかれたという内容だった。

 皇族方の生活費である内廷費/皇族費は、元をただせば税金である。だからこそ、皇室及びそこにつながる家は、カネに関してクリーンでクリアでなければならないことを、報道は示しているだろう。こういう明文化されない“暗黙の了解”を苦手とするのが、小室圭氏ではないだろうか。

 アルバイトの身で、眞子内親王へのプロポーズ。そして、母親の元婚約者との金銭トラブルと、国民が小室氏に向ける視線はだんだんと厳しくなっている。

 昨年11月、秋篠宮さまがお誕生日会見で「今いろんなところで話題になっていること、これについてはきちんと整理して、問題をクリアにすること」「そういう状況にならなければ、私たちは、いわゆる婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません」とお話しになった。

 恐らく、秋篠宮さまのおっしゃる「話題になっていること」とは、母親の元婚約者との金銭トラブルだろう。2017年に「週刊女性」(主婦と生活社)が報じたところによると、小室氏の母親の婚約者(当時)は、大学の授業料やアナウンススクールの学費、生活費など、計400万円を援助していたものの、だんだんと自分は単なる財布ではないかと疑問を持ち始めたという。婚約を解消した後に、この400万円を返してほしいと訴えると、当初は「月1万ずつしか返せない」と言っていたが、のちに「お金は贈与されたもので、返す理由はない」と主張してきたそうだ。

 法律的に言うのなら、借用書がないので、元婚約者が400万円を取り返すのは難しいそうだ。結果的に、元婚約者があきらめるしかないのだろうが、それにしても不思議なのは小室親子なのである。

 小室氏の母親は、いくら法的に問題がないからといって、こうやってマスコミに騒がれていたら、最愛の息子の結婚を妨害することになると、なぜ思わないのだろうか? 小室氏も不思議である。母親の問題がもとで、プリンセスに迷惑をかけていると思うのなら、専門家を入れて納得してもらう方法を探そすだろう。多くの国民が疑問に思っているのは、借金というより、小室親子の態度のように思うのだ。

 秋篠宮さまの発言を受けてなのか、小室氏は1月22日に代理人を通じて、見解を発表した。内容をまとめると

・金銭的な援助を受けたのは事実
・婚約を解消した時に、支援を精算したいと申し出たら「返してもらうつもりはなかった」と言われた
・1年後に急にまた返してくれと言い出したけれど、解決済みと思っている

といった具合。

 しかし、元婚約者は「朝日新聞」の取材に対し、「トラブルは解決していない」と反論、両者の主張は平行線となっている。小室氏の文面から伝わってくるのは、清々しいまでの“カネを払う気の無さ”である。「どうか温かく見守っていただけますと、幸いでございます」と文書を締めくくっているが、これで「納得した、応援しよう!」という気持ちになれる人がいるのか、私には疑問だ。

 プリンセスは、いまだに結婚に前向きと言われているが、無理もないだろう。というのも、プリンセスが一番理解できないものが、カネというか、金銭トラブルなのだろうから。

 『美智子皇后の「いのちの旅」』によると、天皇家は質素な生活をされており、浩宮さまの学習院初等科時代の制服は、天皇陛下のお下がりだったそうだ。しかし、カネがあるのに質素であることと、本当にカネがない状態では雲泥の差である。物は試しで、プリンセスは年収300万円の家庭に1週間ホームステイされたらいかがだろう。恐らく、プリンセスにとっては想像を絶する世界で、なぜ周囲が反対するか、すぐに理解されるのではないか。

 しかし、小室家のカネを払いたくない体質というのは、一種の光明である。カネを払いたくないというのは、カネを重要視するということであるから、交渉の際にカネを与えることで要求を通すこともできるからだ。

 国民からの祝福が得られず、正式な婚約もできないまま時を過ごすのは時間の無駄だし、何より、国民のプリンセスに対する敬愛の念が薄れてしまうのではないか。カネで解決できることは、実はたいした問題ではないと言うこともできるだろう。秋篠宮さまのご英断を待つのは、私だけではないはずだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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立川志らく、友井雄亮の純烈脱退へのコメントに見る“時代遅れ”の価値観と自意識

 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「例えば、事務員。DVの人が事務員やっていいの?」立川志らく
(立川志らく公式Twitter、1月14日)

 噺家とその一族の自意識が、理解できないことがある。

 例えば、『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)に、林家三平が出演した時、こんなエピソードを明かしていた。三平が女性と交際するときは、母親である海老名香葉子、長姉の海老名美どりと、その夫である峰竜太、次姉の泰葉が面接をし、許可を得る必要があるという。特に母親の意見は絶対で、お眼鏡に叶えば“うな重”が出てくるが、気に入らなければ、交際禁止を示す“カレーうどんが出てくるらしい。ちなみにほとんどの女性がカレーうどんで、珍しくうな重が出たのは、元日本テレビの馬場典子アナウンサーだったそうだ。

 「母親が怖い」という意味で、このエピソードを披露したのかもしれないが、私が感じたのは海老名家の“何様感”なのである。『ボクらの時代』(フジテレビ系)で、三平の兄・林家正蔵が、妻について「短大生の頃からうちに出入りしていて、おふくろが『お勤めしないでうちに来てほしい』と頼んだ」と言っていた。つまり、結婚は香葉子の意向が強かったことを明かしている。ということは、香葉子が三平の彼女に対して面接をするのは、結婚に向けての最初の面接である可能性が高いだろう。まぁ、噺家という伝統芸能の家の一員となるのだから、サラリーマン家庭とは違うと言いたいのかもしれないが、「相手の女性が自分の息子と結婚したがっている(息子がフラれる可能性はない)」と思い込んでいるのがすごいと思うのだ。

 噺家、もしくは自分の家は、人に憧れられている。香葉子は、そんな自意識を持っているように私は感じるが、この人もまた同じ系統なのではないかと思うのが、立川志らくだ。

 『ひるおび!』(TBS系)のコメンテーターとなって以来、テレビに出演する回数が増え、ニホンモニターの「2017年上半期のブレイクタレント部門」1位に輝いた。志らくは伝説の落語家・立川談志の弟子にあたるわけだが、コメントする際「談志がよくこう言っていたんですよ」というエピソードを披露する。破天荒でならした談志だけに、どんなエピソードかと期待が高まるが、よく聞いてみると“自分褒め”だったということが、ちょくちょくあるのだ。

 例えば、番組名は失念したが、談志は映画や音楽、浪曲などに造詣が深く、幅広い知識を持っていたという話を、志らくが披露していたことがあった。私のように談志を知らない人なら、「へぇ、そうなんだ」と新しい情報として受け止めるが、ここで志らくは「立川流の弟子の中で、談志の好きなものを全部マスターしたのは、自分だけ」と結ぶのだ。あれ、それ、結局、自分が勤勉だって褒めてます? と思ってしまう。

 『梅沢富美男のズバッと聞きます!』(フジテレビ系)に出演した志らくは、11年に談志が亡くなり、テレビで特集が組まれるなどしたことで、その偉大さをあらためて知り、「私がもっとテレビで売れていたら、どれだけ喜んだことだろう」と悔やんだことが、テレビ進出のきっかけだったと説明していた。

 師匠思いの話に水を差してなんだが、師匠である談志から、今際の別れに「テレビに出ろ」と言われて、テレビ進出を決め、人気者になったのなら、日本人が大好きな人情話になるだろう。けれど、別に直接言われたわけでもないのにテレビに出たのなら、それは単に本人の希望ではないだろうか。談志のキャリアは、弟子が売れようと売れまいと損なわれるわけではないし、師匠を喜ばすという言い方も、自意識過剰というか上から目線だと私は感じてしまう。

 しかしながら、志らくがテレビに出続けていることを考えると、私のようなひねくれた意見を持つ人はごくまれで、多くの視聴者が、彼を支持していると見ることもできるだろう。好みは人それぞれだから、かまわないわけだが、それでも、その人気に違和感を覚えてしまう「何かちょっとずれているなぁ」と感じる発言があるのだ。

 昨年の『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしたムード歌謡コーラスグループ、純烈。「スーパー銭湯アイドル」とも言われ、『ノンストップ!』(フジテレビ系)で、ファンの熟年女性たちと体を密着させて写真を撮っているのを見たことがある。しかし、「週刊文春」(文藝春秋)に、メンバーの友井雄亮が交際相手にDVを働いていたこと、また金銭の使い込みをしていたことを報じられた。友井自身はこれを事実であることと認め、芸能界引退を発表したのだ。

 このニュースを受け、志らくが「やったことは卑劣、許されない。でも、引退が正しいのか。だって、この後なんらかの仕事に就く。例えば事務員。DVの人が事務員をやっていいの?」「芸能界って本来はどうしようもねぇ連中の吹き溜まり。女ったらし、博打打ち、大酒飲み、自分勝手。でも素晴らしい芸を持っていた。親は子供をそんな世界には入れたくない。でも庶民は憧れた。友井さんは卑劣。でも謹慎して数年の後歌って稼いで被害者に返す。でも今の時代それも許されないか」と、Twitterでつづっているのだが……DVの人が事務員をやっていいと、私は思う。

 かつて、『紅白』に出るような歌手は、歌番組のランキングで上位に入る人がほとんどだった。しかし、今、歌番組はほとんどなくなり、歌手たちは苦戦を強いられている。純烈はスーパー銭湯などで歌を歌い、物販もするなど、地道に知名度を上げてテレビに出てきた。『ノンストップ』で、1万円の首飾りをメンバーにかけてあげる中高年女性を見たが、主なファン層はこのゾーンの女性たちだろう。同番組では、同じCDを何枚も買う女性が紹介されており、「女性たちがカネを出す→売り上げが増える→テレビから声がかかる」という図式から考えると、『紅白』に出られるようになったのは、女性ファンのおかげと見ることもできるだろう。

 DVを行った友井が、反省し、再出発を図るのに、芸能界は問題ありで、事務仕事は問題ないと私は思うのだが、その線引きは“何に対して給料が支払われるか”による。会社員は事務労働と引き換えに給料をもらう。しかし、純烈は違う。女性ファンに夢を見せることによって、献身や献金をしてもらい、『紅白』に出るまでの成功を収め、ギャラを得ている。その一方で女性に暴力を働いたり、使い込みを行うという、女性ファンの夢を壊すことをしていたのだ。

 志らくの発言に違和感を覚える理由は、今の「芸能人と一般人の序列」を理解していないように見えるからだ。ちょっと前まで、売れる人というのは、テレビが猛プッシュして名前と顔を売っていた。つまり、テレビが売れる人を作っていたとも言えるので、この時代の序列は「芸能人(もしくはテレビ)>一般人」である。しかし、今は時代が違う。テレビに出なくても、セールスを稼げれば純烈のように『紅白』にも出ることができる。ネットでの炎上がもとでCMが休止になったり、ドラマのタイトルが変更になったりもすることから考えると、時と場合によっては、「ネット>テレビ」になることがある。SNSの発達によって、これまでなら握りつぶされてきた芸能人の悪行を一般人が拡散することもできる。もはや一般人と芸能人は同等で、失うものの大きさから考えるのなら、その序列は「一般人>芸能人」とも言えるのだ。それなのに、志らくは相も変わらず、芸能人が上であると信じているような発言があるから、私はズレていると感じてしまうのである。

 けれど、志らくのような“オレは何でもわかっちゃうんだけどねオジサン”がいないと、盛り上がらないのもテレビだ。志らく師匠、ますますのご活躍を期待しております。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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