とにかく明るい安村の「世間が不倫を許さない理由」に疑問――自ら「嫉妬買った」と語るリスク

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「自分も我慢してるからじゃないですか?」とにかく明るい安村
『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系、8月13日)

 8月13日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)で、とにかく明るい安村を久しぶりに見たと思ったら、それもそのはず、“干されて”いたそうだ。売れない時代を支えてくれた妻と結婚し、一児をもうけ、マイホームパパで売っていた安村だが、「週刊文春」(文藝春秋)に不倫を撮られてしまう。妻には土下座して詫び、許してもらったそうだが、この影響で収録済みだった番組はお蔵入り、30本以上の仕事がキャンセルで、現在もメディアでの仕事は0らしい。

 同番組では「なぜ世間は不倫を許さないのか?」といったテーマで、安村センセイが解説を進めていく。センセイいわく、「人類みなスケベ」。性欲は三大欲求の1つだが、それを理性でかろうじて抑えている。自分が我慢している中、誰かがルールを破ると「ずるい」と感じる、ある種のジェラシーから、バッシングに転じるそうだ。

 簡単に言うと、世間が不倫を許さないのは、嫉妬ゆえと安村は思っているのだろう。しかし、本当にそうだろうか。

 芸能人の不倫と、発覚後のペナルティーを見ていると、ある法則性に気づく。性別、年齢でペナルティーが変わってくるのだ。不倫を撮られた芸能人、ジャンル、年代(当時)、ペナルティー(報道等でわかっている範囲での)を、男女別に挙げてみると、以下の通り。

<男性>
俳優
渡辺謙(50代)降板などのペナルティーはなし
袴田吉彦(40代)同上
原田龍二(40代)舞台『サザエさん』は降板するが、『5時に夢中!』(TOKYO MX)の司会は続行。 

お笑い芸人
宮迫博之(40代)降板などのペナルティーはなし
千原せいじ(40代)同上 
千鳥・大悟(30代)同上

ミュージシャン
ゲスの極み乙女・川谷絵音(20代)降板などのペナルティーはなし 

<女性>
女優
斉藤由貴(50代)大河ドラマ降板、CM契約を解除するが、まもなく復帰
藤吉久美子(50代)降板などのペナルティーはなし 

バラエティータレント
ベッキー(30代) レギュラー番組を全て降板、CMの契約解除。約4カ月間休業する
矢口真里(30代) レギュラー番組、CMの契約解除。約1年4カ月休業する

アナウンサー
フジテレビ・秋元優里(30代) アナウンス室から異動

 こうやって見てみると、男性芸能人はジャンル、年代を問わず、不倫をしてもペナルティーはない、もしくはあっても軽いと言うことができるだろう。女性芸能人の場合、50代の女優陣は比較的軽傷だが、30代の若いゾーンの女性たちへのペナルティーはかなり重いと言える。

 この慣例から考えると、オトコ芸人である安村の復帰は比較的容易なはずだ。不倫をして、嫉妬を買い、干されたと本人は思っているようだが、実際の原因は別のところにあるのではないだろうか。安村と言えば、「安心してください、穿いてますよ」でブレークしたが、このネタだけで、芸能界を生き残っていくことはできないだろう。ネタの鮮度が薄れてきたことと、不倫騒動がほぼ同じタイミングで起こり、視聴者の反感を買うリスクを取ってまで、テレビが起用したい芸人ではなかったという可能性は捨てきれない。

 しかし、安村は「なぜ夫に不倫をしてほしくないかというと、自分(妻)も我慢しているからじゃないですか?」などと、あくまでも「不倫は全員がしたいもの」「だから、自分は嫉妬されてしまった」というスタンスを崩さない。どう解釈するかは本人の自由だが、人前で「嫉妬された」と言うときは、ある“条件”をクリアしていけなければ、自分の評判を落とすことになりかねないのではないだろうか。

 その“条件”とは、本業で何らかの結果を出していること。例えば、会社を解雇されたサラリーマンが、その理由を「嫉妬された」と言っても、聞かされた方はピンとこないし、場合によっては、人のせいにするクセのある性格だとみなされることもある。しかし、その後自分で会社を興したり、違う会社に行って結果を出せば、「能力があるから、嫉妬を買った」説は信ぴょう性が高くなり、応援してくれる人も増えるだろう。世の中に嫉妬があるかないかで言えば、確実にある。しかし、「嫉妬を買った」という言葉は、責任転嫁に聞こえることもあるので、簡単に口にしていい言葉ではないと私は思っている。慰める意味で他人に言うのはアリだが、いいオトナが公衆の面前で自分に使うには、リスクがありすぎるのではないだろうか。

 安村が今の状況を打破するために必要なのは、面白いネタを作ること。お子さんもいるのだから、家族のためにも、もうひと頑張りしてほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

とにかく明るい安村の「世間が不倫を許さない理由」に疑問――自ら「嫉妬買った」と語るリスク

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「自分も我慢してるからじゃないですか?」とにかく明るい安村
『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系、8月13日)

 8月13日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)で、とにかく明るい安村を久しぶりに見たと思ったら、それもそのはず、“干されて”いたそうだ。売れない時代を支えてくれた妻と結婚し、一児をもうけ、マイホームパパで売っていた安村だが、「週刊文春」(文藝春秋)に不倫を撮られてしまう。妻には土下座して詫び、許してもらったそうだが、この影響で収録済みだった番組はお蔵入り、30本以上の仕事がキャンセルで、現在もメディアでの仕事は0らしい。

 同番組では「なぜ世間は不倫を許さないのか?」といったテーマで、安村センセイが解説を進めていく。センセイいわく、「人類みなスケベ」。性欲は三大欲求の1つだが、それを理性でかろうじて抑えている。自分が我慢している中、誰かがルールを破ると「ずるい」と感じる、ある種のジェラシーから、バッシングに転じるそうだ。

 簡単に言うと、世間が不倫を許さないのは、嫉妬ゆえと安村は思っているのだろう。しかし、本当にそうだろうか。

 芸能人の不倫と、発覚後のペナルティーを見ていると、ある法則性に気づく。性別、年齢でペナルティーが変わってくるのだ。不倫を撮られた芸能人、ジャンル、年代(当時)、ペナルティー(報道等でわかっている範囲での)を、男女別に挙げてみると、以下の通り。

<男性>
俳優
渡辺謙(50代)降板などのペナルティーはなし
袴田吉彦(40代)同上
原田龍二(40代)舞台『サザエさん』は降板するが、『5時に夢中!』(TOKYO MX)の司会は続行。 

お笑い芸人
宮迫博之(40代)降板などのペナルティーはなし
千原せいじ(40代)同上 
千鳥・大悟(30代)同上

ミュージシャン
ゲスの極み乙女・川谷絵音(20代)降板などのペナルティーはなし 

<女性>
女優
斉藤由貴(50代)大河ドラマ降板、CM契約を解除するが、まもなく復帰
藤吉久美子(50代)降板などのペナルティーはなし 

バラエティータレント
ベッキー(30代) レギュラー番組を全て降板、CMの契約解除。約4カ月間休業する
矢口真里(30代) レギュラー番組、CMの契約解除。約1年4カ月休業する

アナウンサー
フジテレビ・秋元優里(30代) アナウンス室から異動

 こうやって見てみると、男性芸能人はジャンル、年代を問わず、不倫をしてもペナルティーはない、もしくはあっても軽いと言うことができるだろう。女性芸能人の場合、50代の女優陣は比較的軽傷だが、30代の若いゾーンの女性たちへのペナルティーはかなり重いと言える。

 この慣例から考えると、オトコ芸人である安村の復帰は比較的容易なはずだ。不倫をして、嫉妬を買い、干されたと本人は思っているようだが、実際の原因は別のところにあるのではないだろうか。安村と言えば、「安心してください、穿いてますよ」でブレークしたが、このネタだけで、芸能界を生き残っていくことはできないだろう。ネタの鮮度が薄れてきたことと、不倫騒動がほぼ同じタイミングで起こり、視聴者の反感を買うリスクを取ってまで、テレビが起用したい芸人ではなかったという可能性は捨てきれない。

 しかし、安村は「なぜ夫に不倫をしてほしくないかというと、自分(妻)も我慢しているからじゃないですか?」などと、あくまでも「不倫は全員がしたいもの」「だから、自分は嫉妬されてしまった」というスタンスを崩さない。どう解釈するかは本人の自由だが、人前で「嫉妬された」と言うときは、ある“条件”をクリアしていけなければ、自分の評判を落とすことになりかねないのではないだろうか。

 その“条件”とは、本業で何らかの結果を出していること。例えば、会社を解雇されたサラリーマンが、その理由を「嫉妬された」と言っても、聞かされた方はピンとこないし、場合によっては、人のせいにするクセのある性格だとみなされることもある。しかし、その後自分で会社を興したり、違う会社に行って結果を出せば、「能力があるから、嫉妬を買った」説は信ぴょう性が高くなり、応援してくれる人も増えるだろう。世の中に嫉妬があるかないかで言えば、確実にある。しかし、「嫉妬を買った」という言葉は、責任転嫁に聞こえることもあるので、簡単に口にしていい言葉ではないと私は思っている。慰める意味で他人に言うのはアリだが、いいオトナが公衆の面前で自分に使うには、リスクがありすぎるのではないだろうか。

 安村が今の状況を打破するために必要なのは、面白いネタを作ること。お子さんもいるのだから、家族のためにも、もうひと頑張りしてほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

『かりそめ天国』の「飯尾No.1 女性管理職編」に見る、気づかれにくい「セクハラの芽」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「あの方からもらいたかった」ずん・飯尾和樹
『マツコ&有吉のかりそめ天国』(8月7日、テレビ朝日系)

 「#Me Too運動」は、ハリウッドの有名プロデューサーの長年にわたるセクハラ行為を、女優が告発したことから始まった。職権を濫用し、女性たちが断れないのをわかっていながら、肉体関係を迫る。非常にわかりやすいセクハラだと言えるだろう。

 それでは、ミスコンはセクハラにあたるのか? 勉強のできる人が頭脳を生かした職業についたり、運動の得意な人が才能を伸ばしてオリンピックに行くのと同じように、美に恵まれた人が、美を必要とする職業につくのは、合理的な考え方だと私は思っている。なので、ミスコンもセクハラではないのではないか。ただし、全女性に強制参加というのであれば、ちょっと話は変わってくる。

 セクハラという言葉になじみはあっても、概念がいまいちはっきりしないという人が多いので、何がセクハラで、何がそうでないのかは、当分議論が続くと思われる。Aさんの感覚ではセクハラでも、Bさんにはそうではないと感じられるケースも多々あるだろう。

 セクハラと思う視聴者は少なかっただろうが、私が「感じが悪いなぁ」と思ったのが、8月7日放送の『マツコ&有吉のかりそめ天国』(テレビ朝日系)内の企画「飯尾No.1」である。同企画は、これまで全国各地のキャバクラをずん・飯尾和樹が回り、各店舗のNo.1キャバクラ嬢を競合させて、飯尾のNo.1を選んでいた。放送時間が午後11時台だったことからできた深夜向きの企画と言えるだろう。

 しかし、同番組は10月から金曜の午後8時放送に変わる。ファミリー層の見るゴールデンタイムで、キャバクラがまずいと思ったのか、「飯尾No.1 女性管理職編」に企画を変更することにしたようだ。

 同企画は、飯尾が会社訪問をし、女性上司に会い、部下に仕事ぶりを聞く。そして「誰の部下として働きたいか」を決めるというものだ。その会話の中で、性的な話をしたりすることはまるでない。にもかかわらず、私がこの企画をセクハラ的だなと思わずにいられなかったのは、会社員に“魅力”を問うのが、適当だと思えなかったからだ。

 キャバクラのお仕事は、女性の魅力で多くの男性を惹きつけて、指名を稼ぐことと言えるだろう。指名の数が給料に直結することを考えると、彼女たちの優しさや美しさは「仕事」であり、「有料のサービス」と言える。一方、男性から見れば、キャバクラは金を払って好きな女性を選んでいい場所である。そういう世界で生きるキャバ嬢にとって、「飯尾No.1 キャバ嬢編」は通常業務の延長だろう。テレビに出るだけで箔付けにつながるし、幸運にも飯尾No.1の座を得れば、指名も増えるだろうから、いい宣伝になると言える。

 しかし、会社員は違う。会社員は人気商売ではなく、事務職や営業職などのプロとして採用されている。女性管理職は「女性だから」管理職に登用されたわけではなく、仕事の能力が管理職にふさわしいと判断されて、昇進したはず。なので、「この女性上司の下で働きたい」というテーマそのものが、そもそもおかしいのではないだろうか。男性上司ではなく、女性上司をターゲットにしているのは、女性に「特別なもの」を求めていると私には感じられるのだ。

 会社員の女性に対する「特別なもの」を求める姿が、飯尾が某社を訪問した際の会話にも出ていた。広報の男性が、首からぶらさげるタイプの入館証を飯尾に手渡した。飯尾は「あの方(受付嬢)から受け取りたかった」といい、広報の男性は「すみません」と謝罪する。

 広報の男性が飯尾に来館証を渡したのは、それが広報の仕事だから。しかし、飯尾は「女性からもらいたい」という「サービス」を無料で要求しているのである。会社員は事務や営業などのエキスパートとして仕事をして、その対価として給料をもらっているわけだが、一部の男性は、仕事とは関係ない「サービス」を、無料で女性に要求したり、受け入れてもらえることを当然のことと信じてやまない。これがセクハラの芽であると言えるのではないだろうか。

 視聴者のクレームを恐れる昨今、テレビの制作側も、いろいろ配慮していると思う。No.1キャバクラ嬢より、No.1女性上司の方が、女性を「応援している」印象を与えるので、女性視聴者を怒らせない。企業側も、女性上司をテレビで紹介してもらえたら、自社の宣伝とイメージアップにつながる。飯尾も、お笑い芸人として、おちゃらけて見せたわけで、本気とは限らない。誰も悪意などないし、それぞれの仕事をしたまでだろう。

 しかし、悪気がないからこそ、一番タチが悪いと言えるのではないだろうか。女性は会社員としての仕事をおろそかにすることなく、本業におおよそ関係ないサービスを無料で要求されても、笑顔で受け入れてほしいという意図が見え隠れするからだ。

 「#Me Too運動」をきっかけに、セクハラがいけないという気運が高まったことは事実で、恐らく、女性のカラダを触ったりするような、あからさまなセクハラは減っていくだろう。しかし、こういう「女性に本分以外のことを要求してもいい」という甘えを信じる男性が一定数いることを考えると、セクハラの根絶には、かなりの時間がかかるのではないかと思わずにいられない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

滝沢クリステルと小泉進次郎「できちゃった婚」に見る、政治家一家のずる賢い「計算高さ」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「女子アナはしたたか」小原ブラス
『5時に夢中!』(TOKYO MX、8月7日)

 元内閣総理大臣・小泉純一郎氏の次男にして、自民党厚生労働部会長の小泉進次郎。将来の総理大臣に最も近いとも目されているが、その進次郎氏がフリーアナウンサー・滝川クリステル(以下、滝クリ)との結婚を発表した。滝クリは妊娠しており、年明けに出産予定だという。

 結婚発表まで、週刊誌に交際のうわさをキャッチされなかったという意味では驚いたが、滝川の方が4歳年上であるものの、二人は同年代。オトナのカップルという感じでお似合いだと私は感じた。

 しかし、ネットでは「いい年をしてデキ婚」というように、妊娠が先の結婚を非難する声が上がっている。さらに8月7日放送の『5時に夢中!』(TOKYO MX)では、ロシア出身のタレント・小原ブラスが「女子アナはしたたか」と発言した。

 妊娠が先の結婚を責める声と、「女子アナはしたたか」発言は、根っこのところでつながっているのではないだろうか。女子アナはしたたかだから「結婚に持ち込む」ために、既成事実(子ども)を作ってオトコが逃げられないようにしたというふうに、オトコを騙したと思い込んでいるのではないだろうか。

 しかし、意図的に子どもを作って結婚する程度のしたたかさが通じるほど、政治家の家は甘くないように思う。ノンフィクション作家・石井妙子氏の著作『日本の血脈』(文春文庫)には、政治家一家・小泉家の軌跡が書かれている。

 小泉家は、もともとはとび職人の家系で、政治エリート一家ではない。そういう家系から、なぜ総理大臣が生まれたかというと、女たちがなりふり構わず政治資金を作り、奮闘したからだという。純一郎氏には3人の姉がいるが、彼女たちが中心となって純一郎氏の脇を固め、選挙を勝ち続けた。

 政治家の家には跡取りは不可欠であるので、純一郎氏は某製薬会社元会長の孫娘とお見合いをして結婚し、子どもをもうけた。都会育ちの夫人と、選挙以外はお金を使わない、食事もお茶漬け程度でいい小泉家の女たちの相性は悪く、純一郎氏は離婚を強く勧められる。夫婦仲は決して悪くなかったが、姉たちのサポートなしに、選挙は戦えない。純一郎氏が離婚したのは、夫人が3人目の子どもを妊娠している最中だったという。

 離婚ではないものの、政治家の妻というポジションが甘くないことを知らされる例はほかにもある。「週刊新潮」(新潮社)によると、みんなの党代表・渡辺喜美氏の妻の経歴は電通の子会社勤務ということになっているが、もとは銀座の高級クラブのホステスだったという。今の若い世代にはピンとこないだろうが、その昔、水商売に従事する女性を低く見る風潮があったため、経歴をロンダリングした方が、選挙に有効だと考えたのではないだろうか。

 選挙のためなら、不仲でなくとも、身重の妻と離婚して子どもと引き裂いてしまう。これが政治家の家にとって当たり前の判断であるとすれば、妊娠したくらいでは、結婚に持ち込むための “武器”にはならないのではないだろうか。政治家の妻は選挙区を守り、夫は都内と地元を往復するのが一般的なスタイルであると聞いたことがある。となると、妻の人気が、夫の票に直結する可能性があるということだろう。

 滝クリと言えば『ニュースJAPAN』(フジテレビ系)で人気を博し、2013年にアルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれたIOC東京五輪誘致にて、流ちょうなフランス語と「お・も・て・な・し」で、東京五輪開催を引き寄せた立役者。英語も堪能である上にあの美貌で、知名度も抜群だ。政治家の妻、もしくは将来のファースト・レディーとして、充分ではないだろうか。すでに妊娠しているということは、間もなく跡取りができることを意味するので、嫁としての務めも果たしている。つまり、滝クリと結婚してトクをするのは、小泉家の方ではないだろうか。

 「したたか」という言葉は、粘り強いとか、しぶといという意味だが、日常生活で使われる際は、「計算高い」「ずる賢い」というニュアンスを含んでいることがある。有名政治家など名門家庭の男性や高収入の男性と結婚した女子アナが「したたか」と言われるのも、「計算高い」「ずる賢い」という意味なのだろう。しかし私に言わせるのなら、そういう恵まれた男性ほど、自分にとって有益な女性を選んでいるし、自分に最大限のメリットを与えてくれる女性を吟味した結果が、女子アナだったということではないだろうか。結婚に関して、「計算高い」「ずる賢い」のは、男性の方だと私は思っている。

 何はともあれ、結婚も新しい命の誕生もおめでたい。滝クリにおかれましては、体に気を付けて、お過ごしいただきたいものだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

V6・井ノ原快彦は、プライドが高い人間――デビュー当時の冷遇から「現在の成功」を手にした強さ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「負けじゃねえかよ!」V6・井ノ原快彦
『ダウンタウンなう』(フジテレビ系、7月27日)

 「プライドが高い人」とはどういう人のことを指すのだろうか。目上の人にも臆せず、自分の意見をはっきり言う、元TBSアナウンサーの宇垣美里のような人を連想する人もいるかもしれない。宇垣と言えば、TBS時代にプロデューサーから番組降板を告げられた際、あまりに直前の連絡だったために「私に失礼」とし、プロデューサーが用意してくれたコーヒーを「あなたからもらったコーヒーは飲めません」と流しに捨てたと『ダウンダウンなう』(フジテレビ系)で明かしている。

 上の立場の人間に自分の意見を強く主張する姿勢は、プライドの高さゆえと解釈する人もいるだろうが、「コーヒーを捨てる」という挑発的な行為はいかがなものかと見る人もいるだろう。これでは、プライドが高いというより、「常識がない人」とみなされてしまう。となると、プライドの高い人は、自分を持ちながらも、人に不快感を与えない礼儀正しさが必要になると言えるだろう。また、ある程度仕事で結果を出している人でないと、単なる「愚痴っぽい人」と思われる可能性もあるので、仕事での実績もマストである。

 プライドが高い人とは、実は「仕事で結果を出し、自分を持っていて、礼儀正しく抑制的印象を与える人」と考えた場合、V6・井ノ原快彦が浮かぶ。『あさイチ』(NHK)では、有働由美子アナとの名コンビで、番組を高視聴率に導いた。現在は俳優として活躍するとともに、『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)の司会を務めている。誠実そうなイメージが視聴者から愛されている印象も強い。その井ノ原が、坂本昌行、長野博と共に『ダウンタウンなう』に出演し、V6結成25年の歴史を振り返っていたが、多くの葛藤を乗り越えてきた強さのようなものを感じた。

 V6は井ノ原、坂本、長野の年長者グループ・20th Century(トニセン)と、森田剛、三宅健、岡田准一の若手グループ・Coming Century(カミセン)で構成されている。ジャニー喜多川氏にトニセンとカミセンは「3対3のバーサスだよ」と言われていたそうだが、井ノ原は「やる前から(結果は)決まってるんじゃねえか! 負けじゃねえかよ!」と思ったそうだ。実際、扱いは明らかにカミセンの方が上。デビューシングルのジャケット写真で、トニセンは前列にいるものの、映りが小さい。セカンドシングルのジャケット写真では、トニセンは後列で、やはり映りも小さい。ほかにもカミセンだけが「ラジオ番組を持たせてもらえる」「合宿所まで送迎してもらえる」といったことがあったそうだ。

 そんな格差について、井ノ原以外のトニセンメンバーはどう思っていたのだろうか。2015年、V6デビュー20周年を記念して出演した『SONGS』(NHK)で、長野は入所9年、数々の後輩に追い抜かれて、23歳でのデビューが決まったため、「やっと」と思ったそうだ。坂本も24歳のデビューと、かなりのスロースタートなため、「やっとつかんだ栄光」「(チャンスを)離さない」としており、2人にはなりふり構わずしがみつこうという割り切りが感じられた。しかし、井ノ原はデビュー当時19歳と、トニセンの中ではカミセンに年齢が一番近い。ほかの2人のように割り切れないものを感じていたのではないか。

 井ノ原と言えば、『TOKIOカケル』(フジテレビ系)で、ジャニー氏を激怒させたエピソードを披露している。初の雑誌の表紙撮影で、カメラマンの言うままに笑っていたら、ぶさいくな顔になってしまい、ジャニー氏に「とんでもないことをしてくれたな」「YOU、ひどいよ」と怒られたそうだ。井ノ原がきちんとした地位を築いた今なら、いい笑い話になるが、ジャニーズ事務所が美少年を輩出する事務所であること、プロデュースの責任者がジャニー氏であることを考えると、ジャニー氏に見た目を叱責されるのは、タレントとして致命傷になりかねないのではないだろうか。

 トータルして考えると、デビュー当時の井ノ原の置かれた環境や評価は過酷と言える。デビューしたら前列、しかもセンターに行きたいと思うのは、芸能人なら当然のことである。しかし、デビュー時の雰囲気で言えば、井ノ原にセンターは無理そうだ。

 『ダウンタウンなう』で、トニセンのセカンドシングルでの扱われ方を見たダウンダウン・松本人志は、「終わりや」と言っていた。確かにあのジャケットを見て、トニセンが期待された存在であると思う人はほとんどいないだろう。しかし、“終わり”は違う何かの始まりを意味することもある。野球チームに4番バッターばかりを集めれば勝てるのかというと、そうは言えないだろう。なぜなら、1番バッター、2番バッターにそれぞれ役割があり、彼らがいるからこそ、4番が生きてくるからだ。井ノ原はセンターになることを諦め、一流の脇になろうとしたのではないだろうか。そこに、自身の信念を持つようになったと感じるのだ。

 井ノ原を「4番をあきらめた人」と仮定すると、井ノ原のかつての相棒、有働アナも同じ部分があるように見えてくる。有働アナは入局わずか4年で東京進出を果たした優秀なアナウンサー。その一方で、一緒にニュースを読む男性アナウンサーに外見をいじられることが多々あった。有働アナは民放によくいるミスコンの女王を経て鳴り物入りで入社する4番タイプの女子アナではない。しかし、自虐という新しいキャラクターを生み出すことで、親しみやすいアナウンサーとしての地位を確立した。つまり、有働アナと井ノ原は「4番ではない」というポジションが似ているわけで、脇に回ってV6を支えてきた井ノ原が、有働アナに合わせるのはたやすかったのではないだろうか。

 常識で考えると、一般人の世界で突出した魅力を持つ人が芸能人や女子アナになったりするのだろう。が、恵まれた人が集まれば、そこでまた新たな序列にさらされることになり、これまで味わうことのなかった挫折を経験するかもしれない。しかし、「損して得とれ」という諺があるとおり、損をすることは負けとは限らないのだ。

 かつて、トニセンへの冷遇に「負けじゃねえかよ!」と憤った井ノ原だが、その後、彼は信念をもって負けをあっさり認め、また別の勝ちを得た。プライドが高い人というのは、「負けをあっさり認められる人」のことも、指すのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

吉本興業騒動で口をつぐむオンナ芸人たち――いま再び山崎ケイの「ちょうどいいブス」を考える

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「普段、人から褒められていないのかな」相席スタート・山崎ケイ
『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系、7月13日) 

 吉本興業のブラック体質ぶりについて、有名無名含めた多くのオトコ芸人たちが抗議の声を上げている。しかし、オンナ芸人で正面切って会社の在り方に文句を言っているのが、友近とハリセンボン・近藤春菜の二人しかいないというのは、吉本興業の体質を表しているのかもしれない。吉本興業の顔はオトコ芸人であり、オンナは添え物。だから、オンナ芸人が口をつぐんだままでいるしかないと思うのは、考えすぎだろうか。

 吉本興業内の力関係において、「オトコ芸人>オンナ芸人」という暗黙の了解があるとすると、相席スタート・山崎ケイの「モテない美人よりモテるブス」を目指すためのメソッド「ちょうどいいブス」が、非常に理にかなったものに感じられる。『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の「たいこ持ち芸人」の回で、たむらけんじが「芸を磨くより、先輩に可愛がられた方が早く売れる」と話していたことがあったが、「ちょうどいいブス」はオトコ芸人の懐に入るのにもってこいのキャラクターだと思うからだ。

 「ちょうどいいブス」とは「酔ったらいける(抱ける)女性」のことを指すそうだ。オトコ芸人から見れば、「ちょうどいいブス」を自称する女性は「いじってもOK」かつ「いじらしい」かつ「都合がいい」存在で、可愛いだろう。キャラとしても新しいので、バラエティー番組に出る際の武器にもなる。山崎のエッセイ『ちょうどいいブスのススメ』(主婦の友社)は重版がかかり、テレビドラマ化され、本人も大ブレーク……するはずだったが、ミソがついた。

 #MeToo運動以降、一般の女性たちもSNSでこれまで我慢してきたセクハラを語っていいと気づいた。ゆえに、自分からブスという侮蔑を受け入れ、「酔ったらいける」オンナになりたがる山崎と、それをドラマ化しようとしたテレビ局には、放送前から非難が殺到。ドラマはタイトル変更を余儀なくされた。 

 原作者である山崎も、もちろん叩かれた。山崎が過去、痴漢について「満員電車に乗って、無事に目的地に着いたら、そういう努力(注:痴漢をしない努力)をしてくれた男性がいたのかなって思ってみよう」とツイートした“前科”もあったことから、「痴漢をしないのは当たり前のこと」「なぜそこまでオトコにおもねるのか」という批判も噴出した。

 しかし、どんなキャラを標榜しようと山崎の自由だし、キャラを際立たせることが、飯のタネでもある。山崎のモテたい気持ちをそしる権利は誰にもないが、その一方で、山崎の言動を見ていると、こりゃ燃えるだろうなぁと思うことがある。山崎は「ちょうどいいブス」を他人にススメており、さらに“決めつけ”のニュアンスが漂う発言をすることがあるのだが、これが一歩間違うと炎上を呼んでしまう気がするのだ。

 『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)に、ニッチェ・近藤くみこが出演し、飲み会で現役医師芸人・しゅんしゅんクリニックP(以下、しゅんP)に「タイプだ」と口説かれたと暴露した(しゅんPは否定)。 

 この暴露に対し、山崎は「しゅんPはみんなにそういうことを言っている」「私も『今日の服、可愛いですね』って言われる」とし、「勘違いしちゃうくらい、(近藤は)あんまり普段、人から褒められてないのかな」と締めくくった。

 つまり山崎は、近藤が褒められ慣れていないがゆえ、しゅんPの社交辞令を真に受けて舞い上がって勘違いをしたと言っているわけだ。しかし、「しゅんPがほかのオンナ芸人を口説いているところを見た」のなら、「近藤の勘違い」である可能性は高くなってくるが、山崎はその飲み会に参加していないのだから、ちょっと決めつけが過ぎないだろうか。その根底には「おまえがモテるわけがない」というあざけり、もっと言うと“女嫌い”が潜んでいないだろうか。

 近藤は「口説かれたことは虚言ではない」と訴え、同じ飲み会に参加していたフォーリンラブ・バービーも「こんちゃんのことを、しゅんPがエロい目で見ていた」と証言している。バラエティーでの発言が全て真実である必要はないが、バービーの発言によって、山崎の“決めつけ”の可能性が強まった。

 女性として、芸人として、山崎がモテを追求するのはアリだ。ただし、芸人を含むほかの女性全般に関して「お前なんてモテない」的なニュアンスを含んだ表現をすると、オトコにおもねるだけでなく、オンナを踏み台にする“オンナの敵”とみなされる可能性は大いにある。そしてさらに世間のイメージは悪化するだろう。

 そうは言っても、いまだにバラエティー番組では、オンナ芸人同士がいがみ合う展開を求められるだけに、山崎がオンナ芸人をまったく落とさないで仕事をするのも、難しい部分はある。そんな中で、山崎が世間のイメージを回復させようとするなら、「私生活」で挽回するのはどうだろうか。山崎がプロ野球選手(二軍でも可)や俳優など、女性に人気の高い職種の男性と交際宣言をすれば、「ちょうどいいブス」の効果が証明されたことになり、一気にイメージは上がるのではないか。

 結局のところ、世の中は「勝てば官軍、負ければ賊軍」であり、何を言うかより、誰が言うかの方が大事な部分がある。私生活で、みんながあこがれる結果を残せれば、お笑いというカテゴリに留まらず、アラフォーの星になれる可能性は大。ケイちゃん、今が正念場なのでぜひ奮起されたし。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

近藤真彦、「泣いちゃいました」というジャニー社長への追悼コメントに見る「怖いオトコ」の顔

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「長男でいながら、何度も泣いちゃいました」近藤真彦

 7月9日、ジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川氏が亡くなった。「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物」としてギネス世界記録の保持者である氏の逝去に対し、所属タレントたちがコメントを発表した。

 タレントたちのコメントは、自身を見いだしてくれたことへの「感謝」と故人の「人となり」に触れながら、愛情表現をしているものが多い。

 例えば、木村拓哉は「今の自分があるのも、ジャニーさんとの出会いが無ければ…。と思うと感謝してもしきれません」と「感謝」し、少年隊・東山紀之は「ジャニーさんが教えてくれた、人に対する優しさやプロ意識がなければ、僕はここに存在していなかったでしょう」と、故人の「人となり」を感じさせながら、その教えがどれほど有意義なものであったかを明かしている。

 例外として、TOKIOの長瀬智也が「ジャニーさんはカッコ良すぎるのでたぶん地獄行きです」と弔事の際に使われることのない「地獄」という言葉を使っているが、その後に「僕も地獄を目指している男なのでまた地獄で会いましょう」と続けているので、長瀬なりの愛情表現ということがわかる。

 そんな中、シンプルにしてオリジナリティーが高いと私が驚いたのが、マッチこと近藤真彦のコメントである。

「倒れてから3週間、病室で数々の奇跡を見せて頂きました。あらためてジャニーさんの強さを感じました。タレントと社員が、もしかしたらという心の準備をする時間もいただきました。さすがジャニーさん、最後まで最高なセルフマネジメントでした」

 と、ここまでは出来事とジャニー氏の「らしさ」を時系列順に説明している。注目すべきは、その後だ。

「長男でありながら、何度も泣いちゃいました」

 コメントを出したタレントたちは、ひたすらジャニー氏に感謝し、氏のイズムを継承していくことを誓っている。それは大人としては正しい判断だが、ビジネス的な立ち位置からのコメントと思えないこともない。しかし、マッチだけは弱さを隠さず、「泣く」ことで氏の喪失を悼んでいる。家族のような近しい人が旅立った時に、涙することはおかしなことではなく、むしろ当たり前である。となると、マッチの「泣いちゃいました」という言葉は、最も強い愛情表現はないのではないだろうか。

 この「泣いちゃいました」で、私は人の懐にすっと入り込むマッチの“怖さ”を思い出した。

 2015年、「週刊文春」(文藝春秋)に、「ジャニーズ女帝メリー喜多川 怒りの独白5時間」と題された、メリー喜多川副社長へのインタビューが掲載された。メリー氏の娘・ジュリー氏とSMAPのマネジャー飯島三智氏(当時)、それぞれを「社長候補」と記者が言ったことにメリーは激昂。「もし、ジュリーと飯島が問題になっているのなら、私はジュリーを残します。自分の子だから」と後継者はジュリーであることを宣言した。怒りの収まらないメリー氏は、飯島氏をインタビューの現場に呼び出し、「うちのトップはだれ?」と質問して、飯島氏に「近藤真彦です」と答えさせるなど、自分の娘だけでなく、マッチに対する強い思い入れを示している。 

 同記事で、記憶に残っているのがもう一つ。メリー氏はマッチの母親にも強く感情移入している点である。喫茶店を経営していたマッチの母親は、仕事の帰り道に自らが運転する車で、交通事故を起こした。2010年に放送された『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系)で、本人が語ったところによると、マッチの母親は、大病院への搬送を頑なに拒んだという。救急車はその希望通り、“大病院ではない”病院に運び込んだが、結局そこでは手に負えず、再度大学病院に搬送され、42歳の生涯を閉じた。

 マッチの母親が、なぜ大きな病院に行かなかったのかというと、事故が公になることを恐れていたからと、マッチは説明する。つまり、自分の命と引き換えに、息子ひいてはジャニーズ事務所に迷惑をかけまいとしたということだろう。

 メリー氏はその事故を振り返りながら、インタビューでは「私がマッチの面倒を見るのは当たり前だと思う……話しているだけで涙が出てきちゃう」と落涙寸前の勢いで言い切っていた。

 このようなエピソードから、メリー氏は、面倒見の良い、情の深い人物と言えるだろう。明石家さんまもMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』でこんなエピソードを披露している。さんまがジャニーズのタレントと共演が増えるようになった際、メリーに「うちの子どもたちが本当にお世話になって」という感謝の言葉をかけられたことに加え、「一緒のレストランになると、全部はろてくれはる。こっちがどれだけの人数であろうと払ってくれる」と証言した。

 それでは、メリー氏のような情の深い人が好むのは、どんな人だろうか。

 まず情が深い人というのは、「この人を大事にしなくてはならない」と思い込みやすい人と言えるだろう。それでは、どんな人を「大事にしたい」かというと、マッチの母親のように、身を挺して忠誠を誓ってくれる人と、「自分が面倒を見ないといけない気にさせる人」、つまり、庇護欲をそそる「甘え上手な人」と言えるのではないだろうか。

 若い世代にはぴんと来ないだろうが、昭和という時代は「オトコは人前で涙を見せるべきではない」という考えが主流だった。なぜ男性が泣いてはいけないかというと、泣くと「弱い人」「オトコらしくない」と見なされたからである。自分の評判を落としかねない弱さを露呈することは、情の深い人を「そこまでの犠牲を払ってくれるのなら、自分が面倒をみてあげなくては」という気持ちにさせるのではないだろうか。

 そういえば、マッチのかつての恋人、中森明菜も情が深い人だった。かつて明菜が「お母さん」と呼び、付き人を務めていた木村恵子氏が出した暴露本『中森明菜 哀しい性』(講談社)によると、明菜は「結婚のため」マッチにかなりの金額を貢いでいたそうだ。1987年の「日本レコード大賞」では、マッチと明菜は二人とも大賞候補としてノミネートされているが、受賞したのはマッチだった。発表を聞いた明菜が手を叩いて喜んでいたと記憶している。明菜はすでに2回レコード大賞を受賞していたが、自分が受賞したときよりも、はるかにうれしそうに見えた。自分よりも恋人が成功する方がうれしかったのかもしれない。

 ジャニーズ帝国の女帝メリーと昭和の歌姫・中森明菜を自在に操った近藤真彦。悪いオトコというと、口のうまい男性を連想する人も多いだろうが、本当に怖いのは「甘え上手」なオトコかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

近藤真彦、「泣いちゃいました」というジャニー社長への追悼コメントに見る「怖いオトコ」の顔

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「長男でいながら、何度も泣いちゃいました」近藤真彦

 7月9日、ジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川氏が亡くなった。「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物」としてギネス世界記録の保持者である氏の逝去に対し、所属タレントたちがコメントを発表した。

 タレントたちのコメントは、自身を見いだしてくれたことへの「感謝」と故人の「人となり」に触れながら、愛情表現をしているものが多い。

 例えば、木村拓哉は「今の自分があるのも、ジャニーさんとの出会いが無ければ…。と思うと感謝してもしきれません」と「感謝」し、少年隊・東山紀之は「ジャニーさんが教えてくれた、人に対する優しさやプロ意識がなければ、僕はここに存在していなかったでしょう」と、故人の「人となり」を感じさせながら、その教えがどれほど有意義なものであったかを明かしている。

 例外として、TOKIOの長瀬智也が「ジャニーさんはカッコ良すぎるのでたぶん地獄行きです」と弔事の際に使われることのない「地獄」という言葉を使っているが、その後に「僕も地獄を目指している男なのでまた地獄で会いましょう」と続けているので、長瀬なりの愛情表現ということがわかる。

 そんな中、シンプルにしてオリジナリティーが高いと私が驚いたのが、マッチこと近藤真彦のコメントである。

「倒れてから3週間、病室で数々の奇跡を見せて頂きました。あらためてジャニーさんの強さを感じました。タレントと社員が、もしかしたらという心の準備をする時間もいただきました。さすがジャニーさん、最後まで最高なセルフマネジメントでした」

 と、ここまでは出来事とジャニー氏の「らしさ」を時系列順に説明している。注目すべきは、その後だ。

「長男でありながら、何度も泣いちゃいました」

 コメントを出したタレントたちは、ひたすらジャニー氏に感謝し、氏のイズムを継承していくことを誓っている。それは大人としては正しい判断だが、ビジネス的な立ち位置からのコメントと思えないこともない。しかし、マッチだけは弱さを隠さず、「泣く」ことで氏の喪失を悼んでいる。家族のような近しい人が旅立った時に、涙することはおかしなことではなく、むしろ当たり前である。となると、マッチの「泣いちゃいました」という言葉は、最も強い愛情表現はないのではないだろうか。

 この「泣いちゃいました」で、私は人の懐にすっと入り込むマッチの“怖さ”を思い出した。

 2015年、「週刊文春」(文藝春秋)に、「ジャニーズ女帝メリー喜多川 怒りの独白5時間」と題された、メリー喜多川副社長へのインタビューが掲載された。メリー氏の娘・ジュリー氏とSMAPのマネジャー飯島三智氏(当時)、それぞれを「社長候補」と記者が言ったことにメリーは激昂。「もし、ジュリーと飯島が問題になっているのなら、私はジュリーを残します。自分の子だから」と後継者はジュリーであることを宣言した。怒りの収まらないメリー氏は、飯島氏をインタビューの現場に呼び出し、「うちのトップはだれ?」と質問して、飯島氏に「近藤真彦です」と答えさせるなど、自分の娘だけでなく、マッチに対する強い思い入れを示している。 

 同記事で、記憶に残っているのがもう一つ。メリー氏はマッチの母親にも強く感情移入している点である。喫茶店を経営していたマッチの母親は、仕事の帰り道に自らが運転する車で、交通事故を起こした。2010年に放送された『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系)で、本人が語ったところによると、マッチの母親は、大病院への搬送を頑なに拒んだという。救急車はその希望通り、“大病院ではない”病院に運び込んだが、結局そこでは手に負えず、再度大学病院に搬送され、42歳の生涯を閉じた。

 マッチの母親が、なぜ大きな病院に行かなかったのかというと、事故が公になることを恐れていたからと、マッチは説明する。つまり、自分の命と引き換えに、息子ひいてはジャニーズ事務所に迷惑をかけまいとしたということだろう。

 メリー氏はその事故を振り返りながら、インタビューでは「私がマッチの面倒を見るのは当たり前だと思う……話しているだけで涙が出てきちゃう」と落涙寸前の勢いで言い切っていた。

 このようなエピソードから、メリー氏は、面倒見の良い、情の深い人物と言えるだろう。明石家さんまもMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』でこんなエピソードを披露している。さんまがジャニーズのタレントと共演が増えるようになった際、メリーに「うちの子どもたちが本当にお世話になって」という感謝の言葉をかけられたことに加え、「一緒のレストランになると、全部はろてくれはる。こっちがどれだけの人数であろうと払ってくれる」と証言した。

 それでは、メリー氏のような情の深い人が好むのは、どんな人だろうか。

 まず情が深い人というのは、「この人を大事にしなくてはならない」と思い込みやすい人と言えるだろう。それでは、どんな人を「大事にしたい」かというと、マッチの母親のように、身を挺して忠誠を誓ってくれる人と、「自分が面倒を見ないといけない気にさせる人」、つまり、庇護欲をそそる「甘え上手な人」と言えるのではないだろうか。

 若い世代にはぴんと来ないだろうが、昭和という時代は「オトコは人前で涙を見せるべきではない」という考えが主流だった。なぜ男性が泣いてはいけないかというと、泣くと「弱い人」「オトコらしくない」と見なされたからである。自分の評判を落としかねない弱さを露呈することは、情の深い人を「そこまでの犠牲を払ってくれるのなら、自分が面倒をみてあげなくては」という気持ちにさせるのではないだろうか。

 そういえば、マッチのかつての恋人、中森明菜も情が深い人だった。かつて明菜が「お母さん」と呼び、付き人を務めていた木村恵子氏が出した暴露本『中森明菜 哀しい性』(講談社)によると、明菜は「結婚のため」マッチにかなりの金額を貢いでいたそうだ。1987年の「日本レコード大賞」では、マッチと明菜は二人とも大賞候補としてノミネートされているが、受賞したのはマッチだった。発表を聞いた明菜が手を叩いて喜んでいたと記憶している。明菜はすでに2回レコード大賞を受賞していたが、自分が受賞したときよりも、はるかにうれしそうに見えた。自分よりも恋人が成功する方がうれしかったのかもしれない。

 ジャニーズ帝国の女帝メリーと昭和の歌姫・中森明菜を自在に操った近藤真彦。悪いオトコというと、口のうまい男性を連想する人も多いだろうが、本当に怖いのは「甘え上手」なオトコかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

坂上忍、32年前の「工藤夕貴との確執」暴露――「オトコの方がしつこい」言説を考える

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「オトコなのに、意外にしつこい」工藤夕貴
『ダウンタウンなう』(フジテレビ系、7月5日)

 ミュージシャン・崎谷健次郎に27年にも及ぶストーカー行為をしていた女が、ストーカー規制法違反容疑で逮捕された。「27年」という年月を費やしてのストーキングに驚いた人も多かっただろうが、知人の探偵が「オンナのストーカーは、ともかくしつこい」と言っていたのを思い出した。

 オトコのストーカーは、気持ちがだんだん高ぶると、「会いに行く」などの直接的な行為に出やすい一方、オンナのストーカーはそういった「実力行使」はせずに、メールや電話など、力を使わない、電子機器によるストーキングを行う傾向があるそうだ。手軽にできるからかどうかはわからないが、その分、ストーキングは長期化する傾向がみられると言っていた。

 例えば、高校生の子どもを持つ主婦から、長く続く嫌がらせの犯人を調べてほしいという依頼があり、探偵が調べてみるとたら、犯人は子どもの幼稚園のママ友だったそうだ。単純計算で、ストーカー女は12年の歳月をストーキングに費やしたことになるので、確かに「しつこい」と言えるだろう(※あくまでこの話は、私の知人の話であり、場合によっては探偵が対応できないこともある。ストーキングと感じる行為にあったら、すぐに警察など専門家に相談し、判断を仰ぐことをお勧めします)。  

 こう考えると、「オンナはしつこい」というのは正しいような気もするが、場合によってはオトコの方がしつこくなることもあるのではないだろうか。

 7月5日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に女優・工藤夕貴が出演した。冒頭から、同番組レギュラーの坂上忍は、工藤に対する嫌悪感を隠さない。坂上が出演する番組を見ていると、坂上は出演者の女性を「ちゃん」か「さん」付けしていることに気づくが、工藤に関しては「夕貴」と呼び捨て。「台本に名前があると、共演を避けてきた」と言っており、実際にずっと共演していなかったそうだから、番組を盛り上げるためでなく、本当に「嫌い」と見ることができるのではないだろうか。

 そこまで、工藤を嫌う理由を、坂上はこう説明した。

 今から32年前、あたち充原作の『タッチ』(小学館)の舞台版で共演した坂上と工藤。坂上はハタチではあったが、子役出身なので芸歴17年のベテラン。対する工藤は16歳のアイドル。その工藤が坂上の楽屋にやってきて、「あそこの芝居こうやってください」と、坂上に「ダメ出し」してきたそうだ。後輩に指図される筋合いはないと立腹した坂上だが、関係性を悪くしてはいけないと、今度は工藤の楽屋を訪れて「こうやってみたら、どう?」と提案したものの、工藤は「あっ、でもそれは、それをやっちゃうとこうなっちゃうんで、そうじゃない方がいいと思います」と譲歩するそぶりを見せなかったという。ダウンタウン・浜田雅功が「(悪いのは)お前(工藤)や」、松本人志が「ダメだよ、夕貴。そういうところが」と指摘していたところを見ると、芸能界では先輩の意見を聞かないのは、ダメなことなのだろう。

 工藤は「(坂上は)大人なんだから、ちょっと大目に見られなかったの?」「先輩なんで、逆に『そういうのは言っちゃうと損だよ』と教えてくれるとか」といった具合に、理由をつけて坂上に謝罪しようとしない。最後には「オトコなのに、意外にしつこい」と坂上が粘着質であるかのような発言をしていた。

 オトコとオンナ、どちらが「しつこい」のかは、人それぞれなわけだが、現在の日本、さらに芸能界に限定して言うのなら、オトコの方が「しつこさ」を発揮できるのではないだろうか。

 相手が気づいているのかは不明だが、一緒に仕事をした人に対して、思うところがあるというのは、よくあることだろう。しかし、よっぽどのことがなければ、そこには触れず、うやむやのままで終わる。

 その思うところが明るみに出るのは、どういう時かというと、被害を受けたと思っている側が「大出世」したときではないだろうか。俳優としてキャリアを積んできた坂上だが、近年は『バイキング』(フジテレビ系)をはじめ、多数のバラエティ番組で司会を務める日本有数の売れっ子と言える。芸能界では「何を言うかより、誰が言うか」が重視されると私は思っているので、売れっ子が「被害に遭った」と言えば、番組は時間を割いてくれて、その「しつこさ」は日の目を見る。

 しかし、女性芸能人は坂上のような出世パターンをなぞることが難しい。バラエティ番組は多数あれど、なぜか司会者は男性ばかりで、女性はアシスタントどまり。その多くはアイドルなど、若い女性である。ベテランの域に達した女性で、全国ネットの番組のメイン司会者となっている人は、ほとんどいないのが現状ではないだろうか。つまり、女性は出世できないので、「あの人から、こんなことされました」と被害を訴える機会を持たないとも言えるのだ。

 とは言いつつ、見方を変えれば、生き馬の目を抜く芸能界の一線で活躍する人たちは、男女とも自分に自信があり、サバイバルがうまく、容易にへこたれない人たちと見ていいだろう。結局、オトコ(オンナ)だから「しつこい」のではなく、売れっ子はみんなそもそも「しつこい」という“性質”を持っているというのが、芸能界なのではないだろうか。 

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

坂上忍、32年前の「工藤夕貴との確執」暴露――「オトコの方がしつこい」言説を考える

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「オトコなのに、意外にしつこい」工藤夕貴
『ダウンタウンなう』(フジテレビ系、7月5日)

 ミュージシャン・崎谷健次郎に27年にも及ぶストーカー行為をしていた女が、ストーカー規制法違反容疑で逮捕された。「27年」という年月を費やしてのストーキングに驚いた人も多かっただろうが、知人の探偵が「オンナのストーカーは、ともかくしつこい」と言っていたのを思い出した。

 オトコのストーカーは、気持ちがだんだん高ぶると、「会いに行く」などの直接的な行為に出やすい一方、オンナのストーカーはそういった「実力行使」はせずに、メールや電話など、力を使わない、電子機器によるストーキングを行う傾向があるそうだ。手軽にできるからかどうかはわからないが、その分、ストーキングは長期化する傾向がみられると言っていた。

 例えば、高校生の子どもを持つ主婦から、長く続く嫌がらせの犯人を調べてほしいという依頼があり、探偵が調べてみるとたら、犯人は子どもの幼稚園のママ友だったそうだ。単純計算で、ストーカー女は12年の歳月をストーキングに費やしたことになるので、確かに「しつこい」と言えるだろう(※あくまでこの話は、私の知人の話であり、場合によっては探偵が対応できないこともある。ストーキングと感じる行為にあったら、すぐに警察など専門家に相談し、判断を仰ぐことをお勧めします)。  

 こう考えると、「オンナはしつこい」というのは正しいような気もするが、場合によってはオトコの方がしつこくなることもあるのではないだろうか。

 7月5日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に女優・工藤夕貴が出演した。冒頭から、同番組レギュラーの坂上忍は、工藤に対する嫌悪感を隠さない。坂上が出演する番組を見ていると、坂上は出演者の女性を「ちゃん」か「さん」付けしていることに気づくが、工藤に関しては「夕貴」と呼び捨て。「台本に名前があると、共演を避けてきた」と言っており、実際にずっと共演していなかったそうだから、番組を盛り上げるためでなく、本当に「嫌い」と見ることができるのではないだろうか。

 そこまで、工藤を嫌う理由を、坂上はこう説明した。

 今から32年前、あたち充原作の『タッチ』(小学館)の舞台版で共演した坂上と工藤。坂上はハタチではあったが、子役出身なので芸歴17年のベテラン。対する工藤は16歳のアイドル。その工藤が坂上の楽屋にやってきて、「あそこの芝居こうやってください」と、坂上に「ダメ出し」してきたそうだ。後輩に指図される筋合いはないと立腹した坂上だが、関係性を悪くしてはいけないと、今度は工藤の楽屋を訪れて「こうやってみたら、どう?」と提案したものの、工藤は「あっ、でもそれは、それをやっちゃうとこうなっちゃうんで、そうじゃない方がいいと思います」と譲歩するそぶりを見せなかったという。ダウンタウン・浜田雅功が「(悪いのは)お前(工藤)や」、松本人志が「ダメだよ、夕貴。そういうところが」と指摘していたところを見ると、芸能界では先輩の意見を聞かないのは、ダメなことなのだろう。

 工藤は「(坂上は)大人なんだから、ちょっと大目に見られなかったの?」「先輩なんで、逆に『そういうのは言っちゃうと損だよ』と教えてくれるとか」といった具合に、理由をつけて坂上に謝罪しようとしない。最後には「オトコなのに、意外にしつこい」と坂上が粘着質であるかのような発言をしていた。

 オトコとオンナ、どちらが「しつこい」のかは、人それぞれなわけだが、現在の日本、さらに芸能界に限定して言うのなら、オトコの方が「しつこさ」を発揮できるのではないだろうか。

 相手が気づいているのかは不明だが、一緒に仕事をした人に対して、思うところがあるというのは、よくあることだろう。しかし、よっぽどのことがなければ、そこには触れず、うやむやのままで終わる。

 その思うところが明るみに出るのは、どういう時かというと、被害を受けたと思っている側が「大出世」したときではないだろうか。俳優としてキャリアを積んできた坂上だが、近年は『バイキング』(フジテレビ系)をはじめ、多数のバラエティ番組で司会を務める日本有数の売れっ子と言える。芸能界では「何を言うかより、誰が言うか」が重視されると私は思っているので、売れっ子が「被害に遭った」と言えば、番組は時間を割いてくれて、その「しつこさ」は日の目を見る。

 しかし、女性芸能人は坂上のような出世パターンをなぞることが難しい。バラエティ番組は多数あれど、なぜか司会者は男性ばかりで、女性はアシスタントどまり。その多くはアイドルなど、若い女性である。ベテランの域に達した女性で、全国ネットの番組のメイン司会者となっている人は、ほとんどいないのが現状ではないだろうか。つまり、女性は出世できないので、「あの人から、こんなことされました」と被害を訴える機会を持たないとも言えるのだ。

 とは言いつつ、見方を変えれば、生き馬の目を抜く芸能界の一線で活躍する人たちは、男女とも自分に自信があり、サバイバルがうまく、容易にへこたれない人たちと見ていいだろう。結局、オトコ(オンナ)だから「しつこい」のではなく、売れっ子はみんなそもそも「しつこい」という“性質”を持っているというのが、芸能界なのではないだろうか。 

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。