前澤友作氏と剛力彩芽の破局に見る、交際時の「あいさつ」を重要視しすぎてはいけないワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「オスカーに仁義切ったんでしょ?」坂上忍
『直撃!シンソウ坂上』(フジテレビ系、12月5日)

 子どもの頃、「あいさつを大事にしましょう」と親にしつけられた経験のある人は多いのではないだろうか。家族間同士はもちろん、ご近所の大人に会ったときに「こんにちは」と言うと、「あら、いい子ね」と褒められたということも珍しくないのではないか。

 大人になっても、あいさつは人格を判断する基準の一つになる。何か事件を起こした被疑者について、近所の人にインタビューすると「よくあいさつしてくれる感じのいい人」とか、反対に「何のあいさつもなかった」というように、あいさつの有無が語られることがある。

 芸能界においても、あいさつは大切なようだ。今では聞かなくなったが、その昔、和田アキ子がいろいろなバラエティー番組で「誰それはあいさつがない」などと文句を言っていた。

反対に大御所が礼儀正しくあいさつすることも、話題になる。『高倉健、その愛。』(文藝春秋)によると、昭和の名優・高倉健さんは大スターとなってからも、駆け出しの新人や子役に対して「初めまして、高倉です」ときっちりあいさつすることで有名だったそうだ。

 このように「きっちりすべき」という概念が浸透しているあいさつだが、私は「重要視する必要のないあいさつ」「特に意味のないあいさつ」もあるのではないかと思っている。それは男女が交際を始めるとき、もしくは交際の最中に、親や周囲の関係者に行うあいさつである。

 例えば、上戸彩が現在の夫であるHIROと熱愛が発覚した際、「夕刊フジ」公式サイト「ZAKZAK」の記事には、このように書かれていた。

「交際は今年の夏ごろにスタート。『失恋で傷心の上戸を、上戸が芸能界に入る前から面倒を見てきたHIROが支えるうち、自然と交際に発展していったようだ』と関係者は明かす。上戸はHIROを母親に紹介し、HIROも周囲に交際を説明しているという」

 これはつまり、HIRO側から見れば、「上戸の親にあいさつした」ということになる。交際は2人の問題だが、親にあいさつをするというのは、その家族も意識しているからこその行為だけに、一般的に結婚をイメージする持つ人も多いはず。確かにこのカップルは実際に結婚したが、それでは相手の親や関係者へのあいさつが、意味のあることかというと、そうとは言い切れないのではないだろうか。

 あいさつが意味を持たない例として、今、一番わかりやすいのが、破局した実業家・前澤友作氏と女優・剛力彩芽のカップルだろう。2人の交際が発覚したとき、ケタ違いの富豪と年齢差のある若い女優であることに加え、前澤氏が高級ワインを持って、剛力の育ての親とも言える事務所に出向き、社長にあいさつしたことが話題になった。元カノ・紗栄子との交際中には、こうしたあいさつを行った形跡がないことから、剛力とは「それだけ真剣な交際」、つまり結婚を前提としているのではないかと捉える人もいたのだ。しかし2人は、破局に至った。

 その破局の理由を、前澤氏は12月5日に出演した『直撃!シンソウ坂上』(フジテレビ系)でこう明かした。宇宙に行きたい、新事業を立ち上げたい前澤氏は、剛力に“ついてきてくれること”を望んだが、一方の剛力は仕事に力を注ぎたいという考えだったようで、2人の方向性にズレが生じたのだという。

 別に宇宙に一緒に行かなくても交際は続けられると思うが、それはさておき、同番組の司会・坂上忍は、「オスカー(事務所)に仁義切ったんでしょ?」と尋ね、前澤氏は「ごあいさつ、行きましたよ、何度も」「若い頃から育ててくださった恩のある事務所だから」と答えている。

 「仁義を切る」という言葉は、今はあまり使われないが、これは主に任侠や渡世人の世界で用いられる言葉で、「あいさつという行為」そのもの、また「あいさつの形式」を指すものである。古い任侠映画を見ていると、中腰になり、左手を上に向け、「お控えなすって」という口上を述べるシーンを目にする。なぜこのようなスタイルを取るかというと、「敵意がないこと」を示すためだという説がある。江戸時代は、仁義を切る際、右手で刀を背後に隠し、左手を前に出していたといい、左手が前にあれば、鞘に手をかけられない、つまり刀が抜けないので、いきなり切りつけるようなことはしないと、相手に示すことができるのだ。坂上にとって、交際している女優の事務所にあいさつに行く、つまり仁義を切るというのは、それだけの緊張感もしくは責任感があることだと感じたのではないだろうか。あいさつを責任の行使と感じるタイプの男性であれば、交際中のあいさつには「意味がある」可能性は高い。

 しかし、前澤氏はどうも違うタイプのようだ。事務所に何度もあいさつに行った割に、あっさり別れている。「若い頃から育ててくださった恩のある事務所だから」と言うが、その割に事務所が悲しむようなこと、つまり、剛力のイメージダウンとなる行動(インスタグラムに豪遊する写真を投稿するといった金満アピールなど)にストップをかけることをしない。言行不一致というか、責任よりも感覚で動いているようにも見える。その感覚がうまく時代にフィットすれば大富豪になれるが、一歩間違うと「言ってることとやっていることが違う」「何をしたいのかわからない人」だと周囲は感じるのではないだろうか。

 2人の破局は、「交際時のあいさつは重要視しすぎてはいけないこと」以外に、前澤氏のウィークポイントをも浮き彫りにしたように思った。

 いずれにせよ、こういう時代の寵児と長期間交際し、安定した関係を築いていくのは難しそうである。剛力もさぞ大変だったであろうが、前澤氏がまた別の芸能人との熱愛で世間を騒がせるのは、そう遠くない気がしてならない。

藤森慎吾、「男は引く」発言の問題点――女性が「避妊具を買いに行こう」と提案するのは当然

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「男からしたら引いてしまいます」オリエンタルラジオ・藤森慎吾
『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(12月1日、テレビ朝日系)

 男性芸能人がわいせつ事件や暴行事件を起こしたとき、必ず「女性側に非がある」という意見が持ち上がる。

 例えば、2018年に当時TOKIOの山口達也が、女子高生に強制わいせつを働いた事件。番組で共演していた被害者の女子高生が、友人と共に山口のマンションを訪れたところ、無理やりキスされたという。この事件に対し、デヴィ夫人は自らのオフィシャルブログ内で、「厳しすぎ、騒ぎすぎでしょう! 山口達也氏のTOKIOの仲間の方達は、許されない行為と言っているけれど、本当にそうでしょうか。泥酔男性のKiss位で? この女の子達は山口達也氏の所だから行ったんでしょう」とつづっていた。

 デヴィ夫人のように、「女性側に非がある」と唱える人は、よく「男の部屋に自らの意志で行った」ということを主張する。つまり、男の部屋に自らの意志で行くというのは、性的合意がなされている、そういう女とのセックスは強姦ではない……そんなふうに考える人がいるということだろう。

 目をパチクリさせる若い人が多いと思われるが、今から20~30年前の性的合意とは、「密室空間に2人きりでいること」だったように思う。青年向け雑誌には、「女の子と密室で2人きりになれば、セックスオッケーの印」といったことが、平然と書かれていた。この理論で言うと、仕事中に会議室で打ち合わせをしたり、車に乗るなどして、2人きりになったら「強姦されても文句は言えない」ということになってしまう。しかし、当時は誰もそのあたりをつっこまなかった。

 性犯罪において「合意があったかどうか」は、裁判の大きなポイントになるが、その合意がどのようになされるかについて教わった経験がある人は少ないだろう。映画やドラマでは性的同意がなされなくても「どちらからともなく、自然と安全なセックス」が始まることは多い。性的同意を知らずに育った世代は、これらを見て、「セックスにおいて合意を交わし合う必要はない」もしくは「女性自ら、逃げられない場所に行った場合、それは性的合意」と認知をねじ曲げていくのではないだろうか。

 性的同意同様、避妊に対する意識の低い人は、少なくないのではないだろうか。12月1日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)で、オリエンタルラジオ・藤森慎吾が元AKB48・西野未姫の「恋愛」はなぜしくじったのか、独自の目線で解説していた。

 もともとは年上の男性に恋心を抱いていたものの、相手にされなかったという西野。そんなとき、LINEで同い年の彼に猛アプローチされる。しかし、結局、年上の人からはフラれ、同い年の彼からもLINEが来なくなっていき、不安になった西野は「(同い年の)彼のことが好きかも」と気になり始めたという。

 こうして彼と初めてのデートをすることになったが、会って10分で、部屋に誘われた西野は「行く」と即答、さらに「お風呂入る?」と聞かれ「入る」と返したそうだ。そして「俺と付き合って欲しい」と告白された後にキスをし、2人は布団に倒れこんだものの、彼は「軽い男と思われたくないから 今日はやめておこう」と行為を中止、そのまま何もせずに寝ることになった。しかし、眠れない西野は、彼に「ゴム買いに行く?」と声をかけ、避妊具を求めて共にコンビニに向かった。この後、西野は彼に22時以降しか会ってもらえなくなり、早朝5時に帰される、LINEも3日未読スルーというように、都合のいいオンナ扱いされ、交際は4カ月半で終わったという。

 藤森は、この恋愛がうまくいかなかった原因を、西野が「初日にがっつき過ぎたから」だと言っていた。交際スタートという記念すべき日に、西野は“しくじり”を連発していたといい、そのポイントは、

1.出会って10分で彼の家に行った
2.初日に彼の家の風呂に入った
3.初日に「ゴム買いに行く?」と言った

の3点とのこと。特に「ゴム買いに行く?」は「言ってはいけない言葉」とし、その理由を「非常に男が引いてしまいます」と解説していた。つまり藤森は、西野が自分から避妊具を買いに行こうと誘ったことにより、男性の気持ちが離れていったと考えているのだろう。

 しかし、本当にそうだろうか。西野の元カレが最初から体だけの関係を望んでいる可能性もあるわけだから、避妊具を買いに行こうと言っても言わなくても、セックスの時しか会わず、ぞんざいに扱われる可能性はあるだろう。

 それに、避妊のことを口にすると男が引くと言うのなら、女性は男性に“されるがまま”になっておけということなのだろうか。近年、性感染症である梅毒が爆発的に流行しており、中でも20代女性の罹患率が突出しているそうだ。避妊具を使うことと、不特定多数と性交渉をしないことが予防法だという。また避妊具を使わずにセックスをすれば、望まぬ妊娠をする確率も上がる。病気や望まぬ妊娠となれば、女性は自分の体を痛めることになるわけだから、避妊を求めるのは当然のことではないだろうか。

 ましてや、藤森はあまたいる芸能人の中でも、特に避妊に気をつけなければならない“前科”がある。2012年、藤森はTBSアナウンサー(当時)・田中みな実との熱愛を「フライデー」(講談社)に報じられたが、これは藤森がクラブで知り合ったモデルを妊娠・堕胎させ、350万円を支払った事実を隠すためのバーターだと「週刊文春」(文藝春秋)が報じている。「文春」によると、女性はべろべろに酔っていた藤森を部屋まで送っていったところ、押し倒されて、関係を持った。藤森は避妊具を持っておらず、「絶対中には出さないでね」と女性は訴えたそうだが、すでに射精した後だったという。この女性の言うことが真実ならば、藤森には性的合意も、避妊する意識もなかったということだろう。

 今の時代だったら、問答無用で引退に追い込まれるスキャンダルだろうが、そういった脛に傷を持つ藤森も、避妊への意識に特に変化はないようだ。藤森はチャラ男、もしくはモテているポジションから恋愛の解説者にノミネートされたのかもしれないが、私は年長者として、避妊の話をしたくらいで引く男なんてやめておけと声を大にして言いたい気分だ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

武井壮「若ければ若い方がいい」発言に考える、エイジズムやルッキズムがなくならない理由

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「若ければ若い方いい」武井壮
『有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議』(TBS系、11月25日)

 タレント・小島慶子の新著『仕事と子育てが大変すぎて泣いているママたちへ!』(日経BP)の発売記念として、同書にも収録されているエッセイスト・犬山紙子との対談がネットで公開された。

 「容姿や年齢にとらわれる『呪い』はもう要らない」というタイトルで、子どもを持つ母親である小島、犬山両氏が、子育てや社会の問題を正面から語っている。

 その中で小島は、「残念ながら日本の社会にはセクシズム(性別を理由に差別すること。女性、男性はこうあるべきという考え方)とエイジズム(年齢を理由にした差別をしたり偏見を持ったりすること)とルッキズム(外見至上主義。見た目による差別をすること)の3点セットが深く根を下ろしていて、そういう言葉や態度のモデルがそこら中にある」と、日本社会における差別問題に言及。

 犬山も、特に「今の社会はルッキズムとエイジズムに偏りすぎていますね」と同調する。こうした呪いを解いていくのは自分たち世代という方向に議論は展開していくのだが、そう簡単にはいかないだろうと私は感じている。

 小島は大学卒業後、TBSの女子アナとなり、写真集では水着姿も披露している。犬山は20代のとき、美人なのにオトコに振り回されるオンナたちの生態を描いた『負け美女 ルックスが仇になる』(マガジンハウス)でデビューし、情報番組のコメンテーターも務めている。両氏の仕事もしくは経済活動に、若さや美貌が貢献してきた部分は大きいだろう(犬山自身は「負け美女」を自称していないと言っていたが)。

 エイジズムやルッキズムの恩恵を受けてきた彼女たちが、子育てをするようになって、エイジズムやルッキズムのおかしさに気づき、「そういう社会は間違っている」と言い出すのは、理屈としては通る。しかし、若さや美をもとにのしあがってきた人が、山の頂きに立ってから「若さや美で人を判断するのはナシにしましょう」と言っても、世間に「ずいぶんと都合がいいな」と受け取られてしまいかねないのだ。

 それでは、若さや美をもとにのしあがってきていない人が「若さや美で人を判断するのはナシにしましょう」と言ったら説得力があるのかと言えば、それもまた違うだろう。「ババア、ブスのひがみだ」というふうに決めつけられて話を聞いてもらえなかったり、発言者への個人攻撃に終始する恐れもある。

 エイジズムやルッキズムをやめようと提言する人は、エイジズムやルッキズム競争の覇者であっても、敗者であってもいけない。これこそ、我々の住む世界に、いかにエイジズムやルッキズムが浸透しているかの証明と言えるだろう。

■個人的な好みとして女性に若さを求めるのはアリ

 もう一つ、エイジズムやルッキズムがなくらないであろうと私が思う理由は、「エイジズムやルッキズムが正当化される領域が存在する」からである。11月25日放送の『有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議』(TBS系)では、独身の男性芸能人を集めて「結婚できない理由」を探るという企画を放送していた。タレント・武井壮は、結婚相手に求めることとして、“若さ”を挙げ、「若ければ若い方いい」と発言していた。武井いわく「生物学的な年齢だけではない」「大人の社会的な常識があって、仕事もよくできる人に叱られるのがダメ」「高嶋(ちさ子)さんみたいな人が一番ダメ」ととどめを刺した。

 もし自分の個人的な好みを語る場ではなく、一般的なオフィスで、武井が一緒に働く女性を「若ければ若い方いい」と言ったり、「高嶋さんみたいな人が一番ダメ」と発言したら、これは完全なるセクハラだろう。また同番組の冒頭では、同じく独身男性芸能人である俳優・武田真治が、結婚相手の条件を語る中で「ぽっちゃりが苦手」とし、森三中・大島美幸に「実際にお太りになられている」と発言していたが、これも職場での発言なら、アウトだ。

 しかし、プライベートの世界、つまり恋愛や婚活で好みを追求するのはアリだ(男女とも年齢、外見が受け付けない人と恋愛や結婚をしたいと思う人は、ごく稀だろう)。セクハラ撲滅を目指すことに異論はないが、「年齢や外見で人を評価する」ことが完全悪かというと、そうとは言い切れない部分もあるのではないか。

 エイジズムやルッキズムというと、男性が自分は攻撃されない安全圏に身を置き、女性にとやかく言うイメージを持つ人もいるだろうが、同性間でも、特にルッキズムは発生しやすいのではないか。女性が「自分の個人的な好み」により、外見で女性を評価することは存在すると私は思っている。

 例えば、東日本大震災の際、被災した女性に化粧水や乳液、リップクリームなどの基礎化粧品を差し入れたら喜ばれたという話をニュースで見たが、スキンケアという美容は手洗いや歯磨きと同じような生活習慣の一つと言えるだろう。しかし、美容系の女性誌を見ると、愛用のコスメについて聞かれるのは、女優やモデル、女子アナなどの“キレイ職”の女性ばかりである。これは読み手の女性が、個人的な好みとして、「キレイな人」に憧れを抱いているからではないか。それを汲んだ作り手との間に、「キレイじゃない人が美容を語っても意味がない」という、「キレイな人>そうでもない人」との暗黙の了解も存在しているように感じる。

 差別をなくしたい人たちは、よく「自分がされて嫌だったから、後世に伝えない」と被害者として語るが、それだけでは不十分で、同時に「自分もなんとなく下に見てしまう人がいる」「その人を下に見たのはなぜか」という差別の実践者としての自分の意識も明らかにする必要があるだろう。しかし、これはなかなか難しい。またエイジズムやルッキズムと資本主義が組み合わさって賃金が発生していることもあるので、差別をなくすというのは、そう簡単なことではない。

■武井の問題点は、女性を感情のある人間として見ていないこと

 話を武井に戻そう。武井が若い女性が好んでも、それは個人の嗜好なので責められるものではない。経済力もあるし、武井と結婚すれば「有名人の妻」というポジションが得られるので、そのあたりに魅かれる若い女性もいるだろう。41歳のオードリー・若林正恭が、25歳の看護師と11月22日に結婚したことが発表されたが、女性の方が若い「年の差婚」をする人気芸能人も多い。

 しかし、武井の話を聞く限り、もし若い女性と結婚できたとしても、長くは続かないのではないか。武井は「女性の怒りの声や表情、しぐさがダメ。恋心がなくなる」と発言していたが、他人と一緒に暮らす中で、「怒らない」ことが一度もないなんて、お互いにあり得ないからである。武井の問題点は、若い女性を追い求めていることというより、女性を感情のある人間として見ていないことなのではないか。番組を見ながら、結婚できない理由は、案外そんなところにあるように思った。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

木下優樹菜は、「ヤンキー道の原点」に帰るべき―― “タピオカ騒動”で活動自粛に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「『お互いに、第三者に話をしない』ということで解決させていただけないでしょうか?」木下優樹菜
『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ系、11月18日)

 若い方はご存じないと思いますが、昭和や平成中期、つまりネットが生まれる前の時代、週刊誌には「あの清純派アイドルのウラの顔」的な企画があり、「デビュー前はこんなヤンキーだったんですよ」という暴露が写真付きでなされていた。当時の芸能事務所は、新人をデビューさせるにあたり、その子に「変な写真を持っている相手がいないか」をチェックしていたと聞いたことがある(これは現在でもそうかもしれないが)。

 しかし、芸能界には、元ヤンキーであることを隠さない人もいる。例えば、女優・飯島直子がその一人だ。その昔、『ウチくる!?』(フジテレビ系)に出演した際、中学時代に髪の毛を染めていたことを明かし、また「番長と付き合っていた」と、さらっと発言していた。11月13日放送の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)でも、MCの明石家さんまに「番組から『昔の写真を貸してくれ』と言われても、(飯島の)昔の写真は全部特攻服を着ている」というエピソードを暴露されたが、否定していなかった。

 もう一人、ヤンキーであったことを隠さないのが、タレント・木下優樹菜。番長を決めるため、同じ学校の生徒とタイマンを張ったが、負けて番長になれなかったことを、いろいろなバラエティーで明かしている。

 飯島や木下は、清純派アイドルとしてデビューしたわけでないので、隠す必要がないということもあるだろうが、この2人は「いいヤンキー」のイメージを「売り」にしていると見ることができるのではないか。「ヤンキーなので、違法薬物をやっていました」といった法律違反は、「悪いヤンキー」の例であり、それをテレビで告白したとしたら、番組にとっても本人にとってもマイナスでしかない。しかし、「精神性」についてアピールするなら、必ずしもマイナスイメージにはならず、「いいヤンキー」の例として、むしろイメージアップにもつながるだろう。

 例えば、木下は「ヤンキーはさみしがりだから、家族や仲間を大事にする」、飯島は「ヤンキーは上下関係を大事にする、好きな男に尽くす」とバラエティーでよく語っていたが、これはヤンキーのプラスの面だろう。目上を敬い、家族や仲間を大切にするのは、中世日本の「御恩と奉公」を連想させる。また、「女は好きな男に尽くすべき」という考え方も、いまだに滅びていない。ファッションや行動は別として、ヤンキーの精神性というのは一種の保守であり、根強く日本に浸透しているだろう。うまく使えば「いい人」と思わせることができるのではないだろうか。

 飯島は結果的に、「元ヤンキー」というより「癒やし系女優」として地位を固めたが、一方の木下は、「ヤンキー」をうまく使ってステップアップしていったと私は見ている。家族を重んじる元ヤンキーとしての生きざまによるものなのかは不明だが、木下は、夫と子どもとの仲睦まじい姿をオープンにしている。インスタグラムのプロフィール欄には「娘にとって最高のMAMAだよ!!と思ってもらえたら、他に何を言われても聞こえないユキナ育」と、我が道を突っ走る育児を実践していると書かれており、これもまた、ヤンキーの精神性によるものと言えるだろう。情報過多で、人の目ばかりを気にする人が増えている中、こういう木下の態度は新鮮だったのか、彼女のインスタグラムは、フォロワー数530万人を誇っている。

 また木下は、「木下組」と呼ばれるファンクラブの会員と、定期的に交流会を開いているそうだが、「夫が家事育児をしない」という悩みを抱えるファンに対し、「うちが旦那に電話しよっか?」と声をかけるなど、例によって「仲間を大事にする」スタンスでファンと交流していると、『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で明かしていた。木下のこうした対応が、ファンの心をつかんでいるのではないだろうか。

 しかし、彼女の人気の要因でもあるヤンキー的なおせっかい、もしくは義侠心が仇になったようだ。木下と、木下の姉が勤務していたタピオカドリンク店店長のトラブルが明るみになり、大炎上が起こった。

 事の発端は、今年7月、木下がインスタグラムで「姉がタピオカ店を開いた」と宣伝したこと。しかし、実は姉の店ではなく、単なる従業員だったらしい。同店のオーナーと店長は夫婦であり、店長にしてみれば、自分たちの店なのに「優樹菜の姉の店」と言われることは面白くないだろう。給料の支払いについても、姉と店長の間で意見の食い違いがあったようだ。

 姉の言い分だけを聞き、木下は怒り心頭になったのだろう。10月6日、インスタグラムでファンに向かって「店に行かなくていい」と投稿。しかし翌7日、木下が店長に対し、「弁護士立てて、法的処理、いくらでもできるから」「こっちも事務所総出でやりますね」「週刊誌に姉がこういう目にあったと言えるから」といった脅しめいた内容のダイレクトメッセージを送っていたことが発覚した。フォロワー530万人の芸能人に「店には行くな」と言われたら、客が減る可能性はあるだろうし、店側にいやらがせをする人がいないとも限らない。木下の営業妨害と恫喝疑惑はネットでバッシングされた。

 義侠心が強いキャラでやっているのなら、この時にすぐにテレビで謝ってしまうか、店長にきちんと謝罪して「和解」をもぎとればよかったのだろうが、同9日、木下はインスタグラムで謝罪するに留めた。「週刊文春」(文藝春秋)によると、木下はその後、夫であるフジモンこと藤本敏史と母親とともに、店長宅に出向いたそうだが、店長には会えず、謝罪できていないという。この中途半端な姿勢がよくなかったのか、木下バッシングはやまず、とうとう11月18日に芸能活動を自粛することを発表した。

 まぁ、妥当な判断だと思われるが、ここでまた木下にとって不利な情報が出てくる。木下はインスタグラムで謝罪した日に、店長に「今回の件については、お店のことも含め『お互いに誹謗中傷をしない』、『お互いに、第三者に話をしない』ということで解決させていただけないでしょうか?」と依頼するダイレクトメッセージを送っていたという。

 しかし、店長からすれば、一方的に文句をつけてきた人の和解案を受け入れる筋合いはないだろう。このダイレクトメッセージは関係者を経て、『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ系)に渡り、木下がこの炎上を必死に鎮火させようとしていることがバレてしまった。

 今回のトラブルの原因は、木下の早合点と一般人を下に見ていたことにあるのではないだろうか。人気芸能人と一般人では社会的影響力が違いすぎるので、一般人を軽んじても仕方ないが、現代にはSNSがあるということを忘れてはならない。SNSがあれば、週刊誌が相手にしないような人でも、自分の言い分を世間に訴えられるし、SNSは往々にして、立場の弱い人の告発の方が支持される傾向がある。SNSの時代に「ナイショ」は通用しないと思った方がいい。

 「いいヤンキー」を貫く気持ちがあったなら、お金を使うべきだったのではないだろうか。大事な姉のために、自分が出資して店を出してやるとか、今回のトラブルに関しても、早々に弁護士を立てて、先方に“お気持ち”を渡せば、事態は変わっていたかもしれない。少なくとも、弁護士が入れば、情報が洩れることはなかっただろう。

 「週刊女性」(主婦と生活社)によると、ヤンキーの先輩・飯島はホストと交際し、彼のために億ションやベンツなど3億円もの金額を貢いだそうだ。結局別れてしまったが、好きなもののためにカネを惜しまないのが、ヤンキー女の心意気なのかもしれない。謹慎中の木下は、もう一度ヤンキー道の原点に帰ることを考えてはどうだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

木下優樹菜は、「ヤンキー道の原点」に帰るべき―― “タピオカ騒動”で活動自粛に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「『お互いに、第三者に話をしない』ということで解決させていただけないでしょうか?」木下優樹菜
『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ系、11月18日)

 若い方はご存じないと思いますが、昭和や平成中期、つまりネットが生まれる前の時代、週刊誌には「あの清純派アイドルのウラの顔」的な企画があり、「デビュー前はこんなヤンキーだったんですよ」という暴露が写真付きでなされていた。当時の芸能事務所は、新人をデビューさせるにあたり、その子に「変な写真を持っている相手がいないか」をチェックしていたと聞いたことがある(これは現在でもそうかもしれないが)。

 しかし、芸能界には、元ヤンキーであることを隠さない人もいる。例えば、女優・飯島直子がその一人だ。その昔、『ウチくる!?』(フジテレビ系)に出演した際、中学時代に髪の毛を染めていたことを明かし、また「番長と付き合っていた」と、さらっと発言していた。11月13日放送の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)でも、MCの明石家さんまに「番組から『昔の写真を貸してくれ』と言われても、(飯島の)昔の写真は全部特攻服を着ている」というエピソードを暴露されたが、否定していなかった。

 もう一人、ヤンキーであったことを隠さないのが、タレント・木下優樹菜。番長を決めるため、同じ学校の生徒とタイマンを張ったが、負けて番長になれなかったことを、いろいろなバラエティーで明かしている。

 飯島や木下は、清純派アイドルとしてデビューしたわけでないので、隠す必要がないということもあるだろうが、この2人は「いいヤンキー」のイメージを「売り」にしていると見ることができるのではないか。「ヤンキーなので、違法薬物をやっていました」といった法律違反は、「悪いヤンキー」の例であり、それをテレビで告白したとしたら、番組にとっても本人にとってもマイナスでしかない。しかし、「精神性」についてアピールするなら、必ずしもマイナスイメージにはならず、「いいヤンキー」の例として、むしろイメージアップにもつながるだろう。

 例えば、木下は「ヤンキーはさみしがりだから、家族や仲間を大事にする」、飯島は「ヤンキーは上下関係を大事にする、好きな男に尽くす」とバラエティーでよく語っていたが、これはヤンキーのプラスの面だろう。目上を敬い、家族や仲間を大切にするのは、中世日本の「御恩と奉公」を連想させる。また、「女は好きな男に尽くすべき」という考え方も、いまだに滅びていない。ファッションや行動は別として、ヤンキーの精神性というのは一種の保守であり、根強く日本に浸透しているだろう。うまく使えば「いい人」と思わせることができるのではないだろうか。

 飯島は結果的に、「元ヤンキー」というより「癒やし系女優」として地位を固めたが、一方の木下は、「ヤンキー」をうまく使ってステップアップしていったと私は見ている。家族を重んじる元ヤンキーとしての生きざまによるものなのかは不明だが、木下は、夫と子どもとの仲睦まじい姿をオープンにしている。インスタグラムのプロフィール欄には「娘にとって最高のMAMAだよ!!と思ってもらえたら、他に何を言われても聞こえないユキナ育」と、我が道を突っ走る育児を実践していると書かれており、これもまた、ヤンキーの精神性によるものと言えるだろう。情報過多で、人の目ばかりを気にする人が増えている中、こういう木下の態度は新鮮だったのか、彼女のインスタグラムは、フォロワー数530万人を誇っている。

 また木下は、「木下組」と呼ばれるファンクラブの会員と、定期的に交流会を開いているそうだが、「夫が家事育児をしない」という悩みを抱えるファンに対し、「うちが旦那に電話しよっか?」と声をかけるなど、例によって「仲間を大事にする」スタンスでファンと交流していると、『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で明かしていた。木下のこうした対応が、ファンの心をつかんでいるのではないだろうか。

 しかし、彼女の人気の要因でもあるヤンキー的なおせっかい、もしくは義侠心が仇になったようだ。木下と、木下の姉が勤務していたタピオカドリンク店店長のトラブルが明るみになり、大炎上が起こった。

 事の発端は、今年7月、木下がインスタグラムで「姉がタピオカ店を開いた」と宣伝したこと。しかし、実は姉の店ではなく、単なる従業員だったらしい。同店のオーナーと店長は夫婦であり、店長にしてみれば、自分たちの店なのに「優樹菜の姉の店」と言われることは面白くないだろう。給料の支払いについても、姉と店長の間で意見の食い違いがあったようだ。

 姉の言い分だけを聞き、木下は怒り心頭になったのだろう。10月6日、インスタグラムでファンに向かって「店に行かなくていい」と投稿。しかし翌7日、木下が店長に対し、「弁護士立てて、法的処理、いくらでもできるから」「こっちも事務所総出でやりますね」「週刊誌に姉がこういう目にあったと言えるから」といった脅しめいた内容のダイレクトメッセージを送っていたことが発覚した。フォロワー530万人の芸能人に「店には行くな」と言われたら、客が減る可能性はあるだろうし、店側にいやらがせをする人がいないとも限らない。木下の営業妨害と恫喝疑惑はネットでバッシングされた。

 義侠心が強いキャラでやっているのなら、この時にすぐにテレビで謝ってしまうか、店長にきちんと謝罪して「和解」をもぎとればよかったのだろうが、同9日、木下はインスタグラムで謝罪するに留めた。「週刊文春」(文藝春秋)によると、木下はその後、夫であるフジモンこと藤本敏史と母親とともに、店長宅に出向いたそうだが、店長には会えず、謝罪できていないという。この中途半端な姿勢がよくなかったのか、木下バッシングはやまず、とうとう11月18日に芸能活動を自粛することを発表した。

 まぁ、妥当な判断だと思われるが、ここでまた木下にとって不利な情報が出てくる。木下はインスタグラムで謝罪した日に、店長に「今回の件については、お店のことも含め『お互いに誹謗中傷をしない』、『お互いに、第三者に話をしない』ということで解決させていただけないでしょうか?」と依頼するダイレクトメッセージを送っていたという。

 しかし、店長からすれば、一方的に文句をつけてきた人の和解案を受け入れる筋合いはないだろう。このダイレクトメッセージは関係者を経て、『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ系)に渡り、木下がこの炎上を必死に鎮火させようとしていることがバレてしまった。

 今回のトラブルの原因は、木下の早合点と一般人を下に見ていたことにあるのではないだろうか。人気芸能人と一般人では社会的影響力が違いすぎるので、一般人を軽んじても仕方ないが、現代にはSNSがあるということを忘れてはならない。SNSがあれば、週刊誌が相手にしないような人でも、自分の言い分を世間に訴えられるし、SNSは往々にして、立場の弱い人の告発の方が支持される傾向がある。SNSの時代に「ナイショ」は通用しないと思った方がいい。

 「いいヤンキー」を貫く気持ちがあったなら、お金を使うべきだったのではないだろうか。大事な姉のために、自分が出資して店を出してやるとか、今回のトラブルに関しても、早々に弁護士を立てて、先方に“お気持ち”を渡せば、事態は変わっていたかもしれない。少なくとも、弁護士が入れば、情報が洩れることはなかっただろう。

 「週刊女性」(主婦と生活社)によると、ヤンキーの先輩・飯島はホストと交際し、彼のために億ションやベンツなど3億円もの金額を貢いだそうだ。結局別れてしまったが、好きなもののためにカネを惜しまないのが、ヤンキー女の心意気なのかもしれない。謹慎中の木下は、もう一度ヤンキー道の原点に帰ることを考えてはどうだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

嵐・二宮和也と伊藤綾子は、「ネットとSNSがなかったら結婚できなかった」と私が思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「一人の男としてケジメと決断」嵐・二宮和也
(結婚報告メッセージ、11月12日)

 嵐・二宮和也との交際をブログで“匂わせ”、多くのファンを敵に回した元フリーアナウンサー・伊藤綾子。2018年3月に「いったん、メディアの仕事から離れたい」とコメントを残して、芸能界から去っていったが、「いったん離れたい」ということは、つまり公の場に戻ってくる意志があるんだなと私は勝手に解釈していた。そして、11月12日、二宮は結婚を発表し、姿こそ見せないものの、果たしてアヤコは「ミセス二宮」として捲土重来したわけだ。

 2人の結婚を祝福したいという人、そうでない人の言い分はそれぞれ理解できる気がするが、それとは別に、ネットもしくはSNSがなかったら、このカップルは結婚できたのだろうかと、タラレバしてしまう。

 ジャニーズ事務所は、「所属タレントと恋愛した芸能人を干す」とか「所属タレントを結婚させないようにしている」といった、都市伝説を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。V6のように6人中4人が既婚者というグループもあるので、本当にそんなタレントの自由を奪い、事務所の意向に従わせるようなことをしていたのか、真偽のほどはわからないが、少なくとも、「マスコミ」から自由を奪い、逆らわせないようにしていた時代があったのは確かである。

 1999年、「週刊文春」(文藝春秋)が、ジャニーズ事務所社長(当時)・ジャニー喜多川氏の所属タレントに対するセクハラを報じた。ジャニーズは名誉棄損で文藝春秋社を提訴し、裁判の結果、文藝春秋社は120万円の支払いを命じられたものの、セクハラについては認定された。

 日本を代表する芸能事務所のトップが、タレントにセクハラを働いている。常識的に考えれば大騒ぎになりそうなものだが、この事件を扱うニュース番組やワイドショーはなかった。高視聴率請負人とも言える人気スターを多数抱えるジャニーズだけに、もし取り上げたらタレントの出演を取りやめるといった圧力のようなものを、局側にかけていたのではないだろうか。あの時代、ジャニーズや所属タレントのネガティブ情報を目にすることはほとんどなかったように記憶している。

 しかし、90年代にネットが出現し、人々が「顔が見えない状態」で、自分の意見を言えるようになると、ジャニーズの情報管理体制に支障が生じだす。信ぴょう性が高いとは言えないものの、全てがガセとも言い切れない情報が、ネット上で散見されるようになった。ただ、当時のネットは「書いたら、書きっぱなし」の状態で、その情報が不特定多数の目に触れる機会も少なかったものだが、2000年代前半にSNSが現れると、従来の機能に加えて、「見知らぬ人同士とつながれる」「情報を拡散できる」ことができるようになる。

 最もこの恩恵に預かることができたのは、これまで意見を潰されてきた「弱い立場の人」ではないだろうか。例えば世界的なムーブメントになった「♯Me too運動」は、セクハラを受けてきたけれど、泣き寝入りするしかなかった弱い立場の女性の告発に端を発している。しかも、スマホの普及が進んだことで、証拠を保存する機能(動画、録音、LINEの履歴など)を人々が携帯できるようになった。一般人にはしがらみがないので、怖い物もない。かつて芸能事務所は、週刊誌に所属タレントのスキャンダルが暴かれることを恐れたものだが、今はSNSを使いこなす「モノ言う素人」が一番怖いのではないだろうか。

 それでは、ジャニーズにとっての最大の脅威「モノ言う素人」は誰かと言うと、二宮と交際中のアヤコだったのではないだろうか。芸能界をいったん退いた身だけに、アヤコがいくら非常識な行動を取っても、いさめてくれる事務所関係者はいない。かつ、アヤコは、世間に知られたくない二宮の情報をいくらでも握っていると言えるからだ。

 “匂わせ”を繰り返したアヤコは、嵐ファンからの好感度が高いとは言えないだろう。事務所もそんなアヤコとの交際に反対していたのではないだろうか。しかし、これで別れることになったら、アヤコが逆恨みして、SNSで二宮のネガティブな情報を拡散するかもしれない。また、ジャニーズの脅威はアヤコだけではないだろう。SNSでは、嵐ファンでない女性層から「年頃の女性と長年付き合った挙げ句に捨てた」といった意見が出て、拡散され、二宮のイメージダウンにもつながりかねない。二宮の結婚報告メッセージには「一人の男としてケジメと決断」と書かれていたが、アヤコと結婚しなくても、イメージダウンする可能性はあったと言えるだろう。

 テレビ局などのメディアを意のままに操ってきたジャニーズにとって、SNSでの暴露や批判は初めて目にする類いのものかもしれない。メディアであれば担当者を呼び出せるが、一般人相手にそれをするわけにはいかない。それこそ、一般人を恫喝したら、それもまたSNSで拡散されてしまうだろう。そう考えたとき、二宮とアヤコを“強制破局”させられないような空気が、ジャニーズ内に広がったのではないかと感じるのだ。

 ジャニー喜多川さんが亡くなり、過渡期を迎えたジャニーズ。そして、SNSを通して、多くの人が意見を言えるようになり、それをテレビが後追いするようになった時代。「結婚はタイミングである」と言われるが、アヤコにとっては「今のこの流れ」こそが、結婚のタイミングとして最適だったのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

嵐・二宮和也と伊藤綾子は、「ネットとSNSがなかったら結婚できなかった」と私が思うワケ

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<今回の有名人>
「一人の男としてケジメと決断」嵐・二宮和也
(結婚報告メッセージ、11月12日)

 嵐・二宮和也との交際をブログで“匂わせ”、多くのファンを敵に回した元フリーアナウンサー・伊藤綾子。2018年3月に「いったん、メディアの仕事から離れたい」とコメントを残して、芸能界から去っていったが、「いったん離れたい」ということは、つまり公の場に戻ってくる意志があるんだなと私は勝手に解釈していた。そして、11月12日、二宮は結婚を発表し、姿こそ見せないものの、果たしてアヤコは「ミセス二宮」として捲土重来したわけだ。

 2人の結婚を祝福したいという人、そうでない人の言い分はそれぞれ理解できる気がするが、それとは別に、ネットもしくはSNSがなかったら、このカップルは結婚できたのだろうかと、タラレバしてしまう。

 ジャニーズ事務所は、「所属タレントと恋愛した芸能人を干す」とか「所属タレントを結婚させないようにしている」といった、都市伝説を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。V6のように6人中4人が既婚者というグループもあるので、本当にそんなタレントの自由を奪い、事務所の意向に従わせるようなことをしていたのか、真偽のほどはわからないが、少なくとも、「マスコミ」から自由を奪い、逆らわせないようにしていた時代があったのは確かである。

 1999年、「週刊文春」(文藝春秋)が、ジャニーズ事務所社長(当時)・ジャニー喜多川氏の所属タレントに対するセクハラを報じた。ジャニーズは名誉棄損で文藝春秋社を提訴し、裁判の結果、文藝春秋社は120万円の支払いを命じられたものの、セクハラについては認定された。

 日本を代表する芸能事務所のトップが、タレントにセクハラを働いている。常識的に考えれば大騒ぎになりそうなものだが、この事件を扱うニュース番組やワイドショーはなかった。高視聴率請負人とも言える人気スターを多数抱えるジャニーズだけに、もし取り上げたらタレントの出演を取りやめるといった圧力のようなものを、局側にかけていたのではないだろうか。あの時代、ジャニーズや所属タレントのネガティブ情報を目にすることはほとんどなかったように記憶している。

 しかし、90年代にネットが出現し、人々が「顔が見えない状態」で、自分の意見を言えるようになると、ジャニーズの情報管理体制に支障が生じだす。信ぴょう性が高いとは言えないものの、全てがガセとも言い切れない情報が、ネット上で散見されるようになった。ただ、当時のネットは「書いたら、書きっぱなし」の状態で、その情報が不特定多数の目に触れる機会も少なかったものだが、2000年代前半にSNSが現れると、従来の機能に加えて、「見知らぬ人同士とつながれる」「情報を拡散できる」ことができるようになる。

 最もこの恩恵に預かることができたのは、これまで意見を潰されてきた「弱い立場の人」ではないだろうか。例えば世界的なムーブメントになった「♯Me too運動」は、セクハラを受けてきたけれど、泣き寝入りするしかなかった弱い立場の女性の告発に端を発している。しかも、スマホの普及が進んだことで、証拠を保存する機能(動画、録音、LINEの履歴など)を人々が携帯できるようになった。一般人にはしがらみがないので、怖い物もない。かつて芸能事務所は、週刊誌に所属タレントのスキャンダルが暴かれることを恐れたものだが、今はSNSを使いこなす「モノ言う素人」が一番怖いのではないだろうか。

 それでは、ジャニーズにとっての最大の脅威「モノ言う素人」は誰かと言うと、二宮と交際中のアヤコだったのではないだろうか。芸能界をいったん退いた身だけに、アヤコがいくら非常識な行動を取っても、いさめてくれる事務所関係者はいない。かつ、アヤコは、世間に知られたくない二宮の情報をいくらでも握っていると言えるからだ。

 “匂わせ”を繰り返したアヤコは、嵐ファンからの好感度が高いとは言えないだろう。事務所もそんなアヤコとの交際に反対していたのではないだろうか。しかし、これで別れることになったら、アヤコが逆恨みして、SNSで二宮のネガティブな情報を拡散するかもしれない。また、ジャニーズの脅威はアヤコだけではないだろう。SNSでは、嵐ファンでない女性層から「年頃の女性と長年付き合った挙げ句に捨てた」といった意見が出て、拡散され、二宮のイメージダウンにもつながりかねない。二宮の結婚報告メッセージには「一人の男としてケジメと決断」と書かれていたが、アヤコと結婚しなくても、イメージダウンする可能性はあったと言えるだろう。

 テレビ局などのメディアを意のままに操ってきたジャニーズにとって、SNSでの暴露や批判は初めて目にする類いのものかもしれない。メディアであれば担当者を呼び出せるが、一般人相手にそれをするわけにはいかない。それこそ、一般人を恫喝したら、それもまたSNSで拡散されてしまうだろう。そう考えたとき、二宮とアヤコを“強制破局”させられないような空気が、ジャニーズ内に広がったのではないかと感じるのだ。

 ジャニー喜多川さんが亡くなり、過渡期を迎えたジャニーズ。そして、SNSを通して、多くの人が意見を言えるようになり、それをテレビが後追いするようになった時代。「結婚はタイミングである」と言われるが、アヤコにとっては「今のこの流れ」こそが、結婚のタイミングとして最適だったのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

「大久保佳代子が、後輩から慕われていない理由」から考える、いま求められる理想の先輩像

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「先輩面と言うか、恩着せがましい感じで接しない」オアシズ・大久保佳代子
『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系、10月29日)

 かつて『アメトーーク!』(テレビ朝日系)で「たいこ持ち芸人」という企画の回があった。たむらけんじによると「ネタを作るより、先輩に気に入られる方が早く売れる」そうで、出演者が、先輩をいかに気持ち良くするかのテクニックを披露していた。これは「仕事のない芸人が、世に出るためのテクニック」と見ることもできるだろう。そういう意味で、売れていない芸人にとって、全ての売れている先輩はありがたい存在と言えるのではないか。

 それでは、自分の力で仕事が来るようになった芸人にとって、どういう先輩が「いい先輩」なのだろうか。10月29日放送『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で放送された、「後輩にちゃんと慕われている? 相思相愛ウラ取りグランプリ」に、後輩の本音が隠されているように感じた。

 同企画では、まず芸人に、「可愛がっている後輩10人」をランキング形式で挙げてもらう。そこで名前が挙がった後輩たちに、同じく「お世話になっている先輩10人」をランキング形式で発表させる。お互いが1位を指名したら相思相愛で、ベストの関係となる。

 実際にアンケートを取ってみると、「自分は慕われていると思っていたが、後輩はそうでもなかった」という場合が多い。例えば、FUJIWARAの‎藤本敏史は、パンサーの向井慧、ジャングルポケットのおたけが自分を1位に指名すると予想していたが、実際は向井が5位、おたけが4位といった具合だ。

◎実はそれほど後輩に慕われていなかった大久保佳代子

 今回はオアシズ・大久保佳代子がオンナ芸人として初めてこの企画に挑戦し、森三中・黒沢かずことたんぽぽ・川村エミコが「自分を1位にする」と予想する。大久保いわく、黒沢は、自身の相方・光浦靖子とも親しいが、週に一度、大久保に電話をかけてきて食事をしているという。一方、川村とも、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)で共演してから、収録終わりに毎回飲みに行く関係になったとのこと。

 しかし、フタを開けてみると、黒沢は「お世話になっている先輩1位」に光浦を、川村は森三中・大島美幸を挙げる。

 黒沢は、光浦を選んだ理由について、「悩んでるときに、ずっと最後まで話を聞いてくれる」「私たちがお仕事をいただけるレールを作ってくれた」と説明。川村は、大島を選んだ理由について、「私の顔色も察してくれて『何かあったの?』と聞いてくださいます」「お仕事でもロケでも尊敬しています」と述べた。

 黒沢、川村の意見を見るに、後輩は先輩に「自分の話を聞いてほしい」「先輩に気づいてほしい」という包容力のようなものを期待しているのではないか。大久保は後輩と接するときに「先輩面というか、恩着せがましい感じで接しない」「私だって話を聞いている」と言っていたが、その姿勢が後輩たちにとって満足いかなければ、意味はないだろう。

◎失恋したいとうあさこを突き放したことも……

 「話を聞く」と言えば2017年、大久保とともに『中居の神センス塩センス!!』(フジテレビ系)に出演したいとうあさこが、こんなエピソードを披露していた。

 大失恋した大久保は、2日に一度のペースで、大親友である後輩・あさこ宅に泊まり、あさこも大久保用のパジャマを用意して、朝まで話を聞くなど親身になっていたそうだ。しかし、あさこが失恋をしたとき、大久保は「用事がある」とあさこを突き放したという。大久保は「同じ話を延々と。辛気臭い」と、その理由を語っていた。

 現実的に考えれば、失恋後にいろいろ考えたところで、どうにもならない。そんなのは本人もわかっているだろう。けれど、その一方で、心の整理のためにうじうじ考える時間を欲し、誰かに話を聞いてほしいと思うことはあるはず。それを親しい先輩が、「辛気臭い」と切って捨てるのはいかがなものか。特に大久保の場合、自分の失恋の際に、あさこに付き合ってもらったという“借り”があるのだから、聞いてあげるべきなのではないだろうか。

 悩みというのは、明確な正解があるとは限らないもの。しかも、悩んでいる人が誰かに意見を求めたとしても、結局のところそれを聞き入れず、自分の思った通りにするというのは、よくある話である。となると、悩みは「聞いてもらう」ことに意味があり、聞き手は、「いかに気持ちよく聞いてあげる」かが問われるのではないだろうか。特に後輩が先輩に相談する場合、力関係に差があるので、先輩が聞きたくなさそうなそぶりを見せたら、後輩は気を使って無理に話を終わらせるしかないだろう。後輩に対して「先輩面をしない」といくら大久保が思っても、歴然とした上下関係がある以上、後輩にその姿勢は伝わらないのではないか。

 『ロンドンハーツ』で、意外にも「お世話になっている先輩第1位」という声が多数集まったのは、有吉弘行だった。後輩いわく、有吉は後輩の出演する番組を見ていて、しかも褒めてくれるそうだ。有吉は「俺は後輩の話を聞いて、ずっとウケているだけ」と言っていたが、今の時代に慕われる先輩というのは、頻繁に会ったり、高い食事をご馳走するのではなく、自分の意見は言わずに、ひたすら後輩の言うことや仕事ぶりを、受け止めてあげる人なのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

宮迫博之と徳井義実の「足を引っ張らない」ために――後輩思いの明石家さんまが注意すべきこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「かわいい後輩やけど、今回のことは何ともできん」明石家さんま
『ヤングタウン土曜日』(MBSラジオ、10月26日)

 お笑いコンビ、チュートリアル・徳井義実の個人会社が確定申告をしておらず、東京国税局に7年間で1億2000万円の申告漏れを指摘された。

 芸能人の確定申告に税務署の“ご指導”が入るのは、珍しくない。例えば「関西の女帝」として名高い上沼恵美子は、1997年と2005年の確定申告で、経費として申請した衣装代等が経費に当たらないとして、追徴課税されている。しかし、何が経費で何が経費でないのかは一概に言えない部分もあるそうだ。上沼の場合、確定申告したものの「見解の相違」で追徴課税されたわけだが、徳井は確定申告そのものをしていなかったという。

 『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演した細野敦弁護士は、徳井が逮捕されることを免れた理由について「税金逃れなどの裏工作がないので、悪質とはみなされなかったから」と解説したが、法的にはセーフでも、高額所得者が税金を一切払おうとしないというのは、一般人からみれば悪意的とみなされても仕方がないだろう。こうして、徳井は活動自粛に追い込まれた。

 10月26日放送のMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』で、明石家さんまはこの件に触れ、「かわいい後輩やけど、今回のことは何ともできん」とコメントしている。

 しかし、さんまが「後輩を助けたい」という気持ちを持っていることは、明らかだろう。実際に、反社会的勢力の忘年会に出演し、ギャラをもらったことで、吉本興業から解雇された雨上がり決死隊・宮迫博之を、さんまは救おうとしている。この件は、宮迫が吉本興業にウソの報告をしたことで、話が一気にややこしくなったが、吉本側も臭いものには蓋とばかりに、宮迫に「記者会見するなら全員クビ」と、恫喝まがいの発言をするなど、対応のまずさが明らかになっている。結局、事実上、解雇された宮迫は、再び吉本興業に戻る気にはならないだろうし、かといって別の事務所に行くのも難しいだろう。

 そんな事情をおもんぱかってか、さんまは宮迫を自分の個人事務所で預かるという“救済措置”を申し出たのだ。さんまは最近、宮迫の復帰に向けて「みんなで一緒にオフホワイトからブラックに、そして白紙に戻った男を囲む会」を企画し、テレビ局員や芸能、お笑い関係者に招待状を送ったという。徳井に関しては、そういった救いの手を差し伸べられないが、心配はしているということなのだろう。

 後輩のピンチを先輩が助けるというのは、浪花節的というか日本人ウケする話である。しかし、このSNS時代、さんまのような大物が後輩を助けるのは、かえって復帰の足を引っ張ることになるのではないだろうか。

 そう考える理由として、まず筆者の思う「SNSでの炎上が長引く2つのポイント」について触れたい。1つは当人が「いい思い(カネや異性関係)」をしているかどうか。2つ目は「モラル的・法的に悪いか悪くないか」の二元論で語れるものかどうかである。

 例えば、企業CM内での「女性の描き方」が炎上することがあるが、こういうジェンダーネタは、誰かがカネや異性関係などで「いい思い」をするものではないだろうし、また「悪いか悪くないか」がモラル的・法的に裁きにくいので、炎上してもそう長引かない。

 しかし、不倫や税金未納のようなネタは、当人が「いい思い」をしていることであり、また「悪い」ことだと指摘しやすい。騒動が少し下火になっても、週刊誌などで追加情報がもたらされれば、再び燃える。

 宮迫の場合は、反社会的勢力への闇営業で金銭を得るという「いい思い」をしている。また、本当に反社会的勢力と知らないで宴会に出席したのかもしれないが、「ギャラはもらっていない」とウソをつくという「悪いこと」をしたのは明らかだろう。加えて宮迫は2017年にも「いい思い」をするとともに「悪いこと」をしている。「週刊文春」(文藝春秋)に不倫疑惑を報じられたのだ。不倫したい気持ちはあったが、未遂に終わったとの意味で「オフホワイト」という言葉を使い弁明したが、この一件も、人が叩きやすいことをしたと言えるのではないだろうか。徳井も同じで、高額所得者であるにもかかわらず、カネを払わないで「いい思い」をした上に、納税という法律で決まっていることを回避していたわけだから、「悪い」と断罪しやすい。

 それでは次に、こういう叩かれた人が“復活”するには、どうしたらいいか。音楽プロデューサー・小室哲哉の不倫釈明会見に、その秘訣が隠されているように思う。

 妻であるKEIKOがくも膜下出血に倒れ、実家の大分で療養中、小室は看護師である女性との不倫を「文春」に撮られた。病身の妻がいるにもかかわらず、不倫。「いい思い」をしている、かつ「悪い」ことであるので、SNSは批判で盛り上がったが、小室は会見を開き、冒頭で騒動のけじめとして引退を発表する。それに加え、KEIKOの介護のつらさや、男性機能をなくしているので不貞行為はないとも説明した。ここで世論は一転し、「介護でつらい人が安らぎを求めて何が悪い」「ここまでプライバシーを明らかにされて、ひどい」といった意見や、「『文春』を廃刊にしろ」という過激派も現れたのである。

 SNSが炎上すると、炎上ネタの渦中の人物に「引退しろ」という意見が見られるが、これは必ずしも本当に引退してほしいと思っているわけではなく、「引退に匹敵してもおかしくないくらい、悪いことをした」と責める気持ちの表現として使われることもあるだろう。

 だから、小室のように先手を打って「引退します」と言われてしまうと、「何もそこまですることはないじゃないか」とSNSユーザーは慌てふためくし、マスコミも引退して一般人となった小室を厳しく追及できない。つまり、自分で自分を過剰に罰する姿を見せれば、SNSユーザーの意見は反転する可能性があると言えるだろう。

 もし、そうだとするならば、宮迫や徳井は「もういいよ」と言われる姿を大衆に見せないといけない。とりあえず、年単位で活動を休止し、YouTubeなどもやらず、ほとぼりを冷ますのが一番いいのではないか。活動をしないということは、ギャラも入ってこないのだから、「いい思い」ができないという意味で、わかりやすい禊になるはずである。それに、SNSで叩かれる人は移り変わるので、1年もすれば、みんな「あれ、あの人、何かしたっけ?」となる可能性は高まるはずだ。

 ここであらためて、なぜ私が「このSNS時代、さんまのような大物が後輩を助けるのは、かえって復帰の足を引っ張ることになるのではないか」と思ったかを、考えてみたい。さんまのような大物にお膳立てしてもらい、早々に復帰を狙うと、不祥事を起こした本人たちが「反省が足りていない」と見られる可能性があるからだ。一方、さんま自身も「権力を使った」として、「老害」と言われしまうこともないとは言い切れない。

 さんまが後輩思いなのは、今に始まったことではないようだ。01年、千原ジュニアがバイク事故を起こして、顔がめちゃめちゃになってしまったことがある。もう芸人として活動するのは無理だろうと思っていたところ、先輩後輩含めた芸人の助けがあって復帰にこぎつける。さんまは、ジュニアから、退院祝いとして「レギュラーが欲しい」と頼まれ、一旦は「無理や」と断ったものの、わざわざ冠番組『おかしや?さんま!』(TBS系)のオファーを引き受け、千原兄弟をレギュラーに抜てきしたことがあるそうだ。

 さんまは、ジュニアも宮迫も徳井も、同じように気にかけているつもりかもしれないが、その頃と今では事情が違う。SNSでなんでも拡散できてしまう時代だからこそ、後輩を助ける際、「何を見せないか」がポイントになってくるように思う。公式な場ではあえて厳しめのこと、「助けない」といった旨の発言をして、誰も知らないところで手を差し伸べたり、自分の番組で起用するための根回しをする。SNS時代の「後輩思い」とは、二重人格にも似た複雑な対応が求められるのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

小室哲哉、KEIKOとの離婚調停スクープに考える「面倒なものはポイ捨て」という冷酷な性格

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「ブランド品を購入し、誕生日には数十万円のワインでお祝いしている」
「文春オンライン」(10月22日配信)

 音楽プロデューサー・小室哲哉とKEIKOが離婚調停中だと、ウェブサイト「文春オンライン」が報じている。同サイトによると、小室とKEIKOは5回目の離婚調停に入ったが、ネックになっているのが「婚姻費用分担請求」。くも膜下出血を起こしたKEIKOは現在、大分の実家に身を寄せ、小室は東京に住んでいるが、婚姻が継続している以上、KEIKOは生活費などの婚姻費用を請求する権利がある。小室は2008年に詐欺事件で逮捕された後も、年収が1億円切ったことはないと話しているものの、婚姻費用は月に8万が妥当だと主張しているそうだ。

 調停中の小室には、新恋人の存在も明らかになっている。相手は2018年1月に「週刊文春」(文藝春秋)に不倫相手として撮られた看護師のA子さん。関係は今も続いており、港区にある小室の自宅に、A子さんとその家族を泊めているという。

 不倫報道がなされてすぐ、小室はすぐに会見を開く。内容をまとめると、妻であるKEIKOはくも膜下出血の後遺症で「小学校4年生の漢字ドリルをやっている」状態で、大人の女性としてのコミュニケーションが取れなくなってしまった。介護疲れから精神的なよりどころをほかの女性に求めてしまったが、男性としての機能を失っているので不倫ではない。しかし、責任を取って引退すると小室は述べた。

 不倫の理由が“介護”であるのなら、世間サマは情状酌量の余地を認めるらしい。「介護で疲れた人が、ほかに救いを求めてどこが悪いのか」という意見や、「小室を引退に追い込んだ」として、不倫を報じた「文春」を責める声もあった。

 介護をしているなら、不倫をしてもいいというのもおかしな理屈だと思うが、それはさておき、小室が介護しているという話を、私はまったく信じることができなかった。介護とは、単なるヘルプではなく、介護する側のメンタルや日常をも蝕んでいく。そんな面倒くさいことを、小室ができるとは思えなかったのだ。

あまにも冷酷だった、華原朋美との別れ

 小室は、面倒なことから徹底的に逃げるタイプなのではないかと思った理由は、華原朋美との“別れ方”が、私にはあまりにも冷酷に感じられたからだ。かつて小室と交際、同棲していた華原は、小室との別れを『華原朋美を生きる。』(集英社)で以下のように説明している。

 レコーディングでロサンゼルスに行ったものの、小室から連絡はなく、ホテル移動を命じられ、そこでもずっと小室に会えなかった。同棲していたマンションにも小室が帰ってくることはなく、携帯の番号は変えられ、別れ話をすることもなく、目の前からいなくなった。

 小室にも言い分はあると思うが、一時は一緒に暮らした人であれば、ほかにも別れ方があったのではないか。仕事においても、プライベートにおいても、突然一方的に関係を切るという小室の別れ方は「自分にとって面倒になったものはポイ捨てする」という性質の表れのように感じ、「プライベートのいざこざを仕事に持ち込むべきではない」といったビジネス上の判断とは思えないのだ。こうして、和製マライア・キャリー、現代のシンデレラとして崇められていた華原は、一瞬でその地位を失い、長い低迷に苦しむことになる。

 そんな華原との一件から、私は「介護をしていない」と決めつけていたわけだが、当たらずといえども遠からずだったようで、昨年7月、KEIKOの親族が「文春」で、小室が記者会見で語った内容は「ほとんどウソ」と反論。「漢字ドリルをやっていたのは、5年前」「小室は介護などしていない」「そもそもKEIKOは要介護ではない」などと主張していた。どちらが真実かは確かめようもないが、「女性セブン」(小学館、19年11月7・14日号)の記者に直撃され、きちんと応じているKEIKOを見るに、小室の言っていた「大人としてのコミュニケーションが取れない」ということはなさそうだ。

 そして小室は、現在離婚調停において、KEIKOには月8万円の生活費しか送れないと主張しているといい、これもまた「面倒なことから徹底的に逃げている」ようにも見えるが、一方で新恋人には相当貢いでいるようだ。「文春」によると、「小室さんは離婚に向けてKEIKOに対しては極力お金をかけようとしない一方、A子さんにこれまで随分とお金を使ってきた。海外での仕事のたびにブランド品を購入し、誕生日には数十万のワインでお祝いしている」という。

 KEIKOが気の毒だと思う人もいるだろう。しかし、かつてはKEIKOも「カネを貢がれる側」だったのである。

 小室は華原と別れた後、自らがプロデュースするグループのdosのAsamiと結婚して一子をもうける。しかし、わずか10カ月後に離婚し、その8カ月後にKEIKOと再婚している。番組名は失念したが、新婚時代の小室とKEIKOに密着した番組を見たことがある。朝起きてすぐ、KEIKOは水がわりに高級シャンパンを飲み、ブランドショップで「ここからここまで、全部ちょうだい」と命じる。だが、この頃、小室の家計は実は火の車だったそうだ。

 09年に放送された『芸能界の告白』(フジテレビ系)で、小室自身が当時のことを回顧している。一時は100億円以上もの資産を持つと言われていた小室だが、香港の音楽ビジネス会社に対する投資の失敗や、小室の作った曲がヒットしなくなったこと、レコード会社との契約解除によってプロデュース代約18億円を返金する必要に迫られるなど、金欠に陥っていく。KEIKOと結婚したときは10億円もの借金を抱えており、KEIKOは懐事情を心配していたそうだが、小室は「おカネのことは何一つ心配することはない」と強く言ったそうだ。

 超高級マンションに住み、KEIKOにも高級なプレゼントをふんだんに送るなど、全盛期と同じ贅沢な生活を送っていた小室夫妻。しかし、その一方で“前の女”であるAsamiには慰謝料や養育費を支払っていなかったと、Asami自身が「週刊ポスト」(小学館)に告白している。同誌によると、Asamiとの交際が始まったのは小室と華原が交際している頃。Asamiが妊娠したことで、2人は結婚することになるが、結婚5カ月を迎えた頃に、小室がKEIKOと浮気していることに気づいたという。気に入った女にはふんだんにカネをかけ、飽きたら節約が、小室流の愛し方なのかもしれない。だとするならば、KEIKOも“順番”が来たという話だろう。

 なお、その後、金策に困った小室は、自身は音楽著作権を持っていないにもかかわらず、ある投資家に「著作権を10億円で売りたい」と申し出て、前金の5億円をだまし取るという詐欺事件を起こし、逮捕されている。

 『芸能界の告白』を見ているとわかるが、小室は神妙な顔をして事件を語るものの、「ありがとう」と「ごめんなさい」を言わないことに気づく。「感謝する」「謝る」という基本的な概念が欠落しているように見えるが、音楽以外のことはからきしダメなのが「天才」というものなのだろう。

 そう考えたとき、あらためて「小室のそばにいる」ということの難しさを感じる。仕事、プライベート問わず、こういう人のそばにいる側は、その「覚悟」を問われるからだ。何かをやってあげても、当然、感謝もされないし、もしかしたら平気で後ろ足で砂をかけるようなことをされるかもしれない。それでもいいと思える人でなければ、この「天才」のそばにいてはいけないと思う。一方、小室も小室で、KEIKOとの離婚は避けられないだろうが、もう結婚するのをやめたらいいのではないだろうか。結婚しなければ不倫と騒がれることもなく、パートナーチャンジをとがめられることもない。

 しかしこうして忠告をしたところで、小室は自分都合の人であり、また、そんな小室を受け入れようなどと、覚悟もないまま変なきまぐれを起こす女性がいるのも世の常。元彼女、元妻、そして未来の女性たち、お気の毒様と言うしかない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。