ムロツヨシ、「彼氏いるの? 彼女いるの?」発言を“セクハラ”だと理解していないことの問題点

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「かわいいのにな」ムロツヨシ
『川柳居酒屋なつみ』(テレビ朝日系、2月11日)

 女優や俳優は、ドラマや映画で見るものだと思われていた時代があったが、今やバラエティーやトーク番組に進出するケースが増えている。ドラマ冬の時代、意外な素顔が垣間見れば、次の仕事につながるのかもしれないが、実際には「あんまり、しゃべらない方がいいのに……」と思えて仕方のない女優や俳優もいる。

 例えば、ムロツヨシ。長い下積みを経験し、舞台、映画とジャンルを問わず、活躍している俳優で、複雑な家庭環境や、小泉孝太郎、綾野剛などのイケメン俳優との華やかな交遊を明らかにしているので、演技以外にも引き出しが多く、バラエティー番組向きと言えるかもしれない。しかし、2月11日放送の『川柳居酒屋なつみ』(テレビ朝日系)に出演した際のトークから考えると、あまりバラエティー向きではない、もっと言うと、しゃべるほど女性人気が下がるタイプかもしれないと思った。

 撮影中にイラッとすることについて、ムロは“ハラスメント狩り”を挙げている。具体的な例としては、「若いスタッフさんに、『彼氏いるの? 彼女いるの?』と聞くのもダメ。これが怖い、ずっと言ってきたもん」と、自分の発言がセクハラに該当することに不満を抱いているという。ムロは、セクハラになる「理由」を理解できていないようで、待ち時間に「『彼氏はいるのか? (いないと言われたら)そうか、かわいいのにな』と言うのはハラスメントではなく、コミュニケーションだと思いたい。でも、みんなが(それはハラスメントだと)言うからやめてる」と、不本意ではあるものの、そういう会話をしないことにしていることを明かした。そのため、今は「待ち時間、何にも言えない」のだそうだ。

 あのぉ、あなた、いいオトナなのに「彼氏いるのか?」以外に話題ないんですか? それを聞くと、交流がどれくらい深まるんですか? と思ったのは、私だけではないはずだ。

 職場で女性に彼氏の有無を聞きたがる男性というのは、一定数いるだろう。そういう人は、ムロのように「セクハラではなく、コミュニケーションだ」と主張することが多い。しかし、彼氏の有無について尋ねることは、相手の性生活について聞くことと近い意味があるわけで、なぜ職場の人にそんな究極のプライバシーを開示しなくてはいけないのだろうか。言うまでもないが、女性だけでなく男性に対しても、この話題は不適切と言えるだろう。

 一般的に、セクハラは課長とヒラ社員といった具合に、権力差のある関係で起きやすいと言われている。課長の言うことが不条理であっても、人事上の報復を恐れて、ヒラ社員は言うことを聞かざるを得ないからである。ムロのような人気の俳優と制作スタッフでは、「ムロ>スタッフ」という暗黙の力関係があるだろう。自分より“上”の立場の人に聞かれたら、“下”の立場の者は、嫌な質問だと思っても、答えざるを得ないのではないか……そう考えられないあたり、配慮が足りなすぎではないだろうか。

■「褒めてるからセクハラにはならない」は間違い

 「彼氏はいるのか? (いないと言われたら)そうか、かわいいのにな」というムロ発言は、もう一つの悪質さを秘めているように感じられてならない。「かわいいのにな」と付け加えることで、ムロは「褒めているのだから、セクハラではない」とアピールしているのかもしれないが、褒めたつもりがセクハラになることもある。

 2018年に、内閣府が発表した「セクハラ防止啓発ポスター」がある。これは、男性の「今日の服かわいいね。俺、好みだな」「痩せてきれいになったんじゃない?」という、“褒めたつもり”の発言について、女性が「関係ないでしょ!」「そういうとこだけ見ているんですね…」と不快感をにじませるという内容になっている。そして「セクハラを決めるのはあなたではない」という結論が書かれているのだ。

 セクハラに関しては、この言葉はセーフでこれはアウトと簡単には判断できないだろう。しかし、確かなことは「褒めているから、セクハラにはならない」とは言いきれないということだ。「褒めているのだから、いいじゃないか」と憤慨する男性もいるかもしれないが、発言の内容ではなく、「仕事に関係ない部分」を勝手に査定してくる、男性の「上から目線」に、不快感を持つ女性も少なからずいると覚えてほしい。

 ムロと言えば、友人である元俳優・新井浩文が2019年2月に強制性交の容疑で逮捕された際、「目を見て、悪いことをした、と言ったら、思いっきり、叱ります、嫌という程、叱ります、それだけです、まだ目を見てない、だから俺は普段通り、これから飲みいってくるよ、来れそうだたったら、連絡してな、いってくるね、」とツイートした。新井のことと明言されていないものの、このツイートに「性犯罪を叱るくらいで済ませていいのか?」という批判が相次ぎ、炎上したことがある。

 おそらく、まだ起訴されるかどうかもわからないし、友人だからこそ信じたくないという気持ちを持っていたのだろうが、被害者の女性が存在していて、しかも性犯罪である。こうした軽々しい発言は、性犯罪もしくは女性を軽く見ていると思われても仕方がないだろう。ムロのような悪気のない性差別ほど、実は意識改革が難しいと言える。であれば、演技だけでいける実力派なのだから、人気を下げかねないバラエティーはあきらめたらどうかと思わずにいられない。
(仁科友里)

河野景子、唐田えりかを「モテない」と分析! バブルを思わせる「モテ至上主義者」の厄介さ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「そもそも、あんまりモテないと思うんですけど」河野景子
『胸いっぱいサミット!』(関西テレビ、2月1日)

 「週刊文春」(文藝春秋)が報じた俳優・東出昌大と女優・唐田えりかの不倫騒動。東出にはNHK連続テレビ小説『ごちそうさん』で共演し、結婚に至った杏という妻、そして3人の子どもがいる。「文春」によると、杏が下のお子さんを妊娠している最中から不倫が始まり、その関係は3年に及ぶという。唐田は人気俳優との恋愛に舞い上がったのが、密着している2人の写真をプリントアウトして周囲に配ったり、東出に似たイラストにキスするような写真をSNSにアップしたりと、匂わせを連発。杏に唐田との関係を気づかれた東出は、いったんは連絡を取らないようにすると約束したが、実際は切れていなかったそうだ。

 妊娠中の不倫、その期間は結婚生活の約半分、相手は当時未成年、しかも匂わせ連発と、女性の嫌いなものを全部のせしたような不倫スキャンダルだけに、東出と唐田の好感度は下がるばかり。

 芸能ネタを扱うワイドショーでは、当然東出や唐田が叩かれているが、そんな中でものすごい存在感を見せたのが元フジテレビアナウンサー・河野景子ではないだろうか。2月1日放送の『胸いっぱいサミット!』(関西テレビ)にコメンテーターとして出演した河野。司会のますがおかだ・増田英彦に「匂わせをする心理がわかるか?」と聞かれると、「彼女はまだ若いじゃないですか。恋愛経験もなくて、それがもう東出さんと恋愛していることに有頂天になってしまって」と分析し、最後に「私ね、そもそも(唐田は)モテない女性だと思うんですよ。モテる人だったら、隠すじゃないですか」と締めくくった。

 日本に姦通罪はないから、不倫は犯罪ではないものの、やはり、褒められたことではない。当然、不倫をした人をある程度責めるのは、コメンテーターの“お仕事”である。しかし、多くのコメンテーターが、その人の“行動”について意見を述べているのに対し、河野は「モテない」と“人格”に関わるコメントをしてみせた。モテてもモテなくても、不倫がよろしくないことに変わりはない以上、このコメントは、単なる個人攻撃ではないだろうか。いいオトナが自分の娘といってもおかしくない若い女性に対して、「モテない」と人格を貶めるような言い方をするのは、逆に言うと、それだけ河野にとって「モテる」ことが重要事項であるとみることができる。

 河野のように、他人の行動の全てを「モテる」かどうかで分けたがる、「モテ至上主義」の人というのは確かにいる。そういった人たちの言動の具体例を挙げてみよう。女性が「料理を習いたい」と言った場合、多くの人は「どんな料理を習うの?」とか「どこで習うの?」といった具合に「料理について」掘り下げるだろう。しかし、モテ至上主義者の場合、「料理がうまいとモテる」「オトコの胃袋をつかむ」といった具合に、全てを男性やモテと結びつけてしまう。モテ至上主義者は、人生には、モテに関係がなくても楽しいことがあると理解できないらしく、観劇や芸能人の追っかけなど、モテにつながりそうもない趣味が理解できず、「そんなことをしてもモテないよ」「推しが彼氏になってくれるわけじゃないのに」と茶々を入れてくることもある。

 個人的には、モテを意識することが悪いとは思わない。彼氏が欲しいとか、婚活をしているというのなら、「相手の視点を知る」という意味で、「モテ」をある程度意識する必要はあるだろう。しかし、それは時と場合によるものだし、他人に強制していいものではない。

 しかし、重度のモテ至上主義者になると「ブスはモテない」「モテないから彼氏がいない、モテないから独身」といった具合に、見た目や聞こえだけで「モテる」「モテない」を決めつけてくるのではないか。私も決めつけて何だが、こういうモテ至上主義者は、河野のような、日本にカネがあり余っていたバブル期に青春を過ごした人に多いのではないかと感じている。

 河野のモテ至上主義は「女性はモテてなんぼ」と考えられていた時代を彷彿とさせるが、この主義こそが彼女自身を救ったのかもしれない。

 フジテレビの人気女子アナとして、明石家さんまら大物にも人気のあった河野だが、男性に媚びるような態度を取ることから、女性人気は高くなかったと記憶している。それは河野自身のキャラクターだったのかもしれないが、当時のフジテレビ女子アナとしては、そう振る舞うのが正解だった部分もあるのだろう。

 その河野が横綱の貴乃花と結婚し、バッシングが始まった。もともと女性人気が高くなかったことに加え、河野が年上だったことも影響しているだろう。河野が振袖を着て婚約会見に臨んだところ、「初々しさがない」「貫禄がある」と当時の週刊誌に書き立てられた。また夫妻は妊娠が先の結婚だったのだが、保守オジサンからは「オンナが年上なんだから、避妊をリードしてやれ」と意味不明なことを、女性週刊誌にも「妊娠をエサに結婚に持ち込んだ」と書かれたりもした。さらに一昨年の12月、『バイキング・ザ・ゴールデン』(フジテレビ系)では、河野自身が結婚当初を振り返り、「毎日嫌がらせの手紙が来て、小包も郵便局で開けないといけなかった」と話していたこともあった。

 真面目な人ほど「なぜ自分は嫌がらせをされるのか」「何がいけないのか」と考えこんでしまうだろう。しかし、バッシングされる理由を考えても、正確な答えがわかるわけはなく、さらに落ち込んでしまう。そんなとき、役に立つのが、河野お得意の“モテ思考”ではないだろうか。「私がモテるから嫉妬している」「モテない人の妬み」。当時、河野がバッシングをどのように受け止めていたのかは定かではないものの、そう割り切ってしまえば、ストレスがぐっと減るのではないかと思った。

 不倫と言えば、離婚後、既婚者のイタリア料理店シェフと親密にしている写真を「フライデー」(講談社)に撮られた河野。熱愛そのものは息子の花田優一が否定していたが、ワイドショーであまりキツいコメントをすると、万が一起こるかもしれないご自分のスキャンダル時に、特大ブーメランとなって帰ってくるのは目に見えている。そのあたりにお気をつけて、今後もモテていただきたいものである。

みちょぱが唐田えりかを「怖い」と批判……「清楚系」と「ギャル系」を分断する世間に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ほんと清楚系って、マジ怖い」みちょぱ(池田美優)
『サンデー・ジャポン』(TBS系、1月26日)

 女優・杏の夫で俳優・東出昌大が、若手女優・唐田えりかと不倫関係にあり、それがバレたことで夫妻が別居していると「週刊文春」(文藝春秋)が報じた。

 芸能人の不倫は珍しくないが、登場人物3人が芸能人というケースは稀ではないだろうか。東出の不倫相手が一般人女性の場合、週刊誌も個人が特定できる情報には触れない。しかし、東出の相手である唐田は女優という身分のため、実名を報じられ、さらに今時SNSをやらない芸能人はほとんどいないので、そこから「こんなにヤバい女だ」という証拠を探されてしまう。「人の家庭を壊すオンナ」という先入観があると、情報は悪意的に解釈されがちである。「ひどいオンナ」と必要以上にバッシングされることは想像に難くない。

 また、当の唐田が怖いくらいの匂わせっぷりなのである。『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演した芸能ジャーナリスト・山田美保子氏によると、唐田は東出とのツーショットをプリントアウトして周囲に配ってみたり、東出にそっくりなイラストにキスをしている写真をインスタグラムにアップするなど、挑発的とも思える証拠を残している。

 同番組に出演していたモデル・みちょぱは、山田氏の解説を受けて「よくできんな」「奥さんを知っているわけじゃないですか。しかも、奥さんのお父さんも有名な方じゃないですか。度胸がマジすごい」と発言し、「ほんと清楚系って、マジ怖い」としめくくった。

 唐田が自分で「私は清楚系です」と名乗ることはしていないだろうが、色白、黒髪、ナチュラルメイクの唐田は、カテゴリとしては、確かに清楚系と言えるだろう。それに対し、みちょぱは、ギャルタレントとして活躍中。ギャル御用達雑誌「Popteen」(角川春樹事務所)の読者モデル出身であり、明るい髪色とカラコンというファッションは、まさに王道のギャル系なのではないか。ギャル系であるみちょぱが、清楚系の唐田の素行を批判したのは、世間が抱く「清楚系」と「ギャル系」の内面へのイメージは「間違っている」と暗に抗議したように感じた。

◎「ギャル系」は性的に奔放、「清楚系」は貞淑という思い込み

 同番組には、モデルでタレントの藤田ニコルやゆきぽよも出演するが、彼女たちもギャルであったことを公言している。この3人のギャルが、清楚系の特徴と思われがちな「礼儀正しさ」を、業界で評価されていることをご存じだろうか。みちょぱはTwitterで「一応芸能界入ってきて礼儀だったりに関して1回も怒られたことないのが自慢のあたし」とツイートしている。また藤田も梅沢富美男から、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、「礼儀正しい」と褒められ、ゆきぽよも『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)を手掛けるプロデューサー・高橋弘樹氏に、「とにかく、距離の詰め方がうまい。だけどすごく礼儀正しくて」と「フラッシュ」(光文社)で評されていた。

 『俺の持論』(テレビ朝日系)に出演したみちょぱは、「(ギャルは)地元やギャルサークルの先輩との接点が多いため、若くして縦社会を知る」ことで、礼儀正しくなると解説していた。加えて、もう一つの可能性として、ギャルでない人がギャルを「礼儀正しくないに違いない」という具合に勝手に見積もっているので、ギャルが常識的に振る舞うと「すごい」と感じるのではないかとも思う。

 またバラエティー番組で、ギャルタレントは元カレのことや交際人数について質問されることがあるが、黒髪色白の清楚系はそんなことは聞かれない。それもまたギャル系は性的に奔放で、清楚系は貞淑という世間のイメージが関係しているのではないか。ギャルタレントは「元カレが警察のお世話になった」などのネタを持っていることも多いので、それを引き出すためとも言えるだろうが、清楚系だって面白い元カレネタがないとは言い切れない。世間では、特に女性に対して、元恋人について尋ねるのは、異性経験を聞くのと同じような意味合いを含むこともあるので、センシティブな問題とされている。清楚系には質問せず、ギャルになら平気で聞けるというのは、ギャルは性的に奔放だという偏見から、「大丈夫だろう」とどこかでギャルを低く見ているのではないだろうか。

◎日本が誇る清楚系・吉永小百合も恋愛をしていた

 ギャルタレントが性的に奔放で、清楚系の女性芸能人は貞淑だと思っている人は、特に男性に多いかもしれないが、それはまったくの思い込みというやつだろう。

 日本が誇る清楚系女優と言えば、吉永小百合。恋愛や結婚などしてイメージダウンをされては困ると、元日活の常務が小百合に「二十一歳までは結婚するな。男を知ってもいかん」と恋愛禁止令を出したと「アサ芸プラス」の記事に書かれていた。しかし、作家で小百合の友人である中平まみ氏によると、実際は恋愛をしていて、運転手が席を外した状態で、某俳優と車の中で二人きりになったこともあり、また中平氏に「二十いくつにもなって処女のはずがないでしょ」と語っていたという。また、下ネタもイケる口で、女優・富士真奈美や吉行和子らとの句会で、バレ句(エロチックな内容の川柳)を詠むことになった際は、「松茸は舐めてくわえてまたしゃぶり」と披露して、周囲を驚かせたそうだ。

 「小百合が清楚系というのはウソだ!」と言いたいわけではなく、女性が仕事をしていれば、近くにいる人を好きになることもあるだろうし、場合によってはセックスもするだろう。下ネタを言うこともおかしくはない。ポイントは、そういう自分をどこで見せるかという判断だけである。昨年12月13日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に出演したゆきぽよは、清楚系の代名詞でもある女子アナの久代萌美を指して、「こういう外見の子が、めちゃめちゃ遊んでるってホントっすよ」「(自分のような)こういうリアルギャルよりも、隠れてる奴の方が遊んでますから」と述べていたが、清楚系とかギャル系というのは単なるファッションの違いでしかなく、性的な奔放さは見た目では判断できないはずだ。みちょぱの言う「ギャルが礼儀正しくなる理由」についても同様だ。縦社会で同じ “教育”を受けたとて、全員が礼儀正しくなるわけではないだろうから、「ギャル」というのは関係なく、その「本人」が、できる素質を持っているという話ではないか。

 もしかしたら、みちょぱらギャルタレントは、見た目がギャルであることで、理不尽な決めつけにさらされたのかもしれない。しかし、ギャルということで低く見られがちだからこそ、イメージをより良くすることもできる。マジ頑張ってほしい。
(仁科友里)

みちょぱが唐田えりかを「怖い」と批判……「清楚系」と「ギャル系」を分断する世間に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ほんと清楚系って、マジ怖い」みちょぱ(池田美優)
『サンデー・ジャポン』(TBS系、1月26日)

 女優・杏の夫で俳優・東出昌大が、若手女優・唐田えりかと不倫関係にあり、それがバレたことで夫妻が別居していると「週刊文春」(文藝春秋)が報じた。

 芸能人の不倫は珍しくないが、登場人物3人が芸能人というケースは稀ではないだろうか。東出の不倫相手が一般人女性の場合、週刊誌も個人が特定できる情報には触れない。しかし、東出の相手である唐田は女優という身分のため、実名を報じられ、さらに今時SNSをやらない芸能人はほとんどいないので、そこから「こんなにヤバい女だ」という証拠を探されてしまう。「人の家庭を壊すオンナ」という先入観があると、情報は悪意的に解釈されがちである。「ひどいオンナ」と必要以上にバッシングされることは想像に難くない。

 また、当の唐田が怖いくらいの匂わせっぷりなのである。『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演した芸能ジャーナリスト・山田美保子氏によると、唐田は東出とのツーショットをプリントアウトして周囲に配ってみたり、東出にそっくりなイラストにキスをしている写真をインスタグラムにアップするなど、挑発的とも思える証拠を残している。

 同番組に出演していたモデル・みちょぱは、山田氏の解説を受けて「よくできんな」「奥さんを知っているわけじゃないですか。しかも、奥さんのお父さんも有名な方じゃないですか。度胸がマジすごい」と発言し、「ほんと清楚系って、マジ怖い」としめくくった。

 唐田が自分で「私は清楚系です」と名乗ることはしていないだろうが、色白、黒髪、ナチュラルメイクの唐田は、カテゴリとしては、確かに清楚系と言えるだろう。それに対し、みちょぱは、ギャルタレントとして活躍中。ギャル御用達雑誌「Popteen」(角川春樹事務所)の読者モデル出身であり、明るい髪色とカラコンというファッションは、まさに王道のギャル系なのではないか。ギャル系であるみちょぱが、清楚系の唐田の素行を批判したのは、世間が抱く「清楚系」と「ギャル系」の内面へのイメージは「間違っている」と暗に抗議したように感じた。

◎「ギャル系」は性的に奔放、「清楚系」は貞淑という思い込み

 同番組には、モデルでタレントの藤田ニコルやゆきぽよも出演するが、彼女たちもギャルであったことを公言している。この3人のギャルが、清楚系の特徴と思われがちな「礼儀正しさ」を、業界で評価されていることをご存じだろうか。みちょぱはTwitterで「一応芸能界入ってきて礼儀だったりに関して1回も怒られたことないのが自慢のあたし」とツイートしている。また藤田も梅沢富美男から、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、「礼儀正しい」と褒められ、ゆきぽよも『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)を手掛けるプロデューサー・高橋弘樹氏に、「とにかく、距離の詰め方がうまい。だけどすごく礼儀正しくて」と「フラッシュ」(光文社)で評されていた。

 『俺の持論』(テレビ朝日系)に出演したみちょぱは、「(ギャルは)地元やギャルサークルの先輩との接点が多いため、若くして縦社会を知る」ことで、礼儀正しくなると解説していた。加えて、もう一つの可能性として、ギャルでない人がギャルを「礼儀正しくないに違いない」という具合に勝手に見積もっているので、ギャルが常識的に振る舞うと「すごい」と感じるのではないかとも思う。

 またバラエティー番組で、ギャルタレントは元カレのことや交際人数について質問されることがあるが、黒髪色白の清楚系はそんなことは聞かれない。それもまたギャル系は性的に奔放で、清楚系は貞淑という世間のイメージが関係しているのではないか。ギャルタレントは「元カレが警察のお世話になった」などのネタを持っていることも多いので、それを引き出すためとも言えるだろうが、清楚系だって面白い元カレネタがないとは言い切れない。世間では、特に女性に対して、元恋人について尋ねるのは、異性経験を聞くのと同じような意味合いを含むこともあるので、センシティブな問題とされている。清楚系には質問せず、ギャルになら平気で聞けるというのは、ギャルは性的に奔放だという偏見から、「大丈夫だろう」とどこかでギャルを低く見ているのではないだろうか。

◎日本が誇る清楚系・吉永小百合も恋愛をしていた

 ギャルタレントが性的に奔放で、清楚系の女性芸能人は貞淑だと思っている人は、特に男性に多いかもしれないが、それはまったくの思い込みというやつだろう。

 日本が誇る清楚系女優と言えば、吉永小百合。恋愛や結婚などしてイメージダウンをされては困ると、元日活の常務が小百合に「二十一歳までは結婚するな。男を知ってもいかん」と恋愛禁止令を出したと「アサ芸プラス」の記事に書かれていた。しかし、作家で小百合の友人である中平まみ氏によると、実際は恋愛をしていて、運転手が席を外した状態で、某俳優と車の中で二人きりになったこともあり、また中平氏に「二十いくつにもなって処女のはずがないでしょ」と語っていたという。また、下ネタもイケる口で、女優・富士真奈美や吉行和子らとの句会で、バレ句(エロチックな内容の川柳)を詠むことになった際は、「松茸は舐めてくわえてまたしゃぶり」と披露して、周囲を驚かせたそうだ。

 「小百合が清楚系というのはウソだ!」と言いたいわけではなく、女性が仕事をしていれば、近くにいる人を好きになることもあるだろうし、場合によってはセックスもするだろう。下ネタを言うこともおかしくはない。ポイントは、そういう自分をどこで見せるかという判断だけである。昨年12月13日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に出演したゆきぽよは、清楚系の代名詞でもある女子アナの久代萌美を指して、「こういう外見の子が、めちゃめちゃ遊んでるってホントっすよ」「(自分のような)こういうリアルギャルよりも、隠れてる奴の方が遊んでますから」と述べていたが、清楚系とかギャル系というのは単なるファッションの違いでしかなく、性的な奔放さは見た目では判断できないはずだ。みちょぱの言う「ギャルが礼儀正しくなる理由」についても同様だ。縦社会で同じ “教育”を受けたとて、全員が礼儀正しくなるわけではないだろうから、「ギャル」というのは関係なく、その「本人」が、できる素質を持っているという話ではないか。

 もしかしたら、みちょぱらギャルタレントは、見た目がギャルであることで、理不尽な決めつけにさらされたのかもしれない。しかし、ギャルということで低く見られがちだからこそ、イメージをより良くすることもできる。マジ頑張ってほしい。
(仁科友里)

宮下草薙・草薙航基、「コミュ障のできないキャラ」ではなく「図々しいできない子」と感じるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「こんなに合わない人、僕、初めて」宮下草薙・草薙航基
『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系、1月14日)

 バラエティー番組には、「できないキャラ」の存在が不可欠ではないだろうか。

 例えば、世界各国の“ミステリー”をテーマにしたクイズ番組『日立 世界ふしぎ発見!』(TBS系)。レギュラー解答者である黒柳徹子が全問正解に近い正答率を誇る一方で、同じくレギュラー解答者である野々村真は不正解である率が高い。突拍子もない答えを言うことから笑いが起きることもたびたびである。そんな野々村を「できないキャラ」と見ることもできるだろうが、もし出演者全員が正解してしまったら、番組には起伏がなく、盛り上がらない。野々村がいるからこそ、黒柳の正答率の高さも引き立つことを考えると、「できないキャラ」は番組に必要と言えるだろう。

 芸能界は礼儀作法にうるさいと言われるが、そういった振る舞いが「できないキャラ」のタレントもいる。モデルのローラは、大御所相手に敬語を使わないタメ口キャラでブレークしたが、このキャラが許されたのは、ローラのルックスや生い立ちが関係しているだろう。ローラの父親はバングラディッシュ人、母親は日本人とロシア人の血が混ざったクォーター。そのため日本語がおぼつかない部分があっても、愛らしいルックスも相まって「仕方がない」と思わせる余地があるのだ。

 こう考えると、「できないキャラ」は、本当に「できない人」であることよりも、「番組を盛り上げることに貢献できる人」もしくは「『この人なら仕方がない』という“正当性”を感じさせる理由を持っている人」ということが重要で、そういった芸能人が座れるポジションと言えるだろう。

 最近人気の「できないキャラ」と言えば、お笑い芸人・宮下草薙の草薙航基を思い浮かべる人も多いだろう。『メレンゲの気持ち』(日本テレビ系)に出演した際、草薙は、千原ジュニアから飲み会の誘いを受けたものの、「飲み会でも急に大喜利をやったりしそう」「面白い答えを言わないと、食べちゃいけないみたいな」と勝手に“想像”して、断ってしまうという。こういう人付き合いができない「コミュ障」エピソードを豊富に持つこと、また彼の朴訥とした雰囲気に、親近感を抱く視聴者も少なくないのではないか。

 しかし、1月14日放送の『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)を見ると、草薙が本当にコミュ障なのか疑問に思えてくる。

 同番組では、明るくポジティブなキャラで売っているANZEN漫才・みやぞんと、コミュ障の草薙が、2人で1泊の伊豆旅行へ行くという企画が放送された。これは“お仕事”なので、みやぞんには盛り上げようと努力する様子がうかがえたが、草薙の受け答えを見ていると、3つの特徴があることに気づく。

1.自分で話題を見つけることはせず、相手(先輩)の話も掘り下げない
 みやぞんは草薙に好きな食べ物や、よく聞く音楽を尋ねるが、草薙は会話が広がるような受け答えはできない。であれば、みやぞんに同じ質問をすればいいのに、そういった発想はできないようだ。草薙は藤田ニコルのことが好きで、同番組ではニコルに洋服を選んでもらうロケも行っている。しかし、そこに話がいくと、草薙は「ニコルさんの話はもう大丈夫です」とシャットアウト。話題が続かないので、みやぞんが珍妙なゲームを提案したものの、これも盛り上がらない。草薙は「こんな合わない人、僕、初めて」と言うが、そもそもゲームをすることになったのは彼自身が会話を拒んでいるからである。温厚キャラで知られるみやぞんも、「何でもダメダメ言うよ」と少しイラついていた。

2.相手に合わせない
 お昼ごはんを食べる段階になり、みやぞんが、草薙の好物だという「カレーを食べよう」と提案するも、草薙は「(みやぞんが)好きなもの食べましょう」と言う。であればと、みやぞんは場所が伊豆ということもあり、「魚にしよう」と勧めるのだが、草薙は「魚、あんまり……。でも、全然食べられます」と答えていた。魚があまり好きではないと聞かされて、「じゃ、魚を食べに行こう」と言える人はかなり少数派だろう。草薙は他人に合わせるふりをして、まったく合わせていないのだ。

3.実は上から目線
 温泉宿での就寝時、草薙は「(みやぞんのことを)誤解していてすみませんでした」と謝罪する。どう誤解していたかというと、みやぞんを「イカれた奴だな」と思っていたのだそうだ。先輩であるみやぞんに対し、暴言を吐くことが「面白い」とバラエティー的には思われているのかもしれないが、一般的に考えれば、こんな発言ができるのは、他人に対する敬意がない証拠ではないだろうか。少なくとも、お世話になるかもしれない存在だと思えば、こういう言い方はしないだろう。

 こうした特徴から、草薙はコミュ障というより、案外図太く図々しい面もあるように私には感じられた。

 「できないキャラ」がバラエティー番組に不可欠であることを考えると、草薙は貴重なキャラと言えるかもしれない。しかし、野々村やローラと比べると、明らかに違う点がある。それは2人と違って、彼が共演者に迷惑をかけていることだ。

 野々村がクイズで間違っても、徹子ら共演者にデメリットは生じない。ローラのタメ口を不愉快に思う先輩芸能人もいるかもしれないが、その場合にも睨まれるのはローラであって、共演者がとばっちりを受けることはないだろう。が、草薙の場合、みやぞんのように共演する人がデメリットをこうむるのだ。もし、みやぞんが草薙といて、イラついた顔を見せれば「本当は温厚なキャラじゃない」と思われる可能性もあるし、はっきりと非を指摘すれば「みやぞんがパワハラしている」と言われる可能性もゼロではない。

 となると、共演者は自分のキャラを守るためにも、たとえ自身の方が先輩であろうと、草薙の下手に出て機嫌を取ってあげなくてはいけなくなる。疲弊するのは、共演者ではないだろうか。

 草薙は『アメトーーク!』や『ロンドンハーツ』など、テレビ朝日の名物プロデューサーである加地倫三氏の番組に出演する機会が多い。それだけ加地プロデューサーに評価されているということだろう。「できの悪い子ほどかわいい」ということわざがあるが、私の経験から言うと、こういう立場のあるエラい人ほど、自称コミュ障の「できない子」をかわいがりがちである。

 芸能界はオファーがなければ成立しない商売。共演者や先輩に嫌われてもいいが、オファーをかける側の人にだけは嫌われないようにして、草薙には頑張っていただきたいものだ。

AKB48・峯岸みなみ、「呼べば来る女」「当日の女」の貶めに違和感――彼女が本当に注意すべきこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「人が集まる場所に行っちゃったりするのは、脇が甘い」AKB48・峯岸みなみ
『有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議』(TBS系、1月13日)

 2019年11月11日、ニュースサイト「デイリー週刊」が「KAZMAXが合成麻薬の使用容疑で逮捕、『峯岸みなみ』との親密写真流失で波紋」と報じた。

 記事には、タイトルの通り、合成麻薬の使用容疑で逮捕された投資家のKAZMAXとAKB48の峯岸みなみが顔を密着させている写真が掲載されている。もともと峯岸は別の投資家と親しくしていて、その人を通じてKAZMAXと知り合ったそうだ。KAZMAXの知人いわく、「我々の間では、峯岸は“呼べば来る女”として有名」とのこと。続けて「仮想通貨トレーダーや若手起業家などの飲み会にしょっちゅう来ていて、若くて羽振りがいいメンツだとすぐに顔を出す。同席者の金の出所は気にならないようですね。元々合コン好き、飲み会好きですから、その場のノリで密着して写真を撮ることにも抵抗がないのでしょう」と語っている。

 警察のお世話になるような人と密着して写真を撮り、それが週刊誌の手に渡ってしまうという意味では、マズい出来事だったのかもしれない。しかし、峯岸は法律違反をしたわけではない。にもかかわらず、この記事を読むと、麻薬を使用した容疑がかけられている男性よりも、峯岸の方がはるかに悪く書かれていないだろうか。KAZMAXの知人の証言をまとめると、峯岸は飲み会とカネのある男が好き、ノリで密着写真を撮ることに抵抗のない軽い女だとされており、彼女を貶めているように思えてならない。峯岸は独身なわけだし、カネのある男や飲み会が好きだとしても、それは個人の趣味の問題だから責められる必要はない。峯岸、とんだもらい事故だと言えるのではないだろうか。

 “呼べば来る女”というのも、理屈の通らない表現のように感じる。飲み会には呼ばれなければ参加できないし、呼ぶ方も来てほしいから誘うわけだ。“呼べば来る女”という言い方は、「あいつは来るに決まっている」というように、峯岸を物欲しげな女として下に見ているように、私には感じられる。

 軽い女呼ばわりされて、峯岸は気の毒としか言いようがないが、その峯岸が昨年12月、20年4月でのAKB48卒業を発表した。今年は勝負の年になるだけに、峯岸は1月13日放送の『有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議』(TBS系)に出演し、スキャンダルが続き、世間のイメージが悪いことをどう挽回したらいいのか、相談にやって来た。

 同番組出演者の杉村太蔵氏は「本当にイメージが悪い」「(峯岸に誘われて飲みに行ったら)絶対、反社(会的勢力)がいるイメージ」とし、「誘われるとき、絶対当日でしょ?」と逆に峯岸に質問した。「そうですね」と認めた峯岸に対し、「当日の女なんだよ」「当日の女からの脱却を提案したい」と畳みかけた。

 当日に誘われて飲みに行く“当日の女”が、なぜ脱却すべきネガティブな存在なのか。若い読者の方にはピンと来ない可能性があるので説明しよう。現在では、SNSがあれば、仕事中であっても連絡が取り合えるので、2人のタイミングが合いさえすれば、すぐに待ち合わせることはできるだろう。しかし、太蔵氏や私のようにSNSのない時代に20代を過ごした人間は「会いたければ、きちんとあらかじめ約束をする」しか方法がなく、翻って「あらかじめ約束することが、本気の証拠」と考える人もいるのだ。この理論で考えると、“当日の女”というのは、遊びの存在であることを意味するので、「当日の女なんだよ」発言は、「遊びの女なんだよ」という意味である。だからこそ「当日の女からの脱却を提案したい」と太蔵氏は言ったのではないだろうか。少なくとも「新潮」の“呼べば来る女”という記述や“当日の女”という表現が、峯岸を褒めていないことだけは確かである。

 峯岸は、反社とのつながりがまったくないことを主張した上で、「人が集まる場所に行っちゃったりするのは、脇が甘い」と自らの行為を反省し、禁酒を宣言した。しかし、私に言わせるのなら、飲酒や人の集まる場所に行くことが罪なのではない。自分を下に見る人のところに、のこのこ出かけて行くと、トラブルに巻き込まれる率が高くなるということではないだろうか。

 AKB48を卒業すると、誰もがそれなりに苦労を経験するだろう。しなくていい苦労を背負い込まないように、峯岸もオトコには気を付けて頑張ってほしい。

博多大吉、赤江アナと「食事に行けない」発言が「肉体関係なし」でもイメージダウンになるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「あれ以来、(赤江アナと)一回も食事に行けないし」博多大吉
『おかべろ』(関西テレビ、1月4日)

 芸能人は、不倫がバレるとイメージダウン必至だが、それでは「不倫」とは何だろうか。

 法的に考えるのなら、不倫とは配偶者以外との肉体関係を指す。夫(もしくは妻)が配偶者以外とセックスをした場合、民法の定める貞操権が侵害されたとして、妻(もしくは夫)は不倫相手に慰謝料を請求することもできる。ということは、カラダの関係がなければ不倫とは言えないことになる。

 1月4日放送の『おかべろ』(関西テレビ)に出演した博多大吉が、2019年4月に「フライデー」(講談社)に報じられた赤江珠緒アナウンサーとの不倫疑惑を振り返ったのも、肉体関係がなく、うしろめたいことがないからだろう。大吉は「あれ以来、(赤江アナと)一回も食事に行けないし」とボヤいてみせたが、たとえ不倫でなくても、大吉のイメージダウンになるのではないだろうか。

 同誌が報じた2人の“不倫デート”を振り返ってみよう。大吉と赤江アナはTBSラジオ『たまむすび』で共演中だが、『あさイチ』(NHK)の出演を終えた大吉と、週に一度のオフ日である赤江アナが、高級イタリアンで2時間かけてランチをし、近所の公園に移動して、なぜか芝生の上に寝っ転がったというもの。2人はこの日だけでなく、夜の西麻布に食事に出かけているところも、目撃されているそうだ。

 記事から2人が頻繁に会っていることがわかるが、肉体関係を感じさせるような記述はない。あの記事を見て、2人が不倫関係だと思う人はほとんどいないのではないだろうか。

 しかし、不倫とは違う“イヤらしさ”を感じた女性もいると思われる。

 赤江アナは『たまむすび』で、大吉と会っていた理由を、「仕事上の相談」だと説明していた。共演していたピエール瀧が、麻薬取締法違反で逮捕されたことで、「もう番組をやる気力がない。こんな大事件が起こったから、終わらす方向でやる」「(私は)出産終わって戻って育児をしながら、ちゃんと仕事をこなしているのか」などの悩みを抱えており、それを大吉に打ち明けていたのだという。

 降板を考えているのなら制作側に、育児に不安を抱えているのなら夫や実母など近しい人に相談した方が、問題は解決しやすいと思われるが、それはさておき、大吉に相談に乗ってもらうために、赤江アナは17年に出産した幼子を当時育児休暇中の夫に任せ、外出している。一方の大吉も売れっ子であるのに、忙しい時間を割いて赤江アナに会っている。それで真面目に「仕事の相談」をしていると思いきや、なぜか2人は芝生で添い寝しているわけだ。

 自分の恋人や夫がほかの女性と会うことを内心面白くないと思っても、「仕事の相談だ」と言われれば、「会うな」と言いにくいものだろう。特に専業主婦の場合、男性は仕事、女性は家事育児という役割分担をしていることが多いだろうから、仕事に口を出したり、仕事の邪魔になるようなことはしてはいけないと自制する人も多いと思われる。そういう我慢をしたことがある女性にとって、今回の大吉の行為……仕事にかこつけてほかの女性と頻繁に会い、芝生で寝っ転がっていたことは、肉体関係がないとしても、一種の裏切りのように感じられるのではないだろうか?

 大吉は現在『あさイチ』(NHK)のMCを務めているが、放送時間帯から考えて、専業主婦も多く視聴していると考えていいだろう。となると、専業主婦層の気持ちをつかむことは、大事なお仕事だと言える。大吉は「あれ以来、(赤江アナと)一回も食事に行けないし」とボヤいていたが、「お仕事として」口にすべきは、妻の気持ち、もしくは妻への謝罪ではないだろうか。「妻につらい思いをさせて申し訳ない」もしくは「妻に叱られた」など、妻について言及しなければ、大吉は「妻を傷つけて、平気な顔をしている人」とみなされてイメージダウンする可能性がある。また、妻へのエクスキューズなく、今回のように「赤江アナと食事に行けなくなった」と大吉が言えば、なぜそんなに赤江アナと食事に行きたいのかと、不倫疑惑が再燃するかもしれない。

 個人的には、大吉が赤江アナと食事に行くこと自体は問題がないと思う。既婚者であっても、仕事仲間と食事に行くことはおかしいことではない。マスコミが怖いというのなら、潔白の証明として、食事の模様をSNSにアップしたらどうか。『たまむすび』公式インスタグラムを見ると、19年12月31日、「ミニミニ忘年会」と称して、赤江アナが玉袋筋太郎と酒を酌み交わしたり、地面にあおむけで寝そべった瀧の上に、同じくあおむけの体勢で乗っかる画像がアップされている。ここに大吉との食事画像が加わっても、何ら違和感はないだろう。

 誰かと食事をしたくらいで、不倫を疑われる芸能人のみなさんはお気の毒と言うしかないが、その一方で、不倫は「謝罪力」が試される場でもあると言えるのではないだろうか。夫の不倫疑惑が写真週刊誌に掲載されて、うれしい妻はいないはず。実際に不倫をしていないから、妻には謝らなくていいという問題ではない。土下座して謝るという本気の謝罪ではなく、相手に嫌な思いをさせたことを即座に謝れるかは、司会者としても必要な能力ではないか。腰の低さや物腰の柔らかさに定評のある大吉だが、「妻に謝った話」をできるがどうかは、司会者としての大吉の今後の“課題”なのかもしれない。

田中みな実と弘中綾香……「女子アナという肩書」を踏み台にする、新時代のオンナたち

オンナの花形職業として羨望を集める存在ゆえか、何かと穿った見方をされがちな女子アナ。そんな彼女たちをウォッチし続けるライター・仁科友里が、2019年の女子アナトピックに考察を繰り広げます。

 オリコンが主催する年末恒例行事「好きな女性アナウンサーランキング」。2019年度版にランクインした女子アナは、前年と多少顔ぶれが変わっていたが、これを見て思い出したのが、とある元ミス日本の言葉である。

 数年前、『マジか!その後の人生~あの栄光を掴んだ21人!今を大追跡SP~』(テレビ東京系)を見ていた際、ミス日本受賞後にミュージカル女優になった女性が登場し、ミス日本という肩書について「便利」というような意味の発言をしていた。履歴書に「ミス日本」と書くと、オーディションの際に審査員が必ず興味を持ってくれるから、助かるのだという。

 ということは、ミス日本になるのは最終目標ではなく、一種のアピールポイントを獲得することなのだろう。「好きな女性アナウンサーランキング」を見ていると、女子アナの世界でも「女子アナという肩書を足掛かりに」好きなことに近づくというパターンが増えてきているのではないかと感じる。

 例えば、同ランキングで2位に輝いた田中みな実アナ。元TBSアナウンサーだが、現在はアナウンサーというより、美のカリスマとして女性誌に欠かせない存在となり、女優業にも進出している。セクシーショットも含まれている初の写真集『Sincerely yours...』(宝島社)は、発売前から10万部の重版が決定するなど絶好調。もはやアナウンサーというより、人気女優といった風格だ。

 もともと彼女はアナウンサーより、こういう芸能人の方が向いているように私には感じられる。TBSで顔と名前を売り、フリーとなった後は、バラエティーで“病みキャラ”“あざといキャラ”として自身の存在を世間に浸透させ、そして、満を持しての写真集や女優デビュー。ホップ・ステップ・ジャンプという三段跳びがあるが、キー局の女子アナ・フリーアナ・女優といった具合に、まず「キー局の女子アナ」という肩書をバネに、「本当に好きな分野」に進出するのは、今後当たり前のことになるのかもしれない。

 テレビ朝日の女子アナとして初のランキング1位を獲得するという快挙を成し遂げた、弘中綾香アナウンサー。「かわいい顔をして毒舌」が好評で、2019年4月には、『激レアさんを連れてきた。』で共演中のオードリー・若林正恭が出演する他局のラジオ番組『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)に出演するなど、異例の待遇をテレビ朝日から受けており、どれだけ期待されているかがわかろうというもの。同8月には、とうとう『オールナイトニッポン0(ZERO)』(同)で一人パーソナリティーにも挑戦した弘中アナだが、田中アナ同様、「キー局の女子アナ」という肩書を踏み台にしているように見える。しかし彼女は、この放送で、その毒舌は芸人がいてこそ光ること、さらにステップアップにはまだまだ早いことを露呈させてしまったのではないか。

 同番組の水曜日パーソナリティーを務めているのは、『ゴッドタン』(テレビ東京系)などの人気番組を手がけたテレビ東京・プロデューサーの佐久間宣行氏。その佐久間氏に対し、弘中アナは「テレビ東京のすごいプロデューサーなのか知らないですけど、はっきり言ってただのオジサンですよね」と発言したのだ。ラジオで、ほかのパーソナリティーを公然と貶める“サービス毒舌”はつきものだが、今のご時世、こういうセクハラと疑われるような、紛らわしい毒舌は避けた方が賢明ではないだろうか(余談だが、「子どもができたら、(ママとかお母さんではなく)綾ちゃんと呼ばれたい」という発言もしており、「そうですか」としか言いようがなかった)。以前から「夢は革命家」と公言している弘中アナ。快進撃は当分続きそうだが、弘中アナが革命を起こすには、もう少し修行が必要なのかもしれない。

 なお、ランキングには入っていなかったが、今後注目度が上がりそうなのが、フジテレビ・久代萌美アナ。彼女もまた、「キー局の女子アナ」をバネにできるような素質を持っていると感じた。『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、社会学者の古市憲寿に「パーティーが好きらしい」と指摘されていたが(別にパーティーに行くのは本人の自由だと思うが)、「週刊文春」(文藝春秋)にキャッチされた彼女の交際相手は6歳年下の人気ユーチューバー。YouTubeの歴史が浅いゆえに、将来性は未知数だが、大化けして富豪になる可能性もないとは言えない。交際がダメになったら、「ダメ恋愛」としてバラエティーで話せばいいし、交際相手が成功したり、結婚すれば美談になる。どっちに転んでも、従来の女子アナらしからぬ仕事を得られそうと言えるだろう。

一方で、技術を磨く女子アナも高支持

 弘中アナや田中アナなど、「スタジオで原稿を読む」という従来の女子アナの定義でくくれない人がランキング上位にあらわれる一方で、フリーの有働由美子アナ、テレビ朝日・大下容子アナ、テレビ東京・大江麻里子アナなど、しっかりしたアナウンス技術を持って、ニュースを伝えるベテラン勢も高い評価を得ている。

 その昔、女子アナ30歳定年説という言葉を聞いたことがあったが(文字通り、女子アナは30歳になると仕事がなくなるという意味である)、アナウンサーという職に徹して技術を磨きベテランになっても信頼を得るか、アナウンサーという肩書を武器として若くして別の世界に飛び立つかすれば、その説は打破できるのではないか。今後の女子アナ界は二極化していくのかもしれない。

小島慶子、夫への言動は“モラハラっぽい”!? 「私のお金」発言に感じた“彼女の本音”

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「今のように私のお金はあてにできなくなるから」小島慶子
ウェブサイト「OTEKOMACHI」インタビュー(12月24日)

 人の本音は言葉に表れると信じている人は多いのではないだろうか。もちろん、それに異論はないが「言葉なら、いくらでも繕える」という部分もある。偽らないその人の本音が表れるもの、それはカネに対する態度もしくは行動ではないだろうか。

 例えば、眞子さまとの婚約を延期中の小室圭氏。2017年12月26日号の「週刊女性」(主婦と生活社)が、小室氏の母親と元婚約者X氏との間に400万円の金銭トラブルが起きていることをすっぱ抜いた。これがきっかけで、国民の間に「眞子さまは小室家に嫁いで大丈夫か」という議論が起こり、因果関係は不明だが、宮内庁が18年にご婚約・ご結婚の延期を発表した。「女性自身」(光文社)の取材に答えた国際弁護士・清原博氏によると「X氏には借用書もないそうですし、裁判で勝てるなんの保証もありません。話し合いでの解決を模索するほかないでしょう。小室さん側が400万円はあくまで贈与だと主張し続けるならば学費や生活費を支援してもらったことへの謝礼という意味合いで誠意を示してもらうしかありません。返済ではなく、和解金や解決金という名目であれば、400万円の一部を小室さん側に支払うのが現実的な解決法だと思います」という。

 となると、小室氏側はX氏と話し合って、ある程度のお金を“お支払い”すればいいわけだが、そのような動きの気配はない。19年12月5日号の「女性自身」では、小室氏の代理人を務める弁護士が、眞子さまと小室氏について「普通にお付き合いされている男女と同じぐらいの頻度では、連絡を取り合っているようです」とコメントしている。小室氏の行動から推測するに、彼は「眞子さまと結婚する意志は変わらないが、金銭トラブルを解決する(カネを払う)気はない」と見ることができるだろう。そこからは、小室氏のなんとも自分本位な本音を窺い知ることができる。

◎小島慶子の言う「エア離婚」は、男女平等に反する?

 言葉だけでなく、カネに対する態度で、その人の本音を分析できるのではないか――元TBSアナウンサー・小島慶子が、読売新聞の運営するウェブサイト「OTEKOMACHI」で明かした「エア離婚」を知った際も、私はそう思った。「エア離婚」とは、子育てが終わったら離婚することを前提とした夫婦が、同居生活を送ることを指すのだという。

 インタビューによると、小島が長男を出産し、産後クライシスに陥ったとき、夫は「人道的にありえないこと」をした(ありえないことが何を指すのかは、明かしていない)という。しかし、小さな子どもを育てなければなかったので、小島は必死でそのことを忘れようとした。6年前、夫が仕事を辞めたことを機に、小島家はオーストラリアのパースに移住。夫は専業主夫となり、小島は東京にやってきて仕事をするというスタイルを取ることにしたそうだ。

 そんな小島だが、次第にお子さんの子育てにも手がかからなくなり、一家の大黒柱として働くようになったことで「お前、だいたい、あんなことしやがって」と夫への怒りが噴出し、関係をあらためて考えるようになったという。そこで、「子育てが終わった時点で離婚したいと思っていることを理解してほしい」と夫に訴え続け、夫も納得してくれたそうだ。なお、現在のところ、法的な手続きはしていないので、家族の形に変わりはないとのこと。

 出産後の夫の仕打ちで、離婚を考えるという話はよく聞くし、「許せない」という感情は理屈ではないから、許す必要もない。エア離婚も法的な離婚もありだろう。しかし、ちょっと疑問に思うのだが、このエア離婚、そこに発生するカネの話を踏まえると、小島が常日頃掲げる「男女平等」には反しないのだろうか?

◎小島慶子のモラハラっぽさとは?

 『直撃!シンソウ坂上』(フジテレビ系)が、小島のオーストラリア生活に密着したことがあった。その際、小島の長男が「『行ってみたらどうかな』という提案の時点で、ママがものすごく気合が入っているのがわかったから、多分行くんだろうなと思った」と、移住が小島主導であると明かしていた。お子さんたちは、オーストラリアの生活に適応できて学生生活を楽しんでいるようだが、小島の夫は、そうでもないらしい。オーストラリアにやって来た当初、英語が苦手なので、学校の先生からのメールの意味がわからず、面談をしても先生の言っていることがわからない。毎日不安で「今でもずっと落ち込んでいる」とも話していた。それに対し、小島は自分一人で家族を養わなくてはいけないプレッシャーと孤独を感じていたとし、「『何で仕事辞めたの!?』とか、『本当にあなたが仕事を辞めたから、怖くてしょうがないんだけど』とか言っちゃったんだよね」と語っていたのだ。

 公務員や国家資格保持者のように食いっぱぐれのない職業ならともかく、女性一人で家族を養っていくのは、ものすごいプレッシャーだろうと想像がつく。しかし、その一方で素朴な疑問がわく。夫に働いてほしいのなら、オーストラリアに行かない方がよかったのではないか? 確率で考えるのなら、日本にいた方が仕事は見つけやすいと思うのだ。

 さらに言うと、小島家のオーストラリア生活の要は、夫が専業主夫で子どもの面倒を見ることではないだろうか。海外だと学校の仕組みも違うし、言葉も生活習慣も異なる国にやって来た子どもの精神的なケアも欠かせない。信頼している人が子どもを見てくれているという安心感があればこそ、小島も日本で仕事ができるのではないだろうか。夫が日本で再就職する可能性を摘んで、オーストラリアにやって来たわけだから、夫を責めるのはお門違いではないかと感じる。

 「OTEKOMACHI」のインタビューで、小島は夫に「数年後、実際に離婚することになったら、今のように私のお金はあてにできなくなるから、自立の手段を考えておいてください」と言ったと話していたが、民法的にはアリでも、「私のお金」という言い方もどうだろうと思ってしまう。男女を逆にして考えてみると顕著になるが、男性が専業主婦の女性に対して、給料を「オレのカネ」と言ったら、モラハラっぽくないだろうか。小島はウェブサイト「日経DUAL」のエッセイで「地位や収入に関係なく『平等』があるって知らないなら、それって暴力じゃないか?」と書いているそばから、収入はない(ただし、家事や育児を担っている)夫を下に見て、平等に扱っていないように感じられる発言をしているのである。

 離婚に備えて、夫に自活の道を探せと言うのは、「準備期間は長いに越したことがないのだから、親切心によるものだ」と思う人もいるかもしれない。しかし、異国の地で英語が得意でもない、そう若いとも言えない人が仕事を探すのは相当な苦労が予想される。かといって、子どもがいるから日本に帰って、職探しもできない。そうなると夫は、「離婚されないため」に、小島の顔色を窺って過ごすしかなくなるのではないか。考えれば考えるほど、小島の行為はモラハラっぽく感じられる。男女平等実現のために、女性の人権が軽視されている現状を訴えてきた小島だが、夫へのこの仕打ちから考えると、女性の人権を考えているというより、自分が被害者意識を持ちやすく、自分を傷つけた人には復讐しなければ気が済まない人に見えて仕方ない。

◎小島慶子は永遠の乙女ではないか

 昨年、小島は『幸せな結婚』(新潮社)を上梓し、ニュースサイト「ハフポスト」の取材を受けている。その中で、小島は夫が仕事を辞め、収入が少なくなった時に「自分の中にあったすごく保守的な男性観が、正体を現したんです」と話している。具体的に言うと、「夫がちょっと高い髭剃りとか買おうものなら『買ってあげる』と言ったり」「結局、(自分の中に)働かない男性を見下す気持ちがあったんですね。思っていたような、進歩的な女じゃなかったんだなと、ショックでした」と語っているのだ。

 そうか、今頃気づいちゃったのかというのが、私の感想だ。進歩的な女は、女子アナにはなろうとしないし、なれないというのが私の意見だ。幅広い層が視聴するテレビでは、多くの人に好かれる必要がある。よってテレビ局が、育ちと見た目と頭がよく、口ではどうこう言っても、根がすれていない保守的なお嬢さんであることを女子アナに求めるのは当然のことだし、恵まれている自覚と実績がなければ、女子学生も女子アナ試験を受けないだろう。経済力のある男に媚びるのが嫌だから、高収入である女子アナになったと、小島は各インタビューで話している。高収入オトコに威張られるもの嫌だけど、無職のオトコを養うのも嫌。本当の自分はこんなんじゃない。いつも理想を探してさまよう小島は、私には永遠の乙女のように見えてならない。
(仁科友里)

安住紳一郎も苦言……「好きなアナウンサーランキング」は、なぜ女子アナの首を絞めるのか?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「アナウンサーは人気じゃないってことをね、何度も言ってるんで」安住紳一郎
『安住紳一郎の日曜天国』(TBSラジオ、12月15日)

 以前に比べ、アナウンサーたちは、テレビの“数字至上主義”によって、窮地に追い詰められているのではないか。最近、私はそんなことを感じているのだが、その理由を掘り下げるため、より危機に瀕しているように見える “女子アナ”に焦点を絞って考えてみたい。

「シロウトが女子アナに」がウケる時代は終わった

 1990年前後、女性は前に出ない方がいいという時代の影響か、女子アナたちが「自分はごくフツウの人間だ」「たまたま受かってしまった」とアピールしていた。例えば、元フジテレビアナウンサー・中村江里子。『女四世代、ひとつ屋根の下』(講談社文庫)で、フジテレビ受験の顛末を語ったことがある。どんな仕事に就いたらいいのかわからなかった中村は、就活をまったくしていなかったが、知人の勧めでテレビ局を受験することに。履歴書に貼る写真も用意していなかったので、スナップ写真。しかも、ノーメイクで受験をしたのに内定を得る。中村の先輩にあたる河野景子も、フジテレビは記念受験であり、ほかのテレビ局は一切受験していないと『バイキング・ザ・ゴールデン』(フジテレビ系)で明かしている。

 超難関試験である女子アナ試験に「フツウの女子大生」がこんな簡単に受かってしまうなんて、「夢がある」話ではないだろうか。しかし、事情をよく聞くと話は変わってくる。フジテレビの女子アナはお嬢さまが多いことで知られているが、中村の実家も銀座の老舗楽器店であり、お嬢さま育ちである。一方の河野は、お嬢さまだったという話は聞いたことがないものの、上智大学のミスコン「ミス・ソフィア」の覇者であり、「週刊朝日」(朝日新聞出版)、「CanCam」(小学館)の表紙モデルにも選ばれている。就活こそ精力的に行わなかったかもしれないし、テレビ局をたくさん受けたわけではないが、2人とも「フツウの女子大生」ではないのだ。

 元フジテレビアナウンサーで言うと、このほかにも、有賀さつきさんは、高校時代から芸能事務所に所属していたそうだし、佐藤里佳アナは運輸省「海の記念日」のキャンペーンガールをやっていたなど、学生時代から芸能活動をかじっていた人もいる。しかし、それは名前と人気が定着した頃に明かされる事実。なぜ隠すのか……その理由については不明だが、恐らく、当時の女子アナはシロウトっぽさが人気であったことから、「私たちは会社員である」というスタンスを押し出したかったのではないだろうか。

 しかし、シロウトが女子アナになって有名人になる、という図式はだんだんと崩れ始める。『恋のから騒ぎ』(日本テレビ系)で最前列の中央に座っていた小林麻耶が、2003年にTBS入社。このほかにも、元アイドルの平井理央が05年フジテレビに、最近だと元乃木坂46・市來玲奈が昨年、日本テレビに入社している。

 すでにテレビに出ていたり、芸能活動をして、ある程度の知名度を持つタレントたちが女子アナの内定を得た理由は、放送局側の都合だろう。放送局は看板になる人気女子アナがほしい。しかし、そういう人材を一から育てるのは手間がかかる。アナウンサーを育てるより、タレントをアナウンサーにする方がラクだと考えるようになったのかもしれない。この手っ取り早く人気女子アナがほしいというテレビ界の風潮は、当事者である女子アナに、大きなプレッシャーを与えかねないのではないか。

 さらに、テレビをはじめとする数字至上主義の世界の人たちは、「この人を使えば、数字が見込める」という“裏付け”を欲するものである。その資料として一番使いやすいのが、ランキングではないだろうか。アナウンサーに関しては、オリコンや「週刊文春」(文藝春秋)が「好きなアナウンサーランキング」を毎年開催しており、これがまた女子アナたちを苦しめているように感じる。

 アナウンサーの立場からすれば、ランキングに名前が出ると、仕事に起用される率が高くなる。となると、名前を憶えてもらうためにも、テレビに出たときは、とにかくインパクトを得たいと思うようになるのではないだろうか。そのせいか、ある時期を境に、特に女子アナたちがタレントと同じようにキャラを立てる傾向が出てきた。そういう時代だから仕方ない部分もあるだろうが、これで名前が売れることはあっても、アナウンサーという技能の面でプラスになるのかは疑問である。

 テレビだと気づかないが、女子アナの原稿読みや発言を、ラジオや音声だけで(テレビ画面を見ずに)聞いていると、その技術力がわかる。はっきり言うと、ランキング上位の女子アナでも聞いていられない人はいる。ランキングに投票する人たちは、容姿やキャラを重要視するので、原稿読みのうまさを求めているわけではないと言われればそれまでだが、若いうちにアナウンサーとしての能力を高めないで、目立つキャラ作りばかりやっていると、いざアナウンサーとして大きな仕事を任された時に困るのは、本人ではないか。また、しっかり原稿が読めない女子アナが増えることで、タレントでも十分ではないかという“アナウンサー不要論”が出てこないとも限らない。これも彼女たちの首を絞めることになるだろう。

 と思っていたところ、TBS・安住紳一郎アナウンサーが、ラジオ『安住紳一郎の日曜天国』(TBSラジオ)で、「アナウンサーは人気じゃないってことを何度も言っているので、そろそろ、こういう(好きなアナウンサー)ランキングは、やめにしていただきたい」と話し、その理由を「人気を気にすると、言えない一言が出てくる」「嫌われると思っても、言わなくてはいけない一言がある」と説明した。人気ランキングがあるがために、アナウンサーとしての本分を全うできなくなっていると現役アナが直々に異を唱えるというのは、異例のことだろう。

 人気の局アナはフリーになるという定説がある中、安住アナは「好きな男性アナウンサー」5連覇を果たし、殿堂入りしてもなお、局アナを貫いている。その姿勢を評価されたのか、「週刊新潮」(新潮社)によると、今年の夏に局次長とかなりの出世を遂げたそうだ。ランキングの悪影響に関しては、力のある人が言ってくれなければ、誰も聞く耳を持たない。安住アナでなければできない発言と言えるだろう。

 でも、残念ながら来年も再来年もランキングはなくならないと思う。放送局にスポンサーがいて、視聴率を取ることが仕事としている以上、こういう“証拠”に似たものがないと企画が通せないという考え方にも一理あるからだ。せめて、女子アナのみなさんが、ランキングのためにキャラを作りすぎて、自身の女子アナ生命を短くしないことを祈るばかりだ。