高畑裕太、復帰の足を引っ張るのは母・高畑淳子? 「被害者の椅子」に座ろうとする彼女に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私も親バカかもしれませんが……」高畑淳子
(「週刊女性」2020年12月22日号、主婦と生活社)

 若い方は驚かれるかもしれないが、昔のテレビというのは、結構なんでもアリだった。ファミリー向けドラマの銭湯のシーンで、女性のエキストラがバストとバストトップをもろだしにしていたし、トーク番組では司会者がタバコを吸っていた。大麻や覚せい剤で逮捕された芸能人が、少し時間をおいてテレビに戻ってくることも可能だった。

 ところが時代は変わる。テレビ局がコンプライアンスを重視し、社会的良識を重んじるようになると、上記のような光景は一掃される。テレビ局、スポンサー、視聴者に嫌われないように、芸能人のみなさんは「正しく生きること」が求められているのかもしれないが、それでは視聴者たちが嫌う「正しくない生き方」の筆頭格は、“性犯罪”ではないだろうか。

 女優・高畑淳子の息子で、俳優の高畑裕太が強姦致傷容疑で逮捕されたのは、2016年8月のこと。ドラマだけでなくバラエティー番組にも多数出演し、二世タレントとして頭ひとつ抜けていた感があった裕太だが、性犯罪を起こしたということで世間に与えた衝撃は大きかった。示談が成立し、不起訴処分となったものの、だからといって、今までどおり、テレビの世界に戻れるはずもない。

 そうはいっても、芸能界の華やかさを味わってしまった、ほかの仕事を経験したことのない人が、芸能界以外の場所で生きていくのは、実質不可能だろう。「週刊女性」20年12月22日号(主婦と生活社)によると、裕太は19年8月に下北沢の小劇場で俳優としての活動を開始している。舞台はテレビほどスポンサーの意見が強くないだろうから、再出発の場としては適当だろう。舞台から始めて、映画というように、ゆっくり実績積み上げていけばいいのではないだろうか。

 が、ちょっと足を引っ張りそうなのが、お母さんである女優・高畑淳子である。裕太が事件を起こした後、すぐに会見を開いて「芸能界に戻してはいけない」と話していたが、そもそも息子を売り込むために、バラエティー番組での共演も辞さなかった人だ。裕太が復帰し、経済的にも安定することを望んでいるだろう。その気持ちはわかるが、ちょっと「いらんこと」を言いすぎな気がしないでもない。

 「週刊女性」の記者の直撃を受けた高畑は、記者に対し、「……まず、あの事件に対して、あなたはどう考えていらっしゃいますか? 本当に息子が、あんなことをしたと思われているのですか?」とカウンターパンチを仕掛けている。

 そして高畑は「相手は被害届を出してすぐに“いくら出すんだ”と示談金を要求してくるなど、非常識なところがありました。それで警察は彼らの言い分がおかしいと判断して、不起訴処分にしたんです」と語り、ニュアンスとして“息子はやっていない、息子は悪くない”ということを匂わせている。

 最後に「私も親バカかもしれませんが……。逃げてばかりじゃいけないなと思っています。私たち家族の4年間の苦しみを考えてほしいです」と、今後は事件に対して、反論する意思があるかのようにも思えるコメントを残し、去っていったという。

 いろいろ言えないことも多いのだろうと推測できるが、記者会見では謝罪し、それが済んだら「被害者の椅子」に座ろうとすることは、得策でないように思える。それなら、示談にせず裁判で争えばよかったという声も出てくるだろうし、被害者側が高畑の言う「非常識なところがある人」の場合、“息子は悪くない”というニュアンスの発言をすると、反撃される恐れがないとはいえない。

 高畑がこういう発言をすることで、世間に「女優として高い演技力を誇りながら、プライベートでは理知的でさばけたなお母さんだと思っていたけど、バカ親だった」という印象を持たれ、自分自身の好感度を下げる可能性もあるのだ。

 もっとも高畑の「息子は無実」といった発言は、今に始まったことではなく、17年4月28日付のウェブサイト「女性自身」の記事においても、記者の質問に「彼は無実です」「あの子の人生が台無しになったんですよ!」と発言、やはり「息子はハメられた」と信じているようだ。

 それでは、裕太は実際に、事件によって「人生台無し」になったのか?

 確かに裕太のテレビ復帰は厳しくなったが、実際に同意があいまいな性交渉をしてしまったという意味では、自業自得な部分はあるだろう。一方で、お母さんである淳子の人生はというと、決まっていた舞台は降板しなかったものの、一時、テレビへの出演を控えたりしていたそうだ。淳子がテレビに出れば、性犯罪を思い浮かべる人もいるだろうから、その判断は有名人として妥当といえるだろうし、そうはいっても、実力のある女優だから、淳子にオファーが絶えることはない。こうなると、割を食っているのは、裕太のお姉さんである、女優・こと美ではないだろうか。

 「週刊女性」19年8月6日号によると、こと美は裕太と意見がぶつかりがちな淳子に代わり、裕太の復帰を支えてきたそうだ。裕太が舞台に復帰したとき、こと美は「また何かあったら私は弟と縁を切ります」と言っていたという。言葉だけで解釈するとクールなように感じるが、オトナである裕太が復帰にこぎ着ける3年余の間、ずっと面倒をみていたわけで、実際はものすごく裕太に労力を割いていると言えるのではないだろうか。

 もう一つ不思議に思うのが、淳子は裕太とバラエティー番組に出演するなど、芸能活動をプッシュしてきたのに、こと美のときにそれをしなかったのは、なぜなのかということである。こと美が自分一人の実力で仕事が取れるから心配ないと思ったのかもしれないが、お母さん、裕太をひいきしすぎではないだろうか。

 番組名は失念したが、その昔、バラエティー番組で、淳子が「私が死んだら、この子(裕太)は税金とか払えないと思う」と話していた。経済力がなくて払えないという意味か、期日までに収める事務手続きができないという意味かはわからないものの、裕太への溺愛ぶりから考えると、こういう手間もお姉さんが背負わされるのかもしれない。

 娘と息子がいると、母親が息子ばかりひいきするという話はよく聞くし、気の利く長女がつい家の尻ぬぐいをしてしまうのは、あるあるだろう。もし、高畑家もそのパターンに当てはまるとするのなら、お姉さんは長女の呪縛から逃れて、好きに生きてほしいと願わずにいられない。

金子恵美は、なぜ宮崎謙介と離婚しないのか? 4年ぶり二度目の不倫を許した“政治的判断”

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「政治家の癖かもしれないですが」金子恵美
『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』(文化放送、11月30日)

 ニュースサイト「文春オンライン」が報じた元衆議院議員・宮崎謙介の「4年ぶり二度目の不倫」。驚いた方もいるとは思うが、私にはそれほど意外なことではなかった。若い女性は浮気性の男性に対し、「自分を愛しているのなら、改心して真人間になってくれる」「私の愛で、相手を変えて見せる」と張り切ることがあるが、大変残念なことに、人の悪癖というのは、そう簡単には治らないと私は思う。

 宮崎は結婚を2回している。最初の妻は衆議院議員・加藤鮎子、二番目の妻が元衆議院議員の金子恵美である。ウェブサイト「女性自身」2016年4月12日付の記事によると、加藤と金子は政界の「女子会仲間」で、金子が宮崎との結婚について相談すると「女癖の悪さで私も別れたんだから、あの男だけはやめときなよ! 女癖と高飛車な態度は絶対に治らない。恵美ちゃんはわかってない!」と猛反対されたそうである。鮎子センセイ、それじゃ、あなたはなぜ結婚したの? とお聞きしたい気分に駆られるが、それでも再婚に至ったのは、宮崎には浮気性という欠点をもしのぐ、何かいいところがある男性なのではないだろうか。

 金子と再婚した宮崎は、金子の妊娠中に育児休暇を取ると宣言し、“イクメン議員”として知名度を上げるが、「週刊文春」(文藝春秋)に元グラビアアイドルとの不倫を撮られてしまう。宮崎が週刊誌に自分の不倫が出ることを打ち明けたのは、金子が初産を果たした日だったという。

 不倫が明るみに出たことで、宮崎は議員を辞職。金子も衆議院選所に出馬するが、落選してしまう。政界から追い出された形になった2人だが、宮崎が育児をメインになって行い、いいパパぶりをバラエティー番組で披露し、時に夫婦で番組に出演するようになって4年。だんだんと不倫のイメージも薄れ、宮崎は現在、『バラいろダンディ』(TOKYO MX)で金曜日の司会を務めている。今年10月10日放送の『せやねん!』(MBS)にリモート出演した金子によると、夫婦ともども収入が議員時代を超え、別荘を購入したそうで、順風満帆。同月に発売したエッセイ『許すチカラ』(集英社)では、不倫騒動の顛末と夫を許した理由をつづり、同書で「私はこう宣言したい。『許すチカラ』で、私は幸せになれた」と力強く語っているが、11月27日、「文春オンライン」に宮崎の不倫を暴かれてしまった。相手の女性は、30代の医療従事者だそうだ。

 夫に不倫をされてうれしい妻はいないだろうが、金子の場合、夫婦揃ってテレビでタレント活動をしているので、両者のイメージ低下が避けられず、そこから仕事を失い、経済的なダメージを背負う可能性もある。また、「(夫を)許して幸せになれた」と書いたそばから、夫に不倫された金子は赤っ恥もいいところで、書籍のセールスにも影響が出てくるかもしれない。ほかのキー局と違って、TOKYO MXは「不祥事を起こしたら、即降板」という方針ではないらしく、宮崎も司会者として続投しているが、「危機を乗り越えた夫婦」「円満な夫婦」としてオファーが来ていた他局の仕事は、キャンセルされても文句は言えないだろう。

 一度だけならまだしも、二度も夫に足を引っ張られた金子だが、今回も離婚を考えていないという。『バラいろダンディ』に出演したフリーアナウンサー・大島由香里は、フィギュアスケーター・小塚崇彦選手と離婚しており、金子と同じく一児の母である。「週刊文春」によると、大島の離婚理由は、夫のモラハラと夜遊びだったそうだ。夫に迷惑をかけられたという意味では、大島と金子は似ており、それなのに離婚しない金子が、大島には理解できない様子で、「はっきり言って、今回生理的に宮崎さん無理って思っちゃった」と、ヨソ様の夫に対して、手厳しい発言をしていた。

 別れる理由も別れぬ理由も人それぞれ。金子が別れないと言っているのだから、それでいいわけだが、それよりも驚いたのは、11月30日放送の『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』(文化放送)における金子の発言である。周囲から「なぜ別れないのか?」と聞かれるそうだが、金子は「政治家の癖かもしれないですが、白黒ハッキリ自分で判断したいときに、私なりの判断基準というかルールがあって。そこで判断したのみなんですよね」と答えていた。

 あれ? あなた、政治家でしたっけ?

 上述した通り、金子は衆議院選挙で落選していて、現在は政治家ではなく、タレントといったほうが正しいだろう。けれど、金子の中で、自分は「今でも政治家」もしくは「いつかは政治家(に返り咲く)」と思っているのではないだろうか。

 だとすると、金子が別れない理由もそう不思議ではなくなる。「政治的判断」という言葉がある。政治家が、物事の善悪とは別に、多くの人の利益になる方針を自身の責任で決断することを指すが、金子は「政治的判断」で宮崎と別れないと考えられるのではないか。

 度重なる不貞というのは、倫理的に言えば、夫としてアウトである。しかし、夫妻には4歳になるお子さんがいる。金子宮崎夫妻が、『THE名門校 日本全国すごい学校名鑑』(BSテレ東)に出演した際、宮崎は小学校受験について「一応、視野に入ってますね」とそこそこ意欲的だった。金子も同じ気持ちで、本当に小学校受験に挑戦するのなら、離婚なんてしている場合ではない。

 また、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)で、宮崎は金子を「お金の管理ができない。それから時間の管理もできない。で、料理がまったくできない」と上から目線でけなしていたが、逆にいうと、自分の苦手なことをやってくれる夫は、金子から見れば大変助かる存在といえるのではないだろうか。

 金子が夫を評価する点も、非常に「政治家」的である。マイナビニュースの「金子恵美、涙…4年前の夫・宮崎謙介の不倫を許した思いと今『許すチカラ』インタビュー」によると、「政治家ってやっぱり上昇志向の強い人が多いから、私(金子)は政務官になった、(夫は)政務官になるどころか議員も辞めてるっていう。でも、あの人はちゃんと家に帰ってきたら、私の労をねぎらうわけです」「私は多分できないかもしれない、悔しいとかね」「なんで私以外は政務官になってるのに、みたいな。恨みつらみを言うと思いますけどね」「(夫が)私の政治活動の応援に徹していたのは、大したもんですよね」と、金子は宮崎の“妻の活躍に嫉妬しない点”を評価している。

  このように、上昇志向が強い金子にとっては、政治家として返り咲くためにも、仕事をばりばりして家庭を顧みない夫よりも、多少ちゃらんぽらんでも子どもの面倒を見て、妻の仕事を応援してくれる宮崎のような夫のほうが「好ましい」のではないだろうか。

 しかし、「政治的判断」というのは、時に非情なものである。宮崎は、今許されたと思っても、それは未来永劫許されたことを意味しない。金子が政界に返り咲いたり、子どもが成長したときに、ある日突然、金子が「離婚しましょう」とならないとも限らない。宮崎は今後、そのことに気をつけて行動する必要があるのかもしれない。

ローラ、フワちゃんを「合わない」と拒絶! 彼女がもはやテレビで“好感度の高い振る舞い”をする必要がないワケ

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<今回の有名人>
「何かが合わない感じ」ローラ
『まつもTOなかい ~マッチングな夜~』(11月21日、フジテレビ系)

 11月7日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)、ゲストはフワちゃんだった。今年テレビに出まくった、ニューカマー・フワちゃんに対し、番組のMCを務めるマツコ・デラックスには最近“引退説”が持ち上がっている。「女性自身」2020年10月27日号(光文社)によると、マツコの所属事務所社長は同誌の電話取材に対し、「いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」と話し、引退説を完全否定しなかった。もちろん今すぐ引退ということはないだろうが、いつまでテレビでマツコが見られるかは未知数のようだ。

 そのせいか、最近マツコが番組で話す内容には、まるで「辞めていく先輩が新人に言っておきたいこと」のように感じられるものが多い。テレビの将来を憂うマツコは、「この人(フワちゃん)に課せられた使命は大きい」として、テレビの世界で活躍するコツをフワちゃんに伝授していく。そのうちの一つが、「人を選べ」だった。これは、フワちゃんの個性を理解した上で、番組の企画を立てられるテレビマンと組めというアドバイスだったが、フワちゃんは真面目に聞いていたものの「(テレビの世界に)しつこくしがみつくとか、長く生き残るぞという意気込みではない」「海外に行って売れたい」と、「そこまでテレビに興味はない」と言ってのけた。

 そんなフワちゃんが11月21日に出演したのが、『まつもTOなかい ~マッチングな夜~』(フジテレビ系)。ダウンタウン・松本人志と中居正広が会わせてみたい二人をマッチングするという企画の番組で、フワちゃんの相手は、モデル・ローラだった。

 ローラといえば、モデルとしての活躍はもちろん、大物にも物怖じせずタメ口で行くキャラでブレークした。現在、ロサンゼルス在住だそうだが、テレビで見るのは久しぶりに感じる。歯を直したのか、痩せたのか、顔の印象が大分変ったような気がした。そんなローラは、フワちゃん以上に、テレビに囚われていないように感じられた。

 フワちゃんは芸能界では、ローラの後輩に当たる。正攻法の「ローラさんにめちゃめちゃ憧れていて」「ローラさんのYouTubeを見てオーガニックに興味を持って」と下手に出ることで、ローラの歓心を買おうとするが、ローラはまったく笑わない。「ローラさんがモデルをやっているときから見ていた」とフワちゃんがさらに機嫌を取り、「は~、うれしいな」とは言うものの、やはり顔は笑っていない。中居は震え、松本も「こりゃ、だめだわ」と二回漏らしていた。話が合わないというより、ローラがフワちゃんを受け入れていないように私には見えた。あまりに盛り上がらないので、松本が「ローラはフワちゃんと会いたくなかったの? 人と会うの好きでしょ?」と聞くと、ローラは「大好き。でも、何かが合わない気がするの」と拒絶してみせた。

 テレビを見ていて、出演者が表面的には和やかそうに話していても、あまり相性が良くないだろうと感じることはあるが、ここまで盛り上がらないというのは滅多にない気がする。フワちゃんが気を使っている姿が気の毒だったし、あれではローラが新人イジメをしているように見えたのではないだろうか。わざわざロサンゼルスからやって来て、あの態度では好感度がガタ落ちだろうと思ったが、この考え方自体が古いのではないかと考え直した。

 可愛くて面白いモデルという印象のあったローラだが、実はかなりの料理上手で、『めざましテレビ』(フジテレビ系)で料理コーナーを持っていたこともある。盛り付けや食器のセンスも良く、体にいいものを取り入れて作った料理をインスタグラムにアップしていた。

 そんな食に思い入れのあるローラは、今年の10月26日に、インスタで「実は環境問題の事をたくさん勉強してから、、お肉が与える環境へのダメージがものすごく大きいということをしって1年ほど前からお肉を食べる事をやめたの」と明かしている。

 日本の芸能界で環境問題に関心があると言ったり、特定の食品を食べないと公式の場で発表すると、CMなどに差しさわりがある。ひと昔前ならそう考えられただろうが、『マツコ会議』でのフワちゃんの発言通り、テレビの世界はしがみつくものではなくなっているのではないか。そもそもテレビに出たり、CMに出ることが、芸能人として成功という考え方自体が廃れてきているようにも思う。

 ローラは今年7月に、14年間所属していた事務所を6月末をもって退所したことを発表。「女性自身」7月21日号の記事によると、最近のローラはテレビの露出を減らし、自分のやりたいことに中心に動くようになってきたそうだ。それができるのも、インスタグラムのフォロワー数640万人、Youtube登録者数70.5万人(11月26日現在)と、インフルエンサーとしての地位があるからだという。だからローラは自分を曲げてまで、テレビで好感度の高いふるまいをする必要がなかったのかもしれない。

 ネットがない時代、芸能人はテレビに出て顔と名前を売ることが“お仕事”であった。テレビに出るためには、売り込んでくれる事務所に所属し、頭を下げてテレビに出してもらう。よっぽどの売れっ子でもない限り、タレントは事務所とテレビ局には頭が上がらなかっただろう。

 しかし、今はシロウトでも番組を作って発信できる時代である。YouTubeなら、いつでも好きな時に動画が見られる。テレビと比べて、時間が長すぎないのも忙しい現代人には助かるため、人気を博しているのではないだろうか。若い世代には、ほしい情報、好きな人をピンポイントで得られるので、テレビよりYouTubeのほうが便利なのだと思う。

 少し前なら、大きな事務所の人は偉そうにしているとか、お笑いはアイドルより下とか、芸歴の長い人を敬わねばいけないといった事務所別・職種別・芸歴の序列があったが、これからはYouTubeの登録者数の多さでタレントをはかる時代になるのかもしれない。ちなみにフワちゃんのYouTube登録者数は、ローラより約4.5万人多い75.1万人である。

眞子さまは国民の信頼をなくし、秋篠宮ご夫妻は「子育て失敗」とまで……それでも“何もしない”小室圭さんと佳代さんに思うこと

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<今回の有名人>
「ご苦労さまでございます」小室佳代さん
(ウェブサイト「女性自身」10月29日、光文社)

 宮内庁が11月13日に発表した、眞子内親王殿下の「お気持ち」文書。

 小室圭氏との結婚について、「様々な理由からこの結婚について否定的に考えている方がいらっしゃることも承知しております」と民意を慮りつつも、「結婚は、私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択です」と、結婚したいお気持ちに変化がないことを表明された。

 だめだ、こりゃ。肩をがっくり落としたのは、私だけではあるまい。

 眞子さまは「さまざまな理由から」結婚を反対されていると思われているようだ。確かに日本の皇室は長い歴史を誇り、世界的にも敬愛される対象で、ゆえによくも悪くも皇族方の結婚相手にあれこれ口を挟む人は後を絶たないだろう。

 しかし、今回の問題は、それともまた違う種類のものではないか。私の感覚で言わせてもらうならば、問題点は以下の2つだと思う。

1.小室氏の仕事が定まっておらず、収入が確保されていない
2.小室氏の母親が金銭トラブルを抱えており、それがいまだに解決されない

 つまり、この問題の争点は、常にカネといえるのではないだろうか。

 日本国憲法第24条は「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」と定めているので、眞子さまと小室氏が「結婚したい」と言えば、他人は口を挟むことはできない。しかし、職が定まっていない小室氏と眞子さまは、どうやって暮らしていくのか。小室氏は現在ニューヨークに留学中だが、2018年7月19・26日号の「女性セブン」(小学館)によると、留学費用はかつて在籍していた弁護士事務所からの援助と奨学金で賄っているという。

 もしこれが庶民の世界なら、年長者が、結婚したいという若者に対し、「仕事をしてお金貯めてからね」と諭して終わりだろう。しかし、眞子さまの場合、幸か不幸か“結婚一時金”がある。一時金の元資は税金であるから、納税者の国民が、「健康でありながら働こうとしない若者のためになぜ血税を使うのか」と反感を抱いても、仕方のない部分はあるだろう。

 今回の結婚のネックがカネだと仮定して考えてみると、実はその解決策はかなりシンプルだといえるのではないか。

 まず、小室氏は定職につく。国際弁護士のような華やかな職業である必要はないだろう。ご婚約内定会見直後、小室氏が『月たった2万円のふたりごはん』(幻冬舎)を買ったことが話題になったが、身の丈に応じたレベルの生活を送れば、世間からとやかくいわれることはないだろう。

 一方、母親の借金問題に関しては、小室氏本人の問題ではないので、そしられる理由はないと、私は思う。しかし、こういった問題が出れば、眞子さま、もしくは皇室の権威を傷つけることは明らかだし、愛する母親に好奇の視線が向けられることにもなる。愛するフィアンセや母親を守るため、本人に責任がなくても、小室氏がイニシアチブを取って行動すべきだったのかもしれないけれど、これもまた解決困難な問題ではない。

 というのも、借りたカネは返さなくてはならないが、小室氏の母親と金銭トラブルのあった男性は、借用書を交わしていないそうだ。これが何を意味するのか、「女性自身」(光文社)のウェブサイトに、19年9月5日付で掲載された記事では、元検察官で国際弁護士の清原博氏がこう解説している。

「借用書もないそうですし、裁判で勝てるなんの保証もありません。話し合いでの解決を模索するほかないでしょう。小室さん側が400万円はあくまで贈与だと主張し続けるならば学費や生活費を支援してもらったことへの謝礼という意味合いで誠意を示してもらうしかありません。返済ではなく、和解金や解決金という名目であれば、400万円の一部を小室さん側に支払(ってもら)うのが現実的な解決法だと思います」

 つまり、400万全額を返済するのではなく、“お気持ち”を渡せばいいということだろう。それはそんなに難しいことなのだろうか?

 眞子さまがお気持ちを表明したことで、「女性自身」は11月15日、「『眞子さま頑張って欲しい』変わらぬお気持ち公表にエールも」というタイトルの記事を掲載した。愛する男性との結婚を一途に夢見る眞子さまのお姿に共感を寄せる女性もいるのだろうが、冷静になって考えてみると、今回の問題(定職につく、母親の金銭トラブルを解決するために動く)で頑張るべきは、小室氏と母親ではないだろうか。眞子さまに何を頑張れというのだろう。

 お小さい頃から、上皇さまご夫妻の初孫として、国民に愛されてきた眞子さまだが、結婚問題では国民を失望させたといえるだろう。眞子さまは小室氏のために国民からの信頼をなくし、秋篠宮ご夫妻も「子育て失敗」とまで言われているのに、小室氏と母親は、なぜ眞子さまや秋篠宮ご夫妻の名誉を回復する行為に出ないのか、本当に不思議でならない。

 小室氏の母と言えば、最近の姿を「女性自身」(10月29日付)がキャッチしている。同誌によると、日本テレビの記者に直撃取材され、「息子さんとお話になりましたか?」と聞かれた小室氏の母親は、質問には答えず「ご苦労さまでございます」と返答したという。

 今の時点では、結婚について何も言えることはないだろうし、かといって無視するのも愛想がない。だからこそ、「ご苦労さまです」という挨拶を返したのだろうと思われるが、この言葉のチョイスが小室氏の母親「らしい」と思うのは、私だけだろうか。

 諸説あるが、「ご苦労さま」は目上から目下に使うという説があり、誤解を避けるためにも、公的な場面で使わないほうがいいという人もいる。この言葉を使ったからといって、小室氏の母親が記者を下に見ていると決めつけてはいけないが、自身の金銭トラブルのせいで最愛の息子が叩かれ、結婚が滞っているのに何の手立ても打たないことから考えると、やはり小室氏の母は、どことなく世間や皇室に対して居直っているというか、「上から目線」といえるのではないだろうか。この性質は、小室氏にも受け継がれていて、親子共通のニブさというか図々しさが国民を苛立たせ、眞子さまと秋篠宮ご夫妻を窮地に追い込んでいると思えてならないのだ。

 愛する人のために行動を起こせない人は、結婚しても相手を幸せにできないと個人的には思うが、「お気持ち」の文書を読む限り、おそらく、眞子さまが結婚をあきらめることはないだろう。それならば、眞子さまがフルタイムで働き、小室氏の母親の和解金を支払うしかないのではないか。国民に祝福されなくても、職についておらず、借金(和解金)を背負っている人と結婚したい、でも、お金(国民が納めたもの)もちょうだいねでは、国民は納得しないだろう。

 一般人の世界では、「自由に生きること」は「経済的に独立していること」とほとんど一緒である。もしかすると、眞子さまは、今、生まれて初めて、「自由に生きる」難しさに直面していると言えるのかもしれない。

マツコ・デラックス、夫の愚痴吐く妻に「選んだのは自分」! 結婚における自己責任論に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「勘のニブい不出来な旦那を選んだのは自分なわけだし」マツコ・デラックス
『5時に夢中!』(TOKYO MX、11月9日)

 親しくしていた友人と、結婚や出産を機に距離ができてしまう。ある程度の年齢の女性なら、一度は経験する出来事ではないだろうか。その友達と仲が良いほど、後味は悪いものになる。そのため、「女の友情はアテにならない」と一般化されて語られてしまい、それを否定する声もあるが、現実問題、ライフスタイルが異なっても友人関係を続けるのは、難しい部分があると言えるだろう。

 自分の身の回りのちょっとしたこと、例えばお昼に食べたものとか、買い物の戦利品を、友達と話すことに楽しみを感じていたとする。しかし、もし友達が結婚して生活レベルが格段に上がり、買ったものの金額が高額になったり、夫のものを買ったことを報告してきたときに、今までと同じ気持ちで返事をすることができるだろうか。また、友人に子どもができたとして、育児に悩む友達の話を聞いても、共感できないと思う。

 こうなると、お互いに消化不良を起こして「話してもなんか面白くない、すっきりしない」という状態に陥り、なんとなく疎遠になってしまう。どちらが悪いというわけではなく、ライフスタイルが変われば関心も変わり、それに伴って人間関係も変わっていくということだろう。仮に一時期疎遠になったとしても、永遠の別れではないし、個人的な経験で言わせてもらうと、「この人は合う」と確信できる人とは、多少のブランクがあっても続くので、気に病む必要はないと思っている。

 しかし、その一方で、双方のライフスタイルの変化は関係なしに、確実に友人関係を悪化させ、ヘタすると永遠の別れにもつながるケースというのもあるように思う。

 11月9日放送の『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、ネットで話題を呼んだ「夫の弁当」に関する悩みをトピックに取り上げていた。投稿者の既婚者女性は、持病の手術のために1週間入院生活を送ることに。退院後、夫から、職場の若い女性が毎日手作り弁当を作ってくれたことをあっけらかんと報告され、モヤモヤしたという。その後、投稿者の女性は、職場の女性にお礼を言うとともに、「これからは私が作る」と告げたそうだ。

 番組アシスタントの大橋未歩は、「自分だったら夫に断ってほしい」と話していたが、コメンテーターのマツコ・デラックスは、投稿者が女性に対し、お礼を言って「これからは私が作る」と告げたことについて、「それ(敵意)をむき出しにしないほうがカッコよくない?」と、案に目くじらを立てるなと指摘し、「勘のニブい不出来な旦那を選んだのは自分なわけだし、そんなに気にしなくてもいいのかなって思う」と結んでいた。

 確かに、夫が自ら、同僚女性の手作り弁当を食べたことを妻に話しているくらいだから、やましさのようなものは、あまりないのかもしれない。しかし、この問題のポイントは、妻が「嫌だ」と感じたことであり、そこをフォローする回答が求められるのではないだろうか。もしそうだとするのなら、「勘のニブい不出来な旦那を選んだのは自分なわけだし」という答えは、「そんなオトコを選んだのはオマエなんだから、オマエが悪い。オマエが我慢しろ」と聞こえなくもない。

 この問題に限らず、既婚者が夫婦間の愚痴を話すと、「結婚前にわからなかったの?」「どうして、そんな人と結婚したの?」「オトコを見る目がない」と返す人は一定の割合でいる。確かに自分で選んだ人だから、自己責任と言われても仕方がない面はあるのかもしれないが、結婚前に相手の人格を全て理解することは、実質不可能ではないだろうか。「そんなオトコと結婚しちゃったわけだから」と友達に言われてしまったら、今後、その人には世間話も兼ねた愚痴は一切言えなくなることだけは、確かである。愚痴を聞きたくないので、シャットアウトのために言うならいいが、もし相手と友達関係を続けるつもりなら、使わないほうがいい表現ではないだろうか。

 日本では、「夫の不出来は、妻の責任」という考えが根強いせいか、結婚を「夫の人格を全て認めた契約」だと解釈し、愚痴を許さない人がいるように思う。しかし、世の中に完ぺきな人間などいないのだから、パートナーへの不満があることは、悪いこととは言えないだろう。

 おそらく、マツコは喧嘩両成敗的に「夫がニブい」「(妻は)そんな人を選んだ」と発言して収めたのだと思う。それはコメンテーターとしては大正解だろうが、友達として考えるのならナシ。こうやって考えてみると、友達とは相手の取るに足らない愚痴を否定せずに聞ける関係を指すのかもしれない。

高樹沙耶、大麻ツイート終了宣言の裏に新しいオトコ……“男捨離”を繰り返す彼女に見る、恋愛体質の条件

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私を誰よりもわかってくれる人」高樹沙耶
(「デイリー新潮」2020年11月3日)

 「恋愛体質」という言葉がある。20年くらい前の女性誌で頻繁に使われていた言葉で、正確に定義されてはいなかったが、「すぐ恋をしてしまう人」のような意味で使われていた。今と違って、「恋をしていないと、干からびる」「クリスマスに恋人がいないのは、寂しい女」と刷り込まれていた時代だったこともあり、女性たちは躍起になって、自分を「恋愛体質」に導こうとしていた。

 具体的な方法としては、「一人でバーに飲みに行くこと」とか「ゆっくり話すこと」などが挙げられていた。確かに一人でいたほうが男性に声をかけられる率は上がるのかもしれないし、自分が優位に立ちたい男性は、ゆっくり話す女性……もっと言うと、積極的に自己主張をしない女性を好むかもしれない。しかし、そういう男性を女性側が好きになるかというと別の問題なので、「恋愛体質」になる方法、もしくは「恋愛体質」の人の条件としては不十分ではないだろうか。

 恋愛体質の人の条件とは、一体どのようなものなのか。そう考えたときに、私の頭に真っ先に浮かぶ芸能人、それが元女優・高樹沙耶である。彼女は常にオトコの存在によって人生の選択を行い、新しいオトコができるたびに、方向転換をしてきた女性のように見え、それこそが恋愛体質の条件を体現していると思う。

 『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)で、彼女の半生がまとめられていたことがある。映画『沙耶のいる透視図』で主演に抜てきされた高樹。フルヌードになることが条件だったが、高樹はためらうことなく、そのチャンスをつかんだ。そこから順調に女優として活躍を続け、人気ドラマに多数出演する。時代はバブル真っ只中、高樹はとてつもないカネを持つバブル紳士と飲み歩き、贅沢な生活を送る。遊んでいるときは楽しかったけれど、家に帰るとさみしかったと話していた。

 女優のイメージが強い高樹だが、実は作詞家として活動していた時期もあったことをご存じだろうか。『はじめてのおつかい』(日本テレビ系)の挿入歌として知られる「しょげないでよBaby」は高樹の作詞で、90年代前半には、ほかの人気アーティストにも作詞提供をしている。彼女は女優だけでなく、作詞家としての才能もあるようだ。

 そんな音楽業界のつながりで知り合ったかどうかは不明だが、高樹は1998年、シンガーソングライターの中西圭三と結婚するも、2000年に離婚。その後、ハワイに渡る。そこで知り合った婚約者である水中カメラマンの手ほどきを受け、フリーダイビングの日本大会で当時の日本新記録を達成、ハワイで行われたフリーダイビング大会では総合2位を記録し、銀メダルを獲得している。当時の高樹に密着した番組を見たことがあるが、フリーダイビングは深い水底に潜るため、呼吸ができなくなる不安と闘わなくてはならない。潜る前の高樹に、男性が「絶対に大丈夫」と暗示をかけるように声をかけていたのが印象的だった。

 結局、この二人は結婚せずに、高樹は日本に戻って、まず千葉県・南房総で自給自足の生活を始める。その後、11年には、沖縄県・石垣に移住していたことが週刊誌に報じられ、16年には医療大麻の合法化を訴えて、「第24回参議院議員選挙」に出馬するも落選した。

 高樹はこの間、「大麻草検証委員会」の幹事を務めていることを明らかにしていた。コンプライアンス遵守の流れが高まるテレビの世界で、現行、法律で禁止されている大麻を推す女優は、危険な存在でしかない。テレビの仕事は減り、12年には事務所との契約も解除となった。16年10月7日放送の『爆報!THEフライデー!』(TBS系)では、高樹は男性4人と共同生活を送りながら、コテージを経営していると話していたが、この男性のうちの一人が「大麻草検証委員会」の代表で、高樹との交際がうわさされていた人物である。そして、テレビ放映から間もない10月25日、高樹は大麻取締法違反の疑いで、現行犯逮捕されてしまう。執行猶予3年の有罪判決を受けたが、その後も大麻の合法化に向けてTwitterを中心に活動していた。

◎「もったいない」という考え方をしない高樹沙耶

 そんな高樹が先日10月6日、突然「この場から去ります」とツイートして、発信をやめた。

 ニュースサイト「デイリー新潮」によると、高樹は大麻を合法化したいという気持ちに変わりはないようだ。アメリカやカナダの一部の州で大麻が合法化されたことを挙げ、「そんな世界的な流れのなかで、日本だけが取り残されたままでいる。テレビなどが平然と、大麻は覚せい剤と同じだと“ウソ”の情報を伝え続けているんです」と語っている。それでは、なぜ活動をストップさせることにしたかというと、「著名人で、ここまで声高に叫び続けているのは、私くらいじゃないですか。でも、いくら発信し続けても、わかってくれない。国が“ダメ、絶対ダメ”としている以上、メディアもそれに倣うし、進まないんだって気づいたとき、もう矢面に立ちたくないって思うようになってしまって」とのことだ。

 もし、高樹が本当に大麻を合法化したいのなら、やみくもに他国の例を引っ張ってくるのではなく、大麻が本当に悪いものなのかを、自ら科学的に検証する姿勢が求められるように思うが、それはさておき、高樹は藤井風の「帰ろう」という歌を聞いて、気持ちが変わったという。「憎しみあいの果てに何が生まれる わたし、わたしが先に忘れよう」という歌詞に心打たれて、高樹はツイートをやめたそうだ。

 そして、高樹の傍らには新たなオトコがいる。高樹が逮捕されたとき、これまで親切にしてくれた石垣島の人たちもよそよそしくなった。高樹はメンタルのバランスを崩して、精神科に通院するようになるが、その時に知り合った男性が親身になって励ましてくれたという。その男性は「私を誰よりもわかってくれる人」だそうで、すでに結婚して2年が経過しているとのこと。もちろん「大麻草検証委員会」代表の男性との関係は終わっている。

 そんな高樹を「男にのめりこむタイプ」と見る人もいるだろうし、実際そうだと思うが、高樹の特筆すべき点は「激しくのめりこむが、終わった後の未練や後腐れがまったくないところ」ではないだろうか。

 例えば、フリーダイビングを恋人の影響で始めたとしても、日本新記録を達成するとは相当センスがあったのだろう。その道を究めることもできたはずなのに、高樹は男性と別れたら、競技としてのフリーダイビングをやめてしまっている。同様に、大麻合法化に向けて活動するため、人気女優の座と経済的な基盤を手放してしまったが、そこを真剣に悔いているようにも見えない。新しいオトコが見つかったら、あれだけアツくなっていた大麻に関するツイートもあっさりやめてしまった。自分のやってきたことを大事に思うほど、“過去”は捨てにくくなるものだと思うが、高樹は物事に真剣に取り組むことはあっても、「もったいない」という考え方をしないし、忘却力に長けているといえる。

 「サンクコスト効果」という言葉をご存じだろうか。投資した金額やかけた時間を惜しむあまり、判断を誤ってしまう心理状態のことを指す。恋愛にたとえると「恋人に誕生日プレゼントをあげたばかりだから(別れるのはソン)」「〇年も付き合ったんだから(別れたくない)」というような考え方がそれにあたるだろうが、思うに高樹はこういう未練というかケチくささみたいなものと無縁なのではないか。

 冒頭で私は、「恋愛体質の人といえば、高樹沙耶」と述べたが、こうした彼女の特徴こそ、「恋愛体質」と呼ばれる人の条件だと思うのだ。日頃から後先考えずにはいられない人、目先の利益を気にしてしまう人は、「恋愛体質」なるものを目指しても無理だと思うし、目指す必要もないだろう。

 「デイリー新潮」で、「うちの墓に入れば。最後まで、婆さんになっても面倒見るよ」と夫に言われたと高樹は明かしていたが、今その言葉を受けて「うれしい」と思うことと、結婚生活が続くかは別の話である。今の夫の好きなものに染まり、いっぱしの業績をあげ、その恋が終わればすっぱりやめる。そんな“男捨離”を繰り返していくように思えてならない。

なぜデヴィ夫人を起用するのか? 倫理観の低下、ザツな番組づくり……いまこそテレビ局に物申したいこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ネットニュース見たんじゃないですか?」山崎夕貴アナウンサー
『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ系、10月28日)

 長らくテレビを見ていて思うのは、最近のテレビ局もしくは番組は、倫理観が低下しているというか、作りがザツではないだろうか。

 例えば、10月24日放送の『胸いっぱいサミット!』(関西テレビ)でデヴィ夫人が「みなさん、知らないでしょうけど、不妊になるのは堕胎が原因です」「前に付き合っていた男の人と、堕胎しましたって言えないじゃない。隠してますよ、全員が」「9割9分は堕胎です」と発言していた。

 言うまでもないが、これは明らかに間違った情報で、ネットは炎上。デヴィ夫人はTwitterで補足説明をしたが、この時も「私の知る限り不妊の多くは堕胎経験者」と主張することをやめない。関係者から要求されたのか、デヴィ夫人はオフィシャルブログで謝罪したが、「私はカソリック教徒だったため、中絶によってその方自身、または周りの方々が生涯取り返しのつかない後悔に陥ってほしくないという強い思いからの発言でした」とつづっており、「中絶で不妊になること」に固執している様子が窺える。

 デヴィ夫人の暴走は今に始まったことではなく、基本的に相手の意見は絶対に聞き入れず、激昂しやすい印象だ。怒りが頂点に達すると、個人攻撃に転じることもある。今だったら確実に問題になるだろうが、かつてある番組で男性と口論になったとき、男性が同性愛者であるという個人情報を暴露したこともあるだけに、明らかに議論には不向きな人だ。見た目は若くても、御年八十。ゆえに知識が古く、問題発言も多い。こんな危険な人物を、なぜテレビ局は起用するのだろうか。

 また、司会者や女性アナウンサーの態度も、私には疑問だった。デヴィ夫人の「不妊になるのは、堕胎が原因です」発言に、MCのますだおかだ・増田英彦は黙ったまま、女性アナウンサーは「一部、そういった意見もあります」と安易に肯定してしまっている。

 デヴィ夫人がここまで強く言い張るなら、二人とも「不妊の原因は9割9分堕胎」説について、いつの時代の話なのか、誰が言っているのか、何人のケースからそういう結論に至ったのかを掘り下げる必要があったのではないだろうか。デヴィ夫人は「私、絶対正しいです」と言い切っていたが、何の知識もない人があの番組を見たら「不妊の人は、中絶経験者」と信じてしまうこともあるだろう。デヴィ夫人のような人をゲストに招くのなら、司会者がきちんとストッパー機能を果たすべきではないだろうか。

 また局側が、番組公式サイトに謝罪コメントを出して終わりにしようとしているのも、私には理解できない。今年4月に『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で、岡村隆史が「コロナが終息したら、ものすごく絶対に面白いことがある。苦しい状態がずっと続きますから、美人さんがお嬢(風俗嬢)やります」と話したことが“女性蔑視”とされて大炎上したが、デヴィ夫人の発言は、女性蔑視を通り越して、人権侵害の域に達していると私は思う。テレビ局は降板させるのが妥当ではないだろうか。

 言論の自由はもちろんあるが、「言ってはいけないこと」「根拠を提示したうえで、言わないといけないこと」も確実にある。そのあたりの調節ができず、言いたいことを言うだけなら、テレビはYouTubeと変わらないだろう。

 もう一つ、番組側の倫理観のなさとザツな作りが目立つのが、占い番組である。

 定期的にテレビ局は占いの番組を作る。2004年には、六星占術でおなじみ、細木数子が番組を持っていた。占いが当たっているのかどうか、本人でないとわからないが、大物芸能人やイケメン、好きなタイプの男性がゲストの際は、褒めちぎった鑑定をし、若い女性、お笑い芸人にはおしなべて冷たかったと記憶している。「あんた、地獄に落ちるわよ」という決め台詞的な言葉は、テレビで言っていいものとは思えないが、20%台という高い視聴率を叩き出していたようである。

 最近もまた『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ系)という占い番組が始まった。「占いは信じない」と言っていた芸能人が、占い師の言葉に「うそ〜、なんでわかるの?」というのがお決まりのパターンだが、ちょっと演出過剰かつ詰めが甘いように思う。

 例えば、9月30日放送の同番組で、モデル・マギーが占い師に「お父さんに似てますね?」と言われ、「当たっている~」とうなずいてみせたが、親子なんだから、似ているのは当たり前だろう。

 また10月28日放送回では、同局の山崎夕貴アナが出演。「占いを信じない」という山崎アナは、占い師に「人を信じやすいので、浮気されやすい」と言われ、結婚前に夫である芸人・おばたのお兄さんの浮気が報じられたことから、「ネットニュース見たんじゃないですか?」と信じてない様子だった。しかし、下記の2つのことを指摘をされると、だんだん占い師に引き込まれていく。

1.夫である芸人・おばたのお兄さんは王様気質、プライドが高いし、身の回りの世話は自分でやらない。誰かにやってもらうのが好き。
2.山崎アナの携帯番号の下4ケタの合計数が25。色ごとに振り回される数字なので、おばたのお兄さんが、また浮気をする可能性が出てくる。

 1に関して、おばたは仕事も家事もバリバリやるお母さんに面倒を見てもらってきたといい、その分、ちょっとだけ亭主関白なところがあると、山崎アナは占い師の言い分を認めていた。2については、浮気されて以来、いつも「どこに、誰と行っているか、何時に帰るか」を確認していると話していたから、浮気されることに警戒心があるということだろう。

 山崎アナが「当たった」と思っているのなら、他人が口を挟む余地はないのだが、家事の苦手な山崎アナに、おばたが家事をやってほしいと思っていることや、時に文句を言っていることは、いろいろなバラエティー番組で明らかになっている。視聴者からすると、山崎アナの出演番組をある程度見ていれば、仕入れられる情報なので新鮮味にかけるし、「占いが当たった!」というカタルシスは得られない。また浮気の件も、“自分より超格上の女子アナを、交際早々に悲しませることができる人なら、いつまた浮気してもおかしくない”と推測するのは容易であり、占いというより、常識の範疇の話ではないか(そもそも「占いが当たっている」「この占い師はすごい!」というふうに持っていきたいのなら、本人でさえも知らない、もしくは忘れているようなエピソードを引き出さないと、占い番組の醍醐味が出ず、なんだかヤラセのような印象を視聴者に与えてしまう)。

 断っておくが、私は占いが「はずれている」と言いたいのではない。判断力の甘い子どもや若い人、精神的に依存しやすい人が、不確かな占いをまるで魔法のようだと信じ込み、大金をつぎ込んでしまうことを危惧するのだ。テレビ局はその危険性を踏まえて、占い番組を制作しなければいけないのではないだろうか。

 占いのように不確かなものを扱うときは、「不確かである」とちゃんとアナウンスした上できっちりエンタメ化し、逆に不妊のような医学的根拠を求められるテーマでは、専門家に任せて素人は余計なことを言わない。テレビ局員のみなさん、そこのところ、どうぞよろしくお願いいたします。

「おばちゃん復権ツイート」の投稿者と相席スタート・山崎ケイ……共通する“ジェンダーへの無理解”

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「また炎上の火種になりかねないかなと思って」相席スタート・山崎ケイ
(YouTubeチャンネル「相席YouTube」、10月14日)

 Twitterで、妻子ある研究者の男性による「おばちゃん復権ツイート」が燃えていたのをご存じだろうか。問題のツイートは複数にわたっているが、端的にまとめると、

「独身男性に世間が向ける目は厳しい。若い女性に警戒されるかもしれないと気を使ってしまうし、男性と群れていると「男が好きなのか」と言われる。そんな彼らを救うのがおばちゃんの存在。異性として意識することはないけれども、女性的な視線を持ち、独身男性をあれこれ気遣ってくれる。おばちゃんが絶滅したことで、社会の潤滑油がなくなって、日本社会はぎすぎすしてしまった。日本社会におばちゃんを取り戻す努力を!」

というような内容だった。そして投稿者男性は、これらのツイートを「おばちゃんの復権」というタイトルをつけて、ツイートまとめツール「Togetter」に投稿したのだ。

 なぜおばちゃんが、見返りのない独身男性のお世話をしなければならないのか。投稿者男性の脳内には「女性はお世話をする性」という決めつけが潜んでいないかなどの理由で、このツイートは燃えた。

 個人的に付け加えさせてもらうと、私は「おばちゃん復権」という言葉の、“復権”が気になった。国語辞典を引くと、復権とは「一度失った権利などを回復すること」「停止された資格を回復させること」とある。絶滅したおばちゃんの“復活”を望むというニュアンスで使用したのかもしれないが、あえて“復権”を使ったのは、つまり、この投稿者男性は、おばちゃんを「ある権利を失った存在」として見ているのではないか。それでは、おばちゃんがもともと持っていたものの、失った権利とは何か。

 それが私の意訳したツイート内容にある「異性として意識することはない」ことに隠されていると思う。おばちゃんはかつて若い頃、性的な魅力を持ち、男性に求められることで社会に存在する権利を持っていたが、性的な魅力を失ったおばちゃんにはその権利がない。けれども、独身男性のお世話を無償でして社会の潤滑油になるのなら、その権利をもう一度与えてやってもよい……と、心のどこかで考えていたから、“復権”という言葉を使ったのでははないだろうか。

 投稿者男性はTwitterで「友人の女性から『女性は男性に対して感情労働をさせられ続けてつらい目にあってきた、なお求めるのか』というご批判だと解説してもらいました」と謝罪していた。素直に謝っている人に追い打ちをかけてなんだが、なぜ妻ではなく、友人の女性に解説してもらうのだろうか。「独身男性のため」と書いていたが、おばちゃんを必要としているのは、ほかならぬこの男性ではないかという気がしなくもない。

 頭の良い人とされているが、ジェンダー関係になると、不用意な発言をすることは珍しくない。それだけ女性蔑視が社会に浸透してしまっているからだと思うが、もしかしたら、ジェンダーは、理解するのに“センス”がいる事柄なのかもしれないとも思う。頑張って理解しようとしているつもりでも、どうもピンとこない人もいるだろう。そのうちの一人が、高学歴芸人である相席スタートの山崎ケイではないか。

◎「夫の苗字を名乗ったら炎上の火種に」山崎ケイのズレた感覚

 10月14日に落語家の立川談笑と結婚したことを発表した山崎。コンビのYouTubeチャンネル「相席YouTube」に夫を招き、相方の山添寛が聞き手となって二人のなれそめを語っていた。

 立川は、もともと吉本興業に所属する芸人で、山崎の後輩。山崎のタイプではなかったが、「山崎の顔が好き」な立川はあきらめずアプローチを続け、結婚に至った。

 山崎と言えば、「ちょうどいいブス」を持ちネタとしていた時期があった。しかし、考えてみると、最近「ちょうどいいブス」を耳にしない。2020年5月10日に『サンデー・ジャポン』(TBS系)に山崎が出演した際、司会の爆笑問題・太田光に「ちょうどいいブスと言わなくなったら、おとなしくなった」と指摘されると、山崎は「炎上するんだもん」と説明していた。つまり、炎上を避けるために「ちょうどいいブス」を封印したということだろう。

 山崎は今も炎上には気を使っているようだ。「相席YouTube」で、視聴者から「結婚したから芸名を変えるのか?」と聞かれた山崎は「夫婦別姓が叫ばれている中で、堂々と『結婚したので、旦那の苗字に変えます』って言うのは、炎上の火種になりかねないかなと思って」とし、引き続き「山崎ケイ」で行くと話していた。

 山崎は単純に、従来もしくは多数派の慣習を踏襲すると炎上すると思っているのかもしれないが、ジェンダー関連で燃えるときの条件の一つは「役割や評価を、性別を理由に一方的に押しつけること」ではないかと私は思っている。

 上述したおばちゃん復権の例で言うと、独身男性の面倒を見ろと、女に役割を押しつけているうえ、「異性として意識することはない」と一方的に性的評価を下している。さらには、金銭的な見返りもない。だからこそ炎上したのだろう。しかし、山崎が苗字を変えたとしても、誰にも性別を理由に役割や評価を押しつけない。よって、燃える可能性は低いのではないか。

◎「結婚でいい女証明」発言の炎上リスク

 「ちょうどいいブス」を封印した山崎は、「いい女キャラ」を掲げている。あえて「自分を上げる」ことで、おかしさを誘うのかもしれないが、これまた炎上のリスクの高いキャラではないだろうか。

 山崎は10月15日にオンラインの番組『映画もアートもその他もぜ~んぶ喋らせろ!』に出演し、司会の次長課長・河本準一に結婚について聞かれると、「証明されたってことですよね、やっぱりいい女だって」とコメントした。「いい女」キャラを全うしての発言だろうが、テレビでこの発言をしたら、それこそ燃えるのではないだろうか?

 結婚というのは、転職と同じように人生の選択肢の一つにすぎない。したい人はすればいいし、したくない人はしなくてよい。にもかかわらず、女性誌が多くのページを割いて特集を組んできたのは、そこに「特別な意味」があるからだろう。

 それが何かをはっきりと言語化したのが、2003年に発売された酒井順子の『負け犬の遠吠え』(講談社文庫)だと思う。当時、独身の30代だった酒井は「どんなに美人で仕事ができても、30代以上・未婚・子ナシは『女の負け犬』なのです」と綴った。酒井は自身もそのグループに所属していることから自虐的に書いたつもりだったようだが、「30代以上で結婚していなくて子どものいない女は、負け犬と呼んでいい」というように、言葉が勝手に独り歩きを始めた。結婚していないくらいで“負け”という評価を押しつけられたくないと怒る読者は多数いて、当然、酒井も批判にさらされた。

 結婚したことを「いい女の証明」と言う山崎発言も、同様のリスクをはらんでいるのではないだろうか。結婚という個人の自由に、「いい女だから」という評価をからめると、「じゃ、結婚してない女は、いい女じゃないってことか?」と取る人がいないとも限らない。

 今年7月2日の本連載でも述べた通り、山崎はセクハラに気をつけているようで、結果的にセクハラを悪質化させる態度を取ってしまうところがある。思考回路の軸が「男性によく思われること」で固まっていて、ジェンダーに気が回らないのかもしれない。かといって、炎上も避けたいだろう。

 となると、山崎は媒体とネタを選ぶ必要があるのではないだろうか。山崎のファンしかいない場所、ネットニュースにならない場所でいつも通りのキャラで行き、そうでない場所では無難にやり過ごす。そのあたりを山崎の周囲がうまーくサポートできるかどうかが、今後の活動に重要となるのかもしれない。もちろんジェンダーへの理解を深め、それをネタに反映できることが一番いいことではあるのだが……。

マツコ・デラックスの引退説に考える、テレビ視聴者に“毒舌”が通用しなくなった現況

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」マツコ・デラックス
『マツコ&有吉のかりそめ天国』(10月9日、テレビ朝日系)

 マツコ・デラックスが『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)を静かに“卒業”したことで、突如“引退説”が浮上してきている。

 10年間レギュラー出演をしていて、司会の明石家さんまとのやりとりを楽しみにしていた視聴者も多いことだろう。マツコクラスの大物が番組を“卒業”するとなると、セレモニー的な企画が組まれそうなものだが、実際は番組の最後に「マツコさんは今日の放送でホンマでっか!?を卒業します。およそ10年間本当にありがとうございました」というアナウンスがあったのみ。

 この顛末について、「女性自身」10月13日号(光文社)は、「マツコ、『ホンマでっか』卒業の真相 引退前倒しで保護猫支援か」と報じた。また10月27日号の同誌では「マツコ引退説に事務所社長答えた『今のままずっとは難しい』」という記事が掲載され、所属事務所の社長が「彼女もまもなく50歳になります。いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」と、マツコが変革の時を迎えていることを認めるコメントしていた。

 さらに、「週刊女性」(主婦と生活社)の直撃を受けたマツコ・デラックス自身が、「みなさんにとっては突然なのかもしれないけれど。アタシも次の人生を考えるときに、このままだと身動きがとれないからね。だから降りられるものは降りようとしていますよ。なんかしがみつくのも嫌だし、もっと若い人に頑張ってもらわないといけないわけだから」と心境を吐露している。

 このタイミングでの仕事の縮小には驚くが、マツコはブレーク直後から、いろいろな番組でずっと芸能界に居続けるつもりはないと発言しており、今年1月の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)でも、「あと10年くらい細々と頑張って国外に脱出しようと思っているの」と話していただけに、前から思っていたことを実行しつつあるというほうが正しいのではないか。

 気になるのが、所属事務所社長の「いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」という言葉である。私には順風満帆に見えるマツコの芸能活動だが、マツコ本人とマツコの育ての親は、危機感のようなものを感じているということだろう。

 それが何かが語られることはないので推測するしかないが、確かに今の時代はマツコのような毒舌タレントには、やりにくい部分はあるように思うのだ。

 10月9日放送の『マツコ&有吉のかりそめ天国』(テレビ朝日系)で、マツコと有吉弘行が、フリーアナウンサー・田中みな実とテレビ朝日アナウンサー・弘中綾香について話していた。

 南海キャンディーズ・山里亮太、田中、弘中両アナがMCを務める新番組『あざとくて何が悪いの?』(同)が同10日から始まり、第1回のゲストが有吉だった。収録時、弘中アナが「1回目のゲストが有吉さん、怖い」と怯えていたので、有吉は「そんなこと言わないでよ」と言いつつ、「『かりそめ天国』のオフのとき、お前の悪口言ってるけどな」と付け加えた。有吉はそのときのことを振り返り、「自分の名前だけで言えばよかったんだけど、マツコさんの名前も出しちゃった」と、自分だけでなく、マツコも弘中アナの悪口を言っているかのように話してしまったと謝罪していた。

 私は、マツコや有吉と同世代だが、我々が若い頃のテレビでは、番組の企画で、タレントが大物や旬の芸能人のことを「嫌い」と言うことは結構あった。特に毒舌をウリにする芸人やタレントは、視聴者の興味を引く人物について、カメラの前で悪く言うのが「お仕事」なわけだし(無名のタレントの名前を挙げても、面白さがない)、そもそも、カメラの前でそういう話をしている時点で、本当に嫌いということはないだろう。しかし、それは世慣れた中年の論理で、今のテレビで同じことをすると、現代の若者は傷つきやすいのか、「有吉やマツコが女子アナをいじめている」「パワハラだ!」と解釈することもあるのではないだろうか。それがSNSで拡散されると、番組を見ていない人もノリで加担して、炎上しないとも限らない。

 マツコは「田中みな実の時ってプロレスができたじゃん、いい時代だったよ」と回想する。「私はプロレスしがいのある女が出てきたなくらいに思って、ちょっとやったわけよ。そしたら、ただの悪口になるっていう」と予期せぬ結果を生んだと明かし、有吉も「そうなんだよね、ひどい、ひどいと言われちゃうんだよね」「僕も、ほとんどそういうのには関わらないようにしている」と同調していた。

 田中アナとマツコのプロレスと言えば、『さんまのホントの恋のかま騒ぎ』(TBS系)という番組が思い出される。さんまが司会をし、テーマに沿っておネエタレントたちが恋愛にまつわるトークを展開する番組で、ゲストとして登場した田中アナは、「さんまさんのことが結婚したいくらい好き」とぶりっ子キャラを全開で挑んでいた。マツコが、隣に座るミッツ・マングローブに「(田中のことが)本当に嫌いなのよ」とつぶやいたことを聞いた双子のおネエタレント・広海が「本当に嫌いって言ってる」と暴露。田中が「マツコさんに嫌われるようなことをしてしまって、申し訳ありません」と泣き出した。が、実は手の甲で隠された田中の口元は笑っていて、つまり泣いたのは一瞬だったという壮大なオチが待っていた。しかし「仕事として」言い合いをしても、「泣かせた」となると、視聴者のイメージ的には、マツコが断然悪者で、結果的に損をしたと言えるのではないだろうか。

 マツコは「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」と、『かりそめ天国』で話していたが、扱いがわからなければ当たり障りなく接するしかなく、けれど、それではマツコの個性が生きない。そして、今後も傷つきやすい視聴者が増えることが予想されるとなると、マツコのやりにくい状態は続くと思われる。

 フェミニズムの台頭も、毒舌タレントには向かい風になるのかもしれない。世間に「性差別を許さない」という空気が生まれ、それ自体は望ましいことだが、「性差別とは何か」を誰もが明言できるほど、フェミニズムは根付いていないと私は感じている。そういう時代に、女子アナや女性タレントに毒舌を吐くと、発言内容を精査せず「女性を悪く言うことは、女性差別だ」と感じる人も出てくるだろう。

 時代の変化を止めることはできないが、マツコが見られなくなるのはつまらない。今のようなスタイルでなくても、マツコにとってベストな形で、コアなファン向けに活動してほしいと思うのは私だけではないはずだ。

マツコ・デラックスの引退説に考える、テレビ視聴者に“毒舌”が通用しなくなった現況

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」マツコ・デラックス
『マツコ&有吉のかりそめ天国』(10月9日、テレビ朝日系)

 マツコ・デラックスが『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)を静かに“卒業”したことで、突如“引退説”が浮上してきている。

 10年間レギュラー出演をしていて、司会の明石家さんまとのやりとりを楽しみにしていた視聴者も多いことだろう。マツコクラスの大物が番組を“卒業”するとなると、セレモニー的な企画が組まれそうなものだが、実際は番組の最後に「マツコさんは今日の放送でホンマでっか!?を卒業します。およそ10年間本当にありがとうございました」というアナウンスがあったのみ。

 この顛末について、「女性自身」10月13日号(光文社)は、「マツコ、『ホンマでっか』卒業の真相 引退前倒しで保護猫支援か」と報じた。また10月27日号の同誌では「マツコ引退説に事務所社長答えた『今のままずっとは難しい』」という記事が掲載され、所属事務所の社長が「彼女もまもなく50歳になります。いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」と、マツコが変革の時を迎えていることを認めるコメントしていた。

 さらに、「週刊女性」(主婦と生活社)の直撃を受けたマツコ・デラックス自身が、「みなさんにとっては突然なのかもしれないけれど。アタシも次の人生を考えるときに、このままだと身動きがとれないからね。だから降りられるものは降りようとしていますよ。なんかしがみつくのも嫌だし、もっと若い人に頑張ってもらわないといけないわけだから」と心境を吐露している。

 このタイミングでの仕事の縮小には驚くが、マツコはブレーク直後から、いろいろな番組でずっと芸能界に居続けるつもりはないと発言しており、今年1月の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)でも、「あと10年くらい細々と頑張って国外に脱出しようと思っているの」と話していただけに、前から思っていたことを実行しつつあるというほうが正しいのではないか。

 気になるのが、所属事務所社長の「いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」という言葉である。私には順風満帆に見えるマツコの芸能活動だが、マツコ本人とマツコの育ての親は、危機感のようなものを感じているということだろう。

 それが何かが語られることはないので推測するしかないが、確かに今の時代はマツコのような毒舌タレントには、やりにくい部分はあるように思うのだ。

 10月9日放送の『マツコ&有吉のかりそめ天国』(テレビ朝日系)で、マツコと有吉弘行が、フリーアナウンサー・田中みな実とテレビ朝日アナウンサー・弘中綾香について話していた。

 南海キャンディーズ・山里亮太、田中、弘中両アナがMCを務める新番組『あざとくて何が悪いの?』(同)が同10日から始まり、第1回のゲストが有吉だった。収録時、弘中アナが「1回目のゲストが有吉さん、怖い」と怯えていたので、有吉は「そんなこと言わないでよ」と言いつつ、「『かりそめ天国』のオフのとき、お前の悪口言ってるけどな」と付け加えた。有吉はそのときのことを振り返り、「自分の名前だけで言えばよかったんだけど、マツコさんの名前も出しちゃった」と、自分だけでなく、マツコも弘中アナの悪口を言っているかのように話してしまったと謝罪していた。

 私は、マツコや有吉と同世代だが、我々が若い頃のテレビでは、番組の企画で、タレントが大物や旬の芸能人のことを「嫌い」と言うことは結構あった。特に毒舌をウリにする芸人やタレントは、視聴者の興味を引く人物について、カメラの前で悪く言うのが「お仕事」なわけだし(無名のタレントの名前を挙げても、面白さがない)、そもそも、カメラの前でそういう話をしている時点で、本当に嫌いということはないだろう。しかし、それは世慣れた中年の論理で、今のテレビで同じことをすると、現代の若者は傷つきやすいのか、「有吉やマツコが女子アナをいじめている」「パワハラだ!」と解釈することもあるのではないだろうか。それがSNSで拡散されると、番組を見ていない人もノリで加担して、炎上しないとも限らない。

 マツコは「田中みな実の時ってプロレスができたじゃん、いい時代だったよ」と回想する。「私はプロレスしがいのある女が出てきたなくらいに思って、ちょっとやったわけよ。そしたら、ただの悪口になるっていう」と予期せぬ結果を生んだと明かし、有吉も「そうなんだよね、ひどい、ひどいと言われちゃうんだよね」「僕も、ほとんどそういうのには関わらないようにしている」と同調していた。

 田中アナとマツコのプロレスと言えば、『さんまのホントの恋のかま騒ぎ』(TBS系)という番組が思い出される。さんまが司会をし、テーマに沿っておネエタレントたちが恋愛にまつわるトークを展開する番組で、ゲストとして登場した田中アナは、「さんまさんのことが結婚したいくらい好き」とぶりっ子キャラを全開で挑んでいた。マツコが、隣に座るミッツ・マングローブに「(田中のことが)本当に嫌いなのよ」とつぶやいたことを聞いた双子のおネエタレント・広海が「本当に嫌いって言ってる」と暴露。田中が「マツコさんに嫌われるようなことをしてしまって、申し訳ありません」と泣き出した。が、実は手の甲で隠された田中の口元は笑っていて、つまり泣いたのは一瞬だったという壮大なオチが待っていた。しかし「仕事として」言い合いをしても、「泣かせた」となると、視聴者のイメージ的には、マツコが断然悪者で、結果的に損をしたと言えるのではないだろうか。

 マツコは「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」と、『かりそめ天国』で話していたが、扱いがわからなければ当たり障りなく接するしかなく、けれど、それではマツコの個性が生きない。そして、今後も傷つきやすい視聴者が増えることが予想されるとなると、マツコのやりにくい状態は続くと思われる。

 フェミニズムの台頭も、毒舌タレントには向かい風になるのかもしれない。世間に「性差別を許さない」という空気が生まれ、それ自体は望ましいことだが、「性差別とは何か」を誰もが明言できるほど、フェミニズムは根付いていないと私は感じている。そういう時代に、女子アナや女性タレントに毒舌を吐くと、発言内容を精査せず「女性を悪く言うことは、女性差別だ」と感じる人も出てくるだろう。

 時代の変化を止めることはできないが、マツコが見られなくなるのはつまらない。今のようなスタイルでなくても、マツコにとってベストな形で、コアなファン向けに活動してほしいと思うのは私だけではないはずだ。