高嶋ちさ子、20年間「心療内科通い」を告白……彼女が「努力ばかりしてきた小さな女の子」に見えるワケ

 ヴァイオリニストの高嶋ちさ子が、1月20日放送の『突然ですが占ってもいいですか』(フジテレビ系)に出演し、20年間心療内科に通っていることを告白した。

 同番組内で、占い師に「メンタルが強そうに見えて、強くないんです」と指摘されると、高嶋は「強くないですよ」と認め、「ずっと20年間心療内科通ってますから」と明かしたのだ。

 高嶋といえば、歯に衣着せぬトークで、近年バラエティに引っ張りだこの存在。「怒りっぽい」という性格も広く知られ、過去には、約束を破ってゲームに興じる息子に怒り狂い、ゲーム機を手でバキバキと折ったエピソードを披露し、「虐待ではないか」と大炎上したこともある。

 また先日も、子育てトーク中、「息子と娘なら、ハズレくじとアタリくじ」と発言したことが、「子どもに失礼すぎる」「自分も男の子を育てているのに」などとネット上で物議を醸し、彼女の乱暴な物言いに拒否感を覚える視聴者が続出した。

 そんな怒りっぽく、乱暴なイメージの高嶋だが、その実態は、長年、心療内科に通院するほどメンタルが弱いとあって、驚く人も少なくないはず。しかし、サイゾーウーマンで「有名人深読み週報」を連載するライター・仁科友里氏は、彼女をかねてから「親の言うことをよく聞いて、努力ばかりしてきた小さな女の子」と捉えていた。

 その理由とは何か……今回、高嶋の人物像に迫るため、仁科氏の執筆したコラム「高嶋ちさ子、豪快な乱暴者キャラの奥に見え隠れする『真面目な女の子』の姿」を再掲する。
(編集部)


(初出:2016年10月27日)

高嶋ちさ子、豪快な乱暴者キャラの奥に見え隠れする「真面目な女の子」の姿

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「ぼけっとしているところが可愛いです」高嶋ちさ子
『徹子の部屋』(テレビ朝日系、10月20日)

 バイオリニスト・高嶋ちさ子がバラエティ番組に出る時、披露するエピソードの三本柱は「肉が大好き(野菜は大嫌い、肉にはあまり火を通さずに食べる)」「せっかち」「キレやすい」である。「クラシックの音楽家はお上品」という固定観念があればこそ、生きてくるキャラではないだろうか。バラエティ番組の男性司会者は、よく高嶋を「豪快」と表現するが、私が彼女から受ける印象は「おびえてる人」「甘えてる人」である。

 自らのキレる性格をネタに笑いを稼いできた高嶋だが、思わぬ炎上も経験している。「東京新聞」のコラムで、息子と“宿題が終わったらゲームをやっていい”という約束をしたにもかかわらず、その約束を守らなかったので、怒り狂ってゲーム機を手でバキバキと折ったと書いたところ、「虐待ではないか」の声が上がり、炎上してしまったのだ。「バキバキ」という擬態表現からは、「ちょっと面白いこと言ってやろう」という高嶋のサービス精神に似た意図を感じるが、この件に関してはスベってしまったようだ。

 10月20日の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した際、高嶋はこの騒動を振り返り、一般人からTwitterに「オレのDSを折ったのはおまえか」「おまえのバイオリンを折ってやる」と見当違いかつ脅迫的なリプライを受けたと明かしていた。

 また、この件と直接的な関係があるかわからないが、感情の起伏の激しさに悩んだ高嶋は心療内科を受診し、そこで医師に怒りの感情の多さを指摘され、「強迫観念が強い」「物事の解釈の仕方が0か100」「(ちょうど)いい加減に生きなさい」と指導されたそうだ。高嶋は医師の「強迫観念が強い」という言葉を「真面目すぎる、完璧主義」と解釈しているようだが、私には疑問である。なぜなら、真面目さに由来するイライラを経験した人全員が、キレて周囲に当たるわけではないし、そういう人たちはどちらかというと、他人にキレるより自分を責めるように思えるからだ。

 高嶋の持つ強迫観念とは「〇〇しないと、悪いことが起きる」という、地面から手が2本にょっきり伸びて地中に引きずり込まれるような、“不安”や“恐怖”なのではないだろうか。真面目と不安は似て非なる。「あれをしなくちゃいけない」と思うのが真面目さなら、「あれをしなくちゃいけない、そうしないと大変なことになる」と思うのが不安である。

 高嶋の中には“不安の種”が絶えずくすぶっていて、そこにイレギュラーなことが起きると、どうしたらいいのかわからなくなって、キレてしまうのではないだろうか。キレやすい人は、甘えん坊でもあると私は思う。高嶋がキレたエピソードを披露する時、その対象は夫や子ども、もしくは「高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト」の所属メンバーである若い女性の場合が多いが、彼らは全員、高嶋に「逆らえない、もしくは逆らわない」人たちである。子どもは母親の愛がなければ生きていけないし、女性の団員が高嶋にたてついたら、仕事に不利益になることは目に見えている。高嶋の夫は温厚で、高嶋がキレても自分がキレ返すタイプではない(高嶋の夫がキレて物に当たるタイプだったら、高嶋のバイオリンは破壊されているだろう)という。キレやすい人が、実態のない“不安”を抱える一方で、「この人になら怒っても大丈夫」と相手を選んで、どこかで甘えているように私には見える。

 高嶋は『ソロモン流』(テレビ東京)で、ダウン症の姉について、母親から「姉を大事にしないとバチが当たる」「姉がいるから高嶋もこの世にいる」など、姉を大事にするように繰り返し言われていたことを明かし、また過去の『徹子の部屋』でも、姉に意地悪をしたり、姉を変な目で見たりする人に対し、兄と一緒になって仕返しをするうち、喧嘩っ早くなってしまったと語っていた。

 さらに『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、「私より兄の方が、出来が悪いのに、母親は兄をかばう」とコメントするなど、自分より兄の方が母に可愛がられていると感じているようだ。こういったエピソードから見え隠れする高嶋は、豪快でも乱暴者でもなく、「親の言うことをよく聞いて、努力ばかりしてきた小さな女の子」であるように私には見える。

 高嶋は2人の息子がおり、『徹子の部屋』で長男について「ぼけっとしているところが可愛いです」と語っていた。ぼけっとしているように見えることと、長男が本当にぼけっとしているかは別問題だが、もし後者である場合、誰にも変な気使いをせずに過ごせているという意味で、彼は幸福なのかもしれない。『白熱ライブ ビビット』(TBS系)で、息子について「こんなに男の人に愛されたことないっていう幸せはありますよ」とも語っていた高嶋。だからこそ、そんなキイキイせずに、ぼけっとしたお母さんになってはどうかと思うのだが。

西野亮廣のオンラインサロン会員になっても……「夢をかなえることは難しい」と思ってしまうワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「彼らにどんなメリットを提供できるのか?」西野亮廣
「西野亮廣ブログ」(1月20日)

 キングコング・西野亮廣が原作・脚本・製作総指揮を務める映画『えんとつ町のプペル』が観客動員数100万人を突破したそうだ。コロナ禍のご時世にこの数字は驚嘆すべきものだが、同作については、こんな出来事があったことをご存じだろうか。

 西野のオンラインサロン会員の20代前半男性・A氏が『えんとつ町のプペル』の台本&前売りチケットを仕入れ、販売できる権利を80セット、23万6,000円で購入した。仕入れ値よりも価格を上げて販売し、お小遣いを稼ぐつもりだったようだが、うまくいかず。結局、自分で80回映画を見ることにしたそうだ。

 この顛末をつづった「note」の記事がSNSでバズり、それに伴い「西野のやっていることは、マルチ商法などの犯罪行為ではないのか?」という意見を見かけるようになった。しかし、記事を見る限り、西野やその周辺が「買え」と圧力をかけている様子はないし、マルチ商法のキモは「新規会員を獲得すること」だから、それには当たらないと個人的には思う。当のA氏はチケットを買った理由を「挑戦している自分でありたかった」「オフ会で輝いている人の土俵に立ちたかった」とつづっているから、まぁ、若気の至りというやつだろう。

 ちょっと高めの授業料を払ったと思えばいいが、A氏がまた自分から厄介ごとに首をつっこんでいく気がしてならないのは、私だけだろうか。

 A氏の危なっかしい点は「やりたいことがなさそうなのに、目立ちたい」こと。どんな分野でもいいが、「やりたいこと」が決まっていれば、それを磨く手段が自ずと見えてくる。しかしA氏は、おそらくビジネスでの成功を夢見て、さまざまなプロジェクトに参加できる西野のオンラインサロン会員になったのだろうが、具体的に「やりたいこと」がないようにしか見えず、だから努力のしようもなく、結果も出ない。そのため、オフ会で輝けなくて落ち込み、だからこそ、無謀な挑戦をしてしまうのだと思う。

 断っておくが、私はA氏にダメ出しをしたいわけではない。A氏をはじめ、大多数の人は「やりたいことがないという幸せ」について、無自覚すぎるのではないかと感じるのだ。

 「やりたいことがない」のは、「今の生活に不満はない」ということだから、十分幸せであるといえるだろう。それなら、何も無理に「やりたいこと」なんて探す必要はない。「やりたいことがある」というのは一種の飢餓状態で、「才能を持て余している」「大いなる欲求不満」「もう後がないので、やるしかない」くらい追い詰められていることと紙一重ではないか。

 例えば、インドネシア建国の父、スカルノ大統領の第3夫人だったデヴィ夫人。彼女は極貧家庭の出身である。『デヴィ・スカルノ自伝』(文藝春秋)で、夫人は当時を「地獄のような状態」「貧乏の恥ずかしさが、どこまでも追いかけてきた」と振り返っている。

 夫人は幼い頃、お父さんと銭湯に行った帰りに空を見て、自分は「どこか遠い遠い国に行くだろう」と予感していたそうだ。神からの啓示のようにつづられていたが、この現実から抜け出したい、ここではないどこかに行きたいという強い思いが、夫人にそう思わせた部分もあるのではないだろうか。

 スカルノ大統領が夫人の若さ、美しさに心ひかれたことは確かだろうし、あの時代に、夫人が熱心に英語を学んでいたことが功を奏したことは間違いないはず。しかし、それ以上に、食べるものにも事欠き、数々の侮辱を受けて育ったことで培われた尋常ではないデヴィ夫人のガッツが、このロマンスの決め手になったと思えてならない。A氏には、そんな耐えられないほどの不満があるのだろうか。

 A氏に限らずだが、オンラインサロンでの経験を生かし、ビジネスで成功するのは難しいと思う理由はほかにもある。

 そもそも彼らが憧れる「ビジネスの世界で成功し、オンラインサロンを展開している人」は、どんな人なのだろうか。

 会員数の多いオンラインサロンといえば、ホリエモンこと堀江貴文氏、イケダハヤト氏、箕輪厚介氏らが思い浮かぶが、中退も含めて彼らがいずれも高学歴であることに気づく。仕事の出来に学歴は直接関係ないと思うが、学歴はブランドもしくは信用につながる。大手メディアは経歴が秀でている人を好む傾向があるので彼らを取材したがるし、一方で、注目された彼らもそれを実績もしくは信用に変えていく。また、ビジネスには元手が必要だが、例えば堀江氏は元妻の実家に出資してもらって会社を設立するなど、金銭的に困っていた様子はない。つまり、彼らは高い学歴、または資金力を持っているので、この時点でフツウではないのだ。

 西野は学歴こそ突出していないが、芸人としてわずかデビュー2年目で『はねるのトびら』(フジテレビ系)のレギュラーになっていることから考えると、非凡な才能の持ち主といえるだろうし、知名度もある。何も持たない人が成功したのではなく、もともと恵まれている、もしくは成功している人が、新ジャンルに挑戦してさらに成功したという見方が妥当ではないだろうか。

 もちろんオンラインサロンとの付き合い方は、人によって違うだけに、うまく楽しめるのなら何ら問題ない。しかしこういった人にビジネスを学ぶたいと思っているなら、やはり不十分ではないか。

 その理由は、1月20日付の西野のオフィシャルブログに求めることができるように思う。オリエンタルラジオが吉本興業を退社したことについてコメントを求められることが多いという西野は、こう書いている。

「今回の見なきゃいけない部分は、『オリラジ』じゃなくて、『吉本興業』です。これって結論を言っちゃうと、『発信力を持ってしまったタレントに事務所としてのメリットを提供できなかった』ということだと思うんですね」
「なので、『吉本興業を辞めても食っていける芸人』をリストアップして、『彼らにどんなメリットを提供できるか?』を緊急会議した方がいいと思います」

 西野は“メリット”という言葉を繰り返して使っていることに気づくが、ビジネスの基本は、これではないだろうか。その人と組んだり、その人を起用することで得られるメリットがなければ、ビジネスとして成立しない。しかし、すでに成功している西野と、これから何かしようとしている何も持たないサロンメンバーでは力量が違いすぎて、一緒にプロジェクトをするにも、メリットを共有することが難しい。

 そうなると、メンバーは今回のように、無理をして映画のチケットを売って、西野に貢献するくらいのことしかできないだろう。その結果、「オンラインサロンでマルチ商法をしているのではないか」と言われてしまうような事態になったと思うのだ。

 今回は大事に至らなかったが、例えば今後、若い女性が映画のチケットを大量購入するために借金をし、チケットがさばけず、借金も返せないから風俗で働くことになったなんて出来事が起きたら、オンラインサロンはそれこそものすごいバッシングに晒されるだろう。

 2020年11月放送の『華丸大吉&千鳥のテッパンいただきます』(フジテレビ系)に出演した西野を、千鳥・大悟は「捕まっていないだけの詐欺師」と表現した。詐欺師というと「お金を騙し取る人」のイメージを持つ人が多いだろうが、私に言わせると「夢を持て」と煽る人こそ詐欺師だ。

 その昔、小室哲哉は渡辺美里のために書いた楽曲「My Revolution」で「夢を追いかけるなら、たやすく泣いちゃだめさ」とつづっているが、「夢を持つ」「やりたいことをやる」と、尋常じゃなく傷つき、時には人生さえも棒に振って破滅することになるかもしれない。一人の成功者の陰には、何千、何万もの落伍者がいることを忘れてはならない。お金なら働けば戻ってくるが、人生はそうはいかない。若い人たちには、気を付けていただきたいものだ。

有働由美子アナ、女友達の写真を見て「余りもの」呼ばわり! セクハラじみた発言なのに炎上しないワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「全然覚えてなくて」有働由美子
『うどうのらじお』(ニッポン放送、1月8日)

 2018年に起きた連続ドラマ『ちょうどいいブスのススメ』(日本テレビ系)改題事件をご記憶だろうか。

 「ちょうどいいブス」を自称する相席スタート・山崎ケイの同名エッセイ(主婦の友社)をドラマ化すると日本テレビが発表したところ、「ちょうどいいブス」という言葉が、女性蔑視に当たるのではないかとSNSが炎上。ドラマが放送される前に『人生が楽しくなる幸せの法則』へと改題されるという珍事件に発展した。

 SNSの意見がドラマのタイトルを変えさせたということは、SNSの影響力が大きくなりつつあること、性差別やセクハラに対して嫌悪を感じる人が多くなってきたことの裏付けになるだろう。けれど、かといってSNSでの意見が世の中の多数派であるとは思えないし、性差別やセクハラに対しての意識が向上したかというと、いまだ追いついていない人のほうが多いのではないだろうか。

 例えば昨年12月25日、フリーアナウンサー・有働由美子が、パーソナリティーを務める『うどうのらじお』(ニッポン放送)でクリスマスの思い出話をしていた。有働アナが青春を過ごした90年代はバブル期で、学生でもカップルはアルバイトして得たお金で、フランス料理を食べ、ホテルに宿泊するというのが珍しくなかったそうだ。しかし、有働アナの家はお父上が厳しく、「外で男と飯を食いに行くくらいだったら、我が家で(クリスマスパーティーを)やれ」と言われていたそう。

 有働アナは「言っちゃ悪いけど、どんな女子大生もクリスマスはなんか予定が入っていた時代だったんですけど、そこから余った女子だけが我が家に来てクリスマスをやっていて、それが毎年写真に撮っておいてあるんですけど。余るなっていう。このメンバー余るなっていうのが今振り返って、私も含めてなんですけど思いますが」と話していた。

 有働アナの仕事は「面白い話」をすることなので、その話が必ずしも真実である必要はない。きっとNHK時代からのサバサバ&自虐キャラを生かして、このネタをご披露なさったのだと理解している。しかしこの話は自虐というより、セクハラ寄りのネタではないだろうか。

 クリスマスに予定がない女子を「余った女子」と決めつけているし(たまたま彼氏がいなかっただけで、余りもの扱いされる筋合いはない)、また、写真を見て「このメンバー余るな」と思ったということは、視覚的な問題、つまり外見に難があると言いたいのだろうか。

 自虐ネタの大原則は「自分の話」であることだと思う。有働アナが自分を「余った女子」と言うのは本人の主観なのでアリだが、他人サマを「余った女子」と呼ぶこと、またその「余った」理由を外見に起因させるのはいただけない。女性に対して「余っている」という表現を使うことは「女性は男性に選ばれるもの、選ばれない人は余りもの」という価値観を少なからず持っていることになる。

 2018年9月23日に出演した「ボクらの時代」(フジテレビ系)で、有働アナは「セクハラ問題は、うちら世代が許してきちゃったから」と発言していたが、「余った女子」「このメンバー余るな」発言に鑑みると、「彼氏がいなければ、女性は一人前ではない」「女性は見た目が大事」といわんばかりの有働アナの思考回路は、まさにセクハラするおじさんと一緒ではないだろうか。

 このようにセクハラ要素がいくつも含まれているように感じられた有働アナの小噺であるが、特に気にする人はいないようで、SNSでも話題にはならなかった。これは、性差別やセクハラへの意識が、実はそこまで向上していない証しともいえるだろう。

 しかし一方で、有働アナに限っていうと、別の見方もできる。「謙遜」という文化のある日本では、あの国民的人気女子アナが一段も二段もへりくだる話をしてくれているとして、細部をすっとばし、「飾らない人柄」「偉ぶらない、気さくで砕けている」と、全て好意的に解釈する人も多いのではないだろうか。

 そんな有働アナ、新年早々反省したことがあると同番組で告白していた。『NHK紅白歌合戦』を見ながらお酒を飲み、酔っぱらっていたところ、『news zero』(日本テレビ系)で共演している嵐・櫻井翔が出ていたこともあって、すっぴん寝間着で愛犬を抱いて自撮りをした写真をLINEで櫻井に送ってしまったとのこと。「全然覚えてなくて」と有働アナは言うが、櫻井から「ありがとうございました」とLINEが入ったことで思い出したという。「こんなものを嵐の方に送っちゃったと思って後悔した」そうである。

 この話はネットニュースにもなったが、辛口で名高いYahoo!コメントでも「有働アナ、人間味があって好き」とか「有働さんの面白いところが好き」とか、好意的なコメントが並んだ。しかし私は、この天然エピソードから、有働アナの“ぶりっ子っぽいところ”を、一方、国民的アイドルである櫻井とLINEしていると公言するところに、彼女の“ものすごく高いプライド”が垣間見えるような気がしてならない。

 また、有働アナの内面といえば、2018年に『マツコ&亨のビューティー言いたい放題』(テレビ東京系)で、有働アナの所属事務所の先輩に当たるマツコ・デラックスが、「こう見えてめっちゃ乙女」「なんでこの人が独身でいたんだろうって思うぐらい、誰かにしなだれかかっていないとダメなタイプ」と、有働アナは男性に対して甘えん坊な一面があることを明かしていた。

 実はサバサバ&自虐キャラではないように見える有働アナ。これでは、一気に好感度を失いかねないが、彼女が今もなお高い人気をキープしているのはなぜか。

 おそらく、視聴者の思う有働アナと、マツコの思う有働アナ……どちらが正しいかはどうでもよい。大事なことは「そのキャラの先駆者、第一人者」ではないだろうか。ほかの女子アナが同じことをしたら問題になるのかもしれないが、有働アナの場合、キャラが立っているので、何をしても「あの人はそういう人だから」と受け止められ、ましてやセクハラだなんて言われない。「いつも通りの面白い自虐」として、私以外の人からは拍手喝采を得るのだろう。

 そう考えると、炎上とはキャラのブレからくるものなのかもしれない。思えば、山崎ケイの「ちょうどいいブス」キャラは、全女性を敵に回しても男性に好かれたいのか、それとも、同性にエールを送っているのか、いまいち中途半端な部分があった。何を言うより、誰が言うか。有働アナが築いた自虐キャラは、これからもずっと安泰のようだ。

有働由美子アナ、女友達の写真を見て「余りもの」呼ばわり! セクハラじみた発言なのに炎上しないワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「全然覚えてなくて」有働由美子
『うどうのらじお』(ニッポン放送、1月8日)

 2018年に起きた連続ドラマ『ちょうどいいブスのススメ』(日本テレビ系)改題事件をご記憶だろうか。

 「ちょうどいいブス」を自称する相席スタート・山崎ケイの同名エッセイ(主婦の友社)をドラマ化すると日本テレビが発表したところ、「ちょうどいいブス」という言葉が、女性蔑視に当たるのではないかとSNSが炎上。ドラマが放送される前に『人生が楽しくなる幸せの法則』へと改題されるという珍事件に発展した。

 SNSの意見がドラマのタイトルを変えさせたということは、SNSの影響力が大きくなりつつあること、性差別やセクハラに対して嫌悪を感じる人が多くなってきたことの裏付けになるだろう。けれど、かといってSNSでの意見が世の中の多数派であるとは思えないし、性差別やセクハラに対しての意識が向上したかというと、いまだ追いついていない人のほうが多いのではないだろうか。

 例えば昨年12月25日、フリーアナウンサー・有働由美子が、パーソナリティーを務める『うどうのらじお』(ニッポン放送)でクリスマスの思い出話をしていた。有働アナが青春を過ごした90年代はバブル期で、学生でもカップルはアルバイトして得たお金で、フランス料理を食べ、ホテルに宿泊するというのが珍しくなかったそうだ。しかし、有働アナの家はお父上が厳しく、「外で男と飯を食いに行くくらいだったら、我が家で(クリスマスパーティーを)やれ」と言われていたそう。

 有働アナは「言っちゃ悪いけど、どんな女子大生もクリスマスはなんか予定が入っていた時代だったんですけど、そこから余った女子だけが我が家に来てクリスマスをやっていて、それが毎年写真に撮っておいてあるんですけど。余るなっていう。このメンバー余るなっていうのが今振り返って、私も含めてなんですけど思いますが」と話していた。

 有働アナの仕事は「面白い話」をすることなので、その話が必ずしも真実である必要はない。きっとNHK時代からのサバサバ&自虐キャラを生かして、このネタをご披露なさったのだと理解している。しかしこの話は自虐というより、セクハラ寄りのネタではないだろうか。

 クリスマスに予定がない女子を「余った女子」と決めつけているし(たまたま彼氏がいなかっただけで、余りもの扱いされる筋合いはない)、また、写真を見て「このメンバー余るな」と思ったということは、視覚的な問題、つまり外見に難があると言いたいのだろうか。

 自虐ネタの大原則は「自分の話」であることだと思う。有働アナが自分を「余った女子」と言うのは本人の主観なのでアリだが、他人サマを「余った女子」と呼ぶこと、またその「余った」理由を外見に起因させるのはいただけない。女性に対して「余っている」という表現を使うことは「女性は男性に選ばれるもの、選ばれない人は余りもの」という価値観を少なからず持っていることになる。

 2018年9月23日に出演した「ボクらの時代」(フジテレビ系)で、有働アナは「セクハラ問題は、うちら世代が許してきちゃったから」と発言していたが、「余った女子」「このメンバー余るな」発言に鑑みると、「彼氏がいなければ、女性は一人前ではない」「女性は見た目が大事」といわんばかりの有働アナの思考回路は、まさにセクハラするおじさんと一緒ではないだろうか。

 このようにセクハラ要素がいくつも含まれているように感じられた有働アナの小噺であるが、特に気にする人はいないようで、SNSでも話題にはならなかった。これは、性差別やセクハラへの意識が、実はそこまで向上していない証しともいえるだろう。

 しかし一方で、有働アナに限っていうと、別の見方もできる。「謙遜」という文化のある日本では、あの国民的人気女子アナが一段も二段もへりくだる話をしてくれているとして、細部をすっとばし、「飾らない人柄」「偉ぶらない、気さくで砕けている」と、全て好意的に解釈する人も多いのではないだろうか。

 そんな有働アナ、新年早々反省したことがあると同番組で告白していた。『NHK紅白歌合戦』を見ながらお酒を飲み、酔っぱらっていたところ、『news zero』(日本テレビ系)で共演している嵐・櫻井翔が出ていたこともあって、すっぴん寝間着で愛犬を抱いて自撮りをした写真をLINEで櫻井に送ってしまったとのこと。「全然覚えてなくて」と有働アナは言うが、櫻井から「ありがとうございました」とLINEが入ったことで思い出したという。「こんなものを嵐の方に送っちゃったと思って後悔した」そうである。

 この話はネットニュースにもなったが、辛口で名高いYahoo!コメントでも「有働アナ、人間味があって好き」とか「有働さんの面白いところが好き」とか、好意的なコメントが並んだ。しかし私は、この天然エピソードから、有働アナの“ぶりっ子っぽいところ”を、一方、国民的アイドルである櫻井とLINEしていると公言するところに、彼女の“ものすごく高いプライド”が垣間見えるような気がしてならない。

 また、有働アナの内面といえば、2018年に『マツコ&亨のビューティー言いたい放題』(テレビ東京系)で、有働アナの所属事務所の先輩に当たるマツコ・デラックスが、「こう見えてめっちゃ乙女」「なんでこの人が独身でいたんだろうって思うぐらい、誰かにしなだれかかっていないとダメなタイプ」と、有働アナは男性に対して甘えん坊な一面があることを明かしていた。

 実はサバサバ&自虐キャラではないように見える有働アナ。これでは、一気に好感度を失いかねないが、彼女が今もなお高い人気をキープしているのはなぜか。

 おそらく、視聴者の思う有働アナと、マツコの思う有働アナ……どちらが正しいかはどうでもよい。大事なことは「そのキャラの先駆者、第一人者」ではないだろうか。ほかの女子アナが同じことをしたら問題になるのかもしれないが、有働アナの場合、キャラが立っているので、何をしても「あの人はそういう人だから」と受け止められ、ましてやセクハラだなんて言われない。「いつも通りの面白い自虐」として、私以外の人からは拍手喝采を得るのだろう。

 そう考えると、炎上とはキャラのブレからくるものなのかもしれない。思えば、山崎ケイの「ちょうどいいブス」キャラは、全女性を敵に回しても男性に好かれたいのか、それとも、同性にエールを送っているのか、いまいち中途半端な部分があった。何を言うより、誰が言うか。有働アナが築いた自虐キャラは、これからもずっと安泰のようだ。

小島瑠璃子に見る“嫌われる”才能……『キングダム』作者との交際が「騒がれたワケ」の自己分析に感服!

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「そういうところを刺激しちゃって、申し訳なかったな」小島瑠璃子
『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子の「みむこじラジオ!」』(12月26日、ニッポン放送)

 芸能人は人気商売であるから、「好かれる」プロフェッショナルといえる。しかし、全ての人に「好かれる」ことは不可能だし、芸能界という世界では「好かれる」と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に、「嫌われる」ことが才能になるのではないだろうか。

 一般人の世界では「嫌われる」人は避けられる。しかし、芸能界では「嫌われ役」は「好かれる人」を引き立たせるために必要な存在なのだ。そういう意味で「嫌われる」ことは、実は芸能人にとってプラスではないだろうか。

 2021年1月5・12日号の「週刊女性」(主婦と生活社)が、「女が嫌いな女2020」を発表したが、このランキングに入ることは実は「芸能人として」光栄なことかもしれない。

 ランク入りした芸能人の名前を具体的に挙げてみよう。1位の座についたのは、フワちゃん。2位は田中みな実、3位は鈴木奈々、4位は土屋太鳳、5位は上沼恵美子、6位は広瀬すず、7位は加藤紗里、8位は工藤静香、9位はダレノガレ明美、10位は久本雅美となっている。

 こうやって見てみると、ランキング入りした芸能人の多くは「2020年に話題になった人」と言えるのではないだろうか。フワちゃんは昨年テレビ露出が急増し、「『現代用語の基礎知識』選 2020ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに選ばれた。田中は、19年末に発売した写真集の累計が60万部を突破している。上沼は、自身が司会を務める『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)からキングコング・梶原雄太が突然“卒業”したことから、上沼が梶原を一方的にクビにしたのではないかと、パワハラ疑惑がうわさされた。加藤はウェブサイト「AERA.dot」に掲載された「加藤紗里『夫に3カ月で1億円』使わせて超スピード離婚していた」という記事が、昨年読まれた記事の第2位に輝くなど、お騒がせキャラとして認知されつつある。ダレノガレも元祖炎上クイーンで、昨年は自身の薬物疑惑記事を真っ向から否定し、『サンデー・ジャポン』(TBS系)で、毛髪検査の結果を生報告するなど、注目を集めた。

 ということは、ランキングから「2020年に話題になった人」を抜いて残った人……鈴木、土屋、広瀬、工藤、久本が、話題性以外で嫌われた、ポテンシャルの高い「嫌われる女」といえるのではないだろうか。

 彼女たちを嫌いかどうかは人それぞれだろうが、テレビにたくさん出るからこそ、視聴者の目に留まって「嫌い」と認知されることを考えると、「嫌われる」ためには、まず売れていなくてはならない。だが、テレビに嫌いな芸能人が出てきた場合、多くの人はそこで番組を見るのをやめてしまうだけに、「嫌いなんだけど、なぜか見ちゃう」という、ポテンシャルの高い「嫌われる女」になるためには、別の才能がいる。それは人をイラつかせるエピソードを、瞬時に生み出せる力ではないだろうか。

 例えば、工藤が時代を代表するスターと浮名を流していた独身時代、『ザ・ベストテン』(TBS系)で、「夫に浮気されたらどうしますか?」と質問され、突き放すような口調で「自分に魅力がないんだから、しょうがないんじゃないですか?」とのたまったことがある。夫に浮気された経験がある人が聞いたら嫌な気分になるだろうし、そういう経験がなくても「なぜオンナが責められるんだ」とイラッとする人もいるだろう。このように、「嫌われる」才能にあふれた女は、人を瞬時にイライラさせるエピソードを生むことで、自身を強烈に印象付けるのである。

 やはり「嫌われる女」になるためには、特殊な才能が必要といえるだろう。この才能を持つ人は滅多にいないので、「嫌いな女」ランキングのメンバーは固定化されて新鮮味がかけがちだが、20年、新型コロナウイスルに悩まされる日本に、小島瑠璃子というポテンシャルの高い「嫌われる女」が誕生した。「週女」のランキングでは14位。彼女も昨年お騒がせだっただけに、話題性だけでランクインしたと見る向きもあるだろうが、私に言わせるのなら、彼女は「嫌われる」才能を誇る、トップに輝いてもおかしくない超新星だ。

 20年8月14日・21日号の「週刊ポスト」(小学館)が、小島と大人気漫画『キングダム』(集英社)を手がける漫画家・原泰久氏の“福岡での手つなぎデート”を報じた。同誌によると、小島より19歳年上の原氏には妻子がいたが、離婚したので小島が猛アタックして交際にこぎつけたという。

 善良な方は、好きな人がたまたまフリーになるなんてタイミングがよかったねと思うのだろうが、小島とのことがきっかけで夫婦仲が壊れたという可能性もゼロではない。そのため、「略奪愛ではないか」という声もネットに上がった。

 しかし、真相はもっとヘビーなものだったようだ。「週刊文春」(文藝春秋)によると、原氏は別のアイドルと不倫関係にあったとのこと。アイドルには婚約者がいたものの、原氏のために別れたそうだが、結局、原氏は妻と離婚しなかったので、結婚することはできずじまい。その後、アイドルは芸能界を引退し、一方の原氏は小島と親しくなったと同誌は報じている。

 小島が不倫をしていた証拠があるわけではないので、決めつけてはいけないが、バラエティー番組を主戦場とする若い女性タレントに、ワケありの恋愛をしているイメージがつくのはよろしくないのでは……というのは、私のような凡人の発想で、本人はどこ吹く風のようだ。

 12月26日放送の『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子の「みむこじラジオ!」』(ニッポン放送)に出演した小島。20年を「週刊誌の報道をたくさんされた年でもあったので、本当に人生で一番大変な年だったんですよ」と振り返った。若手女性タレントの恋愛がタブーな時代ではないが、不倫の可能性があるとなると話は別だ。さぞ大変だったと推察するが、小島はその原因を

「(コロナ禍で)やっぱりみんな家に閉じ込められているから、人が何かやってるのをものすごく気にする」「そういうところを刺激しちゃって申し訳なかったな」

と分析していた。

 小島の発言は「私が楽しく出歩いていることが、家に閉じ込められていた一般人の皆さんはうらやましかったんでしょ? だから、叩くんでしょ。イライラさせてごめんね」と一般人を憐れんでいるかのように聞こえなくもない。言うまでもないが、一般人が気にしているのは、小島が略奪愛をしたのかどうかで、コロナはあまり関係ないだろう。

 しかし、こうやって常に自分に都合のいい解釈ができるのは、「嫌われる女」の才能を持つ証しといえるのではないか。この才能がある限り、原氏と別れようと別れまいと、タレントとしての小島はびくともしないだろう。

 それよりも気を付けないといけないのは、原氏のほうではないか。ご自身の才能や漫画へのモチベーションを小島に吸い取られないように注意していただきたいものだ。

小島瑠璃子に見る“嫌われる”才能……『キングダム』作者との交際が「騒がれたワケ」の自己分析に感服!

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「そういうところを刺激しちゃって、申し訳なかったな」小島瑠璃子
『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子の「みむこじラジオ!」』(12月26日、ニッポン放送)

 芸能人は人気商売であるから、「好かれる」プロフェッショナルといえる。しかし、全ての人に「好かれる」ことは不可能だし、芸能界という世界では「好かれる」と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に、「嫌われる」ことが才能になるのではないだろうか。

 一般人の世界では「嫌われる」人は避けられる。しかし、芸能界では「嫌われ役」は「好かれる人」を引き立たせるために必要な存在なのだ。そういう意味で「嫌われる」ことは、実は芸能人にとってプラスではないだろうか。

 2021年1月5・12日号の「週刊女性」(主婦と生活社)が、「女が嫌いな女2020」を発表したが、このランキングに入ることは実は「芸能人として」光栄なことかもしれない。

 ランク入りした芸能人の名前を具体的に挙げてみよう。1位の座についたのは、フワちゃん。2位は田中みな実、3位は鈴木奈々、4位は土屋太鳳、5位は上沼恵美子、6位は広瀬すず、7位は加藤紗里、8位は工藤静香、9位はダレノガレ明美、10位は久本雅美となっている。

 こうやって見てみると、ランキング入りした芸能人の多くは「2020年に話題になった人」と言えるのではないだろうか。フワちゃんは昨年テレビ露出が急増し、「『現代用語の基礎知識』選 2020ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに選ばれた。田中は、19年末に発売した写真集の累計が60万部を突破している。上沼は、自身が司会を務める『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)からキングコング・梶原雄太が突然“卒業”したことから、上沼が梶原を一方的にクビにしたのではないかと、パワハラ疑惑がうわさされた。加藤はウェブサイト「AERA.dot」に掲載された「加藤紗里『夫に3カ月で1億円』使わせて超スピード離婚していた」という記事が、昨年読まれた記事の第2位に輝くなど、お騒がせキャラとして認知されつつある。ダレノガレも元祖炎上クイーンで、昨年は自身の薬物疑惑記事を真っ向から否定し、『サンデー・ジャポン』(TBS系)で、毛髪検査の結果を生報告するなど、注目を集めた。

 ということは、ランキングから「2020年に話題になった人」を抜いて残った人……鈴木、土屋、広瀬、工藤、久本が、話題性以外で嫌われた、ポテンシャルの高い「嫌われる女」といえるのではないだろうか。

 彼女たちを嫌いかどうかは人それぞれだろうが、テレビにたくさん出るからこそ、視聴者の目に留まって「嫌い」と認知されることを考えると、「嫌われる」ためには、まず売れていなくてはならない。だが、テレビに嫌いな芸能人が出てきた場合、多くの人はそこで番組を見るのをやめてしまうだけに、「嫌いなんだけど、なぜか見ちゃう」という、ポテンシャルの高い「嫌われる女」になるためには、別の才能がいる。それは人をイラつかせるエピソードを、瞬時に生み出せる力ではないだろうか。

 例えば、工藤が時代を代表するスターと浮名を流していた独身時代、『ザ・ベストテン』(TBS系)で、「夫に浮気されたらどうしますか?」と質問され、突き放すような口調で「自分に魅力がないんだから、しょうがないんじゃないですか?」とのたまったことがある。夫に浮気された経験がある人が聞いたら嫌な気分になるだろうし、そういう経験がなくても「なぜオンナが責められるんだ」とイラッとする人もいるだろう。このように、「嫌われる」才能にあふれた女は、人を瞬時にイライラさせるエピソードを生むことで、自身を強烈に印象付けるのである。

 やはり「嫌われる女」になるためには、特殊な才能が必要といえるだろう。この才能を持つ人は滅多にいないので、「嫌いな女」ランキングのメンバーは固定化されて新鮮味がかけがちだが、20年、新型コロナウイスルに悩まされる日本に、小島瑠璃子というポテンシャルの高い「嫌われる女」が誕生した。「週女」のランキングでは14位。彼女も昨年お騒がせだっただけに、話題性だけでランクインしたと見る向きもあるだろうが、私に言わせるのなら、彼女は「嫌われる」才能を誇る、トップに輝いてもおかしくない超新星だ。

 20年8月14日・21日号の「週刊ポスト」(小学館)が、小島と大人気漫画『キングダム』(集英社)を手がける漫画家・原泰久氏の“福岡での手つなぎデート”を報じた。同誌によると、小島より19歳年上の原氏には妻子がいたが、離婚したので小島が猛アタックして交際にこぎつけたという。

 善良な方は、好きな人がたまたまフリーになるなんてタイミングがよかったねと思うのだろうが、小島とのことがきっかけで夫婦仲が壊れたという可能性もゼロではない。そのため、「略奪愛ではないか」という声もネットに上がった。

 しかし、真相はもっとヘビーなものだったようだ。「週刊文春」(文藝春秋)によると、原氏は別のアイドルと不倫関係にあったとのこと。アイドルには婚約者がいたものの、原氏のために別れたそうだが、結局、原氏は妻と離婚しなかったので、結婚することはできずじまい。その後、アイドルは芸能界を引退し、一方の原氏は小島と親しくなったと同誌は報じている。

 小島が不倫をしていた証拠があるわけではないので、決めつけてはいけないが、バラエティー番組を主戦場とする若い女性タレントに、ワケありの恋愛をしているイメージがつくのはよろしくないのでは……というのは、私のような凡人の発想で、本人はどこ吹く風のようだ。

 12月26日放送の『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子の「みむこじラジオ!」』(ニッポン放送)に出演した小島。20年を「週刊誌の報道をたくさんされた年でもあったので、本当に人生で一番大変な年だったんですよ」と振り返った。若手女性タレントの恋愛がタブーな時代ではないが、不倫の可能性があるとなると話は別だ。さぞ大変だったと推察するが、小島はその原因を

「(コロナ禍で)やっぱりみんな家に閉じ込められているから、人が何かやってるのをものすごく気にする」「そういうところを刺激しちゃって申し訳なかったな」

と分析していた。

 小島の発言は「私が楽しく出歩いていることが、家に閉じ込められていた一般人の皆さんはうらやましかったんでしょ? だから、叩くんでしょ。イライラさせてごめんね」と一般人を憐れんでいるかのように聞こえなくもない。言うまでもないが、一般人が気にしているのは、小島が略奪愛をしたのかどうかで、コロナはあまり関係ないだろう。

 しかし、こうやって常に自分に都合のいい解釈ができるのは、「嫌われる女」の才能を持つ証しといえるのではないか。この才能がある限り、原氏と別れようと別れまいと、タレントとしての小島はびくともしないだろう。

 それよりも気を付けないといけないのは、原氏のほうではないか。ご自身の才能や漫画へのモチベーションを小島に吸い取られないように注意していただきたいものだ。

小島慶子、小林麻耶、宇垣美里……もてはやされるフリー女子アナたちの“弱点”をえぐる!

オンナの花形職業として羨望を集める存在ゆえか、何かと穿った見方をされがちな女子アナ。そんな彼女たちをウォッチし続けるライター・仁科友里が、2020年に話題を集めた女子アナについて考察を繰り広げます。

 キー局勤務を経て、タレントに転身する女子アナたち。知名度のある「愛される女子アナ」だからこそ成せる技だが、もてはやされるというのは大変なことも多そうで、彼女たちの弱点にもつながりかねない。今回、2020年に世間をざわつかせた“愛される女子アナ3人”の事件簿をまとめてみた。

◎その1: 小島慶子「フェミニストとしてもてはやされる裏側で……

 私の愛するコジケイこと小島慶子、第3シーズンに突入したようである。

 第1シーズンはTBSの局アナ時代、第2シーズンはTBSラジオ『キラ☆キラ』で大ブレークをし、フリーに転身したとき。女子アナという「好感度勝負」の職業でありながら、コジケイの舌鋒はすこぶる鋭い。上司や同僚の悪口とも思える話や下ネタで人気を博した。かといってオンナを捨てたオバちゃんキャラというわけではない。39歳で水着写真集を出したことでも話題になった。女子アナという超人気職につきながら、そこに甘んじることもない知性もしくは批判精神としゃべりのセンスを持ち、見た目の良さも兼ね備えたコジケイはさしづめ「プレミアム女子アナ」といったところか。

 そんなコジケイだが、2017年の「#Me Too運動」以降は、フェミニズムに傾倒し、第3シーズンに突入。ジェンダーフリー、ハラスメントNOの論客として活動を始める。

 人々に何かを訴えるときに、書き手のルックスや経歴は大きな信用もしくはバイアスになる。才色兼備な女性が就く職業とされる女子アナだったコジケイは、“バエる論客”として重宝され、愛される存在なのだろう。しかし、コジケイがフェミニストとしてハラスメントについて持論を展開する一方で、本人のなさっていることは、筆者からすると「ご自身がハラスメントしてるのでは?」と疑問がわく。

 「婦人公論」11月24日号(中央公論新社)でコジケイが告白した“エア離婚”。お子さんが大学に入ったら、離婚するという前提で夫婦を続けることをこう名付けたそうだが、それはまぁ、夫婦の問題なので、お好きにどうぞ。しかし、コジケイの夫に対する態度には背筋が凍る。

 離婚したいと思った理由は、長男を出産直後、夫が「歓楽街で女性をモノのように消費した」からそうだ。夫の懇願で離婚はとどまったというが、オーストラリアに移住し、コジケイが大黒柱となる生活になった頃、「精神的な限界に達した」という。「なぜ女性をモノとみなすような行為をしたのか」とコジケイは夫に問う。夫はコジケイの思うような答えを返せないので、その度に夫へ参考資料を送って、コジケイは自身の思う模範解答を引き出そうとする。その期間、16年。2人の息子さんにも父親のしたことを告げ、それは「女性蔑視」であることを告げたという。コジケイ本人は人権教育のつもりかもしれないが、公開処刑というやつではないだろうか。それに、お子さんに親の性生活を知らしめるのは、虐待ではなかろうかとも思う。

 過去に伝えられたコジケイ夫婦の話も補足しながら、この話の男女を入れ替えた、たとえ話にしてみよう。

 共働きの夫婦がいる。妻が出産直後にホストクラブまたは女性用風俗店に行き、散財をしてきた。夫は怒り、離婚したいといったが、妻が謝罪したので思いとどまった。しかし、夫は16年間、ことあるごとに「なぜそんなことをしたのか」と妻を責め、謝っても「正解ではない」と許してもらえない。妻が仕事を辞めた後に海外に移住したが、専業主婦になったタイミングで、夫は「子どもが大学に入ったら、離婚しよう」と言い渡す。若いとはいえない、しかも、英語が苦手な妻が外国で安定した職を得るのは難しい。しかし、子どもの生活があるので、日本に帰って職探しをするわけにもいかないだろう。当然、夫の顔色を見て過ごさなくてはならなくなる。これって経済的DV、もしくはモラハラではないだろうか。

 精神医学では、「強すぎる自己愛」がモラハラの原因の一つと解説されるが、自己愛が強くなければ、花形職業である女子アナという仕事に就けなかっただろう。「週刊アサヒ芸能」2012年1月12日号(徳間書店)において、コジケイはコラムニスト・辛酸なめ子と対談し、「アナウンサーとか全然興味なかったんですけどぉ、マスコミ試験のほうが一般企業より早いから、試しに受けてみなって言われてぇ、そうしたら受かっちゃったんですぅ」というタイプの女子アナについて、「そんなワケないって。そんな薄ボンヤリした目標で3000人に1人しか通らない試験に受かるわけがない(笑)」と述べている。コジケイ本人はどうかというと「私、さんざんバカにされましたもん! 大学時代に『アナウンサーになりたいんだよね。無理かもしれないけど、頑張るんだ』って言ったら、みんなに鼻で笑われて」と、がむしゃらだったことを隠さない。

 正直者と見る人もいるだろうが、20年近く前の採用試験のことを持ち出すあたり、「女子アナであること」に、一番こだわっているのはコジケイなのではないか。繰り返しになるが、コジケイが夫を許そうと許すまいと本人の自由である。しかし、夫を許せないのも「女子アナが妻でありながら」という強い自己愛のせいではないかと邪推する。

 離婚は自由だが、フェミニストとして脚光を浴びているにもかかわらず、その言動の端々からモラハラであることが漏れ出てくるのはいかがなものか。とにもかくも、ご夫君、お体とメンタルを大切にというしかない。

◎その2:小林麻耶「オトコに愛されすぎる罪」

 11月に、『グッとラック!』(TBS系)のコメンテーター降板を、自身のYouTubeチャンネルで告白した小林麻耶。同日、事務所からも契約解除されたということは、彼女は制御不能な状態になってしまったということだろう。同番組を見ていても、無駄に激高してコメントができなくなることがちょいちょいあったので、もうメンタルは限界に近かったのかもしれない。

 全ては結果論になるが、この人は女子アナではなく、タレントになったほうがよかったのではないか。小林のメディアデビューは、明石家さんまがシロウト女性と恋愛について語る『恋のから騒ぎ』(日本テレビ系)。前列にはかわいい子が、そうでない子は後ろの列に座るのが暗黙の了解で、麻耶は常に前列にいて、人気を博した。

 麻耶が出演した9月放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)によると、この経験をきっかけに、女子アナを志すことになったという。「準備期間が短いにもかかわらず」内定を得た麻耶だが、11月放送の『特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル』(読売テレビ)に出演した吉川美代子アナは「私は評価しなかった」とバッサリ。しかし、「TBSとしては、入って研修が終わった後、すぐに番組つけて話題になると、制作サイドは注目してましたから」と、数字がほしいテレビマンの発想を解説していた。

 実際に小林は入社直後からレギュラー番組5本を持たされるが、一度もニュースは読ませてもらえなかったことに、会社の“思惑”が感じられる。麻耶の著書『しなくていいがまん』(サンマーク出版)によると、本人もアナウンス技術が低い自覚があったようだし、スタッフにも衣装など見た目のことしか褒められず、周囲からも「調子に乗ってる」「媚びて仕事を取っている」と言われたそうだ。

 しかし、小林がしっとりとニュースを読んだら、個性が死んじゃうわけで、彼女をテレビに出す意味はなかっただろう。かといって、ぶりっ子キャラのままでいるアナウンサー、もしくはアナウンス技術が低いままのアナウンサーを視聴者が受け入れるとは思えない。やはり、タレントとして「日本一のぶりっ子」の座を目指したほうがよかったのではないかと思えてならないし、アナウンサーとしての葛藤がなければ、現在ほどメンタルが追い詰められることもなかったのではないかと思ってしまう。

 そういえば、『しくじり先生』に出演した女優・遼河はるひは、小林について「女同士だとフツウ。なんだけど、一人でも男性がいると、すごい(態度が)変わる」と話していた。男性の前だと自然とサービスしてしまうのかもしれないし、そのリターンがあったから女子アナにまで上り詰めたのかもしれないが、男のチヤホヤほど無責任なものはない。男から愛されるのも、ほどほどが適量ということなのかもしれない。

◎その3:宇垣美里「ジェンダーレス時代に愛されるということ」

 テレビを見る人が減っているといわれて久しい中、新型コロナウイルスの流行により、さらにテレビ業界は景気が悪くなっているのではないか。こういう時代に、フリーランスのアナウンサーが生き残る手段の一つとして考えられるのが、「古巣と仲良くすること」だ。

 そんな中、ここ1年、テレビにあまり姿を見せなかったのが宇垣美里だ。この人は、TBSから独立後すぐに“やらかして”いる。『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に出演した本人いわく、プロデューサーに、番組降板を直前になって告げられて「なんて失礼なことをするんだ」とご立腹。プロデューサーが買ってきてくれたコーヒーを「あなたからもらったコーヒーは飲めません」と流しに捨てたそうだ。宇垣はそのエピソードを、「私とプロデューサーの間の話が外に出ている時点で(TBSの)民度が知れるわみたいな感じ」とまとめていた。まぁ、宇垣も言えないことがたくさんあるのだろうが、古巣とのトラブルを明らかにすると、他局からも「同じことをされたら、たまらん」と敬遠されるのではないだろうか。

 オンライン「ViVi」で連載中のエッセイで、宇垣はこんなことを書いていた。

「虫を怖がらずむんずと手づかみで捕獲すれば『男らしい』、ぐちぐちと細かいことにずっと囚われている人のことを『女々しい』。サラダをタイミングよく取り分けるのがどうも下手な私は『女子力』がないのだろう。うんざりだ」

 人の内面や得意なことは、性別ではなく個人の素質であり、ジェンダーレスを歓迎している文章だと私は理解した。宇垣のこうした古い価値観を打ち破らんとする言動が、ファンから愛されているのだと思うが、そういう「レス」な時代でも、上司の性別は問わず、最低限の敬意を払うというのは必要不可欠なのではないか。自分の言い分が、正当であると心から思えるのなら、なおさら日ごろから周囲に信頼されるような態度、発言を心掛けなくてはいけないように思う。

【まとめ】
 今回取り上げなかった局アナだが、彼女たちは今まさに過渡期を迎えているのかもしれない。タレントがYouTubeで稼ぐという方式が一般的になり、芸能人の脱テレビは進んでいくと思われる。となると、「テレビ専属」である局の女子アナは、芸能人の代わりとして、よりタレント性が求められ、個性の強さが歓迎される。しかし、あまりにエキセントリックだと「美しく従順な女子アナ」を望む男性視聴者や年配の視聴者の心をつかめないし、ルックスやキャラで勝負しすぎるとアナウンサーとして伸び悩み、結果的に女子アナ生命を縮めることになりかねない。つまり、愛されなくてはいけないが、あまりに偏った愛され方は命取りといえるのではないか。その上、女子アナは組織の一員であるから、組織人として周囲とうまくやる必要もある。そのバランスを取るのがなかなか難しく、メンタルが削られるのかもしれないが、どうぞ来年もご活躍いただきたいものである。

花田優一「来年は絶対に紅白に出る」宣言! 彼の「底の浅さ」と「へこたれなさ」が生きるテレビ番組とは?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「来年は絶対に紅白に出る」花田優一
(花田優一オフィシャルブログ、12月19日)

 剣劇女優・浅香光代さんが亡くなったニュースを見ていたら、その昔、「熟女に怒られる番組」が多かったことを思い出した。デヴィ夫人、野村沙知代さん、淡路恵子さんなど波瀾万丈な人生を送ってきた女性陣が人生相談に乗り、相談者(ほとんどが女性)を怒るという内容だった。相談者は最初、ふてぶてしく振る舞うが、熟女に怒られるうちに「本当にそうだ」と改心し、謝罪する。そして「あんた、がんばんなさいよ」と熟女が励ましてめでたしめでたし。同じようなパターンの番組はいくつかあったから、それなりに視聴率を取っていたのではないだろうか。

 しかし、今、こういう番組はできないのではないかと思う。前回、この連載のフワちゃんの回で触れたが、自分に非があっても怒られると逆ギレ的な反応を示す若手タレントも出てきている中、説教する側が視聴者からパワハラだと指摘され、エンタメにならないかもしれない。また、お説教をショーにするのなら、説教と反論のラリーがある程度続かないと面白くない。つまり、説教する側とされる側が同じくらい弁が立つことが条件となる。年寄りと対等にケンカショーをするのなら、よっぽど口がうまくないといけないだろう。怒られる側に知名度も必要である。

 世間から「怒られて当然」と思われていて、知名度があり、ちょっと怒られたくらいでへこたれない人物(怒られたほうが泣いたりしたら、それこそいじめっぽい)……そんな人はもういないだろうと思ったが、見つけた、花田優一である。

 平成の大横綱・貴乃花と女子アナブームの立役者・河野景子の間に生まれた優一。母譲りなのか弁が立ち、選んだ仕事が実直な靴職人であることも印象がよかった。2018年放送の『アナザースカイ』(日本テレビ系)で、靴の職人修行をしていたイタリア・フィレンツェを訪れた優一は、「日本に帰ったけど、今でも自分はアンジェロの弟子です」と師弟愛をアピール。貴乃花も実の父である師匠を尊敬していたことはよく知られているだけに、優一に貴乃花の姿を重ね合わせた人も多いだろう。

 そんな優一は工房を構え、オーダーを受けて靴を作っていたが、19年1月、「女性自身」(光文社)に、靴の代金を受け取っておきながら、納期を守らないと報じられる。約束は守るのがビジネスの基本なので、批判が噴出する中、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)に出演した優一は、火に油を注いでしまう。「報道されてる方とかは、世界中の有名なブランドのオーダーシューズを調べていただきたい」「手作りのものは時間がかかる。平面的なものを立体にするって時間がかかるんです」と反論したからだ。

 手作りで時間がかかるなら、それを加味して納期を設定すればいいだけでは? と思うが、優一がケンカショー向きたるゆえんは、この“明らかな自分の落度を、浅い屁理屈で返すところ”ではないだろうか。なんせ優一側に落度があるので、説教する側は責めやすいし、屁理屈だから論破しやすい。そこですぐに謝らないのも優一の魅力で、説教する側もさらにイライラさせられるからこそ、「お父さんはあんなに偉大なのに」「親の七光りをいいことに」という、優一を煽るような禁断の一言を言いたくなるのではないか。

 同じ二世タレントでも、元巨人軍・桑田真澄氏の子息、Matt Roseに、この芸当はできない。『伯山カレンの反省だ!!』(テレビ朝日系)に出演した際、Mattは神田伯山に「変わったメイクをしている」と言われて、黙りこんでしまっていた。どんな理由で黙ったのかは不明だが、番組は止まってしまうし、伯山がいじめたように見る人がいないとも限らず、これはよろしくないだろう。ここ最近のMattは美容界が主戦場だけに、テレビでの評判がよろしくなくてもそれでいいのだろうが、やはりどんなことでもいいから言い返す瞬発力が、バラエティー番組には必要で、優一はほかの二世タレントと比べて、この部分が突出しているように感じる。

 靴の納期問題が解決したのか不明なまま、優一は画家としても活動を始め、個展を開く。さらに今年の秋に歌手デビューを果たした。『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)に出演し、「ボイストレーニングはしていない」としながらも、「一番はとりたいです。この人、歌手で成功したんだっていうのを、皆さんにわかってもらえるように」といい、『NHK紅白歌合戦』に出場したいと話していた。

 ある演歌歌手が、『紅白歌合戦』に出場できれば、一流歌手の仲間入りができて、ギャラも上がると言っていた記憶があるが、その晴れ舞台のために、各事務所や歌手が、あらゆる意味でしのぎを削っていることは想像に難くない。そこへぽっと出の優一がそう簡単に参入できるわけはなく、今年、NHKからオファーはなかったようだ。

 しかし、優一はオフィシャルブログに「来年は紅白に絶対に出る」と書いている。若いタレントで、このへこたれない感じを持っている人は今、ほとんどいないのではないか。

 かつて、『バイキング』(フジテレビ系)に出演した優一は、「職人とはスポットライトが当たるべき職業。職人という精神論を伝えるために、靴というツールがあるだけ。僕がこの先、画家になったとしても、カバンを作り始めたとしても、靴を始めたときの思いと何も変わらないと、なるべく多くの人に知ってもらいたい」と、求められていない自分語りをしていた。これに、おぎやはぎ・矢作兼は「お父さんの気持ちがわかるもん。今みたいなことガンガン言われたら、『うるせぇから10年靴作れ!』と言いたくなる」と切り捨て、それを聞いた優一は爆笑していた。

 こういうふうに、説教するオジサン・オバサン芸能人と優一を組み合わせてみたらどうだろうか。若者も年寄りも、説教する側される側、それぞれに対して「そうだそうだ」と肩入れできる応酬が期待できるかもしれない。

 私は常々二世の子は、生きていくのが大変だと思っている。これまで味わってきた特権は、親の力であって、芸能界では、自分が結果を出せなければ、それを維持できないからだ。そんな中、知名度とハートの強さと底の浅さを持つ優一は「日本一、へこたれないオトコ」としてテレビ界で活躍できる気がしてならない。

YouTuber・フワちゃん、バイトの先輩に逆ギレ! 「怒られなくなった若者」は生きにくくないのか?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「今まで怒ってきた人を種類別に分析してみた」フワちゃん
『あざとくて何が悪いの?』(12月11日、テレビ朝日系)

 若い人を怒ってはいけない、ということは、現代の中年の間でコンセンサスを得ていると言えるだろう。私も中年だが、同世代の美容師さんが新人を注意したところ、その子は「お昼を買ってきます」と言ったきり、二度と戻って来なかった(そのまま辞めて、ご両親が会社に私物を取りに来た)そうだし、私の夫(会社員)も若い子をへたに注意すると、怒られるのが怖くてミスを隠すから、絶対に怒らないと決めていると言っていた。

 そういう時代なのだと思うが、その一方で、若い人はそれで生きにくくないのか疑問に思う。仕事をしていてミスをしないということはあり得ないし、また自分のミスでなくても、頭を下げなくてはいけない場面もあるだろう。そういう時はどうするのかと思っていたところ、12月11日放送の『あざとくて何が悪いの?』(テレビ朝日系)で「怒られたときの対処法」が取り上げられていた。

 この日のゲストは、2020年のテレビ界を席巻したニュースター・YouTube芸人、フワちゃん。明石家さんまや和田アキ子ら大物芸能人を呼び捨てにしても、怒られないフワちゃん。しかし、バイトでは怒られまくりで、15回クビになった経験があるそうだ。そんなフワちゃんが、人にガチで怒られたとき、そのショックを和らげるために「今まで怒ってきた人を種類別に分析してみた」そうだ。

 番組MCの弘中綾香アナは「怒る人は絶対に怒りますからね」、南海キャンディーズ・山里亮太は「聞き流し術って大事ですよ」と、怒ってくる側が理不尽かのようなニュアンスを含ませていたが、実際のフワちゃんのエピソードから考えると、私には怒られて当然のように感じられた。

◎怒ってくる先輩を「気分屋」扱いのフワちゃん

 具体例を挙げると、フワちゃんは大学時代に居酒屋でバイトしていたそうだが、男性の先輩に「NEWヘアスタイル超可愛いね」「私のオススメのヘアピン、絶対つけたら超かわいいと思うよ」とため口で外見をイジっていたとのこと。しかし先輩は髪を切っておらず、後輩にタメ口をきかれていい気分がしなかったようで、「いい加減にしろよ」「俺はいいけど、ほかの人だったら、マジギレされるよ」と怒ってきたという。フワちゃんは、この「俺はいいけど」と断る人を「タイプ1」に分類し、「『俺はいいけど』と言われても『うのみにするな、フツウにキレてるぞ』『謝ってすぐ行為をやめよう』」と、対処法を説いていた。まるで「先輩には騙されないぞ」とばかりの言い分だが、最初から先輩を怒らせるような行為を取らなければいいのではないだろうか。

 また、バイトの最中、客に出す料理を運ぶ間に、フワちゃんは何度もつまみ食いをしてしまい、その度に先輩から怒られていたそうだ。「そういえばお前さ、先月もお客さんが飲みものこぼした時さ……」と過去のことを蒸し返してグチグチ怒られることもあったといい、フワちゃんはそういった先輩を「タイプ2」に分類。対処法としては「先輩が穏やかなときに、あらかじめやらかしたことを、謝りに行くしかない」とし、先輩の機嫌が悪くないときに「あまりにもおいしそうなので、さっき1個つまんじゃいました。本当にごめんなさい」と自ら謝罪すると話していた。つまみ食いをやめようという発想にならないのが不思議である。

 このほかにもフワちゃんは、バイトの後、飲みに行く約束をするほど仲のいい先輩に、「所定の場所にハンディ(注文を受けるための携帯型端末)を置かなかったこと」を怒られたという事例を紹介。この先輩を「タイプ3」とし、「気分屋激ギレタイプ」「マジでその日にキレるポイントが違うから、怒られるか怒られないかは運」と指摘、その対処法を「先輩が見ていないときに、アッカンベーをする」としていたが、これこそ逆ギレではないだろうか。所定の場所に所定のものを置くのは決まりだし、仕事に必要なものがなければ、自分以外の誰かが困る。私には先輩は「気分屋」でなく、正当な注意をしているように思えた。

◎フワちゃんはスタッフのミスを「自分が悪い」と思えるのか?

 しかし、番組放送後、SNSで反響を調べてみると「勉強になる」という意見もちらほら見られた。怒られたときに傷つかない方法を求めている人がそれだけ多いということかもしれないが、それでは誰かに怒られたとき、それが正当な怒りなのか、もしくは相手の性格的な問題で八つ当たりされているかを見極めるため、こんな方法を試してみたらどうだろうか。

 それは「同じことを自分がやられたら、どう思うか」を想像することだ。

 フワちゃんは、『マツコ会議』(日本テレビ系)にリモート出演していたが、番組中に宅配ピザを食べていた。テレビに出ているのに、自宅のリビング気分でピザを食べるあたりが、視聴者のおかしさを誘うと計算したのだろう。番組中、ずっと食べ続けるため、念のためピザを2枚も取ったとフワちゃんは明かしていたが、もしこのピザがフワちゃんのもとに届く前に、デリバリーのスタッフにあらかた食べられていたらどう思うのか。注文した品が完璧な状態で届かないこと自体信じがたいミスだし、加えてフワちゃんが綿密に準備していたパフォーマンスができなくなってしまうが、それでイラッとしないのか。もし、デリバリーのスタッフにイラッとするのなら、居酒屋の先輩がフワちゃんを怒ったことも「当然のこと」として受け止めなくてはならないはずだ。

 また、フワちゃんといえば、テレビに出ている途中に、自撮り棒を使って自撮りをすることがよくあり、それが一種のフワちゃんらしさでもあるが、この自撮り棒をスタッフがどこかに持って行ってしまって見当たらなかったら、困らないだろうか。日頃、飲みに行くなど良好な関係を築いているスタッフに、「決まりを守ってほしい」という意味でそれを指摘したときに「気分屋」とか「毎日キレるポイントが違う」と言われて、「その通りだ、自分が悪い」と思えるのか。

 自分の機嫌が悪い時に、自分より立場の弱い人に当たり散らすタイプも実在するので、そういう人の言うことを全部真に受ける必要はない。しかし、正しい指摘をスルーするのもよろしくない。同じことを何度も注意されると、「話を聞いていない」と受け取られ、目上の人との関係性も悪くなるし、何度も怒られたら傷つくことになるからだ。

 フワちゃんを見ていると、自分が他人にするのはOKだけど、他人に同じことをされたら許さないという被害者のフリをした加害者になっていないかということを思わされる。自分は理不尽に怒られがちだと思う人は、一度考えてみてもいいかもしれない。

高畑裕太、復帰の足を引っ張るのは母・高畑淳子? 「被害者の椅子」に座ろうとする彼女に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私も親バカかもしれませんが……」高畑淳子
(「週刊女性」2020年12月22日号、主婦と生活社)

 若い方は驚かれるかもしれないが、昔のテレビというのは、結構なんでもアリだった。ファミリー向けドラマの銭湯のシーンで、女性のエキストラがバストとバストトップをもろだしにしていたし、トーク番組では司会者がタバコを吸っていた。大麻や覚せい剤で逮捕された芸能人が、少し時間をおいてテレビに戻ってくることも可能だった。

 ところが時代は変わる。テレビ局がコンプライアンスを重視し、社会的良識を重んじるようになると、上記のような光景は一掃される。テレビ局、スポンサー、視聴者に嫌われないように、芸能人のみなさんは「正しく生きること」が求められているのかもしれないが、それでは視聴者たちが嫌う「正しくない生き方」の筆頭格は、“性犯罪”ではないだろうか。

 女優・高畑淳子の息子で、俳優の高畑裕太が強姦致傷容疑で逮捕されたのは、2016年8月のこと。ドラマだけでなくバラエティー番組にも多数出演し、二世タレントとして頭ひとつ抜けていた感があった裕太だが、性犯罪を起こしたということで世間に与えた衝撃は大きかった。示談が成立し、不起訴処分となったものの、だからといって、今までどおり、テレビの世界に戻れるはずもない。

 そうはいっても、芸能界の華やかさを味わってしまった、ほかの仕事を経験したことのない人が、芸能界以外の場所で生きていくのは、実質不可能だろう。「週刊女性」20年12月22日号(主婦と生活社)によると、裕太は19年8月に下北沢の小劇場で俳優としての活動を開始している。舞台はテレビほどスポンサーの意見が強くないだろうから、再出発の場としては適当だろう。舞台から始めて、映画というように、ゆっくり実績積み上げていけばいいのではないだろうか。

 が、ちょっと足を引っ張りそうなのが、お母さんである女優・高畑淳子である。裕太が事件を起こした後、すぐに会見を開いて「芸能界に戻してはいけない」と話していたが、そもそも息子を売り込むために、バラエティー番組での共演も辞さなかった人だ。裕太が復帰し、経済的にも安定することを望んでいるだろう。その気持ちはわかるが、ちょっと「いらんこと」を言いすぎな気がしないでもない。

 「週刊女性」の記者の直撃を受けた高畑は、記者に対し、「……まず、あの事件に対して、あなたはどう考えていらっしゃいますか? 本当に息子が、あんなことをしたと思われているのですか?」とカウンターパンチを仕掛けている。

 そして高畑は「相手は被害届を出してすぐに“いくら出すんだ”と示談金を要求してくるなど、非常識なところがありました。それで警察は彼らの言い分がおかしいと判断して、不起訴処分にしたんです」と語り、ニュアンスとして“息子はやっていない、息子は悪くない”ということを匂わせている。

 最後に「私も親バカかもしれませんが……。逃げてばかりじゃいけないなと思っています。私たち家族の4年間の苦しみを考えてほしいです」と、今後は事件に対して、反論する意思があるかのようにも思えるコメントを残し、去っていったという。

 いろいろ言えないことも多いのだろうと推測できるが、記者会見では謝罪し、それが済んだら「被害者の椅子」に座ろうとすることは、得策でないように思える。それなら、示談にせず裁判で争えばよかったという声も出てくるだろうし、被害者側が高畑の言う「非常識なところがある人」の場合、“息子は悪くない”というニュアンスの発言をすると、反撃される恐れがないとはいえない。

 高畑がこういう発言をすることで、世間に「女優として高い演技力を誇りながら、プライベートでは理知的でさばけたなお母さんだと思っていたけど、バカ親だった」という印象を持たれ、自分自身の好感度を下げる可能性もあるのだ。

 もっとも高畑の「息子は無実」といった発言は、今に始まったことではなく、17年4月28日付のウェブサイト「女性自身」の記事においても、記者の質問に「彼は無実です」「あの子の人生が台無しになったんですよ!」と発言、やはり「息子はハメられた」と信じているようだ。

 それでは、裕太は実際に、事件によって「人生台無し」になったのか?

 確かに裕太のテレビ復帰は厳しくなったが、実際に同意があいまいな性交渉をしてしまったという意味では、自業自得な部分はあるだろう。一方で、お母さんである淳子の人生はというと、決まっていた舞台は降板しなかったものの、一時、テレビへの出演を控えたりしていたそうだ。淳子がテレビに出れば、性犯罪を思い浮かべる人もいるだろうから、その判断は有名人として妥当といえるだろうし、そうはいっても、実力のある女優だから、淳子にオファーが絶えることはない。こうなると、割を食っているのは、裕太のお姉さんである、女優・こと美ではないだろうか。

 「週刊女性」19年8月6日号によると、こと美は裕太と意見がぶつかりがちな淳子に代わり、裕太の復帰を支えてきたそうだ。裕太が舞台に復帰したとき、こと美は「また何かあったら私は弟と縁を切ります」と言っていたという。言葉だけで解釈するとクールなように感じるが、オトナである裕太が復帰にこぎ着ける3年余の間、ずっと面倒をみていたわけで、実際はものすごく裕太に労力を割いていると言えるのではないだろうか。

 もう一つ不思議に思うのが、淳子は裕太とバラエティー番組に出演するなど、芸能活動をプッシュしてきたのに、こと美のときにそれをしなかったのは、なぜなのかということである。こと美が自分一人の実力で仕事が取れるから心配ないと思ったのかもしれないが、お母さん、裕太をひいきしすぎではないだろうか。

 番組名は失念したが、その昔、バラエティー番組で、淳子が「私が死んだら、この子(裕太)は税金とか払えないと思う」と話していた。経済力がなくて払えないという意味か、期日までに収める事務手続きができないという意味かはわからないものの、裕太への溺愛ぶりから考えると、こういう手間もお姉さんが背負わされるのかもしれない。

 娘と息子がいると、母親が息子ばかりひいきするという話はよく聞くし、気の利く長女がつい家の尻ぬぐいをしてしまうのは、あるあるだろう。もし、高畑家もそのパターンに当てはまるとするのなら、お姉さんは長女の呪縛から逃れて、好きに生きてほしいと願わずにいられない。