四千頭身・後藤拓実、先輩から「かわいがられなくて当然」の2つの理由――問題は「金の話」だけじゃない?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「かわいがられなくて当然」 四千頭身・後藤拓実
『あちこちオードリー』(9月22日、テレビ東京) 
 
 私が海外に住んでいたときに驚いたことの一つが、中国や韓国など、日本以外のアジア人が頻繁にお金の話をすることだった。日常会話の中で本当にごく自然に「いくら稼いでいるの?」「それはいくらしたの?」と聞き出すだけでなく、彼女たちは自分の情報もオープンにする。私は「人前でお金の話をしてはいけない」と親にしつけられたタイプだが、同じような教育を受けた日本人は多いのではないだろうか。 
 
 なぜ日本では、人とお金の話をするのがいけないのか。収入に関する話は個人情報でありプライベートなことだから、口外しないという意識もあるだろうが、寄付を「浄財」と呼ぶことでもわかる通り、日本人の多くが「お金は不浄なもの」という感覚を持っているからだと思う。しかしながら、お金がないと生活していけないのもまた事実であり、投資法や金銭的格差を書いた記事はよく読まれると聞いたことがある。

 お金のことが好きだからこそ、時にお金を持っている人をねたましく感じる。しかし、それを人前で口にするのは恥ずかしい。これが日本人の平均的な感覚ではないかと推測するが、だからこそ、お金の話は難しいと感じることがある。特に目上の人の前では、その難易度が上がるのではないだろうか。

 9月22日放送の『あちこちオードリー』(テレビ東京系)で、ゲストのお笑い芸人、四千頭身・後藤拓実は「先輩芸人との精神的距離を感じて孤独」と明かしていた。先輩にかまってもらえないというわけではなく、話しかけてもらえるものの「心のどこかでは『何だコイツら』(って思われているんじゃないか)」「『シャバ僧がこの野郎』と思われていると思っちゃう」と、先輩の優しさが本物ではないと疑っている様子。番組MCのオードリー・若林正恭は「それだったら、話しかけないでしょ」と答えていて、私もその通りだと思うが、後藤がこう考えてしまうにはワケがあるようだ。

「芸能界で成功した」後藤拓実が間違えたコト

 後藤は2020年11月に行われた「ワタナベNオンラインハイスクール」の記者発表会に出席した際、「偏差値37の高校を出て、タワマンからアウディで来ました。夢をつかめばこうなります」と発言。今年7月にはニュースサイト「文春オンライン」の直撃取材を受け、舞台女優・柚木亜里紗と交際中だと明らかにしている。 
 
 かつて、ナインティナインの矢部浩之がバラエティー番組で、芸能界に入った理由を「いいクルマ乗って、いいもの食べて、いいオンナを抱く」ためだと話していたことがあるが、車の価格や恋人の職業を自分のステイタスに置き換える人は、どこにでもいる。過去の矢部発言からいうと、高級マンションで女優の彼女と半同棲し、高級車に乗っている現在の後藤は「芸能界で成功した」部類に入るだろう。 
 
 後藤はこれらの“業績”を記者の前でアピールした理由について、「若手を活気づけたかった」と明かしたが、その方針は今になって考えると「全部間違ってました」と『あちこちオードリー』で振り返る。「そりゃ、かわいがられなくて当然」「調子乗ってる(と先輩に思われる)しかなくて」と、自身の発言が先輩たちの誤解を招いたと話していた。実際、後藤がどう思われているのかわからないが、本人はこう思い込み、先輩の優しさを疑ってしまっているようだ。

ノブコブ・吉村も「高級車買った」話で失敗してた?

 お金の話で失敗した芸人は、後藤だけではない。14年放送の『ざっくりハイタッチ』(テレビ東京系)にゲスト出演した平成ノブシコブシ・吉村崇は、2000万円の高級車・BMW「i8」を注文したと告白。芸能界で売れるとこれほどの高級車が買えるという夢のある話のようだが、実際は吉本興業からの借金で購入した上に、そもそも運転免許を取ったばかりだったという。

 この頃の吉村は“破天荒”なイメージで売っていたが、同番組ではタワーマンションに住み、有名女性芸能人と付き合いたいけれど、実際は地上波に出られないタレントのタマゴの子くらいとしか付き合えないとボヤき、さえない一面も見せた。“業績”をアピールしただけの後藤とは違い、吉村は先輩に「かわいがられそう」なエピソードも付け加えたのだ。

 しかし、いつもなら後輩の話を広げる出演者の千原ジュニアや小藪千豊が、吉村の話には全然ノってあげなかったと記憶している。小藪は「半年後は仕事があるかわからないのに、そんな借金をするなんて」と浪費をたしなめ、ジュニアは「その2000万円のBMWに、まだ地上波に出たことのないグラビアの女の子を乗せるの?」と、そっけない態度を取ったように私は感じた。

 話芸ではなく、高い買い物をすることで笑いを取ろうとした吉村の姿勢が、2人には納得いかなったのかもしれないし、先輩相手にマウントを取るような態度に感じられたのかもしれない。なぜ盛り上がらなかったのか詳細は不明だが、やはり「高いものを買った」という話は、人によって受け止め方が違うので、特に先輩相手にはしないほうが無難なのだろう。 

お金の話とは別に気になる、後藤拓実の「雑さ」

 お金の話とは別に、後藤が先輩からかわいがられない理由だと思うのは、表現の雑さだ。

 『あちこちオードリー』にて、MCを務めるオードリー・春日俊彰に「先輩ともっと話したいの?」と聞かれた後藤は、「話してくれて大丈夫なんです」と答えていた。この言い方だと、先輩に対して上から物を言っているような印象を受けると思う。さらに、先輩が自分に声をかけない理由について、「(先輩が)ビビってるのかもしれないですね」と分析した。

 オードリーの2人がこの話をうまく掘り下げたので、「先輩を俯瞰で見ていると思われているから、後藤に話しかけづらいのではないか」「本当は先輩のことを全員面白いと後藤は思っている」といった補足がなされたものの、「ビビっているのかもしれない」という言葉だけを聞くと、後藤が先輩をバカにしていると思う人がいてもおかしくない。こうした雑な発言も気になった。

 自分ではそんなつもりがなくても、失礼な態度を取られたと感じたほうは、そのエピソードをそう簡単に忘れないだろう。礼儀がなってないからといって先輩から怒られる時代ではないが、怒られないからといって、それが許されているとは限らない。
 
 ダウンタウン・浜田雅功は、年上ゲストの頭を叩くこともあるが、事前に自ら挨拶に行くなど気配りを欠かさないと、『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)で出演者から明かされていた。朴訥とした語り口は後藤の魅力だろうが、お金の使い方もさることながら、見えないところで言葉を惜しまず、誤解を招かないコミュニケーションを取ることが、先輩にかわいがられる近道ではないだろうか。 

不倫を経て“キャラ変更”したベッキーは、今の時代に合っている? 「毒舌」を吐く彼女に思う、「いい子ぶりっ子」のやめ時

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<今週の芸能人>
「時代に合ってないんだ」ベッキー
『あちこちオードリー』(9月8日、テレビ東京)

 結婚してお子さんに恵まれ、テレビにも復帰。今年8月には23年間所属した事務所・サンミュージックから独立し、元マネジャーが設立した会社に移籍するなど、ここ最近、環境の変化が続くタレント・ベッキー。ようやく世間サマも忘れたころに、古い話を蒸し返して申し訳ないが、いまだに「どうしてベッキーは不倫なんてしてしまったのだろう?」と思うことがある。

 2016年にゲスの極み乙女。・川谷絵音との不倫が明るみになったベッキーだが、その前まで、彼女はいろいろなバラエティ番組で「誤解を招くといけない」という理由から、デビュー前より男性と一緒に写真に写らないようにしていると話していた。それは逆にいうと「売れたい」「芸能人で居続けたい」気持ちの表れだと思うが、そこまでリスクを排除していたベッキーが、正月に妻のいる男の実家に堂々と出向き、「週刊文春」(文藝春秋)にその様子を撮られてしまった。

 ベッキーは06年に出演した『オーラの泉』(テレビ朝日系)で、毎朝欠かさずファンやスタッフへ「感謝の祈りを捧げている」と明かしていたが、不倫なんてしたら、スタッフに迷惑がかかることは想像に難くない。なお、「文春」によると、ベッキーは川谷と知り合ったとき、彼が既婚者だとは知らなかったそうだ。

 「好きになったらどうしようもないのが恋」と言われてしまえばそれまでだが、明るくさわやかなイメージで売っていたベッキーにとって、この不倫報道は致命的で、CMはすべて降板、芸能活動を休止するまでに追い込まれる。その後、翌17年12月31日放送の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんでSP 絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時』(日本テレビ系)に出演し、「ベッキー、禊のタイキック」として、女性ボクサーから腰にキックされていた。

 おそらく、番組側は「不倫を笑いに変えよう」と思ったのだろうが、なんのお咎めもなしに活動を続けているという不公平感が川谷に対してあったので、ネット上では「なぜ女性だけが“罰”を受けなくてはならないのか」「弱い者いじめで笑いを取るな」などと番組へ批判が続出。結果的に、ベッキーの不倫はますます“笑えない話”になってしまった。

 それから1年以上が経過した19年2月23日配信のニュースサイト「デイリー新潮」の記事によると、同12日に放送された『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)にベッキーが出演した際、視聴率こそよかったものの、視聴者から「なぜ出演させるのか」といった抗議の電話が鳴りやまなかったという。「報告を受けた日テレ上層部は『まだしばらくは、ベッキーを出演させないほうがいい』と判断したようですよ」という関係者のコメントも載せていた。やはり、この不倫の代償は大きいと言わざるを得ない。

 そんなベッキーが、バラエティクィーンとして活躍していた20代を、今月8日放送の『あちこちオードリー』(テレビ東京)で振り返っていた。ベッキーは当時、「疲れた」とか「忙しい」という言葉は自分の中で禁句にしていたそうだが、実際は疲労困憊だったようで、ストレスのため「20代、ほぼ毎日泣いていた」と告白。移動中の車内で泣いたり、楽屋で1人にしてもらって泣いたりと、こっそり涙を流していたというが、「29歳の時に人前でも泣くようになっちゃって」「舞台挨拶のとき、舞台に上がった瞬間に泣きそうになっちゃった」などと、メンタルの状態は悪化したそう。本人も「ヤバい」自覚はあったようで、週に一度休みをもらい始めてから、状況が改善したと話していた。

 川谷と交際していた頃、ベッキーは31歳。同番組で彼女は「30歳手前でオンナは揺れるの」「プライベートの時間を増やしたくなったり、人によっては恋したくなったり」とも語っていた。「売れたい」という望みはかなえたものの、20代の頃から人知れずストレスを抱え込んでいたベッキーにとって、川谷との恋愛は現実逃避かつ、精神のバランスを取るためのものだったのかもしれない。

 一方でベッキーはここ数年、不倫を差し引いても、バラエティタレントとして生き残ることの難しさを感じていたようだ。『あちこちオードリー』では、「去年、バラエティもうやめようかなって、なんか思っちゃった」と明かし、その理由として「時代が変わってきている」ことを挙げた。これまでと“言っていいこと・悪いこと”の基準が違っている、ノリも変わってきているように感じており、「思っていた感じと違う空気になったり」「良い感じでバトルになるかなってところも、ならなかったり」「ツッコんだつもりだったけど、ただのうるさいおばさんに映っていた」ことから、自分は「時代に合ってないんだ」と思ってしまったという。

 そんな中、同時期にバラエティで活躍していたタレント・若槻千夏から「ベッキーさんには前のところに戻ってほしいし、戻らなくちゃいけない」と言われたことで、やる気を取り戻したとか。ベッキーのように売れている芸能人は、活動期間が長くなるからこそ、時代の変化のようなものに敏感になるのだと思うが、私は、不倫を経た今の彼女のほうが「時代に合っている」のではないかと思う。

 同番組司会のオードリー・若林正恭に「子育て大変でしょ?」と聞かれたベッキーは「芸能界はいいよ、香盤表があるんだもん」と答えた。仕事は予定通りに進むが、育児はそうはいかないという意味だろうが、昔のベッキーなら「大変だけど、生まれてきてくれたことに感謝」くらい言ったのではないだろうか。

 キャラなのか素なのか、かつてのベッキーは少し“いい子ぶりっ子”するクセがあり、そこが好感度につながっていたのだろうと推測するが、不倫がバレた以上、いい子キャラは封印せざるを得ない。しかし、これは長い目で見ると、いいことのような気がする。若い時ならともかく、オトナの女性がいつまでもいい子キャラでいることは、限界があるように思うからだ。

 不倫を経ていい子キャラをやめたベッキーは、番組内で「インスタで『今日は子どもとこんな格好してお散歩』って人は“ヘッ”ってなる」「そんなキラキラしてられねーよ」と毒を吐き、スタジオでは笑いが起きていた。「子育てにまつわる毒舌」というのは視聴者ウケするし、ちょうどいい毒といえるのではないだろうか。

 なぜかというと、子育てが大変なのは親のせいでも子どものせいでもなく、誰も悪くない「そういうもの」だからだ。ベッキーのように腕のある人なら、育児ネタ以外でも、今の時代に合った「人を傷つけない」かつ「共感を得られるトーク」を展開できるだろう。

 不倫騒動が起きたとき、業界内外からベッキーの芸能人生命を危ぶむ声が上がった。しかし、結果としてかつてほどの活動ではないものの、復帰できている。日本のスピリチュアル界のドン・江原啓之センセイは『オーラの泉』で「すべては必然」とよく言っていたが、ベッキーにとっては不倫もそのうちの一つで、良いキャラ変更のきっかけだったのかもしれない。睡眠を十分とって心身を休めながら、まだまだがんばっていただきたいものだ。

NMB48・渋谷凪咲は「バラエティークイーンになる」と思うワケ――“アイドル、毒舌、笑い”を巧みに混ぜる頭のよさ

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<今週の有名人> 
「令和の時代にウソついたら、終わりです」 NMB48・渋谷凪咲
『令和の正解リアクション』(TBS系、9月11日)

 セクハラやパワハラに対する人々の意識が高まり、「人を傷つけない笑い」がよしとされる時代、これまでのような毒舌を続けると問題が起きてしまう。しかし、先週、同コラムで触れた有吉弘行のように、常に一線を走る人というのは、毒舌の方向性や調合を変えながら進化している。そして彼だけでなく、女性芸能人の毒舌も変化していると感じることがある。

 かつての毒舌女性芸能人のメインネタといえば、“結婚”だった。例えば『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)では、「格付けしあう女たち」というコーナーの中で「結婚の対象にならない女」など、世間もしくは男性に結婚相手としてどう評価されているかにまつわるランキング企画を頻繁に行っていた。女優・杉田かおるや遠野なぎこがワーストに輝き、落胆や憤慨しながら、女子アナなど男性ウケのいい女性に毒舌を吐くというのがお決まりのパターンだった。

 「結婚の対象にならない女」とみなされるのが不名誉と考えるのは、逆にいうと、企画立案した側が「男性に結婚対象としてみられることはうれしいはず」と思っていることの表れではないだろうか。今の時代にこのような企画を行うと、「女性は男性に選ばれる性なのか」「結婚は個人の自由であり、なぜすべての女性が結婚したがっているという前提なのか」と世間に批判され、炎上する可能性がある。なので、結婚をネタに30代以上の女性がやさぐれる(フリをテレビの前でする)毒舌は、時代に合わないといえるだろう。

 オンナ芸人が毒舌役の担当になることもあった。かつての『踊る!さんま御殿』(日本テレビ系)で顕著だったが、女子アナや若いタレントは“モテるチーム”、オンナ芸人やある程度の年齢の女性は“モテないチーム”に入れられる。オンナ芸人らがモテるチームの女性に毒を吐き、司会の明石家さんまが「おまえらのひがみやないかい!」とオチをつけるのが定番。しかし、今や恋愛に興味がないとはっきり言う人が増えているから、モテることがそれほど視聴者の心に響くとは思えないし、容姿や年齢でチームを分けること自体、問題になり得るだろう。

 しかし、これまた先週も書いたのだが、テレビ番組に毒舌が全くなかったら、それはそれで盛り上がりに欠けると思う。こんな時代、オンナの毒舌は誰がどんなふうにすればいいのか。そう考えながらテレビを見ていたところ、すごくうまい人を見つけた。NMB48の渋谷凪咲だ。

 いかにもアイドルというルックスや、ゆっくりした口調だから、見た目や立ち位置で判断するのなら、誰も渋谷が毒を吐くなんて思わないだろう。しかし、実はゆっくりした口調の中にうまいこと毒を含ませていることがわかる。大声を張り上げて毒を吐くのではなく、よく聞いてみるとひどいことを言っているので、それがこちらを笑わせるのだ。

 9月11日放送の『令和の正解リアクション』(TBS系)に出演した渋谷の発言を振り返ってみよう。この番組は、ピンチの時に「令和らしい一言」で切り抜けようというもので、ゲストの解答を令和世代の一般人に評価してもらい、ランキングをつける。

 例えば、恋人に「前に行ったあそこの水族館、めちゃくちゃすごかったよね」と話したら、実は前の恋人と出かけた場所で「そんなところ、行ったことがない」と言われてしまった場合、どう答えるかという問題。渋谷はこれに「ごめん、間違えちゃった。怒ってる? 怒ってるよな? めっちゃうれしい。だって嫉妬してくれるってことやろ? ありがとう。めっちゃ好きやで」と、アイドル的というか、ぶりっこ的な返しをして、1位を獲得する。

 1位を取ったら、おとなしくいい子にしているのがフツウのアイドルだが、渋谷は違ったう。同番組には、ジャニーズのA.B.C-Z・河合郁人が出演していて、彼は同じ上述した質問問題に「ごめん、現実より、夢の中で君とデートしすぎちゃった」と答えた。これに対し、渋谷は「私はウソつきたくなかった」「変に『夢の中で』とごまかしたりとか」と、河合に向かって毒を吐く。

 かつてオンナの毒舌は、オンナ同士で争い、オトコにはその矛先を向けないというのが定番のスタイルだったように思うが、渋谷はそのルールを超えていく。口調が柔らかなので角も立たない。「令和の時代にウソついたら、終わりです」という一言は至言で、彼女の頭のよさがよく出ていると思う。

 しかも、渋谷は笑いもイケる。「仕事中に恋人に『愛してるよ』とメッセージを送ったつもりが、実は先輩に送ってしまった」時の咄嗟の一言として、渋谷は先輩に「彼に送るメールなんですけど、誤字がないかチェックお願いします」と真顔で言うそうだ。これに河合は「おもしろい!」と反応し、MCのロンドンブーツ1号2号・田村淳も「真顔で!?」「すごいのよ、渋谷やっぱメンタルが強い」と笑っていた。 
 
 「有吉は正論もしくは毒舌1、譲歩2でパワハラにならないような芸を完成させている」と先週書いたが、渋谷もブレンドがうまい。アイドルらしい発言、毒舌、そして笑いが1対1対1。アイドルとしての本分を守りながら、ほかのエッセンスも巧みに混ぜていく。なので、毒舌だけが際立たないのだろう。 
 
 渋谷は8月31日放送の『ロンドンハーツ』の企画「格付けしあう女たち」に出演し、一般女性200人が選ぶ「友達になりたくない女」のランキングを予想していたが、先輩にあたる元AKB48・峯岸みなみを「インスタで一般人の悩み相談に乗ってあげている」と丁寧な対応を褒めた後で、「たまに後ろで坊主の影がちらつくっていうか……」と“黒歴史”をいじってみせた。文字で見ると先輩に対する敬意を欠いているように感じるかもしれないが、番組を見てみれば、特に攻撃的でないことに気づくはずだ。 
 
 言うことは言うが、必要以上にキツい感じにならずに収めるのが、これからの時代の毒舌なのかもしれない。アイドルというポジションにありながら、毒舌もイケる渋谷は、テレビマンに重宝されるのではないだろうか。彼女が次世代のバラエティークイーンになる日は近いと思う。

フワちゃんのタメ口に「NO」を突きつけた有吉弘行はすごい? “毒舌”でも人を傷つけず、批判されないやり方

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<今週の有名人> 
「毎日遅刻してるじゃないか」有吉弘行
『有吉の夏休み2021 密着77時間』(フジテレビ系、9月4日)

 「若者がテレビを見ない」という話を聞いたことがある人は、結構多いのではないだろうか。

 今年5月20日、NHK放送文化研究所が発表した「国民生活時間調査」によると、テレビを15分以上視聴した場合を「見た」としてカウントすると、平日1日の間にテレビを見た人は10〜15歳で56%、16〜19歳は47%、20代は51%だとされている。これは逆に考えると、若者の半数近くがテレビを見てないともいえるわけだが、ある若者はテレビを見ない理由を「同じような番組ばっかりで、面白くない」と言っていた。

 視聴率を取れる番組は長く続く。しかし、そうなると、どうしてもテレビはマンネリ化してしまう。若者の指摘はもっともだが、同じ番組を長年見ている立場で言わせてもらうと、番組は一緒でも、出演者は時代の流れに沿って少しずつ芸風を変えてきているように思う。そこまで注目して見ると、面白さを感じるのではないだろうか。

 2017年に米国の映画プロデューサーによるセクシャルハラスメントが明るみになり、世界的にセクハラや性暴力を許さないという機運が高まったことで、SNSを中心に「#MeToo運動」が起きた。日本でも、19年に相席スタート・山崎ケイ原作『ちょうどいいブスのススメ』(主婦の友社)が原作と同名でドラマ化されることになったが、ネット上での批判を受けて、放送前にドラマは『人生が楽しくなる幸せの法則』(日本テレビ系)と改題されている。女性の容姿などを一方的に評価することがセクハラに当たると感じる人が多かったということだろう。

 また、同年の『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)では、ぺこぱが「誰も傷つけない漫才」を披露して3位に入賞、その後ブレークを果たした。男性女性を問わず、世間が「人を傷つけない」方向を求めるように変わっているのだとしたら、難しくなってくるのは、今までテレビが持て囃してきた“毒舌”というポジションの芸能人ではないだろうか。口が悪いように見せかけて、よく聞いてみると的を射たことを言っているところが彼らの芸のキモだと思うが、こういう芸風は今の時代だと、ハラスメントと誤解される可能性は否めない。かといって、テレビの出演者が全員、誰も傷つけない“いい人”だと、それはそれで盛り上がりに欠ける。 
 
 毒舌芸能人もさぞやりにくかろうと思うが、やっぱりテレビに出続ける人は違う。9月4日放送の『有吉の夏休み2021 密着77時間』(フジテレビ系)を見て、やり方次第では毒舌でも「人を傷つけない」ことは可能なのだと感じた。

 同番組は、有吉弘行ら多数の芸能人が一緒に旅行をし、観光地を満喫するというもので、今回はお笑いタレント・フワちゃんが初出演を果たした。フワちゃんといえば、大物芸能人に対しても“タメ口”なことで話題を呼んだ人物。こういう人はテレビカメラが回っていないところでは気を使っていて、だからこそ非礼が相殺されるのかもしれないと思っていたが、20年11月6日配信のニュースサイト「週刊女性PRIME」がフワちゃんの遅刻癖について報じた。こうなると、礼儀を重んじないのはキャラではなく、素だと思われる。社会人で遅刻が歓迎されることはあまりないだろうから、本当に遅刻魔だとしたら、フワちゃんのイメージダウンにつながるだろう。 
 
 この報道後、同月15日放送の『サンデージャポン』(TBS系)に出演したフワちゃんは「私は1回も遅刻をしたことがない」と発言するが、話をよく聞いてみると「打ち合わせには遅れているが、本番には遅刻していない」ことがわかる。「番組に穴をあけているわけではないからよい」と言われたらそうなのかもしれないが、これは逆に考えると、「遅刻を反省していないこと、打ち合わせやそれを行うスタッフを軽んじていること」と同じではないか。しかし、ここで年長者が「遅刻はいけない」とテレビで公開説教すると、SNSで“老害”とか“パワハラ”と批判されかねない。芸能人は人気商売だから、自分が損をするようなことをわざわざしないだろう。実際、出演者から「(遅刻)してるんかい!」というツッコミは飛んでいたものの、注意するような人はいなかった。 
 
 しかし、有吉はこういう“ルール違反”を見逃さない。夏休み2日目、フワちゃんが集合時刻に遅れる。出演者の一人、みちょぱ(池田美優)によると、フワちゃんはこの前日も飛行機の時間ギリギリにやってきたそうだ。みちょぱは「有吉さんは早いから、10分前に降りてきて」とアドバイスしたそうだが、それを知っていても守れなかったということだろう。このとき有吉は「なんでいつも俺より後なんだよ」「遅刻するな」「毎日遅刻しているじゃないか」と言って、フワちゃんの頭を叩いている。 
 
 私も時間厳守を刷り込まれた世代なので、有吉の言うことは正論だと思うが、人によっては「カメラの回っていないところで注意してあげるべきだ」「叩くなんてハラスメントだ」と感じるだろう。有吉はそういう人に対しても有効な“策”を持っている。「それ(集合時間)だけ守れって言ってんだよ」と告げたあとに「あとは自由にやってもいいし、敬語使わなくてもいいし」と付け足したのだ。正論もしくは毒舌1のあとに、譲歩が2。

 これで有吉と同じく「遅刻は悪いことだ」と思っている人は「よく言ってくれた」と評価するだろうし、正当な注意であってもパワハラだと感じやすい人も、譲歩が2あることで、注意された感を薄めて「許された」「有吉は優しい」と納得できるのではないか。 
 

 
 とはいえ、「敬語使わなくてもいい」と言っているが、その前日の夏休み1日目、フワちゃんが「有吉、おしりプリプリになっている」と呼び捨てした際、「フワ、有吉『さん』な」とはっきり注意していた。翌日に遅刻したときは「敬語を使わなくてもいい」と言った有吉も、本音の部分では「礼儀を大切にすべき」と考えている証しだと私は感じたが、それはさておき、番組開始早々のこの忠告はすごいと思った。 
 
 誰にでもタメ口を使うフワちゃんの芸風に「NO」をつきつける芸能人はほとんどいない。前述したように、正面切って「さん付け」を要求すると、「タメ口くらいで目くじら立てるのは、器が小さい」「偉ぶっている、パワハラだ」と批判する視聴者が出て自分が損するかもしれないし、それを芸能人たちは一番知っているからだろう。

 しかし、自分にとって嫌なことは最初に言って釘を刺したほうがストレスは溜まらないし、フワちゃんとてバカではないから(番組の最初では「有吉さん」と呼んでいた)、先輩が本気で嫌がっているとわかれば、おとなしくやめるはずだ。 
 
 注意とハラスメントの違いを明確に言語化しにくい現在において、カメラが回っているところで後輩に何かを指摘することは、リスクのある行為といえるだろう。しかし、有吉はそれをいとわず、かつ毒舌の後にその倍フォローすることで、攻撃性をなきものにした。一言で毒舌といっても、10年前と今ではウケる毒舌が違う。そのあたりの微調整が抜群にうまいからこそ、芸能界で活躍できるのだろう。

 テレビはマンネリ化して「同じような番組」ばかりかもしれないが、有吉のように“変化する出演者”に注目して見ると、こんな発見があって面白い。そして毒舌でありながら、いやな余韻を残さない有吉には、おみそれしましたと言うしかない。

NHK・桑子真帆アナ、スピード離婚&“不倫デート”報道からの結婚発表――「ほんわかした性格」というイメージに“ズレ”が生じた瞬間

 9月1日、俳優・小澤征悦とNHKの桑子真帆アナウンサーが結婚を発表。翌2日には小澤が情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)に生出演し、「これから2人で頑張っていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」などと報告した。

 ネット上には祝福の声も多いが、「悪い意味でお似合いって感じ」「いつまで続くか気になる」「なんともクセの強そうな夫婦」といった批判的な声も。というのもこの2人、これまで異性関係でのスキャンダルが絶えなかった者同士なのだ。

 小澤は2009年5月に「女性セブン」(小学館)で女優・杏との熱愛が報じられるも、同年12月に「フライデー」(講談社)がフリーアナウンサー・滝川クリステルとの“8時間デート”をスクープ。その後、あらゆるメディアで「小澤と杏の交際再開」「滝川が小澤を奪還」といった報道が飛び交ったものの、杏は15年に俳優・東出昌大と結婚(現在は離婚)、滝川は19年に小泉進次郎環境大臣と結婚し、結果的に小澤とは破局した。

 一方の桑子アナは、17年5月にフジテレビアナウンサー・谷岡慎一と結婚し、翌18年6月にスピード離婚。さらに、今年1月発売の「フラッシュ」(光文社)では、桑子アナと大学時代から9年にわたり肉体関係を持っていたという30代男性・Aさんが、彼女の素性を暴露している。

 Aさんによると、桑子アナは複数の男性と関係を持ち、「交際相手がいる男性と遊ぶことを“不倫デート”」と呼んでいたそう。ネット上には「昔の話だし、問題にするほどじゃない」などと桑子アナをフォローする声もあったが、「清楚なフリして本性はすごい」「NHKのアナウンサーなのに、これはない」などと、衝撃を受ける人も多かった。

 「NHKの女性アナウンサー」ということで「清楚」な印象につながり、こうしたバッシングを受けたのだろう。しかし、ライターの仁科友里氏は、かつて連載「女のための有名人深読み週報」の中で、「性格もほんわかしていて、家庭を大事にしそう」という桑子アナの世間的なイメージに、異を唱えていた。結婚報道が出たいま、あらためて同記事を掲載する。
(編集部)

(初出:2018年6月14日)

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「桑子さんはキャスターには珍しく、番組の打ち上げや反省会にマメに顔を出してくれるんです」
(「デイリー新潮社」6月18日)

 昨年30歳でバースデー婚を果たしたNHKの桑子真帆アナが、1年たらずで離婚した。人気アナの宿命として、週刊誌は離婚の原因を書き立てる。オジサン系タブロイド紙「日刊ゲンダイ」は、桑子アナは実は男勝りで勝気な性格だから結婚に向かない、遠くから眺めている方がいいと上から目線な分析をしていたが、フツウのオジサンと桑子アナがお近づきになることはないので、安心していただきたい。

 男性視聴者を中心に、桑子アナの離婚が不思議がられているのは、「見た目と同じように、性格もほんわかしていて、家庭を大事にしそう。とても離婚するはずがない」と思われていたからかもしれない。しかし私は、彼女の性格がほんわかしているとは思えない。前から、テレビに出ている桑子アナに、自分にうっとりしているというか、“私は私が大好きです”オーラをひしひし感じていたのだ。“仕事が好き”ともまたちょっと違うオーラで、言葉では説明しづらいが、それは人気者の証しであり、大物になることを予想させるものだった。

 しかし、ちょっとズレてきたなと思ったのは、今年2月の平昌オリンピックである。桑子アナは同大会のキャスターを務めていたものの、開会式以来、なぜか番組に出ることがなかったため、ネットで桑子アナの不在が騒がれたが、それに答えるように、俳優の和田正人が「ここにいますよ」と桑子アナの画像を添えてツイート。ファンは安心しただろうが、私には脇が甘いというか、自意識が“いま風”なんだなと思えて仕方がなかった。

 桑子アナが芸能人と親しいのは、個人の問題なので外野が口を挟む余地はないものの、桑子アナが中立を旨とする公共放送を提供する会社の社員であることを考えた場合、適切な行為とは言えないのではないだろうか。繰り返していうが、芸能人と親しくするなということではなくて、芸能人と親しいことを全世界に知らしめる必要があるのか、ということだ。

 しかし、そんな“騒がれたい”“かまわれたい”という願望が見え隠れする、桑子アナのおとなしくしていられない自意識は、最近のNHKを考えた場合、プラスに働きそうである。なぜなら、NHKきっての人気者、有働由美子アナが退社し、彼女に変わる看板が必要だからだ。

 人気を得るために、めぐり合わせやタイミングをつかむことは、非常に重要なことである。千載一遇ともいえるこのチャンスが回ってくるのは、持っている人の証拠。そう考えると、今回の離婚に関しても、“仕事に没頭していたら、家庭どころではなくなったのではないか”“それもおかしくはない”と思えてくるのだ。

 離婚よりも、私が不思議だと思うのは、女子アナの人となりを語るときに、持ち上げるときもけなすときも、“飲み会”をその根拠とする週刊誌の記事である。6月18日、新潮社のウェブサイト「デイリー新潮」が、桑子アナについて「桑子さんはキャスターにしては珍しく、番組の反省会や打ち上げにマメに顔を出してくれるんです」と報じ、ナンパしてきた男性に持ち帰られそうになったが、未遂に終わったと、やんわり“貞操観念がゆるいのではないか”ということをほのめかした。また「週刊女性」(主婦と生活社)は、「桑子アナ、子作りよりも朝まで飲み会で、夫の合コン率UP!?」といった具合に、「飲み会の参加率」に着眼し、それを離婚原因だとしている。飲み会をその人の判断材料にしたり、離婚の遠因であるかのように報じたり、飲み会が重要視されすぎているように感じるのだ。

 しかし、これは桑子アナに限った話ではなく、オリコン主催の「好きな女性アナウンサーランキング」で5年連続首位となり、殿堂入りを果たした日本テレビ・水卜麻美アナも「飲み会に来て、よく食べている」といった記事を目にする。また有働アナは、自ら『ウドウロク』(新潮社)で、仕事の飲み会は断ったことがないと明かしている。これらの例から考えると、やはり“飲み会に来てくれる女子アナはいい人”といった具合に、飲み会の参加率が人格の評価につながっているような印象を受けるのだ。

 私が会社員だった頃、オフィスでちまちま仕事をするよりも、飲み会に行ってオジサンに顔と恩を売って、“お気に入り”になった方がトクだと先輩に言われたことがある。「誰にでもできる仕事なら、自分のお気に入りを引き上げたい」というオジサンの気持ちを見越しての判断だが、女子アナという高度な専門職につく女性でも、オジサンと飲むことは、いまだに意味を持つのだろうか。だとしたら、世の中の変わらなさに驚くばかりである。

 この離婚により、桑子アナバッシングが巻き起こり、離婚がマイナスに捉えられる向きもある。しかし、別にマイナスではないのではないか。かつて有働アナが独身ウリをしていたように、桑子アナもバツイチをキャラとして使えばいいのだ。というか、仕事が落ち着くまで再婚しない方が、本人にとってもファンのためにもいいのではないか。近いうちに熱愛報道が出そうな気もするが、ほどほどに頑張っていただきたいものである。

小倉優子、「旦那さんとデートしなきゃ」発言に思う“反省”と“努力”の限界――「頑張ってもうまくいかない」こともある

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人> 
「子ども預けてデートとかしなきゃ」小倉優子 
『今田耕司のネタバレMTG』(読売テレビ、8月21日) 
 
 芸能人が破局や離婚をすると、世間では“原因”が取り沙汰される。そうなると芸能人側は、何らかの原因を提示しないと「本当は浮気していたのでは?」といったマイナスイメージの臆測を呼びかねないので、イメージの低下を恐れる場合は、とりあえずオチをつけようとする人もいるだろう。 
 
 「うまくいかなかった原因」を明かすことはビジネス上の判断としては理解できるが、個人的には「なぜうまくいかなくなったのか?」と内省的になることに意味はあるのか疑問に思う。 
 
 世の中に完璧な人間がいないのだとしたら、破局や離婚の際、“落ち度”は男女問わずどちらにもある。ということは、うまくいかない理由を考え出せば無数に見つかってしまうだろうし、その分析が正しいのかジャッジできる人もいないだろう。なので、「うまくいかなかった理由」を探すことは、単なる「自責」や「他責」に終わるのではないだろうか。“ゆうこりん”ことタレント・小倉優子を見て、そんなことを思った。 
 
 ゆうこりんといえば、初婚時の夫の不倫が「週刊文春」(文藝春秋)に報じられて、2017年に離婚。その時ゆうこりんが妊娠中だったこと、不倫相手が彼女の事務所の後輩(当時)だったこともあって、世論はおおむねゆうこりんに同情的だったように思う。彼女のようなママタレにとって、離婚はビジネス上のダメージに当たると思われるが、2人の幼い子を抱えて仕事をしながら、家事育児に手を抜かないシングルマザーぶりが評価されたのだろう。同年にオリコン社が主催・発表した「第2回 好きなママタレント」で1位を獲得している。 
 
 そのゆうこりん、18年に歯科医師と子連れ再婚を果たし、妊娠する。めでたしめでたし、かと思いきや、20年、再婚2年目にして離婚危機だと報じられる。同年3月11日付の「サンケイスポーツ」によると、夫は結婚1周年を前に、身重の妻を置いて家を出て行ってしまったそうだ。夫の弁護士を通じて、2人の息子との養子縁組解消と、離婚を求められたという。 

  ゆうこりんは夫との復縁を望んでいるが、いまだに動きはなさそうだ。8月21日放送の『今田耕司のネタバレMTG』(読売テレビ)に出演した彼女は、「私の悪いところはあれ(改善)するし、落としどころが見つかればいいなと思ってます」と、離婚の意志はないことを主張した。

 さらに「急に2人のパパにもなってくれたじゃないですか。芸能人の旦那さんにもなってくれた。それってすごいプレッシャーがあると思うんですよ。で、今度子どももできる。いろんなものが大きくなるじゃないですか。そのときに私がもっとサポートというか、できてればよかったのに、『私もつらい』みたいな。だから『私が、私が』って思っちゃったし、そういうのが原因だなと思って」「子どもたちが小さいからといって、全然旦那さんとデートも行かずに……。そうなんです、デートも全然行ってなかった。子ども預けてデートとかしなきゃ。旦那さんにとっては、新婚なわけじゃないですか」と、長々と“反省の弁”を述べた。 
 
 「どちらが悪い」と白黒つけたがる外野には、「どんな理由があろうと、身重の妻を置いて家を出て行く夫はひどい」と言う人もいるだろうし、ゆうこりんの言い分通り「夫への気遣いを忘れたゆうこりんが悪い」と言う人もいるだろう。しかし、私に言わせるのなら、「うまくいかなかった理由」を探っても、ゆうこりんはすでに「自責」で終わっているので、意味を持たないのではないか。それにこの2人の場合、どちらが悪いというより、すごく「人生の相性が悪い」気がするのだ。 
 
 恋愛結婚を「好きな人と結婚する」というイメージで捉えている人は多いだろうが、「好き」という気持ちは「嫌い」に転じることもある。そういう意味で「好き」という感情は、結婚生活においてはリスクでもあるだろう。「嫌い」になったから別れるという選択もありだが、もしもある程度の期間、安定した関係を育みたいと思うのなら、好き嫌いを超えてお互いに「結婚してよかった」と思えるものを共有する必要があるのではないか。私はそれが「人生の相性」だと思う。

 そう考えると「人生の相性がいい」というのは、「自分のためにしたことが、結果的に相手のためになること」だろう。「旦那さんとデート」のようなタスクを増やすのではなく、お互いがフツウに生活することで、自然と相手のためになっていればベストなわけだ。そのためには、お互いの人生にとってメリットのある相手を伴侶とするのがよいのではないか。

 歯科医夫はゆうこりんを愛しており、だから交際期間が短くても、なさぬ仲の子どもがいても結婚を決意したのだろう。しかし、いきなりなさぬ仲の子どもの父親になるというのは、そう簡単なことではない。とはいえ、ゆうこりんとて、仕事もして2人の小さいお子さんの育児もして妊娠までしていたら、いつまでも夫の前でかわいい顔ばかりしていられないのではないか。 
 
 「子ども預けてデートとかしなきゃ」発言は、ゆうこりんが自分を責めている、もしくは自分にタスクを強いているかのようにとれるが、仕事と育児とデートをしたら、忙しさのあまり心身ともに追い詰められることは目に見えているし、これでは「旦那さんとデート」したことによって、ゆうこりんに不利益が生じることになってしまう。お互い頑張っているのになぜかうまくいかない、まさに「人生の相性が悪い」状態だと思う。 
 
 ゆうこりんは「親の受験」とも言われる小学校受験で、お子さんを有名小学校に「合格させた」母としても知られている。おそらく合格を勝ち取るために「あそこが悪かった、ここが悪かった」と反省し、二の轍を踏まないように努力したのだろう。しかし結婚においては、悪かったことを反省するよりも、最初から「頑張らないでも、お互いに一定量のいいことがある人」を探したほうが、自分も相手もラクだし、結果として長続きするのではないだろうか。
 
 努力して何かを手に入れてきた女性に「努力をするな」と言うのは、一番難しいことだと思う。しかし、あえて「頑張らないように頑張って」とエールを送る次第だ。 

華原朋美は「幸せそうなメンヘラ」? 精神的に不安定でも、「ギリギリの線はちゃんと守る」強さとスゴさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人> 
「これからはいい記事を書いていただけるように……」華原朋美
YouTubeチャンネル「華原朋美」結婚会見生配信、8月17日 
 
 どういうわけか精神的に不安定な人というのはいて、そんな人はネットの世界で「メンヘラ」と呼ばれている。仕事や家庭の問題を気に病む場合もあるだろうが、メンヘラの“本領”がいかんなく発揮されるのは恋愛だろう。 
 
 付き合い始めた当初は「人生最高のパートナー」「運命の出会い」とのろけているが、その関係は長く続かず、相手にしつこくつきまとって嫌われるが、そんなことはお構いなしに、ストーカーのように待ち伏せしたりもする。しかし、それも忘れてまたすぐ別の人に恋をして、また揉めて……の繰り返し。私の友人にそういうタイプのメンヘラがいて、オトコを待ち伏せして車で軽くひかれたり、ミートソースを投げつけられたりしていた。

 そんな友人をなんとか助けたいと思って、「オトコに依存してはいけない」とか「メンヘラを治そう」と提案したこともある。なぜそんなことを言ったのかというと、私の根底に「メンヘラはよくない」という考えがあったからだ。 
 
 しかし、今はそうは思わない。周囲を見回して考えてみると、いつもメンタルの調子が絶好調という人のほうが少数派だろうし、メンヘラのようにわかりやすい行動に出なくても、恋愛やその他のことでメンタルを削られてバランスを崩している「隠れメンヘラ」はいくらでもいる。となると、問題はメンヘラかどうかではなく、「いいメンヘラ」「悪いメンヘラ」のどちらに属するかではないだろうか。「いいメンヘラ」なら、それはある種の才能だから、伸ばしたほうがいいというのが私の考えだ。 

 私の考える「いいメンヘラ」の条件は、体力があること、仕事を続けられる(辞めない)ことの2つである。たとえば、私の友人はオトコと揉めると「眠れない」「食べられない」と騒いでいて、実際に激やせしたりもしていたが、会社に行けないわけではない。

 これで本当に倒れてしまったり、仕事ができなくなって辞めざるを得ないなら、周囲は直ちに介入する必要があると思う。これが私の考える悪いメンヘラだ。しかし、仕事をこなして体調を崩さずにやっているのなら、それは一種の“趣味”ととらえていいのではないか。 
 
 「穏やかな恋愛をしたい」というのが口癖の彼女だったが、その一方で「平凡はつまらない。オトコと揉めている時に生きていると感じる」と漏らしたことがある。ということは、彼女はオトコと揉めたくて揉めているわけだから、「かわいそうな人」ではなく、案外幸福なのではないかと思うのだ(もちろん、相手には同情する)。 
 
 芸能人にも、友人と似た「幸せそうなメンヘラ」がいる。歌手の華原朋美だ。天才プロデューサー・小室哲哉に見いだされたシンデレラガールにして、90年代を代表するトップアーティストだが、人気絶頂時から精神的に不安定なイメージもあったと記憶している。

 小室との交際が順調な時も歌番組で奇声を発したり、質問に答えずにずっと笑っているなど、カメラの前で“奇行”を繰り広げたこともあったが、時代の寵児に愛されていることもあって、それすらも「かわいい」と言われていた。しかし、小室と破局したことで、彼女はながーい暗黒時代を経験することになる。 
 

 若い女性が恋人に突然別れを告げられたら、メンタルの調子を崩してもおかしくないが、華原の場合、小室と別れることで仕事や収入、アーティストとしてのポジションを一気に失ってしまう。薬物の大量摂取や精神科病棟への入院などが報じられたこともあったが、彼女を待ってくれるファンもいて、時間はかかったが芸能界にも復帰した。これこそが彼女の強さ、スゴさだろう。 
 
 結婚をせずに40代後半で出産したことが話題になったが、産後の肥立ちが悪いという話も、初めての子育てに煮詰まって、子どもを虐待してしまったという話も聞かない。不安定であることは間違いないが、ギリギリの線はちゃんと守って芸能活動を続けている。これは彼女が「いいメンヘラ」だからではないだろうか。 
 
 その華原が、先日結婚を発表した。相手は所属事務所の社長だという。精神的に不安定になりがちな人なので、常に彼女のそばに誰かいてくれることは、華原はもちろん、小さなお子さんにとってもいいことだろう。結婚がいつまで続くかはわからないが、それは誰でも同じだから、その時はその時だ。 
 
 そう思いながら、華原の結婚会見を見終わってあることに気づいた。会見での服装が、引退した歌手・安室奈美恵さんがTRFのSAMと結婚した際に着ていたものとよく似ているのだ。 
 

 これは単なる偶然かもしれないが、もし意図的に安室さんと同じ衣装をチョイスしたのなら、その理由は何なのか。

 安室さんと華原は、かつて小室がプロデュースする“小室ファミリー”の一員だった。しかし、2017年6月にバラエティ番組『じっくり聞いタロウ〜スター近況(秘)報告』(テレビ東京系)で華原は、「誰が“ファミリー”って言ったんだろうと思って。誰一人、ファミリーなんて思ってないです」と話していた。「やっぱり、1位取りたいって気持ちがすごい」「TKのプロデュースだと、みんなそう思ってるんで。だから、みんな敵なんです」とも語っていて、ファミリーよりも“ライバル”のような関係性だと言いたいようだった。 
 
 華原本人は結婚会見で「これからはいい記事を書いていただけるように」と話しているが、仮に安室さんの真似をしていたとして、結婚会見というおめでたい場で、彼女に固執しているかのような行動を取ったら、「粘着行動が怖い」などと言われかねないだろう。

 夫は誤解を招くような行動をどうして放っておくのか、それとも注目を集めるための作戦なのか、はたまた全く気づいていないのか。私の友人が「穏やかな恋がしたい」と言いつつ、「オトコと揉めていると生きていると感じる」と話していたように、華原自身にも穏便にコトが進むことに対する抵抗があって、問題を起こしてしまうのか……。 
 
 このように、気づいたら、華原について考えさせられてしまう。この人はやっぱり「いいメンヘラ」で、生き様で大衆を魅了するザ・芸能人といえるのではないか。結婚しても離婚しても、彼女は芸能界で生き続けられる気がしてならない。

『ゴゴスマ』を成功に導いた石井亮次アナ、「天狗になっていない」アピールの危険度とは? 視聴者の共感を得る“今どきの謙遜”

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人> 
「喫茶店のお姉ちゃん」石井亮次アナウンサー
『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系、8月11日) 
 
 研ナオコの公式YouTubeチャンネルに投稿されている、メイク動画をご存じだろうか。すっぴんの状態から研が愛用しているコスメを使って、テレビでおなじみのあの顔に仕上げるまでを映したものが特に人気で、再生回数480万回を超えている動画もある。人気動画だけに視聴者からのコメントも多く、その中に、研の使用しているコスメがすべて高級品ではないことについて触れたものがあり、「人気芸能人が庶民的なコスメを使っていて、ますます好きになった」「ドラッグストアで買える化粧品を使っていて親近感」といった趣旨のものがいくつかあった。 
 
 人気芸能人が使っているから、その商品を私も使いたいと憧れるのではなく、自分と同じようなものを使っている芸能人に好感を抱く。ある意味、視聴者が「自分中心」になっているといえ、大御所芸能人の研ですら「視聴者に『私と一緒』と思ってもらえないと生き残れない」時代なのだろう。 
 
 こうした時代の流れをいち早く察知したのは、アナウンサーではないだろうか。元NHK・有働由美子アナは、90年代に女子アナで初めて“自虐”をした人だと私は認識しているが、モテるであろう女子アナが「モテない」と言うことは、当時、かなり画期的なことだったと記憶している。私のように骨の髄までひねくれている人間は「そんなわけねーだろ」と鼻白むが、世の善良な人々は「女子アナなのに気さく」だと、彼女の自虐を歓迎したようだ。

 ちなみにモテないはずの有働アナ、巻髪のカツラとサングラスで変装して、ある野球選手の家に通う姿を写真週刊誌に撮られているほか、デートやお泊まり報道が出たこともある。やはり、おモテになっていたのだろう。 
 
 この「恵まれているように思われると損」という考えから出る自虐は、徐々に男性アナウンサーにも浸透したように感じている。たとえば、日本テレビの桝太一アナウンサーは東大出身で見た目も良く、オリコン調査の「好きな男性アナウンサー」ランキングで5年連続1位に輝いて殿堂入りを果たすなど、“ザ・人気アナウンサー”だといえる。そんな彼のすごいところは、人気が出だしてからも、“非リア充アピール”を欠かさなかったことだと私は思っている。 

 2015年10月21日放送の『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)に出演した桝アナは、中高時代、彼女はおろか女友達もいなかったこと、大学時代は「シャツはイン、ポシェットつけちゃって」というファッションセンスだったことを、自虐的に明かしている。また、モデルや芸能人と結婚する男性アナウンサーもいるなか、桝アナの妻は一般人で恐妻家のため、しょっちゅう怒られているとも話していた。これらのエピソードはスタジオ内でウケていたと記憶するが、なぜウケたのかというと、「見た目と経歴がよい桝アナにもダメなところがある」という親近感を得て、経歴も見た目も恵まれているが「笑ってもいい存在」と思われたからだろう。 
 
 日本テレビには、桝アナの1年先輩に上重聡アナウンサーがいるが、この人は桝アナと反対の“リア充アピール”をしてきたと言ってさしつかえないだろう。PL学園高校出身で、甲子園では“平成の怪物”と言われた松坂大輔と対戦、立教大学時代は東大相手に完全試合を達成している。『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に出演した際、プライベートでは「とんねるず・木梨憲武、俳優・佐藤浩一、中井貴一ら有名人とゴルフに行く」「女性にモテるため、ワイシャツ姿で料理をする」と語るなど、キラキラ志向であることを隠さなかった。 
 
 しかし、15年4月に「週刊文春」(文藝春秋)が、スポンサー企業の元会長から2000万円のベントレーを借りて、局で禁じられている車通勤をしたり、同氏から1億7000万円を無利子で借りてタワーマンションの最上階を購入したことを報じると、当時、サブ司会を務めていた『スッキリ!!』(日本テレビ系)内で謝罪し、16年3月に番組を降板している。報道から1年後の降板なので、騒動と直接的には関係ないかもしれないが、局側が禁止している行為の制裁と考えるのが自然だろう。もしくは、「タニマチに貢いでもらってウハウハ」という芸能人ぶった行動は、「私と一緒」であることを重んじる今の視聴者に受け入れられない、と上層部が判断した可能性もないとは言い切れないと思う。
 
 それでは、桝アナのように“非リア充”を装えばいいのかというと、それもまた違うと思う。いいバランスを保たないと、違うリスクを背負うことになるのではないだろうか。

 8月11日放送の『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)に出演した石井亮次アナウンサーがいい例だ。彼は元CBCのアナウンサーで、『ゴゴスマ~GOGO!Smile!~』(TBS系)の司会者である。同番組は13年の開始時こそローカル放送だったが、今や高視聴率番組となり、全国進出を果たした。番組を成功させたからか、20年にフリーに転身している。 
 
 そんな石井アナは、今年7月4日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)に出演した際、人気者になり天狗になったと思われないように、低姿勢を心掛けていると話していた。フリップを指すときに腕が映るが、高級時計をつけていると視聴者の気が散るため、あえて980円の安物の時計をつけ続けるという。 
 
 私には、こういう行動のほうが嘘くさく感じるし、プライドが高くて面倒くさい人だと思うが、おそらく善良なる視聴者のみなさんにはウケる、効果的なアピールなのだろう。しかし、なんでもかんでも自分や身内を下げておけばいいというわけではないはずだ。 

 『ホンマでっか!?TV』で、出演者のフリーアナウンサーの配偶者について話が及んだ時のこと。司会を務める加藤綾子アナの夫は、年商2000億円といわれる実業家で、元テレビ朝日・竹内由恵アナの夫は医師、元NHKの神田愛花アナの夫は売れっ子お笑い芸人のバナナマン・日村勇紀である。経歴や聞こえが華やかな職業の配偶者を持っている人が多い中、石井アナは、自分の妻を「喫茶店のお姉ちゃん」と言って笑いを取っていた。 
 
 その昔、ビートたけしや明石家さんまがテレビでよく「飲み屋のお姉ちゃん」という言い方をしていたが、血縁関係のない若い女性を男性が「お姉ちゃん」呼ぶことはある。しかし、あまり相手に敬意を払っていないというか、相手を「ちょっと下に見ている」ニュアンスが含まれていることは否めないだろう。 
 
 前述の通り、石井アナは「天狗になっていない」アピールに過剰なまでに心をくだいている人だから、あえて「お姉ちゃん」という言い方をして、視聴者から共感を得ようとしたのかもしれない。しかし、今の「自分中心」で「私と一緒」を重視する視聴者は、「私だったら、そういう言い方をされたらいやだ」と、石井アナの妻でもないのにそっぽを向く可能性があるのだ。 
 
 一昔前、夫が妻や子どもを「愚妻」や「豚児」とへり下った言い換えをすることがあったが、自分のことは下げても、家族のことは決して下げないのが今どきの謙遜ではないかと思う。特に全国ネットの番組で、いろいろな属性の人が見ているテレビでは、「自分の妻を下げることは、女性視聴者全体を下げること」くらいに捉えたほうがいいのかもしれない。 
 
 「女性の気持ちをつかめ」というのは人気商売でよく言われることだが、これは簡単なことではない。仕事のできる人の謙遜を「デキた人」と取る人もいれば、嫌みだと思う人もいるし、誰を下げるかによって印象も変わる。そのあたりの塩梅が視聴率のキモになる難しい時代だと思うが、『ゴゴスマ』を成功に導いた石井アナはフリー転身後も活躍できるかどうか、気になるところだ。

大ブレーク芸人・ヒコロヒーは“やさぐれキャラ”だけど……「売れても変わらない」を求める、真面目な“人間性”に思うコト

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「スターになっていくにつれて、ちょっとだけ、こう、アレだなと思う人も多い中……」ヒコロヒー
『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系、8月3日)

 売れた芸能人が「たまたま売れた」と自己分析することがある。「運やタイミングが味方してくれた」という意味を含んでいるのだろうが、同業者から見れば、やはり「売れる人は売れるべくして売れた」と思うのではないだろうか。

 8月3日放送の『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で「もしも新しくコンビを結成するのならあの女芸人と組みたい!」として、6人の女芸人が新しい相方を、ドラフト形式で1~3位まで指名する企画が行われた。多くの女芸人が「組みたい」と名前を挙げたのは、阿佐ヶ谷姉妹・渡辺江里子とヒコロヒー。2人とも、今をときめく売れっ子であることは説明するまでもないが、女芸人たちがお笑いの能力や性格的な相性、今後の展望まで冷静に考えて指名していたのは興味深かった。

 渡辺はお笑いの能力はもちろん、妊婦だった横澤夏子の体調を気遣ったり、先に現場を出る時に手紙を残していったりと、普段の優しさや心遣いを高く評価する声が多かった。対するヒコロヒーは、借金や遅刻癖がほかの番組でもよく話題になる。しかし、こういう“悪癖”があるにもかかわらず、多くの女芸人が「一緒に組みたい」と名前を挙げるということは、そこを差し引いても芸人として、人として魅力的なのだろう。

 確かに、同番組での発言を見ていると、“やさぐれキャラ”で売っているわりには気遣いというか、相手を立てるタイプだと感じる。たとえば、ゆりやんレトリィバァはヒコロヒーと組みたい理由として、「何言っても怒らない感じがいい」「自分をどう扱うのか」などと自分中心で話すのに対し、ヒコロヒーは組みたい相手のいいところを紹介して、自分の話はほとんどしなかった。

 もちろん、“いい人”なだけではない。番組内で、ヒコロヒーは3位に選ばれることが多かったため、「3番目の女って、誕生日プレゼントで写真入れもらいがち」と自虐をした。さらに、3時のヒロイン・福田真紀に関しては「つぼみという吉本の安いアイドル、大阪の面白いアイドルを目指していた点がやや信用できない」と毒も吐いてみせた。

 その一方で、わりと繊細というか、「売れて変わる」人に対して“潔癖”なのかなと思う部分もある。ヒコロヒーは平野ノラを2位に選んでいたが、彼女がバブルネタで大ブレークしている最中、仕事で一緒になることが多かったそう。その際、「私みたいな人間って、そういう時期に人がどういう対応をするのかって、ちょっと見させていただいてる部分がある」「平野ノラさんはどれだけ忙しくても、すごく丁寧」と話していた。要は、売れているからといって、横柄な態度を取る人が気に入らないということだろう。

 ヒコロヒーはメイプル超合金・安藤なつを1位に選び、その理由も「スターになっていくにつれて、ちょっとだけ、こう、アレだなと思う人も多い中、なつさんは今でも変わらない」と話していたから、「売れても変わらない」はヒコロヒーにとって、大事なポイントなのかもしれない。

 ここで思い出すのは、元おニャン子クラブで女優の国生さゆりが『HEY!HEY!HEY!』(フジテレビ系)で「売れていた時代」を振り返ったときのエピソードだ。

 「バレンタイン・キッス」(1986年)のレコードが30万枚売れたことで、周囲の扱いが変わり、天狗になっていったという国生。遅刻しても謝らない、ドラマ撮影なのにセリフは覚えていかない、ウエスタンブーツを履くための椅子を用意しなかったスタッフに向かってブーツを投げるなど、あの愛らしい笑顔からは想像もつかない天狗ぶりだったそうだ。こういう人とコンビを組むと仕事がスムーズに進まないし、ストレスが溜まることは想像に難くないが、一方で「売れても変わるな」というのも、なかなか難しい注文だと思う。なぜなら、人は変化する生き物だと思うからだ。

 人は環境によって作られる部分があるので、周囲が変われば物の見方や感じ方も変わってくるし、求めるものも違ってくるのではないか。学生時代の女友達が結婚や出産をすると、独身者とは話が合わなくなるという経験をした人は多いと思うが、まさにこれが典型。どちらが悪いというわけでもなく、環境が変われば興味も変わり、共通の話題が減るということだろう。

 ヒコロヒーも自分では気づかないだけで、ブレーク前と比べたら、変わっている部分はあるはずだ。彼女は『女芸人No.1決定戦 THE W』(日本テレビ系)にて、4年連続で準決勝進出を果たしている。今ほどテレビに出ていない時代であれば「準決勝まで進んですごい!」と思えただろうが、今は売れているからこそ、なんらかの大会のタイトルを獲得して、さらに活躍したいと思うのが、芸人というものではないか。

 ヒコロヒーがさらなる高みを目指すなら、歴代の受賞者や先輩からアドバイスを受けて、精進する必要があるだろう。そうすると、おのずと興味の対象や、付き合う人も変わっていくと思う。昔の仲間からは「変わった」「売れたら付き合いが悪くなった」と言われるかもしれないが、そもそも、変わり続けなくては生き残れないのが芸能界、もしくはお笑いの世界なのではないだろうか。

 「売れて天狗になる」というのはみっともいいものではないが、「周囲の扱いが変わる」のは、人気がある時だけだ。国生はある日突然人気がなくなり、スタッフに対する態度が良くなかったこともあって、10年間、仕事が低迷して苦しんだと言っていた。結局、そういう態度は本人に返ってくると考えるなら、「売れても変わらない」ことより、「さらに売れるために変わる」ことが大事だと思うのだ。

 ひと昔前、女芸人は見た目やモテないネタで笑いを取っていたが、これは視聴者が女芸人を一段下に見ていた証拠といえるだろう。しかし、今や女芸人はバラエティー番組だけでなく、ドラマや文筆の世界にも活動の場を広げ、「国民の女友達」的な存在にシフトしてきたと感じる。

 こうなると、女芸人に求められるのは“人間性”ではないだろうか。「売れても変わらない」ことを良しとするヒコロヒーの真面目さ、潔癖さは女性ウケすると思うが、一歩間違うと「義理人情に縛られて小さくまとまってしまう」「他人からストレスをもらって、自分が疲れてしまう」可能性もあるだろう。生真面目や潔癖もほどほどに、さらに突き進んでいただきたいものだ。

瀬戸大也の不調&不倫は「馬淵優佳のせい」? 「オンナが料理をすべき」の思い込みが、“アスリートの妻”に背負わせるモノ

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羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人> 
「完全に白米不足でした」馬淵優佳
「AERA」2021年8月2日号(朝日新聞出版)
 
 私たちは、「自分は人の行動を見て掛け値なしに他人を判断している」と思っている。しかし、実はかなりの確率でバイアスをかけて物を見ているのではないか。

 たとえば「世の中は、お金じゃない」という若者がいたとする。その若者が年収1億円であれば「お金を稼ぐ能力がある上に、お金に振り回されない。若いのに人間ができている」と世間に受け止められるだろうが、心身ともに健康なのに働かない若者が同じことを言ったら「屁理屈はいいから働け!」と批判されるはずだ。また、女性が「女性差別を許さない」と言ったら「当たり前」と思われるが、男性が同じ発言をしたのなら「フラットな考えの持ち主だ」と高く評価されるだろう。社会的条件や性別や置かれた状況による思い込みや先入観から、他人の人となりを勝手に判断してしまう。これがバイアスだといえる。

 世の中には無数にバイアスがあり、その中でも宗教のレベルに達しているのが「オンナが料理をするべき」という思い込みではないだろうか。料理研究家・土井善晴氏は以前から「一汁一菜でよい」と提言しており、7月17日配信の「朝日新聞REライフ.net」では、「共働きで女性も男性と同じように仕事をしているのに、一汁三菜なんてできっこないわけです」「基本は一汁一菜」と発言している。男性の料理研究家という立場の発言だけに、ネット上で大きな共感を呼んでおり、私はこれに時代の「進歩」を感じた。しかし、そういう進歩が一気に引き戻される気がしてならないが、オリンピックだ。

 アスリートは体が資本のため、食事に気を配る必要がある。そこに異論はないが、ここに「オンナが料理をすべき」という思い込みと、「夫(と子ども)を成功させるのは、妻の役目」という日本的な男尊女卑の考えが加わると、「妻の料理次第で夫は成功する」といった盲信が強くなるのではないか。そんな“アスリートの妻”という役割を、今、日本中から一身に背負わされているのは、競泳男子・瀬戸大也選手の妻でタレント・馬淵優佳だと思われる。

 瀬戸選手はオリンピック前、「金メダルに最も近い男」として期待されていたが、2020年に「週刊新潮」(新潮社)に不倫を報じられたことで、ANAにスポンサー契約を解除され、味の素のCMも降板、JOCのシンボルアスリートや日本短水路選手権の出場も辞退した。さらに、日本水連が年内活動停止の処分を下すなど、数々のペナルティーを受けた。活動停止処分が明けて、今年2月の「ジャパン・オープン」に挑んだ瀬戸選手は1着でフィニィッシュしたものの、その後、不調に悩まされる。 
 
 馬淵は「AERA」2021年8月2日号(朝日新聞出版)の取材に対し、瀬戸選手の不調は「完全に白米不足でした」と振り返った。瀬戸選手は活動停止中に増えた体重を減らそうと、負荷の強い練習を重ねたところ、疲れすぎて食事が摂れず、体力も落ちるという悪循環に陥ってしまったそうだ。馬淵は同誌で、食欲がない瀬戸選手が食べやすいようにおにぎりを作るなど、食べ方を工夫したエピソードを披露している。 
 
 この記事には「不調は白米で乗り越えた」というタイトルがついているが、馬淵は不調の原因こそ分析しているものの「乗り越えた」とまでは言っていない。事実、瀬戸選手は東京オリンピックの400メートル個人メドレーと200メートルバタフライで、まさかの予選落ちをしている。「不調を乗り越えた」としたのは、200メートル個人メドレーの試合が残っているため、これから戦おうとする選手の戦意を削がないための編集部の温情かもしれないが、それ以外にも、「問題を起こしても見捨てずに、陰日向となって支えて夫を大成させるのが妻の役目」という思い込みによって、「白米不足」に気づいて工夫を凝らした馬淵は、“アスリートのよき妻”というバイアスがかかっているように感じてしまうのだ。 
 
 馬淵は「AERA」だけでなく、『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ系)『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)など、テレビにも多数出演している。世間には「夫が競技で成功するかどうかは、妻の頑張り次第」という思い込みがあるから、これで瀬戸選手の成績がよければ「いろいろあったけど、奥さんがしっかり支えた」「奥さんはきれいなだけでなく、明るく気丈」などと称賛されただろうが、今のところ瀬戸選手は予選敗退に終わっている。その結果、ネット上には「こんな時に妻がテレビに出ているから、ダメなんだ」「妻がダメだから、夫の成績が伸びない」とか、「瀬戸の不調は妻のせい」「夫人の気が強いから、瀬戸は逃げ場を求めた」などと、瀬戸選手の不調も不倫も馬淵のせいといったコメントが見られた。 
 
 メディアに頻繁に出演したアスリート妻といえば、元プロ野球選手・野村克也氏の妻、沙知代夫人が思い出される。歯に衣着せぬ毒舌で知られた沙知代夫人だが、視聴者がおおむね好意的だったのは、彼女がアメリカの名門・コロンビア大学出身であるということと(後に学歴詐称疑惑が勃発するのだが)、夫が野球界のスーパースターで名将だったからではないだろうか。野村氏が絶好調の状態で沙知代夫人がテレビに出て、強気なことを言うと「さすが賢夫人、本質をついている」と称賛されたが、成績が悪いのにテレビに出ていると「こんなときにテレビに出ている場合か」と言われていた。このころからずっと、妻の言動自体は二の次で、夫の成績次第ですべての評価が変わっていたわけだ。

 ちなみに、沙知代夫人は「オンナが料理をすべき」という考えの強い人で、自身がオーナーを務める少年野球チーム「港東ムース」では、選手のお弁当をチェックし、冷凍食品が入っていると親を呼び出して叱っていたそうだ。「母親がごはんを作っていれば、夫と子どもは間違いを起こさない」とワイドショーでよく話していた。

 しかし、20年2月11日に配信された「文藝春秋digital」の野村氏インタビューによると、沙知代夫人は料理が得意中の得意だったけれども、「奥さんらしいことをやってくれたのは最初の1年くらい」と話している。私は、沙知代夫人がウソをついていたとか、怠惰だったと言いたいわけではない。「妻の料理次第で夫は成功する」というのは単なる思い込みで、「妻が食事を作ろうが作るまいが、夫は結果を出す時は出す」ということだ。 
 
 馬淵だけではなく、瀬戸選手も「不倫をした男」というバイアスに悩まされているかもしれない。オリンピックで結果が振るわないことに対し、ネット上には「女にかまけていたから」と瀬戸選手を責めるような声も上がっている。 
 
 しかし、オリンピックは原則4年に一度。選手たちはここで勝つために人生を捧げてきたはずだし、瀬戸選手が不倫しようと、その妻が出たがりだろうと、結果を出す時は出すし、出さない時は出さない。だったらバイアスを取り去って、素直に応援したいと思う。