石田純一が叩かれるのは「飲み会に行く」からではない? 世間との溝がなかなか埋まらない理由

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「あなたたちに話すことは、一生ありません! 」石田純一
「女性自身」2021年12月21日号(光文社)

 コロナ禍で大きく評判を落としたタレントといえば、石田純一が思い浮かぶ。

 昨年4月に石田が新型コロナウイルス感染を発表した直後は、純粋に心配している人が多かったと記憶しているが、その後、週刊誌報道などで行動の詳細が明らかになるにつれ、彼に注がれる視線は冷たいものとなっていったように思う。

 同年6月9日発売の「女性自身」(光文社)は、沖縄県知事が「県外からの来県自粛と、沖縄県民の外出自粛要請」を出した中で、石田が沖縄を訪問していたと報道。同地で経営しているレストランの視察だと説明していたが、ゴルフに興じており、プレーの途中で体調を崩していたことも明らかになる。本人もまさか自分が感染しているとは思っていなかったのだろうが、結果的に石田は、濃厚接触者を増やすような行動を取ってしまったわけだ。これが原因なのか、滞在先の沖縄のホテルは一時休館に追い込まれたという。

 真面目にステイホームしていた人にとっては、この時点で信じがたいが、このあとの行動も物議を醸した。東京に戻った石田は、某大学病院に入院する。しかし、一般の人は新型コロナに感染したかもしれない、医療機関にかかりたいと思っても、いつつながるかわからない発熱外来や、保健所にずっと電話をかけ続けるしかない。好き勝手して感染しても、芸能人ならすぐに医療にかかれるのかと、石田を非難する声はSNSでよく見られた。

 こうした民意を読んだのか、退院後、『特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル』(読売テレビ)に電話出演した石田は、「ペナルティーとして、レギュラーの番組とかも降りました」と話していた。

 ここでおとなしくしておけばよかったのに、その後も石田は「懲りない」行動を取る。

 同年8月4日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)は、石田が7月下旬に出張先の福岡で飲み会に参加し、25歳の女性を“お持ち帰り”したと報道。飲み会に参加した理由について、石田は同誌の記者に「CMをやらせていただいている社長とゴルフをやっただけなんで。僕は今、テレビを干されているので、ビジネスパートナーには気を使っているわけ。レギュラー番組はないので、主な収入源はスポンサーなんです。何を言われようが、スポンサーに挨拶回りをするのは自分の仕事だと思っていますよ。子どもたちのためにも家を守るためにも」と主張したそうだ。

 つまり、自身の行動は飲み会でスポンサーをもてなし、それを収入に変えていく、一種の営業活動だと言いたいのだろう。現在67歳の石田だが、3番目の妻であるタレント・東尾理子との間にもうけた3人のお子さんはまだ小さい。長男は大学まで続く超名門小学校に合格したと報道されており、教育費はもちろん、その他もろもろのことでもお金がかかるだろうから、少しでも“営業”を増やしたいのは理解できる。

 一方、妻である東尾の立場から考えれば、夫が非常識な行動を取ることで番組を降板して収入も減り、迷惑をこうむっただけだろう。金銭的な痛手だけではない。石田が人の集まるところに出向けば、本人はもとより、自分や子どもたちへの感染リスクも高くなってしまう。そうすると、子どもたちがクラスメイトやその親から「あの子は感染しているのではないか」と疑いの目で見られることもないとは言い切れないから、さぞ肩身の狭い思いをしたのではないか。

 端で見ていても揉め事のタネが多そうな夫婦だが、今年12月7月発売の「女性自身」は、仕事が激減したことによる経済難で、都内の一等地に立つ豪邸を石田が売却しようとしていると報じた。夫婦仲が悪化していることもあって、豪邸の売却は財産整理のためではないかという、石田の知人の話も紹介されている。記者がウラを取るべく石田を直撃したところ、「あなたたちに話すことは、一生ありません! もう来ないでいただけますか!」と激高し、「家庭は崩壊しています、はい。家庭もすべて崩壊していますから! 帰ってください」とキレながら答えたそうだ。

 週刊誌の報道で自分の評判が落ち、仕事を失ったことから、石田は「今の窮状は週刊誌のせいだ」と思いこんでいるのかもしれない。ターゲットにされている感は否めないが、実際、石田も飲み会に参加しているわけだから、週刊誌ばかり責められないだろう。

 石田が飲み会で営業を行う一方、12月5日放送『ボクらの時代』(フジテレビ系)では、脚本家の中園ミホ氏が「基本的に役者さんとはご飯は食べない」と話していた。その理由は、俳優に「ボクの役、もうちょっと立ててと言われる」「男の俳優が脚本家によくしてくれるのは、ほぼ全員そう」だから。飲み会が仕事仲間との親睦の一環ならいいが、“おねだり会”にされると面倒なので、一線を引いているようだ。

 もしかすると、石田は飲み会自体が「自分を売り込んだり、仕事を得るための手段」だと考えていて、だからこそ、批判を無視して参加しているのかもしれない。今でもそういう手法で仕事を得ている人もいるのかもしれないが、中園氏の発言でもわかる通り、業界で高い地位にある人がテレビのような公の場で「飲み会は仕事の取り引きの場ではない」とはっきり言う時代になっている。

 コロナ禍の影響でそもそも飲み会を開催することが難しいし、コロナが終息に向かっても、かつてのような雰囲気に戻るかも疑わしい。酒を飲みながら仕事仲間とコミュニケーションを取ること、いわゆる「飲みニケーション」を不要だと思う人が6割を超えたとの調査が出ていたように、世間的にも「飲み会も仕事のうち」という考え方は、どんどん廃れているのではないだろうか。

 世の中の大半の人にとって「飲み会は遊び」という感覚になっている今、批判を浴びても飲み会に出続ける石田が週刊誌で報じられれば、「どんだけ飲み会好きなんだ」「どうして懲りないんだ」と、白い目で見られるのも仕方のない部分がある。石田と世間の溝は、なかなか埋まらないと思う。

 こうやって考えてみると、石田が叩かれている理由は「飲み会に出ている」からというよりも、「民意が読めないから」と言ったほうがよさそうだ。世間の反応が予想できない芸能人は、「時代についていけていない」と思われがちである。そして、石田の仕事そのものも、今後は難しくなってくるのかもしれない。

 石田は「飲み会」以外にも、ある方法で仕事を増やしていた時期がある。 

 2番目の妻で女優・松原千明と結婚している最中に、モデル・長谷川理恵と不倫関係に陥り、ワイドショーのリポーターに追いかけまわされることになる。こんな時、ほかの俳優はひたすらリポーターを無視し、邪険にしたが、石田はほどほど真面目に質問に答えていたと記憶している。マイクを向ければ質問に答えてくれる石田をワイドショーは追いかけるが、この“集客力”に目をつけたのがイベント会社だ。

 彼をイベントに起用すれば、ワイドショーのレポーターが来てくれて、会場の様子がテレビに映る。こんな“宣伝効果”の高い人は、当時なかなかいなかっただろう。こうして、石田は仕事を増やしてきた感があるが、ワイドショーは芸能レポーターが高齢化し、若い人のなり手がないと聞いたことがあるので、番組の形も変わっていくかもしれない。イベントだって、高いギャラを払って芸能人に来てもらうよりも、インフルエンサーに宣伝してもらうことが増えている。石田の仕事獲得のための方法や、仕事そのものが「過去のもの」となる可能性は否めないだろう。

 しかし、鉱脈は意外なところにあるともいえる。石田の現在の妻や岳父は有名人だし、初婚、再婚でもうけた子どものいしだ壱成、すみれも芸能活動をしている。元妻の松原も元女優で、典型的な芸能人一家だ。

 ということで、今後は「芸能界の大家族もの」を目指して、お子さんに差し支えない範囲で、私生活を公開していったらどうか。家庭というのは、そもそもがネタの宝庫だし、家庭内の話なら飲み会で営業する必要もないから、叩かれない。若く見える石田だが、もう67歳。体に気を付けて、家族に愛想をつかされないような仕事の仕方を見つけるべき時が来ているのかもしれない。

大久保佳代子の下ネタが、コンプライアンスに抵触しない2つの方法――「天才」だと思った『かりそめ天国』の一幕

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<今週の芸能人>
「できることといったら、それくらしか……」 オアシズ・大久保佳代子
『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系、11月26日)

 6月6日放送の『週刊さんまとマツコ』(TBS系)で、明石家さんまとマツコ・デラックスが“いじり”について話していた。

 さんまはオンナ芸人に「さんまさん、ブスいじりしてください」と頼まれることがあるそうだ。芸人の仕事として考えるならば、これを頼んだオンナ芸人は「ブス」をネタにしてテレビに映ろうと思っているわけだから、さんまとしては協力してあげたいはずだ。

 しかし、さんまはそれをしないと話しており、その理由は「言ったほうが損をするやろ」。お互い合意の上で、ショーとしてブスいじりをしても、視聴者に「さんまは女性差別をしている」と思われてしまったら、笑いも生み出せず、自身のイメージも低下してしまう。自分が損をするならやらない、ということだろう。

 これまで一部のオンナ芸人は、ルックスや非モテをネタ、もしくは自分のキャラクターの一つにしてきた。それを「笑えない」と思う人が増えた今、これから世に出てくる若手のオンナ芸人は、何か違うキャラで勝負してくると思われる。が、困ってしまうのは、すでにこれらのネタで一時代を築いたオンナ芸人ではないだろうか。時代的に笑えないからといって、これまでのキャラを封印して全く違うキャラになった場合に、視聴者はついてくるのかわからない。かといって、時代に逆らって、ルックスや非モテ売りを続けるのも得策とは言い難い。

 時代の変化に対応するのはなかなか難しいことだと思うが、やっぱり売れている人は違う。11月26日放送『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)に出演したオアシズ・大久保佳代子は、「コンプライアンスに抵触せず、人を傷つけず、共演者にも損をさせないのに、従来のキャラを貫く」方法を見せてくれた気がした。

 大久保サンといえば、性欲が強いキャラ、下ネタが好きなキャラとして一世を風靡。性欲について語っても、実際のセックスについて口にしないのが大久保サンの賢さだと私は思っているが(実際のセックスの話だと生々しすぎる)、今の時代だと、こういう話がコンプライアンスに抵触する可能性がないとは言い切れない。

 しかし、大久保サンは2つの方法で、この難題をクリアしていると思った。まず1つ目の方法は「見る人に判断をゆだねる」ことだ。

 大久保サンは同番組で、京都の高級ホテルに泊まって1人でダラダラする企画に登場していた。ロビーの窓から外を眺めたとき、大久保サンは菜々緒ポーズのようにおしりを突き出した。ここで「私のおしり、どうですか?」などと口にしたら下ネタになってしまうし、見ている側のスタッフや出演者が大久保サンを褒めたとしても、このやりとりをセクハラだと感じる視聴者もいるだろう。

 そんな中、大久保サンは無言でおしりを突き出していたのだ。これによって、彼女の行動をエロとみなすか、偶然そういう格好になったと思うかは、見ている側の判断にゆだねられる。

 同番組司会の有吉弘行はエロだとみなしたようで、「アピールの仕方が古いね」とツッコんだが、これも時代に即しているといえるだろう。ひと昔前なら「そんなもの見せるな!」というように、「おしりの見た目が悪いから見せるな」といった意味合いのコメントが飛んだかもしれないが、それだと視聴者が不快に思ったり、セクハラだと感じるかもしれない。有吉は見た目という“危険ゾーン”には触れず、ツッコむことも忘れなかったわけだ。

 2つ目の方法は「あえて求められていないキャラを演じる」こと。部屋に備え付けられた檜のお風呂を前に、大久保サンは「見えたな、これは入浴シーンあるな」とつぶやく。「(入浴シーンを撮られても)いいんですか?」とスタッフに聞かれた大久保サンは「いいんです、いいんです。私にできることといったら、それくらいしか(ない)」「皆さん楽しませることできないんで」「片乳くらいは大丈夫なんで」と答えていた。

 大久保サンに番組がオファーしたのは、芸人として面白いことを言ってもらうためであり、入浴シーンや胸を見せてもらうのが目的ではないだろう。それがわかっているからこそ、あえて“求められていないキャラ”もしくは“勘違い女”を演じて、笑いを誘ったわけだ。

 この“勘違い女”キャラも、ひと昔前であればオトコ芸人が「何勘違いしてるんだ、ブス!」くらい言ったかもしれない。しかし、さんまも語っていた通り、今の時代にそんなことを言ったら、自分の評価を下げることは彼らもよくわかっているから、大久保サンがツッコまれる可能性は低い。実際に、同番組司会の有吉とマツコ・デラックスはただ笑っているだけだったし、大久保サンもこの展開を想定していただろう。

 結果として、大久保サンの言動はコンプライアンスに抵触せず、人を傷つけず、共演者にも損をさせない笑いを見事に成立させたといえるのではないか。

 売れている人というのは、既存キャラの大看板は変えないものの、時代の流れを察知して、少しずつ芸風を合わせて変化させていくのだろう。老舗の味も、実はずっと昔から同じ味というわけではなく、マイナーチェンジを図っていると聞いたことがあるが、それは芸能人も同じことなのかもしれない。

 エロという万人受けするネタのキャラ化に成功したこと、また、それをテレビでやっても問題ないように表現する方法を編み出したこと。大久保サンって、天才なんだと思うばかりだ。

森三中・黒沢かずこに学ぶ、「敏感力」の生かし方――面倒くさがられないために大事な“一線”はどこか?

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<今週の芸能人>
「敏感が行き過ぎちゃって、面倒くさい人と思われている部分もあると思う」森三中・黒沢かずこ
『あちこちオードリー 売れっ子&レジェンドの名場面SP』(11月10日、テレビ東京系)

 2011年に芸能界を引退した島田紳助さんが、お笑い芸人に向く男性について「生まれついて明るいやつか、逆に暗いやつ」と話していたことがある。生まれついて明るい人がお笑い芸人に向いているのはわかるが、「暗いやつ」がお笑い向きというのは、意外に聞こえるかもしれない。島田さんは「勉強や運動ができない、見た目が良くない、モテないなどのコンプレックスをうまい具合に発酵させて笑いにできると、面白くなる」といった意味の解説をしていたと記憶している。

 長期間にわたる景気の低迷や、コロナ禍で他人と接触しない生活が当たり前となりつつある今、公私共に充実している“リア充”な芸能人の存在価値は薄れているように思う。それに代わって、島田さんが言うところの「コンプレックスをうまい具合に発酵させた笑い」が求められており、それができそうなのは「自分について考えすぎている芸人」ではないだろうか。

 今年4月25日放送のラジオ『日本郵便 SUNDAY’S POST』(TOKYO FM)に出演し、「私って生きるのがヘタだと思うんですけど……」と発言した森三中・黒沢かずこは、典型的な「考えすぎている芸人」だと思う。

 09〜10年に放送されていたバラエティ番組『人志松本の○○な話』(フジテレビ系)の「ゆるせない話」回に出演した黒沢は、「(オリエンタルラジオ・藤森慎吾やキングコング・梶原雄太ら)イケイケ後輩の前を5往復したのに、挨拶してもらえなかった」とし、その理由を「森三中がツッコミもできない、ボケのアシストもできない、フリもできない、後輩にとってどうでもいいグループだから」と分析していた。「ひどい扱いを受けるのは、森三中がヘボいから」と自虐的に解釈していたようだが、それは事実とはいえないだろう。

 なぜならば、藤森は『アメトーーク!』(テレビ朝日系)などに出演した際、売れているときは天狗になっていて、ピース・綾部祐二など、かなりお世話になった先輩にも挨拶しなかったことを明かしているからだ。挨拶をするかどうかは、藤森が自身の状況を踏まえて判断した結果であり、黒沢を含んだ森三中の価値と必ずしも関係があるわけではないし、「悪く考えすぎ」だといえる。

 今月10日放送の『あちこちオードリー 売れっ子&レジェンドの名場面SP』(テレビ東京系)にて、黒沢は自身を「敏感な人間」と定義づけた上で、「結局、鈍感な人がいいんだなぁ」というポエムをしたためており、未公開シーンとして紹介された。黒沢は「敏感が行き過ぎちゃって、面倒くさい人と思われている部分もあると思う」と話していたが、この発言は「他人に迷惑をかけない敏感でいたい」という意味だと私は解釈した。

 敏感さや鈍感さというのは、生まれついての資質であり、どちらがいいとか悪いということはないだろう。黒沢の場合、敏感さが笑いにつながっているので、これは武器でもある。しかし、敏感すぎると共演者やスタッフに迷惑をかけるかもしれないし、視聴者も笑えない。敏感な人の場合、「人に迷惑をかけているかも」と感じるだけで、メンタルが追い込まれる可能性も否定できない。黒沢はちょうどいい塩梅の敏感を模索しているように見える。

 テレビ用に「考えすぎる人」を演じているのならいいが、日常生活でもこのような思考回路なのだとしたら、結構ストレスフルなのではないかと心配になる。対人トラブルに発展する可能性もないとは言い切れない。そうした敏感さが面倒なものにならないために、超えてはいけない一線があるとしたら「他社や他人など、自分以外のものに口出しをしないこと」ではないだろうか。

 黒沢に対して、考えすぎてちょっと面倒くさいなと思ったことがある。それは15年放送の『みなさんのおかげでした』(フジテレビ系)での、「石橋温泉」という企画の中だった。

 オンナ芸人がとんねるず・石橋貴明に悩みを打ち明けて、アドバイスをもらうというもので、ほかのオンナ芸人が恋愛相談をする中、黒沢は「自分がなんの目的でこの世界に入ってきたかわからなくなっちゃって」と、お笑いについて迷っていることを打ち明けた。そこからヒートアップした黒沢は、番組プロデューサーを呼び出し、「飲む金あるなら制作に回せよ! 上に媚びるな! もっと若手スタッフにチャンスやれ!」と、怪気炎を上げたのだ。

 当時、フジテレビの番組は軒並み視聴率が伸び悩み、『みなさんのおかげでした』も例外ではなかった。黒沢は、面白いものを作りたいと現場は思っているのに、上の人間が予算を飲み代として使うから制作費が少なくなってしまったり、制作者が局の上層部の顔色をうかがいすぎて若手にチャンスをあげない、冒険ができないと考え込んで、一気にぶちまけたのではないか。

 こうした現状をバッサリ斬った黒沢のことを、視聴者は面白いと感じただろうが、「社会人として」見るなら、この物言いは黒沢にとってマイナスだと思う。仮に予算が上の人間の飲み代に消えていたとしても、カネの使い方は権限ある人間の決めることだから、他社の人間である黒沢が口を出したり、あれこれ考えることではないだろう。

 また、「タレントとして」見ても、あまり得策ではない気がする。今も視聴率が振るわないフジテレビだが、将来的に盛り返す可能性がないとはいえないし、この時の番組プロデューサーが大出世を遂げるかもしれない。

 そうなった場合、仕事とはいえ、自分をテレビで怒ったタレントを起用したいと思うだろうか。フジテレビの功労者と言っても過言ではない石橋でも、切られるときは切られてしまう。黒沢がテレビやバラエティの今後を考えすぎるあまり怒ったのはわかるが、自分のタレント生命にかかわるようなことはしないほうが得策だと思う。

 「石橋温泉」といえば、こんなエピソードもある。黒沢の友人・椿鬼奴が登場した際、グランジ・佐藤大と交際しているものの、彼の収入が少ないため結婚を迷っていると打ち明けた。すると、黒沢は「本当に鬼奴と結婚するつもりがあるなら、この世界を辞めて普通の仕事をすればいい」「彼氏は『雇われのバーテンくらい、いつでもできる』と言うけれど、商売ナメんなよと思うんです。生活費を稼げるようなってから言え」と、かなり厳しい口調で佐藤を批判していた。

 黒沢から見れば、佐藤は売れているとは言い難く、借金もあり、売れるための努力すらしていないように見えて、結婚をするには「万事考えが甘い」と言いたいのかもしれない。こんな人と結婚したら、友人の鬼奴が不幸になると考えて心配しているのだろうが、交際相手、結婚相手については鬼奴が決めることであって、黒沢を含めた他人に口を挟む権利はない。

 鬼奴は黒沢の気質を理解しているからか、交際相手を批判されても揉めることはなかったようだが、一歩間違えば、友情が決裂してしまったかもしれない。

 このように、黒沢の敏感力は自分に向かうと、「いちいち考えすぎだけど面白い」と言われるようなネタになるが、その力が他社や他人に向かってしまうと「言いすぎ」「そこまで否定される筋合いはない」「越権行為」となり、トラブルのもとになりかねないと思う。とはいえ、「敏感が行き過ぎちゃって、面倒くさい人と思われている部分もあると思う」と話していたように、黒沢は自分の資質を理解しているのだろう。

 そこで、過剰な敏感力をうまく生かすために、頼まれもしないのに黒沢におすすめしたいのは、YouTubeチャンネルで「敏感な女子のためのお悩み相談」を始めることである。

 自分と同じような人たちの悩みを聞くうちに、「この敏感さは面倒くさい」「この敏感さはいい」というふうに、黒沢なりのガイドラインができてくるはずだ。今は「コンプレックスをうまい具合に発酵させた笑い」が求められると思うだけに、黒沢も自分や他人を傷つけることなく、健康的に考えすぎながら、私たちを大いに笑わせてほしいものだ。

瀬戸内寂聴さんが“悩み相談の達人”として人気だったワケ――「いい適当さ」を振り返る

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「言うこと、聞かなくていいの」瀬戸内寂聴
『快傑えみちゃんねる』(6月1日、関西テレビ)

 相談というプライベートなことを、わざわざテレビでやる時に問われるのは、“相談を受ける側がいかにテレビ映えする回答ができるか”である。かつて、自分の言うことを聞かない相談者に「地獄に落ちるわよ」と言い放った占い師がいたが、倫理面ではアウトでも、テレビで大ヒールを演じ抜いたという意味で大成功である。

 テレビにある程度台本はあるだろうが、シロウトさんにテレビ映えする回答は難しいなと思わされるのが、『怒れるオジサンとヤバイ女』(テレビ東京系)のお悩み相談コーナーである。

 5月26日放送の同番組で、タレント・熊切あさ美の「女優業にシフトしたいが、愛之助との破局のイメージが強すぎて敬遠される」という悩みに、敏腕選挙戦略家の鈴鹿久美子氏が回答していた。鈴鹿氏いわく、「37歳の生足は難しい」。“愛人イメージ”を払しょくしたいのなら、年齢にふさわしい、きちんとした格好をしろとアドバイスしていたが、ストッキングをはいたら、女優の仕事が来るのかは疑問である。また鈴鹿氏は、熊切に若い女性への恋愛アドバイザーになることを勧めていたものの、女優の比重を増やしたいという人に、違う職種を勧めるのは適切なのだろうか。

 これは、相談を受ける者として、鈴鹿氏がダメという意味ではなく、むしろ芸能人もしくは有名人がウマすぎると言うべきだろう。よく聞いてみると実質的なアドバイスはないのに、いいことを言ってもらった気にさせるのが日本一ウマい人、それは作家の瀬戸内寂聴ではないだろうか。

 6月1日放送の『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)に、瀬戸内とタレント・矢口真里が出演した。瀬戸内が出演を決めた理由は、「えみちゃん、大好きなの」と語るほどの上沼ファンだからだそうだが、話題はまず“矢口の再婚”へ。矢口は、俳優である夫(当時)・中村昌也のいない隙に、自宅にオトコを連れ込んだところ、予定外に中村が帰宅。オトコをクローゼットに隠したものの、結果バレてしまうという“クローゼット不倫”で離婚に至った。矢口は活動停止を余儀なくされるが、その後、不倫相手と交際を続け、再婚を果たした。

 上沼は、この結婚はうまくいかないと予想する。不倫が配偶者にバレると、交際が終わるのはよくある話だが、矢口は交際を続けた理由を「彼と家族しか支えがなかったから」と説明する。上沼いわく、「入院中においしい弁当を届けてくれた人と婚約したら、別れる」のだそうだ。これはつまり、病院のまずい食事に比べたら、差し入れしてくれる弁当ははるかにおいしい。しかし、退院していろいろなものを自分の足で食べにいけるようになったら、差し入れ弁当のおいしさやありがたみは薄れてしまう……というわけである。

 このほかにも、元モデルである矢口の現在の夫が、騒動の余波を受けてサラリーマンになったことに対し、上沼は「サラリーマンは務まらない」と断言。また夫の経済状況に合わせて、これまでの半分以下の家賃のマンションに住んだり、生活費を折半していることに対しても、「無理している(から別れる)」と繰り返していた。

■瀬戸内寂聴のアドバイスは無責任で明るい

 上沼のアドバイスは、夫を芸能界に戻し、矢口が養えばよいというものだったが、それがどうして夫婦円満につながるのか、私には理解できなかった。一方、あれこれ言う上沼に対して、瀬戸内が「言うこと、聞かなくていい」と口を開き、「恋愛は雷に打たれるようなもので、防ぎようがない」「会うべくして(不倫相手に)会った」「あなたは損していない」「全部あなたのプラスになって栄養になって、いいことがある」「“経験者は語る”だから、安心して」と結んでいた。

 矢口に対する世論を多少斟酌して、上沼が下げ、それでは後味が悪いので瀬戸内が上げる。番組としてうまくオチがついたわけだが、瀬戸内の発言は実質的なアドバイスでないことに気づく。実務面のアドバイスもなく「大丈夫」と言うことを無責任と感じる人もいるだろうが、相談される側が、相談者の人生に責任が持てないことを考えると、これくらいアバウトな方が、お互いにとっていいのではないだろうか。悩み相談はアドバイスの質を問うものではなく、共感をもって話を聞いた時点で終了しているのかもしれない。

 そもそも、矢口が現状に悩んでいるとは思えない。『おしゃべりオジサンとヤバい女』に出演した矢口は、「(再婚したからといって)きれいなイメージに戻るつもりはない」「再婚ってさわやかな風が吹く」と発言し、司会の千原ジュニアに「(さわやかな風)全然吹いていないよ」と否定されていた。このように矢口には、自分がいいイメージを持たれていないことに気づいていない鈍さがある。こんな鈍い人に、真剣に話をする必要はないわけだ。

 『えみちゃんねる』の終わりに、瀬戸内は「“みえちゃん”だって、こんなにチャーミングだから」と上沼の名前を間違って呼んでいた。上沼は「ほんまにファンかいな」といぶかしがるが、この適当さもまたちょうどいい。適当だから、優しくなれる。責任がないから、励ませる。さまざまな世代の悩みを受け入れるために必要な愛とは、無責任とほぼ同義ではないだろうか。国民的作家の人気の秘訣は、ドラマチックな人生や文学性はもちろんだが、案外こんなところにあるのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの」

「飲んでも子どもの弁当は作る」は、一昔前の“いい母親”? 相川七瀬&YOUの発言に思う時代の流れと“ウリ”になるキャラ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「どれだけ飲んでも、朝の6時に起きて弁当作って送り出す」相川七瀬
『人志松本の酒のツマミになる話』(フジテレビ系、11月5日)

 バラエティ番組を主戦場とするタレントは、自己紹介替わりのエピソードトークを持っている人が多い。そのネタは意外性があり、話が広げやすいほうがいい。さらに聞く人の印象に残り、タレント本人のイメージがよくなれば完璧だろう。

 たとえば、女性タレントがプライベートでモテていて、常に自分を好きな人に囲まれていたとする。しかし、これをテレビで話したら、共演者のリアクションは「そうですか」で終わる可能性が高いので、エピソードトークとしてふさわしくない。それならば、「モテそうだと言われるけれど、実はモテない。いつも変な男と付き合ってしまう」という意外性のあるエピソードを話したほうが、共演者は話を広げやすい。こういうトークがきっかけで、そのタレントに興味を持つ視聴者もいるし、キャラが立って次の仕事につながることもあるかもしれない。

 こう考えると、タレントのエピソードトークは、仕事を広げるためにとても重要なものといえるが、バラエティ番組は時代を映す鏡でもあるので、話すほうはより一層気を使わなければいけないのではないだろうか。

 11月5日放送の『人志松本の酒のツマミになる話』(フジテレビ系)のトークテーマは「大人になったら一回は考えたことあるよね?」で、今回は歌手・相川七瀬が出演。相川といえば、1990年代にミリオンセラーを連発した人気アーティストであり、結婚して3人のお子さんもいる。その相川が「大人になって守りに入った話」を披露した。

 相川は30代の頃、「若い時は子どもがいても、子どものことはしっかりやります(と思っていた)。でも、夜、飲みに誘ってもらったら行きたい」「子どもたちのことを全部やって、主人がいいよって言ってくれたら行く」「どれだけ飲んでも、朝の6時に起きて弁当作って(家族を)送り出す」生活をしていたそうだ。しかし、最近では翌日に収録が入っていたりすると、朝起きられるのか、ちゃんと弁当が作れるのかと心配になって、飲みに行かなくなってしまったという。そんな自分自身を「つまらない大人になっている」と話していた。

 若い人には耳なじみがないだろうが、この「どれだけ飲んでも、子どもの弁当は作る」エピソード、ひと昔前に多くの女性タレントが口にしていた。誰が最初に言いだしたのかはわからないが、タレント・YOUが特に頻繁に話していたと感じる。彼女の出演番組では、共演者が「ああ見えてYOUさんは……」と前置きした上で、「前日にどれだけ飲んでも、子どもの弁当は作る」と明かすのだ。

 このエピソードが頻繁に披露されていた頃、YOUは2回目の離婚をして独身だった。その間、写真週刊誌に一般人男性や俳優・大橋てつじとの路チュー、お子さんのかかりつけの歯科医との宿泊を撮られている。仕事に打ち込み、夜は遊ぶ。オンナとして現役で恋も楽しむが、母親としての義務も怠らず、翌朝には弁当を作る。こんなYOUを「かっこいい」「偉い」と言う世の女性は多かった。

 しかし、これは逆に女性に対する“思い込み”を表しているように感じる。「家庭と仕事を両立するのは女性の仕事(男性は家庭で頑張らなくてもよい)」「恋人がいない女性は寂しい」という思い込みがあるからこそ、仕事をして飲んで恋もして母親業もするYOUは称賛されたのではないだろうか。

 しかし、時代は今、ジェンダーレスの方向に向かっている。相川の発言に話を戻すと、彼女は飲み会に行かない自分を「つまらない」と感じているため、「子どもたちのことを全部やって、主人がいいよって言ってくれたら行く」と話していた。ある程度年配の人、または保守的な人なら「夫を立てて“主人”と呼び、家のこともちゃんとやった上で出かけて、翌朝はまたお母さんに戻るなんて偉い」と思うだろうから、このエピソードは特定の層に向けたイメージアップにつながりそうだ。

 一方で、時代の流れを鑑みると「なぜ夫を“主人”と呼ぶのか」「夫が飲みに行くことは当たり前とされているのに、どうして妻は遠慮しなくてはいけないのか」「母親が弁当を作らなくてはいけないという決まりはない。翌日のお弁当は父親に作ってもらったらどうか」と感じる人もいて、そういう人が増えている。こうなると、相川のエピソードはイメージアップにつながらず、むしろちょっとした炎上を招くかもしれない。

 結婚している女性芸能人が“いい母親、いい妻”をウリにしたエピソードを披露することは、これまで当たり前だったが、価値観が多様化する今、必ずしもプラスの結果になるわけではないと思う。この状況に困る芸能人は少なくないだろうが、私は相川に提案したいキャラクターがある。

 以前、相川は『櫻井有吉アブナイ夜会』(現『櫻井・有吉 THE夜会』、TBS系)で、神社巡りが好きだと明かしていた。そのほかにも、心理療法の一種「前世療法」や、カラーセラピーの一種「オーラソーマ」などを学んでいて、目に見えない物に造詣が深いようだ。

 今は時代の過渡期で、女性や家族の在り方について意見が割れやすい故に、イメージアップも昔ほど簡単ではないだろう。しかし、スピリチュアル系というか、目に見えない世界というのは「信じるか、信じないか」の二択なので、信じない人はすぐに興味を失うから、案外炎上しにくいのではないか。しかも、スピリチュアル好きは年代を問わないので、アピール層が広いのも魅力だと思う。

 「ロックンローラーだけど、いいお母さん」より、「ロックンローラーだけど、スピリチュアル好き」のほうが斬新だし、意外性もあってよいかもしれない。大きなお世話だとは重々承知しているが、バラエティ進出の際のキャラとして、相川にぜひおすすめしたい。 

「手土産の達人」IKKOに、テレビスタッフの失礼な質問……“先入観”から生まれるマイナスイメージは、なかなか払拭できない?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「仕事をもらいたくて、何かを渡すってことはしない」IKKO
『バカリズムの大人のたしなミズム』(10月28日、BS日テレ)

 「冤罪」についての本を読んでいると、初動捜査のミスや物的証拠が乏しいという共通点があることに気づく。こうなると、警察は容疑者から自白という証拠を引き出さなくてはいけない。それでは、物的証拠もないのにどうやって容疑者を絞りこむかというと、「動機がありそうな人」を探すことになるそうだ。

 たとえば、子どもが犠牲になる事故では、状況から見て事件性も否定できなかった。その時に警察が疑ったのは、ある若い女性。警察は犠牲になった子どもの葬儀で大泣きしたこと、彼女の両親が離婚を繰り返していたことに注目したという。「複雑な家庭で育ったから、人間性に問題があるに違いない」「葬儀で大泣きしたのは罪の意識からだろう」といったとんでもない先入観や決めつけにより、無実の女性を容疑者に仕立て上げ、冤罪が生まれてしまったのだ。

 冤罪とまではいかなくても、こうした先入観による決めつけは、私たちの周りにあふれている。

 10月28日放送『バカリズムの大人のたしなみズム』(BS日テレ)に、美容家のIKKOが「手土産の達人」として出演していた。IKKOといえば、バラエティ番組で共演した人に毎回違う手土産と直筆の手紙を渡していることを、いろいろなメディアで明かしている。同番組では、和菓子の老舗・とらやでIKKOが手土産を選ぶことになり、審美眼がある人には季節を感じさせる美しい生菓子、人数が多いときはシェアしやすいミニ羊羹、企業の社長や会長など特に敬意を表したい相手には、杉の箱に入った竹皮で包んだ羊羹3本セットといった具合に、相手や目的に応じて持っていくと話していた。品物だけでなく、のしやふろしきの色でも、相手への敬意を表すそうだ。

 番組スタッフはIKKOのこだわりに驚嘆したのだろう。「こういうことで成功してきた?」と質問していた。いつものIKKOなら明るく「そうね」と言ってくれそうだが、この時は珍しく「何、成功って」「成功って何?」と2回聞いた後、「私はそういうの関係ないの」「仕事をもらいたくて、何かを渡すということはしない。ご挨拶だから、気持ちだから」と言い切っていた。

 ここで思い出すのは、元雨上がり決死隊・宮迫博之のYouTubeチャンネルに島田紳助さんが出演した時のことだ。島田さんは、芸能界を引退した今でも、IKKOから誕生日プレゼントをもらうと明かしていた。IKKOのバラエティ進出のきっかけとなった恩人が島田さんだから、という理由らしいが、もう引退した島田さんにプレゼントを贈り続けることは、「仕事をもらいたくて、何かを渡すということはしない」というIKKOの気持ちを表しているように思う。

 テレビは「成功している人は、〇〇がすごかった!」というふうに、方針もしくは先入観を持った上で、単純な公式で番組を作ることが多い。IKKOの場合、それが「手土産」だと思い、スタッフは思わず質問したのだろう。

 しかし、冷静に考えれば、手土産をあげて仕事がうまく行くのなら、誰だって成功できる。また「手土産」と「成功」を結びつけることは、「手土産をあげるかわりに、仕事をもらった」と悪意的に解釈されることもあるから、失礼な質問ではないだろうか。IKKOが「仕事をもらいたくて、何かを渡すということはしない。ご挨拶だから、気持ちだから」と言ったのは、「私は媚びて仕事をもらったのではない」という気持ちがこめられているように感じた。

 そもそも、「お偉いさんに媚びればタレントは仕事をもらえる」といった考えがテレビ側にあったから、IKKOへの失礼な質問が飛んだのだろう。しかし、こうした先入観から生まれるマイナスイメージを払拭するのは、そう簡単ではない。それを今、体現しているのが小室眞子さんと小室圭さんではないだろうか。

 10月26日に行われた2人の会見では、天皇皇后両陛下、上皇后ご夫妻、秋篠宮両殿下に対する感謝やお礼の言葉はなく、「誹謗中傷」という言葉が繰り返された。しかし、何が誹謗中傷に当たるのかは明言されず、後味の悪さが残ったように思う。けれど、2人が結婚し、自分の気持ちを明らかにした以上、もう、そっとしておくべきではないか。間の悪いことに、小室圭さんがニューヨークの司法試験に不合格だったことが明らかになったが、法律助手として仕事をするわけだから、何も問題はないはずだ。

 現在、2人は渡米までの仮住まいとして、高級マンションに住んでいると報じられた。買い物は宮内庁職員が代行し、結婚しても2人に警備がついていることから、ネット上では「税金で贅沢している」「民間人なんだから、警備はいらない」といった書き込みが見られる。

 「結婚して一般人になったのに、厚遇されすぎ」ということだろうが、11月2日配信のウェブ版「女性自身」(光文社)によると、現在の天皇陛下の妹君・紀宮さま(黒田清子さん)が結婚したときも、最初のうちは宮内庁職員が買い物を代行し、警備もついていたそうだ。つまり、眞子さんがものすごく特別扱いされているというわけではないのだ。

 しかし、小室さんは本人の問題ではないものの、母親の金銭トラブルが解決していないことから、「カネに汚い」という先入観を世間から持たれてしまっている。そのため、眞子さんが歴代の内親王と同じ扱いを受けても、この先入観が先に立ち、「あの夫婦は税金で贅沢をしている」と受け止められてしまい、バッシングがやまなくなる悪循環に陥ってしまっているのではないか。

 10月31日放送の『アッコにおまかせ』(TBS系)に出演したIKKOは、小室さんの司法試験不合格のニュースについて「人生なんでもすべて手に入るっていうよりは、これを逆に絆にできるからいいんじゃないかって思っちゃう」とコメントした。

 美容師からはじまり、美容家、実業家、タレントと、自分の努力と実力で地位を積み上げてきたIKKO。『バカリズムの大人のたしなミズム』では、IKKOは美容師になった40年前、「売り上げの1割はお客さまに返すつもりで」と教育されたことを明かしていた。この理論で言うのなら、仕事が増えればお返し(手土産)を渡す人も増えるということになる。ということは、IKKOにとって、手土産は媚びや下心ではなく「成功の証」と見ることもできるのではないだろうか。

 今でこそ豪邸に住み、別荘も持つIKKOだが、これまでいろいろな番組で「30代の頃はペルシャ絨毯が欲しくても手に入らず、2万円のもので我慢した」ことを明かしている。IKKOのように、多くの人は「実力で」徐々に望むものを勝ち取る醍醐味があり、それができれば、小室さん夫妻のマイナスイメージも取り去られるのではないか。

 結婚はゴールではなく、スタートである。小室さん夫妻の結婚が「正しかった」のかを考えてもわかるわけはなく、国民にそれを決める権利もない。ここ最近はネット上で「そっとしておいてあげるべきだ」といった意見も見られるようになってきた。もうメディアは小室さん夫妻を追いかけるのはやめにして、その代わりと言ってはなんだが、小室さん夫妻もこれからは地に足をつけた生活をしたらどうだろうか。

 新婚でありながら、新妻の表情が優れないことは気になるが、先入観に基づいた批判は無視して、2人には幸せになってほしいと思う。それが皇室と国民、双方にとって最高の「プレゼント」になるはずだ。 

藤森慎吾はもう一度、田中みな実にトライするべき? おせっかいだけど「復縁」を提案したい、運命的な「相性の良さ」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「美容系YouTuberじゃねえよ」オリエンタルラジオ・藤森慎吾
『サンデージャポン』(10月24日、TBS系)

 カップルが安定していい関係を保つために、コツのようなものはあるのだろうか。

 明治安田生命が主催する「理想の有名人夫婦」ランキング。2020年の調査では、俳優・三浦友和と山口百恵さんが15年連続で1位を達成し、殿堂入りを果たした。“よい夫”の代名詞ともいえる三浦は自著『相性』(小学館文庫)内で、夫婦ゲンカを一度もしたことがないと明かし、その理由を「私は素晴らしく相性の合う女性と出会い、結婚できたと言える」と書いている。つまり、ケンカの原因が生まれないほど相性のいい人と結婚することが、安定していい関係を保つコツということだろう。

 もっとも、三浦は「相性がいい」ことに甘えているわけではない。三浦は結婚したときに「浮気をしない」ことを百恵さんに約束したと、『相性』内で明かしている。現代の感覚では、結婚する人が浮気をしないのは当たり前と思われるだろう。しかし、当時の芸能界では「女遊びは芸のこやし」という風潮が強かった。特に、売れている男性芸能人が不倫をしても、今のように責められることはほとんどなく、三浦の“宣言”はかなり少数派だったといえるのではないか。

 そんな三浦の人柄に加え、この夫妻は金銭的な相性が特によかったと思う。

 17年1月11日配信のウェブ版「女性自身」(光文社)によると、三浦は2人の子どもたちが生まれた頃、「仕事があまりなく、年に1本くらいしかない」と話していたが、そんな彼を百恵さんが責めることはなかったそうだ。18年12月24日配信の同サイトでも、家を建てたものの、仕事に波があってローンの返済が難しくなったという金銭的な苦労を伝えている。三浦はこの際、家の売却を百恵さんに持ちかけたが、「10万円なら10万円の、1,000円なら1,000円の生活をするだけよ」と答えたそうだ。それ以外にも、『相性』内では三浦が投資に失敗して、長いこと借金を払っていたことも明かされている。

 夫の仕事がなくても、お金がなくても「身の丈に応じた生活をすればいいのよ」と言いたいのはやまやまだ。しかし、現実問題、生活するにはお金がいるし、三浦と百恵さんにはお子さんだっている。一方で、歌手であった百恵さんは引退後も歌唱印税が期待でき、節目ごとに発売されるアルバムもヒットを記録している。専業主婦で外に働きにこそいかないものの、百恵さんは無収入ではないわけで、これは三浦にとっても、夫妻にとっても大きな安心材料となったことだろう。経済的な助け合いができるからこそ、揉めごとも起こらない。これが三浦と百恵さんの「相性の良さ」ではないだろうか。

 お互いの性質や価値観が合う「相性」をカップルに必要な要素と考えるのなら、破局してしまったが、田中みな実と藤森慎吾はベストカップルになれる2人ではないかと思う。 

 12年に「フライデー」(講談社)で交際が報じられた田中と藤森。しかし、15年の「女性セブン」(小学館)によると、藤森から切りだして別れることになったそうだ。15年といえば、田中がTBSから独立してフリーアナウンサーとして活動を始めた時期と重なる。

 そんな田中は19年に発売した写真集『Sincerely yours…』(宝島社)の大ヒット以降、アナウンサーというよりも、「美のカリスマ」としての活動に重きを置いているようだ。若い女性向けの雑誌を見ると、田中のおススメするコスメを知ることができるし、最近では、下着メーカーと組んで、ガードルの開発にも携わった。

 朝日新聞が主催する情報サイト「telling,」のインタビューを受けた田中は、自身の強いこだわりのために「納期に間に合わない」とメーカーに言われても、「それは、そちらの都合ですよね」とつっぱねるくらいの熱い思い入れで開発に当たったそうだ。仕事では強気な田中だが、今月12日に放送された『グータンヌーボ2』(関西テレビ)では、藤森と破局後、「立ち直るのに2年かかった」と話していた。

 一方の藤森は、相方であるオリエンタルラジオ・中田敦彦がYouTubeに軸足を置くようになり、吉本興業を退社。藤森も彼に釣られるように吉本を辞め、現在はお笑い芸人というよりも、タレントにシフトチェンジしたように見える。かねてよりブラジルと日本のダブルの彼女がいることを公言していたが、今月24日放送の『サンデージャポン』(TBS系)では、プロポーズをしたが断られて破局したことを認め、「めちゃめちゃさみしい」と打ち明けている。

 別れた2人に復縁しろというのは大きなお世話だが、田中と藤森は運命的な相性の良さを秘めているように感じて仕方がない。

 田中はフリーに転身したばかりの頃、ある番組で、藤森は自分の美容上の努力に気づいてくれる存在だと話していた。ネイルを変えたとか、新しい口紅にしたなどという小さな変化に気づいて、ほめてくれるのだという。さすがに前髪を5ミリ切ったときはわからなかったようだが、変化に気づいてほめてくれる男性というのは、日本ではかなり少数派で、これは藤森の才能というべきだろう。

 現在は、ほぼ美容家として活動している田中のモチベーションを上げるためにも、こういう感度の高い人がそばにいることは仕事の役に立つのではないか。ちなみに、美容家・君島十和子の夫(元皮膚科医)も妻の変化に敏感で、ほめてくれたり、「そろそろエステに行け」と勧めてくれると女性誌で読んだことがある。

 くしくも、藤森も美容には造詣が深い。20年11月配信のウェブ版「MAQUIA」(集英社)のインタビューによると、スキンケアはもちろん、月に一度、サロンで眉毛の形を整え、ネイルサロンに通い、シミができたらレーザーを打ち、全身脱毛と歯の矯正やホワイトニングをしていることを明かしている。また、お世話になっている女性たちのために、シャネルの口紅を30本購入して配ったこともあるという。

 自分だけがきれいになるのではなく、美容の楽しさを性別問わずにシェアするような行動がとれる藤森は、男性、女性双方に憧れられる「美容男子」として、新たなキャラクターを確立できるのではないか。

 もっとも、男性が美容を楽しむというのは、ある程度の年齢の人には理解ができないことなのかもしれない。今月23日放送の『サンデージャポン』(TBS系)で、司会の爆笑問題・太田光に「おまえ、美のカリスマなの?」とたずねられた藤森は「美容系YouTuberじゃない」といなしたものの、太田に「田中みな実とやってること一緒」と茶化されていた。藤森本人がどう思っているかは別として、第三者から見て確かに方向性はとても似ている。

 出会ったときは違う職業で、別れたはずなのに、何年かしてみたら、2人とも同じ分野の第一人者になっている。これを運命と呼ばずして、なんと言うのか。復縁すれば「美しすぎるカップル」「美を高め合うカップル」として、ビジネスにもつなげられそうだ。共通の興味を持ち、お互いを高めあえるという点で、田中と藤森は「相性が良い」と思う。

 もちろん、一度別れた2人がよりを戻すのは簡単なことではない。16年放送の『旅ずきんちゃん』(TBS系)に出演したNON STYLE・井上裕介は、共演者である田中を目の前にして、藤森から恋愛相談を受けていたと明かしていた。井上いわく、藤森は田中の「ゲロ吐くぐらいのわがまま」に悩んでいたそうだ。

 わがままな人と付き合うのは疲れそうだが、わがままな人に喜んでもらうために行動することを、自分の成長に変えられる人もいる。藤森がそのタイプに当たるかはわからないが、いっそのこと“修行”だと思って、もう一度、田中にトライしてみたらどうだろうか。おせっかいなのは百も承知で、ご提案したい気持ちでいっぱいだ。 

松居一代にとって「いい距離感の人間関係」を考える――思い込みが激しく、情が濃い一面と投資家の冷静さを生かすには?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「小室さんとお姫様の眞子さまに貸してあげたい心境ですが、家賃が高いですよ 」松居一代 
松居一代オフィシャルブログ、10月13日

 「婦人公論」2021年10月26日号(中央公論新社)の特集「<歳を重ねた親子のホンネ>母が重い、娘がこわい」が面白かった。数年前に起こった毒親ブームの頃は、母親の仕打ちがいかにひどかったかを娘の側から語るものが多かったが、今号では「娘がこわい」という母親側からの反論も載っている。同誌にコメントを寄せた臨床心理士の信田さよ子氏は、どちらの肩を持つわけでもなく、それぞれに精神的な距離を保つことを勧めており、これは「大人になったら、母と娘はどちらも必要以上に干渉するな」という意味だと私は解釈した。

 アジア人は血のつながりを重視する傾向があるといわれている。親族やきょうだいでいさかいがあると、「血がつながっているのだから、いつかはわかりあえる」といさめてくる人がいるのはその表れだろうが、実際は親子間で殺人が起きることもあるし、介護や遺産相続をきっかけにしてきょうだいが絶縁するという話もよく聞く。みんながみんな、円満でわかりあえる家庭ではないということだろう。

 もう一つ思うのは、実は「家族という存在が必要でない人」もいるのではないか、ということだ。

 17年、タレント・松居一代と俳優・船越英一郎の離婚騒動が世間を騒がせた。松居は船越の不貞の証拠をYouTube上で暴露するなど、前代未聞の事態となったが、後に2人の離婚は成立し、松居はテレビの世界を去った。もともと投資家としての腕に定評がある松居だが、現在はニューヨーク・マンハッタンに活動の拠点を移している。

 女の細腕でたいしたものだと思う一方で、松居の周囲には家族にまつわるトラブルが多いことにも気づく。21年10月16日付のブログで、松居は「私は残念ながら、実の家族には恵まれていません。バツ2で世間様を巻き込んでの派手な離婚劇場」と、家族運の薄さを嘆いている。離婚だけでなく、松居は最初の結婚でもうけた一人息子とも揉めているようだ。息子は船越と養子縁組をして「船越」姓を名乗り、会社を経営しているが、松居は息子に養子縁組を絶つことを条件として資金を貸与したものの、その約束は守られていないとブログ内で明かした。

 実母や妹たちとの関係も、あまりうまくいっていないようだ。松居は今年2月に実父を亡くしているが、3月30日のブログには、実父の危篤時や四十九日法要の連絡がなかったこと、通夜や葬儀の際は松居の席が用意されていなかったことが書かれている。何が原因なのかは詳しくわからないが、実家側にとって、よほど腹に据えかねる出来事があったのだろうと推測する。

 生きていれば対人トラブルは付き物とはいえ、松居のブログを読んでいて感じるのは、彼女の思い込みの激しさ、もしくは情の濃さである。

 たとえば、松居はホームレスの男性に家の掃除などの用事を頼んでいたことがある。この男性を相当信用していたようで、1月28日のブログでは、自宅のセキュリティーナンバーを教えていたことを明かしている。「家が無くて、外で寝起きされていても、誠実な方だと松居は判断していました」と書いており、実際に、この男性はトラブルを起こしていないようだ。

 勘の良さは投資家にとって重要な資質だろうから、誠実な人柄を見抜いたのはさすがというべきだろうが、もし私がこのホームレス男性なら、セキュリティーナンバーを教えてもらってもうれしくないと思う。なぜなら、もし松居家の中で何かなくなったとしたら、それが勘違いであったとしても、最初に疑われるのは自分の可能性が高いからである。100%善意で行った行為が、相手にとっては“ありがた迷惑”かもしれないと思うセンスが、松居にはないのかもしれない。

 直観力だけでなく、松居は行動力にも優れている。船越と結婚していた当時、彼が主演するドラマの視聴率アップのために、松居が自分でチラシを作り、街行く女子高生に配っているのをワイドショーで見たことがある。正直なところ、チラシを配ったくらいでドラマの視聴率が上がるとは思えないが、「好きになったら命がけ」になるのが松居なのだろうと思う。

 しかし、この濃すぎる情は、一歩間違うと仇になるかもしれない。松居はご近所さんや解体工事の業者など、自分が「これ」と思い込んだ人には、大金をつぎ込むクセがあるようにも見える。赤の他人でもこうなのだから、家族となるともっと濃密に付き合うのではないか。松居は経済力があるので、大金を援助することも可能かもしれない。こういう付き合いはうまく行っているときはいいが、相手が自分の思う通りに動いてくれないと、「あんなにやってやったのに」と恨み骨髄に徹する可能性も秘めている。息子と揉めている裏に、こうした不満がないとはいえないだろう。

 さらに松居は、顔も名前も知らないブログ読者のことも“家族”と呼ぶが、彼女にとってこれくらい距離感のある人間関係のほうが、トラブルにならなくていいのかもしれない。一緒に住んだり、毎日顔を見て愛しあうという意味の家族と付き合っていくのは、松居の負担が大きく、そもそも向いてないと思うのだ。

 愛しすぎて、相手が窒息するまで抱きしめてしまうようにも思える松居だが、いい距離を保ち続けているものもある。それはお金だ。

 投資上手な松居の元からお金が逃げることはなく、松居もお金に敬意をもって接しているように思う。10月13日のブログで、マンハッタンのミッドタウンに立つ超高層ビル・One57の一室を「破格の安さで買い逃げた」と最安値で買ったことを明かし、今は売るか賃貸に出すか悩んでいるという。その流れで、「小室さんとお姫様の眞子さまに貸してあげたい心境ですが、家賃が高いですよ」と冗談めかして書いている。

 松居といえば、三重県の伊勢神宮へ頻繁にお参りしていることでも知られているが、7月4日のブログによると、天皇陛下がお使いになる特別室で表彰を受けたという。眞子さまは結婚して民間人になられても、皇族の一員であったことに変わりはない。スピリチュアル好きで「ご縁と感謝」をたびたびブログにつづり、大切にしている松居だけに、格安で貸してあげればいいのに……と思わないでもないが、そこまでの情はないようだ。松居はお金(ビジネス)に関しては、常に冷静である。お金を愛するように、人を愛すれば何事もうまく行きそうだが、天は二物を与えなかったのかもしれない。

 アメリカのフリーペーパーに松居が掲載された際、自身を「ジャパニーズ・マム」と紹介していた。その肩書に異論はないが、松居のスゴさは「身内と良好な関係を築いているか」というような、既存の「マム=母親」像を基準にした平凡な尺度では到底測れないと思う。家族から遠く離れたニューヨークで、お金の神様、投資の女王として、ますます活躍していただきたいものだ。

「料理が得意」な和牛・水田信二の面倒くささがあらわに? 「作ってくれた人への感謝」を訴えるほどに増すこだわりと威圧感

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「料理得意な男性はどうなんやろな?」和牛・水田信二
『人志松本の酒のツマミになる話』(10月8日、フジテレビ系) 
 
 『家事ヤロウ!!!』(テレビ朝日系)という番組がある。その名の通り、家事初心者のバカリズム、KAT-TUN・中丸雄一、メイプル超合金・カズレーザーが、料理や収納術などの家事を学び、実践する番組だ。

 男性が家事をやることを番組にするアイデアは、今の日本において「画期的」と言えるのではないだろうか。この3人に限らず、人気の男性芸能人が家事をする姿をテレビで見せることは本人のイメージアップにつながるし、仕事の幅を増やせるかもしれないという意味でチャンスだと考えられる。しかし、料理や掃除など家事への強いこだわりから、その人の面倒くさい一面が露呈する可能性もあるので、注意が必要だろう。

 10月8日放送の『人志松本の酒のツマミになる話』(フジテレビ系)に出演した和牛・水田信二。彼は芸人になる前に料理人として働いていて、料理に関して相当自信があるようだ。その水田が“ツマミになる話”として、「料理得意な男性、どうなんやろな」という話題を提供したが、この話に私は水田の面倒くささを感じた。

 水田は元料理人だったため、「味への興味がすごくあるし、作ってくれた人への感謝もすごい感じる」とのこと。若手の頃はファンから手作り料理をプレゼントされることもあったが、何か問題があったら大変なので、事務所からは「食べないように」と指導されているらしい。しかし、水田はせっかく作ってくれたものをみすみす捨てられないので、「ひとくち、口に入れて味を見てゴミ箱に吐き出す」ということをやっていたそうだ。

 水田が元料理人だと知った上で付き合った女性は、「まぁ、料理作ってくれない」「この10年で手料理(を食べたの)って2〜3回しかない」らしい。彼女が料理を作ってくれる数少ないケースのときも、何か言われるのではないかと緊張した様子で、水田も「絶対に喜んでいるのは伝えたいけど、大げさに言ったら気を使わせる」と考えてしまい、全然食事が楽しめないのだという。そんな経験から、水田は「料理が得意な男性はどうなんやろな?」と疑問に思うようになったそうだ。

 要するに、水田は自分の料理がうますぎるため、彼女の負担になっていると考えたらしい。「料理ができて、気を使える男性」のように思えなくもないが、どうもそんなに簡単な話ではなさそうだった。 

 水田の質問に対し、ゲストでタレントの井上和香は、料理が得意な男性と交際していたとき、自分の作った料理を相手が「すごくおいしかったけど、ここにもうちょっと緑があったらきれいだったよね」と“採点”してくるのが嫌で、「料理ができる人、本気で苦手」と思ったことがあると話した。

 水田は井上の経験談を受け、「料理人の人って(そういうことを)家で言ってないと思う」「男性で女性の料理に文句を言う人って、料理人じゃない料理得意な人」「料理人の人は絶対言ってない、作る大変さをわかっているから」と持論を展開。仮に水田が女性の作った料理に彩りが足りないと思ったとしても、「よく料理人の自分に対して作ってくれた、ハードルを越えてきたくれたということに感謝」するそうで、井上が「苦手」とする男性と自分は違うと主張したいようだった。

 「感謝」という殊勝な言葉にごまかされがちだが、水田は結構序列にこだわるというか、マウントを取りたがるタイプなのではないかと思う。 
 
 水田の「料理人じゃない料理が得意な人」や「料理人の自分に対して作ってくれた」発言からは料理が得意な人より料理人のほうが“上”、料理人である自分は彼女より“上”という序列にこだわっているように私には感じられた。そもそも、料理人だからといって、シロウト(彼女)の作った料理を褒めてはいけない決まりがあるわけでもないのに、なぜ「大げさに言ったら気を使わせる」と思うのかよくわからない。

 彼女がプロの料理人になりたい、店を出したいというのなら、厳しめに評価をする必要があるかもしれないが、単にカップルで食事を楽しむのであれば、多少思うところがあっても、深く考えずに「おいしい」と言えばいいだろう。「よく料理人の自分に対して作ってくれた、ハードルを越えてきたくれたということに感謝」という言い方も、感謝をしているように見せかけて「プロの料理人であるオレに、シロウトのお前ごときがよく料理を食べさせようと思ったな」と威圧感をにじませていないか。

 それに、腕に自信があるのなら、つべこべ言わずに水田自身が料理を作ればいい。「オンナは料理(家事)をするもの」という考えまで透けて見える。

 ちなみに私の周りで、プロの料理人と結婚した友人が2人いるが、寿司職人と結婚した友人は夫に「自分がすべて作りたいから、料理は何もしないで」と言われたそうだ。実際、家族の食事もお弁当もクリスマスもおせちも全部夫が作っている。もう一人の友人の夫は逆に「家では料理を一切したくない」タイプで、友人が料理をしているが、たとえスーパーのお惣菜でも文句は言わないし、すべての料理を「おいしい」と褒めてくれるそうだ。このように、料理人とシロウトのカップルでも、緊張感が漂うとは限らない。

 水田の彼女が手料理を作りたがらないのは、水田の料理がうますぎるからではなく、水田の発する「俺のほうがすごいけど、お前が料理を作れ」という圧がすごすぎるからではないだろうか。「料理がうまい男性」というのは、今の時代にウケそうなキャラだが、水田の場合は威圧感ばかりが前面に押し出され、私には「ただの面倒なオトコ」だと感じられた。

 経済力を笠に着て「誰のおかげでメシが食えているんだ」と配偶者を精神的に威圧することなどは、「モラルハラスメント」と呼ばれている。モラハラを働く人は日ごろから、学歴や職業、年収などの社会的ブランドにこだわったり、それらに「上下」「勝ち負け」をつけがちだったりするという。日本は男女の賃金格差が大きい国なので、一部の高収入女性を除くと、多くの女性は“モラハラ被害者”になる可能性を秘めているといえるし、実際にパートナーからモラハラ的発言を浴びた経験のある人も多いのではないだろうか。 

 そのせいか、ある編集者から「モラハラは数字が取れる」と聞いたことがある。確かに、女性向けの読み物では、モラハラ夫やモラハラ彼氏を描いたものが多い。モラハラ男への嫌悪から、女性たちがついクリックしてしまうのだろう。しかし、テレビに出ている人がモラハラ気質だと嫌悪感が先に立って、その人の本業について興味を持つ人が減るかもしれない。そう考えると、たとえ家事の話をしたとしても、マイナスに働く可能性が高そうだ。

 少し前は「クセがあってこそ芸人」のような言われ方をしていたが、時代は変わっていく。芸を磨くよりも前に、“人柄”を時代に合わせて好感度を上げることが、水田をはじめとした芸人の仕事の幅を広げる方法なのかもしれない。 

熱愛報道のSHELLYと「マンションを売った」新恋人に抱く疑問――「離婚は失敗」じゃないが、恋愛はマイナスになる?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「いい人がいれば、すぐにでも恋愛したい」SHELLY
「女性セブン」10月21日号 (小学館)
 
 秋篠宮家の長女・眞子さまが、10月26日にご結婚されることとなった。現在の天皇陛下の妹君・紀宮さま(当時)が2005年に都庁勤務の黒田慶樹氏とご結婚されたとき、国民はおおむね祝福ムードだったと記憶しているが、今回、あの時のような寿ぎが感じられないのは、残念なことだろう。

 内親王の結婚相手について、国民が審査する権利はない。なので、眞子さまに小室圭氏との結婚を「破談にしろ」と意見することは見当違いといえるが、この結婚が相当危ういことも確かだと思う。小室氏はすでに、ニューヨークに就職先が決まっているようだが、「就職すること」と「仕事が続くこと」は全く別問題である。競争の激しいアメリカで、小室氏が生き残っていけるのかは未知数だ。

 私も夫の仕事の都合で海外赴任したことがあり、その際、知り合いに「夫婦仲が悪くなるから、気をつけろ」と言われた。海外生活でお互いにストレスが溜まるが、発散する方法がないので、つい相手に当たってしまうという意味だ。実際に、夫がストレスのためにアルコールに溺れ、妻に暴力をふるいだしたとか、外国での子育てや人間関係に悩む妻がうつ病になったという話を聞いたことがある。

 眞子さまの場合、海外生活もさることながら、一般人としての暮らしに適応しなくてはならない困難も待ち受けている。また、眞子さまの姑になる小室佳代氏は元婚約者との金銭トラブルがいまだ解決しておらず、最近では、勤務先の洋菓子店との「労災トラブル」を「女性セブン」9月2日号(小学館)に報じられるなど、なぜかお金にまつわるトラブルが多い。そんな姑との関係にも適応しなければならない。

 ご自身が選んだ道と言われたらそれまでだろうが、眞子さまはプリンセスならではのリスクも抱えている。それは離婚したとしても、“実家”である宮邸に帰れないということだ。

 9月24日放送『バイキングMORE』(フジテレビ系)に出演した皇室ジャーナリスト・山下晋司氏は「仮に離婚されたとしたら、一般の方って実家に帰ってご両親と暮らすっていうのがよくあるパターンじゃないですか。でも眞子内親王殿下は、それできないんですよ」と解説している。このほかにも、皇室の費用は国の予算から計上されるため、一般家庭と違って結婚後の娘に経済的な支援はできないという。山下氏はこれを理由に、眞子さまが辞退の意向を示すとみられる約1億5000万円の一時金について「もらっておいたほうがいい」と持論を展開した。

 SNS上では、眞子さまと小室氏の結婚に関して「結婚してダメだと思ったら、日本に帰ってくればよい」という意見も見られるが、前述した通り、プリンセスには多くの庶民が持つ「実家に戻る自由」「困ったときに親に助けてもらうという自由」をお持ちではないわけだ。「失敗しても、やり直せる」のなら「とりあえず結婚」もいいだろうが、「失敗したら、行き詰まる」ことが目に見えている以上、もろ手を挙げて賛成する人が増えないのも致し方ないことではないか。

 そんな中、「女性セブン」10月21日号でタレント・SHELLYの熱愛が報じられた。記事を読んで、彼女の近況を知ると同時に、結婚の“失敗”についてどう考えているのか気になった。

 同誌によると、お相手は日本テレビのカメラマン・A氏。SHELLYは19年に離婚後、「いい人がいれば、すぐにでも恋愛したい」という気持ちを抱いていたために、『しゃべくり007』(日本テレビ系)のスタッフが番組内でのお見合いを企画し、そこでA氏と出会ったという。

 当初、SHELLYはA氏を子どもに会わせるつもりはなかったが、A氏と子どもが楽しく遊べたこと、また、A氏が住んでいるマンションを売って、SHELLYの自宅にやってきたことで、現在は同棲に発展しているそうだ。

 SHELLYは今年1月2日配信のニュースサイト「BUSINESS INSIDER」の取材に対し、「離婚しちゃって、スイマセン!って笑いを取るのはすごく簡単。バラエティにはそういうセオリーがすでにできあがっているから。でも、私は離婚を失敗だと思っていないし、他人の恋愛の素敵なエピソードは、離婚前も後も変わらず好き」と答えていた。

 離婚したことに対して引け目がないからこそ、番組の企画でお見合いをして、堂々と恋愛をすることにしたのだろう。それにSHELLYは独身なわけだから、恋愛をしてもまったく問題はない。しかし、なぜA氏は自分のマンションを売ってまで、SHELLYの家に来たのか。SHELLYもなぜそれを容認したのか、どうしても引っかかるのだ。

 2人のお子さんがA氏と一緒に楽しく遊べることと、一緒に暮らしてうまくいくことは別の問題である。今後、お子さんとA氏、SHELLYとA氏の関係性が絶対に煮詰まらないとは言い切れない。不和が生じた時、A氏が別に住まいを持っていれば、とりあえずそちらに戻ってもらい、物理的に距離を取ることで、関係性の再構築も図れるだろう。

 しかし、一緒に住んでいる状態で揉めごとが起きたら、特に子どもは逃げ場がない。SHELLYがA氏と別れたいと思ったとしても、A氏が嫌だと言ってSHELLY宅に居座る可能性もないとは言い切れないだろう。その場合、SHELLYと子どもが安心して暮らせる空間を確保できないかもしれず、同棲はリスクが高くなる。皇族と芸能人を同じ次元で語るのは甚だ不敬だが、“失敗”した時に逃げ道が少ない、女性側に大きな負担がかかるという意味で、眞子さまとSHELLYは似たものがあるように思う。

 恋愛が悪いと言うつもりは毛頭ないが、SHELLYには守るべきお子さんがいる。今後はあえて彼氏と一緒に住まないことで「失敗しても、リカバリーが可能」な恋愛にシフトしたほうがいいのではないだろうか。今は離婚したからといってタレントのイメージが落ちる時代ではないが、お子さんに負担をかけるように見える恋愛をすることは「タレントとして」マイナスになるだろう。

 人は誰しもバイアスをかけて、物を見ているといえる。たとえば「1日3時間しか勉強しない主義」の人が東大に合格すれば「地頭がいい」「能率がいい」と褒めそやされるだろうが、不合格の人が同じことを言えば「もっと勉強しろよ」とあきれられる可能性が高い。同様に、離婚した人が「離婚は失敗じゃない」と言うと、「負け惜しみ」とか「プライドが高い」と受け止められることもある。成功者以外の話に耳を傾けないのは、世の常だ。

 そういう固定観念を打ち砕くためにも、SHELLYには形にこだわらず、けれどいろんな方向に気を配って、円満な恋愛をしてほしいと思うのは、私だけではないはずだ。だからこそ一言言いたくなってしまったが、体に気を付けて、今後も頑張っていただきたい。