山里亮太、相次ぐジャニーズのCM契約見直しに「心配です」――全方位へのやんわりした忖度に思うこと

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「頑張っているタレントさんが、そのCMのある番組に出られないことになってしまわないか心配です」南海キャンディーズ・山里亮太
『DayDay.』(9月13日、日本テレビ系)

 9月7日に、ジャニーズ事務所による会見が行われた。事務所として、創業者・ジャニー喜多川氏(2019年に死去)の性加害を認めたことを受けて、大手スポンサー企業が同社との契約を見直すと相次いで発表している。

 同10日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演したデーブ・スペクター氏は、「(ジャニーズ事務所を)いじめているような気もする。なんで(広告契約の見直し)表明をわざとらしくやるのか」とコメント。

 また、同13日放送の『DayDay』(日本テレビ系)でも、MCの南海キャンディーズ・山里亮太が「頑張っているタレントさんが、そのCMのある番組に出られないことになってしまわないか心配です」とタレントの今後を慮るような発言をしていた。

 確かにジャニーズタレントは、今回、同社との契約を見直すと発表した企業のCMだけでなく、スポンサーとなっている番組にも出られない可能性が出てくる。そうなると、ジャニーズ事務所、タレント双方にとって大打撃だろう。タレント本人が不祥事を起こしたわけではないのに、CMやテレビ出演の機会を失うのは気の毒だが、「ビジネスとして」考えるのなら、それも致し方ないのではないか。

少年隊は「本当にお行儀がいい」――テレビ局はなぜジャニーズを信用したのか?

 ビジネスシーンにおいては“信頼”が何よりも重要視される。テレビ局が大手事務所を丁重に扱うのは、人気タレントを多数有していることが一番大きな理由だろう。しかしそれ以外にも、長年の付き合いで事務所に信用があるからだと思う。

 テレビ局は、人気のあるタレントに出演してもらい、視聴率を稼いでほしいというのが本音だと思われるが、だからといって、コンプライアンスを遵守できない人物を出演させると、番組がお蔵入りとなりかねないので、それは避けたいところ。そういう時に「この子はちゃんと教育してあるので安全です、私どもが保証します」と“身元保証”するのが事務所の仕事だと思われる。

 その昔、演歌歌手の小林幸子が、『夜のヒットスタジオデラックス』(フジテレビ系)で、少年隊の3人を「本当にお行儀がいい」と褒めていたが、上下関係が厳しいとされる演歌界の人にそう言われるくらいだから、彼らの周囲に対する気配りは、相当なものだったのだろう。それは事務所内での教育が行き届いていた証しともいえるはずだ。

 視聴率を稼いでくれるスターがいる、しかも礼儀正しいとなると、 テレビ局はますます大手事務所を信頼するようになる。テレビ局は「あの事務所に頼めば、間違いない」と信頼し、一方で芸能界志望者も「あの事務所に入れば、チャンスがつかめる」と信じて、多くの才能が集まるだろう。

 しかし、長年ささやかれてきたジャニー氏による性加害をジャニーズ事務所が認めた今、ジャニーズ事務所の信頼は地に堕ちた。戦後、姉と力を合わせ、一代で芸能界にエンパイアを築き上げたというのが、これまでのジャニー氏のイメージだろうが、今では趣味と実益を兼ねて芸能事務所を作り、餌食となる少年たちを集めていたと言われても否定はできない。

 事務所に信頼がなくなれば仕事は来なくなる。テレビ局や企業が事務所に仕事を頼むということは、亡くなったとはいえ、性犯罪者が舵取りをしていた企業にお金を落とすことにつながるわけだから、タレントに非はなくても、取引をやめると考えたとておかしくはない。

 長年、芸能界にいる山里サンだけに、こんなことがわからないとも思えないので、おそらくタレントを傷つけないように、とはいえ企業側を叩きすぎないように気を使って 「頑張っているタレントさんが、そのCMのある番組に出られないことになってしまわないか心配です」 という表現を用いたのだと思われる。

 確かに、人を傷つけない、傷ついた人に寄り添うこと、また過度な批判は避けること は、時代が求めているものともいえるだろう。しかし、こうした全方位にやんわり忖度していると、視聴者に「発言がズレている、わかっていない、そういう問題ではない」と思われてしまい、となると、山里サンの信頼に関わってくるのではないか。

 9月10日放送の『Mr.サンデー』(同)で、MCのフリーアナウンサー・宮根誠司は「テレビとかは魅力あるジャニーズのタレントさんに出てもらいたいわけですよ」「視聴率を取りたいわけです。だから、そういううわさがあっても、あえて追及はしませんでした、誰も。これは本当に猛省しなければならない」と述べた。

 一方、TBSアナウンサー・安住紳一郎も、同9日放送の『情報7DAYSニュースキャスター』で、ジャニーズ事務所に対する忖度は「十分にあると思います」と認め、事務所から触れてほしくないと言われたことについては、「もしその約束を守らなければ、次からはこちらの依頼に応えてくれない、そういう損得勘定で仕事をしている部分はあります」と総括した。

 自身らの後ろ暗いところを、先に言ってしまえば、「なぜ疑惑を追及しなかったのか」「ジャニーズ忖度はしていなかったのか」 というネットユーザーからの批判を封じることができるし、正直なコメントだと好感を抱く人もいるだろう。宮根、安住アナといえば、アナウンサーとして絶大な人気を誇るが、やはり民意を捉えるのがうまいと感じる。

 彼らに比べると、山里サンはその「民意を捉える」ことができていないように思う。 彼のコメントについて、先ほど、全方位にやんわり忖度していると述べたが、腰が引けているともいえるのではないか。彼は 自分が芸人として認められることには熱心だけれど、実は他人のことにあまり興味はなく、共感性も薄いのかもしれない。だから、自分が他人にされた屈辱的なことはいつまでもいつまでも覚えている割に、他人の受けた痛みのようなニュースになると、途端にぼんやりしたコメントしかできなくなるように見える 。

 しかし、ワイドショーのMCである以上、視聴率を取る必要があるだろう。山里サンが本音を言うことが、視聴率が低迷する『DayDay.』の突破口 のように思えてならない。

ハイヒールモモコはLINEの友達が2,500人! コミュ力が高い人の3つの共通点とは?

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「LINEの友達は2,500人くらい」ハイヒールモモコ
『上田と女が吠える夜』(9月6日、日本テレビ系)

 9月6日放送の『上田と女が吠える夜』(日本テレビ系)のテーマは、「友達が多い女・少ない女のコンプレックス解放SP」。最近のテレビでは、「友達がいないです」というタレントは多くても、「友達が多いです」という人はあまり見かけない。「友達が多い人」はどんな人なのかと思いながら番組を見ていたところ、彼女たちの考え方には共通点があることに気づかされた。

『上田と女が吠える夜』ハイヒールモモコら「友達が多い人」3つの共通点

特徴(1)友達の条件が緩い

 出演者の中で、友達が多い派は、ハイヒールモモコ、元NHKアナウンサー・久保純子、元サッカー日本代表、丸山桂里奈ら。モモコは「LINEの友達は2,500人くらい」というから、驚いてしまう。これだけ人数が多いと、相手の顔を覚えていないこともあり、そんな時は「久しぶり~」と表面上は和やかに会話しつつ、自分のそばにいる人に「この人、誰?」と腹話術で聞くらしい。

 会った時に誰かわからない人を友達と呼んでいいのかについては、意見が分かれると思うが、モモコにとっては「誰かわからなくても、友達」「向こうから声をかけてくるのは、友達だから」というルールがあるのではないか。

 丸山も友達認定のルールについては緩めのようだ。丸山といえば、番組の共演者にお菓子を渡すことで有名だが、彼女は「お菓子をあげた人はみんな友達」だそうだ。同番組の共演者全員にもお菓子をあげたというので、丸山理論でいうと、全員友達となる。

特徴(2)友達付き合いは「自分が楽しいかどうか」が基準

 久保純子は、芸術家・草間彌生氏ファン友人のために、“草間彌生縛り”の誕生日パーティーを開催したという。その時の写真が披露されたが、久保をはじめとした参加者はそれぞれ、草間氏のように赤い髪のウィッグをかぶり、手作りの水玉の洋服を着ていた。

 司会のくりぃむしちゅー・上田晋也は「めんどくせぇパーティー」「次の誕生日に『またなんかしなきゃ』ってなるじゃんね」と、久保の負担の大きさを感じたようだが、当の本人は「次何する? 何が好き? (と友人に)リサーチ(するの)も好き」と、そのプロセスも楽しんでいると明かしていた。

 自分はあまり凝ったパーティーは好きではないけれど、もし、友達のためにいろいろと準備をしたというのなら、その頑張りが報われないと感じた時にガッカリしてしまうだろう。しかし、久保のようにリサーチ段階から「自分が楽しい」と思えるのなら、その時点で満足しているわけだから、あまり徒労感に襲われることはないだろう。そのため、相手との友人関係は長く続くのではないだろうか。

特徴(3)「自分の生活が充実するかどうか」が友達作りのポイント

 久保は、ディズニーランドに1人で行くことは「絶対にダメ」だそうだ。「ビッグサンダーマウンテン乗ったら、『うわぁ~うわぁ~!』っていうのを共有しなきゃいけないし、写真撮られますよね。その時にみんなでこう(一緒のポーズ作りたい)」と大勢でディズニーに行くことによって、気分が盛り上がると話していた。

 モモコは「あんたジュース買いに行くからな、私こっちに並んどく並んどく」と、友達と行動すると効率的に動けるというメリットがあると話していた。また「テレビ局でも、私ケータリングの子と各局仲良くなる」といい、その子の用意してくれたお菓子を褒めつつ、「でも私、コーンパンも好きやねんやんか」と自分の好みを伝えると、次回コーンパンを買ってきてくれるそうだ。

 久保とモモコのエピソードからわかるのは、相手との相性の良さというより、自分がしたいことや好みがまずあって、それを叶えてくれる相手かどうかが、友達作りのポイントなのかもしれない。

 それに対し、友達が少ない派は、ちょっと考えすぎというか、細かい部分があるのかもしれない。

 元テレビ東京アナウンサー・森香澄は「服を見るときに、店員さんが話しかけてくれる状況がスゴく苦手で」「何かを見ていて、ちょっとほかの店に寄って、『あれかわいかったな』と思って戻った時、(店員に)『お帰りなさ~い』と言われるのが本当に苦手」と話していた。

 お店の人は声をかけるのが仕事だし、お帰りさないと言うのも「私はあなたをちゃんと覚えていますよ」というアピールだと思うが(人によっては覚えていないということで、気分を害するかもしれない)、森は「検討しに行ってるだけ」なのに「絶対に買わなくちゃいけないんだ」と思ってしまうそうだ。

 この話を受け、モモコは「もう一回見せてくださ~い!」と素直に言えとアドバイスする。「それだとすごい優柔不断というか、こいつ、ただ冷やかしに来ているだけじゃないかと思われる」と、友達が少ない派の女優・大友花恋がかぶせると、モモコは「めちゃくちゃ悩むタイプやね~ん」と返し方を伝授した。

 一般に、友達が多い人はコミュ力が高いと言われる。では、コミュ力とは具体的に何かをモモコの例から考えると「自分があること」なのではないだろうか。「自分はこれがしたい、私はこれが楽しい」という軸がしっかりあるからこそ、「私はあれがしたい、これが好き。一緒にどう?」と気軽に人を誘え、友達が増えていく。

 それに対し、自称・友達が少ない人は、相手の反応や言動についていちいち考えすぎるから、相手にカチンと来たり、落ち込んだりするのではないかと思う。だから結果的に友達が少ないという状況になってしまう。

 自分がしっかりあって、ある意味他人に興味がない。「友達がほしいのに、どうやって作ればいいのかわからない」という人は、そんなモモコ流人付き合いのコツを参考にしてみるのもいいかもしれない。

一青窈、子どもの写真入り年賀状で「光浦靖子を傷つけた」発言が失礼だと感じたワケ

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「私は無邪気に傷つけていたんだなと思って」一青窈
『24時間テレビ 愛は地球を救う46』深夜コーナー「上田と女が朝まで吠える夜」(8月27日、日本テレビ系)

 「親しき中にも礼儀あり」ということわざがあるように、人と人とが付き合う時に“気遣い”や“気配り”は欠かせない。その一方で、それが相手をイラつかせることになることもある――。8月27日放送『24時間テレビ 愛は地球を救う46』(日本テレビ系)の深夜コーナー「上田と女が朝まで吠える夜」を見て、そんなことを思った。

 同企画は、毎週水曜日のよる9時本放送同様に、くりぃむしちゅー・上田晋也が司会で、多数の女性ゲストがテーマに沿ったエピソードトークを披露するが、今回は、普段より多くの女性ゲストが集められていた。

 「明日のために葬りたい 女たちの黒歴史」というテーマでは、歌手・一青窈がこんなエピソードを披露した。

 タレント・清水ミチコ、オアシズ・光浦靖子と親しくしていた一青は、2人に近況報告もかねて、3人の子どもが映った年賀状を送っていた。しかし、光浦が「人のリア充みたいなのを見ると、ちょっと胸が痛い」といったことを書いていたのを読んで、「私は無邪気に傷つけていたんだなと思って」「カナダに留学されて、疎遠になってしまって。怒っていらっしゃるのかな」と、自分の年賀状が原因で関係性が悪くなってしまったと思っているようだった。

 光浦の相方である大久保佳代子 は、「大丈夫、あの人、人の子ども大好きで、人の子どもの卒園式とかよく行ってましたから。大丈夫だと思います。自分の子だと思ってかわいがってましたから」と即フォロー。清水も「絶対ないよ」と援護射撃し、「しかも(一青が送って来た年賀状に載っていた子どもとの写真は)面白写真なんだもんね。リア充の人たちは面白写真撮らないから」とやんわり、“おまえもリア充じゃないからな”と、かるーく一青を落として、オチをつけた。

 一青の明かしたエピソードって、「気を使いすぎて、かえって失礼なことをしてしまう」の典型ではないだろうか。

 一青にはまるで悪気はないのだろうが、このエピソード、実はものすごく失礼なことを言っている気がする。「リア充を見ると、胸が痛い」と書いていたという光浦に、3人の子どもの写真入り年賀状を送ったことで「私は無邪気に傷つけていたんだなと思って」と言っていたが、これって見方を変えると「子どもがいる私はリア充、独身で子どものいない光浦さんは非リア充」と決めつけているも同然ではなかろうか。

  一青が「子どもがいる私はリア充だ」と思うのは自由だし、それだけ満ち足りた生活を送っている証拠だから喜ばしいことだが、一青の思うリア充と、光浦の思うリア充が一致するとは限らない。それに、もし光浦が「リア充とは子どもがいる人」と認識し、そういう人を見るのは「胸が痛い」と思っているとしたら、お子さんのいる清水とはそもそも付き合わないはず なので、彼女が「子持ち=リア充」と思っていない可能性のほうが高いのではないだろうか。

 なぜ光浦が、子持ちに引け目を感じていると思われてしまうのか。それは彼女が、女芸人の「モテない」「結婚できない」といった自虐ネタがウケていた時代に売れた人だからだろう。 それゆえに、なんとなく実生活でも「モテない」「結婚できない」こと、ひいては「子どもがいないこと」に悩んでいるというイメージがついてしまったのだと思う。

 しかし、失恋の曲ばかり作るミュージシャンが、実生活で失恋しまくっているとは限らないように、テレビやラジオで話したこと、原稿に書いたことが、光浦の本心とは言い切れないはずだ。

 もし「リア充を見ると、胸が痛い」が本心だとしても、 光浦の言う「リア充」が何かを正確につかんでいるのは、相方である大久保や清水など、付き合いが相当長いもしくは深い人だけだろう。失礼ながら、一青はまだそのレベルに達するほど親しい間柄とは言えないようだ。

 それなのに、自分のリア充基準で「私は無邪気に傷つけていたんだなと思って」と決めつけた揚げ句、「カナダに留学されて、疎遠になってしまって。怒っていらっしゃるのかな」とテレビで言ってしまったら、光浦を“一青の幸せに嫉妬して、関係を絶った狭量な人”のように 感じる視聴者も出てくるだろう。

 幸い、相方である大久保、清水という芸達者な2人がフォローしてくれたから、光浦のイメージが低下することはないと思われるが、もし適切なフォローがなければ、とんだもらい事故だったのではないか。

 一青は、番組内で20年以上前からファンだという叶姉妹と会いたいとリクエストし、めでたくご対面となった。しかし、一青はファンだという割に、2人を喜ばせる質問ができない。「どこのスパが一番よかったか」「語学はどうやって習得したか」と質問するが、会話はあまり広がらなかった。

 それに対し、タレント・重盛さと美はうまい。「インスタをフォローさせていただいているんですけど」と名乗った上で、「何も入らないちっちゃい鞄シリーズが好きで」とインスタ内の“定番企画”に触れたところ、2人は表情をほころばせていたし、会話も弾んだように感じた。

 なぜ一青との会話は素っ気なかったのに、重森の時は盛り上がったのか。それは重森が「叶姉妹のこと」に触れたからではないだろうか。どこのスパがいいとか、語学の勉強法は叶姉妹でなくてもコメントできる。けれど、「何も入らない小さなバッグシリーズ」は叶姉妹のオリジナルネタなので、彼女たちでないと答えられない。だからこそ、叶姉妹もコメントに力が入ったように思う。

 光浦にも叶姉妹にも気を使っているけれど、結果的に一青の言動がどこかズレていたり、失礼になってしまうのは、一青の物の見方が自分中心だからではないだろうか。これは自分の色で勝負していくアーティストにとっては大事なことだが、一歩間違うと「自分勝手な人、勘違いな人」になってしまう。

 バラエティ番組のトークは周りを見つつ、バランスを保つ(誰かを悪者にしない、時には自分が笑われ役を引き受ける)ことが必要なので、そもそも、アーティストにはあまり向かない、というか、出演するとイメージダウンになってしまう気がする。「餅は餅屋」ということわざがあるが、音楽に専念することをおすすめしたい。

黒沢かずこ、アローン会参加! 「結婚できない」キャラに垣間見える思い込みの激しさ

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「えっ」森三中・黒沢かずこ
『上田と女が吠える夜』(8月23日、日本テレビ系)

 テレビは時々、「だから、私は結婚できない」特集を組む。例えば、2019年に放送された『さよなら!アローン会』(NHK)。番組に出演したメンバーは今田耕司、チュートリアル・徳井義実、ナインティナイン・岡村隆史、ピース・又吉直樹。人気芸人たちが、自身の結婚できない理由を自己分析していく内容だった。岡村はその後、結婚してアローン会を脱退したが、残る3人を中心に同会は存続している。

 アローン会はテレビ限定のユニットではなく、今田のYouTubeチャンネルでも活動を続け、メンバーとのキャンプ動画を定期的に配信。男性ばかりのキャンプでは味気ない、さみしいなどと漏らし、「結婚できない」ことを嘆いている風の今田だが、六大学の女子大生と一緒にキャンプしたいと発言するなど、あっけらかんとしている(そこはかとない面倒くささも漂わせるが)。

 8月5日配信の動画では、そのアローン会に、女性アローンである森三中・黒沢かずこが参加。黒沢サンは「一度も、私は合コンに行ったことがないですし、異性とデートもしたことございませんし、ずっとアローンです」と明言していた。恋人と知り合うきっかけは合コンとは限らないが、合コンに行ったことがないということは、出会いを積極的に求めるタイプではないといえるだろう。

 ひと昔前のノリなら、「デートもしたことがないなんて、ヤバい」と自虐しそうなものだが、このご時世、恋愛経験のない視聴者を貶める可能性に配慮してか、黒沢サンはただ事実を述べるのみ。一方、恋愛経験がないことをイジるとセクハラになってしまうので、今田らのリアクションも非常にあっさりしたものだった。

森三中・黒沢かずこ、「自分は一人」という強い思い込み

 それなりに恋愛もしてきたけれど、なぜか結婚してない、もしくは、なぜか異性に縁がないまま、アローンを更新中。これくらいのゆるいノリのほうが、幅広い層に見てもらうには、効果的だろう。その点で、このアローン会が人気なのも頷けるが、黒沢サンって実は、恋愛や結婚について意識しすぎているのではないだろうか。

 8月23日放送の『上田と女が吠える夜』(日本テレビ系)は、「心配性な女VS能天気な女 生態カミングアウトSP」。タイトル通り、綿密にシミュレーションして物事に臨むタイプと、あまり何も考えずに、その時の流れに任せるタイプの女性タレントたちが、それぞれのエピソードを披露する。

 この番組に、心配性な女として登場した黒沢サンは、「自分が死んだら、処分できない」という理由で、ベッドなどの家具を持たず、「30年以上、敷布団(を使っていた)」と告白。また、コロナ禍で初めて、一人用のダイニングテーブルを買って「めっちゃ便利ですね」と話し、笑いを誘っていた。

 テレビでの発言がすべて真実、本音とは限らないことは百も承知で言うが、黒沢サンってちょっと思い込みが激しくないか。

 確かに一人で暮らしている人が亡くなったら、死後の後始末をどうするかという問題はあるだろう。けれど、だからといって、30年もベッドを使わないままでいる必要があるのかというと疑問である。今、パートナーがいないからといって、ずっとパートナーができないとは限らない。そう考えると、黒沢サンは「自分は一人だ」という思い込みが強すぎるように思うのだ。

 黒沢サンの思い込みの強さは、番組内でも垣間見える。同番組には、能天気な女として、芸人・餅田コシヒカリも出演していた。餅田は寝る時間がもったいないと思ってしまい、賞レースの前でも1日1時間しか寝なかったところ、39度の熱が出たことを明かしていた。その影響で練習が不十分だったために、賞レースも予選落ちしてしまう。また、寝ない生活はプライベートにも悪影響があったようで、睡眠不足から情緒不安定となり、彼氏に夜中、LINEを送りまくって困らせてしまったそうだ。

 ここで注目したいのは、餅田が「私、彼氏がいるんですけど」と切り出したところ、黒沢サンが「えっ」と声を出した点だ。どんな意味の「えっ」かは推測になってしまうが、黒沢サンは餅田に彼氏がいないと思っていたから驚いたのではないか。もしそうなら、黒沢サンの中には「彼氏がいる人は、こういう人」という思い込みがあり、それに餅田が当てはまっていないから驚いたのだろう。

 そんな黒沢サンを、親友の椿鬼奴は気にかけているようだ。黒沢サンはかつて『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)で、鬼奴の交際相手(当時)である後輩芸人・グランジの佐藤大に経済力がないことから、「本当に鬼奴と結婚するつもりがあるなら、この世界を辞めて普通の仕事をすればいい」と泣きながら心配していたことがある。これにもまた、「夫が妻を養わなければいけない」という強い思い込みを感じてしまうが、一方の鬼奴は「私たちがいいんじゃない? という人とでも、絶対に食事に行かない」と黒沢サンを心配していた。

 ここで思い出されるのが黒沢サンの過去の発言だ。黒沢サンは過去の『上田と女が吠える夜』で「一人が苦手だけど、結局一人になっちゃう。一人っ子だし、パートナーもできたことがない。だから、みなさんは究極の一人を知らない」と発言していた。この発言だけで判断するなら、黒沢サンはパートナーを欲しくて頑張っているのに、なぜかそれが叶えられない人のような印象を受ける。しかし、鬼奴発言から考えると、黒沢サンはチャンスがあっても、それを受け入れない頑なな面があるようだ。

 自分が「できない」と思い込んでいることが、他人から見ると「その気があるように思えない、自分からチャンスを棒に振っているように見える」ことはよくあることだろう。

 黒沢サンは芸人なので、思い込みの激しさも芸の内だ(例えば、黒沢サンの持ちネタ「千手観音かずこ」は、架空の人物になりきるという芸だが、彼女の思い込みの強さが生きていると言える)。しかし思い込みが強すぎると、不必要に自分を責めたり、対人トラブルを起こしてしまったりする可能性がある。

 自分の信頼する人、話の合う人に勧められたら、一度くらいは軽い気持ちで、その提案を受け入れてみる。黒沢サンに限らず、40歳以上の人は、自分で作り上げた思い込みに縛られていないか振り返ってみることも必要かもしれない。

なぜ占いは廃れないのか? 『突然ですが占ってもいいですか?』を見ていてわかったこと

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「自分で頑張ればどうにかなるって、たいていのことは思っちゃう」長谷川理恵
『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ系、8月14日)

 お金を払って鑑定してもらうとしたら、当たる占い師と当たらない占い師、どちらを選ぶだろうか。おそらく、すべての人が「当たる占い師」と答えるだろう。しかし、「当たる!」という触れ込みでテレビに出るような有名占い師でさえも、性格診断は別にして、“予言”の部分では、案外外していることがわかる。それなのに、占いというジャンルが廃れることはないし、占い師に鑑定してもらう番組もなくなることはない。

 これはどうしてなのか。そんなことを考えながら、8月14日放送の『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ系)を見た。

 今回の番組前半ゲストは、モデルの梨花と長谷川理恵。2人とも一世を風靡した人気モデルだが、長谷川は特にラッキーな人だと思う。そんな彼女は20代の頃、俳優・石田純一と不倫関係になり、長期間交際していたものの、結婚には至らなった。

 石田と破局後は一般人男性、俳優・神田正輝との交際が話題となったが、結局、実業家男性と結婚。この男性は、離婚直後に長谷川と結婚したために、不倫からの略奪婚ではないかと疑う声もあった。昨今このようなことをしたら、世間にボッコボコに叩かれ、仕事にも支障が出たはずだが、そうならないのは、彼女が“持っている人”だからだろう。そんな長谷川が、占い師にどんなことを言われるのかという点にも興味を抱いた。

 この番組を見ていていつも思うのは、占いの結果と一般論をきっちり分けるのは難しいということだ。長谷川は「好きな人には構ってほしいという気持ちがあるけど、それを見せない構ってちゃん」と占い師に指摘され、「あ~、そうそう」と納得していた。番組的には「この占い師は当たる」と視聴者に印象づける場面だったかもしれないが、これ、みんな、だいたいそうじゃない? と言いたくなる。好きな人に構ってもらわなくていいという人はほとんどいないだろうし、けれど、相手が仕事などで忙しいとわかれば、「構って構って」とは言えないものだ。

 このほかにも、占い師に「小さいおじさんが中にいる」と指摘された長谷川は「いるんですよ~」と答えていたが、10年くらい前、30を過ぎた女優やモデルがこぞって「中身はおじさん」と言っていた時期があったことを考えると、これも占いの結果なのか、多くの人に当てはまる一般論なのか、ちょっと判別がしにくい。

「芸能人パワーを使ってでも」長谷川理恵のシュークリーム事件

 また、占い師の指摘の中には、「それは外れているのでは?」と疑わしいものもあったが、長谷川本人は肯定していたので驚いた。

 占い師から見ると、長谷川は、外見は美しいけれども、中身はおじさんで、ちょっと素直になれないキャラなのかもしれない。「人にお願いごと、頼みごとをするのが苦手なタイプと出ています」と指摘し、長谷川も「自分で頑張ろうと思っちゃう。頑張れちゃうし、自分で頑張ればどうにかなるって、たいていのことは思っちゃう。だから、わざわざお願いごとするのが、申し訳ない。その人のエネルギーを取っちゃう」と説明していた。

 しかし、ここで思い出されるのが、石田がバラエティ番組で語っていたシュークリーム事件だ。

 長谷川と交際中の石田は、有名店のシュークリームを買ってくるように言われ、行列に並んだが売り切れてしまい買えなかった。その後も3日連続で並んだのに買えなかった石田に対し、長谷川は「芸能人パワーを使ってでも、手に入れてこい」と言ったそうだ。

 バラエティ番組での発言だから、多少“盛っている”かもしれない。それに石田は、長谷川と結婚するつもりで土地まで購入したのにフラれてしまったため、多少彼女に恨みを込めて悪く言っている可能性も否めない。しかし、このエピソードから考えると、長谷川は「頼みごとが苦手」ではないように思う。

 また、長谷川といえば、夫からもらった婚約指輪のダイヤを「小さい」と口にしたため、夫がショックで吐血したことを自著『願力 愛を叶える心』(マガジンハウス)で明かし、話題になった。ダイヤが小さいと思うことと、それを口にすることはまったくの別問題である。彼女が人に遠慮して、言いたいことが言えないタイプにはどうしても思えないのだ。

 しかし、長谷川はもしかしたら、「恋人には強めに物を言えるけれど、それ以外の人には言うべきことすら言えないタイプ」かもしれないし、若い頃は思ったことを何でも言っていたけれど、結婚して妻となり、母となったことで性格が変わって、今は相手にあれこれ言わ(え)なくなったというのもよくある話。そもそも大人になると「私の要求は100%聞き入れられている」と思っている人のほうが少数派で、多くの人は「自分は我慢している、自分の要求は聞き入れられていない」と思っている気もする。

 このように考えていくと、他人からどう見えているかは別にして、占い師が「あなたは我慢している」系の指摘をすれば、本人は「当たった!」と感じるのだろう。

 なお、長谷川本人の弁によると、彼女は実際、我慢していたらしい。長谷川は、梨花の“物怖じせず、何でも言える明るい性格”がうらやましかったという。撮影の際、暑かったりカット数が多かったりで疲れてしまい、早く帰りたいと思っても、長谷川はそれを口に出してしまうと「わがままと思われるんじゃないか、怒られるんじゃないか」と思って我慢していたとのこと。しかし、梨花は「まぁだ?」と平気で言ってしまうそうだ。

 このエピソードを明かすことで、梨花のイメージが下がるかもしれないことに配慮しないのが、長谷川の“らしさ”のような気がするが、恵まれている人もそうでもない人も、誰もがそれなりに我慢はしているものなので、やはり「あなたは我慢している」系の指摘は、万人に当てはまるといえるだろう。

 ただし、誰にでも当てはまる指摘とは言っても、「あなたはわがままですね」のように相手の非をあげつらうような指摘はよろしくない。生きていれば誰でも味わうであろう、苦しみや悲しみを拡大して寄り添うこと――それが占いのポイントであり、そこを求める人が後を絶たないからこそ、占いは廃れないのではないか。

 ちなみに占い師は、長谷川を「離婚する運命」としながらも、「努力して我慢するタイプ」とフォローしていた。彼女の恋愛遍歴を知る人は、たとえ離婚したとしても驚かないだろう。もし彼女が離婚すれば「離婚する運命」という占いは当たったことになるし、しなければ「努力して我慢した」となり、これまた占いは当たったことになる。やはり、テレビに出ている売れっ子占い師は「うまい」と思う。

 そして同時に、長谷川には今のテレビに欠けているわがままキャラのイスに座ってほしいと感じた。離婚しようとしまいと構わない、長谷川が夫(もしくは元夫)の悪口を言ったり、過去の恋愛について語ったら、ネットニュースになることは確実で、身も蓋もなさすぎて逆に面白いと思う。テレビ局の皆さま、この逸材をどうぞお見逃しなく。

コムドット・やまとの“自画自賛”ぶりに見る、彼らに欠けているモノとは?

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「すごすぎる」コムドット・ゆうた
『コムドットって何?』(8月7日、フジテレビ系)

 私たちは誰もが、自分で冷静に物事を判断していると思いがちだ。しかし心理学では、実際のところ、いろいろなバイアス(思い込み)に左右されていることがわかっている。

 そのうちの一つが、「信念バイアス」と呼ばれるもので、これは簡潔に言えば「いい結果のときは、そこに至るまでのプロセスはすべて正しく、反対に結果が悪いと、やり方すべてが間違っていると思い込む」ことを指す。

 例えば、1日2時間程度の勉強で東大に合格したら「地頭がいいから、能率よく勉強した」と褒められるだろう。しかし、不合格だったら「もっと勉強したほうがよかったんじゃないの? 受験舐めてない?」と言われてしまうだろう。残念ながら、世の中は往々にして、結果を出さない人に厳しいものなのだ。

 男性5人組YouTuberのコムドットは、今、世間の人々の信念バイアスに晒され、批判されやすい状態にあることは間違いないだろう。チャンネル登録者数はYouTuberの人気を図る指標となるが、410万人以上いたはずが、いつの間にか391万人(8月9日現在)になってしまった。こうなると、上述した信念バイアスが発動して、「あれが悪い、これが悪い」とやいやい言われてしまう。

 しかし、彼らもだいぶ追い詰められているだろうから、追い打ちをかけることは言いたくないが、『コムドットって何?』(フジテレビ系)を見ていると、彼らには、あるモノが欠けており、その影響もあって世間に悪く言われがちなのではないかと感じるのだ。

コムドットは「悔しい」という感情がないように見える

 8月7日放送の同番組では、メンバーのゆうたが描いた、お世辞にもうまいとは言えないイラストを300枚ステッカーにして、フジテレビのイベント『お台場冒険王2023』でゲリラ販売するという企画をやっていた。なお、価格は1枚1,000円、SNSでの事前告知はせず、3時間で手売りするという。

 うまいイラストならまだしも、ヘタなイラストのステッカーを買おうと思う人は少ないだろう。買ってもらうには、コムドットのネームバリューもしくはそれ相応の営業力が不可欠となる。メンバーは自作のプラカードを作り、猛暑の中、会場内を営業して回っていた。

 結局、ステッカーは88枚売れて、ゆうたらメンバーは「すごすぎる」と成果に満足したようだった。実際、すごいと思う。正直、私なら買わないような代物だが、やはり旬の人、コムドットが作ったものだからと、財布の紐が緩んだ人がいたというわけだ。

 だが、番組をエンタメとして考えるなら、ここは悔しがったほうがよくないだろうか。リーダーのやまとは、世間からの批判や逆風に対して「悔しい」とよく口にしているイメージだが、彼らは自身の行いについては、あまり悔しいという感情がないように見えるのだ。

 やまと、ゆうたは7月22~23日に放送された『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)内で100キロマラソンに挑戦した。やまとは「100キロ走ったら俺、ぶっちゃけ全回収だと思っています。『やっぱコムドットすごいわ』になると思っています」と強気な発言をしており、走り切る自信を匂わせたが、実際は40キロ(ゆうた)、43キロ(やまと)という結果だった。

 日ごろから運動しているわけでもなく、マラソンも未経験な彼らが酷暑の中よく40キロ以上走ったとは思うが、“結果”だけを重視するエンタメの世界の論理でいえば、100キロ走るという企画の趣旨は全うできていないわけだ。

 やまとはインスタライブで「俺とゆうたは番組側の人の予想で、『やまとくん5キロ、ゆうたくん10キロ走れたらいいほうですね』って言われてて。練習量から見てね。ほかの人めちゃめちゃ練習してるから。俺ら練習の時間が取れなくて、当日もぶっつけ本番になっちゃいますみたいな話だったから」と、裏事情を説明し、自画自賛していたが、どんな事情があろうと走りきれなかったのは事実である。

 誤解なきよう申し添えると、「死んでも100キロ走るべきだった」と言いたいのではない。走れなかったのなら、悔しがるなどのリアクションが必要だったのではないか。やまとのビッグマウス的な発言は若者の心をつかんできたのだろうが、きちんとした結果が伴わないと、単なる口ばっかりの人、言い訳だらけの人とみなされてしまう気がする。

 悔しさとか屈辱というのは、ポテンシャルの高い感情といえるのではないか。100キロマラソンの例でいえば、悔しさをバネに「今度こそ、100キロ走ってみせる」と練習に励めば、世間の注目を集めることになる。そして、達成できた暁には、「コムドットは変わった、口ばかりではない」と印象付けることもできるはず。

 つまり、悔しさを吐露し、一時的に負けを認めることは、人々の注目を集めるし、さらには現状が変わるきっかけにもなり得るということだ。悔しさはイメージチェンジのために打ってつけの感情といえるだろう。

 フジテレビに強烈に推されている印象を受けるコムドットだが、テレビ局は数字が取れないと判断するとバッサリ切り捨てるものだ。どうか心無いオトナに踊らされて、自分を見失わないでほしいと願ってやまない。

マツコ・デラックスの「出身地イジリ」に乗らなかった梨花が“理解していたこと”とは?

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「また曳舟ってのがいいのよ」マツコ・デラックス
『マツコ会議』(7月29日、日本テレビ系)

 7月29日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)にモデルの梨花がゲスト出演した。お子さんの教育のためにハワイに移住したこともあって、若い世代にはあまりなじみがないかもしれないが、梨花はカリスマモデルとして数々の女性誌の表紙を飾りつつ、過度の束縛癖のために恋愛が続かないなどと自分の恋愛事情を赤裸々に語るぶっちゃけキャラがウケて 、『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)など2000年代初頭~中頃 のバラエティ番組で大活躍していた。

 『マツコ会議』のMCマツコ・デラックスと梨花は直接仕事をしたことはないが、同い年ということもあって、話は盛り上がるだろうと思っていた。しかしマツコの「出身地イジリ」がどうも気になったのだ。

 マツコは「私は(梨花が東京都墨田区の)曳舟出身だってことは、存じ上げていた」「私は下町パトロールだから。下町のどこから、誰が出てきているか(を把握している)」「また、曳舟ってのがいいのよ」「曳舟のオンナがあんなにきれいになってねぇ」と、結構しつこく「曳舟」を連発。スタジオ内ではそれほど笑いが起きず、芸達者な梨花もそこを広げない。それは、今の時代、このネタが“アウト”だとマツコ以外の人は気づいていた からではないだろうか。

 梨花がバラエティ番組で活躍し、マツコもテレビに出だした2000年代半ば 、「勝ち組負け組」「負け犬」といった言葉がはやっており、人を「勝ち負け」で判断する意識が強かったと思う。資本主義の世の中だから、勝ち負けの基準はカネであり、高収入、親がお金持ち、高級住宅街に住んでいる、 高級ブランドで身を固めている人は「勝ち組」と言われたものだ。

 この理論で言うのなら、地価の安いところに住んでいる人はそれだけで「負け組」になる。「あなたは負け組ですね」と言われてうれしい人はいないだろうが、逆転の発想で、「私は負け組です」と自虐的に振る舞うと、相手も攻撃してこないし、笑いが生まれるという利点があった。

 マツコは2000年代半ば、コメンテーターを務める『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、千葉出身であることも含め、自身の身の上を自虐しながら、地価の高くない土地イジリを頻繁に行い、笑いを取っていたと記憶している。

 しかし、20年代に入った頃から「人を傷つけない笑い」が支持され、あらゆるハラスメントに対して人々が敏感になっている現在、この「出身地イジリ」や「地域イジリ」は、今までのように笑えないのではないかと思う。

 マツコの出演番組での発言から推察するに、おそらく現在は 、家賃の高い都心エリアに住んでいるのだろう。もちろんそれは個人の自由だし、有名人としてプライバシーやセキュリティーを考えれば、そういった地区に住むのは当然だ。

 しかし、現在、高級住宅街に住むマツコが、執拗にそうでない土地をイジると、そこに住んでいる人が「バカにされた」と感じる可能性がないとは限らない。高級住宅街に住んでいないマツコが、地価の安いエリアをイジるのなら「どっちもどっち」「アンタに言われたくないよ」で笑いになるが、今のマツコがこれをやると、やはりそこに住んでいる人は面白くないだろう。

 梨花がマツコの曳舟イジリに乗っからなかったのは、編集でカットされた可能性も否定できないものの、2000年代のバラエティノリで便乗すると、曳舟の人を貶める結果にしかならないことをわかっていたからではないか。

 出身地というのは、外見と同じように自分の意志ではどうにもできないし、経済的基盤や階級意識と無関係とはいえないので、実はかなりセンシティブな個人情報だろう。マツコは格差社会をもろともせず、芸能界で大成功を収め、自分の力で高級住宅街に住めるようになったが、この世には、そう願ってもできない人がほとんど。やっぱり「出身地イジリ」「地域イジリ」 は時代に合わない気がする。

 マツコがテレビに出だした頃、「この人は売れる!」と思った人は多いだろう。私もその一人だが、マツコは予想をはるかに超えてビッグになった。一昔前の芸能界なら、売れている人は何をやっても許されたかもしれないけれど、今は売れている人ほど 慎ましく振る舞うことを要求される時代だと思う。

 スターにあれこれ望んでしまうのは、大衆の愚かしさかもしれないが、“足元”にお気をつけいただきたいものだ。

ぱーてぃーちゃん・信子と金子きょんちぃの“無礼芸”に考える、ギャルタレントの条件

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「お前ら、もっとやったらいいのになって」ぱーてぃーちゃん・金子きょんちぃ
『さんまのお笑い向上委員会』(7月15日、フジテレビ系)

 昨今、テレビの世界で、ギャルタレントは重宝されると思う。若者のはやりをつかむことに長けているし、大御所を前にしても、ひるまずズバズバ物を言うのが、痛快だと思う視聴者もいるだろう。

 しかし、一方で安易にギャルを前面に打ち出すと、芸能人としての寿命が短くなりかねない。特にぱーてぃーちゃんの信子と金子きょんちぃを見ているとそう思う。

 信子、金子きょんちぃ、すがちゃん最高NO.1のトリオであるぱーてぃーちゃん。信子ときょんちぃはギャル、すがちゃんはチャラ男キャラで、ここ最近、バラエテイ番組への露出が増加中だ。

 そんなぱーてぃーちゃんのエピソードトークは、ある程度パターン化されている。まず、すがちゃんが「怒ってもらいたいことがある」とMCに振る。内容は、大御所芸能人に対する信子の無礼だ。

 例えば、6月24日放送の『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)では、信子かテレビ局の喫煙室でばったり出会った初対面のモト冬樹に、タメ口で「あたしって人見知りなんだよね」と話しかけたというエピソードを披露。

 また7月4日放送の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)では、信子が大ファンである女優・吉瀬美智子と共演することになり、楽屋へあいさつに出向いたところ、テンションが上がってしまった信子は、あーっと雄たけびを上げ、「んーチュッチュッチュッってやったの」と唇をとがらせたことを明かしていた。

 ちなみに、後者の番組では、MC・明石家さんまが「お前、ほんまにあかんで」と、先輩に対してそのような態度を取ることはいけないと信子をたしなめたが、当の本人は悪びれた様子もなく、「なるほどね」と言ってトークを締めていた。

 そんな無礼ぶりをネタにされる信子だが、『上田と女が吠える夜』(同)では、きょんちぃから、実は本番前に台本をものすごく読み込んでいる――つまりとても真面目なタイプであることを暴露されていた。先輩に対してタメ口をきき、失礼な態度を取ることで笑いを生むというのが、彼女たちの“持ち味”だけに、もしかしたら信子はそのキャラを維持するため、“大真面目”に無礼を働いているのかもしれない。

 信子の芸風が成り立っているのは、ハラスメントへの意識が高まる中、先輩が後輩に怒った顔を見せると、「パワハラ」と批判されかねないという世相もあるのだろう。彼女がいくら失礼な態度を取ろうが、たいていの先輩は笑って流してくれていると思う。

 しかし、信子のネタは、ギャルというより、「ただの失礼な奴」ではないだろうか。ワンパターンすぎて、見ている側もだいたい展開が読めてしまうし、このネタを振られた司会者も「お前、ほんまにあかんで」以外言いようがないので、話が広がらない。やはり、いろいろな意味で、早く飽きられてしまう気がする。

ぱーてぃーちゃん・金子きょんちぃの無礼発言に堀内健らが“沈黙”するワケ

 もう一つマイナス面があるとしたら、同業の先輩からのウケが悪くなることだろう。

 7月15日放送『さんまのお笑い向上委員会』には、トリオではなく、きょんちぃが一人で出演していた。彼女は、この日のゲストであるアインシュタイン・河井ゆずるのファンで、「最近の推しがゆずるさんで、それをスタッフさんに言ったら、『あ、じゃあ、おいでおいで』(と言われた)」そうだ。

 前回の放送で、ゆずるは、エルフ・荒川ら後輩から「お笑いでなく美容に熱心すぎる」と指摘されていたが、ゆずる推しのきょんちぃは「何がいけないの?」と感じるそうだ。「40超えてきったないおじさんとかいるじゃないですか」と出演者を手で示し、「出る側の人だから、気を使っているのをすごい叩かれていて……お前ら、もっとやったらいいのになって、すごい思った」と結んだ。

 マヂカルラブリー・村上が「お前らって誰に言ってるんだ」と声を上げていた一方、陣内智則やFUJIWARA・藤本敏史、ネプチューン・堀内健など、芸歴の長い芸人ほど、ツッコまずに、ただ半笑いでいたのが印象的だった。

 本来なら、後輩芸人の発言にどんどんツッコんだほうが盛り上がるはずだが、何か言うと「礼儀にうるさい先輩」と思われかねないため、厄介ごとを避けようとして、沈黙に徹したのではないだろうか。信子然りきょんちぃ然り、この無礼芸は別分野の先輩タレントには許されるかもしれないが、ことお笑い界の先輩には、“やりづらさ”を感じさせてしまうように思う。

 そもそも、見た目以外のギャルの条件とは、一体何なのだろうか。「ギャル=タメ口、無礼」のイメージは確かに強いものの、みちょぱやゆうちゃみ、藤田ニコルなど、ブレークしたギャルタレントは、むしろ「礼儀正しい」と言われていることが多い。

 ニコルは6月22日放送の『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)に出演した際、かつてギャル雑誌の撮影時、ロケバスの座席に上座下座があることを知らず、つい先輩の席に座ってしまって怒られたというエピソードを披露していた。

 ニコルといえば、大衆演劇のスター・梅沢富美男に「いい子だ」とベタ褒めされていたが、若いうちに、しっかり上下関係を叩き込まれたことは、芸能界に進出した後、プラスに作用したように思う。こうやって考えていくと、タメ口や無礼はギャルの証しとは言えない気がするのだ。

 ギャルとは、ギャルらしい見た目に加え、“頭の良さ”を視聴者に感じさせる人ではないかと思う。ギャルタレントはいわゆる高学歴でないことがほとんど。漢字が読めなかったり、ことわざを知らないなど、おバカキャラ的な一面もある一方、何かについて教えると、一番大切な部分を一瞬で理解できる力を持っているように感じる。彼女たちが「礼儀正しい」と評されるのは、「この場では礼儀正しさが求められる」ということを敏感に察し、すぐさま実行に移せるからではないか。ギャルタレントはそういった“感性”で勝負するものだと思う。

 信子ときょんちぃは、共に30歳前後と、年齢的にもギャルを標榜していくのはキツくなっていくだろう。人気があるうちに、次の手を見つけたほういい。おせっかいながら、そんなことを思ったりした。

『あざとくて何が悪いの?』終了報道、富豪の妻になった弘中綾香アナが気をつけるべきこと

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「社会的評判を落とす」テレビ朝日・弘中綾香アナウンサー
『あざとくて何が悪いの?』(7月16日、テレビ朝日系)

 『あざとくて何が悪いの?』(テレビ朝日系)は、南海キャンディーズ・山里亮太と女優でフリーアナウンサーの田中みな実、テレビ朝日の弘中綾香アナウンサーの3人が、ゲストとともに、世の男女の“あざとさ”について語り合うという番組だ。

 7月10日付の「スポニチアネックス」の記事によると、同番組は秋の番組改編の時期にレギュラー放送を終了することが決まったという。その理由の一つは、弘中アナが産休に入ること。同記事には、「弘中さんのキャラクターは番組に不可欠な存在。唯一無二の役割を担っていたため産休と同時に番組もいったん休むことになる」という関係者の証言も寄せられている。

 視聴率が振るわなくて番組が終了になるという話はよく聞くが、「出演中の社員が産休に入るから、番組もいったん終わり」とは聞いたことがない。弘中アナといえばオリコン調査の「好きな女性アナウンサーランキング」で4年連続1位を獲得するなど、テレビ朝日のエースアナウンサーなだけに、局が彼女をいかに大事にしているかが伝わってくる。

 まぁでも、弘中アナの産休とは関係なく、番組の続行は難しかったのではないだろうか。

 この番組で扱う“あざとさ”は、独身女性が男性に対して発動するものが多い。明石家さんまがMCを務めた『恋のから騒ぎ』(日本テレビ系)に代表されるように、女性が同性のあざとさや計算高さをあげつらう番組は昔からあるが(ちなみに『から騒ぎ』の場合は、さんまが「ええやないか、それで。かわいいやないか」というふうに、ズルい女性を肯定し、女性陣と対立する構図までショーとして見せていた)、ここでポイントの一つになるのは、同性のズルさをあげつらう女性の属性ではないだろうか。

 というのも、「あの子はズルい!」と言う人が、自分もズルをしていたり、もしくは極端に恵まれた立場にいる場合、視聴者の共感を呼べないだろう。真面目に生きて、ちょっと損をしているくらいの人が“告発”するからこそ、視聴者を「本当にその通りだ」と納得させられるわけだ。

 弘中アナは、2022年に資産30億ともいわれるベンチャー企業の社長と結婚している。結婚は弘中アナのプライベートに関することであり、本来、配偶者のプロフィールが彼女の仕事に何らかの影響を及ぼすことはあってはならないが、そうはいっても、彼女が“富豪の妻”であることを知っている視聴者は多い。

 となると、たとえ仕事とはいえ、弘中アナが「ズルい、あざとい!」と独身女性を斬っていくと、「富豪の妻の上から目線」と、彼女に反感を抱く人も出てくるだろう。人の視点は環境とともに変わるものだから、独身である田中は“現役”として、独身女性のあざとさを語れても、弘中アナのコメントはインパクトがなくなり、番組自体が盛り上がりに欠けてしまう可能性もある。そういう意味で、『あざとくて何が悪いの?』は“潮時”だったのかもしれない。

 そんな弘中アナは、自身の立場をあまり客観視できていないと感じる言動が目立つ。

 7月16日放送の同番組では、「先輩を踏み台に本命を嫉妬させる恐怖の後輩」のあざとエピソードを紹介していた。女性Aが合コンで「いいな」と思った男性Cと連絡先を交換した。すると、その合コンに連れて行っていってほしいとせがんできた後輩Bから、「Cさんのことをいいと思っていないのなら、応援してほしい」と職場の皆がいるところで頼まれてしまう。女性Aは圧に負けて、後輩Bに男性Cを譲ることにした。

 そんな中、女性Aの同期である男性Dは、後輩Bのガツガツした様子に対し、「意外だわ」と驚いていたが、のちに彼が後輩Bと交際しだしたことを知る。実はこの後輩B、男性Dにもアプローチしていたのだ。男性Dは、後輩Bが合コンに行ったり、ほかの男性と親しくしていることから、焦って交際を決めたそうで、つまり女性Aは、後輩Bに裏切られたというか、うまく使われたわけだ。

 このエピソードを受け、山里から「裏切られた時、どうする?」と聞かれた弘中アナは、「私は(裏切られた話を)言います、いろんな人に」「社会的評判を落とす」「向こうの会社とかにメールする」と復讐するタイプであると明かしていた。

 昨年、元参議院議員のガーシーこと東谷義和氏のYouTubeチャンネル「東谷義和のガーシーch【芸能界の裏側】」が大人気となり、「やられたらやり返す」とばかりに、SNSやテレビでもいろんな有名人の暴露話がよく見られるようになった。しかし弘中アナよ、あなたはどちらかというと「暴露される側」であることに自覚的になるべきではないだろうか。

 「あの人にこんな仕打ちを受けた」という暴露は、最近の芸能界のトレンドといっていいだろう。暴露というはやりのネタを含む話はネットニュースになりやすいし、ネットユーザーからのコメントもつきやすい。だから、ネットニュースを書く人は、ますます芸能人の暴露ネタを探すし、テレビに出る人もどんどん暴露ネタを投下するという流れになっているように思う。

 もちろん、何でも暴露すればいいというわけではなく、最も盛り上がるのは、「世間に名前の知れている人」が「自分より有名な、誰もが知っているレジェンド級の人」の暴露をすることではないだろうか。

 例えば、『あのちゃんの電電電波』(テレビ東京系)において、あのちゃんは「山里亮太は本当にデフォで嫌い、というか。5~6年くらい一緒に番組やってて、その時からめっちゃ怖くて」「ボクがVTR中に寝たりするとめっちゃ怒る」「ほかの番組で会った時も、ボクがミスったことをみんながいるのに『あのちゃん、あれダメだったよ』って言ってきて。ホント嫌い」と暴露していた。

 あのちゃんのように、最近よく見る新進気鋭のタレントが、山里という認知度の高い芸人をターゲットにしたからこそネットニュースになるのであって、彼女が名前の知られていない駆け出しの芸人について暴露しても、世間は注目しない。あのちゃんはそのあたりをよく理解し、テレビでこの話をしたように思うのだ。

 そんな世間から耳目を集める暴露の条件を考えた時、テレビ朝日のエースアナウンサーであり、富豪の妻である弘中アナは、まさに暴露される側の人間だろう。

 あのちゃんの暴露の場合、山里が自身の配信曲「ちゅ、多様性。」のMVに参加してくれたので、これまでの行いを「許した」といういいオチが用意されていた。結果的に、あのちゃん、山里双方のイメージダウンにはつながらなかったが、やはり暴露された側の印象は基本的に悪くなるもの。弘中アナはそういった危機感を持っているのか、甚だ疑問だ。

弘中綾香アナは「強い者いじめ」のターゲットになる

 この「知名度のある人のひどい仕打ち」という暴露が、コンテンツ化されつつある現在の流れに、私は強い危惧を覚えている。なぜなら、証拠を伴っていない暴露でも、世間が盛り上がってしまうからだ。

 ガーシー氏の暴露について、「週刊誌と同じことをやっている」という書き込みを見たことがあるが、週刊誌は記事にする場合、必ずウラを取るはず。誰もがSNSをやっていると言っても過言ではない現代、適当な記事を書けば、タレント本人にそのあたりのいい加減さを直接指摘され、ネット民にも攻撃される可能性がある。雑誌自体の信ぴょう性にも関わるだけに、ウラ取りは必須といえるだろう。

 しかし、暴露というものは「先に言ったもの勝ち」であり、暴露される人が大物であればあるほど、真偽はともかく盛り上がってしまう。こうやって考えていくと、証拠を伴わない暴露は「逆恨み」もしくは「強い者いじめ」でしかないといえるのではないか。

 話を弘中アナに戻そう。上述した通り、彼女はテレビ朝日のエースアナウンサーで局からも厚遇されており、本人も高給取りだろうが、夫も資産家である。キラキラ界のトップにいる彼女は、確実に「強い者いじめ」のターゲットになると思う。テレビでの振る舞いと実際の弘中アナは別だろうが、とにかく今は産休前の大事な時期。お体には気をつけていただきたいのと、余計な逆恨みを回避するためにも、自身を客観視してみるのもよいかもしれない。

渡辺謙、杏と共演した『マツコ会議』に感じた“自分が傷つける側”である意識の欠如

私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。

<今回の有名人>
「外国に行っていると、自分で情報を選べる」渡辺謙
『マツコ会議』(7月8日、日本テレビ系)

 2016年、「週刊文春」(文藝春秋)が報じたベッキーとゲスの極み乙女。・川谷絵音の不倫スキャンダル以降、不倫は「問答無用の絶対悪」とされ、番組を降板したり、人によっては休業を余儀なくされることも出てきた。テレビ局がコンプライアンス遵守を強化しており、不倫をしている人は一律テレビに出さないというのなら納得がいく。しかし、実際は「Aさんの不倫は許すが、Bさんはダメ」というように、人によってペナルティが異なっているように思えてならない。

 なぜか許されてしまう芸能人の筆頭が、俳優・渡辺謙ではないだろうか。

 17年に元ホステスの女性との不倫を「文春」に報じられた渡辺。元妻である女優・南果歩の乳がん闘病中の不倫だったそうだ。不倫にいいイメージを持つ人はかなりの少数派だろうが、ましてや妻の闘病中とあれば世間から大ブーイングが起こり、芸能レポーターたちの追及も厳しいはず……と思ったが、そこまで世間はこの話題に反応を示さず、会見でも特に厳しい質問をする記者はいなかったと記憶している。

 不倫報道後の18年、渡辺はNHK大河ドラマ『西郷どん』に出演しているが、17年に同じく不倫報道のあった女優・斉藤由貴は出演を辞退。大河ドラマだけでなく、斉藤はゲストとして出演したBSプレミアム『ザ・プロファイラー』でも内容を差し替えられるなど、NHKから少しの間“締め出し”を食らった状態になっていた。どうして斉藤がここまでの仕打ちを受けたのかはわからないが、前年の不倫報道の影響と考えるのが自然ではないだろうか。

 しかし、同じ不倫でも、渡辺に関してはおとがめなしなのである。渡辺は『西郷どん』に出演しているし、降板や活動自粛もしていない。男性、かつ知名度の高い国際派俳優だと、不倫をしても許されるのだろうか?

渡辺謙に手ぬるい週刊誌――若い女性と結婚した希望の星?

 日頃、芸能人の不倫に厳しい週刊誌も、渡辺には何だか手ぬるい気がする。主婦と生活社が運営するニュースサイト「週刊女性PRIME」は7月3日、「渡辺謙がひた隠した21歳下元ホステスとの再々婚『幸せになって』エール送られた南果歩への“負い目”」という記事を配信している。

 内容を要約すると、渡辺は今年の春に不倫相手とされた女性と3度目の結婚をしているが、スポーツ紙に報じられるまで、結婚したことを隠していた。元妻の南は渡辺の結婚について「おめでとうございます。幸せになってください」とコメントしていたが、彼女を裏切った負い目があったため、発表できなかったのではないかという芸能プロ関係者の見立てを紹介している。

 ……が、別れた妻に負い目を感じて再々婚の発表をためらうような繊細な神経の持ち主なら、そもそも不倫なんてしないのではないだろうか。同記事によると、渡辺の不倫グセは今回に限ったことではなく、初婚時の妻と離婚裁判をした際には、女性関係を暴露されたそうだし、離婚成立後、すぐに南と再婚するなど、常に女性がいないとダメなタイプのようにも見える。

 ますます渡辺はなぜ週刊誌に批判されないのかと不思議に思うが、ニュースサイト「日刊ゲンダイ」に至っては、「俳優・渡辺謙は21歳年下女性と3度目…バツあり男性の再婚戦略は『離婚を箔にする』」(7月9日配信)と、渡辺をまるで、若い女性と結婚した希望の星のような書き方をしているのだ。

 加えて、渡辺は“タイミング”にも恵まれているところがある。渡辺が再々婚を発表したのは6月30日で、この件が記事化される場合、当然、過去の不倫や離婚も蒸し返されると思っていた。「人の噂も七十五日」というが、再々婚記事が出ることで「そう言えば、あの人……」と思い出す人もいるので、渡辺への批判が高まるだろうと見ていたのだ。

 しかし、7月1日に、広末涼子の不倫相手である有名シェフ・鳥羽周作氏が、「東京スポーツ」の記者に、広末の夫のキャンドル・ジュン氏を「抹殺された方がいい」と打ち明けたことが、同紙ウェブサイトで記事になった。鳥羽氏にとってキャンドル氏は“ライバル”なわけだから、そもそもいい感情を持つはずはないのだが、それにしても大のオトナがマスコミに向けて「抹殺」と発言するとは穏やかではない。マスコミや世間の関心は鳥羽氏に移り、渡辺の過去が蒸し返されることはなかった。

 そんな渡辺、7月8日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)に出演し、娘である女優・杏と中継で共演していた。

 杏はお子さんやペットの犬と共にフランス・パリに移住しているが、渡辺は自身のアメリカ暮らしを振り返りながら、海外生活のいい点として「例えば、日本で目に入る情報を100とするじゃないですか。外国に行っていると、自分でその情報を選べるんですよね」「半分くらいいらない情報で、もっと自分のこうやりたいことにシンプルに生きられるっていう感じ」と語っていた。

 杏といえば、20年に俳優である元夫・東出昌大の不倫が「文春」に報じられ、後に離婚している。不倫という事実だけでもイメージが悪いのに、東出は“帰宅後すぐに食事ができていないと不機嫌になり、外に食事に行ってしまう”“家事や子育てをしない”などのモラハラ的な態度を取っていたという。また、杏の妊娠中に不倫をしていたこと、不倫相手である女優・唐田えりかがSNSで“匂わせ”行為をしていたことも明らかとなった。このように、東出の不倫騒動は女性の嫌がる要素がてんこもりだったため、報道は過熱を極めた。

 杏のお子さんたちが成長し、ネットを見る年齢になれば、お父さんに関する記事を見てしまう可能性は高いだけに、いらない情報から逃れるためにも海外に行くという渡辺の考え方は「名案」といえるだろう。が、その一方で、渡辺のヒトゴトのような言い方が気になる。東出だけでなく、渡辺も女性関係で世間を騒がせた記事がネットにわんさか残っていて、杏のお子さんたちが日本にいた場合、それらを見てしまう可能性がないとはいえないだろう。

 しかし、渡辺は自分自身が娘の杏を、そしてお孫さんたちを傷つける側の人である意識に欠けているように思えてならないのだ。不倫をしたのなら、何を書かれても我慢すべきということではないが、不倫をしなければ記事にもならない、愛する家族を傷つけることもないというシンプルな図式が、どうもこの人は理解できないのではないかと感じてしまう。

 前回、この連載で取り上げた石田純一も、その言動から「俺は悪くない」という信念のようなものを感じるが、渡辺も同じタイプのように思えてならない。それが、マスコミや世間になぜか叩かれないこと、妙にタイミングに恵まれていることが重なって、さらに渡辺を調子づかせてしまっている気がする。

 若いうちはそれでもよかったかもしれないが、石田も渡辺も還暦を超えている。若い妻に愛想を尽かされないように、そろそろ本当に落ち着いていただきたいものだ。