“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
子育てにおいて、時に中学受験は危険なものになりやすい。それは、親の子育ての経験値が足りないことが原因の一つと言えるだろう。
子どもが小学4年生から受験勉強をスタートしたとして、親の子育て経験はたった10年。特に長子の子育ては、親にとっても、やることなすこと全てが初めての経験になるので、手探り状態であるのは否めない。何をどうすることが正解で、誰の意見が正しいのかもわからないまま、それでも子育てをしていかなければいけない。現代における“孤育て”では、その状況はさらに過酷だ。
勢い、親の中には「隣の子が受験するから」「公立中学は不安と聞いたから」「優秀な大学に入学するためには、私立中学が有利とメディアが言うので」という心もとない理由で……つまり、子育てにおける自分自身の核となるポリシーがないまま、中学受験に参戦してくる人が出るのだ。
こういうタイプの人は子どもが思春期に入ると、高確率で、一気に子育ての迷路に迷い込むように感じる。
絵美さん(仮名)も、子育てに混迷を極めている母親の一人だ。
絵美さんは、一人娘の渚ちゃん(仮名)を、その庇護の元、大切に育ててきたものの、それがあまりに行きすぎたせいか、彼女の子育ては「渚のため」というスローガンのもと、全ての決定権は絵美さんにあったという。
渚ちゃんは4年生で入塾したのだが、中学受験は絵美さんの強い希望。しかも、志望校はA学園一択。その理由は「絵美さんが入りたかった」というものだったそうだ。
絵美さん自身は中学受験経験者ではない。彼女の親が「公立で十分」という方針だったからだが、なんでも、A学園に入った同級生と今の自分を比較し、「A学園にさえ行っていたならば、自分の人生は違っていた!」と強く思い込むようになったらしいのだ。
一方の渚ちゃんは、母の希望を叶えようと必死に努力したが、A学園の受験は残念な結果に終わる。A学園は難関校、しかも人気校なので、倍率も高いのだ。
母の落胆ぶりをストレートに感じていたものの、渚ちゃんは心の中で第1志望にしていた、絵美さんから言わせれば「偏差値が低いバカが行く」S学院に入学した。
入学後、S学院で初めての保護者会が開かれた翌日、渚ちゃんはクラスメイトたちにこう言われたらしい。
「すごいね? 渚ちゃんって、A学園を蹴って、ここに来たんだって?」
「A学園に受かったなんて、すごいよ!!」
偏差値で言えば、A学園とS学院は15ポイント以上の開きがあるので、そもそも併願校にはなりにくく、ましてや合格辞退をすることが稀だという背景がある。そのため、渚ちゃんはクラスメイトから質問攻めにあったのであろう。
「『渚ちゃんのママに聞いたんだけど、渚ちゃんって優秀なのね~?』って、ウチのママが言ってたよ!」
渚ちゃんは、絵美さんがクラスメイトの母親たちに嘘をついたのだとすぐに理解したが、はっきり否定することができず、そこで「A学園を蹴った」という“既成事実”が出来上がってしまったのだ。
多分その時は、クラスメイトも本気でそう信じていたからこその発言だったのだろうが、問題は中間テスト以降に現れ出した。渚ちゃんは成績優秀者に入っていなかったのだ。
その頃から、渚ちゃんはクラスメイトに「嘘つき呼ばわり」されているように感じるようになったという。渚ちゃんは、当時のことを次のように振り返る。
「最初に明るく『違う違う! ママの妄想! 私、バカだよ?』って否定できていればよかったのかもしれません……。でも、その時は、母のA学園への思いを叶えてあげられなかったってことが申し訳なくて、そっちのほうに頭が一杯になっちゃって」
やがて、中2になった渚ちゃんのクラスでは、盗難事件が頻出するようになる。クラス内は「犯人は渚ちゃん」という空気になっていったと聞く。
「『違う!』と言っても、どうせ信じてもらえない……」と思い込むようになった渚ちゃんは、ついに学校に行けなくなってしまった。
クラスでは、渚ちゃんが不登校に陥ってもなお、盗難事件が相次いだので、「渚ちゃんは犯人ではない」ということが証明されたそうだが、それでも、渚ちゃんが学校に復帰することはなかったという。中学はなんとか卒業証書を授与されたものの、併設高校への進学は認められず、今、渚ちゃんは通信制フリースクールに、高校2年生として在籍している。
「母ですか? いまだに『A学園にさえ入っていれば、こんなことには』って言ってます。あの人、病気ですよね……。私、あの人を見てたら、絶対、自分の子どもはいらないなぁって思ってます」
電話で聞く渚ちゃんの声が、妙に淡々としていたのが印象的だった。
本当のところ、保護者会の席上で、絵美さんがどのようにA学園の合否を言ったのかはわからない。しかし、絵美さんもまた中学受験の魔の部分に引っかかってしまった哀しい親の一人ではあったのだろう。
中学受験は親の見栄やプライドを満たすものでも、ましてや、親の人生のリベンジを子どもに託すものではない。そのことだけはお伝えしておきたい。