中学受験で不合格の難関校に「合格したけど蹴った」と嘘! 母のプライドに振り回された娘が「あの人は病気」と語るワケ

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 子育てにおいて、時に中学受験は危険なものになりやすい。それは、親の子育ての経験値が足りないことが原因の一つと言えるだろう。

 子どもが小学4年生から受験勉強をスタートしたとして、親の子育て経験はたった10年。特に長子の子育ては、親にとっても、やることなすこと全てが初めての経験になるので、手探り状態であるのは否めない。何をどうすることが正解で、誰の意見が正しいのかもわからないまま、それでも子育てをしていかなければいけない。現代における“孤育て”では、その状況はさらに過酷だ。
 
 勢い、親の中には「隣の子が受験するから」「公立中学は不安と聞いたから」「優秀な大学に入学するためには、私立中学が有利とメディアが言うので」という心もとない理由で……つまり、子育てにおける自分自身の核となるポリシーがないまま、中学受験に参戦してくる人が出るのだ。

 こういうタイプの人は子どもが思春期に入ると、高確率で、一気に子育ての迷路に迷い込むように感じる。

 絵美さん(仮名)も、子育てに混迷を極めている母親の一人だ。

 絵美さんは、一人娘の渚ちゃん(仮名)を、その庇護の元、大切に育ててきたものの、それがあまりに行きすぎたせいか、彼女の子育ては「渚のため」というスローガンのもと、全ての決定権は絵美さんにあったという。

 渚ちゃんは4年生で入塾したのだが、中学受験は絵美さんの強い希望。しかも、志望校はA学園一択。その理由は「絵美さんが入りたかった」というものだったそうだ。

 絵美さん自身は中学受験経験者ではない。彼女の親が「公立で十分」という方針だったからだが、なんでも、A学園に入った同級生と今の自分を比較し、「A学園にさえ行っていたならば、自分の人生は違っていた!」と強く思い込むようになったらしいのだ。

 一方の渚ちゃんは、母の希望を叶えようと必死に努力したが、A学園の受験は残念な結果に終わる。A学園は難関校、しかも人気校なので、倍率も高いのだ。

 母の落胆ぶりをストレートに感じていたものの、渚ちゃんは心の中で第1志望にしていた、絵美さんから言わせれば「偏差値が低いバカが行く」S学院に入学した。

 入学後、S学院で初めての保護者会が開かれた翌日、渚ちゃんはクラスメイトたちにこう言われたらしい。

「すごいね? 渚ちゃんって、A学園を蹴って、ここに来たんだって?」
「A学園に受かったなんて、すごいよ!!」

 偏差値で言えば、A学園とS学院は15ポイント以上の開きがあるので、そもそも併願校にはなりにくく、ましてや合格辞退をすることが稀だという背景がある。そのため、渚ちゃんはクラスメイトから質問攻めにあったのであろう。

「『渚ちゃんのママに聞いたんだけど、渚ちゃんって優秀なのね~?』って、ウチのママが言ってたよ!」

 渚ちゃんは、絵美さんがクラスメイトの母親たちに嘘をついたのだとすぐに理解したが、はっきり否定することができず、そこで「A学園を蹴った」という“既成事実”が出来上がってしまったのだ。

 多分その時は、クラスメイトも本気でそう信じていたからこその発言だったのだろうが、問題は中間テスト以降に現れ出した。渚ちゃんは成績優秀者に入っていなかったのだ。

 その頃から、渚ちゃんはクラスメイトに「嘘つき呼ばわり」されているように感じるようになったという。渚ちゃんは、当時のことを次のように振り返る。

「最初に明るく『違う違う! ママの妄想! 私、バカだよ?』って否定できていればよかったのかもしれません……。でも、その時は、母のA学園への思いを叶えてあげられなかったってことが申し訳なくて、そっちのほうに頭が一杯になっちゃって」

 やがて、中2になった渚ちゃんのクラスでは、盗難事件が頻出するようになる。クラス内は「犯人は渚ちゃん」という空気になっていったと聞く。

 「『違う!』と言っても、どうせ信じてもらえない……」と思い込むようになった渚ちゃんは、ついに学校に行けなくなってしまった。

 クラスでは、渚ちゃんが不登校に陥ってもなお、盗難事件が相次いだので、「渚ちゃんは犯人ではない」ということが証明されたそうだが、それでも、渚ちゃんが学校に復帰することはなかったという。中学はなんとか卒業証書を授与されたものの、併設高校への進学は認められず、今、渚ちゃんは通信制フリースクールに、高校2年生として在籍している。

「母ですか? いまだに『A学園にさえ入っていれば、こんなことには』って言ってます。あの人、病気ですよね……。私、あの人を見てたら、絶対、自分の子どもはいらないなぁって思ってます」

 電話で聞く渚ちゃんの声が、妙に淡々としていたのが印象的だった。

 本当のところ、保護者会の席上で、絵美さんがどのようにA学園の合否を言ったのかはわからない。しかし、絵美さんもまた中学受験の魔の部分に引っかかってしまった哀しい親の一人ではあったのだろう。

 中学受験は親の見栄やプライドを満たすものでも、ましてや、親の人生のリベンジを子どもに託すものではない。そのことだけはお伝えしておきたい。

「採点ミスを疑っています」「絶対おかしい」中学受験不合格を引きずる母が、涙ながらに訴えたこと

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験は、その準備に、多大な時間と手間とお金がかかるものだ。子どもへの負荷も相当なものであるが、親にもそれと同じくらい、いや、おそらくそれ以上に重圧がかかっていることであろう。

 それゆえ中学受験を「苦行」と捉える親も存在し、彼らはそれ相応の“結果というご褒美”を渇望している。しかし、哀しいかな、第1志望校に合格する子は今や、5人に一人とも言われるのが、中学受験の世界。当然のことながら、全員が万々歳という結果は望めないのだ。

 たとえ不合格を突きつけられたとしても、じょじょに「人生はままならない」と達観し、次なる歩みを進めていく親子が多数派ではあるが、中には“ご褒美なし”という現実を引きずり続ける親もいる。

 麻美さん(仮名)も、その一人であった。

 彼女の一人息子である翔太君(仮名)は中学1年生。この春、H中学に入学した。しかし、麻美さんはいまだに心が晴れないと訴える。

「なんで、うちの子がH中学なんかに行かないといけないんでしょうか? 毎朝、翔太を見るたびに、『なんで、H中学の制服を着ているのかしら?』と思っちゃう自分がいるんですよ……」

 小学4年生から大手中学受験塾に通い、S中学を目指して、日夜勉強に励んでいたという翔太君。6年生になると、志望校別特訓クラスにも通うようになり、「S中学合格!」の旗印のもと、仲間たちと共に気合を入れる日々だったそうだ。

 ところが、結果は不合格。その志望校別特訓クラスでは、不合格者のほうが少なかったという。

「絶対、おかしいんですよ。翔太はいつも合格確率も80%以上を出していましたし、今でも学校側の採点ミスを疑っています。塾の先生が『翔太の不合格は考えられない』とまでおっしゃったくらいなんですよ!」

 さらに続けて、彼女はこうまくし立てた。

「あり得ないんです! 翔太は3年間も塾でコツコツと頑張ってきたんですよ。それなのに、J君が受かって、翔太が残念だったなんて、絶対、おかしいです!」

 聞けば、J君は5年生の後半頃から中学受験をしようと思い立ち、同じ塾に通うようになったという同級生。翔太君の良きライバルだったという。麻美さんはJ君の母親とも顔見知りの間柄であったため、しばしば情報交換という名の立ち話をしていた。

「ずるいんですよ、J君のお母さんは! 『うちは新参者だから、いろいろ教えてください』なんて殊勝なこと言って、私からS中学の情報を抜き取ってたんです! それだけじゃありません。『Jの成績じゃ、とてもS中学は無理ですよ~。翔太君が羨ましい』なんて、思ってもないことを言って、今頃、おなかの中で大笑いしてるんでしょうね……J君親子より、うちのほうが、S中学への思いは強いはずなのに」

 要するに、麻美さんは「中学受験は、熱望者順に合格するべきである」と主張するのだ。

 しかし、言うまでもなく、受験は当日の出来次第。成績の良い順に入学が許可されるシステムである。学校側にとっては、親子の熱意うんぬんの優先順位はかなり低い。それを正しく推し量る手段がないからだ。

 ゆえに、受験というのは時に非情なもので、「同じくらいの成績で、同じ学校を目指していた仲良し同士であっても、友達だけが合格し、自分は不合格になった」というケースは珍しくもない。「受験とはそういうものである」と想定しておくのは親の仕事なのだが、思考があまりに受験一辺倒になると、結果が明らかになってなお、不合格を引きずり続ける親が出てしまうのだ。

 今現在、翔太君はというと、元気にH中学へ通い、部活の新人戦に向かって、練習にも熱が入っている様子だという。

「頭ではわかってはいるんです。私だけがいつまでもS中学に固執しているってことは……。こんなことを思って、ため息ばかりついていても、翔太に対して悪影響にしかならないってことも、わかっています。でも、心が追いついていかないんですよ……」

 そう言う麻美さんの声は、泣いているようだった。

 中学受験に傾ける親のエネルギーは膨大なので、その思惑が外れた時のショックは計り知れない。こういう時、当人にとって、「中学受験とはそういうもの」「H中学もいい学校」「いつまでも落ち込んでいたら、子どもが気に病む」といった「正論」は虚しく響くばかりだろう。

 しかし、麻美さんのような苦しみを吐露してきた人たちを数多く見てきた筆者は思う。

「時間薬のみが、中学受験で負った傷を治癒させることができる」

 多分、来年の今頃、麻美さんに会ったならば、少し遠いものを見るような眼差しで「今もS中学に未練はありますけど、H中学もなかなかなものですよ!」と微笑んでくれるのではないか……そんな予感がしている。

「中学受験をやめる」小6秋の模試で、合格確率が80%超→20%に暴落……“コツコツ型”の娘が白旗をあげた日

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験を目指す多くの小学6年生にとって、晩夏から秋の成績は“底”になる。それは朝から晩までの過酷な夏期講習が終了したことが大きい。この総まとめでもある夏期講習をもって、全ての単元を終え、これからは過去問などの実践演習に移るからである。

 つまり、今までは模試を除いては、その週の単元を重点的に学習することに重きを置いてきたものの、実践演習の対象は全単元に広がりを見せるために、以前、解けていたはずの問題も忘却の彼方に追いやられ、解答できず。取ったこともないような低い点数を見て、自信を失くす子は多い。

 美羽ちゃん(仮名)も、その一人であった。

 美羽ちゃんは4年生の秋に行ったS学園の文化祭に魅せられ、以来、ずっとS学園を目指して、懸命に努力を重ねてきた。その甲斐あって、6年生の9月までは、S学園の合格確率が80%超。塾の先生も太鼓判を押すほど、合格が確実視される成績をキープし続けてきたのだ。

 ところが、秋の模試で信じられないことが起こった。その合格確率が一気に20%まで下がってしまう。コンピューターが出した結論は「志望校の再考」。美羽ちゃんは自信を喪失し、泣き崩れた。

 母の薫さん(仮名)がどう慰めようとも、部屋から一歩も出ず、塾も休むようになってしまったという。そして、ついに美羽ちゃんは、薫さんに「受験をやめる」と伝えたそうだ。

 薫さんは、筆者に当時のことを振り返ってこう言った。

「美羽は、親の私が言うのもなんですが、真面目なコツコツ型で、本当に毎日、手抜きなしに頑張ってきたと思います。それなのに、1回の模試で今まで積み重ねてきたものが根こそぎ崩れてしまったようで、どうにも立ち直りませんでした……」

 S学園は難関校であり、かつ大人気校なので、倍率も高い。美羽ちゃんと同じ塾に通う子たちの中にも、「S学園命」というほどに憧れを持って、日夜、頑張っている子が多いのだ。

 そんなある日、美羽ちゃんの自宅に郵便物が届いたそうだ。差出人は塾の担任の先生。その中身は、美羽ちゃんが休んでいた10日分のプリントと手書きのメッセージ。さらに、美羽ちゃんが仲良くしている子たちのメッセージもつづられていたという。

「これを見て、美羽も私も泣きました……。本来ならば、ライバルは一人でも脱落してくれたほうが好都合なはずだと思うのですが、友達からのメッセージは違ったんです」

「待ってるからね。一緒にまた〇セン(〇先生)の授業で大笑いしよう!」
「美羽がいないとつまんないよ!」
「みんなで一緒にS学園に行こう!」

 そして、最後に担任の先生の筆でこうあったという。「美羽ちゃんとこのクラスは私が合格させる!」と。

 美羽ちゃんはこれを見て、薫さんに「覚悟が決まった」と言ったそうだ。

「美羽は、『こんなに思ってもらっているのに、泣いてばかりいるなんて申し訳なさすぎる! 私は絶対に頑張る!』と息を吹き返したんです」

 先生も周りも、その日の授業から復帰した美羽ちゃんを何事もなかったかのように受け入れてくれたという。さらに担任の先生は、S学園志望者に「S学園スペシャル」という問題集を作り、配布してくれたそうだ。

 美羽ちゃんは仲間たちとその答え合わせをするなどで、あらためてS学園に対する志望度を高め、過去10年分の過去問も順調にこなしていく。

 そして、受験直前、塾の最終日。担任の先生は、クラスに向かってこう檄を飛ばしたという。

「今まで、何年もの間、あなた方は懸命に努力を重ねてきたということを先生は知っています。その途中では、何度も何度も『受験をやめよう』『やめてしまいたい』と思ったことでしょう。でも、あなた方は今、こうして、堂々と、明日の試験を待っています。これを何よりの誇りにして、明日は正々堂々と戦ってきてください。先生は全員が合格することを信じています!」

 この言葉に勇気をもらい美羽ちゃん含め、そのクラスのS学園志望者は全員、合格を勝ち取ったそうだ。

 多くの受験生が、丸3年という歳月をかけて中学受験に挑むのだが、小学生にとっての3年間はあまりにも長く、その旅路は決して順風満帆とはいかない。

 ほぼ全員、成績が思うように上がらなかったり、塾生活に嫌気が差したり、美羽ちゃんのように「合格の可能性がほとんどない」という事態に追い込まれたりするのである。

 合格するか、しないかは時の運もあるので、致し方ない面もあるが、それでも、人生の中で目標を持ち、それに向かって、仲間たちとも一緒に懸命に頑張ったという経験は得難いものだと思う。

 先日、現在中学2年生になった美羽ちゃんが、友人たちと共に出身塾に遊びに行って、同じようにスランプに悩む子の相談に乗ってあげたそうだ。美羽ちゃんは薫さんに、こう言ったという。

「あの時、やめなくてよかった。人生って多分、無駄なことは何もないんだね」

 薫さんが「これは、私の子育ての中でも、かなりうれしい言葉の一つになりました」と語ってくれたのが、とても印象に残っている。

「中学受験をやめる」小6秋の模試で、合格確率が80%超→20%に暴落……“コツコツ型”の娘が白旗をあげた日

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験を目指す多くの小学6年生にとって、晩夏から秋の成績は“底”になる。それは朝から晩までの過酷な夏期講習が終了したことが大きい。この総まとめでもある夏期講習をもって、全ての単元を終え、これからは過去問などの実践演習に移るからである。

 つまり、今までは模試を除いては、その週の単元を重点的に学習することに重きを置いてきたものの、実践演習の対象は全単元に広がりを見せるために、以前、解けていたはずの問題も忘却の彼方に追いやられ、解答できず。取ったこともないような低い点数を見て、自信を失くす子は多い。

 美羽ちゃん(仮名)も、その一人であった。

 美羽ちゃんは4年生の秋に行ったS学園の文化祭に魅せられ、以来、ずっとS学園を目指して、懸命に努力を重ねてきた。その甲斐あって、6年生の9月までは、S学園の合格確率が80%超。塾の先生も太鼓判を押すほど、合格が確実視される成績をキープし続けてきたのだ。

 ところが、秋の模試で信じられないことが起こった。その合格確率が一気に20%まで下がってしまう。コンピューターが出した結論は「志望校の再考」。美羽ちゃんは自信を喪失し、泣き崩れた。

 母の薫さん(仮名)がどう慰めようとも、部屋から一歩も出ず、塾も休むようになってしまったという。そして、ついに美羽ちゃんは、薫さんに「受験をやめる」と伝えたそうだ。

 薫さんは、筆者に当時のことを振り返ってこう言った。

「美羽は、親の私が言うのもなんですが、真面目なコツコツ型で、本当に毎日、手抜きなしに頑張ってきたと思います。それなのに、1回の模試で今まで積み重ねてきたものが根こそぎ崩れてしまったようで、どうにも立ち直りませんでした……」

 S学園は難関校であり、かつ大人気校なので、倍率も高い。美羽ちゃんと同じ塾に通う子たちの中にも、「S学園命」というほどに憧れを持って、日夜、頑張っている子が多いのだ。

 そんなある日、美羽ちゃんの自宅に郵便物が届いたそうだ。差出人は塾の担任の先生。その中身は、美羽ちゃんが休んでいた10日分のプリントと手書きのメッセージ。さらに、美羽ちゃんが仲良くしている子たちのメッセージもつづられていたという。

「これを見て、美羽も私も泣きました……。本来ならば、ライバルは一人でも脱落してくれたほうが好都合なはずだと思うのですが、友達からのメッセージは違ったんです」

「待ってるからね。一緒にまた〇セン(〇先生)の授業で大笑いしよう!」
「美羽がいないとつまんないよ!」
「みんなで一緒にS学園に行こう!」

 そして、最後に担任の先生の筆でこうあったという。「美羽ちゃんとこのクラスは私が合格させる!」と。

 美羽ちゃんはこれを見て、薫さんに「覚悟が決まった」と言ったそうだ。

「美羽は、『こんなに思ってもらっているのに、泣いてばかりいるなんて申し訳なさすぎる! 私は絶対に頑張る!』と息を吹き返したんです」

 先生も周りも、その日の授業から復帰した美羽ちゃんを何事もなかったかのように受け入れてくれたという。さらに担任の先生は、S学園志望者に「S学園スペシャル」という問題集を作り、配布してくれたそうだ。

 美羽ちゃんは仲間たちとその答え合わせをするなどで、あらためてS学園に対する志望度を高め、過去10年分の過去問も順調にこなしていく。

 そして、受験直前、塾の最終日。担任の先生は、クラスに向かってこう檄を飛ばしたという。

「今まで、何年もの間、あなた方は懸命に努力を重ねてきたということを先生は知っています。その途中では、何度も何度も『受験をやめよう』『やめてしまいたい』と思ったことでしょう。でも、あなた方は今、こうして、堂々と、明日の試験を待っています。これを何よりの誇りにして、明日は正々堂々と戦ってきてください。先生は全員が合格することを信じています!」

 この言葉に勇気をもらい美羽ちゃん含め、そのクラスのS学園志望者は全員、合格を勝ち取ったそうだ。

 多くの受験生が、丸3年という歳月をかけて中学受験に挑むのだが、小学生にとっての3年間はあまりにも長く、その旅路は決して順風満帆とはいかない。

 ほぼ全員、成績が思うように上がらなかったり、塾生活に嫌気が差したり、美羽ちゃんのように「合格の可能性がほとんどない」という事態に追い込まれたりするのである。

 合格するか、しないかは時の運もあるので、致し方ない面もあるが、それでも、人生の中で目標を持ち、それに向かって、仲間たちとも一緒に懸命に頑張ったという経験は得難いものだと思う。

 先日、現在中学2年生になった美羽ちゃんが、友人たちと共に出身塾に遊びに行って、同じようにスランプに悩む子の相談に乗ってあげたそうだ。美羽ちゃんは薫さんに、こう言ったという。

「あの時、やめなくてよかった。人生って多分、無駄なことは何もないんだね」

 薫さんが「これは、私の子育ての中でも、かなりうれしい言葉の一つになりました」と語ってくれたのが、とても印象に残っている。

中学受験の初テストで「偏差値27」の衝撃! 塾では最後尾……「息子は優秀だと思っていた」母の焦燥

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 「中学受験あるある」の一つに、「我が子の模試の偏差値が思っていたより低くて、衝撃を受ける」というのがある。中学受験では、模試の結果が「偏差値30台」ということは、特に珍しくもないのだが、中学受験経験がない親にとっては“衝撃の数字”に見えてしまう。

 偏差値は、テストを受けた集団の中で自分がどれくらいの位置にいるかを表す数値であると共に、その平均は「50」であるということを、親はこれまでの我が身の実体験で理解しているが、意外と「母集団の違い」には気が付かないものだ。

 当然のことだが、偏差値はテストの規模、地域、時期、受験層によって大きく数値が異なるので、つまり異なるテストの偏差値というのは、一概に比較できないのである。

 さらに言えば、誰もが受けるわけではない中学受験は母集団が少ない。その上、小学校でも成績の上位層が受験しているので、もともと“できる集団”の中での指標なのだ。

 もちろん模試にもよるが、中学受験の偏差値50は、高校受験の偏差値60~65相当であると言われている。それゆえ、中学受験の偏差値は親が期待するよりも低く出がちになり、時に親の度肝を抜いてしまうことがあるのだ。

  大手企業に勤める総合職の裕子さん(仮名)も、一人息子である弦君(仮名)の“ファースト偏差値”に驚いた一人だ。

 夫婦ともに地方出身者で、大学までオール公立で過ごしてきたという裕子さんいわく、「中学受験の“ち”の字もない地域で育った者」にとっては、先輩社員が口にする「中学受験」は、他人事であったそうだ。しかし、弦君が小学校に上がる頃から、だんだんと感化されるようになり「弦も中学受験をしたほうがいいのかな?」と思うようになったという。
 
 裕子さんは受験当時を振り返りながら自嘲気味に、こう話してくれた。

「自慢に聞こえるかもしれないんですが、受験塾に入れるまで、弦のことは『優秀な子』だと思い込んでいました。小学校のテストでは常に満点かそれに近い点数しか取ってきたことがないので、当然、受験塾に入ったら、最上位クラスは間違いないと思っていたのです……」

 ところが、ふたを開けてみたら、偏差値27、最後尾クラス。裕子さんは、「真面目に『72』」のプリントミスではないか?」と思ったという。

「まず、偏差値に20台があるのか!? ってことに衝撃を受けました。私自身は『いつも偏差値は60台くらいだった』という記憶があるので、そもそも母集団が違うという発想にはならなかったです」

 これは、小学校のテストで出題される問題と、実際の中学入試問題の難易度が桁外れに違うということを如実に示す出来事。小学校で優秀なら、受験塾でも優秀ということにはならないのだ。

「『弦が優秀ではない!』と知り、正直、慌てました。親のミスと言われれば、それまでですが、小学校の成績なんかまったく当てにならないってことが、よくわかったんです」

 勉強熱心な性格である裕子さんは、それから塾のテキストを自らひも解いて、弦君に解るように丁寧に解説をしていったという。

「受験はテクニックということもあるので、問題に慣れるにしたがって、弦の偏差値は面白いように伸びました。偏差値50までは順調でしたね。ところが、55の壁が超えられない。主人も、頭では母集団の違いなども理解しているんですが、どうしても偏差値50=平均という意識が抜けなくて、『金かけてまで、平均の学校に行くことはない! 上位校に行けないなら、やめてしまえ!』って怒っていましたよ……」

 やがて、偏差値50前後のまま、弦君は小学校6年生の晩秋を迎える。

「さすがに、その時期まできたら、それ以上は難しいなと思い始めました。上位校は主人の希望なので、とりあえず受ける。けれども併願校は弦の実力に見合う、弦にとって居心地の良い学校を探そうと、私は説明会に行きまくりました」

 参考までに書くと、中学受験の偏差値は、難関校で60以上、中堅校で50前後から60の間になるので、中堅校といえど競争は厳しい。

 結果的に弦君は中堅校ではあるが大学合格実績も目覚ましく、先進的な教育を行うことで有名な学校に入学した。

「『受験するなら、偏差値60以上の学校に行くべき!』という主張を変えなかった主人は、最初、この結果に不満のようでしたが、実際、難関校はには不合格だったわけで、今の学校に行くしかなかったんです。でも、今は主人の方がこの学校に夢中です」

 弦君の中学には、「お父さんの会」があり、今ではその集まりに積極的に参加しているという。

「主人は去年の文化祭で、焼きそばを腕が上がらなくなるまで焼いたっていうのが自慢みたいです。『弦は本当にいい学校に入ったなぁ……』なんてしみじみ漏らすので、私が『どの口が言う?』と言い返しているほどです(笑)」

 弦君は今、中学3年生。文化祭実行委員会のメンバーの一人として、「コロナ禍で、どのように文化祭を開催できるか」に頭を悩ませながら、日夜、仲間や先生と協議の最中なのだそうだ。弦君の充実した学校生活の話を聞くと、親が偏差値に踊らされないことの重要さを実感する。

中学受験に2年間で400万円投入、マンションも手放して……「受験産業に踊らされた」母が今思うこと

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験を表した言葉に「負けが込む博打」というものがある。

 思うように我が子の偏差値が上がらない現状に、「今度の模試こそは!」「次回のクラス替えこそは!」とばかりに期待を込めて、過剰にお金をつぎ込んでしまう親を揶揄した言葉だ。確かに中学受験は、一度、足を踏み入れてしまうと「勇気ある撤退」はしにくいこともあり、親の多くがお金をかけすぎる傾向がある世界なのである。

 例えば、このままでは志望校には合格しないという焦りのあまりに、塾の言うなりに多くのオプション講座を取ってしまう、また、塾以外に個別指導教室にも通わせるなどだ。

 冷静さを失うと、中学受験の合否に対する不安感ばかりがあふれ出すので、それをどうにかカバーしようと、お金で解決しようとする親が出現しやすいと言えるだろう。

 多香子さん(仮名)も、そういう親の一人であった。

 多香子さんと夫は、ともに地方出身者で、高校までは公立で過ごしてきたこともあり、当初は長男・芳樹君(仮名)に中学受験をさせようという考えはなかったという。

 一家は、芳樹君が小学5年生のときに、新居としてマンションを購入し、移り住む。転校した芳樹君にはすぐに友人ができたそうだが、その子たちと放課後に遊ぼうとすると断られるらしく、理由を聞けば「中学受験塾」に通っているということがわかったのだそうだ。

 芳樹君のクラスメイトは、半分が受験組だったというが、気の合う子たちは全員、受験組。そして、芳樹君が望んだこともあり、多香子さんは「なんとなく中学受験に参入することになった」と話してくれた。

「後で気が付いたんですが、周りのみんなは、低学年から中学受験を意識した生活をしてきて、早い子だと小学3年生から受験塾に通っているんですよね。芳樹が入塾したのは5年生の5月ですから、中学受験にチャレンジするには遅いスタートなんだということに、その時、初めて気が付いたような有様でした……」

 その塾は、成績順に5クラス編成になっており、芳樹君は一番下のクラスでの受講となったそうだ。

「芳樹は負けず嫌いな面があるんですが、とにかく仲間のいる上から2番目のクラスに行きたいってことで、かなり頑張っていたんです。でも、そもそも基礎がなかったもので、これをどうにかしないといけない! って塾に相談することにしました」

 すると教室長から、学生が講師を務める系列の個別塾を勧められ、塾のない日はそこで勉強をすることになったという。

「全ての曜日に塾が入るようになってしまったのですが、芳樹の成績は思うようには上がりませんでした。先生に相談すると『高学年になると、みんなが一斉にギアを上げますから、普通に勉強しているだけでは、成績はなかなか上がらない』って言われてしまい、親子で余計に焦っていました」

 多香子さんは個別塾の教師が学生だからいけないのではないかと考え、芳樹君が6年生になると、プロ家庭教師にみてもらうようにしたという。

「もう、あの頃の私は、お金の計算ができなくなってしまい、結局、中学受験対策の2年間だけで、塾と家庭教師に400万円近く費やしました……。芳樹はもともと、地頭がいいほうではないって気が付いていながら、それをどうしても認めたくなくて。『こんなにお金をかけたんだから、それなりの学校に行ってもらわなければ!』って思っていましたね」

 多香子さんは、自分のパート代を芳樹君の塾代にあてていたそうだが、それでは足りずに、貯金に手をつけるようになっていったという。

「マンションの頭金を払ったせいで、貯金もあまりなかったんですが、それでも『教育費のためだから!』って言い訳をして、出していましたね。今、思えば、完全に受験産業に踊らされていたような気がします」

 結局、昨年、芳樹君はある中堅の大学付属校に入学したのだが、ここで問題が発生したそうだ。

「主人がリストラされてしまい、一気に家計がピンチになったんです。大学付属校って、学費が高いので……。それで、いろんな奨学金制度を探したんですが、中学生にはないんですよね。お金がないなら、公立に行けばいいってことみたいです。でも、今さら転校させるのは、あまりに可哀想なので、マンションを手放すことにしました」

 多香子さんに、今、中学受験についてどう思うかを聞いてみたところ、彼女はこう言った。

「やっぱり、何も知らない素人が雰囲気だけでやるもんじゃないって思います。中学受験って、お金が湯水のように消えることもありますけど、それって多くの場合、親の要らぬ期待とか欲があるように感じるんです。なんでしょうね、周りの優秀な子たちと同じじゃなければならないっていう呪縛に、親子ともども、振り回されていたように思えるんですよ。今、冷静に振り返ると、あんなにお金と時間をかけなくても、入れるところに入ればいいだけの話で……。特にお金のことは、もっと冷静になるべきでしたね。親として最も情けないのは、現在、小2の芳樹の妹には、本人がいくら望んでも、中学受験は受けさせてあげられないことです」

 幸いにも芳樹君はその学校を気に入っており、今のところ塾要らず。万が一、家計が好転しなくても、高校になると学校独自の奨学金が給付される制度があるとのことで、安心材料ではあるという。さらに、大学付属校なので、長い目で見れば、中高生にかかりがちな塾代、予備校代、大学受験料が丸ごと浮く可能性もある。多香子さんの総決算はまだ先の話だ。

 中学受験、その先の中高一貫校にはさまざまなメリットがあることは確かだが、「ない袖は振れない」世界であることもまた事実。親御さんは受験参入前にこそ冷静に、教育費シミュレーションをしておくことを強くお勧めしておきたい。

中学受験に2年間で400万円投入、マンションも手放して……「受験産業に踊らされた」母が今思うこと

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験を表した言葉に「負けが込む博打」というものがある。

 思うように我が子の偏差値が上がらない現状に、「今度の模試こそは!」「次回のクラス替えこそは!」とばかりに期待を込めて、過剰にお金をつぎ込んでしまう親を揶揄した言葉だ。確かに中学受験は、一度、足を踏み入れてしまうと「勇気ある撤退」はしにくいこともあり、親の多くがお金をかけすぎる傾向がある世界なのである。

 例えば、このままでは志望校には合格しないという焦りのあまりに、塾の言うなりに多くのオプション講座を取ってしまう、また、塾以外に個別指導教室にも通わせるなどだ。

 冷静さを失うと、中学受験の合否に対する不安感ばかりがあふれ出すので、それをどうにかカバーしようと、お金で解決しようとする親が出現しやすいと言えるだろう。

 多香子さん(仮名)も、そういう親の一人であった。

 多香子さんと夫は、ともに地方出身者で、高校までは公立で過ごしてきたこともあり、当初は長男・芳樹君(仮名)に中学受験をさせようという考えはなかったという。

 一家は、芳樹君が小学5年生のときに、新居としてマンションを購入し、移り住む。転校した芳樹君にはすぐに友人ができたそうだが、その子たちと放課後に遊ぼうとすると断られるらしく、理由を聞けば「中学受験塾」に通っているということがわかったのだそうだ。

 芳樹君のクラスメイトは、半分が受験組だったというが、気の合う子たちは全員、受験組。そして、芳樹君が望んだこともあり、多香子さんは「なんとなく中学受験に参入することになった」と話してくれた。

「後で気が付いたんですが、周りのみんなは、低学年から中学受験を意識した生活をしてきて、早い子だと小学3年生から受験塾に通っているんですよね。芳樹が入塾したのは5年生の5月ですから、中学受験にチャレンジするには遅いスタートなんだということに、その時、初めて気が付いたような有様でした……」

 その塾は、成績順に5クラス編成になっており、芳樹君は一番下のクラスでの受講となったそうだ。

「芳樹は負けず嫌いな面があるんですが、とにかく仲間のいる上から2番目のクラスに行きたいってことで、かなり頑張っていたんです。でも、そもそも基礎がなかったもので、これをどうにかしないといけない! って塾に相談することにしました」

 すると教室長から、学生が講師を務める系列の個別塾を勧められ、塾のない日はそこで勉強をすることになったという。

「全ての曜日に塾が入るようになってしまったのですが、芳樹の成績は思うようには上がりませんでした。先生に相談すると『高学年になると、みんなが一斉にギアを上げますから、普通に勉強しているだけでは、成績はなかなか上がらない』って言われてしまい、親子で余計に焦っていました」

 多香子さんは個別塾の教師が学生だからいけないのではないかと考え、芳樹君が6年生になると、プロ家庭教師にみてもらうようにしたという。

「もう、あの頃の私は、お金の計算ができなくなってしまい、結局、中学受験対策の2年間だけで、塾と家庭教師に400万円近く費やしました……。芳樹はもともと、地頭がいいほうではないって気が付いていながら、それをどうしても認めたくなくて。『こんなにお金をかけたんだから、それなりの学校に行ってもらわなければ!』って思っていましたね」

 多香子さんは、自分のパート代を芳樹君の塾代にあてていたそうだが、それでは足りずに、貯金に手をつけるようになっていったという。

「マンションの頭金を払ったせいで、貯金もあまりなかったんですが、それでも『教育費のためだから!』って言い訳をして、出していましたね。今、思えば、完全に受験産業に踊らされていたような気がします」

 結局、昨年、芳樹君はある中堅の大学付属校に入学したのだが、ここで問題が発生したそうだ。

「主人がリストラされてしまい、一気に家計がピンチになったんです。大学付属校って、学費が高いので……。それで、いろんな奨学金制度を探したんですが、中学生にはないんですよね。お金がないなら、公立に行けばいいってことみたいです。でも、今さら転校させるのは、あまりに可哀想なので、マンションを手放すことにしました」

 多香子さんに、今、中学受験についてどう思うかを聞いてみたところ、彼女はこう言った。

「やっぱり、何も知らない素人が雰囲気だけでやるもんじゃないって思います。中学受験って、お金が湯水のように消えることもありますけど、それって多くの場合、親の要らぬ期待とか欲があるように感じるんです。なんでしょうね、周りの優秀な子たちと同じじゃなければならないっていう呪縛に、親子ともども、振り回されていたように思えるんですよ。今、冷静に振り返ると、あんなにお金と時間をかけなくても、入れるところに入ればいいだけの話で……。特にお金のことは、もっと冷静になるべきでしたね。親として最も情けないのは、現在、小2の芳樹の妹には、本人がいくら望んでも、中学受験は受けさせてあげられないことです」

 幸いにも芳樹君はその学校を気に入っており、今のところ塾要らず。万が一、家計が好転しなくても、高校になると学校独自の奨学金が給付される制度があるとのことで、安心材料ではあるという。さらに、大学付属校なので、長い目で見れば、中高生にかかりがちな塾代、予備校代、大学受験料が丸ごと浮く可能性もある。多香子さんの総決算はまだ先の話だ。

 中学受験、その先の中高一貫校にはさまざまなメリットがあることは確かだが、「ない袖は振れない」世界であることもまた事実。親御さんは受験参入前にこそ冷静に、教育費シミュレーションをしておくことを強くお勧めしておきたい。

第1志望の「お嬢様学校」に合格したけれど……中学受験には“成功しなかった”母と娘

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験における「成功」というと、「第1志望校の合格」を思い描きがちだが、実はそういう短絡的なことではない。

 本当の意味での中学受験の「成功」は、親目線で言うと、将来的に我が子が中高一貫校での人間的成長をベースとした「人生の充実」を実感できるかどうかである。

 そのためには、成人以降の我が子を想像し、より“咲きやすい”環境の学校に置いてあげることが一番よいと思うのだが、これは言うは易しのごとく、親にとってなかなかの難題なのである。

 玲子さん(仮名)は、高齢出産と言われる年齢で舞花さん(仮名、現在20歳)を授かったそうで、それこそ目に入れても痛くないというように可愛がって育ててきたそうだ。「娘にケガをさせたくない」との思いから、危険なものは玲子さんが先に全て排除していたそうで、なんと舞花さんは中学生になるまで、包丁も触ったことがなかったというから、その徹底ぶりには驚きを隠せない。

 習い事も「危険度」が低いものに絞られたため、舞花さんが熱望していたサッカー教室は当然ダメ。全て玲子さんが「危険ではない」と認めたレッスン……例えば、習字やピアノといったものしか習わせてもらえなかったそうだ。

 このルールは延々と続き、中学受験も玲子さんの希望でチャレンジすることになり、舞花さんは、気の進まない習い事に加え、中学受験塾通いに明け暮れることになったという。

 舞花さんは、当時を振り返って、母・玲子さんについて、こう語る。

「母は、父に対してもそうなんですが、小学生の私にとっても“絶対権力者”だったので、逆らうとか、そういう気持ちにはなれなかったですね。二言目には『あなたのためよ』って言葉で、全ての思考を止められていましたから、子ども心に『どうせ何を言ってもムダだ』って思っていました……」

 舞花さん自身は共学志望、もっと言えば、地元の友達と離れがたく、近所の公立中学に行きたかったそうだが、「母“だけ”が憧れているお嬢様学校」合格に向け、努力を続けなければならなかったそうだ。

「今思えば、母自身に何らかのコンプレックスがあったような気がします。『あのお嬢様学校に娘を入学させなければ、自分の人生は“負け”』とでも思い込んでいるような感じでした」

舞花さんは玲子さんの機嫌を損ねないようにするためだけに努力を続け、そのお嬢様校に見事に合格をする。ところが、その学校生活は、舞花さんにとって苦痛でしかなかったそうだ。

「謎のルールがありすぎなんですよ。傘の色まで決められていますし、これはダメ、あれはダメ、少しでも違反したら反省文。そんなことばかりでしたが、一番、腹立たしかったのは、同級生が飼い馴らされた猫みたいで、それが『時代遅れでおかしいこと』とすら思わないところでした。まあ、要するに私には合わなかったんです」

 舞花さんは耐え切れなくなり、「高校は違う学校に行きたい!」と玲子さんに訴えたそうだが、返事は当然NO。なぜならば、地元では有名な由緒正しい学校であるのと同時に、玲子さんが憧れる名門大学への推薦枠が豊富であるため、「あと3年の辛抱」と、却下されたそうだ。

「私、そんなに地頭も良くないんですよ。あのお嬢様学校は、一応、進学校だったので、授業には付いていくだけで精一杯。親が望むような成績なんてまったく取れなかったです。中学受験で勉強をやりすぎちゃって、伸び切ったゴムみたいになっていましたから」

 そんなこんなで舞花さんは「我慢に我慢を重ねた結果」、そのお嬢様学校を卒業し、大学生になった。

「大学選びですか? 私はもう親元を離れられたら、どこでもよかったので、実家から遠く離れた大学を選びました。まあ、一応、親から見たら、ギリギリ許せる大学名だったんじゃないですか? 親は、私が何をしたいかより、『どこに所属しているか』だけが大事なんで」

 このコロナ禍で大学は事実上クローズ。現在、舞花さんはその大学近くで一人暮らしを続けている。

「同級生の中には、一度実家に戻った子もいますが、私はもう帰りません。ここで、母に奪われた私自身を取り戻します。私の人生を乗っ取ってきた母から離れて、自分は何をしたいのかをゆっくり考えたいんです」

 中学受験は、まだ子どもが幼いうちからスタートするものなので、一部の親にとっては「親の希望が子どもにとって絶対によいもの」という意識になりがちだ。しかし、たとえ小学生であろうと、子どもには子どもの意思があり、それが親と同じとは限らないのは明白だ。

 子どもが成人したのち、「うちは中学受験に成功した」と振り返る親の多くが、その理由を「子ども自身の意思を尊重した結果、人生の満足度を上げることができたから」と言う。そのことを忘れてはならないと痛感している。

第1志望の「お嬢様学校」に合格したけれど……中学受験には“成功しなかった”母と娘

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験における「成功」というと、「第1志望校の合格」を思い描きがちだが、実はそういう短絡的なことではない。

 本当の意味での中学受験の「成功」は、親目線で言うと、将来的に我が子が中高一貫校での人間的成長をベースとした「人生の充実」を実感できるかどうかである。

 そのためには、成人以降の我が子を想像し、より“咲きやすい”環境の学校に置いてあげることが一番よいと思うのだが、これは言うは易しのごとく、親にとってなかなかの難題なのである。

 玲子さん(仮名)は、高齢出産と言われる年齢で舞花さん(仮名、現在20歳)を授かったそうで、それこそ目に入れても痛くないというように可愛がって育ててきたそうだ。「娘にケガをさせたくない」との思いから、危険なものは玲子さんが先に全て排除していたそうで、なんと舞花さんは中学生になるまで、包丁も触ったことがなかったというから、その徹底ぶりには驚きを隠せない。

 習い事も「危険度」が低いものに絞られたため、舞花さんが熱望していたサッカー教室は当然ダメ。全て玲子さんが「危険ではない」と認めたレッスン……例えば、習字やピアノといったものしか習わせてもらえなかったそうだ。

 このルールは延々と続き、中学受験も玲子さんの希望でチャレンジすることになり、舞花さんは、気の進まない習い事に加え、中学受験塾通いに明け暮れることになったという。

 舞花さんは、当時を振り返って、母・玲子さんについて、こう語る。

「母は、父に対してもそうなんですが、小学生の私にとっても“絶対権力者”だったので、逆らうとか、そういう気持ちにはなれなかったですね。二言目には『あなたのためよ』って言葉で、全ての思考を止められていましたから、子ども心に『どうせ何を言ってもムダだ』って思っていました……」

 舞花さん自身は共学志望、もっと言えば、地元の友達と離れがたく、近所の公立中学に行きたかったそうだが、「母“だけ”が憧れているお嬢様学校」合格に向け、努力を続けなければならなかったそうだ。

「今思えば、母自身に何らかのコンプレックスがあったような気がします。『あのお嬢様学校に娘を入学させなければ、自分の人生は“負け”』とでも思い込んでいるような感じでした」

舞花さんは玲子さんの機嫌を損ねないようにするためだけに努力を続け、そのお嬢様校に見事に合格をする。ところが、その学校生活は、舞花さんにとって苦痛でしかなかったそうだ。

「謎のルールがありすぎなんですよ。傘の色まで決められていますし、これはダメ、あれはダメ、少しでも違反したら反省文。そんなことばかりでしたが、一番、腹立たしかったのは、同級生が飼い馴らされた猫みたいで、それが『時代遅れでおかしいこと』とすら思わないところでした。まあ、要するに私には合わなかったんです」

 舞花さんは耐え切れなくなり、「高校は違う学校に行きたい!」と玲子さんに訴えたそうだが、返事は当然NO。なぜならば、地元では有名な由緒正しい学校であるのと同時に、玲子さんが憧れる名門大学への推薦枠が豊富であるため、「あと3年の辛抱」と、却下されたそうだ。

「私、そんなに地頭も良くないんですよ。あのお嬢様学校は、一応、進学校だったので、授業には付いていくだけで精一杯。親が望むような成績なんてまったく取れなかったです。中学受験で勉強をやりすぎちゃって、伸び切ったゴムみたいになっていましたから」

 そんなこんなで舞花さんは「我慢に我慢を重ねた結果」、そのお嬢様学校を卒業し、大学生になった。

「大学選びですか? 私はもう親元を離れられたら、どこでもよかったので、実家から遠く離れた大学を選びました。まあ、一応、親から見たら、ギリギリ許せる大学名だったんじゃないですか? 親は、私が何をしたいかより、『どこに所属しているか』だけが大事なんで」

 このコロナ禍で大学は事実上クローズ。現在、舞花さんはその大学近くで一人暮らしを続けている。

「同級生の中には、一度実家に戻った子もいますが、私はもう帰りません。ここで、母に奪われた私自身を取り戻します。私の人生を乗っ取ってきた母から離れて、自分は何をしたいのかをゆっくり考えたいんです」

 中学受験は、まだ子どもが幼いうちからスタートするものなので、一部の親にとっては「親の希望が子どもにとって絶対によいもの」という意識になりがちだ。しかし、たとえ小学生であろうと、子どもには子どもの意思があり、それが親と同じとは限らないのは明白だ。

 子どもが成人したのち、「うちは中学受験に成功した」と振り返る親の多くが、その理由を「子ども自身の意思を尊重した結果、人生の満足度を上げることができたから」と言う。そのことを忘れてはならないと痛感している。

「塾なし」のお金をかけない中学受験は成功するのか? 年収500万円前後のシングルマザーが立てた作戦とは

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験はお金の話とセットで語られることが多い。私立中高一貫校の場合、6年間の学費は600万円超と言われ、また受験対策のための塾代が小学4〜6年生までの3年間で、200〜250万円程度になることが普通。さらに「合格切符のためなら何でもする!」とばかりに、塾のほかにプロ家庭教師を頼む家庭も別に珍しいことではなく、とにかく中学受験にはお金がかかるのである。

 こうなると、そもそも中学受験は、私立中高6年間の学費を払える裕福なご家庭のするもの、また、高額な塾代や家庭教師代にお金を回せる財力が「合格」を左右すると思われるかもしれない。確かにその傾向はあるものの、一方で「お金をかけない中学受験」という道を進む親子も稀ではないのだ。

 そういった親子は、次の3点の方法を用いて「お金をかけない中学受験」を実践しているという。

・私立ではなく公立中高一貫校を目指し、塾に通わない
・塾と私立中高一貫校の「特待制度」を利用する
・学費が安い私立中高一貫校を選び抜く(それでも年間80万円ほどはかかるが)

 シングルマザーの郁子さん(仮名)と、一人娘の由夏ちゃん(仮名)も、「お金をかけない中学受験」に挑んだ親子である。郁子さんは、由夏ちゃんがまだおなかの中にいる頃に、夫の不倫発覚により離婚。その後、夫が不倫相手と家庭を持ったところまでは把握していたらしいが、やがて離婚したらしく、今現在は音信不通ということだ。

「元夫のことは、もういいんです。最初から慰謝料も養育費も当てになんかしていませんでしたから。由夏を授かったことだけで十分です。由夏は私だけの大事な子どもですので、私が立派に育てればいいって、むしろ覚悟ができましたね」

 郁子さんは国立大学を卒業後、IT企業に就職。その後、妊娠中の離婚騒ぎというショッキングな出来事を受け、切迫早産となり、結果的に退職を選んだそうだ。それから、幼い娘を抱えながら、プログラミングの勉強をするなどしてさらにスキルを磨き、今はフリーランスのITエンジニアとして生計を立てている。

「今はいい時代になりました。元いた会社や、かつてのお客様からお仕事をいただき、ほとんどの仕事を自宅ですることができているので助かります。でも、ふんだんにお金があるわけではないので、お金をかけるところと節約するところの線引きはしっかりしているつもりです」

 娘の由夏ちゃんへの教育方針も明確だ。

「私は親に学費を払ってもらい、大学まで出してもらったので、由夏にもそうしてあげたいんです。やっぱり、自分がこうやって仕事をして自立できているのも、教育を受けられたからだと思うので……。男は裏切りますけど、仕事は裏切りませんものね(笑)」

 郁子さんの年収は500万円前後。お金のことを考えると、中学受験は正直、迷ったそうだが、由夏ちゃんが公立小学校でいじめを受けたことで、決意が固まったという。

「5年生になった時です。由夏が『あの子たちと同じ(公立)中学には行きたくない!』って言ったので、私も腹をくくりましたね」

 そこで、郁子さんは3つの作戦を立てたという。

・塾に行かせるお金はないので、自宅で自分が教える
・受験校は公立中高一貫校と特待制度がある私立中学に絞る
・自宅から自転車で通える範囲の学校を選ぶ

 そうして、受験校として候補に上がったのが、A公立中高一貫校と、特待制度のあるB私立中学。どちらも創立から歴史は浅く中堅校ではあるが、大学実績も好調な人気校である。

「ちょうど、友人のお子さんの中学受験が終わったタイミングだったので、テキストやら、参考書をまるごといただくことができて、すごくありがたかったですね。私がリモートワーカーなので、時間の都合もつくし、由夏を傍で見張ることもできて、それもよかったです」

 結果、「塾なし」で由夏ちゃんはA公立中高一貫校とB私立中学の特待生枠の合格を勝ち取り、今はA中学の3年生になっている。

 気になるのは、由夏ちゃんの勉強法だが、郁子さんからは意外な答えが返ってきた。

「勉強法ですか? う~ん、ウチはお金がなかったので、娯楽が市の図書館だったんですよ。それで赤ちゃんの時から本は浴びるほど、読み聞かせをしましたし、由夏本人も本を読むのがすごく好きな子に育ってくれました。そのせいか、国語とか社会に関してはまったく問題なかったですね」

 また、郁子さんは食費を節約するために、市から農園を借りて畑を耕しているそうだが、「その影響か、由夏は自然と生物にも興味を持ったみたいで、それも受験にプラスになったと思います」という。

「中学受験は算数が肝ですが、私は理系で、もともと数学が大好きなんです(笑)。由夏に算数を教えて、理解させることができたら『私の勝ち!』と思い、当時は朝から『今日の算数の勉強は、どう教えようか。こういう解説をしたら面白がってくれるかな』と考えていました。でも、由夏にとっては、そんな私がウザかったみたいで、半年くらいで『自力でやる!』と言い出して、どうしても解けない問題しか、聞きに来なくなりましたけどね(笑)」

 最後に郁子さんは、“塾なし受験”の最大の勝因を挙げてくれた。
 
「結局、由夏は、算数の成績があまり伸びなかったんですが、『少し頑張れば手が届きそうな学校を目指したこと』が勝因と言えば、勝因かもしれません。中学受験はしなくてもいい受験なので、経済的にも偏差値的にも無理はしない。でも、納得できるまで頑張るってことが、いろんな意味でよいのかなって思っています」

 由夏ちゃんの学校もようやく登校が再開となり、今は毎日、学校で友達に会える喜びに浸っているそうだ。