中学受験に「繰り上げ合格」した子はその後、落ちこぼれるのか? “補欠野郎”と呼ばれた息子

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 入学試験というものは時に残酷だ。定員という枠があるために、どうしても線引きをせざるを得ない。例えば、学校側が「今年の合格ラインは300点以上」とした場合、たった1点足りなかっただけの299点の子も不合格になってしまうわけだ。

 中学受験では「1点に食らいつく子が勝利をものにする」とよく言われるが、これは、たった1点によって、受験生が天国と地獄に分かれることを表している。

 しかし、これに救済措置が取られることが、まあまあな頻度で起こる。合格したものの、入学辞退を申し出る子が出た場合、学校側は定員枠を埋めるために、299点の子の中から、新たなる合格者を選ぶのである。これを「繰り上げ合格」と呼ぶが、要は試験で補欠となった者が、繰り上がって合格を手にするという意味だ。

 現在は大学生の颯真君(仮名)も、中学受験の際、補欠合格で入学した1人であった。彼の入ったH学園は中堅ながら、大変な人気校。成績上位層からは「入学しても満足な滑り止め校」とされ、一方で成績下位層からは「憧れの学校」として注目されている。幅広い偏差値帯の子が受験するので、結果、高倍率になって、毎年激戦となっているのだ。

 颯真君もこの学校に憧れ、小学6年生の模試では、「合格可能性80%」という偏差値を常にキープ。塾の先生も「合格は確実!」と太鼓判を押していたという。

 ところが、受験は水物。颯真君はH学園を3回受験したが、3回とも不合格となった。颯真君の母である千恵美さん(仮名)は当時を振り返って、こう言った。

「もう地獄でしたね。H学園は家族の憧れと言ってもいいほどの学校でしたから、颯真も私たち夫婦もH学園合格だけを夢見て、本当に一生懸命頑張ったんです。でも、3回とも不合格で……。颯真にはかける言葉もなかったです」

 千恵美さん家族は受験後、H学園以外は考えていなかったため、地元公立中学に進学しようと気持ちを切り替えることに全力を尽くしていたそうだ。そんな2月の半ばのある日、千恵美さんの携帯電話にH学園からの繰り上げ合格の連絡が入ったという。

「もう、信じられなくて、一家で抱き合って喜びました」

 こうして、晴れてH学園の制服に袖を通した颯真君だが、中間テストの結果を受け、彼は通っていた塾の先生に相談へ行ったという。千恵美さんの話によると、先生から「学校どうだ?」と聞かれた颯真くんは、

「先生、思ってたより授業の進みが早くて、早くも落ちこぼれです。僕はなんたって繰り上げですから……」

と投げやりな言葉を口にしたという。

「その時、先生は颯真に『中学受験の合格者っていうのは、仮にもう1回、入試をしたとしたら、半分は入れ替わるって言われてるものだ。オマエ、いつまで1点差にこだわってるんだ? 繰り上げを言い訳にするのは、そろそろおしまいにしたらどうだ?』と喝を入れてくれたそうなんです」

 H学園は受験生に対して、入試の際の得点開示をしている学校。先生は颯真君が当初、1点差で涙をのんだことも承知で、発破をかけてくれたという。

 颯真君は塾の先生に再びの指導を直訴。その塾は地元密着の塾で、高校受験にも対応しているため、小学生だけではなく中学生も受け入れているのだ。

「颯真がまたあの塾に行きたいと言い出した時はびっくりしましたね。ようやく塾生活とはサヨナラできると思っていたのに、また夜もお弁当がいるの? って」

 そう言いながらも、千恵美さんは笑顔を見せた。

 その後、颯真君の放課後スケジュールは、週4の部活と週3の塾で埋まっていたという。中1の期末テストで成績がグンと伸び、中2からは特進クラス入り。以降、高3まで特進クラスをキープし、第1志望の国立大学に入学している。

「この前、颯真に聞いたんですよ。『なんで頑張れたの?』って。そしたら、颯真が『塾の先生に、「繰り上げ合格だから」ってちょっと漏らしたら、「オマエのことは“補欠野郎”って呼ぶことにする」って言われて、めちゃムカついた!』って(笑)」

 これは、颯真君の性格を熟知した先生なりの喝の入れ方だったのだろう。

 確かに、自分が繰り上げ合格者であることを気にする子は多く、親も不安を感じることはあるだろう。しかし、中高一貫校は6年間もある。やはり、コツコツと努力を続けた者の成績は伸びるし、サボった者はアッという間に“深海”に潜りやすい。結局、入試当日の1点差に実力差は全くないということなのだろう。

 颯真君は今、学生アルバイトとして、先生の塾を手伝っている。将来的には学校の先生になって「補欠野郎」も含めた子どもたちの面倒を、みてあげたいのだそうだ。

赤ちゃんの頃から「中学受験するの?」……文教地区で小1から入塾、5年間頑張ったのに「息子が退塾したワケ」

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 2022年度、首都圏の中学受験者数は約5万1,100人。受験率は17.3%と過去最高を記録した(首都圏模試センター調べ)。このように中学受験業界はコロナ禍をもろともせず大盛況なのだが、近年の傾向の一つとして「入塾年齢が早まっていること」が挙げられている。

 一般的には、中学受験は新4年生(小学3年生の2月)のタイミングで入塾し、3年間の受験生活を過ごす子が多い。しかし、受験熱が高い地域では小学校入学のタイミング、あるいはその前から「塾の座席」を確保するために入塾するケースも珍しくはなくなっているのが現状だ。

 春奈さん(仮名)は実家が地方にあり、大学進学で上京。そのまま某IT企業に就職し、社内結婚の翌年、待望の第1子が誕生し、その後、教育環境を重視して、都内有数の文教地区にマンションを購入した。今は専業主婦生活に区切りをつけ正社員として頑張りながら、長男である雄飛君(仮名・小学6年生)の子育てにも奮闘している毎日だ。

「ご存じの通り、この地域は中学受験熱が高く、雄飛の小学校の8割以上は中学受験組だと思われます。ママ友同士の会話でも、当然のことのように中学受験の話は頻繁に出ます」

 春奈さんが引っ越して来て、一番ショッキングだったという話はこれだ。

「ここに越してきたのは、まだ雄飛が赤ちゃんの頃なんですが、公園で出会ったママに『お宅は中学受験するの?』と聞かれたんです。当時の私は、“中学受験”という単語を知ってはいたものの、まさか、赤ちゃんのママ同士で中学受験の話題が出るとは、夢にも思っていませんでした」

 公園では「プレスクールはどこがいい?」というような、赤ちゃんの早期教育の話に始まり、ママたちはさまざまな教育談義に花を咲かせていたそうだ。

「もちろん、(小学校の)お受験を目指す人もたくさんいる地域なのですが、ウチは小学校くらいは公立でと思っていたので、お受験組のママたちとは自然と離れていったんです。でも、仲良しグループのママたちが、お子さんの小学校入学のタイミングで中学受験塾を検討しているということがわかり、正直、焦りました」

 塾にも「キャパ」の問題があるため、座席数には限りがある。拠点校と称されるような人気の教室であると、小学4年生からの入塾では、すでに定員オーバーとなっているケースが多いために、座席確保の意味で、年々、入塾が早まっている傾向が見られるのだ。

「ウチも、漠然と中学受験はさせようとは思ってはいましたが、まさか小1から入塾とは、考えてもいませんでした。でも、当時は乗り遅れてはいけないって思いしかなかったです」

 こうして小1から中学受験塾デビューを果たした雄飛君。4年生までは、成績上位のクラスをキープし、「毎日行きたい!」というほど、塾を気に入っていたそうだ。

「低学年は、学校の先取りと言えるほどの内容ではないですし、雄飛も楽しい習い事の一つのように捉えていたと思います。その頃は上位クラスだったのもあって、このまま続けられそうだなって思っていたんですよ。でも、新5年生になったあたりから、クラスが少しずつ下がっていって……」

 これは「中学受験あるある」で、多くの受験生が陥りがちなケースだ。4年生までは基本的な内容を学習するので、問題を解く際、テキストの内容を何度も繰り返し覚えるという“技”が通用するのだが、5年生からは発展的内容に移るので、4年生までの基礎固め学習の上に「これはなぜ、そう解くのか?」などといった問題への理解や納得が必要になってくる。それゆえ「急に難しくなった」と感じる子は少なくないだろう。しかも、大抵の塾は授業の進みが早く、やるべき課題は大量なため、“ついていけなくなる”子が続出するのだ

「自分だけが、ズルズルとクラス落ちをしていく現状に、雄飛はすっかりやる気を失い、ついに5年生の秋あたりから『もう受験はしない!』って言うようになって……先日、ついに退塾してしまったんです」

 どの段階の受験でもそうであるが、長期に塾に通ったからといって、成績が伸びていくものではないところが、難しい問題だ。

「夫は『やる気がない奴に払う金はない! 受験をやめろ!』の一言。でも、私はあきらめがつかなくて、今まで5年間も頑張ってきたのに、本当にこの選択でいいのかな? って悩んでいるんです」

 春奈さん一家の選択肢としては、「地元公立中に行き高校受験」「転塾(家庭教師含む)して中学受験を目指す」「塾なし受験を目指す」という3通りが考えられるが、現在は雄飛君の「中学受験はしない」という意思に変わりはないのだそうだ。

「正直、塾は学童の代わりと言うか、私が仕事で遅くなる時でも安心して預けられる場だったってのもありました。それに何と言うか、中学受験をしていい学校に入った方が、人生のアドバンテージが高くなるっていう思いもあって、私も必死に働いて、塾代を稼いでいたんですけど……。このまま勉強もせずに受験して、入れる学校に行くというのも、違う気がして、もう、どうすればいいのか、わからなくなりました」

 子育てとは一筋縄ではいかないもので、親が良かれと思っても、必ずしも子どもがその通り進むものでもない。「馬を水辺に連れて行けても、水を飲ますことはできない」というイギリスのことわざがあるが、雄飛君のケースもそうかもしれない。

 ただ、思うのは、伸びるタイミングは、子ども一人ひとりで違って当然ということ。親が迷った時は、我が子の意思を尊重した方が、長い目で見ると満足度の高い子育てになるような気がする。今後も入塾年齢が早まる傾向は進むようだが、このことは、ぜひ心に留めておいてほしい。

いじめが原因で中学受験! 人生をガラリと変えた「偏差値40台」の中高一貫校とは

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験の志望動機をさまざまなご家庭に聞いているが、その中に「現状をリセット」というものがある。

 この場合、決められている学区中学ではなく、中学受験を経て「新天地」を目指すということ。そのほとんどが、我が子の小学校生活に危機感を持っての「中学受験」なのだ。

 美月さん(仮名)のケースもこれに当たった。小学5年生でクラス替えが行われた際に、美月さんは仲良しの子たちとは別々のクラスになってしまったとのことだが、ゴールデンウィーク後には、クラス全員から無視されていることに気付いたのだそうだ。

「誰かとけんかをしたわけでもないんですが、本当にわけがわからないまま、みんなが私を避けている感じがしました。班行動で私が入ることになると、明らかに嫌そうな態度を取られたり、陰でクスクス笑われたり……。そのうちに『あの顔でよく生きてるね』って声を聞いてしまって、学校に行けなくなりました」

 当然、美月さんの両親は心配し、学校側とも話し合いの場を設けたりもしたそうだが、進展もないまま月日だけが過ぎていったという。

 やがて、美月さんは不登校のまま6年生になるのだが、その時に美月さんの母親が「中学受験をしてリセットしない? 理由もなく、人を虐める人間とは華麗にさよならしようよ?」と提案してくれたのだそうだ。

「その頃の私は、中学受験という選択肢があるということもわかっていなかったんですが、『このままじゃ嫌だな』とは思っていたので、母の言うように『リセットできるならしたい』と決めて、受験することにしたんです」

 当時、美月さんは外に出るのも恐怖を感じるような状態だったようで、塾には行けず、家庭教師をお願いしての受験勉強。1年間を切る受験生活ながらも、偏差値40台前半のミッション系の中高一貫校に合格。新たなスタートを切ることになった。

「学校は自宅から1時間以上はかかるところにあるので、当然、誰も知っている人がいないと思って入学したんですが、いたんですよ、小学校の同級生が……。幸いクラスは別だったんですが、その子が私のことを何か言っているんじゃないかって思って、気が気じゃなくて。誰かがヒソヒソ声でしゃべっていると、私の悪口を言っているような気がして、消えてしまいたくなりました」

 当時の美月さんの学年主任の先生はこう証言する。

「入学直後は新しい環境なので、誰でも不安なんですよ。すぐに慣れる子、徐々に慣れる子とそのスピードに違いがあるので、私たちはその子、その子の性格に応じて、適宜、声掛けをしていくことを日課にしています。美月の顔には『私は不安です』って書いてあったので、教員同士「じゃあ、どうやったら美月が笑顔になるか?』って話し合いをしていたことを覚えています」

 美月さんは担任の先生に「あの子が私の悪口を言っているような気がする」と打ち明けてくれたので、先生方は慎重に丁寧に「それは事実なの? 想像なの?」ということから、アプローチしていったそうだ。

「中学生は妄想たくましい年代でもあるので、自分勝手に物語を作り上げていくことがあるんです。たとえそれが、自分が望まないストーリーであってもです」

 再び不登校寸前だった美月さんの言葉によると、事態が好転し始めたのは、学年主任の先生のこの言葉だったという。

「当時、私は世界中のみんなから嫌われていると思い込んでいましたから、先生に『同級生もみんな、私のこと嫌いなはずです』って言ったんですよ。そしたら、先生が、すっごい優しい笑顔でこう言ってくれたんです。『そう? 私は美月のことが大好きよ!』って……」

 美月さんは、その言葉で、いつも先生方が頻繁に美月さんに声掛けをしてくれていることに気が付いたという。

「本当に他愛ないことではあったんですが、すれ違いざまの『おはよう』に始まって『昨日、何食べた?』とか(笑)。それが、知らない先生も含めてだったんですが、すっごく自然に気にかけてくれていることに、なんか愛情を感じたっていうか……。ここは敵じゃなくて、味方が大勢いる場所なんだなって思えたっていうか……」

 担任の先生は放課後の掃除の後も、クラスに残って、教卓を囲みながら生徒たちと雑談するのを日課にしていたらしく、美月さんはいつしか、その輪に自然と入るようになったのだという。

「ウチの先生たちは一言も『ああしなさい』『こうしなさい』とはおっしゃらないんですが、なんでわかるのか『これ、やってみようかな?』って生徒が思っていると、必ず『いいじゃない!』って背中を押すんですよ。ちなみに私は、体育祭実行委員に手を挙げてみようかなって思った瞬間に、すかさず、先生とクラスメイトに推されて。そこからです。『私、変われるかも?』って思ったのは……」

 美月さんは今現在、児童心理学を学ぶ大学生であるが、そのきっかけも、当時の学年主任の先生の一言だったそうだ。

「高2の頃なんですが、進路に迷っていた時に先生に背中を押されたんです。児童心理学を学びたいなって思ってはいたんですが、行きたい大学には偏差値がまったく及んでなくて、どうせ無理だなって投げやりに(笑)。そしたら、先生が笑顔で『そう? 私は美月ならやれると思ってるよ』って……」

 それから、美月さんは猛勉強。見事、この分野ではトップレベルにあると言われている大学に進学している。

「何でしょうね……。先生方の術中に見事にハマったって感じですが、今思えば、本当にありがたくて……。もし、この学校でなかったら、私は今、どうなっていたかわかりません。人は一言で傷つくし、また一言で立ち直る力も持っているってことですよね。私、将来は、ウチの先生がしてくださったように、傷ついている子どもたちのケアができるような仕事に就きたいと思っています」

 美月さんは中1の際に立候補した体育祭実行委員を皮切りに、毎年、体育祭実行委員になり、最後は委員長を務めあげたのだそうだ。

「ご覧のように、当時の仲間とは今も繋がっています。みんなとは、何でも言い合えるし、一生の仲間です。もちろん、ここの先生方は大好きな一生の恩師です」

 そう言って、仲間たちと母校にフラッと遊びに来たのだという美月さんが晴れやかな笑顔をくれた。

中学受験で難関中学に落ちた息子が、「超難関」国立大学に合格できた意外な理由

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験というものは、時に「残酷なイベント」と評されることがある。

 その理由のひとつに、我が子そのものの価値ではなく、数字上の価値のほうを重視しがちになるということが挙げられている。保護者が「〇中学に合格できなければ失敗」「偏差値60以上でなければ行く意味なし」という考え方に縛られてしまうと、そのリスクが上がってしまいかねないので注意が必要なのだ。 

 もちろん、偏差値が高く、大学進学実績も良い中高一貫校が素晴らしい学校であることに異論はないが、私の長い取材経験から言わせていただくならば、どの中高一貫校も高い教育理念のもとに運営されており、総じて恵まれた教育環境にあるといえる。要は数字よりも、本人に合っているかどうかのほうが重要なのだ。

 耕平くん(仮名)の父親である洋平さん(仮名)は家庭の事情で大学に行くことが叶わず、学歴社会が色濃く残る企業に高卒で入ったものの「辛酸をなめた」というサラリーマン人生を送っていたそうだ。しかし、数年でその暮らしに見切りをつけたという。

「学歴があるってだけで与えられる仕事の内容も違いましたし、もっと言えば、大した仕事もできない人間が学歴の傘に守られて出世していくような会社だったので、これじゃダメだと思って、金を貯めて夜学に入り直したってわけです。たまたま、私はうまくいきましたが、それでも、遠回りをしたことは否めず、耕平には私のような苦労は絶対にさせてはならないって思っていました」

 洋平さんは苦労の末に、ある士業職に就き、独立して今は幅広く事業を展開している、いわゆる“成功者”であるが、この経験があるために、息子である耕平くんには早い内に「ゴールデンルート」を与えてあげたかったのだそうだ。

「当時は努力すれば、中学受験の勉強なんて楽勝だ! って思っていましたから、模試の結果が悪かったら、耕平を叱責するなんて当たり前でしたね⋯⋯。この中学(最難関中学)に行きさえすれば、将来の安泰切符を得られると思い込んでいましたから、中学受験の3年間の頑張りなんて大した苦労じゃないって思って、やっぱり、すごく勉強はやらせていました」

 耕平くんは模試の成績も決して悪くはなかったそうだが、結果的に第3志望校にしか合格できなかったそうだ。

「驚きましたよ。まあ、第1志望校は無理だったとしても、合格率80%をコンスタントに出していた第2志望校もダメ。耕平が入った学校なんて、私の時代には不良が行く底辺学校だったものですから、正直、ガッカリはしましたね⋯⋯」

 洋平さんの妻、佐智子さん(仮名)は笑いながら、こう語る。

「主人は、中学受験で燃え尽きたみたいで(笑)、中学入学後は耕平には関わらなくなったんですよ」

 一方、洋平さんは苦笑いを浮かべながら、こう振り返る。

「ちょうど、新規事業を立ち上げる時だったんで、“関わらなくなった”というより、“関われなくなった”ってのが正しいんですが、まあ、中学生になったら、半分、大人のようなもんですから、あとは本人次第。親がどうこう言うこともないと思って、引いたって感じですが、耕平の学校が思いのほか、信頼できたってのもありますね」

 耕平くんが入学した学校は、実際は洋平さんが思っていたような学校ではなく、だいぶ前から難関校のひとつとしてカウントされている学校なのだが、耕平くんには水が合っていたようで、耕平くんは部活に行事にと活躍。本人曰く「めちゃめちゃ充実していた」6年間を過ごすことができたという。

「親父は、さっき『スパルタだったので、それはよくなかったかもしれない』って言いましたけど、(多忙で)家にいる人じゃなかったんで、物理的接点がそんなになく(笑)。言うほど厳しくはなかったですよ。どっちかというと、僕の場合、中学受験の塾が結構、楽しくて。勉強すると、それなりに学力が上がるのが自分でわかるので、攻略ゲームみたいな感覚でした。ただ、第1志望校に入れなくて、期待していたであろう親には申し訳ないなっていうのはありましたね⋯⋯」

 耕平くんの学校には、耕平くんが受験した第1志望校に落ちて入学してきた生徒もたくさんいたそうで、クラスメイト同士で「あの算数の大問3が天下分け目だったな!」という話をして盛り上がったりもしていたようだ。

 耕平くんは現在、超難関とされる国立大学に通っているが、大学受験を成功させたモチベーションを聞いたら、こう答えてくれた。

「今、思えば、中学受験は自分の意思で始めたものではなかったっていうのが大きかったですね。ある日、突然、親父に命令されて『おまえは、この中学に行け!』でしたから(笑)。高校になって、周りも進路を考えだすようになるんですが、その時、友だち同士でこう言い合ったんですよ。『俺ら、大学くらいは(自分で決めた)第1志望に行こうぜ!』って」

 耕平くんの通った中高一貫校は「(大学)受験は団体戦」と捉えている学校で、学校側も挫折を経ての入学者が多いことは重々承知している。

「我々は再生工場でもあるんですよ。そのためにも入学したら親御さんは(子育てから)手を引いてほしい。自分で自分の道を決めたヤツほど強い者はないですから」と、先生が親に子離れを促している学校でもある。

 耕平くんの夢は、将来的にはお父さんの会社を引き継ぎ、自分の専門分野を生かして、さらに事業を大きくしていき、お父さんとともに、いっそうの社会貢献をしていきたいのだそうだ。

「中学受験は負担が大きい」からと小学校からエスカレーター式も大誤算! 我が子が“深海魚”に!?

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 一般的に中学受験は準備期間が長いので、小学生には負担が大きく、その年代でしか味わえない遊びや家族との語らいの時間が阻害されることがデメリットと主張されることもある。

 麻衣さん(仮名)は中学受験経験者であるが、塾生活は勉強漬け。「とにかく負担しか感じなかった!」というほどに、良い思い出とは言えないそうだ。

 「自分の子どもには、こんな小学校生活は送らせたくない!」と強く思っていたそうで、息子の大海くん(仮名)が生まれた時から小学校受験を考えていたという。

「中学受験は確かに大変でしたが、入学した一貫校の環境はあらゆる意味で素晴らしく、やはり頑張って入ったのは間違いではないとは思っています。“環境買い”をするのであれば、小学校から入れたほうが、子どもへの負担がより少ないと判断したのが、小学校受験の動機でした」

 麻衣さんはいわゆる「お受験ママ」になり、大海くんを必死にサポートしながら、お受験塾で頑張ったそうだ。その甲斐あって大海くんは第一志望の大学附属の小学校に合格。麻衣さんも、これで中学受験をせずとも、大学まではエスカレーター式で進学していけると胸を撫で下ろしていたという。

 ところが、小学校高学年に進むにしたがって、徐々に雲行きは怪しくなってくる。

「『普通にしていれば、エスカレーター式に併設中学に進める』ということだったので、正直、全員、上げてもらえると思い込んでいました。でも、当然と言えば当然なんですが、内部進学組も、過酷な競争に打ち勝って入ってくる中学受験組と同等の学力を有することは必須になるので、併設中学への推薦基準は厳しいものがあったんです。小学6年生になると、担任の先生からやんわりと『ほかの中学に行ったほうがいい』と言われる始末で。内部進学試験に通るように、家庭教師を付けて必死に頑張らせました」

 その甲斐あって、「中学に入ったら、相当、努力しないとダメだよ」という先生のお言葉付きで、どうにか推薦チケットをゲット。大海くんは併設中学に進学したという。

「そこからが、また地獄でしたね。類は友を呼ぶというのか、大海と仲が良かった子たちも進学基準に引っかかり、結局、ほかの中学に進学しました。仲良しの子たちが去ってしまった状況での入学だったんです。ウチの中学は中学受験を経て入学してくる子もかなりいるんですが、大海から見ると、すごく賢く映ったようで、逆にコンプレックスを煽られるような心境に陥ったんじゃないかと想像しています」

 内部進学組が幅を利かせているために、中学受験組が小さくなっているという話はよく耳にするが、大海くんのような逆のケースもあるのだろう。

「とにかく大海は要領が悪く、レポート課題もとりあえずでも、出すだけ出すということができないみたいで。しょぼいものなら出さないほうがマシと思うのか、未提出の嵐になって、平常点は限りなくゼロに近かったです」

 一般的には、公立・私立問わず「提出物」をきちんと出すということが評価点の基準になる。中高一貫校も例外ではなく、定期テストの点数のほかに、小テストの結果、レポート課題の提出の有無なども進級進学の評価につながっているのだ。

 大海くんの学校の場合、評価点が低いものがあると問答無用で「肩叩き」という、つまり「付いて来られないので、よその学校へ」とお声がかかる学校。

 麻衣さんは焦って、有名中高一貫校の「深海魚(中高一貫校で成績が沈んだ生徒のこと)専門」と謳われるような個別塾やレポートを専門に引き受けてくれる教室にも申し込んだそうだが、肝心な大海くんが動かないのだそうだ。

「中学に入ると、大海も本格的な反抗期に入り、親の言うことなど一切無視でした。このままだと放校処分になるからと言っても、一切、レポートも出さず、勉強もせず。取柄と言えば、こんな状態でも学校にだけは休まず通ったことくらいですかね……」

 最初は担任面談、そして学年主任面談、さらに上の役職の先生との面談となり、奮起を促されながら、お慈悲で中3まで上がったそうだが、中3晩秋にはついに校長先生より「高校への内部進学は認めない」と言い渡されたそうだ。

「『私立中学から公立高校を受験するのは難しく、特に内申点では不利になる』とは聞いていたんですが、ウチの学校もそうで、中3の秋に高校受験が必要だと言い渡されて、途方に暮れました。小学校から通っている学校ですから、やはり親子ともども、心のどこかに『そうは言っても上げてくれるだろう』という甘えがあったんですよね……」

 結局、大海くんは通信制高校に進学。現在、高校2年生になったところであるが、この通信制高校は大海くんが自ら選んだ学校だと聞いている。

「受験要らずで、のびのびとさせたかっただけだったのに、正直、何がいけなかったのかはわかりません。エスカレーターで大学まで行けるって軽く考えていたのが悪かったんですかね……」

 難関附属校あるあるだが、中学から来る子、高校から来る子はそれなりの準備をし、壮絶な戦いを経て入学をしてくるので、内部生の学力を下げるわけにはいかない学校側は当然のこととして、その実力を上げようとするカリキュラムを組んでいる。

 つまり、エスカレーター式といえど、まったく勉強しなくて良いという楽な道はないということであろう。

 大海くんの通っていた附属校が優秀な学校だったこともあり、麻衣さんの“残念感”は消えてないと言うが、救いとしては、最近、大海くんが反抗期を脱したのか、麻衣さんとも話をするようになってきたのだという。

「こないだ、大海に言われたんですよ。『なんかいろいろ、ごめん』って。大海は大海でいろいろ考えている最中なのかなぁと思えるようになってきたところです。思えば、今の通信校は大海が初めて『ここに行きたい』と自分で決めた進路なんだなぁって考えると、親がレールを敷き過ぎたのかもしれないです。親は子に良かれと思って動くのに、子育てって、本当に難しいですね……」

 麻衣さんの話を聞くと、改めて「子育ては本当に難しいものだ」と感じるが、子育てを通じて、私たち親もまた成長しているということなのかもしれない。

中学受験で習い事は辞めるべき? 両立させた息子が過労で入院、母親は「誘導を間違えた」!?

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験をする場合、習い事との兼ね合いは必ず出てくる問題だ。

 大手塾4科コースの場合、小学4年生までは週に2~3日の塾通いで済むので、習い事と両立している人も多いだろう。問題は小学5年生からである。講義は週3日~5日に増え、授業の内容は濃く、演習量も増していくのが普通だ。

 6年生になると、土日も模試や志望校特訓などの講座で埋まってしまい、受験一色という暮らしになりやすい。長期休みになると、朝から晩まで勉強漬けになることも稀ではない。その中で、中学受験の勉強と習い事を両立するのは大変なことだ。続けるべきか、止めるべきかでハムレット状態に陥るご家庭は多い。

 由希さん(仮名)は息子の大樹くん(仮名)が中3になった今でも、その選択の是非を悩むことがあるという。大樹くんはいわゆるサッカー少年で、小さい頃の夢は“Jリーガー”。幼稚園の頃から地元のサッカーチームに所属し、小学校でもエースの名を欲しいままにしていたそうで、本人は「もっと強くなりたい!」ということで、5年生の冬のセレクションに向けて頑張っていたのだそうだ。

 大樹くんの通っていた小学校は受験熱も高く、毎年、7割を超える子たちが中学受験塾に行き、残り3割が、スポーツや音楽などの習い事に一生懸命という学校。多くのご家庭では両立は無理と判断して、高学年になると、どちらかを選択するという流れになることは由希さんも承知していたという。

 しかし、大樹くんは負けず嫌いな性格であるために、自ら「両立宣言」。中学受験でトップ校に入り、サッカーでもセレクションに合格して強豪チームに入るのだ! という夢を持っていたという。その言葉通り、サッカーもだが、勉強も頑張り、大手塾でも最上位クラスを常にキープしているほどの文武両道状態。

「なんですかね……。当時の私は、周りの皆さんに“大樹無双”とかもてはやされて、いい気になっていたんですよね」

 ところが、大樹くんが5年生の秋のこと。突然、大樹くんは腹痛を訴え、そのまま救急車で運ばれるという“事件”が起こったという。病名は過労による「急性胃腸炎」。

「お医者さんに怒られました。『小学生にこんな無理な生活をさせて、それでも母親ですか?』と言われました。ものすごくショックでした……。『このままの生活をしていたら、また入院することになりかねない。小学生とは思えない程の過労』と診断されて、初めてそんなに疲れさせていたのかって気付いたほど、愚かな母親でした……」

 当然、由希さんは大樹くんに「どっちかに絞ろう」と説得したのだが、大樹くんは納得しなかったという。

「私たち夫婦は大樹の気持ちを尊重する子育てをしてきたつもりです。やっぱり、子どもとはいえ、ひとりの人格を持った人間なので、子どもがやりたいということを優先してきたんですが、姑からも『由希さん、あなた、私の孫を殺す気?』とまで言われ、心底、落ち込みました」

 大樹くんの入院は思いのほか長期間だったそうで、退院後、結局、大樹くんはサッカーを選んだという。

「確かに、思わぬ入院生活は大樹に『何を続けて、何を諦めるか』という人生の優先順位を考えさせる機会にはなったとは思います。大樹が自分で決めたことなので、それは良かったんですが、人生は思うようにはなりませんね……」

 退院後の試合で今度は足のけがを負う。それが、影響したのか、大樹くんは結局、小学生時代、サッカー強豪チームのセレクションを通過することはできなかった。

「それで、急きょ、サッカー部が強いことで名が通っている中高一貫校に願書を出したら運良く合格したんです。でもね~、甘くはないですね。中学でもレギュラー争いは熾烈で、もうすぐ高校生ですが、高校ではスポーツ推薦組も入ってくるので、大樹は『レギュラーなんて、多分、無理!』って言っています。大樹がいいなら、いいんですけど……。私は何かモヤモヤしていて……」

 由希さんのモヤモヤの理由はおそらく、これだ。

「こう言ってはなんですが、今の学校の偏差値はお世辞にも高いとは言えず、難関大学に入学する生徒は本当に少ないんです。もし、大樹が受験を優先してくれていたら、今頃は、大学実績も良くて、サッカーも強い学校でエースストライカーになっていたんじゃないかな……って思っちゃうんですよね。このことは、大樹には絶対に言えないですけど……」

 実は、大樹くんの小学校時代の3期上の先輩が同じようにサッカーと勉強の両立で悩んだ時に、その先輩の母親はこう言って、先輩を受験一筋にさせたのだという。

「サッカーは中学になってもできるでしょ? 今、勉強しておけば、中学高校と6年間、サッカーやり放題よ?」

 その先輩は結局、難関中高一貫校に入学。それなりにサッカー部も強い学校だそうで、先輩はエースとして活躍しながら、慶應義塾大学に合格。そのことを耳にしたのが由希さんのモヤモヤの原因のようだ。

「最終的には、本人の意思を尊重するしかないってことはわかっているんですが、私の誘導が間違っていたように感じてしまって、気持ちが晴れません。救いは大樹が今の学校を気に入っているってことだけですね……」

 人生に「たられば」はないことは誰もが承知していることであるが、由希さんのように、過去のできごとまでをいろいろと思い悩んでしまうのも、親なればこそかもしれない。子育ては正解がないだけに、本当に難しい。

中学受験で難関校に合格、将来安泰のはずが……東大合格発表日にモヤモヤする母親

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 3月10日に行われる東京大学の合格発表を前に佐和子さん(仮名)は浮かない表情を浮かべていた。

「3月10日が近付くと、なんだかモヤモヤしちゃうんです。息子の陸(仮名)の高校は、昨年、コロナ禍にもかかわらず、保護者も1名なら参加可ということで、卒業式をしてくださったんですね。それは、よかったんですが、やっぱり、お母さんたちは誰がどこの学校に入ったのか、今年、東大は何人かという話題で盛り上がっていて、その輪に入れない私は正直、寂しかったですね……」

 陸くんの通った中高一貫校は難関と位置づけされている学校で、毎年コンスタントに2桁の東大合格実績を叩き出している進学校。当然、教育熱心な親が多い。

「中学受験でこの学校に入学できた時は本当にうれしかったです。陸もですが、私も主人も本当に頑張った結果だったので、その努力が報われた思いで感激していました。そうですね、これだけの進学実績を誇る学校ですから、これで、陸の将来は安泰だなって気持ちも少なからずあったことも事実です」と佐和子さん。

 ところが、陸くんの成績は佐和子さん夫婦の期待通りとはいかず、いわゆる「深海層」に潜っているような状態だったという。

「ウチの学校は進学校には珍しく、先生方のめんどうみが良いので、陸は補習常連組でした。とにかく補習を受けて、課題を提出しない限りは進級すらも危ういって事態に、私はただただ驚くやら、情けないやらで……。周りの子は皆、中学から鉄緑会(注:東大指導を専門とした塾。塾生は主に超難関中高一貫校の生徒で占められている)に行っているのに、それどころではない現実に打ちのめされました」

 ここ最近は、コロナ禍でのオンライン授業や1人1台端末の有名無実化といった、公立学校の立ち遅れが盛んに報道されたことが影響し、中学受験が一層、熱を帯びてきている。しかし、当然のことながら、中高一貫校に入学すれば、それで将来が確約されるわけではないし、高偏差値校に入れば、自動的に難関大学の扉が開くわけではないことは自明の理である。

 言い切ってしまうならば、そこは単なる確率の問題。難関校は結果として難関大学合格への経験値が高い(しかしながら、これも先述した鉄緑会をはじめとした“塾の力”と呼ぶ人もいる)ということに過ぎないという事実は、意外と見過ごされがちだ。

「進学校にありがちかもしれませんが、親も子も“最低でも早慶、へたをしまくってMARCH”って価値観があるので、それ以下の大学となると、大学認定もされないっていうんですかね……。もちろん、公にこんなことを言う人はいませんけど、陸の学校も、そういう雰囲気が漂っているんですよ……。私自身も口には出しませんでしたが、この学校に入ったんだから、陸も早慶クラスには行けるって思い込んでいました」

 中高一貫校の売りのひとつに、先取りカリキュラムがある。高2までにほとんどの履修を終えて、高3の1年間を大学受験対策に充てるというものだ。何やら素晴らしいしくみに思えるかもしれないが、意外と忘れられがちなことがある。それは“学習進度が速い”ということだ。難関校になればなるほど、一度、理解できなくなると、授業についていくのも大変になる。陸くんのように補習常連者になる場合も多いし、難関校専門の補習塾に通わざるを得ないケースもたくさんあるのだ。

「陸も、それなりに頑張ってはいたんですが、やってもやっても周囲との差は開く一方で、次第に劣等感に苛まれるようになったみたいです。それでも、プライドはあるので『学校は辞めたくないけど、勉強はもうしたくない』って言うようになってしまい、高3の時にはすでに受験レースから外れていました」

 結局、陸くんは日東駒専のひとつに進学。現在、大学1年生だ。もちろん、陸くんの大学も私立大の入学定員管理の厳格化の影響で難化傾向は続いており、決して広き門ではない。それでも、佐和子さんは今も納得できないと言う。

「正直、今も、浪人してくれたらよかったのに……とも思うんですよ。でも、陸が『浪人はしたくない』って言うので、もう仕方ないですよね。あんなに頑張った中学受験だったのに、この結果かぁ……って思うと、同級生たちの実績がすごいだけに、やっぱり残念な気持ちはあります」

 受験業界というものは、数字で学校をランキングすることが多いせいか、親御さんによっては、脳内がランキング表で埋め尽くされてしまうこともないことではない。

 特に、中学受験を経て難関校に行くとなると、親のほうが偏差値という数字や大学名という看板に一喜一憂していく傾向が見られる。これが良いことなのか、悪いことなのかは一概には決めつけられないが、佐和子さんの親としての期待や不安、戸惑いも理解できるところだ。

 「今は、せめて一刻も早くコロナが終息して、陸の大学生活が充実したものになることを祈るばかりです」と佐和子さん。

 3月10日は中高一貫校と、その周辺がざわつく日であるが、我が子が卒業してもなお、気になってしまう人もいるという不思議な日でもあるのだ。

中学受験、塾選びに失敗して転塾を重ねた親子「ふたを開けたらバイトの子が先生」

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 「まん延防止等重点措置の適用期間」という中で実施された今年度の中学受験が終了した。当然ではあるが、結果は悲喜こもごも。特にここ最近は、第1志望に行ける子は3人にひとりとも5人にひとりとも言われるほどの激戦になっているので、「こんなはずでは……」という思いを抱えている親御さんも少なくはない。

 秀美さん(仮名)もそのひとりだ。

「我が家は結局、第4志望校に進むことになりました。第4志望校には、あまり思い入れがなく、正直、今もこの結果には納得がいきません」

 秀美さんには斗真くん(仮名)というひとり息子がいる。斗真くんは5年生から中学受験の勉強を開始したのだそうだ。

「我が家は中学受験を考えていなかったのですが、斗真が新5年生になった頃から、コロナ禍に突入してしまい、小学校が休校になりました。家は首都圏近郊と言っても、田畑が残る田舎のせいか、都会で聞くようなオンライン授業なんて、夢のまた夢。先生は自作のプリントを郵送してくれましたが、それだけ。いわば、全部が自習って感じで、さすがにこれはどうなの? と思っていました」

 心配になった秀美さんがご近所情報を集めたところ、思っている以上に中学受験を考えて塾に通っている子が多いことに気付かされたのだそうだ。

「我が家は共働きなもので、ママ友が少なかったということもあり、同級生の動向も知りませんでした。そしたら、意外なことに受験塾に通っている子が多いってことがわかって、正直、焦りました」

 そこで秀美さんは大手進学塾の門を叩いたそうだ。

「私でも名前を知っている塾なので、安心感があったんです。斗真もクラスメイトとそこで会えるということで乗り気だったんですが、これが間違いの始まりでした」

 大手進学塾では、生徒のレベルに合わせた授業を展開していることがほとんどなので、斗真くんが通った塾もそのシステムを採用。斗真くんは5クラスある中の最下位クラスからのスタートとなったそうだ。

「塾ってやっぱり営利企業ですよね。最上位クラスの子たちには素晴らしい先生が授業するみたいなんですが、斗真のクラスは……。斗真が言うには、授業中に先生が『こんな問題も解けないなんて、やっぱり、このクラスはバカだな』とか『おまえらはロクな学校には受からない』っていうような、やる気を失わせる発言ばかりをするらしいんです。モチベーションを上げるのが講師の仕事だと思うんですが、まるで真逆。そのうちに塾もオンライン授業になってしまったのですが、そのフォローが全然なかったんです。ところが、最上位クラスの子のママに聞く話は全然違って、同じ塾とは思えませんでした」

 秀美さん夫婦の仕事は在宅ではできない職種とのことで、自宅でオンライン授業を見守ることもできず、秀美さんの悩みは深くなる一方だったという。

「しばらくして、その塾はオンラインと通塾どちらも対応することになったのですが、塾も混乱していたようでした。コロナ禍ですから仕方ないんですが、面談にしても5年生は後回し。さらに下位クラスはもっと後みたいな対応ぶりで、徐々に塾への不信感が大きくなっていきました」

 秀美さん夫婦は、このままでは斗真くんの受験生活を円滑に進めることはできないと判断。6年生になるタイミングで、その大手塾を退塾し、個別塾に行かせることにしたという。

 ところが、秀美さんはその個別塾でも悩みを抱えてしまう。

「斗真には大勢の中での一斉授業よりも、マンツーマンで教えてもらうほうが理解が進むのではないか? と思ったんですね。それで、中学受験に対応している個別塾にお任せしようと思ったんですが、実際に教えてくれたのは学生アルバイト。教室長か社員講師が教えるという約束だったんですが、ふたを開けてみたらバイトの子が先生だったんです」

 アルバイト学生だから、教える実力がないという意味ではなく、秀美さんが困ってしまったのは、講師がコロコロ変わることだった。

「その日に『本日は担当講師が急用でお休みですので、別の講師になります』と言われることも多かったです。斗真は人見知りというのか、初対面の人ともすぐに打ち解けるタイプではなく、人間関係もじっくりと付き合ってから徐々に、というタイプなので、講師の先生が頻繁に変わるのは避けたいところだったんです。やっぱり、個別塾の売りは、一人ひとりに合わせた講義をすることなので、その子の進度を熟知するためには同じ先生がいいと思うんですけど、そこは違ったんですよね……」

 もちろん、秀美さんは個別塾に、この要望を伝えたのだが「各講師で情報共有はされているので問題なし」と一蹴されてしまったという。

「個別塾は費用もバカにならないので、同じくらいのお金をかけるのであれば、もう家庭教師の先生にお願いしようと思いまして、6年の秋あたりから家庭教師1本にしました。幸い、この先生はとても良い方で、斗真を上手に指導してくださいました。第4志望校ではあるのですが、この先生に付いていなかったら、ここも不合格だったかもしれず、先生にはとても感謝しています」

 ただ、秀美さんは、家庭教師の先生に「もう少し時間があったら、斗真くんのポテンシャルからしたら第一志望校にも合格していたかと……と言われたことが気になっているのだそうだ。

「私があまりに何も考えず、行き当たりバッタリだったことが、すべての敗因です。塾選びも『大手だから』ということだけで決めましたし、個別塾にしても、講師の質はさまざまだという視点が抜け落ちていて……。やはり、受験は用意周到に戦略を練ってから始めるものなんだなぁと思い知りました。これから中学受験を始めるご家庭に、我が家の経験が少しでもお役に立てたら幸いです」

 中学受験は親子の受験であるが、塾の果たす役割も相当、大きい。受験生活は長丁場になるので、我が子にとって、どういう環境で受験勉強をすることが成長に繋がるのかを熟慮した上で、各塾の方針を見極めることが大切だ。

 

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コロナ禍の中学受験、「無責任」なパパをホテルに自主隔離したら……息子に思わぬ影響が!

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 今年度の中学受験も幕を閉じようとする時期になった。毎年、中学受験に挑んだ家庭の数だけ、さまざまなドラマが繰り広げられるのであるが、今年はオミクロン株が猛威を振るう中での受験であったため、受験生家族にとっても、相当、神経を使う受験になったと聞いている。

 美幸さん(仮名)一家の受験も大変だったという。

「ウチは神奈川在住なのですが、主人は毎日、東京まで通勤しています。リモートができない職種なので、コロナ禍であっても、通常通りの勤務です。ご承知のように、『第6波に突入』という報道が続きましたので、“万が一”があってはならないということで、主人は年末から職場近くのビジネスホテルに長期滞在することになったんです。もちろん息子の朝陽(仮名)も受験終了まで小学校をお休み。塾の講義もすべてオンラインで受けさせていたんです」

 中高一貫校の中にはコロナ対策のために追試を実施する学校もあるのだが、朝陽くんの志望校では、そのような対応がなされていなかったため、受験日前に感染してしまったら、受験すらもできないということになっていた。チャンスすらも与えられずに「桜散る」なんてことは絶対に避けたいという親心は中学受験を体験した人ならば理解できるだろう。

「朝陽が小学3年の頃です。第1志望のC学園の文化祭に行ったんですよ。その時に、鉄研のジオラマを見せてもらい、以来、ずっとC学園の虜でした。なので、たとえ、不合格でもチャレンジさせたかったんです」と美幸さん。

 朝陽くんは大手中学受験塾に1年生の時から通っていたそうだが、美幸さんいわく最初は「遊びの延長」で「学習習慣を付けられたらOK!」くらいの感覚だったそうだ。

「もし、朝陽が中学受験をしたいと言ったならば、もちろん応援しようと思っていたのですが、低学年の頃は、そこまで真剣には考えていなかったんです。でも朝陽の『C学園の鉄研に入りたい!』という気持ちが強くなってきたので、じゃあ、頑張ってみようかということで、我が家なりの受験を目指すことにしました」

 しかし、どの家庭もそうなのだが、思うように成績が伸びるという魔法のようなことは起こらず、母子バトルを繰り返しながらの“受験道”だったという。

「もう、やる気が見られない態度を取るんで、『そんなことなら、今すぐやめなさい!』『やめない!』の繰り返しですよ。『やめない!』という割には真剣さに欠けるように見えてしまい、不毛な戦いを繰り返していましたね……。主人ですか? 主人はいつも冷静に『本人次第』と言うだけなので、なんだか無責任に感じちゃって、主人の対応も不満でした」

 しかし、やる気が上向かないのは当然かもしれない。昨年、今年と新型コロナウイルスに翻弄され続けている受験生たちだ。モチベーションを維持することが極めて難しい受験期間であったはずだ。

「朝陽の代は、いろんな学校行事がなくなってしまい、修学旅行も中止です。塾がオンラインだった期間も長かったですし、C学園にも、この2年、1回も見学に行けていません。

 ほかの学校に見学に行きたくとも、このご時世です。結局、どの学校もネットで学校情報を集めるくらいしかできなかったんです。朝陽も、この勉強が将来にどう繋がっていくのかをイメージしきれなかったように思います」

 朝陽くんにスイッチが入ったのは、年明けだったそうだ。突然、自主的に机に向かうようになり、美幸さんから見ても、集中しているのがわかったという。

 あとでわかったことらしいが、そのきっかけとなったことは2つ。1つはC学園の生徒たちがSNSで発信している「応援メッセージ」。これを繰り返し、見ているうちに「やっぱり、どうしてもここに入りたい!」と思ったそうだ。

 もう1つが父親との会話。朝陽くんはビジネスホテル滞在中の父親と毎夜、LINE電話で顔を見ながら話をしていたらしい。ある時は、理解しきれていないと感じた問題の解き方を教えてもらい、ある時は、本当に他愛もない会話で盛り上がっていたそうだ。

 美幸さんにとっては、それは意外なできごとだったという。

「主人は口下手な上に、そもそも仕事人間。今まで一つ屋根の下に暮らしていても、朝陽と一緒に遊ぶこともなかったですし、ましてや息子と深い話をするなんてことはなかったんです」

 朝陽くんが受験後に美幸さんに教えてくれたところによると、C学園受験本番前夜に言われた父親の言葉で、さらに頑張ろう! と思ったという。

「人は努力をしても夢が叶うとは限らない。でも、努力をしないと夢は叶えられない。さらに言えば、夢を持たないと、努力もできない。朝陽、パパはお前が夢を持ってくれたことがうれしいし、その夢に向かって、朝陽なりに努力をしてきたことを本当に誇りに思っている。結果は気にせず、朝陽の思いを答案用紙にぶつけてこい。パパが言えるのは、これだけだ」

 結果は見事、合格。美幸さん夫婦はもちろん大喜びで、朝陽くんの努力を称えた。「パパが僕の頑張りを認めてくれたことが一番、嬉しかった」と朝陽くんは満面の笑みを浮かべたという。

 美幸さんは「男同士の絆っていうんですかね……。何だか母親には入れない世界があるみたいです」と微笑んだ。

 朝陽くんは、今、C学園の制服が届くのを楽しみにしているそうだ。

中学受験、本番直前に「やめる」と言い出した息子! 母親が選んだ驚きの対処法とは?

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 今年もコロナ禍の中での受験本番となってしまったが、中学受験では、いよいよ東京・神奈川受験が始まる。長きにわたった受験生活も最終コーナーに差し掛かかり、本番を目の前に、武者震いをして勇み立つご家庭も多いことだろう。

 一方で、本番直前のこの時期に、子どもから「受験をやめる」と言われることもないわけではない。一昨年、こういうケースがあった。受験を2週間後に控えた詩音くん(仮名)が突然「受験はしない」と言い出したというのだ。

 親は驚いて、その理由を尋ねたそうだが、もともと、口数が少なく、物静かな息子からは要領を得る答えが聞けず、私に「どうしたものか⋯⋯」という相談を寄せてくださった。

 母親である理沙さん(仮名)は「夫は『怖くなって“逃げ”に走っている。こんなことじゃ、少しの困難でも、逃げるだけの人間になってしまうから、受験をしないなんて言語道断!』と激怒している。私もできれば、受験してほしいが、無理やりさせるもの、どうなんだろう? という迷いがある」とおっしゃる。

 勝負をしたほうがいいのか、やめたほうがいいのかという悩みは中学受験には付きまとう問題である。それは、受験せずとも義務教育という名の教育の機会が保障されているので、中学受験自体はやってもやらなくても、どちらでも構わないという「任意」の受験であるからだろう。

 ただ、親の立場で言えば、これまで長きにわたって、金銭的にも時間的にも肉体的にも「受験一色」という日々を過ごしてきて、最後の最後に「不参加」という状態は受け入れがたいというのもよくわかる。

 詩音くんの父親が懸念する「困難から簡単に逃げるような生き方をしてほしくない」という気持ちも理解できる。

 しかし、母親である理沙さんの言葉もまたもっともだろう。やはり、子どもの人生は子ども自身のためにあるので、その生き方の選択も子どもの気持ちに添いたいという親心。

 私は、これまでも数々「受験をやめたほうがいいか、どうか」という質問に答えてきたが、それは例え受験直前であったとしても、最終的には「子どもの意思を尊重せよ」派である。しかし、これには、ひとつだけ条件がある。

「人生において重要な決断をする時は一呼吸置く」ということだ。

 これは、周囲から煽られている時、あるいは疲れ切っている時、ネガティブな感情に覆い尽くされている時には大きな決断を下すのは避けるという意味。

 詩音くんの場合、本人がその理由を語らないということだったので、なおさら、一呼吸置くことを提案した。

 その年のお正月は同じ市内に住む大好きな祖父母にも会わずに塾で正月特訓をしていた詩音くんである。どのみち、直前期は小学校はお休みして、自宅学習に切り替える方針ということだったので、テキストも何も一切合切置いて、祖父母の家に詩音くんひとりで行くことを勧めてみたのだ。

 詩音くんは1週間ほど、祖父母宅でゲームをしながら過ごしていたという。

「実家の両親も『本人が嫌だって言うなら、何も無理して受験することもない』と理解してくれて、何も言わずに詩音の好きにさせてくれていたようでした。母としては、詩音の様子に『残念』って気持ちがなかったと言えば、嘘になるんですが、もう仕方ないな⋯⋯、高校受験どうしようかな? って気持ちになっていました」と理沙さん。

 ところが、受験1週間前に詩音くんが自宅に戻ってきたそうだ。詩音くんは両親にこう言ったという。

「心配かけてごめんなさい。やっぱり、受験します」

 その時、理沙さんは詩音くんが祖父母宅で、ひとり彼なりに考えを整理していたと解釈したそうだ。

「この時期だからこそ『親の敷いたレールに乗っている自分でいいのか?』『この受験に意味があるんだろうか?』みたいにいろいろ悩んだんだろうなぁ⋯⋯、これが思春期ってものなのかなぁ⋯⋯とか私なりに詩音の思いを想像していたんですが、最近、詩音に聞いたら、全然、違っていました(笑)」

 詩音くんが理沙さんに語ったことによると「周りの大人たちが『これやれ、あれやれ』『もっと!もっと!』って言っているような気がして、全部がめんどくさくなった」という理由が大きかったそうだが、私が思うに「逃げ」というよりは、単純に疲れから来る“飽和状態”だったような気がする。

「受験する・しない」は先述したとおり、中学受験の場合は、どちらでもいいことだ。ただ、長きに渡る、この受験道の中では「する・しない」で親子が葛藤を繰り返すことが多いのも、また事実。

 しかし、最後の決断は子ども自身で下す。それには、明るい環境の中で、子ども自身が自分の生き方をゆっくりと考える時間を取ってからのほうが、その子の未来がより輝くような気がしている。

 詩音くんは現在、志望校のひとつであった中高一貫校の中3。高等部に行くための内部試験を首の皮一枚でクリアしたらしく「あの時、(中学)受験やめなくてよかった。高校からは、この学校には絶対、入れない!」という感想を理沙さんに言ったとのことだ。