中学受験、偏差値50に届かない息子を「小6秋に強制退塾」させた親の後悔

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験は小学生が受ける入試。いま取り組んでいる勉強が、自分の人生とどうつながっていくのかと俯瞰的に考えられる子のほうが圧倒的に少ない。

 ゆえに、自主的に頑張るというよりも、親に言われて「そういうものか」と受験に突き進んでいる子のほうが多いだろう。つまり、中学受験は「やる/やらない」に始まり、「どの学校を受けるか」「どの学校に進学するのか」まで、親の考え方次第でいかようにも変わってしまうものだ。

 もし、参入を考えているのであれば、親は中学受験情勢、我が子の特性、家族を取り巻く環境なども十分に考察した上で、中学受験をする“覚悟”を持ったほうがいいと思う。というのも、中学受験は昨今、大盛況ではあるものの、たいていの場合、その道は山あり谷あり。理想通りには事が進まないケースがほとんどである。親自身が理想と現実に乖離があることを冷静に認識し、子どもと伴走していかなければならない世界といえるだろう。

 そんな中、覚悟を決められていない親は、中学受験の方針がブレ、子どもを振り回してしまうことになるのだ。

 今回は、この点を理解しないまま中学受験に参入し、後悔している人の例を挙げてみたい。

「もし、あの時に戻れたら、今頃は違った道があったんですかね……」と、元中学受験生の母である佐和子さん(仮名)は重い口を開いた。

 佐和子さんには悟志くん(仮名)という20代前半の息子がいる。彼は単発のバイトはしているものの、基本的には「自宅警備員」(佐和子さん談)状態だという。

「息子の小学校時代のクラスは学級崩壊状態でした。学区中学にもいいうわさはなく、ママ友の子は、みんな中学受験で私立進学を目指していたんです。それで、息子にも慌てて、中学受験をさせようとしました」

 佐和子さんも夫も地方出身者で、高校までは公立の学校で過ごしていたという。つまり、中学受験がどういうものであるのかという肌感覚を知らないまま、周りに流されるように参入したケースに当たる。

「5年生の夏から進学塾に入れたんですが、塾の先生に『今からでは相当厳しい』と言われ、びっくりしました。最初はそれこそ、偏差値は30台でしたね」

 それでも、悟志くんは塾での勉強が気に入り、徐々に偏差値も上昇。偏差値50に届くほどの急成長ぶりを見せたという。

「私は『悟志はすごく頑張っている!』と感心していたのですが、主人は不満があるようでした。『偏差値50にも届かないのは、塾の教え方が悪い!』と言っては、塾にクレームを入れるようになったんです」

 偏差値というのは、受験生の分母によって変わるもの。中学受験は全員が受けるものではなく、学習能力が高い子たちが受けるものであるため、偏差値は低く出がち。高校、大学受験の偏差値と比較すると、誤った考えを招きかねない。

「最初は塾の先生も、主人に『皆が勉強を頑張っているので、中学受験の偏差値はみるみる上がるものではない』『そんな中、悟志くんは本当によくやっている』と丁寧に説明してくださったんですが……。主人がまったく納得せず、クレームを入れ続けるものですから、あちらもだんだんと売り言葉に買い言葉みたいになり、大揉めに。そしてある日、主人は突然、塾に電話して『退塾』を申し入れたんです。6年秋のことでした」

 塾は客商売ということもあるが、子どもたちの頑張りを最も近くで見ているだけに、通常、親が退塾を申し出ても、思い留まるよう説得するケースが大半。しかし、悟志くんはなぜか引き留められることもなく、中学受験はそのまま“強制終了”になったそうだ。

「主人は、『このまま受験をしたとしてもたいした学校に入れない。こんな塾に金をつぎ込み、ロクでもない学校に金を払い続けるなんてことはできない! 高校受験で頑張ればいい!』と言って聞きませんでした」

 当の悟志くんは、もともとおとなしい性格で、口数も少ないためか、母親の佐和子さんにもその本心はつかめないまま、学区公立中学に進学。

 そして、特に問題もないまま、県立高校に進学し、学校推薦を使って私立の中堅大学に入学した。しかし、大学を卒業したものの、就職活動は一切せず、現在に至るという。

「もちろん、コロナ禍の影響もあるんでしょうが、一番の原因は中学受験の“強制終了”なのでは? っていう疑念が拭えないんです。息子のチャレンジする気持ちを根こそぎ奪った気がしてしまって」

 佐和子さんが言うには、悟志くんは中学、高校時代、特に懸命に勉強に打ち込んでいたわけではなく、受験時も「この内申なら、○○高校は受かる」「この評定平均なら、○○大学は無試験で入れる」といった具合に、受動的に進学先を決めたそうだ。

 つまり、悟志くんは努力の末に何かを成し遂げる経験が乏しいわけだが、佐和子さんは「そもそもチャレンジすること自体がムダという先入観があるのでは?」と考えており、それを植え付けてしまった責任を感じている。

「主人は悟志に対して『もうほっておけ!』の一言。でも、こうなったのは私たち夫婦が、中学受験を中途半端に終わらせたからなのかな? と思うと、後悔しかないです」

 中学受験は“親子の受験”なので、親の戦略ありきの世界。親はコーチ役となり、子どもと苦楽を共にしながら、寄り添っていくものである。

 しかし、理想通りに進まないことに腹を立てて、子どもに「強制的に何かをやらせる(または、やらせない)」という手段を取る親も実際、多く存在している。悟志くんの父親のように、子どもの成績が上がらないということに激怒した親が、退塾を申し出るケースも稀ではない。

 このタイプの親たちは、仕事と子育てを同列に考えがち。勝ち負け、あるいは数字だけで物事を判断したり、成果をすぐに求めたりする傾向があるのだ。

 なぜそうなってしまうのかといえば、子育てや教育は、単純でも簡単でもないことに思いが至らないからであるが、怖いのは、親の暴走が、かなり後になって子どもの人生に悪影響を及ぼす点だ。

 中学受験は、確かに偏差値という“数字”に振り回されがちではあるが、子育ては“数字”に左右されてはいけない。中学受験に参入する際は、このことはぜひ、頭に入れておいていただきたいと願っている。

中学受験塾に通うお金がない! それでも第一志望に合格した子が小4からやっていたこととは?

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 今や中学受験は「珍しくないこと」といえるほどの大盛況ぶり で、今年度の中学受験者数は過去最高を記録。近年では、中学受験開始も低年齢化が進んでおり、一部の地域では小学1年生から中学受験専門塾に通っている子も多数存在する。

 中学受験塾に限らず、世の中は早期教育全盛の時代。英会話を筆頭に体操、水泳、ピアノ、プログラミング、公文などの習い事に複数通っている子も珍しくない。

 子どもの塾や習い事は、親の所得格差が如実に現れるものだが 、このような早期教育は皆無でも、難関大学の切符を手にしている子もまた多い。

 今回は、裕福とはいえない家庭環境にありながらも、中学受験をして「夢を叶えた子」の話をしてみたい。

 春香さん(仮名)は現在20歳。幼稚園の頃に父親を亡くし、母親である真理さん(仮名)との2人暮らしだ。

 父親は大病を患い、その治療費がかなりの額に及んだそうで、春香さんいわく「父が亡くなった時には、我が家の財布はスッカラカン」。真理さんは長く専業主婦であり、正社員の働き口がなく、早朝と日中のパート の掛け持ちで、必死に春香さんを育ててくれたという。

「私が住んでいるのは教育熱心なご家庭が多いエリアなので、放課後に遊んでいても、友達は『習い事があるから』って帰っちゃうんですよ。うちは経済的に塾や習い事なんてもってのほかだったので、1人残されてしまって……。 小4からは学童もなかったため、みんなが塾に行く一方、私は閉館まで市の図書館で本を読むってコースが多かったです」

 真理さんには「朝と夜の食事は家族で!」という方針があり、春香さんと必ず一緒に食卓を囲んでいたという。

「その時に、親子で『今日あった楽しいこと』を発表し合っていました。それこそ、近所の家の犬をなでたとか、そんな他愛もない話です。それから、最近読んで面白かった本を互いに教え合ったり……。2人とも図書館マニアなので、読書が趣味なんですよ。お金、要らないですし(笑)」

 春香さんは、幼い頃に母と囲んだ食卓の話をするうち、 思い出したようにこんな話を付け加えた。

「母のすごいところは、子どもの話を最初から最後まで、ちゃんと聞いてくれたところですね。母が『うんうん、それで?』と言ってくれるので、調子に乗ってしゃべっていました」

 春香さんが小5になった頃、ある日、真理さんはホワイトボードを買ってきて、キッチン脇に据えたそうだ。

「何を書いてもいいボードなので、お絵描きしたり、ほかにも、買って来てほしいものを書いておくとか、伝言板のような役割も果たしていました。そこに、ある時、私が何気なく“疑問”を書いたのが、私の中学受験の始まりでした」

 春香さんは「なぜ、空は青いのか?」と書いたのだそうだ。

「今ではスマホで検索すれば一発 解決でしょうが、当時、我が家にはなかったので(笑)、3日後くらいですかね。母が『ママはこう思うんだけど、合ってるかしら?』と言ってきたんです。それで、私も一緒に調べて、いろいろな説を考えたんですが、正解かどうかがわからなかったので、学校の担任の先生に聞きに行きました」

 当時の担任は、春香さんいわく「とてもいい先生」で、 懇切丁寧に「空が青い理由」を教えてくれたそう。その時、春香さんは「勉強って楽しい!」と実感したそうだ。

「昨日まで疑問でしかなかったことが解るって、すごく面白いと思いました。それで、次々と思いつく疑問を自分なりに調べて、先生に正解かを聞きに行ったんです」

 そんな中、先生が「春香は公立中高一貫校に入りなさい」と背中を押してくれるようになったという。

「先生は、面談の時も母に熱心に中学受験を勧めてくれました。でも、なんたって我が家にはお金がないですから(笑)、みんなが通うような有名な中学受験塾 には行けないんです。そしたら、母がどっかから、格安で勉強をみてくれる塾を見つけてきて、そこに通うようになりました」

 そこは、おじいさん先生が1人で生徒たちを見ている“寺小屋”のような雰囲気だったそうだが、毎年、公立中高一貫校に合格者を出しているという実績を持つ塾。春香さんは水を得た魚のように中学受験の勉強に身を入れ出した。

「多分、中学受験をする友達が羨ましかったんだと思います。心のどこかで『みんな、いいなぁ、塾に行けて楽しそう』って思っていましたから。『自分も塾ってところに行けて、受験ってものができるんだ!ってすごくうれしかったのを覚えています」

 春香さんは1年半の勉強の末、見事、志望校の公立中高一貫校に合格。その後、塾にも予備校にも通わず、大学受験を突破し、現在、国立大学の看護学部の3年生。父親が入院生活を送っていた時、お世話になった看護師さんにずっと憧れていたのだそうだ。

「今でも思い出すんですが、あの頃の母はいつ見ても、夜中に勉強していたんですよね。働きながら勉強するなんて大変なのに、全然、 嫌そうじゃなかったのも印象深くって。『ママ、今まで勉強したことなかったから、すごく新鮮!』と言って、ニコニコしていました。いつも『春ちゃん、勉強って楽しいわね』と笑いかけてくれるので、私には『勉強は楽しいこと』って刷り込みがあったようです(笑)」

 実は、真理さんは春香さんの受験に負けじと勉強に励み、ある難関資格を取得。今では、その分野の正社員として働いているとのことだ。

 中学受験塾の入塾時期が低年齢化しているという話題が取り上げられるたび、早期教育の是非が議論になる昨今。 しかし、中学受験、ひいては子どもの教育において重要なのは、家庭でいかに「勉強は楽しい」という実体験を積ませられるかなのかもしれない―― 春香さんの話を聞いて、そんなことを思った。

中学受験組のストレスが招く「学級崩壊」の実態――小6母が明かす、いじめと担任の休職

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 今や首都圏では、5人に1人が挑むと言われる中学受験。学区によっては学年の8割が受験をするというところもある。

 このように“大盛況”である中学受験界なのだが、当然ながらメリットもあれば、デメリットもある。

 高額な塾代をはじめとする費用負担はもちろん、それ以上に親子共に精神的負担が大きいのが中学受験。子どもによっては抱えきれないストレスを感じてしまうことが、最大のデメリットかもしれない。

 中学受験の場合、難関校になればなるほど、小学校では習わない問題が出題されることがほとんど。つまり“受験対策”が必須となる。

 この“対策”の王道パターンは、小学4年生からの塾通いだ。学年が上がるごとに週の通塾回数は増えていき、6年では、平日はほぼ毎日塾の授業、土日も模試や振り返りテストなどに追われるようになる。小学校にいる以外の時間のほぼすべてを受験勉強に充てている子も多く、生活の中心が“受験勉強”になるのだ。しかも塾のクラス分けや模試などで、常に偏差値という名の序列が付いて回るとあって、子どもにとっては過酷な日々といえるだろう。

 もちろん、そんな受験生活を楽しむことができ、前向きに勉強に励む子もいるが、中には大きなストレスを感じ、“他者への迷惑行為”に走る子も存在する。

 小6の娘のクラスメイトに翻弄されたという貴子さん(仮名)は、ため息混じりに口を開いた。

「もうすぐ、卒業式なんですが、実は娘のクラスは6年になるや否や、学級崩壊状態に。担任の先生はメンタルに支障をきたして休職中、不登校の子も複数います。学級崩壊の主犯ともいえる子は、中学受験組だったMちゃんです」

 PTAの「卒業を祝う会」役員である貴子さんは、学校側から「できれば役員さんも、不登校のご家庭に卒業式へ参加するよう声掛けしてほしい」と頼まれているそうで、正直、負担に感じているという。

「みんな揃って卒業式に出られるのが理想ですが、一役員でしかない私にそういうことを振られても困りますよねえ。そもそも、不登校になっている子もMちゃんも中学受験組ですから、親に頼むなら、受験組のママたち同士でどうにかしてほしいですよ」

 貴子さんによると、娘さんのクラスは3分の1ほどの児童が中学受験塾に通っていたそう。6年生になると、その受験組の子たちの中で微妙な空気が流れ出したそうだ。

「クラスの様子がおかしくなっていったのは、Mちゃんが同じ塾に通うSちゃんに成績で負け出したかららしいです。最初、MちゃんがSちゃんを無視しだして、続けて同じグループの子も追随するように仕向け、Sちゃんを孤立化させたとか……」

 Sちゃんはその後、不登校になり、連鎖するかのように、受験組の女の子たちが次々と学校に来なくなっていったのだそうだ。

「その頃には、もはや授業が成立しないような状態でした。先生が、問題の説明しようとしても、Mちゃんが『知ってる!』『わかんないヤツはバカ』みたいなことを言い出し、授業を妨害するんだそうです。便乗してはやし立てる子も出る始末で、娘も『授業にならない』と嘆いていました」

 担任の先生はベテラン教師だというが、中学受験をする子たちへの“苦手意識”があるらしく、6年で担任を受け持った時点から、彼・彼女らを“迷惑な存在”という具合に扱っていたとのこと。その空気を敏感に感じ取ったMちゃんは、先生に反発。加えて、塾内の成績が上がらないというストレスが、Sちゃんへの“いじめ”や授業妨害という形で暴発してしまったようなのだ。

 さすがに親たちも、学級崩壊状態を心配し、緊急保護者会を開いたそうだが、その前日から担任が休職。肝心のMちゃんの親御さんは保護者会を欠席した。貴子さんいわく、「なんとも無意味な保護者会だった」という。

「Mちゃんは困った子ですが、同時にかわいそうな気もします。ご両親は仕事でお忙しいらしく、Mちゃんは幼い頃から、習い事と塾でスケジュールがパンパン、放課後の遊びの輪にも加われない子として有名だったからです。お母さんはよくいえば、教育熱心。悪くいえば、教育産業に子育てを外注。Mちゃんは、寂しかったんじゃないかなぁって思ってしまいます」

 そんな中、Mちゃんをはじめとした中学受験組はみな合格を果たし、新天地である中高一貫校に入学するらしい。

「それぞれのご家庭の判断だから、中学受験がいいとか悪いとかは言えないですが、Mちゃんたち中受組を見ていたら、我が家は『受験ナシ』にしてよかったと思っています。うちの子は小学校の6年間、目一杯遊んで、“子ども時間”を楽しんでいましたから(笑)。娘は、春から地元の中学に行きますが、仲の良い幼なじみたちとも一緒なので、心強いんじゃないかな。その代わり、高校受験がありますけど、ほとんど全員が受ける受験なので、皆と一緒に乗り越えられるはずって期待しています」

 貴子さんはそう言いながら、「卒業を祝う会」で出す紅白饅頭の発注数に頭を悩ませているようだった。

 中学受験の取材をしていると、中学受験組のストレスがいじめを誘発したり、学級崩壊を招いたりするケースを多く耳にする。

 中学受験は、子どもがストレスフルな状況に置かれやすいということは事実。ゆえに親は、より一層、注意深く、我が子の様子を観察していなければならないと思う。

 中学受験は親が主導する受験である。我が子の心身の健康を守ることができるのも、また親しかいないということを肝に銘じてほしいものだ。

中学受験、娘の不合格は「何もかも親のせい」――母が懺悔する“本命校前夜”の出来事とは?

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 2022年度の中学受験が終了した。

 今年度の1都3県の中学受験率は過去最高の22.9%を記録。推計6万7,500が受験に臨んだという(大手進学塾「栄光ゼミナール」調べ)。

 このように、中学受験は3年にわたるコロナ禍を物ともせず、過熱する一方。受験生が増えている分、競争も激しく、今では第1志望校に合格できる子は3人に1人とも言われている。今の中学受験には、多くの子たちが「不合格」という結果を目の当たりにしているというシビアな現実があるのだ。

 どの子にも、長い年月をかけて志望校合格に向けて頑張ってきたというヒストリーがあるだけに、「不合格」というレッテルを貼られるのは耐えがたいものだろう。特に中学受験は、精神的にも体力的にも未熟な年齢の子どもたちが受ける入試のため、同じ子たちが別日に受験したならば、合格者の半数は入れ替わってしまうと言われているほどセンシティブなものなのだ。

 今年、中学受験に挑んだ愛梨ちゃんの母親・佳代子さん(仮名)から、筆者の元にメールが届いたのは2月3日の午前中のことだった。

「何もかも、親がいけなかったんです……。愛梨が合格できなかったのも私たち親のせいです」

 佳代子さんの夫は猛烈サラリーマン。常に仕事を理由として「子育てには関わらない」というスタンスでいたそうだ。中学受験を決めたのも佳代子さん。それに関しても「やりたいなら、やれば?」という態度で、口出ししない代わりに、協力もしないという態度だったという。

「夫は、お金は惜しまず出してくれるので、それならそれでいいかって感じでした。でも、やっぱり、心のどこかで寂しい思いがあったんですよね」

 東京在住の愛梨ちゃんは、2月1日から入試がスタート。緊張しがちな性格が災いしたのか、本番では頭が真っ白になってしまい、押さえ校であった初日のA女子を落としてしまった。

「発表を見て、大泣きしている愛梨を私は必死で慰めていました。それなのに、帰宅した主人が私たちに『A女子なんて聞いたこともない(低偏差値の)学校に落ちたの?』と言ってきたんです。何なんですかね……いつもならば、聞かないふりでスルーできる言葉なんですが、その時はダメでした。翌日は本命校だったのに」

 A女子は確かに、高偏差値校とは言えないかもしれないが、品格のある伝統女子校。代々、A女子に子女を入学させるという家系もあることで有名だ。

「愛梨も私も必死に3年間、頑張ったんですよ。そりゃ、A女子は高偏差値ではないですけど、愛梨には合っていると思い、願書を出した学校だったんです。それを、中学受験について何も知らず、何もやってこなかった主人に全否定されたかと思うと……込み上げてくる怒りを抑えきれませんでした」

 翌2月2日は、本命校B学園の受験日ということもあり、愛梨ちゃんをどうにか寝かしつけたという佳代子さん。その深夜、夫とけんかになったそうだ。

「主人に『頑張っている愛梨にああいう言い方はないんじゃない?』と抗議しました。そしたら、『本当のことを言って何が悪い?』と言い返してきたので、それから大バトルです。最後は『もう離婚だ』までの言い合いになりました」

 翌朝、本命校B学園に向かったものの、道中、佳代子さんは元気がない様子の愛梨ちゃんが気になって仕方がなかったという。

「その時は、A女子の不合格が尾を引いているのかなって思っていたんです。なので『大丈夫! 大丈夫! 今日は違う学校!』って具合に励ましていたんですが、その日に出たB学園の合格発表にも、愛梨の番号はありませんでした。まさかの2連敗だったんです」

 その翌日の2月3日、愛梨ちゃんは中堅校C女子の入試に挑むことに。その道すがら、愛梨ちゃんは不安そうな表情で、佳代子さんにこう言ったそうだ。

「パパとママ、私のせいで離婚しちゃうの? 私がどこにも受からないほど、バカだから?」

 佳代子さんは「もう、涙をこらえるので精一杯でした」というが、愛梨ちゃんに「違うよ、違うよ、愛梨はバカじゃないよ! ママたち、別れないから安心して!」と必死の思いで伝えたとのこと。

「バカなのは私ですよね。よりによって、大事な本命校の受験前夜に夫婦げんかをするなんて。愛梨は寝たとばかり思っていたんですが、やっぱり不合格のショックから、寝つけていなかったようで、『そんな我が子に、さらなるショックを与える親がどこにいるのか』と思うと、情けなくて消えたくなりました」

 筆者が佳代子さんに励ましのメールを送ったところ、先日、愛梨ちゃんの受験の後日談が送られてきた。愛梨ちゃんの中学受験は、

2月1日 A女子 不合格
2月2日 B学園 不合格
2月3日 C女子 合格
2月4日 A女子 合格

と、2勝2敗という結果で終了したそうだ。

 佳代子さんは「A女子と、A女子よりも偏差値が高いC女子のどちらに行くべきか?」と迷ったという。

「主人が『(A女子に比べたら)C女子のほうが(偏差値が)マシなんだろ?』と言うんですよ。協力はしないくせに偏差値表だけはよく見てるんですよね……」

 しかし、A女子かC女子かを決めなければならなかった日の朝、朝食の席で、愛梨ちゃんが両親に向かってこう言ったそうだ。

「パパ、ママ、不本意な結果に終わってごめんなさい。パパは気に入らないかもしれないけど、私はA女子に行きたいの。A女子の人たちがみんな優しかったから。これから、私はA女子で頑張るから、離婚しないでほしい」

 佳代子さんいわく、「主人は愛梨の言葉に驚いてしまったよう」とのこと。

「慌てて『パパとママは仲良し』『愛梨はよく頑張った!』と言いながら、『パパもA女子がいいと思う!』って(笑)。自分勝手な発言で娘を傷つけてしまったことに、ようやく気がついたみたいでした。家族に嫌われたくないと思ったのか、私にも『申し訳なかった』と謝ってきましたね。ともあれ、私も親として、本当に未熟でした」

 それから、佳代子さんの夫はA女子の情報収集に励み、あっという間に「A女子ファン」となったそうだ。

「私たち夫婦は、お互いに腹を割って話し合うことを避けてきたような気がするんです。不満があっても、お互い言わずに溜め込んでいて、それが愛梨の不合格で、爆発したみたいな感じでした。愛梨の言葉で、私たちは本当に反省しました。これからは、愛梨がしてくれたように、家族みんな、いろんなことを言葉にして伝えていこうって決めたんです」

 2月1日からの1週間は、佳代子さんにとって怒涛の日々だったというが、やはり「人間万事塞翁が馬」なのかもしれない。

 佳代子さん一家は今、A女子の制服が届く日を心待ちにしているそうだ。

中学受験全落ちで公立に進学、難関大合格後も続く“悪夢”――彼が選んだ就職先とは?

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 今年も中学受験が終了した。「合否」はまさに「天国と地獄」だが、第1志望校の合格者は3人に1人と言われている世界なので、涙をのんだご家庭のほうが圧倒的に多いのだ。

 中学受験生は12歳なので、些細なことで調子を崩し、本番で実力が発揮できないケースもある。受験し続けても、なかなか合格が得られないというご家庭も取り立てて珍しいものではない。しかし、12歳で「不合格」というレッテルを貼られ続けられた子の心の痛みは想像を絶する。

 英太君(仮名・現大学4年生)も壮絶な苦しみを背負った1人だった。

「僕は親に無理矢理、中学受験塾というものに入れられたんです。母親主導だったと思いますが、ウチは両親揃って中学受験の経験はないんですよ。多分、母はどこからか『地元の公立中に行かせるより、中学受験をさせたほうが、将来的に“うまみ”がある』という情報を仕入れてきたんだと思います(笑)」

 今では、こんなふうに屈託なく話してくれる英太君だが、中学受験のことを冷静に振り返ることができるようになったのは、つい最近だという。

「僕は小学5年生の秋に入塾したので、中学受験生としてはかなり出遅れていました。したがって塾でも最下位クラス。偏差値も最初は40台前半。小学校の成績は良かったほうなので、正直この結果には驚きました」

 英太君は元来の負けず嫌いな性格もあって、本人なりに受験勉強を一生懸命頑張り、6年秋には偏差値を55まで伸ばすことに成功したそうだ。

「入塾当初は、中学に公立と私立があるなんてことすら知りませんでしたから、何をやらされているのかも意味不明だったんです。でも、徐々に受験生らしくなったようで、6年秋にはZ学園に入学する気満々になっていました」

 Z学園は偏差値60超えの超人気校である。中学受験の標準的なパターンとしては、Z学園を第1志望校とするならば、押さえ校として数校を受験しておき、万全な受験日程を組むのがセオリーだ。

 当然、英太君自身もZ学園を軸に、併願校数校を受験するものと思い込んでいたという。

 ところが、実際に受験したのはZ学園3回とT学園3回。T学園もZ学園以上の高偏差値を誇る人気校である。

「親がそこしか受験を認めなかったんです。塾の先生には『玉砕させる気ですか?』と言われたようですが、『偏差値60超えの学校以外、行かせる意味がない』と突っぱねたとか……」

 6年秋、英太君の平均偏差値は53あたり。彼は、業界用語で「特攻受験」と呼ばれる過酷な受験に臨むことになった。

「Z学園とT学園を3回ずつ受けて、案の定、全滅です。両親は『ダメなら公立に行けばいいだけ』と聞く耳を持ちませんでしたが、僕には悔しさしか残らなかったです……」

 合格発表時、特攻受験に挑んだ“小さな戦士”の目に映ったのは「番号のない掲示板」のみ。英太君の気持ちを思うと胸が痛む。

 結局、彼は地元公立中学に進学した。

「塾の祝勝会にも当然、行けませんでしたし、公立中でも『なんで、オマエ、ここいるの?』って言われているようで肩身が狭かったですね……。しかも、Z学園は僕の家から近くなので、そこの生徒をよく目にするんですよ。それも、結構メンタルにきました」

 救いは、受験勉強のアドバンテージがあったようで、公立中学では、そこまで苦労せずとも、常にトップクラスにいられたことだという。

「まあ、ほどほどに部活も楽しんで、高校受験の塾にも行って……結果的に、推薦で学区トップと言われる高校へも入ることができました。でも、何ですかね……何やっても、虚しさが抜けないっていうか。うまく説明できないですけど」

 その虚しさを抱えたまま高校生活に突入したという英太君。折に触れて「全落ち」という結果に終わった中学受験のことを思い出す日々を過ごした。

「夢に出るんですよ。合格者の掲示板を前に、自分の番号を探すんですけど、前後の番号はあるのに、自分のだけがないっていう夢。どこだ? どこだ? ってずっと探している夢です。もちろん、いつまでもそんなことに囚われていても仕方ないことだってわかっています。だから絶対、Z学園の奴らよりもいい大学に入ってやる! と思って、大学受験の予備校にも真面目に通っていました」

 努力が実り、現役で見事、難関大学の切符を手にした英太君。ようやく、中学受験の呪縛から離れられると思ったそうだが、悪夢はその後も続いているそうだ。

「就活を前に、いろいろ考えました。僕はなぜ、中学受験で不合格しか手にできなかった自分を、ずっと気にしているんだろう? って。それで、ある結論に達したんです。これは“忘れ物”なんじゃないかって。この“忘れ物”を取りに行くには、どうしたらいいのかって。そう考えて、自分の進路を決断したわけです」

英太君の選んだ道はこれだった。

“中学受験業界への就職”

「僕のように、中学受験で迷子になってしまう子をなくしたいんです。不合格も悪いことばかりではない、その後を頑張るモチベーションにもなり得るというのは、僕が身を持って体験したことですが、こういう経験を語ることで、救える子もいるんじゃないかって思っています」

 まるで就職面接で志望動機を語るように、その思いを伝えてくれた英太君。最後に一言だけ、

「僕自身、この業界に身を置くことで“忘れ物”を取り戻せるんじゃないかって期待しています」

と付け足した。

 英太君が、彼の言う“忘れ物”を取り戻せることを祈るばかりだが、彼の話を聞いていて切なくなった。

 12歳はまだまだ子どもだ。中学受験では、親の言いなりになるしかない部分も相当大きい。けれど、頑張るのは子ども自身なのである。せめて、受験校は子どもと納得いく話し合いの末に決定してほしいものだ。思うような結果が出ないこともあろうが、その場合でも、子どもの頑張りを心から称え、ねぎらうことが大切だと思う。

 今年度の受験生には、英太君のような“忘れ物”をした子はいないことを願っている。

中学受験「第1志望校の不合格」を我が子にどう伝えるか? 合否発表でパニックになった母は、塾に電話を……

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 いよいよ今年も「2月1日」がやって来る。東京・神奈川の中学受験生にとっては決戦の始まりの日だ。例年、この1週間、多くの受験生は午前・午後と入試を受け続けるという超ハードスケジュールをこなすことになる。同時に合否という“運命の分かれ道”が次々と判明していくとあって、過酷な日々となるのは間違いない。

 合否が発表されるのは試験当日の夜か翌日の午前中というケースが多い。その時間、我が子は入試の真っ最中ということもあり得る。結果次第で、スケジュールが大幅に変わることがあるので、親が先に確認して、試験終了後の子どもに伝える場面も少なくない。

 合格ならば、親子ともども満面の笑み。しかし中学受験は、第1志望校に合格できる子は「3人に1人」ともいわれている。残念な結果を親自ら我が子に伝えねばならないこともあるのだ。

 2月2日の午前9時、B中学近くのカフェで、麻衣子さん(仮名)はスマホの画面を見てフリーズしていたという。息子・歩夢君(仮名)の本命校A中学の入試結果を見たのである。

「ウソでしょ? 歩夢が不合格? あんなに頑張っていた歩夢が? なんで?」

 歩夢君は低学年の頃より塾に通い出し、A中学を目標に日々努力を重ねていたという。塾の先生たちが「歩夢ならA中学は間違いなし!」と太鼓判を押すほど、成績には問題がなく、麻衣子さんも合格を信じて疑っていなかったのだ。

 こらえきれずこぼれ落ちる涙とはまた別に、頭の中では「どうしよう……。歩夢に何て伝えよう……」という悩みが駆け巡っていたそうだ。

 その時刻、歩夢君はB中学の入試を受けていたが、A中学の結果次第で、その日の午後、C中学の入試を受けるか否かを決める手筈だった。

 歩夢君は昨日のA中入試、今日のB中入試と、すでに2日連続で受験している。精神的にも身体的にも疲れが出る頃合い。それなのに、不合格を告げられた足でC中学に向かわなければならない事態に陥ったというわけだ。

 麻衣子さんの計算では、2月2日にA中学合格で受験終了となるはずだった。B中学は、A中学よりも偏差値が高いために、どちらかといえばチャレンジ受験だったそう。そこで万が一を考えて、C中学にも出願していたそうだ。

「正直、想定外でした。2月1日のA中学は合格できるだろうとの予測だったんです。C中学には出願していましたが、受験することになるとは夢にも思っていなかったので、気が動転していました。どうしていいかわからず、その場で、塾に電話したんです。そしたら、室長先生が開口一番『お母さん、勝負はこれからです。歩夢はこの試練を必ず、乗り越えます。冷静になりましょう』と言ってくださって。なんか、その言葉で心が落ち着いたんです……」

 無事に入試後の歩夢君と落ち合えた麻衣子さんは、努めてあっけらかんと、こう言ったそうだ。

「歩夢、昨日のA中、ダメだったよ!」

 「マジかよ……」と言ったきり、黙り込んだ歩夢君。そのまま、2人横並びで駅までの道をゆっくりと歩き出したという。

「歩夢、泣いてもいいよ!」
「泣くかよ……」
「そっか、勝負はまだ終わってないもんね?」
「……」

 駅舎が見えてきた頃、麻衣子さんは歩夢君に、

「これからC中に(受験しに)行く? それとも帰って、明日のA中2回目入試の対策する?」

と話しかけたという。すると歩夢君はボソッと、

「(C中を)受けに行くしかねえだろ」

とつぶやき、親子はC中学に向かったそうだ。

 当日の夜発表で出されたC中学の結果は合格。翌日、歩夢君はA中学の2回目入試を受け、受験日程はそこで終了した。

 A中学から出てきた歩夢君は、麻衣子さんに晴れやかな顔で、

「今の俺にできることは全部(解答用紙に)ぶつけてきた。やるだけやったと思う」

と伝えたそうだ。

 A中学の2回目入試の結果は合格。歩夢君は見事、リベンジを果たしたのである。後日、麻衣子さんは歩夢君に、A中学を落ちた後、そのままC中学の午後入試に向かうと決めた理由を聞いてみたという。

 歩夢君は「室長の指令通りにしたまで。俺、あの人のことは信用してるから」と打ち明けてくれたそうだが、室長は受験直前、教え子たちにこんな教えを与えていたという。

「たとえ何が起ころうとも、自分が決めたスケジュールを粛々とこなすように。今、やるべきことをやれ。結局は、冷静な人間が勝利を手にする。以上」

 麻衣子さんは、当時のことを「子どものほうが冷静でした。不合格でパニックになったのは親である私のほう」と振り返る。

「A中に合格できたのはもちろんうれしいですが、なにより、歩夢はこんなにも成長したんだなぁ、私よりも大人かもしれない……って実感できたことに喜びを感じたんです。良い師に巡り会えたことも、中学受験したからこそですし、不合格は人を強くするってことも学びました。受験生活はつらいことも多かったんですが、今では、受験させてよかったなぁって思います」

 今年も、中学受験をめぐって、さまざまなドラマが展開されるだろう。3人に2人は第1志望校に落ちるという現実はあるにせよ、中学受験は子どもたちの人生にとって得難い体験を与えていると思う。

 合否はどうしたって気になるだろうが、どのような結果が出るにしても、この受験本番の1週間、子どもたちが大きく成長するのは間違いない。親御さんには、それを間近で見つめながら、最後までお子さんに温かく寄り添っていてほしいと願っている。

中学受験、憧れの第1志望に連続不合格――「入試の日に初めて行った」1月校に入学した親子の話

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 今年も全国各地で中学受験の本番が始まった。

 栄光ゼミナール調べによると、首都圏では中学受験生1人あたりの受験(出願)校数は、平均4.81校というのが昨今の状況。2月1日から本番が始まる東京・神奈川の子どもたちは、1月受験と呼ばれる千葉・埼玉の学校の入試、または地方にある寮完備の学校の東京入試を受けるケースも少なくなく、これからの数週間はハードスケジュールをこなすことになる。

 東京・神奈川の受験生にとって、1月受験は、2月の本命校受験を前に“まずトライしてみる”ものであり、「入試慣れ」の意味合いを持つ。これを業界用語で「お試し受験」とも呼んでいる。つまり、本命校は別にあるので、1月に受ける学校は、合格しても入学辞退するケースが多い(もちろん、1月校に行くことになっても本望というご家庭もある)。

 咲子さん(仮名)は、中学受験を経て入学した中高一貫校のS学園出身。

 彼女の母校愛は強く、結婚する前から、「女の子を産んで、母校に入れたい」と本気で願っていたそうだ。念願かなって、女の子・紗良ちゃん(現中学1年生・仮名)が誕生。咲子さんは自分の夢をかなえるため、紗良ちゃんが赤ちゃんの頃から、頻繁にS学園の行事に連れて行っていたという。

 当然、紗良ちゃんは母の恩師たちとも顔なじみに。それゆえ、紗良ちゃんにとっては、受験前から「S学園=自分の学校」という感覚が強く、当然のようにS学園を目指し、勉強に励んでいたと聞く。
 
 紗良ちゃんは最終模試で、S学園の合格確率80%を出していたため、咲子さんも受験に関しては楽観視していたという。

 ところが、どういう運命のいたずらか、3回チャレンジしたものの、S学園の扉は開かなかった。

 ご承知のように、近年、中学受験は大変な盛況ぶりで、人気校の倍率は高くなる一方である。S学園も人気校であるため、激戦になるのは間違いない。受験に「絶対」はないのである。

「私も紗良も受験を舐めていたのかもしれません。塾の先生の『受験は水物』という言葉が身に沁みますが、正直、“まさかの不合格”にうろたえました」

 紗良ちゃんは塾の勧めで、1月校を受験しており、その学校には合格。2月はS学園以外にも1校受験し、こちらも合格していた。つまり、合格した2校の中から、どちらを選択するのかを早急に迫られる事態になったのである。

「どちらに通うかを決めなければならないんですが、呆然としていた私は何も考えられなくなっていました。紗良はS学園に行くものと思い込んでいたので、ほかの学校のことはロクに調べもしなかったんです。特に1月校については何の情報も持っておらず、受験日に初めて学校を訪れたという有様で……早く決めなければならないのに、どうしていいのかわからなくなっていました」

 入学金を振り込まないと、どちらも合格が取り消しになってしまうという日の前夜、塾の先生から「紗良ちゃんと一緒に塾へ来てください」との電話が入った。

 塾の先生は受付で「お母さんはここでお待ちください」と言い残し、紗良ちゃんだけを連れて、教室に入っていったという。30分ほどたった頃、教室から紗良ちゃんがスッキリした顔で出て来て、咲子さんにこう告げたそうだ。

「ママ、紗良は(1月校の)K学園に行く。S学園に行けなくて、ごめんね」

 咲子さんは、その時のあることに気付いたという。

「その『ごめんね』でハッとしたんです。S学園は私の希望で、紗良の希望ではなかったんじゃないかって。私が喜ぶから、紗良は『S学園に入りたい』と思おうとしてくれたんじゃないのかって……。あの時、紗良は生まれて初めて、私に対して自分の口から『こうしたい』と言ってくれました」

 K学園の生活にも慣れた頃、咲子さんは紗良ちゃんに、「どうして入試の日にしか行ったことのない……知らないも同然のK学園に決めたの?」と聞いてみたそうだ。

 紗良ちゃんは、「塾の先生が、『先生は、K学園は紗良ちゃんに合っていると思うよ。男女共学で自由な校風だし、楽しいよ』って言ってくれて」と切り出し、当時の自分の思いを次のように明かしてくれたという。

「先生がね、『今まではママの言う通りにしていたかもしれないけれど、もう中学生なんだから、自分の行く学校くらい、自分で決めよう。自分の運命は自分で選択するんだよ』って。それで、K学園の入試の時、雰囲気がすごく良かったことを思い出して、ちょっと遠いけど、K学園がいいなって思った」

 咲子さんは、その言葉を聞き、「ああ、やっぱり紗良は、ちゃんと自分で行きたい学校を選べたんだ」と感慨深い気持ちになったそうだ。

「もちろん、紗良はS学園のことも気に入っていたとは思うのですが、今となっては逆に、不合格でよかったのかなと思います。あのままS学園に行っていたら、紗良はずっと『私の娘』として振る舞わなくてはならなかったかもしれません。でもK学園へは、“まっさらな紗良”で入学できたので、逆に伸び伸びとできているようにも思うんです。実際、紗良は今、すごく楽しそうです」

 中学受験は、良くも悪くも、子どもが親に“洗脳”されがちな世界なので、咲子さんのようなケースも珍しいことではない。

 親としての注意事項は、第1志望校はあるにせよ、併願校もしっかりと見極めた上で、受験のラインナップを組むこと。そして、入学校への最終判断は、子どもに任せるということだ。筆者は、さまざまなご家庭の「中学受験物語」を聞いているが、そのほうがのちの学校生活はうまくいくように感じる。

 12歳の子どもは、きちんと五感を使って、自分に合っている学校はどこかを判断する力を備えている――筆者は常々そう思っている。

中学受験、「最後の合不合」がトレンド入り――最終模試の結果で“第1志望を捨てた”母が「たられば」に苦しむワケ

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験もいよいよ本番間近。年明けには全国各地で入試が始まる。先日Twitterでは「最後の合不合(※)」というワードがトレンド入りしていたが、親たちは、最後の模試の結果を見ながら、最終志望校の選択に頭を悩ませている頃であろう。
※大手中学受験塾・四谷大塚が主催する公開模試「合不合判定テスト」のこと。

 最終模試は、入試本番を前に今現在の実力を推し量ることができる重要なもの。しかし、結果が良かった場合は本試験への猛烈な追い風になる一方、結果が悪い場合は、志望校の想定を根底から揺るがしかねないので、注意が必要だ。

 友梨奈さん(仮名)は今も時々、現在中学2年生の息子・圭斗君(仮名)の最終模試に思いを巡らせることがあるという。

「圭斗が小学校低学年だった頃に戻りたいです。私がダメだったばかりに、こんなことになったのかな……って、今も後悔しかないですね。特に最終模試のことをアレコレ考えてしまいます」

 圭斗君は大のサッカー好きで、幼い頃から地元の少年サッカークラブに参加。圭斗君なりに頑張って練習していたそうだ。

 一方、圭斗君の地元は中学受験熱が高く、低学年から通塾する子も珍しくはないという。その波に飲まれるかのごとく、友梨奈さんは圭斗君が小4になったタイミングで受験塾に行かせるようにしたという。

「当時は、サッカークラブと塾との両立に特に問題はなく、圭斗も勉強を楽しんでいたと思います。ただ、学年が上がるにつれ、だんだんと両立が難しくなってきてしまい、私が半ば強引にサッカーを辞めさせたという経緯があるんです」

 中学受験塾のカリキュラムは小5以降、週3日となるのが一般的で、土日も模試やテストに追われることが普通だ。スポーツや習い事と両立する子もいるが、相当ハードな日々を送ることになる。

「圭斗は、『中学に入ったら、思いきりサッカーをするから、今は受験を頑張る』と言っていたんですが、本心ではなかったようです」

 圭斗君が目指したのは、サッカー強豪校のY学園。勉強に精を出した結果、模試でも射程圏内となり、このまま努力すれば合格の可能性は高い……というレベルに達したそうだ。

 ところが、小6の12月の最終模試で思わぬ事態に遭遇する。Y学園の合格確率は「20%以下」「志望校を再考せよ」という結果だったのだ。

 今まで、取ったこともないような低い偏差値を目の当たりにした圭斗君は、激しく落胆し、「もう塾に行かない」とゴネていたという。

「塾の先生の働きかけで、何とか通塾はするようになったんですが、その頃から、圭斗が頻繁に体調不良を訴えるようになりました。『夜、眠れない』とか、『食欲がない』とか、『だるい』とか……そんな感じでしたね」

 最終模試後、年明けに行われた塾内の試験も結果が思わしくなく、圭斗君は余計に落ち込んでしまったそうだ。

「そんな状態でしたから、『Y学園なんて絶対に無理』と思ってしまって……。そこで、第2志望校のK学園に的を絞って、受験のラインナップを組む作戦を圭斗に勧めたんです。本人も了承したので、K学園の1~3回目入試までを受け続けることにしました。K学園もサッカー部が盛んですし、3回受けたら、どこかでは受かるだろうという読みもあったんですが……」

 しかし、結果は残酷で、K学園からの桜の便りは届かなかった。

「結局、慌てて受けたC学園に合格し、入学手続きをしました。でも、中2になった今、圭斗は学校に通えていません。というか、中1の4月だけ通っただけで、以降、一度も登校していないんです……」

 圭斗君は自室に引きこもったままで、友梨奈さんとも必要最小限の言葉しか交わさないという。

「あの時、私はどうすればよかったんですかね? 同じ“玉砕”ならば、圭斗が目指したY学園を受けさせてあげればよかったのか、K学園に志望校を変更したのは仕方のないことだったのか。それとも、最初から受験なんかさせずに、サッカーを好きなだけやらせてあげればよかったのか……」

 そう言って、友梨奈さんは目を伏せた。

 人生は一度切り。「たられば」はないとわかってはいるものの、「もしも、あの時……」と思ってしまうのは人間のサガかもしれない。

「今はC学園に学費だけを納めている状態です。ムダとは知りつつ、これで学費も納めなかったら、退学の道しかないですよね。そうなると公立中学に転校することになります。私はそれでもいいと思っているんですが、今度こそ、圭斗の決断に委ねようと思っているんです。圭斗は私が決めたことをすべて受け入れてきたことで、こうなってしまったのかな……って。ならば、圭斗が自分から『こうしたい』と言ってくれるまで、辛抱強く待つしかないと思っています。なるべくならば、それが遠からぬ未来であることを祈るだけです」

 中学受験の時期は、思春期とも微妙にかぶっているので、親としては子どもの扱い方に迷うこともある。親の良かれが災いすることもあり得るだろう。

 友梨奈さんの話を聞いているうちに、「親」という漢字の意味は「木の上に立って見る」という言葉を思い出した。親という仕事は本当に難しい。

娘の中学受験で「入学金振り込みミス」――デジタルに不慣れな母の“血の気が引いた”瞬間

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 年が明けると、全国各地で中学受験の本番が始まる。それはすなわち、親にとっては煩雑な事務作業の開始を意味する。「出願書類の提出」から「入学手続き」までの一連の流れを、完璧に遂行するという“最大のミッション”である。
 
 まずは願書の入手に始まり、その記載、受験料の払い込み、試験日の集合時間・持ち物・合格発表の形態とその時間のチェック、入学手続き、入学金振り込みなど、ミスがないように確認しながら進めなくてはならない。なぜならば、一つでも間違えた場合、ヘタすると受験すらさせてもらえない、合格しても入学できないこともあり得るからだ。

 出願ひとつ取っても、各校によってやり方はさまざま。学校に直接出向く、郵送で受け付ける、インターネット出願のみ、という具合で、それを期日までに完璧にこなさなければいけない。

 しかも、中学受験は日程がタイトであるがゆえ、そのスケジューリングが複雑化していく。

 首都圏の場合、中学受験は1月の埼玉・千葉入試を皮切りに、2月1日からは東京・神奈川入試が始まる。特に東京・神奈川は約1週間のうちに入試が行われ、随時合否が発表されるのだが、その結果次第で、入学手続き、入学金の振り込み、場合によっては駆け込み出願も発生するため、親は膨大な事務作業を強いられる。

 例えば、2月1日午前にA中学を受験。午後はB中学を受験。その日の夜にB中学の合格発表を確認し、もし合格していた場合は、入学金振り込みの締め切り日を見ながら、2日にC中学とD中学のどちらを受験するかを決める。また、2日の午前にはA中学の合格発表を確認する作業があり、その結果次第で、今度は3日の受験校を決定する――そんなパズルのようにスケジュールを組み合わせる日々が繰り広げられていく。この期間は、子どもだけでなく、親にとっても緊張の連続なのだ。

 これは毎年のように塾の先生から聞く話だが、合格したのに、うっかり入学金を納めるのを失念して、合格を取り消されるケースがある。

 シングルマザーの真希さん(仮名)は、実家の援助を受けて、一人娘である茉莉香ちゃん(仮名)を中高一貫校に通わせることに決めた。

 当初から楽しそうに塾へ通い、心から「行きたい」と思える中学に出会うこともできたという茉莉香ちゃん。小6になると、実力もそれなりにつき、あとは受験を無事に済ませるのみという段階であったらしい。

 ところが、真希さんには気がかりなことがあった。それは、彼女自身がインターネットに疎いこと。スマホもパソコンも持っていないどころか、まともに触ったこともなかったという。

 しかし、きょうび、私立中高一貫校はデジタル化が進んでいるため、説明会予約も願書提出も合格発表もネット経由という学校は多い。

 この事実に慌てた真希さんは、スマホとパソコンを購入。説明会の予約をしようとトライしたが、コロナ禍での開催なので人数制限があり、ログインした途端に即満席という有様で、人知れず心が折れる日々を過ごしていたそうだ。

「そんなわけで、説明会もほとんど、どこにも行けなかったんです。しかも今ってインターネット出願が主流なんですよね……。塾からは、『入力ミスがあると受験できなくなる可能性がある』と聞かされ、本当に緊張しました」

 しかも真希さんは、当時クレジットカードも持っていなかったという。彼女の実家は昔ながらの商売をしており、今でも現金第一主義のため、「これまで必要なかった」そうだが、中学受験においてそれは通用しない。

「受験料の支払いがクレジットカード決済だったので、慌てて申し込みました。実際にカードが届くまで、締め切りに間に合わなかったらどうしよう……とずっと気を揉んでいましたね。さらに、受験票も自宅のプリンターで印刷が必要と聞き、焦ってしまって……。普通の人には何てことないかもしれませんが、私にとってはとんでもないハードルだったんです。『これで受験に失敗したら、私のせいだ!』ってくらい追い詰められていました」

 インターネット出願の学校の一般的な流れは次の通り。まず出願サイトにアクセス。次にID(メールアドレス)登録をして、志願者の顔写真データをアップロードしたら、志願者情報を入力し、出願する試験の選択を行う。

 また、受験料の納入は、学校窓口では受け付けていないため、クレジットカードで決済。その後、支払い完了メールが届くので、出願サイトのマイページから受験票・写真提出票などを印刷する。

 英検の合格証明書の写しなど、書類を送る必要があるならば、マイページから印刷した書類送付ラベルを決まったサイズの送付用封筒に貼付し、期限までに簡易書留にて郵送しなければならない。

 確かに真希さんのようなデジタルに不慣れな人は、出願だけでも相当苦戦することだろう。

 いよいよ本番。茉莉香ちゃんは1月に第2志望校を受験し、結果は合格。大喜びで2月の本命校の受験に突入したという。

 ところが、2月1日の本命校の第1回入試にまさかの不合格。さらに2日の第2回入試にも不合格。真希さんは気が動転してしまい、当日出願しようとしていた3日目の受験校の手続きに手間取り、茉莉香ちゃんの士気も相当下がってしまったらしい。

 そんな中、幸いにして、結果は合格。しかし、茉莉香ちゃんは、1月校を選択したという。真希さんが塾の先生に1月校に進学する旨を伝えた時、事件は起こった。

「承知しました。本命校は残念でしたが、1月校も良い学校ですからね。ところで、入学金の締り切り日は2月3日ですが、納入はお済みですよね?」

 真希さんは、血の気が引いた――。

 1月校の中には、入学金の納入を2月校の合否が出るまで待ってくれる学校もある一方、1月中に入学金の全額、もしくは一部を納入する学校も珍しくはない。茉莉香ちゃんが合格した1月校は、一部を納入したのち、期限までに残りを納めるという方式。その完納締め切り日が2月3日だったのだ。

 真希さんは入学金の一部は納めていたものの、慣れないネットでの事務作業に疲弊し、そこにきて2月校の不合格が続いたショックで、入学金の残りを納めなければいけないことを失念してしまったのだ。

 時は2月4日、午前。その場で泣き崩れた真希さんを見て、塾の先生が慌てて、1月校に連絡したそうだ。

 大変ラッキーなことに、その塾の先生と1月校の先生は昔からの付き合いがあったそうで、特別な計らいにより、入学許可が下りた。校長先生の「お母様のミスで入学が取り消されたとなったなら、お嬢さんの今までの頑張りが報われない」という温情が働いたとのことだった。

 中学受験本番前後は、親も子も緊張の連続だが、実は真希さんがやってしまったような致命的なミスが起こることは少なくない。特に、デジタル処理が一般的になってきた現在、不慣れな人には不利に働くこともある。

 このような親のケアレスミスを防ぐためには、「TO-DOリスト」の作成は必須。その上で、考えられるすべてのパターンをシミュレーションし、頭に叩き込んでおかなければ、想定外の出来事に対応できない。

 茉莉香ちゃんは入学式後、真希さんと一緒に校長先生のもとに出向き、お礼を伝えたという。校長先生は、入学金の納入ミスのことはなかったかのように、ニコニコしながら「受験をよく頑張りました。6年間、学園生活を楽しんでください。入学おめでとう」と言ってくれたそうだ。

 「その場で、今度はうれし泣きをしてしまいました」真希さんは照れながら、そう教えてくれた。

中学受験塾の室長が明かす、「モンスタークレーマー」の実態……「医学部狙い」の父親が暴走

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験という特殊な世界を描いた大ヒットマンガ『二月の勝者-絶対合格の教室-』(高瀬志帆氏、小学館)。その主人公である塾講師が、塾生たちに放つ有名なセリフがある。

「君たちが合格できたのは、父親の『経済力』そして、母親の『狂気』」

 確かに一昔前の中学受験は「母子の受験」と言われ、父親はお金を出すことに徹する一方、母親が“狂気”的なまでに子どもの受験にのめり込むというケースはよくあった。しかし、最近の中学受験は「親子の受験」という様相を呈し、父親が“狂気”と化すことも珍しくない。中学受験を「子育てのすべてを懸けた一大イベント」と捉え、異様に熱狂するご家庭もあるのが現状だろう。

 湊君(仮名)の父親である寛さん(仮名)は、首都圏の総合病院に勤務する薬剤師である。寛さんには「湊君を医者にさせる」という夢があった。

 湊君が通った中学受験の大手塾の室長は、寛さんの第一印象をこう話した。

「湊君は新4年生になるタイミングで入塾したのですが、お父さんはその頃から、かなり受験に前のめりという感じでしたね。初回の面談でいきなり『湊を医者にするので、医学部に強い中高一貫校を教えろ』とおっしゃったのを覚えています」

 中高一貫校のほうから「本校は医学部に強い」とアナウンスすることは稀だが、「医学部に強い」とされる学校が複数存在していることは事実である。それゆえ、寛さんのように最初から「医学部狙い」で中学受験に参戦するご家庭は珍しくはない。

 寛さんは積極的に保護者会に参加し、学校研究にも余念がなく、また、湊君の家庭学習にも熱心で、息子を鼓舞する毎日を送っていたようだ。

 一方で湊君は、室長いわく「良くも悪くも、のんびりとしたお子さんで、どちらかと言えば、人と競うのは苦手なタイプだった」そうだ。

「湊君は、入塾当初こそ上位のクラスに在籍していたのですが、徐々に真ん中からやや下のクラスが定位置になっていきました。やはり、授業は理解できなくては意味がありませんので、今の実力相応のクラスで受講したほうがいいのですが、お父さんは、自分の息子が上位クラスではないことが、どうにも我慢ならなかったようです」

 もちろん、塾の仕事は「子どもたちの実力を上げていくこと」なので、その成果が見えない場合、親は対策を願い出るために、塾側と個別面談を行い、戦略の立て直しを図るのが一般的。その話し合いは、極めて冷静に、かつ建設的であることが求められるが、寛さんは塾への対応を間違えてしまったようだ。湊君がクラス落ちをするたびに、塾へ執拗なクレームを入れるようになったという。

「最初は電話でしたね。まずは『クラス担任を出せ!』とおっしゃり、塾に対するクレームを話されるんですが、とにかく『クラスを落とすな!』の一点張り……。クラス担任では埒が明かないと見るや、次は『室長を出せ!』となり、また『クラスを落とすな!』と繰り返す。もちろん、正当な理由でしたら、我々にも一考の余地はありますが、理不尽なクレームで、お一人の保護者に長い時間を割くわけにもいきません。さすがに、こうも頻繁ですと、湊君のお父さんからの電話だとわかっただけで、スタッフの誰もが困惑顔になったものです」

 次第に寛さんはモンスタークレーマーと化し、直接、塾にやって来ては、「模試での偏差値が下がったのは塾のせい、成績が上がらないのは講師の質のせい」と大声でまくしたてるようになっていったという。

「こういうお父さんですから、湊君も家庭で、結構ギューギューに勉強させられていたようです。本人的には本当に頑張っていたと思いますよ。しかし、中学受験には、各小学校の成績優秀者たちが参戦し、高いレベルで競い合うという面がありますから、いくら努力をしていても、一気に偏差値が上がっていくということのほうが少ない。もちろん、こういったお話も常にお父さんにはしていたんですが、こちらの力不足で、ご理解いただけたというには程遠かったですね」

 そうこうしているうちに、6年生となった湊君。受験本番を控え、受験校を決定する面談が開かれたという。

「お父さんは相変わらず医学部に強いとされる難関校3校以外は受験させないと頑なでした。しかし、湊君の実力では合格の可能性はほとんどありません。それで、医学部がある大学附属校の中で、合格の可能性がある学校を勧めました」

 結局、湊君は受験日程の関係で、その難関校3校の中から2校を受験し、不合格。塾が推した大学附属校Tに補欠で繰り上げ合格。現在、その学校の中学校に通っている。

「お父さんは最後の最後まで『こんな塾に行かせたから、難関校Sに行けなかった』とお怒りでしたが、それでも、塾を辞めなかったのは、我々を受験のストレスのはけ口にされていたのかな? とも思いますね。親御さんのストレスを緩和するのも我々の仕事の一つではあるものの、正直申し上げて、こういうタイプの親御さんの受験は、お子さんが苦戦を強いられるものです」

 中高一貫校と中学受験塾は情報交換をしていることが多い。この室長の元には、中学生になった湊君の現状が学校から報告されていた。

「湊君は生物部に入って、昆虫採集に夢中だそうです。成績は芳しくないらしいですが、お父さんとしては、理系の芽があるということで、医学部はまだ諦めていないとか。湊君が医者になりたいのかまでは、学校も把握していないものの、我々としては、とりあえずは湊君が楽しそうに通学しているということがわかったので、とてもうれしく思っています」

 冒頭でもご紹介したが、中学受験は「親子の受験」であるがゆえ、親の夢や希望を子どもに押し付けやすい。しかし、当然ながら、子どもの人生と親の人生は違う。中学受験に参入した親は、事あるごとに「これは本当に子どものためなのか?」ということを確かめながら歩みを進めるべきだと思う。そうしたほうが、わが子を取り巻く状況が好転していくように感じている。