「僕、皆と一緒の公立に行きたい」中学受験で第1志望校合格も、息子の一言で大パニックに

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学は義務教育であるがゆえに、もし中学受験で志望校の合格を得ることができなかったとしても、どこにも受け皿がないということにはならない。“公立中学”という公の学校が門戸を開いているからだ。

 しかしながら、我が子に中学受験をさせる“親心”を考えると、そうはいかない。つまり「1校受験でダメなら公立」と思う人は少数派で、大多数が併願校を多数用意して受験に臨むのだ。そうなると「A校もB校もC校も受かってしまった!」「体はひとつだけど、どこに行こう?」という、うれしくも悩ましい問題が発生するのである。

 志望校順位がしっかりとある家庭、もしくは受験シミュレーションが用意周到に組まれている家庭の場合は問題になることは少ないのだが、全ての合格発表が終わってから、いきなり悩むという家庭も出てくる。不思議なことに「念願の第1志望校合格」であっても、揺れる家は揺れるのだ。

「僕の居場所がない」息子が入学式前に不安を……

 今年の2月、Q学園に合格を決めた奈美さんと拓海君親子(両者とも仮名)は、喜びで胸がいっぱいになっていた。Q学園は小学校4年生からイベントのたびに通い続けた本命中の本命だったからだ。

 実は拓海君は、本番に弱いタイプ。受験初日のQ学園1回目入試、翌日の2回目入試と結果が出ず、抑え校は合格したものの、親子で相当、落ち込んだそうだ。しかし、気持ちを奮い立たせての3回目入試で見事、栄冠を勝ち取る。苦戦の末だけに、合格の喜びはひとしおだった。

 ところが「好事魔多し」ということだったのだろうか。入学式前の3月に開催されたQ学園の「事前招集日」で問題が発生した。奈美さんは拓海君から、こう報告を受けたそうだ。

「出身塾同士ですでにグループが出来上がっていて、僕の居場所がなかった……」

 さらに、小学校の卒業式に出席した際にも、拓海君は「みんな、地元公立中のどの部活に入るかで盛り上がっていて、今までクラス全員で仲良しだったのに、急に自分だけ仲間外れにあった気分になった」と“疎外感”を感じていたという。

 そして、拓海君がこう言ったことで、奈美さんは突如、大きな不安に襲われたのだ。

「僕、皆と一緒の公立に行きたい……」

 奈美さんは、必死の思いで筆者に相談してくれたので、何かの縁かと思い、Q学園の校長先生に連絡を取って「ある親子が迷っているので、筆者経由で何かメッセージをください」と伝えたら、奈美さん親子が今現在抱えている不安の一つひとつを解消していくので「安心していらっしゃい。待っています」との伝言をすぐに託してくれた。

 Q学園が人気校である秘密がわかった気がしたが、たとえ熱望校に合格しても、このように気持ちが揺らぐケースはあるのだ。多分、拓海君と奈美さんはマリッジブルーと同じような感覚に陥ったのだと推察している。環境が大きく変化する時は、誰でも不安になるものなのだ。

 拓海君は、校長先生からのメッセージを受けて入学を決め、現在、楽しく通学しているらしい。

 もう一つ、3年前に起こった事例をご紹介しておこう。

 華絵さんとさやかちゃん親子(両者とも仮名)は、二人三脚で中学受験を頑張り抜き、見事、第1志望校であるJ学院の合格を決めた。さらにうれしい誤算が出た。T学園という難関校にも合格したのだ。「ミラクル合格」とまでは言わないものの、塾の先生いわく「快挙!」とのことだった。

 中学受験では、受験生の持ち偏差値帯の学校を受験するのが一般的だが、人によってはその幅を広く取ることも多く、本命校、チャレンジ校、抑え校というようなラインナップを組む場合もあるのだ。さやかちゃんもまさにそのケースで、チャレンジ校のT学園に合格した。当初は塾の先生も華絵さんもさやかちゃんも、もちろん父親も大喜びだったという。

 そんな中、華絵さんは、当然「T学園に入学手続きするもの」と思い込んでいたが、さやかちゃんから「自分はJ学院が好きだな……」と言われたそうだ。しかし、華絵さんは世間体、進学実績などでJ学園を上回るT学園しか目に入らなくなり、問答無用でT学園への入学手続きを推し進めた。

 さやかちゃんが不登校になったのはT学園入学後、半年もたたない2学期からだった。なんでもそのきっかけは、「同じ塾で最上位クラスにいた子がクラスメートになったこと」だったようだ。さやかちゃんは、

「きっとその子に『さやかはバカのくせに、なんでここにいるの?』と思われているに違いない」

と勝手に思い込んでしまったのだという。

 クラスメートは一切、そんなことを思っていないのに、さやかちゃんは追い詰められていく。クラスメートが心配して、お手紙などを届けてくれるのも余計なプレッシャーになったようで、家から一歩も出られなくなったそうだ。

 ある日、華絵さんとさやかちゃんの壮絶なバトルが繰り広げられた。昼夜逆転生活を送っていたさやかちゃんを、何とか元の生活に戻そうとして、華絵さんが強引に布団を引き剥がしたのがきっかけで、さやかちゃんは大暴れするようになったという。

 その日を境に、華絵さんは「ママ」ではなく「オマエ」、父親は「パパ」ではなく「アイツ」という呼び名に変わった。そして、暴れながらさやかちゃんが叫んだ言葉に、華絵さんは愕然とする。

「オマエが勝手に決めやがって! 私はあんなふざけた学校になんか行きたくなかったんだよ! オマエの過ちを一生思い知らせてやる!!」

 確かに、さやかちゃんが熱望していたJ学院は、今思っても、さやかちゃんの性格に合っていると思える学校なのだそうだ。今、さやかちゃんは、T学園の中3だが、復帰の目途は立っていない。

 久しぶりに会った華絵さんは、力なくこうつぶやいた。

「りんこさん、(ランクが)上の学校を選択したことは、そんな誤ちを犯したことになるんですかね……」

 筆者は思う。ランクがどうこうはまったく関係ない。華絵さんはさやかちゃんにも“意思”があるということをあまりに軽んじすぎたのだ。

 中学受験は“罠”がたくさん待ち構えている世界なのだが、その“罠”の一つに「偏差値の格付け」がある。誰がどのようにランキングしているのか、正直に言えば、謎が多いものだ。

 そんな“数字”でしかないものを見る前に、我が子を見よう。我が子が自分らしくのびのびと過ごせる場所を選べばいいだけの話だ。その答えは、もう十分に知恵を持っている我が子自身が持っていることを、忘れないでほしいと願っている。
(鳥居りんこ)

中学受験の塾選びで失敗……「難関校請負」の大手塾で、なぜ娘は円形脱毛症になったのか?

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。


 中学受験ではその対策として、一般的に“大手塾”を利用することが多い。そのため、中学入試合格実績においても大手塾の寡占状態。専門家の先生方の集計を見てもそれは明らかで、首都圏では大手6塾からの総合格者数が9割、関西圏でも総合格者数の大半は大手9塾の塾生である。このような状況に鑑みると“中学受験の合格は大手塾が担っている”と言えるのである。

 この“大手塾”、中学受験に馴染みがない方にとっては、普通の塾と何がどう違うのかもわからないだろう。説明するならば「大手塾はファミレス」と思っていただけると理解が早いと思う。

 ファミレスは、中華、和食、洋食など、さまざまなおいしい料理を提供し、幅広い顧客の胃袋を満足させるということを目的に置いている。どのチェーン店の店舗に入ろうが、品質管理の徹底、社員教育も一定以上、メニューも充実、値段設定も安心価格という具合で「合格点」を付けて帰る人は多いだろう。

 大手塾も同じで、日々スキルを磨いて、合格実績を上げ、多くの塾生、保護者の満足度を得ている。一方で、地元の中小塾は、さしずめご当地食堂みたいなイメージで、合格実績の点で「当たりはずれがある」とも言えるのだ。

 そんな大手塾だが、一つ気をつけなければいけないことがある。どのファミレスのハンバーグでも、一定以上はおいしいが、「料理方法」に違いがあるのだ。

中学受験において、塾選びは大事なポイントで、これが勝敗を分けるとも言えるので、安易に「聞いたことがあるし、近いからここでいいわ」と決めてしまうのはかなり危険なことになる。

 敦子さん(仮名)はフルタイムで仕事をしている、いわゆるキャリアウーマン。娘のエリカちゃん(仮名)が新小学4年生になる時、敦子さんの希望で「中学は私立」という選択をしたそうだ。学区中学の評判が芳しくなかったことと、小3のクラスが、学級崩壊していたことが理由になったらしい。

 そこで敦子さんは、どうせ行くならば、大学合格実績も良いと言われている偏差値の高い学校に行かせたいと思い立ち、難関校に強い大手塾の門を叩いた。「どの塾を選んでも同じようなものでしょ?」という気持ちだったらしい。

 ところが、この塾は、勉強量と、受験までに終えなければいけない学習内容を仕上げる早さに定評があり、したがって「子どもが自分で学習できるようになるまでは親のサポートは必須。特に宿題の優先順位を決めること、プリント管理は親の仕事」というスタンスだったという。つまり、よほど学習習慣が根付いている子でない限り、親の出番が多いという塾だったのだ。

 その頃、敦子さんは管理職になったばかりで、とても忙しく、エリカちゃんの勉強に付き合う時間も取れない状態だった。頼みの夫は単身赴任で戦力外。それでも、エリカちゃんはきちんと塾に通っているし、真面目な子であるため、「きっと、塾の勉強についていけてる、大丈夫だ」と思い込んでいたという。

 敦子さんには「だって、難関校請負塾だって評判のところに行かせているのだから」という根拠のない自信もあったのだそうだ。しかし、気が付くと、エリカちゃんは組み分けテストの度にクラスが下がっていく。

 敦子さんは心配して「エリカは真面目にやっているのだから、きっと合格するわよ。最後はコツコツ型が勝つのよ!」と励ましたという。ところが、この叱るでもなく、怒るでもない“励まし”の言葉の方が、エリカちゃんにはつらかったようだ。

 エリカちゃんは敦子さんに、頻繁にこう尋ねるようになった。

「ママ、エリカのこと好き? 嫌いになってない?」
「大好きよ。嫌いになるわけがないじゃない? エリカはママの大切な子どもよ」

 そんな問答が毎日のように交わされていたらしい。

 そうこうしていた5年生の冬に、ある事件が起こった。敦子さんは、エリカちゃんの頭に500円玉大の禿げを見つけた。円形脱毛症だ。敦子さんは、「こんなに幼い娘に、私はなんというストレスを与えていたのか……」とショックを受けたという。 

 その時、初めてエリカちゃんは、自分の気持ちを打ち明けてくれたそうだ。

「前は(塾で満点を取ると)“ごほうびシール ”をもらえることもあって、それを見せるとママが喜んでくれたから、頑張ろうって思えたんだけど、今はもう1枚も取れない。算数の先生が何を言っているのかもよくわからない。どうしていいのかもわからない……」

 中学受験は、一度参入してしまうと、そこから抜け出すことが難しいという“罠”がある。子ども自身がそれを拒否するのだ。敦子さんも「そんなに苦しいなら、受験はやめよう」とエリカちゃんに提案したそうだが、首を縦に振らない。ある程度、塾生活を送った子たちは、どんな状況下に置かれても、大抵の場合「受験はやめない」と言い切るのだ。

 敦子さんは自虐気味にこう話してくれた。

「私が浅はかだったんです。自分に中学受験の経験がないせいで、なんだか簡単に考えていて……。塾にも性格があって、その特性に合った子ならば伸びるし、逆の場合はこんなにもストレスを与えてしまうものなのかと、自分を殴りたいような心境でした」

 そして、新6年生になった段階で転塾を決めたそうだ。

「前に行っていた塾は、確かに素晴らしいカリキュラムでしたし、考えられた問題を出してくれるので、『さすがだな』って思うことも、たくさんありました。でも、いかんせん、エリカの性格には合わなかったんです。あの塾は“負けず嫌い”のお子さんが伸びる塾なんですね。エリカのように、おっとりとしていて、人との競争を好まない子には向いてなかったなぁって思っています。それで、マイペースなエリカに合う、ガツガツ勉強をやらせないという大手塾に転塾しました」

 5年生の段階で全ての単元を終えていたエリカちゃんにとっては、授業でも聞き覚えのあることも多かったようで、少しずつ自信を取り戻していく。

 その塾の先生の「エリカ、完璧は必要ないぞ。これで十分、合格圏内!」という言葉にも励まされ、徐々に、元のような笑顔を見せてくれるようになったという。 そして、この春、エリカちゃんは無事に第一志望校に合格した。この塾が掲げている「自分のトップ校へ行こう!」というスローガンを体現した形だ。敦子さんは、中学受験を終えた今、どんなことを思っているのだろうか。

「エリカは真面目だから大丈夫と思ってしまっていたんです。真面目だからこそ、きちんとやろうとして消化不良を起こしちゃったんですよね。うまく誘導したり、ストップをかけたりすることこそが親の仕事なのに、あんな状態になるまで気が付かなかったなんて、親失格です。でも、回り道はしましたが、中学受験をすることで、エリカに合った環境をプレゼントできたと思っています」
(鳥居りんこ)

中学受験の塾選びで失敗……「難関校請負」の大手塾で、なぜ娘は円形脱毛症になったのか?

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。


 中学受験ではその対策として、一般的に“大手塾”を利用することが多い。そのため、中学入試合格実績においても大手塾の寡占状態。専門家の先生方の集計を見てもそれは明らかで、首都圏では大手6塾からの総合格者数が9割、関西圏でも総合格者数の大半は大手9塾の塾生である。このような状況に鑑みると“中学受験の合格は大手塾が担っている”と言えるのである。

 この“大手塾”、中学受験に馴染みがない方にとっては、普通の塾と何がどう違うのかもわからないだろう。説明するならば「大手塾はファミレス」と思っていただけると理解が早いと思う。

 ファミレスは、中華、和食、洋食など、さまざまなおいしい料理を提供し、幅広い顧客の胃袋を満足させるということを目的に置いている。どのチェーン店の店舗に入ろうが、品質管理の徹底、社員教育も一定以上、メニューも充実、値段設定も安心価格という具合で「合格点」を付けて帰る人は多いだろう。

 大手塾も同じで、日々スキルを磨いて、合格実績を上げ、多くの塾生、保護者の満足度を得ている。一方で、地元の中小塾は、さしずめご当地食堂みたいなイメージで、合格実績の点で「当たりはずれがある」とも言えるのだ。

 そんな大手塾だが、一つ気をつけなければいけないことがある。どのファミレスのハンバーグでも、一定以上はおいしいが、「料理方法」に違いがあるのだ。

中学受験において、塾選びは大事なポイントで、これが勝敗を分けるとも言えるので、安易に「聞いたことがあるし、近いからここでいいわ」と決めてしまうのはかなり危険なことになる。

 敦子さん(仮名)はフルタイムで仕事をしている、いわゆるキャリアウーマン。娘のエリカちゃん(仮名)が新小学4年生になる時、敦子さんの希望で「中学は私立」という選択をしたそうだ。学区中学の評判が芳しくなかったことと、小3のクラスが、学級崩壊していたことが理由になったらしい。

 そこで敦子さんは、どうせ行くならば、大学合格実績も良いと言われている偏差値の高い学校に行かせたいと思い立ち、難関校に強い大手塾の門を叩いた。「どの塾を選んでも同じようなものでしょ?」という気持ちだったらしい。

 ところが、この塾は、勉強量と、受験までに終えなければいけない学習内容を仕上げる早さに定評があり、したがって「子どもが自分で学習できるようになるまでは親のサポートは必須。特に宿題の優先順位を決めること、プリント管理は親の仕事」というスタンスだったという。つまり、よほど学習習慣が根付いている子でない限り、親の出番が多いという塾だったのだ。

 その頃、敦子さんは管理職になったばかりで、とても忙しく、エリカちゃんの勉強に付き合う時間も取れない状態だった。頼みの夫は単身赴任で戦力外。それでも、エリカちゃんはきちんと塾に通っているし、真面目な子であるため、「きっと、塾の勉強についていけてる、大丈夫だ」と思い込んでいたという。

 敦子さんには「だって、難関校請負塾だって評判のところに行かせているのだから」という根拠のない自信もあったのだそうだ。しかし、気が付くと、エリカちゃんは組み分けテストの度にクラスが下がっていく。

 敦子さんは心配して「エリカは真面目にやっているのだから、きっと合格するわよ。最後はコツコツ型が勝つのよ!」と励ましたという。ところが、この叱るでもなく、怒るでもない“励まし”の言葉の方が、エリカちゃんにはつらかったようだ。

 エリカちゃんは敦子さんに、頻繁にこう尋ねるようになった。

「ママ、エリカのこと好き? 嫌いになってない?」
「大好きよ。嫌いになるわけがないじゃない? エリカはママの大切な子どもよ」

 そんな問答が毎日のように交わされていたらしい。

 そうこうしていた5年生の冬に、ある事件が起こった。敦子さんは、エリカちゃんの頭に500円玉大の禿げを見つけた。円形脱毛症だ。敦子さんは、「こんなに幼い娘に、私はなんというストレスを与えていたのか……」とショックを受けたという。 

 その時、初めてエリカちゃんは、自分の気持ちを打ち明けてくれたそうだ。

「前は(塾で満点を取ると)“ごほうびシール ”をもらえることもあって、それを見せるとママが喜んでくれたから、頑張ろうって思えたんだけど、今はもう1枚も取れない。算数の先生が何を言っているのかもよくわからない。どうしていいのかもわからない……」

 中学受験は、一度参入してしまうと、そこから抜け出すことが難しいという“罠”がある。子ども自身がそれを拒否するのだ。敦子さんも「そんなに苦しいなら、受験はやめよう」とエリカちゃんに提案したそうだが、首を縦に振らない。ある程度、塾生活を送った子たちは、どんな状況下に置かれても、大抵の場合「受験はやめない」と言い切るのだ。

 敦子さんは自虐気味にこう話してくれた。

「私が浅はかだったんです。自分に中学受験の経験がないせいで、なんだか簡単に考えていて……。塾にも性格があって、その特性に合った子ならば伸びるし、逆の場合はこんなにもストレスを与えてしまうものなのかと、自分を殴りたいような心境でした」

 そして、新6年生になった段階で転塾を決めたそうだ。

「前に行っていた塾は、確かに素晴らしいカリキュラムでしたし、考えられた問題を出してくれるので、『さすがだな』って思うことも、たくさんありました。でも、いかんせん、エリカの性格には合わなかったんです。あの塾は“負けず嫌い”のお子さんが伸びる塾なんですね。エリカのように、おっとりとしていて、人との競争を好まない子には向いてなかったなぁって思っています。それで、マイペースなエリカに合う、ガツガツ勉強をやらせないという大手塾に転塾しました」

 5年生の段階で全ての単元を終えていたエリカちゃんにとっては、授業でも聞き覚えのあることも多かったようで、少しずつ自信を取り戻していく。

 その塾の先生の「エリカ、完璧は必要ないぞ。これで十分、合格圏内!」という言葉にも励まされ、徐々に、元のような笑顔を見せてくれるようになったという。 そして、この春、エリカちゃんは無事に第一志望校に合格した。この塾が掲げている「自分のトップ校へ行こう!」というスローガンを体現した形だ。敦子さんは、中学受験を終えた今、どんなことを思っているのだろうか。

「エリカは真面目だから大丈夫と思ってしまっていたんです。真面目だからこそ、きちんとやろうとして消化不良を起こしちゃったんですよね。うまく誘導したり、ストップをかけたりすることこそが親の仕事なのに、あんな状態になるまで気が付かなかったなんて、親失格です。でも、回り道はしましたが、中学受験をすることで、エリカに合った環境をプレゼントできたと思っています」
(鳥居りんこ)

共働き家庭に中学受験は無謀なのか? 管理職の母が、「辞職決意」の果てに気づいたこと

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験は「親子の受験」であるため、親の出番が否応なく多い。例えば「塾への送迎」「お弁当作り」「塾との面談」「保護者会」「志望校の学校説明会」などが挙げられるが、これに加えて「勉強の伴走」「子どものスケジュール管理」なども日々の重要な仕事となる。

 共働き家庭の場合、この“親のサポート”というタスクをどう夫婦で分担していけるのかが、非常に大きな問題になってくるのだ。
みゆきさん(仮名)一家の場合はこうだった。息子の悠人君(仮名)は小学4年生から中学受験塾に通い出した。みゆきさんはあるIT企業で勤続20年。会社は「女性活躍推進施策」を掲げ、女性管理職を増やす方針だとかで、みゆきさんに白羽の矢が立ったそうだ。

 みゆきさんは日々の業務に管理職研修が加わり、精神的には一杯いっぱい。定時に帰れるなんてことは、夢のまた夢になったという。
頼みの夫・隆さん(仮名)も、ちょうどその頃午前様帰宅は“当たり前”という部署に栄転したばかり。夫婦のワークライフバランスは中学受験参入と同時に危うい綱渡り状態になってしまったそうだ。

 みゆきさんは当時のことをこう振り返る。

「私たち夫婦としては、ずっと共働きということもあり、親のサポートなしには乗り切れないという“ウワサ”の中学受験には、どちらかと言えば消極的でした。ところが“小4の壁”と言われている学童問題に見事にぶち当たってしまって……。とにかく、悠人を長時間預かってくれるところを探さないといけなくなり、そうなると、『安心安全の場は中学受験塾』という結論になったんです」
悠人君は嫌がらずに受験塾に通うようになったものの、なかなか成績は上がらない。一度やり始めたのならば、それなりの成果を上げるのは当然という意識が強いみゆきさんは、自己嫌悪を募らせていき、家庭もドンドンと暗くなっていったという。

「オーバーワーク気味の私は、専業主婦のいるお宅のように勉強をみることはできないし、ましてや夫に頼むことも無理。塾の保護者会で、先生から『(大量にある)プリント管理は親の仕事です』と言われると、サポートがうまくできない私は“ダメ親”なんじゃないかと心底落ち込み、一時は辞職も真剣に考えたんです」

 しかし、みゆきさんは結果として、辞職せずに中学受験もやり遂げた。

「5年生の秋頃でしたかね? 悠人に聞いたんです。『ママ、仕事辞めようかな?』って。そしたら、悠人が言うんですよ。『俺のせいにすんなよ!』って……。『ずっとプライド持って続けてきた仕事を簡単に手放すの? ママにとって仕事ってそんなもんなの?』って言われて、気が付きました。共働きで、確かに悠人には寂しい思いもたくさんさせてきたとは思うんですが、でも息子はこんな母親のことをずっと応援してくれてたんだなって。だったら、私は仕事を辞めずに、悠人のサポートもできる限りやるんだ! って決意しました」

 それからみゆきさんは、中学受験をマネジメントすることにしたそうだ。

「今まで、『母親だから、これをしないといけない、あれもやらないといけない』って勝手に自分を縛り付けていました。例えば、栄養価のあるお弁当が作れないとか、そういう細かいことも含めて、ドンドンと自分をマイナス評価していることに気が付いて、まずはその思考をやめることにしたんです」

 そこで、みゆきさんはアウトソースを最大限利用するという方針に切り替えたという。すなわち、塾弁は作らず、軽食を買うお金を悠人君に渡して、帰宅後、一緒に軽い夕食で食卓を囲むといった具合だ。また、みゆきさんが自分を責め続けたプリント管理については、悠人君を「塾のための塾」に通わせること(悠人君自身が希望したという)で対応。そこで「親の仕事」と言われた、プリント整理や苦手問題の補強をじっくりとやってもらったそうだ。

 一方、人に任せられない塾の保護者会については、もし仕事で出席できなかった場合、「後日、塾に電話をして内容を確認する」ことにしたという。要は、自分でなければできない仕事と、ほかの人でもできる仕事に分け、その優先順位を確認。うまくいかない部分は原因を分析し、都度、柔軟に考えるという作戦に切り替えたという。

「私って完璧主義の気があって、なんでも自分がやらないと気が済まなかったんですね。それで、今までバランスを取ってこられたから、なおさら中学受験も絶対に自分だけで大丈夫! って思い込んだんです。でも、現実はオーバーワークになって、思うように動かなかった。それで、全部をなかったことにして、辞職まで考えちゃって……。もっと、できない自分を認めて、協力者を募ればよかったと思います」

 みゆきさんの覚悟が決まってから、不思議なことに、まず夫である隆さんの変化が見られたそうだ。休みである土日は隆さんの当番。学校説明会への出席、塾の送迎、模試の付き添い、その後の見直しなども含めて、全面的に協力してくれるようになったという。隆さんは息子と二人だけの「男同士」の時間を特に大切にしていたらしく、これが悠人君にも好循環になっていったと聞く。
悠人君にこの頃の印象的な話を聞いたら、こういうことを教えてくれた。

「父は時々、僕が好きな車両基地とかに連れてってくれたりして、息抜きを率先してやってくれました。母はそういうことが苦手なんで……(笑)。あと、父はエンジニアなんですが、街で父の会社の製品を見つけると、説明してくれたりして、単純に『エンジニアってカッコいいな』って思いました。父が『今やっている学習は将来的には、こうつながっていく』みたいな話もしてくれたので、その時はまだよくわからなかったんですが、受験勉強は自分にとって意味があるものなんだってことだけは、わかっていたと思います」

 共働き家庭の方が、筆者に「子育て人生の中で最大の負荷は中学受験」と教えてくれたことがあるが、負荷はあるものの、良いこともたくさんあると思う。みゆきさんはこう言っていた。

「今、私は無事に管理職として業務を続けているのですが、部下たちから『丸くなった』って言われるんです(笑)。中学受験を通して、『自分が! 自分が!』ではなく、皆で協力して、どうにかやっていくってことが大事だって心底わかりました。それが中学受験の効能の一つです。もちろん、家庭内の空気もすごく良くなったと自負しています」

 中学受験に向かっている共働き世帯は、常に時間と体力の葛藤だ。その配分は家庭ごとに違うのは明白だが、問題ができたら、その都度、臨機応変に考え、頼れるものは存分に頼り、軌道修正していくことが成功への道筋なのかもしれない。悠人君は現在、中学2年生。あこがれ続けた名門校の鉄道研究会部員として張り切っている。
(鳥居りんこ)

共働き家庭に中学受験は無謀なのか? 管理職の母が、「辞職決意」の果てに気づいたこと

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験は「親子の受験」であるため、親の出番が否応なく多い。例えば「塾への送迎」「お弁当作り」「塾との面談」「保護者会」「志望校の学校説明会」などが挙げられるが、これに加えて「勉強の伴走」「子どものスケジュール管理」なども日々の重要な仕事となる。

 共働き家庭の場合、この“親のサポート”というタスクをどう夫婦で分担していけるのかが、非常に大きな問題になってくるのだ。
みゆきさん(仮名)一家の場合はこうだった。息子の悠人君(仮名)は小学4年生から中学受験塾に通い出した。みゆきさんはあるIT企業で勤続20年。会社は「女性活躍推進施策」を掲げ、女性管理職を増やす方針だとかで、みゆきさんに白羽の矢が立ったそうだ。

 みゆきさんは日々の業務に管理職研修が加わり、精神的には一杯いっぱい。定時に帰れるなんてことは、夢のまた夢になったという。
頼みの夫・隆さん(仮名)も、ちょうどその頃午前様帰宅は“当たり前”という部署に栄転したばかり。夫婦のワークライフバランスは中学受験参入と同時に危うい綱渡り状態になってしまったそうだ。

 みゆきさんは当時のことをこう振り返る。

「私たち夫婦としては、ずっと共働きということもあり、親のサポートなしには乗り切れないという“ウワサ”の中学受験には、どちらかと言えば消極的でした。ところが“小4の壁”と言われている学童問題に見事にぶち当たってしまって……。とにかく、悠人を長時間預かってくれるところを探さないといけなくなり、そうなると、『安心安全の場は中学受験塾』という結論になったんです」
悠人君は嫌がらずに受験塾に通うようになったものの、なかなか成績は上がらない。一度やり始めたのならば、それなりの成果を上げるのは当然という意識が強いみゆきさんは、自己嫌悪を募らせていき、家庭もドンドンと暗くなっていったという。

「オーバーワーク気味の私は、専業主婦のいるお宅のように勉強をみることはできないし、ましてや夫に頼むことも無理。塾の保護者会で、先生から『(大量にある)プリント管理は親の仕事です』と言われると、サポートがうまくできない私は“ダメ親”なんじゃないかと心底落ち込み、一時は辞職も真剣に考えたんです」

 しかし、みゆきさんは結果として、辞職せずに中学受験もやり遂げた。

「5年生の秋頃でしたかね? 悠人に聞いたんです。『ママ、仕事辞めようかな?』って。そしたら、悠人が言うんですよ。『俺のせいにすんなよ!』って……。『ずっとプライド持って続けてきた仕事を簡単に手放すの? ママにとって仕事ってそんなもんなの?』って言われて、気が付きました。共働きで、確かに悠人には寂しい思いもたくさんさせてきたとは思うんですが、でも息子はこんな母親のことをずっと応援してくれてたんだなって。だったら、私は仕事を辞めずに、悠人のサポートもできる限りやるんだ! って決意しました」

 それからみゆきさんは、中学受験をマネジメントすることにしたそうだ。

「今まで、『母親だから、これをしないといけない、あれもやらないといけない』って勝手に自分を縛り付けていました。例えば、栄養価のあるお弁当が作れないとか、そういう細かいことも含めて、ドンドンと自分をマイナス評価していることに気が付いて、まずはその思考をやめることにしたんです」

 そこで、みゆきさんはアウトソースを最大限利用するという方針に切り替えたという。すなわち、塾弁は作らず、軽食を買うお金を悠人君に渡して、帰宅後、一緒に軽い夕食で食卓を囲むといった具合だ。また、みゆきさんが自分を責め続けたプリント管理については、悠人君を「塾のための塾」に通わせること(悠人君自身が希望したという)で対応。そこで「親の仕事」と言われた、プリント整理や苦手問題の補強をじっくりとやってもらったそうだ。

 一方、人に任せられない塾の保護者会については、もし仕事で出席できなかった場合、「後日、塾に電話をして内容を確認する」ことにしたという。要は、自分でなければできない仕事と、ほかの人でもできる仕事に分け、その優先順位を確認。うまくいかない部分は原因を分析し、都度、柔軟に考えるという作戦に切り替えたという。

「私って完璧主義の気があって、なんでも自分がやらないと気が済まなかったんですね。それで、今までバランスを取ってこられたから、なおさら中学受験も絶対に自分だけで大丈夫! って思い込んだんです。でも、現実はオーバーワークになって、思うように動かなかった。それで、全部をなかったことにして、辞職まで考えちゃって……。もっと、できない自分を認めて、協力者を募ればよかったと思います」

 みゆきさんの覚悟が決まってから、不思議なことに、まず夫である隆さんの変化が見られたそうだ。休みである土日は隆さんの当番。学校説明会への出席、塾の送迎、模試の付き添い、その後の見直しなども含めて、全面的に協力してくれるようになったという。隆さんは息子と二人だけの「男同士」の時間を特に大切にしていたらしく、これが悠人君にも好循環になっていったと聞く。
悠人君にこの頃の印象的な話を聞いたら、こういうことを教えてくれた。

「父は時々、僕が好きな車両基地とかに連れてってくれたりして、息抜きを率先してやってくれました。母はそういうことが苦手なんで……(笑)。あと、父はエンジニアなんですが、街で父の会社の製品を見つけると、説明してくれたりして、単純に『エンジニアってカッコいいな』って思いました。父が『今やっている学習は将来的には、こうつながっていく』みたいな話もしてくれたので、その時はまだよくわからなかったんですが、受験勉強は自分にとって意味があるものなんだってことだけは、わかっていたと思います」

 共働き家庭の方が、筆者に「子育て人生の中で最大の負荷は中学受験」と教えてくれたことがあるが、負荷はあるものの、良いこともたくさんあると思う。みゆきさんはこう言っていた。

「今、私は無事に管理職として業務を続けているのですが、部下たちから『丸くなった』って言われるんです(笑)。中学受験を通して、『自分が! 自分が!』ではなく、皆で協力して、どうにかやっていくってことが大事だって心底わかりました。それが中学受験の効能の一つです。もちろん、家庭内の空気もすごく良くなったと自負しています」

 中学受験に向かっている共働き世帯は、常に時間と体力の葛藤だ。その配分は家庭ごとに違うのは明白だが、問題ができたら、その都度、臨機応変に考え、頼れるものは存分に頼り、軌道修正していくことが成功への道筋なのかもしれない。悠人君は現在、中学2年生。あこがれ続けた名門校の鉄道研究会部員として張り切っている。
(鳥居りんこ)