<p> 2013年のハリウッドは、第一子が誕生したカニエ・ウエストとキム・カーダシアンのバカップルぶりや、ジャスティン・ビーバーやマイリー・サイラスの暴走、熟年夫婦の離婚や若きスターたちの突然の訃報など、数多くのビッグニュースが流れたが、そんなメジャーニュースに潰され気味だった「見逃すのにはちょっと惜しいニュース」も、相変らずてんこ盛りだった。月別にリストアップしてみると、以下の通り。</p>
「ロバート・デ・ニーロ」カテゴリーアーカイブ
『徹子の部屋』デビューのロバート・デ・ニーロによる徹子評
――海外セレブの来日プロモーション。本国ではパパラッチに追われる彼らも、日本では束の間の自由を謳歌! しかしそれゆえ、日本滞在をお世話するスタッフたちの苦労は多いんだとか。セレブの素の姿を知る関係者から話を聞き出し、コッソリお伝えする「スター☆マル秘報告書」!
『東京国際映画祭』のゲストとして特別招待作品の『マラヴィータ』(11月15日公開)を引っ提げて10月22日に来日した、映画界の重鎮ロバート・デ・ニーロ。世界中の俳優たちの尊敬を集める演技派のデ・ニーロ氏、実はすごい親日家なんです。とりわけ和食愛はハンパなく、世界中に展開する高級和食レストラン「NOBU」の共同経営者でもあることは有名です。
そのデ・ニーロが、妻・グレースとスタッフを連れてプライベートジェットで来日。到着は10月22日の深夜3~4時着だったにもかかわらず、空港にはファンの姿が! 日本のデ・ニーロファンは熱いですね。空港からホテル(六本木界隈の海外セレブ御用達ホテル)にチェックインして、その日の午前中から取材開始! 午後には『東京国際映画祭』のグリーンカーペットに登場という忙しさです。
SMAPへのエールで感動を呼んだ少年隊・錦織一清、頭髪事情も注目される!
ニッキは永遠の美少年だから!
少年隊・錦織一清が出演した5月6日放送の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)が、さまざまな反響を呼んでいる。錦織は、自身が演出を手がける音楽劇『ザ・オダサク』の宣伝のため、後輩の内博貴と共に「BISTRO SMAP」に来店。ジャニーズ事務所に在籍して36年にもなる錦織から、貴重なエピソードが次々と飛び出した。
番組では、序盤から「少年隊名曲ヒストリー」を振り返った後、休業状態となっている少年隊の活動について言及。錦織は「考えますよ」と神妙な面持ちで答えたものの、「その前に、どうやったらヒガシに会えるの? 電話番号もメールも知らないんだけど」と、ぶっちゃけ発言で笑いを誘っていた。
デ・二ーロ、SNSで大人気のあのネコとツーショットで相好を崩す
「TMZ」に掲載された写真
9.11同時多発テロで傷ついたニューヨークの街に活気を取り戻そうと、ハリウッドの大御所俳優ロバート・デ・ニーロの呼びかけで始まったトライベッカ映画祭が、今年も華々しく開催されている。今年で第12回を迎える同映画祭は、世界各国の才能ある新人監督の作品が堪能できる国際的なインディペンデント映画祭。開催直前に行われた記者会見で、ロバートは映画祭にかける意気込みを熱く語ったのだが、彼が一番楽しみにしていた映画は『Lil Bub & Friendz』。共に映画祭を立ち上げたプロデューサーのジェーン・ローゼンタールから、「(主演ネコの)リル・バブとリル・ボブ(ロバートの愛称)は、絶対に会わないとね」と振られると、凛とした表情を崩し、「あぁ、もちろんさ」とニッコリし、ネコと会うことに期待を膨らませている様子が見て取れた。
ロバートが楽しみにしていたという『Lil Bub & Friendz』は、ネコのリル・バブと飼い主、そして、インターネットで人気のネコたちのドキュメンタリー映画。ロバートお気に入りのバブは、11年6月21日にインディアナ州で誕生した小さなネコである。
ラズベリー賞全制覇? アル・パチーノら名優たちが出演した超駄作

『ジャックとジル』(ソニー・ピク
チャーズエンタテインメント)
ハリウッドの頂点に立つ俳優たちの多くが、下積み時代を経験している。下積み時代、彼らの多くは生活のため、また業界で注目してもらうため、作品を選ばず仕事を受けていた。その結果、スターになった時、「こんな駄作に出ていた」と笑いnネタにされることが多い。また、大御所と呼ばれるスターたちも、長い役者人生において1つや2つは誰もが驚くような駄作に出演しているものなのである。
今回は、そんなハリウッド大御所スターが、内心忘れたいであろう駄作を紹介したい。
■ジョージ・クルーニー『Return of the Killer Tomatoes!』
世界的に大ヒットした医療テレビドラマ『ER緊急救命室』で、母性本能をくすぐる小児科医ダグラス・ロス役を演じ、ブレイクしたジョージ・クルーニー。彼の下積み時代はとても長く、『ER緊急救命室』のオーディションに落ちたら役者をあきらめ、地元に帰ろうとまで思い詰めていたほどだった。テレビコメディや映画へのチョイ役などで数多くの作品に出ていたのだが、なかなか芽が出ずにいたのだ。


