
政治から文学、コミック、アートに至るまでの豊富な知識と鋭い分析力で人気の映画評論家・町山智浩氏。今年2月に発売された著書『「最前線の映画」を読む』(インターナショナル新書)をベースにしたトーク番組「町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号」が、6月下旬から「BS10スターチャンネル」で無料放送されることが決まった。さらに7月には『ブレードランナー2049』『ダンケルク』(ともに17)、『沈黙-サイレンス-』(16)といった『「最前線の映画」を読む』で取り上げた新作洋画12本が、町山氏の解説つきで同局にてオンエアされることに。番組収録では紹介しきれなかったネタや「♯Me Too」運動で揺れるハリウッドの最新情勢について、町山氏に語ってもらった。
──ハリウッド映画を中心にヒット作&話題作12本を町山さんがセレクトし、各映画の前解説&後解説する「BS10スターチャンネル」の特集企画。淀川長治さんが解説を務めた『日曜洋画劇場』(テレビ朝日系)を思わせます。
町山 淀川さんが亡くなって、もう20年ですか。僕が子どもの頃、テレビでは洋画が毎日のようにオンエアされ、なかでも淀川さんが解説する『日曜洋画劇場』は楽しみでした。淀川さんの解説を聞くことで、映画の見方をいろいろと教わりました。そんな番組を僕もやってみたいなと思っていたんです。
──前解説に加え、後解説もあるのがポイントですね。
町山 淀川さんの後解説を聞いて、目から鱗が落ちることが度々ありました。でも、今の映画媒体ではネタバレに繋がるような解説はできなくなっています。その映画のテーマ性について掘り下げた解説をすると、ネタバレだと怒り出す人たちが多いわけです。パンフレットでなら許されるけど、雑誌で映画の核心部分に触れるような記事を書くとまぁ怒り出しますね。「ネタバレしやがって!」と。「映画秘宝」(洋泉社)でも、秘宝読者から「秘宝は買ったけど、(ネタバレ記事は)読まなかった」とか言われてしまう(苦笑)。昔、西部劇『シェーン』の名台詞「シェーン、カムバック!」を使ったCMがありましたけど、あのCMも今だったら「映画のラストシーンを使うなんて!」と大炎上するでしょうね(笑)。
■映画は観れば観るほど、面白みが増す
──『ブレードランナー』(82)の続編『ブレードランナー2049』は日本でもかなりの話題になりましたが、一度観ただけでは理解するのが難しいストーリーでした。『「最前線の映画」を読む』では、ウラジミール・ナボコフの小説『青白い炎』がこの難解な物語を解くヒントだと指摘されています。
町山 『ブレードランナー2049』を普通に観て、ロシアからの亡命作家ナボコフが関係するとは、なかなか気づきませんよね。僕も気づきませんでした(笑)。たまたまなんです。『ブレードランナー2049』が米国で公開された頃、『ブレードランナー』と『ブレードランナー2049』の脚本を書いたハンプトン・ファンチャーのドキュメンタリー映画が上映されていて、それで知ったんです。売れない俳優だったファンチャーは、SF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の映画化権をもらいに原作者のフィリップ・K・ディックを訪ねたところ、ディックはファンチャーが同伴していた恋人のことを気に入って、映画化をOKしたんです。そして、ファンチャーの前の奥さんが、ナボコフの小説を映画化した『ロリータ』(62)の主演女優スー・リオンでした。スー・リオンを通して、ナボコフとディックは繋がるんです。
──『ブレードランナー2049』で任務を終えたライアン・ゴズリングが、心理チェックを受ける際の「高く白い噴水……」というフレーズ。あれは『青白い炎』からの一節なんですね。
町山 何度観ても、あの「高く白い噴水……」の意味だけはどうしても分からなくて、それでググってみたんです。「High 、White、Fountain」と。一発で、ナボコフの『青白い炎』だと分かりました(笑)。『青白い炎』は有名詩人の長編詩に、その詩人のストーカー的な評論家が前書きと膨大な注釈を付け足したパロディ構造の作品です。つまり、リドリー・スコット監督が撮った『ブレードランナー』を、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が撮った『ブレードランナー2049』は独自注釈してみせた映画なんです。『ブレードランナー』でルトガー・ハウアーが死ぬシーンで流れる音楽が、『ブレードランナー2049』でも最後に流れますし、同じことが繰り返されています。『青白い炎』を持ち出すことで、『ブレードランナー2049』の構造を仄めかしているんだと思います。
──『ブレードランナー』では、ハリソン・フォードは人間なのか、それともレプリカントかという大きな謎が残されていました。『ブレードランナー2049』で年老いたハリソン・フォードを見て、「あっ、やっぱり人間だったんだ」と思ったんですが……。
町山 ハリソン・フォードが人間かレプリカントかという謎は、『ブレードランナー2049』でもはっきりさせていません。ハリソン・フォードは人間にしては強すぎます。レプリカントであるライアン・ゴズリングをボコボコにしてしまいますからね(笑)。謎はあえて謎のまま残し、オリジナルの世界観をもう一度楽しもうというのが『ブレードランナー2049』だと言えるでしょうね。
──『ラースと、その彼女』(07)でラブドールと暮らすナイーブな青年を演じたライアン・ゴズリングが主演、エロティック・ホラー『ノックノック』(15)のアナ・デ・アルマスがヒロインという配役も、『ブレードランナー2049』の面白さじゃないでしょうか。
町山 映画って、たくさん観れば観るほど、また違った楽しみ方が増えていきます。人気俳優の過去に出演した作品のイメージを活かしたタイプキャストはハリウッド作品ではよく使われていますが、以前は日本映画でも多かったんです。三船敏郎と志村喬は黒澤明監督の『酔いどれ天使』(48)以降よく共演していますが、黒澤作品ではいつも志村喬が師匠、三船敏郎が弟子役。私生活でも2人は師弟関係でした。そういうタイプキャストは多かった。山本圭が出てくると、だいたい左翼の学生、藤田進は軍人役です(笑)。俳優が出てきただけで、観客はどんな役かだいたい分かったので、いちいち説明しなくてもよかったわけです。映画って、観れば観るだけ面白さが増していくものなんです。
──ドゥニ監督が撮ったもう一本のSF映画『メッセージ』は、地球に現われた宇宙人の言語を、言語学者のエイミー・アダムスが解読する物語。地味なSFですが、米国では1億ドル越えのヒット作。
町山 『メッセージ』は大々ヒットとは言えませんが、難しい内容ながら興行的に成功した作品です。SF推しではなく、シングルマザーの物語として推したのが良かったんでしょうね。僕の個人的な考えなんですが、17世紀の哲学者ライプニッツが唱えた「予定調和論」を知っておくと、『メッセージ』はより楽しめると思います。最近のSFはどれもパラレル・ワールドという考え方が常識になっていますが、ライプニッツが唱えた「予定調和論」は古くは古代ギリシア時代から「運命論」としてずっとあったもの。昔ながらの運命論、決定論を持ち出してきたところが、逆に『メッセージ』は新鮮だったんでしょう。
──『メッセージ』の原作は、テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』。新しい言語を学ぶことで、新しい世界観を身に付けるという哲学的な内容でした。
町山 言語によって、新しい能力が開発されるという物語は、けっこうSF小説には多いんです。サミュエル・R・ディレイニーの『バベル17』などがそうですね。時間を自由に行き来するというアイデアは、カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』が元ネタだと言われていますが、テッド・チャンは「光の屈折」が『メッセージ』を書く上でいちばんのモチーフだったと語っています。光は空気から水に入るときに屈折しますがが、光の経路は最速のルートを辿るわけです。光はそのルートを事前に知っているように思える。そのことがヒントになったそうです。原作にあったこの部分は、映画ではうまく省いています。でも、映像化しにくい物語をよく映画にしたなと思いますよ。
■ノーランは“第二のスピルバーグ”にはなれない!?
──低予算ホラー映画『ドント・ブリーズ』(16)をはじめ、かつて自動車産業で栄えた街デトロイトは、米国映画では特殊な舞台としてよく取り上げられています。
町山 米国を代表する大都市だったデトロイトですが、完全におかしな所になってしまっているんです。実際にデトロイトまで行ってみたところ、すごいことになっていました。市の財政が破綻したため、街の中心部でも街灯が灯されていない状態。道路の信号さえ点いていないので、夜は完全な真っ暗闇なんです。『ドント・ブリーズ』の中でも言われていますが、警官の数が少ないので、事件が起きてから現場にパトカーが到着するまで1時間近くかかってしまう。発砲事件が起きても誰も助けてくれないし、犯人は警察が来るまでに逃げてしまう。消防署員も不足しているため、街のあちこちで火事が起きて、焼け跡だらけになっています。『ドント・ブリーズ』を撮ったフェデ・アルバレス監督は南米のウルグアイ出身なんですが、子どもの頃に未来のデトロイトを舞台にした『ロボコップ』(87)を観て「デトロイト、すげー!」と思ったそうですが、リアルに怖い街になっていたわけです(笑)。
──キャスリン・ビグロー監督の『デトロイト』(17)やクリント・イーストウッド監督&主演作『グラン・トリノ』(08)もデトロイトが舞台でした。
町山 『ドント・ブリーズ』は、『グラン・トリノ』が元ネタになっています。『グラン・トリノ』はイーストウッド演じる頑固ジジイが街のチンピラたちを成敗する話でしたが、『ドント・ブリーズ』は逆にチンピラの視点から描いたわけです。チンピラたちが泥棒に入った家には、実はイーストウッドみたいな無敵なジジイがいたという落語みたいなお話ですね(笑)。
──同じくデトロイトを舞台にした『イット・フォローズ』(14)、人種問題を題材にした『ゲット・アウト』(17)など、最近のハリウッドは新しいタイプの低予算ホラー映画が次々と生まれていますね。
町山 米国映画は昔から、低予算ホラーから新しいムーブメントや新しい才能が生まれてきたという歴史があるんです。昨年亡くなった『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68)のジョージ・A・ロメロ、『悪魔のいけにえ』(74)のトビー・フーパーもそうですし、スティーブン・スピルバーグもデビュー作は『激突!』(71)という低予算のテレビ映画でした。主観映像で撮られた『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)は大ブームになりました。低予算ホラーから偉大な監督が生まれ、映画の革命も起きているんです。まぁ、その中でもスピルバーグは別格でしょう。あそこまでの存在は、そうは生まれません。クリストファー・ノーランはスピルバーグになろうとしているけど、ノーランのあの頑固さではスピルバーグになれないでしょうね。
──ノーランの話題が出たところで、『ダンケルク』について。戦争大作かなと思って観たら、戦闘機がたった3機しか飛ばないことに驚いてしまいました。
町山 ノーランはCGが大嫌いなんです。そこがスピルバーグとの大きな違い。スピルバーグにはそういうこだわりはない。『ダンケルク』に戦闘機が3機しか出てこないのは、第二次世界大戦時のスピットファイア戦闘機で今も飛べるものが3機しかなかったらなんです。
──CGを使えば、簡単に増やせるのに。
町山 ノーランは徹底して、CGを使いません。ノーランって単にぶっ飛んでる人なんですよ(笑)。CGを使わないことが許されているのは、ノーラン作品はあまりお金を掛けてないから。『ダンケルク』は戦争大作に見えますが、かなりの低予算で撮っています。海辺にいる兵士たちは動いているのは人間ですが、後はみんな段ボール紙です(笑)。だからノーランの作品は「どうせCGだろう」じゃない、「これ、どうやって撮ったんだろう」という驚きがある。僕が『ダンケルク』の取材でノーランに会ったときは、ヒッチコック監督の『海外特派員』(40)で大型旅客機が沈むシーンはどのようにして撮られたのかを、延々と説明してくれました。『海外特派員』の旅客機が沈むシーンの撮り方はよく分かったけど、それあんたの作品じゃないよねと(笑)。ノーランはスピルバーグにはなれない。でも、とても面白い監督であることには間違いありません。
(インタビュー後編につづく/取材・文=長野辰次)
●町山智浩(まちやま・ともひろ)
1962年東京都生まれ。「宝島」「別冊宝島」などの編集を経て、95年に「映画秘宝」(洋泉社)を創刊。97年より米国に移住し、現在はカリフォルニア州バークレイ在住。「週刊文春」「月刊サイゾー」ほか連載多数。著書も『「最前線の映画」を読む』(インターナショナル新書)、『今のアメリカがわかる映画100本』(サイゾー社)ほか多数あり。
【特別番組】町山智浩スペシャルトーク「町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号」
6月下旬~7月中旬、BS10スターチャンネル「映画をもっと。」(毎日20時放送ほか)枠内、および7月1日(日)夕方5:40ほかインターバルにて無料放映。
【特集企画】町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号
7月3日(火)~16日(月)夜9時ほか、BS10スターチャンネルにて連日放送(全12作品)【※各映画の本編前と本編後に、町山氏による解説を合わせて放送します】
http://www.star-ch.jp/saizensen/
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