「セックスして傷付いてる女性は多いのかもしれない」SM、AVを経験したヤリマンアイドルの自己肯定感

第3回 ヤリマンアイドル白玉あも(後編)

(前編はこちら)

■初めての普通の彼氏との、普通の生活

「その頃、プロレス会場でよく見かけてたバンドマンと付き合うようになったんです。“今日も来てるね”みたいに話すようになって、向こうもすぐ“付き合いたい!”って、ガツガツくるタイプだったんで」

 交際を申し込まれたのは、初めてのことだった。

「当時バンドマンがよく使ってた『魔法のiらんど』ってサイトの日記に“はなちゃん(※本名)と写真撮ってきた。これ見てたら連絡してね!”って書いたりしてたんです。堂々と私のこと“好きだ”って言ってくれる人初めてでうれしくなっちゃって、その時はまだ彼とセックスしてなかったけど、連絡したら“付き合って”って言われて、“いいけど、私ソープ嬢だよ”って言ったら“えっ!?”って(笑)」

 驚くのも無理はない。

「でも、“じゃあ俺がソープ上がらせる”って言って家借りてくれて、“家賃も払わなくていいし、これでもうソープしなくていいでしょ?”って。私それくらい強引に引っ張ってってくれないと、人と付き合えないんだと思うんですよね。それからは、またカフェで働いて、27歳くらいまで3年半くらいは同棲してました。セックスもたまにするし、家で一緒にご飯食べるし、休みの日は出かけるし、向こうの友達とも仲良くなったり、ホントやっと普通の人みたいなことができるようになって楽しかったです」

 特に手首を切ることもなく、彼女の人生でほぼ初めてともいえる“普通の生活”だった。

「出会い系もやらなかったし、そもそも男の人と遊ばなかったです。彼がまったくお酒飲まない人だったから、私も仕事終わったらすぐ帰らなきゃダメで、“家帰ってご飯作らなきゃ”って、お嫁さんみたいな感じでしたね。でも、長く同棲してるから“結婚あるかな”と思ってたんですけど、それは“ない”ってはっきり言われたんで別れました。“一生懸命低賃金で頑張って働いて、毎日家事もして一緒にいるのに、このまま年取って老けていくのは嫌だ”って思って、それからまたヤリマンに(笑)」

■汚れてる自分は“カワイイ”って思える

 そしてまた、彼女は風俗嬢に戻った。

「ほかに何していいかわからないから、とりあえず風俗でしたね。それまではヘルスとかソープやってたけど、“もう30歳が迫ってる”“30歳までにやりたいこと、興味あること、全部やらなきゃダメだ”って思って、ハードなことをやり始めました。ソープも中出しのノースキンの店に行ったり。“即即NN(即尺即ベッド生中出し)”ですけど、やっぱり合わなくて、3カ月ぐらいで辞めちゃいました。そのあとはSMクラブかな。そっちは長くて2年以上できましたね」

 SMの方が肌に合ったということのようだ。

「収入もよかったけど、おもしろいっていうのが一番の理由かな。演技みたいなことするのがおもしろくて、お客さんも外ではちゃんとした人たちなんだろうけど、そこではホントの姿が見れるっていうか。ドSみたいなお客さんなのにウンコかけても勃起してたりしていて、“この人ホントはMなのかなぁ”とか」

 それまでSMなんてやったこともなく、怖いと思っていたが、ストレス発散にもなった。人間の裏側が見られたことがよかったのか、一般的にはよりハードだと思われているSMクラブの方が、ノーマルセックスのソープランドよりも、彼女には合っていた。

「セックス自体が、そんな好きじゃないのかもしれない。なきゃないでいいというか。SMは、単純に抜くのが目的の人たちじゃないんでよかったです」

 彼女の変態志向は、その後に出演するAVについても同じであった。

「AVも30歳になる手前のギリギリで始めたんですけど、SMクラブが楽しかったから、“楽しんでる時の自分を客観的に見たい。じゃあAVかな?”と思って。自分でプロダクションを探して始めたんですけど、やっぱり普通のセックスから始めて、だんだん“アナル解禁”“SM解禁”というように進めていくものだったんですよね。でも、私は、最初のノーマルなセックスの仕事は要らなかったんですよ。スカトロやってる私が見たかったから、最初から“3大NG”の方がやりたかった」

 AV界で3大NG事項といわれ、多くの女優が忌避する「アナル、スカトロ、ハードSM」というマニアックな世界。それこそが白玉あもの求めているものであった。

「最初は信頼がないから“試しに普通の現場行ってみて”って言われて嫌だったんですけど、普通の現場だと男優さんが“カワイイね”とか言ってくるんですよ。それがホントに嫌で、イライラして機嫌が悪くなっちゃって……。だって嘘だから。もっと若くてカワイイ女優なんていっぱいいるのに、そんなこと思ってるはずないですもん。昔から“カワイイ”って言われても否定しちゃうんですよ。お世辞が嫌いだから」

 白玉あもは、「自分のルックスも好きじゃない」という面倒臭い女優だった。しかし、場所が変われば気持ちも変わった。実際に出演したノーマル作品は5本程度、マニア作品は約30本。活動期間は半年くらいだが、想い出に残っているのは、やはりマニア系だ。

「全国のファンの家に行って、応募してきた素人とスカトロプレイをする『全国うんこ紀行』とか、楽しかったです。あとは『糞接吻』ってウンコ味のキスするレズものとか、1本糞でポッキーゲームをやるとか、どれも楽しかったですね。普段絶対できないことだったし、最高でしたね。そういう出演作は自分でも見ますね。パッケージにも糞まみれの自分がいて、“すごいなぁ!”って。そういう顔を“あもちゃんカワイイ”って言われると、“でしょ!?”って思えるんですよね。汚れてる自分は“カワイイ”って思える。やっぱり感覚がおかしいですよね、むちゃくちゃですよね」

■“セックスは楽しんでいいこと”っていう感覚に変わってきた

白玉あもバッグ

 AV引退後は風俗からも足を洗い、“ヤリマンアイドル”“メンヘラアイドル”なる肩書で活躍する現在に至る。「居場所を作るための行為」でしかなかったセックスも、次第に変わってきた。

「30歳越えてからは、“セックスで気持ちいい”ってのがわかるようになりました。イクとか(笑)。たぶん10~20代の頃は、『セックス=やましいこと』っていうのがあったんだけど、30歳過ぎてからはAVに出た経験もあるし、わりと性に対してオープンになって、“楽しんでいいこと”って感覚になったからだと思う。相変わらず彼氏はできないけど、“セックスして気持ちよければいいか”って感覚になってきています」

 長い年月がかかったが、今の彼女は、初めて「ヤリマンとして存在していい」という心境になったのだ。ところで、結婚願望はあるのだろうか?

「今はそんなにないですね。同棲してた時はすごくしたかったんですけど、別れてからは結婚願望なくなって、今は『彼氏欲しいな』とは思いますけどね。付き合いたい。セックス以外の遊びもしてみたいですね。普通は昼に集合して映画見てご飯食べて帰るとか、そういうデートもあるんですよね。私の場合は集合時間が夜の20時とかで、飲みに行ったら、ホテル、セックスになっちゃう。男の人に誘われたらセックスがあるもんだと思って行くし、“セックスはちょっと……”っていうくらいなら飲みに行かないです」

 つまり、彼女にとっては「飲みに行く=セックス」のようだ。

「普通に会話できる人はいいんですけど、だんだん話すことがなくなって困ったら、“ホテル行った方がいいかな”って思うんですよ。体で会話です(笑)」

 だいたいの男性は楽しい会話がセックスにつながると思っているだろうが、彼女は会話がつまらない人とセックスして楽しいのだろうか?

「“あもちゃんと飲みに行って失敗したな”って思われたくないから、1個くらい、いいもの持って帰ってほしいなって」

 それでも、相変わらずセックス後の自己嫌悪は残っているという。

「一応楽しく考えるようにはしてます。いちいち傷付いてたらキリがないし……。でもホントのこと言ったら、いまだにセックスして“やんなきゃよかった”とか“付き合うことにならなくて無駄撃ちだった”とか、勝手に中出しされて“うわぁ”とか、“セックスで、なんでこんな気持ちになるんだろうなぁ”って傷付いたりしてますけど、最近だと“楽しいセックス話のネタができたかな”くらいに考えるようにしてます」

 経験人数およそ1,000人。そんな痛々しい性体験を自虐ネタにして、ヤリマンアイドルはトークライブで多くのファンを持っている。

「ライブで、お客さんの前で話すのは楽しいですね。一般的には“ひどいヤリマン”で、“どうしようもない女の子”なのに、会場には“それでいい”って言ってくれる人がいる。“ヤリマンがOK”なんだったら“育ちのこともOK”なのかなって思うし。あと私、女の子のファンが意外に多いんですよ。ヤリマンとかメンヘラとか、普通嫌われそうじゃないですか? “死にたい”とかブログに書いててもメッセージやコメント来たりするし、共感してくれる気がします。世の中にも、セックスして傷付いたりしてる人が多いのかもしれないですね」
(文・写真=福田光睦/Modern Freaks Inc.代表/Twitterアカウント:@mitutika

「セックスして傷付いてる女性は多いのかもしれない」SM、AVを経験したヤリマンアイドルの自己肯定感

第3回 ヤリマンアイドル白玉あも(後編)

(前編はこちら)

■初めての普通の彼氏との、普通の生活

「その頃、プロレス会場でよく見かけてたバンドマンと付き合うようになったんです。“今日も来てるね”みたいに話すようになって、向こうもすぐ“付き合いたい!”って、ガツガツくるタイプだったんで」

 交際を申し込まれたのは、初めてのことだった。

「当時バンドマンがよく使ってた『魔法のiらんど』ってサイトの日記に“はなちゃん(※本名)と写真撮ってきた。これ見てたら連絡してね!”って書いたりしてたんです。堂々と私のこと“好きだ”って言ってくれる人初めてでうれしくなっちゃって、その時はまだ彼とセックスしてなかったけど、連絡したら“付き合って”って言われて、“いいけど、私ソープ嬢だよ”って言ったら“えっ!?”って(笑)」

 驚くのも無理はない。

「でも、“じゃあ俺がソープ上がらせる”って言って家借りてくれて、“家賃も払わなくていいし、これでもうソープしなくていいでしょ?”って。私それくらい強引に引っ張ってってくれないと、人と付き合えないんだと思うんですよね。それからは、またカフェで働いて、27歳くらいまで3年半くらいは同棲してました。セックスもたまにするし、家で一緒にご飯食べるし、休みの日は出かけるし、向こうの友達とも仲良くなったり、ホントやっと普通の人みたいなことができるようになって楽しかったです」

 特に手首を切ることもなく、彼女の人生でほぼ初めてともいえる“普通の生活”だった。

「出会い系もやらなかったし、そもそも男の人と遊ばなかったです。彼がまったくお酒飲まない人だったから、私も仕事終わったらすぐ帰らなきゃダメで、“家帰ってご飯作らなきゃ”って、お嫁さんみたいな感じでしたね。でも、長く同棲してるから“結婚あるかな”と思ってたんですけど、それは“ない”ってはっきり言われたんで別れました。“一生懸命低賃金で頑張って働いて、毎日家事もして一緒にいるのに、このまま年取って老けていくのは嫌だ”って思って、それからまたヤリマンに(笑)」

■汚れてる自分は“カワイイ”って思える

 そしてまた、彼女は風俗嬢に戻った。

「ほかに何していいかわからないから、とりあえず風俗でしたね。それまではヘルスとかソープやってたけど、“もう30歳が迫ってる”“30歳までにやりたいこと、興味あること、全部やらなきゃダメだ”って思って、ハードなことをやり始めました。ソープも中出しのノースキンの店に行ったり。“即即NN(即尺即ベッド生中出し)”ですけど、やっぱり合わなくて、3カ月ぐらいで辞めちゃいました。そのあとはSMクラブかな。そっちは長くて2年以上できましたね」

 SMの方が肌に合ったということのようだ。

「収入もよかったけど、おもしろいっていうのが一番の理由かな。演技みたいなことするのがおもしろくて、お客さんも外ではちゃんとした人たちなんだろうけど、そこではホントの姿が見れるっていうか。ドSみたいなお客さんなのにウンコかけても勃起してたりしていて、“この人ホントはMなのかなぁ”とか」

 それまでSMなんてやったこともなく、怖いと思っていたが、ストレス発散にもなった。人間の裏側が見られたことがよかったのか、一般的にはよりハードだと思われているSMクラブの方が、ノーマルセックスのソープランドよりも、彼女には合っていた。

「セックス自体が、そんな好きじゃないのかもしれない。なきゃないでいいというか。SMは、単純に抜くのが目的の人たちじゃないんでよかったです」

 彼女の変態志向は、その後に出演するAVについても同じであった。

「AVも30歳になる手前のギリギリで始めたんですけど、SMクラブが楽しかったから、“楽しんでる時の自分を客観的に見たい。じゃあAVかな?”と思って。自分でプロダクションを探して始めたんですけど、やっぱり普通のセックスから始めて、だんだん“アナル解禁”“SM解禁”というように進めていくものだったんですよね。でも、私は、最初のノーマルなセックスの仕事は要らなかったんですよ。スカトロやってる私が見たかったから、最初から“3大NG”の方がやりたかった」

 AV界で3大NG事項といわれ、多くの女優が忌避する「アナル、スカトロ、ハードSM」というマニアックな世界。それこそが白玉あもの求めているものであった。

「最初は信頼がないから“試しに普通の現場行ってみて”って言われて嫌だったんですけど、普通の現場だと男優さんが“カワイイね”とか言ってくるんですよ。それがホントに嫌で、イライラして機嫌が悪くなっちゃって……。だって嘘だから。もっと若くてカワイイ女優なんていっぱいいるのに、そんなこと思ってるはずないですもん。昔から“カワイイ”って言われても否定しちゃうんですよ。お世辞が嫌いだから」

 白玉あもは、「自分のルックスも好きじゃない」という面倒臭い女優だった。しかし、場所が変われば気持ちも変わった。実際に出演したノーマル作品は5本程度、マニア作品は約30本。活動期間は半年くらいだが、想い出に残っているのは、やはりマニア系だ。

「全国のファンの家に行って、応募してきた素人とスカトロプレイをする『全国うんこ紀行』とか、楽しかったです。あとは『糞接吻』ってウンコ味のキスするレズものとか、1本糞でポッキーゲームをやるとか、どれも楽しかったですね。普段絶対できないことだったし、最高でしたね。そういう出演作は自分でも見ますね。パッケージにも糞まみれの自分がいて、“すごいなぁ!”って。そういう顔を“あもちゃんカワイイ”って言われると、“でしょ!?”って思えるんですよね。汚れてる自分は“カワイイ”って思える。やっぱり感覚がおかしいですよね、むちゃくちゃですよね」

■“セックスは楽しんでいいこと”っていう感覚に変わってきた

白玉あもバッグ

 AV引退後は風俗からも足を洗い、“ヤリマンアイドル”“メンヘラアイドル”なる肩書で活躍する現在に至る。「居場所を作るための行為」でしかなかったセックスも、次第に変わってきた。

「30歳越えてからは、“セックスで気持ちいい”ってのがわかるようになりました。イクとか(笑)。たぶん10~20代の頃は、『セックス=やましいこと』っていうのがあったんだけど、30歳過ぎてからはAVに出た経験もあるし、わりと性に対してオープンになって、“楽しんでいいこと”って感覚になったからだと思う。相変わらず彼氏はできないけど、“セックスして気持ちよければいいか”って感覚になってきています」

 長い年月がかかったが、今の彼女は、初めて「ヤリマンとして存在していい」という心境になったのだ。ところで、結婚願望はあるのだろうか?

「今はそんなにないですね。同棲してた時はすごくしたかったんですけど、別れてからは結婚願望なくなって、今は『彼氏欲しいな』とは思いますけどね。付き合いたい。セックス以外の遊びもしてみたいですね。普通は昼に集合して映画見てご飯食べて帰るとか、そういうデートもあるんですよね。私の場合は集合時間が夜の20時とかで、飲みに行ったら、ホテル、セックスになっちゃう。男の人に誘われたらセックスがあるもんだと思って行くし、“セックスはちょっと……”っていうくらいなら飲みに行かないです」

 つまり、彼女にとっては「飲みに行く=セックス」のようだ。

「普通に会話できる人はいいんですけど、だんだん話すことがなくなって困ったら、“ホテル行った方がいいかな”って思うんですよ。体で会話です(笑)」

 だいたいの男性は楽しい会話がセックスにつながると思っているだろうが、彼女は会話がつまらない人とセックスして楽しいのだろうか?

「“あもちゃんと飲みに行って失敗したな”って思われたくないから、1個くらい、いいもの持って帰ってほしいなって」

 それでも、相変わらずセックス後の自己嫌悪は残っているという。

「一応楽しく考えるようにはしてます。いちいち傷付いてたらキリがないし……。でもホントのこと言ったら、いまだにセックスして“やんなきゃよかった”とか“付き合うことにならなくて無駄撃ちだった”とか、勝手に中出しされて“うわぁ”とか、“セックスで、なんでこんな気持ちになるんだろうなぁ”って傷付いたりしてますけど、最近だと“楽しいセックス話のネタができたかな”くらいに考えるようにしてます」

 経験人数およそ1,000人。そんな痛々しい性体験を自虐ネタにして、ヤリマンアイドルはトークライブで多くのファンを持っている。

「ライブで、お客さんの前で話すのは楽しいですね。一般的には“ひどいヤリマン”で、“どうしようもない女の子”なのに、会場には“それでいい”って言ってくれる人がいる。“ヤリマンがOK”なんだったら“育ちのこともOK”なのかなって思うし。あと私、女の子のファンが意外に多いんですよ。ヤリマンとかメンヘラとか、普通嫌われそうじゃないですか? “死にたい”とかブログに書いててもメッセージやコメント来たりするし、共感してくれる気がします。世の中にも、セックスして傷付いたりしてる人が多いのかもしれないですね」
(文・写真=福田光睦/Modern Freaks Inc.代表/Twitterアカウント:@mitutika

「ヤッたからって恋人とは限らない」メンヘラの“ヤリマンアイドル”にとって、セックスする意味とは?

 “誰とでもセックスするヤリマン”と聞くと、我々は、受け身の人間性を想像してしまいがちである。確かに、一昔前に“サセ子”“公衆便所”と呼ばれていたようなヤリマン女性たちのイメージは、男の欲望に無条件に従う(どこか頭の弱い)女というものである。つまり、完全に他者の価値観、他者の欲望の中で生きているような女性像だ。

 しかし、昨年から“ヤリマン”を冠したトークライブを主催している筆者が会うような近年のヤリマン女性たちの多くは、驚くほど自己中心的で、自らの欲望を最優先する「捕食者」のメンタリティーなのだ。果たして、“ヤリマン”を自称する女性は、女性読者の目にはどう映るのだろうか?

第3回 ヤリマンアイドル白玉あも(前編)

■「セックス=恋人」じゃないって思った

 前回、前々回と紹介したヤリマンが「陽のヤリマン」なら今回紹介するのは「陰のヤリマン」。果てしなく暗い北の大地が育んだ、世にも不思議な“ヤリマンアイドル”白玉あも(33歳)である。

 ヤリマンアイドルは、歌を歌うわけでも、CDを出すわけでもない。アイドルがイベントで歌を歌うように、エロ系のトークライブに出てエロ話をし、アイドルがファンと触れ合ってチェキを撮るように、客に直接“顔面騎乗をしながら”チェキを撮る。

 北海道の最東部、人口3万人の根室市。年の離れた3人兄姉の末っ子として生まれ、小学生の頃には両親が離婚、母親とのいびつなふたり暮らしが始まる。情緒不安定な女の子、いわゆる「メンヘラ」だった。現在もたまにしているという自傷行為、リストカットを始めたのは中学生の頃。

「“死にたい”という気持ちもなかったし、理科室に、ちょうどよさそうな刃物があって、単純に切ってみたいと思っちゃった。感覚的におかしいんでしょうね、自分を傷付けてみたいって……。その時は1回で止まったんだけど、高校生くらいからは、急に机をドーンってやったり、教室で発狂したり してました。今となっては“親がいなかったのが寂しかったんだろうな”ってわかるんだけど、当時はなんで自分がそうなっちゃうかわかんなくて」

 そんな多感な15歳の頃にした初めてのセックスが、その後のセックス観を決定づけた。

「中3の時、同じく母子家庭の、すごく仲のいい同級生がいて、その彼が熱で学校を休んだんですね。それで学校から届け物を持っていったんですけど、彼の部屋でちょっとしゃべってたら『隣に来て』って言われて、一緒に蒲団に入ったらモゾモゾしだして、そこでセックス。

 “これで私も大人の女になったんだ”ってうれしかったし、ヤッたんだから“もう私と付き合うことになるだろう”って思った。その彼は、私が毎日一緒に学校行ってた女友達と付き合ってたんですよ。その子には悪いんだけど“最近うまくいってない”って聞いてたし“いいかな”って。どっかで“私の方が勝っちゃった”って感覚だったと思う」

 しかし、初セックスの相手とは、思うような関係にはならなかった。

「しばらくは仲良くしていたんですが、ある放課後、彼に呼ばれて行ってみたら、女友達がたくさん集まっていて、その前で“俺、オマエと別に付き合ってねえから”って言われた。私も内心傷付いたけど、“セックスをしても付き合えないんだ”って、そこから『セックス=恋人』じゃないって思った。だから、奥さんや彼女がいる人とも平気でヤるようになっちゃったんだと思う」

■援助交際で稼いだお金を、親にたかられる

 高校生になると携帯電話を持ち、多くのセックスを重ねてゆく。

 知らない大人と伝言ダイヤルやツーショットダイヤルで会って援助交際。札幌に遠征したこともある。先にお金が振り込まれると夜行バスで向かい、カラオケや食事に行き、ラブホでセックスしてお金をもらう。1回3万円から5万円ほど稼いだお金は、食費に充てていたという。

「離婚後、ママはご飯も作らなくなったし、洗濯もしないし、パパからの養育費は毎月入ってたんですけど、それは私に使ってくれなくなった。最初はそば屋でもバイトしてたんですけど、給料入ったら全部ママが持ってっちゃうんですよ。それで“バイトなんかしてらんない”って援交始めたんです」

 しかし、そのお金にまで母親の手がつく。

「後々通帳を調べられてバレて、“なんでこんなにいろんな人から振り込みがあるの!? アンタなにやってんの!?”って言われたんですけど、私が援交やめたらママも困るし、最終的には“この子は稼いでる”ってわかったので“車ぶつけたから×万円貸してくれない?”って私にたかってくるようになったんですよね……高校生の娘に3万円とか借りて、それでパチンコ行くんですよ。キチガイですよね……」

 ほとんどひとりで投げ出された状態で、援助交際で暮らしていた根室の高校生。そんなところに、セックスの快感などあるはずもない。

「気持ちいいって感覚は特になかったけど、こういうことしてる時って男の人、優しいなって思ったし、“ヤラせれば家に泊まりに来てくれる”って感覚がありました。長く関係が続いていたのは、地元のお祭りの運営サークルの人。そこには大人もいっぱいいて、飲み会にも呼んでもらってたんですよね。だから、そこの人とはだいたいヤッてます。

 一番多かったのは20歳過ぎの若い人で、あとはおじさんたち。奥さんもいる30歳過ぎのおじさんが車の中でイタズラしてきたり、家に呼んでベロベロに酒飲ませてヤッたり、別荘で乱交したり……」

 しかし、その中の誰ひとりとして恋愛関係はないというのだ。そのような異様な境遇で、“セックスを断る”という選択肢はなかったのだろうか?

「ないです。なんで断らなきゃいけないのかわかんなかったし、断った時にガッカリされるのが怖いっていうか。明日から連絡なくなるんじゃないかとか、“もう要らない”とか言われそうな気がして……。性的な役割でも必要とされているのはうれしかったです。ヤればまた遊んでくれるし、居場所は作れる」

 しかしその代償として、今も拭えない罪悪感が、彼女のセックスにはつきまとっている。

「セックスの後、嫌な気持ちになることが多いのは、奥さんや彼女がいるところで、なんにもないふりをするのがキツかったから。みんな、私とヤることは秘密なわけじゃないですか。だからセックスは“言っちゃいけないこと”って感じでした。もしも私のセックスを堂々と言えてたら、ちょっと人生変わってたかもしれないと思う」

■親戚からのひどい仕打ち

 実はその性へのネガティブな意識は、幼児期にまでさかのぼる。

「幼稚園に上がる前くらいの時に、高校生の従兄弟にオナニーの相手させられた。昼寝して起きたら、私のパンツを下ろして、太ももにこすりつけて素股みたいなことやってて、ハアハア言って……。そのまま精子をぶっかけられた」

 親戚からも、幼少期から性の対象としてばかり見られていたのだ。

「“これはママに言っちゃいけない”ってことは、なんとなくわかってた。私、なんか変なことしゃべったらいけないから、家族とか親戚で集まっても、あんまりしゃべらなくなったんですよ。みんな楽しくしてても 、“あのお兄ちゃん、私にエッチなことしたよね”と思ってたし……とにかく嫌でしたね、親戚といるのは」

 どこでも公言できないまま、異常な性体験だけを重ねていった10代だった。高校を出て函館の専門学校に通うようになって、家族関係のストレスはなくなったと思われたが、姉の早世で帰省した彼女に、容赦なくそれは襲いかかった。

「姉は脳腫瘍で倒れて3カ月くらいで死んだんだけど、葬式終わった後、ご飯食べたりする席で、従姉妹が“っていうか、なんでいるの? お姉ちゃんは子どももいるし生きていなきゃダメな人だったけど、アンタはいてもいなくても変わんないんだから、アンタが病気になって死ねばよかったんだよ”って言いだして。そしたらウチのママも泣きながら“そうなのよねえ”って言いだして……。いい大人がみんなそんな感じになっちゃって、“もうこんなところ一生関わりたくない”って思って、急遽その夜に飛行機とって帰って、その人たちとは一生バイバイですよね」

■東京へ出て風俗嬢に

 彼女は、函館の五稜郭前の交差点で援交相手と出会いまくっていた最中にも、セックスによって東京へ出る段取りをつけていた。

「高校3年生くらいから、ツーショットダイヤルで知り合った東京の人と、遠距離恋愛みたいな感じで付き合ってることにして、全然好きじゃなかったけど、“東京に出るための口実”を、その時点から作ってたんですよ。その人をキープしながら援交でお金をためて、東京に行く資金にしようって」

 もはや何かの復讐劇のような壮絶な話だが、彼女は必死にセックスをして、北海道を出たのだった。

「家は“東京に出てきたら同棲しよう”って、その人が用意してくれました。申し訳ないですけど、その人のことはまったく好きじゃなくて、1年くらいで別れました……ひどいですよね」

 上京した彼女はカフェの店員 になって働いたものの、半年ほどで辞めてしまう。風俗嬢になったのだ。風俗も、感覚的には援交と変わらないということだろうか?

「変わらないです。それよりもよかったのは、自分で獲物探さないでも、待ってればお金持ってる人が来るし、援交なら帰るタイミングわからないんでドライブ付き合ったりしてたんですけど、風俗は60分、90分とかで帰るんで、“なんていい仕事なんだ!”って思いましたね。人と深い話しなくていいし、嘘の名前で働けるし」

 なし崩しで始めたような風俗の仕事も、実は昔からの予定通りだった。

「東京に風俗の仕事があるって知って、“早くしたい”って思ってたんです。田舎の嫌なのって、横のしがらみだらけ。東京に出てしまえば、人殺した人もいるだろうし、もっと育ちが悪い人もいるだろうし、そういうところに出れば紛れるかなって思って……」

 世の中には、プロ野球選手に憧れる少年がいるように、風俗嬢に憧れる少女もいるのだ。

「風俗は、朝から夕方までの昼番でやってたので、彼氏にはカフェで働いてるふりをしてました。でもだんだん気付いていったっぽいんです。おごったり、プレゼントあげたりしてたから、お金持ってるってわかってたと思うし。彼氏もママみたいになってきて、“今月、車の支払いキツいなー”とか言ってくるんですよ。それで、私は困ってるの見るのに弱いから、“今月貸す?”“いいの?”みたいになって。だんだん関係性が変わっていくんですよね」

 たまたまの巡り合わせなのか、彼女が周囲をそうさせているのか、どこまでいっても、お金とセックスが基盤になった人間関係なのである。そんな彼とも別れ、歌舞伎町のソープランドに転職した23歳頃、彼女に初めてのまともな彼氏ができる。
(文・写真=福田光睦/Modern Freaks Inc.代表/Twitterアカウント:@mitutika

(後編に続く)

「ハプバーと素人投稿写真雑誌」セックスのためにジム通いするヤリマンが性を解放したきっかけ

第2回 OL チアキ(後編)

(前編はこちら)

■ハプバーと素人投稿写真雑誌が、性のリミッターを外した

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チアキさん

 愛知県で暮らしている、40代のOLチアキ。「絶対にセックスの誘いを断らない」という彼女のセックス観を決定付けたものが、2つあるという。

「私のセックス史において衝撃だった、リミッターを外すきっかけになったのは、“ハプバー(ハプニングバー)”と“素人投稿写真雑誌”。“こんな人たちがいるんだ!”“仲間いっぱいいた!”って思って、私も“これでいいんだ”って思えたんだよね。あと、人前でのセックスって見た目のいい人がやるものって思ってたんだけど、投稿雑誌を見たら、太ったオバサンがすごいことしてる(笑)。それに、ハプバーに行ったらキレイな子でもチヤホヤされてなかったり、デブで気のいい子の方がモテモテだったりすることもある。ああ、“セックスって、ぱっと見で決められないものがあってすごいな”って思ったんだよね」

 晴れてリミッターが外れたチアキは、東京へのハプバー通いを始めた。今から5年ほど前に知人に連れられて行ったというその場所で、彼女は数々の伝説を作った。名古屋で生活し、東京でセックスをするようになったのも、この頃からだ。

「生活圏とセックスを分けてて、セックスした相手に道で見かけられても嫌だったから、東京に行くっていうのはすごくよかった。あとで思ったんだけど、ハプバーってセックスが絡むから、人間関係がグチャグチャになってる人がいっぱいいたのね。カップルで来てた人が揉めたり。でも私は名古屋だから、“関係ありません”って帰れるじゃない?」

 東京=セックスするところ。東京自体が、チアキにとってはデカい風俗店のようなものだったのだろう。

「楽しいんだよね。あの非日常の感じ? ディズニーランドやスノボー行って楽しいのと全く同じ」

 そんな、楽しいハプバー通いの日々に達成した不滅の記録が、「1日で27人と連続セックス」である。

「ハプバーが開くのが15時なんだけど、その時間から行って、閉店の翌朝6時まで一歩も出ないで、ずうーっとヤッて26人。でも1人、閉店までに間に合わなかったから、その辺のホテルでヤッて、ホントは27人。あと1時間あれば、もっとヤレてたと思う。時間の問題だよね」

■セックスのためにジム通い

 こういう展開を想定して、いつも宿を取らずに上京している。ヤリマンは、いつも背水の陣。しかし、なぜそこまで人数を? と思う向きも多いだろうが、彼女はできるだけ多くのセックスをこなすために、血のにじむような努力をした。

「“ハプバーでいっぱいセックスするために、どうしたらいいのかな”って思って、お洒落したり、メイクしたり、テクニック磨いたり、いろいろしてみたんだけど、結局、好みって人それぞれじゃない? 太ってるのが好きな人もいれば、痩せてるのがいい人もいる。じゃあ何かって考えた結論が、体力だったの」

 そこで彼女は、セックスのためにジムに通い始めた。

「朝までヤリ続けるには、まず“寝ない”ってことと“体力”だと思って。お酒なんて飲んじゃダメだから、ハプバーの“バー”の部分はいらない。お酒飲まないのは、セックスの気持ちよさがわからなくなるからっていうのもあるよね。お酒で気持ちいいのか、セックスが気持ちいいのかが」

 行動のすべては、セックスのため。

「あとはそこに15時間もいるから、だいたい店でフードを注文したり、外出して食べたりって人が多いんだけど、それをやると休憩しちゃうから、リスタートに時間がかかって目いっぱいいけない。だけど15時間食べないと『ハンガーノック現象(激しく長時間にわたるスポーツ時に、極度の低血糖状態になること)』になっちゃって危ないから、シャワー浴びる時にウィダーinゼリーを飲んでエネルギーを補給しながらヤッてましたね。だって、自分がやりたいことがやれなかったら嫌でしょ? ディズニーランドに来て乗り物に乗らないなんて、バカみたいじゃない? “10人とヤッて疲れてるから、この人とヤレない”っていう、そんなガッカリは嫌。だから普段はジムで走ったり泳いだりして体力作って、金土日は東京に行く」

 ハプバーに通い詰めて1年ほどで、経験人数は飛躍的に伸びた。今は千数百人じゃないかという。100人は10代でいった。最初は熱心に、名前と年齢をノートにつけようかと思ったが、100を超えたらホントにどうでもよくなったそうだ。そして、意外なことに、ハプバーでのヤリマン伝説が独り歩きし、チアキはイベントやメディアで引っ張りだこになった。

「私がすごいヤる人だってわかったら、みんながおもしろがってくれて、女の子が“話聞かせてください”って来たりしてビックリしたの。私もともと女の子と仲良くできると思ってなくて、それまでは“誰にも言うまい”って思ってたんだよね。でも、最初にロフトプラスワンっていうライブハウスの100人以上のお客さんの前でしゃべったらすごいウケて、“セックスで人を楽しませられるんだ”って思って」

 今まで、“ヤリマンの作家”“ヤリマンの女優”“ヤリマンの芸能人”等々、ほかの肩書付きでメディアに出るようになった女性はいたと思うが、チアキに至っては、肩書が“ヤリマン”としか言いようがない。その意味では、“ヤリマン”として有名になった最初の人物なのかもしれない。

■10人の向こう側にいる人ともヤる

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バッグの中身

 では、なぜチアキがここまで各種イベントでウケているかといえば、そのヤリっ放しな人生のせいもあるが、それは彼女の口から出るその言葉である。まず衝撃的なのは、“10人に誘われたら何人くらいとセックスする感覚か?”という質問に対しての答え。

「もちろん10人とやるし、私はその10人の向こう側にいる人ともヤる。私は日頃の人間関係もそう思っていて、“いい会社の合コン行ったけど、いいのがいなかった”なんて言ってるのを聞くと、“そいつはダメでも、そいつの同僚はいるわけだから、そのコネクション、ツテをみすみす捨ててどうするんだろな”って思うの。いきなりダメ出しはないなって。簡単に1人を断ることで、それ以上を捨てることになるんだから」

 まさにネットワークビジネスのような性的関係の築き方といおうか。セックスの相手を、目の前の人間だけで捉えていない。これは前回の有奈めぐみと同じで、性の対象である男を《点ではなく、線で捉えている》といえるだろう。

 続いて、“一番気持ちよかったセックスは?”という問いに対する、“ない”という回答。

「だって、一週間前に食べた米の品種って覚えてないでしょ?」

 ただ誤解しないでほしいのは、彼女にとってセックスが、日々の惰性で積み上げられるものではないということ。チアキのセックス観は、その数千の男たちとの経験を経て、極めてリベラルな持論に行き着いている。もはやセックスの技術格差はほとんどないと言い切るのだ。

「世の中に、そんなにセックスがヘタな人っていないよ。それよりも、うまいヤツが酔っぱらってダメなときの方がよっぽどダメだよ! ヤリチンだって風邪ひいてたら“箸にも棒にも~”だよ。それ考えたら、うまくない人のセックスの方が全然気持ちいい。すごいうまい人とすごいヘタな人って、そんなに変わらない。それはそれとして、“なにがダメなの?”って感じ。ヘタなのも、セックスのうちの1個じゃんって」

 これは、驚くべき量をこなしてきた人間にしか言えない言葉だ。我々一般とは、ものさしの目盛りが違いすぎる人間の、“聞くに値する言葉”だ。

「うまくてもヘタでも、全部好きなんだから。わかるよ、(うまい人の)良さは。“うまい人とまたやりたい”って思うし、“この人、ヘタだな”ってのもわかるけど、じゃあそういう人と二度とヤラないかっていうと、そうではない。『かつぜん』(銀座のトンカツの名店)を必要以上に崇めないし、『かつや』(ご存じトンカツチェーン店)を見下さないってことかな。だって、どっちもトンカツじゃない?」

 そこまで悟ったような言葉を吐きながら、果たしてチアキはセックスになにを見いだしているのだろうか?

「相手の人が喜んでたら、それは喜びになるよ。“ありがとう!”とか言ってくれたら、うれしいじゃん。人助け? けっこうあるよ(笑)。おなかすいてる人に、ご飯作るようなもんだよ、“ほら、食べてきなさい”って」

 ならば、チアキ自身の欲望は、一体どこに向かっているのだろうか?

「性欲が強いかどうかは、比べたことがないからわからないけど、ほかの人よりはたくさんヤレるんだと思う。“大食いの人”がみんなとバイキング行って、“えっ、もう食べないの?”って思うのと一緒。おなかいっぱいにはならないんだよね。“まだあるんだったら食べようよ”って思う。だからといって、一人前で不満ってこともない。“食べていいよ”って言われたら、全部食べられるってこと」

 言っていることはフードファイターのそれであるが、セックスの話である、念のため。どこまでも、セックスの人生なのである。確かに、チアキの口からは、社会規範やモラルとは程遠い話しか出てこない。労働や生活、結婚、血縁、それらすべてから独立したところに、チアキのセックスがあるからなのだろう。チアキの思うヤリマンは、「性に対して奔放で自由な人」。だから、彼氏にセックスは求めない。

「彼氏の条件は、セックスじゃないかな……人柄とか性格の方が重要。それと、“アタシのことを、どれくらい好きか”」

 チアキの人生はセックスがほとんどであるが、辛うじてそれだけではない。
(文・写真=福田光睦/Modern Freaks Inc.代表/@mitutika

「絶対にセックスの誘いを断らない」人生で浮気していない期間がない、ヤリマンの素顔とは?

<p> 今回紹介する女性は、筆者が初めて出会った「絶対にセックスの誘いを断らない」と公言する女性である。<br />  そうはいっても、そういう時の“絶対に”は、条件付きであることくらい知っているし、いろいろな意味で、そうでないとおかしい。しかし彼女の場合は、聞けば聞くほど、ほぼその条件がないに等しい。チアキは、本当に“誰とでもセックスする女”なのだ。</p>

「風俗を浮気と思わないでほしい」3万人と経験したAV女優のセックス観

<p> 自らの欲望を最優先するヤリマンの中にあっても、飛び抜けた経験人数を持つ有奈めぐみ。前編ではライフストーリーを綴ったが、後編では具体的に彼女のセックス観を探ってゆきたい。それがわかりやすいのは、“ソープランドでは働けなかった”というエピソードだ。彼女いわく、セックス(本番)を仕事にすることだけは受け付けなかったという。</p>

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由緒正しい家柄から風俗嬢へ 高校時代に8,000人と経験した女性がヤリマンになった理由

<p> “誰とでもセックスするヤリマン”と聞くと、我々は、受け身の人間性を想像してしまいがちである。確かに、一昔前に“サセ子”“公衆便所”と呼ばれていたようなヤリマン女性たちのイメージは、男の欲望に無条件に従う(どこか頭の弱い)女というものである。つまり、完全に他者の価値観、他者の欲望の中で生きているような女性像だ。<br />  しかし、昨年から“ヤリマン”を冠したトークライブを主催している筆者が会うような近年のヤリマン女性たちの多くは、驚くほど自己中心的で、自らの欲望を最優先する《捕食者》のメンタリティーなのだ。果たして、“誰のセックスも断らない”女性は、一般女性読者の目にはどう映るのだろうか? <br /> </p>