赤西仁に「もう辞めちゃいなさい」とメリーさん一喝! ベテランリポーターが語る意外な一面

 ベテラン芸能リポーターの城下尊之氏が、とかくあおり・あおられがちな芸能ニュースをフラットな目線で、おちついて解説!

――8月14日、ジャニーズ事務所名誉会長の藤島メリー泰子さんが肺炎のため死去しました。93歳でした。2019年7月に弟で前社長のジャニー喜多川さんが死去してから2年。これで本当に1つの時代が終わった感じがします。

 そうですね。何年か前に、ジャニー…

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メリー喜多川氏の美学「タレントを守るためには悪人になる」の犠牲になった中森明菜と研音の不遇

 数多くの男性アイドルやグループを輩出した芸能プロダクション「ジャニーズ事務所」の“女帝“と呼ばれた名誉会長・藤島メリー泰子(メリー喜多川)さん。そのメリーさんが死去していたことが17日、明らかになった。享年93。

 メリーさんの訃報に、各方面から彼女の偉大さを称える声が寄せられているが、なかでも所属タレントを…

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手越祐也も全力擁護したメリー氏の手腕… 『全裸監督』への対応と『金屏風事件』ほか裏仕事たち

 ジャニーズ事務所の“メリーさん”こと藤島メリー泰子名誉会長が今月14日の午前7時35分、肺炎のため都内の病院で93歳で死去したことが明らかになった。

 同事務所によると、葬儀は故人の遺志により近親者のみで執り行われ、「お別れの会」を行う予定はないという。

 メリーさんは米ロサンゼルスのリトルトーキョーにある、高野山真言宗米国別院の僧侶の長女として生まれた。続きを読む

工藤静香、白いユリでメリー氏“匂わせ”投稿? 「ほかのジャニーズ嫁はこんなことしない」「配慮が足りない」の声

 ジャニーズ事務所の名誉会長で、“メリー喜多川”こと藤島メリー泰子氏が、8月14日に亡くなっていたことが明らかになった。現役・退所組含めて多くのタレントや関係者が追悼コメントを寄せる中、木村拓哉&工藤静香夫妻のSNS投稿に注目が集まっている。

 ジャニーズ事務所は、17日に公式サイトを通じて「弊社名誉会長 藤島メリーは、2021年8月14日午前7時35分、肺炎のため都内病院におきまして、永眠いたしました(享年93歳)。ここに生前のご厚誼に深く感謝し、謹んでお知らせ申し上げます」と、報告。葬儀・告別式は、故人の遺志によって近親者のみで執り行ったそうで、お別れの会を開く予定はないという。

 メリー氏は事務所の創始者であり、弟のジャニー喜多川氏と二人三脚でタレントを育成してきたが、「創業以来、メリーはジャニーが生み出したタレントを支えてまいりました。ファンの皆様が集う場所をファンクラブではなく、ファミリークラブだと申しておりました通り、タレントもファンの皆様も同じ家族の一員であるというその絆を大切にし、ジャニーズのエンターテイメントそのものが共に成長し、お楽しみいただける場所であることに情熱を注いでまいりました」と、その歴史を振り返っている。

「メリー氏の訃報に際し、少年隊・東山紀之は『厳しいマネージャーであり、良き理解者であり、そして、優しい母親でもありました。私の人生でなくてはならない存在のメリーさんが天国に旅立ちました』とコメント。メリー氏が放った『私はタレントを守る為なら、いくらでも悪人になります』という言葉が“忘れられない”と、思いを馳せていました。現役所属タレントだけでなく、少年隊・錦織一清、植草克秀ら、事務所を退所した人たちもSNSなどで故人を偲んでいます」(ジャニーズに詳しい記者)

 そんな中、元SMAP・木村は17日にインスタグラムを更新し、「どんな時も、前向きな心と言葉をいつもありがとうございました!!」「ゆっくり、休んで下さい」とメッセージ。直接的に名前を書いているわけではないが、メリー氏への追悼文とみられている。

 さらに、木村の妻である歌手・工藤も同日にインスタグラムをアップ。白いユリの写真を載せたのみで言葉はなかったが、ニュースサイト「スポーツ報知」は「工藤静香、白いユリの写真を投稿…『メリーさんに捧げるお花かな』『哀悼の気持ちが伝わります』の声」と報道。なお、この投稿だけコメント欄に書き込みができない仕様になっている。

 これを受けて、ネット上では「ご夫婦ともに匂わせるのなら、誰に対しての投稿かはっきり書けばいいのに……」「木村さんも工藤さんも、匂わせるんじゃなくてご親族に弔慰を伝えるのが常識だと思う」と、夫婦揃って“匂わせ投稿”だという声が上がっている。

 また、「この人はメリー氏の死去に触れるべきではないと思う。配慮が足りない」「この投稿だけコメント欄も閉じてるし、こういうのがあざといんだよ。“私は木村の妻よ”って?」と、工藤に対する否定的な反応も。

「東山の妻・木村佳乃や、V6・井ノ原快彦の妻・瀬戸朝香らを引き合いに出し、『ほかのジャニーズ嫁はこんなことしない』『ほかのジャニーズタレントの奥さんは誰も出しゃばってない。見習ったら?』『自分はメリーに可愛がられていたから、ほかのジャニーズ奥さんよりも自由に振る舞えるってこと?』といった意見も見受けられます。というのも、工藤とメリー氏に関しては、良好な関係を築いていたことがたびたび報じられていたんです」(同)

 例えば、「週刊女性」(主婦と生活社、20年8月18日・25日号)は、2人の交流について具体的なエピソードを交えて伝えている。工藤が木村と“できちゃった結婚”(00年11月)した当初こそ、メリー氏は「妊娠4か月なんて聞いてないわよ!」と激怒していたが、工藤は盆暮れの贈り物、季節の挨拶など、何かにつけてメリー氏への連絡を怠らなかったという。

「同誌によると、メリー氏と工藤が仲を深めるきっかけになったのは、01年5月の長女(Cocomi)の誕生だったとのこと。工藤は自分と木村の両親よりも先に、メリー氏に出産の報告をしたといい、芸能プロダクション関係者は『駆けつけたメリーさんにCocomiちゃんを抱っこさせてね。結婚させてくれたメリーさんへのお礼だったわけです。メリーさんは子どもが大好きだから、もうメロメロになってね』と、当時について証言していました。以降、メリー氏が木村の自宅を訪れていたほか、Cocomiと次女・Koki,へのプレゼントも用意。そのお返しに、木村家はメリー氏の誕生日にメッセージカードを贈ったそうで、こうした気遣いができる工藤を気に入ったメリー氏は、すっかり彼女の味方になっていったとか」(同)

 工藤のインスタの真意は不明ながら、お花の写真は、目をかけてくれたメリー氏への感謝を表したものだったのかもしれない。一方でジャニーズ事務所は、19年7月に当時社長だったジャニー氏が死去。

 これに伴い、メリー氏の娘である藤島ジュリー景子氏が代表取締役社長に就任し、18年末に引退した元タッキー&翼の滝沢秀明氏が副社長を務めている。昨年9月にはメリー氏が代表取締役会長を退任して名誉会長になっており、現在のジャニーズはジュリー氏と滝沢氏の2本柱体制でタレントのマネジメントを行っている状況だ。

 メリー氏が亡くなった後も、木村夫妻とジャニーズ上層部の交流は続いていくのだろうか?

藤島メリーさん死去により「元メンバーたちの意思に委ねられた」SMAPの再結成

 ジャニーズ事務所の名誉会長を務めていた藤島メリーさんが14日午前7時35分、肺炎のため都内の病院で死去したことが17日、同社の公式サイトで発表された。

 葬儀・告別式は、故人の遺志により近親者のみで執り行い、「お別れの会」の開催は予定していないというが、今後、注目されるのが、テレビ各局の反応だという

「周知の通り、現在の社長はジャニー喜多川氏の死去後の19年9月…

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ジャニーズの女王メリーさん死去……関ジャニ∞ファンが思い出す、錦戸亮の「メリーさんのひつじ」と派閥を超えたSMAPとの絆

 ジャニー喜多川氏の姉で、ジャニーズ事務所名誉会長の藤島メリー泰子氏が14日、肺炎のため亡くなった。

 晩年のメリー氏は、年末恒例の『ジャニーズカウントダウン』コンサートで近藤真彦を“ゴリ押し”した、SMAPの解散を招いた、とされるなど、一部のジャニオタの間ではいい思い出がない。

 一方で関ジャニ∞ファンの間で語り継がれているのは、錦戸亮がコンサート中に口笛で童謡…

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メリーさん、実はSMAPを思いやっていた? 木村拓哉はついに退所か!?

 ジャニーズ事務所を一代で築き上げ、数々のトップアイドルを育て上げたメリー喜多川こと藤島メリー泰子名誉会長が8月14日の午前7時35分、肺炎のために都内の病院で死去した。93歳という高齢だったこともあり、特に芸能界に混乱はないがその亡くなった日が因縁深すぎるとSNSで話題となっている。

「8月14日は2016年にSMAPが解散を発表した日なんです。メリーさんが亡くなった日も同じ…

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TOKIO松岡の会見で早まった「メリー名誉会長の死去報道」と「“タッキー帝国”へと邁進するジャニーズ事務所」

 ジャニーズ事務所の名誉会長にあった藤島メリー泰子氏が14日午前7時35分、肺炎のため都内の病院で死去したことを、同社のサイトで発表された。

 ジャニーズの創業者かつ実弟で、1962年から社長を務めてきたジャニー喜多川氏は2019年7月9日に他界。メリー氏は、同年9月27日付けで、副社長から代表取締役会長に就任。昨年9月には会長から名誉会長という職に就いていた。また、各メディア…

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ジャニーズ、ジュリー副社長の弱点は「正論が通じること」――不祥事タレントめぐるテレビ出演の変化とは

 これまでに何度見た景色だろうか。元KAT-TUN・田口淳之介大麻所持容疑で逮捕されたことを受け、情報番組にレギュラー出演するジャニーズ事務所所属タレントが、次々に生放送でコメントを出した。

 テレビ朝日系『サンデーLIVE!』のMCを務める東山紀之は、「彼は自分の夢をかなえるためにソロになったはずなんですけど」「容疑者と伝えるのは、やっぱり悲しいですね」と沈痛な表情を見せ、KAT-TUNの同僚であった中丸雄一は、日本テレビ系『シューイチ』で、「元メンバーなので最後まで信じたかったですけれども、使用の供述もあると聞いたので、そうなると擁護する点は一つもないのかなと思いますね」「KAT-TUNだった頃のファンの人たちも裏切る行為だということを、彼はわかっててやっていたのかということは聞いてみたいですね」と厳しい言葉を浴びせた。

また、TBS系『ビビット』のMCを務める国分太一は、「俺の知っている田口はこんな奴じゃなくて、本当に純粋」「“元KAT-TUN”という名前がついてしまうとKAT-TUNという名前が傷ついてしまう。もうちょっと自覚を持ってほしかった」と無念さをにじませたのだった。

 ジャニーズタレントや元ジャニーズタレントが不祥事を起こすたびに繰り返される、この光景。それだけ問題が頻発しているということに他ならないが、そのたびに、番組MCの彼らに注目が集まり、その発言がスポーツ紙やネットニュースに大きく取り上げられることになるのも、もはやルーティンといってもいいだろう。

「元TOKIO・山口達也の少女への強制わいせつ事件の際には、国分のコメントが注目され、『ビビット』の視聴率を跳ね上げました。今回の田口では、『シューイチ』が前週より1%近く数字を上げており、中丸の発言がいかに注目されていたかを証明しています」(テレビ雑誌記者談、数字はビデオリサーチ調べより)

 そんな中、ある民放編成担当者はジャニーズの情報番組起用について、こう話す。

「正直、社内でもジャニーズの起用は賛否が分かれるところです。ジャニーズとの関係性を深めることには大いに寄与していますが、国分の『ビビット』も東山の『サンデーLIVE!』も低調で、高いギャラに見合った視聴率かといえば、及第点はつけられない。しかし、ジャニーズタレントが不祥事を起こすと、その発言が注目され、視聴率は上がる。現場は対応にで混乱となりますが、上層部は『このために使っているようなもんだ』と囁き合っているのが現実です」

 せめてこんなときくらい役に立ってくれないと、存在意義がないということなのだろう。とはいえ、そんなジャニーズ忖度に染まり切ったテレビ界の雰囲気が、最近変わりつつあるともいわれている。

「昨年6月、未成年女性との飲酒問題により、キャスターを務める日本テレビ系『news every.』への出演を自粛、そのまま番組に復帰することなく、12月に降板となったNEWSの小山慶一郎の一件が、その変化を象徴しています。小山が番組から姿を消しても、番組視聴率にまったくといっていいほど影響がなく、『高いギャラを払ってまでジャニーズを使わなくてもいいのでは』という考えが日テレ内の主流となっていきました」(日テレ番組関係者)

 変化の背景には、ジャニー&メリーの喜多川姉弟から、メリーの実娘、藤島ジュリー景子副社長に事務所運営の権限が移ってきたことが、大きく影響しているようだ。

「ジュリーは、小山の降板に関して『それなら代わりにこのタレントを』と強引に提案してくることもなかったといいます。メリーや、SMAPを育てた飯島三智マネジャーであれば、『なら、うちのタレントはもう出さない』と言い出しかねませんが、ジュリーはそこまで強硬な姿勢はとれず、むしろこちらの正論が通じてしまう。この様子を見ると、不祥事を起こしたタレント本人はもちろん、局の期待する結果を出していないジャニーズタレントが情報番組から姿を消す可能性は十分にありそうです」(同前)

 ジュリー体制になり、ある意味、まともな会社になってきたようにも見えるが、正論が通じないからこそ“アイドル帝国”が守られてきたわけである。今後、ジャニーズの弱体化は避けられそうにない。

ジャニー&メリー喜多川「鬼のように怖がられてた」――松本隆が明かす「硝子の少年」制作秘話

 ジャニーズ事務所の重鎮・近藤真彦がパーソナリティを務めるラジオ番組『COME ON! ROCKIN' ROAD』(FM COCOLO)。月替わりのゲスト、3月は作詞家・松本隆が登場し、近藤とトークを展開。10日放送回では、KinKi Kidsのデビュー曲「硝子の少年」(1997年発売)の制作秘話などが飛び出した。

 松本が作詞、シンガーソングライターの山下達郎が作曲を手がけた「硝子の少年」は、当時のオリコン週間シングルランキングで初週31.5万枚を売り上げ、初登場1位を獲得。この曲によって堂本光一&堂本剛の知名度はさらに広まり、ジャニーズJr.時代より人気だった彼らはスター街道を駆け上っていった。

 そんな名曲「硝子の少年」が誕生した背景には、ジャニー喜多川社長の姉であるメリー喜多川副社長の存在が大きかったようだ。1990年代、近藤や松田聖子への歌詞提供で力尽きてしまい、仕事を5~6年休んだという松本。ある時、久しぶりに東京・麻布十番のイタリアンレストランで食事していたところ、後ろの席で「怖い声がしてる」「この声はなんか聞いたことある」と思い、チラッと見ると、「メリーさんがいた」とのこと。メリー副社長の性格を知る松本は「そりゃ怖いよね(笑)」と振り返り、「それでさ、目が合っちゃって。『あら松本くん、今度ちょっと新人頼むわ』つって。『はい』って」と、活動再開に至った思わぬ再会を明かした。

 この「新人」について、「それがキンキだったんですね」と近藤が驚くと、松本は「そうそう、それで大騒ぎになっちゃってね」と回顧。「それスゴいなぁ~。そこで、イタリアンで会ってなかったら、キンキの『ガラスの十代』なかったってこと?」と、衝撃のあまり、1987年発売の光GENJIのシングル曲を口走り、松本に「『硝子の少年』(笑)」とツッコまれる一幕も。

 松本は制作時を思い返し、「あのシリーズ。マイナー歌謡シリーズ。でさ、ずっとジャニーさんがOK出なくてね」「いっぱい作ったのに全然OK出なくて。全部お蔵入っちゃって。で、3つ目にできたのかな。『硝子の少年』が」と、懐かしんだ。近藤も「いい歌だったなぁ~、あれには抜かれたなぁ」と、歌手としてのストレートな感想をポロリ。

 また、最近では「松本隆の少年シリーズ」が再評価されており、その筆頭が近藤、そして少年隊、KinKi Kidsにあたるという。近藤に向けた歌詞を書いていた頃、当時30代だった松本は「10代の感じ」や心情を反映するため、バイクに乗ってイメージを膨らませたそうだ。仕事の合間の気分転換にもなったといい、「スゴい、作詞とかってストレス高いじゃない。みんなが『売れ、売れ』とかうるさくてさ。怖い人たちもいっぱいいるし」と漏らすと、すかさず「メリーさんですか?」と、聞き返す近藤。松本は「メリーさんとか、(筒美)京平さんとか、ジャニーさんとかさ(笑)。そういう、今はおとなしいだろうけど。あの頃はね、ホント鬼のように怖がられてたからね。僕なんか大事にされた方だと思うんですけど」と、しみじみ話した。

 また、松本は最近の音楽業界に関して、「ディレクターがいないのよね、作り方知ってる。曲先(曲が先に出来上がるパターン)しか知らない」と指摘し、これに近藤が「うちにいた、小杉理宇造。今でもいるんですけど」と、音楽プロデューサーでジャニーズ事務所顧問、ジャニーズ・エンタテイメント代表取締役社長の名を口に。ジャニーズとの付き合いが長い松本だけに、小杉と旧知の仲のようで、「あの人はできるよ、両方」と手腕を評価。近藤が、サビやタイトルにこだわりが強かったと言うと「そうそうそう」(松本)と同意したのだった。

 2016年、SMAPの解散騒動でネットユーザーから“諸悪の根源”扱いされてしまったメリー副社長。しかし、彼女と松本との偶然の再会がなければ「硝子の少年」は生まれなかったのかもしれない。