日本生命、「ジャニーズNO」表明で二宮和也『ブラックペアン』続編は完全お蔵入りか

 ドラマ界の看板枠からもジャニーズタレントが消えることに!?

 堺雅人が主演を務めるTBS日曜劇場『VIVANT(ヴィヴァン)』の第9話が9月10日に79分拡大版で放送され、平均世帯視聴率が14.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録、第8話と並ぶ視聴率で自己最高をキープした。

 今回は謎のテロ組織「テント」のリーダーで堺演じる乃木憂助の父親ノゴーン・ベキ(役…

続きを読む

嵐・二宮和也『ブラックペアン』過去最高18.6%有終の美! それでも「続編は難しい」ワケとは

 日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)最終話の視聴率は18.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と過去最高を記録。全話平均も14.3%となり、今期ドラマではトップだそうです。7話目までは13%前後でしたが、ラスト3話で急上昇。有終の美を飾りました。

 前回のレビューで「ラスト3話だけ見とけば大丈夫だったんじゃ?」と書きましたが、はてさてホントにそうだったのでしょうか。最終話を中心に振り返ります。

前回までのレビューはこちらから

■面白かったー!

 今回は、いよいよ表題でもある『ブラックペアン』のお話。端的に言って、面白かったです。最終回、たいへん楽しめました。

 初回からたびたび登場していた、体内にペアンが残されたX線写真の謎。この謎が、ほぼ今回だけですべて紐解かれました。主人公の天才外科医・渡海征司郎(二宮和也)が上司の佐伯教授(内野聖陽)に抱いていた誤解と逆恨みも、スッキリ解消。その天才的な手技で佐伯教授の命を救うクライマックスも、たいへん盛り上がりました。

 ガジェットとしての「ブラックペアン」の処理も、比較的忠実に原作を再現していました。まだネット上の公式で無料で見られますし、最終回だけ見てもストーリーはおおよそ理解できると思いますので、興味があればチェックしてみてください。よくできたお話です。

 佐伯教授は、ブラックペアンが“医者が不完全である”ことの象徴だと言います。「医者は腕こそがすべて」だと言い続けてきた東城大佐伯外科チームのボスが、「腕だけでは治せない患者」のために用意していたのが、ブラックペアンでした。

 最終回にきて、初めて手術に失敗した渡海。患者の命を救うと同時に、ブラックペアンは医師としての渡海を救うことにもなりました。

■二宮和也が“悪魔”だった効果

 序盤から、このレビューではニノの愛嬌について「このドラマの長所」と書いてきました。“オペ室の悪魔”と呼ばれる孤高の天才外科医、どうにも低身長で猫背で童顔なニノには似合わない設定ですが、このニノの可愛げこそが作品を救っていると。

 最初のころにそう書いていたのは「渡海って、なんか暗くてジメジメしたキャラだし、手術に関しては超天才完璧超人すぎるから、顔とか立ち姿はキュートなほうがバランスが取れて、ちょうどいいよね」くらいの感じでしたが、最終回まできて、渡海が可愛いこともドラマにきっちり作用しました。

 渡海は最終盤になって「誤解に基づく恩讐に囚われて、師匠の命を危険にさらす」という、かなりヤバ目なところまで落ちてしまいます。佐伯教授はペアンを体内に残しましたが、渡海は病魔に倒れた佐伯教授の体内に、取れるはずの大動脈解離を残し、「いつ死んでもおかしくない」状態に置きながら脅迫するのです。

 そこから渡海はブラックペアンによる救いを得て回復していくわけですが、この医療従事者にあるまじき暴挙を犯した孤高の闇医者が、ニノのツルツルな童顔のおかげで「天才だが未成熟な人物」として浮き上がってくる効果がありました。絶対に手術を失敗しない外科医が(つまりは医療そのものが)“未成熟である”もしくは“完璧ではない”ことはブラックペアンをめぐるドラマそのものの主題となっていますし、だからこそこの作品の結末は、未来を感じさせるものとなりました。

 顔の見えない原作だと「その後、杳として行方がしれない」渡海に“終わった感”が漂っていたものですが、ニノなんか、まだまだガキンチョっぽいので、これからもっといい医者になりそうだなーと思えたのです。これは、原作以上に気持ちのいい余韻になりました。

■でもやっぱり、4話でよかった。

 というより、『ブラックペアン』は物語が4話分しかなかった、というのが今クール全体を通した印象です。1~6話はほとんど同じストーリーのループで、1話にまとめても差し支えありません。無理やり引き延ばしたせいで人物描写はブレにブレたし、高階講師(小泉孝太郎)と研修医・世良(竹内涼真)のような登場シーンの多いキャラクターほど、どこをどう飛んでどう着地したのか、その軌跡が見えにくくなってしまいました。前話で片づけたはずの問題が、1週間たったら解決していないことになっているケースも多く、2人とも芝居がよかっただけに、残念だった部分です。

 一方で、物語の進行にあまり関係のない、単なるキャラクターとして大いに光ったのがオペナース・猫田(趣里)でした。「渡海を支える」という役回りだけなのでキャラが立ちやすかった上、シナリオの進行によって人格がブレることがなく、終始、愛せる人物として画面の中で存在感を放ち続けることができました。同様の理由で、趣里ちゃんほどじゃないにしろ、キャラクターの良さを発揮したのが関川医師(今野浩喜)だったことも記しておきます。演出部が関川のキャラを気に入って便利に使っていることが、ありありと伝わってきました。

 いろいろ話題を振りまいたカトパンこと加藤綾子の治験コーディネーター役も、まずもって業界関係者からのクレームはカトパンの責任ゼロですし、お芝居も悪くなかったと思います。感情を豊かに表現した、というわけではないですが、感情を出さないクールな人物として成立していた、ドラマの邪魔になっていなかったと思います。あと、これも何度も書いていますが、顔面の美しさと年齢の感じが絶妙にハマってたと思う。いろんな偉い男性との食事シーンが何度もありますが、そのすべてで「食後のセックス」を連想させました。単なるお色気フェロモンとはまた違う、リアルなエロさというか、これは今後、カトパンが女優業を本格的にやるなら武器になると感じます。

■続編希望続々! だそうですが……。

 実際、面白かったし、最終回を前に視聴率爆上げ、しかも渡海は死んでませんので、ネット上では続編を期待する声が続々と上がっているそうです。

 でも正直、厳しいかなーと思います。

 原作者・海堂尊さんの一連のシリーズでは、数多くの作品が繰り返し映像化されていますが、田口公平が複数作品を横断して登場する『チームバチスタの栄光』シリーズとは違い、渡海が出てくるのはこの『ブラックペアン』だけです。

 また同作は、基本的に「ブラックペアンって、なんなの?」という疑問への答えが、ミステリーとしての仕掛けの帰着と、物語が抱いている思想の帰着の両方を担っています。いわば一本道なので、この先がありません。ならばドラマスタッフがオリジナルでシナリオを作ればいいということにもなりそうですが、1冊の小説から実質4話分しかドラマを抽出できなかった「渡海が主人公の『ブラックペアン』」を新たに12話分作るのは難儀でしょうし、実現したとしても今回の1~6話のような「水戸黄門スタイル」のループドラマにしかなり得ないと思います。

 海堂さんの小説の特色は、本職の医者が、実際の現場で抱いた医療の問題をエンタメに昇華していることにあります。作家が頭で考えたロジックではなく、現場のプロがその身をもって「やべえ」と感じていることを「どう世の中に伝えるか」というスタンスが少なからず入っているため、そのメッセージが実存的であり、強烈なのです。「プロの医者じゃなきゃ書けない小説」だからこそ売れたのであって、その続編を作る可能性があるとしたら、やっぱり海堂さん自身がまず『ブラックペアン2』を書くしかないよなぁと思います。

 どちらかというと、ニノが今後、渡海っぽいキャラを演じることのほうに期待したいです。そして、40歳50歳になって、内野聖陽くらい顔面にシワが刻まれたとき、どんな俳優になっているのか。そっちのほうが楽しみですねー。

 ではでは、今回はそんなところで。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』ラスト3話だけ見とけば大丈夫だったんじゃないか疑惑が……

 最終回直前の第9話を迎え、視聴率16.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も好調だった日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)。“天才外科医”渡海征司郎(二宮和也)は、今日も元気に他人が失敗した手術に横入りし、見事に患者の命を救いました。

 単話ごとで見れば、いつもテンションが高くて見応えのある同ドラマ。その反面、連ドラとしてのお話のつながりやキャラクターの整合性は無茶苦茶で、追いかけるのがかなりしんどいわけですが、もうあと2話なのでね、一旦リセットして楽しみましょう。振り返ります。

前回までのレビューはこちらから

■うーん、面白かった!

 毎度、ストーリーの進行に必要な誰かが心臓病で倒れるのが“お約束”ですが、今回は東城大の医局の重鎮・佐伯教授(内野聖陽)がそのお役目を引き受けることに。なんでも、今までになく難しい症例だそうで、こんな難しい手術ができるのは、“神の手”佐伯教授本人を除けば、渡海しかいないそうです。

 しかし、これも“お約束”なんですが、渡海はいつだって最初から手術に参加させてはもらえません。なんやかんや理由を付けてチームから外される渡海ですが、こちらもいつものように不測の事態に備えて予習に余念がありません。今回はどうやら、最新医療ロボ「カエサル」を使った手術になりそうなので、取扱説明書を熟読するなど持ち前の生真面目さで手術に備えます。態度は悪いけど、ホントに真面目な子です。

 当初、カエサルでの手術を執刀するのは佐伯教授の直属の部下・黒崎准教授(橋本さとし)の予定でしたが、こちらは準備段階であっさり挫折。カエサルでの手術経験は豊富だけど、東城大にとって裏切り者である高階講師(小泉孝太郎)に頭を下げて、協力を求めます。高階は高階でいろいろあって、古巣の名門・帝華大に絶望していたので、執刀を快諾。準備を進めます。さぁ、あと1週間かけて準備をするぞ! と思っていたら、佐伯教授の容態が急変。緊急オペになりますが、“お約束”で結局、手術中に「助けて、渡海くん!」状態に。

 さあヒーロー見参。ですが、今回の渡海は一味違います。オペ室にジャジャーン! と乗り込むのではなく、医局に鎮座していたカエサルのシミュレーターに陣取り、オペ室内の本体を遠隔操作。さらに、オペ室のカエサルの前に座って手持ち無沙汰の高階も遠隔操作しながら、見事に手術を成功させます。高階とカエサルが「鉄人28号」で、渡海が金田正太郎という配置ですね。見どころは、渡海の声をイヤホンで聞きながら、そのままの言葉でオペ台の周辺にいる助手に指示を伝える高階の「言葉の乱暴さ」です。ふだんは上品な高階が乱暴な言葉で指示を出し続け、上司である黒崎たちが素直に従うという構図。「目の前の命を守る」が何よりも優先されている様子が、緊迫感を持って描かれます。まあ第1話からそうですが、こういうシーンの演出は、ホントに強いです。引き込まれちゃう。

 次回の最終回は、渡海自ら命を救った佐伯教授とブラックペアンをめぐる因縁がすべて明らかにされるのでしょう。ここまで、この本筋については説明不足の感が否めませんが、ここまできたらどうやって収めるのか見届けたいと思います。

■顔面ドアップ演出の真骨頂

 福澤克夫監督と福澤組による日曜劇場の名物となっているのが、テンションマックスな人物がドアップで力の入ったセリフを滔々と述べるシーンです。今回は、そんな顔面ドアップ演出が目白押しでした。

 まずは小泉孝太郎。本来の上司である帝華大・西崎教授(市川猿之助)に「苦悶からの正論ぶちかまし」をドアップで繰り広げます。受ける猿之助も、さすがの顔面力でカウンターアタック。必要以上の性格の悪さで、視聴者の不快感を煽ります。この不快すぎる猿之助が、高階のキャラ立てに効力を発揮。ここまでフラフラしていた高階権太という人物の輪郭が、はっきりと浮き上がりました。それにしても小泉孝太郎って、同じ福澤組の『下町ロケット』(同)あたりから、見事に化けましたねー。この第9話のMVPは間違いなく孝太郎だと思います。

 加えて、ナース2人の顔面芸も光りました。こちらは2人とも恐怖の象徴として顔面ドアップメンバーに加わりましたが、もともと影のある怖い人として登場した猫田(趣里)はまだしも、ほんわかおばさんだった藤原師長(神野三鈴)の鉄仮面ぶりには目を見張りました。顔が怖いのもそうなんですが、でかいんですよね、この人。Wikipediaによると168センチだそうです。そら迫力出るわ。

■竹内涼真、渾身の泣きとオリジナル要素の回収

 今、もっとも性格がよさそうに泣く俳優(当社調べ)の竹内涼真。このドラマで演じた研修医・世良は前半に無駄泣きが多く「もっと! もっと竹内渾身の泣きを!」と思っていましたが、ようやく出ました。どちらかといえば悪い方の役回りだった「日本外科ジャーナル」の池永編集長(加藤浩次)を相手に見せてくれました。

「僕なんて、なんの役にも立たない!」

「でも、目の前にある命をあきらめられない!」

「僕も医者でありたいんです!」

 その純真な土下座で、見事池永編集長の心を動かし、佐伯教授の命をつないで見せました。

 ところでこの池永編集長と専門誌「日本外科ジャーナル」の周辺は、ドラマの完全なオリジナル要素となっています。この雑誌に論文を載せて「インパクトファクター」なるインパクトのファクター数値を積み重ねることで、外科医は学会の理事長になれるのだそうです。

 このドラマでは、いかに池永編集長を懐柔し、自分の論文を雑誌に載せることで理事長選を有利に戦うか、というのが、物語の縦糸として設置されていました。それを争うことで佐伯教授と西崎教授、ひいては東城大と帝華大の対立構造を浮き彫りにしてきたわけです。

 この原作への追加要素には、対立がはっきりして見やすくなるメリットがあった反面、特に佐伯教授が「論文も大切、患者も、まあ大切」というどっちつかずな性格になってしまうデメリットがありました。しかし、今回の世良と池永の対話によって論文の存在が佐伯教授の命を救うファクターになったことで、これまでの対立軸が実に美しく消化されました。原作をはみ出して広げた風呂敷は、ちゃんと自分たちで畳むという、ドラマ側の物語に対するマナー意識みたいなものが感じられて気持ちよかったです。

■いわずもがな、ニノはキュートなんだけど

 今回は孝太郎と竹内涼真に大きな見せ場が振られていたので言いそびれていましたが、ニノはあいかわらずキュートでした。懸命に悪態をつきつつ、オペ室への入室を禁じられるとおとなしく「遠隔操作」という代替策を考え、必死に勉強して患者を救う様子など、健気すぎて涙が出ます。

 次回、いよいよ最終回ですが、気になるのが、このニノ演じる渡海征司郎の完璧超人かつ善良人間っぷりです。手術手技はもちろん、状況判断や人心掌握についても完全にノーミスを貫いていますし、何もかもが渡海の思うままに進んでいます。

 これ、全部ネタ振りというか、渡海をドン底に落とすためにあえてスーパーマンとして描いてきたのだとしたら、そして原作にあったようなニュアンスで、物語そのものが渡海をその物語世界の外側へ突き放すのだとしたら、なかなかダイナミックな作劇だなぁと思うし、そういう方向に期待しているというのが今の正直な感触です。

 ダークヒーローの美学みたいなものを、ドラマがどう解釈するのか。この渡海も、半分はテレビ局が勝手に作ったイメージですから、マナーを持って落とし込んでほしいと思います。なんか原作のネタバレするのもアレなので曖昧なことしか書けなくなってしまいましたが、要するに今回は面白かったし、全体的に見てもまあ面白かったし、序盤から中盤にかけて整合性を無視しながら強引にリピートし続けたシナリオも、最終回へのネタ振りとして強烈に作用するならオールオッケーになっちゃうけど、どうなるんだろ! ってことです。逆に言えば、これお話を理解するだけならラスト3話だけ見とけば大丈夫だったんじゃない? という気もしますが、それを言ってしまっては身もふたもないわな。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』ラスト3話だけ見とけば大丈夫だったんじゃないか疑惑が……

 最終回直前の第9話を迎え、視聴率16.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も好調だった日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)。“天才外科医”渡海征司郎(二宮和也)は、今日も元気に他人が失敗した手術に横入りし、見事に患者の命を救いました。

 単話ごとで見れば、いつもテンションが高くて見応えのある同ドラマ。その反面、連ドラとしてのお話のつながりやキャラクターの整合性は無茶苦茶で、追いかけるのがかなりしんどいわけですが、もうあと2話なのでね、一旦リセットして楽しみましょう。振り返ります。

前回までのレビューはこちらから

■うーん、面白かった!

 毎度、ストーリーの進行に必要な誰かが心臓病で倒れるのが“お約束”ですが、今回は東城大の医局の重鎮・佐伯教授(内野聖陽)がそのお役目を引き受けることに。なんでも、今までになく難しい症例だそうで、こんな難しい手術ができるのは、“神の手”佐伯教授本人を除けば、渡海しかいないそうです。

 しかし、これも“お約束”なんですが、渡海はいつだって最初から手術に参加させてはもらえません。なんやかんや理由を付けてチームから外される渡海ですが、こちらもいつものように不測の事態に備えて予習に余念がありません。今回はどうやら、最新医療ロボ「カエサル」を使った手術になりそうなので、取扱説明書を熟読するなど持ち前の生真面目さで手術に備えます。態度は悪いけど、ホントに真面目な子です。

 当初、カエサルでの手術を執刀するのは佐伯教授の直属の部下・黒崎准教授(橋本さとし)の予定でしたが、こちらは準備段階であっさり挫折。カエサルでの手術経験は豊富だけど、東城大にとって裏切り者である高階講師(小泉孝太郎)に頭を下げて、協力を求めます。高階は高階でいろいろあって、古巣の名門・帝華大に絶望していたので、執刀を快諾。準備を進めます。さぁ、あと1週間かけて準備をするぞ! と思っていたら、佐伯教授の容態が急変。緊急オペになりますが、“お約束”で結局、手術中に「助けて、渡海くん!」状態に。

 さあヒーロー見参。ですが、今回の渡海は一味違います。オペ室にジャジャーン! と乗り込むのではなく、医局に鎮座していたカエサルのシミュレーターに陣取り、オペ室内の本体を遠隔操作。さらに、オペ室のカエサルの前に座って手持ち無沙汰の高階も遠隔操作しながら、見事に手術を成功させます。高階とカエサルが「鉄人28号」で、渡海が金田正太郎という配置ですね。見どころは、渡海の声をイヤホンで聞きながら、そのままの言葉でオペ台の周辺にいる助手に指示を伝える高階の「言葉の乱暴さ」です。ふだんは上品な高階が乱暴な言葉で指示を出し続け、上司である黒崎たちが素直に従うという構図。「目の前の命を守る」が何よりも優先されている様子が、緊迫感を持って描かれます。まあ第1話からそうですが、こういうシーンの演出は、ホントに強いです。引き込まれちゃう。

 次回の最終回は、渡海自ら命を救った佐伯教授とブラックペアンをめぐる因縁がすべて明らかにされるのでしょう。ここまで、この本筋については説明不足の感が否めませんが、ここまできたらどうやって収めるのか見届けたいと思います。

■顔面ドアップ演出の真骨頂

 福澤克夫監督と福澤組による日曜劇場の名物となっているのが、テンションマックスな人物がドアップで力の入ったセリフを滔々と述べるシーンです。今回は、そんな顔面ドアップ演出が目白押しでした。

 まずは小泉孝太郎。本来の上司である帝華大・西崎教授(市川猿之助)に「苦悶からの正論ぶちかまし」をドアップで繰り広げます。受ける猿之助も、さすがの顔面力でカウンターアタック。必要以上の性格の悪さで、視聴者の不快感を煽ります。この不快すぎる猿之助が、高階のキャラ立てに効力を発揮。ここまでフラフラしていた高階権太という人物の輪郭が、はっきりと浮き上がりました。それにしても小泉孝太郎って、同じ福澤組の『下町ロケット』(同)あたりから、見事に化けましたねー。この第9話のMVPは間違いなく孝太郎だと思います。

 加えて、ナース2人の顔面芸も光りました。こちらは2人とも恐怖の象徴として顔面ドアップメンバーに加わりましたが、もともと影のある怖い人として登場した猫田(趣里)はまだしも、ほんわかおばさんだった藤原師長(神野三鈴)の鉄仮面ぶりには目を見張りました。顔が怖いのもそうなんですが、でかいんですよね、この人。Wikipediaによると168センチだそうです。そら迫力出るわ。

■竹内涼真、渾身の泣きとオリジナル要素の回収

 今、もっとも性格がよさそうに泣く俳優(当社調べ)の竹内涼真。このドラマで演じた研修医・世良は前半に無駄泣きが多く「もっと! もっと竹内渾身の泣きを!」と思っていましたが、ようやく出ました。どちらかといえば悪い方の役回りだった「日本外科ジャーナル」の池永編集長(加藤浩次)を相手に見せてくれました。

「僕なんて、なんの役にも立たない!」

「でも、目の前にある命をあきらめられない!」

「僕も医者でありたいんです!」

 その純真な土下座で、見事池永編集長の心を動かし、佐伯教授の命をつないで見せました。

 ところでこの池永編集長と専門誌「日本外科ジャーナル」の周辺は、ドラマの完全なオリジナル要素となっています。この雑誌に論文を載せて「インパクトファクター」なるインパクトのファクター数値を積み重ねることで、外科医は学会の理事長になれるのだそうです。

 このドラマでは、いかに池永編集長を懐柔し、自分の論文を雑誌に載せることで理事長選を有利に戦うか、というのが、物語の縦糸として設置されていました。それを争うことで佐伯教授と西崎教授、ひいては東城大と帝華大の対立構造を浮き彫りにしてきたわけです。

 この原作への追加要素には、対立がはっきりして見やすくなるメリットがあった反面、特に佐伯教授が「論文も大切、患者も、まあ大切」というどっちつかずな性格になってしまうデメリットがありました。しかし、今回の世良と池永の対話によって論文の存在が佐伯教授の命を救うファクターになったことで、これまでの対立軸が実に美しく消化されました。原作をはみ出して広げた風呂敷は、ちゃんと自分たちで畳むという、ドラマ側の物語に対するマナー意識みたいなものが感じられて気持ちよかったです。

■いわずもがな、ニノはキュートなんだけど

 今回は孝太郎と竹内涼真に大きな見せ場が振られていたので言いそびれていましたが、ニノはあいかわらずキュートでした。懸命に悪態をつきつつ、オペ室への入室を禁じられるとおとなしく「遠隔操作」という代替策を考え、必死に勉強して患者を救う様子など、健気すぎて涙が出ます。

 次回、いよいよ最終回ですが、気になるのが、このニノ演じる渡海征司郎の完璧超人かつ善良人間っぷりです。手術手技はもちろん、状況判断や人心掌握についても完全にノーミスを貫いていますし、何もかもが渡海の思うままに進んでいます。

 これ、全部ネタ振りというか、渡海をドン底に落とすためにあえてスーパーマンとして描いてきたのだとしたら、そして原作にあったようなニュアンスで、物語そのものが渡海をその物語世界の外側へ突き放すのだとしたら、なかなかダイナミックな作劇だなぁと思うし、そういう方向に期待しているというのが今の正直な感触です。

 ダークヒーローの美学みたいなものを、ドラマがどう解釈するのか。この渡海も、半分はテレビ局が勝手に作ったイメージですから、マナーを持って落とし込んでほしいと思います。なんか原作のネタバレするのもアレなので曖昧なことしか書けなくなってしまいましたが、要するに今回は面白かったし、全体的に見てもまあ面白かったし、序盤から中盤にかけて整合性を無視しながら強引にリピートし続けたシナリオも、最終回へのネタ振りとして強烈に作用するならオールオッケーになっちゃうけど、どうなるんだろ! ってことです。逆に言えば、これお話を理解するだけならラスト3話だけ見とけば大丈夫だったんじゃない? という気もしますが、それを言ってしまっては身もふたもないわな。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』視聴率16.6%と急上昇も「大人としてのクオリティが低すぎる」問題

 嵐・二宮和也主演の日曜劇場『ブラックペアン』も佳境となった第8話。ここにきて視聴率が16.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、意外な急伸。特段、今回だけが面白かったとも思いませんでしたが、最終回には20%の大台に届くかもしれません。

 なぜこんなに数字が伸びたのか謎ですが、とにかく振り返りましょう。

前回までのレビューはこちらから

■医者以前に、大人としてどうなのよ

 このドラマは大きく分けて、3つの構図から成り立っています。第1話~第4話までが、最新医療機器「スナイプ」の失敗を“天才外科医”渡海征司郎(二宮)がリカバリーして患者を助ける話。そのあと、海外からやってきた手術ロボ「ダーウィン」の失敗を渡海がリカバリーするくだりがあって、最近は国産手術ロボ「カエサル」による手術が失敗し、渡海がリカバリーしています。繰り返し語られるのは「機械より人間(渡海)の腕のほうが確実」という御題目だけ。周辺にいろんな大人がいて、いかにも真剣な顔でなんやかんや言っていますが、基本的には「渡海スゲー、機械はクソ」しかやってません。何度も言ってますが、よくも悪くも『水戸黄門』みたいなパターンに満ちたドラマです。

 しかも、機械は実際の医療現場でも活躍している実物を借りちゃったりしているので、ドラマは一概に「機械の医療はクソ」と言い切ることもできず、機械による手術の失敗はすべて人為的なミスによって起こっています。操作がヘタでアームが干渉しちゃったとか、助手が機械にぶつかってカメラの視野が変わっちゃったとか、素人目に見ても「単なるポカ」ばかり。結果、医療ドラマで、人の命を扱っているのに、大人たちが代わる代わる「単なるポカ」をやるというトホホな状態。渡海以外の人物が、医者としてどうこう以前に、大人としてのクオリティが極めて低いので、いつまでたっても渡海の相対評価が上がらず「単なるポカをやらない人」でしかない。

 ところで、このドラマの表題は『ブラックペアン』なのですが、ここまで「ブラックペアン」については、ほとんど説明されていません。“神の腕を持つ”という渡海の上司・佐伯教授(内野聖陽)だけが扱えるという触れ込みですが、使い道は手術の最後に、ちょっと血管なり人工心肺のチューブをつまむだけ。もとよりペアンですから、それ1つで人の命を救えるような代物ではないのでしょうが、ちょっとつまんで「これが私だ! ブラックペアンだ!」とか言われても、なんだかねえ。そのペアンがブラックである必然性がまったく不明なので「黒いからカッコイイと思ってんのかな? アイアムチョーノのファンなのかな?」くらいの感想しか浮かびません。

 もちろん、原作にはブラックペアンがブラックである必然性がばっちりありますし、ドラマでも最終回で明かされることになるのでしょうけど、だとすれば「ブラックペアン」を安売りしすぎというか、普通のチューブとかつまんじゃうと、ペアン界の“黒のカリスマ”たるブラックペアンの存在感も薄れてしまうように感じます。原作では、佐伯教授にとってブラックペアンは「必ず用意されているけど、決して触ってはいけないもの」というミステリアスな位置付けなので。

 ちなみに今回の第8話は、例によって機械による手術でミスが起こり、渡海がババン! と登場したあとに、このブラックペアン佐伯がドドン! と現れ、渡海の手柄を横取りするお話でした。『水戸黄門』で例えるなら、渡海黄門様が相棒のオペ看・猫ちゃん(趣里)を連れて「控えおろう!」とやっていたら、後ろから佐伯綱吉公が現れて「おまえが控えろ! あと猫より犬が好き!」とか言ってる感じですかね。違いますかね。

■お話はトホホでも面白いんだからすごい。

 と、何やら退屈している風に書いていますが、こんなにトホホな筋立てでも、ちゃんと面白いのが『ブラックペアン』のすごいところで。

 何しろ『水戸黄門』なら印籠を出すだけで悪者は「ははー」と首を垂れてしまいますが、『ブラックペアン』では、この印籠のくだりで熱のこもった手術シーンが登場するのです。単純にカット数だけ比較しても何十倍もあるでしょうし、BGMもリッチですし、ニノちゃまは西村晃や里見浩太朗より断然キュートです。毎回、お話がどうでもよくなるくらいスカッとさせてくれるし、手術でミスしたダメ医者たちの「ぐぬぬ」な表情も実に爽快。イヤな奴がやり込められて悔しがる一連のシークエンスは、福澤克雄監督ならではの“日曜劇場名物”といえるでしょう。これがあるから、お話がトホホでも満足感がある。余計な部分を忘れちゃって、「ブラックペアンは面白いよ」と思える。

 やっかいなのが、ドラマも終盤を迎えて、余計な部分が余計じゃなくなってきたことです。序盤から小出しにしてきた「ペアンが体内に残ったX線写真」についても、そろそろ処理しなければなりません。気分爽快な手術シーンによって記憶から追い出していたこのへんのアレコレを思い出さなければならない。

 どうやらこのX線写真は、佐伯教授と渡海のお父さん・渡海一郎(辻萬長)の因縁がからむ患者のもののようです。その患者は「さくら病院」というところにいるらしい。渡海はその患者を探している。見つけ出して、佐伯教授への“復讐”を果たしたいらしい。そしてその患者は、「イイヌマタツジ」という名前らしい。

 クライマックスを前に、そこらへんが矢継ぎ早に説明されたわけですが、まあ、今回も手術シーンが充実してこともあって、あんまりちゃんと頭に入ってこなかったですね。「イイヌマタツジ」って、猫や犬より鳩が好きそうな名前だなと思ったくらいです。イイヌマタツジ。新沼謙治。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』13.0%停滞中……連ドラなのに「連続していない」という地獄

 3日に放送された日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)の視聴率は、前回と同じ13.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)でした。木曜21時の『未解決の女 警視庁文書捜査官』(テレビ朝日系)と今クールトップを争っているという図式ですが、画面から伝わってくる熱量のわりに、いかにも低調だと感じます。

『ブラックペアン』は長所と短所が実にハッキリした作品で、なんといっても長所は主人公である“孤高の天才外科医”渡海征司郎を演じる嵐・二宮和也の愛嬌です。もう第1話から、ずっとかわいい。今回もかわいかった。

 そして短所は……今回、もっとも顕著に出たので、そのあたりを中心に振り返ってみましょう。

前回までのレビューはこちらから

■連ドラなのに連続してない!

 毎回、無能な誰かが手術に失敗し、それを天才・渡海(二宮)が悪態をつきながらリカバリーするというパターンを繰り返してきた『ブラックペアン』。それ自体は悪いことじゃないんですが、渡海以外の人物像や設定が1回ごとにリセット・リニューアルされてしまうので、お話についていくのがとてもしんどいです。

 前回は、渡海が実の母親のオペで執刀したことが問題になりました。なんでも、渡海が勤務する東城大では「親族のオペ禁止」という奇妙なルールがあるのだそうです。

 同僚が手術中にミスったことで母ちゃんを殺されかけた渡海は、そのルールを知りつつオペ室に乗り込んでササっと処置を行い、母ちゃんの命を救いました。これでクビになるという設定でしたが、母ちゃんが手術の同意書に「ホントにヤバいときは息子に任せて!」的な但し書きをしていたことで、不問に付されます。なぜなら、「患者の意思が最優先」だから。

 このドラマにはたびたび、こうした「病院かくあるべし」「医療とは何ぞや」っぽい感じの理念めいた美辞麗句が登場します。医療とは「患者の意思が最優先である」。なるほど、言われてみればそうかもしれないし、なかなか説得力のある、よい言葉ではありませんか。患者の意思が最優先なら、渡海に処分が下されないのも当然です。

 しかし今回、冒頭で早くもこの理念が覆されます。理由はわからないんですが、病院側はやっぱり渡海を処分することにしたのです。1/3の減給だそうです。そんな折、渡海にはライバルである帝華大から「倍の報酬で来ないか」と誘いが来ていたそうで、さっくり移籍することになりました。

 前回言ってたことと違うじゃん! というだけなら、連ドラではよくある細かい矛盾なので、そんなに目くじらを立てるようなことでもないんです。しかし『ブラックペアン』は、妙に理念っぽいやつを挟み込んでしまっていることで、「渡海の肉親オペは不問」という事実が、その理念とともに強く印象づけられてしまっている。だから、こうした矛盾(ウソ)を叩きつけられたときのダメージがでかいんです。

 そもそも、オペ中に母ちゃんが死にかけてて、助けられるのが渡海しかいない状況でも「肉親のオペNG」という設定が効いてる時点で「ハァ?」となっているところ、まあ成功したし不問になったし別にいいか、からの「やっぱり処分します」。「ハァア!?」ですよ。要するに、ドラマのほうから「前回のことは忘れてね」と言っている。連続ドラマを「連続するドラマ」として楽しみたいと思っている視聴者にとって、こんなに悲しいことはないと思うんですよ。

■『半沢直樹』のダイジェスト?

 人物のほうで今回、リセットされたのが東城大の病院長・守屋(志垣太郎)でした。前回までほぼ“消えていた”守屋が、何か悪いものでも食べたのか、急に悪役として立ち上がったのです。

 その権力を振りかざし、私利私欲のために暴虐の限りを尽くした守屋でしたが、最後にはダークヒーロー渡海の餌食となり、失脚してしまいました。

 急に出てきて、急に失脚。なんなんだよ、って話なんですが、要するに毎回、渡海の“敵”を創出しなければならない構図に無理が生じているのだと思うんです。世間では、このドラマを指して『水戸黄門』方式といわれていますが、ずっと水戸黄門をやっていると、物語を終わることができません。今回も“いつものパターンの敵”として帝華大の武田医師(シソンヌ・長谷川忍)が渡海によって血祭りに上げられましたが、物語の進行上、もうひとり“敵”が必要になってしまった。基本的に手持ちのカードの中で勝負しなければいけない窮屈な人物配置の中で、ある程度みんなにエピソードを振ってしまったので、残っているのが守屋しかいなかったのでしょう。

 なんの印象もなかった人物がいきなりカメラの前に飛び出してきて、ひどいことを言いまくり、か弱い女の子を泣かせたりしまくり、最終的には無様に土下座をしている。志垣太郎は熱演でしたが、まるで『半沢直樹』のダイジェストを見ているような、奇妙な感触の回でした。

■命の重みを感じて泣きたいのに

 それと、このドラマに「重厚」とか「本格」というイメージを抱けない原因が、毎回必ず発生する医療ミスです。今回が第7話ですが、もし渡海がいなければ、劇中7~8人くらい、すでに医療ミスで死んでいることになります。

 つまりは、毎回「渡海は天才ですよ」と言いたいがために、ほかの誰かが医療ミスで患者を殺しかけないと話が進まないのです。結果、渡海は(視聴者も)、手術中の事故を待ち望むことになってしまう。人が死にかけないと話が進まないので、誰かが死にかけると「よっしゃ死にかけた! 渡海センセーの見せ場やで~!」という気分で、楽しくなってしまう。医療ドラマを見る上での「最大の泣き所」となる“命の重み”が、どんどん軽くなってしまう。どうせ助けるし。

 今回、何かと話題の治験コーディネーター・香織さん(加藤綾子)の過去が語られました。よくできたエピソードだったし、ビジネスモードとプライベートモード、さらに熱血モードをちゃんと演じ分けてみせたカトパンもすごくよかったんですが、「過去の医療ミスが……」という彼女の個人的なトラウマも、やっぱり軽く見えてしまいます。「気にすんなよ、東城大では毎週、誰かが医療ミスしてるよ」って思っちゃうもんね。このへんも、理念めいた表現が上滑りしている感じです。

■あと3回かな

 残すところ、あと3回でしょうか。ここまで来て、今さら整合性を求める気もありませんし、肝心の「ブラックペアン」をめぐる因縁についても、すっきりした解決はあまり望んでいません。

 なんだかんだ言ってますが、このドラマは面白いんです。お話はダメですし、お話を犠牲にしてまで描こうとした主人公としての渡海征司郎というキャラクターも、まだまだ描き切れていないように感じます。

「患者を生かし、医者を殺す」──オペ室の悪魔・渡海征司郎。

 実にカッコいいキャッチフレーズですし、雰囲気はそれなりに出てるんですが、患者を生かしまくる反面、まだ全然医者を殺してない渡海くん。高階講師(小泉孝太郎)にしろ佐伯教授(内野聖陽)にしろ、渡海くんがきっちり殺さないからキャラがブレブレになっちゃってるんです。あと3話、さぁ皆殺しにしてしまえ! 祭りだ祭りだ! みたいなやつが見たいです。はい。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』が犯した失敗……『水戸黄門』パターンからの脱却なるか

 嵐・二宮和也が孤高の天才外科医を演じる日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)も第6話。視聴率は13.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も横ばいです。毎回、同じような展開なので、このままだと下がっていくかもしれません。今回はちょっと前に進んだけど。

 というわけで、振り返りましょう。

前回までのレビューはこちらから

■ニノちゃんは、あいかわらずかわゆい。

 見るからに悪童っぽい外科医・渡海(二宮)は、今回もシーン単体で見れば、非常にかわゆい立ち居振る舞いのオンパレードでした。

 先輩医師が腫瘍の取り残しというミスをしてしまったときの「和解金2,000万円を要求します」とか、落盤事故でケガ人が27人も搬送されてきたときに、研修医の世良くん(竹内涼真)に言った「一人も殺すなよ、動け!」とか、患者の危機一髪のときにアウトフォーカスから手術室に入ってくるとこなんてもう「キター!」って感じで、たまらんですね。たまらん。かわゆい。

 ニノ以外のキャストも、これもシーン単体で見ればという話ですが、全然悪くないです。高階講師(小泉孝太郎)が上司の命令と患者の命の間で揺れ動く瞬間も、治験コーディネーター・香織(加藤綾子)の得も言われぬ色気も、回を重ねるごとに汚れみが増していく佐伯教授(内野聖陽)も、まるで合いの手のように折に触れてアップショットが抜かれる関川先生(今野浩喜)もよい。前回からゲストで出ているジャストミート福澤も、『陸王』(同)の松岡修造と同様に、日曜劇場が発掘した俳優として今後、世に出ていくかもしれない。

 でも、いずれも「シーン単体で見たら」です。お話の登場人物としてキャラクターを演じきれているかといえば、まったくできてない。なぜなら、シナリオの時点でキャラクターが破綻しているからです。

■怒れよ、渡海。

 前回までにさんざん申し上げております通り、『ブラックペアン』は『水戸黄門』のような“お約束”を楽しむ作品でした。高階や、その他のいけすかない医者がメカやロボを使って奇をてらった術式の手術を強行し、失敗する。天才・渡海がそれを、基本に忠実な手技でリカバリーして命を救う。あくまで、そのパターンを守ることに時間を費やしています。

 そのパターンの中でバリエーションを出すのも大変で、実際、このところマンネリ化が目立っていた同作ですが、今回は「患者が渡海の母親」ということで、パターンの中で大きな揺らぎを生み出せる設定が投入されました。

 ここまで、あくまにクールを気取ってきた渡海でしたが、母親に対して奇をてらった手術をされ、しかも失敗されるとなれば、怒り狂ってもおかしくない。もう6話ですし、そろそろ渡海のそういう姿を見せてほしいと期待していたんです。

 が、まったく、不自然なくらいに、いつもの渡海でした。

「ほかのオペに入っていたから」という理由で誰かが勝手に母ちゃんの胸を開けても、さして怒らない。「腫瘍を取り残す」というミスを犯されても、「2,000万円くれ」とは言うものの、別に怒らない。高階が奇をてらったロボによる再手術の同意書を渡海に内緒で勝手に書かせても怒らないし、輸血用の血が足りないのにロボ手術を強行しても怒らない。あげく高階がロボ手術をミスって母ちゃんが死にかけても怒らない。いつも通り、ささっとリカバリーして嫌味を言って去っていくだけ。

 控え目に言って、こいつ頭おかしいんじゃねえかと思いました。目の前で母ちゃんが殺されかけてるのに、なんでそんな感じなの? バカなの?

 今回、渡海は取り乱さなければいけなかったと思うんです。母ちゃんを殺されることに恐怖しなければならなかった。これじゃ母ちゃんを患者にした意味がないんです。

 さらに今回、近所で落盤事故が起きて27人が緊急搬送されてくるという事態も発生しました。この27人も、渡海は全員助けちゃった。27人もいれば病院に着いた時点で死んでる人もいそうですが、全員助けちゃった。

 そうして母ちゃんと27人の負傷者を平常運転で救ってしまったことによって、渡海という医者は「治せる患者は全員治せる」天才外科医から「誰でも、どんなケガでも病気でも、どんなタイミングでも、絶対に治せる」魔法使いになってしまっている。しかも、渡海と母親の間に“何もない”ので2人の関係性を描くこともできず、渡海が「母ちゃんが死にそうでも平気」な、たいへん珍しい人物に見えてしまっている。

 普通の医療ドラマなら、より医者の心情を深堀りできるはずの「肉親が患者」という設定が、渡海の人格破綻をさらに加速させるという、これは明らかに失敗していると感じました。

■『水戸黄門』からの脱却

 なぜそんな失敗が起こったかというと、「患者が母親」の投入は、決してパターン内でのマンネリ打破のためではなかったからです。うっすらとパターンの外で語られてきた「ブラックペアンって何?」「渡海と佐伯教授の因縁っぽいのは何?」という本筋に展開を与えるために、佐伯教授の過去を知る人物として母親が必要だった。

 だったら普通に出して、普通にエピソードを絡めて説明すればいいのに、「せっかく母親出すんだから、病気にしちゃえ! 瀕死にしちゃえ! 感動するだろ!」というドラマの強欲が出た結果でしょう。で、「天才外科医が母親を救う」というシチュエーションは、細部がどうあれ感動的に見えてしまう。

 とにかく強欲なんです、『ブラックペアン』というドラマは。何もかも詰め込んで押し通そうという姿勢がすごい。とにかく渡海は比類なき天才であるべきだし、最新医療機器はどんどん出すべきだし、そういう最新ロボは失敗するべきだし、竹内涼真は泣いているべきだし、権力闘争中の大人たちは徹底的に卑怯であるべきだし……そういう出力最優先主義というか、物量主義というか、強引で豊饒な作劇の悪いところが全部出たのが今回だったように思うんです。

 これが、やっぱりそこそこ面白いというのが、始末の悪いところなんですよねえ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』が犯した失敗……『水戸黄門』パターンからの脱却なるか

 嵐・二宮和也が孤高の天才外科医を演じる日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)も第6話。視聴率は13.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も横ばいです。毎回、同じような展開なので、このままだと下がっていくかもしれません。今回はちょっと前に進んだけど。

 というわけで、振り返りましょう。

前回までのレビューはこちらから

■ニノちゃんは、あいかわらずかわゆい。

 見るからに悪童っぽい外科医・渡海(二宮)は、今回もシーン単体で見れば、非常にかわゆい立ち居振る舞いのオンパレードでした。

 先輩医師が腫瘍の取り残しというミスをしてしまったときの「和解金2,000万円を要求します」とか、落盤事故でケガ人が27人も搬送されてきたときに、研修医の世良くん(竹内涼真)に言った「一人も殺すなよ、動け!」とか、患者の危機一髪のときにアウトフォーカスから手術室に入ってくるとこなんてもう「キター!」って感じで、たまらんですね。たまらん。かわゆい。

 ニノ以外のキャストも、これもシーン単体で見ればという話ですが、全然悪くないです。高階講師(小泉孝太郎)が上司の命令と患者の命の間で揺れ動く瞬間も、治験コーディネーター・香織(加藤綾子)の得も言われぬ色気も、回を重ねるごとに汚れみが増していく佐伯教授(内野聖陽)も、まるで合いの手のように折に触れてアップショットが抜かれる関川先生(今野浩喜)もよい。前回からゲストで出ているジャストミート福澤も、『陸王』(同)の松岡修造と同様に、日曜劇場が発掘した俳優として今後、世に出ていくかもしれない。

 でも、いずれも「シーン単体で見たら」です。お話の登場人物としてキャラクターを演じきれているかといえば、まったくできてない。なぜなら、シナリオの時点でキャラクターが破綻しているからです。

■怒れよ、渡海。

 前回までにさんざん申し上げております通り、『ブラックペアン』は『水戸黄門』のような“お約束”を楽しむ作品でした。高階や、その他のいけすかない医者がメカやロボを使って奇をてらった術式の手術を強行し、失敗する。天才・渡海がそれを、基本に忠実な手技でリカバリーして命を救う。あくまで、そのパターンを守ることに時間を費やしています。

 そのパターンの中でバリエーションを出すのも大変で、実際、このところマンネリ化が目立っていた同作ですが、今回は「患者が渡海の母親」ということで、パターンの中で大きな揺らぎを生み出せる設定が投入されました。

 ここまで、あくまにクールを気取ってきた渡海でしたが、母親に対して奇をてらった手術をされ、しかも失敗されるとなれば、怒り狂ってもおかしくない。もう6話ですし、そろそろ渡海のそういう姿を見せてほしいと期待していたんです。

 が、まったく、不自然なくらいに、いつもの渡海でした。

「ほかのオペに入っていたから」という理由で誰かが勝手に母ちゃんの胸を開けても、さして怒らない。「腫瘍を取り残す」というミスを犯されても、「2,000万円くれ」とは言うものの、別に怒らない。高階が奇をてらったロボによる再手術の同意書を渡海に内緒で勝手に書かせても怒らないし、輸血用の血が足りないのにロボ手術を強行しても怒らない。あげく高階がロボ手術をミスって母ちゃんが死にかけても怒らない。いつも通り、ささっとリカバリーして嫌味を言って去っていくだけ。

 控え目に言って、こいつ頭おかしいんじゃねえかと思いました。目の前で母ちゃんが殺されかけてるのに、なんでそんな感じなの? バカなの?

 今回、渡海は取り乱さなければいけなかったと思うんです。母ちゃんを殺されることに恐怖しなければならなかった。これじゃ母ちゃんを患者にした意味がないんです。

 さらに今回、近所で落盤事故が起きて27人が緊急搬送されてくるという事態も発生しました。この27人も、渡海は全員助けちゃった。27人もいれば病院に着いた時点で死んでる人もいそうですが、全員助けちゃった。

 そうして母ちゃんと27人の負傷者を平常運転で救ってしまったことによって、渡海という医者は「治せる患者は全員治せる」天才外科医から「誰でも、どんなケガでも病気でも、どんなタイミングでも、絶対に治せる」魔法使いになってしまっている。しかも、渡海と母親の間に“何もない”ので2人の関係性を描くこともできず、渡海が「母ちゃんが死にそうでも平気」な、たいへん珍しい人物に見えてしまっている。

 普通の医療ドラマなら、より医者の心情を深堀りできるはずの「肉親が患者」という設定が、渡海の人格破綻をさらに加速させるという、これは明らかに失敗していると感じました。

■『水戸黄門』からの脱却

 なぜそんな失敗が起こったかというと、「患者が母親」の投入は、決してパターン内でのマンネリ打破のためではなかったからです。うっすらとパターンの外で語られてきた「ブラックペアンって何?」「渡海と佐伯教授の因縁っぽいのは何?」という本筋に展開を与えるために、佐伯教授の過去を知る人物として母親が必要だった。

 だったら普通に出して、普通にエピソードを絡めて説明すればいいのに、「せっかく母親出すんだから、病気にしちゃえ! 瀕死にしちゃえ! 感動するだろ!」というドラマの強欲が出た結果でしょう。で、「天才外科医が母親を救う」というシチュエーションは、細部がどうあれ感動的に見えてしまう。

 とにかく強欲なんです、『ブラックペアン』というドラマは。何もかも詰め込んで押し通そうという姿勢がすごい。とにかく渡海は比類なき天才であるべきだし、最新医療機器はどんどん出すべきだし、そういう最新ロボは失敗するべきだし、竹内涼真は泣いているべきだし、権力闘争中の大人たちは徹底的に卑怯であるべきだし……そういう出力最優先主義というか、物量主義というか、強引で豊饒な作劇の悪いところが全部出たのが今回だったように思うんです。

 これが、やっぱりそこそこ面白いというのが、始末の悪いところなんですよねえ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』マンネリ感と粗い肉付け「でも面白い」という凄み

 今週もニノちゃまこと嵐・二宮和也がすこぶる愛らしかった日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)も第5話。視聴率は13.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、ほぼ横ばいです。最終回でようやく15%に届くかどうか、という感じですかね。正直、ニノの可愛げ以外に、あんまり伸びしろは感じません。

 というわけで、振り返りましょう。

前回のレビューはこちらから

 

■完全に『水戸黄門』とか『遠山の金さん』とか

 今回も基本的に、ほかの医者が失敗した手術を主人公・渡海(二宮)がリカバリーするという、いつもの展開。マンネリ感の漂う中、目新しさとして投入されたのが手術用ロボットの「ダーウィン」でした。

 このダーウィン、実際の医療現場でも使われている「ダヴィンチ」という手術支援ロボットなのだそうです。渡海たちが働く病院で、重病の女の子の手術をダーウィンで行うことになり、渡海は興味なさげな顔を見せつつ裏でしっかりダーウィンについて勉強したり、女の子に造血剤を投与したりして、失敗に備えます。案の定、ダーウィンによる手術は大失敗。渡海がババンと登場してササっと手術をこなし、一件落着となりました。

 もうこのドラマは『水戸黄門』とか『遠山の金さん』のように、お約束を楽しむ作品だと思ったほうがよさそうです。「なんだかんだあって、渡海が助ける」という以上の展開を期待すると、肩透かしを食らってしまう。5話目にして、ようやく楽しみ方がわかってきました。とにかく、本筋であるはずの「ブラックペアン」について、体内にペアンが残されたX線写真についての話が、まるで進まないんだもの。

 とはいえ、思い返してみれば、原作である『ブラックペアン1988』(講談社)は研修医の世良くん(竹内涼真)の心情描写に多くのページが割かれているわけで、主人公を世良くんから渡海先生に変更した時点で、1クールのドラマとしては、まったくエピソードが足りなくなることは自明なんですよね。そこで尺足しのために投入されたのがダーウィンだったわけですが、ものすごく、これは違和感があるマシンでした。原作タイトルから『1988』を外したのは、このためだったのでしょうけれども。

 

■じゃ、スナイプいる?

 私は医療についてなんの知識もない単なるどらまっ子ですので、このドラマから得た知識と理解だけで話を進めますけれども、「スナイプ」は最先端医療マシンとして登場したはずなんですよね。これまで開胸が必要だった手術も、スナイプならちょっと穴を開けるだけで心臓の中までいける。患者の負担も少なく、執刀医の技量にも左右されない。外科の未来を担うニューマシン。しかし劇中、そのニューマシンによる手術は失敗を繰り返し、渡海によるリカバリーがなければ何人も死んでいたことでしょう。

 そこで登場したダーウィンなんですが、特徴はこうです。これまで開胸が必要だった手術も、ダーウィンならちょっと穴を開けるだけで心臓の中まで行ける。患者の負担も少なく、執刀医の技量にも左右されない。外科の未来を担うニューマシン。しかも、機械なので人間より細かい作業ができる。

 まんまこれ、スナイプの超進化版というか、「4本腕のオートメーションスナイプ」というか、ダーウィンが世の中に存在するなら、スナイプっていらなくない? と思うんです。スナイプなら可能で、ダーウィンで不可能なことが想像できない。ここまでさんざん「外科の世界を変える」と喧伝してきたはずのスナイプが、完全に「ダーウィンの腕部分のおもちゃ」にしか見えなくなってしまう。

 原作は1988年の話で、当時の現実としてスナイプっぽいものはあっても、ダーウィンっぽいものはなかったのでしょう。作者の海堂尊さんはお医者さんでもあるので、そのへんのリアリティには注意を払っていたと想像します。

 その1988年の時点で“最先端”として登場したスナイプを2018年の現代劇であるドラマにそのまま持ってきて、さらに2018年の“最先端”であるダーウィンも登場させてしまう。自動車に例えれば、4話目まで『頭文字D』(講談社)でおなじみの藤原とうふ店のパンダトレノが「最先端の夢のマシン」だったのに、5話目から急に自動運転の電気自動車が出てきたようなものです。パソコンでいえば「PC-9801」とIntel Core i7搭載の「MacBookAir」が両方とも「最先端」と謳われている。ゲーム機ならゲームボーイとNintendo Switchが……といった具合です。

 何が言いたいかというと、それくらい『ブラックペアン』というドラマの肉付けはいい加減なので、マジメに考えながら見ていると頭が混乱するという話です。「なんだかんだあって、渡海が助ける」の「なんだかんだ」の部分は、あんまりちゃんと見ないほうがいいと思う。スナイプやダーウィンの設定のいい加減さに振り回されるように、それらを持ちこんでくる高階講師(小泉孝太郎)や西崎教授(市川猿之助)たちのキャラクターも右往左往して、なかなか人物像が見えてきません。彼らと真剣に向き合えば向き合うほど、「なんなんだよ!」とツッコミたくなってしまうこと請け合いです。

■でも面白いという豪腕ぶり

『ブラックペアン』のすごいところは、シナリオ的にそこまで粗いことをやっておきながら、毎回それなりにきっちり面白いということです。とにかく見せちゃう。見せ切っちゃう。

 今回も、ダーウィンのスペシャリストとして渡海たちの勤める東城大に乗り込んできた松岡さん(音尾琢真)がいい具合に憎たらしく、トラブルに陥ると、いい具合に狼狽えてくれる。アーム同士が干渉して動けなくなったダーウィンが巨躯を震わせて呻く様子を切り取った数秒のカットも、「暴走寸前の最先端マシン」という感じで、異様に怖い。年端もいかない重病の女の子に「高階先生は、干されたんだよ」などと言い放つ渡海は相変わらず猫背で素敵だし、どの場面でも、だいたい一番まともなことを言っているのに扱いがよくない関川先生(今野浩喜)も存在感を発揮している。ノースリーブのカトパンは今日もエロエロにエロい。

 端的に言って、画面が終始エモいのです。エモーションに満ちてる。ダーウィンの撮影には、本物のダヴィンチを借りてきたそうです。本物を借りてきておいて「ロボット手術」の信頼性を著しく損なうような描写を平気でやっちゃうあたり、狂気すら感じます。

 原作からエッセンスを拾いつつ、基本的には「死にそうな人を助ける」という“場面の強さ”を演出することに全力を注いでいるように見える『ブラックペアン』。あんまり深く考えずに、「今日も最後に渡海くんが助けるぞ!」という気持ちで最終話まで楽しみたいと思います。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

 

嵐・二宮和也『ブラックペアン』13.1%と2ケタキープ……「面白くない話を面白く作る」日曜劇場の功罪

 日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)も第4話。視聴率は13.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と2ケタをキープしているものの、伸び悩んでいるようです。ここまで見てきた印象としては、なんだか「面白くない話を面白く作るのが上手いなぁ」という感じ。では、振り返りましょう。

前回のレビューはこちらから

■第4話にして、早くもマンネリ感しかない

 

 その「面白くない話を面白く」の顕著な例だったのが、前回の第3話でした。ストーリーはほとんど語らず、手術シーンだけで、ひたすら孤高の天才外科医・渡海(二宮和也)の天才ぶりを見せる。医療ドラマはおのずと命のやり取りになるのでテンションも上がりますし、福澤克雄監督率いる福澤組の日曜劇場は、こうしたバトルアクションに熱を込めるのがすごく上手い。前作『陸王』のレースシーンもそうでした。

 しかし、『陸王』はまだしも今回の『ブラックペアン』は、いくら「面白く」しても面白くない話なので、バトルシーン以外では著しくテンションが下がります。孤高の天才・渡海は今回も元気に悪態をついていましたが、毎回やってることは同じなので「ハイハイ、今回も結局助けるんでしょ?」という感じ。案の定、周囲のヘッポコ医者では手も足も出ない難しい手術をパパッとこなして一件落着。4回も同じ展開を見せられるとマンネリ感しかありませんし、渡海の「一旦『やらない』と言ってからやる」パターンも、繰り返すたびにキャラクターから深みを奪っていきます。最初は「何か深い理由があって固辞しているのであろう」と感じていましたが、今回あたりでは「またニノが駄々こねてる~」としか思えない。

 渡海と対立する構図にある高階講師(小泉孝太郎)もまた、同じ場所をぐるぐると回り続けています。「スナイプ」なるニューマシンによる「誰にでもできる手術」を標榜し、「医師に技術が必要ない時代が来る」というメッセージとともに登場したものの、第1話で早くも渡海の技術に助けられてそのメッセージの強度を失うと、こちらも毎回「私が執刀します→できないよ渡海さん助けて」の無限ループ。そのたびに渡海や、医局のボスである“神の手”佐伯教授(内野聖陽)に「ね、医者には腕も必要でしょ?」的な指摘を浴びせられて「ぐぬぬ」となるばかり。この高階の設定は「スナイプを導入する人」という以外は、ほとんど原作から離れたオリジナルなんですが、いまいち地に足がついていないので捉えどころがありません。

 また、完全にドラマオリジナルとして導入された理事長選の行方とインパクトファクター云々のくだりも、それを争う佐伯教授と西崎教授(市川猿之助)が理事長になって何がしたいのか、金や権力が欲しいだけなのか、何か医療の理想みたいなものがあるのか、そこらへんがハッキリしないので共感できません。

 先ほど「『陸王』はまだしも」と書きましたが、『陸王』や『下町ロケット』(同、2015年)は、彼らが何に対して本気なのかがすごくわかりやすく描かれていました。しかし『ブラックペアン』は誰も彼もが「何に本気なのか」がよくわからない。渡海も高階も佐伯も「患者を救うこと」にすら不誠実な場面が出てくるので、どこに軸を置いて見たらいいのか、よくわからないのです。

 唯一、何がしたいのか理解しやすいのが治験コーディネーター・香織(加藤綾子)で、この人は利益を生む有能な医者の間を行ったり来たりしながら金儲けをすることに本気であることが伝わってくるし、ちょうどいい美貌と、真意を読みにくい棒読みセリフも役によく合っているように見えるんですが、あんまり評判よくないみたいね。

■ニノの可愛げにも、あざとさが……

 

 初回から、このドラマの最大の長所は“悪たれ外科医”渡海を演じるニノの可愛げだと再三申し上げてきましたが、今回は可愛げアピールにあざとさが見え始めました。新人ナース・美和(葵わかな)に茶碗いっぱいの白飯を差し出して「食う?」とか言って、2人で卵かけごはんを食するくだりなど、げんなりしてしまいます。

 あくまで「人ならざる残酷な極悪人(だけど絶対的なヒーロー)」を猫背童顔短躯のニノが演じるからこそカワイイのであり、「愛嬌抜群だけどチョイ悪」くらいだとギャップが出ず、急激に安っぽくなってしまいます。前半にキメ台詞っぽい感じで出てきた「使えないんだったらくださいよ、ブラックペアン」という一言も、変にカッコイイだけで意味がわからないし。

 結局のところ、この『ブラックペアン』というドラマの画面から伝わってくるのは、大仰な演出とBGMで視聴者を誤魔化してやろう、どうだ感動しているような気がするだろう、最新の医療とか適当に言っとけば見てる奴はわからんだろう、という制作側の傲慢ともいえる態度です。でも、それでもいいんです。もっとちゃんと誤魔化してほしい、もっとすっきり感動しているような気にさせてほしい。そのためには、もうちょいシナリオしっかりしてくださいよ、ということです。

 次回はでっかい手術ロボットと『陸王』で血涙を搾った音尾琢真くんが出るそうですので、第3話のようにテンション高めでお願いいたします。もう「ブラックペアンをめぐる因縁」とかには、あんまし興味なくなっちゃった。
(文=どらまっ子AKIちゃん)