フワちゃんの“最後の味方”は東野幸治? 遅刻なおらず業界内では「3年以内に消える」

 さすがにこの悪癖は、消しゴムマジックでなかったことにはできないようだ。

 東野幸治が、8月25日放送の自身のラジオ番組『東野幸治のホンモノラジオ』(ABCラジオ)にて、ゲストのフワちゃんが収録に遅刻していることを暴露した。

 東野は、フワちゃんについて「ネットニュースでなにかと叩かれております。『時間どおり来ない』と言われてますけども、ニュースは本当だった。なぜ…

続きを読む

フワちゃん、遅刻グセなおらずテレビを干される危機?あのちゃんブレイクでライバルに

 人気YouTuberとして脚光を浴び、現在ではタレント業がメインとなりテレビを中心に活動している「フワちゃん」。バラエティを中心に多くのテレビ番組に出演し、タメ口の図々しいキャラを披露している。

 「フリーランスのタレントなのでギャラが安く、使いやすいという理由でさまざまな番組に呼ばれている。また、体を張ったロケなどもできるので、基本的には来た仕事はほとんど受け続けているよう…

続きを読む

フワちゃん、亡き祖父への思い語り「マジでバカリズム、ファインプレー」

 こんにちは。ラジオ書き起こし職人のみやーんZZです。いつも聞きまくっているラジオの中から興味深かったエピソードを紹介する連載の第102回目。今回は2023年3月15日放送のニッポン放送『フワちゃんのオールナイトニッポン0』の中でフワちゃんが大好きだったおじいちゃんが亡くなったことを話していた部分です。

 自身に見た目も中身もそっくりだったという、大好きなおじいちゃんが急に亡く…

続きを読む

岡村隆史がビビる松本人志をイジるフワちゃん――お笑い界の新トライアングル

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(11月10~16日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします

岡村隆史「当時のダウンタウンさんって、ホントに真剣振り回してはったんです」

 もう2年近く前のことになる。2018年1月2日、最終回を目前に控えた『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)で、ナインティナインの2人と中居正広による最後の「日本一周の旅」が放送された。そこに、こんな会話のシーンがあった。

中居「それこそ20年後、何やってんだろうね」

矢部「いやぁ、ホンマやな。何歳?」

中居「65、66、67」

矢部「ちっちゃいおっさんが一番年上(笑)」

岡村「そん時また日本一周しようや。スタッフも半分ぐらい死んでるやろうけど」

 定期的に放送されていたこの日本一周企画は、基本的にナイナイが全国各地へと中居を連れ回し、散々な目に遭わせるという流れで進行する。他方で、オープンカーに乗った3人が一緒に歌う姿など、仲の良さを印象付けるシーンも随所に盛り込まれていた。

 上に引用した会話は、そんなオープンカーでのシーンだ。場所は沖縄。時間は夕暮れ時である。実は、同企画の第1回目が放送された1997年にも、当時まだ20代半ばの3人は夕日に染まる沖縄をオープンカーで走っている。「それこそ20年後」という中居の発言は、3人のこれまでの20年を回顧するとともに、これからの20年に思いをはせたものだ。

 この会話からは、彼らの”特別な”関係も透けて見えるだろう。”特別な”というのは、フィクションとノンフィクションを行き来する『めちゃイケ』の演出も相まった、仕事上の関係とそれを離れた親友の関係、そのはざまにあるような間柄という意味だ。

 そんな『めちゃイケ』の日本一周企画に関し、先週、ある事実が明かされた。岡村をゲストに迎えて放送された15日の『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)。そこで当人らが語ったところによると、岡村と中居は一時期、「絶交」と呼べるほど最悪な状態でこの企画に参加していたというのだ。

 話は30年前の99年にさかのぼる。いくつもの番組での共演を通じ、プライベートでも遊ぶほど仲の良かった岡村と中居。その2人の間に亀裂が走った。きっかけは松本人志だ。中居が岡村を誘って居酒屋を訪れたときのこと。偶然そこに先客としていたのが松本だった。

 岡村は振り返る。今でこそダウンタウンの2人は優しいが、当時は違った。

「当時のダウンタウンさんって、ホントに真剣振り回してはったんです」

 岡村は当時、ダウンタウンを恐れていた。番組では触れられなかったけれど、かつて松本は自身の著書で、ナイナイを引き合いに出し若手芸人を批判するということがあった。そんなあれこれが積み重なった上での、恐怖心である。

 岡村は松本と酒席を共にした。しかし、極度の緊張は収まらない。たまらず「明日、朝早いんで」と早々に席を立った。そのとき岡村はこう思っていた。中居は一緒に帰ってくれるだろう。だが、その思いに反し、中居は「あ、そう。じゃあね」と飲み続けるのだった。

 岡村は1人で店を出て帰宅する。その頭には疑念が芽生える。中居は、あの店に松本がいると知って、自分を連れて行ったのではないか。きっとそうだ。そうに違いない。一度そっちのチャンネルに入った思考は、もう後に戻らない。岡村の中で、中居への不信感が募っていく。

 その結果、99年から約5年間にわたる絶交状態が続くことになったというのだ。そして、そんな絶交中にもかかわらず99年と02年の2度にわたり行われた企画が、『めちゃイケ』の日本一周だった。

 先述のように、日本一周企画には3人の仲の良さを印象付けるシーンも随所に織り込まれる。また、収録は2週間と長期にわたる。当然、一緒にいなければならない時間も長い。そんな企画を、仕事とはいえ、仲がこじれている元親友とやらなければならない。中居は当時を「もう地獄だよね」と振り返る。

 さらに、02年の日本一周のクライマックスは、大阪ドームで行われたSMAPのコンサートに岡村が乱入するシーンだった。当然、岡村には事前にダンスを教わる時間が必要だ。そのコーチ役を、中居がやらなければならなかったりもした。それがまたお互いにツラい。それぞれ周囲のスタッフに愚痴を漏らすものの、番組の総合演出は2人の事情を知りつつも「プロとしてできない?」の一点張りだった。中居はこの経験を次のように回顧する。

「(今は)アマチュアみたいなタレントだけど、(今後)プロとしてやっていくためには、っていう(総合演出からの)教えだったかもしれない」

 冷戦状態にあった2人の仲はその後、元に戻る。きっかけは、ナイナイと中居が総合司会を務めた04年の『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)で、岡村が中居の仕事への取り組み方に感服したことだったという。絶交中の仕事を「プロとして」乗り切った彼らを再びつないだのは、やはり「プロとして」仕事に向き合う姿勢だったのだ。仕事上の関係と、それを離れた親友の関係、そのはざまにあるような間柄。そんな彼らの“特別な”関係が出来上がったのは、このときだったのかもしれない。

 18年の日本一周の旅の最後、岡村は中居に長い長い手紙を書く。その手紙は、こんな一文で締めくくられる。

「中居さん、『めちゃイケ』と一緒に22年間走り続けてくれて、ありがとうございます。また、友だちの少ない僕の友だちになってくれて、ありがとうございます」

 さて、上のエピソードのもうひとりの登場人物・松本も、当時から大きく変わった。他の芸人を相手に「真剣」を振るう場面も少なくなった。そんなことをあらためて印象付けたのが、10日の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)だ。

 この日、松本は『行列』に初めてゲスト出演した。で、松本に会わせたい人として番組が用意したのがフワちゃんだ。YouTubeで注目を浴びた芸人である彼女。スマホと自撮り棒を片手に、言動は常時ハイテンション、衣装はビビッドな色のスポブラだ。

 この共演には既視感がある。90年代後半、『HEY!HEY!HEY!』(フジテレビ系)でのシノラーこと篠原ともえとの共演である。常時ハイテンションでダウンタウンに絡む篠原に対し、松本は彼女が持ってきた人形をセット裏に投げ捨てるなどといった塩対応をしていたと記憶する。

 対して、今回のフワちゃんとの共演はどうだったか。フワちゃんは登場するなり松本に「人志松本~」と抱きつき、「Twitterフォローしてるよ」と声をかける。顔がぐにゃぐにゃに変形するアプリで一緒に写真を撮って「ダウンタウンの漫才ぐらい面白い」と言い放つ。そんな彼女に対し、松本は終始なすがままだった。

 そしてフワちゃんは、ある提案する。松本には、もっと周囲がとっつきやすいと思われる存在になってもらいたい。だから、私とおそろいの格好になりませんか? で、松本はスポブラに着替えさせられるのだけれど、そういえば以前、長嶋一茂も別の番組で同じような目に遭っていた。

 その流れの中で、フワちゃんは松本のとっつきにくさを次のように表現したのだ。

「松ちゃんって、基本的にトガってんじゃん」

 岡村と中居は、「トガって」いた松本をきっかけに絶交した。そんな松本はいま、若手から「トガって」いることをイジられるまでになっている。時間は流れ、関係は変わる。そんなありふれたことを、一茂と同じ扱いを受けている松本を見ながら、しみじみと思った。

(文=飲用てれび)

カジサック、フワちゃん……YouTube芸人の生きざま

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(9月1~7日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

フワちゃん「おはピヨ! フワちゃんで~す!」

 芸人にとってYouTubeは敵。明石家さんまが、そんな趣旨の発言をしたことがある。1人でも多くの人にテレビを見てもらいたいという思いで仕事をしている自分たち芸人にとって、YouTubeは戦うべき相手だ。特に若い視聴者をYouTubeから取り戻さないといけないのだ、と。テレビの第一線で数十年活動し続けてきた芸人の、矜持を示す言葉である。

 けれど、芸人がYouTubeにチャンネルを持ち、動画を投稿することは、もはや当たり前の現象になっている。テレビで有名になった芸人がYouTubeに動画を上げるだけではなく、無名の芸人がYouTubeで人気になり、テレビに出るというケースも散見される。

 その代表格がフワちゃんだろう。かつてワタナベエンターテインメントに所属する芸人だった彼女は、日の目を見る前に事務所を解雇。以後、フリーで活動を続けていたところ、YouTubeに投稿した動画が面白いと話題になった。ネット上での人気を追い風にテレビでの露出も増え、『ウチのガヤがすみません!』(日本テレビ系)では現在、ほぼ毎週出演している。トレードマークは蛍光色のスポーツブラとホットパンツ、そしてスマホと自撮り棒。ちなみに、あのお団子の髪形は、ビビアン・スーのマネから始まったらしい。

 そんなフワちゃんが7日の『ゴッドタン』(テレビ東京系)に出演していた。この日の企画は、ストイックなコント職人として知られる東京03・飯塚に、お笑いを語り合える若い友達を作ってあげようというもの。その友達候補の1人がフワちゃんだった。

「おはピヨ! フワちゃんで~す!」

 そういって登場するなりスマホで飯塚らを撮影し始めたフワちゃんに、飯塚は早々に白旗を揚げる。

「絶対無理! 一番友達になりたくないタイプだもん」

 なるほど確かに、練り上げられた構成と高い演技力で魅せるコントを披露してきた飯塚と、テンション高く野放図に振る舞っているように見えるフワちゃんの間には、大きな隔たりがあるようにも思う。

 だけどフワちゃん、ただテンションが高いだけの芸人ではない。そう感じたのは、『チルテレ』(BS日テレ、8月1日)のインタビューを見たときだった。座右の銘を聞かれた彼女は、いつものヘラヘラした調子から少しだけ真面目な顔つきに変わり、こんなふうに答えた。

「自分でやってて楽しいことをしたいなと思って(今の仕事を)始めたから、それに従ってやるようにしています」

 座右の銘は? という問いかけに対する答えではないようにも思う。けれど、ここから読み取るべきは、実感を伴わないことわざや偉人の格言に頼るのではなく、自分の内側から出てくる手触りのある言葉を指針にするという姿勢なのかもしれない。

 フワちゃんの話は続く。自分が楽しいことをしたい。自分が最高だと思うことをしたい。だからあまり、人の意見は聞かない。偉そうにアドバイスをしてくる人がいると、ケンカにならないよう表面上は「そうですよねー」と受け流すが、心の中では「知ーらんべー」と舌を出していたりする。

 そう語る彼女は、しかし、これはあくまで自分のやり方だと付言した。

「私はそういうポリシーだけど、人のことを吸収して育ったほうがいいっていう人もいるだろうから。自分にどういうのが向いてるかっていうのを、自分で分析して、自分で分析した通りにやることが大切だなと思います」

 自分の意見の発信が、他人への押し付けになっているかもしれない。そんな気配を察知すると即座にフォローを挟む。タガが外れたようなテンションでも、番組収録中にスマホで中継を始めるといった行動でもなく、こういった配慮が自然に出てくるところが最もインターネット的なのかもしれない。

 テレビのバラエティ番組ではなくYouTubeで頭角を現したフワちゃん。お笑い怪獣が「戦場」と呼ぶ場所の外からやって来た彼女は、自分から敵を作らない。

 テレビで活躍する芸人が、YouTubeで活動を始めるケースは数多い。舞台のネタ動画を淡々と投稿する者、ゲーム実況で人気を集める者、キャンプや釣りなどの趣味を披露する者、企画性の高い動画を投稿する者。芸人によりYouTubeの使い方はさまざまだが、いずれにせよ、片手間に関わるものではなくなっているようだ。

 ただし、テレビで名前の知れた芸人がYouTubeで成功した例は、あまり多くない。ヒロシやゴー☆ジャスなど、いわゆる「一発屋」と呼ばれる芸人が注目を集めることが多いようにも思う。とはいうものの、今年5月にはスギちゃんが約1年でチャンネルでの動画投稿を終えてしまった。エレベーターの中や美容室などさまざまな場所で「フェニーックス!」と叫んで腕を広げるという動画をいくつも投稿していた波田陽区は、その意味不明さで一時期話題となったが、最近では再生数が伸び悩んでいるようだ。

 そんな中、芸人ユーチューバーとして最も成功しているケースが、カジサックことキングコング・梶原雄太 であることは間違いないだろう。そんな梶原が、2日の『しくじり先生』(テレビ朝日系)に出演。仕事に追われ、キャパオーバーで失踪しないための対処法を授業していた。

 NSC在籍中にNHK上方漫才コンテストで最優秀賞を受賞、デビューして約2年で『はねるのトびら』(フジテレビ系)のレギュラー獲得など、輝かしい実績を残してきたキングコング。しかし、必ずしも実力が伴わず、人気先行でテレビ出演が増えたことで、数々の番組で失態を繰り返してしまう。テレビやラジオ、舞台などの仕事が連日連夜続く過密なスケジュールと、周囲からの期待に応えなければというプレッシャー。その結果、梶原は一時期失踪してしまった。概要については比較的知られているエピソードだと思うが、先週の『しくじり先生』では、その顛末について梶原本人が詳細に語っていた。

 梶原いわく、仕事が多忙を極める中、大阪から東京に向かう新幹線の車内で体が震えだし、出番直前でトイレに隠れるなど現実逃避が始まり、徐々に感情もなくなっていった。しかし、そんな自身の状況を誰に相談することもなく、しゃかりきに 頑張る自分を演じ続けていた。そんなある日、とうとう頭が「パーン」となり、失踪。「パーン」となってからしばらくの記憶はないという。

 特に深夜時代の『はねトび』は、スケジュールが相当厳しかったらしい。金曜の昼 12時に集合し、土曜の朝6時までコントの打ち合わせとリハーサル。その後、一睡もせずにラジオ体操を挟んで収録が始まり、土曜の深夜24時に終了。そこから日曜の朝5時まで反省会もあった。さらに収録中、梶原はずっとスベっていたのだという。

 そんな梶原が「余談ですが」と前置きして語り始めたのが、カジサックという名前の由来である。かつて『はねトび』で梶原がタイ人に扮するコントがあった。そのキャラクター名が「カジサック」だった。

「あまりにもスベりすぎて思い出に残っちゃって。そっから、ゲームとかあるじゃないですか。『ドラゴンクエスト』とか『ファイナルファンタジー』とか。全部カジサックって名前でやってたんですよ。で、YouTubeやることになって、せっかくだったらその名前つけようって」

 芸人にとってYouTubeは敵。明石家さんまはかつてそう語ったが、その現場には赤ジャージを着て頭にタオルを巻いた梶原もいた。若い人たちに話を聞くと、みんなYouTubeでテレビ番組を見ていたりする。なんとか1人でもテレビをつけさせるために、自分たちテレビで生きてきた人間は対抗しなければいけない。そう語るさんまに、梶原は反論した。

「だからなんですよ。だからYouTubeで活躍してスターになって、YouTubeでテレビ見たくなった小中高生たちを、もう1回テレビに戻したいっていう思いがあるんですよ」(『さんまのお笑い向上委員会』2018年11月17日、フジテレビ系)

 かつて自分を追い込んだ場。逃げ出した場。そんな苦い記憶が刻まれたテレビを象徴するような名前を梶原は自ら名乗り、YouTubeで返り咲く。まるで、テレビに翻弄されてきた自分を取り戻しているかのようだ。そしてその歩みは、テレビに敵対するのではなく、視聴者をテレビに取り戻そうとする挑戦とも重なっている。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)