エクソシストと現代人のメンヘルとの関係性は? ドキュメンタリー映画『悪魔祓い、聖なる儀式』

 いたいけな少女の顔が別人のように変わり、男の野太い声で家族や神父を汚い言葉で罵倒し始める。オカルト映画『エクソシスト』(73)を初めて観たときの衝撃が忘れられない。この映画が1949年に実際に起きた「メリーランド悪魔憑き事件」を題材にしていると知り、さらに戦慄を覚えた。そんな『エクソシスト』との遭遇体験がトラウマになっている人にとって、実に興味深いドキュメンタリー映画が現在公開中だ。エクソシストを密着取材し、悪魔祓いの儀式の様子をカメラに収めた『悪魔祓い、聖なる儀式』がそれだ。

 勘違いされることがあるが、エクソシストとは悪魔憑きのことではなく、ヴァチカンが公認しているカトリック系の正式な悪魔祓い師のこと。1200年もの歴史を持つエクソシストだが、映画『エミリー・ローズ』(05)の題材となった「アンネリーゼ・ミシェル事件(悪魔祓いを受けていた女子大生が衰弱死し、家族と司祭が過失致死で起訴された)」が起きた1976年以降は秘密裡に儀式を執り行なうエクソシストの存在は問題視され、欧州での人気は下火となっていた。ところが近年になって教会に悪魔祓いを頼む人々が急増しているという。イタリアの女性監督フェデリカ・ディ・ジャコモは、経験豊かな悪魔祓い師として有名なシチリア島のカタルド神父たちのもとに通い、悪魔祓いの儀式の様子と悪魔祓いを求める人々の素顔に迫っていく。

 初めて公開される悪魔祓いの儀式の様子に、まず目がくぎ付けとなる。本来は取材不可能な秘儀なのだが、その閉鎖性ゆえに映画『エミリー・ローズ』のような不幸な事件が起きてしまった。進歩的な考えの持ち主であるカタルド神父は儀式中にカメラが回ることを許した。朝早くから教会の前には悪魔祓いを求める人々が行列をなしている。悪魔祓いは基本的に個人に対して行うものだが、需要に供給が追いつかないため、この日は集団での儀式が行なわれた。紫色のストーラを首に掛けた神父が祈り始めると、それまで静かだった参列者の中からうめき声が漏れ始め、パンクファッションの若い男性がイスから転げ落ちて床を這いずり回る。「気分が悪い」と、ふらつきながら途中で退席する女性もいる。事前に神父が「誰かに兆候が現われても、祈り続けるように」と説明していたこともあり、参列者たちは騒然となりながらも儀式はそのまま続く。

 

 厳粛な儀式中に一部の参列者がトランス状態に陥ったようにも映るし、動物のように唸りながら床を転がる姿は本当に何かが取り憑いているようにも思える。フェデリカ監督はこういった衝撃映像にナレーションやテロップで説明を加えることなく、ただカメラの前で起きている現象をそのまま観客に伝えるようとする。どう受け取るかは我々の判断に委ねられる。

 カタルド神父は忙しい。集団での悪魔祓いでは足りない人には個別での悪魔祓いを行ない、悪魔憑きと思われる人に手をかざし、聖水を振りまく。教会を訪ねることができない人のために携帯電話での悪魔祓いにも応じている。「彼女から出ていけ、サタン!」と携帯電話に向かって叫び、アーメンと祈りの言葉を捧げる神父。ヴァチカンでは集団での儀式や電話での悪魔祓いは認めていないが、ヴァチカンの偉い人からの回答をのんびり待っていては、教会に救いを求める人たちの切羽詰まった悩みに到底応えることができない。

 悪魔祓いを求める参列者たちの動向もカメラは追っていく。集団儀式の際に床を這っていたパンクファッションの若者は自宅マンションに戻るが、過去にもいろんなトラブルがあったらしく、母親は息子が自宅マンションに入ることを許さない。この若者は居場所がなく、夜の街をさまよい、その結果ドラッグに手を出すことになる。これでは、それこそ悪魔の思うつぼではないか。途中退席した金髪の女性も深刻な状況だった。いくつもの教会を訪ねては儀式に度々参加しているが、症状の回復は一進一退。それ以前には病院でも診てもらい、心療内科に通ったり、脳検査も受けているが、体調が悪化するはっきりした原因は分からないままで、医者からは匙を投げ出されていた。家族からも医学からも見放された彼らにとっての、最後のセーフティネットがエクソシストであるカタルド神父だったのだ。

 

 悪魔祓いを執り行う際には、取り憑かれたと訴えている人が他の病気、特に心理的な病を抱えていないかどうかを見極めることが重要となってくる。明らかに精神病を患っている場合は、向精神薬を用いて医学の力で治療すべきというのが今のカトリック教会の方針だ。時代と共に、宗教の在り方もずいぶんと変わりつつある。悪魔払いの儀式を実際に取材した経験のあるノンフィクション作家・島村菜津の『エクソシスト急募』(メディアファクトリー新書)を読むと、イタリアでエクソシストの需要が急増している社会背景として、精神病院が廃止されていることが挙げられている。非人道的だという理由から、患者を一般社会から隔離する旧来の精神病棟はイタリアではほとんど無くなっているそうだ。また、精神科に通うことでクスリ漬けになってしまうことを嫌い、教会に救いを求める人たちも多い。信仰、家族および生活環境、メンタルヘルスの問題を分離して考えることは難しい。

 カタルド神父は悪魔祓いの儀式のみならず、参列者たちの「夫が職場で浮気しているんじゃないかと心配」「仕事相手がなかなか代金を支払ってくれない」といった日常生活での不平不満にも耳を傾け、ひとりずつ助言を与えてなくてはならない。信者たちに慕われ、祈りの言葉のひとつひとつにありがたみが感じられるカタルド神父は身も心も休まる暇がない。

 カメラは最後に、アンソニー・ホプキンス主演作『ザ・ライト エクソシストの真実』(11)にも登場したヴァチカンにあるレジーナ・アポストロルム大学で行なわれているエクソシスト養成講座の様子を伝える。年に1度開かれるこの講座には、欧州だけでなく、米国からアジアまで世界各地からエクソシストとしての公認資格を得るために神父たちが熱心に集まっている。社会不安に加え、様々なストレスを抱え、心の闇に苦しみ続ける現代人は、悪魔の目には格好の獲物に映ることだろう。そんな現代人たちを悪魔の手から救うため、より多くのエクソシストたちが必要とされている。
(文=長野辰次)

『悪魔祓い、聖なる儀式』

監督/フェデリカ・ディ・ジャコモ
配給/セテラ・インターナショナル
11月18日より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中
C)MIR Cinematografica – Opera Films 2016
http://www.cetera.co.jp/liberami

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エクソシストと現代人のメンヘルとの関係性は? ドキュメンタリー映画『悪魔祓い、聖なる儀式』

 いたいけな少女の顔が別人のように変わり、男の野太い声で家族や神父を汚い言葉で罵倒し始める。オカルト映画『エクソシスト』(73)を初めて観たときの衝撃が忘れられない。この映画が1949年に実際に起きた「メリーランド悪魔憑き事件」を題材にしていると知り、さらに戦慄を覚えた。そんな『エクソシスト』との遭遇体験がトラウマになっている人にとって、実に興味深いドキュメンタリー映画が現在公開中だ。エクソシストを密着取材し、悪魔祓いの儀式の様子をカメラに収めた『悪魔祓い、聖なる儀式』がそれだ。

 勘違いされることがあるが、エクソシストとは悪魔憑きのことではなく、ヴァチカンが公認しているカトリック系の正式な悪魔祓い師のこと。1200年もの歴史を持つエクソシストだが、映画『エミリー・ローズ』(05)の題材となった「アンネリーゼ・ミシェル事件(悪魔祓いを受けていた女子大生が衰弱死し、家族と司祭が過失致死で起訴された)」が起きた1976年以降は秘密裡に儀式を執り行なうエクソシストの存在は問題視され、欧州での人気は下火となっていた。ところが近年になって教会に悪魔祓いを頼む人々が急増しているという。イタリアの女性監督フェデリカ・ディ・ジャコモは、経験豊かな悪魔祓い師として有名なシチリア島のカタルド神父たちのもとに通い、悪魔祓いの儀式の様子と悪魔祓いを求める人々の素顔に迫っていく。

 初めて公開される悪魔祓いの儀式の様子に、まず目がくぎ付けとなる。本来は取材不可能な秘儀なのだが、その閉鎖性ゆえに映画『エミリー・ローズ』のような不幸な事件が起きてしまった。進歩的な考えの持ち主であるカタルド神父は儀式中にカメラが回ることを許した。朝早くから教会の前には悪魔祓いを求める人々が行列をなしている。悪魔祓いは基本的に個人に対して行うものだが、需要に供給が追いつかないため、この日は集団での儀式が行なわれた。紫色のストーラを首に掛けた神父が祈り始めると、それまで静かだった参列者の中からうめき声が漏れ始め、パンクファッションの若い男性がイスから転げ落ちて床を這いずり回る。「気分が悪い」と、ふらつきながら途中で退席する女性もいる。事前に神父が「誰かに兆候が現われても、祈り続けるように」と説明していたこともあり、参列者たちは騒然となりながらも儀式はそのまま続く。

 

 厳粛な儀式中に一部の参列者がトランス状態に陥ったようにも映るし、動物のように唸りながら床を転がる姿は本当に何かが取り憑いているようにも思える。フェデリカ監督はこういった衝撃映像にナレーションやテロップで説明を加えることなく、ただカメラの前で起きている現象をそのまま観客に伝えるようとする。どう受け取るかは我々の判断に委ねられる。

 カタルド神父は忙しい。集団での悪魔祓いでは足りない人には個別での悪魔祓いを行ない、悪魔憑きと思われる人に手をかざし、聖水を振りまく。教会を訪ねることができない人のために携帯電話での悪魔祓いにも応じている。「彼女から出ていけ、サタン!」と携帯電話に向かって叫び、アーメンと祈りの言葉を捧げる神父。ヴァチカンでは集団での儀式や電話での悪魔祓いは認めていないが、ヴァチカンの偉い人からの回答をのんびり待っていては、教会に救いを求める人たちの切羽詰まった悩みに到底応えることができない。

 悪魔祓いを求める参列者たちの動向もカメラは追っていく。集団儀式の際に床を這っていたパンクファッションの若者は自宅マンションに戻るが、過去にもいろんなトラブルがあったらしく、母親は息子が自宅マンションに入ることを許さない。この若者は居場所がなく、夜の街をさまよい、その結果ドラッグに手を出すことになる。これでは、それこそ悪魔の思うつぼではないか。途中退席した金髪の女性も深刻な状況だった。いくつもの教会を訪ねては儀式に度々参加しているが、症状の回復は一進一退。それ以前には病院でも診てもらい、心療内科に通ったり、脳検査も受けているが、体調が悪化するはっきりした原因は分からないままで、医者からは匙を投げ出されていた。家族からも医学からも見放された彼らにとっての、最後のセーフティネットがエクソシストであるカタルド神父だったのだ。

 

 悪魔祓いを執り行う際には、取り憑かれたと訴えている人が他の病気、特に心理的な病を抱えていないかどうかを見極めることが重要となってくる。明らかに精神病を患っている場合は、向精神薬を用いて医学の力で治療すべきというのが今のカトリック教会の方針だ。時代と共に、宗教の在り方もずいぶんと変わりつつある。悪魔払いの儀式を実際に取材した経験のあるノンフィクション作家・島村菜津の『エクソシスト急募』(メディアファクトリー新書)を読むと、イタリアでエクソシストの需要が急増している社会背景として、精神病院が廃止されていることが挙げられている。非人道的だという理由から、患者を一般社会から隔離する旧来の精神病棟はイタリアではほとんど無くなっているそうだ。また、精神科に通うことでクスリ漬けになってしまうことを嫌い、教会に救いを求める人たちも多い。信仰、家族および生活環境、メンタルヘルスの問題を分離して考えることは難しい。

 カタルド神父は悪魔祓いの儀式のみならず、参列者たちの「夫が職場で浮気しているんじゃないかと心配」「仕事相手がなかなか代金を支払ってくれない」といった日常生活での不平不満にも耳を傾け、ひとりずつ助言を与えてなくてはならない。信者たちに慕われ、祈りの言葉のひとつひとつにありがたみが感じられるカタルド神父は身も心も休まる暇がない。

 カメラは最後に、アンソニー・ホプキンス主演作『ザ・ライト エクソシストの真実』(11)にも登場したヴァチカンにあるレジーナ・アポストロルム大学で行なわれているエクソシスト養成講座の様子を伝える。年に1度開かれるこの講座には、欧州だけでなく、米国からアジアまで世界各地からエクソシストとしての公認資格を得るために神父たちが熱心に集まっている。社会不安に加え、様々なストレスを抱え、心の闇に苦しみ続ける現代人は、悪魔の目には格好の獲物に映ることだろう。そんな現代人たちを悪魔の手から救うため、より多くのエクソシストたちが必要とされている。
(文=長野辰次)

『悪魔祓い、聖なる儀式』

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家族に愛された記憶のない人へ捧ぐ至高の処方箋! カルト王の輝く青春『エンドレス・ポエトリー』

 親から温かい言葉を掛けられたことがない。家族で一緒に過ごした楽しい思い出がまるでない。お盆にお墓参りすることも、お正月に帰省することも疎遠になってしまった──。そんな人におススメなのが、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の最新作『エンドレス・ポエトリー』だ。本作は御年88歳になるホドロフスキー監督が、自身の青春時代を振り返った自伝的映画。実家を飛び出した主人公が運命の恋人や芸術家仲間たちと出逢い、両親の呪縛から解き放たれていく姿を色彩豊かに描いた映像詩となっている。道なき道を進もうとする若き日の自分を、ホドロフスキー監督が叱咤激励する形で物語は進んでいく。

 ストーリーに触れる前に、ホドロフスキー監督がどんなにグレートな人物であるかをご紹介。1929年、南米チリ生まれのホドロフスキー監督は、『エル・トポ』(70)や『ホーリー・マウンテン』(73)といった超シュールな作品で知られるカルト映画の王様。1975年にはSF大作『デューン』の製作に取り組み、絵コンテにフランスコミック界のビッグネームであるメビウス、デザインに新進画家だったH・R・ギーガーを起用。残念なことに『デューン』の企画はハリウッドの大手スタジオに反対されて頓挫したものの、このときの絵コンテやデザイン画は『スター・ウォーズ』(77)や『エイリアン』(79)などの人気SF映画に多大な影響を与えている。

 映画監督としては不遇の時代が続いたホドロフスキー監督だったが、お蔵入りした『デューン』の舞台裏を再現したドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』(13)の撮影で『デューン』のプロデューサーだった旧友ミシェル・セドゥーと感動の再会。彼の支援によって『リアリティのダンス』(13)を撮り、23年ぶりに映画界への復活を果たした。80歳を過ぎて枯れるどころか、頭の中に止めどなく溢れ出る鮮烈なイメージを自由自在に映像化してみせる映画仙人のごとき存在となっていたのだ。

 ホドロフスキー監督の故郷チリで撮影された『エンドレス・ポエトリー』は、監督の少年期と変わり者の両親にスポットライトを当てた『リアリティのダンス』に続く、ホドロフスキー人生劇場の第二幕。家族との葛藤も、命懸けの恋愛も、青春の蹉跌も、すべて南米の明るい陽射しの中で撮影されたマジックリアリズムの世界へと昇華され、安くて美味いチリワインのような豊潤な味わいを感じさせる。ちなみに撮影監督は日本でも人気のクリストファー・ドイルだ。

 チリの首都サンティアゴに、ホドロフスキー一家が引っ越してきたところから本作はスタート。前作『リアリティのダンス』では共産主義に傾倒していた父親(ブロンティス・ホドロフスキー)だが、今はもうお金儲けのことしか考えていない鼻持ちならない商売人だった。音楽を愛する母親(パメラ・フローレス)は父親の言いなりのまま。思春期を迎えたアレハンドロ(イェレミアス・ハースコヴィッツ)は詩人になることを夢見ていたが、父親は「詩人はみんなオカマだ。お前は医者になれ」と息子の将来を一方的に決めつけようとする。高圧的な父親、息子に無関心な母親、ユダヤ系ファミリーの閉鎖的な体質に我慢できなくなったアレハンドロは、親族が集まった本家の庭の木を斧で切り倒すという暴挙に。そのまま両親のもとを飛び出し、若いアーティストたちの溜まり場となっている下宿での新生活を始める。少年時代と決別した青年アレハンドロ(アダン・ホドロフスキー)は、酒場で2リットルのビールジョッキを飲み干す豪快な女詩人ステラ(パメラ・フローレス2役)にひと目惚れし、危険な恋に身を焦がすことになる。

 アレハンドロを迎え入れる下宿先の住人たちが奇人変人ばかりで楽しい。小柄な日本人女性(伊藤郁女)をいつも肩に乗せている合体ダンサー、鍵盤をカナヅチで叩きながら演奏する超絶ピアニスト、全身にペンキを浴びて即興で絵を描くパフォーマンス画家などなど。まるで前衛芸術家版「トキワ荘」のようだ。初めて創作詩を詠むアレハンドロを、下宿仲間たちが大歓迎してくれる。生まれて初めて他者から自分の存在を肯定されたことが、アレハンドロは無性にうれしい。芸術家たちや恋人ステラとの刺激的な体験のひとつひとつが、新しい詩となり、より過激な創作活動へとアレハンドロを掻き立てていく。

 東京国際映画祭の開催中に、ホドロフスキー監督の末の息子であり、青年期のアレハンドロ役で主演したアダン・ホドロフスキーがフランスから来日。父親のことを嫌っていたホドロフスキー監督だが、監督自身はどのような父親だったのだろうか。観客とのティーチインイベントで、息子アダン・ホドロスキーはこう語った。

「フツーの家庭じゃなかったよ(笑)。父は妥協という言葉を知らなかった。子どもの足に合う靴を見つけるまで、靴屋を30軒ほど探し続けたことがある。男の子たちは夕食の前に椅子に立たせられ、1人ずつ詩を朗読させられた。兄弟の中には父に命じられて、裸になってスープの中におしっこをさせられたなんてことも。(日本文化を愛する)父親からは、忍者のように音を立てずに歩く修業をさせられたこともあるよ」

「撮影現場での父は、とにかく人の意見を聞かない。僕の腕を掴み、『こう動くんだ。ここを見ろ』と自分の指示するとおりに動くことを望むんだ。でも僕ができずにいると、3テイク目からは諦めて、『もう勝手にやれ』と僕が演じたいように演じさせてくれたんだ」

 ホドロフスキー監督も自身が嫌っていた父親のように頑固でアクの強い存在らしいが、それでも若き日の自分を演じる息子アダンに対し3テイク目から自由な演技を認めるあたりに、ホドロフスキー監督なりの修正された“家長像”を感じさせる。

 ホドロフスキー監督が生まれ育ったチリは戦前から長きにわたって軍事独裁政権が続き、父親が医学の道に進むように強要したのは息子の身を心配してのことだった。実際、チリの国民的詩人パブロ・ネルーダは1950年代にイタリアへの亡命を余儀なくされている。だが、劇中のアレハンドロは父親が束縛しようとすればするほど、奔放に創作の世界へと打ち込んでいく。生きることに絶望していた親友の詩人エンリケ(レアンドロ・ターブ)には、「詩人なら、現実を異なる視点で見るんだ」という言葉で励ます。アレハンドロにとって詩の創作は、シビアな現実を見つめ、暗い未来を照らすための灯火でもある。ままならない現実社会から目をそらすのではなく、詩人として、そして映画監督として目の前に横たわる問題を咀嚼し、ワンステージ上の創作の世界へ押し上げていく。

 やがてアレハンドロは、より広い世界とさらなる自由を求めてパリへ旅立つことを考え始める。でもフランス語が話せず、知り合いがひとりもいない異郷で果たして生きていけるのか。躊躇する若き日の自分自身の背中を、白髪姿のホドロフスキー監督が現われ、「生きることを恐れるな」と力強く後押しする。

 生を祝福する赤い精霊たちと黄泉の国からの使いであるガイコツたちとが入り乱れて群舞するクライマックス。新しい世界へ旅立とうとするアレハンドロの前に、ずっと嫌いだった父親が立ちはだかる。「お前のことが心配だったんだ。家に戻ってきて、家業を手伝ってくれ」と息子アレハンドロを引き止めようとする。足元にすがりつく父親に対し、大人になったアレハンドロはこんな言葉を残す。

「父は何も与えないことで、私にすべてを与えてくれた。父は誰も愛さないことで、私に愛の必要性を教えてくれた」

 アレハンドロ・ホドロフスキー監督は、不仲だった父親の存在を映画の中で受け入れることを果たした。家族という名の呪縛からようやく解き放たれたホドロフスキー監督。彼の冒険旅行はこれからまだまだ続く。
(文=長野辰次)

『エンドレス・ポエトリー』

監督・脚本/アレハンドロ・ホドロスキー 撮影/クリストファー・ドイル 音楽/アダン・ホドロフスキー 衣装/パスカル・モンタンドン=ホドロフスキー
出演/アダン・ホドロフスキー、パメラ・フローレス、ブロンティス・ホドロフスキー、レアンドロ・ターブ、イェレミアス・ハースコヴィッツ、フリア・アベダーニョ、バスティアン・ボーデンホフェール、キャロン・カールソン、アドニス、伊藤郁女
配給/アップリンク 11月18日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラスト有楽町、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

11月22日(水)~30日(木)、渋谷アップリンク・ギャラリーにて写真展「菊池茂夫が撮るホドロフスキー」を開催。入場無料。

(C)2016 SATORI FILMS, LE SOLEIL FILMS Y LE PACTE
photo:(C)Pascale Montandon-Jodorowsky
http://www.uplink.co.jp/endless/

 

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エマ・ワトソン嬢による“人類補完計画”が発動!! 『ザ・サークル』は理想郷か、ブラック企業か?

 出会い系アプリで知り合った恋人にLINEで連絡し、食べログで人気のお店へ出掛ける。注文するのは、もちろんインスタ映えするメニューだ。自宅に戻ると、政治家や芸能人のTwitter発言がニュースとなって流れている。1日の終わりにFacebookの「いいね」の数を確認し、それから眠りに就く。SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)は、すっかり日常生活の中に溶け込んでいる。エマ・ワトソン主演映画『ザ・サークル』は新しいSNSを運営する巨大企業を舞台にした、極めて現実味のある近未来サスペンスだ。24時間ずっとSNSと繋がり続けることで、孤立化することなく、秘密を抱えて悩むこともない理想世界を築こうとする若き主人公の野心と挫折を描いた注目作となっている。

 本作の主人公であるメイ(エマ・ワトソン)が転職する先のIT企業「サークル」がすごい。若者たちが憧れる人気ベンチャー企業で、出来たばかりの本社はまるで大学のキャンパスのように緑豊かで広々としており、ガラス張りのオフィスはデザインも優れた快適空間そのもの。社員のことを「サークラー」と呼ぶ、とても自由な社風だ。社員食堂はGoogle社と同じく無料で食べ放題。週末には人気アーティストが出演するライブイベントやパーティーも開かれ、退屈する暇がまったくない。

 メイが入社してしばらくすると、創業者でありカリスマ経営者のベイリー(トム・ハンクス)が全社員を集めてのスピーチを行なう。「全人類がひとつに繋がる完全なる社会を目指そう」。ベイリーが熱く語る企業理念に、メイたち社員は惜しみない拍手を送る。サークル社は福利厚生も充実しており、メイだけでなくメイの両親にも医療保険が適応されるとのこと。そのお陰で、病気がちだったメイの父親は最新の治療を受けることができ、すっかり元気に。この世の理想郷のような最先端企業の一員になれたことが、メイにはとても誇らしかった。

 

 ある日、メイはスピーチ中のベイリーから壇上に呼ばれ、新サービス〈シーチェンジ〉の体験モデルにならないかと持ち掛けられる。〈シーチェンジ〉とは超マイクロカメラを衣服に付けたり、お気に入りの場所に設置することで、その人の見る風景や体験を多くの人とリアルタイムでシェアできるというもの。メイは〈シーチェンジ〉の体験モデルになることに応じるだけでなく、「シーチェンジカメラを24時間身に付け、私の生活を完全に透明化します!」と高らかに宣言する。トイレ休憩とバスタイム以外はすべて可視化するというメイの大胆な言動はたちまち話題となり、メイは世界中で1,000万人のフォロワーを持つアイドル的存在となっていく。

 24時間オープンにし、プライベートをなくせば、ひとりでクヨクヨ悩まずとも気づいた誰かがすぐに励ましてくれる。秘密という概念そのものが消滅するため、犯罪も起きなくなる。自分が体験した感動を世界中の人たちと共有することができる。人類の祖であるアダムとイヴは、神に隠れてこっそりと知恵の実を食べたために楽園を追放されてしまったが、メイが実践するこの新しいライフスタイルが世界中に広まれば、人類は自分たちの手で新しい楽園を築くことができる。SFアニメ『新世紀エヴァンゲリヲン』(テレビ東京系)の中で提唱された“人類補完計画”のように、もう人類はそれぞれが孤独であることに悩み、罪の意識に苦しむこともなくなるはずだったが……。

 SNS上での人気者となったメイは社内でも発言力を増していく一方、メイのもとから去っていく人たちもいる。メイが実家にテレビ電話をしたところ、元気になった両親はSEXの真っ最中だった。娘にSEXを見られただけでも気まずいのに、その映像はリアルタイムで世界中に流れてしまった。メイからの連絡に両親は応えなくなってしまう。大学時代の親友アニー(カレン・ギラン)はメイにサークル社への転職を勧めてくれた恩人だが、サークル社でのポジションをメイに奪われ、職場から去ってしまった。幼なじみのマーサー(エラー・コルトレーン)はSNSを嫌っており、音信不通となる。でも、メイは平気だった。なんせ、1,000万人を超えるフォロワーがメイの味方だったから。

 

 理想社会として描かれるSNSの世界だが、そこで持ち上がるのは同調圧力という問題。Facebookでみんなが「いいね」を押していると、自分も「いいね」しないといけないような強迫観念にとらわれることがあるが、メイが実践するSNSでも同じ現象が起きてしまう。「全人類がサークルに加入し、ひとつに繋がる」という壮大なサービス〈ソウルサーチ〉のプロジェクトリーダーに選ばれたメイは、〈シーチェンジ〉の小型カメラとネットワーク力によって、指名手配中の犯罪者や行方不明者をたちどころに発見してみせる。この〈ソウルサーチ〉が本格的に普及すれば、人類は一体化し、神にもなれる。あるユーザーが、メイと幼なじみのマーサーがケンカ別れしたままなことを思い出し、〈ソウルサーチ〉の力を使って、メイとマーサーとの感動的な再会&仲直りを提案する。善意から発せられたこのアイデアは、膨大な数の「いいね」を集め、SNS上で巨大なうねりとなっていく。システムの推進者であるメイも、孤独の中に安らぎを見出していたマーサーも、想像を絶する善意の波に呑み込まれていく。

 この世界はほんの少し視点を変えるだけで、まったく別なものに見えてくる。メイたち新入社員を熱狂させていたカリスマ経営者のベイリーだが、部外者には新興宗教の教祖のようにも映る。ベイリーは神の奇跡の代わりに、SNSという新しい聖典を若い信者たちに与えた。完全なる民意の反映、透明化された社会を実現させるはずだった〈ソウルサーチ〉だが、全員参加を強要する新しいファシズムの誕生だった。誰かにとってのユートピアは、別の誰かにとってのディストピアになりかねない。メイが夢見たSNSと実生活をリンクさせた理想世界は、システムを運営する側にとっても非常に便利で、都合のいいシステムでもあることを覚えておきたい。
(文=長野辰次)

『ザ・サークル』
原作・脚本/デイヴ・エガーズ 監督/ジェームズ・ポンソルト 
出演/エマ・ワトソン、トム・ハンクス、ジョン・ボイエガ、カレン・ギラン、エラー・コルトレーン、パットン・オズワルト、グレン・ヘドリー、ビル・パクストン
配給/ギャガ 11月10日(金)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
C)2017 IN Splitter, L.P. All Rights Reserved.
http://gaga.ne.jp/circle/

 

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ダメ人間の肥大化した承認欲求が巨大怪獣に変身!? アンハサ主演作『シンクロナイズドモンスター』

 アン・ハサウェイ主演の『ゴジラ』が企画されているという噂が流れてきたのが2~3年前。スペイン出身の新鋭ナチョ・ビガロンド監督のオリジナルストーリーによるぶっ飛んだ内容になるらしいと聞いて、「う~ん、大丈夫か?」と思っていたところ、当然ながら東宝からクレームが入った。その結果、怪獣や物語の設定は大幅に変更された模様。そんなこんなで、いろいろあった末に完成したのが、カナダ映画『シンクロナイズドモンスター』(原題『COLOSSAL』)。SF映画の古典的名作『禁断の惑星』(56)と不条理ドラマ『マルコヴィッチの穴』(99)を掛け合わせたような、懐かしさと奇妙さが漂う超ユニークな怪獣映画として、日本公開される運びとなった。

 物語はこんな感じ。主人公のグロリア(アン・ハサウェイ)はNYでそこそこ活躍しているウェブ系のライター。ところが、グロリアの書いた記事が大炎上を起こしたことから、グロリアは会社をクビになってしまう。30歳を過ぎて無職となり、毎晩のように呑み歩くグロリア。同棲中の恋人ティム(ダン・スティーヴンス)から三行半を突き付けられ、アパートから追い出されるはめに。生まれ故郷に帰ってきたグロリアは、幼なじみのオスカー(ジェイソン・サダイキス)が営むバーでウエイトレスとして働き始めるも、やっぱり朝まで呑んだくれる生活。そんなある日、韓国のソウルに巨大怪獣が現われ、街で暴れ回っている映像をテレビのニュースが伝えた。その怪獣を見て、グロリアはびっくり。頭をよく掻く彼女の癖を、怪獣はまったく同じように真似ていたからだ。

 

 理屈は分からないが、小さい頃から遊んでいた近所の児童公園の砂場にグロリアが足を踏み入れると、巨大怪獣がソウルに出現するらしい。砂場でグロリアが踊れば、怪獣もソウルで地響きを立てて踊る。酔ったグロリアが砂場でコケれば、怪獣もコケてビルを崩壊させてしまう。自分だけの秘密にできず、オスカーを公園に呼び出して打ち明けたところ、今度は何と巨大ロボットも出現! オスカーの動きに合わせて、この巨大ロボットは動き始める。グロリアもオスカーも首をひねるが、それ以上にソウル市街は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなってしまう。

 こんなヘンテコな怪獣映画を生み出したナチョ・ビガロンド監督は、1977年のスペイン生まれ。パソコンの画面上で物語が進んでいく前作『ブラック・ハッカー』(14)も、かなり風変わりなテクノサスペンスだった。オムニバスホラー『ABC・オブ・デス』(12)では、日本の誇る奇才・井口昇監督らと競作。低予算を逆手にとった奇抜なアイデアで勝負する作風は、『片腕マシンガール』(08)が世界的なヒットとなった井口監督にも共通するもの。ひどく乱暴に言えば、“スペインの井口昇”がハリウッドのトップ女優と撮った低予算怪獣映画が『シンクロナイズドモンスター』ということになる。『ダークナイト ライジング』(12)でのキャットウーマン役、『ラブ&ドラッグ』(10)での脱ぎっぷりも良かったアン・ハサウェイの守備範囲はこちらの想像以上に広かった。ぜひとも、井口監督の新作にも出演してほしい。

  初代『ゴジラ』(54)は原水爆がもたらす恐怖のメタファーだったように、庵野秀明総監督の『シン・ゴジラ』(16)は制御不能状態に陥った原発事故のメタファーとして東京に襲い掛かった。ポン・ジュノ監督の『グエムル 漢江の怪物』(06)は韓国に駐留し、化学薬品を垂れ流す米軍基地に対する怒りのメタファーだった。映画の中の怪獣たちは、その時代を生きる人々の心の中に潜む浄化されない衝動としてスクリーン上で暴れ回る。では、ナチョ監督が本作に登場させた巨大怪獣や巨大ロボットはいったい何のメタファーなんだろうか?

 ナチョ監督が本作で描く巨大怪獣は、放射能や軍事基地よりもっと身近なものの成れの果てだ。NYで夢破れて田舎に帰ってきたグロリアの過剰な自意識、故郷からずっと出ることができなかった幼なじみのオスカーの溜め込んできた承認欲求といったものがモンスター化して、ソウル市街に出現することになる。米国から見れば、地球の裏側にある遠い韓国はネット上のSNS世界と大して変わらない。グロリアやオスカーは日常生活で抱いているストレスを、巨大怪獣・巨大ロボットを操ることで解消しようとする。一度でも巨大化する快感を覚えてしまった自意識&承認欲求はどんどん膨張する一方で、コントロールすることが難しい。やがてこの巨大怪獣と巨大ロボットは、グロリアとオスカーの潜在意識に感応して、ソウル市民を悶絶させる大バトルをおっ始める。

 東宝からゴジラキャラクター使用のNGを出されたことからデザイン変更された巨大怪獣だが、顔の造形は『ウルトラマン』(66~67)の第1話「ウルトラ作戦第一号」に登場した宇宙怪獣ベムラーにちょっと似ている。ちなみに、大人になれずにいる主人公たちの潜在意識が大怪獣を生み出すという内容は、二次元怪獣ガヴァドンが登場した『ウルトラマン』の第15話「恐怖の宇宙線」(実相寺昭雄監督!)を彷彿させる。その一方、破壊される街は『ゴジラ』シリーズで何度も破壊された東京ではなく、お隣の韓国ソウルに変更。そのため、ますますシュール度が増したかっこうだ。

 肥大化して暴れ回る自意識や承認欲求にはどう対処すればいいのか。この巨大怪獣、うまく飼い馴らすのはけっこー面倒である。いちばんの安全策は、SNSと同様に酔っぱらった勢いで公園には立ち入らないで、ということだろう。
(文=長野辰次)

『シンクロナイズドモンスター』

製作総指揮/ナチョ・ビカロンド、アン・ハサウェイ
監督・脚本/ナチョ・ビカロンド
出演/アン・ハサウェイ、ジェイソン・サダイキス、ダン・スティーヴンス、オースティン・ストウェル、ティム・ブレイク・ネルソン
配給/アルバトロス・フィルム 11月3日(金)より新宿バルト9、ヒューマントラスト渋谷ほか全国順次ロードショー
(c)2016 COLOSSAL MOVIE PRODUCTIONS,LLC ALL RIGHTS RESERVED.
http://synchronized-monster.com

 

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犯罪史に残る殺人ピエロがモデルの大ヒット作! トラウマが具象化して襲い掛かる『IT/イット』

 そいつ(IT)は27年周期で街に現われ、 トラウマを抱えている人間に襲い掛かる。“ホラー小説の帝王” スティーヴン・キングの代表作『IT』(文春文庫)は、 1990年に米国でテレビドラマ化され、 当時のホラーファンを魅了した。日本でも『IT/イット』 の邦題でビデオリリースされ、カルト的人気を博している。 それから27年の歳月を経て、今度は映画版『IT/イット“ それ”が見えたら、終わり。』として、そいつは甦った。 R指定作品ながら全米ではホラー映画の金字塔『エクソシスト』( 73)を上回る興収成績を収めるメガヒット作となっている。

 なぜゆえ、スティーヴン・キングが生み出した『IT』は、 時代を経ても人々の心を揺さぶり続けるのだろうか。 鬼ごっこのことを英語では「Tag」と言い、鬼は「It」 と呼ばれる。ITとは不定形な怪物であって、 いつ誰がITになるのか分からない。 幼い子どもたちは鬼ごっこが大好きだが、 劇中のITは逃げ回る子どもたちがそれぞれ抱えるトラウマに姿を 変えて執拗に追い掛けてくる。 ITは子どもたちの心の傷を塞いでいるカサブタをむしり取り、 笑いながらその生傷を舐め回す。子どもたちが怯え、苦しむほど、 ITはその子どもを美味しくいただくことができるからだ。 こんな怪物、一度遭ったら二度と忘れられない。

 

 そんな不定形な恐怖であるITに、スティーヴン・ キングが与えたビジュアルはサーカスにいるピエロだった。『 IT/イット』を観た後では、 マクドナルドに置いてある人形が視界に入ってきただけで恐ろしく 感じてしまう。実は子どもたちを脅かすピエロのペニーワイズは、 実在の人物がモデルとなっている。 1970年代の米国を震撼させた“殺人ピエロ”ことジョン・ ゲイシーというシリアルキラーだ。 資産家で街の名士でもあったジョン・ ゲイシーは福祉活動にも積極的で、 ピエロの扮装をしてはパーティーに集まった子どもたちを喜ばせて いた。だが、 その陰ではお気に入りの少年を自宅の地下室に誘い込み、 性的虐待を加えた挙げ句に殺害し、 床下に隠すという凶行を繰り返した。ジョン・ ゲイシーによる犠牲者は33名にも及ぶと言われている。『IT/ イット』 の子どもたちが暗い地下室や下水道を怖がる恐怖の水脈は、 沼地に建てられたジョン・ ゲイシーの自宅の死臭が漂う床下と結びついているのだ。

 映画版『IT/イット』の舞台は、 1980年代の米国の田舎町デリー。スティーヴン・ キング作品でお馴染みキャッスルロックと同じく架空の街だ。 繊細な心を持つ少年ビル(ジェイデン・リーバハー)は、 弟を亡くしたことで吃音症がひどくなってしまった。大雨の日、 弟のジョージーはひとりで遊びに出掛け、 そのまま二度と帰ってこなかった。 ビルは弟の失踪を自分の責任だと思い詰めている。転校生のベン( ジェレミー・レイ・テイラー)は図書館に通う温厚な性格だが、 不良たちから体型のことで虐められる。 父親と2人暮らしの少女ベヴァリー(ソフィア・リリス)は、 父親が自分のことを女として見るようになったことが怖い。 ベヴァリーがバスルームに入ると、 排水溝から赤い血が溢れ出してくる。 ベヴァリーが見る大量の血は、初潮の隠喩だろう。 陽気なピエロの姿をしたペニーワイズ(ビル・スカルスガルド) は、子どもたちの潜在意識の中に潜り込み、 それぞれが抱えているトラウマに変身して、子どもたちが苦しみ、 顔を歪める様子を眺めて大喜びする。

 

『IT/イット』は単なるホラーではなく、 思春期を迎えた少年少女たちの成長ドラマとなっているところがス ティーヴン・キングならでは。 ペニーワイズの幻影に悩まされているビルたち7人は学校ではルー ザークラブ(負け犬クラブ)と呼ばれているが、 7人で夏休みを過ごしていくうちに無二の親友となっていく。 吃音症で悩んでいたビルも、 仲間と一緒だとあまり気にしないで済む。 パンツ一丁になって川へ飛び込み、 血まみれ状態のままだったベヴァリー家のバスルームをみんなで清 掃する。不良チームを率いるヘンリー(ニコラス・ハミルトン) にも7人で立ち向かった。 クラブの紅一点であるベヴァリーをめぐるロマンスも生まれる。 仲間と出逢い、初恋を経験し、 夏休みの間にビルたちはぐんぐんと大きくなっていく。 7人一緒なら、怖いものはない。ルーザークラブの一行は、 ペニーワイズが27年ごとにこの街に現われては多くの子どもたち をさらっていることに気づき、 下水道に潜むペニーワイズとの対決を決意する。 ひと夏の美しい記憶とおぞましい恐怖体験との対比が鮮やかに描か れる。

 ペニーワイズのモデルとなった連続殺人鬼ジョン・ゲイシーだが、 もちろん彼にも少年時代はあった。 厳格で癇癪持ちの父親のもとで育ったジョン・ ゲイシーは父親の暴力や暴言に苦しみながら、 それでも父親に愛されたいと願っていた。 大人になったゲイシーは勤勉な実業家として成功を収め、 ボランティア活動にも励んだ。 父親から一人前の男として認められたいという想いからだった。 結局、ゲイシーは父親の愛情を得ることができず、 自分自身が街の子どもたちを苦しめるという倒錯した欲望に溺れて いくことになる。『IT/イット』 に登場する不良少年ヘンリーも父親に虐待されており、 家庭内で溜め込んだ負の感情をルーザークラブのメンバーを虐める ことで吐き出そうとする。 本作のヒロインである美少女ベヴァリーもまた、 父親の支配に悩まされ続けている。 彼女もビルやベンたちと出逢っていなかったら、 もしかしたらITの仲間になっていたかもしれない。 ITは姿を変え、我々が忘れた頃にふいに現われる。

 映画版『IT/イット』はビルたちルーザークラブの7人が“ 大人への通過儀礼” としてペニーワイズと直接対決するシーンがクライマックスとなっ ている。ジュブナイルものとして秀逸な出来映えだが、原作& テレビドラマ版では40代になったビルたちの前に再びペニーワイ ズが出現することになる。 生きることに不安を感じていた10代の頃と違い、 40代になると仕事のこと、家庭のこと、残された人生のこと…… と違った悩みを背負うようになる。 人生に疲れた身体にムチ打って、 またペニーワイズと戦うのは少年時代とは違ったしんどさがある。 ギレルモ・デル・トロ製作総指揮『MAMA』(13) でデビューしたアンディ・ ムスキエティ監督は本作が記録的大ヒットになったことから、 続編製作にヤル気まんまんとのこと。 完結編の公開は27年後ではないことを願おう。
(文=長野辰次)

 

『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』
原作/スティーヴン・キング 脚本/チェイス・パーマー、キャリー・フクナガ、ゲイリー・ ドーベルマン 監督/アンディ・ムスキエティ
出演/ジェイデン・リーバハー、ビル・スカルスガルド、フィン・ ウォルフハード、ジャック・ディラン・グレイザー、ソフィア・ リリス、ジェレミー・レイ・テイラー、ワイアット・オレフ、 チョーズン・ジェイコブズ、ニコラス・ハミルトン、ジャクソン・ ロバート・スコット
配給/ワーナー・ブラザース映画 R15+ 11月3日(金)より丸の内ピカデリー、 新宿ピカデリーほか全国公開
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