憧れの存在には、いつまでも輝き続けてほしい。哀歓系コメディ『ピンカートンに会いにいく』

 自分がブレイクできずにいるのは、事務所の営業努力のなさやプロデューサーたちに見る目がないからだ。映画『ピンカートンに会いにいく』の主人公・優子(内田慈)はそう思い込むことで、芸能界の片隅で辛うじてこれまで生きてきた。オーディションに落ちる度に、周囲に毒を吐く人生だった。アルバイトをしながら、タレント&女優として成功するという夢にしがみついてきたものの、30代も後半となり現実のシビアさが肌身にヒリヒリと沁みるようになってきた。『ピンカートンに会いにいく』は、夢は願い続ければきっと叶うという能天気な青春ドラマでもなければ、主人公が大人になる成長ドラマでもない。ずっとネガティブ思考に囚われ続けてきたひとりの女性が、人生のスタートラインに立つまでを描いたとても慎ましい物語だ。

 本作を撮り上げたのは、大阪芸術大学映像学科&東京藝術大学大学院映像研究科出身の坂下雄一郎監督。1986年生まれの新鋭監督だ。新しい才能の発掘を目的にしている「松竹ブロードキャスティング」が制作した勘違いコメディ『東京ウィンドオーケストラ』(17)で商業デビュー。続いて低予算映画の地方ロケの惨状をブラックコメディ化した異色作『エキストランド』(17)も公開され、再び「松竹ブロードキャスティング」と組んだ『ピンカートン』と、デビュー1年目にしてオリジナル脚本のコメディ作品が3本劇場公開される期待の存在。若手監督らしく『ピンカートン』にはまだ洗練されきっていない、レアな感情と毒っけのある笑いが注がれた新鮮みのある作品となっている。

 今や毒吐きおばさんと化している優子だが、実は20年前に5人組のアイドルグループ「ピンカートン」として芸能デビューを果たしていた。勝ち気な性格の優子がリーダーを務めていたが、シングル曲「Revolution now」をリリースしてこれからというときに、あっけなく解散してしまう。一番人気だった葵がソロデビューするという噂が流れ、グループ内に確執が生まれたことが原因だった。

 20年前はグループが解散しても、若い自分にはまだ明るい未来が待っていると信じていた。でも、いつの間にか自主映画の死体役とかパチンコ店のイベントのMCぐらいしか仕事は回ってこない状態に。さらに散々ディスってきた所属事務所からは、契約解除を言い渡されてしまう。40歳を目前にして、人生真っ暗闇となる優子。芸能界でスポットライトを浴びるという夢は、いつの間にか自分自身への呪いと変わり、優子を雁字搦めに縛り付けていた。

 だが、捨てる神あれば拾う神もあり。そんなドン底状態の優子に、一本の蜘蛛の糸が垂れ下がってきた。不完全燃焼で終わった「ピンカートン」の再結成ライブをやろうという奇特なプロデューサーが現われたのだ。レコード会社に勤める松本(田中健太郎)は、少年時代に「ピンカートン」の大ファンだったが、楽しみにしていたライブを観ることなく彼女たちは芸能界の表舞台から去ってしまった。憧れの存在だった「ピンカートン」に、ちゃんとライブをやらせてあげたい。ちょっと頼りなさげな松本の提案に、優子はもったいぶりながらもすがりつくしかない。

 美紀(山田真歩)をはじめ、かつてのメンバー3人は芸能界をすでに引退して、普通の主婦となっていた。家族や子どもたちの手前もあって、再結成にはあまり気が進まない。だが、美紀たちのモチベーションの低さ以上に大きな問題があった。かつて優子とケンカ別れした葵を呼び戻すことができなければ、「ピンカートン」は再結成したことにはならない。優子と葵が20年ぶりに仲直りできるかどうかが、グループ再結成の大事な鍵だった。

 人生の先が見えてきた現在とキラキラと輝く未来が待っていると信じていたアイドル時代とが交錯する形で、ストーリーは進んでいく。20年前、優子(小川あん)と葵(岡本夏美)はグループ内でいちばん仲がよかった。一緒にオーディションを受けにいき、「他のアイドルたちが全員死ねばいいのに」と2人で毒づきあいながら、ブレイクできずにいる悶々とした日々を共に過ごしてきた。優子と葵はいちばんの親友であり、いちばん身近なライバルでもあった。それゆえに、一度壊れた関係を修復するのは容易ではない。再結成を前に、仲直りを勧める他のメンバーたちに対して、優子はなかなか素直になれない。心で思っていることとは、真逆な言葉を吐き出してしまう。

「大人になったら仲直りって言わないんだよ。それって謝罪っていうんだからね!」

 毒づくことが習慣化してしまった“超痛い女”優子をリアルに演じているのは、インディペンデント系映画で売れっ子の実力派女優・内田慈。本作が映画初主演となる。優子がライバル視してきた葵の20年後を演じるのは、ドス黒系ミステリー『愚行録』(17)での“学園の女王さま”ぶりが印象的だった松本若菜。朝ドラ『花子とアン』(NHK総合)の女流作家役などクセのある役がうまい山田真歩らがこれに絡む。優子、葵のアイドル時代を演じた小川あん、岡本夏美たちもこれから人気が出てきそうな逸材。かつての仲間が再び集まるというプロットは韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』(11)からのいただきだが、毒は吐くのに、胸の中の本音は口にできない主人公たちの面倒くさい心理描写に坂下監督の独自のセンスを感じさせる。

 物語の後半、優子とプロデューサーの松本は、消息のつかめない葵を探して回ることに。グループ解散後、葵は事務所を移り、優子と同じように地味に芸能活動を続けていた。葵の元マネージャーだったという男を見つけるが、「過去にすがって、懸命に生きるのって痛いよね」と元マネージャーは葵のことを冷笑する。それまでずっとちぐはぐだった優子と松本だが、このとき2人は一致団結して、この元マネージャーをボコボコにする。かつて自分が憧れた存在には、いつまでも輝き続けてほしい。だから、自分にとってのアイドルやライバルをディスる奴は、到底許すことができなかった。

 20年の歳月を経て、優子と葵はお互いの心のわだかまりを消し去ることができるのか。優子と葵との20年ぶりの遭遇シーンが、本作のクライマックスとなる。おばさんになった「ピンカートン」の再結成ライブの行方は、映画を観てのお楽しみだ。最後にひとつ言えることは、優子は40歳を前にして、言い訳をしない自分の生きる道を見つけたということ。長年の呪いから、ようやく自分を解放することに成功した優子。目の前に広がる厳しい現実は変わらないものの、彼女の人生がこれから始まろうとしていた。
(文=長野辰次)

『ピンカートンに会いにいく』
監督・脚本/坂下雄一郎
出演/内田慈、松本若菜、山田真歩、水野小論、岩野未知、田村健太郎、
小川あん、岡本夏美、柴田杏花、芋生悠、鈴木まはな 
配給/松竹ブロードキャスティング、アーク・フィルムズ
1月20日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
C)松竹ブロードキャスティング
http://www.pinkerton-movie.com

※「ピンカートン」が歌う主題歌「Revolution now」が、フルコーラスで現在配信中!

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!

 

憧れの存在には、いつまでも輝き続けてほしい。哀歓系コメディ『ピンカートンに会いにいく』

 自分がブレイクできずにいるのは、事務所の営業努力のなさやプロデューサーたちに見る目がないからだ。映画『ピンカートンに会いにいく』の主人公・優子(内田慈)はそう思い込むことで、芸能界の片隅で辛うじてこれまで生きてきた。オーディションに落ちる度に、周囲に毒を吐く人生だった。アルバイトをしながら、タレント&女優として成功するという夢にしがみついてきたものの、30代も後半となり現実のシビアさが肌身にヒリヒリと沁みるようになってきた。『ピンカートンに会いにいく』は、夢は願い続ければきっと叶うという能天気な青春ドラマでもなければ、主人公が大人になる成長ドラマでもない。ずっとネガティブ思考に囚われ続けてきたひとりの女性が、人生のスタートラインに立つまでを描いたとても慎ましい物語だ。

 本作を撮り上げたのは、大阪芸術大学映像学科&東京藝術大学大学院映像研究科出身の坂下雄一郎監督。1986年生まれの新鋭監督だ。新しい才能の発掘を目的にしている「松竹ブロードキャスティング」が制作した勘違いコメディ『東京ウィンドオーケストラ』(17)で商業デビュー。続いて低予算映画の地方ロケの惨状をブラックコメディ化した異色作『エキストランド』(17)も公開され、再び「松竹ブロードキャスティング」と組んだ『ピンカートン』と、デビュー1年目にしてオリジナル脚本のコメディ作品が3本劇場公開される期待の存在。若手監督らしく『ピンカートン』にはまだ洗練されきっていない、レアな感情と毒っけのある笑いが注がれた新鮮みのある作品となっている。

 今や毒吐きおばさんと化している優子だが、実は20年前に5人組のアイドルグループ「ピンカートン」として芸能デビューを果たしていた。勝ち気な性格の優子がリーダーを務めていたが、シングル曲「Revolution now」をリリースしてこれからというときに、あっけなく解散してしまう。一番人気だった葵がソロデビューするという噂が流れ、グループ内に確執が生まれたことが原因だった。

 20年前はグループが解散しても、若い自分にはまだ明るい未来が待っていると信じていた。でも、いつの間にか自主映画の死体役とかパチンコ店のイベントのMCぐらいしか仕事は回ってこない状態に。さらに散々ディスってきた所属事務所からは、契約解除を言い渡されてしまう。40歳を目前にして、人生真っ暗闇となる優子。芸能界でスポットライトを浴びるという夢は、いつの間にか自分自身への呪いと変わり、優子を雁字搦めに縛り付けていた。

 だが、捨てる神あれば拾う神もあり。そんなドン底状態の優子に、一本の蜘蛛の糸が垂れ下がってきた。不完全燃焼で終わった「ピンカートン」の再結成ライブをやろうという奇特なプロデューサーが現われたのだ。レコード会社に勤める松本(田中健太郎)は、少年時代に「ピンカートン」の大ファンだったが、楽しみにしていたライブを観ることなく彼女たちは芸能界の表舞台から去ってしまった。憧れの存在だった「ピンカートン」に、ちゃんとライブをやらせてあげたい。ちょっと頼りなさげな松本の提案に、優子はもったいぶりながらもすがりつくしかない。

 美紀(山田真歩)をはじめ、かつてのメンバー3人は芸能界をすでに引退して、普通の主婦となっていた。家族や子どもたちの手前もあって、再結成にはあまり気が進まない。だが、美紀たちのモチベーションの低さ以上に大きな問題があった。かつて優子とケンカ別れした葵を呼び戻すことができなければ、「ピンカートン」は再結成したことにはならない。優子と葵が20年ぶりに仲直りできるかどうかが、グループ再結成の大事な鍵だった。

 人生の先が見えてきた現在とキラキラと輝く未来が待っていると信じていたアイドル時代とが交錯する形で、ストーリーは進んでいく。20年前、優子(小川あん)と葵(岡本夏美)はグループ内でいちばん仲がよかった。一緒にオーディションを受けにいき、「他のアイドルたちが全員死ねばいいのに」と2人で毒づきあいながら、ブレイクできずにいる悶々とした日々を共に過ごしてきた。優子と葵はいちばんの親友であり、いちばん身近なライバルでもあった。それゆえに、一度壊れた関係を修復するのは容易ではない。再結成を前に、仲直りを勧める他のメンバーたちに対して、優子はなかなか素直になれない。心で思っていることとは、真逆な言葉を吐き出してしまう。

「大人になったら仲直りって言わないんだよ。それって謝罪っていうんだからね!」

 毒づくことが習慣化してしまった“超痛い女”優子をリアルに演じているのは、インディペンデント系映画で売れっ子の実力派女優・内田慈。本作が映画初主演となる。優子がライバル視してきた葵の20年後を演じるのは、ドス黒系ミステリー『愚行録』(17)での“学園の女王さま”ぶりが印象的だった松本若菜。朝ドラ『花子とアン』(NHK総合)の女流作家役などクセのある役がうまい山田真歩らがこれに絡む。優子、葵のアイドル時代を演じた小川あん、岡本夏美たちもこれから人気が出てきそうな逸材。かつての仲間が再び集まるというプロットは韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』(11)からのいただきだが、毒は吐くのに、胸の中の本音は口にできない主人公たちの面倒くさい心理描写に坂下監督の独自のセンスを感じさせる。

 物語の後半、優子とプロデューサーの松本は、消息のつかめない葵を探して回ることに。グループ解散後、葵は事務所を移り、優子と同じように地味に芸能活動を続けていた。葵の元マネージャーだったという男を見つけるが、「過去にすがって、懸命に生きるのって痛いよね」と元マネージャーは葵のことを冷笑する。それまでずっとちぐはぐだった優子と松本だが、このとき2人は一致団結して、この元マネージャーをボコボコにする。かつて自分が憧れた存在には、いつまでも輝き続けてほしい。だから、自分にとってのアイドルやライバルをディスる奴は、到底許すことができなかった。

 20年の歳月を経て、優子と葵はお互いの心のわだかまりを消し去ることができるのか。優子と葵との20年ぶりの遭遇シーンが、本作のクライマックスとなる。おばさんになった「ピンカートン」の再結成ライブの行方は、映画を観てのお楽しみだ。最後にひとつ言えることは、優子は40歳を前にして、言い訳をしない自分の生きる道を見つけたということ。長年の呪いから、ようやく自分を解放することに成功した優子。目の前に広がる厳しい現実は変わらないものの、彼女の人生がこれから始まろうとしていた。
(文=長野辰次)

『ピンカートンに会いにいく』
監督・脚本/坂下雄一郎
出演/内田慈、松本若菜、山田真歩、水野小論、岩野未知、田村健太郎、
小川あん、岡本夏美、柴田杏花、芋生悠、鈴木まはな 
配給/松竹ブロードキャスティング、アーク・フィルムズ
1月20日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
C)松竹ブロードキャスティング
http://www.pinkerton-movie.com

※「ピンカートン」が歌う主題歌「Revolution now」が、フルコーラスで現在配信中!

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!

 

人気女優ミシェル・ロドリゲスが性転換手術をした!? 2018年きっての珍作No.1に決定『レディ・ガイ』

 ミシェル・ロドリゲスといえば、『ワイルド・スピード』(01)や『バイオハザード』(02)などの大ヒットシリーズでおなじみの人気アクション女優。アイパッチ姿で機関銃をぶっ放す『マチェーテ』(10)なんかサイコーだった。そんなミシェルのキメキメなガンアクションが満載で、しかもフルヌードまで披露している見どころたっぷりな主演映画が『レディ・ガイ』(原題『THE ASSIGNMENT』)。共演が『エイリアン』(79)のシガニー・ウィーバーで、『48時間』(82)や『ストリート・オブ・ファイヤー』(84)などの男臭いアクション映画を撮ってきたウォルター・ヒル監督が長年温めてきた企画と聞くとすごく期待値が高まるわけだけど、この映画いろんな意味でこちらの想像を遥かに上回る超エクストリームな怪作なのだ。

 ミシェル・ロドリゲスが出演OKしなければ、実現しなかっただろうこの映画。ミシェルはマジで体を張りまくっています。彼女が演じるのは、フランク・キッチンという名の凄腕の殺し屋。それだけでは別に驚かないけど、このフランクという殺し屋は髭づらの男。裏社会で長年サバイブしてきたタフガイだが、あまりにも多くのターゲットをあの世送りにしたため、敵も少なくない。髭づらのミシェルが素っ裸になって、股間から立派な男性器を起立させているところが、序盤の見逃し厳禁ポイントです。背筋がぞわぞわしてきませんか?

 男性フェロモンむんむんなフランクだが、ある日いつも彼に仕事を回しているマフィアのボスから騙し討ちに遭い、気がつくとそこは安ホテルのベッドの上。全身を包帯でグルグル巻きにされていたフランクが包帯をむしり取ると、びっくり仰天! なんと彼の胸にはたわわなおっぱいが弾み、股間にあった大切な男性シンボルが消えてしまっていた。フランクが意識を失っている間に、悪の天才女医ジェーン(シガニー・ウィーバー)の手によって性転換手術を施され、女性に生まれ変わっていたのだ!!

 女医ジェーンはかつてフランクによって弟を殺され、その復讐としてフランクに性転換手術を行なった。ジェーンいわく「女として生まれ変わって、人生をやり直すチャンスをあなたにあげたのよ」とのこと。この女医も狂っているけど、こんな企画を35年間にもわたって温めてきたウォルター・ヒル監督もどうかしてるよ。みずからこの役に名乗り出たミシェル・ロドリゲスもおかしいし、お正月映画として劇場公開する配給会社もやっぱり変。新年早々、みんなどうかしています。

 性転換手術を凶悪犯罪者への罰のように描いているこの設定は、ジェンダー問題に敏感な人からは非難されているとのこと。ウォルター・ヒル監督もそのことは想定済みだったらしく、以下のように語っている。

ウォルター「トランスジェンダーはこの映画のストーリーにおいては重要な問題だが、テーマではない。これは復讐を描いた映画なんだ。ダークファンタジーだ。トランスジェンダーが直面している現実とは、何の関係もない。この映画には、現実のトランスジェンダーの考え方を否定したり、反論したり、揶揄している部分はいっさいない」

 ぶっ飛び系復讐ドラマとして楽しんでほしいというのが、もうすぐ76歳になる超ベテラン監督の主張だ。それでもやはり、ジェンダーの在り方がこの作品を異色なものに押し上げている。天才女医ジェーンは、フランクがあまりにも攻撃的な男性であるため、性転換手術し、女性ホルモンを投与すれば、まっとーな人間に更生するに違いないという持論を試すために違法手術をやったわけだ。ところが性転換手術によって体は女になっても、フランクの心は元の男のまま。失った男性シンボルの代わりに、拳銃と弾丸へのこだわりをますます見せるようになり、こんな体に改造した女医ジェーンへの復讐心をメラメラと燃やすことになる。クライマックスでは女としてのセクシーな肉体さえも武器に使って、自分を陥れた奴らを次々と血祭りにしていくのだった。

 ミシェル・ロドリゲスはフルヌード、しかもヘアヌードさえ惜しげもなくさらけ出しているのだが、ところがこれがまるでエロくない。なぜなら、彼女が演じているフランクは心がずっと男のままだからだ。肉体は女性であっても、中身が男性だと、観ている側にもセクシーには映らないという奇妙な感覚を我々は味わうことになる。そこにある肉体に宿っているのは女性の心なのか、それとも男性の心なのか。性と心と肉体との不思議な関係について、ふと考えさせられてしまう。

 男としてのフランク、性転換手術によって女になったフランク、2人のフランクを特殊メイクの力も借りて演じ分けたミシェル・ロドリゲス。男性パートでは人工の男性器を股間に装着したまま演じ、そのことで自分は男だと常に意識しながら演じることができたと振り返っている。ちなみに彼女からのオーダーで、大きめの男性器が用意されたそうだ。また、ミシェルは自他共に認める「銃の扱いがいちばんうまい女優」であり、そのことに関して、以下のように語っている。

ミシェル「私はすごく銃が好きで、指の動きひとつで何かをぶっ壊せるとか、そういうところに魅せられている。自分の中に秘めたバイオレンス部分があるのかもしれないと思っていたんだけれど、よく考えてみると、ある意味それは脆さとか弱さの裏返しなのかもしれない。それって自分は女性であること、無防備であることを、銃を持つことで補おうとしているのかもね。銃にこだわる男性たちもそれは同じで、男性にとっての優位な社会、男性としての存在感を銃によって守ろうとしているんじゃないの?」

 低予算で製作されたB級アクション映画だが、娯楽映画という体裁のところどころに性と暴力との関係性が透けて見えてくる。物語の後半、どこにも行き場所のないフランクを匿ってくれた女性看護士ジョニーに対し、フランクは彼女を思いやる感情を抱くようになっていく。女になったフランクを繊細に演じてみせるミシェルの芝居にも注目したい。ただの珍作、怪作とは言い捨てられない奇妙な味わいが余韻として残る。

(文=長野辰次)

『レディ・ガイ』
監督/ウォルター・ヒル テーマ曲/ジョルジオ・モロダー
出演/ミシェル・ロゲリゲス、シガニー・ウィーバー、トニー・シャルーブ、アンソニー・ラバリア、ケイトリン・ジェラード
配給/ギャガ・プラス R15+ 1月6日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
(c)2016 SBS FILMS All Rights reserved
http://gaga.ne.jp/lady-guy

 

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!

 

美女と冒険を愛するジャッキー魂は永遠に不滅!! お約束の展開が心地よい『カンフー・ヨガ』

 お正月をジャッキーと一緒に過ごせる。映画好きな人間にとって、こんなに幸せなことはない。『男はつらいよ』シリーズの寅さんは遠くへ旅立ち、『007』シリーズのジェームズ・ボンドも初代ショーン・コネリーの頃とはずいぶん雰囲気が変わってしまった。映画館の暗がりの中で相も変わらず体を張って、観客を楽しませ続けているスター俳優は、もはやジャッキー・チェンぐらい。そんなジャッキーの最新主演映画『カンフー・ヨガ』は彼の陽性の魅力が存分に発揮された作品。世界興収はすでに290億円を突破し、ジャッキー史上最大のメガヒット作となっている。

『カンフー・ヨガ』というタイトルから分かるように、本作は中国とインドとの合作映画。近年の目覚ましいインド経済の成長とボリウッドパワーをしたたかに取り入れる、商魂たくましいジャッキー師匠。さすがです。中国とインドはカシミール紛争やら弾道ミサイル配備問題もあり、国家レベルでは仲が悪いんだけれど、そこは「アクション映画に国境はなし」を謳うジャッキー映画。香港映画が培ってきた小気味よいアクション&テンポと、インド映画ならではの数百年にわたる壮大な恩讐劇とド派手なミュージカルシーンをミックスさせた一大エンターテイメント絵巻に仕立ててみせている。

 今回、ジャッキーが演じるのは中国・兵馬俑博物館に勤める著名な考古学者にして、なぜかカンフーの達人でもあるジャック。そんなジャックのもとに、インドから超絶美女のアスミタ(ディシャ・パタニ)が古い地図を持って訪ねてくる。かつて天竺(インド)と唐(中国)は友好だった時代があり、その友好の印である秘宝の在り処を古地図は示していた。美女と冒険に目がないジャックは、さっそく助手のシャオグァン(レイ)やトレジャーハンターのジョーンズ(アーリフ・リー)たちを連れて、シルクロード奥深くへと出発。ところがインドの大富豪ランドル(ソーヌー・スード)もこの秘宝を狙っており、崑崙山脈、さらにはドバイ、インドへと目まぐるしく舞台を移しながらのお宝争奪戦が繰り広げられる。

 トレジャーハンター役は『李小龍 マイブラザー』(10)で若き日のブルース・リーを演じたアーリフ・リーに譲っているけど、ジャッキーが“アジアの鷹”を演じた『プロジェクト・イーグル』(91)あたりと、まぁよく似た内容です。スタンリー・トン監督は、ジャッキーとは『ポリス・ストーリー3』(92)、『レッド・ブロンクス』(95)、『THE MYTH/神話』(05)など度々組んできた仲だけに、アクションシーンを若手に振りながらも、美味しいところはしっかりジャッキーに回すという阿吽の呼吸ぶり。ハズレのないおみくじを引くような安定感で、まさにお正月映画にぴったり。

 氷河に覆われた崑崙山脈での宝探しシーンはアイスランドロケを敢行し、ドバイではランボルギーニやフェラーリなどのスーパーカー合計70台を使ったカーチェイスで火花を散らし、見どころ満載な本作。でも、いちばん盛り上がるのは、やっぱりジャッキーの肉体を駆使したアクションシーン。伝説となっている『プロジェクトA』(83)の時計台からの落下や『WHO AM I?』(98)の高層ビルでの滑走のような命懸けなスタントはさすがにないものの、現在63歳とは思えない抜群にキレのあるカンフーアクションを見せてくれる。序盤の木人を相手に体馴らしをするシーンなんか、長年のファンはぐっと来てしまいますね。カンフーの奥義を披露してくれるクライマックスも、もちろん見逃せません。

 また、ジャッキーが屋外マーケットに出没すると、そこで大騒動が起きるのも大切なお約束。今回はインドの市場で路上パフォーマンスが行なわれているところに、ジャックたち一行が逃げ込んだから、さぁ大変! 火喰い芸、蛇使い、剣呑み、空中浮揚といったインドならではの大道芸が繰り広げられる中、ジャックと仲間たちvs.秘宝を執拗に狙う悪党一味との集団抗争が勃発することに。お馴染みの展開の中にも、ロケ先の風情を取り入れて新鮮みを醸し出すことを怠らないアクション指導のジャッキー&長年の盟友スタントリー監督なのです。

 ジャッキー映画はどれも頭空っぽで楽しめるものばかりだけど、『ゴージャス』(99)では環境汚染に言及したり、『ライジング・ドラゴン』(12)では歴史問題を現代の価値観で裁くことの無意味さを説くなど、やんわりとメッセージが込められてきたわけです。今回も敵味方入り乱れての争奪戦となる伝説のお宝は、それを手に入れたものは世界を思うがままに支配することができると言い伝えられている秘宝中の秘宝。冒険ドラマではこの手の財宝は物語を動かすための小道具であって、発見された財宝そのものには意味がないことがほとんどなわけだけど、ジャックたちが苦労して手に入れた今回の財宝はけっこートンチの効いた代物。こういったオチもジャッキー映画ならでは。

 秘宝のタネ明かしが済めば、エンディングは敵も味方も、中国人もインド人も、メインキャストもエキストラもスタッフも、みんな一緒になっての一大ダンスシーン。跳んで、踊って、ここはジャッキーパラダイス。ジャッキーが笑えば、みんなも笑う。浮世の垢は、きれいさっぱり洗い流しましょう。セラピー効果は抜群です!
(文=長野辰次)

『カンフー・ヨガ』
監督・脚本/スタントリー・トン
出演/ジャッキー・チェン、アーリフ・リー、レイ(EXO)、ソーヌー・スード、ディシャ・パタニ、アミラ・ダスツール、エリック・ツァン、チャン・グオリー、ムチミヤ
配給/KADOKAWA 12月22日より全国ロードショー中
C)2017 SR MEDIA KHORGOS TAIHE SHINEWORK PICTURES SR CULTURE & ENTERTAINMENT. ALL RIGHTS RESERVED
http://kungfuyoga.jp

 

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!

 

美女と冒険を愛するジャッキー魂は永遠に不滅!! お約束の展開が心地よい『カンフー・ヨガ』

 お正月をジャッキーと一緒に過ごせる。映画好きな人間にとって、こんなに幸せなことはない。『男はつらいよ』シリーズの寅さんは遠くへ旅立ち、『007』シリーズのジェームズ・ボンドも初代ショーン・コネリーの頃とはずいぶん雰囲気が変わってしまった。映画館の暗がりの中で相も変わらず体を張って、観客を楽しませ続けているスター俳優は、もはやジャッキー・チェンぐらい。そんなジャッキーの最新主演映画『カンフー・ヨガ』は彼の陽性の魅力が存分に発揮された作品。世界興収はすでに290億円を突破し、ジャッキー史上最大のメガヒット作となっている。

『カンフー・ヨガ』というタイトルから分かるように、本作は中国とインドとの合作映画。近年の目覚ましいインド経済の成長とボリウッドパワーをしたたかに取り入れる、商魂たくましいジャッキー師匠。さすがです。中国とインドはカシミール紛争やら弾道ミサイル配備問題もあり、国家レベルでは仲が悪いんだけれど、そこは「アクション映画に国境はなし」を謳うジャッキー映画。香港映画が培ってきた小気味よいアクション&テンポと、インド映画ならではの数百年にわたる壮大な恩讐劇とド派手なミュージカルシーンをミックスさせた一大エンターテイメント絵巻に仕立ててみせている。

 今回、ジャッキーが演じるのは中国・兵馬俑博物館に勤める著名な考古学者にして、なぜかカンフーの達人でもあるジャック。そんなジャックのもとに、インドから超絶美女のアスミタ(ディシャ・パタニ)が古い地図を持って訪ねてくる。かつて天竺(インド)と唐(中国)は友好だった時代があり、その友好の印である秘宝の在り処を古地図は示していた。美女と冒険に目がないジャックは、さっそく助手のシャオグァン(レイ)やトレジャーハンターのジョーンズ(アーリフ・リー)たちを連れて、シルクロード奥深くへと出発。ところがインドの大富豪ランドル(ソーヌー・スード)もこの秘宝を狙っており、崑崙山脈、さらにはドバイ、インドへと目まぐるしく舞台を移しながらのお宝争奪戦が繰り広げられる。

 トレジャーハンター役は『李小龍 マイブラザー』(10)で若き日のブルース・リーを演じたアーリフ・リーに譲っているけど、ジャッキーが“アジアの鷹”を演じた『プロジェクト・イーグル』(91)あたりと、まぁよく似た内容です。スタンリー・トン監督は、ジャッキーとは『ポリス・ストーリー3』(92)、『レッド・ブロンクス』(95)、『THE MYTH/神話』(05)など度々組んできた仲だけに、アクションシーンを若手に振りながらも、美味しいところはしっかりジャッキーに回すという阿吽の呼吸ぶり。ハズレのないおみくじを引くような安定感で、まさにお正月映画にぴったり。

 氷河に覆われた崑崙山脈での宝探しシーンはアイスランドロケを敢行し、ドバイではランボルギーニやフェラーリなどのスーパーカー合計70台を使ったカーチェイスで火花を散らし、見どころ満載な本作。でも、いちばん盛り上がるのは、やっぱりジャッキーの肉体を駆使したアクションシーン。伝説となっている『プロジェクトA』(83)の時計台からの落下や『WHO AM I?』(98)の高層ビルでの滑走のような命懸けなスタントはさすがにないものの、現在63歳とは思えない抜群にキレのあるカンフーアクションを見せてくれる。序盤の木人を相手に体馴らしをするシーンなんか、長年のファンはぐっと来てしまいますね。カンフーの奥義を披露してくれるクライマックスも、もちろん見逃せません。

 また、ジャッキーが屋外マーケットに出没すると、そこで大騒動が起きるのも大切なお約束。今回はインドの市場で路上パフォーマンスが行なわれているところに、ジャックたち一行が逃げ込んだから、さぁ大変! 火喰い芸、蛇使い、剣呑み、空中浮揚といったインドならではの大道芸が繰り広げられる中、ジャックと仲間たちvs.秘宝を執拗に狙う悪党一味との集団抗争が勃発することに。お馴染みの展開の中にも、ロケ先の風情を取り入れて新鮮みを醸し出すことを怠らないアクション指導のジャッキー&長年の盟友スタントリー監督なのです。

 ジャッキー映画はどれも頭空っぽで楽しめるものばかりだけど、『ゴージャス』(99)では環境汚染に言及したり、『ライジング・ドラゴン』(12)では歴史問題を現代の価値観で裁くことの無意味さを説くなど、やんわりとメッセージが込められてきたわけです。今回も敵味方入り乱れての争奪戦となる伝説のお宝は、それを手に入れたものは世界を思うがままに支配することができると言い伝えられている秘宝中の秘宝。冒険ドラマではこの手の財宝は物語を動かすための小道具であって、発見された財宝そのものには意味がないことがほとんどなわけだけど、ジャックたちが苦労して手に入れた今回の財宝はけっこートンチの効いた代物。こういったオチもジャッキー映画ならでは。

 秘宝のタネ明かしが済めば、エンディングは敵も味方も、中国人もインド人も、メインキャストもエキストラもスタッフも、みんな一緒になっての一大ダンスシーン。跳んで、踊って、ここはジャッキーパラダイス。ジャッキーが笑えば、みんなも笑う。浮世の垢は、きれいさっぱり洗い流しましょう。セラピー効果は抜群です!
(文=長野辰次)

『カンフー・ヨガ』
監督・脚本/スタントリー・トン
出演/ジャッキー・チェン、アーリフ・リー、レイ(EXO)、ソーヌー・スード、ディシャ・パタニ、アミラ・ダスツール、エリック・ツァン、チャン・グオリー、ムチミヤ
配給/KADOKAWA 12月22日より全国ロードショー中
C)2017 SR MEDIA KHORGOS TAIHE SHINEWORK PICTURES SR CULTURE & ENTERTAINMENT. ALL RIGHTS RESERVED
http://kungfuyoga.jp

 

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!

 

片想いをこじらせた“痛い女”松岡茉優に惚れる! 綿矢りさ原作を換骨奪胎した『勝手にふるえてろ』

 松岡茉優はけっこう芸歴が長い。ジュニア時代には園子温監督のブレイク作『愛のむきだし』(09)にヒロイン・満島ひかりを慕う親戚の女の子役でちょい出演し、人気番組『おはスタ』(テレビ東京系)のおはガールも務めていた。『おはスタ』卒業後は本格的に女優の道を歩み出し、吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』(12)で東出昌大の彼女、朝ドラ『あまちゃん』(NHK総合)でアイドルグループ「GMT」のリーダーを演じるも、作品世界にあまりにも同化しすぎて、松岡の存在は印象に残らないという不憫な状況に陥っていた。役へのなりきりぶりが災いした格好だった。

 ところが、2016年にオンエアされた深夜ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!』(テレビ東京系)や大河ドラマ『真田丸』(NHK総合)など素の松岡を“当て書き”した作品に出演し、いっきに輝きを増すようになった。そんな松岡にとって、待望の映画初主演作となるのが綿矢りさ原作『勝手にふるえてろ』だ。

 松岡演じる主人公・ヨシカはかなり重度なこじらせ女子である。OLとして地味に経理の仕事をこなしているが、頭の中は煩悩だらけ。中学時代にずっと片想いしていた“憧れの王子さま”イチ(北村匠海)のことが忘れられず、イチとのほんのちょっとした会話やチラッと目線が合ったときの記憶を反芻してはニヤニヤしている。ちなみにヨシカから告白したり、卒業後に連絡しようと働き掛けたことはいっさいなし。記憶の中のイチを召喚しては、甘酸っぱい想いに駆られる毎日だった。

 そんな“痛い女”ヨシカでも、「俺と付き合ってください」とアタックしてくる男がいる。同期入社した営業部のニ(渡辺大知)だった。王子さま系には程遠いニは、ヨシカのタイプではまったくないものの、人生で初めてコクられて悪い気はしない。いつも挨拶を交わしている近所の釣りおじさん(古舘寛治)やアパートの隣人(片桐はいり)たちに鼻高々に自慢するヨシカ。かなり面倒くさい女である。

 正直、ヨシカにとってストライクゾーンではない“うざい系”のニだが、ヨシカはヨシカで週末に一緒に出掛ける相手もいない。強引なニに渋々つきあううちに、次第に感化されるようになっていく。ニはヨシカとお近づきになりたくて、営業部の同期に頼んで経理部女子との飲み会をセッティングしてもらったと打ち明ける。いつもはニのことを見下している上から目線のヨシカだが、ちゃっかりニの戦術をパクって中学時代の同窓会を企画することに。ヨシカはクラスではまるで目立たない存在だったので、米国留学中の同級生の名前を騙った偽SNSで動員を謀る。もちろん同窓会の目的はただひとつ、卒業以来まったく逢っていないイチと再会するためだ。男性経験ゼロなヨシカだが、理想の彼・イチと現実世界の彼・ニとの二股交際に走る貪欲ガールへと変貌していく。

 理想と現実との狭間で見苦しくジタバタとあがくヨシカを見て、女性だけでなく男性も「これは自分自身の物語だ」と思うのではないだろうか。誰もが“理想の恋人”とつきあいたいと願う。でも、その“理想の恋人”はあくまでも自分の頭の中で描いている想像上の生き物でしかない。実際に憧れの相手と交際できたとしても、「自分の理想像と違う」と早々に幻滅するか、自分の理想像へ矯正しようとし、諍いが起きる。結局、自分が愛していたのは自分が勝手に思い描いていた理想像でしかない。理想の王子さま像にこだわり続けるヨシカは相当に痛々しいが、まったくの赤の他人とは思えない。ヨシカの暴走ぶりに笑いながらも、観ているこちらの胸にグサグサと突き刺さるシーンの連続となっている。

 ストライクゾーンが異様に狭いヨシカにまとわりつき、ストライクゾーンの中へ強引に入り込もうとするのが、ミュージシャンでもある渡辺大知演じる人間臭い男・ニである。ニは自分の趣味である渓流釣りや卓球へとヨシカを無理矢理に連れ出す。そんなニの無神経さはいちいちヨシカの神経を逆なでするが、会社以外はアパートに篭りっきりのヨシカにとっては新鮮な世界であるのも確かだった。それはニにとっても同じだった。自分とは異なる価値観の持ち主とのコミュニケーションに戸惑い、ふるえ、つまずきながらも、ヨシカとニはお互いの距離を少しずつ縮めていくことになる。

 芥川賞作家・綿矢りさが2010年に発表した中編小説を、大九明子監督は大胆に脚色している。原作小説ではヨシカ、イチ、ニ、ヨシカの同僚・くるみ(石橋杏奈)と登場人物が限られていたが、映画版ではヨシカと顔なじみの釣りおじさん、アパートの隣人、コンビニの店員(柳俊太郎)、最寄り駅の駅員(前野朋哉)、行きつけのカフェのウエイトレス(趣里)ら個性豊かな仲間たちとのやりとりを交えた賑やかなコメディ快作となった。クライマックスにはミュージカルパートも用意され、松岡が切々と“痛ガール”の心情を歌い上げる挿入歌「アンモナイト」も見どころ・聴きどころとなっている。松岡の素顔を大九監督が当て書きしたシナリオだが、20代の頃にお笑い芸人を真剣に目指すも挫折した経験を持つ大九監督のこじらせた過去も投影したものとなっている。こじらせた青春を過ごした人ほど、ヨシカのことがますます愛おしく思えてくるに違いない。

 ヨシカが「勝手にふるえてろ」と呟く場面も呟く相手も、原作と映画ではまったく異なるものとなっている。換骨奪胎とも言えるアレンジとなった映画『勝手にふるえてろ』の世界で、女優・松岡茉優は他の誰にも似ていない輝きを放っている。
(文=長野辰次)

『勝手にふるえてろ』
原作/綿矢りさ 監督・脚本/大九明子 
出演/松岡茉優、渡辺大知、石橋杏奈、北村匠海、趣里、前野朋哉、池田鉄洋、稲川実代子、柳俊太郎、山野海、梶原ひかり、金井美樹、小林龍二、増田朋弥、後藤ユウミ、原扶貴子、仲田育史、松島庄汰、古舘寛治、片桐はいり
配給/ファントム・フィルム 12月23日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
(c)映画「勝手にふるえてろ」製作委員会
http://furuetero-movie.com

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!

 

片想いをこじらせた“痛い女”松岡茉優に惚れる! 綿矢りさ原作を換骨奪胎した『勝手にふるえてろ』

 松岡茉優はけっこう芸歴が長い。ジュニア時代には園子温監督のブレイク作『愛のむきだし』(09)にヒロイン・満島ひかりを慕う親戚の女の子役でちょい出演し、人気番組『おはスタ』(テレビ東京系)のおはガールも務めていた。『おはスタ』卒業後は本格的に女優の道を歩み出し、吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』(12)で東出昌大の彼女、朝ドラ『あまちゃん』(NHK総合)でアイドルグループ「GMT」のリーダーを演じるも、作品世界にあまりにも同化しすぎて、松岡の存在は印象に残らないという不憫な状況に陥っていた。役へのなりきりぶりが災いした格好だった。

 ところが、2016年にオンエアされた深夜ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!』(テレビ東京系)や大河ドラマ『真田丸』(NHK総合)など素の松岡を“当て書き”した作品に出演し、いっきに輝きを増すようになった。そんな松岡にとって、待望の映画初主演作となるのが綿矢りさ原作『勝手にふるえてろ』だ。

 松岡演じる主人公・ヨシカはかなり重度なこじらせ女子である。OLとして地味に経理の仕事をこなしているが、頭の中は煩悩だらけ。中学時代にずっと片想いしていた“憧れの王子さま”イチ(北村匠海)のことが忘れられず、イチとのほんのちょっとした会話やチラッと目線が合ったときの記憶を反芻してはニヤニヤしている。ちなみにヨシカから告白したり、卒業後に連絡しようと働き掛けたことはいっさいなし。記憶の中のイチを召喚しては、甘酸っぱい想いに駆られる毎日だった。

 そんな“痛い女”ヨシカでも、「俺と付き合ってください」とアタックしてくる男がいる。同期入社した営業部のニ(渡辺大知)だった。王子さま系には程遠いニは、ヨシカのタイプではまったくないものの、人生で初めてコクられて悪い気はしない。いつも挨拶を交わしている近所の釣りおじさん(古舘寛治)やアパートの隣人(片桐はいり)たちに鼻高々に自慢するヨシカ。かなり面倒くさい女である。

 正直、ヨシカにとってストライクゾーンではない“うざい系”のニだが、ヨシカはヨシカで週末に一緒に出掛ける相手もいない。強引なニに渋々つきあううちに、次第に感化されるようになっていく。ニはヨシカとお近づきになりたくて、営業部の同期に頼んで経理部女子との飲み会をセッティングしてもらったと打ち明ける。いつもはニのことを見下している上から目線のヨシカだが、ちゃっかりニの戦術をパクって中学時代の同窓会を企画することに。ヨシカはクラスではまるで目立たない存在だったので、米国留学中の同級生の名前を騙った偽SNSで動員を謀る。もちろん同窓会の目的はただひとつ、卒業以来まったく逢っていないイチと再会するためだ。男性経験ゼロなヨシカだが、理想の彼・イチと現実世界の彼・ニとの二股交際に走る貪欲ガールへと変貌していく。

 理想と現実との狭間で見苦しくジタバタとあがくヨシカを見て、女性だけでなく男性も「これは自分自身の物語だ」と思うのではないだろうか。誰もが“理想の恋人”とつきあいたいと願う。でも、その“理想の恋人”はあくまでも自分の頭の中で描いている想像上の生き物でしかない。実際に憧れの相手と交際できたとしても、「自分の理想像と違う」と早々に幻滅するか、自分の理想像へ矯正しようとし、諍いが起きる。結局、自分が愛していたのは自分が勝手に思い描いていた理想像でしかない。理想の王子さま像にこだわり続けるヨシカは相当に痛々しいが、まったくの赤の他人とは思えない。ヨシカの暴走ぶりに笑いながらも、観ているこちらの胸にグサグサと突き刺さるシーンの連続となっている。

 ストライクゾーンが異様に狭いヨシカにまとわりつき、ストライクゾーンの中へ強引に入り込もうとするのが、ミュージシャンでもある渡辺大知演じる人間臭い男・ニである。ニは自分の趣味である渓流釣りや卓球へとヨシカを無理矢理に連れ出す。そんなニの無神経さはいちいちヨシカの神経を逆なでするが、会社以外はアパートに篭りっきりのヨシカにとっては新鮮な世界であるのも確かだった。それはニにとっても同じだった。自分とは異なる価値観の持ち主とのコミュニケーションに戸惑い、ふるえ、つまずきながらも、ヨシカとニはお互いの距離を少しずつ縮めていくことになる。

 芥川賞作家・綿矢りさが2010年に発表した中編小説を、大九明子監督は大胆に脚色している。原作小説ではヨシカ、イチ、ニ、ヨシカの同僚・くるみ(石橋杏奈)と登場人物が限られていたが、映画版ではヨシカと顔なじみの釣りおじさん、アパートの隣人、コンビニの店員(柳俊太郎)、最寄り駅の駅員(前野朋哉)、行きつけのカフェのウエイトレス(趣里)ら個性豊かな仲間たちとのやりとりを交えた賑やかなコメディ快作となった。クライマックスにはミュージカルパートも用意され、松岡が切々と“痛ガール”の心情を歌い上げる挿入歌「アンモナイト」も見どころ・聴きどころとなっている。松岡の素顔を大九監督が当て書きしたシナリオだが、20代の頃にお笑い芸人を真剣に目指すも挫折した経験を持つ大九監督のこじらせた過去も投影したものとなっている。こじらせた青春を過ごした人ほど、ヨシカのことがますます愛おしく思えてくるに違いない。

 ヨシカが「勝手にふるえてろ」と呟く場面も呟く相手も、原作と映画ではまったく異なるものとなっている。換骨奪胎とも言えるアレンジとなった映画『勝手にふるえてろ』の世界で、女優・松岡茉優は他の誰にも似ていない輝きを放っている。
(文=長野辰次)

『勝手にふるえてろ』
原作/綿矢りさ 監督・脚本/大九明子 
出演/松岡茉優、渡辺大知、石橋杏奈、北村匠海、趣里、前野朋哉、池田鉄洋、稲川実代子、柳俊太郎、山野海、梶原ひかり、金井美樹、小林龍二、増田朋弥、後藤ユウミ、原扶貴子、仲田育史、松島庄汰、古舘寛治、片桐はいり
配給/ファントム・フィルム 12月23日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
(c)映画「勝手にふるえてろ」製作委員会
http://furuetero-movie.com

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!

 

本当にあった! アホでマヌケなアメリカ白人のトホホすぎる武勇伝『オレの獲物はビンラディン』

 9.11同時多発テロの主謀者であるオサマ・ビンラディンを捕まえるため、日本刀を持って単身パキスタンへ乗り込んだアメリカ白人がいた。まるで出来の悪いB級アクション映画のようだが、これ本当にあった実話。敬虔なキリスト教徒だった米国の一般市民ゲイリー・フォークナーは、「ビンラディンを生け捕りにしろ」という神の啓示を受け、合計7回もパキスタンに渡った挙げ句、パキスタン当局に身柄を拘束され、米国に送還されている。こんなアホでマヌケなアメリカ白人のお騒がせエピソードが、ニコラス・ケイジ主演作『オレの獲物はビンラディン』(原題『Army of One』)として映画化された。

 本作を映画化したのは『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(06)や『ブルーノ』(09)といった過激な“やらせドキュメンタリー”を大ヒットさせたラリー・チャールズ監督。相変わらず、イカれたネタが大好きな米国人監督である。神を信じ、祖国アメリカを愛し、恋人とその家族を守るために、日本刀、手錠、暗視ゴーグルをパキスタンで持ち歩いていた変人ゲイリーを、チャールズ監督はどうしようもないバカだけど憎めない普遍的なアメリカ人像として描いてみせる。

 コロラド州在住のゲイリー(ニコラス・ケイジ)は元々は大工として働き、何度か刑務所のお世話になり、今は便利屋をやっている。町内で困った人がいれば手伝いに行くが、仕事がない日は昔からの仲間とバーでテレビを見ながらビールを呑み続ける生活を送っていた。ある日、ゲイリーは病院で人工透析を受けている間に、神さま(ラッセル・ブランド)からの啓示を受ける。9.11同時多発テロからすでに2年以上の歳月が流れていたが、ブッシュ政権は肝心のビンラディンを捕まえることができずにいる。「お前がパキスタンへ行って、生け捕りにしてこい」と神さまは命じる。神の啓示があれば、後は行動あるのみ。ゲイリーの約6年間に及ぶひとり十字軍がこうして始まった。

 プアホワイト層であるゲイリーは、どうやってパキスタンへ渡ったのか? まず、ゲイリーはヨットでパキスタンを目指す。自然の力で進むヨットなら、交通費がいらないから。ところがヨットはメキシコに漂着して、第一次ひとり十字軍は失敗に終わる。次はイスラエルに入国し、イスラエルの山からハングライダーに乗ってパキスタン入りを計画する。ハングライダーが墜落して、これも失敗。三度目の正直とばかりに、パキスタンの首都イスラマバードへ直行する航空便に搭乗するゲイリー。どうやって日本刀を持ち込んだのかは詳細不明。とにもかくにも、パキスタン入りを果たしたゲイリー。安宿に泊まっていたゲイリーはビンラディンを探す傍ら、持ち前の人見知りしない陽気な性格で地元の人たちと仲良くなり、パキスタン産のハッパを吸って超ハッピーに。「米国もいいが、パキスタンも素晴しい国だ」と異国での生活に溶け込んでいくゲイリーだった。

 アホでマヌケな主人公を、ニコラス・ケイジも裏表のない大らかな米国人として演じている。変人ではあるが、決してキチガイではない。50歳を過ぎているゲイリーには心から愛する恋人がいる。高校時代を一緒に過ごしたマーシ(ウェンディ・マクレンドン=コーヴィ)だ。学生の頃は人気者だったマーシはその後男運には恵まれなかったが、今でも充分に魅力的。オーバードーズで死んだ妹のひとり娘リジー(チェノア・モリソン)は生まれつき障害を持っているが、マーシは養子として引き取り、愛情いっぱいに育てている。愛するマーシの家の玄関のスロープを無償で修理するゲイリー。マーシも破天荒で情熱的なゲイリーのことを優しく受け入れる。ゲイリーとマーシのラブロマンスは映画用の創作かと思いきや、実際にゲイリーは障害を持つ子を育てていた女性をすごく愛していたそうだ。

 額がすっかり広くなったニコラス・ケイジとお下劣コメディ『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(11)に出演していたウェンディとのラブシーンを見ていると無性に泣けてくる。ベテラン俳優2人が演じるゲイリーとマーシは、いい年してまるでウブな高校生のようなカップルなのだ。2人とも真っすぐすぎて、大人の社会で生きていくには不器用なタイプだった。またゲイリーは、マーシとその娘リジーを愛するがゆえに、米国の平和を脅かすアルカイダとビンラディンを成敗するために何度も何度もパキスタンへ渡ろうとする。マーシもゲイリーの一本気な性格を知っているから、神からの使命に燃えるゲイリーの暴走を止めることができない。愛と使命との狭間で揺れ動くゲイリー。男ってヤツは、どの国でも幾つになってもどうしよもないバカばっかりである。

 

『ボラット』をはじめ、米国人の頭からっぽなマッチョイズムを笑い飛ばしてきたチャールズ監督は、本作の主人公であるゲイリーをこう評している。

「ゲイリーは変態的な意味でのアメリカン・ヒーローだと思う。非常に混乱していて、神の声を聞いたと信じ、パキスタンがどこかも知らずに使命感とやる気に満ち、ある意味でアメリカそのもの。なので、ゲイリーの映画を撮れば自然とアメリカそのものについて語れると思ったんだ」

 愛国心や宗教も、チャールズ監督の作品では度々言及されるキーワードだ。その2つのワードについては、このように語っている。

「愛国心という言葉は今の時代は乱用され、誤用されているように思う。不寛容であることを正当化するための言葉として使われている。本当の意味での愛国心という言葉は使われていないんじゃないか。愛すべき国そのものの正体が分からなくなっているため、愛国心という言葉はとても多くの問題を孕んでいるんだ。宗教も誤解されている。宗教は人々に安らぎを与え、生きることに絶望している人は神の存在に救われることもある。宗教や神という概念に頼ることで、心に平穏が訪れることは決して悪いことではない。でも宗教や神は実在するものではないので、そんな幻想にすがりつくことは危険だ。愛国心と同じように宗教も現代社会では誤用されている。本来は人と人とを繋ぐものなのに、人々を対立させるものになってしまっているんだ」

 おかしな映画ばっかり撮っているチャールズ監督だけど、本当はすっごいインテリな平和主義者なんですね。米国ではクリスマスシーズンになると、フランク・キャプラ監督の『素晴しき哉、人生!』(46)がよくテレビ放映される。生きることに絶望したお人よしな米国人ジョージ(ジェームズ・スチュアート)が天使の力で家族や仲間に恵まれた人生を思い出し、自殺を思いとどまるという宗教色の強いハートウォーミングコメディだ。家族を愛し、自分が正しいと思った道を突き進むゲイリーを主人公にした本作は、現代版『素晴しき哉、人生!』だと言えるんじゃないだろうか。
(文=長野辰次)


『オレの獲物はビンラディン』

監督/ラリー・チャールズ
出演/ニコラス・ケイジ、ラッセル・ブランド、ウェンディ・マクレンドン=コーヴィ、レイン・ウィルソン、デニス・オヘア、マシュー・モディーン、アメール・チャダ・パテル
配給/トランスフォーマー PG12 12月16日(土)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開
http://www.transformer.co.jp/m/finding-binladen

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!

強制収容所にガス室は存在しなかった!? 歴史修正主義者との不毛な戦い。実録法廷劇『否定と肯定』

 ナチスドイツによるユダヤ人大量虐殺は行なわれなかった。強制収容所にガス室は存在しなかった──。今なお一部でささやかれているホロコースト否定説。日本では1995年に起きた「マルコポーロ事件」が有名だ。文藝春秋社が発行していた月刊誌「マルコポーロ」95年2月号に、「ガス室は捏造されたもの」という内容の記事が掲載された。米国のユダヤ人団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」からの抗議と広告出稿ボイコット運動により、文藝春秋社は「マルコポーロ」の自主廃刊と社長交替を余儀なくされた。記事内容が検証されることなく文藝春秋社が早々に白旗を揚げたため、多くの日本人にはユダヤ人団体の圧力の凄まじさだけが強烈に印象づけられることになった。映画『否定と肯定』は「マルコポーロ事件」とほぼ同時期に起きていたユダヤ人歴史学者とホロコースト否定論者との闘いを描くことで、タブー視されがちなホロコーストをめぐる問題点を浮き彫りにしている。

 レイチェル・ワイズ主演の実録法廷映画『否定と肯定』は、ユダヤ人歴史学者デボラ・E・リップシュッタットが主人公だ。1994年、リップシュッタット(レイチェル・ワイズ)が米国の大学で講演会を開いているところから物語は始まる。『ホロコーストの真実』を出版したばかりのリップシュッタットはテレビ局から討論番組への出演をオファーされていたが、すべて断っていた。学生から「なんでホロコースト否定論者との討論を避けているんですか?」と質問されるが、「ホロコーストは実際に起きた事実。頭ごなしに否定する人たちと話し合っても時間の無駄」というのがリップシュッタットの考えだった。ところが彼女の講演会に「学生たちに嘘を教えるな」とひとりの男が怒鳴り込んできた。ホロコースト否定論者の英国人作家デヴィッド・アーヴィング(ティモシー・スポール)だった。学生たちの前で挑発しまくるアーヴィング。まるでプロレスの仕込みのようだが、実際に起きたリップシュッタット vs. アーヴィングの第1ラウンドだった。

 

 大胆に宣戦布告してきたアーヴィングは、96年になってから英国の裁判所へ名誉毀損の罪でリップシュッタットを訴える。彼女の著書で中傷され、作家活動に支障をきたしているというのがアーヴィングの告訴内容だった。ホロコーストがあったポーランドでもドイツでもなく、英国の法廷で闘うというのがアーヴィングの狙いだった。英国の裁判では訴えた側ではなく、訴えられた側が無罪であることを立証しなくてはならない。売られたケンカは買ってやろうじゃないかと意気込むリップシュッタットだったが、英国在住の事務弁護士アンソニー(アンドリュー・スコット)から「あなたは裁判で発言しないように」と釘を刺される。また、リップシュッタットはホロコーストからの生還者を証言台に立たせて、収容所で起きた悲劇を彼らの肉声で語らせることがこの裁判では重要だと考えていたが、これも却下されてしまう。裁判に不慣れなホロコーストサバイバーが証言台に立てば、記憶の曖昧さを揚げ足取りされる可能性があるからだった。

 アウェーである英国での裁判を前に、自分を守ってくれるはずの弁護団とうまく意志の疎通ができずにイラ立つリップシュッタット。もし万が一、この裁判に負けるようなことがあれば、自分のせいで歴史上からホロコーストが存在しなかったことになりかねない。ホロコーストで亡くなった人々や遺族すら貶めることになる。英国のユダヤ人グループの長老たちからも、裁判はやめて示談にしたほうがいいと諭される。訴訟を起こしたことでマスコミからの注目度が急上昇したアーヴィングに比べ、リップシュッタットにとっては不利な要素が付きまとう裁判だった。

 リップシュッタットの法廷弁護を引き受けた老弁護士のリチャード(トム・ウィルキンソン)と共に、アウシュビッツへ現地調査に向かう一行。アウシュビッツへのロケ撮影シーンは本作の大きな見どころとなっている。どんよりとしたアウシュビッツの空模様。終戦間際にドイツ軍が爆破したために収容所は破壊されており、跡地には寒々しい荒涼とした風景が広がるばかり。ガス室の痕跡が残る場所に立つリップシュッタットたち。ここで数十万もの罪なきユダヤ人たちが処刑されたのだ。レイチェル・ワイズの視線を通して、強制収容所跡地の禍々しさがひしひしと伝わってくる。アウシュビッツの風景を体感したことで、この後の裁判シーンに1カットだけガス室での処刑場面が挿入されるが、とても生々しいものとして目に焼き付くことになる。

 2000年、ロンドンの王立裁判所での口頭弁論が始まり、アーヴィングは自分自身が弁護人となって証言台で滔々と自説を述べる。ところが、アーヴィングの語る内容とは「アウシュビッツにはガス室はなかった。収容所で伝染病が広まるのを防ぐために、死体をガス消毒していたのである。あれはガス室ではなく、霊安室だった」というトンデモ系のものだった。死体はすぐに焼却されたのに、なぜガス消毒するのか意味不明だった。さらに「なぜ霊安室の扉に覗き穴を付ける必要があったのか?」とツッコミが入ると、「地下にあるガス室をドイツ兵が防空壕代わりに使っていたから」というこれまた珍説が返ってくる。ここに至って、リップシュッタットの弁護団は彼女やホロコーストサバイバーたちをトンデモ学説を振りかざすホロコースト否定論者と同じ土俵には立たせないという戦略をとっていたことが明らかになる。テレビの討論番組や新聞では両論並記という形がよく用いられるが、それは根拠のない自説を唱える歴史修正主義者にとっては史実と同列に並ぶことができる絶好の機会だったのだ。

 裁判が進み、アーヴィングは歴史資料の中から自分に都合のいい部分だけを抜粋し、内容を歪める形で自分の書物に引用していたことが判明する。そして判決、当然ながらリップシュッタットは勝利を収める。ではアーヴィングは歴史修正主義者の立場を改めたかというと、もちろんそんなしおらしい人間ではない。「公判結果をよく読むと、自分に有利なように読むことができる」とお得意の独自解釈をマスコミ相手に繰り広げる。裁判に負けても、彼はホロコースト否定論者であることをやめようとしない。なぜなら、「それでもホロコーストは存在しなかった」と主張したほうが、反ユダヤ主義者たちを中心に自分の出版物が売れるからだ。アーヴィングにとっては歴史的に正しいかどうかよりも、自分の本が売れることが重要だった。

 月刊誌「マルコポーロ」の場合は、アーヴィングたちが支持したホロコースト否定説という反ユダヤ主義者たちのプロパガンダ文書を鵜呑みにした寄稿記事を掲載したために、廃刊へと追い込まれた。歴史修正主義者たちを支える民族差別や偏見が消えない限り、アーヴィングのようなトンデモ学説は今後もささやかれ続けるに違いない。
(文=長野辰次)

『否定と肯定』
監督/ミック・ジャクソン 脚本/デヴィッド・ヘア
出演/レイチェル・ワイズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・スポール、アンドリュー・スコット、ジャック・ロウデン、カレン・ピストリアス、アレックス・ジェニングス
配給/ツイン 12月8日(金)よりTOHOシャンテほか全国ロードショー公開中
C)DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016
http://hitei-koutei.com


『パンドラ映画館』電子書籍
発売中!

日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!

 

キラキラした青春(性春)に復讐してやりたい!! 捻れ曲がったピュアすぎる官能映画『青春夜話』

 1993年に刊行された『怪獣使いと少年』(宝島社)は、怪獣ブームを体験した世代の心を揺さぶる評論集だった。活字で組まれたタイムマシンに乗って、時間旅行に連れ出されたような高揚感を味わうことができた。『ウルトラマン』『ウルトラセブン』、そして『帰ってきたウルトラマン』(いずれもTBS系)といった1960~70年代の特撮ドラマや異形の怪獣たちに夢中になっていた少年時代を、大人の視点を交えた形で再体験させてくれた。『怪獣使いと少年』や『宮崎駿の〈世界〉』(筑摩書房)など、様々なサブカル系評論で知られる切通理作(きりどおし・りさく)氏だが、53歳にして映画監督デビューすることになった。キラキラした青春時代の思い出がない主人公たちが夜の高校に忍び込み、一夜限定でタイムトリップしようとする『青春夜話 Amazing Place』がその処女作である。

 評論集『怪獣使いと少年』が読者を少年時代へとタイムトリップさせてくれたように、映画『青春夜話』は主人公たちと共に観客を多感だった10代の頃へと連れ戻してくれる。しかも、大人の視点を交えた形で。老舗映画誌「キネマ旬報」で20年以上にわたって「ピンク映画時評」を連載している切通氏ゆえに、映画の中で疑似体験させてくれる青春時代はフェティシュなエロ描写満載となっている。切通監督は“怪獣使い”ならぬ“官能使い”として未知なる才能を発揮してみせた。

 

 主人公は20代後半の冴えないサラリーマン・喬(須森隆文)と4歳年下のやはりパッとしないOLの深琴(深琴)。路上に座り込んでいたホームレス(切通理作)へツバを吐く中年サラリーマン(川瀬陽太)に喬がカチンと来たことからひと揉めしているとき、自転車で通りかかった深琴は状況を察して初対面の喬を後ろに乗せてその場から逃げ出す。かなり地味めなボーイ・ミーツ・ガールの物語だ。

 お互いに表向きはおとなしいけど裏で毒づく性格で、酒を呑んでいるうちに意気投合する喬と深琴。同じ高校の出身だが、喬は4つ年上なのでスレ違いの青春を過ごしていたことが分かる。「見たかったなぁ、深琴さんのセーラー服姿」と控えめに盛り上がる2人。酔った勢いでラブホへ行って、ドンキあたりで買った制服を深琴に着せてJKプレイでもするのかなと思いきや、喬は深琴を夜の母校へと誘う。誰もいない校舎の中へと忍び込み、ロッカーにあったセーラー服、チアガール衣装、スクール水着を深琴に着せ、喬は青春時代に果たせなかった欲望の数々を叶えようとする。

 喬のド変態プレイに最初は引き気味だった深琴だったが、「キラキラした青春に復讐したい」という喬の想いには共感を覚える。喬と同様に、深琴も学校ではまるで目立たない生徒だった。華のない自分とは真逆の象徴であるチアリーダーのミニスカ衣装に着替え、夜の教室で踊り出す深琴。イケてなかったあの頃の喬と自分自身にエールを送るために。嫌っていたはずのキラキラした青春だが、羞恥プレイとして演じているうちに次第に気持ちよくなっていることに深琴は気づく。

 53歳にして、自身の脳内エロイメージを赤裸々に74分間の映像世界にしてみせた切通監督。初めての映画撮影に挑んだ切通監督をサポートしたのは製作総指揮の友松直之氏。『AI高感度センサー搭載 メイドロイド』のタイトルでDVD化された『老人とラブドール 私が初潮になった時…』(09)などピンク映画の監督として人気が高い。ピンク映画を専門に上映している上野オークラ劇場あたりで『青春夜話』を上映すれば、それこそアメージングに感じるシニア世代も多いのではないだろうか。本作を語る上で、撮影監督をつとめた黒木歩嬢の存在もはずせない。AV監督やミュージシャンとしても活躍中の才媛で、本作の喬と深琴のフェティッシュな官能場面を実にエロティックかつポップなものに撮り上げてみせている。

 

 普段は自分の意見を他人にはっきり言うことができない深琴だが、高校時代をリプレイしているうちに喬がずっと傍観者なままなことであることに不満を感じるようになる。深琴にばかり着替えさせ、喬はスーツ姿のままだ。「俺は見てるだけでいいんだ」「エッチをさせてくれる女の子は、男にとっては天使」と喬は言うが、それでは深琴の体を張ったトラウマ浄化体験は喬の性的欲求を満たすだけのマスネタ扱いではないか。柔和な性格の喬だが、深琴のことを生身の女としては見ていないことになる。

「タダマン野郎が一丁前に女の価値を評論してんじゃねぇ。この無銭飲食野郎!」

 ただでセックス、しかもコスプレセックスできたことを喜んでいるおめでたい喬に対して、深琴は自分と同じリングに上がってこいと挑発する。高校時代のイケてなかった暗い記憶、心の中にずっと溜め込んできたドス黒い欲望、性に対する無理解と異性への怒り……。様々な感情をぶつけ合いながら、喬と深琴はこの夜何度目かのセックスを交わす。いくつもの夢や感情が重なり合い、2人にとって忘れられない一夜となる。

 本作のヒロインである深琴が、「浦島太郎」の絵本を持った白髪のホームレスと出逢った際の台詞が印象的だ。「玉手箱って開けちゃったら、それまでですよね」。また、喬を相手に「玉手箱、開けないでくれって無理だよね。その前に年をとったらバカみたいだし」とも呟く深琴。評論家であり、映画監督として処女作を撮り上げた切通氏にとっては評論集を編むことも、映画を撮ることも、竜宮城の楽しい思い出がぎっしり詰まった玉手箱をこしらえるような行為であるらしい。この玉手箱を開けてしまえば懐かしい思い出と引き換えに、自分にとって少年時代や青春時代はもはや遠い過去になったことを痛感させられる。それでも、この玉手箱は開けずにはいられない。
(文=長野辰次)

『青春夜話 Amazing Place』

監督・脚本/切通理作 
製作総指揮/友松直之 撮影監督/黒木歩 撮影・照明/田宮健彦 美術/貝原クリス亮 録音・MA/石川二郎 編集/長田直樹、西村絵美、切通理作 音楽/KARAふる
出演/深琴、須森隆文、飯島大介、安部智凛、松井理子、友松直之、川瀬陽太、中沢健、櫻井拓也、石川雄也、黒木歩、衣緒菜、晴野未子、和田光沙、佐野和宏
配給/シネ☆マみれ 12月2日(土)より新宿K’s cinemaにてレイトショー公開
※ 初日舞台挨拶および期間中トークショーあり
http://seishunyawa.com

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!

日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
電子書籍になりました。
詳細はこちらから!