元少年Aになりきった瑛太の自傷シーンはトラウマ級の衝撃!! 連続児童殺傷事件のその後『友罪』

 もしも、最近知り合った仲間が人に話せない秘密を抱えていたら。もしも、その秘密が償いきれないほどの重い罪だったら……。少年犯罪をテーマにしたミステリーものを手掛ける薬丸岳の小説『友罪』(集英社)が、生田斗真&瑛太主演作として映画化された。2人の熱演を引き出したのは、光市母子殺害事件をモチーフにした『ヘヴンズ ストーリー』(10)でベルリン映画祭国際批評家連盟賞を受賞した瀬々敬久監督。今回の『友罪』も実在の事件を連想させることで話題を呼んでいる。

 主人公となる益田(生田斗真)は元週刊誌記者。部数やスキャンダル性を重視する編集方針に不満を持ち、勤めていた出版社を退職してしまう。ジャーナリストとしての夢を捨て切れない益田だったが、家賃を払うこともできず、急場しのぎで寮付きの町工場で働き始める。同じ日に入寮したのが、鈴木(瑛太)だった。人とコミュニケーションすることを避けている鈴木に、益田は妙に惹かれてしまう。中学のときに自殺した同級生と雰囲気がよく似ていたからだった。

 益田も心にキズを負っていることを察知した鈴木は、次第に益田に対して心を開くようになる。慣れない工場での仕事中、益田は不注意から指を切断してパニックに陥ってしまう。益田の窮地を救ったのは鈴木だった。冷静に状況を見ていた鈴木は、益田の切断された指を氷で冷やしながら保存し、益田は接合手術に成功する。熱心な仕事ぶりもあって、鈴木の職場での評価が高まる。

 だが、平和な日々は長くは続かない。益田は元同業者である週刊誌記者の清美(山本美月)から最近起きた児童殺害事件についてのアドバイスを頼まれ、ネット検索をしているうちに、かつて日本中を震撼させた連続児童殺傷事件の当時14歳だった加害者少年と鈴木の顔がよく似ていることに気づく。鈴木は少年院を出所し、偽名を使って生きてきた元少年Aなのか? 益田は鈴木の隠された過去を調べずにはいられなくなってしまう──。

 2013年に発表された薬丸岳の原作小説はあくまでもフィクションだが、原作で触れられる「黒蛇神事件」(映画では『五芒星事件』)は1997年に起きた“酒鬼薔薇事件”を連想させるものとなっている。酒鬼薔薇事件を起こした元少年Aといえば、2015年に出版された元少年A自身の手記『絶歌 神戸連続児童殺傷事件』(太田出版)がベストセラーになったことが記憶に新しい。元少年Aの出所後のストーリーは、『友罪』と『絶歌』でかなり重なり合う部分がある。

『絶歌』の前半部分は頭でっかちなリアルモンスターとしての少年Aの共感不可能な禍々しい日常が描かれているが、少年院を経て実社会に出た元少年Aはゴミ収集車に乗って初めての労働を体験し、また仕事仲間と触れ合うことで、生きることの喜びを実感する。それまで、ずっと死ぬことしか考えていなかった元少年Aは、仕事を通して現実世界と繋がり、それと同時に自分が犯した罪の重さをようやく思い知ることになる。

 映画化された『友罪』でも、他人との間に壁をつくっていた鈴木が、一緒に働く益田たちと交流を深めていくパートは重要なものとなっている。鈴木は口数が少ないものの、心にキズを負っている人間の存在には敏感だ。コールセンターに勤める美代子(夏帆)もつらい過去を抱えているが、鈴木は偏見を持つことなく美代子と接する。指の怪我の癒えた益田の退院祝いを兼ねて、みんなでカラオケに繰り出すシーンは、一瞬のユートピアのような温かさに満ちている。過ちを犯した人間も、善行を重ねればいつかは救済されると信じたくなる。

 一方、一度犯した罪は容易には許されないと糾弾するのが、瀬々監督のメジャーヒット作『64 ロクヨン』(16)に主演した佐藤浩市演じるタクシー運転手の山内だ。原作小説では山内の出番は限られていたが、瀬々監督は山内パートを脚色した上で大幅に増やしている。かつて山内の息子(石田法嗣)は過失事故で複数の子どもの命を奪った。事故以降、山内は加害者の父という責任感から家族を解散し、自分はタクシー運転手となって、細々と遺族に対して慰謝料を払い続けている。瀬々監督は『ヘヴンズ ストーリー』で撮影時17歳だったヒロイン・寉岡萌希に「家族が不幸に遭った人間は、幸せになることは許されない」とキツい言葉を吐かせた。今回は佐藤浩市に同じように重い台詞を言わせている。一度奪った命は二度とは帰ってはこない。新しい家族に、そのことを話すことができるのかと。

 三浦しをん原作、大森立嗣監督の『光』(17)でも心に暗い闇を抱えた若者を演じた瑛太が、今回も強烈な闇演技を披露している。美代子にまとわりつくDV男(忍成修吾)から殴る蹴るの暴行を浴びる鈴木は、無抵抗でボコボコにされるがままだ。さらに、鈴木は石を拾って自分の頭を鮮血が噴き出すまで何度も何度も叩き続ける。「僕が死ぬところ、見ててよ」と叫ぶ。

 自分の過去を隠し、新しい職場で束の間の平穏を感じることはあっても、心の奥に潜む闇は一生消えることはない。死への衝動と生に対する執着心とが、ない交ぜになった迫真の表情だ。元少年Aと同時代を生きる表現者としての、言葉では表現できない複雑な想いがスクリーンから噴き出している。
(文=長野辰次)

『友罪』
原作/薬丸岳 監督・脚本/瀬々敬久
出演/生田斗真、瑛太、夏帆、山本美月、富田靖子、奥野瑛太、飯田芳、小市慢太郎、矢島健一、青木崇高、忍成修吾、西田尚美、村上淳、片岡礼子、石田法嗣、北浦愛、坂井真紀、古舘寛治、宇野祥平、大西信満、渡辺真紀子、光石研、佐藤浩市
配給/ギャガ 5月25日(金)より全国公開
(c)薬丸岳/集英社c)2018映画「友罪」製作委員会
http://gaga.ne.jp/yuzai

 

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「アンクル・トムの小屋」は差別を助長するの!? 米国の暗黒史『私はあなたのニグロではない』

 子どもの頃に世界名作全集「アンクル・トムの小屋」を読んだ人は多いだろう。黒人奴隷トムの苛酷な運命を描いたものだが、親切だったかつての白人オーナーの息子と死に際に再会するラストシーンは涙を誘った。米国南部における人身売買の実態が広く知られるようになり、南北戦争のきっかけになったとも言われている。ところが現代の米国では、アンクル・トムは不人気らしい。トムにとっての幸せは優しい白人オーナーのもとで暮らすこと、という設定が黒人にとっては面白くないのだ。ドキュメンタリー映画『私はあなたのニグロではない』(原題『I AM NOT YOUR NEGRO』)は、人種問題に繋がる有名作品の数々を取り上げた興味深い構成となっている。

 本作のナレーションを務めるのはサミュエル・L・ジャクソン。彼が出演したクェンティン・タランティーノ監督作『ジャンゴ 繋がれざる者』(12)で描かれた黒人虐待シーンは強烈なインパクトがあった。『アベンジャーズ』シリーズをはじめ数多くの娯楽大作に出演しているサミュエルだが、もともとはスパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89)など人種差別を題材にした社会派作品で注目を集めた俳優だ。ハイチ出身のラウル・ペック監督は、“アメリカ黒人文学のレジェンド”ジェームズ・ボールドウィンが遺した未発表原稿をサミュエルに朗読させる形で、キング牧師やマルコムXらが最前線に立った1960年代の公民権運動の歴史を検証していく。

 ストウ夫人ことハリエット・ビーチャー・ストウが「アンクル・トムの小屋」を発表した1852年から9年後に南北戦争が始まり、1863年の奴隷解放宣言へと繋がった。米国史上最大の内戦となった南北戦争は奴隷解放を旗印にした北軍の勝利に終わったが、北軍が引き揚げた後の米国南部では黒人たちに対して大きな締め付けが待っていた。「ジム・クロウ法」という州法が米国南部では施行され、白人が利用するレストランやトイレなどに黒人は入ることは許されず、白人との結婚も禁止といった人種差別政策は、1960年代に公民権運動が盛り上がるまで実に100年近く続くことになった。人権保障を記した合衆国憲法も歴史的な奴隷解放宣言も、実際に効力を発揮するまでにあまりにも多くの血が流れている。

 米国の映画史も偏見と事実の歪曲から始まった。有名すぎるために本作からは省かれているが、“映画の父”と呼ばれるD・W・グリフィスの代表作『国民の創生』(1915)では、南北戦争後に無法地帯化した南部で暴れる黒人たちを制裁する正義の覆面戦隊としてKKK(クー・クラックス・クラン)が描かれている。米国映画の中で正義のヒーローは常に白人だった。ハリウッド黄金期、白人の映画スターたちはスクリーン上で華やかに歌い、踊った。たまに出てくる黒人は、もっぱら頭の弱い道化師役だった。幼い頃のボードウィンは父親に顔がよく似た黒人俳優が登場する映画を観るが、その俳優が演じたのは白人女性をレイプした上に殺害した疑いで逮捕される哀れな学校の用務員というキャラクターだった。

 1950年代になると、黒人の映画スターとしてシドニー・ポワチエが現われる。ポワチエとユダヤ系移民のトニー・カーティスがダブル主演した『手錠のままの脱獄』(58)は古典的バディームービーの名作として知られているが、黒人側にしてみれば、納得しかねるストーリーだった。クライマックス、列車に乗って逃亡しようとする脱走囚の2人。黒人のポワチエはうまく列車に飛び乗るが、怪我を負った白人のカーティスは乗りそびれてしまう。この場面でポワチエは単独での逃亡を諦め、カーティスと一緒に列車から降りてしまう。このエンディングに白人の観客は感動し、黒人の観客はブーイングした。名優として今なおリスペクトされているポワチエだが、白人にとって都合のいい優等生を演じたにすぎないとボールドウィンは手厳しい。アンクル・トムと同じだというわけだ。

 少年時代のボードウィンは多くの男の子がそうであるように、西部劇に夢中になった。西部劇はそれこそ暴力と偏見に溢れたジャンルだ。映画史に残るジョン・フォード監督の人気作『駅馬車』(39)だが、主人公であるジョン・ウェインは駅馬車を襲うネイティブ・アメリカンを次々と射殺する。子どもの頃のボードウィンはウェインら西部劇のヒーローたちに無邪気に声援を送っていたが、やがて物心がつく年齢になると、自分はウェインたち白人側の人間ではなく、白人が虐殺するネイティブ・アメリカン側の人間なのだと気づき、愕然とすることになる。

 襲い掛かる敵に向かって、銃を持って反撃することが許されているのは白人だけだと、ボールドウィンは指摘する。西部劇はすっかり人気がなくなったものの、ボードウィンが半世紀前に指摘したこの構図は現代も変わらない。コロンバイン高校で実際に起きた銃乱射事件を題材にした犯罪映画『エレファント』(03)の中で、イジメがはびこるスクールカーストに対して銃を手にして抵抗することが許されたのは白人の少年たちだった。ボードウィンは言う、「白人が『自由か死か』と叫べば英雄になれるが、黒人が同じことを叫べば断罪される」と。根深い偏見や差別意識は今も消えることがない。映画やテレビなど様々なメディアの中で、それは息づいている。

 白人夫婦の家で、家政婦として働く太った黒人女性のイラストも本作の中に挿入される。この太った家政婦のイラストは、1940年代から続く人気アニメ『トムとジェリー』に登場した黒人のお手伝いさんミセス・トゥ・シューズ(足だけおばさん)を彷彿させる。黒人女性=家政婦というステロタイプなイメージを長年にわたって拡散しつづけたテレビ番組も、ボードウィンらにとっては不快なものだったようだ。

 魔女狩りのように、問題表現のある作品をあげつらい、封印化を迫るのが本作の狙いではない。むしろ、ボードウィンは逆のことを言っている。「問題をすり替えている限り、この社会に希望はない」と。問題に向き合っても、社会は容易には変わらない。だが、問題に向き合わない限り、社会を変えることはできない。本作はボールドウィンのこんな言葉で締めくくられる。

「歴史は過去ではない、現代である。我々は歴史だ。そして、この事実を無視することは犯罪である」
(文=長野辰次)

『私はあなたのニグロではない』
監督/ラウル・ペック 原作・出演/ジェームズ・ボールドウィン
語り/サミュエル・L・ジャクソン 
配給/マジックアワー 5月12日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
http://www.magichour.co.jp/iamnotyournegro

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映画じゃけぇ、何をしてもええんじゃ!! 男根から真珠を取り出すシーンが強烈すぎる『孤狼の血』

 森林浴ならぬ、人間浴はいかがだろうか。せっかく人影もまばらな森や山できれいな空気を吸っても、街に戻ればストレスの多い人間関係に悩まされてしまう。それならいっそアクの強い人間たちにもみくちゃにされ、免疫をしっかりつけておきたい。最新の“人間浴映画”としてお勧めしたいのが、役所広司&松坂桃李主演作『孤狼の血』。実録犯罪映画『凶悪』(13)や『日本で一番悪い奴ら』(16)で注目を集めた白石和彌監督が、東映ヤクザ映画へのオマージュをたっぷり注いだ激熱作品となっている。登場人物は男も女もみんなワケありで、人間くさいキャラクターばかり。劇場を出るときは、きっと誰もがタフガイを気取って、歩道の真ん中を闊歩したくなるはずだ。

 本作の時代設定は、まだ暴対法が施行されていなかった昭和63年(1988)。深作欣二監督が撮った実録ヤクザ映画の金字塔『仁義なき戦い』(73)と同じく広島が舞台。柚月裕子の原作小説では広島県呉原市という架空の街となっているが、映画のロケ地は『仁義なき戦い』にあやかって呉市で行なっている。菅原文太、松方弘樹、金子信雄、田中邦衛、梅宮辰夫らが人間くささを競い合った『仁義なき戦い』シリーズや『県警対組織暴力』(75)の世界を現代に蘇らせようという試みだ。

 昭和の男優たちがギラギラと輝いた『仁義なき戦い』『県警対組織暴力』の世界を愛して止まない白石和彌監督のこの試みに、『シャブ極道』(96)で薬物中毒に陥る破滅的な暴力団組長を熱演した役所広司が期待を裏切ることなく応えてみせる。呉原署に勤めるマル暴刑事の大上(役所広司)、通称ガミさんはヤクザよりもヤクザらしい。昔気質の地元暴力団「尾谷組」と新興暴力団「加古村組」が対立する中、ヤミ金融マンが失踪する事件が発生。大上は事件の真相を探るため、パチンコ店で見かけたヤクザを恫喝し、さらには捜査に非協力的な旅館に付け火をする。大上と行動を共にする新人刑事・日岡(松坂桃李)は、大上のあまりの傍若無人ぶりに驚きを隠せない。

「警察じゃけぇ、何をしてもええんじゃ!」と叫びながら、大上が連れ込み宿に監禁した「加古村組」の構成員・吉田(音尾琢真)を拷問するシーンはひと際強烈だ。好色な吉田の自慢は、男性器の中に埋め込んだ“ごっつい真珠”。大上は吉田をベッドに縛り付け、ごっつい真珠を刃物を使って取り出してみせる。もちろん、ノー麻酔で。ごっつい真珠で多くの女たちを泣かせてきた吉田は、自分もその真珠で泣くはめになる。大上はこの街では怖いもの知らずの存在だった。

 大上の凄さはそれだけではない。裏社会の情報を入手するため、「加古村組」と敵対する「尾谷組」の若頭・一之瀬(江口洋介)や右翼団体の代表・瀧井(ピエール瀧)とはズブズブの関係だった。ヤクザと懇意にしても異動や処分されればそれで終わりだが、大上は警察上層部のスキャンダルも収集し、闇ノートを作成している。この闇ノートがある限り、警察上層部は大上の無軌道ぶりを咎めることができない。ヤクザvs.大上、大上vs.警察上層部、古豪ヤクザvs.新興ヤクザ……と様々な局面が展開し、物語は熱気を帯びてスリリングに転がっていく。

 久々の狂乱演技を見せる役所広司の相棒役を務めるのは、白石和彌監督の『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)で超チャラい不倫男を巧みに演じてみせた松坂桃李。今年公開の映画『不能犯』ではニタニタと不気味に笑う連続殺人鬼、大ヒット中の『娼年』では年上の女性たちを虜にしてしまうコールボーイと、作品ごとにまったくの別人になりきってみせている。今回は広島大学を卒業し、公務員としての職業倫理を遵守するマジメな新人刑事役だ。大上のでたらめさに辟易する日岡だったが、大上が誰よりも捜査に情熱を燃やしていることは認めざるをえない。情熱はゾンビウィルスに比べると遅効性だが、やがて激しく強く感染する。ドブのようにすえた臭いのする裏社会を大上と一緒に駆けずり回るうちに、大上に反発しながらも日岡はガミさん二世と呼びたくなるようなワイルドな刑事へと変貌していく。

 物語の後半、ある事情から大上は街から姿を消すことになる。これからクライマックスに差し掛かるというときに、主人公がふいに消えたことで、逆に物語は大きく膨らんでいく。残された日岡たちは、それまで矢面に立っていた大上抜きで戦うしかない。そして、不思議なことにその場にいないはずの大上の存在感が、より大きなものに感じられる。主人公の不在が物語のカタルシスを呼び込むこの作劇は、本作のたまらない魅力となっている。現代社会から欠落してしまったもの。それは大上が全身からほとばしらせる過剰なまでの情熱であり、人間臭さであり、そして悪党たちを上回る悪知恵である。

 今村昌平監督のパルムドール受賞作『うなぎ』や黒沢清監督のブレイク作『CURE』(ともに97)、実際に起きたバスジャック事件と奇妙にシンクロした『EUREKA』(01)など数多くの名作に出演してきたベテラン俳優・役所広司から、多彩な役に挑んでいる真っ最中の松坂桃李への継承杯のような赴きを感じさせる本作。また、男たちの熱さに触発されたかのように、クラブのママ役の真木よう子、怪我を負った日岡の手当てをする薬局の店員役の阿部純子ら女優陣も女のフェロモンを存分にスクリーンに振りまく。テレビ放映されることを前提に製作されたテレビ局主導映画とは大きく異なる、去勢されることを拒み続ける者たちが集った砦のような劇場映画だ。

 平成の世が終わろうとする現代に、男たちが熱かった昭和の物語がリブートされた。孤高に生きる狼たちの熱い血を、ぜひ最後まで飲み干してほしい。
(文=長野辰次)

『孤狼の血』
原作/柚月裕子 脚本/池上純哉 監督/白石和彌
出演/役所広司、松坂桃李、真木よう子、音尾琢真、駿河太郎、中村倫也、阿部純子、滝藤賢一、矢島健一、田口トモロヲ、ピエール瀧、石橋蓮司、江口洋介
配給/東映 R15+ 5月12日(金)より全国ロードショー
(c)2018「孤狼の血」製作委員会
http://www.korou.jp

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銀盤の真ん中で「愛がほしい」と叫んだ淫蕩女!! 人気アスリートのドキュン人生『アイ,トーニャ』

 冬期五輪における花形競技となっているフィギュアスケートだが、芸術点をめぐってたびたび問題が起きる。スピードや点数を競う他の競技と違い、競技が始まる前から、選手の容姿や品格といった数値化できないものが基礎票として付いて回る。かつては多くの非欧米系選手が、この芸術点に泣かされてきた。米国人ながら“ホワイト・トラッシュ”と呼ばれる貧困層出身のトーニャ・ハーディングも、泣かされてきた側のひとりだった。マーゴット・ロビーがプロデューサーと主演を兼ねた『アイ,トーニャ』は、1994年のリメハンメル五輪直前に起きた「ナンシー・ケリガン襲撃事件」でスポーツスキャンダル史に名前を残すことになるトーニャ・ハーディングの生い立ちから、現在に至るまでの半生を追い掛けた実録ドラマとなっている。

 米国代表として92年のアルベールヒル五輪、続くリメハンメル五輪と2大会連続出場を果たした女子フィギュア選手トーニャ・ハーディング(マーゴット・ロビー)。彼女の選手生活を振り返る上で外すことができないのが、トーニャの母親ラヴォナ(アリソン・ジャネイ)だ。ラヴォナは7度にわたって結婚と離婚を繰り返し、トーニャは幼くして実父と別れ、家庭の愛情に飢えた少女時代を過ごした。そんなトーニャが強い興味を示したのがフィギュアスケートだった。ひんやりとしたリンクの上で軽やかに滑り、くるくると回れば、みんなが注目し、お姫さま気分を味わうことができる。ラヴォナはトーニャにフィギュアを学ばせるが、それは娘への愛情からではなかった。トーニャが金の卵を産むガチョウになるに違いないと踏んだからだった。

 ウエイトレスとして稼いだお金でトーニャをフィギュアの道へと進ませたラヴォナは、コーチよりも怖い存在だった。トーニャが練習中にトイレに行きたいと訴えても、それを許さなかった。トーニャが競技会に出場するようになると、いくら娘ががんばっても、周囲の目を気にすることなく罵倒した。「あの子は叩かないと実力を発揮しない」というラヴォナの偏狭な教育法だった。母親から逃れるように、トーニャはチンピラ風の男ジェフ(セバスチャン・スタン)と交際・結婚するが、トーニャも母親似で男を見る目がなかった。ジェフが優しかったのは最初の数カ月だけで、気に喰わないことがあるとすぐにトーニャを殴った。でも、小さい頃から母親に虐待されてきたトーニャは暴力には慣れっこだった。凶器を手にして反撃するなど、似た者夫婦として付かず離れずの生活を送ることになる。

 トリプルアクセルに成功した史上2人目の女子選手となるトーニャ(1人目は伊藤みどり)だが、選考会ではいつも点数が伸び悩んだ。納得がいかないトーニャは、審査員のひとりを追い掛けてその理由を問いただす。「残念ながら、君は僕たちがイメージする選手像ではないんだ。国家代表になるには、家庭も完璧でないとね」という審査員の言葉は、温かい家庭を知らずに育ったトーニャを冷たく突き放すものだった。高価な競技衣装を買えないトーニャは手縫いの衣装で出場していたが、センスが悪いと酷評されていた。遠征費用やコーチ代もバカにならない。その上、完璧な家庭を持っていないとダメだという。それでもトーニャは諦めない。別居中だったジェフと復縁するなど、彼女なりのベストを尽くす。すべては五輪に出場するため。フィギュアの世界で頂点を極めることが自分の人生を輝かせてくれると、トーニャは信じて疑わなかった。

 物語後半からはいよいよ「ナンシー・ケリガン襲撃事件」の真相が語られるが、ここから先はまるでコーエン兄弟の犯罪ミステリー『ファーゴ』(96)のよう。初めての五輪出場となったアルベールヒルで思うような結果が残せなかったトーニャは、2年後に開催されることになったリメハンメル五輪に賭け、トレーニングを再開する。そんなとき、トーニャのもとに殺害を予告する脅迫状が届く。ナーヴァスになったトーニャは予選会を欠場してしまう。なぜ自分ばかり、つらい目に遭うのか。一度離婚したもののトーニャとよりを戻していた元夫ジェフは、米国代表の座を競うライバルのナンシー・ケリガンも同じ目に遭わなければ不公平だと考える。ところがまぁ、ダメ人間のもとにはダメ人間が集まるもの。自称諜報員というジェフの友人ショーン(ポール・ウォルター・ハウザー)がケリガン宛に脅迫状を送ることを請け負うが、伝言ゲームのように内容がすり替わり、なぜかケリガンを襲撃するという計画に変わってしまう。ショーンが雇った男に足を殴打されたケリガンは五輪選考会を欠場するはめに陥り、トーニャは念願の米国代表の座を手に入れる。だが、当然ながらFBIも含め誰もが、ケリガン襲撃事件の黒幕はトーニャに違いないと疑いの目で彼女を見ていた。

 審査員だけでなく、五輪会場中の観客が、いや世界中の人々が疑惑の目を向ける中で、トーニャにとって最後の五輪競技が始まる。『スーサイド・スクワッド』(16)で愛する男ジョーカーのために命を投げ出す激情女ハーレイ・クイン役でブレイクしたマーゴット・ロビーが、世界中を敵に回しながら孤独に闘うビッチな女になりきってみせる。リンクに降りる前、ドレッシングルームで入念にメイクをするトーニャ。処刑台に上がる直前の死刑囚のようだ。死刑囚にとって、最期の見せ場が死刑執行の瞬間である。トーニャは最後の最後まで、トーニャらしさをリンク上で貫き通す。

 帰国したトーニャには、2度目の死刑執行が待っていた。フィギュアスケート界からの永久追放が言い渡されたのだ。フィギュアだけを生き甲斐にしてきたトーニャにとっては最悪の宣告だった。生き甲斐を奪われたトーニャだったが、それでも彼女は生きている。食べていくためにプロ格闘技の世界へと身を投じる。自分よりも遥かに体のデカい相手にボコボコにされても、トーニャはひるまない。リングで何度ダウンを喰らっても、その度に立ち上がって闘志を見せる。全日本女子プロレスの松永会長がトーニャに出場要請したこともあるが、1試合2億円のギャラでも成立しなかった。このときはトーニャがまだ司法による保護観察処分中で日本に渡航できなかったためだが、ビッチな上にゼニゲバなイメージがトーニャには付いて回った。優雅さを競うフィギュアの世界から最も遠い女がトーニャだった。

 五輪でメダルを獲得し、世界中の人々から賞讃されることを夢見たトーニャ・ハーディングだが、その夢は叶うことはなかった。でも、彼女は世界中の人々に後世まで語り継がれるに違いない。リンクの上で“愛”を叫んだ女として。
(文=長野辰次)

『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』
監督/クレイグ・グレンスピー 製作・脚本/スティーヴン・ロジャース
出演/マーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、アリソン・ジャネイ、ジュリアンヌ・ニコルソン、ポール・ウォルター・ハウザー、マッケナ・グレイス、ケイトリン・カーヴァー、ボヤナ・ノヴァコヴィッチ、アンソニー・レイノルズ
配給/ショウゲート PG12 5月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
C) 2017 AI Film Entertainment LLC. All Rights Reserved.
http://tonya-movie.jp

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実録犯罪やタブーが大好きな韓国映画の醍醐味! 男のフェロモン祭『タクシー運転手』『犯罪都市』

 おもろい映画をつくることに貪欲な韓国映画界が大好物にしているジャンルがある。それは実録犯罪ものと社会的タブーを題材にしたサスペンス作品だ。国内マーケットが限られている韓国は、日本よりも映画の企画を通すことがずっと難しい。それゆえに普段は映画に興味を持たない層を劇場へと足を運ばせ、観客の心にグサッと突き刺さるインパクトのあるテーマ性が欠かせない。朝鮮半島の南北分断を扱った『シュリ』(99)や『シルミド』(03)、迷宮入りした連続殺人事件の謎に迫った『殺人の追憶』(03)など、政治タブーや実話ネタを栄養にして、韓国映画は大きく成長を遂げてきた。GWシーズンに公開される『タクシー運転手 約束は海を越えて』と『犯罪都市』は、どちらも実話ベースであり、タブー要素を含んだ韓国映画ならではの醍醐味が味わえる注目作となっている。

 韓国の国民的人気俳優ソン・ガンホが主演した『タクシー運転手 約束は海を越えて』は、韓国で1,200万人以上を動員した大ヒット作だ。この作品で描かれるのは、1980年5月に起きた「光州事件」。長年にわたって軍事独裁政権を築くことになる陸軍少将・全斗煥がクーデターによって韓国大統領の座を手に入れたことに反対して、光州市の大学生や市民は民主化を訴える抗議デモを行なった。全斗煥政権はこれを暴動と見なし、韓国軍が出動。9日間に及んだ騒乱で、200名を越える死者を出している。韓国の現代史におけるトラウマ的な大事件だった。光州市のある全羅道と全斗煥ほか歴代大統領の出身地である慶尚道との地域対立など複雑な歴史背景も絡んでいることからタブー視されがちな光州事件を、平凡なタクシー運転手の視点を通して、平易かつエモーショナルな娯楽作に仕立てている。

 小学校に通うひとり娘とソウルで暮らしているマンソプ(ソン・ガンホ)は気のいいタクシー運転手だ。街でデモに参加している大学生を見かけると「国家に逆らうなんて、とんでもない奴らだ」と苦虫を噛み潰していた。そんなとき、マンソプはドイツ人の記者ピーター(トーマス・クレッチマン)を乗せて、光州市まで往復するという仕事を請け負う。当時は戒厳令が敷かれ、通行時間が規制されていた。うまく往復できれば10万ウォンと聞き、家賃の支払いに困っていたマンソプは大喜びで飛びつく。このときのマンソプは、光州でどんな悲惨な光景を目撃するか夢想することができなかった。

 光州へ向かう道路はすでに軍部によって検問が置かれていたが、そこはマンソプの口八丁手八丁ぶりでスルーすることに成功。約束どおり、ピーターを光州に無事に送り届けるも、街はゴーストタウン状態となっていた。街は機能しておらず、道を歩く人影も少ない。老女に頼まれたマンソプが病院に向かうと、血を流した学生たちが溢れ返っていた。まるで野戦病院のようだった。

 それまで学生たちの政治運動をバカにしていたマンソプだが、街でカメラを回し始めたピーターに付いていくと、衝撃の場面に出くわす。デモに参加している学生だけでなく、丸腰の市民にまで軍隊は一斉射撃を加えていた。催涙弾と銃弾が飛び交い、逃げ惑う市民たちの中には私服警官が交じり、警棒で殴りつけている。抵抗する人間は、すべて北朝鮮側の工作員と見なされた。軍隊経験のあるマンソプには信じられない光景だった。国家の平和のために尽力していると信じて疑うことのなかった軍や政府が、一般市民たちを粛正する地獄絵図に、マンソプは言葉を失ってしまう。

 ピーターからお金を受け取り、幼い娘が留守番をしている我が家に早く帰ることだけを考えていたマンソプの心の中で何かが大きく崩れていく。自分は娘との平和な家庭を守ることしか頭になかったが、この街では名もない学生や市民たちが社会の民主化を求めて、体を張って闘っている。光州で起きた悲劇は報道管制によって、市外には伝わっていない状態だった。ピーターを国外へ脱出させ、光州事件の真相を世界中へ伝えよう。カタコト英語でしかコミュニケーションできないピーターとの最初の約束を果たすため、マンソプは行きよりも遥かに軍の監視が厳しくなった帰路を強行突破することになる。

 光州事件を地元市民の立場から描いた『光州5・18』(07)でも、主人公はタクシー運転手だった。実際に光州事件ではタクシー運転手やバスの運転手たちが活躍したことが伝えられている。軍隊による学生への弾圧ぶりがあまりにも陰惨だったため、見かねたタクシー運転手が怪我を負った学生を乗せようとすると、タクシー運転手やその場に居合わせた市民たちまで容赦ない暴行に遭い、そのため騒ぎが光州市全域へと広がっていった。駆けつけた他のタクシー運転手やバス運転手たちがタクシーやバスでバリケードを築き、完全武装した軍隊を相手に抵抗を続けた。同業者である光州のタクシー運転手テスル(ユ・ヘジン)の情の深さやジャーナリストとしての使命感に燃えるピーターたちに感化され、平凡な男マンソプが持ち前の愛嬌とプロのドライバーとしての技量を武器に国家権力を相手に闘う姿は鼻の奥をツーンとさせるものがある。

 旬男マ・ドンソク主演の『犯罪都市』も極太系の実録サスペンス映画だ。こちらは北朝鮮と国境を接する中国東北部(旧満州)に暮らす少数民族“中国朝鮮族”というマイノリティーをモチーフにしたポリスアクションもの。韓国映画ファンの間では『哀しき獣』(10)で取り上げられて以降、要注目キーワードとなっていた“中国朝鮮族”だが、『犯罪都市』では組織犯罪に手を染める中国朝鮮族と凶悪事件を専門に扱う刑事たちとの死闘を描いている。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)でゾンビの群れを素手でなぎ倒したマッチョ俳優マ・ドンソクが、今回もその腕っぷしの強さをぞんぶんに発揮している。

 日本では少数民族がらみの問題を映画化しようとすると圧力団体が動き始めるため、クレームが来ることを苦慮して配給会社や劇場側は腰が引けてしまう。その点、韓国映画界はビジネスとして充分に採算が取れると踏めれば、GOサインが出る。実際にソウルのチャイナタウンで起きた実録犯罪事件というリアリティーとマ・ドンソクのパンチの破壊力とが相乗効果で観客をノックアウトする。ナイフや斧を持った凶悪犯たちに平然と立ち向かうドンソクの厚い胸に、女性ならずとも一度は抱かれたいと思うのではないだろうか。

 韓国映画では、警察は腐敗した権力構造の象徴として描かれることが多い。『犯罪都市』の主人公である衿川警察に勤めるマ・ソクト(マ・ドンソク)も違法尋問は平気でやるし、上司を欺くために口から出まかせも吐き、品行方正な公務員には程遠い暴力刑事だ。でもその一方、両親のいない少年のことを気に掛け、入院した部下のために見舞金を集めるなど、思いやりに溢れたひとりの生身の人間であることに気づかされる。

 古くから列強国の思惑に左右され続け、今なお同じ民族が南北に分断されたまま暮らすことを余儀なくされていることから、韓国人の多くは国家体制や現状の社会に対して常に懐疑心を抱いている。国家や社会が信じられないのなら、信頼できる人間を自分たちで見つけるしかない。日本でもてはやされる痩身のイケメン俳優とは真逆なポジションにある、ソン・ガンホやマ・ドンソクといった男ぐさい骨太な俳優たちが韓国で深く愛されている理由が、両作を観るとすごくよく分かる。
(文=長野辰次)

『タクシー運転手 約束は海を越えて』
監督/チャン・フン 脚本/オム・ユナ
出演/ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル
配給/クロックワークス 4月21日(土)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
(c)2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.
http://klockworx-asia.com/taxi-driver/

『犯罪都市』
監督・脚本/カン・ユンソン 武術監督/ホ・ミョンヘン
出演/マ・ドンソク、ユン・ゲサン、チョ・ジェユン、チェ・グィファ、チン・ソンギュ、パク・ジファン、ホ・ソンテ
配給/ファインフィルムズ 4月28日(土)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
(c)2017 KIWI MEDIA GROUP & VANTAGE E&M. ALL RIGHTS RESERVED 
http://www.finefilms.co.jp/outlaws/

 

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“美少女原理主義者”が撮った倒錯的純愛ワールド!! Wヒロインがせめぎあう快楽の極み『聖なるもの』

 心理学者フロイトの言うところの“快感原則”に従って、庵野秀明監督がテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京系)を生み出したことはファンの間では有名だろう。自主映画シーンで活躍する岩切一空(いわきり・いそら)監督の新作『聖なるもの』もまた、快感原則に忠実に従って撮り上げた実写映画となっている。

 新歓シーズンで賑わう大学の映画サークルを舞台にした前作『花に嵐』(16)がPFFアワード準グランプリ、「カナザワ映画祭」観客賞を受賞するなど、1992年生まれの岩切監督は新世代の映像クリエイターとして注目されている。岩切監督が最後の自主映画という触れ込みで完成させた『聖なるもの』は、若手監督の登竜門となっている「MOOCIC LAB2017」で長編部門グランプリを含む4冠を受賞した話題作だ。『花と嵐』と同じく“初めての映画撮影”に浮き足立つ主人公を岩切監督自身が演じ、これまで以上に“美少女原理主義者”としての信条を鮮明に打ち出したものとなっている。

 岩切監督が「聖なるもの」と名付けた上映時間90分のこの映画を一度観ると、ひと言も台詞を口にしない無口なヒロイン・南美櫻、そして19歳のときに主演・監督した『あさつゆ』(16)が「ゆうばりファンタスティック映画祭」に入選した才媛・小川紗良という、真逆な魅力を持つ2人の美少女の輝きが網膜に焼き付いて忘れられなくなってしまう。

 ストーリーはこんな感じだ。全国から上京してきた新入生たちがキャンパスに溢れる新歓期の大学は、まるで毎日がお祭りのような騒ぎ。そんな中、映画サークルに所属する大学3年生の岩切(岩切一空)は、まだ一本も自分の映画を撮れずにいることに焦っていた。先輩が撮る新作映画の主演女優探し&新入部員の勧誘に励むも、メタボ体型でオタクな風貌の岩切が声を掛けても、なかなか女の子は立ち止まってくれない。先輩から無能呼ばわりされて落ち込む岩切だったが、新歓合宿で奇蹟の出逢いを果たすことになる。合宿に向かうバスの中に、名前も知らない、見覚えもない、黒髪の透き通るような白い肌をした美少女(南美櫻)が、ひとりで静かに佇んでいたのだ。

 どこからともなく現われた美少女は、どうやら映画サークルに代々伝わる“新歓の怪談”の少女らしい。4年に一度現われ、「彼女を見た者は、衝動的に映画を撮りたくなり、唯一彼女に選ばれ、彼女を被写体に撮った映画は必ず大傑作になる」と言い伝えられていた。誰もいない夜更けの海で、くだんの美少女は裸になって黒い波とひとりで戯れていた。岩切はどうしようもなく叫ぶ。「僕の映画に出てください!」と。

 いつもはオドオドしている岩切だったが、自分が監督する映画に主演してくれるヒロインが見つかったことで、態度が急変する。名前のない美少女に、漫画『タッチ』のヒロインの名前にあやかって“南”と名付ける。さらには南がケータイを持っていないことから、「連絡が取りやすいし、いろいろ映画の話もできるし」という口実で、アパートの一室で同棲生活を始める。

 おのれの欲望丸出しで、映画製作にのめり込んでいく岩切。映画サークルの有能な後輩である理工学部2年の小川(小川紗良)に対しても、強気でキャスティングを決めてしまう。小川は自分の監督作の準備を進めていたが、岩切のいつにない熱意に押し切られ、5月いっぱいなら岩切の映画に協力すると約束してしまう。南と小川というダブルヒロインを手に入れて、我が世の春を謳歌する岩切だった。だが、南と小川という正反対な魅力を持つヒロインたちは化学融合を起こし、撮影現場は誰にもコントロールできない状況へと陥っていく。

 謎のヒロイン・南を演じるのは、プロフィールをいっさい公表していない南美櫻。岩切監督が5年前から出演交渉し、『聖なるもの』が岩切監督の最後の自主映画になることから出演をOKした。台詞はなく、瞬きもせず、劇中劇の中で「こちらの世界」から「向こう側の世界」へと抜け出そうとする女子高生役を演じる。岩切監督にとって至高のミューズである南美櫻だが、そんなミューズに対しても岩切監督は容赦ない。夜の海の場面では、プロの女優ではない彼女のヌードシーンを用意している。大切な人に自分の映画に出てほしい。そして、まだ誰にも見せたことのないレアな姿をカメラに収めさせてほしい。岩切監督の願望はひどく捻れていて、とても純粋である。

 劇中劇では女子高生役の南をいじめ、向こう側の世界へ行こうとする南を阻止しようとするクラスメイト役の小川だが、南美櫻がカメラの中で無言の魅力を発揮するのに呼応して、小川紗良も岩切ワールドに溶け込み、呼吸を始める。岩切監督の大学のサークルの後輩だったことから小川紗良は出演することになったそうだが、当初はそれほど出番は多くなかったと思われる。ところが静の魅力を醸し出す南とは対照的に、本人はクールのつもりなのに内面はいつも揺れ動いている小川は動的魅力に溢れ、この2人は相乗効果で輝きを増していく。

 庵野監督の『エヴァンゲリオン』でいえば、謎めいた南は綾波レイ、勝ち気な性格の小川は惣流・アスカ・ラングレーを思わせる。後半からは小川の感情の揺れをカメラはどんどん追い掛け、小川のクローズアップが増えていく。岩切が、いや岩切監督が2人のヒロインの間で右往左往していることが手に取るように伝わってくる。さらには『エヴァンゲリオン』の葛城ミサトのようなお姉さんキャラの松本(松本まりか)も現われ、岩切の映画をサポートすることを申し出る。美少女原理主義者である岩切監督は、すべての女性を美しく撮ることに特化していく。だが、女たちのあまりの美しさと奔放さに、岩切が頭の中で夢想していた小さな物語はあっけなく崩壊する。残された岩切は、自制心を失った欲望の塊のモンスターとして暴れ回るしかなかった。

 週末を利用して、撮影が進められた『聖なるもの』。すべてのシーンを撮り終えるのに半年を要したそうだ。岩切監督にとっては長いようで短く、そして切ない半年間だった。撮影が終了すれば、サイコーに美しいヒロインたちともお別れしなくてはならない。いつまでも映画の撮影が続けばいいのに。永遠に五月のままならいいのに。できれば、ミューズは自分の世界だけに閉じ込めておきたい。でも、ミューズは男のそんな浅ましい思惑をするりと通り抜け、向こう側へと軽やかに駆け出していく。

 庵野監督が快感原則によって生み出した『エヴァンゲリン』だが、その世界には阪神・淡路大震災&地下鉄サリン事件に喘いだ1990年代の日本社会の混迷ぶりが見事なまでに映し出されていた。そして『シン・ゴジラ』(16)では、東日本大震災&福島原発事故というセカンドインパクトからの復興へと向かう現代の日本社会を描いてみせた。庵野監督ばりの快感原則に従って、最後の自主映画『聖なるもの』を撮り終えた岩切監督。これから彼はどんな世界へと向かうのだろうか。
(文=長野辰次)

『聖なるもの』
監督・脚本・撮影・編集/岩切一空 劇中歌・主題歌/ボンジュール鈴木 
出演/南美櫻、小川紗良、山元駿、縣豪紀、希代彩、半田美樹、佐保明梨、青山ひかる、松本まりか
配給/SPOTTED PRODUCTIONS 4月14日(土)よりポレポレ東中野にてレイトショー公開、全国順次公開
C)2017「聖なるもの」フィルムパートナーズ
http://seinarumono.com

 

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女性向け性サービスの需要はさらに高まりそう! 松坂桃李が『娼年』でセックスセラピストを熱演

 ハリウッドの実力派女優ジェシカ・チャスティンが主演した政治サスペンス『女神の見えざる手』(17)で、凄腕の政治ロビイストを演じたジェシカが密かに愛用していたのがエスコートサービスだった。政界や財界の大物たちを相手に神経をすり減らす業務に追われる彼女は、恋人をつくる時間と心の余裕がない。そんな彼女にとっての唯一の息抜きが、エスコートサービスと過ごすホテルでの一夜だった。松坂桃李が主演した『娼年』は東京が舞台だが、高級娼夫に扮した松坂を指名する女性客たちも、ジェシカと同じようにストレスの多い日々を過ごしているに違いない。

 直木賞作家・石田衣良が2001年に発表した同名小説を映画化したのは、乱交パーティーに集まる男女の本音を赤裸々に描き出した『愛の渦』(14=記事参照)が大反響を呼んだ三浦大輔監督。今回の『娼年』は女性専用の高級コールクラブを題材にした“裏風俗”もの第2弾だ。2016年に上演された舞台版に続いて、松坂桃李が主人公リョウ役を演じている。有名大学に在学するリョウだが、講義を聴講するのに飽き、就職活動にも興味が持てず、毎晩下北沢にあるバーでバーテンとして働いていた。バーに客として現われたゴージャスな大人の女性・御堂静香(真飛聖)に誘われ、リョウは退屈しのぎと好奇心から男娼の仕事を始めることに。年上の女性たちとベッドを共にし、リョウの世界観は大きく変わり始める。

 時給1万円の娼夫として仕事をスタートしたリョウだが、意外な才能を発揮することになる。ベッドイン前から、リョウの前戯はすでに始まっている。リョウを指名した顧客と、まずはレストランで食事と会話を楽しみ、相手をリラックスさせる。爽やかな笑顔と学生らしい何気ないおしゃべりで相手の緊張をほぐせば、女性はすんなりと心のドアを開いてくれる。ホテルに着いたリョウは、さらに優しいキスと全身への愛撫を重ね、顧客の体を丁寧に問診する。男と同等に、もしくは男以上にハードに働く女性たちの溜め込んでいる性欲とストレスを、SEXしながらゆっくりと吐き出させていく。リョウは働く女性たちにとって、優れたセックスセラピストのような存在だった。

 リョウもまた女性の内面を覗くことで、それまでの女性観を改める。御堂静香と出会うまでは、SEXは単調なピストン運動、女性との付き合いも面倒くさいものと決め込んでいたが、根が几帳面なリョウは娼夫という仕事に正面から向き合い、女性たちが実に様々な欲望を抱えていることを身を持って体感する。多くの女性たちの欲望は、本人の業から発せられるものだろう。その欲望、業の深さにビビって逃げ出す新人男娼は少なくなかったが、リョウは逆だった。他人には言えない恥ずかしい願望やトラウマを抱える女性のことがかわいらしく思えて仕方ない。年上の女性の笑いじわや肉体の柔らかさも、リョウにはとても愛おしく感じられる。

 リョウ役を演じた松坂桃李は、本作の中で様々なプレイに挑戦する。優しいSEXだけでなく、おしゃれなお姉さんっぽいヒロミ(大谷麻衣)は後背位で激しく責める。夫以外の男に抱かれると興奮するという若妻・紀子(佐々木心音)はいやらしい言葉責めでいたぶってみせる。和服が似合う老女(江波杏子)のスイートスポットも隈無く探索する。顧客の想像を上回る熱いサービスが、リョウのモットーだった。御堂静香にスカウトされて間もないリョウだったが、顧客満足度No.1の売れっ子娼夫となっていく。

 松坂桃李は不倫サスペンス『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)でも蒼井優を相手にベッドテクニシャンぶりを見せていたが、舞台版『娼年』の公演直後の撮影だったことも多分に影響していたそうだ。9人の女優たち+αを相手に映画版『娼年』でも再び過激な濡れ場を演じながら、松坂本人に清潔感があり、何よりも芝居に対するマジメさが伝わってくるため、どんなにエロい濡れ場を演じていても“汚れ”のイメージが感じられない。行定勲監督の『リバーズ・エッジ』(18)では二階堂ふみがまん丸なおっぱいをぺろんと見せてくれたが、現代人の繊細な内面や関係性を描く上で、ヌードシーンやSEX描写は避けては通れないもの。作品や役に応じて、ヌードOKなプロフェッショナルな俳優たちが増えつつあることを歓迎したい。

 本作を観ていて思い出すのは、若き日のリチャード・ギアが主演したポール・シュレイダー監督作『アメリカン・ジゴロ』(80)だ。リチャード・ギアはLAの人気男娼役だが、彼は多くの女性たちとベッドを共にしながら、自分にとっての理想の女性を追い求め続けていた。人類の祖アダムの抜き取られた肋骨からイヴが生まれたように、自分の欠けた魂をそっくり補ってくれる運命の女性を探し、女体を渡り歩いていた。松坂桃李が演じるリョウも、それに近い。リョウの場合は幼い頃に死別した母親の面影を求めて、男娼の仕事に励んでいる。リョウにとってのSEXは、母親の温もりを求めることであり、亡き母との対話でもあり、母親と近親相姦するような倒錯性もそこには含まれている。

 リョウが所属する秘密クラブでは、痛みによってのみ快感が得られる真性マゾヒストのアズマ(猪塚健太)や耳の不自由な少女・咲良(冨手麻妙)といったマイノリティー側の人々が働いている。クラブを経営する御堂静香もまた、誰にも言えない秘密を抱えている。石田衣良が2008年に書き上げた続編『逝年』では、性同一性障害を抱えるアユムがリョウたちの新しい仲間として加わることになる。男と女を分ける大きな大きな性の谷間には、様々な人々が棲息し、谷の合間を行き来している。そんな谷間の住人となったリョウはSEXを通して人間の言語化できない本音や素顔に触れ、退屈を持て余していた少年から相手の心の傷を思い遣る青年へと成長を遂げていく。様々な性を肯定することは、すべての生を祝福することでもある。やはりリョウは優れたセックスセラピストだといえるだろう。
(文=長野辰次)

『娼年』
原作/石田衣良 監督・脚本/三浦大輔
撮影/Jam Eh I(田中創)
出演/松坂桃李、真飛聖、冨手麻妙、猪塚健太、桜井ユキ、小柳友、馬渕英里何、荻野友里、佐々木心音、大谷麻衣、階戸瑠李、西岡徳馬、江波杏子
配給/ファントム・フィルム R18+ 4月6日(金)よりTOHOシネマズ新宿ほか全国ロードショー
(c)石田衣良/集英社 2017映画「娼年」製作委員会
http://shonen-movie.com

 

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葉巻と酒が手放せず、躁鬱に悩んだ宰相の決断! アカデミー賞W受賞『ウィンストン・チャーチル』

 大英帝国がその栄華を極めたヴィクトリア朝時代の1874年に生まれ、冷戦時代の1965年にこの世を去ったウィンストン・チャーチル。90歳の生涯、半世紀以上にわたる政治活動の中で最も濃密かつ激動の日々となったのが、英国首相に就任した1940年から第二次世界大戦が終わった1945年までの5年間だった。つまり、アドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツと戦うことによって、チャーチルはその名を歴史に刻んだと言える。ゲイリー・オールドマン主演作『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(原題『DARKEST HOUR』)は、チャーチルが“伝説のリーダー”となった1940年5月10日の首相就任からナチスドイツとの徹底抗戦を宣言した同年6月4日に至るまでの27日間の足取りを、妻クレメンティーンや秘書の視点を交えて再現している。

 葉巻を愛用し、ブルドッグのような風貌をしたチャーチル(ゲイリー・オールドマン)。英国貴族の家柄に生まれ、学生時代は落ちこぼれだったが、従軍記者として名を馳せ、26歳の若さで国会議員に初当選を果たした。朝食にはスコッチウイスキー、昼食にシャンパン1本、夕食にもう一本、さらに夜はブランデーとワインを嗜むという酒豪だったことがよく知られている。長年議員を務めてきたチャーチルにようやく首相の座を回ってきたのは66歳のとき。ヒトラー自慢のドイツ装甲師団が欧州大陸を席巻し、フランスも陥落寸前だった。英国首相チェンバレンはドイツとの宥和政策に失敗して退陣。他に引き受ける議員がいないため、チャーチルが戦時宰相というリスクの高い役回りを受けざるを得なかった。

 45歳で亡くなった父親が財務大臣を務めていたことから、父親以上の地位に就くことはチャーチルの長年の夢だった。夢は願い続ければ、必ず叶う。ただし、本人が思い描いていたようなベストタイミングで訪れることはまずない。欧州全体を手中に収めつつあるヒトラーと全面対決するか、それともナチスドイツの拡張した領土を認めて、英国の保全を最優先するべきか。チャーチルは厳しい選択を迫られる。折しもフランス北部の港町ダンケルクには英国兵30万人が取り残され、ドイツ軍の進撃の前に逃げ場を失っていた。ヒトラーへ抗戦宣言することは、ダンケルクの英国兵たちを見殺しにすることになる。最悪の状況での首相就任だった。

 チャーチルの敵はヒトラーだけではない。英国の議会内でもチャーチルの酒癖をよく思わない者、第一次世界大戦時に海軍大臣だったチャーチルがガリポリの戦いで失敗したことを蒸し返す者もいる。『英国王のスピーチ』(10)で有名な英国王ジョージ6世(ベン・メンデルソーン)との関係も、チャーチルがジョージの兄エドワードに肩入れした過去もあって良好とは言いがたかった。八方塞がりのチャーチルにとって唯一の信頼できる味方が、妻のクレメンティーン(クリスティン・スコット・トーマス)だった。チャーチルは頑固者だが、実は情に篤い人間であることを知る賢妻が、誰にも弱音を吐けない夫を叱咤し、支え続ける。実際のチャーチル夫妻も夫婦仲が非常によかった。邦題が『ヒトラーから世界を救った男』となっているが、『世界を救った夫婦』にしてもよかったように思う。

 トップに立つ人間として、チャーチルはつらい決断の責任を負うことになる。ダンケルクに残された英国兵を救うため、チャーチルはダンケルクに近いカレーに陣営を張る小部隊にオトリになるよう命じる。カレーにドイツ軍を引きつけ、ダンケルク全滅を少しでも遅らせようという苦渋の作戦だった。クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルクの戦い』(17)で描かれたように民間の船を総動員することでダンケルクの英国兵たちは帰還することに成功するが、その陰にはカレー部隊の犠牲があった。チャーチルが毎日呑む酒は決して美味しいものではなかった。葉巻や酒の力を借りて、クールダウンせざるを得ない日々だったのだ。また、チャーチルは躁鬱に苦しんだことでも知られている。英国にとって幸いだったのは、この時期のチャーチルが躁状態にあったことだろう。

 ヒトラーはプロパガンダの天才だったが、チャーチルも後に回想録『第二次世界大戦』でノーベル文学賞を受賞するなど文才に優れ、演説にも自信を持っていた。イタリアを介してドイツと和平工作を進めるかどうかのギリギリの瀬戸際、チャーチルは議事堂で英国の命運を分けるスピーチを始める。

「ナチスに屈すると、どうなる? 中には得をする者もいるだろう。だが、鉤十字がバッキンガム宮殿やウインザー城にもはためくのだぞ。この国会議事堂にも!」

 英国が降伏することは絶対にありえないと断言したチャーチルは、それまでバラバラだった議員たちの心をようやくひとつにまとめ上げ、国民の士気を鼓舞することに成功する。この後、ダンケルクから帰還した兵士たちを交え、英国本土を戦場にした“バトル・オブ・ブリテン”へと戦局は転じ、ドイツとの総力戦を行なうことになる。

 チャーチル役のゲイリー・オールドマンは、『シド・アンド・ナンシー』(86)で演じた“伝説のパンクロッカー”シド・ビシャスがハマり役だったスリム体型の俳優だ。そんな彼が、日本人アーティスト・辻一弘の特殊メイクによって見事に恰幅のよい英国宰相へと変身してみせた。全身の特殊メイクに費やした時間は1日4時間。連日4時間を要したメイク中に、オールドマンは外見だけでなく内面からもチャーチルへと近づいていった。オールドマンのアカデミー賞主演男優賞受賞、彼が1940年のチャーチルへと精神波長をチューニングすることに貢献した辻一弘のアカデミー賞メーキャップ・ヘア&メイクデザイン賞受賞は、誰もが納得するものだろう。

 英国のみならず、世界をファシズムの嵐から守ったチャーチルだが、第二次世界大戦が終わった1945年には首相の座を追われることになる。ナチスドイツとの戦いに総力を使い果たした英国は疲弊し、代わって米国とソ連が世界盟主となっていく。77歳になってチャーチルは再び首相となるも、かつての大英帝国の栄華を取り戻すことは不可能だった。ウィンストン・チャーチルは英国人のプライドを守ると同時に、大英帝国時代の幕引き役を務めた男として、その名を歴史に刻んでいる。
(文=長野辰次)

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
監督/ジョー・ライト 脚本/アンソニー・マクカーテン 
特殊メイク・ヘア&メイクデザイン/辻一弘
出演/ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、スティーヴン・ディレイン、ロナルド・ピックアップ、ベン・メンデルソーン
配給/ビターズ・エンド、パルコ 3月30日(金)より全国ロードショー
(c)2017 Focus Features LLC.All Rights Reserved.
http://www.churchill-movie.jp

 

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すべてのセックスが“ハニートラップ”に思える!? 元CIA工作員が描く官能作『レッド・スパロー』

 セックスは性欲だけで成立する行為ではなく、ましてや愛情がすべてを占めるものでもない。そこにはパートナーに対する征服欲・支配欲も多分に含まれている。それゆえ謎めいたパートナーのほうが、より支配欲を掻き立てられ、セクシーに感じられる。人気若手女優ジェニファー・ローレンス主演映画『レッド・スパロー』を観ていると、そんなことを考えてしまう。本作は元CIA工作員という経歴を持つジェイソン・マシューズの処女小説が原作。ジェニファー・ローレンス演じる元花形バレエダンサーがその美貌と若い肉体を武器に、男たちを次々とハニートラップに仕留めていく官能サスペンスとなっている。

 ジェニファー・ローレンスは『世界にひとつのプレイブック』(12)でアカデミー賞主演女優賞、『アメリカン・ハッスル』(13)で同助演女優賞を受賞している実力派女優。ディストピア化した近未来社会の救世主を演じた『ハンガー・ゲーム』(12)はシリーズ化されて、大ヒットを記録した。そんなハリウッドを代表する若手女優No.1の座にあった彼女を悩ませたのが、2014年に起きたiCloudからのヌード画像ハッキング事件だった。ジェニファーは被害者でありながら、女優としてのキャリアにまで影響を及ぼしかねない騒ぎとなったが、そんな中でオファーされたのが『レッド・スパロー』だった。スパローとは男たちにハニートラップを仕掛けて、情報を入手する女性スパイのこと。大胆なヌードシーンに初挑戦したジェニファーは「この作品に出演したことで、吹っ切ることができた」と語っている。

 本作の主人公は、ロシアの国立バレエ団の看板ダンサーだったドミニカ・エゴロワ(ジェニファー・ローレンス)。公演中に大ケガを負ってしまい、再起不能となってしまう。病気療養中の母親と2人暮らしだったドミニカは宿舎の部屋代を払うこともできなくなり、途方に暮れる。そんなとき、ロシア対外情報庁の高官である叔父ワーニャ(マティアス・スーナールツ)が、ドミニカの美貌と知名度を活かせる新しい仕事を斡旋する。ハニートラップ専門の女スパイとして国家に仕えよというものだった。スパイ養成学校で過酷な訓練を受けたドミニカは、ハンガリーへと派遣される。米国の商務参事官、実はCIAに属するネイト・ナッシュ(ジョエル・エドガートン)に近づき、ロシア内部の密通者をあぶり出せというミッションだった。

 鬼教官(シャーロット・ランプリング)が指導するスパイ養成学校の授業内容が強烈だ。原作者ジェイソン・マシューズいわく「ソ連時代に実在した」というスパロー・スクールは“娼婦の学校”とも呼ばれ、自身の肉体を使って男たちを手玉にするノウハウを徹底的に若い生徒たちに実習させる。鳴りもの入りで入学したドミニカは、まず生徒全員が見ている前で全裸になるよう指示される。国家に仕える道具なのだから、邪魔な羞恥心は棄てろと鬼教官は冷たく命じる。

 ナチ収容所における倒錯愛を描いた『愛の嵐』(74)で知られるベテラン女優シャーロット・ランプリングとジェニファー・ローレンスとの、火花を散らす新旧女優対決は中盤の大きな見どころ。鬼教官の台詞「人間の欲望はパズル。欠けたピースを埋めることができれば、相手をコントロールすることができる」は本作のキーワードだ。頭のいいドミニカは、この言葉をいち早く自分のものにしてしまう。花形ダンサーだったというプライドの高いドミニカを、男たちは力づくで支配し、陵辱しようとする。だが、ドミニカは欲望まみれの男たちの二手三手先を読み、格闘技で言うところのマウントポジションを常にキープし続ける。

 スパロー・スクールのシーンで、ジェニファー・ローレンスはフルヌードを披露しているが、扇情的な目線で彼女を追っていた男性客たちはガツンとカウンターパンチを喰らうことになる。丸裸になったジェニファーが無敵の存在に映る。一糸まとわぬ姿になった若き大女優に、男たちはひれ伏すしかない。女にとってのヌードは必ずしも服従を意味するものではなく、最大の武器にもなることをジェニファーはスクリーン上で証明してみせる。

 後半はハンガリーの首都ブダペストへとドミニカは飛び、CIA捜査官ネイトと虚々実々の駆け引きが繰り広げられる。ネイトはドミニカの正体が女スパイであることを承知の上で、ベッドを共にする。ロシアからの亡命を訴えるドミニカ、その亡命を受け入れることを約束するネイト。どこまでが本音なのか、それとも罠なのか。身体を張って生きるドミニカとネイトの間に信頼と情愛が培われていく一方で、CIAとロシア対外情報庁のそれぞれの思惑が絡み、まるで超難解なあやとりのような展開となっていく。どんなラストが待っているのか、最後の最後まで予断を許さない。

 どこまでが本気で、どこからが芝居なのか。ベッドの上ですべての女は、女優へと変身する。そしてミステリアスな女優ほど、男心を魅了して止まない。すべてのセックスはハニートラップであり、どんな罠が待っているかは掛かってみなければ分からない。最強の女スパイを演じるジェニファー・ローレンスを見ていると、そんな言葉が思い浮かぶ。
(文=長野辰次)

『レッド・スパロー』
原作/ジェイソン・マシューズ 監督/フランシス・ローレンス
出演/ジェニファー・ローレンス、ジョエル・エドガートン、マティアス・スーナールツ、シャーロット・ランプリング、メアリー=ルイーズ・パーカー、ジェレミー・アイアンズ
配給/20世紀フォックス R15+ 3月29日(木)よりTOHOシネマズ日比谷にて特別先行上映、30日(金)より全国ロードショー
(c)2017 Twentieth Century Fox
http://www.foxmovies-jp.com/redsparrow

 

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エロ雑誌が青春を謳歌した時代の寓話。カリスマ編集長の自伝『素敵なダイナマイトスキャンダル』

 池袋のピンサロの看板を描いているうちにエロ本出版社に出入りするようになり、やがて「NEW SELF」「ウイークエンド・スーパー」「写真時代」といった伝説のエロ雑誌を創刊することになる編集者・末井昭氏。彼がまだ幼い頃に体験した母親との別れは壮絶なものだった。夫と2人の子どもを残して、母親は年下の愛人とダイナマイトを抱いて爆発心中した。木っ端みじんに散ってしまった母の思い出。故郷・岡山を後にした末井氏は、アラーキーこと写真家の荒木経惟と組んで、エロ雑誌を次々とヒットさせる。そんな末井氏の青春時代を、柄本佑主演で映画化したのが富永昌敬監督の『素敵なダイナマイトスキャンダル』だ。

 夜、幼い頃の末井がふと目を覚ますと、母・富子(尾野真千子)が黙って枕元に立っていた。末井が母の姿を見たのは、それが最期だった。山奥でドーンッという爆発音が響き、翌朝になって富子、富子と不倫関係にあった隣家の息子(若葉竜也)のバラバラ死体が発見された。末井が前の晩に逢った母は幽霊だったのか、それとも息子の寝顔を見納めする最期の姿だったのか。いずれにしろ、ここまで母親に派手に死なれると、狭い山村では暮らしにくい。工業高校を卒業した末井(柄本佑)は職を求め、大阪、そして東京へと向かう。工場での仕事は性に合わなかったが、デザインの勉強を積んだ末井は、キャバレーのポスターを作るデザイン事務所勤務を経て、ピンサロの手描き看板に情熱を注ぐようになる。

 時代は1970年代。学歴の有無は問われなかった。むしろ学生運動の名残で、権威的なものは否定される時代だった。ピンサロのエロ看板づくりに面白さを見出した末井は、仲間に誘われてエロ本のイラストも描くようになる。家計が厳しいときは、下宿先で知り合った妻・牧子(前田敦子)も働いて支えてくれた。生活は不安定で、夫婦が食べていくだけのビンボー暮らしだった。でも、エロとアングラと出版業界とがまだ未分化だったカオティックな世界で働くことが、末井は無性に楽しかった。

 イラストレーターとしての仕事だけでなく、いつの間にかエロ本の編集も手掛けるようになった末井は、一流雑誌の編集者のように常識に縛られることがない。新しい読者サービス「電話DEデイト」と称して、編集部でテレフォンセックスを始める。読者からの電話を取った女性スタッフは「私、もうこんなに濡れちゃったぁ」と人差し指と親指にセロテープを付けて、ピチャピチャと音を立てる。エロ雑誌を広げれば、男たちの願望を叶えてくれるヤリマン女たちが股を開いて待っている。そんな幻想が生きていた時代だった。『アトムの足音が聞こえる』(11)や『マンガからはみだした男 赤塚不二夫』(16)など、60~70年代カルチャーを題材にしたドキュメンタリー映画も撮っている冨永監督らしく、ここらへんの細かいディテールの再現ぶりが実にいい感じだ。

 グラビアを飾るヌードモデルを調達するのも、編集者である末井の仕事だった。うまくモデルが見つからない場合は、斡旋業者の真鍋のオッちゃん(島本慶)に頼めば、怪しいポラロイド写真を広げて見せてくれる。ポラロイド写真の中に気に入った女性がいれば、すぐに呼び出してくれるわけだが、どれもピンボケで心霊写真のよう。それでも締め切りが迫っているので、速攻で撮影に取り掛からなくてはいけない。エロ雑誌黎明期の女性モデルは、恐ろしく玉石混淆だった。

 おかしな人間が多いエロ雑誌業界の中でも、ひときわ大きな出会いとなったのが写真家のアラーキーだった。81年に創刊された人気雑誌「写真時代」は、アラーキーのために用意された自由な表現の場だった。当初は「アラーキズム」という雑誌タイトルが考えられていたらしい。そんなアラーキーをモデルにした写真家・荒木さんを演じているのは、ジャズ奏者の菊地成孔。「芸術、芸術、はい脱いで」と素人の女の子をその気にさせて、瞬く間にヌードにしてしまう。冨永監督に頼み込まれて俳優業に初挑戦した菊地だが、プロの俳優とはひと味違う表現者としての異能ぶりを醸し出している。

 警視庁の諸橋係長(松重豊)から猥褻文書販売の疑いで度々呼び出しを喰らい、その度にペコペコと頭を下げる末井だったが、エロ雑誌業界のヒットメーカーとして活躍するようになる。妻・牧子の待つ自宅には戻ることが少なくなり、代わりに新人編集者の笛子(三浦透子)とホテルで過ごす日が多くなる。過激さが売りだった末井が生み出したエロ雑誌は、警察によって発禁処分に追い込まれ、また新しい雑誌名になって生まれ変わった。一方、末井の愛人となった笛子は次第に情緒不安定となり、やがて自殺騒ぎを起こすことになる。母・富子の衝撃死から始まった本作は、エロスとタナトスが交互に点滅を繰り返すネオンライトのような物語として紡がれていく。

 発行部数30万部を記録するなど、一世を風靡した「写真時代」が廃刊となり、末井が新雑誌「パチンコ必勝ガイド」を創刊し、みずから女装姿で宣伝に努めるところで映画はエンディングを迎える。30歳で亡くなった母・富子の年齢は、もうずいぶんと過ぎていた。当然だが、映画が終わっても末井氏の人生はその後も続く。ギャンブル癖に加え、バブル期には3億円という莫大な個人借金を抱えるはめに陥る。文芸評論家と結婚していた写真家・神蔵美子さんとはダブル不倫関係となり、福岡の中洲にあったクラブ「シオンの娘」を経営する千石イエスこと千石剛賢のもとに通うようになる。煩悩の数だけ、新しい雑誌や本が次々と誕生した。末井氏の半生は、そのまま雑誌カルチャーの青春時代とぴたりと重なり合う。
(文=長野辰次)

『素敵なダイナマイトスキャンダル』
原作/末井昭 監督・脚本/冨永昌敬
音楽/菊地成孔、小田朋美 主題歌/尾野真千子と末井昭「山の音」
出演/柄本佑、前田敦子、三浦透子、峯田和伸、松重豊、村上淳、尾野真千子、中島歩、落合モトキ、木嶋のりこ、瑞乃サリー、政岡泰志、菊地成孔、島本慶、若葉竜也、嶋田久作
配給/東京テアトル R15+ 3月17日(土)よりテアトル新宿、池袋シネマ・ロサほか全国公開
(c)2018「素敵なダイナマイトスキャンダル」製作委員会
http://dynamitemovie.jp

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