映画は嘘をつくメディアである。優しい嘘で塗り固めた新人監督の社会派コメディ『鈴木家の嘘』

 こんなに笑えるシリアスドラマがかつてあっただろうか。いや、近年稀に見るヘビィなコメディと称するべきか。野尻克己監督のデビュー作『鈴木家の嘘』は、“自死”という重たい題材を優しい嘘でふんわりと包み込んだ温かい作品だ。嘘を重ねることで、崩壊していた一家が少しずつ再生していく姿を描いた倒錯的な物語に魅了される。

 1974年生まれの野尻監督は、これまでに『まほろ駅前多田便利軒』(11)の大森立嗣監督、『舟を編む』(13)の石井裕也監督、『恋人たち』(15)の橋口亮輔監督らの助監督を長年つとめてきた。待望の監督デビュー作は、野尻監督の手によるオリジナル脚本作となっている。処女作には作家のすべてのエッセンスが詰まっているとよく言われるが、野尻監督の場合もそのようだ。野尻監督自身がお兄さんを自死で失っており、そのことを周囲に話すことができずにいた。この体験がモチーフとなって、本作が誕生している。

 ずっと部屋に引きこもっていた鈴木家の長男・浩一(加瀬亮)が自室で首をつるシーンから物語は始まる。異変に最初に気づいたのは、昼食を作っていた母・悠子(原日出子)だった。悠子は息子を救おうと懸命にロープを包丁で切ろうとするが、パニック状態に陥ってなかなか切断することができない。夜になって大学から帰ってきた娘の富美(木竜麻生)は驚いた。息の絶えた兄と手首から血を流す母を見つけてしまったからだ。

 浩一の四十九日の法要。遺骨を抱え、途方に暮れる父・幸男(岸部一徳)と富美、そして法要に参加した叔母の君子(岸本加世子)と母方の叔父・博(大森南朋)。お寺は自死者を嫌って、納骨を拒否したのだ。キリスト教以外でも、自死を認めない宗教は少なくない。4人が法要できずにいるところに、病院から連絡が入ってきた。あの日以来、悠子は病院で意識不明のまま眠り続けていたのだが、ようやく目を覚ましたらしい。4人が病院に駆け付けると、悠子は「浩一は?」と尋ねる。事件のショックで健忘症となり、あの日のことは悠子の記憶から抜け落ちていた。思わず富美は「お兄ちゃんはアルゼンチンにいる」と答えてしまう。博がアルゼンチンで赤えびの養殖業を始めており、とっさに思いついた嘘だった。

 悠子の精神状態を心配して、鈴木家ではその嘘を突き通すことになる。富美が文面を考え、博が雇っているアルゼンチン駐在員の北別府(宇野祥平)が浩一の筆跡を真似た絵ハガキを悠子宛に郵送する。さらに古着屋で買ったアルゼンチン生まれの英雄チェ・ゲバラのTシャツを浩一からの贈り物だと言って渡す。死んだはずの浩一が、鈴木家では生きていることになる。しかも、引きこもりを克服して、明るくなった家族想いの長男として。悠子が笑顔でいられるよう、それまでバラバラだった鈴木家は一致団結する。長男の自死によって生じた大きな心の穴を、残された家族で懸命に埋めようとする姿はどこかおかしくて、そして哀しい。

 ペーソス漂うコメディに、岸部一徳はよくハマる。岸部演じる父・幸男は息子が亡くなって間もないのに、ソープランドで騒ぎを起こす。ソープのサービス料金を持ってきた娘の富美に引き取られ、とぼとぼと自宅に帰る幸男の情けない表情が味わい深い。幸男は憂さ晴らしのためにソープランドに行ったわけではなかった。息子の部屋からソープ嬢・イヴちゃんの名刺が見つかり、イヴちゃんに一度会いたくてソープランドを訪ねたことが後日分かる。亡くなった息子が何を考え、どんな女の子が好きだったのか父親として知りたかったのだ。父・幸男もまだ息子の死を受け入れられずにいる。

 女相撲を題材にした瀬々敬久監督の『菊とギロチン』(18)でヒロインに選ばれた若手女優・木竜麻生は、今回さらにナイーヴな難役への挑戦となった。兄が首をつった現場を目撃しただけでなく、警察の遺体確認にも立ち会った富美はトラウマとなって、夜は眠れず、勉強にも部活の練習にも身が入らない。何よりも、部屋に引きこもっていた兄に優しい言葉を掛けられずにいたことに自責の念を感じていた。富美の通うグリーフケアの集いがリアルに描かれる。自死によって家族や恋人を失った人たちが円座となって、それぞれの体験を語り合う。思春期の娘を失った母親、夫が鉄道自殺を遂げたために多額の賠償金を請求されている主婦。強烈な体験の持ち主たちに囲まれ、富美はひと言もしゃべることができない。心のキズは時間をかけて少しずつ癒していくしか方法はなかった。

 映画とは、もともと嘘をつくメディアだ。赤の他人である俳優たちが偽物の家族を演じ、偽りの愛の言葉を交わし合って偽りの恋人たちを演じるのが劇映画だ。でも、そんな嘘の中にほんの少しの真実が混じっていることで、観客は心地よく騙され、共鳴することになる。フィクションだと分かっていても、つい笑ってしまい、涙をこぼすことになる。『鈴木家の嘘』の中で描かれる“嘘”の中に混じっているものは、キズついた家族を思いやる優しさだろう。そして亡くなった息子が今も元気に生きているという嘘をつくことで、不在のはずの息子の存在を家族それぞれが心の中で確かめ合うことになる。嘘の中に含まれた真実が、ボロボロになった家族を辛うじて支える。

 野尻監督はお兄さんが亡くなったことを10年間ほど人に話すことができなかったそうだ。自死で亡くなったと話すとその場が凍ってしまうため、病気で亡くなった、事故で亡くなったと嘘をたびたびついていたという。監督デビュー作に向き合うとき、改めて思い浮かんだのが死因を周囲に隠していたお兄さんの存在だった。

「兄の死を正面から扱うことだけは決めていました。しかし、あの日の光景が脳裏に浮かんできては涙が止まらず、脚本を書くことが時には困難でした。何度も形を変えようと思いましたが、ここだけは逃げてはいけないと思い書き上げました。ヒロインの富美がもがき苦しんだり、『自死遺族の会』に通ったり、鈴木家の父・幸男の過去のエピソードは実体験や取材をもとに形を変えて入れています」と野尻監督は語っている。

 苦心に苦心を重ね、亡くなったお兄さんとの思い出を、笑える温かい劇映画へと昇華させた。映画づくりが、野尻監督にとってのいちばんのグリーフケアとなったのではないだろうか。
(文=長野辰次)

『鈴木家の嘘』
監督・脚本/野尻克己
出演/岸部一徳、原日出子、木竜麻生、加瀬亮、吉本菜穂子、宇野祥平、山岸門人、川面千晶、島田桃依、金子岳憲、レベッカ・ヤマダ、政岡泰志、岸本加世子、大森南朋
配給/ビターズ・エンド PG12 11月16日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
(c)松竹ブロードキャスティング
http://suzukikenouso.com

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女性器をひたすら撮り続けたカメラマンがいた!! 安藤政信主演『スティルライフオブメモリーズ』

 女性器は不思議だ。女性が脚を開いていると、どうしても気になってしまう。ベランダに咲いた花の匂いを嗅ぐように、思わず顔を近づけたくなってしまう。その日の天候や水加減によって花の咲き方が毎日少しずつ変わるように、女性器も少しずつ変化していく。日によって濡れ具合や開き方も微妙に変わってくる。もちろん、男女の関係も大きく左右する。そんな女性器の魅力に取り憑かれてしまった、ひとりの男がいた。安藤政信主演映画『スティルライフオブメモリーズ』は、女性器をひたすら撮影し続けたカメラマンの実話をヒントにした風変わりな物語だ。

 売り出し中のカメラマン・春馬(安藤政信)は奇妙な仕事の依頼を受ける。依頼人は美しく、知的な雰囲気をたたえた怜(永夏子)。彼女からの仕事の条件は2つ。春馬からは質問しないこと、そして撮影したフィルムはそのまま手渡すということ。週に一度、人里離れた廃墟寸前の別荘にて、春馬と怜の2人っきりでのフォトセッションが始まった。カメラを手にした春馬の前で、怜は下着を脱ぐ。怜は股間を指差し、ここを撮ってほしいと言う。初対面の怜からの突拍子もない注文に、春馬は面喰らってしまう。

 春馬が先日まで開いていた個展では、モノクロ写真として接写した植物がテーマとなっていた。春馬が撮った花のつぼみや花弁には気品が漂い、怜には写真から音が聞こえてくるように思えた。生と死が同価値のものとして同時存在する春馬の写真を気に入った怜は、自分も同じように撮ってほしいと考えたのだ。しばらくは戸惑っていた春馬だが、撮り進めていくうちに自分から怜の衣服を脱がせ、脚の開き方を指示するようになっていく。怜の女性器を接写しながら、春馬は新しいテーマを見つけたような高揚感を覚えていた。

 春馬が怜の女性器の撮影に熱中する一方、同棲中の恋人・夏生(松田リマ)と春馬との関係も続いていた。より若く、しなやかな肉体美を誇る夏生の若草のような陰毛に彩られた女性器は、怜のそれとはまた違うことに春馬は気づく。春馬がカメラマンとしての新しいテーマを見つけたことを喜ぶ夏生だが、自分以外の女性をモデルとしていることには複雑な心境だった。ある日、夏生は妊娠したことを春馬に告げる。夏生は絶対に産むという。春馬は不思議に思う。女性器の向こう側から、新しい生命が、自分の子どもが降臨するという事実に。長い長いトンネルを潜り、春馬は夏生と暮らす自宅と怜が待つ別荘とを往復することになる。

 本作のモチーフとなっているのは、フランスの画家・写真家アンリ・マッケローニの写真集『とある女性の性器官写真集百枚 ただし、二千枚より厳選したる』。マッケローニが2年間にわたって恋人の女性器を撮り続けたものだ。フランスでマッケローニが初めて写真展を開いた際は、婦人団体の抗議運動が起き、大変な騒ぎになったらしい。2016年にマッケローニは亡くなったが、今でも彼が情熱を注いだ写真集は、日本への輸入は禁じられたままとなっている。そんなマッケローニの逸話をもとに映画化したのは、R指定作品『ストロベリーショートケイクス』(06)や『不倫純愛』(11)などを手掛けた矢崎仁司監督。前作『無伴奏』(16)では成海璃子の初濡れ場が話題を呼んだが、池松壮亮と斎藤工との過激なラブシーンがより印象に残った。世間的にアンモラルとされる題材を扱うことで、本領を発揮する監督である。

 春馬が質問することを怜は禁じていたが、逆に怜は春馬に尋ねる。どうしてカメラマンになったのかと。春馬の答えはこうだ。若い頃に一枚の気に入った写真を見つけ、自分もその写真の中へ入っていきたいと思うようになったのだと。被写体と一体化するためにカメラマンになったのなら、今の春馬は怜の女性器の中へ入っていきたいということになる。むきだしの怜そのものと一体化したいということではないのか。

 春馬が撮影したフィルムを現像することを拒んでいた怜だったが、「フィルムは撮影しただけでは未完成なんだ」と春馬から懇願され、それまで撮り溜めていたフィルムを現像することに同意する。暗室の中、現像液にひたした印画紙から次第に怜の大切な部分が姿を現わし始める。写真の中の怜の女性器は一枚一枚が違った表情を見せていた。それは怜が女として生きている証しであり、怜と春馬の想いがひとつになった瞬間でもあった。

 女性器は不思議だ。ひとつひとつの花が色や形が異なるように、ひとりひとりの女性器もずいぶんと異なっている。女性器をずっと見つめていると、まるで女性器そのものがその人の中心であり、手足や頭は女性器に付随した部位であるように思えてくる。街を行き交う人たちは、女性も男性もみんな逆立ちをして、本当の顔を隠しながら歩いているかのようにすら思えてくる。女性器を見つめていると、やがて女性器は語り掛けてくる。彼女は何を伝えたがっているのだろうか。ただじっと見つめ、静かに会話するしかすべはない。
(文=長野辰次)

『スティルライフオブメモリーズ』
原作/四方田犬彦 脚本/朝西真砂、伊藤彰彦 監督/矢崎仁司
出演/安藤政信、永夏子、松田リマ、伊藤清美、ヴィヴィアン佐藤、有馬美里、和田光沙、四方田犬彦 
配給/「スティルライフオブメモリーズ」製作委員会 7月21日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次ロードショー
(c)2018 Plaisir/Film Babdit
http://stilllife-movie.com

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人気漫画家・押見修造の思春期の体験を映画化! 苦い青春『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』

 自分が心の中で感じたこと、考えたことを完璧に話すことができる人はこの世界にどれだけいるのだろうか。うまい言葉を見つけ、誰かに伝えようとすればするほど、サイズの合わない靴を履いてしまったような違和感を覚えてしまう。映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』は、『アバンギャルド夢子』『惡の華』(講談社)などで知られる人気漫画家・押見修造が10代の頃に吃音症に悩んだ実体験をベースにした同名コミック(太田出版)の実写化作品だ。コンプレックスを抱えた思春期の少年少女たちが傷つきながらも成長していく姿を、真摯に描いた作品となっている。

 大島志乃(南沙良)は入学したばかりの高校1年生。新しいクラスでさっそく一人ずつ自己紹介することになるが、志乃は自分の名前を言えずにいた。ずっとひとりで自己紹介の練習をしてきたが、クラスメイトが見ている前ではどうしても言葉が詰まってしまう。焦るあまり、「……志乃、大島です」と名乗ってしまう。母音が特に言いづらいのだ。志乃が吃音症であることを知らないクラスメイトたちは爆笑する。サイアクの高校デビューだった。

 自己紹介でつまずいてしまった志乃は、普段の授業でも発言できなくなってしまう。担任の教師(山田キヌヲ)は志乃を呼び出し、「緊張しているのかな? 名前くらい言えるようになろうよ。がんばって」と励ます。志乃はがんばっているが、どうがんばっても心で思っていることが口に出来ないから苦しいのだ。昼休みにひとりでお弁当を食べていた志乃は、同じクラスの加代(蒔田彩珠)が休み時間はいつもイヤホンをして音楽を聴いていることに気づく。志乃と違って孤高さが漂い、かっこいい。声を掛けられずに志乃がもじもじしているのを見て、加代はぶっきらぼうに「しゃべれないなら、書けばいいじゃん」とメモ帳とペンを渡す。これがきっかけで、志乃は加代の自宅に遊びにいくようになる。

 加代はロック好きで、ギター演奏に熱中していた。志乃にせがまれた加代は「絶対に笑うなよ」と念を押してから、ギターを手に歌い出す。加代はかなりの音痴だった。加代の意外な一面を知った志乃は、思わず表情を緩めてしまう。このことが加代の逆鱗に触れた。音痴であることは、音楽を愛する加代にとってのトラウマだったのだ。加代はギターを投げ捨てて、「帰れ!」とマジ切れしてしまう。志乃はせっかくできた初めての友達を失ってしまった。

 本作は乃木坂46のショートムービー「天体望遠鏡」やミュージックビデオ「無口なライオン」などを手掛けてきた湯浅弘章監督の長編デビュー作。これまで美少女アイドルたちのキラキラした輝きを映像に収めてきた湯浅監督だが、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』はキラキラと輝けない高校生たちの苦くて、かっこ悪い物語だ。リアルな青春ものにするため、湯浅監督はメインキャストをオーディションで決めている。志乃役の南沙良は、三島有紀子監督の『幼な子われらに生まれ』(17)で義父役の浅野忠信を相手に迫真の親子ゲンカを演じてみせた。加代役の蒔田彩珠も、是枝裕和監督の『三度目の殺人』(17)で福山雅治の娘を好演し、これからが楽しみな逸材だ。

 将来性豊かな南沙良と蒔田彩珠だが、どちらも本作が初めての映画主演。吃音や音痴に悩む主人公たちの繊細な内面にどうアプローチすればいいのか戸惑う2人に対し、湯浅監督は細かい演技指導はしないという立場を貫いた。2人は本気で悩み、日々のシーンを手探りで演じていくしかなかった。加代が音痴なことをつい笑ってしまった志乃は、路上で大号泣しながら謝る。自分がコンプレックスで苦しんでいるのに、他人のことを笑うなんてサイテーだ。志乃役を演じる南沙良は涙と鼻水が滝のように流れ落ちるのを手でぬぐうこともせず、言葉にできない感情を爆発させる。役と本人がシンクロしていく瞬間を、我々は目撃することになる。

 和解した志乃と加代はバンドを組んで、秋の文化祭出場を目指す。うまくしゃべることはできない志乃だが、歌を歌うことは平気だった。しかも、澄んだ声の持ち主だった。バンド名は「しのかよ」。夏休みの間、2人は度胸づけのために、隣町まで出掛けて路上演奏することを日課にした。「しのかよ」がバンドとして成長していく様子を、原作よりも映画はたっぷり時間を割いて描いていく。ロケ地となった静岡県沼津市の海沿いののどかな風景の中で、不器用な2人の少女がゆっくりと友情を育んでいく姿が無性に愛おしく思える。

 無為な日々を過ごしていた女子高生たちが、文化祭に向けて張り切っちゃう青春ストーリーといえば、山下敦弘監督の『リンダリンダリンダ』(05)が思い浮かぶが、香椎由宇やペ・ドゥナたちがブルーハーツのお気楽コピーバンドだったのに比べ、近年の青春映画はハードルが高い。劇場アニメ『心が叫びたがってるんだ。』(15)がオリジナルのミュージカルを上演するように、「しのかよ」もオリジナル曲で文化祭のステージに立とうとする。加代が作曲、志乃が作詞して歌うという、加代が考えたプランだった。加代という親友ができたことに充分満足している志乃に、これは重荷だった。さらに志乃の吃音をクラスで真っ先に笑った男子の菊地(萩原利久)がバンドに入れてほしいと懇願してくる。お調子者に見える菊地だが、空気をいつも読めず、中学時代はイジメに遭っていた。「しのかよ」の路上演奏を見て、感激したというのだ。文化祭が近づくが、志乃と加代の間にビミョーな距離が生じていく。10代の彼女らにとって、このビミョーな隙き間は大きな溝となってしまう。

 原作コミックのあとがきを読むと、押見修造は中学2年のときに吃音に悩み、言いたいことが口にできない内向的な性格になったと述べている。だが、そのお陰で他人の表情や仕草から内面を読み取る能力が発達し、蓄積した想いを漫画執筆へと昇華できるようになったと思春期の悩みをポジティブなものへと転嫁している。新作アニメ『未来のミライ』が7月20日(土)から公開される細田守監督も、子どもの頃は吃音でうまくしゃべることができなかったそうだ。ロックバンド「オアシス」のノエル・ギャラガーも吃音をわずらっていたらしい。吃音症でなくても、心で思っていることをうまく言えずにいる人は多いはず。情感豊かな人なら、なおさらだろう。多分、言葉ではうまく表現できない複雑な想いを形にして解放するために、音楽や映画や漫画は存在するんだと思う。

 どんなに笑われても、かっこ悪くても、どうしても誰かに伝えたい想いがある。美少女アイドルたちの輝きを数多く撮ってきた湯浅監督は、そんなテーマの輝けない物語を自分の長編デビュー作に選んだ。表現者たちの想いが『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』には込められている。
(文=長野辰次)

『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』
原作/押見修造 脚本/足立紳 監督/湯浅弘章
出演/南沙良、蒔田彩珠、萩原利久、小柳まいか、池田朱那、柿本朱里、中田美優、蒼波純、渡辺哲、山田キヌヲ、奥貫薫
配給/ビターズ・エンド 7月14日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)押見修造/太田出版(c)2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会
http://www.bitters.co.jp/shinochan

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女たちが本当に勝ちたい相手は男ではなかった!? 『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』『菊とギロチン』

 日本では「キング夫人」の呼び名で知られてきた、女子テニス界の名選手ビリー・ジーン・キング。女子テニス最強プレイヤーとして長年にわたって活躍する一方、女子テニス協会の設立メンバーでもあった。そんなテニス界の“生きた伝説”ビリー・ジーンにとって、公式戦ではないものの生涯忘れられない一戦があった。1973年に元男子テニス王者ボビー・リッグスと闘った男女対抗試合だ。女と男がコート上でガチンコ対決したらどうなるか? 世界中の注目を集めたこの試合の顛末を、エマ・ストーン&スティーブ・カレル主演作『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』は追っていく。

 1960年代から活躍を続けたプロテニスプレイヤーであるビリー・ジーン(エマ・ストーン)の闘いの場は、コートだけではなかった。男性上位が当然とされた当時、女子テニスプレイヤーたちの賞金額は男子の八分の一に過ぎず、ビリー・ビーンは納得できなかった。ビリー・ジーンたちの熱戦によって会場は女子の試合でも満席となっており、観客動員力は理由にはならない。全米テニス協会の役員は「生物学的に男のほうが優勢だからだ」と当然のように説明する。男が家庭を守り、社会も守っているので、男の報酬が高いのは当たり前だと協会のお偉い方は考えを改めようとはしなかった。

 ビリー・ジーンは行動する。女子テニスのトップ選手たちに呼び掛け、全米テニス協会を脱退。女子テニス協会を新たに立ち上げる。当時のビリー・ジーンは29歳。現役プレイヤーでありながら、新組織をつくり、運営していく。尋常ではないエネルギーの持ち主だ。無謀とも思える船出だったが、女には女の意地がある。女子のトッププレイヤー自身がチケットを売り、宣伝活動を続けるうちに、賛同者も現われる。デザイナーのテッド・ティンリング(アラン・カミング)が、女子プレイヤーたちのウェアをカラフルなものに仕立てる。伝統を重んじるテニスのウェアはそれまで白一色だっただけに、色とりどりのウェアを身に付けた女子プレイヤーたちがコートで躍動する姿は新時代の到来を思わせた。70年代に高まった「男女同権運動」の機運に乗って、ビリー・ジーンは“時代の顔”となっていく。

 時代の波に乗る女子テニス界に、挑戦状を送りつけるひとりの男が現われる。元男子王者のボビー・リッグス(スティーブ・カレル)だった。現役を離れ、55歳となっていたボビーだが、全盛期の脚光を集めていた日々が忘れられない。「男性至上主義のブタvsフェミニスト」という自虐的なキャッチフレーズでテレビ局に売り込み、ついに前代未聞の現役最強女子と元男子王者との異色対決が実現することに。世界中にテレビ中継され、9,000万人がこの「バトル・オブ・ザ・セクシーズ(性差を越えた戦い)」を観戦する。

 女性運動が盛り上がった70年代に実際に行なわれたテレビマッチを再現したシンプルなノンフィクションストーリーだが、本作の面白さはコートでは無敵の女王として君臨したビリー・ジーン、アスリートとしての全盛期は過ぎたもののマスコミ向けのリップサービスに磨きがかかるボビー、どちらもプレイベートな闘いを同時に強いられていたという点だ。ビリー・ジーンは後にレズビアンであることをカミングアウトするが、当時は弁護士のラリー・キング(オースティン・ストウェル)と婚姻関係にあった。ラリーはビリー・ジーンのツアー中心の生活に理解を示していた。そんな中、ビリー・ジーンは美容師のマリリン(アンドレア・ライズブロー)と出逢い、お互いに強烈に惹かれ合う。だがコートとは違い、同性との恋愛、しかも不倫愛にビリー・ジーンはなかなか大胆になれない。マリリンへの捨てがたい感情を抑えながら、ビリー・ジーンは世界ツアーでの転戦、女子テニス協会の運営、そしてボビーからの挑戦を受けて立つことになる。

 対するボビーはビリー・ジーン人気に便乗しようとするお調子者にしか見えないが、彼には彼の負けられない事情があった。現役を引退し、妻プリシラ(エリザベス・シュー)と息子との生活を守るため、会社員として働くようになったものの、デスクワークはどうも性に合わない。刺激を求めてギャンブルに熱中するあまり、プリシラから離婚を言い渡される。一家崩壊の危機だった。世界中が注目するこの試合に勝つことで、夫として父親としての威厳を取り戻したかった。カメラの前でビリー・ジーンをおちょくり続けるボビーだが、切実な想いで試合に臨んでいた。

 本作を撮ったのは、ホームコメディ『リトル・ミス・サンシャイン』(06)をヒットさせた夫婦監督のヴァレリー・ファリス&ジョナサン・デイトン。女性からの視点、男性からの視点のどちらかだけに偏ることなく、好奇の目で観られていた男女対抗戦をスポーツエンターテイメントとしてまとめ上げている。テニス特訓に励み、70年代のマッチョな女性アスリートに成り切ってみせたエマ・ストーン、『リトル・ミス・サンシャイン』に続いて憎めない変人を演じてみせたスティーブ・カレルの快演が楽しい。デザイナーのテッド役を好演したアラン・カミング、ビリー・ジーンの優しい夫ラリー役のオースティン・ストウェルも印象に残る。

 BGMとうまくマッチした名シーンが、本作の中盤に用意されている。お互いに強く惹かれ合うビリー・ジーンとマリリンが2人でドライブする場面だ。ここで流れるのはエルトン・ジョンのヒット曲「ロケットマン」。宇宙飛行士の孤高さを歌った美しい歌だが、ツアーで多忙を極めるロックスターの悲哀も重ね合わせてある。また、エルトン・ジョンは80年代に一度女性と結婚するも4年で離婚、2005年に同性と結婚することになる。つまりロケットマンとは、誰にも悩みを打ち明けることができない孤独な人間のこと。そんなロケットマンのひとりだったビリー・ジーンが、本当の自分を理解する恋人とようやく出逢いを果たす。ヴァレリー&ジョナサンいわく「ちょうど、1973年のヒット曲だから選曲したんだ。エルトン・ジョンのライブに、ビリー・ジーンがバックダンサー&シンガーとして参加するなど、2人はとても仲がいいんだよ」とのこと。『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』は単純な「女vs.男」という図式ではなく、自分らしく生きることを求める人々の闘いのドラマとなっている。

 7月7日(土)より公開が始まる瀬々敬久監督の『菊とギロチン』も“女の闘い”をテーマにした意欲的な歴史ドラマだ。女子プロレスにバトンを渡し、現在は興行が途絶えてしまった女相撲だが、江戸時代中期から明治・大正・昭和初期には女相撲の興行が各地で行なわれた。女性ならではの華やかさと観客の想像を上回る力強さを併せ持った女力士たちは、興行先の人々を魅了した。女相撲の歴史を知ると、「土俵は神聖な場であり、女性が土俵に上がると穢れる」という言説は、大相撲が生み出した迷信であることが分かる。日本相撲協会が「女人禁制」に固執しているのは、自分たちの利権を守ろうとしてきた先人たちの頑迷さを盲目的に受け継いでいるに過ぎない。

“テニスの女王”ビリー・ジーンも、土俵に生き甲斐を見出す『菊とギロチン』の主人公・花菊(木竜麻生)も、闘う相手は目の前にいる対戦相手ではない。本当に闘っている相手は、社会の偏見や既得権益の上にあぐらをかく輩たちだ。自由な生き方を認めようとしない排他的な保守勢力に向かって、ビリー・ジーンは強烈なスマッシュを、花菊は逆転の内無双を放っていく。
(文=長野辰次)

『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』
監督/ヴァレリー・ファリス&ジョナサン・デイトン 脚本/サイモン・ボーフォイ
出演/エマ・ストーン、スティーブ・カレル、アンドレア・ライズブロー、サラ・シルヴァーマン、ビル・プルマン、アラン・カミング、エリザベス・シュー、オースティン・ストウェル、ナタリー・ラモレス 
配給/20世紀フォックス映画 7月6日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー
c)2018 Twentieth Century Fox
http://www.foxmovies-jp.com/battleofthesexes/

『菊とギロチン』
監督/瀬々敬久 脚本/相澤虎之助、瀬々敬久
出演/木竜麻生、東出昌大、寛一郎、韓英恵、渋川清彦、山中崇、井浦新、大西信満、嘉門洋子、大西礼芳、山田真歩、嶋田久作、菅田俊、宇野祥平、嶺豪一、篠原篤、川瀬陽太 ナレーション/永瀬正敏
配給/トランスフォーマー 7月7日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次公開 (c)2018「菊とギロチン」合同製作舎
http://kiku-guillo.com

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人間は何かに依存せずには生きていけないのか? ウディ・アレンの不倫ドラマ『女と男の観覧車』

 コメディ映画の巨匠ウディ・アレンが窮地に立たされている。ハリウッドで広まった“#MeToo”運動によって、ウディ・アレンは25年前に裁判沙汰になった性的虐待疑惑が蒸し返され、新作のキャスティングができない状況に陥っている。2017年に撮影した『A Rainy Day in New York』はすでに完成しているものの、こちらもお蔵入りする可能性が報じられている。作家の人格と作品は別物であるという考え方は、現代の米国社会では許されなくなってしまった。半世紀に及んだ巨匠のキャリアに終止符が打たれることになるのか。そんな中、米国では17年に封切られた、ケイト・ウィンスレット主演作『女と男の観覧者』(原題『Wonder Wheel』)が現在日本で公開中となっている。

 酸いも甘みも噛み分けたウディ・アレンが熟練の演出を見せる本作。舞台となるのは1950年代のNYのコニーアイランド。ニューヨーカーたちにとって、いちばん身近な避暑地であり、少年期のウディ・アレンにとっても思い出深い遊び場だった。行楽客で賑わうコニーアイランドにある遊園地は、ショウビジネス界の縮図だろう。時代の流れから取り残されたレトロムード漂う遊園地で、男女をめぐる悲喜劇がぐるぐると回り始める。

“ワンダー・ホイール”と名付けられた大観覧車がシンボルタワーとなっている遊園地に、ひとりのワケあり美女キャロライナ(ジュノー・テンプル)が現われる。キャロライナは20歳のときにイタリア系ギャングと駆け落ちしたものの、その後離婚。FBIから証言を強要され、ギャング一味から命を狙われている。行き場のないキャロライナは、遊園地で働く父親ハンプティ(ジム・ベルーシ)に助けを求めにきたのだ。回転木馬の操縦技師を勤めるハンプティは、勘当した娘キャロライナが5年ぶりに戻ってきたことに戸惑うが、見捨てることもできない。再婚相手のジニー(ケイト・ウィンスレット)、ジニーの連れ子であるリッチー(ジャック・ゴア)と3人で暮らす遊園地内の見世物小屋を改修した自宅に、しばらくかくまうことになる。

 

 アトラクションの騒音が絶え間なく聞こえてくる元見世物小屋での、変則的な一家の生活がこうして始まった。園内のカフェでウェイトレスとして働くジニーは、キャロライナが同居することが面白くない。キャロライナはろくに家事もできず、エンゲル係数が上がるだけ。それでなくてもジニーは、前夫との間に生まれたリッチーのことで頭が痛い。リッチーは学校をサボって、映画館に入り浸ってばかり。しかも火遊びの常習犯で、精神科に通院させる治療代がバカにならない。それなのにハンプティは、血の繋がったキャロライナばかり可愛いがっている。

 若い頃は女優を目指していたジニーだが、今では生活に疲れた中年女になってしまったことを自覚している。ビーチで監視員のバイトをしている作家志望の年下の男ミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)と知り合い、彼との情事にたちまち溺れていく。ライフセーバーは人妻に手を伸ばすのも得意だった。元女優であるジニーは、今はしがないウェイトレスという役を演じているのであって、ミッキーとの恋愛を成就させれば、本当の自分を取り戻せると思い込むようになっていく。『日陰のふたり』(96)や『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』『愛を読むひと』(ともに08)と同様、母性的な強さとその中に狂気を宿らせたヒロイン像を演じるのが、ケイト・ウィンスレットはとてもうまい。

 ジニーは、夫ハンプティがアルコール依存症であることを責めるが、それはジニーも同じだった。酒を遠ざけるようになったジニーだが、代わりにミッキーとの不倫愛に依存していくようになる。一方、多感な時期に両親の愛情を感じることができずにいるリッチーは、火遊びがますます激しくなっていく。このままだと放火魔になりかねない。ひと夏だけコニーアイランドで過ごすミッキーは、いつか小説家になるという夢に支えられている。ジニーとの交際は小説を書くための肥やしだった。みんな、何かに依存しながら生きている。それぞれ目の前にある幸せを手に入れようとするが、回転木馬のように永遠に追いつくことはできない。ウディ・アレンの作品を観ていると、その人が何に依存しているかが、その人自身ではないのかと思えてくる。彼らから依存対象を奪ったら、何が残るのだろうか。ウディ・アレンから映画づくりとクラリネットを奪ったら、後には何が残るのだろうか。

 

 再び“#MeToo”運動について。ウディ・アレンを訴えているのは、前妻ミア・ファローの連れ子だったディアン・ファロー。幼い頃にウディ・アレンに性的虐待を受けたと、これまで何度も主張してきた。今回、ウディ・アレンが窮地に追い詰められたのは、ウディ・アレンとミア・ファローの息子であるロナン・ファローの存在が大きい。新進ジャーナリストであるロナン・ファローは17年に「ニューヨーカー」でハリウッドにおけるセクハラ問題を大々的に取り上げ、“#MeToo”運動を後押しした。ウディ・アレンとは絶縁状態にあるロナン・ファローが、姉ディアンを援護射撃した格好だった。言ってみれば、ウディ・アレン一家にずっと燻り続けてきた火種が、“#MeToo”運動へと広がっていったことになる。ウディ・アレンも、子どもたちによって自身の監督生命を絶たれるとは思いもしなかっただろう。

 行楽客で賑わうコニーアイランド全体を見渡す大観覧車がオープニング、そしてエンディングで大きく映し出される。「人生は近くで見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」と語ったのは喜劇王チャールズ・チャップリンだった。チャップリンもまた、女性問題と赤狩りによってハリウッド追放という辛酸を舐めている。観覧車に乗っていれば、ごみごみとした近景がやがて美しい絶景へと変わっていく。男女のどろどろとした修羅場も、やがて掛け替えのない思い出へと変わることを願うばかりだ。ウディ・アレンの新作を劇場で観るのは、これが最後になるのだろうか。
(文=長野辰次)

『女と男の観覧車』
監督・脚本/ウディ・アレン 撮影/ヴィットリオ・ストラーロ 
出演/ジム・ベルーシ、ジュノー・テンプル、ジャスティン・ティンバーレイク、ケイト・ウィンスレット、マックス・カセラ、ジャック・ゴア、デヴィッツド・クラムホルツ
配給/ロングライド 6月23日より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国公開中
Photo by Jessica MiglioC)2017 GRAVIER PRODUCTIONS, INC.
http://longride.jp/kanransya-movie

 

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平成の世に起きた第二の「阿部定事件」なのか!? 佐藤寿保監督が女の多面性を描く『可愛い悪魔』

 1936年は日本が軍国化していくきっかけとなった「二・二六事件」の起きた年であり、「阿部定事件」が世間を騒がせたことでも知られている。料亭で働く定が不倫相手を窒息プレイで殺害した後に男性器を切り取ったこの猟奇的事件は、大島渚監督の『愛のコリーダ』(76)、大林宣彦監督の『SADA』(98)など、たびたび映画化されている。1980~90年代に“ピンク四天王”のひとりとして活躍した佐藤寿保監督の新作『可愛い悪魔』も、実在の事件にインスパイアされたものだ。2015年に起きた「弁護士局部切断事件」をモチーフに、佐藤監督は事件を招いた女性の多面性、現代社会における人間関係の希薄さを感じさせる官能サスペンスに仕立てている。

 本作のモチーフとなった「弁護士局部切断事件」だが、「阿部定事件」と違って殺人には至っていない。司法試験を目指していた大学院生の夫のために弁護士事務所で働いていた妻だが、やがて職場の上司と不倫関係に。夫にその事実を問い詰められ、妻は「無理矢理に関係を迫られた」と自己弁護。妻の言葉を信じ切った夫は弁護士を殴り倒し、枝切りバサミで局部を切断した。妻は黙って、その様子を眺めていたとされている。ピンク四天王時代、ホラー映画『華魂』(14)、日米合作『眼球の夢』(16)と過激な作品を次々と発表してきた佐藤監督がこの事件に惹かれたのは必然だったのかもしれない。

佐藤「この事件を最初に聞いたとき、やはり阿部定事件に似ているなと思いました。でも阿部定が切り取った男の局部を大事に持ち歩いていたのに対し、今回の事件では女性は直接手を下さず、切り取った局部はすぐに捨てている。即物的というか、現代的というか、時代の違いみたいなものを感じさせますよね。ワイドショーや週刊誌に当時はよく取り上げられたものの、どれも三面記事的な扱いばかり。事件の表層部分をいくら追っても、何も見えてこない。それならば、事件を招いた女性を中心にしたフィクションとして掘り下げてみようと考えたわけです」

 本作のファムファタールとなる美穂を演じるのは、佐藤監督作には初出演となる七海なな。城定秀夫監督の『舐める女』(16)がピンク大賞最優秀作品賞に選ばれるなど、近年その演技力が評価されている女優だ。10代の少女のような面影を残す七海だが、本作では法科大学院生で稼ぎのない夫・小塚(鐘ヶ江佳太)との生活を支えるために健気に働く貞淑な妻の顔、上司である弁護士の桑田(萩野崇)の前ではコスプレやSMプレイに応じるエロティックな女の顔、そして犯行直後には悪魔のような笑顔……といくつもの顔を見せる。自称ルポライターの法月(杉山裕右)は美穂の本当の顔を知ろうと事件について調べ始めるが、素顔の美穂について知れば知るほど真相は藪の中へと消えていく。思いあまった法月は美穂に直接接触するようになるが、美穂の妖艶さに取り込まれてしまう──。

佐藤「七海さんは『眼球の夢』のオーディションで初めて会ったんです。彼女は高校時代に生徒会長を務めていたこともあり、頭がよく、勘もいい。年齢を重ねても少女のような雰囲気を持ち合わせている。『眼球の夢』のイメージには合わなかったのですが、犯罪ものにはよく合うだろうなと感じていました。ある意味、犯罪って、人間の純真さが引き起こすものだと僕は考えています。純真無垢な少女は、その存在自体がすでに犯罪です(笑)。女がつく嘘は必ずしも自己弁護のためではなく、相手を傷つけたくない優しさから生まれることもある。でも、女がついた嘘のために、男は妄想を一方的に膨らませ、狂気に陥ってしまいかねない。ミステリアスな女ほど、男たちを魅了してしまうものです。映画的にとても魅力のある女性像を、七海さんは限られた撮影日数の中でうまく演じ切ってくれたと思います」

 佐藤監督によれば、そんな女の嘘に翻弄され、振り回される男たちも、ある意味では不器用であり、純真な存在であるらしい。中村淳彦原作のノンフィクションシリーズを原作にした『名前のない女たち』(10)の社会の欲望に消費されるだけの女たちと同じように、本作の男たちも人間関係が希薄になった現代社会でうつろい、目の前にある刹那的な関係性にしがみつこうとする。寄る辺なき現代人たちの浅はかさと哀しみが感じられる。

佐藤「ピンク映画の頃から、僕は犯罪ものをいろいろと撮ってきました。犯罪を犯す人間って、純真すぎるほど純真なことが多いんです。純真がゆえに思い込みも激しく、狂気へと走ってしまう。決して、僕らの日常から遠いものではないと思います。僕が28歳のとき、パリで事件を起こした佐川一政さんと知り合い、パリの事件を題材にした映画の脚本をお願いしたことがあります。あくまでもフィクションとして書いてもらったのですが、やはり映画化は難しく、完成には至りませんでした。でも、その後も佐川さんとはお付き合いが続き、僕が撮った『夢の中で犯して殺して』(92)や『眼球の夢』などに出演してもらっています。佐川さんも純真で、それゆえに思い込みが強く、またマスコミに書き立てられたことで勘違いもされやすい人。でも、そんな部分も含めて魅力的な人物です。それに狂気は、生きている人間なら誰しもが持っている一面だと思いますね」

 本作のヒロイン・美穂は、それぞれの男たちに対して理想の女性像を演じようと努める。それゆえに男たちは妄想を掻き立てられ、無意識下の欲望まで顕在化させ、やがて破滅を迎えることになる。自分の魅力に無自覚な女、可愛い悪魔に出会ってしまった男は、どうにも抗うことができない。もがけばもがくほど、その悪魔的な魅力の虜になってしまう。
(文=長野辰次)

『可愛い悪魔』
監督/佐藤寿保 脚本/いまおかしんじ 撮影/鈴木一博
出演/七海なな、杉山裕右、鐘ヶ江佳太、後藤ちひろ、志賀龍美、志村彩佳、
南久松真奈、ニシイアキラ、萩野崇
配給/アイエス・フィールド 6月23日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開
(c)2016「可愛い悪魔」製作委員会
http://is-field.com/kawa-aku

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平成の世に起きた第二の「阿部定事件」なのか!? 佐藤寿保監督が女の多面性を描く『可愛い悪魔』

 1936年は日本が軍国化していくきっかけとなった「二・二六事件」の起きた年であり、「阿部定事件」が世間を騒がせたことでも知られている。料亭で働く定が不倫相手を窒息プレイで殺害した後に男性器を切り取ったこの猟奇的事件は、大島渚監督の『愛のコリーダ』(76)、大林宣彦監督の『SADA』(98)など、たびたび映画化されている。1980~90年代に“ピンク四天王”のひとりとして活躍した佐藤寿保監督の新作『可愛い悪魔』も、実在の事件にインスパイアされたものだ。2015年に起きた「弁護士局部切断事件」をモチーフに、佐藤監督は事件を招いた女性の多面性、現代社会における人間関係の希薄さを感じさせる官能サスペンスに仕立てている。

 本作のモチーフとなった「弁護士局部切断事件」だが、「阿部定事件」と違って殺人には至っていない。司法試験を目指していた大学院生の夫のために弁護士事務所で働いていた妻だが、やがて職場の上司と不倫関係に。夫にその事実を問い詰められ、妻は「無理矢理に関係を迫られた」と自己弁護。妻の言葉を信じ切った夫は弁護士を殴り倒し、枝切りバサミで局部を切断した。妻は黙って、その様子を眺めていたとされている。ピンク四天王時代、ホラー映画『華魂』(14)、日米合作『眼球の夢』(16)と過激な作品を次々と発表してきた佐藤監督がこの事件に惹かれたのは必然だったのかもしれない。

佐藤「この事件を最初に聞いたとき、やはり阿部定事件に似ているなと思いました。でも阿部定が切り取った男の局部を大事に持ち歩いていたのに対し、今回の事件では女性は直接手を下さず、切り取った局部はすぐに捨てている。即物的というか、現代的というか、時代の違いみたいなものを感じさせますよね。ワイドショーや週刊誌に当時はよく取り上げられたものの、どれも三面記事的な扱いばかり。事件の表層部分をいくら追っても、何も見えてこない。それならば、事件を招いた女性を中心にしたフィクションとして掘り下げてみようと考えたわけです」

 本作のファムファタールとなる美穂を演じるのは、佐藤監督作には初出演となる七海なな。城定秀夫監督の『舐める女』(16)がピンク大賞最優秀作品賞に選ばれるなど、近年その演技力が評価されている女優だ。10代の少女のような面影を残す七海だが、本作では法科大学院生で稼ぎのない夫・小塚(鐘ヶ江佳太)との生活を支えるために健気に働く貞淑な妻の顔、上司である弁護士の桑田(萩野崇)の前ではコスプレやSMプレイに応じるエロティックな女の顔、そして犯行直後には悪魔のような笑顔……といくつもの顔を見せる。自称ルポライターの法月(杉山裕右)は美穂の本当の顔を知ろうと事件について調べ始めるが、素顔の美穂について知れば知るほど真相は藪の中へと消えていく。思いあまった法月は美穂に直接接触するようになるが、美穂の妖艶さに取り込まれてしまう──。

佐藤「七海さんは『眼球の夢』のオーディションで初めて会ったんです。彼女は高校時代に生徒会長を務めていたこともあり、頭がよく、勘もいい。年齢を重ねても少女のような雰囲気を持ち合わせている。『眼球の夢』のイメージには合わなかったのですが、犯罪ものにはよく合うだろうなと感じていました。ある意味、犯罪って、人間の純真さが引き起こすものだと僕は考えています。純真無垢な少女は、その存在自体がすでに犯罪です(笑)。女がつく嘘は必ずしも自己弁護のためではなく、相手を傷つけたくない優しさから生まれることもある。でも、女がついた嘘のために、男は妄想を一方的に膨らませ、狂気に陥ってしまいかねない。ミステリアスな女ほど、男たちを魅了してしまうものです。映画的にとても魅力のある女性像を、七海さんは限られた撮影日数の中でうまく演じ切ってくれたと思います」

 佐藤監督によれば、そんな女の嘘に翻弄され、振り回される男たちも、ある意味では不器用であり、純真な存在であるらしい。中村淳彦原作のノンフィクションシリーズを原作にした『名前のない女たち』(10)の社会の欲望に消費されるだけの女たちと同じように、本作の男たちも人間関係が希薄になった現代社会でうつろい、目の前にある刹那的な関係性にしがみつこうとする。寄る辺なき現代人たちの浅はかさと哀しみが感じられる。

佐藤「ピンク映画の頃から、僕は犯罪ものをいろいろと撮ってきました。犯罪を犯す人間って、純真すぎるほど純真なことが多いんです。純真がゆえに思い込みも激しく、狂気へと走ってしまう。決して、僕らの日常から遠いものではないと思います。僕が28歳のとき、パリで事件を起こした佐川一政さんと知り合い、パリの事件を題材にした映画の脚本をお願いしたことがあります。あくまでもフィクションとして書いてもらったのですが、やはり映画化は難しく、完成には至りませんでした。でも、その後も佐川さんとはお付き合いが続き、僕が撮った『夢の中で犯して殺して』(92)や『眼球の夢』などに出演してもらっています。佐川さんも純真で、それゆえに思い込みが強く、またマスコミに書き立てられたことで勘違いもされやすい人。でも、そんな部分も含めて魅力的な人物です。それに狂気は、生きている人間なら誰しもが持っている一面だと思いますね」

 本作のヒロイン・美穂は、それぞれの男たちに対して理想の女性像を演じようと努める。それゆえに男たちは妄想を掻き立てられ、無意識下の欲望まで顕在化させ、やがて破滅を迎えることになる。自分の魅力に無自覚な女、可愛い悪魔に出会ってしまった男は、どうにも抗うことができない。もがけばもがくほど、その悪魔的な魅力の虜になってしまう。
(文=長野辰次)

『可愛い悪魔』
監督/佐藤寿保 脚本/いまおかしんじ 撮影/鈴木一博
出演/七海なな、杉山裕右、鐘ヶ江佳太、後藤ちひろ、志賀龍美、志村彩佳、
南久松真奈、ニシイアキラ、萩野崇
配給/アイエス・フィールド 6月23日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開
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ドイツ国民は強制収容所の惨劇を知らなかった!? ナチス高官元女性秘書の告白『ゲッベルスと私』

 ヒトラーの右腕、プロパガンダの天才、多くの女優と浮名を流したロマンティスト……。ナチスドイツの初代宣伝大臣だったヨーゼフ・ゲッベルスをめぐる逸話はとても多い。ナチス軍服のファッション性を重視したこと、周囲には「博士」と呼ばせていたことなど、独自の美意識の持ち主であったことでも知られる。博識だったゲッベルスがメディアを統制し、イメージ戦略を展開したことで、ナチス総統アドルフ・ヒトラーはその人気を極めた。オーストリア映画『ゲッベルスと私』(原題『A GERMAN LIFE』)は、ゲッベルスの秘書を務めたブルンヒルデ・ポムゼルへのインタビューを中心に構成されたドキュメンタリーだ。撮影時103歳だったポムゼルが“生き証人”としてナチス政権下のドイツの内情を語る興味深い内容となっている。

「プロパガンダは相手に気づかれないよう、その意図を巧妙に隠してやる」「教養の低い大衆に向けてやるべき」など、ゲッベルスが残した言葉の数々は、現代の政治とメディアの関係性に充分通じるものだ。戦時中、ゲッベルスのオフィスに通っていたポムゼルは、終戦から69年間ずっと沈黙を守ってきたが、103歳にして初めてインタビューに答える。豊かな銀髪はウィッグかもしれないが、カメラに向かって毅然とした態度でしゃべり続けるポムゼルの記憶は極めて鮮明である。彼女の中では、戦時中の体験はほんの数年前の出来事であるかのようだ。

 1911年にベルリンで生まれたポムゼルの回顧は、彼女の少女時代、第一次世界大戦時から始まる。ずっと不在だった父親が戦場から帰ってきた。知らない大人の男が家にいることに、幼いポムゼルは驚いたという。当時は子どもに対する躾が厳しく、大人に口答えするとすぐに体罰を受ける時代だった。中学卒業後のポムゼルはタイピストとなるが、景気は悪く、午前中はユダヤ人が経営する保険代理店で働き、午後はナチ党員の戦争体験を口述筆記する仕事を掛け持ちすることになる。よりよい職場を求めて、ポムゼルは22歳のときにナチ党に入党する。就職に有利になると聞いたからだ。なけなしの大金を払ってナチ党員となったポムゼルは、念願叶ってラジオ局での職を得る。1936年にはベルリン五輪が開催され、「街は活気に溢れていた。当時のベルリンは美しい街だった」とポムゼルは自身の青春期と重なるナチスドイツ黄金時代を振り返る。

 ポムゼルの幸運は続く。ラジオ局での秘書としての勤勉さを買われた彼女は、ゲッベルス宣伝大臣の秘書として働くことになる。給料はぐんと上がり、周りは親切なエリートばかりで居心地がよかった。普段のゲッベルスはとても温厚で、洗練された紳士だった。昼休みになると、ゲッベルスの子どもたちが子煩悩だった父親を迎えにオフィスに現われたことを、ポムゼルは懐かしむ。タイプライターを子どもたちに貸して、遊ばせたこともあったそうだ。

 だが、幸せなポムゼルとは対照的な運命を歩む女性もいた。ポムゼルの親友だったユダヤ人のエヴァだ。明るく、快活な性格のエヴァは、ポムゼルが勤めるラジオ局にときどき遊びに訪れ、男性局員たちの人気者となっていた。しかし、ナチスの隆盛と反比例して、ユダヤ人だったエヴァは就職もままならず、生活に貧するようになっていく。ポムゼルはそんな彼女に手を差し伸べたと弁明する。みんなでコーヒーやビールを飲みに行ったときは、彼女の分をみんなで支払ったと。しばらくして、バスの中でばったり逢ったエヴァから「あなたの同僚を訪ねてもいいかしら」と頼まれるが、すでに宣伝省で働くようになっていたポムゼルは「もう職場には来ないで」と断る。ポムゼルの新しい勤務先を知って、エヴァも理解した。音信不通となったエヴァは、その後強制収容所へ送られることになる。

 ポムゼルは断言する。「若い人から、もし自分があの時代にいたら、ユダヤ人を助けたはずだと言われる。でも、きっと彼らも同じことをしていたわ。国中がガラスのドームに閉じ込められていたようだった。私たち自身が巨大な強制収容所にいたのよ」。彼女の言葉を証明するように、ナチスドイツ時代の記録映像がインタビューの合間に挿入される。街はナチス式敬礼をする市民たちの歓声で溢れ返り、反論の声を挙げても簡単に掻き消されてしまいそうだ。

 ポムゼルは強制収容所で何が起きていたのか、戦時中はまるで知らなかったと主張する。ユダヤ人が街から姿を消したが、それは地方へ集団移住しただけなのだと信じていた。ポムゼルがまったくの嘘をついているようには見えない。ただ、ポムゼルをはじめとする豊かな生活を享受していたドイツ人は、真実を知ろうとしなかっただけなのだ。不快なこと、自分たちに都合の悪いことは目を閉じ、耳を塞いで、やり過ごそうとした。

 ポムゼルたち多くのドイツ人が気づかないふりをしていた間に、ユダヤ人が移住させられたゲットーや強制収容所で何が起きていたかを、ナチスドイツの宣伝映像や連合軍側の資料映像はまざまざと教えてくれる。ゲットーでは餓え死にしたと思われる痩せ細ったユダヤ人の死体が道路に転がり、強制収容所の中からはガス室で命を絶たれたユダヤ人たちのおびただしい死体の山が運び出された。多くのユダヤ人たちの命と引き換えに、ポムゼルたちは戦時中も豊かな生活を送り続けていたのだ。

 ユダヤ人の強制収容所への移送計画の指揮をとったアドルフ・アイヒマンは、1961年にイスラエルで行なわれた裁判で、「私はただ上官の命令に従っただけ」と自分には責任がないことを最期まで主張した。ポムゼルもそうだ。条件のよい職場を求めて、たまたまゲッベルスのもとで秘書として働くことになっただけだと。ナチスの政治信条に共感していたわけではなく、自分や家族が食べていくために真面目に働いただけだったと。彼女は言う。「私に罪があったとは思わない。ただし、ドイツ国民全員に罪があるとするなら、話は別よ。結果的にドイツ国民はあの政府が権力を握ることに加担してしまった。そうしたのは国民全員よ。もちろん私もその一人だわ」。

 1945年、千年帝国と謳われたナチスドイツの首都ベルリンは陥落し、ヒトラーは自殺を遂げた。ヒトラーが後継者として指名していたゲッベルスだったが、それまでヒトラーに忠実だった彼は最期に逆らうことになる。敗戦国の首相として連合国側との交渉の席に就くことなく、ヒトラーの後を追うように自殺してしまう。ゲッベルスの妻と5人の子どもたちも道連れとなった。宣伝省の地下壕に隠れていたポムゼルはソ連軍の捕虜となり、終戦から5年間にわたって収容所生活を送ることになる。解放後、ポムゼルは再びラジオ局で働き始めた。2005年にホロコースト記念碑がベルリンに建立され、地下にある管理室のデータベースを検索したポムゼルは、音信不通になっていたエヴァが終戦の年に収容所で亡くなっていたことを知る。

 103歳となったポムゼルの顔中に深い皺が刻み込まれている。まるで年輪を重ねた古い老木のようだ。ポムゼルは老木化しながらも生き続け、自身の体験を語るべきタイミングをずっと待っていた。延べ28日間、合計30時間にわたる、長くつらいインタビューを終えたポムゼルは、2017年に106歳でこの世を去る。

 語るべきことを語り、老木のように倒れていったポムゼル。この映画がもしドキュメンタリーではなく劇映画だったら、どんなエンディングになっていただろうか。インタビューに答えたことが免罪符となり、天国へと向かったポムゼルは、そこでエヴァと再会する。エヴァは若い頃のままの姿だ。そのとき、エヴァはそしてポムゼルは、相手にどんな言葉を掛けるだろうか?
(文=長野辰次)

『ゲッベルスと私』
監督/クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファー
配給/サニーフィルム 6月16日(土)より神保町・岩波ホールにてロードショー公開
https://www.sunny-film.com/a-german-life

 

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血縁とも地縁とも異なる、新しい家族の在り方!? 日本の最下流社会のシビアな現実『万引き家族』

 巣鴨で起きた子ども置き去り事件を題材にした『誰も知らない』(04)、沖縄であった新生児取り替え事件にインスパイアされた『そして父になる』(13)など、是枝裕和監督は日本社会の暗部にスポットライトを当てることで映画を生み出してきた。カンヌ映画祭パルムドール(最高賞)を受賞した『万引き家族』も、実在の事件が元ネタとなっている。2010年以降、次々と発覚した年金不正受給事件から着想を得たものだ。親の死を隠して年金を受け取り続けた詐欺一家に、是枝監督は“正義の鉄槌”を下すマスコミや世論とは異なる角度から近づいていく。

 家族の崩壊が叫ばれて久しい。社会のいちばん小さな単位である家族が壊れていったことで、日本社会全体がすっかり歪んだものになってしまった。実在の事件を通して、家族の在り方を見つめてきた是枝監督は、「家族を結びつけるものは血か、それとも一緒に過ごした時間か」という問題をこれまでの作品の中で問い掛けてきた。今回の『万引き家族』は、そこからさらに大胆に踏み込んでいく。血縁や地縁といった、これまで語られてきた家族の絆に代わる、お金で結びついた打算的な関係として“万引き家族”を登場させている。

“万引き家族”のシンボル的な存在は、是枝作品の常連である樹木希林だ。樹木演じる老婆・初枝の銀行口座に毎月振り込まれる年金を頼りに、治(リリー・フランキー)、その妻・信代(安藤サクラ)、息子の祥太(城桧吏)、信代の妹・亜紀(松岡茉優)たちはゴミ屋敷のような一軒屋で暮らしている。治は日雇い労働、信代はクリーニング店で働いているが、毎日は仕事がなく、収入は限られている。足りない分は、治と祥太がスーパーマーケットから日用品を万引きすることでやり繰りしていた。明るい将来設計も、病気になったときの医療保険もない、ないない尽くしのビンボー一家だったが、みんなで笑って食事を囲む温かさだけは満ちていた。

 世間の目を忍んで、ひっそりと暮らす万引き家族に新しい仲間が増える。隣町でひと仕事を終えた治と祥太はその帰り道、団地で部屋から締め出されて凍えていた小さな女の子・ゆり(佐々木みゆ)に気づき、連れ帰ってきたのだ。初枝がゆりのシャツをめくると、体中が火傷の痕とアザだらけだった。親から虐待されているゆりを帰すことができず、治と信代の新しい子どもとして迎え入れることになった。万引き家族の一員になるため、ゆりは懸命に万引きの連係プレイに加わるようになる。

 学校に通うことのない祥太とゆりだったが、『誰も知らない』の柳楽優弥たち兄妹と同じように伸び伸びと育っていく。家族想いの優しい子どもたちに、家長である治は自分の知っている万引きのノウハウをいろいろと伝授していく。学歴も資格も何も持っていない治には、万引きのテクニック以外に教えてあげるものが何もないからだ。世間の常識から大きく逸脱した父子の絆が培われていく。歪んだ社会では、歪んだ親子の絆がとても真っすぐなものに映る。

 日本の低所得者層の生活をリアルに描いた『万引き家族』は、ペ・ドゥナ主演作『空気人形』(09)以来となる官能シーンに是枝監督が挑んでいることでも注目される。いつも家族と一緒なため、セックスレス状態だった治と信代だったが、夏の昼下がりに夫婦はそうめんを食べながら、珍しく2人っきりなことに気づく。汗ばんだ下着姿の安藤サクラのむっちりとしたボディが濃厚なフェロモンを発している。パンツ一丁のリリー・フランキーは、この強力なフェロモンに抗うことができない。2人が体を重ね合った後の、食卓に垂れ下がった白いそうめんが実にエロティックである。

 松岡茉優も体を張っている。松岡演じる亜紀の仕事先はJK見学店だ。亜紀はここでセーラー服に着替え、若さと性を売り物にしている。街のどこにも行き場所のない人たちが、マジックミラー越しの亜紀を求めて訪ねてくる。そんな行き場所のない人にとって、亜紀は10分刻みの天使となるのだった。お金を介することで、亜紀は孤独な心と繋がっていく。安藤サクラは人妻の妖艶さ、松岡茉優は新鮮な色香をほとばしらせるが、エロスはタナトスと背中合わせの関係でもある。一家にとって精神的&経済的な支柱だった初枝が眠るようにこの世を去り、家庭内のバランスが危うくなる。それと同時に、この一家の隠されていた秘密が次々と明るみになっていく。

 日本映画として、今村昌平監督の『うなぎ』(97)以来となるカンヌ映画祭最高賞を受賞したおめでたい『万引き家族』だが、そこで描かれているのは『誰も知らない』の頃よりもさらに厳しさを増した日本社会の現実である。それでも、この家族はとても幸せだ。誰かと手をつないだとき、抱きしめられたときの肌の温かさを子どもたちは知っているからだ。夏の終わりに、さほど美しくもない海へと家族そろって出掛けたことを、祥太とゆりは大人になっても忘れないだろう。世間的には犯罪者集団であっても、子どもたちにとっては得難い家族だった。世間の常識からこぼれ落ちたこの一家が、輝いて見える。世間の常識や良識を振りかざしても、解決できない問題がある。
(文=長野辰次)

『万引き家族』
監督・脚本・編集/是枝裕和 撮影/近藤龍人 音楽/細野晴臣
出演/リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美、柄本明、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林
配給/ギャガ 6月2日(土)、3日(日)先行上映、8日(金)より全国公開
(c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku

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微妙にズレてる日本文化が、逆に愛おしく思える!? 黒澤明×宮崎駿をポップにリミックス『犬ヶ島』

 独特なビジュアルセンスとユーモア感覚の持ち主であるウェス・アンダーソン監督の新作映画『犬ヶ島』は、かなりおかしな作品だ。人種隔離政策ならぬ、犬隔離政策を打ち出した為政者に対し、ひとりの少年と6匹の犬たちが“七人の侍”として立ち上がるという、黒澤明映画を思いっきりオマージュした内容となっている。アンダーソン監督が日本文化と黒澤映画が大好きなことはすごく伝わってくるけど、黒澤ワールドが人形アニメ(ストップモーションアニメ)として描かれ、その上アンダーソン監督は脱力系ギャグが得意な人ゆえ、日本人のイメージする黒澤作品とはまったく異なるものに仕上がっている。その違和感が、何ともいえない味わいなのだ。

 黒澤監督の『どですかでん』(70)はゴミ捨て場が舞台となっていたが、同じく『犬ヶ島』もゴミの島が舞台だ。メガ崎市ではドッグ病が蔓延し、人間に感染することを恐れた小林市長(声:野村訓市)はノラ犬も飼い犬もすべての犬を、ゴミ島あらため“犬ヶ島”へ強制送還することを決定。ノラ犬のチーフ(声:ブライアン・クランストン)は元飼い犬のレックス(声:エドワード・ノートン)ら4匹の犬たちと徒党を組み、犬ヶ島でたくましくサバイバルライフを送るようになっていた。

 ある日、犬ヶ島に小型飛行機に乗って、ひとりの少年が現われる。小林市長の養子・小林アタリ(声:ランキン・こうゆう)だった。いちばんの親友だった愛犬スポッツと引き離されたアタリは、養父の目を盗んでスポッツを探しに訪れたのだ。人間から愛された記憶のないノラ犬チーフだったが、お気に入りのメス犬ナツメグ(声:スカーレット・ヨハンソン)から「彼はまだ子どもよ。助けてあげなさい」と言われたことから、スポッツ探しをサポートすることに。だが、小林市長の命令で出動したドローンやロボット犬たちがアタリたちの前に立ち塞がり、壮絶なバトルに。犬ヶ島はまるで怪獣島のような有り様となる。

 公式HPには本作の物語設定は今から20年後の日本と記されているが、アンダーソン監督がイメージしたのは、黒澤監督の社会派ドラマ『酔いどれ天使』(48)や『野良犬』(49)などで描かれた戦後復興から高度経済成長へと向かった日本のワイルドな雰囲気。戦争は終わり、復興が進んでいく一方、新たな貧富の差が生まれていった時代だ。黒澤映画では庶民たちはビンボーなれど、エネルギッシュに生きていた。そんな復興期から高度成長期にかけての日本人の姿が、犬キャラたちに投影されている。『隠し砦の三悪人』(58)の千秋実と藤原釜足が、同じく黒澤作品を敬愛するジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』(77)のC-3POとR2-D2のモデルになったような感じ。心の狭い民族主義者なら「外国人が日本人を犬扱いするなんて!」と青筋を立てそうだけど、『犬ヶ島』では犬キャラをハリウッドスターが、日本人キャラは日系キャストがアテレコしているのだ。

 アンダーソン監督はロアルド・ダール原作の『ファンタスティック Mr.FOX』(09)で初めてストップモーションアニメに取り組み、実写映画のみならずアニメーション表現でも非凡な才能を発揮してみせた。アンダーソン監督は黒澤作品に加え、宮崎作品からも大いに影響を受けているそうだ。宮崎作品の中で描かれる静謐な世界の豊かさや独特なリズム感に魅了されているとのこと。他にも東宝特撮映画『地球防衛軍』(57)、大友克洋のSFコミック『AKIRA』、持永只仁の人形アニメなどの要素も感じさせる。『犬ヶ島』は4年の歳月を費やし、作られた人形の数は人間と犬を会わせて合計1,097体。総勢670名ものスタッフを動員。ただの酔狂で撮り上げられた作品ではない。それぞれのパペットのディテールや細かい仕草に、アンダーソン監督をはじめとするスタッフの異常な愛情が溢れ出ている。

 今年公開されたスティーブン・スピルバーグ監督のSF大作『レディ・プレイヤー1』では、森崎ウィンは黒澤映画の常連俳優・三船敏郎を仮想現実「オアシス」でのアバターとしていた。現在公開中のドキュメンタリー映画『MIFUNE THE LAST SAMURAI』ではスピルバーグやマーティン・スコセッシ監督らが俳優・三船敏郎の魅力を嬉々として語っている。『犬ヶ島』でも“三船敏郎”は要重要人物だ。アタリの養父である小林市長は、量産型のアニメ作品なら100%の悪役キャラになるところだが、アンダーソン監督は分かりやすい悪役にはしていない。『悪い奴ほどよく眠る』(60)や『天国と地獄』(63)に出ていた頃の三船敏郎を思わせる、社会秩序と闇世界との狭間で葛藤する大人のキャラクターとなっている。三船敏郎は日本だけでなく、海外でも深く愛されてきたことが分かる。

 スピルバーグ監督が久しぶりに少年少女たちを主人公にした『レディ・プレイヤー1』の仮想現実「オアシス」は、貧富の差や人種的偏見のない、平等で自由な世界として描かれていた。ガンダムやメカゴジラたちが著作権の壁を乗り越えて、対等に戦いあった。アンダーソン監督が撮り上げた『犬ヶ島』も、時空や国境を越えた世界であり、人間と犬との友情が描かれる。人間と犬とは、言葉が通じないからこそ永遠の友情を結ぶことができる。特に少年期にある人間と犬は、動物の生態系の枠組みを越えて、強い繋がりを感じあえる。米国テキサス州生まれのアンダーソン監督も、ネイティブな日本人ではないからこそ、日本文化を愛してやまない。

 自分とは異なるもの、異なる世界に憧れるのは自然な摂理だろう。アンダーソン監督が描く『犬ヶ島』は、現実の日本ではない。黒澤明や宮崎駿が夢想した理想社会へ、アンダーソン監督は『犬ヶ島』を通して近づくことを夢見ている。
(文=長野辰次)

『犬ヶ島』
監督/ウェス・アンダーソン 原案/ロマン・コッポラ、ジェイソン・シュワルツマン、野村訓市
声の出演/ブライアン・クランストン、ランキン・こうゆう、エドワード・ノートン、ボブ・バラバン、ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラム、野村訓市、高山明、グレタ・ガーウィグ、フランシス・マクドーマンド、伊藤晃、スカーレット・ヨハンソン、ハーヴェイ・カイテル、F・マーリー・エイブラハム、ヨーコ・オノ、野田洋次郎、渡辺謙、夏木マリ、フィッシャー・スティーブンス、村上虹郎、リーヴ・シュレイバー、コートニー・B・ヴァンス 
配給/20世紀フォックス映画 5月25日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー中
(c)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
http://www.foxmovies-jp.com/inugashima/

 

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