万物に神宿る日本神道とハリウッド文化の融合!? ぼっち少女が中古車に恋をした『バンブルビー』

 廃車置き場で眠っていた年代物のビートル(フォルクスワーゲン・タイプ1)に、18歳の少女がひと目惚れ。実はそのボロボロのビートルは、遠い星からやってきたロボット生命体が擬態した姿だった。やがてその秘密を知った少女は、心優しいロボット生命体と掛け替えのない友情を育んでいく。ハリウッドのブロックバスター映画『バンブルビー』は、期待以上に日本人好みのハートウォーミングな青春ドラマに仕上がっている。

 マイケル・ベイ監督の大ヒット作『トランスフォーマー』(07)を皮切りに、「トランスフォーマー」シリーズはこれまで全5作がハリウッドで実写映画化されてきた。そのスピンオフ作となる『バンブルビー』は、ロボット生命体のバンブルビーが地球を訪れた1980年代が舞台。つまり、エピソード0という位置づけ。過去の「トランスフォーマー」シリーズを観ていない人でも、問題なく楽しめるようになっている。

 同シリーズはもともと日本生まれの変形ロボット玩具がベースになっていたわけだが、それに加えて日本人が『バンブルビー』に好感を覚える要素に、トラヴィス・ナイト監督の実写デビュー作だということも挙げられる。トラヴィス監督の前作『KUBO二本の弦の秘密』(16)は、日本昔話と時代劇をリミックスさせた異色の和風ストップアニメーションとして話題を集めた。

 トラヴィス監督は父親に連れられて8歳のときに初来日し、すっかり日本文化の虜になり、その後もたびたび来日している大の日本通。『KUBO』では少年の演奏する三味線に合わせ、折り紙たちが舞い踊るシーンが斬新だった。そんなトラヴィス監督が手掛けたことで、実写映画『バンブルビー』にも全編にわたって“Kawaii”テイストが溢れている。

 米国の西海岸で暮らす少女チャーリー(ヘイリー・スタインフェルド)は18歳の誕生日を迎えるが、「おめでとう」と声を掛けてくれる友達はひとりもいなかった。家庭内にすら居場所のないチャーリーは、廃車置き場で見つけた年代物の黄色いビートルに夢中になる。ちんまりとかわいいいのに世間から忘れ去られたような寂れた雰囲気が、そのときのチャーリーの心情とマッチしていた。

 チャーリーが懸命に修理し、ビートルは目を覚ますことに。ビートルの正体は、自在に変形してみせるロボット生命体だった。体は大きいくせに臆病でドジなロボット生命体に、チャーリーは「バンブルビー」と名付ける。ぼっち少女チャーリーの暗く閉ざされていた青春は、バンブルビーという仲間ができたことで明るく開放的なものへと変わっていく。バンブルビーに乗って海岸線をぶっ飛ばせば、気分はサイコーだった。だが、バンブルビーを狙う怪しい影がすぐ近くにまで迫っていた―。

 異星からやってきたバンブルビーとロック音楽を愛する少女チャーリーとのコミュニケーション方法が楽しい。カセットやラジオから流れるザ・スミス、a-ha、ティアーズ・フォー・フィアーズといった80年代のヒット曲から、バンブルビーは地球人のナイーブな感情を学んでいく。また、バンブルビーは言葉の代わりにそのときの気持ちを表した曲をカーラジオから選曲し、チャーリーと心を通わせ合う。80年代の洋楽好きには、たまらないシーンとなっている。

 他の人たちにはオンボロのビートルにしか映らないバンブルビーだが、チャーリーにとっては孤独さを癒してくれる大切な存在だった。中古車にありったけの愛情を注ぐチャーリーの姿は、万物には八百万の神が宿ると信じる日本神道をどこか思わせるものがある。トラヴィス監督がアニメーター出身ということも大きいだろう。アニメーターの語源であるanimateには「命を吹き込む」という意味がある。つまり、無生物に生命を与え、動かすことがアニメーターの仕事だ。“わびさび”をはじめとする日本的美意識を愛するトラヴィス監督が命を吹き込むことで、中古のビートルは八百万の神が宿ったかのように変幻自在に活躍してみせる。

 ジェームズ・キャメロン製作総指揮の『アリータ:バトル・エンジェル』(公開中)は木城ゆきとのSFコミック『銃夢』を原作にしたハリウッド大作で、これもまた日本人的価値観が大きく取り入れられている。アクションシーン満載の『アリータ:バトル・エンジェル』だが、ひときわ印象に残るシーンがある。サイボーグであるアリータ(ローサ・サラザール)は異様に瞳が大きく、多くの観客は違和感を覚えたはずだ。

 だが物語の後半、アリータは第一形態である少女の体から、第二形態である大人の女性の体へとトランスフォームする。このとき、アリータの面倒をみる医師のダイソン(クリストフ・ヴァルツ)だけでなく、我々観客もアリータの成長、成熟ぶりに目が釘づけとなる。違和感だらけだったはずの女性サイボーグに、いつしか心が揺さぶられていることに気づく。未完成のものに感情移入して応援したくなるのも、日本人的な感性ではないだろうか。

 一神教であるキリスト教が信じられている米国では、万物にさまざまな神が宿るという日本神道、東洋的アニミズムは相容れないものだと思っていたが、アニメ・漫画・ゲーム・フィギュアなどを介して日本的な宗教観や嗜好性が、少しずつだが米国映画の中に溶け込みつつあるようだ。

 ちなみにジェームズ・キャメロンに木城ゆうとの『銃夢』を勧めたのは、日本のアニメや特撮ドラマが大好きなギレルモ・デル・トロ監督。『バンブルビー』や『アリータ:バトル・エンジェル』、そしてデル・トロ監督が日本の怪獣映画へのオマージュを捧げた『パシフィック・リム』(13)といった映画が、民俗学者たちの研究対象になる可能性は充分あるように思う。

(文=長野辰次)

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『バンブルビー』
監督/トラヴィス・ナイト 脚本/クリスティーナ・ホドソン、ケリー・フレモン・クレイグ
出演/ヘイリー・スタインフェルド、ジョン・シナ、ジョージ・レンデボーグ・Jr.、ジョン・オーティス、ジェイソン・ドラッカー、パメラ・アドロン、ステファン・シュナイダー
配給/東和ピクチャーズ 3月22日(金)より全国公開
(c)2018 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
HASBRO, TRANSFORMERS, and all related characters are trademarks of Hasbro. (c)2018 Hasbro. All Rights Reserved.
https://bumblebeemovie.jp

 

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新宿の名物男がドキュメンタリー映画になった!! 映画と美女と酒を愛する仮面の男『新宿タイガー』

 新宿には早朝と夕方に極彩色の風が吹き抜ける。極彩色の風の正体は、年代物の自転車に乗ったベテランの新聞配達員だ。人は呼ぶ、彼のことを「新宿タイガー」と。お祭りの夜店で買ったタイガーマスクのお面と造花やぬいぐるみが混然一体化した不定形のオブジェを担ぐ姿が、新宿タイガーのトレードマークだ。映画『新宿タイガー』はそんな彼のお面の下の素顔に迫った世界初のドキュメンタリー作品となっている。

 新宿で朝を迎えた人や週末は新宿の映画館で過ごす人たちにとっては、おなじみとなっている新宿タイガー。彼が仮面の姿のまま朝刊・夕刊を配る姿は、もはや新宿の欠かせない風景となっている。新宿タイガーが現われると、そのとき街は少しだけファンタジックな空間に変わる。

 最近はスマホ世代に「新宿タイガーに遭遇するといいことがある」「新宿タイガーと一緒に写真を撮ると幸せになれる」というちょっとした都市伝説も広まりつつあるらしい。そう、新宿タイガーは“生きた都市伝説”なのだ。街で声を掛けると、親指を立てて陽気に応えてみせる。ISSAよりもずいぶん昔から「いいね!」ポーズで新宿という街をほっこりさせてきた。

 初のドキュメンタリー作品となる佐藤慶紀監督は、そんな新宿タイガーの知られざる日常生活を1年の取材期間を費やして追い掛けた。付き合いの長い知人・友人たちが素顔の新宿タイガーについて語る。

 まずは新宿タイガーが勤めている新聞販売所の女性所長。新聞社が主催したハワイへの研修旅行に販売所を代表して新宿タイガーが参加した際の逸話が披露される。初めての海外旅行となった新宿タイガーは、このときもいつものファッションだった。彼にとってはこれが正装なのだ。当然ながら税関員から呼び止められたそうだが、マジメな新聞配達員だと分かり、無事ハワイへ入国。帰りは同じ税関員から「新宿タイガーなら、いつでもOKだ!」と見送られたらしい。

 映画ファンに愛される井口昇監督も登場する。『電人ザボーガー』(11)や『ヌイグルマーZ』(14)などの泣けるカルト映画で知られる井口監督は、彼自身が熱心な映画マニアでもある。若い頃、かなりレアな映画を求めて新宿の映画館へ通っていたそうだが、劇場に数人しかお客がいないときでも新宿タイガーに遭遇する確率が非常に高かったという。新宿タイガーはめちゃめちゃ映画が好きなのだ。大好きな映画と女優について語り出すと、新宿タイガーは止まらなくなる。映画を鑑賞することが彼のエネルギー源となっているのだ。

 新宿タイガーの生態を追うということは、彼が生息する新宿という街を記録することでもある。新聞を配り、集金をし、仕事が終われば新宿のシネコンやミニシアターをはしごする。夜更けとなり、新宿タイガーが向かうのは新宿ゴールデン街だ。

 新宿タイガーが恋をしているのは、スクリーンの中の美女たちだけではない。生身の女性にも熱く愛を語る。お面をはずした素顔の新宿タイガーがバーカウンターでお気に入りの舞台女優を熱心に口説く様子を、カメラは映し出す。「理想の女性」「最高の女優」と褒めちぎられ、ホロ酔い気分の女優もまんざらでもないらしい。仮面を被ったファンタジックな男と虚構の世界に生きる女優は相性が合うのかもしれない。
 
 映画や女優についてはエンドレスで語り続ける新宿タイガーだが、自身の過去については口数が減る。なぜ、タイガーマスクのお面を被るようになったのかと尋ねても「野生の勘」としか語らない。そこで佐藤監督ら取材クルーは、新宿タイガーが誕生して45年になることに着目した。長野県生まれの新宿タイガーが上京したのが1967年で、「新宿の虎になる」ことを決意したのが1972年。1960年代の新宿は、若者たちが理想や夢を語り合う活気と自由さに溢れた街だった。学生運動の華やかな時代で、若者たちは自分たちの手で理想社会を生み出せると信じていた。若松孝二を師匠と仰ぐ白石和彌監督が実録映画『止められるか、俺たちを』(18)で描いた時代だ。しかし、72年に「あさま山荘事件」が起こり、その熱気は急激に冷めていく。

 若者たちが夢や理想を語らなくなったことへのアンチテーゼとして、どうやら新宿タイガーは孤独な闘いを続けているらしい。つまり新宿タイガーは「ひとりフラワーチルドレン」、もしくは「走るラブ&ピース」ということになる。45年間休むことなく新宿を駆け抜ける仮面の男の、分かりにくいダンディズムに本作は触れている。

 見方によっては孤高のメッセンジャーにも思えるし、ただの女好き・酒好きな変わり者のおっさんにも見える。多分、どちらも新宿タイガーの正しい一面ではないだろうか。新宿きっての名物男であり、かつ変わり者でもある新宿タイガーをゴールデン街は優しく迎え入れる。ゴールデン街にあるバー「シネストーク」のオーナーである田代葉子ママは、新宿タイガーとの思い出を振り返る。「癌の治療を受けて髪が抜けた後、チリチリ頭になって。みんな触れないようにしていたけど、新宿タイガーは『おっ、ピーターパンだ』と笑ってくれた。あの言葉にすごく救われた」。葉子ママの瞳には、新宿タイガーは大切なヒーローとして映っているようだ。

 葉子ママは語る。「新宿タイガーは新宿の風なんじゃないかと思う」と。夢やロマンを語る新宿タイガーに対して、ロマンチックな言葉を贈る葉子ママ。ロマンにはロマンで応えるのが、新宿で青春を過ごした大人たちの流儀らしい。

 新宿には早朝と夕方、極彩色の風が吹き抜けていく。人は呼ぶ、彼のことを「新宿タイガー」と。新宿タイガーがこの街から姿を消すことになったら、新宿はひどく味気ない退屈なビル街になってしまうだろう。「新宿タイガーに逢うといいことがある」。そんな都市伝説を広めながら、新宿タイガーには映画と美女について、いつまでも熱く語り続けてほしい。

(文=長野辰次)

新宿の名物男がドキュメンタリー映画になった!! 映画と美女と酒を愛する仮面の男『新宿タイガー』の画像4

『新宿タイガー』
監督・撮影・編集/佐藤慶紀 ナレーション/寺島しのぶ
出演/八嶋智人、渋川清彦、睡蓮みどり、井口昇、久保新二、石川雄也、里美瑤子、宮下今日子、外波山文明、速水今日子、しのはら実加、田代葉子、大上こうじ
配給/渋谷プロダクション 3月22日(金)よりテアトル新宿にてレイトショー
(c)「新宿タイガー」の映画を作る会
http://shinjuku-tiger.com

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特殊能力は何ひとつないけど、最強のヒーロー!! モチーフは白河だるま『ライズ ダルライザー』

 ヒーローとは、特撮ドラマやコミックの世界だけにしか生息できないフィクション上の存在なのか。ヒーローになれるのは、選ばれし人間だけなのか。そんな素朴な質問に、真剣に熱く答えるヒーロー映画が公開される。福島県白河市で撮影された『ライズ ダルライザー -NEW EDITION-』がそれだ。ハリウッド育ちのマーベルヒーローやDCヒーローに比べ、超低予算な手づくりヒーローだが、観た人の心にグサリと突き刺さるアクション快作に仕上がっている。

 現在公開中の『スパイダーマン:スパイダーバース』や『アクアマン』たちはそれぞれ驚異的なスーパーパワーを備えているが、本作のヒーローであるダルライザーには特殊能力はまったくない。生身の30代のおじさんが手縫いのオリジナルスーツに着替えて闘うだけ。唯一、ダルライザーを支えているのは「やられてもやられても、何度でも立ち上がる」という不屈の精神のみ。そう、ダルライザーは白河市の名産品である白河だるまをモチーフにしたご当地ヒーローなのだ。

 ダルライザーを考案したのは、本作に主演し、原案&プロデューサーも務めている白河市在住の和知健明さん。20代の頃は東京で自主映画づくりやコントなどの俳優活動に励んでいたが、結婚を機に地元である白河市に帰郷。やがて子どもが生まれ、我が子に愛情を注ぐ日々を送るようになった。そんな折、和知さんが所属していた白河市商工会議所青年部でご当地キャラクターを作ることになる。それが2008年のこと。和知さんの心の片隅にあったモヤモヤが、ひとつの形へと具象化していく。

 故郷・白河市をこよなく愛する和知さんだが、子どもの頃の楽しみだった映画館が現在は市内にひとつもないなど、町に活気がないことが気がかりだった。これから大きくなる我が子たちのためにも、もっと元気な町にしたい。そこで思いついたのが、白河だるまからヒントを得たヒーローだった。特殊能力も武器もいっさいなし。「決して諦めない。倒れても倒れても、何度でも起き上がる」がヒーローのコンセプトだった。名前は公募の結果、ダルライザーに決まった。

 映画『ライズ ダルライザー』は和知さんの半生をそのままドラマ化したような内容だ。主人公の館アキヒロ(和知健明)は人気俳優になることを夢見て、東京で役者を続けていた。観客を間近に感じられる舞台はやりがいがあるものの、生活は楽ではない。ある日、妻のミオ(桃奈)が妊娠したことを告げる。経済的に今のままでは子育ては無理なことから、白河市にあるアキヒロの実家にミオを連れて帰ることに。警備会社で働き始めるアキヒロだったが、俳優になる夢を捨てきれず、白河市が募集しているキャラクターコンテストに応募することを思いつく。かくしてオリジナルキャラクターのダルライザーが誕生。市内のヒーローショーで地味に俳優業を再開するアキヒロだった。

 自伝的要素の強いダルライザーの物語だが、中盤からはSFタッチのサスペンスアクション映画として盛り上がりを見せていく。天才的な科学者である田村(田村論)は秘密組織ダイスを率い、“シャングリラ計画”を進めようとしていた。パーソナルシートと呼ばれるハイテクガジェットを白河市民に無料配布し、このシートを体に装着すれば100%の意志の疎通が可能になるという画期的なプロジェクトだった。シャングリラ計画が実施されれば、人は心の中に秘密を持つことはなく、嘘をつくこともなくなる。まさに白河市は理想郷になるはずだった。

 だが、白河市がシャングリラ化すれば、市民の意思はひとつにまとまる一方、少数意見を持つ存在は認められなくなってしまう。ダイスの暴走を防ぐため、アキヒロは武術の師範であるアレハンドロ(フスト・ディエゲス)や幼なじみのマナブ(三浦佑介)と共に立ち向かっていく。ダイスたちにボコボコにされながらも、懸命に立ち上がるダルライザーことアキヒロの姿がそこにはあった。

 後半のシリアスなストーリー展開に影響を与えたのは、2011年3月11日に起きた東日本大震災とその直後に発生した福島第一原発事故だった。内陸部にある白河市は津波の被害はなかったものの、土砂崩れより13名の犠牲者があり、町のシンボルである白河小峰城や多くの家屋が崩壊。原発事故のあった福島県内ということから風評被害による打撃も少なくなかった。また市内には仮設住宅が設けられ、双葉町や浪江町などから避難してきた被災者たちが暮らしていた。和知さんは救援物資を配るボランティア活動に従事しながら、放射能のリスクを考えて家族と共に離郷した人たちと頑なに地元に残り続ける人たちとの間に亀裂が生じていることを身近に感じていた。それまでも地道にダルライザーショーを開いていた和知さんだったが、より多くの人が各地で楽しめるアクション娯楽映画として『ライズ ダルライザー』を自主制作することを決意する。

 和知さんの熱い想いに賛同する、頼もしい海外からの助っ人も現われた。和知さんはダルライザーのキャラクターを考案する際に、クリストファー・ノーラン監督の『バットマン ビギンズ』(05)を参考にしていた。そのメイキング映像を観た和知さんは、ノーラン版『バットマン』シリーズにはスペイン在住のフスト・ディエゲス氏が開発した武術KEYSIが採用されていることを知る。KEYSIは相手を倒すことが目的ではなく、自分の身を守るための護身術。また、フスト氏の座右の銘はスペイン語で「Nunca te rindas(ヌンカ・テ・リンダス)」(※ネバー・ギブ・アップの意)であり、ダルライザーのコンセプトとぴったり一致していた。

 震災と原発事故のことをニュースで知っていたフスト氏は、福島の人たちを励ますことに繋がるのならと和知さんの求めに応じて3回にわたって来日。アクション指導だけでなく、主人公アキヒロを支える道場の師範アレハンドロ役でも出演。ハリウッド映画クラスの本格アクションは、本作の大きな見どころとなっている。

「日本のヒーローは変身して強くなるものがほとんどですが、この映画は負けても負けても何度でも立ち上がる生身のヒーローを描いたものです。選ばれし者だけがヒーローになるわけじゃない、自分にも何かできることがあるんじゃないかと、この映画を観ていただいた方にそんなことを感じてもらえるとうれしいですね。もちろん、風変わりなアクションヒーローものとして楽しんでもらうだけでも充分です。この映画を観た子どもたちがダルライザーの精神を覚えてくれ、20年後や30年後に日本各地の地方都市が今よりもっと元気になっているといいなぁなんて思っているんです」と和知さんは笑う。

 どんな困難にぶつかっても、決して諦めないダルライザー。世界最強の、そして壮大な野心を秘めた真紅のリアルヒーローが福島県白河市で暮らしている。

(文=長野辰次)

特殊能力は何ひとつないけど、最強のヒーロー!! モチーフは白河だるま『ライズ ダルライザー』の画像4

『ライズ ダルライザー -NEW EDITION-』
原作・プロデューサー/和知健明 監督・脚本/佐藤克則 アクション振付/フスト・ディエゲス
出演/和知健明、三浦佑介、桃奈、山口太郎、佐藤みゆき、山﨑さやか、田村論、宮尾隆司、赤城哲也、古川義孝、鈴木桂祐、鈴木裕哉、湯本淳人、緑川順子、フスト・ディエゲス、井田國彦
配給/ダルライザープランニング、アムモ98
(c)2018Dharuriser Plannig
3月9日(土)より池袋シネマ・ロサほか全国順次ロードショー
http://www.dharuriser.com/movie

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アンチノミーを抱えたハリウッドの頑固オヤジ! クリント・イーストウッドが贖罪の旅『運び屋』

 ハリウッドが誇る大スターでありながら、名監督でもあり続けるクリント・イーストウッド。誰もが認める唯一無二の存在だ。イーストウッド自身による生前葬を思わせた主演&監督作『グラン・トリノ』(08)の後も、『インビクタス/負けざる者たち』(09)や『アメリカン・スナイパー』(14)などの力作、名作を監督し、精力的に活動を続けている。そんなイーストウッドが10年ぶりに主演&監督したのが、全米大ヒット作『運び屋』(原題『The Mule』)。88歳になるイーストウッドが実在した87歳の麻薬の運び屋を演じ、イーストウッドの映画人生と重なり合うロードムービーとなっている。

「今のハリウッドは若者向けの映画ばかりで、自分に合った作品がない」と『グラン・トリノ』以降は、イーストウッド作品を長年プロデュースしてきたロバート・ロレンツの監督デビュー作『人生の特等席』(12)に出演しただけで俳優業はリタイア状態だった。1930年生まれというイーストウッドの年齢を考えれば、年1本ペースで監督業を続けていることすら驚異だが、久々に俳優として興味を示したのが87歳のおじいちゃんが麻薬の運び屋をやっていたという雑誌記事だった。「この役を演じられるのは俺だ」と久々に主演&監督作を引き受けることになった。

 主人公のアール・ストーン(クリント・イーストウッド)は地方都市で暮らす園芸家。特にデイリリーという手間の掛かる花を育てることに情熱を注いできた。品評会では多くの賞を受賞し、社交的な人柄で人気者だった。だが、外面のよさとは反対に、家庭を省みることはなかった。娘アイリス(アリソン・イーストウッド)の結婚式すら欠席し、妻のメアリー(ダイアン・ウィースト)とは離縁。さらにはネットビジネスの台頭で、アールは園芸場と家も失い、天涯孤独の身に。そんなとき、アールに怪しい儲け話が持ち掛けられる。

 アールは全米各地の品評会に参加してきたので、車の運転には自信がある。しかも違反ゼロ。そんなアールに目をつけたのがメキシコの麻薬カルテルだった。アールは言われるがまま、年代物のトラックに大きなバッグを載せ、指定された場所へと届ける。「見るな」と言われたバッグの中身は、キロ単位の大量の麻薬だ。警察もまさか80歳過ぎの老人が麻薬の運び屋だとは思わないだろうという麻薬カルテルの狙いだった。

 アールじいさんは朝鮮戦争に従軍した退役軍人なので肝っ玉が据わっている。レストランでのんびり休憩したり、タイヤがパンクして困っている家族を見つけては手助けしたりと、自由気まま。麻薬取締局のコリン捜査官(ブラッドリー・クーパー)が麻薬ルートを一網打尽にしようと網を張っているが、その網にアールはなかなか引っ掛からない。

 運び屋稼業で儲けたギャラで園芸場を取り戻しただけでなく、唯一アールのことを慕ってくれていた孫娘ジニー(タイッサ・ファーミガ)の結婚パーティーの費用を全額負担する。さらには閉鎖が決まっていた退役軍人クラブに大金を寄付するなどの大判振る舞い。義賊ロビンフッドになったような気分だった。男としての自信をすっかり取り戻し、宿泊先にセクシーな風俗嬢を2人も呼ぶほど。麻薬カルテルから派遣された若い監視役に「人生には遊びが必要だ」と説教を垂れるアールじいさんだった。

 旅する園芸家アールには実在のモデルがいるものの、イーストウッド自身の姿とダブッて映る。イーストウッドも映画づくりに情熱を注ぐことを優先して生きてきた。映画の仕事がないときは、趣味の音楽に時間を割いた。その分、家族と過ごす時間は少なく、離婚と再婚を重ねてきた。『アウトロー』(76)から『ダーティハリー4』(83)まで度々共演した女優ソンドラ・ロックとは長年ダブル不倫関係にあり、最後は慰謝料をめぐって泥沼裁判となった。映画人としての名声とは裏腹に、家庭人としてはダメダメな人生を歩んでいる。

 運び屋稼業で生活力を取り戻したアールじいさんは、これまで傷つけてきた別れた妻メアリーや顔を合わせようともしない娘アイリスに詫びを入れる。もちろん、運び屋をやっていることは内緒にして。結婚生活が実質10年しか保たなかった元妻メアリーは、アールに向かって囁く。「あなたは私にとって最愛の人。でも、あなたは私に最大の苦痛も与える」と。憎んでも憎みきれない人。それがアールであり、またイーストウッドでもある。

 イーストウッド監督作は、どれもストーリーは明瞭だが、テーマは深遠なものが多く、簡単には咀嚼することができない。イーストウッド監督作を観ながら思ったことは、この人はアンチノミー(自己矛盾)そのものを描いているのではないかということだ。

 イーストウッドが監督としての作家性を明確に発揮し始めたのは、『ホワイトハンター ブラックハート』(90)からだろう。ハリウッドの巨匠ジョン・ヒューストンをモデルにした主人公は人種差別を嫌うリベラリストでありながら、“地上で最も崇高な生き物”アフリカ象をハンティングすることに異常な執念を燃やす。『ミリオンダラー・ベイビー』(04)ではボクシングに生き甲斐を見い出したヒロインに、死の引導を渡す役割を演じた。

 実質的にイーストウッドが監督した犯罪サスペンス『タイトロープ』(84)も興味深い作品だった。風俗嬢を専門に狙う強姦殺人鬼の足取りを調べるうちに、刑事役のイーストウッドはアブノーマルなSM世界へとハマってしまう。犯罪者を追い詰める刑事の心の中にも、黒い影が蠢いていた。新人監督をクビにしてまで映画づくりにのめり込む父親の姿は、『タイトロープ』で親子共演していた少女時代のアリソン・イーストウッドの目にはどのように映っていたのだろうか。

 与えられ人生を、目の前に続く道を懸命に走れば走るほど、自分の生き方は矛盾をはらんでいることに気づくことになる。多くの人を楽しませるために映画づくりに励んできたイーストウッドだが、気がつけば身近な人たちを傷つけてしまっていた。別れ離れになっていた家族と復縁するためにアールじいさんは、せっせと麻薬を全米各地へとバラまき、多くのジャンキーを生み出すことになる。アールじいさんとイーストウッドは、表裏一体の関係ではないだろうか。

 どうすれば、このアンチノミーを解消することができるのだろうか。多分、この難解な方程式は死ぬまで解くことはできないと思う。それでも、その答えを求めてイーストウッドは旅を続ける。自分が抱え込んだアンチノミーとどう向き合うのか。それが生きるということなのかもしれない。

(文=長野辰次)

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『運び屋』
監督・製作/クリント・イーストウッド 脚本/ニック・シェンク
出演/クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィースト、アンディ・ガルシア、イグナシオ・セリッチオ、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ
配給/ワーナー・ブラザース映画 3月8日(金)より全国公開
(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
http://wwws.warnerbros.co.jp/hakobiyamovie

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アンチノミーを抱えたハリウッドの頑固オヤジ! クリント・イーストウッドが贖罪の旅『運び屋』

 ハリウッドが誇る大スターでありながら、名監督でもあり続けるクリント・イーストウッド。誰もが認める唯一無二の存在だ。イーストウッド自身による生前葬を思わせた主演&監督作『グラン・トリノ』(08)の後も、『インビクタス/負けざる者たち』(09)や『アメリカン・スナイパー』(14)などの力作、名作を監督し、精力的に活動を続けている。そんなイーストウッドが10年ぶりに主演&監督したのが、全米大ヒット作『運び屋』(原題『The Mule』)。88歳になるイーストウッドが実在した87歳の麻薬の運び屋を演じ、イーストウッドの映画人生と重なり合うロードムービーとなっている。

「今のハリウッドは若者向けの映画ばかりで、自分に合った作品がない」と『グラン・トリノ』以降は、イーストウッド作品を長年プロデュースしてきたロバート・ロレンツの監督デビュー作『人生の特等席』(12)に出演しただけで俳優業はリタイア状態だった。1930年生まれというイーストウッドの年齢を考えれば、年1本ペースで監督業を続けていることすら驚異だが、久々に俳優として興味を示したのが87歳のおじいちゃんが麻薬の運び屋をやっていたという雑誌記事だった。「この役を演じられるのは俺だ」と久々に主演&監督作を引き受けることになった。

 主人公のアール・ストーン(クリント・イーストウッド)は地方都市で暮らす園芸家。特にデイリリーという手間の掛かる花を育てることに情熱を注いできた。品評会では多くの賞を受賞し、社交的な人柄で人気者だった。だが、外面のよさとは反対に、家庭を省みることはなかった。娘アイリス(アリソン・イーストウッド)の結婚式すら欠席し、妻のメアリー(ダイアン・ウィースト)とは離縁。さらにはネットビジネスの台頭で、アールは園芸場と家も失い、天涯孤独の身に。そんなとき、アールに怪しい儲け話が持ち掛けられる。

 アールは全米各地の品評会に参加してきたので、車の運転には自信がある。しかも違反ゼロ。そんなアールに目をつけたのがメキシコの麻薬カルテルだった。アールは言われるがまま、年代物のトラックに大きなバッグを載せ、指定された場所へと届ける。「見るな」と言われたバッグの中身は、キロ単位の大量の麻薬だ。警察もまさか80歳過ぎの老人が麻薬の運び屋だとは思わないだろうという麻薬カルテルの狙いだった。

 アールじいさんは朝鮮戦争に従軍した退役軍人なので肝っ玉が据わっている。レストランでのんびり休憩したり、タイヤがパンクして困っている家族を見つけては手助けしたりと、自由気まま。麻薬取締局のコリン捜査官(ブラッドリー・クーパー)が麻薬ルートを一網打尽にしようと網を張っているが、その網にアールはなかなか引っ掛からない。

 運び屋稼業で儲けたギャラで園芸場を取り戻しただけでなく、唯一アールのことを慕ってくれていた孫娘ジニー(タイッサ・ファーミガ)の結婚パーティーの費用を全額負担する。さらには閉鎖が決まっていた退役軍人クラブに大金を寄付するなどの大判振る舞い。義賊ロビンフッドになったような気分だった。男としての自信をすっかり取り戻し、宿泊先にセクシーな風俗嬢を2人も呼ぶほど。麻薬カルテルから派遣された若い監視役に「人生には遊びが必要だ」と説教を垂れるアールじいさんだった。

 旅する園芸家アールには実在のモデルがいるものの、イーストウッド自身の姿とダブッて映る。イーストウッドも映画づくりに情熱を注ぐことを優先して生きてきた。映画の仕事がないときは、趣味の音楽に時間を割いた。その分、家族と過ごす時間は少なく、離婚と再婚を重ねてきた。『アウトロー』(76)から『ダーティハリー4』(83)まで度々共演した女優ソンドラ・ロックとは長年ダブル不倫関係にあり、最後は慰謝料をめぐって泥沼裁判となった。映画人としての名声とは裏腹に、家庭人としてはダメダメな人生を歩んでいる。

 運び屋稼業で生活力を取り戻したアールじいさんは、これまで傷つけてきた別れた妻メアリーや顔を合わせようともしない娘アイリスに詫びを入れる。もちろん、運び屋をやっていることは内緒にして。結婚生活が実質10年しか保たなかった元妻メアリーは、アールに向かって囁く。「あなたは私にとって最愛の人。でも、あなたは私に最大の苦痛も与える」と。憎んでも憎みきれない人。それがアールであり、またイーストウッドでもある。

 イーストウッド監督作は、どれもストーリーは明瞭だが、テーマは深遠なものが多く、簡単には咀嚼することができない。イーストウッド監督作を観ながら思ったことは、この人はアンチノミー(自己矛盾)そのものを描いているのではないかということだ。

 イーストウッドが監督としての作家性を明確に発揮し始めたのは、『ホワイトハンター ブラックハート』(90)からだろう。ハリウッドの巨匠ジョン・ヒューストンをモデルにした主人公は人種差別を嫌うリベラリストでありながら、“地上で最も崇高な生き物”アフリカ象をハンティングすることに異常な執念を燃やす。『ミリオンダラー・ベイビー』(04)ではボクシングに生き甲斐を見い出したヒロインに、死の引導を渡す役割を演じた。

 実質的にイーストウッドが監督した犯罪サスペンス『タイトロープ』(84)も興味深い作品だった。風俗嬢を専門に狙う強姦殺人鬼の足取りを調べるうちに、刑事役のイーストウッドはアブノーマルなSM世界へとハマってしまう。犯罪者を追い詰める刑事の心の中にも、黒い影が蠢いていた。新人監督をクビにしてまで映画づくりにのめり込む父親の姿は、『タイトロープ』で親子共演していた少女時代のアリソン・イーストウッドの目にはどのように映っていたのだろうか。

 与えられ人生を、目の前に続く道を懸命に走れば走るほど、自分の生き方は矛盾をはらんでいることに気づくことになる。多くの人を楽しませるために映画づくりに励んできたイーストウッドだが、気がつけば身近な人たちを傷つけてしまっていた。別れ離れになっていた家族と復縁するためにアールじいさんは、せっせと麻薬を全米各地へとバラまき、多くのジャンキーを生み出すことになる。アールじいさんとイーストウッドは、表裏一体の関係ではないだろうか。

 どうすれば、このアンチノミーを解消することができるのだろうか。多分、この難解な方程式は死ぬまで解くことはできないと思う。それでも、その答えを求めてイーストウッドは旅を続ける。自分が抱え込んだアンチノミーとどう向き合うのか。それが生きるということなのかもしれない。

(文=長野辰次)

アンチノミーを抱えたハリウッドの頑固オヤジ! クリント・イーストウッドが贖罪の旅『運び屋』の画像4

『運び屋』
監督・製作/クリント・イーストウッド 脚本/ニック・シェンク
出演/クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィースト、アンディ・ガルシア、イグナシオ・セリッチオ、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ
配給/ワーナー・ブラザース映画 3月8日(金)より全国公開
(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
http://wwws.warnerbros.co.jp/hakobiyamovie

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人種問題を描いたオスカー候補のバディムービー『グリーンブック』『ブラック・クランズマン』

 2月25日(日本時間2月26日)に発表される米国アカデミー賞で作品賞ほか各部門の有力作と目されているのが、ピーター・ファレリー監督の『グリーンブック』とスパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』だ。どちらも“人種差別”を扱った実録バディムービー。コメディを得意とするピーター・ファレリー監督、アフリカ系米国人の視点から辛口映画を撮り続けるスパイク・リー監督のそれぞれの持ち味が生かされた作品となっている。

 LA暴動を予見した『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89)でのブレイク以降、ブラックムービーを牽引してきたスパイク・リー監督。近年は低迷気味だったが、元潜入捜査官ロン・ストールワースの原作小説をベースにした『ブラック・クランズマン』は、デンゼル・ワシントン主演作『マルコムX』(92)と並ぶ彼の代表作となりそうだ。白人至上主義を唱える秘密結社KKK (クー・クラック・クラン)を黒人刑事が潜入捜査したという冗談のような本当の話を描いている。名優デンゼル・ワシントンの息子ジョン・デヴィッド・ワシントンの初主演作というのも興味を惹く。

 舞台は1970年代の米国コロラド州。ロン(ジョン・デヴィッド・ワシントン)はコロラドスプリングス警察署の初の黒人刑事となる。目指すは警察界のジャッキー・ロビンソンだが、ロンも黒人初のメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソン同様に仕事仲間からの偏見に悩まされる。そんな彼の初めての捜査は、過激さで恐れられていた“黒人解放組織”ブラックパンサー党の演説集会へ潜入すること。黒人のロンでなければ務まらない任務だった。

 次なるロンの潜入先はKKK。新聞広告でKKKがメンバーを募集していることを知り、さっそく電話するロン。黒人がいかに愚かな人種であるかを捲し立て、KKK幹部にすっかり気に入られる。ロンとコンビを組むのは、白人刑事のフィリップ(アダム・ドライバー)。ロンが電話でKKKに近づき、実際にはフィリップが接触することに。ロンとフィリップは、まるで二人羽織のような奇妙な潜入捜査を始める。

 電話で差別主義者に巧みに成りすますロン。彼の台詞には真実味があった。それはなぜか? ロンはこれまでに自分が言われて傷ついてきた言葉や言われるといちばん嫌なことを、そのまま口にした。ロンが自虐的な言葉を吐けば吐くほど、KKKの幹部は大喜びした。潜入捜査とはいえ、このときのロンはどんな気持ちだったのだろうか。

 シリアスな社会派ドラマとブラックな笑いの世界とのギリギリの狭間を狙った『ブラック・クランズマン』。映画界における人種差別についてのトリビアも多く盛り込まれている。1915年に公開されたD・W・グリフィス監督の『國民の創生』はハリウッド初の長編映画として有名だが、KKKはこの古典映画の中では正義の覆面ヒーローとして描かれている。その後もハリウッドでは白人ヒーローが活躍する映画ばかりが製作され続け、その反動から70年代になって黒人ヒーローを主人公にした『黒いジャガー』(71)や『スーパーフライ』(72)などの“ブラックスプロイテーション”が誕生した。ロンが勤める警察署だけでなく、スパイク・リー監督が暮らす映画界も偏見だらけの歴史の上に成り立っている。

 2016年のアカデミー賞授賞式に呼ばれていたスパイク・リー監督は「俳優部門の候補者は白人ばかり」と批判し、出席をボイコットする騒ぎがあった。この一件がなければ、マーベル初の黒人ヒーローもの『ブラックパンサー』(18)が今年のアカデミー賞作品賞にノミネートされることもなかっただろう。

 もうひとつの『グリーンブック』は、『メリーに首ったけ』(98)などの爆笑コメディを大ヒットさせてきたファレリー兄弟のお兄ちゃんピーター・ファレリーの単独監督作。実在した黒人ピアニストのドクター・ドナルド・シャーリーとナイトクラブのオーナーだったトニー・リップとの交流談を映画化したもので、これまでのようなお下劣ギャグは控えめ。その分、米国社会に根強く残る人種差別が浮かび上がる人間ドラマに仕上げてある。

 こちらの時代設定は1960年代。主人公となるトニー(ヴィゴ・モーテンセン)はNYのナイトクラブの用心棒を務めているコワモテの男だ。とはいえイタリア系移民らしく、妻のドロレス(リンダ・カーデリーニ)と2人の息子のことを溺愛している。ナイトクラブが改装するため仕事を失ったトニーは、ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の運転手として雇われる。一流ピアニストであるシャーリーが米国南部をツアーすることになり、ボディガードを兼任する形で声が掛かったのだ。粗野なトニーと繊細な心を持つシャーリーとの奇妙なコンビの旅がこうして始まった。

 タイトルとなっている“グリーンブック”とは、米国南部を旅する黒人たちにとっては必携だったガイドブックのこと。リンカーン大統領による「奴隷解放宣言」から100年が経っても、米国の南部州には「ジム・クロウ法」と呼ばれる人種隔離法が残されたままだった。黒人が利用できるレストランやホテルは限られており、トニーはグリーンブックを見ながら車を運転することになる。

 ファレリー作品の特徴は、『愛しのローズマリー』(01)では肥満体、『ふたりにクギづけ』(03)では結合性双生児など、社会的マイノリティーの視線が入っている点にある。『グリーンブック』の主人公トニーは黒人のシャーリーと一緒に旅をすることで、それまでは気づかなかった人種差別の実態を目の当たりにすることになる。シャーリーは主宰者に招かれてきた来賓なのに、コンサート会場のトイレを使わせてもらえない。普段は裏社会のゴロツキを相手に暴力三昧な生活を送っているトニーだが、彼が黙っていられないほどの社会的暴力にシャーリーは耐えていた。なぜ人種偏見の強い米国南部を、シャーリーはわざわざツアーして回るのか。その謎が物語後半に明かされる。

 水と油の関係だったトニーとシャーリーだが、いくつものトラブルを乗り越えるうちに次第に距離が近くなっていく。愛妻家のトニーは手紙を綴ることを日課にしている。インテリのシャーリーの出番だった。高い教養を身に付けているシャーリーは、妻ドロレスに愛情がしっかり伝わる文章のレトリックをトニーにレクチャーする。シャーリーに手紙を添削してもらうことで、トニーの文章力は格段にアップする。

 ここで描かれる手紙とは、一種の比喩表現だろう。手紙を綴るという行為は愛情表現全般を意味するメタファーだ。ピアノのレッスンと同じように、人の愛し方も良きお手本が身近にあればすぐに上達する。逆に悪い手本しかないと、人を傷つける方法ばかり覚えることになる。無教養でガサツな用心棒だったトニーだが、孤高の天才シャーリーと旅をすることで、離れて暮らす家族のことをよりいっそう深く愛するようになっていく。

 アカデミー賞の行方以上に、ファレリー作品のファンにとって気になるのは、『グリーンブック』に弟ボビー・ファレリーの名前がクレジットされていないことではないだろうか。配給に尋ねたところ、たまたま今回は参加できなかっただけで、ケンカ別れしたわけではないらしい。それを聞いてホッとした。賞レースが落ち着いたら、また兄弟コンビで『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』(14)みたいな猛烈バカ映画をつくってくれるに違いない。
(文=長野辰次)

人種問題を描いたオスカー候補のバディムービー『グリーンブック』『ブラック・クランズマン』の画像4

『グリーンブック』
監督/ピーター・ファレリー 脚本/ニック・バレロンガ、ブライアン・カーリー、ピーター・ファレリー
出演/ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ
配給/ギャガ 3月1日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
C)2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.
https://gaga.ne.jp/greenbook/

人種問題を描いたオスカー候補のバディムービー『グリーンブック』『ブラック・クランズマン』の画像5

『ブラック・クランズマン』
原作/ロン・ストールワース 監督・脚本・製作/スパイク・リー 音楽/テレンス・ブランチャード
出演/ジョン・デヴィッド・ワシントン、アダム・ドライバー、トファー・グレイス、コーリー・ホーキンズ、ローラ・ハリアー、ライアン・エッゴールド、ヤスペル・ペーコネン、ポール・ウォルター・ハウザー、アシュリー・アトキンソン、アレック・ボールドウィン、ハリー・ベラフォンテ
配給/パルコ 3月22日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
C)2018 FOCUS FEATURES LLC, ALL RIGHTS RESERVED.
http://bkm-movie.jp/

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大震災直後の朝鮮人虐殺事件を描いた実録映画!! 法廷で愛を叫んだ恋人たち『金子文子と朴烈』

 1923(大正12)年9月1日、死者・行方不明者10万5,000人という甚大な被害を生じた関東大震災が起きた。さらに震災の混乱に乗じて、「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れ、火を放っている」というデマが流され、自警団による朝鮮人虐殺事件が各地で起きている。この事件で亡くなった朝鮮人は数千人に及ぶともいわれ、朝鮮人に間違えられて殺された中国人や日本人の聾唖者もいる。日本近代史の暗部というべきこの事件に、真っ正面から向き合ったのが実録映画『金子文子と朴烈』だ。「大逆罪」に問われた在日朝鮮人の朴烈(パク・ヨル)とその恋人だった金子文子が社会の波に翻弄されながらも、純愛を貫く姿を描いている。

 獄中手記『何が私をこうさせたか』や瀬戸内晴美の小説『余白の春』などで知られる金子文子は、壮絶さを極めた23歳の生涯を送った。神奈川県横浜市に生まれた文子は、警察官だった父親が出生届けを出さず、戸籍のないまま少女時代を過ごした。9歳のときに日本に統治されていた朝鮮で暮らす父方の親戚に引き取られるも、女中代わりに扱き使われる過酷な日々だった。自殺を考えていた文子は、3.1独立運動で盛り上がる朝鮮人たちの姿に共感を抱くことになる。16歳のときに帰国した文子は、やがて有楽町のおでん屋で働き、その頃に出会ったのが詩人であり、アナーキストの朴烈だった。朴が書いた一編の詩「犬ころ」に惹かれた文子は、朴と一緒に暮らし始め、共に「不逞社」を結成。国籍や性別にとらわれることなく、横暴な権力者たちに抵抗する同志となることを誓い合う。

 朴と文子が「不逞社」を立ち上げたのが1923年4月、その年9月に関東大震災が発生。朝鮮人大虐殺を招いた内務大臣・水野錬太郎は国際的世論をかわすために、テロ行為を画策した不穏分子を仕立てることを思いつく。そして、そのスケープゴートに選ばれたのが「不逞社」を名乗る朴と文子だった。水野がでっち上げた「大逆罪」をあえて認めることで、朴と文子は法廷に立ち、帝国主義へと突き進む日本の権力者たちとの命懸けの闘いに挑むことになる。

 本作を企画したのは、『王の男』(06)や『ソウォン/願い』(13)など実在の人物や事件を題材にした重厚なドラマを撮り続けている韓国のイ・ジュンイク監督。韓国人視点による“反日映画”と思われがちな本作だが、なぜ大震災直後に朝鮮人虐殺や思想家たちの弾圧が起きたのかという社会背景をしっかりと描いた作品となっている。朴と文子を救おうと尽力する日本の司法関係者たちも登場させるなど、日本=悪の帝国として扇情的に描くことなく、きちんと史実に基づいている。日本の映画監督たちが手を出せなかった歴史の暗部に、意欲的に斬り込んだ作品だといえるだろう。

 ヒロインとなる金子文子を演じたのは、日本で獄中死を遂げた実在の詩人を主人公にしたイ・ジュンイク監督の前作『空と風と星の詩人 尹藤柱の生涯』(15)にも出演した韓国の若手女優チェ・ヒソ。小学生時代を大阪で過ごし、そのときに阪神・淡路大震災を体験している。日本語に堪能なことから、裁判所での長台詞もある難役・金子文子役に抜擢された。「大阪で食べたタコ焼きの美味しさと少女漫画の面白さが忘れられない。大阪時代は私がいちばん幸せだった大切な思い出」と語る親日派のチェ・ヒソに役づくりの難しさについて語ってもらった。

チェ・ヒソ「金子文子の手記『何が私をこうさせたか』は日本語版とハングル版を何度も読み返しました。日本語で書かれている裁判記録もすべて読みました。『何が私をこうさせたか』は文子が朴と出会ったところで終わっています。多分、出版された当時(1931年)は政治思想については触れることができなかったんだと思います。裁判記録は読み易いものではありませんでしたが、文子の思想についてかなり詳しく記述されていたので役立ちました。裁判の最後に文子が語る陳述は裁判記録に実際に残っていたもので、私からイ・ジュンイク監督に『ぜひ使って』とお願いしたものです。文子は手記にも書かれているように大変につらい少女時代を過ごしていますが、その体験から権力者への反抗心や生命力を燃やした女性だったと思います。ジュンイク監督と話し合い、フェデリコ・フェリーニ監督の『道』(54)や『ブルックリン最終出口』(89)のような明るくタフなヒロインをイメージして演じました」

 皇太子(後の昭和天皇)暗殺を計画したテロリストとして「大逆罪」に問われる朴と文子だったが、暗殺計画は具体性のない妄想レベルのものだった。「大逆罪」が確定すれば死刑宣告されるにもかかわらず、朴と文子は世界各国が注目する裁判に韓服とチマチョゴリを着て臨み、権力者が労働者を搾取する現実社会の理不尽さを訴える。「すべての人間は平等である」と主張する2人は、思想犯というよりはヒューマニズムを貫くイノセントな恋人たちだった。

チェ・ヒソ「朝鮮人虐殺事件は祖父や祖母の世代には知られていた大事件でしたが、韓国には悲しい事件が多すぎて、今の若い世代にはあまり知られていません。『歴史は成功者の名前しか残らない。だが、負けることを覚悟して権力者と闘った人たちの闘いの過程を知ることも重要だ』という想いからイ・ジュンイク監督は映画にしました。日本と韓国は距離的にも文化的にもとても近い国。その分、どうしても政治的にはぶつかり合うことが多いと思います。国籍や性別に左右されることなく、真っすぐに生きた金子文子という素敵な女性がいたことを、日本のみなさんにも知っていただけるとうれしいです」

 関東大震災と朝鮮人虐殺、そして思想家たちの弾圧という暗い日本の歴史の中で、一途な愛を貫いたひとりの女性がいた。厳粛な法廷を愛の告白の場に変えてしまった彼女こそが、至高のアナーキストだった。
(文=長野辰次)

『金子文子と朴烈』
監督/イ・ジュンイク 脚本/ファン・ソング
出演/イ・ジェフン、チェ・ヒソ、キム・インウ、キム・ジュンハン、山野内扶、金守珍、趙博、柴田善行、小澤俊夫、佐藤正行、金淳次、松田洋治、ハン・ゴンテ、ユン・スル
配給/太秦 PG12 2月16日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
C)2017, CINEWORLD & MEGABOX JOONGANG PLUS M , ALL RIGHTS RESERVED
http://www.fumiko-yeol.com

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なぜアイドルはナチ衣装を着てはいけないのか? ヒトラー政権末期に現われた『ちいさな独裁者』

 映画を量産することで有名なベテラン監督が、以前こんなことを語った。「キャリアのない俳優でも、丸坊主にして軍服を着るとそれっぽくなるものなんです」と。役に合ったファッションをまとうことで、俳優は内面も役へと近づいていく。衣装の果たす役割はとても大きい。それがナチスドイツの軍服なら、なおさらだろう。中でも洗練されたデザインのナチスドイツ将校の軍服は、誰が着てもかっこよく映った。第二次世界大戦末期のドイツを舞台にした映画『ちいさな独裁者』(原題『Der Hauptmann』)は、ナチス将校の軍服をめぐる実話をベースにした興味深いドラマとなっている。

 本作の主人公となるのは、実在の人物ヴィリー・ヘロルト。1925年に屋根ふき職人の息子として生まれ、煙突清掃員の見習いとして働いていた。1943年にドイツ国防軍へと徴兵され、イタリアを転戦した後、ドイツ本国の防衛線に配属。1945年4月、連合軍とソ連軍の攻勢によりドイツの敗戦は濃厚となり、ヘロルトは戦場を離脱し、脱走兵となる。物語はここからスタートする。

 命からがらに戦場から逃げ出したヘロルト(マックス・フーバッヒャー)。極度の飢えと寒さに苦しみながら無人の荒野をさまよった末に、路上に放置されていた軍用車を見つける。車内にはナチス将校の軍服が残されていた。寒さを凌ぐため、将校の軍服をまとうヘロルト。馬子にも衣装で、丈が少し長いことを除けば、なかなか似合っていた。そんなとき、上等兵だと名乗るフライターク(ミラン・ペシェル)が現われ、ヘロルトを本当の将校だと勘違い。「部隊からはぐれてしまいました。同行させてください」と申し出る。今さら自分は脱走兵だとは言い出せないヘロルトは空軍大尉だと偽称し、架空の任務をでっち上げる。

 ヘロルトの将校ぶりがあまりに堂々としていたため、行く先々の人たちは簡単に騙されてしまう。ドイツ軍は規律を失い、すっかり弱体化していた。田舎町で略奪行為を働いていたならず者の兵士キピンスキー(フレデリック・ラウ)たちも従え、次第に勢力を増していく自称“ヘロルト親衛隊”だった。

 やがてヘロルト親衛隊は、脱走したドイツ兵たちで溢れ返った収容所に到着。ヘロルトは「ヒトラー総裁から特命を受けた」と大嘘をつき、まだ裁判を終えていない脱走兵たちをいっせいに処刑する。一晩で90人もの同胞を血祭りにした。収容所の警備隊長たちは、ヘロルトの見事な決断力を賞讃する。最初は自分の正体がバレないかとビクビクしていたヘロルトだが、わずか数日間で無秩序状態となっていた戦場の大英雄=大量殺戮者へと変貌を遂げるのだった。

 なぜ19歳の若者が将校のふりをしていたことを誰も見破れなかったのか。いや、ヘロルトは偽者だとバレていた。ヘロルトの片腕となるキピンスキーは、ヘロルトの将校服がサイズ違いなことに気づいていた。だが、彼はそのことを黙っていた。ヘロルトを将校に祭り上げておいたほうが、彼の権威のもとで好き放題に振る舞うことができると踏んだからだ。そんな計算高いキピンスキーらに支えられ、ヘロルトはますます暴君化していくことになる。

 高度にシステム化された未来社会の恐怖を描いたハリウッドSF大作『ダイバージェントNEO』(15)などで知られるロベルト・シュヴェンケ監督は、母国ドイツに戻り、本作を撮り上げた。宣伝のために2018年に来日したロベルト監督は、ヘロルトをストローマン(わら人形)に例え、興味深いコメントを残している。

「この映画は第二次世界大戦末期に起きた実話ですが、映画の中で描かれている権力構造はどの時代にも通じるものです。人間は権力を集め、利益のために人を操る方法を知っています。例えば、中絶に反対すれば、中絶反対派の支持を得ることができる。銃の所有に賛成すれば、銃規制反対派の票が集まる。自分がその考えを本当に支持しているのかどうかは関係ありません。それが政治家というものです。そして彼らが実際に権力を手に入れると、物事は急激に変化するのです。国民は自分たちに都合のいい“ストローマン”を代表に選んだつもりですが、実はストローマンが“支配者”なんです。彼らは一度権力の座に就くと、その地位を維持しようと努めます。また現代では、権力を得るために全体主義国家を築く必要性すらありません。トーク番組の司会者ショーン・ハニティーのように影響力のある発言者がいれば、宣伝省も必要ないのです」

 いつでも取り替えられるストローマン(わら人形)を代表に選んだつもりが、非力のはずのストローマンは権力の座に就くと自発的に動き出し、無慈悲な独裁者へと変身していく。売れない絵描きだったアドルフ・ヒトラーも、ドイツ労働者党(後のナチ党)に入党するまでは一介のストローマンだった。やがて過激な演説ぶりが評価され、ナチスドイツ総統にまで登り詰めた。中身が空っぽなわら人形を独裁者へと変えてしまう、権力システムの恐ろしさをロベルト監督は本作の中で描いてみせている。

 人気絶頂期にあるアイドルグループ「欅坂46」だが、2016年のハロウィンステージに使用した衣装がナチスドイツを想起させるとユダヤ系人権団体から抗議を受けたことは記憶に新しい。ヒトラー政権下で宣伝大臣を務めたヨーゼフ・ゲッベルスはナチスドイツの制服にこだわり、ドイツの人気ブランド「ヒューゴ・ボス」の創設者に軍服を大量生産させた。ナチスのファッションにはある種の格調の高さとフェティシュさが漂い、今も多くの人を惹き付ける。ナチ風ファッションをまとった本人も、その姿を前にした大衆も陶酔させてしまう危険な力がある。アイドルはなぜナチ風衣装を身にまとってはいけないのか。その疑問に対する答えが、映画『ちいさな独裁者』にはある。
(文=長野辰次)

『ちいさな独裁者』
監督・脚本/ロベルト・シュヴェンケ
出演/マックス・フーバッヒャー、ミラン・ペシェル、フレデリック・ラウ、ベルント・ヘルシャー、ワルデマー・コブス、アレクサンダー・フェーリング、ブリッタ・ハンメルシュタイン
配給/シンカ、アルバトロス・フィルム、STAR CHANNEL MOVIES 2月8日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
(c)2017-FILMGALERIE 451,Alfama Films,Opus Film
http://dokusaisha-movie.jp

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大量殺人事件は近代と現代との境界線で起きた!! 真相を闇に葬る“村社会”への挑戦状『眠る村』

 平成時代の閉幕まで残り数カ月。だが、まだ真相が解明されていない昭和の大事件が残されている。1961(昭和36)年に三重県と奈良県の県境にある小さな集落で起きた「名張毒ぶどう酒事件」がそれだ。東海テレビ報道部のドキュメンタリーチームの歴代スタッフが総力を注いだドキュメンタリー映画『眠る村』は、闇に包まれたままの昭和の怪事件の謎に迫り、さらに罪なき男を死刑囚に仕立てた司法界の不可解さに斬り込んだ渾身作となっている。

 山村に言い伝えられる伝説や因習をモチーフにした『八つ墓村』や『悪魔の手毬歌』などのミステリー小説で知られる昭和の人気作家・横溝正史の世界に迷い込んだような恐怖を感じる。三重県名張市からさらに山奥へと入った小さな集落・葛尾で開かれた恒例の懇親会で事件は起きた。懇親会に参加した女性たち20人にぶどう酒が振る舞われ、ぶどう酒を口にした女性17人が倒れ、そのうち5人が亡くなった。何者かがぶどう酒に毒物を混入したのだ。

 懇親会に出席していた奥西勝さん(事件当時35歳)はこの事件で奥さんと愛人を同時に失うが、警察から三角関係の精算を目的で犯行に及んだと疑われ、自白を強要される。まだ幼い2人の子どもを家に残してきた奥西さんは、「家族が村落民によって迫害され、大変苦しんでいる。お前が犯人だと自白するより他にない」と迫られ、警察が用意した自白調書を認めてしまう。

 奥西さんが自白に応じたことで、集落の人たちの言動が変わる。それまでの証言を取り消し、奥西さんしか犯行に及ぶことができないようなアリバイ証言へと変わった。まるで口裏合わせをさせられたかのように。だが、裁判が始まると奥西さんは「自白を強要された」と無罪を主張。有力な証拠がないことから、一審は無罪を勝ち取るが、二審では一転して死刑判決。戦後の裁判で一審無罪、二審で逆転死刑という判決はこの事件以外はない。1972(昭和47)年に最高裁でも有罪を言い渡され、奥西さんの死刑が確定した。奥西さんが無罪なら、真犯人は誰なのか。日本の司法は大量殺人鬼を野放しにしているのかと非難されることは明白だった。奥西さんは小さな集落の平穏を、いや日本という村社会の秩序を守るために、人身御供に選ばれてしまったのだ。

 1959(昭和34)年に開局した東海テレビは、開局直後に地元エリアで起きたこの怪事件を追い続けてきた。名古屋から片道3時間を要する事件現場へと通い詰めた。死刑が確定した奥西さんには家族と弁護人、もしくは一部の支援者しか面会することが許されなかったが、東海テレビ報道部は現場の取材を続けた。そして、1987(昭和62)年放送のドキュメンタリー番組『証言~調査報道・名張毒ぶどう酒事件~』を皮切りに、検察・司法側の問題点を訴えてきた。

 唯一の物的証拠はぶどう酒の王冠に残っていた歯型だったが、検察が裁判所に提出した歯型の鑑定写真が奥西さんの歯型とは異なる可能性があることを指摘した。また、奥西さんが毒性の強い農薬ニッカリンTを所有していたことも容疑の一因となっていたが、残されたぶどう酒からはニッカリンTを混ぜた際に生成される成分は検出されていない。弁護団は繰り返し再審を請求してきたが、裁判所はかたくなに再審を拒んでいる。

 拘置所の独房で、奥西さんはいつ処刑されるか分からない恐怖と毎日闘い続け、2015(平成27)年10月に獄中死を遂げる。享年89歳。ほぼ半世紀にわたって自分の無罪を塀の内から訴え続けた生涯だった。

 本作の監修を務める門脇康郎初代ディレクターが手掛けた問題作『証言』の後、しばらく空白期間が続いた東海テレビだったが、アナウンサー出身の阿武野勝彦プロデューサーが2002(平成14)年から報道部長となり、ドキュメンタリーチームを率いることに。齊藤潤一第2代ディレクターの『重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~』『黒と白~自白・名張毒ぶどう酒事件の闇~』『毒とひまわり~名張毒ぶどう酒事件の半世紀~』と奥西さんの冤罪性を訴えるドキュメンタリー番組を隔年ペースでオンエア。齊藤ディレクターが演出し、仲代達矢や樹木希林ら名優たちが出演したドキュメンタリードラマ『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(13)と、鎌田麗香第3代ディレクターの初ドキュメンタリー作品『ふたりの死刑囚』(16)は劇場公開され、地元エリア以外の人たちに強烈なインパクトを与えた。

 劇場公開され、異例のヒット作となった『死刑弁護人』(12)や『ヤクザと憲法』(15)、さらには『人生フルーツ』(16)など、テレビドキュメンタリーの概念を覆す異色作を次々と放つ阿武野プロデューサーに、ここでご登場願おう。

「これまで東海テレビでは、初代の門脇から齊藤、鎌田と3人のディレクターがバトンを繋ぐ形で、名張毒ぶどう酒事件を追ってきました。3人は無罪を勝ち取った奥西さんが拘置所から出たところをインタビューしたいと、その一念でずっと取材を続けてきたんです。そのインタビューする相手が亡くなってしまった喪失感は大きかった。取材を続けるモチベーションを失ってしまったわけです。でも、89歳になる奥西さんの妹・岡美代子さんが第10次となる再審申請を行ない、ここで我々は取材を止めていいのかということになったんです。また、奥西さんが亡くなったことで、それまで沈黙を守ってきた集落に変化が起きるのかどうかについても記録しておくべきではないのかと。もしかして真実を語る人が現われるのではないかというわずかな期待もあって、取材を続けることにしたんです」

 東海テレビの取材班は、奥西さんが亡くなって間もない事件現場の集落を訪ねる。この地域では口にすることがタブーとなっている毒ぶどう酒事件について、また奥西さんが無罪を訴えたまま獄中死したことについて、事件当時を知る集落民にマイクを向ける。取材班を自宅へと招き入れる事件被害者たち。この距離感の近さは、3代にわたるディレクターたちの長年の取材の賜物だろう。事件後に生まれた世代が、事件に巻き込まれた母親に「ちょっとでも奥西さんは犯人じゃないと思ったことはない?」と尋ねる。高齢となった母親は、息子に何を語るのか。緊張の瞬間をカメラは映し出す。本作の大きな見せ場である。

 また本作は、これまでの東海テレビでは触れなかったエピソードも盛り込んでいる。それは集落に伝わる2つの昔ばなしだ。ひとつはこの地は昔から水害が多く、鎌倉時代に一人の僧侶が人柱となったという言い伝え。渓流に近い岩に刻まれた観音像は、僧侶の魂を供養し、その古い記憶を後世に伝えるためのものらしい。もうひとつは伊賀名張地方の伝承で、「川で洗濯をしていた女房がタライを転がし、亭主に取りに行かせている間、別の男と情事を持つ」という艶笑譚。山奥にあり、娯楽の少なかった集落では、男女関係がとても大らかだったという。奥西さんは妻の他に愛人もいたことから警察に疑われたわけだが、そのことは集落民はみんな知っており、わざわざ隠す必要はなかった。集落における複雑な人間関係は事件の真相を知る上で重要な手掛かりだが、ゴシップ記事を得意とする週刊誌と違い、テレビ局報道部が製作する番組ではこの手のことは扱いにくい。今回は伝承を紹介することで、事件を解く鍵を提示してみせている。

「集落の人間関係については、いろいろ分かっています。『約束』では事件前、奥西さん宅に隣人の奥さんが姑にご飯のお櫃を頭から被せられて逃げ込んできたことには触れていますが、集落における男女関係についてはテレビでは扱うことは難しかった。あるとき、名張毒ぶどう酒事件の弁護団とは異なる弁護士から興味深い話を聞いたんです。『事件は境界線で起きる』と。都会と田舎、富と貧困……そんな異なる世界の境界線上で摩擦が生じ、軋轢が起きるということです。その話を聞いて思ったのが、名張毒ぶどう酒事件は近代と現代という異なる時代の境界線上で起きたのではないかということでした。昭和30年代の山奥の集落にはまだ近代の名残りがあったのではないか。そこに街での生活体験のある奥西さん夫婦が現われ、何らかの摩擦が生じたのではないか。この事件には時代の変遷が大事なのかもしれない。そこで、古くから伝わる伝承を探してみようということになり、2つの逸話が盛り込まれたんです。その逸話をどう解釈するかは、この作品をご覧になったみなさんに委ねようということです」

 東海テレビのカメラは、古い伝承が残る集落の中で、名張毒ぶどう酒事件も過去に起きた悲しい伝説のひとつへと次第に変容しつつあることを伝える。また、5人もの犠牲者を出したこの事件で、奥西さんを6番目の犠牲者にしてしまった司法システムの頑迷さを糾弾する。集落民の証言が怪しく一転し、はっきりした証拠がないにも拘らず、無実の男に死刑判決を下し、再審をことごとく棄却する裁判所の歴代裁判長の顔と名前を一人ずつカメラは映し出していく。彼らこそが、奥西さんを人柱に選んだ“眠る村”の首謀者たちではないのか。

 真実よりも秩序が重んじられる司法界の在り方にスポットライトを当てた一連の「司法シリーズ」をはじめ、様々な問題作を放ってきた阿武野プロデューサーだが、平成最後の年となる2019年1月いっぱいで定年を迎えることが決まっている。異色作を次々と生み出してきた阿武野プロデューサーに、かねてより尋ねてみたいことがあった。阿武野プロデューサーの作品には、視聴率を重んじるテレビマンの思考性とも司法の論理とも異なる独自の筋金が貫いているように感じられる。静岡県伊東市のお寺で生まれ育ったという生い立ちも関係しているのだろうか。

「番組をつくる上で、そのことを意識したことは特にはありません。ですが、毎週日曜になると喪服を着た人たちが寺に集まり、法事が営まれていました。悲しい顔をした人たちが集まる場で育ったことは、自分の人格形成にどこか影響しているかもしれません。40歳過ぎまでは、お盆の忙しい時期には実家に戻り、袈裟を着て檀家回りをしていました。仏飯を食んだ身として、社会に恩返しすること、人の家に分け入り、その暮らしを見るということを知らず知らずのうちに教わったような気がします。節目の定年を迎えましたが、1年更新で今の仕事は続けることになっています。本作の齊藤潤一監督がすでに立派なプロデューサーになってくれたので、もう少し距離をとりながら若手の成長を見守りたいと思います」

 賞狙いで番組をつくることも、収益目的で作品を劇場公開することも考えたことはないという阿武野プロデューサー。そんな彼をはじめとする東海テレビ歴代スタッフの祈りは、“眠る村”で暮らす人たちを目覚めさせることができるのだろうか。
(文=長野辰次)

大量殺人事件は近代と現代との境界線で起きた!! 真相を闇に葬る村社会への挑戦状『眠る村』の画像4

『眠る村』
ナレーション/仲代達矢 プロデューサー/阿武野勝彦
音楽/本多俊之 音楽プロデューサー/岡田こずえ
監修/門脇康郎 監督/齊藤潤一、鎌田麗香
製作・配給/東海テレビ 配給協力/東風 2月2日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
(C)東海テレビ放送
http://www.nemuru-mura.com/

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往年のカルトホラー映画が続編vsリメイク対決!! 衝撃の展開『ミスター・ガラス』『サスペリア』

 SNSの世界が多様な価値観で成り立っているように、集団創作によって生まれる映画も様々な価値観を内包しており、それゆえに観る人によって異なる解釈が可能となっている。イタリアンホラーの巨匠ダリオ・アルジェント監督の代表作『サスペリア』(77)、毎回のように“ドンデン返し”が話題を呼ぶM・ナイト・シャマラン監督のヒット作『アンブレイカブル』(00)がそれぞれ新解釈によって生まれ変わった。どちらも深遠なテーマをはらんだ、進化したドラマとして楽しませてくれる。

“決して、ひとりでは観ないでください”というキャッチコピーによって日本でも大ヒットしたカルトホラー『サスペリア』。性的マイノリティーたちの純愛もの『君の名前で僕を呼んで』(17)で知られるルカ・グァダニーノ監督も13歳のときにテレビ放映された『サスペリア』にハマった一人だった。西ドイツの名門バレエ団の寄宿学校を舞台に、バレリーナを目指す少女たちの思春期ホラーといった趣きのあったオリジナル版から、学校の創立者は魔女だったという伝説部分にルカ監督は着目し、独自にストーリーを膨らませたものにしている。

 名門バレエ学校からコンテンポラリーダンスカンパニーへと設定をアレンジされたリメイク版で強烈なインパクトを与えるのは、ダンスカンパニーならではの舞踊シーン。ダンサー特有の常人離れした身体性を、ルカ監督は呪術思想と結び付けた。秘密の多い寄宿舎から逃げ出そうとした女の子は、カンパニーでの活躍を夢見る主人公スージーの願いが込められたダイナミックな踊りが呪いへと反転することで、直視しがたいほどに人体破壊されることになる。舞踊とは人間ならざるものに捧げる神事であり、また舞台とはあの世とこの世とを仲介する空間でもあるという、いにしえから続く芸能の在り方をまざまざと思い出させてくれるシーンとなっている。

 ダンサーならではの選ばれし特権的肉体性に加え、ミカ監督はオリジナル版が公開された1977年という時代性にも注目した。終戦から4年後に東ドイツと分裂した西ドイツは、1970年代に入るとドイツ赤軍による政治テロによって街は騒然としていた。ダンスカンパニーの背後でうごめく不可解な事件、さらに頻繁に起きるテロ騒ぎによって、もうひとりの主人公である心理療法士ヨーゼフの脳裏に、第2次世界大戦中に妻と生き別れた暗い記憶が甦る。あの大戦のさなか、多くの人たちが愛する恋人や家族と再会することを願いながらも、その願いは叶えられなかった。叶えられなかった強い願いは、やがて深い呪いへと姿を変えていく。祈りと呪いは背中合わせの関係であることを思い知らされる。東日本大震災が起きた2011年に放映されたダークファンタジーアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(毎日放送、TBS系)を連想する人もいるかもしれない。

 SMの世界に身を投じるヒロインを演じた『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(15)でブレイクしたダコタ・ジョンソンが、リードダンサーを目指す主人公スージー役。『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(13)や『ドクター・ストレンジ』(16)などで人間を超越した存在を演じてきたティルダ・スウィントンが、カリスマ振付師のマダム・ブランほか複数の役を演じ分けている。尖った作品が大好きなクロエ・グレース・モレッツも意外な場面に登場。また往年のファンには、オリジナル版のスージーを演じたジェシカ・パーカーが重要な役を演じているのも見逃せないところだ。

 現在公開中の『ミスター・ガラス』(原題『GLASS』)は、ナイト・シャマラン監督の『アンブレイカブル』の続編であり、近年のヒット作『スプリット』(16)の登場キャラクターたちも巻き込んだ“シャマラン・ユニバース”とでも呼ぶべき世界となっている。『アンブレイカブル』で自分には超人的パワーが備わっていることに気づいたデヴィッド(ブルース・ウィリス)は、成人した息子ジョセフ(スペンサー・トリート・クラーク)とホームセキュリティーの店を営む傍ら、フィラデルフィアにはびこる犯罪者たちを懲らしめる自警団活動を極秘に行なっていた。そんなある日、デヴィッドは多重人格者であるケヴィン(ジェームズ・マカヴォイ)と路上で遭遇。ケヴィンが街で多発する少女誘拐事件と関係していると直感したデヴィッドは、ケヴィンの中に眠る23人の人格の中で最凶人格のビーストと対峙することになる。

 互角のバトルを演じたデヴィッドとビーストだが、駆け付けた多数の警官たちに捕獲され、施設へと収容されるはめに。そして、その施設には『アンブレイカブル』でデヴィッドの超人性を実証するために恐ろしい事件を企てた知能犯イライジャ(サミュエル・L・ジャクソン)も幽閉されていた。精神科医ステイプル(サラ・ポールソン)は、この3人は自分のことを超人と思い込んでいる誇大妄想狂だと診断し、治療によって常人に戻そうとする。一堂に会したデヴィット、イライジャ、ケヴィンは、精神科医の常識を遥かに上回るとんでもない行動を起こす。

 邦題が「ミスター・ガラス」となっているように、今回はガラスのように壊れやすい肉体の持ち主であるイライジャが物語の核となっていく。デヴィッドやビーストのような超人的なパワーは持っていないイラジャは、どうして自分のような脆弱な存在がこの世に生まれてきたのかを幼い頃からずっと考え続けてきた。自分のような最弱の存在がいるのならば、真逆な最強の存在もいるに違いないと、不死身の体を持つデヴィッドを見つけ出した。超人に目覚めたデヴィッドの存在が、ケヴィンの中に眠る最凶人格ビーストも引き寄せることになる。3人の出逢いは偶然の産物ではなく、必然の出来事だった。

 デヴィッドが不死身の体を持っていることも、ケヴィンが24人もの人格を持つ多重人格者であることも、精神科医ステイプルによれば単なる本人の思い込みらしい。目の前で繰り広げられる超常現象を、ステイプルは薬物の過剰摂取、もしくは異常なまでの躁状態が招いたものと強引に解釈しようとする。結局、現代科学の範疇でしか物事を判断できない女医ステイプルは、イライジャたちの存在を完全には理解することができない。

 超常現象は信じる人の目にだけ映る。信じればそれは存在する。ナイト・シャマランの世界は、どこか宗教的な匂いが漂う。そして“ミスター・ガラス”ことイライジャは、フィクションとリアル、宗教と非宗教との世界を隔てる透明なガラスの壁を突き崩そうとする。ガラスの壁が取り壊された世界は、いったいどんな光景が広がっているのだろうか。

 オカルト映画のオカルトとは、occuilere(隠されたもの)というラテン語が語源となっている。リメイク版『サスペリア』とヒット作の続編『ミスター・ガラス』は、隠されたものを白日のもとに晒そうとする。我々はかつてない、新しい恐怖を体験することになる。
(文=長野辰次)

『ミスター・ガラス』
監督・脚本/M・ナイト・シャマラン
出演/ジェームズ・マカヴォイ、ブルース・ウィリス、アニャ・テイラー=ジョイ、サラ・ポールソン、サミュエル・L・ジャクソン
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン 1月18日より全国ロードショー中
(c)2018 UNIVERSAL STUDIOS
https://www.disney.co.jp/movie/mr-glass.

『サスペリア』
監督/ルカ・グァダニーノ 音楽/トム・ヨーク
出演/ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、ミア・ゴス、クロエ・グレース・モレッツ、ルッツ・エバースドルフ、ジェシカ・ハーパー、エレナ・ファキナ 
配給/ギャガ R15+ 1月25日(金)より全国ロードショー
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https://gaga.ne.jp/suspiria

 

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