刹那的な感情はやがて大切な記憶へと変容する。 路面電車マニアは見逃せない井浦新主演『嵐電』

 ちんちん電車が好きだ。「ちんちん」と鐘を鳴らすことから「ちんちん電車」と呼び親しまれていたが、いつしか「路面電車」と言われるようになってしまった。「ちんちん」と公衆の面前で口にするのが憚れるからだろうか。それはさておき、ちんちん電車、もとい路面電車が今も走る街には独特の風情がある。札幌、函館、東京の下町・荒川、滋賀、大阪、岡山、広島、松山、高知、長崎、熊本、鹿児島……。まだ足が延ばせずにいる富山、高岡、福井、豊橋にも一度行ってみたい。最高時速40キロ前後とのんびりした速度で走る路面電車は、地元住民の生活に密着した足であり、ゆっくりと流れる車窓はツーリストたちを楽しませてくれる。井浦新主演作『嵐電』は、そんな路面電車好きには堪らない映画となっている。

 映画『嵐電』はその名の通り、京都を走る京福電気鉄道嵐山線、通称「嵐電(らんでん)」をモチーフにした作品だ。嵐山本線は四条大宮と人気観光地・嵐山を結ぶ全長7.2キロという短い路線(北野線を合せても11キロ)。だが、開業109年という長い歴史を持っている。また、沿線には東映京都撮影所と松竹京都映画撮影所の他にも、芸能の神さまを祀る車折神社などの有名スポットがあり、映画界とも縁が深い。『私は猫ストーカー』(09)や『ゲゲゲの女房』(10)など、たゆたうような時間の流れをドラマに仕立ててきた鈴木卓爾監督が、古い映画の街の古い路線を舞台に、ちょっと不思議な物語を紡いでいく。

 ノンフィクション作家の衛星(井浦新)が京都を訪ねてきたところから、物語は始まる。衛星は嵐電が走る路線のすぐ側の安いアパートを借り、嵐電をめぐる不思議な話を集めようとしていた。早速、「夕子さん電車」と呼ばれるラッピング電車を一緒に見たカップルは幸せになれるという都市伝説を耳にする。教えてくれたのは、嵐電を8ミリカメラで撮影することに熱中している地元の高校生・子午線(石田健太)だった。そんな子午線に、修学旅行で青森からやって来た女子高生の南天(窪瀬環)はひと目惚れ。南天に追い掛けられるうちに、子午線は「好きなものをカメラに撮っているのか、カメラで撮ったから好きになるのか」分からなくなってしまう。

 もうひとつ、映画の撮影所でも若い恋が芽吹いていく。太秦の撮影所近くのカフェで働く嘉子(大西礼芳)は撮影所へ仕出しを届けた際に、東京から来た若い男優・譜雨(金井浩人)の京都弁指導を頼まれる。その日の朝、電車の中で慣れない京都弁を譜雨が懸命に口ずさんでいるのを、嘉子は見かけていた。人づきあいが苦手な嘉子は、渋々ながら台本の読み合わせに応じることに。ところが、たどたどしい京都弁の譜雨と恋愛シーンの台詞のやりとりを交わしているうちに、感情が勝手に動き始める。譜雨から嵐山の河原で台詞指導の続きをしてほしいと頼まれ、ついついOKする嘉子だった。

 たまたま同じラッピング電車を見たから、たまたま同じ電車に乗り合わせたから。そんな些細なきっかけから、恋愛という名のありふれた奇妙なドラマが始まっていく。のんびりした路面電車に合わせてゆったりと時間が流れ、そんな流れの中で恋愛感情が少しずつ膨らんでいく。既婚者である衛星の心の中でも、鎌倉の自宅に残してきた妻・斗麻子(安部聡子)への想いがふつふつと蘇っていく。嵐電は乗客だけでなく、乗客の心も一緒に運んでいるらしい。

 長い歴史を持つ京都では、ちょっと不思議なことがちょくちょく起きる。昔懐かしい土曜ワイド劇場『京都妖怪地図・嵯峨野に生きる900歳の新妻』『きらら坂に住む400歳の氷女』(テレビ朝日系)も京都が舞台だった。900歳の新妻や400歳の氷女ほど強烈ではないものの、本作でも不可解な現象が起きる。すでに営業を終えたはずの深夜の嵐電だが、ひときわ年代物の電車が走ることがある。人間の姿をしたタヌキとキツネが乗った妖怪電車だ。この電車を目撃したカップルは別れる運命にあるという。本作に登場する3組のカップルは果たして大丈夫だろうか。

 本作は路面電車だけでなく、映画という表現手段もモチーフとなっている。嘉子と譜雨は台詞の読み合わせを重ねることで、お互いの感情が高まっていく。プロの俳優である譜雨は役づくりの一環かもしれないが、恋愛から遠のいていた嘉子の心は激しく揺さぶられることになる。ドキドキが止まらない。嘉子の感情が沸点に達するまでの時間と、譜雨が京都で過ごす撮影期間がわずかにズレており、よりせつなさが募っていく。

 映画は人生によく似ている。テイクが違えばキャストの心情も微妙に変わり、芝居も変わっていく。その結果、思いがけない奇跡的なカットが撮れることもある。そんなひとつのカットが、作品全体を大きく変えてしまうこともある。そして奇跡のようなカットを繋ぎ合わせていくことで、人生という名の長い長いドラマは紡がれていくことになる。奇跡のカットを体験した3組のカップルは、この後どんな運命が待っているのか気になってしまう。

 現在と未来と過去とが同等の価値を持つ古都・京都を舞台にした本作を観て、ふと一冊の小説を思い出した。ジャック・フィニイの短編小説集『ゲイルズバーグの春を愛す』(ハヤカワ文庫)だ。この短編集の最後を飾る「愛の手紙」はニューヨークを舞台に、アンティーク家具を愛する青年がヴィクトリア朝時代に生きた女性と時空を越えて文通するファンタジックなラブストーリーとなっている。いつか出逢う運命の恋人へ向けて書かれた古い恋文を見つけた青年は、街でいちばん古い郵便局の古い郵便ポストへ返信を投函することで自分の想いを彼女へ伝える。モダンさの中にも古き善きものを愛する街・ニューヨークの懐の深さが、この不思議な恋物語の背景となっていた。時間の推移と瞬間的な感情が大切な記憶へと変わっていく関係性を描いていることで、「愛の手紙」と本作は繋がりがあるように思う。

 歴史のある街・京都を、嵐電は今も変わらず走っている。毎日同じ軌道を行き来する嵐電だが、いつもと違う停留所で下車すればいつもとはちょっと違う1日となり、のどかに流れる車窓の光景も日々少しずつ変わっていく。一見すると平凡そうな生活の中に、乗客それぞれにとっての豊かさが潜んでいる。嵐電は、そして各地の路面電車、いや「ちんちん電車」たちは、そんな大切なものを今日もゆったりと運び続けている。

(文=長野辰次)

『嵐電』

監督/鈴木卓爾 脚本/浅利宏、鈴木卓爾 

撮影/鈴木一博 音楽/あがた森魚

出演/井浦新、大西礼芳、安部聡子、金井浩人、窪瀬環、石田健太、福本純里、水上竜士

配給/ミグラントバーズ、マジックアワー 5月24日(金)より京都シネマ、テアトル新宿ほか全国順次公開

(C)Migrant Birds/Omuro/Kyoto Univercity of Art and Design

<http://www.randen-movie.com>

日本領土が武装勢力に占拠されたら、どうする!? かわぐちかいじの世界を初実写化『空母いぶき』

 スケールの大きな海洋アクションもの『沈黙の艦隊』『ジパング』などで知られる人気漫画家・かわぐちかいじのコミックが初めて実写映画化された。西島秀俊、佐々木蔵之介、佐藤浩市らが出演した『空母いぶき』がそれだ。旧日本海軍の伝統を引き継ぐ海上自衛隊が日本領である南洋の孤島を占拠した武装勢力と軍事衝突するという、ミリタリー愛好家には見逃せない作品となっている。

 物語の中心人物となるのは、航空自衛隊のエースパイロットだった秋津竜太1佐(西島秀俊)。米軍の伝統にならい、海上自衛隊初となる空母「いぶき」の初代艦長に任命される。生え抜きの海上自衛隊員であり、「いぶき」の副艦長となる新波歳也2佐(佐々木蔵之介)とは、防衛大学で首席の座を争った関係だった。自衛隊が空母を所有することに国会や世論が厳しい声を浴びせる中、艦内でも“武闘派”秋津と“平和主義者”新波との間で国防に関する意識の違いが浮かび上がる。

 そんな中、日本領である南洋の孤島が、正体不明の武装勢力によって占拠されたという情報が舞い込む。演習中だった「いぶき」を旗艦に、護衛艦「はつゆき」「しらゆき」、イージス艦「あしたか」「いそかぜ」、潜水艦「はやしお」で編成された「第五護衛隊群」は現場海域へと出動。そこで待っていたのは、敵艦隊からの魚雷、およびミサイル攻撃だった。東京にいる垂水総理(佐藤浩市)の決断により自衛隊初となる「防衛出動」が下され、ついに戦闘状態へと突入する。

 現在も「ビックコミック」(小学館)で連載が続いている原作コミックとの大きな違いは、「いぶき」が対峙することになる敵の正体。2014年に連載が始まった原作では自衛隊は中国人民解放軍と戦うが、映画版では架空の国「東亜連邦」となっている。また、原作では中国軍は尖閣諸島に加え、先島諸島も軍事制圧するが、映画版ではやはり架空の島「初島」をめぐる24時間の攻防に限定した設定へとアレンジされた。現場の自衛隊員たちは有事の際にどう対処するのか、自衛隊を東京から指揮する総理はどのような情報をもとに決断を下すことになるのかをシミュレーションしてみせる。ちなみに脚本は、首都・東京のテロに対する脆弱さに警鐘を鳴らした劇場アニメ『機動警察パトレイバー2 the move』(93)の伊藤和典、海上自衛隊員の反乱を描いた『亡国のイージス』(05)の長谷川康夫との共作となっている。

「いぶき」搭載機であるステルス型戦闘機、イージス艦や潜水艦の活躍が描かれるが、本作で重点が置かれているのは、どこまでが軍事衝突でどこからが戦争なのかというボーダーの引き方だろう。そのボーダーを引くことになるのは東京の首相官邸にいる垂水総理であり、また最前線にいる秋津艦長の判断によって事態は大きく変わることになる。副艦長の新波はあくまでも自衛隊は「専守防衛」を貫かなくてはならないと主張するが、相手の攻撃を待っていれば自衛隊員から犠牲者を出すことは避けられない。さらに一度局地戦が始まれば、中距離弾道ミサイルによって東京をはじめ日本全土が標的となる危険がある。一手間違えれば、全面戦争を招き、多くの命を奪いかねない。ポーカーフェイスを装う秋津は、命懸けの詰め将棋を強いられる。

 骨太な作風で人気の漫画家かわぐちかいじだが、どのようなスタンスで軍事漫画を描き続けているのだろうか。歴史改変SF『ジパング』連載時(2000年~2009年)のインタビューを読むと興味深いコメントがあったので、その一部を紹介したい。

かわぐちかいじ「僕の中には過去の日本人を否定したいという欲望と誇りに思いたいという欲望が両方あります。なぜあんな戦争(太平洋戦争)をしたのか、日本人のダメさ加減をきちんと掘り起こして描かなければいけないと思う反面、日本人を誇りたいという気持ちもある。(中略)マンガで日本人を描こうとするとダメだなと思う面と誇りに思う両面が、いつも自分の中で相克しているんです。マンガを読んでくれている人たちもその相克はみんな持っているんじゃないでしょうか。日本人を賛美したいという気持ちの裏側には、弱さも抱えているんじゃないかと思います。僕はそこをマンガの中で問いかけていきたいなと思っているんです」(『創』2005年6月号)

 映画版『空母いぶき』を撮ったのは、1948年生まれのかわぐちかいじと同世代であるテレビディレクター出身の若松節朗監督(1949年生まれ)。映画『ホワイトアウト』(00)では巨大ダムを襲うテロとの戦い、『沈まぬ太陽』(09)ではナショナル・フラッグ・キャリアの座に胡座をかく大企業が沈没船のように傾く姿を描いた。東京五輪が開催される2020年には、福島第一原発事故の際に被曝の恐怖にさらされながらも現場に残って事故対応に尽力した作業員たちを主人公にした『Fukushima50』の公開が予定されている。若松監督が撮る映画も、日本人が持つ強さと弱さの二面性がテーマとなっているといえるだろう。若松監督のフィルモグラフィーを見ると、平和という名の日常生活を享受するために日本人は大変な代償を支払っていることに気づかせられる。

(文=長野辰次)

『空母いぶき』
原作/かわぐちかいじ 企画/福井晴敏 脚本/伊藤和典、長谷川康夫 音楽/岩代太郎 監督/若松節朗
出演/西島秀俊、佐々木蔵之介、本田翼、小倉久寛、髙嶋政宏、玉木宏、戸次重幸、市原隼人、堂珍嘉邦、片桐仁、和田正人、石田法嗣、平埜生成、土村芳、深川麻衣、山内圭哉、中井貴一、村上淳、吉田栄作、工藤俊作、金井勇太、中村育二、益岡徹、斉藤由貴、藤竜也、佐藤浩市
配給/キノフィルムズ、木下グループ 5月24日(金)より全国ロードショー
(c)かわぐちかいじ・惠谷治・小学館/「空母いぶき」フィルムパートナーズ
https://kuboibuki.jp

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まるで大巨人の脳内を探検しているかのようだ!! ホームレスも許容する『ニューヨーク公共図書館』

 友達や交際相手の家に初めて遊びに行った際、本棚に見入ってしまう人は多いのではないだろうか。これまでに一体どんな本や漫画を読み、思考回路が形成されてきたのか気になってしまう。本棚チェックには、その人の頭の中を覗き見るような面白さがある。この考えに同意してくれる方なら、フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(原題『Ex Libris The New York Public Library』)は充分に楽しめるはずだ。ニューヨーク公共図書館(以後、NYPL)は米国最大の図書館。つまり、NYPLの裏側を見せる本作を観ることは、多種多様な人種や民族によって形成されている米国人の頭の中を覗いてみることに等しいといえるだろう。

 ワイズマン監督は1930年生まれのドキュメンタリー映画界の大巨匠。フランスの超一流トップレス劇場を密着取材した『クレイジーホース パリ・夜の宝石たち』(11)、英国人のこだわりを感じさせる英国立美術館でカメラを回した『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』(14)など、人気スポットのバックヤードにカメラを潜り込ませ、なぜ人気スポットとなりえているかを描き出してきた。ワイズマン監督のドキュメンタリー作品は“ダイレクトシネマ”と呼ばれ、ナレーション、テロップ、BGM、インタビューなどは排されている。まるでワイズマン監督と一緒に撮影現場に立ち会っているかのような気分になってくる。

 1911年に竣工したボザール様式のNYPL本館は、映画『ティファニーで朝食を』(61)や『ザ・デイ・アフター・トゥモロー』(04)の舞台になるなど、ニューヨークの観光スポットとしても有名だ。NYPLは厳粛さの漂う本館に加え、多くのアーティストが通い詰めた舞台芸術図書館をはじめとする4つの研究図書館、地域に密着した89の分館を合わせた92の図書館ネットワークとなっている。世界有数の蔵書数を誇る、まさに知の殿堂である。日本の公立図書館が税金によって運営されているのに対し、NYPLは市の出資と民間からの寄付金によって成り立っている点が特徴だろう。

 運営費の違いだけでなく、図書館側から市民へと呼び掛ける姿勢も日本の図書館とは大きく異なる。図書館というと本好きな人が通う無料の貸本屋、もしくは試験前の学生たちが静かに勉強する場所というイメージがあるが、NYPLはもっとアクティブだ。日本以上に米国では経済格差が激しい。パソコンを持ってない低所得者や移民向けにパソコン講座を開き、情報格差に陥らないよう啓蒙活動に努めている。エルヴィス・コステロやパティ・スミスら人気アーティストたちのトークライブが開かれ、シニア向けのダンス教室など多彩なワークショップも用意されている。もちろんすべて無料。NYPLはとても賑やかで活気が溢れている。

 市民からの電話での問い合わせに司書が即座に文献を調べて答える様子、大量の返却本を各分館のコンテナへと分類していく流れ作業など、NYPLを支えるスタッフたちの姿を205分間にわたってカメラは映し出していく。中でも印象に残るのは、図書館を訪れるホームレスにどう対処すべきかを図書館員たちが熱心に討論するシーンだ。所持金なしでも雨や寒さが凌げる図書館は、ホームレスにとって欠かせないセーフティネットである。知的好奇心を持った人ならば、誰でも自由に利用できる―というのが近代図書館の基本理念となっている。世界に誇る知の殿堂・NYPLもホームレスを締め出すことはしない。他の来館者たちの迷惑にならずに、ホームレスにも利用してもらうためにはどうすればいいのかを彼らは真剣に考え、そして話し合う。

 アンソニー・マークス館長は語る。「規則や専門機関を設けることも大事だが、最終的に変えるべきはこの街の文化だ」と。ホームレスを好まざる客として排除、もしくはスルーするのではなく、米国の抱える大きな社会問題のひとつとして認識していることが分かる。気になって調べてみたところ、米国の図書館ではソーシャルワーカーを駐在させ、ホームレスたちが無料で健康チェックでき、路上生活から脱出できるようサポートする取り組みを行なっているところが少なくないようだ。NYPLでも失業者に対して、職業支援プログラムが組まれ、さまざまな職種のリクルート説明会が行なわれている。ニューヨークという街をより豊かにするためにNYPLは存在するといっていい。

 日本では経費削減のために図書館の民間委託が進んでいるが、NYPLも限られた予算の中での闘いを強いられている。市民からのニーズが高いベストセラー本を購入するか、それとも推薦図書を充実させるか。デジタル化に対応し、もっと電子書籍に予算を割くべきか。図書館員たちが頭を悩めながら話し合う様子を、ワイズマン監督は度々挿入する。図書館は別名「民主主義の砦」とも呼ばれている。書籍は人間が生み出した英知の結晶だ。図書館にはそんな英知の結晶を時代を超えて守り、より育んでいく役割がある。そのためにも多くの人たちが対話を続ける必要がある。ユダヤ系移民であるワイズマン監督の伝えたいことが、声高ではなく映像を通した形ではっきりと浮かび上がる。

 米国は、いろんな人種や民族によって成り立っている。マスメディアに煽られて誤った戦争を犯し、レイシストを大統領に選んでしまったりもする。それでも、米国は民主主義国家であることは止めようとはしない。NYPLの内情を知るということは、米国という名の大巨人の頭の中を覗くということに等しいのではないだろうか。

 脳みそは使えば使うほど活性化されるらしい。日本という名の小さな巨人の脳みそも、もっと積極的に活用したい。
(文=長野辰次)

まるで大巨人の脳内を探検しているかのようだ!! ホームレスも許容する『ニューヨーク公共図書館』の画像4

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』
監督・録音・編集・製作/フレデリック・ワイズマン
配給/ミモザフィルム、ムヴィオラ
5月18日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー
(C)2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
http://moviola.jp/nypl

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人生を詰んだ瞬間から、本当の人生が始まった!? 感動実話『ドント・ウォーリー』『HOMIE KEI』

 ジョン・キャラハンは最悪な人生を送っていた。幼い頃に実の母親に捨てられ、母親の名前すら知らない。養父母に育てられたが、13歳で酒を覚え、成人したときにはすっかりアルコール依存症となっていた。21歳のとき、酔った友人の運転する車が大破。ジョンは胸から下が麻痺状態となり、車イス生活を余儀なくされる。不幸に輪を掛けたようなドン底人生だったが、そんな中でジョンは親身に接してくれる人たちと出会い、やがて漫画家として活躍するようになる。ガス・ヴァン・サント監督の『ドント・ウォーリー』(原題『Don’t Worry ,He Won’t Get Far on Foot』)は、実話をベースにしたホロリとさせる人間ドラマとなっている。

 不幸な星のもとに生まれたことを、呪って生きてきたジョン・キャラハン(ホアキン・フェニックス)。車イスに乗るようになってからも、つらい現実を忘れるためにアルコールを手放せずにいた。そんなジョンに、キツい言葉を投げ掛ける人物が現われる。AAと呼ばれる断酒会を主宰するドニー(ジョナ・ヒル)だった。交通事故を起こしたのに見舞いにすら来なかった友人デクスター(ジャック・ブラック)を非難するジョンだったが、ドニーは「酔っぱらいの運転する車に、なんで君は乗ったんだ?」と問い掛ける。ジョンは「酔っぱらっていたので、覚えていない」と答えるのが精一杯だった。自分は同情こそされても、責められる立場ではないと思っていたのだ。

 振り返ってみれば、ジョンのそれまでの人生は母親に捨てられたことを口実に、ずっと周囲へ不満を漏らしてばかりだった。世間をディスってばかりで、自分自身は何もしていなかったことにジョンは気づく。

 ジョンは自分を育ててくれた養父母のことも嫌っていた。養父母は血の繋がった実の子どもは叱ったが、ジョンが悪戯をしても叱ることはなかった。ジョンはそのことに、ずっと疎外感を感じていた。障害者センターのスタッフの対応が悪いことにも腹を立てていた。自分の人生も周囲にいる人たちも、みんなまとめて呪い続けてきたジョン。だが、依存症だけでなく、さまざまなトラブルを抱えるドニーら断酒会のメンバーたちやセラピストのアヌー(ルーニ・マーラ)との交流によって、それまでの生き方を改めることになる。

 得意のブラックジョークを生かそうと、うまく動かない手を使い、風刺漫画を描き始めるようになるジョン。社会の底辺から世界を見つめたジョンのひとコマ漫画は、賛否両論ながらも、地方新聞や雑誌に掲載されるようになっていく。人生、詰んじゃったな……としか思えない状況から、現実を噛み締めたジョンの本当の人生がゆっくりと始まった。

 米国ポートランドを舞台にした本作の企画を立ち上げたのは、ガス・ヴァン・サント監督のヒット作『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)に出演したロビン・ウィリアムズ。自身の主演作として漫画家ジョン・キャラハンの自伝の映画化をガス・ヴァン・サント監督に依頼していたが、ロビンは2014年に急逝。ホアキン・フェニックスが名優の遺志を継ぐ形で完成に至った。

 兄リバー・フェニックスをオーバードースで失うなど、生と死を隔てるボーダーは紙一重であることをホアキンは知っている。宗教への依存を描いた『ザ・マスター』(12)や人工知能との恋愛ドラマ『her/世界でひとつだけの彼女』(13)と並ぶ、彼の代表作となりそうだ。

 4月26日から上映が始まったドキュメンタリー映画『HOMIE KEI チカーノになった日本人』も、生死の狭間を味わった主人公が、それまでの最悪人生を逆回転させていく驚きのトゥルーストーリーとなっている。顔に大きな傷痕、背中には刺青、小指が欠けている元ヤクザのKEI。母親が育児放棄し、親戚や知り合いの家をたらい回しされながら育ったKEIは、中学卒業後は暴走族から暴力団組員へとワルの道を突き進んでいた。障害者の乗る車イスのパイプにコカインを隠して海外旅行させるなど、KEIは頭の回転がよく、ドラッグビジネスで大儲けすることになる。
 
 ところがハワイでFBIの囮捜査に引っ掛かり、KEIは米国の重犯罪者用刑務所で10年以上を過ごすはめとなる。かわいがっていたはずの弟分の裏切りだった。人種のるつぼである米国の刑務所は、リンチや殺人が平然と行なわれるこの世の生き地獄だった。黒人グループやイタリア系グループなどが割拠する刑務所内へ日本人がたった一人で放り込まれたことは、オカマを掘られるか死を意味していた。どこにも逃げ場のない絶体絶命の状況にありながらKEIは「見下されるのなら、死んだほうがまし」と不敵な態度を貫き、刑務所内の最大勢力であるメキシコ系グループ“チカーノ”のボスに気に入られる。

 刑務所で更生できずにいる受刑者が多い中、KEIはチカーノたちと出会ったことで人生が大きく変わっていく。人との繋がりを求めて暴走族や暴力団に身を置いていたKEIだったが、いつの間にか人間関係よりもお金のほうが大事になっていた。それに対してチカーノたちはお金や法律よりも、仲間同士の関係を大切にしていた。日本のヤクザが失っていた“仁義”が生きていた。KEIは刑務所でチカーノたちと家族同然の仲となり、刑務所内で上映されている映画と辞書で語学をマスター。日本に帰国後は、チカーノのファッションブランド店やクラブを経営し、成功を収めている。

 薬物とはきっぱり縁を切り、現在はチカーノカルチャーを日本で広める他、児童クラブを無償で設立し、家庭や学校に居場所のない子どもたちとの交流を育んでいる。『ドント・ウォーリー』のジョンと同じく母親と一緒に過ごした幼少期の記憶のないKEIは、チカーノの一員となったことで家族の温かさをようやく知ることができた。7年ごしでKEIを追い続けたカメラは、KEIが子どもたちと一緒になって笑っている姿を映し出す。本当は自分が幼い頃に母親にしてほしかったことを、自分が母親代わりになって子どもたちにしてあげているかのように思える。

 大事故に遭いながらも、命拾いしたジョン・キャラハン。いつ殺されてもおかしくない刑務所からの生還を果たしたKEI。2人とも単に運がよかっただけなのかもしれない。でも、ジョンもKEIも人生のドン底での出会いの中に幸運の種を見つけ、それを大事に育て続けた。彼らの本当の人生は、ドン底から始まった。

(文=長野辰次)

『ドント・ウォーリー』
原作/ジョン・キャラハン 監督・脚本/ガス・ヴァン・サント
出演/ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック、マーク・ウィーバー、ウド・キア、キャリー・ブラウンスタイン、ベス・ディットー、キム・ゴードン
配給/東京テアトル 5月3日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラスト渋谷、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
http://www.dontworry-movie.com

『HOMIE KEI チカーノになった日本人』
監督/サカマキマサ 撮影/加藤哲宏 音楽/原夕輝
編集/有馬顕、大畑創、トラビス・クローゼ
配給/エムエフピクチャーズ 4月26日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
https://homie-kei.com

たらちねの母が語る初恋の思い出と戦争体験……平成の終わりに問う『誰がために憲法はある』

 母が元気なときに、もっといろんな話を聞いておけばよかった。多感な少女時代に戦争を体験し、戦後の混乱期を過ごした母親たちは、いったいどんな想いで大人になり、子どもを育てたのだろうか。親孝行する機会もなくこの世を去った親のことを考えると、胸がチクリとする。渡辺美佐子主演のドキュメンタリー映画『誰がために憲法はある』は、そんな世代が共感を覚えるものとなっている。

 渡辺美佐子は1932年生まれ、俳優座出身の大ベテラン女優だ。1970~80年代は『ムー』『ムー一族』『赤い疑惑』(どれもTBS系)などの人気ドラマで母親役を演じることが多かった。黄金期のテレビドラマを観て育った世代にとっては、いわば“日本の母”のような存在だ。そんな渡辺美佐子が85歳を過ぎ、自身の少女時代を振り返り、子や孫の世代に伝えなくてはならない大切なメッセージをスクリーン上からこちらに向けて、せつせつと語りかけてくる。

 渡辺美佐子が語る初恋の思い出が、このドキュメンタリーの核となっている。都内の小学校に通っていた少女時代、気になるひとりの同級生がいた。その男の子は登校時の通学路で、渡辺美佐子が現われるのをいつも待っていた。当時は男の子と女の子が親しく言葉を交わすこともなく、ただ一緒に学校に向かうだけの関係だった。手を繋ぐことすらなかったが、彼女にとってそれは淡い初恋の記憶だった。

 多くのテレビドラマや映画に出演し、人気女優となった渡辺美佐子は、1980年に『小川宏ショー』(フジテレビ系)の名物コーナー“ご対面”に出演。このとき渡辺美佐子が再会を願ったのは、小学校時代のあの初恋の男の子だった。お互いにおばさん、おじさんになった今なら、いろんな思い出を語り合うこともできるんじゃないかと番組出演したものの、生放送中に意外な事実を知ることになる。

 渡辺美佐子は男の子の名前をきちんと覚えておらず、“水瀧くん”と曖昧に記憶していた少年は、終戦直前に広島へと疎開していた。そして1945年8月6日に広島に投下された原爆により、爆心地にいた広島二中の生徒321人と教員4人と共に消滅していたのだ。遺体の一部も遺品もまったく見つからなかったという。“水瀧くん”の代わりに番組に出演した“水瀧くん”の両親からそのことを聞かされ、渡辺美佐子のその後の人生は大きく変わっていく。

 85年から全国を巡回する朗読劇『この子たちの夏』に参加し、2008年からは新劇系の女優仲間と共に「夏の会」を結成、『夏の雲は忘れない ヒロシマ・ナガサキ一九四五』として公演を続けてきた。転校して別れたきりとなっていた“水瀧くん”や同年代の少年少女たちは、どんな想いで運命の日を過ごしたのかを舞台上で再現している。「夏の会」のメンバーは、『3年B組金八先生』(TBS系)で鶴見辰吾の母親を演じた高田敏江、海外ドラマ『大草原の小さな家』(NHK総合)でお母さんの声を長年吹き替えてきた日色ともゑ、『十年愛』(TBS系)での姑役が印象に残る岩本多代ら、母親役で馴染みのある女優たちが多い。舞台という表現の場で“母親”たちが反戦を訴えて闘う姿を、このドキュメンタリー映画は記録している。

 本作を撮った井上淳一監督は、門脇麦、井浦新らが熱演した実録映画『止められるか、俺たちを』(18)の脚本家として知られる。『止められるか、俺たちを』は井上監督の師にあたる若松孝二監督の若き日を描いた青春映画だった。『止め俺』は若松監督の“父性”に惹かれた若者たちの物語でもあったが、今回の『誰がために憲法はある』は“母性”を強く感じさせるものとなっている。

 1965年生まれの井上監督にとって、渡辺美佐子はまさに母親世代。まったくの偶然だが、井上監督の母親と渡辺美佐子は同年同日生まれだそうだ。戦争を知らない若い世代に向けて反戦メッセージを伝えようとする“もう一人の母”に、自称“不肖の息子”がカメラを回しながら寄り添うことで完成したドキュメンタリーだと言えるだろう。

井上淳一「若松監督は僕にとって師匠以上父親未満の存在でした。若松さんは福島原発事故を題材にした映画の企画を考えていましたが、2012年に交通事故で亡くなってしまった。僕が監督したドキュメンタリー映画『大地を受け継ぐ』(16)は僕なりに若松さんの遺志を形にしたものです。若松さんが今も生きていたら、憲法改正を強引に進めようとする現政権を皮肉った映画もきっと企画したはず。そんなことを考えていたときに、松元ヒロさんが憲法を擬人化して演じている一人芝居『憲法くん』を知ったんです。恥ずかしい話ですが、若い頃は“憲法とは国家権力を縛るためにある”ということを知りませんでした。『憲法くん』はそういう憲法の基本のキの字を分かりやすく伝えています。これならば、届かない人にも届くのではないかと映画にすることにしました。映画版は戦争を体験している高齢の俳優のほうが、よりリアリティーが出せるだろうと考えたところ、渡辺美佐子さんが出演をOKしてくれました。上映時間12分の短編映画として『憲法くん』の撮影をしているときに、渡辺さんの初恋のエピソードを知り、ドキュメンタリーパートを加えることで『誰がために憲法はある』ができました。いろんな繋がりがあって完成した映画です」

 

 2019年で最後となる渡辺美佐子たち「夏の会」の公演の様子を追ったドキュメンタリーパートは、2018年6月の広島で撮影された。折しも、西日本大豪雨と重なり、日色たちがインタビューに応えるシーンの背景には大粒の雨で曇って見える原爆ドームが窓ガラス越しに映っている。大豪雨によって撮影日数を短縮せざるをえなかったそうだが、井上監督は撮影のことだけでなく、もうひとつ気に病むことがあった。その頃、井上監督の実の母親は末期がんを患い、愛知県の実家で闘病中だった。

井上淳一「余命宣告されていたこともあり心の準備はしていたのですが、渡辺さんたちをカメラで追いながらも、どこかで母のことが気になっていた部分はあったと思います。母は2018年8月に亡くなったのですが、最期の2週間は母にずっと付き添いました。亡くなる前の母は、子どもの頃のことをよく話しました。『お父さんに会いたい』としきりに言うので、僕の父のことかなと思ったら、祖父のことでした。子どもの頃の記憶は鮮明に残っていたようです。母は三重県桑名市育ちなので、軍港のあった桑名で空襲も体験していたはずですが、そのことは口にしませんでした。僕の母だけでなく、つらい過去は話したくないという戦争体験者は多いと思います。そんな母には聞けなかったことを、誕生日が同じ“もう一人の母”である渡辺さんに求めていたのかもしれませんね」

 ドキュメンタリーパートの後半、渡辺美佐子の初恋の男の子“水瀧くん”の本名を我々も知ることになる。そのとき、広島に投下された原爆による犠牲者数14万人という数字が、ひとりの人間の命の重みへと変わる。

 映画の最後、憲法くんに扮した渡辺美佐子は憲法の前文を、スクリーンを見つめている観客に向かって朗々と語りかける。この国の主権は国民にあることを明記した憲法くんを、毅然とした表情で演じるたらちねの母。“母性”とは優しさや温かさだけではなく、そこにはたくましさや痛み、苦み、哀しみといった多くのものが内包されていた。
(文=長野辰次)

たらちねの母が語る初恋の思い出と戦争体験……平成の終わりに問う『誰がために憲法はある』の画像4

『誰がために憲法はある』
監督/井上淳一 『憲法くん』作/松元ヒロ 音楽/PANTA
撮影/蔦井孝洋、土屋武史、髙間賢治、向山英司
出演/渡辺美佐子、高田敏江、寺田路恵、大原ますみ、岩本多代、日色ともゑ、長内美那子、柳川慶子、山口果林、大橋芳枝
配給/太秦 4月27日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
(C)「誰がために憲法はある」製作運動体
http://www.tagatame-kenpou.com

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寝た子を叩き起こす“慰安婦”ドキュメンタリー!! YouTuberが撮った白熱のディベート映画『主戦場』

 慰安婦像の設置をはじめ、もつれにもつれている日韓慰安婦問題。右派と左派、どちらの言い分が正しいのかを確かめようと書店や図書館へ足を運ぶと、そこでまた頭を抱えることになる。著者が右寄りか左寄りかで、書かれている内容がまるっきり異なってくるからだ。そんな中、注目のドキュメンタリー映画が公開される。日系米国人であるミキ・デザキ監督による『主戦場』は、慰安婦問題に新しい視点を与えてくれる興味深い内容となっている。

 YouTuberとしても活動するミキ・デザキ監督の劇場デビュー作となる『主戦場』は、これまでになかったディベート形式のドキュメンタリー映画となっている。上映時間122分の中で、右派と左派の論客たちが「慰安婦の実数」「強制連行はあったのか」「慰安婦は性奴隷だったのか」といったテーマごとに、自説をカメラに向かって語りかける。

 出演者たちはバラエティーに富んだ人選だ。右派陣営はジャーナリストの櫻井よしこ氏、自由民主党議員の杉田水脈氏、日本でタレントとしても活動している弁護士のケント・ギルバート氏。さらにネット上で人気の評論家“テキサス親父”ことトニー・マラーノ氏、「日本会議」の幹部である加瀬英明氏といった“濃い顔ぶれ”がそろっている。

 対する左派陣営は、慰安婦問題を研究する歴史学者の吉見義明氏、「女たちの戦争と平和資料館」館長の渡辺美奈氏、元日本軍兵士の松本栄好氏らである。過去の資料映像を織り込みながら、双方の主張がテンポよく交わされていく。従来のドキュメンタリーのような堅苦しさはなく、ぐいぐいと見せていく手腕はYouTuberならではのものだろう。

 ディベートが進むにつれ、慰安婦問題の不明瞭だった部分がかなりクリアになっていく。慰安婦の人数は20万人という数字が国際的に定説となっているが、この数字は韓国側が兵士29人に対して慰安婦1人という比率から算出したもので、数字そのものにはあまり信憑性はないようだ。

 かといって、右派が喜ぶ事実ばかりが取り上げられるわけではない。「強制連行はあったのか?」という疑問に関して、2007年に安倍総理は「日本軍が慰安婦を強制連行したという証拠文書はない」と国会で答えているが、戦時中の軍の記録の70%は焼却・廃棄されており、文書がないから強制連行の事実はなかったという安倍総理の答弁は説得力がないことが分かる。

 

 本作を撮ったミキ・デザキ監督は、1983年米国フロリダ州生まれの日系米国人二世。2007年に外国人英語教員として来日し、5年間にわたって日本の中学や高校で授業を行なってきた。その後、タイで仏教僧になるための修業を積み、YouTuberとしても注目を集めるなど非常にユニークな経歴を持つ。初めてのドキュメンタリー映画の題材に、なぜ“慰安婦問題”を選んだのだろうか?

ミキ・デザキ「JETプログラムの教師として、日本で授業を2012年までの5年間行ないました。最後の授業は自由なテーマでかまわないと高校側から言われ、人種差別についての授業を行ないました。米国には人種差別以外にもLGBTなどいろんな差別が存在する。日本にも差別はあるよね? という内容のものでした。生徒たちは熱心に聞いてくれました。教員仲間からも好評で、3学年全クラスで合計27回の授業を行ないました。その授業内容の一部を『Racism in Japan』というタイトルでYouTubeに投稿したところ、炎上騒ぎになったんです。ヘイトメールが殺到し、勤めていた高校にも抗議の電話が鳴り続きました。そのとき初めて“ネトウヨ”という言葉を知りました。自分自身にそんな体験があったので、慰安婦報道に関わった元朝日新聞の植村隆記者がバッシングされていたことにも関心を持ったんです。なぜ慰安婦問題はそんなに大騒ぎになるのか、米国人である僕には謎でした。そんな疑問から始まり、10~20分のYouTubeビデオではなく一本のドキュメンタリー映画にしようと考えたんです」

 企業や団体からの思惑に左右されないよう、クラウドファンディングで製作費を調達したミキ・デザキ監督。『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(15)で知られるエロール・モリス監督、今村昌平監督、森達也監督らのドキュメンタリー映画はよく観るそうだが、『華氏911』(04)を大ヒットさせたマイケル・ムーア監督のような作品にはしたくなかったと言う。

ミキ・デザキ「マイケル・ムーア監督は最初から結論ありきで、一方的な立場から描いています。そうすればエンターテイメント性のある、面白おかしいものが撮れることは分かります。でも、それではプロパガンダ映画になってしまいます。僕自身がこの映画を撮り始めるまでは、慰安婦問題にはそれほど詳しくありませんでした。なので、双方の意見を聞く形で、映画を構成することにしたんです。日本で開かれている慰安婦問題のシンポジウムに通い、右派と左派の両陣営から影響力のあるオピニンオンリーダーたちを選び、出演をお願いしました。櫻井よしこさんはぜひ出てほしかったので、ケント・ギルバートさんから紹介してもらい、粘り強く出演交渉しました。出演者の中の数人からは、公開前に完成したものを見せてほしいと言われましたが、見せることで内容を修正することは断りました。それではジャーナリズム性を損なうことになりますから。どうしても見たいという人には、その人の出演したパートだけ見せるようにしました。不満がある場合はエンドロールでその旨をクレジットすると伝えましたが、特に不満を伝える連絡はなく済んでいます」

 

 本作の後半には、スクープ性のある驚きの事実も浮かび上がる。ここでその内容に触れることは控えるが、慰安婦問題は日本と韓国だけの論争ではないことがはっきりと分かる。日本から韓国への合計8億ドル(当時の韓国の国家予算2年分)の資金援助を決めた1965年の「日韓基本条約」も、慰安婦問題を最終的かつ不可逆的に解決させることを発表した2015年の「日韓合意」も、米国からの強い意向によって日韓両政権は握手したことが解説される。日本と韓国との間では泥沼化している慰安婦問題だが、米国をはじめとする第三国の動きによって今後大きく動くことが予測される。ミキ・デザキ監督は最後にこう語った。

ミキ・デザキ「この映画のタイトルは、『米国こそが、この歴史戦の主戦場だ』という出演者の発言から思いついたものです。米国でも慰安婦問題をめぐる情報戦はいろいろと起きています。でも、私はこう思うのです。本当の主戦場はみなさんの頭の中ではないのかと。この映画ではさまざまな意見を取り上げ、いろんな人物たちを映し出しています。映画をご覧になった方の頭の中は、きっと激しい闘いの場になるのではないでしょうか。いつか慰安婦問題が解決する日が訪れてほしい。そんな希望を込めた映画です」

 右派と左派、双方の主張が分かりやすく一本にまとめられたディベート映画。本作を見終わった後、あたなは一体どちらに軍配を上げることになるだろうか。
(文=長野辰次)

寝た子を叩き起こす慰安婦ドキュメンタリー!! YouTuberが撮った白熱のディベート映画『主戦場』の画像4

『主戦場』
監督・脚本・撮影・編集・ナレーション/ミキ・デザキ
出演/トニー・マラーノ(テキサス親父)、藤木俊一、山本優美子、杉田水脈、藤岡信勝、ケント・ギルバート、櫻井よしこ、吉見義明、戸塚悦朗、ユン・ミヒャン、イン・ミョンオク、パク・ユハ、フランク・クィンテロ、渡辺美奈、エリック・マー、林博史、中野晃一、イ・ナヨン、フィリス・キム、キム・チャンロク、阿部浩己、俵義文、植村隆、中原道子、小林節、松本栄好、加瀬英明
配給/東風 4月20日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
(c)NO MAN PRODUCTIONS LLC
http://www.shusenjo.jp

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恋愛感情とは異なる、好きな人に嫌われたくないという想い。岸井ゆきの×成田凌『愛がなんだ』

 原作小説と映画との、これほどまでの幸せなマリアージュもないのではないか。そう思わせるほど、映画『愛がなんだ』の登場キャラクターたちはみんな生き生きとしている。恋に浮かれ、愛に悶えのたうち回る。まるで、知人の体験談がスクリーン上で再現されているかのような親密さを感じさせる内容だ。原作の世界観、監督の演出力、キャスト陣の新鮮さがうまく化学反応を起こした愛すべき映画となっている。

 直木賞作家・角田光代が2003年に発表した同名小説が原作。角田作品は『空中庭園』(05)、『八日目の蝉』(11)、『紙の月』(14)、『月と雷』(17)などが映画化されており、いずれも高く評価されている。女の本音たっぷりな角田作品のヒロインたちは、映画との相性がいい。単館系での活躍が続く今泉力哉監督による本作も、角田名作劇場のひとつに加えることができる。

 主人公のテルコ(岸井ゆきの)は28歳になるOL。たいして仲のよくない知り合いの結婚パーティーに参加し、出版社に勤めるマモル(成田凌)と知り合った。お互いに社交派タイプではない2人は、妙にウマが合った。以来、テルコはマモルに携帯電話で呼び出されては、ほいほい付き合う飲み仲間となる。テルコはマモルにぞっこんだが、マモルはその気はないらしい。それでもテルコは、いつマモルに呼ばれてもいいように職場で連絡を待ち続けている。会社の付き合いは、いっさい断るというこだわりようだった。

 ゴールの見えない片想いなんて止めて、別の男を探せばいいとテルコの親友・葉子(深川麻衣)は忠告するものの、葉子は葉子で問題がある。雑誌編集者の葉子は、年下のカメラマン・ナカハラ(若葉竜也)を自宅に呼びつけ、使いっぱにしている。ナカハラに対して、女王さまのように振る舞う葉子だった。マモルも葉子もやっていることは一緒だ。惚れた相手の弱みに付け込み、生殺し状態にしている。恋愛マウンティング上位者の残酷さを感じさせるマモルと葉子だった。

 本作をジャンル分けすれば恋愛コメディになるわけだが、描かれているのは一般的な恋愛感情とはビミョーに異なる。好きになった相手には嫌われたくないという、まだ名前の付いていない心の動きだ。テルコはマモルからしつこい女と思われたくないので、自分から連絡を入れることはしない。気まぐれなマモルからの連絡をひたすら待ち続けている。お陰で仕事はまるで手につかない。ようやくマモルから連絡があると、ずっと待っていたことを勘づかれないようにうれしさを押し殺しながら振る舞う。けなげで、イタくて、報われない女、その名はテルコ。『ピンクとグレー』(15)以降、注目度がぐんと上がった岸井ゆきの演じるテルコが、たまらなく愛おしく感じられる。

『ニワトリ★スター』(18)ほかクセの強い役を好む成田凌が演じるマモルだが、こいつもかなりイタい男だ。33歳になったら今の仕事を辞めて野球選手になるだの、動物園の飼育員になるだの、現実味のない妄想をテルコにつらつらしゃべっている。なんで、こんなダメ男に惚れてしまうんだよ、目を覚ませよ、テルコ! と葉子ならずとも言いたくなるが、マモルのことで頭がいっぱいのテルコの耳には入らない。好きになったら、止めようがない。テルコの生態を観察することで、人間とは恋をすると実に面白い行動を繰り返すおかしな動物であることがよく分かる。

 今泉監督は『こっぴどい猫』(12)、『サッドティー』(13)、『退屈な日々にさようならを』(17)など“一方通行の想い”をテーマにしたオリジナル映画を撮り続けてきた才人。今泉作品の主人公たちは、いつも誰かに片想いしている。片想いがいつか両想いになれば、それはとてもハッピーなことだが、逆に相手のことが嫌いになる日が訪れるかもしれない。でも、ずっと片想いのままだったら、嫌いになることもできない。永遠に好きなままでいるはめになる。テルコとマモル、葉子とナカハラの4人に、マモルが合コンで出会った“がさつ女”すみれ(江口のりこ)が加わり、回転木馬のようにグルグルと一方通行の恋愛模様は回り続けることになる。『ちびくろサンボ』の虎たちのように、溶けてバターになってしまわないか心配になってしまう。

 映画用に脚色された『愛がなんだ』で、ストーリーの均衡を破るキーパーソンとなるのは口数の少ないナカハラだ。葉子を崇め、呼び出されるだけで充分満足していたナカハラだが、行き先の見えない関係に疲れ、回転木馬から降りることを決意する。ナカハラに自分の姿を投影していたテルコは、“片想い同盟”から離脱するナカハラをなじるが、恋愛とは決して我慢比べ競争ではない。テルコはナカハラを通して、観客はテルコを通して、そのことに気づくことになる。

 好きな相手に嫌われたくないという感情だけでなく、他にも言語化されていない感情が本作には描かれている。相手のことが好きすぎて、相手と一心同体化してしまいたいという願望だ。マモルの彼女になれないのなら、いっそマモルそのものになりたいとテルコは願うようになっていく。回転木馬はいったい、いつまで回り続けるのだろうか。

 原作にはない、テルコなりの決断が映画の最後に描かれる。ハッピーエンドでもなく、バッドエンドでもない、不思議なエンディングとなっている。愛がなんだ。テルコはけっこー楽しそうだ。
(文=長野辰次)

恋愛感情とは異なる、好きな人に嫌われたくないという想い。岸井ゆきの×成田凌『愛がなんだ』の画像4

『愛がなんだ』
原作/角田光代 監督/今泉力哉 脚本/澤井香織、今泉力哉 
出演/岸井ゆきの、成田凌、深川麻衣、若葉竜也、穂志もえか、中島歩、片岡礼子、筒井真理子、江口のりこ
配給/エレファントハウス 4月19日(金)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
c)2019「愛がなんだ」製作委員会
http://aigananda.com

 

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『ハロウィン』のブギーマンはミソジニストか? 伝説の凶悪殺人鬼と被害者一家との40年戦争!!

 ジョン・カーペンター監督の出世作となった『ハロウィン』(78)は製作費30万ドルという低予算映画ながら、映画史に残るマスターピースとして今なお人気が高い。ハロウィンの夜、お面を被った大男が包丁を片手に襲ってくるというシンプルな恐怖譚だが、『ハロウィン』の世界的大ヒットを受けて、『ハロウィンII』(81)や『13日の金曜日』(80)などの続編や類似作が続々と生み出されていった。全米で2018年に公開された新作『ハロウィン』は、オリジナル版の40年後の人間模様を描いた注目作となっている。

 ハロウィンはもともとはケルト文化圏のもので、収穫を祝う非キリスト教徒たちのお祭りだった。そんなお祭りの夜に、精神病院から逃げ出してきた男マイケル・マイヤーズが平凡な住宅街に出没する。テレビで懐かしい恐怖映画を見ながら夜更かししていた子どもたちは、白い不気味なお面を被ったマイケル・マイヤーズを、伝説上の怪物“ブギーマン”として恐れおののく。幼少期に殺人を犯したマイケル・マイヤーズの心の闇と、子どもたちが妄想する悪夢の世界がシンクロしたかのような幻想性のあるホラー映画だった。

 オリジナル第1作で描かれたマイケル・マイヤーズの経歴を簡単に振り返ってみよう。マイケル・マイヤーズは米国イリノイ州ハドンフィールド育ち。マイヤーズ家の息子マイケル(当時6歳)はハロウィンの夜、両親の不在中にボーイフレンドとイチャイチャしていた姉ジュディスを刺殺してしまう。未成年であることから精神病院に送られたマイケルは、彼の反社会的性質に気づいたルーミス医師によって隔離病棟に幽閉されることに。やがて21歳になったマイケルは、病院から脱走。故郷ハドンフィールドに戻った彼は、ハロウィンの夜に再び殺戮を始める。そんなマイケルに執拗に狙われるのが、ベビーシッター中の女子高生ローリー(ジェイミー・リー・カーティス)だった。マイケルとローリーとの長きにわたる戦いの始まりである。

 なぜマイケル・マイヤーズは、地味めの女子高生ローリーを狙い続けるようになったのか。シリーズ第2作『ハロウィンII』では、ローリーはマイケルの生き別れた実の妹であることが説明された。また、ロブ・ゾンビ監督によるリメイク版『ハロウィン』(07)では幼いマイケルが内包していた反社会的性質は、母親の溺愛と酒びたりの継父の無理解という歪んだ家庭環境によって誘発されたという心理学的な解釈が与えられた。幻想性豊かなオリジナル第1作は、多くの人たちのイマジネーションを刺激し、深読みしたくなる面白さがあった。

 新作『ハロウィン』は、シリーズ第2作以降の後づけ的な説明や解釈はいっさいなかったものとしている。実録犯罪映画『コンプライアンス 服従の心理』(12)を製作総指揮したデヴィッド・ゴードン・グリーン監督は、オリジナル第1作を原典としてリスペクトし、新シリーズとして本作を撮り上げた。あたかもオリジナル第1作で起きた凶悪事件は、実在するものであるかのように。40年前にハドンフィールドを震撼させたマイケル・マイヤーズは精神病院で厳重に隔離されていたものの、折からの福祉予算の大幅なカットにより大病院へ統合されることに。案の定、マイケルは移送の際に警備員を殺害して脱走。この知らせを聞いて、笑顔を浮かべるひとりの女性がいた。

 マイケルが脱走したことを喜んだのは、40年前に彼に襲われたローリー(ジェイミー・リー・カーティス)だった。かつての事件がトラウマとなり、ローリーはすっかり変人となっていた。自分の手でマイケルを仕留めるチャンスが訪れたと舌なめずりするローリー。この日がいつか訪れることを予感し、あらゆる武器を備え、森の中の一軒家を要塞のようにリフォームして待っていた。19世紀の哲学者フリードリヒ・ニーチェの有名な言葉に「怪物と闘う者は、その過程でおのれも怪物化せぬよう心せよ」(『善悪の彼岸』より)とあるが、まさに元女子高生ローリーは、怪物と対峙するために自分も怪物となったのだった。

 ローリー役で一躍“スクリーミング・クイーン”として人気を得たジェイミー・リー・カーティス。そんな彼女がリアルに40年の歳月を経た初老のローリー役を熱演しているのが、新作『ハロウィン』、いや新約『ハロウィン』の大きな見どころだ。ローリーは“闘うヒロイン”の先駆者でもある。

 ホラーファンタジーだった旧約『ハロウィン』の世界が、ファンから長く愛され続けたことで、伝説の巨大クジラとエイハブ船長との宿命の戦いを綴ったメルヴィルの長編小説『白鯨』のような文学的深淵さを漂わせるものとなった。ローリーには娘カレン(ジュディ・グリア)がいるが、強迫観念にとらわれた母親に育てられたせいで、つらい日々を過ごしてきた。物心がついた頃から射撃の訓練をさせられ、今では母娘関係は最悪なものに。再び大きな災いが街を襲うことを訴える母親に、カレンは呆れ返ってしまう。そして今回、マイケル・マイヤーズが狙うのは、カレンの娘アリソン(アンディ・マティチャック)。つまりローリーの孫娘が、ハロウィンの夜に追い掛け回される。なんという因果だろう。マイケル・マイヤーズという不死身の怪物と、ローリー家の女三代にわたる40年戦争が新約『ハロウィン』のメインストーリーだ。

 マイケル・マイヤーズは6歳のときに姉ジュディスを殺害し、成人後はローリーを執拗に襲い続ける。『ハロウィン』の大ヒットにより、イチャイチャしているカップルは殺人鬼から真っ先に標的にされるというホラー映画の不文律が確立されることになった。そんなことから、マイケル・マイヤーズは女性嫌い(ミソジニスト)かと思われがちだが、新約『ハロウィン』のマイケル・マイヤーズは、性的格差を設けることなく男女平等に殺戮を重ねていく。ミソジニーだとか、セックス恐怖症だとか、そういったカテゴライズから、ブギーマンことマイケル・マイヤーズはするりと抜け出してしまう。澤村伊知のホラー小説『ぼぎわんが、来る』(KADOKAWA)では室町時代に南蛮文化と共に“ブギーマン”の概念が日本にも伝わり、“ぼぎわん”として土着化したというユニークな説が語られている。神出鬼没で、いつの間にかあなたの後ろに立っている怪物、それがブギーマンだ。

 ベテラン女優ジェイミー・リー・カーティスが40年間にわたって演じてきたローリーは、ブギーマンことマイケル・マイヤーズを自分の手で倒すことでトラウマを克服しようとする。もはや、マイケル・マイヤーズという負の存在と向き合うことが、彼女の人生の大半を占めることになった。マイケル・マイヤーズを葬り去れば、ローリーとその家族には幸せが訪れるのだろうか。

 哲学者ニーチェはこんな言葉も残している。「なんじが平和を求めるならば、それは新しい戦いの準備としてのそれでなければならない。永い平和よりも短い平和を求めよ」(『ツァラトゥストラ、かく語りき』より)。

(文=長野辰次)

『ハロウィン』のブギーマンはミソジニストか? 伝説の凶悪殺人鬼と被害者一家との40年戦争!!の画像4

『ハロウィン』
監督・脚本/デヴィッド・ゴードン・グリーン 
音楽/ジョン・カーペンター、コディ・カーペンター
出演/ジェイミー・リー・カーティス、ジュディ・グリア、アンディ・マティスチャック、ニック・キャッスル
配給/パルコ R15+ 4月12日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
C)2018 UNIVERSAL STUDIOS
https://halloween-movie.jp

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フェイクニュースはこうして既成事実化された!! 大手メディアの脆弱さを暴き出した『記者たち』

 フェイクニュースによって戦争が始まり、その結果50万人以上もの人命が犠牲となった。残念なことに、これはフェイクではなく事実である。ロブ・ライナー監督の最新作『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(原題『SHOCK AND AWE』)は、イラク戦争開戦時の米国内のメディア事情を追った実録サスペンスだ。「イラクは大量破壊兵器を保有している」というブッシュ政権の根拠のない主張に、米国の大手メディアはことごとく同調し、イラク戦争が勃発した経緯を描いている。

 物語は2001年の9.11同時多発テロから始まる。NYのワールドトレードセンターが崩壊し、ペンタゴンも襲撃されたことから、全米中がパニック状態に陥った。ブッシュ政権は、テロを指示したオサマ・ビン・ラディンを討つべく、アフガニスタンへの攻撃を開始。さらにはイラクのフセイン大統領はビン・ラディンと繋がり、大量破壊兵器を隠し持っているとイラク侵攻への準備を進める。米国民は愛国心一色で染まり、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといった大手新聞やニュース番組はこぞってブッシュ政権を後押しした。

 本当にイラクは大量破壊兵器を持っているのか? 全米中がブッシュ政権を支持する中、異議を唱えたのは中堅新聞社のナイト・リッダー社だけだった。ワシントン支局長ジョン・ウォルコット(ロブ・ライナー)のもと、記者のジョナサン(ウディ・ハレルソン)とウォーレン(ジェームズ・マースデン)は真相を知る政府関係者や専門家たちを聞き込み取材。イラクが大量破壊兵器を持っていることを裏づける明確な証拠はないと突き止める。だが、ナイト・リッダー社が提携している地方の新聞社たちは、その記事を掲載することを拒否。ブッシュ政権による虚偽の主張は、あらゆるメディアが報道することで既成事実へと変わっていく。

 なぜ、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといった大手メディアは、権力側の主張に簡単に迎合してしまったのだろうか。米国以外の海外ではフセイン大統領とアルカイダを率いるオサマ・ビン・ラディンが繋がっていることはありえないし、イラクが大量破壊兵器を保有しているという主張に疑問を感じていた。だが、米国民にとっては9.11同時多発テロのショックはあまりにも大きかった。愛国心という言葉で一致団結し、パニック状態から脱しようとした。真実を伝えることが役割であるはずの新聞やニュース番組は、愛国心一色となった民衆に対して無力化してしまう。ブッシュ政権に反論し、読者や視聴者からバッシングされることを恐れたのだ。その結果、権力者と民衆の機嫌におもねった記事しか流さなくなってしまう。現代の“裸の王様”はこうして誕生した。

 ロブ・ライナー監督は、『スタンド・バイ・ミー』(86)や『最高の人生の見つけ方』(07)などユーモラスかつウェルメイドな作風で知られるハリウッドの名匠だが、リンドン・B・ジョンソン大統領を主人公にした『LBJ ケネディの意思を継いだ男』(16)に続いて、社会派ノンフィクションに挑んだ。ケネディ暗殺後、公民権法の制定に尽力したジョンソン大統領と同じように、体を張って真実を伝えようとしたナイト・リッダー社の記者たちを歴史の闇に埋もれさせることがロブ・ライナー監督はできなかった。

 米国には『大統領の陰謀』(76)や『スポットライト 世紀のスクープ』『ニュースの真相』(15)などジャーナリズムの世界を舞台にした実録映画は少なくないが、決してドラマ的に盛り上がりやすい題材ではない。物語前半で特ダネをつかんだ記者たちのテンションはピークを迎えるものの、後半はその特ダネが事実かどうかを地道に裏どりするシーンが延々と続くことになるからだ。それでもロブ・ライナー監督は、記者役のウディ・ハレルソンたちが泥くさく裏どりを続ける姿を追っていく。真実をつかみ、記事化することは、ひどく地味な作業であることを本作は伝えている。

 真実を伝えることはとても骨が折れる。この問題は、今のメディア界を根底から揺るがせている。SNSなどのネット情報は、投稿者が見たことや感じたことをそのまま伝えるため、速報性、共感性、伝播力がとても高い。それに比べ、ナイト・リッダー社の記者たちが行なう「調査報道」は事件や事故の事実関係をさまざまな角度から検証しなくてはいけないため、速報性で大きな遅れが生じる。新聞や週刊誌といった従来のメディアは、大変な岐路に立たされているといっていいだろう。実際のところ、イラク戦争開戦時に唯一正しい報道を続けたナイト・リッダー社は、2006年に大手新聞チェーンに買収され、消滅してしまった。

 アレック・ボールドウィンが演じる予定だったワシントン支局長役だが、ボールドウィンが撮影直前に降板し、子役出身のロブ・ライナー監督自身が“理想のボス”として熱演することになった。フェイクドキュメンタリー『スナイプル・タップ』(84)で監督デビューを果たしたロブ・ライナー監督が、フェイクニュースを暴く役を演じているのも面白い。今年2月に初来日したロブ・ライナー監督は記者会見で、本作の製作意図をこう語った。

ロブ・ライナー「ベトナム戦争のとき、私は徴兵の年齢に達していました。ベトナム戦争もイラク戦争と同じように偽りのニュースから始まった戦争でした。イラク戦争でもまったく同じことが起きているのに、それを止めることができないことに胸が痛みました。どうしてこんなことが起きるのかを検証してみようと考え、この映画を撮ることにしたのです。『LBJ』でジョンソン大統領について調べている中でナイト・リッダー社の記者たちのことを知り、彼らの視点から映画にすることを思いついたのです」

 新聞やテレビのニュース番組は公共性が高く、報道されているニュースはどれも正しいものと思い込みがちだが、新聞は販売部数、テレビは視聴率やスポンサーの意向に大きな影響を受けやすい。マスメディアのそんな脆弱さにも、ロブ・ライナー監督は触れている。

ロブ・ライナー「1960年代にCBSテレビで『60ミニッツ』というニュースショーが始まり、ニュースが商品化していきました。ニュース番組がショー化しても、それで事実が伝わるのなら良いのですが、今のニュースメディアは大企業の傘下にどんどん入っているというのが現状です。ニュースメディアは健全な形で独自性を保っているのか。そのことに気をつけなくてはけません」

 ブッシュ大統領を裏で操り、イラク開戦へと向かわせた黒幕は副大統領のディック・チェイニーだったことは『記者たち』でも言及されているが、この謎の多いチェイニー副大統領の人間像に真正面から斬り込んだのがアダム・マッケイ監督の『バイス』だ。イラク開戦によってチェイニー副大統領(クリスチャン・ベール)が大株主だった石油会社の株が沸騰し、暴利を得た事実を暴いている。また、米国による中東への軍事介入は9.11同時多発テロ以前から既成路線として予定されていたという真相には、憤りを覚えずにはいられない。

 公開時期の近い『記者たち』と『バイス』を併せて観ることで、イラク戦争の内情がよりくっきりと見えてくる。新聞やテレビの報道番組ではなく、劇場公開までにかなりの歳月を要する映画という古いメディアが、イラク戦争のダークサイドを白日のもとに晒してみせたことも実に興味深い。

(文=長野辰次)

フェイクニュースはこうして既成事実化された!! 大手メディアの脆弱さを暴き出した『記者たち』の画像4

『記者たち 衝撃と畏怖の真実』
監督・製作/ロブ・ライナー 
出演/ウディ・ハレルソン、ジェームズ・マースデン、ロブ・ライナー、ジェシカ・ビール、ミラ・ジョヴォヴィッチ、トミー・リー・ジョーンズ
日本語字幕/齊藤敦子 字幕監修/池上彰
配給/ツイン 3月29日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
(c)2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS,ALL RIGHTS RESERVED
http://reporters-movie.jp

フェイクニュースはこうして既成事実化された!! 大手メディアの脆弱さを暴き出した『記者たち』の画像5

『バイス』
監督・脚本/アダム・マッケイ
出演/クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーヴ・カレル、サム・ロックウェル
日本語字幕/石田泰子 字幕監修/渡辺将人
配給/ロングライド 4月5日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
(c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved
https://longride.jp/vice

 

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フェイクニュースはこうして既成事実化された!! 大手メディアの脆弱さを暴き出した『記者たち』

 フェイクニュースによって戦争が始まり、その結果50万人以上もの人命が犠牲となった。残念なことに、これはフェイクではなく事実である。ロブ・ライナー監督の最新作『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(原題『SHOCK AND AWE』)は、イラク戦争開戦時の米国内のメディア事情を追った実録サスペンスだ。「イラクは大量破壊兵器を保有している」というブッシュ政権の根拠のない主張に、米国の大手メディアはことごとく同調し、イラク戦争が勃発した経緯を描いている。

 物語は2001年の9.11同時多発テロから始まる。NYのワールドトレードセンターが崩壊し、ペンタゴンも襲撃されたことから、全米中がパニック状態に陥った。ブッシュ政権は、テロを指示したオサマ・ビン・ラディンを討つべく、アフガニスタンへの攻撃を開始。さらにはイラクのフセイン大統領はビン・ラディンと繋がり、大量破壊兵器を隠し持っているとイラク侵攻への準備を進める。米国民は愛国心一色で染まり、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといった大手新聞やニュース番組はこぞってブッシュ政権を後押しした。

 本当にイラクは大量破壊兵器を持っているのか? 全米中がブッシュ政権を支持する中、異議を唱えたのは中堅新聞社のナイト・リッダー社だけだった。ワシントン支局長ジョン・ウォルコット(ロブ・ライナー)のもと、記者のジョナサン(ウディ・ハレルソン)とウォーレン(ジェームズ・マースデン)は真相を知る政府関係者や専門家たちを聞き込み取材。イラクが大量破壊兵器を持っていることを裏づける明確な証拠はないと突き止める。だが、ナイト・リッダー社が提携している地方の新聞社たちは、その記事を掲載することを拒否。ブッシュ政権による虚偽の主張は、あらゆるメディアが報道することで既成事実へと変わっていく。

 なぜ、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといった大手メディアは、権力側の主張に簡単に迎合してしまったのだろうか。米国以外の海外ではフセイン大統領とアルカイダを率いるオサマ・ビン・ラディンが繋がっていることはありえないし、イラクが大量破壊兵器を保有しているという主張に疑問を感じていた。だが、米国民にとっては9.11同時多発テロのショックはあまりにも大きかった。愛国心という言葉で一致団結し、パニック状態から脱しようとした。真実を伝えることが役割であるはずの新聞やニュース番組は、愛国心一色となった民衆に対して無力化してしまう。ブッシュ政権に反論し、読者や視聴者からバッシングされることを恐れたのだ。その結果、権力者と民衆の機嫌におもねった記事しか流さなくなってしまう。現代の“裸の王様”はこうして誕生した。

 ロブ・ライナー監督は、『スタンド・バイ・ミー』(86)や『最高の人生の見つけ方』(07)などユーモラスかつウェルメイドな作風で知られるハリウッドの名匠だが、リンドン・B・ジョンソン大統領を主人公にした『LBJ ケネディの意思を継いだ男』(16)に続いて、社会派ノンフィクションに挑んだ。ケネディ暗殺後、公民権法の制定に尽力したジョンソン大統領と同じように、体を張って真実を伝えようとしたナイト・リッダー社の記者たちを歴史の闇に埋もれさせることがロブ・ライナー監督はできなかった。

 米国には『大統領の陰謀』(76)や『スポットライト 世紀のスクープ』『ニュースの真相』(15)などジャーナリズムの世界を舞台にした実録映画は少なくないが、決してドラマ的に盛り上がりやすい題材ではない。物語前半で特ダネをつかんだ記者たちのテンションはピークを迎えるものの、後半はその特ダネが事実かどうかを地道に裏どりするシーンが延々と続くことになるからだ。それでもロブ・ライナー監督は、記者役のウディ・ハレルソンたちが泥くさく裏どりを続ける姿を追っていく。真実をつかみ、記事化することは、ひどく地味な作業であることを本作は伝えている。

 真実を伝えることはとても骨が折れる。この問題は、今のメディア界を根底から揺るがせている。SNSなどのネット情報は、投稿者が見たことや感じたことをそのまま伝えるため、速報性、共感性、伝播力がとても高い。それに比べ、ナイト・リッダー社の記者たちが行なう「調査報道」は事件や事故の事実関係をさまざまな角度から検証しなくてはいけないため、速報性で大きな遅れが生じる。新聞や週刊誌といった従来のメディアは、大変な岐路に立たされているといっていいだろう。実際のところ、イラク戦争開戦時に唯一正しい報道を続けたナイト・リッダー社は、2006年に大手新聞チェーンに買収され、消滅してしまった。

 アレック・ボールドウィンが演じる予定だったワシントン支局長役だが、ボールドウィンが撮影直前に降板し、子役出身のロブ・ライナー監督自身が“理想のボス”として熱演することになった。フェイクドキュメンタリー『スナイプル・タップ』(84)で監督デビューを果たしたロブ・ライナー監督が、フェイクニュースを暴く役を演じているのも面白い。今年2月に初来日したロブ・ライナー監督は記者会見で、本作の製作意図をこう語った。

ロブ・ライナー「ベトナム戦争のとき、私は徴兵の年齢に達していました。ベトナム戦争もイラク戦争と同じように偽りのニュースから始まった戦争でした。イラク戦争でもまったく同じことが起きているのに、それを止めることができないことに胸が痛みました。どうしてこんなことが起きるのかを検証してみようと考え、この映画を撮ることにしたのです。『LBJ』でジョンソン大統領について調べている中でナイト・リッダー社の記者たちのことを知り、彼らの視点から映画にすることを思いついたのです」

 新聞やテレビのニュース番組は公共性が高く、報道されているニュースはどれも正しいものと思い込みがちだが、新聞は販売部数、テレビは視聴率やスポンサーの意向に大きな影響を受けやすい。マスメディアのそんな脆弱さにも、ロブ・ライナー監督は触れている。

ロブ・ライナー「1960年代にCBSテレビで『60ミニッツ』というニュースショーが始まり、ニュースが商品化していきました。ニュース番組がショー化しても、それで事実が伝わるのなら良いのですが、今のニュースメディアは大企業の傘下にどんどん入っているというのが現状です。ニュースメディアは健全な形で独自性を保っているのか。そのことに気をつけなくてはけません」

 ブッシュ大統領を裏で操り、イラク開戦へと向かわせた黒幕は副大統領のディック・チェイニーだったことは『記者たち』でも言及されているが、この謎の多いチェイニー副大統領の人間像に真正面から斬り込んだのがアダム・マッケイ監督の『バイス』だ。イラク開戦によってチェイニー副大統領(クリスチャン・ベール)が大株主だった石油会社の株が沸騰し、暴利を得た事実を暴いている。また、米国による中東への軍事介入は9.11同時多発テロ以前から既成路線として予定されていたという真相には、憤りを覚えずにはいられない。

 公開時期の近い『記者たち』と『バイス』を併せて観ることで、イラク戦争の内情がよりくっきりと見えてくる。新聞やテレビの報道番組ではなく、劇場公開までにかなりの歳月を要する映画という古いメディアが、イラク戦争のダークサイドを白日のもとに晒してみせたことも実に興味深い。

(文=長野辰次)

フェイクニュースはこうして既成事実化された!! 大手メディアの脆弱さを暴き出した『記者たち』の画像4

『記者たち 衝撃と畏怖の真実』
監督・製作/ロブ・ライナー 
出演/ウディ・ハレルソン、ジェームズ・マースデン、ロブ・ライナー、ジェシカ・ビール、ミラ・ジョヴォヴィッチ、トミー・リー・ジョーンズ
日本語字幕/齊藤敦子 字幕監修/池上彰
配給/ツイン 3月29日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
(c)2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS,ALL RIGHTS RESERVED
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フェイクニュースはこうして既成事実化された!! 大手メディアの脆弱さを暴き出した『記者たち』の画像5

『バイス』
監督・脚本/アダム・マッケイ
出演/クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーヴ・カレル、サム・ロックウェル
日本語字幕/石田泰子 字幕監修/渡辺将人
配給/ロングライド 4月5日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
(c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved
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