ベッドの下で初恋の女性を見守る純愛系変態男!! 高良健吾主演のR18作『アンダー・ユア・ベッド』

 初恋の相手にもう一度逢ってみたい、そう思う人は多いのではないだろうか。学生時代に好意を抱いていた異性の名前を、SNS上で検索してみた人も少なくないだろう。高良健吾が主演した映画『アンダー・ユア・ベッド』の主人公も、そんなありがちな人間のひとりに過ぎない。30年間生きてきた中で、いちばん幸せだった時間を与えてくれた憧れの女性に再会し、もう一度名前を呼んでほしいと願う。ただその想いが、ほんの少し強過ぎるだけだ。

 大石圭の小説『アンダー・ユア・ベッド』(角川ホラー文庫)を原作にした本作は、現代の『グレート・ギャツビー』のような物語だ。米国文学を代表する作家F・スコット・フィツジェラルドが1925年に生み出したジェイ・ギャツビーは、ロングアイランドにある豪華な屋敷に暮らし、派手なパーティーを毎晩のように開く。すべては人妻デイジーの気を惹くためだった。本作の主人公・三井直人(高良健吾)も学生時代の憧れの女性・千尋(西川可奈子)に近づきたいあまりに彼女が暮らす街へと引越し、熱帯魚店を開く。直人が千尋の次に愛してやまないグッピーを、千尋に飼育してほしい一心だった。

 直人が千尋に執着するのには理由があった。直人は子どもの頃からまるで目立たず、中学の卒業アルバム用の記念写真に直人が入りそびれたことをクラスメイトは誰も気づかなかったほどだ。大学でも友達はできず、直人の名前を呼ぶ者は一人もいなかった。そんな中、クラスで一番の人気者・千尋だけは直人に優しく、一度だけだが2人きりでコーヒーショップで時間を過ごしたことがある。直人の唯一の趣味がグッピーの飼育だと知ると、千尋は「私も飼ってみたいな」とつぶやいた。以来、直人は千尋が「三井くん」と名前を呼んでくれたことと、一緒に飲んだマンデリンの味が忘れられなくなっていた。

 すでに人妻となっていた千尋の住む街で、偶然を装い熱帯魚店を開く直人。園子温監督の傑作バイオレンス映画『冷たい熱帯魚』(11)の熱帯魚店オーナーと同じように、直人も底知れぬ暗い情熱が心の奥底に流れている。直人の思惑どおりに千尋は店を訪ね、直人は「開店サービスです」と称して千尋にグッピーと飼育セットを贈ることに成功する。と、ここまでは『グレート・ギャツビー』の世界だ。だが、現代日本のギャツビーは、よりアグレッシブで変態的である。千尋の家に水槽を運び込む際に鍵を持ち出してコピーし、さらには盗聴器を仕掛ける。千尋が直人のことをすっかり忘れていたのはショックだったが、これでいつでも千尋に会えるし、24時間身近に感じることができる。だが、盗聴器から流れてきたのは、千尋が泣き叫ぶ地獄のような生活だった。

 仕事のできる、一見すると爽やかそうな千尋の夫・健太郎(安部賢一)は実はとんでもないDV野郎だった。会社から帰った健太郎は、千尋を性奴隷として連日虐待していた。盗聴器と望遠レンズでそのことを知るや、直人はじっとはしていられなくなる。千尋宅に侵入し、ベッドの下に身を潜める直人。すぐそばに千尋はいるが、直人はただベッドが激しく軋むのを間近で感じているだけだった。これではギャツビーではなく、江戸川乱歩の『影男』か『人間椅子』の世界である。

 端正な顔立ちの高良健吾は、『横道世之介』(14)のような純情な青年役もいいが、『蛇にピアス』(08)のアマ、『白夜行』(11)の亮司のような性格の歪んだ役がよく似合う。純粋すぎるがゆえの狂気をはらんでいる。本作を撮った安里麻里監督は、そのことを充分に承知してキャスティングしている。

 憧れの女性・千尋の性生活を盗聴・覗き見するド変態の直人だが、千尋に幸せになってほしいと願う気持ちには偽りはない。一方の千尋も家の中に誰かがいて、いつも見つめられていることを察知する。夫のハラスメントの数々に苦しみながらも、幼い娘を抱える千尋は容易には逃げ出すことができない。千尋は姿の見えない影の存在に祈る。「お願い、助けて」と。そのとき直人はただの変態男から、千尋だけの特別な神さまへと変貌を遂げる。

 好きな人に振り向いてほしい、自分の名前を呼んでほしい。直人だけでなく、誰もが欲する願いだろう。ハリウッド映画『華麗なるギャツビー』(74)では若き日のロバート・レッドフォードが、リメイク版(13)ではレオナルド・ディカプリオが孤独な紳士ギャツビー役をゴージャスに演じてみせた。ハリウッド大作に比べると製作予算は雲泥の差があるが、高良健吾演じる『アンダー・ユア・ベッド』の主人公がヒロインを想う気持ちは、いささかの遜色もない。

(文=長野辰次)

『アンダー・ユア・ベッド』

原作/大石圭 監督・脚本/安里麻里

出演/高良健吾、西川可奈子、安部賢一、三河悠冴、三宅亮輔

配給/KADOKAWA R18+ 7月19日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー

(c)2019映画「アンダー・ユア・ベッド」製作委員会

http://underyourbed.jp

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マリファナ解禁しました!! 世界で初めて大麻を合法化したウルグアイ産映画『ハッパGoGo』

 人気アイドルグループ「KAN-TUN」の元メンバー・田口淳之介、元女優の小嶺麗奈が逮捕されたことで、注目度が急上昇した大麻(マリファナ)。タバコや酒より中毒性は低いんだから大騒ぎしなくてもいいんじゃないかという声がある一方、ドラッグの売り上げは裏社会に流れるから絶対にダメという否定派も少なくない。『テッド』(12)など米国のコメディ映画ではおなじみのマリファナだが、医療用大麻も禁じられている今の日本ではなかなかその実像は見えてこない。日本人が感じるモヤモヤ感をすっきり晴らしてくれるのが、南米ウルグアイ産の映画『ハッパGoGo 大統領極秘指令』(原題『Get the Weed』)だ。

 本作のキーパーソンとして登場するのは、ウルグアイの前大統領ホセ・ムヒカ、愛称ペペ。報酬のほとんどを貧しい人たちに寄付し、町はずれの農家に奥さんと2人きりで暮らし続けていることから“世界でいちばん貧しい大統領”と呼ばれ、一躍有名となった。また、2013年にはウルグアイを世界初の大麻合法国にしたことでも知られている。そんな個性派大統領がノリノリで出演している『ハッパGoGo』は、リアルとフィクションがブレンドされたユニークなドラマとなっている。

 ムヒカ大統領が大麻合法化に踏み切った理由はとても明快だ。かつては“南米のスイス”と呼ばれるほど民度が高かったウルグアイ。だが近年は犯罪が急増し、ドラッグ常用者も増えている。そこでムヒカ大統領は、大麻を合法化してしまえば、密輸業者に打撃を与え、裏社会へと流れる闇マネーを止めることができると考えた。また、大麻を国が統制すれば、大麻に過度に依存してしまう人を減らすこともできるはずだと。実際にウルグアイでは、2017年から国が指定した薬局で大麻が市販され、一般市民が購入できるようになっている。

 そんなリアルな状況を背景にして、物語は進行する。大麻合法化のニュースに飛びついたのは、薬局を営む若者アルフレド(デニー・ブレックナー)。経営難に陥っている店を立て直すチャンスとばかりに、試験販売と称して自家製「大麻入りブラウニー」を売り出したところ、大行列ができる賑わいに。大麻景気に喜ぶアルフレドだったが、ブラウニーに混ぜていた大麻が闇業者から購入したものだったことがバレ、あえなく逮捕されてしまう。

 ここでムヒカ大統領が登場。大麻を合法化はしたものの、ウルグアイで大麻を栽培し、市販化するまでにはしばらく時間が掛かる。そこで、獄中にいたアルフレッドに司法取引が持ち掛けられる。ムヒカ大統領は、オバマ大統領と米国ホワイトハウスで2014年5月に会談することが決まっていた。その前に米国へ行き、大麻供給ルートを秘密裏に確保してこいと命じられる。頼れる仲間のいないアルフレドは、母親のタルマ(タルマ・フリードレル)に大麻のイロハを教え、2人で米国へと向かう。行き当たりばったりな、実の親子のおかしな大麻探しの旅が始まる。

 本作の面白さは、アルフレドとタルマの実の親子と途中から助っ人として参戦するウルグアイの元麻薬捜査官タト(タト・オルモ)のメインキャスト3人はフィクショナリーな存在だが、物語そのものはドキュメンタリータッチで進んでいくというところ。米国入りしたアルフレド親子は、まずは大麻に関する情報を収集しようと大麻合法州であるコロラド州の州都デンバーへ。デンバー市民が一斉にマリファナ煙草を吸う「420ラリー」、マリファナの国際的品評会「カンナビス・カップ」などのイベントに参加。シンポジウムでアルフレドが「世界初の大麻合法国ウルグアイから来ました」とスピーチすると会場中から拍手を浴びるなど、リアルとフィクションとがシームレスな状態となっている。

 コロラド州で大麻は手に入るものの、州外へは持ち出せないことを知ったアルフレドたちは、ニューヨークへ。街で観光客たちに愛想を振りまいているディズニーやミニオンズの着ぐるみキャラクターたち(中身は中南米からの移民)に「どこに行けば、ハッパは手に入る?」と聞き込みを続ける。地道な努力のかいあって、一行はついに世界で最もホットなジャマイカルートとつながる売人との接触に成功。ドラマは一気にクライマックスを迎える。

 ジャマイカルートとコンタクトできたことで、浮かれるアルフレドたち。宿泊先のビルの屋上で、さっそく入手したマリファナを楽しむ。他愛もない言葉で、ゲラゲラと大笑いするアルフレドとタト。大麻吸引シーンをリアルに撮影しているほかにも、いろんな大麻トリビアが本作には盛り込まれている。ウルグアイは大麻を1グラム=1ドルで販売されることを知って、米国人は驚く。NYでの相場は20ドルだからだ。ちなみに日本での末端価格は、1グラム=3,000〜5000円(武蔵野大学出版『大麻大全 由来からその功罪まで』より)。ウルグアイと比べて、値段が異様に高いことが分かる。それだけ裏社会が潤っているということになる。

 本作は決してマリファナ解禁のためのプロパガンダ映画というわけではない。大麻入りブラウニーを知らずに朝ご飯代わりに食べてしまったアルフレドの母タルマが「気分が悪い」と訴え、ウルグアイ駐米大使館でぐったりしてしまうシーンも撮影されている。緑内障の治療薬であり、抗うつ剤としても知られている大麻だが、人によって、またその日の体調によって効果が違ってくるので、誰でもいつでも「超ハッピー♪」というわけではなさそう。過剰摂取には気をつけたい。

 学生時代にマリファナをやっていたことで有名なオバマ大統領との会談を終えたムヒカ大統領と、アルフレドたちはいよいよ合流。どんな結末が待っているかは、劇場で楽しんでほしい。ムヒカ大統領の退任後、ウルグアイは大麻の栽培に成功し、国内販売にこぎ着けたわけだが、大麻関係者と関わることを嫌う銀行からは大麻を扱う薬局は取り引きを断られるなど、想定外の問題も派生している。

 その一方、米国のカリフォルニア州やカナダでも2018年からは大麻が完全合法化に、さらにニューヨークやスペインでは未成年や営利目的以外での少量の大麻利用は犯罪として扱わないなど、大麻を容認する方向へと海外では進みつつある。いちいち大麻を取り締まるのに、膨大な税金を費やすのは無駄だと考えるようになったわけだ。世界でいちばん貧しい大統領が始めたこの実験的政策は、やがて日本でも受け入れられることになるだろうか。

(文=長野辰次)

 

『ハッパGoGo 大統領極秘指令』

監督/デニー・ブレックナー、アルフォンソ・ゲレロ、マルコス・ヘッチ

出演/デニー・ブレックナー、タルマ・フリードレル、グスタボ・オルモス、イグナシオ・ロケ、ペペ・ムヒカ

配給/Action Inc.+Smoke

7月13日(土)より新宿K’s cinemaにてロードショー ※13日と14日(日)は監督が来日してのK’s cinemaでのトークショーあり。

(C)Loro films

https://www.8855movie.com

 

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マリファナ解禁しました!! 世界で初めて大麻を合法化したウルグアイ産映画『ハッパGoGo』

 人気アイドルグループ「KAN-TUN」の元メンバー・田口淳之介、元女優の小嶺麗奈が逮捕されたことで、注目度が急上昇した大麻(マリファナ)。タバコや酒より中毒性は低いんだから大騒ぎしなくてもいいんじゃないかという声がある一方、ドラッグの売り上げは裏社会に流れるから絶対にダメという否定派も少なくない。『テッド』(12)など米国のコメディ映画ではおなじみのマリファナだが、医療用大麻も禁じられている今の日本ではなかなかその実像は見えてこない。日本人が感じるモヤモヤ感をすっきり晴らしてくれるのが、南米ウルグアイ産の映画『ハッパGoGo 大統領極秘指令』(原題『Get the Weed』)だ。

 本作のキーパーソンとして登場するのは、ウルグアイの前大統領ホセ・ムヒカ、愛称ペペ。報酬のほとんどを貧しい人たちに寄付し、町はずれの農家に奥さんと2人きりで暮らし続けていることから“世界でいちばん貧しい大統領”と呼ばれ、一躍有名となった。また、2013年にはウルグアイを世界初の大麻合法国にしたことでも知られている。そんな個性派大統領がノリノリで出演している『ハッパGoGo』は、リアルとフィクションがブレンドされたユニークなドラマとなっている。

 ムヒカ大統領が大麻合法化に踏み切った理由はとても明快だ。かつては“南米のスイス”と呼ばれるほど民度が高かったウルグアイ。だが近年は犯罪が急増し、ドラッグ常用者も増えている。そこでムヒカ大統領は、大麻を合法化してしまえば、密輸業者に打撃を与え、裏社会へと流れる闇マネーを止めることができると考えた。また、大麻を国が統制すれば、大麻に過度に依存してしまう人を減らすこともできるはずだと。実際にウルグアイでは、2017年から国が指定した薬局で大麻が市販され、一般市民が購入できるようになっている。

 そんなリアルな状況を背景にして、物語は進行する。大麻合法化のニュースに飛びついたのは、薬局を営む若者アルフレド(デニー・ブレックナー)。経営難に陥っている店を立て直すチャンスとばかりに、試験販売と称して自家製「大麻入りブラウニー」を売り出したところ、大行列ができる賑わいに。大麻景気に喜ぶアルフレドだったが、ブラウニーに混ぜていた大麻が闇業者から購入したものだったことがバレ、あえなく逮捕されてしまう。

 ここでムヒカ大統領が登場。大麻を合法化はしたものの、ウルグアイで大麻を栽培し、市販化するまでにはしばらく時間が掛かる。そこで、獄中にいたアルフレッドに司法取引が持ち掛けられる。ムヒカ大統領は、オバマ大統領と米国ホワイトハウスで2014年5月に会談することが決まっていた。その前に米国へ行き、大麻供給ルートを秘密裏に確保してこいと命じられる。頼れる仲間のいないアルフレドは、母親のタルマ(タルマ・フリードレル)に大麻のイロハを教え、2人で米国へと向かう。行き当たりばったりな、実の親子のおかしな大麻探しの旅が始まる。

 本作の面白さは、アルフレドとタルマの実の親子と途中から助っ人として参戦するウルグアイの元麻薬捜査官タト(タト・オルモ)のメインキャスト3人はフィクショナリーな存在だが、物語そのものはドキュメンタリータッチで進んでいくというところ。米国入りしたアルフレド親子は、まずは大麻に関する情報を収集しようと大麻合法州であるコロラド州の州都デンバーへ。デンバー市民が一斉にマリファナ煙草を吸う「420ラリー」、マリファナの国際的品評会「カンナビス・カップ」などのイベントに参加。シンポジウムでアルフレドが「世界初の大麻合法国ウルグアイから来ました」とスピーチすると会場中から拍手を浴びるなど、リアルとフィクションとがシームレスな状態となっている。

 コロラド州で大麻は手に入るものの、州外へは持ち出せないことを知ったアルフレドたちは、ニューヨークへ。街で観光客たちに愛想を振りまいているディズニーやミニオンズの着ぐるみキャラクターたち(中身は中南米からの移民)に「どこに行けば、ハッパは手に入る?」と聞き込みを続ける。地道な努力のかいあって、一行はついに世界で最もホットなジャマイカルートとつながる売人との接触に成功。ドラマは一気にクライマックスを迎える。

 ジャマイカルートとコンタクトできたことで、浮かれるアルフレドたち。宿泊先のビルの屋上で、さっそく入手したマリファナを楽しむ。他愛もない言葉で、ゲラゲラと大笑いするアルフレドとタト。大麻吸引シーンをリアルに撮影しているほかにも、いろんな大麻トリビアが本作には盛り込まれている。ウルグアイは大麻を1グラム=1ドルで販売されることを知って、米国人は驚く。NYでの相場は20ドルだからだ。ちなみに日本での末端価格は、1グラム=3,000〜5000円(武蔵野大学出版『大麻大全 由来からその功罪まで』より)。ウルグアイと比べて、値段が異様に高いことが分かる。それだけ裏社会が潤っているということになる。

 本作は決してマリファナ解禁のためのプロパガンダ映画というわけではない。大麻入りブラウニーを知らずに朝ご飯代わりに食べてしまったアルフレドの母タルマが「気分が悪い」と訴え、ウルグアイ駐米大使館でぐったりしてしまうシーンも撮影されている。緑内障の治療薬であり、抗うつ剤としても知られている大麻だが、人によって、またその日の体調によって効果が違ってくるので、誰でもいつでも「超ハッピー♪」というわけではなさそう。過剰摂取には気をつけたい。

 学生時代にマリファナをやっていたことで有名なオバマ大統領との会談を終えたムヒカ大統領と、アルフレドたちはいよいよ合流。どんな結末が待っているかは、劇場で楽しんでほしい。ムヒカ大統領の退任後、ウルグアイは大麻の栽培に成功し、国内販売にこぎ着けたわけだが、大麻関係者と関わることを嫌う銀行からは大麻を扱う薬局は取り引きを断られるなど、想定外の問題も派生している。

 その一方、米国のカリフォルニア州やカナダでも2018年からは大麻が完全合法化に、さらにニューヨークやスペインでは未成年や営利目的以外での少量の大麻利用は犯罪として扱わないなど、大麻を容認する方向へと海外では進みつつある。いちいち大麻を取り締まるのに、膨大な税金を費やすのは無駄だと考えるようになったわけだ。世界でいちばん貧しい大統領が始めたこの実験的政策は、やがて日本でも受け入れられることになるだろうか。

(文=長野辰次)

 

『ハッパGoGo 大統領極秘指令』

監督/デニー・ブレックナー、アルフォンソ・ゲレロ、マルコス・ヘッチ

出演/デニー・ブレックナー、タルマ・フリードレル、グスタボ・オルモス、イグナシオ・ロケ、ペペ・ムヒカ

配給/Action Inc.+Smoke

7月13日(土)より新宿K’s cinemaにてロードショー ※13日と14日(日)は監督が来日してのK’s cinemaでのトークショーあり。

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女性には知られたくなかった男だけの絶頂天国!! 新感覚のBL映画『最短距離は回りくどくて、』

 ピンク映画でおなじみ、OP PICTURES(オーピーピクチャーズ)が手掛ける初めてのボーイズラブ映画『最短距離は回りくどくて、』が、一般館である池袋シネマ・ロサにて2週間限定で公開される。これまでもゲイ映画を毎年2本ペースで製作してきたオーピーピクチャーズだが、今回は女子向けに企画された新趣向のものであり、映画界に新しい波を起こしうる可能性を秘めた作品となっている。

 主演俳優は女性向けアダルト作品で人気を集めている向理来(むかい・りく)。ソフトな顔立ちの向が、ミュージカルや舞台で活躍する塩口量平ら2.5次元系のイケメン男優たちと濃厚なラブシーンを演じている。男同士の絡みには興味がないという人もいると思うが、ちょっと待ってほしい。本作を撮ったのは山内大輔監督。川瀬陽太主演の映画『犯(や)る男』(15)や『よみがえりの島』(16)などで、振り切った演出を見せたピンク映画界の鬼才監督なのだ。腐女子だけが楽しむには、もったいないクオリティーに仕上がっている。

 山内監督が脚本も書いた『最短距離—』のストーリーはこんな感じ。序盤はまず学園ドラマとして始まる。高校生の悠斗(向)には友達がおらず、昼休みはいつも校舎の屋上で過ごしていた。ある日、新任の教師・青山(塩口量平)が屋上に現われ、「先生と交換日記しないか」と持ち掛ける。男同士、しかも教師と交換日記をするという意外性に、思わずOKする悠斗だった。

 交換日記の効果もあって、孤独感から解放される悠斗。だが、平穏な日々はそう長くは続かなかった。悠斗が熱を出して寝込んだことから、青山が日記を持って見舞いに訪れる。ベッドで横になっている悠斗に優しくリンゴを食べさせる青山だったが、無防備に寝ている悠斗の唇に、つい自分の唇を重ねてしまう。気づいた悠斗は驚きのあまり、青山を部屋から追い出し、学校にセクハラ教師として訴えることに。その結果、青山は学校を去り、悠斗は誰にも心を開くことはなくなった。

 物語は中盤から一気にハード化する。高校卒業後、悠斗はホストとして、夜の世界で働いていた。ところが、金銭トラブルから借金地獄へと陥り、悠斗は男娼として体を売ることを余儀なくされる。男を相手にうぶなリアクションを見せる悠斗に、男性客はみんな大喜び。「テクニックだけではない、何か特別なものを持っている」と噂になり、売れっ子男娼となっていく。裏社会で隠れた才能を発揮する悠斗。一方、教師をクビになった青山はホームレスとなっていた。まったく異なる世界で生きる悠斗と青山は、運命に導かれるように意外な形で再会を果たすことになる。

 ハードボイルドものを得意とする山内監督だけに、本作も裏社会を舞台にしたノワール調の作品となっている。表社会では生きていけない男たちの孤独感や愛憎が交差し、物語をスリリングに盛り上げていく。女性層を意識して撮影されていることもあり、男同士のベッドシーンも美しく撮られているのが本作の特徴だろう。どこを責められると気持ちいいのか、男同士はお互いによく分かっており、攻守を交代しながら、どこまでも深くグイグイと責め込んでいく。アブノーマルな世界だが、同時に同性愛の奥深さも感じさせる。

 本作の面白さはそれだけではない。上映時間70分の中、ラストの15分は〈noir〉と〈blanc〉の2種類が用意されており、上映回によってエンディングが異なるという仕掛けになっている。BLファンに2度楽しんでもらおうという狙いだ。上映回によって違うバージョンを上映するという手法は、2.5次元系の舞台ではすでに浸透しているもの。どのバージョンも観たいというファンの心理をくすぐるこの手法、配信ドラマや一般映画でも将来的には流行するのでないだろうか。新しいアイデアを積極的に取り入れるところも、ピンク映画界でサバイバルを続けるオーピーピクチャーズならではのアグレッシブさを感じさせる。

 試写会場に来ていた山内監督に話を聞く機会があったので、コメントを紹介したい。

山内大輔「普段、ピンク映画というジャンルの中で撮っていると、どうしてもルーティンに陥りがちなので、新しいジャンルに挑戦できて面白かったですよ。僕はBLものはおろか、ゲイ映画も撮ったことはなかったので、BLに詳しいAV女優のかさいあみさんに監修として入ってもらいました。BLの世界はいろんな分野に細分化されており、また男女のように受け手と攻め手が固定化されておらず、入れ替わることもあるなど、いろいろ教わりました。ラストが2つあるのも、かさいさんからの発案で、『面白い、やろう』ということになり、当初用意していた〈noir〉に急遽〈blanc〉を加えたんです。キャストに対しては、腰の引けたものにはしたくないという気持ちで演出しました。向くんは経験豊富でしたが、他は男を相手にするのは初絡みという男優ばかりだったので『本当に男が好きだという想いでやってくれ』とハッパを掛けながらの撮影でした。いつもは女優ばかりの現場ですが、男ばかりの現場というのも体育会系っぽくて楽しかったですよ(笑)」

 腐女子のメッカと呼ばれる池袋での2週間限定上映。いつか、新しい時代の発火点となった作品として、記憶されることになるかもしれない。いつだって、新しい時代を生み出していくのは、マイノリティー側なのだから。

(文=長野辰次)

『最短距離は回りくどくて、』

監督・脚本/山内大輔 監修/かさいあみ

出演/向理来、塩口量平、服部武雄、初瀬川博人、おみのじんや、結城駿、竹本泰志、山本宗介、可児正光、森羅万象、長谷川千紗、里見瑤子

配給/OP PICTURES R15+ 7月5日(金)より池袋シネマ・ロサにて2週間限定上映

(c)OP PICTURES

 

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安倍政権の長期化は「内閣情報調査室」のおかげ!? 官僚制の闇に迫る危険なサスペンス『新聞記者』

 菅義偉官房長官との定例会見での攻防で、すっかり有名になった東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者。望月記者の著書を原案にしたのが、社会派サスペンス映画『新聞記者』だ。韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』(11)や『怪しい彼女』(14)で名演を見せたシム・ウンギョンと『娼年』『孤狼の血』(18)での熱演が印象に残る松坂桃李が共演した異色作となっている。

 原案となっている『新聞記者』(角川新書)には、森友学園・加計学園問題を精力的に追う望月記者の生い立ちから、レイプ事件を起こしたTBSの元男性記者は官邸と懇意にしていたことから逮捕を免れた……などのマスコミの裏側について書かれている。また、加計学園問題で官邸側に不都合な発言をした文部科学省の前事務次官が出会い系バーに通っていたことを読売新聞がスクープしたのは、官邸側からの報復リークだった可能性が高いことにも触れている。

 テレビ局が入った製作委員会方式では決して作られることのない本作を企画したのは、配給会社「スターサンズ」を設立した河村光庸プロデューサー。北朝鮮と日本とに引き裂かれた実在の家族を描いた安藤サクラ主演作『かぞくのくに』(11)や寺山修司原作のボクシング映画『あゝ、荒野』(17)などクセの強い作品を次々と放っている。本作でも安倍政権に“忖度”することなく取材活動を続ける望月記者をモデルに、映画的フィクションも加えた上で「世界の報道の自由度ランキング」で下位に低迷するようになった現在の日本の問題点に斬り込んでいく。

 東都新聞に勤める社会部記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、父は日本人、母は韓国人で、NYで生まれ育った帰国子女。そのため、日本語はどこかたどたどしく、場の空気を読むという日本社会の特性にもなじめずにいた。ある夜、東都新聞に差出人不明の怪文書が届く。両目が黒く塗りつぶされた羊のイラストの付いた怪文書は、新設大学の認可に疑問を投げ掛けたものだった。フェイクニュースか、それとも関係者からの内部告発なのか。デスクの陣野(北村有起哉)から命じられ、吉岡は盲目の羊の正体を追うことになる。

 注目すべきは、松坂桃李が演じるもうひとりの主人公・杉原だ。外務省でキャリアを積んできたエリート官僚の杉原だが、内閣府へと出向となり、「内閣情報調査室」で働くようになる。“内調”と呼ばれるこの諜報機関は、非常に謎が多い。安倍総理は菅官房長官よりも内調のトップである内閣情報官と綿密に接していることでも知られている。

 劇中の杉原は、現政権を守るための情報操作やマスコミ工作をもっぱら手掛けている。現政権にとって不都合な言動をする人物は内調によってマークされ、尾行のプロである公安がその人物の周辺を洗い、弱点を探り出す。杉原の上司である内閣参事官の多田(田中哲司)はマークした人物は民間人でも「犯罪者予備軍」と呼び、公安がつかんだスキャンダルをマスコミやSNSへとバラまき、社会的に抹殺するよう杉原に指示するのだった。

 公僕として国民のために汗を流すことを生き甲斐にしてきた杉原は、内調での仕事が苦痛だった。とはいえ、妻の奈津実(本田翼)はもうすぐ出産を控えており、今の生活を放り出すこともできない。そんなとき、外務省時代の尊敬していた上司で、数年前から内閣府の別の部署にいた神崎(高橋和也)が高層ビルから投身自殺を遂げたという悲報が届く。怪文書のキーパーソンとして神崎に注目していた吉岡と神崎の通夜に参列した杉原は、悲しい出会いを果たすことになる。

 日本映画ではとても珍しい現在進行形の問題を扱った社会派ドラマであり、謎多き諜報機関「内閣情報調査室」に果敢にスポットライトを当てたことを評価したい。自殺した神崎が勤めていた内閣府は、各省庁からの出向者がほとんどで、プロパーは少ないという。組織としての自律性が低く、官邸側の意向に逆らうことができない。内閣府に勤める公務員たちは元の省庁に戻りたいがゆえに、上からの指示に粛々と従い、与えられた仕事を黙々と片付ける。それが汚れ仕事だと気づいても、気づかないふりをする。まさに盲目の羊たちだ。この国にはびこる悪しき組織構造を、本作は浮かび上がらせる。

 本作が描いているように内調が世論を操作しているのなら、安倍政権が多くの問題を抱えながらも、のらりくらりと長期政権を維持できているのは内調のおかげだということになる。安倍政権が長期化する一方、「世界の報道の自由度ランキング」はG7(先進7カ国)中最下位が日本の定位置となってしまった。報道の自由度が低いほうが、政権を安定させるには都合がいいらしい。官僚たちだけでなく、官僚や官邸の不正をチェックするはずのマスコミや選挙権を持つ国民も、同調圧力によって盲目の羊化が進みつつあるようだ。クライマックスで明かされる羊をめぐる謎かけの答えには、ゾッとさせられる。

 弾けるような笑顔を『サニー 永遠の仲間たち』や『怪しい彼女』で見せたシム・ウンギョンだが、本作ではずっと苦虫を噛み潰したような固い表情のままだ。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)ではゾンビ化する女性感染者として1シーンだけ出演したが、本作もつらそうに映る。同調圧力に弱い日本社会の縮図の中、役に成り切って見せる彼女にとって感情を爆発させることのない記者の役は、ゾンビ役と同じくらいしんどい体験だったに違いない。

(文=長野辰次)

『新聞記者』

原案/望月衣塑子、河村光庸 脚本/詩森ろば、高石明彦、藤井道人 監督/藤井道人 音楽/岩代太郎

出演/シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、郭智博、長田成哉、宮野陽名、高橋努、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司

配給/スターサンズ、イオンエンターテイメント 6月28日(金)より新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国ロードショー

(c)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

https://shimbunkisha.jp

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
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安倍政権の長期化は「内閣情報調査室」のおかげ!? 官僚制の闇に迫る危険なサスペンス『新聞記者』

 菅義偉官房長官との定例会見での攻防で、すっかり有名になった東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者。望月記者の著書を原案にしたのが、社会派サスペンス映画『新聞記者』だ。韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』(11)や『怪しい彼女』(14)で名演を見せたシム・ウンギョンと『娼年』『孤狼の血』(18)での熱演が印象に残る松坂桃李が共演した異色作となっている。

 原案となっている『新聞記者』(角川新書)には、森友学園・加計学園問題を精力的に追う望月記者の生い立ちから、レイプ事件を起こしたTBSの元男性記者は官邸と懇意にしていたことから逮捕を免れた……などのマスコミの裏側について書かれている。また、加計学園問題で官邸側に不都合な発言をした文部科学省の前事務次官が出会い系バーに通っていたことを読売新聞がスクープしたのは、官邸側からの報復リークだった可能性が高いことにも触れている。

 テレビ局が入った製作委員会方式では決して作られることのない本作を企画したのは、配給会社「スターサンズ」を設立した河村光庸プロデューサー。北朝鮮と日本とに引き裂かれた実在の家族を描いた安藤サクラ主演作『かぞくのくに』(11)や寺山修司原作のボクシング映画『あゝ、荒野』(17)などクセの強い作品を次々と放っている。本作でも安倍政権に“忖度”することなく取材活動を続ける望月記者をモデルに、映画的フィクションも加えた上で「世界の報道の自由度ランキング」で下位に低迷するようになった現在の日本の問題点に斬り込んでいく。

 東都新聞に勤める社会部記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、父は日本人、母は韓国人で、NYで生まれ育った帰国子女。そのため、日本語はどこかたどたどしく、場の空気を読むという日本社会の特性にもなじめずにいた。ある夜、東都新聞に差出人不明の怪文書が届く。両目が黒く塗りつぶされた羊のイラストの付いた怪文書は、新設大学の認可に疑問を投げ掛けたものだった。フェイクニュースか、それとも関係者からの内部告発なのか。デスクの陣野(北村有起哉)から命じられ、吉岡は盲目の羊の正体を追うことになる。

 注目すべきは、松坂桃李が演じるもうひとりの主人公・杉原だ。外務省でキャリアを積んできたエリート官僚の杉原だが、内閣府へと出向となり、「内閣情報調査室」で働くようになる。“内調”と呼ばれるこの諜報機関は、非常に謎が多い。安倍総理は菅官房長官よりも内調のトップである内閣情報官と綿密に接していることでも知られている。

 劇中の杉原は、現政権を守るための情報操作やマスコミ工作をもっぱら手掛けている。現政権にとって不都合な言動をする人物は内調によってマークされ、尾行のプロである公安がその人物の周辺を洗い、弱点を探り出す。杉原の上司である内閣参事官の多田(田中哲司)はマークした人物は民間人でも「犯罪者予備軍」と呼び、公安がつかんだスキャンダルをマスコミやSNSへとバラまき、社会的に抹殺するよう杉原に指示するのだった。

 公僕として国民のために汗を流すことを生き甲斐にしてきた杉原は、内調での仕事が苦痛だった。とはいえ、妻の奈津実(本田翼)はもうすぐ出産を控えており、今の生活を放り出すこともできない。そんなとき、外務省時代の尊敬していた上司で、数年前から内閣府の別の部署にいた神崎(高橋和也)が高層ビルから投身自殺を遂げたという悲報が届く。怪文書のキーパーソンとして神崎に注目していた吉岡と神崎の通夜に参列した杉原は、悲しい出会いを果たすことになる。

 日本映画ではとても珍しい現在進行形の問題を扱った社会派ドラマであり、謎多き諜報機関「内閣情報調査室」に果敢にスポットライトを当てたことを評価したい。自殺した神崎が勤めていた内閣府は、各省庁からの出向者がほとんどで、プロパーは少ないという。組織としての自律性が低く、官邸側の意向に逆らうことができない。内閣府に勤める公務員たちは元の省庁に戻りたいがゆえに、上からの指示に粛々と従い、与えられた仕事を黙々と片付ける。それが汚れ仕事だと気づいても、気づかないふりをする。まさに盲目の羊たちだ。この国にはびこる悪しき組織構造を、本作は浮かび上がらせる。

 本作が描いているように内調が世論を操作しているのなら、安倍政権が多くの問題を抱えながらも、のらりくらりと長期政権を維持できているのは内調のおかげだということになる。安倍政権が長期化する一方、「世界の報道の自由度ランキング」はG7(先進7カ国)中最下位が日本の定位置となってしまった。報道の自由度が低いほうが、政権を安定させるには都合がいいらしい。官僚たちだけでなく、官僚や官邸の不正をチェックするはずのマスコミや選挙権を持つ国民も、同調圧力によって盲目の羊化が進みつつあるようだ。クライマックスで明かされる羊をめぐる謎かけの答えには、ゾッとさせられる。

 弾けるような笑顔を『サニー 永遠の仲間たち』や『怪しい彼女』で見せたシム・ウンギョンだが、本作ではずっと苦虫を噛み潰したような固い表情のままだ。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)ではゾンビ化する女性感染者として1シーンだけ出演したが、本作もつらそうに映る。同調圧力に弱い日本社会の縮図の中、役に成り切って見せる彼女にとって感情を爆発させることのない記者の役は、ゾンビ役と同じくらいしんどい体験だったに違いない。

(文=長野辰次)

『新聞記者』

原案/望月衣塑子、河村光庸 脚本/詩森ろば、高石明彦、藤井道人 監督/藤井道人 音楽/岩代太郎

出演/シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、郭智博、長田成哉、宮野陽名、高橋努、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司

配給/スターサンズ、イオンエンターテイメント 6月28日(金)より新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国ロードショー

(c)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

https://shimbunkisha.jp

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香取慎吾が“ギャンブル依存症”へと墜ちていく!? 石巻を舞台にしたドン底からの再生劇『凪待ち』

  光と影の芸術だと、映画は呼ばれてきた。だとすれば、影をまとったスター俳優が主演すれば、映画はより映画らしくなるのではないだろうか。岩手県石巻を舞台にした『凪待ち』は、2017年にジャニーズ事務所を退所した香取慎吾主演映画。『孤狼の血』『止められるか、俺たちを』(18)、今春公開された『麻雀放浪記2020』と、話題作・問題作を連発する白石和彌監督とのタッグ作だ。勢いのある白石監督が、潜在能力を持て余していた俳優・香取慎吾の未知の魅力をぐいぐいと引き出した力作となっている。

 香取演じる主人公・郁男は、川崎で暮らすギャンブル依存症の男。腕のいい印刷工だが、競輪通いがやめられないため仕事が長続きしない。事実婚状態の亜弓(西田尚美)が実家のある石巻に帰ることになり、郁男も石巻で心機一転を図ることになる。

 亜弓の連れ子である高校生の美波(恒松祐里)が、石巻に向かう車中で郁男に問い掛ける。「結婚しようって、言えばいいじゃん」と。部屋に引きこもって高校に行くことができずにいる美波だが、郁男には懐いていた。郁男の答えはこうだ。「言えないよ。仕事もしないで、ぶらぶらしているだけのろくでなしだし」。心の優しいダメ男、それが郁男だった。

 石巻では亜弓の幼友達の小野寺(リリー・フランキー)がとても親切に接してくれ、小野寺の紹介で郁男は地元の印刷所で働くことになる。機械に強い郁男は、新しい職場で頼りにされた。その一方、亜弓の別れた夫・村上(音尾琢真)が酒に酔って郁男に絡む。気持ちのいい人もいれば、新参者を嫌う人もいる。多分、これはどこの町でも同じだろう。

 亜弓たちの期待に応えようと、郁男はマジメに仕事に取り組む。石巻には競輪場がないことに安心していた郁男だが、好事魔多し。職場の同僚に誘われて、郁男はついついノミ屋に足を運んでしまう。最初は同僚にアドバイスを送るだけだったが、モニターに映るレースを見てしまうともう我慢できない。瞬く間にギャンブル狂の熱が蘇ってしまう。

 勝てば負けるまで賭け続け、負ければ負けた分を取り戻そうとさらに賭け金をはたいてしまうのがギャンブルの恐ろしさだ。底なし沼のように、どんどんと郁男はのめり込んでいく。郁男がギャンブルにハマッている間に、恐ろしい事件が起きる。それでも郁男はノミ屋通いをやめられない。これが最後と自分に言い聞かせながらも、手を出しては絶対にいけないお金まで使い込んでしまう。周囲の期待を次々と裏切ってしまう郁男だった。

 郁男は優しい心の持ち主だが、自分にも甘い。とことん甘い。自分はダメ人間なんだということに甘えている。亜弓や、亜弓の無口な父親・勝美(吉澤健)が救いの手を差し伸べると、一方的に断ち切ろうとしてしまう。ダメ人間のままでいたほうが、ずっと気楽だからだ。幸せを掴み取る勇気がなく、ますます自暴自棄に陥っていく。

 斎藤工主演作『麻雀放浪記2020』ではギャンブルに生き甲斐を見いだすタフな主人公を描いた白石監督が、『凪待ち』ではギャンブルで身を崩す弱い男を主人公としている。郁男がギャンブル依存症を克服しようとしながらも、何度も何度も失敗してしまう姿を白石監督は執拗に描く。124分という映画の尺の中で乗り越えられるほど、この依存症は甘くない。レースがクライマックスを迎え、打鐘(ジャン)が鳴る瞬間に体の芯が熱くなることを郁男はどうにも抑えることができない。

 郁男はどうしようもないダメ人間だが、これは香取に人間として、男優としての奥行きがあるから成り立つキャラクターだろう。タレントとして陽性の魅力を放つ一方、プライベートは明かさないことでも知られている。42年間生きてきた中で、ずっと胸の奥に収めてきた葛藤や苦悩がキャラクターを通して滲み出ている。ギャンブルに打ち込んでいる間だけはすべてを忘れて熱くなれる郁男は、もうひとりのリアルな香取ではないだろうか。

 亜弓の娘・美波を演じた恒松祐里は、黒沢清監督のSF映画『散歩する侵略者』(17)に続く好演。血の繋がりのない“父親もどき”である郁男への愛憎をくっきりと演じ分けてみせる。美波の祖父にあたる勝美役の吉澤健もすごくいい。吉澤は白石監督の師匠・若松孝二監督作品の常連だった超ベテラン俳優だ。末期がんに冒されながらも、船に乗りつづける老漁師を寡黙に演じてみせる。

 悲しい事件の後、郁男、美波、勝美が“疑似家族”となっていく過程は、白石監督の真骨頂。白石監督のブレイク作『凶悪』(13)や『日本で一番悪い奴ら』(16)では自分に甘いダメ人間同士が集まって、犯罪ファミリーが結成された。だが、『凪待ち』では心に傷を負った者たちが打算抜きで支え合い、マイナスとマイナスが合わさってプラスへと転じることになる。助演陣の好演があって、香取の光と影がいっそう際立つ。

 香取演じる主人公の心の闇をクローズアップしてみせる『凪待ち』だが、ロケが行われた石巻という町もまた闇を抱えている。この町の闇とは、2011年3月に起きた東日本大震災の傷跡だ。表向きはすっかり整地化され、復興を遂げたように見える。だが、他所者の郁男だけでなく、町の人たちも闇営業のノミ屋に通わずにはいられない。郁男よりも、もっと深い闇を隠し持っている人間もいる。そしてエンディングでは、石巻湾の水面下を水中カメラが映し出す。湾の底には廃車や廃品が手つかずのまま残され、8年前に町を襲った津波の荒々しさを今に伝えている。

 この映画は、喪失感を抱えた人々と町とが懸命に再生しようとする物語だ。いつかまた、郁男とこの町に大きな嵐が訪れるかもしれない。しばらくは、静かな凪が続くことを願うばかりだ。この映画、劇場の闇の中でじっくりと味わいたい。

(文=長野辰次)

『凪待ち』

監督/白石和彌 脚本/加藤正人

出演/香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、麿赤兒、不破万作、宮崎吐夢、リリー・フランキー

配給/キノフィルムズ PG12 6月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

©2018「凪待ち」フィルムパートナーズ

http://nagimachi.com

 

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久々に再会した家族はホームレスになっていた!? セレブ作家の苦い実話もの『ガラスの城の約束』

 久しぶりに両親に逢ったら、両親はゴミ箱を熱心に漁るホームレスとなっていた。かなり衝撃的な家族の再会である。人気コラムニストの実話をベースにした映画『ガラスの城の約束』(原題『The Glass Castle』)は、『ルーム』(15)でアカデミー賞主演女優賞に輝いたブリー・ラーソンが、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(94)や『スリー・ビルボード』(17)などで強烈な印象を残した個性派男優ウディ・ハレルソンと共演した辛口の家族ドラマとなっている。

 ニューヨークで暮らす主人公ジャネット(ブリー・ラーソン)は出版社での下積みを経験後、「ニューヨーク・マガジン」でコラムを連載する人気作家となっていた。その晩は恋人であるファイナンス・アドバイザーのデヴィッド(マックス・グリーンフィールド)に付き添って、彼の顧客と一緒に高級レストランでのディナーを楽しんでいた。顧客から「ご両親は?」と尋ねられ、ジャネットは「父は起業家、母はアーティストです」と答えるが、これは真っ赤な噓だった。

 レストランの帰り道、タクシーに乗っていたジャネットはゴミ箱を漁っているホームレスの男性を見かける。そのホームレスこそが、ジャネットの父親レックス(ウディ・ハレルソン)だった。華やかな生活を送るジャネットとはあまりにも対照的な父親のみすぼらしい姿を直視できず、ジャネットはタクシーのシートに身を沈め、声を掛けることなく過ぎ去っていく。

 NYの高級マンションでセレブな日々を過ごすジャネットだが、少女時代は恋人のデヴィッドも知らないような驚きの家庭生活を送っていた。ジャネットたち4人姉弟を生んだ母ローズマリー(ナオミ・ワッツ)と父レックスはよく言えば放任主義、福祉関係者から見ればネグレクト一家だった。両親は共に夢や理想を語り、そのことを追求するのに夢中だった。育ち盛りだった4人の子どもたちは、両親の夢と理想の犠牲となり、食事は満足に与えられず、学校に通うこともままならなかった。家賃を滞納しては、一家はボロ車に乗って夜逃げするという生活を繰り返していたからだ。

 両親のようにはなりたくない。その一心で、成長した子どもたちは両親のもとを離れ、ジャネットは今のリッチな生活を手に入れた。でも、思いがけないところで少女時代の体験がうずくことになる。一流レストランに通うようになった今も、料理が残ると給仕に頼んでドギーバッグに詰めてもらう。少女時代にひもじい体験をしていたので、余った食べ物を処分することができない。型破りだった両親から受けた影響は、セレブ生活を送るようになっても消えないままだった。

 ウディ・ハレルソン演じる父親レックスはとても複雑で、興味深いキャラクターとなっている。若い頃からレックスはとても博学で、幼いジャネットたちに夜空に輝く星々の名前を教え、夜更けに目覚めて恐怖を感じたときにはどう対処すればいいのかも伝授してくれた。ジョーク好きで、とても愉快な父親だった。でも、理想を追い求めすぎるあまり、仕事はどれも長続きせず、借金ばかりが膨らんでいく。やがてレックスはアルコール依存症となり、家の中でも暴力を振るうようになってしまう。

 母ローズマリーは画家になる夢を捨てられず、彼女もまた生活能力に乏しかった。喰うに困ったローズマリーは、レックスの実家でしばらく世話になることを提案するが、父レックスは最後の最後まで反対した。実家で暮らす祖母アーマに会って、ジャネットたちは父が反対していた理由を知ることになる。祖母アーマは偏屈で、孫であるジャネットたちにも冷たかった。それだけでなく、ジャネットの弟ブライアンのズボンを脱がせ、性的な悪戯をしようとしていた。父レックスも子どもの頃に同じような目に遭っていたのではないか。レックスが早くに家を飛び出した原因を、ジャネットら子どもたちは理解することになる。

 流行作家として成功を収めたジャネットは、疎遠となっていた両親と改めて再会し、経済的支援をすることを申し出る。ホームレス生活から脱して、まっとうな暮らしをして欲しいと。だが、娘のそんな願いは、あっさりと拒絶される。父レックスも母ローズマリーも決して落ちぶれてホームレスになったわけではなく、より自由な生活を求めて、今のライフスタイルに落ち着いたのだと言い張る。レックスは逆に、今のジャネットの生活のほうが欺瞞だらけのものではないかと反論する。結婚を控えた恋人デヴィッドが頑固者同士のこの親子を仲直りさせようとするが、火に油を注ぐ結果だった。親子間には、どうしようもない大きな断絶が横たわっていた。

 タイトルにある“ガラスの城”とは、若い頃の父レックスが、子どもたちに設計図を描いてみせた理想の住宅のこと。太陽光パネルを備え、自家発電で冷暖房完備&独自の浄水装置付き。全面ガラス張りの眺めのいい夢の邸宅だった。結局、この夢の城は建てられることなく、建設予定地はゴミ捨て場となってしまう。ガラスの城を建て、家族みんなで暮らそうという約束を果たせなかったことを老いた父は詫びるが、ジャネットには責めることができない。父といちばん仲のよかったジャネットは、父と夢を共有し、その夢の中ですでにガラスの城は建っていたのだ。夢の中で父が建てた城は、NYのどんな高級マンションよりも素敵だった。

 毒親と呼んでいい父レックスのことを、ジャネットは最後まで憎み切れない。家族を否定することは、自分自身のアイデンティティーも否定することになるからだ。世間一般とはずいぶん異なるおかしな家族で、その後はバラバラとなってしまった。それでもジャネットは、父レックスとガラスの城を夢見ていた日々のことを懐かしく思う。それは父が娘に残した一番の財産だった。

(文=長野辰次)

『ガラスの城の約束』

原作/ジャネット・ウォールズ 脚本/デスティン・ダニエル・クレットン、アンドリュー・ラナム 監督/デスティン・ダニエル・クレットン

出演/ブリー・ラーソン、ウディ・ハレルソン、ナオミ・ワッツ、マックス・グリーンフィールド、セーラ・スヌーク、ジョシュ・カラス、ブリジット・ランディ=ペイン

配給/ファントム・フィルム 6月14日(金)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

http://www.phantom-film.com/garasunoshiro

この主人公に共感した人は、かなりヤバいかも!? サイコパスコメディ『ハウス・ジャック・ビルト』

 SNS上で「いいね」をどれだけ集められるかが人気の目安となっている現代社会において、真逆の世界を突き進んでいるのがデンマークのラース・フォン・トリアー監督だ。絶望感たっぷりな『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)や『ドッグヴィル』(03)を見終わった後はぐったりするが、さらに『アンチクライスト』(09)や『ニンフォマニアック』(13)になると、人間の暗部をますますえぐり出すようになった。そして5年ぶりの新作『ハウス・ジャック・ビルト』(原題『The House That Jack Built』)は、観る者に共感を求めない孤高の作品となっている。

 往年の青春映画スター、マット・ディロン演じる殺人鬼ジャックが主人公。本作は5章仕立てとなっており、ジャックが12年間にわたって手を染める4つの殺人事件が描かれる。最初のエピソードは、雪道で立ち往生していた中年女性(ユマ・サーマン)をジャックが車に同乗させたことから始まる。この中年女性は態度がやたらとデカく、ジャックが運転する車に強引に乗り込み、お礼も言わずに文句ばかりダラダラとしゃべり続ける。その挙げ句に、「乗るんじゃなかった。あなた、殺人鬼かも」と言い出す。『キル・ビル』(03)で大暴れしたユマ・サーマンが、あっさりと撲殺される。これがジャック、初めての殺しだった。

 最初の殺人に味を占め、ジャックの犯行の手口はどんどん大胆かつ陰惨なものとなっていく。夫に先立たれた初老の女性(シオバン・ファロン)の自宅に保険の調査員だと偽って上がり込むや、彼女を殺害。完全犯罪をもくろむジャックは、犯行現場に血痕が残らないよう何度も何度も執拗に清掃を繰り返す。現場から離れられずにいるうちにパトロール中の警官が現われたため、慌てて逃げ出すジャック。袋詰めにした死体をワゴン車で引きずりながらの逃走となるが、ジャックは車が走った後の路上に延々と血痕が残されていることに気づいていない。強度の潔癖性なのに、やることはズボラ。ジャックの行動は支離滅裂で、理解できない。

 地球滅亡の日を描いたトリアー監督のSF映画『メランコリア』(11)は、壮大なブラックジョークの世界だった。どうやら、本作もそっち系の作品らしい。第2の殺人事件のブラックなオチを見たあたりから、ようやくそのことに気づく。サイコパスを主人公にした超絶なブラックコメディ、それが『ハウス・ジャック・ビルト』なのだと。ジャックの思考性や言動はまったく共感することができない。でも、それは彼がシリアルキラーなのだから当然だ。逆に快楽殺人鬼の気持ちがよく分かる、というほうがヤバいだろう。

 ジャックの狂気がピークに達するのは、第3の殺人だ。この日は爽やかなピクニック日和。ジャックは交際中の女性(ソフィー・グローベール)と彼女のまだ幼い2人の息子を連れて、森へと出掛ける。楽しい1日になるはずだった。ところが、その楽しみ方は、母子とジャックとでは180度異なっていた。猟銃を手にしたジャックは、鹿の親子をハンティングするように母子に銃先を向ける。引き金を引く順番は、小さい子から、次にお兄ちゃん、そして母親。いちばん残酷な殺害方法だ。サイコパスであるジャックに、罪悪感はまるでない。快心の狩りを満喫するジャックだった。

 ジャックは建築家を目指しており、湖畔の土地に理想の家を建てようとするが、これまでの殺人のようにはうまく進まない。いったい、サイコパスが考える理想の家とはどんなものなのだろうか。吉田大八監督の青春映画『桐島、部活やめるってよ』(12)では、校内きっての人気者・桐島にも悩みがあることが浮き彫りとなった。人気者には人気者としての高次元の苦悩があるらしい。今年4月にフリーになった元TBSの宇垣美里アナウンサーは「人それぞれに地獄がある」と語った。宇垣アナの言葉に従えば、サイコパスにはサイコパスなりの、常人とは異なる夢と葛藤があるということになる。理解しがたい世界だが……。クライマックスでジャックの考える理想の家がようやく完成するが、これはもう苦笑せずにはいられない。

 暴力の限りを尽くしたジャックは、最終的には現実世界を離れ、中世の詩人ダンテが書き残した叙事詩「神曲」の世界へと飛び込んでいく。ジャックをあちらの世界へと案内するのは、「神曲」と同様、ヴァージことローマの詩人ウェルギリウス(ブルーノ・ガンツ)だ。サイコパスの主観で描かれた『ハウス・ジャック・ビルト』は、ますますシュールなステージへと突入する。

 共感できないままクライマックスを迎えることになるが、ひとつだけ言えることは、ひとりの人間の頭の中で理解できる世界はとても狭いということ。自分が共感できる世界、「いいね」を押したくなる世界よりも現実の世界はもっと広く、他人が妄想する世界はさらにもっと広い。「いいね」を押したくなる世界しか見ないことは、世界のほとんどを見ていないことに等しい。自分が今まで使っていた物差しだけでは、この世界を計ることは到底不可能だ。

 トリアー監督は2011年、『メランコリア』がカンヌ映画祭で上映された際に「ヒトラーは善人とは言えないが、僕は少しだけシンパシーを感じるんだ」と記者会見で冗談まじりに口走り、カンヌ映画祭から追放処分となっていた。本作は8年ぶりのカンヌ復帰作だ。ジャックをあの世へと案内するヴァージ役のブルーノ・ガンツは今年2月に亡くなったドイツの名優。彼の代表作には『ベルリン・天使の詩』(87)と並んで、アドルフ・ヒトラーを演じた『ヒトラー 最後の12日間』(04)がある。ヒトラーは罪の意識を感じることなく、600万人ものユダヤ人や障害者たちを粛正した。トリアー監督に言わせれば、常識では考えられない、とんでもないことをやらかすのが人間の本質だということか。

 理解不能なジャックの言動だが、第1の殺人事件の犠牲者となった高慢ちきな中年女性は、ジャックでなくてもムカつくはずだ。また、第2の殺人事件の後、ジャックは強迫観念に駆られて執拗に現場を清掃するが、強迫観念に囚われることは多くの人が経験しているに違いない。もしかすると、1人ひとりの人間の中に、ジャックのようなサイコパス気質の芽が潜んでいるのかもしれない。カンヌ映画祭での本作の上映中、途中退場者が続出したそうだが、観客の中には自分の中に小さなジャック、リトル・ジャックの存在を感じ、逃げるように席を立った人もいるのでないだろうか。トリアー監督が放つブラックジョークの世界、あなたは最後まで笑って見ていられる?

(文=長野辰次)

『ハウス・ジャック・ビルト』

監督・脚本/ラース・フォン・トリアー

出演/マット・ディロン、ブルーノ・ガンツ、ユマ・サーマン、シオバン・ファロン、ソフィー・グローベール、ライリー・キーオ、ジェレミー・デイビス 

配給/クロックワークス、アルバトロス・フィルム R18+ 完全ノーカット版

新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、T・ジョイPRINCE品川、横浜ブルク13、川崎チネチッタほか全国ロードショー

(C)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31,ZENTROPA SWEDEN,SLOT MACHINE,ZENTROPA FRANCE,ZENTROPA KOLN

http://housejackbuilt.jp/

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セックスすれば、友達ではなく恋人になるのか? 徳永えりのフェロモン充満『月極オトコトモダチ』

 どこまでが友人で、どこからが恋人なのか。セックスしても、友達のままでいられるのか。『ドラえもん』の静香ちゃんは、いつからのび太のことを異性として意識し始めたのか。徳永えり主演作『月極オトコトモダチ』は、男女間に横たわるそんな曖昧な謎を検証してみようという試みの映画となっている。

 本作の主人公・那沙(徳永)はウェブマガジンの編集者。ある晩、銀座コリドー街のバーで、なかなかのイケメン・柳瀬(橋本淳)と出逢う。柳瀬は「レンタル友達」を生業としており、この夜も気の弱い男性依頼者に頼まれ、ナンパ代行のために訪れたという。普段は女性からの依頼が多いらしい。「男女の関係にならないの?」と那沙が素朴な疑問を投げかけると、「男女の関係にはならないスイッチがあるから」と自信満々に答えてみせる柳瀬だった。

 柳瀬のことが気になった那沙は「男女間の友情はレンタルできるのか」というテーマで、ウェブ連載を始める。柳瀬と月極(つきぎめ)でのレンタル契約を結び、ビジネスとしての男女間の友情を育むことに。ウェブ上での反応は上々。さらにPV数をアップさせるために、編集長から「ひと晩一緒に過ごしても何も起きないのか」を実証するよう命じられる。

 柳瀬は人当たりがよく、話も聞き上手で、一緒にいると心地よい。給水塔やガスタンク群などユニークな場所を巡っているうちに、柳瀬に好意を抱くようになった那沙は悩む。どこまでが取材者としての好奇心なのか、本気で惚れてしまったのかわからなくなってしまう。

 本作のモチーフとなっているのが「レンタル友達」という職業。友達代行サービスとして運営している会社は実在しており、「ディズニーランドに行きたいけど、ひとりで行くのは嫌」といった人たちからのニーズがあるらしい。本作で長編映画デビューを飾った穐山茉由監督は、実際にレンタル友達を利用して脚本を書き上げたという。「けっこう値段がするので、一度しか利用していません」(穐山監督)とのことだが。

 園子温監督の名作『紀子の食卓』(06)や岩井俊二監督の珠玉作『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)では、「レンタル家族」がモチーフとなっていた。お金を介することで、ようやく理想の家族が手に入るという現代社会のアイロニーが描かれていた。でも、時給制でつながる“疑似家族”としての距離感と関係性は、意外と心地よかったりもする。また、疑似恋愛もとても映画的な題材だといえるだろう。どこまでが演技で、どこからが本音なのか。そのボーダー上に、那沙と柳瀬は立つことになる。

 主演の徳永は、映画『フラガール』(06)や『春との旅』(10)で注目され、かねてから演技力に定評があった。2018年に放映された深夜ドラマ『恋のツキ』(テレビ東京系)で、地上波ドラマながら過激な濡れ場を演じて話題となり、30歳にしてブレイクした感がある。ちょっと地味めな、生活感のある雰囲気が、逆に男心をそそらせる女優である。

 そんな徳永扮する那沙は、柳瀬のマンションにスマホをわざと置き忘れ、終電間際になって取りに戻る。こういうあざとい芝居を、徳永は実にリアルに演じて見せる。那沙は柳瀬のマンションで一夜を過ごすことに。2人で、どこまで友達でいられるのか確かめ合うことになる。

 実験の第1ステップは、体の接触。ベッドの上で手を握り合っても大丈夫。第2ステップはキス。唇と唇を寄せ合う2人。これもなんとかクリア。そして第3ステップは、いよいよセックス。一線を踏み越えても、お互いにそれまでの友情をキープできるのか。マンションの一室に、むせ返るほどの濃厚なフェロモンが充満する。深夜の人体実験はどんな結果をもたらすのだろうか。

 那沙と柳瀬の関係に大きな影響を与えることになるのが、那沙の親友であるミュージシャンの珠希(芦那すみれ)だ。那沙と同居中の珠希も柳瀬と知り合うことになるが、柳瀬も音楽をやっていることからすぐに意気投合する。ウェブ記事を執筆する那沙は言葉で思考するが、ミュージシャンの珠希は感覚で理解する。レンタル契約なしで、珠希と柳瀬が仲良くなっていく様子を傍から見ている那沙は歯がゆくてたまらない。

 珠希によれば、「曲をつくることは自分をさらけだすこと。恋愛と似ている」という。取材を口実に、レンタル契約を結ぶ形でしか柳瀬と接することができない那沙の押さえ込んでいた感情が爆発する。R18映画『ジムノペディに乱れる』(16)で体当たり演技を見せた芦那と演技派・徳永との一人の男をめぐるバチバチ対決は、かなりの迫力がある。

 3月に公開された黒川芽以主演の実録恋愛コメディ『美人が婚活してみたら』では、友達付き合いするには最適だが、恋人にはなれない残念なサラリーマン・園木(中村倫也)という共感を覚えるキャラクターが登場した。園木がいくら努力しても恋愛対象となるには、何かが足りなかった。那沙もそうだ。友達と恋人との狭間に立ち塞がる、その“何か”をウェブでの連載が終わった後も探り続けることになる。

 そういえば、『ドラえもん』の静香ちゃんとのび太はいつから男女の関係になったのだろうか。たぶん、静香ちゃんはドラえもんと別れた後のひとりぼっちになったのび太に、その“何か”を感じたに違いない。芦那のミュージシャン名義であるBOMIが歌う主題歌「ナニカ」を聴きながら、ふとそんなことを考える。その“何か”は、ドラえもんの四次元ポケットには入っていないものらしい。多くの男女が、その“何か”を求めてのたうち回っている。

(文=長野辰次)

『月極オトコトモダチ』

監督・脚本/穐山茉由 音楽/入江陽 劇中歌・主題歌/BOMI

出演/徳永えり、橋本淳、芦那すみれ、野崎智子、師岡広明、三森麻美、山田佳奈

配給/SPOTTED PRODUCTIONS 6月8日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ板橋ほか全国順次公開

(c)2019「月極オトコトモダチ」製作委員会

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