よくあるTVドラマの劇場版と思うと火傷する!!  池松壮亮と蒼井優が異常に熱い『宮本から君へ』

 

 2018年に放送された池松壮亮主演ドラマ『宮本から君へ』(テレビ東京系)の最終回を観て、視聴者の多くは「えっ、これで終わり?」と戸惑ったのではないだろうか。漫画家・新井英樹がバブル時代の1990年~94年に連載した原作コミックの前半部分にあたる“サラリーマン奮闘編”しかドラマは描いていなかったからだ。ドラマの終わりに「劇場版『宮本から君へ』の公開決定!」という告知があるのではとエンディングまで見届けたものの、それもなかった。原作のあの怒濤のクライマックスはどうなるのだ、というモヤモヤ感が残った最終回だった。

 バイオレンス青春映画『ディストラクション・ベイビーズ』(16)で日本映画界に殴り込んだ新鋭・真利子哲也監督でも、『宮本から君へ』後半パートの映像化は無理だったか……。あれだけ過剰なエピソードが満載なら仕方ないよなと諦めていた矢先、物分かりのよくなった自分を揺さぶるようなニュースが伝わってきた。『宮本から君へ』はまだ終わっていない。劇場映画の製作が進行していると。やってくれるじゃないか、宮本浩! そして池松壮亮&真利子監督! テレビでは不可能だった大胆な性描写や過激なバイオレンスシーンを盛り込んだ映画『宮本から君へ』がようやく公開される。もちろん、原作連載時に物議を醸したクライマックスまでを描いた完全版としてだ。

 本作の主人公・宮本浩(池松)は飯田橋にある小さな文房具会社に勤める平凡なサラリーマンだが、映画では宮本が働く姿はほぼ描かれない。職場の先輩・神保(松山ケンイチ)に誘われた飲み会で出会った年上のOL・中野靖子(蒼井優)と鋭い刃物で斬り結ぶかのような激しい恋愛ドラマ、いや愛憎劇となっている。とにもかくにも池松と蒼井の放つ熱量がハンパない。

 テレビシリーズ(全12話)の終了から1年3カ月を経ての公開となった、劇場映画『宮本から君へ』。テレビシリーズ終了後に制作体制が変わるなど、劇場版までの道のりは尋常ではなく大変だったようだ。だが、そんな舞台裏の苦労をまるで感じさせないほど、池松はドラマを遥かに上回る狂気性をはらんだ熱気を放ち、そして蒼井ががっちりとその熱さを受け止めてみせる。この2人が主演したからこそ成立した映画だと言っていい。

 原作を読んでいる人なら「よくR15で映画化できたな」と思うだろう。映画の序盤、靖子の元彼・裕二(井浦新)を部屋から追い出し、ようやく結ばれる靖子と宮本。だが、恋人として過ごす時間は束の間だった。2人の前には、あまりにも大きな試練が待ち構えていた。宮本の取引き先の会社の真淵敬三(ピエール瀧)との飲み会で、宮本は痛飲。飲み会に参加していた靖子と一緒に宮本は、敬三の息子で大学ラグビーのスター選手だった拓馬(一ノ瀬ワタル)にアパートまで送ってもらう。事件はその夜に起きた。宮本が泥酔して眠っている間、靖子は拓馬から暴行を受ける。翌朝、目が覚めた宮本は地獄に突き落とされた気分だった。いや、靖子は宮本とは比べものにならない苦痛を強いられていた。

 最高の理解者と巡り合えた喜びを噛み締めていた宮本と靖子だったが、この事件以降は顔を合わせる度に傷つけ合うことになる。しかも、靖子は妊娠していることが分かる。この後の展開をストーリーだけを追っていくと、自分の愛する女を、そして男のプライドを踏みにじられたら宮本が体格で圧倒的に上回る拓馬へのリベンジを挑む――という流れとなる。だが、リベンジを果たせば、靖子の心の傷は癒やせるのか。2人は元の関係に戻れるのか。現実的にそれは絶対にありえない。映画『宮本から君へ』が描こうとしているのは、決して復讐の物語ではない。その先にあるものを宮本と靖子は掴もうとする。

 

 テレビシリーズに続き、宮本の上司・小田課長役でほっしゃんこと星田英利が出演している。出番は少ないが、映画のキーワードを小田課長は宮本に向かって口にする。

「みんな敵や思うたらええやんか。千人でも万人でも敵に回したれや。カッコ家族も含むカッコ閉じるや」

 家族も恋人も100%の味方ではない。むしろ、大きな障害となることが多々ある。それでも、宮本は腹を括る。『宮本から君へ』は新しい家族をつくる上で宮本が、そして靖子が腹を括って、覚悟を決めるまでの葛藤を描いた物語だ。映画のクライマックスにおける池松と蒼井の熱い演技に触れることで、原作者・新井英樹が25年前に描こうとした物語の真意に気づかせられる。

 平成生まれの池松は平成の終わりに本作に主演し、蒼井は独身時代の終わりを本作で飾ることになった。映画『宮本から君に』は新しい時代を迎えるための、どでかい打ち上げ花火のような作品だ。平成時代によくあった人気テレビドラマの劇場版でしょ? そう思った人がこの映画にうかつに近寄ると、確実に火傷をするだろう。バブルという時代の風潮にうまく馴染めずにいた男・宮本浩が令和という新しい時代になって帰ってきた。サラリーマンとしての評価は相変わらずダメダメな宮本だが、男としての度量は遥かに大きくなって帰ってきた!

(文=長野辰次)

『宮本から君へ』

原作/新井英樹 脚本/真利子哲也、港岳彦 

主題歌/宮本浩 監督/真利子哲也

出演/池松壮亮、蒼井優、井浦新、一ノ瀬ワタル、柄本時生、星田英利、古舘寛治、佐藤二朗、ピエール瀧、松山ケンイチ

配給/スターサンズ、KADOKAWA R15+ 9月27日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー

(c)2019「宮本から君へ」フィルムパートナーズ

https://miyamotomovie.jp

 

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よくあるTVドラマの劇場版と思うと火傷する!!  池松壮亮と蒼井優が異常に熱い『宮本から君へ』

 

 2018年に放送された池松壮亮主演ドラマ『宮本から君へ』(テレビ東京系)の最終回を観て、視聴者の多くは「えっ、これで終わり?」と戸惑ったのではないだろうか。漫画家・新井英樹がバブル時代の1990年~94年に連載した原作コミックの前半部分にあたる“サラリーマン奮闘編”しかドラマは描いていなかったからだ。ドラマの終わりに「劇場版『宮本から君へ』の公開決定!」という告知があるのではとエンディングまで見届けたものの、それもなかった。原作のあの怒濤のクライマックスはどうなるのだ、というモヤモヤ感が残った最終回だった。

 バイオレンス青春映画『ディストラクション・ベイビーズ』(16)で日本映画界に殴り込んだ新鋭・真利子哲也監督でも、『宮本から君へ』後半パートの映像化は無理だったか……。あれだけ過剰なエピソードが満載なら仕方ないよなと諦めていた矢先、物分かりのよくなった自分を揺さぶるようなニュースが伝わってきた。『宮本から君へ』はまだ終わっていない。劇場映画の製作が進行していると。やってくれるじゃないか、宮本浩! そして池松壮亮&真利子監督! テレビでは不可能だった大胆な性描写や過激なバイオレンスシーンを盛り込んだ映画『宮本から君へ』がようやく公開される。もちろん、原作連載時に物議を醸したクライマックスまでを描いた完全版としてだ。

 本作の主人公・宮本浩(池松)は飯田橋にある小さな文房具会社に勤める平凡なサラリーマンだが、映画では宮本が働く姿はほぼ描かれない。職場の先輩・神保(松山ケンイチ)に誘われた飲み会で出会った年上のOL・中野靖子(蒼井優)と鋭い刃物で斬り結ぶかのような激しい恋愛ドラマ、いや愛憎劇となっている。とにもかくにも池松と蒼井の放つ熱量がハンパない。

 テレビシリーズ(全12話)の終了から1年3カ月を経ての公開となった、劇場映画『宮本から君へ』。テレビシリーズ終了後に制作体制が変わるなど、劇場版までの道のりは尋常ではなく大変だったようだ。だが、そんな舞台裏の苦労をまるで感じさせないほど、池松はドラマを遥かに上回る狂気性をはらんだ熱気を放ち、そして蒼井ががっちりとその熱さを受け止めてみせる。この2人が主演したからこそ成立した映画だと言っていい。

 原作を読んでいる人なら「よくR15で映画化できたな」と思うだろう。映画の序盤、靖子の元彼・裕二(井浦新)を部屋から追い出し、ようやく結ばれる靖子と宮本。だが、恋人として過ごす時間は束の間だった。2人の前には、あまりにも大きな試練が待ち構えていた。宮本の取引き先の会社の真淵敬三(ピエール瀧)との飲み会で、宮本は痛飲。飲み会に参加していた靖子と一緒に宮本は、敬三の息子で大学ラグビーのスター選手だった拓馬(一ノ瀬ワタル)にアパートまで送ってもらう。事件はその夜に起きた。宮本が泥酔して眠っている間、靖子は拓馬から暴行を受ける。翌朝、目が覚めた宮本は地獄に突き落とされた気分だった。いや、靖子は宮本とは比べものにならない苦痛を強いられていた。

 最高の理解者と巡り合えた喜びを噛み締めていた宮本と靖子だったが、この事件以降は顔を合わせる度に傷つけ合うことになる。しかも、靖子は妊娠していることが分かる。この後の展開をストーリーだけを追っていくと、自分の愛する女を、そして男のプライドを踏みにじられたら宮本が体格で圧倒的に上回る拓馬へのリベンジを挑む――という流れとなる。だが、リベンジを果たせば、靖子の心の傷は癒やせるのか。2人は元の関係に戻れるのか。現実的にそれは絶対にありえない。映画『宮本から君へ』が描こうとしているのは、決して復讐の物語ではない。その先にあるものを宮本と靖子は掴もうとする。

 

 テレビシリーズに続き、宮本の上司・小田課長役でほっしゃんこと星田英利が出演している。出番は少ないが、映画のキーワードを小田課長は宮本に向かって口にする。

「みんな敵や思うたらええやんか。千人でも万人でも敵に回したれや。カッコ家族も含むカッコ閉じるや」

 家族も恋人も100%の味方ではない。むしろ、大きな障害となることが多々ある。それでも、宮本は腹を括る。『宮本から君へ』は新しい家族をつくる上で宮本が、そして靖子が腹を括って、覚悟を決めるまでの葛藤を描いた物語だ。映画のクライマックスにおける池松と蒼井の熱い演技に触れることで、原作者・新井英樹が25年前に描こうとした物語の真意に気づかせられる。

 平成生まれの池松は平成の終わりに本作に主演し、蒼井は独身時代の終わりを本作で飾ることになった。映画『宮本から君に』は新しい時代を迎えるための、どでかい打ち上げ花火のような作品だ。平成時代によくあった人気テレビドラマの劇場版でしょ? そう思った人がこの映画にうかつに近寄ると、確実に火傷をするだろう。バブルという時代の風潮にうまく馴染めずにいた男・宮本浩が令和という新しい時代になって帰ってきた。サラリーマンとしての評価は相変わらずダメダメな宮本だが、男としての度量は遥かに大きくなって帰ってきた!

(文=長野辰次)

『宮本から君へ』

原作/新井英樹 脚本/真利子哲也、港岳彦 

主題歌/宮本浩 監督/真利子哲也

出演/池松壮亮、蒼井優、井浦新、一ノ瀬ワタル、柄本時生、星田英利、古舘寛治、佐藤二朗、ピエール瀧、松山ケンイチ

配給/スターサンズ、KADOKAWA R15+ 9月27日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー

(c)2019「宮本から君へ」フィルムパートナーズ

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これがサウナの本場フィンランドの新しいサ道!? 裸のおっさんがとろける『サウナのあるところ』

かつてないサウナブームの中、サウナ道こと“サ道”を極めんとするサウナ愛好家にとって、必見のドキュメンタリー映画が公開される。フィンランドで1年以上にわたってロングランヒットを記録した『サウナのあるところ』(原題『Miesten vuoro』)だ。サウナを愛してやまないサウナーたちが憧れるサウナの本場・フィンランドでは、サウナはどのように楽しまれているのか。今後の日本のサウナカルチャーにも大きな影響を与えそうな1本となっている。

 

 本作の大部分は、フィンランドの裸のおっさんたちがタオルで局部を隠すこともなく、サウナで汗をダラダラと流しながら人生を語り合うシーンが占めている。当然ながら、全裸ーでサウナー。スクリーンに現われるのはフィンランドの見知らぬおっさんたちばかりだが、人生にお疲れ気味のおっさんたちが素っ裸で語り合うことで、何やら深遠なものに思えてくるではないか。

 フィンランドの男性は日本人に似ていて、口数が少なくてシャイな性格だといわれている。世界幸福度ランキングでいつも上位に位置するフィンランドだが、おっさんたちの悩みは尽きない。娘を母親に預けたところ、再婚した母親が娘を養女にしたため、娘が義妹になってしまったと嘆くシングルファーザー。娘に会えない悲しみを、サウナ小屋で打ち明ける。かなり重たい話なのだが、おっさんが全裸なので不思議と深刻なムードには陥らない。

 聞かされた相手はこの悩みにどう答えるのかと思いきや、肩をポンポンと叩き、熱くなったサウナストーンに「ジュッ」と水を掛けるだけ。いわゆるロウリュウだ。蒸気とともに、シングルファーザーのモヤモヤもちょっとだけ晴れる。サウナは体の血行をよくするだけでなく、心に溜まっていた毒素までデトックスしてくれるらしい。

 フィンランド人にとって、サウナ室は体を清めるための神聖な場所であり、決しておしゃべりをダラダラとするためのものではないとのこと。それゆえ、サウナでの打ち明け話は、本人にとっては語らずにはいられなかったこと、普段は話せなかったことが多い。家族を失った喪失感を埋められない男、事故に巻き込まれてしまった鉄道運転手らが、胸につかえていたものを絞り出すように語る。「こんなこと話すべきじゃなかったかな」「いいさ、話して」。そして、ロウリュウ。ジュッと立ち上る蒸気……。男たちの苦しみが、またほんの少しだけ軽くなった。

 おっさんたちが裸で語り合う間、フィンランドの多彩なサウナも紹介される。キャンピングカースタイルは、仲のよい友人とゆっくりと語り合うのにぴったり。サウナ浴の後には森林浴も楽しめる。おひとりさま専用の電話ボックス型やトラクターを改造したものまである。フィンランド人はどれだけサウナが好きなんだよ。日本ではサウナ浴で熱くなった体を水風呂でクールダウンさせるのが定番だが、本場フィンランドでは基本的に水風呂はなく、また休憩室がないサウナ施設も少なくない。サウナで発汗した後は、近くの湖へ全裸のまま豪快にダイブ。これもまた森と湖の国・フィンランドならではのサ道らしい。

 日露戦争で日本が帝政ロシアに勝利したことが、フィンランドの独立運動にも繋がったという歴史があり、北欧きっての親日国としても知られているフィンランド。日本人はお風呂、フィンランド人はサウナを愛するように、両国には共通項が意外とある。日本では昔ながらの銭湯がサードプレイスとして再評価されつつあるが、フィンランドでも公共サウナの人気が回復しているとのこと。首都ヘルシンキの公共サウナは最盛期の120軒から今はわずか3軒に減ってしまったものの、本作のヒットもあり、近年は老若男女で賑わうようになってきたそうだ。顔なじみの蒸し友(サウナ友達)だけではなく、一期一会の裸の付き合いをすることの面白さを現代のフィンランド人たちはサウナの中で再発見したらしい。

 冒頭に登場するベテラン夫婦のサウナでのやりとりも味わい深い。「この背中を51年も流している」と愛妻の背中を洗うおっさん。ヴィヒタ(白樺の枝葉)で奥さんの全身をくまなくマッサージすることも忘れない。長年のサウナ効果もあり、2人とも肌がツヤツヤしている。夫婦が一緒に年齢を重ねることを“共白髪”と呼ぶけど、フィンランド人はさながら“共サウナ”らしい。北欧諸国の幸福度が高いのは福祉制度の充実や教育の無償化が大きいとされているけれど、フィンランドの場合は生活に根づいたサウナ文化も幸福度に結びついているのではないだろうか。

 全裸のおっさんたちが汗だくで語り、ビールやウォッカを飲み干すだけのおかしなドキュメンタリー映画なのだが、見終わった後はこちらの心までほっこりしてくる。映画のエンディングは、フィンランド人が愛する子守唄「リスの歌」をおっさんたちが斉唱。サウナで身も心もすっきりしたせいか、みんな気持ちよさげに歌っている。サウナドラマ『サ道』(テレビ東京系)で言うところの、まさに「ととのった」という感じ。映画鑑賞の帰りにサウナか銭湯に立ち寄れば、日本の幸福度もちょっぴりアップするかもしれない。

(文=長野辰次)

『サウナのあるところ』

監督・脚本/ヨーナス・バリヘル、ミカ・ホタカイネン

配給/アップリンク、kinologue 9月14日(土)よりアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー

(c)2010 Oktober Oy.

https://www.uplink.co.jp/sauna

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故バート・レイノルズの人生をそのまま映画化!! 思わず感涙の大団円『ラスト・ムービースター』

 2018年9月6日、米国の人気俳優バート・レイノルズが亡くなった。享年82歳だった。アクション俳優として活躍し、クリント・イーストウッドと人気を競い合ったレイノルズの遺作にして、最後の主演作となったのが『ラスト・ムービースター』(原題『The Last Movie Star』)だ。レイノルズ自身の生涯と重ね合わせような、気取りはないが味のある人間ドラマとなっている。

 大学時代にアメフト選手として鳴らしたレイノルズは、ハリウッドスターとして1970年代〜80年代前半に大人気を誇った。がっちりした骨太な体格に、黒々とした口ひげを生やした男臭さが魅力だった。ジョン・ブアマン監督の『脱出』(72)でブレイクし、負け犬たちの逆襲劇『ロンゲストヤード』(74)や米国版トラック野郎『トランザム7000』(77)ではマッチョスターとしての輝きを放っていた。『ダーティハリー』シリーズのクリント・イーストウッドを上回るほどのドル箱スターだった。

 そんなレイノルズの人気が下降していくきっかけとなったのが、イーストウッドと競演した『シティヒート』(84)だった。『シティヒート』の撮影中にレイノルズはあごに大怪我を負って激やせし、「レイルズはエイズ」というデマが流れた。『シティヒート』は作品の出来も興行結果も低調に終わり、レイノルズはヒット作に恵まれなくなっていく。一方のイーストウッドは監督業でも大成功を収め、アクション俳優以上の名声を手に入れることになる。助演作『ブギーナイツ』(97)での演技が評価されたレイノルズだが、アカデミー賞監督賞を受賞するなどハリウッドで超大物となったイーストウッドとの間には大きな差が開いたままだった。

 2017年に制作された主演作『ラスト・ムービースター』は、そんなレイノルズ自身の人生を丸ごと振り返ったような内容だ。ヴィック(バート・レイノルズ)はかつてハリウッドきってのアクション俳優として人気者だったが、今ではLAのがらんとした屋敷にひとり暮らし。生活をともにしていた愛犬も寿命で亡くし、まさに独居老人状態。数少ない楽しみは、旧友である元俳優のソニー(チェビー・チェイス)と会って、やんちゃだった頃の思い出に花を咲かせるぐらいだった。

 そんなヴィックに、ナッシュビルで開かれる映画祭から招待状が届く。特別功労賞を贈呈し、過去の出演作を特集上映するので映画祭に出席してほしいというもの。これまでの受賞者はロバート・デニーロ、ジャック・ニコルソン、そしてクリント・イーストウッドと超豪華な顔ぶれだった。ソニーにも勧められ、ヴィックは重い腰を上げることに。だが、手配された飛行機はエコノミー席。空港まで迎えにきた鼻ピの若い女性・リル(アリエル・ウインター)はスマホで彼氏とケンカ中。到着した会場は映画館でもホールでもなく、ただのバー。しかも、集まったのは主催者で、リルの兄・ダグ(クラーク・デューク)をはじめとする20〜30人程度の映画オタクたちだった。過去の受賞者たちは、ダグが勝手に賞を贈っただけで、誰も映画祭には来場していないことを知らされる。「壁に吊るしたプロジェクターに映したものは、映画とは呼ばない」とヴィックはブチ切れてしまう。

 酔っぱらった勢いで、ファンの前で毒づくヴィック。「(俳優として落ち目になったのは)作品選びに失敗したせい」「オレが出た映画はどれも冒頭のシーンを観れば、結末まで分かるようなものばかり」と自虐トークを続ける。実際、ライバルだったイーストウッドはミステリー、文芸もの、家族ものなど多彩なジャンルに挑戦することで俳優としての幅を広げたのに比べ、レイノルズはB級、C級の娯楽作に出演し続けた印象が強い。『プリティ・ウーマン』(90)などの出演オファーも断ってしまった。でも、集まったファンの前で、「作品選びに失敗した」という台詞はあんまりではないか。

 ヴィック/レイノルズのズタボロな晩年の生活を見せつけられ、スクリーンを観ているこちらの気分までヘコんでしまう。ところがドラマの後半、それこそ『ロンゲストヤード』のような大逆転劇が待っている。オタクしか集まらない名ばかりの映画祭にノコノコ参加してしまった自分のおめでたさが嫌になったヴィックは、リルの運転するボロ車で空港へと向かう。LAの自宅に帰るつもりだったが、生まれ育った生家が意外と近いことを思い出し、寄り道することに。人生の寄り道が、ヴィックの忘れていた記憶を目覚めさせる。

 家族と過ごした生家はまだ残っていた。現在の生家の住人は「ここはかつて映画スター・ヴィックが暮らしていたのよ」と自慢する。地元ではちゃんと名士として忘れられずにいたのだ。さらにアメフトのスタジアムや初めての結婚相手にプロポーズした思い出のデート場所も訪ねることに。ヴィックは独力でスターの座に就いたつもりでいたが、多くの人に励まされ、大切な人に支えられてきたことに気づく。

 劇中のヴィックが口にする台詞が泣かせる。「大事なのは第三幕だ。第二幕の演技がどんなにボロボロでも、第三幕がよければみんな忘れてくれる」。この映画も途中まではレイノルズをディスったような内容で大丈夫かと心配になってしまうが、クライマックスからいっきに盛り返していく。終わりよければ、すべてよし。スター俳優としての輝かしい日々と失意の生活、そのどちらもずっぽりと経験したレイノルズだからこそ演じられた主演作だ。イーストウッドには演じられない。いや、他の俳優と比べるのはレイノルズに失礼だろう。レイノルズが出演した作品は、レイノルズ映画に他ならないのだ。

 クエンティン・タランティーノ監督の超大作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(現在公開中)にレイノルズは出演することが決まっていたが、撮影前に亡くなったためにブルース・ダーンが代役を務めている。カルト集団チャールズ・マンソン一家に居場所を提供した老牧場主役を、ブルース・ダーンは演じている。ブラッド・ピットとレイノルズが共演できなかったのは残念だが、レイノルズの遺作は『ラスト・ムービースター』でよかったのではないだろうか。キャリアの最後に低予算映画ながらも主演を務め、2018年9月6日に人生の幕を降ろした。最高な作品選びだったと思う。

(文=長野辰次)

『ラスト・ムービースター』

監督・脚本/アダム・リフキン

出演/バート・レイノルズ、アリエル・ウィンター、クラーク・デューク、ニッキー・ブロンスキー、エラー・コルトレーン、チェビー・チェイス

配給/ブロードウェイ 9月6日(金)より新宿シネマカリテ、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開

(c)2018 DOG YEARS PRODUCTIONS,LLC

 

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最高のセックスパートナーは“いとこ”だった!?  世界の終わりを誰と過ごすか『火口のふたり』

 もしも世界が滅亡すると決まったら、最期の日々は誰と過ごすか。いちばん最期のセックスは誰とするか。直木賞作家・白石一文の同名小説を映画化した『火口のふたり』は、そんな問いを我々に投げ掛けてくる。原作では白石の故郷・福岡が舞台だったが、映画では東日本大震災後の秋田に移し替えてある。同じ東北でも太平洋側に比べ、日本海側の被害は少なくて済んだ。安堵感と後ろめたさが混在する地方都市で、人生に行き詰まった男女が刹那的な快楽に溺れる日々を送ることになる。

 この物語の登場人物は2人っきり。青春時代の終わりを描いた主演作『きみの鳥はうたえる』(18)が高く評価された柄本佑、被災住宅で暮らしながら週末だけデリヘル嬢として働く主人公を『彼女の人生は間違いじゃない』(17)で熱演した瀧内公美の2人だけで物語が進む。ロマンポルノ出身、『ヴァイブレーター』(03)や『海を感じる時』(14)が話題となったベテラン脚本家・荒井晴彦が監督も務めている。R18指定の赤裸々な愛の形を描いた官能作だ。

 主人公の賢治(柄本佑)と直子(瀧内公美)は“いとこ”同士。同じ家で兄妹同然に育った仲だった。高校を卒業した賢治は逃げるように、東京の大学へ進学。やがて直子も、東京の専門学校に通い始める。家族の目の届かない東京で、2人は体の関係を結ぶことになる。就職した賢治があっさり結婚し、2人の関係はそれで終わったはずだった。だが、30歳を過ぎた賢治は結婚生活に失敗し、勤めていた会社も退職。東京でプー太郎となっていた賢治は、直子が地元で結婚することを知り、その結婚式に出席するために久しぶりに帰郷する。

 直子と再会した賢治は、懐かしいアルバムを開いたことがきっかけでお互いの体を激しく求め合った日々を思い出す。「今夜だけ、あの頃に戻ろうよ」と耳元で囁く直子。婚約者であるエリート自衛官が出張先から戻り、式を挙げるまでの残された5日間限定で、2人は愛し合うことになる。直子によると自衛官との行為は激しいだけだが、賢治のものは蛇のようにまとわりつくらしい。お互いが最高のセックスパートナーであることを実感した2人は、活火山の火口へとにじり寄るような刺激的な体験にのめり込んでいく。

 直木賞受賞作『忘れえぬ人』やロングセラーを続ける『翼』など、「運命の恋人」「魂の片割れ」との出逢いと別れを描いてきた白石作品ならではの大人の物語が展開される。白石作品の男女は、社会的モラルや世間的な倫理観を飛び越えて惹かれ合う。アンモラルさが強いせいか、白石作品の映画化は今回が初めてだ。賢治と直子は、幼い頃から一緒に過ごした“いとこ”同士だけに、お互いの性格を知り尽くしている。しかも、血が濃いというタブー感もあり、2人はより燃え上がっていく。

 賢治と直子がセックスにのめり込んでいく要因は、それだけではない。東日本大震災後、甚大な被害を招いた福島第一原発の廃炉化作業はまだまだ進んでいない。それにもかかわらず、政治家や官僚たちは東京でオリンピックを開くことで目先を逸らそうとしている。一時的な五輪バブルが終わった後、この国はどうなるのか。先行きの不透明な時代の中で、2人はお互いの性器が腫れ上がるまで何度も何度も愛し合う。

 2人で過ごす最後の2日間、原作では倉敷へと向かい、車中でペッティングに励むなど、寸暇を惜しんでエロスを堪能する。映画では秋田県羽後町の「西馬音内盆踊り」を見物に行く。この盆踊りは、踊り子たちが覆面で顔を隠していることから“亡者踊り”とも呼ばれている。誰が生者なのか死者なのか、分からないお祭りだ。結婚にもサラリーマン生活にも失敗した賢治も、好きでもない相手との結婚を決めた直子も、死んだような幽霊のような日々を送っていた。でも、2人でセックスしている間だけは、生きていることを強く実感できる。賢治と直子は紛れもない、魂の片割れだった。

 物語は終盤、タイトルが予感させるような不穏な状況へと向かっていく。世界の破滅が近づいていた。でも世界の破滅を控え、賢治と直子は運命の相手とようやく出逢うことができた。言い換えれば、世界の終わりを前にして、2人はタブーや世間体にとらわれずに、自分たちが悔やむことのない選択肢をようやく選ぶことになる。クライマックスで映し出される富士山の火口がなんとも艶かしく、エロチックだ。賢治と直子が身体の言い分に身を任せるように、今度は富士山が長年溜め込んだ欲望をいっきに吐き出す番だった。

 人類の歴史は、アダムとイブが愛し合うことから始まった。そして、この物語は兄妹同然に育った賢治と直子が本気で愛し合うことで終わりを迎える。賢治と直子は知恵の実を捨てたアダムとイブとなり、2人だけの楽園へと向かう。世界の終わりと始まりが、同時に訪れることになる。

(文=長野辰次)

『火口のふたり』

原作/白石一文 脚本・監督/荒井晴彦

出演/柄本佑、瀧内公美

配給/ファントム・フィルム R18+ 8月23日より新宿武蔵野館ほか全国公開中

(c)2019「火口のふたり」製作委員会

https://kakounofutari-movie.jp

※ 写真家・野村佐紀子の最新展『火口のふたり写真展』開催中

新宿3丁目・Bギャラリー(ビームスジャパン5階)〜9月8日(日)まで。

 

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“羅生門”視点で撮った新感覚の官能映画が登場! 『やりたいふたり』ほか新作ピンク15本を上映

 最新ピンク映画の話題作&人気作をセレクトした「OP PICTURES+フェス2019」がテアトル新宿で開催される。R18からR15へとレイティングを下げ、よりドラマ性重視で制作された新作ピンク映画を2週間にわたって特集上映する夏の恒例イベントだ。人気女優や監督たちも舞台あいさつに来場し、ふだん成人映画館に足を運ぶ機会のない人たちに気軽に楽しんでもらおうという企画となっている。

 5年目を迎えた今年の「OP+フェス」のイチオシ作品は、第2回新人監督発掘プロジェクトで優秀賞に選ばれた谷口恒平監督の『やりたいふたり』。川瀬陽太主演作『おっさんのケーフェイ』(19)で長編デビューしたばかりの新鋭・谷口監督が、世間一般とは異なる価値観を持つカップルのユニークな愛の形を描き出している。

 漫画家の卵の小崎愛(霧島さくら)は、念願の雑誌デビューを編集者から持ち掛けられる。胸がはち切れんばかりに喜ぶ愛だが、そのデビュー作とは実話系のエロ漫画。“寝とられ妻”をテーマにしろというオーダーだった。処女の愛には難儀な課題で、実在の元カップルを取材することになる。AV業界でカメラマンとして働くタモツ(関幸治)と、ヤリマンだった元妻・カオリ(横山夏希)をそれぞれ個別にインタビューする愛。妻はヤリマンということを知った上での結婚生活はそれなりに幸せだったものの、2人が別れることになった決定的な原因は両者の間で大きく食い違っていた。

 タモツとカオリは言い分が異なるが、いったいどちらが正しいのか。愛が悩んでいるところに、第3の人物が現われる。ギャル系のAV女優・ミキ(永瀬愛菜)はタモツとカオリの双方を知っており、彼女の言い分もまた違うものだった。タモツとカオリの関係性は、3者の間でそれぞれ異なる。まるで黒澤明監督の名作ミステリー『羅生門』(50)のようだ。性体験のない漫画家・愛は、取材すればするほど愛という名の迷宮の中に迷い込んでゆく。

 谷口監督が脚本も兼任した『やりたいふたり』のユニークさは、ヤリマン妻のカオリとその夫・タモツは本気で愛し合っているものの、セックスができないという特殊な関係性を描いている点にある。愛するカオリがほかの男に抱かれているのを見てタモツは興奮するが、肝心のカオリを前にするとタモツの男性器は沈黙してしまう。大して好きじゃない相手とは気軽にSEXできるのに、いちばん好きな相手とはSEXができない。何という不条理な世界だろうか。

 SEXできない夫婦という設定は、2017年に衝撃的なタイトルでベストセラーとなった私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)とかぶるものがあるが、『夫のちんぽ』の場合は男性器・女性器がサイズ違いだったために起きた悲劇だったのに対し、『やりたいふたり』は心理的なものが障壁となっている。妻はヤリマン、夫は変態というアブノーマルさを夫婦が共にきちんと受け入れていれば問題はなかったはずだが、SEXにおいてイクこと、イカせることが重要だという世間的な価値観が愛し合う夫婦を引き裂いてしまう。快楽を伴う性生活と社会性を帯びる結婚生活は、必ずしも一致するとは限らないことが浮かび上がってくる。

 上野オークラ劇場では『悶絶劇場 あえぎの群れ』のタイトルで上映されたR18版と「OP+フェス」で上映されるR15版『やりたいふたり』はエンディングが異なっているが、夫婦愛の深遠さをより感じさせる今回RR15版をおススメしたい。1988年生まれ、平成世代の谷口監督の新しい男女観は、ピンク映画界に新しい波を起こすかもしれない。

 バスト100センチの豊乳を誇る元グラビアアイドルの松本菜奈実が主演した『たわわな気持ち』も、メジャーシーンで活躍する古澤健監督が撮った初めてのピンク映画だ。美少女感のハンパなかった橋本愛が眼帯ヒロインを演じた『Another アナザー』(12)や武井咲主演のヒット作『今日、恋をはじめます』(12)などを手掛けてきた古澤監督だが、どちらの作品にも「こんなキラキラした学生時代だったら、楽しかっただろうなぁ」という男子校育ちの古澤監督の妄想が炸裂していた。『たわわな気持ち』にも同じことが言える。

 霊峰・富士山を眺めるとき、日本人は両手を合わせて拝んでしまうが、松本のたわわな胸があらわになる瞬間も思わず手を合わせたくなる。それほどに見事なバストなのだ。昨年の「OP+フェス」で上映された城定秀夫監督の傑作コメディ『恋の豚』(18)のヒロイン(百合華)ほどのぽっちゃり感ではないものの、松本の豊かな胸の谷間に、“やすらぎの郷”を見いだす観客は多いのではないだろうか。

 そんな松本演じる主人公・綾はエロ雑誌の駆け出しライターであり、綾がアパートで同棲している年上の彼に扮しているのが古澤監督。洗濯中の綾の胸を後ろから揉むわ、吸い付くわのやりたい放題。「こんなに胸の大きな女の子が彼女だったら、毎日楽しいだろうなぁ」という男の願望があふれ出している。しかも、物語後半には綾とはタイプがまったく違う美少女系のカレン(あけみ みう)との絡みまで用意している。今回のフェス、いちばんノリノリだったのは初参加の古澤監督であることに間違いないだろう。

 ほかにも平成31年の歴史をエロ目線で振り返った竹洞哲也監督の『平成風俗史』、Netflix配信ドラマ『全裸監督』の第4話で大熱演を見せている川上奈々美が主演した『言えない気持ちに蓋をして』、人気女優・きみと歩実が主演した山内大輔監督の異色作『まりかマリカまりか』など全15本がラインアップされている。裸の美女たちが競演する「OP+フェス」、夏休みを取りそびれた大人たちにとって恰好の納涼イベントになるだろう。

(文=長野辰次)

 

「OP PICTURES+フェス2019」

テアトル新宿/8月23日(金)〜9月5日(木) R15+

https://ttcg.jp/theatre_shinjuku/topics/2019/06221530_7741.html

●『いつか…』

監督/髙原秀和 脚本/宍戸英紀、髙原秀和

出演/小倉由菜、並木塔子、涼南佳奈

●『言えない気持ちに蓋をして』

監督/竹洞哲也 脚本/深澤浩子

出演/川上奈々美、相澤ゆりな、川崎紀里恵

●『セックスの季節』

監督・脚本/佐々木浩久

出演/栄川乃亜、川菜美鈴、高梨りの、長谷川千紗、しじみ、金剛地武志、小坂ほたる

●『やりたいふたり』

監督・脚本/谷口恒平

出演/横山夏希、永瀬愛菜、霧島さくら、関幸治

●『アノコノシタタリ』

監督・脚本/角田恭弥

出演/なつめ愛莉、加藤絵莉、瀬乃ひなた、川瀬陽太、榊英雄

●『長崎家の崩壊』

監督/竹洞哲也 脚本/当方ボーカル

出演/白木優子、南涼、横山みれい

●『たわわな気持ち』

監督・脚本・出演/古澤健 

出演/松本菜奈実、あけみみう、加藤ツバキ、川瀬陽太

●『スナックあけみ』

監督・脚本/山内大輔

出演/霧島さくら、佐倉絆、黒木歩、里見瑤子、満利江、しじみ、川瀬陽太

●『平成風俗史』

監督/竹洞哲也 脚本/当方ボーカル

出演/友田彩也香、なつめ愛莉、卯水咲流、若月まりあ、東凛、辰巳ゆい

●『ちゃのまつかのま』

監督/竹洞哲也 脚本/当方ボーカル

出演/辰巳ゆい、東凛、なつめ愛莉、友田彩也香、卯水咲流、若月まりあ

●『まりかマリカまりか』

監督・脚本/山内大輔 

出演/きみと歩実、桜木優希音、真木今日子、森羅万象

●『まん・なか You’re My Rock』

監督/髙原秀和 脚本/うかみ綾乃、髙原秀和

出演/榎本美咲、栗林里莉、涼南佳奈、G.D.FLICKERS

●『劇場版・悦楽クリニック! 凛子の淫らな冒険』

原作/滝川杏奴 監督・脚本/佐々木浩久

出演/早川瑞希、西村ニーナ、しじみ、さくらみゆき、吉行由実

●『死にたくなるよと夜泣くタニシ』

監督・脚本/後藤大輔

出演/和田光希、新村あかり、相澤ゆりな、月夜野卍

●『大人の同級生』

監督/竹洞哲也 脚本/深澤浩子

出演/なつめ愛莉、香山亜衣、加藤ツバキ

(c)OP PICTURES

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まるでカオナシみたいな音楽モンスターの自伝! 孤独な心が名曲を生み出した『ロケットマン』

 人気ロックスター、エルトン・ジョンの半生をドラマ化したミュージカル映画『ロケットマン』(原題『Rocketman』)の公開が、日本では8月23日(金)から始まる。この映画は君の映画だ。親の愛を感じることができずに育った少年は、生まれついての音楽の才能を生かすことで自分の居場所を探すことになる。誰かに愛されたい、みんなに振り向いてほしい。そんな想いで曲を書き、ひとりぼっちになるのが嫌で、ステージ上で歌い続けた。この映画は君の映画だ。

 希代のメロディメーカー、エルトン・ジョンを演じたのは、英国人ならではの、伝統へのこだわりとシニカルさを感じさせたアクション映画『キングスマン』(15)で人気を得たタロン・エガートン。歌唱シーンも吹替えなしで演じて見せている。プロデューサーは『キック・アス』(10)や『キングスマン』のマシュー・ヴォーン。『キングスマン:ゴールデン・サークル』(17)にゲスト出演したエルトン・ジョン自身が製作総指揮。大ヒット作『ボヘミアン・ラプソディ』(18)を途中降板したブライアン・シンガー監督の後始末を見事にやり遂げたデクスター・フレッチャーが監督、という座組みとなっている。

 道化師のようなステージ衣装を身に纏ったエルトン・ジョン(タロン・エガートン)が、禁酒会に参加するところから本編は始まる。禁酒会に現われたエルトンは、アルコールだけでなく、ドラッグ、セックス、過食……あらゆるものに依存していることをカミングアウトする。何かに依存しなくては、怖くてステージには上がれない。そんな身も心もボロボロのエルトンが、自身の過去を振り返ることで、物語は進んでいく。

 エルトンがロックミュージシャンとしてブレイクした最大の原動力は、両親から愛された記憶がないという負の要因だった。母親のシーラ(ブライス・ダラス・ハワード)は子育てに無関心、軍人だった父親のスタンリー(スティーヴン・マッキントッシュ)は厳格な性格で、幼いエルトンが「ハグして」と頼んでも「男のくせに、そんな甘ったれたことを口にするな」と叱った。唯一の救いは、祖母アイヴィ(ジェマ・ジョーンズ)がエルトンの音楽的才能に気づいたことだった。エルトンは一度聴いたメロディーを正確にピアノで再現できたことから、祖母は孫息子がロンドンにある王立音楽院に進めるよう後押しする。どうやらエルトンは、おばあちゃんっ子だったらしい。

 音楽の世界で生きていくことを決心したエルトンは、レジナルド・ドワイトという本名を捨て、憧れていたビートルズのジョン・レノンにちなんで、エルトン・ジョンと名乗るようになる。才能豊かな作詞家バーニー・トーピン(ジェイミー・ベル)との幸運な邂逅があり、「ユアソング 僕の歌は君の歌」「クロコダイル・ロック」「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」などのヒット曲を次々と飛ばすことになる。

 両親から愛された記憶のないエルトンは、心の孤独さを穴埋めするかのように曲を書き、歌い続けた。ルックスに自信がないことから、ステージ衣装や演出はどんどん派手になっていく。大観衆が集まり、ライブが盛り上がれば盛り上がるほど、ステージ上にいるエルトンは自分が分からなくなってしまう。自分が愛されているのは才能があるからなのかお金を稼ぐからなのか、自分は同性愛者なのかそうではないのか。常にステージ上で喝采を浴びながら、暗い宇宙空間にひとりぼっちで漂う「ロケットマン」のような孤独さを感じ続けていた。

 本作の中で描かれるエルトンは、宮崎駿監督の人気アニメ『千と千尋の神隠し』(01)に登場する“カオナシ”によく似ている。エルトンと同じように、カオナシもどこにも自分の居場所がなく、指先から砂金の粒を出してみせることで周囲の関心を惹こうとした。でも、自分が本当に欲しいものは、容易には手に入らない。カオナシもエルトンも、そのことを知って破滅衝動に駆られることになる。欲望に身を任せてモンスター化したカオナシとエルトンは、誰の手にも負えなくなってしまう。

 中身が空っぽなカオナシは、そのままのカオナシを受け入れてくれる千尋や銭婆に出逢うことで救われる。カオナシが自分の居場所を見つけることで、『千と千尋の神隠し』は物語的に大団円を迎えた。エルトンも素顔の彼を理解し、見守り続ける親友がいることに気づき、さらには新しい恋人との出逢いが待っていた。カオナシもエルトンも自分のアイデンティティーを持てずに苦しみ続けるも、自分を必要としてくれる人、受け止めてくれる人と出逢いが、そのまま彼らのアイデンティティーとなっていく。カオナシもエルトンも、親から愛されなかったという自分で自分に掛けてしまった呪いからようやく解き放たれることになる。

 音楽の世界で大成功を収めるエルトンだが、父親からは結局一度もハグされることはなかった。禁酒会がリハビリに役立ったのかどうかも分からない。それでも彼はロック史に残る名曲の数々を残し、古い慣習に縛られることなく、愛のある新しい生活を手に入れる。親から愛された記憶のない人へ、孤独さを友として生きてきた人へ、そして自分にはアイデンティティーと呼べるものがないことに悩んでいる人へ。この映画は君の映画だ。

(文=長野辰次)

 

『ロケットマン』

製作総指揮/エルトン・ジョン 監督/デクスター・フレッチャー 脚本/リー・ホール

出演/タロン・エガートン、ジェイミー・ベル、リチャード・マッデン、ジェマ・ジョーンズ、ブライス・ダラス・ハワード、ステファン・グラハム、テイト・ドノヴァン、チャーリー・ロウ

配給/東和ピクチャーズ 8月23日(金)より全国公開

https://rocketman.jp/

(c)2018 Paramount Pictures.All rights reserved.

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『カメ止め』に続く新風が映画界に吹き始めた!! 銭湯が舞台の殺人サスペンス『メランコリック』

 いくつかのメランコリックさが掛け合わさり、1本の新しい映画が誕生した。それが銭湯を舞台にした犯罪サスペンス『メランコリック』だ。無名の監督、俳優たちによる低予算の自主映画だが、閉塞的な社会に対して現代人が感じる憂鬱さをきれいさっぱりに洗い流す快作となっている。

 1987年生まれの田中征爾監督は、本作が長編デビュー作となる。映画づくりを学ぶために米国留学までしたものの、帰国後はサラリーマン生活を送っていた。学生時代の同窓会に出席しても、居心地の悪さを感じていたそうだ。田中監督と同年生まれの俳優・皆川暢二も似たような鬱屈を抱えていた。30歳を過ぎても代表作を残せずにいる。俳優仲間と酒を呑んでは「事務所が仕事を持ってきてくれない。もっと大きな事務所だったら……」と愚痴をこぼし合っていた。

 だが、ブレイクできない責任を事務所や世間のせいにしている限り、いくら待っても何も始まらない。自身の不甲斐なさに気づいた皆川は、旧知の仲だった田中監督に映画づくりを持ち掛け、アクションシーンの演出ができる同学年の俳優・磯崎義和も加わり、映像製作ユニット「One Goose(ワングース)」を結成。皆川は主演とプロデュースを兼任し、製作費300万円を調達。会社勤めをする田中監督の体の空く、金曜の夜から日曜日を撮影日に充て、『メランコリック』を撮り進めていく。

 3人がアイデアを出し合った『メランコリック』はこんな物語だ。主人公の和彦(皆川暢二)は自宅暮らしのほぼニート。東大を卒業したものの、卒業後はやりたいことが見つからず、無為な日々を過ごしていた。ある晩、自宅で風呂に入りそびれた和彦は、近所の銭湯へと足を運ぶ。レトロな雰囲気の銭湯は、和彦を和ませた。風呂上がりにロビーで寛いでいると、高校時代の同級生だった百合(吉田芽吹)とばったり再会し、話が弾む。百合に勧められ、和彦はアルバイトを募集していたこの銭湯で働き始める。

 都会のオアシスである銭湯だが、この店にはもうひとつ別の顔があった。通常営業だけでは経営が苦しいらしく、営業終了後にはワケありな人向けに殺人&遺体処理の場所として貸し出されていた。解体された死体はボイラーで焼却しているらしい。この秘密を知ってしまった和彦は、解体作業後の血で染まった洗い場を朝までに清掃するという特殊残業を請け負うことになる。残業代は思いのほか高額だった。誰も知らない危険な闇の仕事に関わるようになり、和彦はこれまで感じたことのない高揚感、充足感を感じるようになっていく。

 2018年の邦画界の話題を独占した上田慎一郎監督の『カメラを止めるな!』(17)と本作はいくつかの共通点がある。『カメ止め』はイタリアのウディネ・ファーイースト映画祭で観客賞第2位に選ばれたことで注目を集めたが、『メランコリック』は今年の同映画祭に出品され、新人監督賞を受賞している。

 製作費は『カメ止め』『メランコリック』、どちらも300万円。『カメ止め』はキャストが製作費を分担し、『メランコリック』は主演の皆川が借金や深夜バイトすることで捻出した。従来、俳優は出演作のオファーが来るのを待つだけの受け身の仕事だと思われてきたが、いまどきの俳優は宣伝活動だけでなく、映画製作にも積極的に関わるという新しい流れが邦画インディーズ界に生まれつつある。これからの俳優は演技力だけでなく、才能ある監督に働きかけ、企画をプロデュースする能力も求められているようだ。新しい時代を迎えていることを感じさせる。

 また、「銭湯が殺人&解体場所として利用される」という内容の本作は、普通の銭湯なら嫌がって撮影は断られていただろう。これまでの銭湯が舞台となった映画は、『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)をはじめ、ほのぼのしたものばかりだった。『メランコリック』の場合は、和彦と一緒に銭湯で働くバイト仲間・松本役とアクション指導を兼ねた磯崎義和が自宅近くのいい雰囲気の銭湯の店主に直接交渉したところ、「面白い!」と深夜から早朝に掛けてのロケ撮影を快諾。しかも、『メランコリック』のポスターを店に貼って、宣伝にも協力しているそうだ。ちなみにこの銭湯、インディーズ映画の傑作『ケンとカズ』(16)でもドラッグの取り引き現場の撮影に利用されている。

 物語の展開も従来の映画とは違った新鮮味が感じられる。前半はいわゆる奇妙な高額バイトをめぐる都市伝説系ミステリーとして進んでいくが、この奇妙なバイトに生き甲斐を見いだした和彦は、より深みにハマり、大きな決断を迫られる状況に陥る。スリリングなアクションシーンを交え、想定外なクライマックスへと雪崩れ込んでいく。果たして和彦と百合の運命は、そして裏の顔を持つ銭湯は営業を続けることができるのか?

 売れない俳優や監督たちが自分たちに付きまとうメランコリックさを吹き払うために作られた本作だが、従来の映画の枠に収まらない熱気がスクリーンからほとばしっている。この熱気、観客が感じているメランコリックさもきっと吹き飛ばしてくれるに違いない。街から消えつつある銭湯に新しい価値を見出した本作は、障害者の性をテーマにした片山慎三監督の『岬の兄妹』、繊細な映像で新しい宗教観を浮かび上がらせた奥山大史監督の『僕はイエス様が嫌い』に続く、令和元年を代表する新感覚インディーズ映画だといえるだろう。

(文=長野辰次)

『メランコリック』

監督・脚本・編集/田中征爾

出演/皆川暢二、磯崎義和、吉田芽吹、羽田真、矢田政伸、浜谷康幸、ステファニー・アリエン、大久保裕e太、山下ケイジ、新海ひろ子、蒲池貴範

配給/アップリンク、神宮前プロデュース、One Goose 8月3日よりアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ港北ニュータウンほか全国順次公開中

(C)One Goos

https://www.uplink.co.jp/melancholic/

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大川周明の被告席での奇行はすべて狂言だった? 4時間半の超弩級ドキュメンタリー『東京裁判』

 日本はなぜ太平洋戦争へと雪崩れ込み、そしてどのようにして敗戦を迎え、米国主導による戦後処理が進んだのか。アジアの歴史、欧米の情勢、日本の内情など、さまざまな視点からの洞察を必要とする問題だ。この難問に明快に答えてくれるのが、上映時間4時間37分の超弩級ドキュメンタリー映画『東京裁判』(83)である。『切腹』(62)や『上意討ち 拝領妻始末』(67)など、封建時代から続く日本社会独特の組織と個人との軋轢をテーマに劇映画を撮り続けてきた巨匠・小林正樹監督が、5年の歳月を費やして完成させた渾身作となっている。

 アジア太平洋戦争における日本の戦争責任を連合国軍側が裁いた「極東国際軍事裁判」、通称「東京裁判」は、1946年5月から48年11月まで東京・市ヶ谷の旧陸軍省参謀本部(現在の自衛隊市ヶ谷駐屯地)で行われた。裁判記録は米国の国防総省に機密資料として保管されていたが、73年になって解禁。170時間に及ぶ膨大な記録フィルムを入手した講談社が、創立70周年記念事業として東京裁判のドキュメンタリー映画を企画した。

 最初に白羽の矢が向けられたのは黒澤明監督だったが、「僕よりも適任者がいる」と推薦したのは、東京裁判の劇映画化の準備を進めていたものの、途方もない製作費になるために暗礁に乗り上げていた小林監督だった。ソ連と満州国との国境警備などの従軍体験を持つ小林監督は資料映像を的確にまとめ上げ、4時間37分の上映時間があっという間に感じられるという神業級の編集ぶりを見せる。83年の初公開時、国内外で大反響を呼んだ『東京裁判』が4Kデジタルリマスター化され、令和初の終戦記念日を控え、再び劇場公開されることになった。

 情報量の多い『東京裁判』ゆえに、時間を経て見直すことで新しい発見がいろいろとある。興行的には難しいと思われていた『東京裁判』の製作にGOサインを出した当時の講談社・野間惟道社長は、実は陸軍大将・阿南惟幾の五男だった。映画『日本のいちばん長い日』(15)などでも知られているように、太平洋戦争末期に陸軍大臣を務めた阿南大将は8月15日に割腹自決を遂げた。戦争責任を負って自決した父の魂を慰霊するための映画だったともいえるだろう。

 太平洋戦争勃発時の首相・内相・陸相を兼任した東條英機は、米軍が逮捕に向かった際、拳銃自殺を図った。だが、米軍側は懸命な治療を施す。裁判でその罪を問うために、簡単には死なせるわけにはいかなかった。米兵の大量の献血によって、血液の半分を失っていた東條は一命を取り留める。死刑を覚悟していた東條は、以降は昭和天皇の戦争責任が問われないための闘いを法廷で演じる。一方、マッカーサーから「天皇は裁判に呼ばない」という指示を受けていた米国人のキーナン検事と、天皇の戦争責任を法廷で明らかにしたかったオーストラリア人のウェッブ裁判長とが、水面下で激しく火花を散らす。

 映画『東京裁判』の法廷初日シーンでとりわけ有名になったのは、民間人で唯一の被告となった思想家・大川周明が、被告席前列にいた東條の頭頂部をぴしゃりと平手で叩く場面だ。しかも、このときの大川はパジャマ姿だった。東條は振り返りながら、苦笑いを浮かべる。シリアスな『東京裁判』の中の貴重なギャグシーンだ。退席を命じられた大川は、梅毒による脳性麻痺と診断される。「狂気によるものであるか、狂言であるのか」という名優・佐藤慶のナレーションが流れるが、免責処分となった大川はその後、コーランの日本語全訳を入院先の精神病院で成し遂げた。法廷での奇行は狂言だったことは明白だ。A級戦犯として神格化されることよりも、東京裁判の茶番さを明るみにすることを選んだ、大川なりの抵抗だったに違いない。

 そもそも被告人が28人だったのは、法廷の被告席に椅子が28脚しか並ばなかったから、という噓のような通説もある。28人という数字には意味はなかった。裁判の妨げになる大川はあっさりと除外され、公判中に病没した松岡洋右、永野修身を除く全被告25名が有期刑となった。その内、東條ら7名に死刑判決が下される。

 見せしめとしての意味合いが最も強かったのは、文官(政治家)としてただ一人極刑を言い渡された元首相・広田弘毅だろう。三国同盟締結時の首相・近衛文麿が「法廷で裁かれることに耐えられない」と服毒死を遂げていたことから、その代役に広田は選ばれた感が強かった。好戦派ではなく、戦時中も和平の道を探っていた広田には全国から減刑嘆願書が届いたが、絞首刑の判決が覆されることはなかった。死刑宣告が告げられた際、広田が傍聴席最前列で見守っていた2人の娘へ別れの目線を無言で投げ掛ける瞬間が忘れがたい。

 渾身作を完成させた小林監督は、96年に80歳で亡くなった。名作『怪談』(65)から小林作品の助監督となり、『東京裁判』では監督補佐を務め、小林監督と共同で脚本も担当した小笠原清氏に話を聞く機会を得たので紹介したい。

小笠原「フィルムに同録された英語でのやりとりを全て翻訳し、その内容を小さい9ポの文字四段組みでびっしりと書かれた日本語の速記録10巻と照合する作業は、とても骨が折れました。当初は映画を1年で完成する予定が、5年がかりになったんです。製作の講談社からは『思想的に偏らず、退屈しないものにしてくれ』とだけ言われ、その点では大変恵まれていました。小林監督は初めてのドキュメンタリーということで、多少の戸惑いはあったでしょう。でも、フィルム素材の内容を確認するうち、3つの時間軸、すなわち法廷での進行とそこに内在するドラマ、起訴状で取り上げられた当時の戦争や時局問題に関する資料映像、そして東京裁判進行当時の日本と国際社会の状況、これらを組み合わせる必要に迫られたようです。その結果、『東京裁判』は立体的な社会像として分かりやすくまとめることが可能になりました。

 脚本作業中、全体の構成と流れを見極めるため、部屋中にシーンごとの表題を並べて、小林監督は10分ほど無言でじっと眺め続けた後、“よし、これで『人間の條件』(59〜61)と繋がるね”とひと言呟いたことを覚えています。『人間の條件』6部作は小林監督の従軍体験が生かされた反戦映画です。『東京裁判』も戦争犠牲者たちへの鎮魂の祈りを込めたものであり、悲劇を繰り返さないための時代の証言でもあります。映像資料として、年々その価値は高まっているんじゃないでしょうか」

 敗戦国・日本は、ナチスドイツ同様に人道に対する罪、平和に対する罪が問われたが、どちらも戦後に作られた事後法である。また、人道に対する罪を日本に問うのなら、広島と長崎に原爆を投下した米国側の責任はどうなのだという異議が弁護団からも上がったが、すべて却下される形で裁判は進んだ。最初から結果ありきの形式的な裁判だったといわれる所以である。

小笠原「勝者が敗者を裁いた東京裁判は、不当であり無効だと強調する意見はよく聞きます。一理ではありますが、でもそれまでの軍事裁判の現実は、日本も含め勝者が敗者を制裁し、裁くことが通常的なことでした。成否の議論は議論として、東京裁判はこれで政治的決着がつけられたわけです。もし仮に、東京裁判を公正の名目でやり直せば、立憲君主たる昭和天皇の戦争責任が改めて問われることも想定せざるを得ません。東京裁判における天皇免責は、米国が天皇の存在を生かしたほうが日本の統治には有効であると、社会学的に冷静に分析したからでしょう。いずれにせよ、国民が知らなかった膨大な戦争の実態を明るみにした成果も含めて、政治劇“東京裁判”は日本が新しい時代を迎えるための通過儀礼として機能したようにも見えます。また、当時は、戦争はもうこりごりだという思いが勝者・敗者双方に共有されていた時期でもあり、東京裁判にはその効果が漠然と期待されていた側面もありましたね」

 ドキュメンタリー映画『東京裁判』には、「終」マークが付かないことでも知られている。悲惨さを極めた第二次大戦後も世界各地で国際紛争は続き、今なお本当の平和は見えてこない。小林監督からの無言のメッセージがラストカットには込められている。

(文=長野辰次)

『東京裁判 デジタルリマスター版』

ナレーター/佐藤慶 音楽/武満徹 脚本/小林正樹、小笠原清 監督/小林正樹

配給/太秦 8月3日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

※ブルーレイ&DVDはキングレコードより販売&発売中

(c)講談社2018

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全米を震撼させたシャロン・テート事件の真相!! ドラッグとSEXによる洗脳『チャーリー・セズ』

 1960年代後半の米国ではフラワームーブメントが花開き、若者たちはロックと愛と自由を謳歌した。だが、そんな新しい時代の空気は邪悪な犯罪によって、一気に萎んでいく。69年8月9日に起きた「シャロン・テート殺害事件」だ。チャールズ・マンソン率いるカルト集団マンソン・ファミリーは、ハリウッドで暮らす人気監督ロマン・ポランスキーの妻であり、女優でもあったシャロン・テートたちを殺害し、黒人結社「ブラックパンサー」の仕業に見せようとした。シャロンはなんの罪もないどころか、妊娠8カ月の身だった。映画『チャーリー・セズ マンソンの女たち』(原題『Charlie Says』)は、マンソン・ファミリーの実像に迫った驚愕のノンフィクションドラマとなっている。

 シャロン・テート事件は50年がたった今も、米国史に暗い影を落としている。クエンティン・タランティーノ監督の新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(日本では8月30日公開)も、この事件をモチーフにしている。ひと足先に公開される本作は快楽殺人鬼を主人公にした『アメリカン・サイコ』(00)の女性コンビ、メアリー・ハロン(監督)とグィネヴィア・ターナー(脚本)が、まだ事件の記憶が生々しく残る71年にエド・サンダースが取材・執筆した『ファミリー シャロン・テート殺人事件』(草思文庫)をベースに映画化したものだ。

 恐怖の殺人集団マンソン・ファミリーを、本作では事件に関わるハメになった女性たちの視点からドラマ化している。主演は『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』(14)で育ちのよいお嬢さんながら、バンド活動に熱中するピュアな女子高生キャシーを好演した英国女優ハンナ・マリー。ハンナ演じるレスリーがちょっとした好奇心からチャールズ・マンソンに近づき、やがて洗脳されていく過程がじっくりと描かれている。

 マンソン・ファミリーには20歳前後の女性たちが多く、マンソン・ガールズとも呼ばれた。なぜ、冴えない小男のチャールズ・マンソンは女性たちを魅了し、カルト集団を結成するに至ったのか。原作本『ファミリー』によると、10代のほとんどを監獄で過ごしたマンソンは、どうすれば女性を支配下に置くことができるかを自慢げに話すヒモたちからそのノウハウを学び、さらには催眠術やカルト教団についての本を読みかじったとある。

 マンソンが久しぶりにシャバに出たところ、世はヒッピーブーム。髭面で痩せこけていたマンソンは、「イエス・キリストにして悪魔」と自称し、ギターの弾き語りでもてはやされる。ラブ&ピースな時流に、うまく便乗した。人気バンド「ザ・ビーチ・ボーイズ」のドラマー、デニス・ウィルソンとも仲良くなり、徐々にファミリーを増やしていく。

 ファミリーに身を寄せた女性たちの多くは、家出少女たちだった。家庭にも学校にも居場所のない彼女たちの目には、世間のルールを無視して生きるマンソンはさぞかしかっこいい大人に映ったことだろう。マンソンはドラッグとSEXで少女たちを洗脳し、忠実な下僕としてしまう。人を疑うことを知らない女の子レスリー(ハンナ・マリー)も、「時計やカレンダーは棄てろ。機械に支配されてはならない」と安っぽい哲学を語るマンソン(マット・スミス)の術中に簡単に墜ちてしまう。マンソン・ガールズの気のいい先輩パトリシア(ソシー・ベーコン)たちと行動を共にするようになる。

 

 ファミリーを率いるマンソンの教義は、恐ろしいまでにチープだ。ビートルズが歌う「ヘルタースケルター」を予言書だと勝手に解釈し、白人と黒人との間で最終戦争〈ハルマゲドン〉が起きると説く。最終戦争が起きている間、ファミリーは地下洞窟に潜み、戦争後の新世界を統治するのだと。トリップ中に見た幻覚や妄想をそのままマンソンは予言だと主張し、洗脳状態にあるファミリーに信じ込ませた。ファミリーの誰かがマンソンの教義に疑問を覚えそうになると、暴力と恐怖で混乱させ、理性を奪い取った。かくしてマンソンの言う最終戦争の始まりとなる69年8月を迎える。

 シャロン・テートをはじめとする罪のない市民5名への無差別殺人を命じたマンソンだが、カリフォルニア州では一時的に死刑制度が廃止されたために極刑を免れ、2017年まで獄中で生き続けた。享年83歳。悪のシンボルとして、死後も脚光を浴び続けている。

 殺人事件の実行犯となったマンソン・ガールズのパトリシアとレスリーは、現在もロサンゼルスの刑務所に収監されている。収監後も洗脳がなかなか解けず、マンソンが語った最終戦争後の新世界を嬉々として信じ続けた。チャールズ・マンソンは「最終戦争後、お前たちの背中から翼が生えて、空を飛べるようになるんだ」と彼女たちに語っていたそうだ。

(文=長野辰次)

 

『チャーリー・セズ マンソンの女たち』

原作/エド・サンダース 脚本/グィネヴァ・ターナー 監督/メアリー・ハロン

出演/ハンナ・マリー、ソシー・ベーコン、マリアンヌ・レンドン、メリット・ウェヴァー、スキ・ウォーターハウス、チェイス・クロフォード、アナベス・ギッシュ、ケイリー・カーター、グレイス・ヴァン・ディーン、マット・スミス、ジェイムズ・トレヴェナ・ブラウン、ブライアン・エイドリアン

配給/キングレコード +R15 

「カリテ・ファンタスティックコレクション2019」7月31日(水)15時15分〜、8月1日(木)20時30分〜、8月3日(土)18時30分〜、8月5日(月)10時30分〜、8月9日(金)10時30分〜、新宿シネマカリテにて上映

©2018 SQUEAKY FILMS, LLC

http://qualite.musashino-k.jp/quali-colle2019

 

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