生きる上で大切なことはすべてリングから学んだ 最強家族伝説『ファイティング・ファミリー』

 

 プロレス好きなら見逃せない、最高にご機嫌な映画『ファイティング・ファミリー』が日本でも劇場公開される。プロレス界きってのメジャー団体「WWE」が生み出したスーパースター、ザ・ロックことドウェイン・ジョンソンのプロデュース作で、本人役で出演もしている。英国の小さなインディーズ団体から「WWE」へと移り、大活躍した女子レスラー・ペイジとその家族を描いた実録ドラマだ。

 18歳になるペイジ(フローレンス・ピュー)は、英国北部の都市ノーウィッチを拠点にするインディーズのプロレス団体に所属する女子レスラー。プロレス団体といっても、所属レスラーは父親のリッキー(ニック・フロスト)、母親のジュリア(レナ・ヘディ)、兄のザック(ジャック・ロウデン)だけという家族経営の弱小団体だった。英国の伝統を感じさせる正統派のレスリングと家族ならではの息の合った連係プレーで、小さな会場を沸かせている。13歳でリングデビューしたペイジにとって、プロレスのリングこそが青春そのものだった。

 試合巧者の兄ザックと共にペイジは、英国で興行中の「WWE」のトライアウトに呼ばれる。メジャーデビューを狙っていたプロレス兄妹にとって、願ってもないチャンスだった。会場にはザ・ロック(ドウェイン・ジョンソン)もいる。思わず駆け寄り、アドバイスを求めるプロレス兄妹。「プロレスファンは噓を見破る。本当の自分を出せ」と親身になって助言するロック様だった。この言葉は、本作のメインテーマとしての重みを持つことになる。

 兄妹でぴったり息の合ったチームワークを見せるザックとペイジだったが、メジャー団体の判定は極めて冷酷だった。「WWE」が米国フロリダで行うキャンプへと駒を進めることができたのは、トライアウトを受けた若手レスラーの中の紅一点・ペイジだけだった。「WWE」のトレーナー、ハッチ(ヴィンス・ヴォーン)に「兄妹で採用して」と訴えるペイジだったが、ハッチの下した裁定は変わらない。これまで家族に支えられながらリングで闘ってきたペイジは、単身で渡米し、「WWE」へと乗り込むことになる。

 もともとはペイジとその家族の様子を追った英国BBCのドキュメンタリー番組だったが、視聴したドウェイン・ジョンソンが感銘を受け、みずからプロデューサーを買って出ての劇映画化。ペイジ役のフローレンス・ピューはマーベル大作『Black Widow』(2020年公開)に出演決定、家族想いの優しい兄ザック役のジャック・ロウデンは戦争映画『ダンケルク』(17)で注目を集めるなど、英国の伸び盛りの若手俳優たちがキャスティングされている。また、トップレスラーとして長年活躍したドウェイン・ジョンソンのプロデュース作だけに、プロレスシーンは手抜きなしのリアルな仕上がりとなっている。

 中でも「WWE」でのデビューを目指す練習生たちがしのぎを削るフロリダでのキャンプシーンは、本作の大きな見どころだ。地元では怖いものなしだったペイジだが、自分が井の中の蛙だったことを思い知らされる。世界各地から有能なアスリートたちが集まったこのキャンプは、梶原一騎原作漫画『タイガーマスク』の「虎の穴」さながらの恐ろしい場所だった。鬼トレーナーのハッチの指導のもと、ハードトレーニングについていけない者は次々と退場を命じられる。

 キャンプではプロレスラーとしての体力だけでなく、メンタル面も問われる。マイクパフォーマンスのテストで、ペイジは自慢のラップ調でのマイクアピールを披露するも、ハッチからは「時代遅れ」とけなされてしまう。観客からの心ない野次にうまく対応できるかどうかも、プロレスラーにとっては重要な資質だ。モデルやチアガール出身のセクシーなディーバ候補生たちとの間に、ペイジは溝を感じ、どんどん落ち込んでしまう。トレーニングなかばでの里帰りを余儀なくされるペイジだった。

 英国出身のスティーヴン・マーチャント監督にとって、本作は長編映画デビュー作。米国最大のプロレス団体「WWE」のショーアップされたド派手さとは対象的に、英国のインディーズ団体の生活に根差した地味な活動ぶりを丁寧に描いている点に好感を覚える。「WWE」のトライアウトでは採用されなかった兄ザックだが、普段は地元の子どもたちに声を掛け、プロレス教室を開いている。集まるのは、プロレス教室がなかったらドラックの売人になってしまうような、他に行き場所のない貧困層の子どもたちだ。両親のリッキーとジュリアもかつては不良児だったが、プロレスと出会ったお陰で更生することができた。この一家にとって、プロレス教室は大切な意味を持つものだった。

 プロレス教室に参加する生徒のひとりに、視覚障害の少年がいる。彼は他の生徒たちと同じようにリングに上がり、コーナーポストに登ってからのダイビングボディプレスを決めようとする。このシーンを見て、ハッとさせられた。プロレスとはただ単に強さを競い合うだけの競技ではない。お互いの個性を競い合ってこそのプロレスなのだと。プロレスラーとは職業ではなく、生き方を指した言葉であり、裸一貫でどこまで自分をさらけ出せるかの勝負なのだ。視覚障害の少年はコーナーポストからダイブした瞬間、プロレスラーとしての輝きを放ってみせる。

 地元ノーウィッチに里帰りしたペイジは、メジャーデビューを目指すあまりに大切なものを見失っていたことに気づく。プロレスは自分ひとりが意気がっても成立しない。自分の力と技を認めて受け止めてくれる相手がいるからこそ、初めて成り立つ肉体表現である。ひとりよがりになっていたことを改め、「WWE」に再挑戦することを決意するペイジ。兄ザックも一時は酒に溺れてしまうが、自分にしかできないスタイルを模索することになる。

 プロレスのリングは多様性に溢れた世界だ。ベビーフェイス(善玉)よりもヒール(悪役)のほうが、観客からの支持を得ることが多い。相手レスラーとのライブセッションの中で、予定調和からはみだした熱戦が生まれていく。そんなリングで闘いながら、ペイジは自分らしさを見つけていくことになる。

 金髪系ディーバのようなセクシーさはないものの、全力ファイトを信条とするペイジはリング上で輝きを発揮するようになる。そんなペイジを、ザックたち家族はテレビ観戦しながら応援する。離れていても、リングで培った家族の想いはずっと繋がったままだ。プロレス、最高! プロレスファンでなかった人も本作を見終わった後には、そう叫ばずにはいられないだろう。

(文=長野辰次)

『ファイティング・ファミリー』
監督・脚本/スティーヴン・マーチャント
出演/フローレンス・ピュー、レナ・ヘディ、ニック・フロスト、ジャック・ロウデン、ヴィンス・ヴォーン、ドウェイン・ジョンソン
配給/パルコ、ユニバーサル映画 11月29日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
(c) 2019 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC., WWE STUDIOS FINANCE CORP. AND FILM4, A DIVISION OF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.
https://fighting-family.com

 

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中東紛争を題材にした傑作バックステージもの 予期せぬ結末『テルアビブ・オン・ファイア』

 

 笑ってはいけないシチュエーションほど、大きな笑いを生む。誰もが知っている笑いの鉄則だが、映画『テリアビブ・オン・ファイア』はそんな笑いの鉄則にぴったりハマった優れもののコメディだ。イスラエル・パレスチナ問題という超シリアスな題材をネタに、イスラエル人とパレスチナ人との間にある緊張関係を笑い飛ばすことに成功している。

 主な舞台となるのはイスラエルのテレビ局と検問所の2カ所。エルサレムで暮らしているパレスチナ人の青年サラーム(カイス・ナシェフ)はアラブ語の他にヘブライ語も話せることから、テレビドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』のヘブライ語指導をしている。言語指導とはいっても、実際はペーペーの雑用係だった。その日の収録を終え、自宅に帰るために検問所を通ろうとしたサラームは、検問所を仕切るイスラエル軍の司令官アッシ(ヤニブ・ビトン)に職業を問われ、つい見栄を張り、『テルアビブ・オン・ファイア』の脚本家だと答えてしまう。

 コワモテな司令官アッシは、サラームの答えに興味津々。『テルアビブ・オン・ファイア』はイスラエル全土で人気となっており、アッシの妻や母も夢中になっていた。サラームが持っていた脚本を取り上げたアッシは「ドラマの結末を教えろ」「イスラエル軍のイメージがよくない。もっと紳士に描け」と次々と無茶ぶりをする。検問所を通してもらうため、「わかった」と安請け合いするサラームだった。

 劇中劇として描かれるテレビドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』は、パレスチナ系のヒロインであるラヘル(ルブナ・アザバル)がフランス系ユダヤ人だと偽り、イスラエル軍の将軍イェフダにスパイとして近づくサスペンス。アッシから言われていたアイデアのいくつかをサラームは自分の意見として提案したところ、プロデューサーたちは「なかなかいいんじゃないか」と採用されることに。折から脚本家がプロデューサーや主演女優と揉めていたことから急遽降板。サラームは脚本家に昇格することに。それまで厄介でしかなかった検問所が、サラームにとっては脚本のアイデアをもらうための大切な場所となる。

 ドラマ制作の舞台裏を描いた本作を観た人は、三谷幸喜の舞台『笑いの大学』を思い浮かべるのでないだろうか。『笑いの大学』は西村まさ彦と近藤芳正の2人芝居として、1997年に初演された。大戦を間近に控えた昭和初期、コメディ劇団「笑いの大学」の座付き作家・椿(近藤)は、警視庁の検閲官・向坂(西村)から上演台本の厳しい検閲を受ける。

「このご時勢に笑いなど不謹慎だ」と向坂は台本から笑いの部分を削除しようとするが、椿は向坂の指導に従いながら台本を書き直し、その結果、さらに笑える台本になっていく。権力からの圧力が掛かることで、笑いの力がますますアップするという逆説的な物語を描いたこの舞台は、ロシアや香港など海外でも上演され、劇作家・三谷幸喜の代表作となった。

 三谷が得意とするバックステージものと同じ面白さが、本作にもある。サスペンスドラマだったはずの『テルアビブ・オン・ファイア』だが、アッシの強い意向で女スパイとイスラエル軍の将軍が危険な恋に陥る大恋愛ドラマへと変貌していく。アッシは大のロマンチストだった。検問所の中でアッシとサラームがドラマ展開についてブレストしていることは、2人だけの秘密だ。『テルアビブ・オン・ファイア』の思わぬ方向転換に、パレスチナ人もイスラエル人も大喜び。これまで以上の高視聴率を記録するようになる。

 冴えない雑用係から人気脚本家へと出世したサラームは、意中の女性マリアム(マイサ・アブドゥ・エルハディ)への想いを劇中の台詞として託すなど、どんどん大胆になっていく。さらにはサラームを気に入った主演女優からは、「一緒にパリに行かない?」とフランス行きを誘われることに。検問所のない欧米での自由な暮らしは、サラームにとっては長年の憧れだった。脚本家の私生活がそのままドラマに反映され、人気ドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』は誰も予測できない意外な結末を迎えることになる。

 脚本のいい作品は、小道具の使い方もうまい。本作で重要な役割を果たすのは、パレスチナの伝統的な家庭料理の「フムス」だ。ヒヨコ豆を潰したペースト状の料理であり、ピタパンにたっぷり塗って食べるとすごくおいしい。イスラエル人のアッシは、このフムスに目がない。パレスチナ人のサラームに「美味しいフムスを持ってきたら、脚本のアイデアを提供してやる」と脚本料代わりにフムスを要求する。一方のサラームはフムスが大嫌い。子どもの頃に戒厳令が敷かれ、外出できずにフムスばかり食べさせられ、フムス嫌いになってしまったのだ。

 1948年にイスラエルが建国され、それまで暮らしていた土地を追われたパレスチナ人の多くはパレスチナ難民となり、今も紛争が絶えない。軍事的・政治的には厳しく対立しているイスラエルとパレスチナだが、本作を観ているとテレビドラマなどの娯楽産業や食文化においては、両者の間に境界線は存在しないことが分かる。脚本のやりとりを重ねるうちに、アッシとサラームも友人とは呼べないまでも人間的な交流が生じるようになっていく。イスラエル政府が建造させ、軍隊が守るイスラエル西岸地区の分離壁のなんと無意味なことだろうか。

 笑ってはいけないシチュエーションが、より大きな笑いを呼ぶ。本来、笑いとは場の空気を壊す不謹慎なものだ。パレスチナ系イスラエル人であるサメフ・ゾアビ監督が生み出した『テルアビブ・オン・ファイア』は、イスラエルとパレスチナとの緊張関係を笑い飛ばす、超強力な破壊兵器だと言えるだろう。

(文=長野辰次)

 

『テルアビブ・オン・
監督/サメフ・ゾアビ 脚本/サメフ・ゾアビ、ダン・クランマン
出演/カイス・ナシェフ、ルブナ・アザバル、ヤニブ・ビトン配給/アットエンタテイメント 11月22日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開(c)amsa Film – TS Productions – Lama Films – Films From There – Artémis Productions C623
http://www.at-e.co.jp/film/telavivonfire

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中東紛争を題材にした傑作バックステージもの 予期せぬ結末『テルアビブ・オン・ファイア』

 

 笑ってはいけないシチュエーションほど、大きな笑いを生む。誰もが知っている笑いの鉄則だが、映画『テリアビブ・オン・ファイア』はそんな笑いの鉄則にぴったりハマった優れもののコメディだ。イスラエル・パレスチナ問題という超シリアスな題材をネタに、イスラエル人とパレスチナ人との間にある緊張関係を笑い飛ばすことに成功している。

 主な舞台となるのはイスラエルのテレビ局と検問所の2カ所。エルサレムで暮らしているパレスチナ人の青年サラーム(カイス・ナシェフ)はアラブ語の他にヘブライ語も話せることから、テレビドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』のヘブライ語指導をしている。言語指導とはいっても、実際はペーペーの雑用係だった。その日の収録を終え、自宅に帰るために検問所を通ろうとしたサラームは、検問所を仕切るイスラエル軍の司令官アッシ(ヤニブ・ビトン)に職業を問われ、つい見栄を張り、『テルアビブ・オン・ファイア』の脚本家だと答えてしまう。

 コワモテな司令官アッシは、サラームの答えに興味津々。『テルアビブ・オン・ファイア』はイスラエル全土で人気となっており、アッシの妻や母も夢中になっていた。サラームが持っていた脚本を取り上げたアッシは「ドラマの結末を教えろ」「イスラエル軍のイメージがよくない。もっと紳士に描け」と次々と無茶ぶりをする。検問所を通してもらうため、「わかった」と安請け合いするサラームだった。

 劇中劇として描かれるテレビドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』は、パレスチナ系のヒロインであるラヘル(ルブナ・アザバル)がフランス系ユダヤ人だと偽り、イスラエル軍の将軍イェフダにスパイとして近づくサスペンス。アッシから言われていたアイデアのいくつかをサラームは自分の意見として提案したところ、プロデューサーたちは「なかなかいいんじゃないか」と採用されることに。折から脚本家がプロデューサーや主演女優と揉めていたことから急遽降板。サラームは脚本家に昇格することに。それまで厄介でしかなかった検問所が、サラームにとっては脚本のアイデアをもらうための大切な場所となる。

 ドラマ制作の舞台裏を描いた本作を観た人は、三谷幸喜の舞台『笑いの大学』を思い浮かべるのでないだろうか。『笑いの大学』は西村まさ彦と近藤芳正の2人芝居として、1997年に初演された。大戦を間近に控えた昭和初期、コメディ劇団「笑いの大学」の座付き作家・椿(近藤)は、警視庁の検閲官・向坂(西村)から上演台本の厳しい検閲を受ける。

「このご時勢に笑いなど不謹慎だ」と向坂は台本から笑いの部分を削除しようとするが、椿は向坂の指導に従いながら台本を書き直し、その結果、さらに笑える台本になっていく。権力からの圧力が掛かることで、笑いの力がますますアップするという逆説的な物語を描いたこの舞台は、ロシアや香港など海外でも上演され、劇作家・三谷幸喜の代表作となった。

 三谷が得意とするバックステージものと同じ面白さが、本作にもある。サスペンスドラマだったはずの『テルアビブ・オン・ファイア』だが、アッシの強い意向で女スパイとイスラエル軍の将軍が危険な恋に陥る大恋愛ドラマへと変貌していく。アッシは大のロマンチストだった。検問所の中でアッシとサラームがドラマ展開についてブレストしていることは、2人だけの秘密だ。『テルアビブ・オン・ファイア』の思わぬ方向転換に、パレスチナ人もイスラエル人も大喜び。これまで以上の高視聴率を記録するようになる。

 冴えない雑用係から人気脚本家へと出世したサラームは、意中の女性マリアム(マイサ・アブドゥ・エルハディ)への想いを劇中の台詞として託すなど、どんどん大胆になっていく。さらにはサラームを気に入った主演女優からは、「一緒にパリに行かない?」とフランス行きを誘われることに。検問所のない欧米での自由な暮らしは、サラームにとっては長年の憧れだった。脚本家の私生活がそのままドラマに反映され、人気ドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』は誰も予測できない意外な結末を迎えることになる。

 脚本のいい作品は、小道具の使い方もうまい。本作で重要な役割を果たすのは、パレスチナの伝統的な家庭料理の「フムス」だ。ヒヨコ豆を潰したペースト状の料理であり、ピタパンにたっぷり塗って食べるとすごくおいしい。イスラエル人のアッシは、このフムスに目がない。パレスチナ人のサラームに「美味しいフムスを持ってきたら、脚本のアイデアを提供してやる」と脚本料代わりにフムスを要求する。一方のサラームはフムスが大嫌い。子どもの頃に戒厳令が敷かれ、外出できずにフムスばかり食べさせられ、フムス嫌いになってしまったのだ。

 1948年にイスラエルが建国され、それまで暮らしていた土地を追われたパレスチナ人の多くはパレスチナ難民となり、今も紛争が絶えない。軍事的・政治的には厳しく対立しているイスラエルとパレスチナだが、本作を観ているとテレビドラマなどの娯楽産業や食文化においては、両者の間に境界線は存在しないことが分かる。脚本のやりとりを重ねるうちに、アッシとサラームも友人とは呼べないまでも人間的な交流が生じるようになっていく。イスラエル政府が建造させ、軍隊が守るイスラエル西岸地区の分離壁のなんと無意味なことだろうか。

 笑ってはいけないシチュエーションが、より大きな笑いを呼ぶ。本来、笑いとは場の空気を壊す不謹慎なものだ。パレスチナ系イスラエル人であるサメフ・ゾアビ監督が生み出した『テルアビブ・オン・ファイア』は、イスラエルとパレスチナとの緊張関係を笑い飛ばす、超強力な破壊兵器だと言えるだろう。

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『テルアビブ・オン・
監督/サメフ・ゾアビ 脚本/サメフ・ゾアビ、ダン・クランマン
出演/カイス・ナシェフ、ルブナ・アザバル、ヤニブ・ビトン配給/アットエンタテイメント 11月22日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開(c)amsa Film – TS Productions – Lama Films – Films From There – Artémis Productions C623
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史上最高の官能スパイコメディが奇跡の続編化!!  忘れられない笑激『クライングフリーセックス』

 断言しよう。こんなにも、くだらない映画はかつてなかったと。でも、あまりのくだらなさに、思わず吹き出してしまう。それが官能アクション映画『クライングフリーセックス』だ。わずか15分の短編映画ながら「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018」など国内外のファンタスティック系映画祭の会場を沸かせ、『カメラを止めるな!』(17)大ヒットの発火点となった“インディーズ映画の聖地”新宿ケイズシネマで2018年9月に公開されるや、満席回が続出したという伝説のショートムービーだ。

 15分間の上映中、劇場を爆笑の渦に終始巻き込んでしまった『クライングフリーセックス』は何がすごかったのか? それは設定のくだらなさに尽きる。主人公はすご腕のスナイパーであるナオミ(合アレン)とコブラ(マイケル・ファンコーニ)。秘密組織に潜入していた2人は作戦遂行を直前に控え、セックスに励んでいた。セックスしないと、手が震えて銃が握れないというナオミの特殊体質のせいだった。

 セックスで盛り上がりすぎてしまい、うっかり敵に気づかれてしまうナオミとコブラ。たちまち武装兵に包囲される。だが、“膣痙攣”状態となり、2人の体は離れることができない。絶体絶命の窮地に追い込まれた2人は真っ裸のまま、いや駅弁スタイルのまま、死闘を繰り広げるはめに陥る。

 全裸スパイと化した2人は、ガンアクション、ソードアクション、カーアクションへと次々と挑むことに。バディムービーの古典的名作『手錠のままの脱獄』(58)など、過去には対立する2人が手錠で繋がれたまま逃走する作品はあったが、男女の局部がつながった状態で戦うというバディアクションものは恐らく人類史上初。わずか15分の中に、ナンセンスギャグと本格アクション、そして孤独に戦うスナイパー同士の心の触れ合いが描かれた傑作コメディとしてケイズシネマを訪れた観客の脳裏に焼き付いた。

 本作を撮ったのは岩崎友彦監督。通称“エビ天”こと『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』(91年放送/TBS系)の名物監督となり、その後もインディーズ映画シーンで活動を続けてきた。キム・ギドク監督の日本ロケ作品『STOP』(17)のプロデュース&出演を務めた女優・合アレンを主演に起用し、撮影期間4日間で『クライングフリーセックス』を撮り上げてみせた。製作費は『カメ止め』の300万円を遥かに下回る20万円だった。

 岩崎監督が『クライングフリーセックス』の長編化構想を語った際は、誰もが受け狙いのギャグだろうと思っていたのだが、噓から出たまことならぬギャグから生まれた続編。ナオミとコブラのその後を描いた『クライングフリーセックス Never Again!』が完成した。今回の上映時間は45分。長編映画と呼ぶにはまだ短いが、前作を上回る壮大なくだらなさが繰り広げられるアクションコメディ大作に仕上がっている。

 前回のミッションで九死に一生を得たナオミとコブラ。「お前とは二度とファックはしない」と毒づき合いながら別れた2人だったが、再び過酷なミッションが下る。ナオミとコブラはセックスしながら戦うことで、人間離れした能力を発揮した。このことに着目した某国の秘密組織は、ナオミとコブラのように男女が合体したスナイパーカップル“セクサー”を開発&増産し、世界征服をもくろんでいた。ナオミ&コブラは、このセクサーたちの秘密特訓基地に潜入することになる。

 ウイリアム・ワイラー監督のアクション巨編『ベン・ハー』(59)を彷彿させる大スペクタクルシーンに、ナオミのファーストミッションを描いた回想シーンやサブキャラの活躍もあり。前作ファンの期待は、決して裏切らないだろう。

 駅弁スタイル、もしくは後背位スタイルで敵と戦うナオミ&コブラとして、息もぴったりの名バディぶりを披露している合アレンと総合格闘技の経験を持つ日本在住の米国人マイケル・ファンコーニ。実はこのお2人、もともとは恋人同士。岩崎監督が執筆した脚本を読んだ合アレンはその内容に爆笑し、交際相手のマイケルを共演者として推すことで、岩崎監督の妄想で終わるはずだった『クライングフリーセックス』は実現化するに至った。コメディが大好きという2人は、『クライングフリーセックス』の撮影終了後に入籍。『クライングフリーセックス Never Again!』でもアツアツぶりを見せている。

合アレン「マイケルと共演した『クライングフリーセックス』がまさか続編化されるとは思っていなかったのですが、2人とも新作も楽しんで出演させてもらいました。前作は私とマイケル以外の出演者はなかなか決まらなかったのですが、今回は前作が話題になったこともあり、出演者を募集したところ予想以上の出演希望者が殺到し、びっくりしました。出演者が多くなった分、グリーンバックでの撮影は位置合わせやタイミングを合わせるので大変でした。女性も男性もそれぞれ局部に前貼りを付けて演じていたんですが、お互いの局部が擦れ合っている間に前貼りが取れてしまうんです(笑)。もう、これ以上の内容のものは撮れないと思うんですが、スタッフやキャストが集まると第3弾はどうする、みたいな話題になってしまいますね。さらなる新作があるのかどうかは、今回の劇場での盛り上がり次第でしょうか」

 今回のケイズシネマでの上映は1週間だけの限定上映だが、『クライングフリーセックス』と『クライングフリーセックス Never Again!』との一挙上映となっている。史上最高にくだらなくて、最高に笑える官能アクション映画の2本立てだ。エロス&タナトス、そしてギャグ。さらには、体を交わし合った恋人たちの忘れ得ぬ熱い想い。最高にくだらないドラマに、最高の情熱を持って挑んだスタッフ&キャストの心意気に胸を打たれる。あまりのくだらなさに触れ、誰もが生きる勇気がむくむくと湧いてくるに違いない。

(文=長野辰次)

●『クライングフリーセックス』
監督・脚本・編集/岩崎友彦 アクション監督/熊王涼 VFX/内田剛史 
出演/合アレン、マイケル・ファンコーニ、高木公佑、鈴木佳恵、ブエノ、木村圭作、真砂豪、ぬら田CAGE

●『クライングフリーセックス Never Again!』
監督・脚本・編集/岩崎友彦 アクション監督/熊王涼 VFX/内田剛史 
出演/合アレン、マイケル・ファンコーニ、木村圭作、高木公佑、鈴木佳恵、若林美保、松井理子、西入美咲、豊岡んみ、若狭ひろみ、大澤由理、榎本桜、新海ひろ子、海道力也

配給/Allen Ai Film 11月9日(土)より新宿ケイズシネマにて2本同時上映
(c)BOX TURTLE BOX
https://www.cryingfreesex.com

 

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下腹部への強烈ボディブローが毎月襲ってくる!?  二階堂ふみ、伊藤沙莉の共演映画『生理ちゃん』

 大事な仕事を抱えていても、大切な試験を控えていても、“あれ”は問答無用でやってくる。Web漫画として2017年から連載がスタートした小山健の『ツキイチ! 生理ちゃん』が、二階堂ふみ、伊藤沙莉ら若手実力派女優が共演した映画『生理ちゃん』として実写化された。現代社会において、今なおタブー視されがちな“生理”をテーマにした作品として注目される。

 青子(二階堂ふみ)は出版社で働くワーキングガールだ。作家への原稿依頼から、ゲラの校正などテキパキとこなし、多忙ながら充実した毎日を過ごしている。ところが、“あれ”は唐突に現われた。月に一度の“生理ちゃん”である。青子の行く手を阻む生理ちゃん。「今は忙しいから」と無視して青子は走り抜けようとするが、生理ちゃんは青子をむんずと捕まえ、下腹部へ強烈なボディブローをお見舞いする。悶絶する青子。それでも青子は苦しみに耐えながら、任された仕事を片付けるしかない。

 悲劇はそれだけでは済まなかった。翌朝目覚めると、より巨大化した生理ちゃんが青子の上にのしかかっている。会社に行きたくない……。そんな気持ちを振り切り、青子はいつもより時間を要するメイクを施して会社へ向かうが、背中には無表情な生理ちゃんがへばりついている。どうやら、生理ちゃんの姿は、他の男性たちには見えないらしい。今月もまた1週間にわたって生理ちゃんと付き合わないといけないかと思うと、どんよりとしてしまう青子だった。

 まるでホラー映画『イット・フォローズ』(14)のような始まりだ。『イット・フォローズ』は“それ”と呼ばれる正体不明のクリーチャーに付きまとわれる人々の恐怖を描いた不条理ホラーだった。セックスを媒介にして“それ”は生きている限り、ずっと付きまとい続けてくる。不気味な“それ”に比べれば、ゆるキャラふうのキャラクターとなっている生理ちゃんだが、女性にとってはやはり憂鬱な対象でしかない。

 職場でだるそうにしていた青子は、上司(藤原光博)からグダグダと小言を言われ続けるはめに。お手洗いで女性の先輩から「あなたも生理? お互いにがんばりましょう」と励まされる。女同士には、お互いの生理ちゃんが見えるらしい。でも、その先輩の連れている生理ちゃんはとても小さくて、かわいらしい。生理ちゃんの大きさは、かなり個人差があることがうかがえる。

 男はどうしても生理ちゃんの存在には鈍感だ。クリスマスシーズンに、苦労して予約したおしゃれなレストランや眺めのいいホテルで、彼女の表情が冴えないでいるとその理由を察することができずに逆ギレしてしまいかねない。女と男の間には、大きな大きな溝がある。生理ちゃんは、そんな恋人たちの成り行きをただ黙って見つめているだけである。

 男性が本作に興味を持っても、映画館にまで足を運ぶのはハードルが高いかもしれない。そんな方には、まずWebサイト「オモコロ」で無料公開されている原作コミックを一読してみることをお勧めする。いろんな職種・世代の女性たちと生理ちゃんとの葛藤のドラマが、一話につき16ページの短編漫画としてまとめられており、とても読みやすい。擬人化された生理ちゃんと女性たちとのやりとりから、男性が初めて知ることも多いはずだ。原作者の小山健は1984年奈良県生まれ、『生理ちゃん』で手塚治虫文化賞短編賞を今年受賞している。原作者が男性なことに驚くが、男性だからこそ生理を客観視して、キャラクター化することができたのだろう。

 珠玉の原作コミックの中でもホロリとさせるのは、日本製の使い捨てナプキンを開発したスタッフたちの実録エピソード。インド映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』(18)の主人公は自分の奥さんのために廉価で清潔なナプキンを作ろうとして周囲から白眼視されたが、高度成長期の日本も同様だったらしい。男性社会の中で生理はタブー視され、ナプキンを商品化するのは苦労の連続だった。男たちの生理に対する無理解や偏見が、女性の社会進出を妨げ続け、逆にナプキンの開発・改良があったことが、女性の社会進出を促したことが分かる。

 映画『生理ちゃん』では、青子と同じ出版社で清掃スタッフとして働くフリーター・りほ(伊藤沙莉)がもう一人の主人公として登場する。りほはこれまで男性と交際した経験がなく、「自分には生理は必要ないから」と生理ちゃんが訪れるのを拒否するようになる。自分が女であることを嫌い、呪うりほだった。毎月やってくる鬱陶しい生理ちゃんだが、でも来なくなるとそれもまた怖い。はたして、りほは自分でかけた呪いを解き、幸せをつかむことができるのだろうか。

 同年生まれの若手実力派・二階堂ふみと伊藤沙莉が共演しているのだから、2人が絡むシーンをもっと見たかったなど、映画のできに関しては言いたい部分がいろいろとある。でも、イロモノ映画としか思われないこの企画に対して、出演OKした二階堂、伊藤の役者魂を評価したい。二階堂も伊藤も作品のためなら、ヌードになることも辞さない芯の強い女優だ。本作がきっかけで、“生理ちゃん”への理解が少しでも広まることを女優たちは願っているんだと思う。

(文=長野辰次)

 

『生理ちゃん』

原作/小山健 脚本/赤松新 監督/品田俊介

出演/二階堂ふみ、伊藤沙莉、松風理咲、須藤蓮、狩野見恭兵、豊嶋花、信太昌之、藤原光博(リットン調査団)、中野公美子、鈴木晋介、広岡由里子、笠松伴助、小柳津林太郎、八木橋聡美、安藤美優、竹村仁志、田宮緑子、飯田愛美、岡田義徳

配給/吉本興業 11月8日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー

(c)吉本興業(c)小山健/KADOKAWA

https://seirichan.official-movie.com

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“カメ止め”上田慎一郎監督の才能は本物なのか? 噓と救済をめぐる物語『スペシャルアクターズ』

 無名俳優たちをキャスティングした上田慎一郎監督の『カメラを止めるな!』(18)は興収31億円の大ヒットを記録し、口コミで人気が広がっていく様子は“カメ止め”現象と呼ばれるまでになった。無名監督から一躍注目の存在となった上田監督の劇場用長編映画第2弾『スペシャルアクターズ』が現在公開中だ。『カメ止め』の斬新な物語構成は2014年に解散した劇団「PEACE」の舞台「GHOST IN THE BOX!」から着想を得たものだったことから、完全オリジナル作となる『スペシャルアクターズ』で上田監督は真価を問われる立場となっている。

 実際のところ、想像もしなかった大ヒットの直後だけに、新作の脚本を執筆するのは相当のプレッシャーだったようだ。若手監督の起用で定評のある「松竹ブロードキャスティング」から2017年11月の段階でオリジナル作のオファーを受けていた上田監督は、“カメ止め”ブームがようやく落ち着き始めた2018年12月から動き始める。年明けから新作映画用のキャストオーディションとワークショップを行い、キャストにアテ書きする形で脚本を執筆しようしたが、『カメ止め』での成功が逆に重荷として大きくのしかかり、まったく書けない状態に陥ってしまった。

 本作の監督補を務める妻のふくだみゆきさん、「松竹ブロードキャスティング」のプロデューサーらに励まされ、またキャストからも意見やキーワードを募り、クランクインが迫る切羽詰まった状況の中で生まれたのが、プレッシャーに遭うと失神してしまうという気弱な主人公の物語だった。自身が置かれた状況をそのまま生かす形で、上田監督は撮影1週間前にようやく完成稿を書き上げた。

 主人公は売れない役者の和人(大澤数人)。子どもの頃に熱中した特撮ヒーロー映画『レスキューマン』に憧れ、俳優の道へと進んだものの、オーディションには落ち続ける。プレッシャーを感じると気を失ってしまうという特異体質のせいだった。アパートの家賃も払えないどん底状態の和人は、久しぶりに弟の宏樹(河野宏紀)と再会。兄の影響を受けた宏樹も俳優となり、芸能プロダクション「スペシャルアクターズ」に所属しているという。「スペシャルアクターズ」は主に映画やドラマにちょい役の俳優たちを派遣する“仕出し”系の小さなプロダクションだった。他にもイベントのサクラ役など“演じる”ことなら何でも引き受ける便利屋でもあった。

 金欠状態の和人は弟に誘われるがままに「スペシャルアクターズ」に登録するが、思いがけない大役が回ってくる。新興宗教「ムスビル」を名乗るカルト集団によって洗脳された旅館の若女将を救ってほしい、という若女将の妹からの依頼だった。和人と宏樹は「ムスビル」に信者として潜入し、熱心な信者となっている若女将の里奈(津上理奈)を救出するという命懸けのミッションに挑むことに。

 上田監督ならではの、売れてはないけど味のある無名俳優たちが織り成すサスペンスコメディとなった本作。主人公の和人は極度に緊張すると気を失ってしまうという、俳優としては致命的な欠陥の持ち主だが、カルト集団によって洗脳された里奈を救いたいという強い想いから、「ムスビル」の信者になりすまし、一世一代の大芝居を打つことになる。演じることを生業(なりわい)とする俳優 vs.うさん臭い教義を説くことで信者たちから金を巻き上げる新興宗教との騙し合いバトルだ。果たして、“演技”は不幸な人間を“救済”することができるのか? そんな壮大なテーマが本作には込められている。

 前作『カメ止め』では、ゾンビ映画をワンカメ・ワンカットで撮るという無茶ぶりの中で、ディレクター役の濱津隆之やゾンビから逃げ惑うアイドル女優役の秋山ゆずきたちが迫真の演技を見せた。ギリギリの極限状態に追い込まれたことで、無名俳優たちは眠っていた能力を発揮した。演じている本人たちが考えていた以上の熱演となり、『カメ止め』は劇場を感動の渦に巻き込んだ。演じることによって、出演者たちの人生も大きく変わった。

 俳優ならずとも演じることは誰もが経験することだろう。仕事先でのプレゼンや恋人へのプロポーズなど、うまくいくかどうかは別にして大事な席での言動は芝居がかったものになりがちだ。そういったハレの場に限らずとも、気の弱い人間は自己暗示をかけ、新しい自分を演じることで難しい局面を乗り切るしかない。最初は手探り状態の演技であっても、現実社会の中で演じ続けることで、リアルなものへと変わっていく。また、ウディ・アレン主演作『ボギー! 俺も男だ』(72)の主人公のように、架空のキャラクターに悩みを打ち明ける人もいるだろう。人は時に自分自身を鼓舞し、別キャラを演じることで、窮地を脱することもある。

 里奈を救いたい一心だった和人だが、このミッションを成功させることは彼自身が救済されることにもつながっていく。これは本作を撮った上田監督にも当てはまることだ。上田監督は20代のころは映画づくりへの熱い想いが空回りし続け、マルチ商法にハマって300万円の借金を背負うなどの失敗を繰り返した。だが、失敗も含めたそれまでの人生経験を生かすことで、『カメ止め』はダメ人間たちが奇跡を呼ぶ、珠玉の人間ドラマとして実を結んだ。上田監督は過去の失敗にへこたれずに、映画を撮り続け、その結果として映画の神さまに微笑んでもらうことに成功した。

 人は悪質な噓やデマに踊らされ、深く傷つくこともある一方、舞台や映画といったフィクションの世界の架空のキャラクターたちに励まされ、勇気づけられることもある。“演技”と“救済”というテーマ性を明確に打ち出したことだけでも、上田監督にとって『カメ止め』に続く『スペシャルアクターズ』を完成させたことは、とてもスペシャルな体験だったのではないだろうか。

(文=長野辰次)

 

『スペシャルアクターズ』

監督・脚本・編集・宣伝プロデュサー/上田慎一郎

出演/大澤数人、河野宏紀、富士たくや、北浦愛、上田耀介、清瀬やえこ、仁後亜由美、淡梨、三月達也、櫻井麻七、川口貴弘、南久松真奈、津上理奈、小川未祐、原野拓巳、広瀬圭祐、宮島三郎、山下一世

配給/松竹 10月18日より全国公開中

(c)松竹ブロードキャスティング

http://special-actors.jp

 

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助成金問題で騒がれた西成ロケ作品が封印解除! 観る者の脳内麻薬を分泌させる過激作『解放区』

 走り続けていると次第に息が苦しくなるが、しばらく我慢するとある時点から得もいえぬ快感が生じてくる。脳内麻薬が分泌されている、ランナーズハイと呼ばれる状態だ。太田信吾監督の劇映画デビュー作『解放区』には、ランナーズハイならぬ”フィルムズハイ”が感じられる。舞台となる大阪のドヤ街・西成でロケ撮影していることに、主演も兼ねた太田監督をはじめとするスタッフ&キャスト全員の気持ちがハイになり、その心情の高ぶりとシンクロしながら物語が進んでいく。引きこもり、ドラッグ、セックス、ホームレス……、ヤバい要素が山盛りの内容に、観ているこちらのテンションまでハイになる。取り扱い要注意なドラッグムービーが、5年間のお蔵入り状態からようやく封印を解かれた。

 本作の撮影が行われたのは2014年。現在は閉鎖された「あいりん労働福祉センター」が健在で、1階は日雇い労働者たちの寄せ場となっていた。地元住民たちの協力を得た撮影クルーは、無料の炊き出しに並び、コンビニの賞味期限切れのおにぎりや3つで100円の菓子パンを頬張りながら、西成でカメラを回し続けた。大阪アジアン映画祭で上映される作品として大阪市から助成金60万円を受けていたが、西成の三角公園などにたむろするオッチャンたちの顔がそのまま映っていることから、一連のシーンをカットするよう求められた。太田監督はスタッフ&キャストと協議した結果、助成金を返上し、独自に上映できる場を探す道を選ぶ。ハングリーさと映画に対する熱量だけで完成させた高純度のインディーズ映画、それが『解放区』だ。

 スタッフ&キャストだけでなく、観客の心のタガまで外してしまう『解放区』はこんな物語だ。主人公はドキュメンタリー作家を目指す28歳の男性・須山(太田信吾)。「若者のリアリティー」を求めて、新しいドキュメンタリー作品を撮ることを夢想しつつも、小さな映像制作会社でADとして働いている。須山たちの撮影クルーは引きこもりの男性・本山(本山大)とその家族を取材しようとするが、取材現場で須山は会社の上司であるディレクター(岸健太朗)と衝突してしまう。取材対象に自分の価値観を押し付けて撮影しようとするディレクターの上から目線なやり方に、須山は従うことができなかった。

 東京はダメだ。大阪に行けば、もっと自由にドキュメンタリーを撮ることができるはず。そう考えた須山はテレビ局からOKが出ていない自分の企画を進めるため、カメラを手に大阪へと向かう。3年前に取材した「将来の夢なんかねぇ」と煙草をふかしながら語った不良少年のその後を追うためだった。だが、音信不通状態となった不良少年をひとりで探し出すのは不可能に近い。そこで須山は先日の取材で知り合ったばかりの本山に電話し、大阪へと誘い出す。引きこもりの素人にADをやらせるという無茶ぶりだったが、本山はこの誘いに応じ、大阪行の夜行バスに乗り込む。彼もまた息苦しい実家から飛び出す機会を求めていた。

 大阪・西成はとても自由な街だった。誰でも簡単にホームレスになれるし、ジャンキーにもなれる。東京から来た須山と本山はビラを配りながら、不良少年を探すが、そう簡単には見つからない。失踪することすら簡単な街だった。やがて別行動するようになった須山は呑み屋で意気投合した名前のない女、自称・AV女優(琥珀うた)との生セックスを楽しむ。一方、真面目に不良少年を探し続けていた本山だが、街でボクシングジムを見かけ、大学時代にキックボクシングの練習に打ち込んでいたことを思い出す。東京で居場所を失った須山と本山だったが、どん底の街に辿り着き、すべてのしがらみから解放される心地よさを感じていた。

 とことん自由な街・西成は、逆にいえば誰もが剥き出し状態にされる街でもある。「若者のリアリティー」を求める須山は、自分の都合しか考えない薄っぺらい人間であることが露呈していく。本山が仮払いした経費をまったく精算しようとしない須山に、それまで我慢していた本山がブチ切れる。肝心の不良少年は見つからず、所持金のなくなった須山は、西成という街のリアリティーに呑み込まれてしまう。本山もまた東京から逃げ出したものの、ずっと不仲だった家族との関係性や今後の生活はどうするのかといった根本的な問題を突き付けられる。どん底の街で、さらなるどん底へと落ちていく須山と本山。そんな中、須山はダメ人間なりのリアリティーを求めて、ある決断を下すことになる。

 3週間にわたってドヤ街で合宿生活を送りながら撮影された、ディープ関西の生々しさに目がクギづけとなる。無料の炊き出しや教会が用意した食パンの配給にオッチャンたちが並び、公園では地元出身のラッパーが無料ライブを開いている。飛田新地のちょんの間では、美女が微笑む。どん底の街ならではの、底抜けな自由さが映像には溢れている。ひげ面で青臭い理想を口走るキモい系の主人公・須山を演じた太田監督、太田監督とは長年の知人で撮影時は無職状態だったという本山役の本山も、初めての劇映画と西成という街の特殊性に浮かれ、テンションが上がりまくっている。どこまでが演技なのか、それとも現実なのか。劇映画とドキュメンタリーの境界線さえも取っ払われた自由奔放さが本作にはある。

 

 クライマックスでは、本物の元シャブの売人がカメラの前に姿を現わし、精神的にも肉体的にも追い詰められた太田監督、いや須山に、「これを打てば、元気になるでぇ」とシャブを勧める。元本職だけに、注射器を扱う手つきもスムーズそのもの。極度の緊張のためにブルブルと震える須山、いや太田監督は目の前に差し出された“西成のリアリティー”を体感することになる。

 どこまでがリアルで、どこからがフィクションなのか、映画『解放区』において、そのボーダーはとても曖昧だ。助成金問題は太田監督が返上したことで解決したものの、危険な匂いのする本作は配給がなかなか決まらず、映画の完成から一般公開までに5年の歳月を要することになった。本編中に映っていた「あいりん労働福祉センター」はすでに閉鎖されている。お蔵入り寸前だった幻の映画『解放区』に、あなたはどんなリアリティーを見い出すだろうか。

(文=長野辰次)

『解放区』

監督・脚本・編集/太田信吾

出演/太田信吾、本山大、山口遥、琥珀うた、佐藤亮、岸健太朗、KURA、朝倉太郎、鈴木宏侑、籾山昌徳、本山純子、青山雅史、ダンシング義隆&THE ロックンロールフォーエバー、SHINGO★西成

配給/SPACE SHOWER FILMS R18+ 10月18日(金)よりテアトル新宿、11月1日(金)よりテアトル梅田ほか全国順次公開

(c)2019「解放区」上映委員会

http://kaihouku-film.com

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不寛容さが生み出す最凶ヴィラン『ジョーカー』 物議を醸す問題作だが、現実社会と大きな相違点

 ホワキン・フェニックス主演の『ジョーカー』が話題を呼んでいる。アメコミヒーロー・バットマンの敵役(ヴィラン)として知られるジョーカーを主人公にした物語だが、アメコミがベースとは思えないほど現実社会に渦巻く不条理さや不安感をえぐり出した強烈な作品となっている。観る人によって、大きく賛否が分かれる内容だ。

 これまでにも『バットマン』(89)ではジャック・ニコルソン、『ダークナイト』(08)ではヒース・レジャーら名優たちが演じてきたバットマンの宿敵・ジョーカー。カオスを愛するこの希代の悪役がどのようにして誕生したのかを、本作はオリジナルストーリーとして描いている。まるで実録犯罪映画のようなリアルさを感じるだろう。

 アーサー(ホアキン・フェニックス)の職業は大道芸人。ピエロの派遣会社から給料をもらい、年老いた母ペニー(フランセス・コンロイ)の介護をしながら暮らしている。生活は楽ではないが、母の教えである「どんなときも笑顔で、人々を楽しませなさい」という言葉を胸に、慎ましく生きてきた。人気コメディアン、マレー(ロバート・デ・ニーロ)のトーク番組を、母と一緒に視聴することが数少ない楽しみだった。

 いつか、マレーの番組に呼ばれるような一流のコメディアンになろう。そんな夢を持つアーサーだったが、ピエロメイクで街頭宣伝中に不良少年たちに暴行を受けるという事件が起きる。被害者であるはずのアーサーだが、派遣先の職場を無断で放棄したと会社の上司から咎められてしまう。同僚から「護身用に」と拳銃を渡されるが、この拳銃がアーサーの運命を大きく変えていく。

 新たに派遣された小児病棟で入院中の子どもたちを励ましていたアーサーだが、うっかりポケットに入れていた拳銃を床に落としてしまう。このことが会社にバレ、アーサーは事情を説明できないまま即刻解雇。さらに笑えない出来事が重なる。長年通っていた精神カウンセリングが福祉予算の削減のために打ち切られ、精神安定剤がもらえない。母ペニーは一家の窮状を手紙にしたためて、かつて働いていた大企業の経営者トーマス・ウェイン(ブレット・カレン)宛に何度も送るが、返事は届かない。母子はさらに追い詰められていく。

 アーサーの怒りは爆発寸前だった。職場をクビになり、ピエロメイクのまま帰路に就いたアーサーは、地下鉄の車両内で酔っぱらった大企業の若いビジネスマンたちに絡まれる。このとき、アーサーの中で何かが弾けた。地下鉄の室内灯が消える瞬間、ビジネスマンたちの射殺死体が折り重なっていく。アーサーの中で怪物・ジョーカーが目覚め始めた。

 もはや“勧善懲悪”という図式は、この作品には当てはまらない。悪役はスーパーヒーローを引き立てるために、生まれてきたのではない。社会のルールに従い、真っ当に生きようと努めてきた人間が、不寛容な社会に抑圧され、どうしようもなく最凶ヴィランへと変身を遂げることになる。アーサーがジョーカーへと変身する引き金となるのは拳銃だけではなかった。アーサーが抱いていたコメディアンになりたい、みんなに愛されたいという願いが、絶望へと変わり、アーサーの背中を押す。子どもの頃から抱いていた夢や理想が、純粋無垢な人間を犯罪者へと導くというアイロニカルな物語だ。殺人ピエロと化したアーサーの笑い声が、悲しげに街に響く。

 本作を撮ったのは、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(09)をはじめとする『ハングオーバー』三部作を大ヒットさせたトッド・フィリップス監督。今回はロバート・デニーロ主演のブラックコメディ『キング・オブ・コメディ』(82)の“本歌取り”というスタイルを使い、『キング・オブ・コメディ』で描かれた劇場型犯罪をより過激な形で現代に甦らせた。パンチの効いたジョークで人々を楽しませたいというアーサーの願望は、よりパンチ力のある衝撃映像として視聴者に届けられることになる。

 下流生活から抜け出すことができず、社会の底辺でもがくアーサー/ジョーカーに感情移入する人は日本でも少なくないだろう。だが、現実社会と映画『ジョーカー』とでは大きく異なる点がある。今のこの国では福祉にしか頼ることができない人たちは怠け者だと責められ、罪を犯した者は司法よりも先に、ワイドショーのコメンテイターやSNSユーザーたちが一斉に断罪する。社会からはみ出した者はすべて自己責任とみなされ、彼らの行き場所はどこにもない。富裕層を優遇し、労働者からの搾取を続ける権力者には怒りは向かわず、社会的弱者や外国人をバッシングすることで日々のストレスを発散させているのが、今の美しい日本の姿だ。

 横柄なビジネスマンや既成利権にあぐらをかくセレブたちに銃口を向けたジョーカーは、社会に不満を持つ人々にとってのカリスマ的存在となっていく。クリームの1968年のヒット曲「ホワイト・ルーム」が流れる中、ジョーカーの怒りに賛同した人々が続く。どこまでが心を病んだアーサーの妄想なのかは、定かではない。だが、本作のクライマックスで描かれるような民衆の一斉蜂起は、怒りという感情を去勢されたこの国ではあまりにも遠い絵空事に感じられてしまう。

(文=長野辰次)

『ジョーカー』

監督・脚本/トッド・フィリップス 脚本/スコット・シルバー

出演/ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ

配給/ワーナー・ブラザーズ映画 10月4日より全国ロードショー中

(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved   TM & (C) DC Comics

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心優しきテロリストが最期に発した言葉とは? 実録サスペンス映画『エンテベ空港の7日間』

 歴史、民族、宗教、国際情勢が複雑に絡み合うことから、”パレスチナ問題”について日本人は敬遠しがちではないだろうか。イスラエル側とパレスチナ側とでは、当然ながら言い分はまったく異なる。そんなパレスチナ問題を、第三者の視点から分かりやすくアプローチしてみせたのが、ブラジル出身のジョゼ・パジージャ監督の『エンテベ空港の7日間』(原題『Entebbe』)だ。1976年に起きたハイジャック事件を題材に、パレスチナ問題の本質に迫っている。『プライベート・ウォー』(現在公開中)で隻眼の戦場ジャーナリストを熱演しているロザムンド・パイク、『グッバイ、レーニン!』(03)での母親想いの息子役が印象的だったダニエル・ブリュールら人気俳優たちの迫真の演技も見逃せない作品となっている。

 1976年6月27日、パリ行きのエールフランス機がハイジャックされた。犯人はパレスチナ解放人民戦線のメンバーであるパレスチナ人男性2名と、西ドイツの過激派であるボーゼ(ダニエル・ブリュール)とブリギッテ(ロザムンド・パイク)の計4人だった。ボーゼたちは銃と手榴弾を手に機内を制圧し、83人のイスラエル人を含む乗客239名を人質にする。

 ハイジャック犯の要求は「世界中の刑務所にいる親パレスチナ系の過激派メンバーを釈放しろ」というものだった。だが、なぜドイツ人であるボーゼとブリギッテはパレスチナ側に加担しているのか。左翼思想に傾倒するボーゼたちは、世界革命が遂行されれば素晴しい理想社会が誕生すると信じていた。また、1948年にイスラエルが建国されたことで、それまで暮らしていた土地を追われたパレスチナ人たちの惨状を難民キャンプで目撃していた。理想と義憤を胸に、ハイジャックに及んだボーゼたちだった。

 ハイジャックされたエールフランス機は、悪名高い独裁者イディ・アミン大統領(ノンソー・アノジー)の待つウガンダのエンテベ国際空港へと向かう。かつてはイスラエルと親密な関係だったアミン大統領だが、今では反イスラエルの立場。このハイジャック事件を政治材料にして、自分の存在を国際的にアピールしようと考えていた。空港に到着した人質たちは、まずフランス人は解放され、残る人質は古びた旧管制塔へと押し込まれ、さらにイスラエル国籍の人々は別の部屋に隔離されることになる。この状況に、ボーゼは大いに苦しむ。ボーゼたちの要求が通らなければ、人質となったユダヤ人たちは処刑しなくてはならない。ナチスドイツのヒトラーが行ったユダヤ人大虐殺と同じことを、ドイツ人である自分はやろうとしているのではないかと。

 一方、イスラエル側ではイツハク・ラビン首相(リオル・アシュケナージ)の指示により、イスラエル特殊部隊による人質奪回作戦が練られていく。この作戦はアミン大統領の乗用車と同じタイプの車を用意してエンテベ空港へと近づき、空港を警備するウガンダ兵たちを武力排除するという非常に危険度の高い奇襲攻撃だった。作戦名はショーン・コネリー主演映画『007 サンダーボール作戦』(65)にちなんで“サンダーボルト作戦”名付けられた。人質たちは無事に解放されるのか、運命の日が刻々と迫る。

 麻薬戦争の実態を描いたNetflixオリジナルドラマ『ナルコス』の製作総指揮も務めたジョゼ監督は母国ブラジルを離れ、現在はLAで暮らしている。ドキュメンタリー映画『バス174』(02)でデビュー後、続くブレイク作『エリート・スクワッド』(07)と『エリート・スクワッド ブラジル特殊部隊BOPE』(10)でブラジル警察の腐敗ぶりを告発したため、銃を持った元警察官から命を狙われるなどの危険に遭遇し、ブラジルから離れざるを得なくなった。そんな気骨あるジョゼ監督が国際電話でコメントを寄せてくれたので紹介したい。

ジョゼ「1967年にブラジルで生まれた僕が、なぜ76年のウガンダで起きたハイジャック事件に興味を持ったのか。それは、僕のデビュー作『バス174』と通じるものを感じたからなんだ。リオデジャネイロで起きたバスジャック事件は、ドラッグでハイになった不良少年が衝動的に起こした犯行だと思われていたわけだけど、事件を起こした少年の生い立ちを追ってみると、幼い頃に母親を目の前で殺されてホームレスになってしまったなどの事実が分かったんだ。マジメで家族想いの若者だった。ハイジャック犯たちもそう。彼らは彼らなりの理想や信念を持って生きた人間だった。この映画を観たイスラエルの記者は『凶悪犯に言葉を与えている』と非難したけれど、バスジャックした少年もハイジャック犯たちも、ロボットでもエイリアンでもなく、生身の人間だったんだ。彼らはなぜ事件を起こしたのか。その原因や背景を知らないと、同じような事件が繰り返され続けるだけになってしまうんじゃないかな」

 ハイジャック犯であるボーゼは人質たちと昼夜を共にすることで、次第に監禁状態に置かれた彼らに感情移入するようになっていく。ストックホルム症候群の逆の立場となるリマ症候群だ。エールフランスの機関士(ドゥニ・メノーシュ)とも言葉を交わし、自由社会を求めている自分が罪のない人たちから自由を奪っている矛盾に悩むようになっていく。あまりにも心優しすぎるテロリストだった。運命の日、イスラエル特殊部隊が旧管制塔へと突入し、このときボーゼは人質たちに向かって「みんな、床に伏せろ!」と叫んだ。人質たちの身を案じたボーゼが最期に残した言葉だった。

ジョセ「実際に人質になった人たちを取材して、再現したんだ。人質によって証言はさまざまだったけど、おおよそボーゼは柔和な性格で、逆に女性のブリギッテは常に冷静で厳しく人質に接していたらしい。フランス人の操縦士と機関士も、ボーゼは途中から悩むようになったと語っていた。この難しいボーゼ役を、ダニエル・ブリュールは進んで演じてくれた。ロザムンド・パイクも、この作品のためにドイツ語を修得してくれた。イスラエルの俳優たちも多数参加してくれたしね。イスラエルの政治状況に不満を持っているイスラエル人は少なくないんだよ。この映画を観て、怒る人がいてもいいと思うし、批判を受け止めるのも監督なら当然のこと。批判されたり、強迫を恐れて発言や表現を控えることは、自分から自由を手放すようなもの。なぜ、あのような事件が起きたのか、またなぜ紛争が今も続いているのかに興味を持ってほしいんだ」

 この映画の中では、英語、ドイツ語、フランス語、ヘブライ語、アラブ語……と多彩な言語が飛び交っている。まるで旧約聖書で描かれたバベルの塔の崩壊後の混乱を思わせるような物語となっている。緊迫のドラマが進む中、イスラエルの人気舞踊団「バットシェバ」のコンテンポラリーダンスが盛り込まれる。ユダヤ人の伝統的民俗衣装を着たダンサーたちがステージ上で踊っているが、ダンサーたちは踊りが進むにつれて衣装を脱ぎ捨て、剥き出しの姿となっていく。最後まで民俗衣装に固執したダンサーには死が待っているという意味深な内容だ。ジョゼ監督の『エンテベ空港の7日間』には、言語、民族、国籍、思想の違い、さらには法的倫理観も超越したものが描かれている。

(文=長野辰次)

『エンテベ空港の7日間』

監督/ジョゼ・パジーリャ 脚本/グレゴリー・バーク

出演/ロザムンド・パイク、ダニエル・ブリュール、エディ・マーサン、リオル・アシュケナージ、ドゥニ・メノーシュ、ベン・シュネッツァー

配給/キノフィルムズ、木下グループ 10月4日(金)より日比谷・TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

(c)2017 STRYTELLER DISTRIBUTION CO.,LLC.All Rights Reserved.

http://entebbe.jp

 

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スクリーン上に甦った江戸時代の至高のエロス! 大人たちが楽しむ文化記録映画『春画と日本人』

 2015年に東京で開催された「春画展」が大盛況だったことは、さまざまなニュースで伝えられた。年間の来訪者が平均2万人という永青文庫に会期中の3か月間、21万人以上が詰めかけるという大人気だった。この「春画展」は元々は大英博物館で開催された「Shunga:SEX and pleasure in Japanese art」の日本巡回展として企画されたものだったのだが、国内の主要な博物館が開催の打診を断ったため、細川護煕元総理が理事長を務める細川家の私設博物館・永青文庫で開催されたという経緯があった。文化記録映画『春画と日本人』は江戸時代に花開いた春画の魅力を、そして今なお春画を日陰の存在として扱う日本人の社会心理を探っていく。

 春画本来の魅力を伝えるため、本作では春画をトリミングしたり、ボカシを入れることなく映し出している。スクリーンいっぱいに広がる、江戸時代の男女の交わり。これぞ、大江戸エロスの世界だ。男性器はどれも異様に大きくそそり立ち、女性はアクロバティックな姿勢で受けいれている。また、男女の営みを第三者が覗き見しているものも少なくない。あまりにもあけすけ過ぎて、思わず笑いがこぼれてしまう。春画は別名「笑ひ絵」とも呼ばれていたことを実感させる。

 春画を英語に訳すると「pornography」となり、江戸時代のエロ本のような印象がある。されど、江戸時代のエロ本、エログラビアは奥が深い。本作は春画ビギナーでも楽しめるよう、マジメかつ親切に春画の世界をひも解いてくれる。

 海女が巨大なタコの触手に責められる春画をご覧になった人はかなり多いに違いない。触手系の先駆作として有名な「海女と蛸」を描いたのは葛飾北斎。春画ネームは「鉄棒ぬらぬら」。北斎は男女の顔がそれぞれの性器を思わせるシュールな春画「万福和合神」も残している。鈴木春信の「風流座敷八景」や喜多川歌麿の「歌満くら」は名画として有名だ。江戸時代の有名な浮世絵師は、ほとんどが春画を手掛けていた。春画を描けてこそ、一流の絵師と見なされていた。

 春画は男性だけでなく、女性にもニーズがあった。江戸時代の武家の娘たちは、花嫁道具として春画を持たされたという。男女のおおらかな交わりを描いた春画は、性の指南書であり、子孫繁栄を願ったお守りでもあった。花嫁に春画を持たせるという風習は、昭和初期まで続いていたそうだ。春画が描くエロスの世界は、縁起物・民間信仰として長年にわたって尊ばれてきた。

 春画界に大きな変動をもたらしたのは享保の改革だった。『暴れん坊将軍』(テレビ朝日系)のモデルとしておなじみの徳川吉宗は「好色本禁止令」を発して、春画を規制。テレビドラマの気のいい新さんと違って、実際の吉宗はカタブツだった。だが、幕府が禁じたことで春画はアンダーグランド化し、より自由度が高まっていく。絵師は変名を使い、画材や刷り技術も向上し、春画文化が華やかに広まっていくことになる。体裁を重んじる権力側と春画は、この頃から相反する関係であったようだ。

 明治時代になると明治政府は春画を徹底的に取り締り、多くの春画の原画や版木が処分されてしまう。海外に流失した名画も少なくなかった。本作の中では、ピカソが春画をコレクションしていたというエピソードが取り上げられている。春画ならではのデフォルメや現実では不可能な姿勢(体位)は、ピカソのキュビズムにも影響を与えていたのかもしれない。

 鳥居清長が残した春画「袖の巻」を、現代の彫り師と刷り師が再現する試みを本作では紹介している。現代の最高の技術を持って名画の復元に挑んでいるのだが、どうしても女性の陰毛部分をふんわりと表現することが難しい。江戸時代の出版技術がとても高く、陰毛という細部にまで当時の人たちがこだわり抜いていたことが伝わってくる。エロスの神さまは、まさに細部に宿っていた。

 浮世絵は日本文化として評価されているにもかかわらず、浮世絵と表裏一体の関係である春画は、国内でずっと不当な扱いを受けてきた。浮世絵コレクターの第一人者だった東京国立博物館の元館長・高橋誠一郎(1884~1982)は膨大な数の春画も有していたが、亡くなった後は浮世絵だけ慶應大学の図書館に引き取られ、春画は処分されたとのこと。慶應大学の塾長も務めた高橋誠一郎は慶應大学において神のような存在であり、春画を収集していたことを知られては困ると関係者は判断したらしい。

 そんな高橋誠一郎の生前の逸話も語られ、心を和ませる。経済学者であり、文部大臣も務めた高橋誠一郎は多忙を極めた仕事の合間、春画を眺めることでリラックスしていたらしい。その気持ち、すごく分かります。

 昭和や平成時代に出版されたエロ本の数々も、将来的には文化遺産として価値が出るのだろうか。100年後、200年後、大英博物館で「日本のエロ本&AV大回顧展」が開催されている様子をふと夢想してみる。

(文=長野辰次)

『春画と日本人』

監督・撮影・編集/大墻敦 ナレーター/濱中博久

配給/ヴィジュアルフォークロア 18歳未満入場禁止

9月28日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開

 (c)大墻敦

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