映画『バービー』がハリウッドの常識破壊?『ハリー・ポッター』超えの快挙達成

 日本では8月11日から公開されるコメディー映画「バービー」が、早くも快挙を達成した。北米での劇場上映開始からわずか17日で、チケット売上が10億ドル(1420億円)を超えた。女性が単独で監督した映画が「ビリオンダラームービー」になったのは初めて。ストリーミングの普及、コロナ禍、労働紛争などの映画界の暗雲を女性パワーが蹴散らした。

 映画「バービー」は米国のマテル社の着せ替え人…

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根底にはいつも人種差別がある! ハリウッドの巨匠スピルバーグが訴える“戦争の元凶”

――巨匠、スティーブン・スピルバーグ監督は、多作であることを差し置いても、多くの戦争をテーマに取り扱ってきた。近年でも『ブリッジ・オブ・スパイ』や『戦火の馬』など精力的に表している。スピルバーグの戦争映画を追いながら、ハリウッドと戦争の一面を見ていこう。

◇ ◇ ◇

 ドナルド・トランプが大統領に就任してからというもの、多くの国へ戦闘姿勢を見せているかのようなアメリカ。だが考えてみれば同国は、それ以前からもずっと戦争を続けている。アメリカとは常に、戦争とそれへの批判が渦巻く国でもあるわけだ。

 同国では、時にストレートな批判的作品として、そして短絡的なエンタメとしても戦争をテーマにした映画が量産され続けている。そんな中で、ハリウッドで多数の衝撃的な作品を生み出し、かつ数々の称賛や批判を浴びてきたのが、映画監督スティーブン・スピルバーグだ。

 映画ファンは別として、その名を聞くといまだ『E.T.』(82年)や『ジュラシック・パーク』(93年)『インディ・ジョーンズ』シリーズ(81~08年)といった作品群が、咄嗟に浮かぶ人も少なくないだろう。だが特に近年は、硬派な戦争関連作品を立て続けに放っている。もちろん、監督として半世紀近く活躍しているだけに、“スピルバーグが撮る戦争”にもアプローチやスタイルの変遷がある。

 本稿では『スティーブン・スピルバーグ論』(フィルムアート社)『フィルムメーカーズ スティーヴン・スピルバーグ』(宮帯出版社/ともに編著)、『スピルバーグ、その世界と人生』(大久保清朗氏との共訳/西村書店)と、スピルバーグ関連の書籍を手がけてきた映画評論家の南波克行氏のガイドをもとにして、アメリカと戦争の距離感がスピルバーグにどう作用し、戦争をテーマにした映画を創り続けさせてきたのかを探っていこう。

 彼のフィルモグラフィを見ると初期は、太平洋戦争を背景にしたコメディ『1941』(79年)や日中戦争時のイギリス人少年の成長ドラマ『太陽の帝国』(87年)ぐらいで、直接戦争をテーマにした作品はそうは多くない。そこには彼の“1946年”という生年と、それゆえの戦争との距離感が大きく関係していると南波氏は分析する。

「当然ですが、彼が生まれたときには第二次世界大戦は終わっていた。太平洋戦争時に無線士として爆撃機B-25に乗り込んで日本軍と戦っていた父親から戦争の話を聞かされていたが、間近でその脅威にさらされていたわけではないんです。だから大戦の話を肉親から聞いていても一種のファンタジーのようにとらえていただろうし、過去の戦争の数々も後付けの歴史として認識していたと思います」

 スピルバーグが4歳の頃に勃発した朝鮮戦争は南北分断という状態で休戦となり、米ソ冷戦の両陣営による応酬が“キューバ危機”という一触即発の事態を生むも結局、第3次世界大戦の幕開けになることはなかった。ただ冷戦に関しては、何かしらの“外敵”に対するアメリカ国内の過剰な反応がスピルバーグ少年にも強烈な記憶として焼き付いているようで、「日本軍が真珠湾に続けてロサンゼルスに乗り込んでくる」という思い込みによって米兵たちが半狂乱になった揚げ句に街が壊滅状態になる『1941』という作品で、それを巧みにコメディへと転化させた。そうしたアプローチが確固たるものとなったのはベトナム戦争の頃だ。

「46年生まれだと、青年期がベトナム戦争まっただ中になる世代。スピルバーグも18歳のときに徴兵対象者であることを通知されています。でも、彼は徴兵を逃れるためにカリフォルニア州立大学の英文科に入る。徴兵という危機こそ体験はしましたが、回避したことで戦争と直接的にかかわることがなかった。同じ46年生まれのオリバー・ストーンは、逆に自ら志願したことでベトナム戦争にこだわるようになって『プラトーン』(86年)や『7月4日に生まれて』(89年)でブレイクしているのが対照的で非常に興味深い。かといって、スピルバーグは映画においてはベトナム戦争から目を背けてはいない。批評家の間では『激突!』【1】の主人公は、実はベトナム帰還兵ではないかといわれています。タンクローリーに追われる彼がドライブインのトイレで気を落ち着かせようとするシーンで『なんてこった。まるでジャングルに戻ったみたいだ』と独白する。このジャングルはベトナムの密林のことで、顔を見せないタンクローリーの運転手は藪に隠れて襲いかかるベトコンの暗喩ととらえることができる。また『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(97年)でも、草原を進む捜索隊がそこに潜んでいたヴェロキラプトルに下から襲われる場面は、ベトコンによるブービー・トラップの暗喩です。『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(17年)の冒頭でベトナム戦争の戦闘を直接的に描くまで同戦争に触れてこなかったといわれてきたスピルバーグですが、作品をつぶさに読み解いていくと実はそんなことはない。つまり、ストーンが現実的に描いた(戦争を含めた)世の問題を、スピルバーグはフィクションでもって問いかけてきたんです」

 また、スピルバーグはベトナム戦争の反戦運動に身を投じるわけではなかった。さらに世代的に切っても切り離せない、ドラッグやヒッピーのカルチャーにも接近することもなかったという。

「高校の同級生が『彼は反戦運動には興味を持っていなかった』ことを証言しています。フラワー・ムーヴメントやドラッグ・カルチャーにも目を向けず、映画もデニス・ホッパーが監督した『イージー・ライダー』(69年)をはじめとする同カルチャーと関係深いものには興味を持たなかった。どちらかといえば、デヴィッド・リーンやアルフレッド・ヒッチコックに夢中だった。そんな彼が最も関心を寄せていたのが公民権運動です」

 スピルバーグの両親は共にユダヤ人。運動が大の苦手で失語症ということもあったが、ユダヤ人であることを理由にクラスメイトからの罵声を常に浴び続ける少年時代を送っていた。さらに、音楽家で英語教師でもあった母親のもとには、ナチスの強制収容所から生還したユダヤ人が生徒として集っており、アウシュビッツ収容所で彫られた囚人番号の刺青を幼いスピルバーグに見せる者もいた。漠然ながらも鮮烈にホロコーストを筆頭にユダヤ人が歩んできた苦難の歴史を学び、さらに自身が受けるいじめで差別が公然と続いていることを知ったのだ。

「スピルバーグが公民権運動に興味を抱いたのは、ユダヤ人に対する人種差別を身をもって感じていたからでしょう。だから、彼が映画で戦争を題材にする際には人種差別、“人類が抱えている不公平”を課題にしています。その最たるものとしての象徴がホロコーストで、スピルバーグの創作におけるバックボーンになっているのは間違いない。先程、『激突!』『ロスト・ワールド/ジュラシック・ワールド』でベトナム戦争を暗喩していると話しましたが、すでに初期の作品からナチスやホロコーストも違う形で表れていると言っていいと思います。それは『JAWS』(75年)の鮫であり、『ジュラシック・パーク』のティラノサウルス・レックスやヴェロキラプトルといった恐竜たちです。彼らに共通する行動パターンは情け容赦がなくて、問答無用で女だろうが子供だろうが襲いかかっていく。ホロコーストの恐ろしさもそれと同じ。ユダヤ人であれば自動的に虐殺する。そしてシステム化することで、誰も勢いを止めることができなくなってしまう。まさにモンスターとして描いたんです」

 このように実は映画監督デビュー以来、暗喩という形で戦争とその元凶となる人種差別を訴えてきたスピルバーグだが、ある時期からストレートにそれらを描破するようになる。その転機となったのがナチス党員でありながらホロコーストから1200人ものユダヤ人を救った実業家オスカー・シンドラーの実話を描いた『シンドラーのリスト』【2】だ。実は企画自体は82年からあったもので、トマス・キニーリーの原作小説の映画化権を獲得したユニバーサル・スタジオの社長シドニー・シャインバーグから「君がつくらなければいけない映画だ」と強く推されていた。シャインバーグは、同スタジオのテレビ部門の責任者だった頃にスピルバーグの短編『Amblin’』(68年)を観て彼の才能を見抜き、スタジオに招いたユダヤ系の恩人である。当時は正面を切ってホロコーストを描くことに抵抗を感じたスピルバーグであったが、それから10年ほどを経て女優ケイト・キャプショーとの再婚に子どもの誕生と、家族を持ったことでユダヤ人という自身のアイデンティティを改めて深く意識するようになっていた。そんな中で同胞がどのような体験をしてきたのか。その問いと想いは映画でのホロコーストの再現へと繋がり、ポーランド出身の撮影監督ヤヌス・カミンスキーを抜擢して実現に臨む。貨車に押し込まれ、ガス室で苦しみ、気まぐれに射殺されるユダヤ人たちの姿をモノクロの手持ちカメラでとらえた画は、スピルバーグに映画であることを忘れさせて精神的に追い詰めるほどだったという。

 同作でアカデミー賞作品賞、監督賞ほか全7部門に輝いた彼は、再びカミンスキーと組んで『プライベート・ライアン』【3】で戦場の悲惨さを観客に追体験させる。徹底した人体破損描写、実銃の銃声を用いた効果音、画面をスモーキーなものにする現像法“銀残し”の活用は、その後の戦争映画の表現を完全に変えてしまった。以降、スピルバーグは実話に基づく作品が目立つようになっていく。

「『シンドラーのリスト』がヒットし映画界からも大衆からも受け入れられたことで、世界や人類の負の摂理みたいなものを直球で撮ることに対して、怖いものがなくなった感じが見えました。さらにスピルバーグはユダヤ人としてのアイデンティティを大事にしていますが、イスラエルの暗殺チームがユダヤ人を殺したパレスチナ・ゲリラに報復する『ミュンヘン』【4】では彼ら側に立つことはせず、イスラエルにも問題があるように描いている。結果的にユダヤ人たちからバッシングされましたが、それも承知の上だったのでしょう。ちゃんと映画で戦っているんです。『リンカーン』でも、法案成立と南北戦争終結のためにリンカーンが“ある嘘”をつく場面をクライマックスに持っていく。どの時代、どの世界にも清廉潔白な正義や平和がないことを訴えている。その根底には、人類の不公平を是正したい強い気持ちがあるからです」

 すでに70歳を超えた今でも、戦争や人種差別を描き続けるその姿勢が弱まる様子はまったくない。18年に発表され第90回アカデミー賞で作品賞候補となった『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』では、ベトナム戦争をめぐる機密文書をめぐるワシントン・ポスト紙とニクソン政権の戦いを通して、ジャーナリズム・メディアを攻撃するトランプ大統領に対する怒りをぶつけてみせた。いまだトランプによって全世界が翻弄され、彼の人種差別的言動によって銃乱射事件をはじめとするヘイトクライムが引き起こされるなか、彼が次にどのような手を打つのか、注視したい。(月刊サイゾー9月号『新・戦争論』より)

スピルバーグが描いた戦争映画の変遷

【1】『激突!』(71年)
リチャード・マシスンの短編小説が原作のサスペンス・スリラー。商談のために自動車でカリフォルニアに向かうセールスマンがタンクローリーを追い抜く。するとタンクローリーは執拗に彼の車を追い、命をも奪おうとするが……。もともとはテレビムービーとして制作されたが、完成度の高さからアメリカ以外では劇場公開された。

【2】『シンドラーのリスト』(93年)
ドイツ占領下のポーランドで工場経営に乗り出したナチス党員、オスカー・シンドラー。強制収容所の所長を務めるゲート少尉と懇意になるが、彼の行うユダヤ人虐殺を目の当たりにする。やがて工場で雇うユダヤ人たちにも危険が迫るのを察知し、ある行動に打って出る。本作で悲願であったアカデミー賞監督賞に輝いた。

【3】『プライベート・ライアン』(98年)
ノルマンディー上陸作戦での激戦をくぐり抜けたばかりのミラー大尉の部隊に、ある命令が下される。それはライアンという二等兵を戦場から見つけ出して保護するというものだった。冒頭で繰り広げられるオマハビーチでの死屍累々という言葉だけでは済まぬリアルかつ凄惨な戦闘描写は、戦争映画の表現を一変させることに。

【4】『ミュンヘン』(05年)
1972年ミュンヘンオリンピックの選手村にパレスチナ過激派組織が侵入し、イスラエル人選手団を殺害。イスラエル諜報組織モサドは、暗殺部隊を編成して首謀者抹殺を命じるが……。ラストにワールド・トレード・センターが映し出されるが、同時多発テロに対するアメリカの報復とその泥沼化を訴えているのは明らか。

根底にはいつも人種差別がある! ハリウッドの巨匠スピルバーグが訴える“戦争の元凶”

――巨匠、スティーブン・スピルバーグ監督は、多作であることを差し置いても、多くの戦争をテーマに取り扱ってきた。近年でも『ブリッジ・オブ・スパイ』や『戦火の馬』など精力的に表している。スピルバーグの戦争映画を追いながら、ハリウッドと戦争の一面を見ていこう。

◇ ◇ ◇

 ドナルド・トランプが大統領に就任してからというもの、多くの国へ戦闘姿勢を見せているかのようなアメリカ。だが考えてみれば同国は、それ以前からもずっと戦争を続けている。アメリカとは常に、戦争とそれへの批判が渦巻く国でもあるわけだ。

 同国では、時にストレートな批判的作品として、そして短絡的なエンタメとしても戦争をテーマにした映画が量産され続けている。そんな中で、ハリウッドで多数の衝撃的な作品を生み出し、かつ数々の称賛や批判を浴びてきたのが、映画監督スティーブン・スピルバーグだ。

 映画ファンは別として、その名を聞くといまだ『E.T.』(82年)や『ジュラシック・パーク』(93年)『インディ・ジョーンズ』シリーズ(81~08年)といった作品群が、咄嗟に浮かぶ人も少なくないだろう。だが特に近年は、硬派な戦争関連作品を立て続けに放っている。もちろん、監督として半世紀近く活躍しているだけに、“スピルバーグが撮る戦争”にもアプローチやスタイルの変遷がある。

 本稿では『スティーブン・スピルバーグ論』(フィルムアート社)『フィルムメーカーズ スティーヴン・スピルバーグ』(宮帯出版社/ともに編著)、『スピルバーグ、その世界と人生』(大久保清朗氏との共訳/西村書店)と、スピルバーグ関連の書籍を手がけてきた映画評論家の南波克行氏のガイドをもとにして、アメリカと戦争の距離感がスピルバーグにどう作用し、戦争をテーマにした映画を創り続けさせてきたのかを探っていこう。

 彼のフィルモグラフィを見ると初期は、太平洋戦争を背景にしたコメディ『1941』(79年)や日中戦争時のイギリス人少年の成長ドラマ『太陽の帝国』(87年)ぐらいで、直接戦争をテーマにした作品はそうは多くない。そこには彼の“1946年”という生年と、それゆえの戦争との距離感が大きく関係していると南波氏は分析する。

「当然ですが、彼が生まれたときには第二次世界大戦は終わっていた。太平洋戦争時に無線士として爆撃機B-25に乗り込んで日本軍と戦っていた父親から戦争の話を聞かされていたが、間近でその脅威にさらされていたわけではないんです。だから大戦の話を肉親から聞いていても一種のファンタジーのようにとらえていただろうし、過去の戦争の数々も後付けの歴史として認識していたと思います」

 スピルバーグが4歳の頃に勃発した朝鮮戦争は南北分断という状態で休戦となり、米ソ冷戦の両陣営による応酬が“キューバ危機”という一触即発の事態を生むも結局、第3次世界大戦の幕開けになることはなかった。ただ冷戦に関しては、何かしらの“外敵”に対するアメリカ国内の過剰な反応がスピルバーグ少年にも強烈な記憶として焼き付いているようで、「日本軍が真珠湾に続けてロサンゼルスに乗り込んでくる」という思い込みによって米兵たちが半狂乱になった揚げ句に街が壊滅状態になる『1941』という作品で、それを巧みにコメディへと転化させた。そうしたアプローチが確固たるものとなったのはベトナム戦争の頃だ。

「46年生まれだと、青年期がベトナム戦争まっただ中になる世代。スピルバーグも18歳のときに徴兵対象者であることを通知されています。でも、彼は徴兵を逃れるためにカリフォルニア州立大学の英文科に入る。徴兵という危機こそ体験はしましたが、回避したことで戦争と直接的にかかわることがなかった。同じ46年生まれのオリバー・ストーンは、逆に自ら志願したことでベトナム戦争にこだわるようになって『プラトーン』(86年)や『7月4日に生まれて』(89年)でブレイクしているのが対照的で非常に興味深い。かといって、スピルバーグは映画においてはベトナム戦争から目を背けてはいない。批評家の間では『激突!』【1】の主人公は、実はベトナム帰還兵ではないかといわれています。タンクローリーに追われる彼がドライブインのトイレで気を落ち着かせようとするシーンで『なんてこった。まるでジャングルに戻ったみたいだ』と独白する。このジャングルはベトナムの密林のことで、顔を見せないタンクローリーの運転手は藪に隠れて襲いかかるベトコンの暗喩ととらえることができる。また『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(97年)でも、草原を進む捜索隊がそこに潜んでいたヴェロキラプトルに下から襲われる場面は、ベトコンによるブービー・トラップの暗喩です。『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(17年)の冒頭でベトナム戦争の戦闘を直接的に描くまで同戦争に触れてこなかったといわれてきたスピルバーグですが、作品をつぶさに読み解いていくと実はそんなことはない。つまり、ストーンが現実的に描いた(戦争を含めた)世の問題を、スピルバーグはフィクションでもって問いかけてきたんです」

 また、スピルバーグはベトナム戦争の反戦運動に身を投じるわけではなかった。さらに世代的に切っても切り離せない、ドラッグやヒッピーのカルチャーにも接近することもなかったという。

「高校の同級生が『彼は反戦運動には興味を持っていなかった』ことを証言しています。フラワー・ムーヴメントやドラッグ・カルチャーにも目を向けず、映画もデニス・ホッパーが監督した『イージー・ライダー』(69年)をはじめとする同カルチャーと関係深いものには興味を持たなかった。どちらかといえば、デヴィッド・リーンやアルフレッド・ヒッチコックに夢中だった。そんな彼が最も関心を寄せていたのが公民権運動です」

 スピルバーグの両親は共にユダヤ人。運動が大の苦手で失語症ということもあったが、ユダヤ人であることを理由にクラスメイトからの罵声を常に浴び続ける少年時代を送っていた。さらに、音楽家で英語教師でもあった母親のもとには、ナチスの強制収容所から生還したユダヤ人が生徒として集っており、アウシュビッツ収容所で彫られた囚人番号の刺青を幼いスピルバーグに見せる者もいた。漠然ながらも鮮烈にホロコーストを筆頭にユダヤ人が歩んできた苦難の歴史を学び、さらに自身が受けるいじめで差別が公然と続いていることを知ったのだ。

「スピルバーグが公民権運動に興味を抱いたのは、ユダヤ人に対する人種差別を身をもって感じていたからでしょう。だから、彼が映画で戦争を題材にする際には人種差別、“人類が抱えている不公平”を課題にしています。その最たるものとしての象徴がホロコーストで、スピルバーグの創作におけるバックボーンになっているのは間違いない。先程、『激突!』『ロスト・ワールド/ジュラシック・ワールド』でベトナム戦争を暗喩していると話しましたが、すでに初期の作品からナチスやホロコーストも違う形で表れていると言っていいと思います。それは『JAWS』(75年)の鮫であり、『ジュラシック・パーク』のティラノサウルス・レックスやヴェロキラプトルといった恐竜たちです。彼らに共通する行動パターンは情け容赦がなくて、問答無用で女だろうが子供だろうが襲いかかっていく。ホロコーストの恐ろしさもそれと同じ。ユダヤ人であれば自動的に虐殺する。そしてシステム化することで、誰も勢いを止めることができなくなってしまう。まさにモンスターとして描いたんです」

 このように実は映画監督デビュー以来、暗喩という形で戦争とその元凶となる人種差別を訴えてきたスピルバーグだが、ある時期からストレートにそれらを描破するようになる。その転機となったのがナチス党員でありながらホロコーストから1200人ものユダヤ人を救った実業家オスカー・シンドラーの実話を描いた『シンドラーのリスト』【2】だ。実は企画自体は82年からあったもので、トマス・キニーリーの原作小説の映画化権を獲得したユニバーサル・スタジオの社長シドニー・シャインバーグから「君がつくらなければいけない映画だ」と強く推されていた。シャインバーグは、同スタジオのテレビ部門の責任者だった頃にスピルバーグの短編『Amblin’』(68年)を観て彼の才能を見抜き、スタジオに招いたユダヤ系の恩人である。当時は正面を切ってホロコーストを描くことに抵抗を感じたスピルバーグであったが、それから10年ほどを経て女優ケイト・キャプショーとの再婚に子どもの誕生と、家族を持ったことでユダヤ人という自身のアイデンティティを改めて深く意識するようになっていた。そんな中で同胞がどのような体験をしてきたのか。その問いと想いは映画でのホロコーストの再現へと繋がり、ポーランド出身の撮影監督ヤヌス・カミンスキーを抜擢して実現に臨む。貨車に押し込まれ、ガス室で苦しみ、気まぐれに射殺されるユダヤ人たちの姿をモノクロの手持ちカメラでとらえた画は、スピルバーグに映画であることを忘れさせて精神的に追い詰めるほどだったという。

 同作でアカデミー賞作品賞、監督賞ほか全7部門に輝いた彼は、再びカミンスキーと組んで『プライベート・ライアン』【3】で戦場の悲惨さを観客に追体験させる。徹底した人体破損描写、実銃の銃声を用いた効果音、画面をスモーキーなものにする現像法“銀残し”の活用は、その後の戦争映画の表現を完全に変えてしまった。以降、スピルバーグは実話に基づく作品が目立つようになっていく。

「『シンドラーのリスト』がヒットし映画界からも大衆からも受け入れられたことで、世界や人類の負の摂理みたいなものを直球で撮ることに対して、怖いものがなくなった感じが見えました。さらにスピルバーグはユダヤ人としてのアイデンティティを大事にしていますが、イスラエルの暗殺チームがユダヤ人を殺したパレスチナ・ゲリラに報復する『ミュンヘン』【4】では彼ら側に立つことはせず、イスラエルにも問題があるように描いている。結果的にユダヤ人たちからバッシングされましたが、それも承知の上だったのでしょう。ちゃんと映画で戦っているんです。『リンカーン』でも、法案成立と南北戦争終結のためにリンカーンが“ある嘘”をつく場面をクライマックスに持っていく。どの時代、どの世界にも清廉潔白な正義や平和がないことを訴えている。その根底には、人類の不公平を是正したい強い気持ちがあるからです」

 すでに70歳を超えた今でも、戦争や人種差別を描き続けるその姿勢が弱まる様子はまったくない。18年に発表され第90回アカデミー賞で作品賞候補となった『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』では、ベトナム戦争をめぐる機密文書をめぐるワシントン・ポスト紙とニクソン政権の戦いを通して、ジャーナリズム・メディアを攻撃するトランプ大統領に対する怒りをぶつけてみせた。いまだトランプによって全世界が翻弄され、彼の人種差別的言動によって銃乱射事件をはじめとするヘイトクライムが引き起こされるなか、彼が次にどのような手を打つのか、注視したい。(月刊サイゾー9月号『新・戦争論』より)

スピルバーグが描いた戦争映画の変遷

【1】『激突!』(71年)
リチャード・マシスンの短編小説が原作のサスペンス・スリラー。商談のために自動車でカリフォルニアに向かうセールスマンがタンクローリーを追い抜く。するとタンクローリーは執拗に彼の車を追い、命をも奪おうとするが……。もともとはテレビムービーとして制作されたが、完成度の高さからアメリカ以外では劇場公開された。

【2】『シンドラーのリスト』(93年)
ドイツ占領下のポーランドで工場経営に乗り出したナチス党員、オスカー・シンドラー。強制収容所の所長を務めるゲート少尉と懇意になるが、彼の行うユダヤ人虐殺を目の当たりにする。やがて工場で雇うユダヤ人たちにも危険が迫るのを察知し、ある行動に打って出る。本作で悲願であったアカデミー賞監督賞に輝いた。

【3】『プライベート・ライアン』(98年)
ノルマンディー上陸作戦での激戦をくぐり抜けたばかりのミラー大尉の部隊に、ある命令が下される。それはライアンという二等兵を戦場から見つけ出して保護するというものだった。冒頭で繰り広げられるオマハビーチでの死屍累々という言葉だけでは済まぬリアルかつ凄惨な戦闘描写は、戦争映画の表現を一変させることに。

【4】『ミュンヘン』(05年)
1972年ミュンヘンオリンピックの選手村にパレスチナ過激派組織が侵入し、イスラエル人選手団を殺害。イスラエル諜報組織モサドは、暗殺部隊を編成して首謀者抹殺を命じるが……。ラストにワールド・トレード・センターが映し出されるが、同時多発テロに対するアメリカの報復とその泥沼化を訴えているのは明らか。

X JAPANのYOSHIKIがハリウッドで音楽監督も、なぜかファンからは“落胆の声”続出

 X JAPANのYOSHIKIが、ハリウッド映画トリプルXシリーズの最新作『xXx 4』で、音楽監督を務めることが発表された。

 同作はヴィン・ディーゼル主演のアクション映画だが、ハリウッドで初めて映画とテレビシリーズが同時制作される超大作となっており、YOSHIKIは音楽監督としてテーマソングをはじめとする楽曲の総指揮を執る。また、中国の動画共有サイトiQiyi(アイチーイー)がプロデュース、フランスのLux Populi Productionが制作を手がける長編アニメーション映画『Spycies』の音楽総指揮を務めることも決定している。

「まさにワールドワイドな活躍ぶりですが、今回の発表でファンからは落胆の声も上がっています。というのも、『DAHLIA』(1996年)以来となるX JAPANのフルアルバムの発売がまた遠のくのではないか、とファンに危惧されているからです。たださえ、つい先日も自身のTwitterで3度目となる頸椎の手術を受ける可能性を示唆して、ニューアルバムの発売が危ぶまれているわけですからね。『なんかもう、意地でアルバムを出さないつもりでいそう』なんて声も、ファンからは上がっています」(音楽ライター)

 こうしたファンの声ももっともで、昨年9月に外国特派員協会での会見でYOSHIKI が明らかにしたように、アルバムのレコーディング自体は終了している。にもかかわらず、発売時期については明言せず、「今後、マネジメント、エージェントと決めていく」としているのだ。

「手術を受ければ確実にアルバムの発売は遅れるだろうし、加えてボーカルのToshlとの確執も取り沙汰されており、X JAPANの活動そのものが停滞しそうです。レコーディング自体は終わっているわけで、あとはリリースするだけでいいんですよ? そんな状況なのに新たな仕事を入れるわけですから、もはやニューアルバムを出す気がないと思われても仕方がありません。そもそもレコーディングが終わっていないのではないか、と勘繰りたくもなります。まさに“出す出す詐欺”ですね」(同)

 ネット上では、口さがないファンから「もう才能が枯渇しているのでは?」との声も聞かれるYOSHIKIだが、映画音楽などではなく、本職のX JAPANのニューアルバムで改めて健在ぶりを見せつけてほしいものだ。

小栗旬に続く!? 『西郷どん』鈴木亮平に“ハリウッド進出”の期待「外大卒、英検1級」の腕前は?

  俳優・小栗旬が、2020年5月22日に米国で公開を予定されている映画『ゴジラVSコング』(日本国内でも同年公開予定)で、ハリウッドデビューを飾ることが先ごろ報じられた。

 日本と米国の2大モンスターの激しいバトルが描かれ、その一端を担う重要な役どころを演じるという小栗。ハリウッド版ゴジラシリーズでの日本人主要キャストは、14年の14年の『GODZILLA ゴジラ』と、来年5月31日公開の第3弾『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』に出演する渡辺謙に続いて2人目となる。

「春先からすでに肉体改造に入っており、今年8月公開の『銀魂2』では、かなりムキムキの体に。現在、語学を猛特訓中だそうですが、番手としては上位5番手に入る好待遇だそうです」(映画業界関係者)

 小栗が同作で存在感をアピールすれば、渡辺同様、今後もハリウッド作品のオファーが舞い込みそうだが、日本の俳優の中で最もハリウッド進出が期待されているのが、あの大河主演俳優だというのだ。

「放送中の『西郷どん』に主演している鈴木亮平です。186センチの長身に加え、役によって体重を増減させる“デ・ニーロ・アプローチ”を実践。高すぎるプロ意識は、ハリウッドスター並み。おまけに、東京外大卒で、英検1級を取得。アメリカへの留学経験もあるので、ハリウッドに渡っても気後れすることはなさそうです」(映画業界関係者)

 鈴木がその気になれば、強力なバックアップもありそうだ。

「小栗とは親友で、小栗は『西郷どん』に坂本龍馬役で出演。小栗が“結果”を残して、現地の関係者に鈴木を推薦すれば、すぐにでも鈴木がハリウッドに呼ばれることになりそうです」(同)

 体格的に欧米人に見劣りしない鈴木だけに、今後、ビッグチャンスが巡ってきそうだ。

小栗旬ハリウッド進出の裏にある「育ての親」の不遇と「離婚ジンクス」の闇

 人気俳優の小栗旬が、2020年公開予定の映画『ゴジラVSコング』(仮題)でハリウッドデビューすることがわかった。

 まだ役柄は明らかにされていないものの、主要キャストとなる見込みとのことだが、彼の満を持してのハリウッド進出は、小栗の“芸能界の育ての親”で映画プロデューサーの山本又一朗氏の影響であることは間違いないだろう。

 山本氏は、小栗の所属事務所「トライストーン・エンタテイメント」の代表取締役で、小栗や綾野剛を育てた敏腕マネジャーとして知られる一方、映像の世界では、“伝説の男”だ。

 1970年、当時、漫画家・小池一夫氏のマネジメントを担当していた山本氏は、小池氏の『子連れ狼』の映画化を求めるハリウッド関係者への対応のため渡米。この交渉担当を契機に、映画業界の道に進むことを決意したという。

 帰国後、実写映画『ベルサイユのばら』『太陽を盗んだ男』『がんばれ!!タブチくん!!』シリーズほか、アニメ映画『ゴルゴ13』など、数々の作品をプロデュースしてきた山本氏だが、そんな“伝説の男”に関して、筆者がもっとも印象に残っているのは、彼がハリウッドで“マタ・ヤマモト”と言われた時代だ。

 1990年代初め、ビートたけしが、キアヌ・リーブス主演のハリウッド超大作SF映画『JM』(95年公開)に出演することになり、打ち合わせと英会話の勉強のため渡米した。筆者も、たけしを取材するため、雑誌編集者とロス入りしたのだが、その際、現地の日本人社会で話題になっていたのが、山本氏だった。

 当時、山本氏は、世界最大のヨットレース大会「アメリカスカップ」をモチーフにした映画『ウインズ』の製作のため、資金集めに奔走していた。日米共同製作による企画だったが、ハリウッド関係者からは「ヨットレースは、日本でもアメリカでも上流階級のスポーツ。一般庶民に縁がない映画なんか、当たるわけがない」と相手にされなかった。

 それでも山本氏は口八丁手八丁で、なんと50億円ともいわれる製作費を集めた。そうして『ウインズ』は95年に公開されたが、ハリウッド関係者の予言通り、結果は大コケ。出資者は、“映画は水もの”と、泣き寝入りするしかなかったという。

 その後、日本に戻った山本氏は、芸能プロダクションを設立し、小栗旬や綾野剛を育てたが、ロスの日本人社会では、“マタ・ヤマモト”の評判は芳しくない。

 小栗のハリウッド進出で、当時の記憶が呼び起こされないか危惧されるが、ただ、山本氏と違って、小栗の挑戦は俳優としてのもの。来年1年間は日本での芸能活動を休止し、女優で妻の山田優や子どもとも離れ、12月にも渡米するのではないかとの声もある。

 悲願のハリウッド進出とあって、相当な意気込みが窺い知れるが、ちなみに、先にハリウッド進出を果たしている大物俳優の真田広之や渡辺謙は、2人とも離婚歴がある。以前から、女性関係のウワサが絶えない小栗だけに、ハメを外して2人の二の舞いにならないことを祈るばかりだ。
(文=本多圭)

小栗旬ハリウッド進出の裏にある「育ての親」の不遇と「離婚ジンクス」の闇

 人気俳優の小栗旬が、2020年公開予定の映画『ゴジラVSコング』(仮題)でハリウッドデビューすることがわかった。

 まだ役柄は明らかにされていないものの、主要キャストとなる見込みとのことだが、彼の満を持してのハリウッド進出は、小栗の“芸能界の育ての親”で映画プロデューサーの山本又一朗氏の影響であることは間違いないだろう。

 山本氏は、小栗の所属事務所「トライストーン・エンタテイメント」の代表取締役で、小栗や綾野剛を育てた敏腕マネジャーとして知られる一方、映像の世界では、“伝説の男”だ。

 1970年、当時、漫画家・小池一夫氏のマネジメントを担当していた山本氏は、小池氏の『子連れ狼』の映画化を求めるハリウッド関係者への対応のため渡米。この交渉担当を契機に、映画業界の道に進むことを決意したという。

 帰国後、実写映画『ベルサイユのばら』『太陽を盗んだ男』『がんばれ!!タブチくん!!』シリーズほか、アニメ映画『ゴルゴ13』など、数々の作品をプロデュースしてきた山本氏だが、そんな“伝説の男”に関して、筆者がもっとも印象に残っているのは、彼がハリウッドで“マタ・ヤマモト”と言われた時代だ。

 1990年代初め、ビートたけしが、キアヌ・リーブス主演のハリウッド超大作SF映画『JM』(95年公開)に出演することになり、打ち合わせと英会話の勉強のため渡米した。筆者も、たけしを取材するため、雑誌編集者とロス入りしたのだが、その際、現地の日本人社会で話題になっていたのが、山本氏だった。

 当時、山本氏は、世界最大のヨットレース大会「アメリカスカップ」をモチーフにした映画『ウインズ』の製作のため、資金集めに奔走していた。日米共同製作による企画だったが、ハリウッド関係者からは「ヨットレースは、日本でもアメリカでも上流階級のスポーツ。一般庶民に縁がない映画なんか、当たるわけがない」と相手にされなかった。

 それでも山本氏は口八丁手八丁で、なんと50億円ともいわれる製作費を集めた。そうして『ウインズ』は95年に公開されたが、ハリウッド関係者の予言通り、結果は大コケ。出資者は、“映画は水もの”と、泣き寝入りするしかなかったという。

 その後、日本に戻った山本氏は、芸能プロダクションを設立し、小栗旬や綾野剛を育てたが、ロスの日本人社会では、“マタ・ヤマモト”の評判は芳しくない。

 小栗のハリウッド進出で、当時の記憶が呼び起こされないか危惧されるが、ただ、山本氏と違って、小栗の挑戦は俳優としてのもの。来年1年間は日本での芸能活動を休止し、女優で妻の山田優や子どもとも離れ、12月にも渡米するのではないかとの声もある。

 悲願のハリウッド進出とあって、相当な意気込みが窺い知れるが、ちなみに、先にハリウッド進出を果たしている大物俳優の真田広之や渡辺謙は、2人とも離婚歴がある。以前から、女性関係のウワサが絶えない小栗だけに、ハメを外して2人の二の舞いにならないことを祈るばかりだ。
(文=本多圭)

『X-メン』シリーズ監督、少年への性的虐待疑惑が膨れ上がり、ついにハリウッド追放か

『X-メン』シリーズで知られる映画監督ブライアン・シンガー(52)が、性的暴行で訴えられたと芸能サイト「TMZ」が報じた。訴えた男性によると、ブライアンは「自分に逆らったら、この業界では働けなくなる」と脅しながら、当時17歳だった彼にイラマチオを強要。その後、無理やりアナル・レイプしたというのだ。ブライアンが性的暴行で訴えられるのは初めてではなく、これまでは「金目当てだろう」と同情されていた。しかし今回は、ハリウッドの性的搾取が相次いで告発され大騒ぎとなっているタイミングでの訴訟案件だけに、厳しい目が向けられている。

 ブライアンは、2000年にスタートした映画『X-メン』シリーズや『スーパーマン リターンズ』(06)、トム・クルーズ主演の『ワルキューレ』(08)、人気テレビシリーズ『Dr.HOUSE』(04~12)などの監督を務め、ハリウッドの第一線で活躍してきた。バイセクシュアルであることをオープンにしており、14年には25年来の親友である女優ミシェル・クラニーとの間に子どもをもうけている。「代理母契約を結んだのか」と取り沙汰されたが、ミシェルは「私はブライアンと自分の子どもを妊娠し、出産する。ゲイの男性が、代理母経由ではなく子どもをもうけるケースを聞いたことがないから、みんな混乱しているんでしょうね」「大親友と一緒に子どもを育てることがいかに幸せなのか、今後多くの女性たちは気がつき、このようなケースが増えると思う」と発言し、2人の間の実子だと説明していた。15年1月には息子が無事誕生したが結婚はせず、親友として子育てパートナーとして、良い関係を保ち続けていると伝えられている。

 実はこの子作りについて、ブライアンの性的暴行騒動からのイメージ回復を狙ったものではないかという説があった。ブライアンは14年4月に、マイケル・イーガンという男から「17歳の時にレイプされた」と提訴されているのだ。マイケルは「1999年にマーク・コリンズ・レクターが主催したカリフォルニアのパーティーでブライアンと知り合い、その後、ハワイに連れていかれ、ドラッグと酒を与えられた上で強姦された」と主張。マーク自身が04年に未成年への性犯罪で有罪になっている実業家で、「そんな男と交流があるなんて、ブライアンもクロなんじゃないか」と白い目で見られたものだった。

 これに対してブライアンは「でっち上げだ」と主張し、「反訴も辞さない」と強気な姿勢を見せた。裁判所に「原告が強姦されたと主張している時期、2人ともハワイにはいなかった」という証拠を提出し、14年8月、訴えは却下された。

 同年、ブライアンはイギリス人男性からも「14歳の時にレイプされた」と訴えられている。「03年にプロデューサーのゲイリー・ゴダートが、ソーシャルメディアを通して連絡してきた。ブライアンを紹介できる、役者になれるとアプローチされた。ゲイリーとは、15歳のときからオンラインセックスをするようになり、06年の『スーパーマン リターンズ』プレミア上映でゲイリーとブライアンがイギリスに来て、ブライアンにホテルで強姦された」と提訴されたのだ。しかし、結局この訴えも7月に却下されている。

 実は97年4月、ブライアン監督作の『ゴールデンボーイ』(98)に出演していたエキストラ少年(当時14歳)の両親が「我々保護者の許可なく、全裸でシャワーを浴びるシーンを撮影した」「桃色のGストリングス(Tバック状の下着)をはいていたのに、撮影直前に『脱げ』と命じた」とブライアンを訴える騒ぎを起こしたことがあった。結局この訴えも証拠不十分で却下されていた。

 立て続けに騒動が起きた14年、ブライアンは米誌「Out」のインタビューを受け、自分のセクシュアリティについて「ここ5年で2人の女性と交際した。最初に真剣交際したのはミシェル」「でも情緒的には男性に惹かれる。だからゲイと呼ばれてもよいと思っている」と告白している。

 しかし、もちろん男なら誰でもよいわけではないはずだ。誰にでもタイプというものがあるわけで、ブライアンの場合はそれが「つるつるで滑らかな肌の少年」だと長年うわさされてきた。というのも、ゲイであることを公にしている映画監督のローランド・エメリッヒが、11年に同性愛者専門誌「The Advocate」のインタビューで、ブライアンが主催するプライド・パレード・パーティーやニューイヤーズ・パーティーには「トゥインク」がたくさん招待されていることを暴露したからだ。「トゥインク」とは、若くてスリムで体毛が薄くすべすべした、少年のようなタイプのゲイ男性を指す。これまでにブライアンを訴えた男性たちも、被害に遭ったのは10代の頃で、「やっぱり少年が好きなんだ」と確信を持たれることとなった。

 そして16年6月、米「ニューヨーク・マガジン」電子版に掲載された、俳優ノア・ギャルビンのインタビューが、この疑惑をより大きなものにする。「ブライアン・シンガーは小さい男の子たちを自宅プールに招いて、夜暗くなってから騙してファックするんだよ(笑)。自分は、そういうのには関わりたくない。ロサンゼルスでは、チャンスをつかむためならなんでもするようなホモセクシュアルがいるんだよね。ニューヨークのゲイ・コミュニティはとても健康的だけど、ロサンゼルスはそうではない」と語ったノアの発言が、掲載後すぐに削除されたのだ。同マガジン編集部は「このような論議を招くような発言は削除したほうがよいと決断した」と弁解するも「ブライアン=ペドフィリアの強姦魔」という噂はどんどんと膨れ上がっていった。

 ハリウッドでは、ディズニー・チャンネルやニコロディオンの番組にレギュラー出演する子役はアイドルとして大ブレークするし、テレビコメディやドラマなどで子役が人気者になり、破格のギャラを手に入れて大成功を収めることがよくある。当然多くの子役たちがこれを夢見ており、彼ら・彼女らを「有名にしてやる」という言葉で釣って性的に搾取する犯罪が、ハリウッドで横行しているとのうわさは、長年まことしやかにささやかれていた。

 今年10月、ハリウッドの重鎮で権力者として知られていた映画プロデューサーのハービー・ワインスタインが、過去30年にわたって女優やアシスタントに性的嫌がらせをしたとメディアに暴露され、ハービーが失脚した後には、女優たちが「キャリアアップと引き換えに、体の関係を迫られた/強要された」と告発し始めた。

 この流れに乗ろうとしたのが、ドキュメンタリー『An Open Secret』の制作者たちだ。ハリウッドでの成功を夢見る少年たちが、業界の男たちにどのように性の餌食にされてきたかを告発した作品で、14年に作られた。当然ながらハリウッド配給会社などの協力はまったく得られず、多くの人に見てもらう機会をつくれなかった。「ハリウッドの闇を暴こうという声が高まっている今なら」ということで、10月12日にVimeoで配信を開始。最初の2週間で300万人が視聴するヒットとなった。

 そして29日、アカデミー俳優のケヴィン・スペイシーから14歳の時に性的行為を強要されそうになったと俳優のアンソニー・ラップが暴露。その後、次々とケヴィンに性的行為を強いられたと告発する男性が現れ、彼の悪事もこれまた長年にわたる公然の秘密だったことが発覚し、ますます『An Open Secret』は注目を集めた。

 同時期、以前より「ハリウッドはペドフィリアばかり」だと声を大にしてきた元・名子役のコリー・フェルドマン(『グーニーズ』『スタンド・バイ・ミー』ほか)が、「ハリウッドのペドフィリアを暴露するドキュメンタリー映画を作る。6人名前を挙げられるが、そのうちの1人はとてつもない権力者だ」とぶち上げ、製作のために必要な1,000万ドル(約11億円)をクラウドファンディングで求める活動を開始する。すると、この「権力者」とは、ブライアンのことではないかと臆測が飛び交った。

 31日、20世紀フォックスがブライアンのプロダクション会社と契約を更新しなかったことが報じられると、「業界内でも見切りをつけ始めたのでは?」とうわさされるようになる。そして11月1日、今度はジャスティン・スミスという男性が、ツイッターで「2000年に彼氏からブライアンを紹介されたんだけど、いつも『ちんこ見せて』『おしり見せて』ってうるさかった」「ブライアンはハイになると、こうなんだって」「50~70代のラリった男たちと16〜17歳以下の少年たちが5~10人くらいでパーティーするんだよ」「ブライアンはいつもオレとやりたがって、『「X-メン2」に出させてあげる』なんて言われたけど、オレはいつも『ノー』って拒否ってた」などとブライアンの悪事を次々と暴露投稿。ブライアンのツイッターアカウントは大炎上し、閉鎖に追い込まれた。

 11月10日になると、人気ドラマシリーズ『ER 緊急救命室』でブレークしたアンソニー・エドワーズが、ゲイリー・ゴダードから性的暴行を受けてきたことを告白。ゲイリーといえば、14年にブライアンを訴えたイギリス人男性に、最初に「ブライアンを紹介する」と接触してきたプロデューサーだ。

 12月1日になると、ブライアンがイギリスのロックバンド・クイーンの伝記映画『Bohemian Rhapsody』の現場に無断で来なくなっており、撮影が中断していると報じられる。4日、20世紀フォックスは「ブライアンをクビにした」と発表。ブライアンは5日に「両親の健康状態が理由で、どうしようもなかった」と弁解したが、「白々しい」という反応が大半だった。

 そして今月7日、米大手ゴシップ芸能サイト「TMZ」が、ある男性が「17歳の時にイラマチオを強要された上、レイプされた」とブライアンを提訴したことを報じた。

「TMZ」によると、原告はシーザー・サンチェス・グズマンという男性だ。シーザーは17歳だった03年、裕福な投資家が所有する豪華ヨットで開催されたパーティーに、たくさんの若いゲイたちとともに招かれた。そこでブライアンから「ヨットの中を見せてあげる」と誘われたが、部屋で2人きりになるとブライアンは豹変。シーザーを無理やりひざまずかせたという。
 
 ブライアンはパンツからイチモツを取り出し、それでシーザーの頬を叩きながら「しゃぶれ」と命令。躊躇する彼の口に無理やり押し込み、イラマチオを強要した。シーザーは窒息しかけ、「やめてほしい」と繰り返したものの聞き入れてもらえず、最後にはアナルレイプされたという。

 事が終わった後、ブライアンは「黙ってれば、お前に役を与えてやる」「俺はハリウッドでは、とても権力があるプロデューサーだからな」「もし誰かに今日起こったことを言っても、誰もお前を信じないだろう。そして、俺はお前を潰す」と脅されたそうだ。シーザーはショックで心身を病み、トラウマに苦しむようになったと主張。怖くて今まで誰にも言えなかったが、勇気を振り絞って起訴を決意したとしている。

 ブライアンの弁護士は、今回も真っ向から否定している。相手側の弁護士が、14年のマイケル・イーガンのときと同じ人物であるのがうさんくさいとし、当のイーガンがその後別件の詐欺罪で禁錮刑に処されたことも持ち出して「何もかも金目ての訴訟」と強くアピールした。

 しかし世間は、『An Open Secret』があまりにも生々しかったことから、ブライアンが少年たちに権力を振りかざし、性的暴行しているのは間違いないだろうと見ている。ネット上でも、「ペドフィリアの強姦魔」「ゲイ版/ペドフィリア版ハービー」などと叩かれまくっている。

 ハービー同様、年内にはブライアンもハリウッドから追放されるのではないかと推測する声が上がっているが、今後、どのような展開になるのだろうか?ペドフィリアは、想像以上に世の中に多いとされている。ほかにも、芋づる式に告発される大物が出てくるのか。続報に注目したい。

『X-メン』シリーズ監督、少年への性的虐待疑惑が膨れ上がり、ついにハリウッド追放か

『X-メン』シリーズで知られる映画監督ブライアン・シンガー(52)が、性的暴行で訴えられたと芸能サイト「TMZ」が報じた。訴えた男性によると、ブライアンは「自分に逆らったら、この業界では働けなくなる」と脅しながら、当時17歳だった彼にイラマチオを強要。その後、無理やりアナル・レイプしたというのだ。ブライアンが性的暴行で訴えられるのは初めてではなく、これまでは「金目当てだろう」と同情されていた。しかし今回は、ハリウッドの性的搾取が相次いで告発され大騒ぎとなっているタイミングでの訴訟案件だけに、厳しい目が向けられている。

 ブライアンは、2000年にスタートした映画『X-メン』シリーズや『スーパーマン リターンズ』(06)、トム・クルーズ主演の『ワルキューレ』(08)、人気テレビシリーズ『Dr.HOUSE』(04~12)などの監督を務め、ハリウッドの第一線で活躍してきた。バイセクシュアルであることをオープンにしており、14年には25年来の親友である女優ミシェル・クラニーとの間に子どもをもうけている。「代理母契約を結んだのか」と取り沙汰されたが、ミシェルは「私はブライアンと自分の子どもを妊娠し、出産する。ゲイの男性が、代理母経由ではなく子どもをもうけるケースを聞いたことがないから、みんな混乱しているんでしょうね」「大親友と一緒に子どもを育てることがいかに幸せなのか、今後多くの女性たちは気がつき、このようなケースが増えると思う」と発言し、2人の間の実子だと説明していた。15年1月には息子が無事誕生したが結婚はせず、親友として子育てパートナーとして、良い関係を保ち続けていると伝えられている。

 実はこの子作りについて、ブライアンの性的暴行騒動からのイメージ回復を狙ったものではないかという説があった。ブライアンは14年4月に、マイケル・イーガンという男から「17歳の時にレイプされた」と提訴されているのだ。マイケルは「1999年にマーク・コリンズ・レクターが主催したカリフォルニアのパーティーでブライアンと知り合い、その後、ハワイに連れていかれ、ドラッグと酒を与えられた上で強姦された」と主張。マーク自身が04年に未成年への性犯罪で有罪になっている実業家で、「そんな男と交流があるなんて、ブライアンもクロなんじゃないか」と白い目で見られたものだった。

 これに対してブライアンは「でっち上げだ」と主張し、「反訴も辞さない」と強気な姿勢を見せた。裁判所に「原告が強姦されたと主張している時期、2人ともハワイにはいなかった」という証拠を提出し、14年8月、訴えは却下された。

 同年、ブライアンはイギリス人男性からも「14歳の時にレイプされた」と訴えられている。「03年にプロデューサーのゲイリー・ゴダートが、ソーシャルメディアを通して連絡してきた。ブライアンを紹介できる、役者になれるとアプローチされた。ゲイリーとは、15歳のときからオンラインセックスをするようになり、06年の『スーパーマン リターンズ』プレミア上映でゲイリーとブライアンがイギリスに来て、ブライアンにホテルで強姦された」と提訴されたのだ。しかし、結局この訴えも7月に却下されている。

 実は97年4月、ブライアン監督作の『ゴールデンボーイ』(98)に出演していたエキストラ少年(当時14歳)の両親が「我々保護者の許可なく、全裸でシャワーを浴びるシーンを撮影した」「桃色のGストリングス(Tバック状の下着)をはいていたのに、撮影直前に『脱げ』と命じた」とブライアンを訴える騒ぎを起こしたことがあった。結局この訴えも証拠不十分で却下されていた。

 立て続けに騒動が起きた14年、ブライアンは米誌「Out」のインタビューを受け、自分のセクシュアリティについて「ここ5年で2人の女性と交際した。最初に真剣交際したのはミシェル」「でも情緒的には男性に惹かれる。だからゲイと呼ばれてもよいと思っている」と告白している。

 しかし、もちろん男なら誰でもよいわけではないはずだ。誰にでもタイプというものがあるわけで、ブライアンの場合はそれが「つるつるで滑らかな肌の少年」だと長年うわさされてきた。というのも、ゲイであることを公にしている映画監督のローランド・エメリッヒが、11年に同性愛者専門誌「The Advocate」のインタビューで、ブライアンが主催するプライド・パレード・パーティーやニューイヤーズ・パーティーには「トゥインク」がたくさん招待されていることを暴露したからだ。「トゥインク」とは、若くてスリムで体毛が薄くすべすべした、少年のようなタイプのゲイ男性を指す。これまでにブライアンを訴えた男性たちも、被害に遭ったのは10代の頃で、「やっぱり少年が好きなんだ」と確信を持たれることとなった。

 そして16年6月、米「ニューヨーク・マガジン」電子版に掲載された、俳優ノア・ギャルビンのインタビューが、この疑惑をより大きなものにする。「ブライアン・シンガーは小さい男の子たちを自宅プールに招いて、夜暗くなってから騙してファックするんだよ(笑)。自分は、そういうのには関わりたくない。ロサンゼルスでは、チャンスをつかむためならなんでもするようなホモセクシュアルがいるんだよね。ニューヨークのゲイ・コミュニティはとても健康的だけど、ロサンゼルスはそうではない」と語ったノアの発言が、掲載後すぐに削除されたのだ。同マガジン編集部は「このような論議を招くような発言は削除したほうがよいと決断した」と弁解するも「ブライアン=ペドフィリアの強姦魔」という噂はどんどんと膨れ上がっていった。

 ハリウッドでは、ディズニー・チャンネルやニコロディオンの番組にレギュラー出演する子役はアイドルとして大ブレークするし、テレビコメディやドラマなどで子役が人気者になり、破格のギャラを手に入れて大成功を収めることがよくある。当然多くの子役たちがこれを夢見ており、彼ら・彼女らを「有名にしてやる」という言葉で釣って性的に搾取する犯罪が、ハリウッドで横行しているとのうわさは、長年まことしやかにささやかれていた。

 今年10月、ハリウッドの重鎮で権力者として知られていた映画プロデューサーのハービー・ワインスタインが、過去30年にわたって女優やアシスタントに性的嫌がらせをしたとメディアに暴露され、ハービーが失脚した後には、女優たちが「キャリアアップと引き換えに、体の関係を迫られた/強要された」と告発し始めた。

 この流れに乗ろうとしたのが、ドキュメンタリー『An Open Secret』の制作者たちだ。ハリウッドでの成功を夢見る少年たちが、業界の男たちにどのように性の餌食にされてきたかを告発した作品で、14年に作られた。当然ながらハリウッド配給会社などの協力はまったく得られず、多くの人に見てもらう機会をつくれなかった。「ハリウッドの闇を暴こうという声が高まっている今なら」ということで、10月12日にVimeoで配信を開始。最初の2週間で300万人が視聴するヒットとなった。

 そして29日、アカデミー俳優のケヴィン・スペイシーから14歳の時に性的行為を強要されそうになったと俳優のアンソニー・ラップが暴露。その後、次々とケヴィンに性的行為を強いられたと告発する男性が現れ、彼の悪事もこれまた長年にわたる公然の秘密だったことが発覚し、ますます『An Open Secret』は注目を集めた。

 同時期、以前より「ハリウッドはペドフィリアばかり」だと声を大にしてきた元・名子役のコリー・フェルドマン(『グーニーズ』『スタンド・バイ・ミー』ほか)が、「ハリウッドのペドフィリアを暴露するドキュメンタリー映画を作る。6人名前を挙げられるが、そのうちの1人はとてつもない権力者だ」とぶち上げ、製作のために必要な1,000万ドル(約11億円)をクラウドファンディングで求める活動を開始する。すると、この「権力者」とは、ブライアンのことではないかと臆測が飛び交った。

 31日、20世紀フォックスがブライアンのプロダクション会社と契約を更新しなかったことが報じられると、「業界内でも見切りをつけ始めたのでは?」とうわさされるようになる。そして11月1日、今度はジャスティン・スミスという男性が、ツイッターで「2000年に彼氏からブライアンを紹介されたんだけど、いつも『ちんこ見せて』『おしり見せて』ってうるさかった」「ブライアンはハイになると、こうなんだって」「50~70代のラリった男たちと16〜17歳以下の少年たちが5~10人くらいでパーティーするんだよ」「ブライアンはいつもオレとやりたがって、『「X-メン2」に出させてあげる』なんて言われたけど、オレはいつも『ノー』って拒否ってた」などとブライアンの悪事を次々と暴露投稿。ブライアンのツイッターアカウントは大炎上し、閉鎖に追い込まれた。

 11月10日になると、人気ドラマシリーズ『ER 緊急救命室』でブレークしたアンソニー・エドワーズが、ゲイリー・ゴダードから性的暴行を受けてきたことを告白。ゲイリーといえば、14年にブライアンを訴えたイギリス人男性に、最初に「ブライアンを紹介する」と接触してきたプロデューサーだ。

 12月1日になると、ブライアンがイギリスのロックバンド・クイーンの伝記映画『Bohemian Rhapsody』の現場に無断で来なくなっており、撮影が中断していると報じられる。4日、20世紀フォックスは「ブライアンをクビにした」と発表。ブライアンは5日に「両親の健康状態が理由で、どうしようもなかった」と弁解したが、「白々しい」という反応が大半だった。

 そして今月7日、米大手ゴシップ芸能サイト「TMZ」が、ある男性が「17歳の時にイラマチオを強要された上、レイプされた」とブライアンを提訴したことを報じた。

「TMZ」によると、原告はシーザー・サンチェス・グズマンという男性だ。シーザーは17歳だった03年、裕福な投資家が所有する豪華ヨットで開催されたパーティーに、たくさんの若いゲイたちとともに招かれた。そこでブライアンから「ヨットの中を見せてあげる」と誘われたが、部屋で2人きりになるとブライアンは豹変。シーザーを無理やりひざまずかせたという。
 
 ブライアンはパンツからイチモツを取り出し、それでシーザーの頬を叩きながら「しゃぶれ」と命令。躊躇する彼の口に無理やり押し込み、イラマチオを強要した。シーザーは窒息しかけ、「やめてほしい」と繰り返したものの聞き入れてもらえず、最後にはアナルレイプされたという。

 事が終わった後、ブライアンは「黙ってれば、お前に役を与えてやる」「俺はハリウッドでは、とても権力があるプロデューサーだからな」「もし誰かに今日起こったことを言っても、誰もお前を信じないだろう。そして、俺はお前を潰す」と脅されたそうだ。シーザーはショックで心身を病み、トラウマに苦しむようになったと主張。怖くて今まで誰にも言えなかったが、勇気を振り絞って起訴を決意したとしている。

 ブライアンの弁護士は、今回も真っ向から否定している。相手側の弁護士が、14年のマイケル・イーガンのときと同じ人物であるのがうさんくさいとし、当のイーガンがその後別件の詐欺罪で禁錮刑に処されたことも持ち出して「何もかも金目ての訴訟」と強くアピールした。

 しかし世間は、『An Open Secret』があまりにも生々しかったことから、ブライアンが少年たちに権力を振りかざし、性的暴行しているのは間違いないだろうと見ている。ネット上でも、「ペドフィリアの強姦魔」「ゲイ版/ペドフィリア版ハービー」などと叩かれまくっている。

 ハービー同様、年内にはブライアンもハリウッドから追放されるのではないかと推測する声が上がっているが、今後、どのような展開になるのだろうか?ペドフィリアは、想像以上に世の中に多いとされている。ほかにも、芋づる式に告発される大物が出てくるのか。続報に注目したい。