「ローマ法王がトランプを支持」「反トランプデモ参加者は3,500ドルを受け取っていた」……これらの偽ニュースはSNS上で拡散され、米大統領選の結果にも影響を与えたといわれている。偽ニュースを流した側が大勝利の「偽得」状態が、ネットの(一部の)現状だ。『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』(藤代裕之著、光文社)は、そんな、今のウェブメディアだけでなく、マスメディアも含めた、メディアを取り巻く環境と問題に触れた一冊。本書のテーマである「偽ニュースが広がる背景」について見ていきたい。
■「責任を負うのが誰なのか」があいまいになれば、偽ニュースは生まれやすくなる
おなじみYahoo!ニュースは新聞、通信社、雑誌などからのニュースがタダで閲覧でき、それに加えて独自ニュースを配信しているが、同サイトはもともと「メディア(自前で記事を作る)」ではなく、「プラットフォーム(新聞社などマスメディアからニュースを仕入れ、配信する)」機能しかなかった。
Yahoo!ニュースをはじめ、ウェブサイトが自前で記事を作る「メディア」になったきっかけは、ライブドア事件にある。Yahoo!ニュースと似たプラットフォームを提供していたライブドアの堀江貴文氏が旧来型のマスメディアを批判したことで、新聞社などのマスメディアはライブドアへの記事配信を停止する。兵糧攻めに遭ったライブドアが、ブロガーの記事を「ニュース」として紹介したのがマス以外のメディアの誕生の瞬間だったと指摘されており、さらに、「メディア(ニュースの内容に責任を持つ)」と「プラットフォーム(場所を提供している)」の境界線があいまいになったことで、偽ニュースが広まりやすい状況が生まれていった。確かに「場を提供しているだけであり、中に書かれている情報が正しいかどうかまでは責任を負わない」というプラットフォームのスタンスは当事者にすれば楽だし、自社で取材や裏取りをしなくていいので安上がりだ。
しかし、この「場所を提供しているだけであり、執筆者の発言については責任を負わない」という気楽な姿勢は年々通用しなくなってきている。昨年12月には医療系キュレーションサイトのWELQが「肩こりは霊のせい」などのトンデモ情報を掲載し大炎上、運営元企業であるディー・エヌ・エーの社長が会見で謝罪するまでになった。
「メディア」より「プラットフォーム」の方が責任の所在はあいまいになりがちで、偽ニュースが紛れ込む余地が増えるが、一方で「メディア」発の偽ニュースもあり、本書で紹介されているのが朝日新聞の吉田調書問題だ(福島原発事故の際に、所員が所長の命令を無視して逃げたかのように報道)。こういった問題が生まれた背景として、「新聞などの既存型マスメディアにおける権力=政治家・行政・大企業、市民=善・弱者という固定化された考え方」が指摘されている。
嘘は論外だが、「権力側のすることは多少悪めに盛る」のはマスコミの基本的な報道姿勢のようにすら見える。マスコミの役割には「権力の批判、監視」があるので、権力サイドのしていることを斜めから見るスタンスは、その点からは必要だ。しかし、「権力=政治家・行政・大企業、市民=善・弱者」という考え方は思考停止の状態でもあり、ニュースを見る側にしてみれば、世の中は毎日悪いことばかり起きているように思えて辟易する。企業や政府がしたいいことを、ありのままに報道されたものは残念なまでに少ない。
また、「(「盛る」レベルを超えた)嘘つきが著名人になった」ケースでは、マスメディアもネットメディアもお手上げだろう。佐村河内守氏の騒動のように嘘をメディアが見抜けず関連番組が作られていき、氏の信頼性をマスメディアが担保してしまうという事態になった。嘘はタダでつけるが、ある人物を嘘つきだと証明するのは、手間も時間も執念もいる。さらに、一度嘘つきの神輿を担いでしまうと、嘘つきを担いだ自分の不覚を知られたくない関係者の多くは口をつぐむ。嘘への最高の抑止力になるはずの「良心の呵責」がない病的な嘘つきにとって、嘘はメリットだらけなのだ。
偽ニュースが出回る背景を、発信者側の都合から触れてきたが、偽ニュースはそれだけでなく、情報を信じ広める人がいて成立し、拡大する。「肩こりの原因は霊」程度なら信じる人も少ないだろうが、これが政治や事件と絡んだり、災害時であれば、話はまったく変わってくる。
足立区女子高生コンクリート詰め殺人事件で、犯行グループの一人だという根拠のない偽情報がネットで広まり、誹謗中傷に苦しみ続けたスマイリーキクチ氏の事例も紹介されているが、「悪意や目的のある人」と「偽ニュースを真に受けて、調べもせずSNSで拡散するようなネットリテラシーのない人」さえいれば、第二、第三のスマイリーキクチ氏が生まれる可能性もあるし、選挙の対立候補の偽情報を流すことで選挙結果に影響を与えることだってできるだろう。災害時なら、偽の情報に振り回され、人が負傷したり、亡くなる可能性だってある。
厄介なのが、偽ニュースを広める人の根底にあるのが「悪意、悪ふざけ」でなく「義侠心や善意」であるケースも多いことだ。東日本大震災のときも、善意から偽の災害情報をSNSで拡散している人がいたが、これらの人たちはきちんと「みっともないことをした」と反省しているのだろうか? 偽ニュースを発信する人が最も悪いが、それを鵜呑みにして広めた人がまったくの無辜とは思えない。しかし、裏も取らずに情報を拡散することはみっともないことだという意識が育たないくらい、膨大な量の情報が毎日通り過ぎていってしまう。このあたりも、偽ニュースを故意に流そうとするには有利な構造なのだろう。
偽ニュースの発信元に罰則を与えるという規制以外に、受け手への教育も必要だ。ネットニュースはここ10年どころか、5年で急拡大した市場だ。今の子どもはネット環境に囲まれて育ったネットネイティブであり、学校の情報教育の授業で情報モラルを学ぶ機会もある。一方で、疑うことを知らない大人を教育する場はどこにもないと思うと、なかなか恐ろしい一冊だった。
石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
・いとしろ堂