アクションシーンや危険な場所での撮影など、ハイリスクな仕事が舞い込む機会の多いハリウッドセレブ。そんな日常に慣れてしまい、私生活でも刺激を求めるせいか、トラブルやケガ、事故に見舞われるケースも少なくない。以前も「九死に一生を得たセレブ」を特集したが、今回はPART2として、読んでいるだけでぞわっとするような、セレブの危険すぎる体験を紹介しよう。
エリー・ゴールディング
イギリス出身のシンガーソングライターであるエリー。2016年、彼女はツアーに同行していた写真家コナー・マクドネルと共に凍った湖の上をベルトワゴンで走行中、水面に張った氷が割れるというアクシデントが発生した。車両が沈み始めてしまい、2人は車を脱出。屋根によじ登って救出を待った。コナーはその時の写真を後日、インスタグラムに投稿。マイナス25度の湖の中で凍死する可能性があったことを明かしていた。
レオナルド・ディカプリオ
「レオ」の愛称で親しまれている俳優レオナルド・ディカプリオは、南アフリカでのダイビング中に、死に直面したことがある。海中に設置されているケージに入り、ホホジロザメを間近で見ていたとき、サメが起こした強い波によってケージが開き、サメが入り込んできたのだ! 巨大なサメだったため体の半分しかケージに入ることができなかったため、レオはケージの底に身を伏せてその攻撃をかわした。サメは5、6回かみつこうとしたそうだが、結局届かず、レオはなんとか命拾いしたという。
ちなみにレオ、海中だけでなく、空中でも危険な体験をしている。スカイダイビングで降下中、パラシュートのヒモが絡まり、開かなくなってしまったのだ。一緒に飛んでいたインストラクターが2つ目のパラシュートを開こうとしたが、それも絡まって大ピンチ。なんとかほどけたが、落下速度が速すぎで、地面に叩きつけられたら骨折は免れない状況だったという。しかし、そこは運の強いレオ。上手に転がりながら着地したため、大ケガはなかった。
ジョージ・クルーニー
昨年7月、時速60マイル(約96km)でバイクを走行中、車に突っ込まれたジョージ。すぐに救急車で病院に搬送され、奇跡的に手足、骨盤の打撲という軽傷で済み、「不死身」「ラッキーガイだ」と話題になった。
そんなジョージだが、映画『シリアナ』(2005)撮影中に、アクションシーンで頭を強打。鼻から髄液が漏れ、すぐに病院で緊急手術を受けた。その後、しばらくは、脊髄を損傷したことによる激しい頭痛に苦しんだという。痛みはすさまじく、真剣に自殺を考えたとジョージは米カルチャー誌「ローリング・ストーン」に激白、死を間近に感じたと明かした。
危険なことには手を出さない、エレガントな女優というイメージが強いアンだが、2014年ハワイでのバケーション中、まさに「死ぬかと思った」という体験をしている。海で泳いでいた際、「離岸流」(海岸から沖合に向って発生する強い流れ)に巻き込まれてしまったのだ。近くにいたサーファーが溺れかけているアンを救出したため無事だったが、もし近くに誰もいなかったら溺死の可能性もあった。
レイチェル・ビルソン
人気ドラマ『The O.C.』のサマー役でブレイクしたレイチェルは16歳の時、乗っていた車がトラックと正面衝突した。車を運転していたのは男友達。かなりのスピードを出していたそうで、衝突の衝撃でぺしゃんこに。救助隊は車体の一部を切断し、レイチェルら4人を救出した。幸い、全員命に別状はなかったそうだが、レイチェルは数日間昏睡状態に陥ったという。この事故がきっかけで彼女は悪友と手を切る決心をし、真剣に女優活動を開始。その結果、サマー役を手に入れることができたと明かしている。
ドナルド・サザーランド
名優の誉れ高いドナルドは、1970年に髄膜炎で死にかけたことがあった。映画『戦略大作戦』の撮影のため滞在していた旧ユーゴスラビアで風邪をこじらせ、地元の病院に搬送された。そこで髄膜炎と診断されたものの、その院には抗生物質がなかったためにドナルドは昏睡状態に陥ってしまったのだ。一時は心拍も停止したという。後日ドナルドは意識不明の間、青いトンネルが見え、その中に入っていたと証言。視界の先には白い光が見え、「おそらくその時、死の世界に足を踏み入れたのだ」と語った。
シャロン・ストーン
人生で2度、死に直面したと語るシャロン。1度目は1990年、交通事故に遭い、「記憶はないけど、なんとか車から脱出した」とのこと。病院に搬送された彼女は、あごや背中、肋骨、足首に骨折などを負うほどの重傷だった。背中を固定する器具を装着され、「半年間絶対安静」を言い渡されたという。
2度目は01年。激しい頭痛に襲われ、脳動脈瘤が原因の脳内出血だと診断された。この時彼女は「白い光を見た」そうで、死の間際まで行ったことを明かしている。
映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのアクションシーンでは、軽い身のこなしを見せているオーランド。彼は21歳の時、壁の排水管をよじ登っている最中に、地上3階の高さから落ちたという。この事故でオーランドは、数日間、体が麻痺したとのこと。複数回にわたる手術と、1年半にも及ぶリハビリで幸い体は元通りにになったものの、打ちどころが悪ければ死んでいた可能性もあった。
トラヴィス・バーカー
人気ロックバンド「ブリンク182」のタトゥーだらけのドラマーとして知られるトラヴィス。2008年、彼が搭乗していた小型飛行機が墜落。足から腰、そして両手に大やけどを負った。トラヴィスはその時のことを鮮明に覚えており、「逃げるためにドアを開けようと、両手で炎を掴んでしまった。また脱出する際に翼の上で転んでしまい、体に燃料まみれとなって炎に包まれた。燃え上がった体のままで必死に走った」と回想している。この飛行機には6人が搭乗しており、トラヴィスとDJ AMの2人だけが助かった。しかしDJ AMは1年後に、薬物の過剰摂取で他界してしまった。トラヴィスも16回にわたる手術や皮膚移植、輸血などで命を取り留めたが、一時は担当医が足の切断を検討していたそうだ。
ドリュー・バリモア
人気女優のドリューは、俳優トム・グリーンと結婚生活を送っていた2001年、自宅が炎上する災難に見舞われた。火災は夜中に発生、煙を察知した愛犬が彼女を起こしてくれたため、火の手が回る前に脱出できたそうだ。なお、命は助かったが、この火災で70万ドル(約7,700万円)の損失を被ったと報じられている。
ジェイク・ギレンホールの父親は数多くのテレビ映画・劇場映画を手がける監督のスティーヴン・ギレンホール、母親はリバー・フェニックス主演の『旅立ちの時』(88)を手がけた脚本家のナオミ・フォナー。姉のマギーも女優という、芸能一家に育った。母親ほど年の離れた大御所女優のジェイミー・リー・カーティスと腕を組んで楽しそうに出かける姿がパパラッチされたことがあるが、実はジェイミーは彼のゴッドマザーなのである。
70年代、映画『スティング』(73)でアカデミー賞を受賞した映画プロデューサーのマイケル&ジュリア・フィリップス夫妻は、マリブの邸宅で「ハリウッドの将来を担うであろう監督、プロデューサー、役者、脚本家が交流するホームパーティー」を毎週末のように開催していた。スティーヴン・スピルバーグは、このパーティーの常連だった。女優のブライス・ダナーと彼女の夫でプロデューサーのブルース・パルトローも参加することが多く、スティーヴンとブルースはユダヤ系という共通点もあり意気投合した。家族ぐるみで親しく付き合うようになり、ブライスが第一子である長女グウィネスを出産した際、スティーヴンは快くゴッドファーザーの大役を引き受けた。



