レオはサメに襲われ、オーランドは3階の高さから落下……九死に一生を得たセレブPART2

 アクションシーンや危険な場所での撮影など、ハイリスクな仕事が舞い込む機会の多いハリウッドセレブ。そんな日常に慣れてしまい、私生活でも刺激を求めるせいか、トラブルやケガ、事故に見舞われるケースも少なくない。以前も「九死に一生を得たセレブ」を特集したが、今回はPART2として、読んでいるだけでぞわっとするような、セレブの危険すぎる体験を紹介しよう。

エリー・ゴールディング

 イギリス出身のシンガーソングライターであるエリー。2016年、彼女はツアーに同行していた写真家コナー・マクドネルと共に凍った湖の上をベルトワゴンで走行中、水面に張った氷が割れるというアクシデントが発生した。車両が沈み始めてしまい、2人は車を脱出。屋根によじ登って救出を待った。コナーはその時の写真を後日、インスタグラムに投稿。マイナス25度の湖の中で凍死する可能性があったことを明かしていた。

レオナルド・ディカプリオ

 「レオ」の愛称で親しまれている俳優レオナルド・ディカプリオは、南アフリカでのダイビング中に、死に直面したことがある。海中に設置されているケージに入り、ホホジロザメを間近で見ていたとき、サメが起こした強い波によってケージが開き、サメが入り込んできたのだ! 巨大なサメだったため体の半分しかケージに入ることができなかったため、レオはケージの底に身を伏せてその攻撃をかわした。サメは5、6回かみつこうとしたそうだが、結局届かず、レオはなんとか命拾いしたという。

 ちなみにレオ、海中だけでなく、空中でも危険な体験をしている。スカイダイビングで降下中、パラシュートのヒモが絡まり、開かなくなってしまったのだ。一緒に飛んでいたインストラクターが2つ目のパラシュートを開こうとしたが、それも絡まって大ピンチ。なんとかほどけたが、落下速度が速すぎで、地面に叩きつけられたら骨折は免れない状況だったという。しかし、そこは運の強いレオ。上手に転がりながら着地したため、大ケガはなかった。

ジョージ・クルーニー

 昨年7月、時速60マイル(約96km)でバイクを走行中、車に突っ込まれたジョージ。すぐに救急車で病院に搬送され、奇跡的に手足、骨盤の打撲という軽傷で済み、「不死身」「ラッキーガイだ」と話題になった。

 そんなジョージだが、映画『シリアナ』(2005)撮影中に、アクションシーンで頭を強打。鼻から髄液が漏れ、すぐに病院で緊急手術を受けた。その後、しばらくは、脊髄を損傷したことによる激しい頭痛に苦しんだという。痛みはすさまじく、真剣に自殺を考えたとジョージは米カルチャー誌「ローリング・ストーン」に激白、死を間近に感じたと明かした。

 危険なことには手を出さない、エレガントな女優というイメージが強いアンだが、2014年ハワイでのバケーション中、まさに「死ぬかと思った」という体験をしている。海で泳いでいた際、「離岸流」(海岸から沖合に向って発生する強い流れ)に巻き込まれてしまったのだ。近くにいたサーファーが溺れかけているアンを救出したため無事だったが、もし近くに誰もいなかったら溺死の可能性もあった。

レイチェル・ビルソン

 人気ドラマ『The O.C.』のサマー役でブレイクしたレイチェルは16歳の時、乗っていた車がトラックと正面衝突した。車を運転していたのは男友達。かなりのスピードを出していたそうで、衝突の衝撃でぺしゃんこに。救助隊は車体の一部を切断し、レイチェルら4人を救出した。幸い、全員命に別状はなかったそうだが、レイチェルは数日間昏睡状態に陥ったという。この事故がきっかけで彼女は悪友と手を切る決心をし、真剣に女優活動を開始。その結果、サマー役を手に入れることができたと明かしている。

ドナルド・サザーランド

 名優の誉れ高いドナルドは、1970年に髄膜炎で死にかけたことがあった。映画『戦略大作戦』の撮影のため滞在していた旧ユーゴスラビアで風邪をこじらせ、地元の病院に搬送された。そこで髄膜炎と診断されたものの、その院には抗生物質がなかったためにドナルドは昏睡状態に陥ってしまったのだ。一時は心拍も停止したという。後日ドナルドは意識不明の間、青いトンネルが見え、その中に入っていたと証言。視界の先には白い光が見え、「おそらくその時、死の世界に足を踏み入れたのだ」と語った。

シャロン・ストーン

 人生で2度、死に直面したと語るシャロン。1度目は1990年、交通事故に遭い、「記憶はないけど、なんとか車から脱出した」とのこと。病院に搬送された彼女は、あごや背中、肋骨、足首に骨折などを負うほどの重傷だった。背中を固定する器具を装着され、「半年間絶対安静」を言い渡されたという。

 2度目は01年。激しい頭痛に襲われ、脳動脈瘤が原因の脳内出血だと診断された。この時彼女は「白い光を見た」そうで、死の間際まで行ったことを明かしている。

 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのアクションシーンでは、軽い身のこなしを見せているオーランド。彼は21歳の時、壁の排水管をよじ登っている最中に、地上3階の高さから落ちたという。この事故でオーランドは、数日間、体が麻痺したとのこと。複数回にわたる手術と、1年半にも及ぶリハビリで幸い体は元通りにになったものの、打ちどころが悪ければ死んでいた可能性もあった。

トラヴィス・バーカー

 人気ロックバンド「ブリンク182」のタトゥーだらけのドラマーとして知られるトラヴィス。2008年、彼が搭乗していた小型飛行機が墜落。足から腰、そして両手に大やけどを負った。トラヴィスはその時のことを鮮明に覚えており、「逃げるためにドアを開けようと、両手で炎を掴んでしまった。また脱出する際に翼の上で転んでしまい、体に燃料まみれとなって炎に包まれた。燃え上がった体のままで必死に走った」と回想している。この飛行機には6人が搭乗しており、トラヴィスとDJ AMの2人だけが助かった。しかしDJ AMは1年後に、薬物の過剰摂取で他界してしまった。トラヴィスも16回にわたる手術や皮膚移植、輸血などで命を取り留めたが、一時は担当医が足の切断を検討していたそうだ。

ドリュー・バリモア

 人気女優のドリューは、俳優トム・グリーンと結婚生活を送っていた2001年、自宅が炎上する災難に見舞われた。火災は夜中に発生、煙を察知した愛犬が彼女を起こしてくれたため、火の手が回る前に脱出できたそうだ。なお、命は助かったが、この火災で70万ドル(約7,700万円)の損失を被ったと報じられている。

マイケルの知られざる“娘”、スピルバーグやドリューも!? セレブの衝撃的“親子”関係

 最近パリス・ジャクソンが、彼女のゴッドファーザーであるマコーレー・カルキンと親しげに交流している写真をSNSに投稿し、話題になっている。

 ゴッドペアレントとは、子どもの実父母に万が一のことがあった場合、責任と愛情を持ってその子どもの世話をする後見人のこと。特にカトリック教徒の場合、赤ん坊時代に受ける洗礼時にも立ち会い、実父母同様に成長を見守る重要な存在となる。そのため両親は、信頼できて金銭的にも裕福な友人の中から、ゴッドマザー、ゴッドファーザーを選ぶことが多い。「レオナルド・ディカプリオは、トビー・マグワイヤの娘ルビーのゴッドファーザー」「アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの双子、ノックスとヴィヴィアンのゴッドファーザーはU2のボノ」「ベッカム夫婦のブルックリンとロメオのゴッドファーザーはエルトン・ジョン、ゴッドマザーはエリザベス・ハーレー」「マドンナとガイ・リッチーの息子、ロッコのゴッドファーザーはスティング」などセレブの場合、セレブ友達に依頼することが多い。

 そしてその子どもが成長し、女優、歌手になってから「えっ! このセレブがゴッドマザー/ゴッドファーザーだったの!?」と世間をアッと驚かすことが時々あるのだ。

 今回は、そんなセレブたちの意外なゴッドマザー&ゴッドファーザーをご紹介しよう。

■マイケル・ジャクソンとニコール・リッチー

 1980年代に一世を風靡していた歌手のマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチー。2人は85年に名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」を共同で作詞・作曲したことで知られているが、仕事だけでなくプライベートでも仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしていた。

 ライオネルは75年に大学時代の恋人とゴールインした後、自身のバックバンドのメンバーだった男性と衣装担当だった女性との間に生まれたものの育児放棄されてしまったニコールを引き取った。その6年後、ニコールが9歳の時にライオネルは正式な養子縁組手続きをし、我が子同然愛情を注いで育てた。

 小さな頃から仕事をさせられ、複雑な子ども時代を過ごしてきたマイケルは、「大人は、すべての子どもに愛情を注ぐべきだ」という信念を持つライオネルに深く共感したのだろう。喜んでニコールのゴッドファーザーになり、成長を見守り、愛情を注いだ。ライオネルも「マイケルは子どもの頃、子どもと遊ぶことができなかった。だから大人になり、心を許せる子どもとだけ付き合うことにしたのだろう」と理解を示し、「ニコールもマイケルの家に行き、遊ぶのが大好きだったよ」と英タブロイド紙のインタビューで回想している。

 ニコールはパリス・ヒルトンとリアリティ番組に出演したり、パーティーガールとして世間を騒がせていた時期があったが、ゴッドファーザーのマイケルと親しく交流していることは表に出さず、2人の関係を大切に守った。また、薬物依存を克服しようと決心したニコールをマイケルは応援し、つらいリハビリ治療中には心の支えになったとも伝えられている。

 だから2009年にマイケルが急死した時、ニコールは大きな精神的ショックを受けた。彼女は第二子を妊娠中で、生まれてくる長男をマイケルに見せることを楽しみにしており、翌年に控えた結婚式では歌ってほしいと頼んでいたとも報じられていた。

NEW YORK, NY - APRIL 21:  Jamie Lee Curtis, Greg Campbell, Riva Marker and Jake Gyllenhaal attend the "Hondros" Premiere during 2017 Tribeca Film Festival at Cinepolis Chelsea on April 21, 2017 in New York City.  (Photo by Mike Coppola/Getty Images for Tribeca Film Festival ) ジェイク・ギレンホールの父親は数多くのテレビ映画・劇場映画を手がける監督のスティーヴン・ギレンホール、母親はリバー・フェニックス主演の『旅立ちの時』(88)を手がけた脚本家のナオミ・フォナー。姉のマギーも女優という、芸能一家に育った。母親ほど年の離れた大御所女優のジェイミー・リー・カーティスと腕を組んで楽しそうに出かける姿がパパラッチされたことがあるが、実はジェイミーは彼のゴッドマザーなのである。

 ジェイミーはラジオ番組に出演した際、「ナオミとは、とても仲の良い友達なの。私はジェイクが赤ん坊の頃から知ってるのよ」と嬉しそうに語り、「だからね、彼がこの業界で仕事を始めた時に言ったの。『あなたのセレブリティ・ゴッドマザーとして言わせてもらうけど! あなたなら大丈夫!』って。そしたら、もうすごい才能でね!」と大興奮。ニューヨークのリンカーン・センターで上演されたミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』でのジェイクの歌声が素晴らしかったと大絶賛し、「その時の動画がネットにあるはずだから、探して聴いてちょうだい!」とリスナーに呼びかけ、親バカならぬ“ゴッドマザー”バカっぷりが話題となった。

 ジェイクとジェイミーは、一緒に仕事もしている。今年4月に開催されたトライベッカ映画祭で、ニュー・ドキュメンタリー監督賞と観客賞を獲得したドキュメンタリー映画『Hondros』は2人の共同作だ(ジェイクは製作総指揮、ジェイミーは共同製作総指揮)。映画祭のレッドカーペットにはもちろん一緒に登場し、仲良しっぷりを見せつけていた。

 なお、ジェイクは『ブロークバック・マウンテン』(2006)で共演したヒース・レジャーと親友になり、ヒースの婚約者、ミシェル・ウィリアムズが産んだ娘マティルダのゴッドファーザーになった。ヒースが08年に急死した時は、悲しみに暮れるミシェルを励ましつつゴッドファーザーとしてマティルダの世話を積極的にこなしたと報道されている。2人の交流はいまも続いているそうだ。

■ドリー・パートンとマイリー・サイラス

 アメリカでは知らない人はいない、カントリーミュージックの超大御所ドリー・パートン。数多くのヒット曲を飛ばしてきた彼女は、音楽界からレジェンドとしてあがめられており、映画に出演したり自分のテーマパーク「ドリーウッド」も運営している。

 一方のマイリー・サイラスは、アイドルからお騒がせセレブを経てポップ歌手として再び人気を集めている。彼女の父親のビリー・レイ・サイラスは、もともとカントリー歌手だった。92年に「Achy Breaky Heart」で大ブレークした後、俳優としても本格的に活動をし、それを見てマイリーが女優業に興味を持つようになったという経緯がある。

 父ビリーとドリーは同じカントリー歌手として交流するようになり、93年にドリーの「Romeo」という曲にフィーチャリングされたことがきっかけで、親睦を深めていった。ビリーはドリーに大きな影響を受けたと公言しており、「娘のお手本的存在としてずっと見守ってくれたら」と92年に生まれたマイリーのゴッドマザーになってほしいと依頼。ドリーは快く受け入れた。

 多忙なドリーだが、マイリーのことは常に気にかけ、マイリーが主演した『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』には叔母役としてゲスト出演して「こんな大御所がディズニー・チャンネルの青春ドラマに出るとは!」と世間を驚かせた。マイリーがコーチを務めるオーディション番組『The Voice』に特別出演して、マイリーと一緒にデュエットしたこともあった。

 ドリーはインタビューで「マイリーはゴッドチャイルドというより、妹、姪に近い存在」と語り、マイリーが破廉恥な言動で叩かれていた時も「自分探しをしているだけよ」と擁護。昨年は、マイリーとリアム・ヘムズワースが復縁したことについて「元に戻ったと聞いて、すごくうれしくてね」と語り、話題を集めた。

 マイリーは先日発売された女性誌「コスモポリタン」のインタビューで、「成功しても全然変わることなく、すべての人に愛と敬意を持って接することができるドリーからは、本当に大きな影響を受けている」としんみり発言。これ以上理想的なゴッドマザーとゴッドチャイルドの関係はないとうらやましがられている。

Drew Barrymore, Steven Spielberg, & Gwyneth Paltrow (Photo by SGranitz/WireImage) 70年代、映画『スティング』(73)でアカデミー賞を受賞した映画プロデューサーのマイケル&ジュリア・フィリップス夫妻は、マリブの邸宅で「ハリウッドの将来を担うであろう監督、プロデューサー、役者、脚本家が交流するホームパーティー」を毎週末のように開催していた。スティーヴン・スピルバーグは、このパーティーの常連だった。女優のブライス・ダナーと彼女の夫でプロデューサーのブルース・パルトローも参加することが多く、スティーヴンとブルースはユダヤ系という共通点もあり意気投合した。家族ぐるみで親しく付き合うようになり、ブライスが第一子である長女グウィネスを出産した際、スティーヴンは快くゴッドファーザーの大役を引き受けた。

 女優を志願したグウィネスを監督作『フック』(91)に出演させるなど、スピルバーグはゴッドファーザーとして彼女に何かと目をかけた。グウィネスはアカデミー女優へと大出世したが、スティーヴンの前では少女のような素の表情になることが多く、イベントで一緒になると、はにかんだ笑顔を見ることができる。

 またスティーヴンはドリュー・バリモアのゴッドファーザーでもあるが、こちらは、ドリュー自身から「私のゴッドファーザーになってほしい」と頼まれ了承したという珍しいケースである。

 天才子役として幼少期から活躍していたドリューの父親は重度のアル中で、親の役目を果たさないひどい男だった。しっかり者のドリューは、『E.T.』に出演して以来、何かと目をかけてくれるスティーヴンに「自分のゴッドファーザーになってほしいと頼みたい」とマネジャーをしていた母親に相談した。スティーヴンはドリューの願いを受け入れ、正式なゴッドファーザーになった。

 ドリューは11歳でアル中、12歳でヤク中、13歳で手首を切る自殺未遂をし入院、さらに14歳で両親と法的に決別するなど壮絶な10代を送ってきたが、「ゴッドファーザーのスティーヴンに、気軽に相談することはできなかった」と英タブロイド紙のインタビューで告白している。「彼はいつだって両手を広げて私を受け入れてくれるけど、私は自分のひどい状態を見せたくなかった。自分でどうにかするから、ちょっと待っててって感じで」と複雑な気持ちを明かしている。

 さらに、彼女が19歳の時に男性誌「プレイボーイ」でヌードを披露した直後、スティーヴンから「服を着なさい!」というメモが貼られた大きな布が送られてきてびっくりしたと告白。やりたい放題のドリューを叱ることができる唯一の存在だと話題になった。

 ちなみにドリューのゴッドマザーは、往年の大女優ソフィア・ローレンとアンナ・ストラスバーグ。この2人も、ドリュー自身が「ゴッドマザーになってほしい」と頼んだと伝えられている。

■ドリュー・バリモアとコートニー・ラブ娘

 コートニー・ラブは米「TimesOnline」のインタビューで、「ドリューとの最初の出会いはトイレ。トイレでタバコを吸ってた時に会ったの。あたしは19歳で、彼女は8歳だった。それからずっと仲良しなのよ」と明かした。

 同じく重度の薬物依存だったコートニーとドリューは、出会った瞬間から意気投合。かなりの年齢差はあったが、コートニーは天才子役として大人社会で育ってきたドリューと対等に接し、一緒に悪い遊びをしまくった。

 ドリューが前述のように「プレイボーイ」でヌードを披露した頃、彼女はコートニーのバンド「ホール」のギタリスト、エリック・アーランドソンと交際。ハリウッドのトラブルメーカーとして白い目で見られつつ、2人はますます友情を深めていった。

 ドリューは、コートニーが自殺した夫カート・コバーンとの間に産んだ一人娘フランシスのこともかわいがり、ゴッドマザーになった。01年にドリューはトム・グリーンというコメディアンと結婚したが、その挙式でフランシスはバージンロードに花びらをまくフラワーガールを立派に務めている。

 ドリューはフランシスのゴッドマザーだという意識を、今もしっかり持ち続けており、07年に受けた雑誌のインタビューでは「最近、コートニーと会ってないから、フランシスとも交流してなくて。本当に残念。また交流を持ちたいわ」と語り、話題になった。

 ちなみにドリューは14年に第二子を出産した際、16歳からの友人で映画『チャーリーズ・エンジェル』シリーズで共演したキャメロン・ディアスに「ゴッドマザーになってほしい」と依頼。キャメロンは喜んで受け入れ、ドリューが離婚などで大変だった時期には子どもを遊びに連れ出すなど、しっかりゴッドマザーの役目を果たしたと伝えられている。

マイケルの知られざる“娘”、スピルバーグやドリューも!? セレブの衝撃的“親子”関係

 最近パリス・ジャクソンが、彼女のゴッドファーザーであるマコーレー・カルキンと親しげに交流している写真をSNSに投稿し、話題になっている。

 ゴッドペアレントとは、子どもの実父母に万が一のことがあった場合、責任と愛情を持ってその子どもの世話をする後見人のこと。特にカトリック教徒の場合、赤ん坊時代に受ける洗礼時にも立ち会い、実父母同様に成長を見守る重要な存在となる。そのため両親は、信頼できて金銭的にも裕福な友人の中から、ゴッドマザー、ゴッドファーザーを選ぶことが多い。「レオナルド・ディカプリオは、トビー・マグワイヤの娘ルビーのゴッドファーザー」「アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの双子、ノックスとヴィヴィアンのゴッドファーザーはU2のボノ」「ベッカム夫婦のブルックリンとロメオのゴッドファーザーはエルトン・ジョン、ゴッドマザーはエリザベス・ハーレー」「マドンナとガイ・リッチーの息子、ロッコのゴッドファーザーはスティング」などセレブの場合、セレブ友達に依頼することが多い。

 そしてその子どもが成長し、女優、歌手になってから「えっ! このセレブがゴッドマザー/ゴッドファーザーだったの!?」と世間をアッと驚かすことが時々あるのだ。

 今回は、そんなセレブたちの意外なゴッドマザー&ゴッドファーザーをご紹介しよう。

■マイケル・ジャクソンとニコール・リッチー

 1980年代に一世を風靡していた歌手のマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチー。2人は85年に名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」を共同で作詞・作曲したことで知られているが、仕事だけでなくプライベートでも仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしていた。

 ライオネルは75年に大学時代の恋人とゴールインした後、自身のバックバンドのメンバーだった男性と衣装担当だった女性との間に生まれたものの育児放棄されてしまったニコールを引き取った。その6年後、ニコールが9歳の時にライオネルは正式な養子縁組手続きをし、我が子同然愛情を注いで育てた。

 小さな頃から仕事をさせられ、複雑な子ども時代を過ごしてきたマイケルは、「大人は、すべての子どもに愛情を注ぐべきだ」という信念を持つライオネルに深く共感したのだろう。喜んでニコールのゴッドファーザーになり、成長を見守り、愛情を注いだ。ライオネルも「マイケルは子どもの頃、子どもと遊ぶことができなかった。だから大人になり、心を許せる子どもとだけ付き合うことにしたのだろう」と理解を示し、「ニコールもマイケルの家に行き、遊ぶのが大好きだったよ」と英タブロイド紙のインタビューで回想している。

 ニコールはパリス・ヒルトンとリアリティ番組に出演したり、パーティーガールとして世間を騒がせていた時期があったが、ゴッドファーザーのマイケルと親しく交流していることは表に出さず、2人の関係を大切に守った。また、薬物依存を克服しようと決心したニコールをマイケルは応援し、つらいリハビリ治療中には心の支えになったとも伝えられている。

 だから2009年にマイケルが急死した時、ニコールは大きな精神的ショックを受けた。彼女は第二子を妊娠中で、生まれてくる長男をマイケルに見せることを楽しみにしており、翌年に控えた結婚式では歌ってほしいと頼んでいたとも報じられていた。

NEW YORK, NY - APRIL 21:  Jamie Lee Curtis, Greg Campbell, Riva Marker and Jake Gyllenhaal attend the "Hondros" Premiere during 2017 Tribeca Film Festival at Cinepolis Chelsea on April 21, 2017 in New York City.  (Photo by Mike Coppola/Getty Images for Tribeca Film Festival ) ジェイク・ギレンホールの父親は数多くのテレビ映画・劇場映画を手がける監督のスティーヴン・ギレンホール、母親はリバー・フェニックス主演の『旅立ちの時』(88)を手がけた脚本家のナオミ・フォナー。姉のマギーも女優という、芸能一家に育った。母親ほど年の離れた大御所女優のジェイミー・リー・カーティスと腕を組んで楽しそうに出かける姿がパパラッチされたことがあるが、実はジェイミーは彼のゴッドマザーなのである。

 ジェイミーはラジオ番組に出演した際、「ナオミとは、とても仲の良い友達なの。私はジェイクが赤ん坊の頃から知ってるのよ」と嬉しそうに語り、「だからね、彼がこの業界で仕事を始めた時に言ったの。『あなたのセレブリティ・ゴッドマザーとして言わせてもらうけど! あなたなら大丈夫!』って。そしたら、もうすごい才能でね!」と大興奮。ニューヨークのリンカーン・センターで上演されたミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』でのジェイクの歌声が素晴らしかったと大絶賛し、「その時の動画がネットにあるはずだから、探して聴いてちょうだい!」とリスナーに呼びかけ、親バカならぬ“ゴッドマザー”バカっぷりが話題となった。

 ジェイクとジェイミーは、一緒に仕事もしている。今年4月に開催されたトライベッカ映画祭で、ニュー・ドキュメンタリー監督賞と観客賞を獲得したドキュメンタリー映画『Hondros』は2人の共同作だ(ジェイクは製作総指揮、ジェイミーは共同製作総指揮)。映画祭のレッドカーペットにはもちろん一緒に登場し、仲良しっぷりを見せつけていた。

 なお、ジェイクは『ブロークバック・マウンテン』(2006)で共演したヒース・レジャーと親友になり、ヒースの婚約者、ミシェル・ウィリアムズが産んだ娘マティルダのゴッドファーザーになった。ヒースが08年に急死した時は、悲しみに暮れるミシェルを励ましつつゴッドファーザーとしてマティルダの世話を積極的にこなしたと報道されている。2人の交流はいまも続いているそうだ。

■ドリー・パートンとマイリー・サイラス

 アメリカでは知らない人はいない、カントリーミュージックの超大御所ドリー・パートン。数多くのヒット曲を飛ばしてきた彼女は、音楽界からレジェンドとしてあがめられており、映画に出演したり自分のテーマパーク「ドリーウッド」も運営している。

 一方のマイリー・サイラスは、アイドルからお騒がせセレブを経てポップ歌手として再び人気を集めている。彼女の父親のビリー・レイ・サイラスは、もともとカントリー歌手だった。92年に「Achy Breaky Heart」で大ブレークした後、俳優としても本格的に活動をし、それを見てマイリーが女優業に興味を持つようになったという経緯がある。

 父ビリーとドリーは同じカントリー歌手として交流するようになり、93年にドリーの「Romeo」という曲にフィーチャリングされたことがきっかけで、親睦を深めていった。ビリーはドリーに大きな影響を受けたと公言しており、「娘のお手本的存在としてずっと見守ってくれたら」と92年に生まれたマイリーのゴッドマザーになってほしいと依頼。ドリーは快く受け入れた。

 多忙なドリーだが、マイリーのことは常に気にかけ、マイリーが主演した『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』には叔母役としてゲスト出演して「こんな大御所がディズニー・チャンネルの青春ドラマに出るとは!」と世間を驚かせた。マイリーがコーチを務めるオーディション番組『The Voice』に特別出演して、マイリーと一緒にデュエットしたこともあった。

 ドリーはインタビューで「マイリーはゴッドチャイルドというより、妹、姪に近い存在」と語り、マイリーが破廉恥な言動で叩かれていた時も「自分探しをしているだけよ」と擁護。昨年は、マイリーとリアム・ヘムズワースが復縁したことについて「元に戻ったと聞いて、すごくうれしくてね」と語り、話題を集めた。

 マイリーは先日発売された女性誌「コスモポリタン」のインタビューで、「成功しても全然変わることなく、すべての人に愛と敬意を持って接することができるドリーからは、本当に大きな影響を受けている」としんみり発言。これ以上理想的なゴッドマザーとゴッドチャイルドの関係はないとうらやましがられている。

Drew Barrymore, Steven Spielberg, & Gwyneth Paltrow (Photo by SGranitz/WireImage) 70年代、映画『スティング』(73)でアカデミー賞を受賞した映画プロデューサーのマイケル&ジュリア・フィリップス夫妻は、マリブの邸宅で「ハリウッドの将来を担うであろう監督、プロデューサー、役者、脚本家が交流するホームパーティー」を毎週末のように開催していた。スティーヴン・スピルバーグは、このパーティーの常連だった。女優のブライス・ダナーと彼女の夫でプロデューサーのブルース・パルトローも参加することが多く、スティーヴンとブルースはユダヤ系という共通点もあり意気投合した。家族ぐるみで親しく付き合うようになり、ブライスが第一子である長女グウィネスを出産した際、スティーヴンは快くゴッドファーザーの大役を引き受けた。

 女優を志願したグウィネスを監督作『フック』(91)に出演させるなど、スピルバーグはゴッドファーザーとして彼女に何かと目をかけた。グウィネスはアカデミー女優へと大出世したが、スティーヴンの前では少女のような素の表情になることが多く、イベントで一緒になると、はにかんだ笑顔を見ることができる。

 またスティーヴンはドリュー・バリモアのゴッドファーザーでもあるが、こちらは、ドリュー自身から「私のゴッドファーザーになってほしい」と頼まれ了承したという珍しいケースである。

 天才子役として幼少期から活躍していたドリューの父親は重度のアル中で、親の役目を果たさないひどい男だった。しっかり者のドリューは、『E.T.』に出演して以来、何かと目をかけてくれるスティーヴンに「自分のゴッドファーザーになってほしいと頼みたい」とマネジャーをしていた母親に相談した。スティーヴンはドリューの願いを受け入れ、正式なゴッドファーザーになった。

 ドリューは11歳でアル中、12歳でヤク中、13歳で手首を切る自殺未遂をし入院、さらに14歳で両親と法的に決別するなど壮絶な10代を送ってきたが、「ゴッドファーザーのスティーヴンに、気軽に相談することはできなかった」と英タブロイド紙のインタビューで告白している。「彼はいつだって両手を広げて私を受け入れてくれるけど、私は自分のひどい状態を見せたくなかった。自分でどうにかするから、ちょっと待っててって感じで」と複雑な気持ちを明かしている。

 さらに、彼女が19歳の時に男性誌「プレイボーイ」でヌードを披露した直後、スティーヴンから「服を着なさい!」というメモが貼られた大きな布が送られてきてびっくりしたと告白。やりたい放題のドリューを叱ることができる唯一の存在だと話題になった。

 ちなみにドリューのゴッドマザーは、往年の大女優ソフィア・ローレンとアンナ・ストラスバーグ。この2人も、ドリュー自身が「ゴッドマザーになってほしい」と頼んだと伝えられている。

■ドリュー・バリモアとコートニー・ラブ娘

 コートニー・ラブは米「TimesOnline」のインタビューで、「ドリューとの最初の出会いはトイレ。トイレでタバコを吸ってた時に会ったの。あたしは19歳で、彼女は8歳だった。それからずっと仲良しなのよ」と明かした。

 同じく重度の薬物依存だったコートニーとドリューは、出会った瞬間から意気投合。かなりの年齢差はあったが、コートニーは天才子役として大人社会で育ってきたドリューと対等に接し、一緒に悪い遊びをしまくった。

 ドリューが前述のように「プレイボーイ」でヌードを披露した頃、彼女はコートニーのバンド「ホール」のギタリスト、エリック・アーランドソンと交際。ハリウッドのトラブルメーカーとして白い目で見られつつ、2人はますます友情を深めていった。

 ドリューは、コートニーが自殺した夫カート・コバーンとの間に産んだ一人娘フランシスのこともかわいがり、ゴッドマザーになった。01年にドリューはトム・グリーンというコメディアンと結婚したが、その挙式でフランシスはバージンロードに花びらをまくフラワーガールを立派に務めている。

 ドリューはフランシスのゴッドマザーだという意識を、今もしっかり持ち続けており、07年に受けた雑誌のインタビューでは「最近、コートニーと会ってないから、フランシスとも交流してなくて。本当に残念。また交流を持ちたいわ」と語り、話題になった。

 ちなみにドリューは14年に第二子を出産した際、16歳からの友人で映画『チャーリーズ・エンジェル』シリーズで共演したキャメロン・ディアスに「ゴッドマザーになってほしい」と依頼。キャメロンは喜んで受け入れ、ドリューが離婚などで大変だった時期には子どもを遊びに連れ出すなど、しっかりゴッドマザーの役目を果たしたと伝えられている。

「プレイボーイ」創刊60周年、表紙を飾ってきた有名女優のヌードを振り返る

<p> 今年9月に創刊60周年を迎える、アメリカの男性カルチャー誌「プレイボーイ」。美しい女性のヌードだけでなく、スポーツ記事、著名人へのインタビュー、名作家による短編小説やカートゥーン、時事問題なども取り上げ、男性の好奇心を満たす雑誌として、世代を超えて愛され続けている。</p>

何もないのにポールダンスやセックスのマネ? セレブのオーディション秘話

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リネット役はフェリシティ・ハフマンしかいないと思うの

 ハリウッドスターたちが、映画に出演するためキャスティング情報をあくせくと集めて応募し、オーディションを受けるということはしない。A級スターは実績や演技力があり、なおかつ多くの観客を動員できる。そのため製作者側から「ぜひ出演してほしい」と役をオファーされる。特定の役者をイメージして脚本が書かれることも少なくなく、オーディションを受けるということはめったにないのである。

 しかし、誰もが知る大スターにも新人時代はあった。緊張して受けたオーディションに片っ端から落ちるという経験をしている者もいるし、恥ずかしい目に遭ったという者も少なくない。思い出したくもないオーディション経験は誰もが持っているものなのである。今回は、そんなセレブスターたちがカミングアウトした「セレブたちが無名だった頃の最悪オーディション秘話」をご紹介したい。

「皮膚がむけるまで叩かれた」残虐な児童虐待の現状

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今は幸せを掴んだドリュー・バリモア

 子どもを虐待する親は逮捕され重い刑罰が与えられるなど、幼児虐待を厳しく取り締まっているアメリカ。しかし皮肉なことに、先進国の中で最も児童虐待被害者が多いという統計結果が出ている。虐待は家庭という閉ざされた空間で行われる上、被害者である子どもは加害者である親を恐れて何も言わないため、なかなか発覚しないのである。

 児童虐待防止活動を行っている「Childhelp」によると、アメリカでは毎年330万件の虐待被害が通報され、600万人もの子どもが被害に遭っているとのこと。毎日、5人の子どもが虐待に関連して命を落としているのだという。

子どもに夢を託しすぎて家庭崩壊! ハリウッドの名物ステージパパ&ママ

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母親のいいなりだったブルック・シールズ

 わが子の才能を信じて可能性にかけ、幼少時期から子どもを売り込むステージママは、日本だけでなくアメリカにも大勢いる。「公私混合してしまい、子どもにつらい思いをさせることになるから」と最初から事務所にすべて任せる親もいるが、子どものことは自分が一番よく知っているとしゃしゃり出てくる親が圧倒的に多いともいわれている。

 ステージママどころかステージパパも多く存在するといわれているが、シビアなハリウッドで成功するのはほんの一握り。成功したとしても親子関係が壊れるという大きな代償を払うケースも少なくない。

 今回は、わが子に人生をかけた名物ステージママ&パパの中から、特に目立っている「ハリウッドで有名なステージママ&パパ」をご紹介する。

「でき婚じゃないわよ!」、2012年に結婚する海外セレブたち

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J・ティンバーレイクも一時にウワサになったミラ・クニス(右)とは切れたのね!

 幸せオーラあふれるセレブの結婚式は、見る者を幸せな気持ちにさせてくれるもの。2011年は英国のロイヤルウエディングを始め、F1界のドン、バーニー・エクレストンの娘ペトラの15億円挙式や、キム・カーダシアンの1,000万ドルウエディングなど、豪華な式が世間を沸かせた。

 そんな彼らに続くように、昨年末には大物スターたちが相次いで婚約を発表! 2012年もかなり豪華な結婚式を目にすることができそうだ。

 今回は、2012年にゴールインすると言われている、婚約中のセレブたちを紹介したい。

■ドリュー・バリモア&ウィル・コッペルマン

 昨年2月からどこへ行くにも一緒だったドリューとウィルが婚約したのは、クリスマス休暇中のこと。ウィルはシャネル元CEOの御曹司でアート・コンサルタント。かなりのお金持ちで、ドリューにはラディアンカットのダイヤの婚約指輪を渡している。ドリューは彼の子どもを産みたいと強く思っているとのことで、結婚する日は今年前半ではないかという説も。19歳でした最初の結婚は1カ月、26歳でした2度目の結婚は5カ月で終わっている彼女にとって、これが3度目の正直になるのか、温かく見守っていきたい。

性とドラッグに奔放だったのは幻? 聖女に生まれ変わったセレブたち

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ファーギーさん、清純になりきれていないような......

 人間、誰にでも消し去りたい過去のひとつふたつはあるものだ。海外セレブたちの中にも、映画に出てきそうな、とんでもない過去を持つものが多い。ハリウッドは、どんなにヤンチャなことをしていても、メイクオーバーし、生まれ変わり、成功を手に入れることができる世界。最悪のビッチであっても、アバズレであっても、聖女に生まれ変わることができるのである。

 今回は、若いころに相当ハメをはずしていたものの、見事メイクオーバーした「ヤンチャだったセレブ」をご紹介する。