]900億円を超える資産を持つドクター・ドレ、離婚した妻への慰謝料は……?

 2020年に長年連れ添ってきた妻ニコール・ヤングとの離婚協議が報じられた、ラッパー、音楽プロデューサー、実業家のドクター・ドレー。21年の12月には、「離婚おめでとう」と書かれたお祝いバルーンをバックに満面の笑みを浮かべる写真をSNSに投稿し、有利な条件で離婚を成立させたものとみられていた。その直後、彼がニコールに支払う解決金(日本でいう慰謝料)の金額が明らかになった。

 米エンタメサイト「TMZ」によると、ドレーとニコールは昨年末に財産分与に合意した旨の書類を裁判所に提出。8億ドル(約926億円)を超える資産を持つドレーだが、ニコールに支払ういわゆる慰謝料は、現時点で5,000万ドル(約57億円)、1年後にもう5,000万ドルの合計1億ドル(約115億円)となる。


 ドレーは、カリフォルニア州マリブの豪邸をはじめとする不動産計7軒を保持。レコード原盤権、商標などの全権利、自身が手掛けたヘッドフォンブランド「Beats by Dr.Dre」からの収入、「Beats by Dr.Dre」を買収した「アップル」の株もすべてドレーの所有とすることで合意したという。

 ベントレー コンチネンタルGTやキャデラック エスカレードなど超高級車のコレクションについては、6台をドレーが、4台はニコールの所有に。またニコールは、婚姻期間中に彼女自身が手に入れたジュエリー、現金、銀行口座はすべてそのまま所有することで決まった。

 もともと、2人が住むカリフォルニア州では離婚の際、婚姻中に取得した資産の所有権は、どちらが取得したかは関係なく、50%ずつ分けることが決められている。多くのセレブたちが婚前契約書を交わすのは離婚時に自分の築いた資産を守るためで、ドレーもニコールと婚前契約を結んでいたためスムーズに進むはずだった。

 しかし、離婚申請した2カ月後の20年8月、ニコールは、「結婚する直前の1996年、婚前契約書に署名するようにと脅迫された。仕方なく彼の法務チームが手配した弁護士を雇い、不本意ながら署名した」「結婚して2年たち、彼は圧力をかけたことを恥じ、目の前で婚前契約書のコピーを何枚も破った。その日から、彼も私も婚前契約は無効だという認識だ」と主張する書類を裁判所に提出。

 21年1月にドレーが脳動脈瘤で救急病院の集中治療室に入った際には見舞いに駆けつけたものの、ドレーが倒れる直前には、ドレーに顔を殴られたり、頭に銃を突きつけられたりと、家庭内暴力(DV)やモラルハラスメントを受けていたと主張。接近禁止命令を申請したが裁判所に却下され、「ドレーの資産の半分、4億ドル(約463億円)を手に入れようと必死だ」とささやかれるようになった。

 一方のドレーは、離婚協議中もニコールが月に15万〜35万ドル(約1,700万〜4,000万円)使用するクレジットカード(ブラックカード)を含む生活費を支払っていたが、婚前契約書については「合意して署名したものであり有効だ」と主張。DVを否定し、平和に離婚協議を進めたいとしていた。

 DVを否定したドレーだが、15年に「昔、暴力を受けた」と当時の交際女性から告発されたのを受け、「過去に傷つけた女性たちに謝罪する。永遠に消えることがない傷を負わせてしまった。自分がしたことを深く後悔している」「25年前の自分は、酒を浴びるほど飲む、どうしようもない男だった。そんなことは言い訳にはならないけれど」「結婚して、家族にとってより良い人間になるよう、日々、努力している。過去の自分と今の自分は違う」などと謝罪声明を発表。

 17年にも、過去の自分を恥じて再び謝罪していたことから、ニコールのDV被害は慰謝料をつり上げるためのでっち上げなのではないかと見るファンもいた。

 加えて、ニコールが月々ドレーに要求していた生活費は190万ドル(2億2,000万円)で、その内訳は「衣服代13万5,000ドル(約1,500万円)、携帯電話および通信費2万ドル(約230万円)」など庶民の感覚から大きくかけ離れたものだったこと、彼女の弁護士費用122万ドル(約1億4,000万円)の支払い要求もしていたことから、「金に必死すぎる女」という印象を受ける人が多く、ネット上ではドレーに同情的な意見が占めていた。

 今回、資産分割に同意したことにより、ニコールへの生活費の支払いは打ち切りになり、弁護士費用についても、彼女自身が支払うよう取り決められた。

 ドレーの総資産の8分の1しか受け取れなかったニコールだが、「TMZ」は関係者の話として、「ニコールが工作せずスムーズに離婚話を進めていたら、もっと多くの慰謝料を手に入れられたはずだ」という関係者の話を紹介している。

 ちなみにドレーは、2月13日に開催予定の『第56回スーパーボウル』のハーフタイムショーで、スヌープ・ドッグやエミネムらとパフォーマンスすることが決定しており、離婚後もイメージダウンやキャリアへの影響はなさそう。ニコールも、ドレーとの子どもは2人とも成人していて、離婚後は大きな自由にが手に入るはず。彼女が第二の人生をどう歩んでいくのか、リアリティ番組への出演の可能性も含め、今後の動向が注目されている。

「娘は自力で名門校に入った」と自慢していたドクター・ドレー、寄付金と娘の「パパがUSCに行けって~」発言で大炎上

治安が非常に悪いカリフォルニア州コンプトンの貧困家庭に生まれ育ち、ラッパー/音楽プロデューサーとして大成功を収めたドクター・ドレー。音楽プロデューサーのジミー・アイオヴィンと共に立ち上げたオーディオブランド「Beats by Dre」を14年に米アップル社に売却し、億万長者になった。

 敏腕ビジネスマンとしても知られるジミーから「スニーカーを作ろう」と誘われた時、ドレーは「スニーカーなんてフ●ックだ。作るならスピーカーにしようぜ」と提案し、ヘッドホンやイヤホンをプロデュース。セレブ友達やアスリートたちに使ってもらうことでブランド力を高め、「Beats by Dre」は世界的な大ヒット商品となった。

 「Beats by Dre」で財を成したドレーとジミーは、13年、名門・南カリフォルニア大学(USC)に「アートとテクノロジーを両立させられるようなベンチャー起業家を育成する」として、7,000万ドル(約77億円)を寄付。次世代のクリエイティブ・リーダーを生み出すことを目的とした志の高い投資であり、全米から高く評価された。

 そのUSCは今、セレブや富裕層の裏口入学騒動の渦中に置かれている。そんな最中、ドレーの娘トゥルーリー・ヤングがUSCに進学することに。大喜びしたドレーは、大学から送られてきた入学許可証を持つ娘とのツーショット写真をインスタグラムに投稿。「オレの娘は自力でUSCに入った。オレは(裏口入学騒動で罪に問われそうなセレブと違って)服役しなくて済むな」という文章からも得意げな様子がうかがえる。

 しかし、すぐにこの投稿を削除しなければならなくなった。昨年5月、トゥルーリーがドレーとの2ショット写真をインスタに投稿した際に添えた「パパがUSCに行けってプッシュするのよね」という一文が、「本人は望んでいないのに、パパの力でUSCに行くことになりそうという意味じゃないか!?」と大炎上したからである。

 「パパの力」とは言うまでもなく、6年前に大学に寄付した大金のこと。「7,000万ドルも寄付してれば、ノーチェックで入学させてもらえるだろう。裏口入学と大差ないのに、なんで得意げなんだ!」というバッシングや、「自分の意思とは関係なく裏口入学させられた子どもたちがかわいそう」という意見がネットに飛び交い、大騒ぎとなったのだ。

 そんな中、先週末、インスタグラムのストーリーに「努力が報われた。映画学科に入れたわ」と、トゥルーリーがうれしそうな顔で報告。そのため「(昨年5月に)ドレーに“USCに入れよ” と意見された時は、“うるさいオヤジ”だと感じたかもしれないが、最終的には彼女自身がUSCに入ると希望し、自らの力で入学許可を手にした」という線が有力だとみられている。

 この騒動について米ニュースサイト「TMZ」の突撃取材班から意見を求められた、コメディアンで俳優のD ・L・ヒューリーは、「子どもを(いい方向へ)導くのが親の役目じゃないのか」とドレを擁護。自分の娘もUSCに通っているヒューリーは、「大学側が7,000万ドルを寄付した男の気持ちを忖度して子どもを入学させたとしても、誰も文句言えないだろうよ」との見解を示した。TMZのコメント欄には、ヒューリーの意見に「確かに人生を先導するのが親」「USCも私立校だし」と同意するコメントが多数書き込まれた。

 ちなみにドレーは6人の女性との間に、7人の子どもを儲けている。08年には当時20歳だった次男を薬物の過剰摂取で亡くす不幸に見舞われたため、道を外れてほしくないという思いから、末っ子のトゥルーリーには口うるさくなってしまうのかもしれない。

 なお、トゥルーリーの母親が産んだドレーの四男トゥルイス・ヤングのインスタの自己紹介欄には、騒動の前まで「USC」と書かれていたため、ドレーの子どもは2人もUSCに進学したということになる。7,000万ドルの寄付金が2人の入学に際しどう影響したかは不明だが、ドレーは自分が得られなった名門大学で学ぶというチャンスを我が子に与えられたことを喜んでいるはずだ。

ドクター・ドレーの元婚約者でシュグ・ナイトの元“妻”が、2人からのDVを赤裸々告白

<p> ヒップホップ界の重鎮ドクター・ドレーの元婚約者で歌手のミッシェルが、20日午前に放送されたヒップホップ・R&B専門ラジオ局「Power 105.1」の人気番組『The Breakfast Club』にゲスト出演し、彼から受けたドメスティックバイオレンス(DV)について赤裸々に語ったとして話題となっている。</p>

2パック、エミネムをプロデュースした「世界で最も高収入のミュージシャン」ドクター・ドレー

<p> ドクター・ドレーは、1965年2月18日、本名アンドレ・ロメル・ヤングとして、カリフォルニア州コンプトンに生まれ育った。父親はアマチュアで活動するミュージシャン、母親は彼を出産する直前までグループに所属していた歌手。70年代のファンクミュージックに強い刺激を受けながら成長した彼は、ジョージ・クリントンを崇拝するような子どもだったという。ドレーは、わずか4歳の頃から母に頼まれハウスパーティーでDJをするように。「レコードを何枚もダメにされたわ」と、母親は笑いながら振り返っている。</p> <p> 15歳のクリスマスの日、母親からDJミキサーをプレゼントしてもらったドレーは、その魅力に夢中に。「部屋から出てこなくなったの。『ご飯よ』って言っても、『腹減ってないし』って。夜更けにそっと部屋に入ったら、大音量の音楽が流れるヘッドフォンをしながら爆睡してたわ」と母親は回想。部屋をスタジオに改造したドレーは「バイクが欲しいっていうのと一緒だよ。オレの場合、ミキサーだったんだ」と説明している。</p>

ドクター・ドレーとツアーも? 蘇生した2パックで全米がお祭り騒ぎ

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YouTubeより

 カリフォルニア州インディオの砂漠地帯で1999年から開催されているアメリカ最大の野外ロックフェス、コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバル(以下、コーチェラ・フェスティバル)が、13日~15日にかけて行われ、世界中で注目されているアーティストたちが次々と登場して会場を興奮の渦に巻き込んだ。お祭り好きなセレブたちもこぞって繰り出し、ゴシップ的にも大いに盛り上がったのだが、今年の最大の目玉は、なんといっても、1996年に射殺された2パックのパフォーマンスだった。

 度肝を抜くようなパフォーマンスや、根強い人気を誇るバンドの再結成など、サプライズで話題になることが多いコーチェラ・フェスティバル。残念ながら、数日前に情報は流出していたのだが、それでも15日に行われた伝説的ラッパーの2パックの蘇生パフォーマンスには、10万人近くの観客がそのリアルさに息をのんだ。