こんにちは。安宿緑です。
ご存じの通り、6月12日、歴史的な米朝首脳会談が行われました。
世界中がかたずをのんで見守ったであろう本会談。昨夏から米朝関係が過去最高に険悪となるにつれ、事あるごとに舌戦を繰り広げてきたトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長。しまいには「老いぼれ」「チビでデブ」などという小学生レベルの罵り合いにまで発展しますが、そこから一転、あれよあれよと会談にこぎ着けるなど、近年なかった神展開であります。平たく言えば「お互い、一体どんな顔して会うつもりなんだろう」というのが、多くの視聴者の関心事であったと思います。
そこで、日本国内に数人しかいないとされる認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人で、微表情研究者の清水建二氏に両首脳の表情を分析してもらい、2人がどのような心理状態にあったのかを推測していただきました。
分析に用いた動画は次の3つです。
【1】President Trump, Kim Jong Un meet in Singapore(CNN より)
(https://www.youtube.com/watch?v=5LqVBkYZhYI&t=1s)
【2】Trump shows Kim Jong Un presidential limousine(CNN より)
(https://www.youtube.com/watch?v=-Ha-v4cMKP4&t=44s)
【3】Trump and Kim hold surprise document signing during summit(Fox News より)
(https://www.youtube.com/watch?v=DCWdTT1GZKY&t=598s)
まずは、世紀の初対面の場面から。
「心理的やりとりの構図をわかりやすく、勝ち負けで例えますと、個人戦に関しては、2人のファーストコンタクトで、ほぼ勝敗の行方は方向付けられたように思いました。【1】の00:00:11あたりからの映像を見てください。握手をするため、2人はお互いの距離を縮めます。この状況で、正恩氏がトランプ氏から視線をそらします。握手中、会話を交わしながらも、時折視線をそらします。一方のトランプ氏は、正恩氏から視線をそらしません」
ここで、トランプ氏が最初のジャブを繰り出しています。
「トランプ氏は眉間にしわの寄った表情をして、正恩氏に視線を送っています。これは、怒り・熟考・決意を意味します。交渉の場ということを考えると、決意という意味を読み取るのが妥当だと思います。『俺はタフな交渉相手だぞ』『俺の決意は固いぞ』ということを伝えるための視線でしょうか。そしてこれは、怒りと認識されることも相まって心理的圧迫や脅威を与える表情ですので、笑顔で握手が交わされることが想定される場面でこうした表情を見せられ、正恩氏は一種の戸惑いを感じ、視線をそらしたのではないかと考えられます」
初対面の相手にナメられないための「ぶちかまし」においては、育ちの良い正恩氏よりも、ビジネスの場でタフな交渉を勝ち抜いてきたトランプ氏に分があったのかもしれません。
ただ、正恩氏はトランプ氏のジャブを食らいつつも、とある「対抗技」を繰り出しているとか。
「軽く口角を引き上げた笑顔をトランプ氏に向けています。これは初対面の相手に対する礼儀としての笑顔とも考えられますが、トランプ氏の圧迫的な表情をなだめ、中和するためになされた表情とも考えられます」
この状況を儀礼的な場としてとらえているならば笑顔は続くと考えられますが、トランプ氏と握手を終え、正面を向いた瞬間に笑顔が消えるため、トランプ氏の攻撃を「無効化」するためのテクニカルな笑顔である可能性が高いと清水氏は言います。
正恩氏も、なかなかのコミュニケーション上手であることがうかがえますね……。
そして2人の“表情戦”は、共同声明のサインの場で、意外な局面を迎えることとなります。
■共同声明においては一転、正恩氏が「勝利のほほえみ」
会談を終えた2人は、ホテルの中庭をプレスがいる方向に歩いていきます(【2】の00:00:43)。そこでトランプ氏はいい会談ができたと話し、「我々はこれからサインする」と発言していますが……。
「このときトランプ氏の上唇が引き上げられ、ホウレイ線が釣り鐘型となる表情が一瞬浮かびます。これは嫌悪の微表情。嫌悪は不快な言動・人・モノを遠ざける、拒否する、除去する機能を持つ感情です。サインという言葉と嫌悪の微表情とが同時に生じたため、この嫌悪はサインに関連付けられた感情だと考えられます」
トランプ氏の本心は、共同声明にサインしたくなかったということでしょうか?
「いいえ、北朝鮮との持続的な対話の可能性を開く機会である会談と共同声明を歓迎していないことは考えにくい。そうではなく、この場合の嫌悪は、共同声明の内容が自身の期待した水準を満たしていないため、消極的で不快感の伴うサインであるという感情の表れだと推測できます」
つまり、アメリカ側としては不本意な内容の可能性があるとのこと。一方、正恩氏の表情は、これとは対照的でありました。
「【3】の00:04:54で正恩氏が4冊目の共同声明文にサインをし終える瞬間、右側の口角が引き上げられます。これは軽蔑表情を意味します。軽蔑というと敵対的なイメージが生じてしまいますが、必ずしもそうではなく、軽蔑は優越感と置き換えることができます。優越感とは、他者と比べて自分のほうが勝っているという感情です。正恩氏は、共同声明文を作成および締結する過程で、米国よりも北朝鮮寄りの内容にすることができ、その内容に満足している可能性が高いと考えられるのです」
よって、表情分析からは「共同声明文の内容は、北朝鮮のほうが満足する形で締結できたことが推測される。一見すると、米国優位な雰囲気を漂わせていた首脳会談だが、本質的には北朝鮮優位に終わった可能性が見て取れる」のだといいます。
トランプ氏の威嚇を愛想笑いで右から左に受け流す正恩氏、そしてシナリオ通り自国に有利な共同声明文を持ち帰った北朝鮮政府。きっとホテルに帰って、一同ガッツポーズだったことでしょう。
ただし、米国側も、これで終わらせるつもりはない様子。
「サインし終えてもなお、眉間にしわを寄せた表情を崩さなかったトランプ氏の様子から、『今後のステージは米国主導の流れに』という心の声が聞こえてきそうではあります」
次回は、互いの国を訪問する計画も持ち上がっているといいますが、そこではどんな顔を見せるのでしょうか? 引き続き、2人の表情には注目していきたいと思います。
●しみず・けんじ
株式会社「空気を読むを科学する研究所」代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持。ニュースやバラエティー番組での政治家や芸能人の心理分析、刑事ドラマ『科捜研の女 シーズン16』(テレビ朝日系)の監修、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)。
●やす・やどろく
ライター、編集者。元朝鮮青年同盟中央委員。 政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>