こんなキャラだった!? IKKOと和泉元彌の中で高まる”チョコプラの含有量”

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(12月23~29日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■平野レミ「アタシは丁寧にやってるんですよ」

 24日放送の『きょうの料理』(NHK Eテレ)で、平野レミがクリスマスパーティーに向けた料理を作っていた。出来上がった料理は「ブロッコロリン」と「クリスマストリー」と「ソーダ! クリスマスダ」の3品。ブロッコリーは寝ていて、ローストチキンが立っていて、炭酸が吹き出していた。

 特筆すべきは番組冒頭。オープニングトークが終了し、いよいよ料理を始めるというタイミングで、レミは次のように注意を促した。

「アタシがさ、料理やってるとさ、材料をさ、無駄にしてるとかさ、ちゃんと丁寧に扱わないなんてよく聞きますけども、アタシは丁寧にやってるんですよ。丁寧でしょ? アタシ」

 そう言ってレミは、「タッタカタッタッタ~」と口ずさみながら調理台へ移動し、生モノを扱うからという理由で手袋を装着し、ローストチキン用の鶏の骨付きモモ肉を手に取った。そして、そのモモ肉を、オーブンの天板に叩きつけた。ビターンって。

 レミの料理が丁寧なのかどうなのかはおいといて、フリは丁寧だ。

 というか、この連載「テレビ日記」はこれで4回目なのだけど、すでに3回もレミについて言及してる。どんだけ。この日の放送では、クリスチャンでもあるレミの洗礼名が“アグネス”ということも知ってしまった。

■IKKO「ほんもの~!」

 同日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)。この日は2時間スペシャルで多くのゲストがひな壇に座っており、その中にIKKOとチョコレートプラネットがいた。

 で、番組の随所でIKKOが「どんだけ~」的なことを何か4文字で叫ぶと、チョコプラ・松尾がIKKOのモノマネで4文字を叫び、続いて長田が和泉元彌のモノマネで「そろり、そろり」的な3文字を連呼する、という展開を何度も繰り広げていた。4文字と3文字で大喜利をしてるようだ。いや、とても面白いのだけれど。

……と、彼らのトリオ芸を堪能していたら、CM開けにIKKOの隣に座っていたのは、チョコプラ・松尾ではなく、長田でもなく、和泉元彌だった。IKKOは声を張り上げる。

「ほんもの~!」

 別の番組で石原良純が、番組収録で怒りやすくなっている自分について「ボクはだんだん(自分をモノマネする)神無月さんみたいになってきた」と嘆いていたけれど、IKKOもなんだかこれまで以上に”4文字言う人”になっている。この日の和泉も、自分のモノマネをする長田のモノマネみたいな感じになっていた。というかすでに、狂言の舞台の方でも自分のモノマネのモノマネを取り入れてそう。知らないけど。

 IKKOと和泉の中で高まっていくチョコプラの含有量。「同じ狂言でも、西の流派と東の流派で柿の食べ方が違う。チョコプラのモノマネは西の食べ方」みたいなことも和泉は言っていたけれど、もはや何が本物なのかよくわからない。

■黒柳「今日はクリスマスにふさわしいお2人をお招きしております」

 同日放送された『徹子の部屋』(テレビ朝日系)。いつものように、番組は黒柳によるゲストの紹介から始まる。そこで徹子はこう言った。

「今日はクリスマスにふさわしいお2人をお招きしております。今この局の朝の顔として大注目のおふたりです。『羽鳥慎一モーニングショー』の司会、羽鳥さんと、刺激的なコメントが人気の玉川徹さんです」

 徹子が言うのなら、クリスマスにふさわしい2人なのだろう。

■滝沢カレン「いい言葉が増えるけど、ありがとうだけがなくなると思います」

 26日放送の『思考実験バラエティー! もしもの世界』(NHK Eテレ)。「もしも魔法が使えたら」というテーマで、MCの劇団ひとりとゲストがトークしていた。で、魔法が使えるようになったら世の中はどうなるのだろう、という問いかけに対し、ゲストの滝沢カレンはこう答えた。

「言葉が変わると思います。全部(自分で)できちゃうから、ありがとうがなくなる。あと、マイナスな言葉がなくなると思います。いい言葉が増えるけど、ありがとうだけがなくなる」

 滝沢が言うのなら、そうなるのだろう。

■明石家さんま「この奇跡を大事にしよう」

 24日深夜に放送された『明石家サンタ 史上最大のクリスマスプレゼントショー2018』(フジテレビ系)。今年一番面白かったのは、最初の7歳の女の子からの電話だろう。

 女の子は、給食のじゃんけんで負けてしまい小玉スイカが食べられなかった、という話で合格。プレゼント抽選の権利を手にした。抽選は例によって、番号を付した25枚のパネルから1枚をめくる形式。しかし、女の子がコールした「16番」はハズレ。特別な配慮でもう1度抽選のチャンスが与えられたのだけれど、その2回目もハズレた。

 ただ、この2回目のチャンス、女の子は「10番」とコールしているようであり、それをさんまが「9番」と聞き間違えたようであり、「え、どっち?」と八木亜希子の声が重なって、ゴチャゴチャっとなって十分に確認がとれないままに、9番のパネルがくるりと回って、ハズレ、という展開。

 ハズレ2連続というあまりの偶然に驚くさんま。そして喜ぶさんま。ただ、電話の向こうの女の子は「さんまさーん、10ですよー」と食い下がる。さんまは「間違いなくボク、小玉スイカ送りますよ」と約束するのだけれど、それでも女の子は「10だった……」。そんな7歳に対し、さんまはこう言った。

「いや、あの、ごめんなさいね。こんな奇跡みたいなこと起こらないのよ。この奇跡を大事にしよう」

“お約束”を随所に散りばめたトークを自身の番組で展開してきたさんまは、そんな“お約束”の外、自分の想定の外からやってくる奇跡とも呼べる展開を目の当たりにしたときに、最も喜ぶ。そして、そんな奇跡を起こす人を、自分にはない何かを持つ存在として尊ぶ。相手が何歳だろうと。だから、電話が切れてなおも言う。

「あの子の持ってるもの、オレ持ちたいもん」

 7歳にバラエティーの奇跡を説いてわかるのかどうかはよくわからないけれど、7歳のあなたに嫉妬したテレビスターがいたことは覚えておいてもいいかもしれない。

■蘭「マヒしちゃったのかなぁ。ヤバいね私たち」

 26日放送の『水曜日のダウンタウン』(TBS系)。今回は2時間のスペシャル版で、「第4回替え歌最強トーナメント~男子高校生編~」と「Mr.シャチホコのオレオレ電話でアッコファミリー全員集められる説」に加え、クロちゃんが主役のモンスターハウスの最終回が放送された。

 番組は、たむらけんじのこんな言葉で始まった。

「さあ、始まりました水曜日のダウンタウン、2時間スペシャル、今夜は都内某所より、一部、緊急生放送でお送りいたします。わたくし、こんな大事なときにグラサン忘れた、たむらけんじでございます」

 画面右上の「緊急生放送」の文字。そして登場する、アイマスクにヘッドホンのクロちゃん。さて、リアルタイムに事態が進展する中で、クロちゃんは一体どうなってしまうのか、番組は最後に何を仕掛けてきたのか……その顛末はいろいろニュースにもなっているから説明を省くとして、最終回の途中、モンスターハウスの住人であるモデルの蘭が、クロちゃんのウソや盗撮を知りながらも好意のようなものを寄せてしまう自分たちに対し、「マヒしちゃったのかなぁ。ヤバイね私たち」とつぶやいていた。この言葉がなんだか振り返ってみると、モンスターハウスの住人の自己批評を飛び越えて、テレビの視聴者も巻き込んだこの企画全体、あるいは企画に積極的に巻き込まれていった視聴者への批評になっているかのようだった。

 あと、今回の緊急生放送の件、たむけんよく黙ってたな、と思った。『めちゃイケ』終了の際は公式発表の前に言っちゃってたけど。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

ブラマヨが”オンエアされやすいボケ”をあえてやらない理由

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(12月16日~22日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■有吉弘行「この迷路からとにかく出たくない」

 何が正解で何が不正解なのか、もはや誰にもわからない時代だ、みたいなことがよく言われる。

 たとえば昨年、「権力を批判しない日本のお笑い芸人と、そんな芸人を戴くテレビはオワコン」と言っていた脳科学者・茂木健一郎が、政治をはじめ時事を絡めたコントや漫才などを芸人が披露する番組『時事ネタ王2018』(NHK総合、12月22日)にコメンテーターとして出演していたのだけれど、番組の冒頭で「ホントにこの番組やっていいんですか? 全部カットってことないですか?」と、いかにもテレビ的な発言をしていた。そんなのを見たりすると、やっぱり何が正解で何が不正解なのかわからなくなる。

 あるいは、19日放送の『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)。「社会に出た人は、みんな社長とかトップを目指すべきなのでしょうか?」という視聴者からの相談メールを受け、マツコ・デラックスと有吉弘行が次のようなことを話していた。

 今の芸人やテレビタレントの場合、そもそも目指すべきトップがなんなのかよくわからない。かつてであれば、BIG3と呼ばれるタモリ・たけし・さんまのようなトップスターがテレビから輩出されていた。けれど、そのようなスターを生む構造は、もはやテレビから失われている。そんな現状のもとでは、トップを目指すというのはBIG3のようになるということを意味しているわけではないだろう。けれど、BIG3とは違った新しいトップの形が示されているわけではない。そんなことを一通りしゃべり、マツコは嘆く。

「ウチらももうよくわかんないわよ、何が正解なのか」

 もちろん、同じ芸能人でも、CDの売り上げなどのランキングが出るミュージシャンや、賞レースに出場する芸人など、数字で明確な結果が出る世界に生きる人たちは、まだ目指すべき場所がわかりやすいのかもしれない。「けれど」と有吉は言う。自分たちのような明確な評価の基準がないところにいる芸人は、何を目指せばいいのか。

「ボクらみたいな迷路に迷い込んだ芸人たちは、どこ目指したらいいのかわかんないよ。この迷路からとにかく出たくないっていう、とにかくそれだけだよ。ツラいけど、こっからは(出たくない)。出たら終わりだからね」

 どこがゴールなのか、その中にいる者にはわからない迷路。いつどこで迷い込んだのかもはっきりしないので、入り口に戻ることも難しい。そもそも、中にいる者は、ゴールを見つけて迷路から出ることを望んでいるわけでもない。ゴールのない迷路の中に居続けることがゴールであるかのような混迷。

 では、芸人たちはその見通しのつかない迷路の中で、どこへ行こうとしているのか? 

■キンコン西野「露出は増えて信用は落ちるっていうのがタレントさん」

 例えば、キングコング・西野亮廣の場合。芸人としてだけではなく、絵本作家などとしても活躍していることは広く知られたところ。そんな西野が、20日放送の関西ローカルの番組『ビーバップ!ハイヒール』(朝日放送)に出演。「新進気鋭の実業家」として、MCのハイヒールらにクラウドファンディングの話などをしていた。

 西野いわく、テレビタレントとクラウドファンディングの相性はとても悪い。なぜか?それは、お金の本質に関わるのだという。お金とは、信用を数値化したものである。周囲から寄せられる信用の量で、集められるお金の額は変わってくる。クラウドファンディングは、そんなお金の本質を可視化する。では、テレビタレントは信頼を寄せられる存在なのか? その逆だ、というのが西野の持論だ。

「例えばグルメ番組で、あんまりおいしくない料理が出てきても、これは一応そんなにひどいことは言えない。でも、そこでそれをやらないと仕事になんない。ってなってきたら、露出は増えるんだけれど、信用を落としちゃう。ウソを重ねちゃう。ってことが、10年前とかだったらバレなかったんですけど、いまネットで、ぐるなびとか食べログとかTwitterとかで、ウソついてるってことがバーッて広まってしまって。露出は増えて信用は落ちるっていうのがタレントさん」

 かつて、オードリー・若林正恭が、食レポは「銃口が向けられるような状況」だと話していたことがある。なぜならそれは、「おいしくない」という言葉が封じられた上で、料理の感想を言うことが求められる状況だからだ。

 食レポで「銃口」を突きつけられたタレントが迫られているもの。西野に言わせると、それはウソをつくことである。だから、西野はテレビに出る機会を減らす。そうやってウソを減らし、代わりに信用を増やす。その信用を原資に、さまざまな事業に乗り出す。いわば、ウソをつかざるを得ないテレビから距離をとり、「銃口」から逃れた西野は、ウソをつかせるテレビの側に、そのままでよいのかと「銃口」を突きつけているのだ。

 ゴールのない迷路の中に居続けることがゴールである。そのような混迷の中に、いまテレビで活躍している芸人たちが少なからずいるのだとしたら、西野がしようとしていることは、ウソで塗り固められた迷路の壁に銃弾を撃ち込み、壊すことなのかもしれない。そうやって、順路とは異なる迷路からの脱出ルートを、自ら切り開くことなのかもしれない。

 その銃に入っているのが実弾なのか、空砲なのか、それはボクにはちょっとよくわからないけれど。

■ブラマヨ吉田「小杉でよかったっていうのは、ほぼ全収録で思う」

 あるいは、ブラックマヨネーズの場合。2005年の『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)で優勝し、現在も第一線で活躍する、言わずと知れた人気漫才コンビである。

 そんなブラマヨが、22日放送のトーク番組『サワコの朝』(TBS系)に出演。2人は阿川佐和子の聞く力に導かれ、お互いへの信用を口にしていた。

 小杉は吉田について、こう語る。

「(芸人も)だんだんキャリア積んでいくと、面白いことを言うプラス、”賢いな”とか”実はいい人やねんな”みたいな意外性を出していく人もいると思うんですよ。それはそれでいいんですけど、(吉田は)面白いと思ったときにバーッと突き進む。ええかっこせえへんとこは、ホンマにすごいと思う」

 対する吉田は、小杉についてこう語る。

「(相方が)小杉でよかったっていうのは、それはもう、ほぼ全収録で思うんじゃないですかね。ボクのボケって結構わかりづらい冗談も多いんですけど、ボクのわかりづらい絵に、小杉が色ぬって(わかりやすくしてくれる)。吉田が言いたいことはこういうことやろ、っていうのを(小杉が)やってくれてるっていうのは、ほぼ全収録ですね」

 あるいは、以前放送されていた番組『ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!』(テレビ朝日系)で、吉田はこんな話もしていた。ボケとして、どういうコメントや行動がテレビで使われやすいのかは知っている。例えば、むちゃな企画をやらされたときに、「おい、この番組のスタッフ頭おかしいよ!」と言ってみたりとか。わざと面白くないことをして、デヴィ夫人に怒られたりとか。そうすると、100%オンエアに乗るはずだ。でも、自分はやらない。なぜか。それはプライドがあるから。しかもそれは、吉田個人のプライドではない。

「コンビとして2人の面白さを世に出したくて、この世界に入って頑張ってるんですよ」

 対して、同番組の、ロンドンブーツ1号2号の田村淳をゲストに迎えた回。舞台で芸を磨く前にテレビでの活動を広げてしまった自分たちは、もう舞台の上に戻れない、というロンブー・淳の話を受けて、小杉はこんなことを言う。

「(自分たちは)1人でいるより2人でいるほうが面白くなるっていうのが前提やと思うんで。その2人の関係を健全にしておくにはやっぱり、舞台に立って漫才をすることなんかなって」

 テレビで活躍するお笑い芸人が放り込まれているかもしれない、どこがゴールなのかわからない迷路。でも、ブラマヨの2人はたぶん、出口はわからなくとも、自分たちの入り口を見失うことがない。舞台の上の漫才師という入り口に、2人でいることの面白さを世に出したいという入り口に、いつでも戻ることができる。出口を探すことではなく、入り口を忘れないことが、迷路の中で迷わないためのひとつの方法なのかもしれない。

 1人ではなく2人でいるほうが面白い――。そんな2人を、ボクは信用している。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

“西の女帝”上沼恵美子の出演番組を片っ端から見てみたら、やっぱり面白かった件

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(12月9日~15日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

 今年の『M-1グランプリ』の暴言動画をめぐる騒動。9日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、松本人志がこの件に言及していた。

「彼らは何よりも勉強不足ですよ。上沼さんという人がどれだけの人か、ホントにわかっていない。だから、勉強不足だし、勉強が不足しているということすら勉強できていないと思いますよ。やっぱ、あの人のやってきた功績考えたらすごいし。吉本ではない人で、女性目線で、ボクより先輩で当然尊敬できる人であのポジション座れる女性は、あの人しかいないので」

 上沼の審査員としての姿勢を批判したとろサーモン・久保田とスーパーマラドーナ・武智を、「勉強不足」だと断ずる松本。なるほど確かに、『M-1』の中でも上沼は、叱る人、えこひいきする人、『えみちゃんねる』の人みたいに扱われていて、芸人としての「功績」がわかりにくい感じもある。「功績」を問われる必要がなくなったポジションの人、みたいなところに追いやられているようでもある。

 かく言う僕も、漫才をしていた海原千里時代の上沼を知るわけではない。そもそも、現在放送されている上沼がMCを務める番組を、あまり見たこともない。関西に住んでるのに。

 ということで、上沼が出ている番組を、片っ端から見てみることにした。

■番組の公式レシピ本を「買わなくて結構」と言える境地

 その1。10~14日放送の『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』(テレビ朝日系)。番組名の通り、料理を作りながらゲストや料理の先生とのさまざまなおしゃべりが繰り広げられたわけだけれど、中でも屈指は10日放送回での次の発言だろう。

「分量は、みなさんレシピが出ておりますので、おしゃべりクッキングの本が出ておりますので、ぜひともお買い求めくださいまし。……まぁ、みなさんね、物入りですもんね、12月。『そんな料理の本にお金なんか使うてられへんわい!』って、いまテレビの前で叫ばれたと思います。買わなくて結構です。テレビ見てたらいいわけですから」

『おしゃべりクッキング』は1995年のスタートから20年以上の歴史を持つ番組らしい。番組ホームページによると、紹介されたレシピは4,600を超えているとか。

 そんな番組の中心でおしゃべりを続けてきたMCがたどり着いたのが、料理番組の必携品であるレシピ本を、「買わなくて結構」と言ってしまえる境地である。番組の中でもテロップやナレーションで「月刊テキスト ただ今発売中!」とか宣伝されているのに。レシピ本どころか、自身がプロデュースする鍋・フライパンの宣伝をする人もいたりするのに。

 もちろん、「買わなくて結構」なんて冗談なわけだけれど、テレビの前にいる人たちの“庶民感覚”に寄り添う姿勢を突き詰めると、そしてその姿勢を何十年も積み重ねていると、冗談であろうとここまで言えるわけである。料理番組の仕組みの解体である。すごい。

■女性視聴者の声を代弁

 その2。14日放送の『怪傑えみちゃんねる』(関西テレビ)。上沼が大平サブローとMCを務める関西ローカルのひな壇系トーク番組。先週は夫婦に関する話が多くを占めていて、たとえば妻から家事の給与を請求されたと話すU字工事・益子が、上沼に論難されたりしていた。

「お金がほしいわけじゃないの。優しさがほしいの。手を差し伸べてほしいのよ。それがないから。それか益子ちゃん、もう月1,800万円ぐらい稼げ。どっちかや」

 益子、アマゾン奥地にいるときより汗かいてたんじゃないか。

 また、仮に妻が来年亡くなるようなことがあったら、20歳ぐらい年下の女性とパートナー関係になりたい、という大平の発言を受け、上沼は次のように喝破する。

「女でそんなこと言うてみいや、どう言われる? 来年(私の)主人が逝ったら、42、3の男の人とお茶をしたり、映画を見たりコンサート行くねんなんて言うて……言うただけで、もう終わりや。な? 男って得やね。何十になったって遊んでも全然平気やんか。なーんか知らんけど、勲章みたいに思うてるやんか」

 こういった発言が、テレビの前の特に女性視聴者に訴えかけるところは大きいのかもしれない。他方で、上沼のこういったトークに対しては男性側からのツッコミもあるだろうし、上沼の男女観はアップデートされていないのではないか、みたいな話もあるかもしれない。

 でも、14日の『しくじり先生』(テレビ朝日系)で、夫・宮崎謙介の不倫を許容した妻・金子恵美(ともに元衆議院議員)に対し、「いい女」「素敵な奥さん」「最高の女性」といった声が周りの男性タレントから飛ぶ、みたいな光景を見たりすると、平成が終わろうとする現時点でも上沼の話芸がカウンターとして効いている理由が、なんとなくわかったりもする。

 ただ1点。U字工事・益子は月に1,800万円は稼げないかもしれないけれど、アマゾンの奥地で銃撃されたり、勾留されたり、猿の味を知って日本に帰ってきたりしているので、そこは少し斟酌してほしい。

■上沼の横でも何も積み重ならない高田純次

 その3。9日放送の『上沼・高田のクギズケ!』(日本テレビ系)。上沼と高田純次がMCを務める情報番組である。

 冒頭、「ちょっと一言よろしいでしょうか」と言った上沼は、例の「炎上」について話し始める。審査は自分の立場から公正に行ったこと、2人の発言について自分は特に気にしていないこと、興味もないこと、というような内容だ。それを受けて、隣の高田が言う。

「じゃあ、来年からはボクが(審査員として)出るようにしましょうか」

 高田は上沼の横でも、いつものように適当で最高だ。突然キレる高齢者の話題になったときも、こんな感じだ。

上沼「(高田さんはキレるイメージが)全然ない。20年ぐらいお付き合いしてます、高田純次さんと。マネージャーさんを怒ってるとか、スタッフを怒ってるとか全然見たことない」

高田「いやいやボク今ね、痔がキレてるんでね」

 芸能ゴシップや社会問題を扱うトークの中で、一事が万事、この調子。何も積み重ならない。積み重ならないということが積み重なっている感じ。なんだか、上沼の件にせよ何にせよ、ゴシップとかネットでの「炎上」ネタを真顔で話しても詮無い、みたいなことを、先週見たテレビの中でただ一人、徹底的に語り示しているようでもあった。ゴシップを扱う番組に出てるのに。

■「U.S.A.」ダンスへの同調圧力には屈する?

 その4。11日放送の『第18回わが心の大阪メロディー』(NHK総合)。大阪の名曲をお送りする、年に1回の特番である。司会は藤井隆と松坂慶子、そして小田切千アナウンサー。上沼はこの番組に歌手としてゲスト出演していた。

「大阪ラプソディー」を歌い上げる上沼、やしきたかじんとの思い出を語る上沼、松坂に「もし上沼さんの人生をドラマ化するときは、ぜひ私に上沼さんの役をさせていただけませんか?」と問われ、「まぁ、そんな……顔はそっくりですよ?」と軽口を叩く上沼。

 そんな上沼関連の見どころも多々あったのだけれど、個人的に面白かったのは、今年のヒット曲「U.S.A.」を出演者全員が踊るエンディング。番組では「U.S.A.浪花スペシャル」と称されていた。

 広いNHK大阪ホールのステージの中央で、DA PUMPが歌って踊る。ステージの脇で、上沼が踊る。松坂も踊る。藤井、踊る。荻野目洋子、踊る。三山ひろし、踊る。福田こうへい、踊る。May. J、踊る。リトルグリーモンスター、踊る。くいだおれ人形、踊る。Mr.オクレ、指揮棒を振る。海原はるか、髪の毛を振る。天童よしみ、当然踊る。上田正樹、まったく踊らない。

 そう、上田正樹がまったく踊らなかった。ISSAが「みんなで!」と盛り上げても、周囲がいくら盛り上がっていても、上田はずっと手拍子だけだった。

 これから年末年始に向け、「U.S.A.」を踊る芸能人を見かける機会はますます増えるだろう。東野幸治も別の番組で言ってたけれど、今年の『紅白』で五木ひろしが拳を握りながら「いいねダンス」を踊ることがあるとすれば、そのさまは必見だろう。

 2018年の今、テレビを席巻する「U.S.A.」ダンスへの同調の圧。それをはねのける芸能人を見るのは、上田が最初で最後になるかもしれない。関西では誰も逆らえない、みたいに勝手に怖がられている上沼だって、「U.S.A.」には逆らえないのだ。

 いや、それは上沼が屈服しているというよりも、与えられた役割を全うしているということではあるのだけれど。そしてそれは、若手を叱る人、みたいな番組上で与えられた役割と、審査員という役割の間でカメラの前に立つことを求められた、『M-1』での姿に重なったりもする。

 にしても、上田正樹、すごかったな。僕は五木ひろしを見ながら、上田を思い出しているだろう。そして、ちょっと楽しい気分になっているだろう。

 なんだか話がズレてしまったけれど、上沼が出ている番組をひとまず片っ端から見てみたところ、やっぱり上沼は面白かったし、何より、上沼がいなければ見なかったかもしれないテレビ番組も、面白いなと思った。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

視聴者を翻弄させる『水曜日のダウンタウン』×「クロちゃん」という”禁断の組み合わせ”

三度のメシよりテレビが好き。テレビウォッチャーの飲用てれびが、先週見たテレビの気になる会話をピックアップします。

■平野レミ「死んだばっかりの魚のおいしいこと」

 一般的に、死は悪いことである。少なくとも、善いことだとはされにくい。けれど、平野レミは言う。

「死んだばっかりの魚のおいしいこと」

 12月4日放送の『有吉弘行のダレトク!?』(フジテレビ系)の料理コーナーに出演した平野。いつものように忙しく調理をし、レミパンもちゃっかりアピールし、食材を立てて盛り付ける。今回立たされたのはパクチーだった。

 そんな平野の次男の嫁は、食育インストラクターの和田明日香。時々、一緒にテレビにも出ている。で、そんな嫁のところに、平野は突然、カツオを届けに行ったりするらしい。それも、みんな寝ている夜中に。

平野「遠くの方からさ、北海道とか九州から帰ってくるときさ、必ずさ、市場に行って魚を買ってくるの。でっかいやつ。それをさ、嫁に食わせようと思って(インターホンを)キンコンキンコンキンコン鳴らして。そしたら、もう寝てるんだよね。『食べなさい新鮮だから。今日よ、死んだばっかりだから食べなさい』つって。それがさ、どうもね、嫌らしいのよね」

有吉「(夜中の)11時とか12時とかに?」

平野「だってさ、死んだばっかりの魚のおいしいこと。あれを嫁に食べさせようと思って」

 以前、クイズ番組などでもおなじみの言語学者の金田一秀穂が、人の感覚が言葉によって左右されているということのたとえで、こんな話をしていた(NHK『SWITCHインタビュー 達人達』2016年1月30日)。

「“死んだ魚の生の肉”と言われてもおいしく感じないけれど、“刺身”と言われるとおいしく感じる」

 僕たちは言葉を変えることで、死のような怖いものやタブーを、安心できるものに変えているのだ、と。

 しかし、「死んだばかりの魚はおいしい」と言ってはばからない平野は、そんな研究者の知見を脇に追いやる。そういえば平野は、料理研究家という肩書を嫌い、料理愛好家を自称する人だ。愛する父親の遺骨を、その愛ゆえに、ちょっと食べちゃったりする人でもあった。善悪もタブーも「おいしい」への愛で、あるいは愛ゆえの「おいしい」で上書きしていく、料理愛好家・平野レミはやっぱりすごい。

■伊集院光「食べ物の善し悪しは、そのときのボクの状況による」

 善とは何か。悪とは何か――。3日放送の『100分de名著』(NHK)では、そんな善悪の基準の話をしていた。同番組は、毎月1冊の本について4週にわたり、MCの伊集院光とアナウンサーが解説の先生と一緒に読解していく番組。今月取り上げられていたのは、哲学者・スピノザの『エチカ』という本だ。

 解説の先生によると、スピノザは善悪を「組み合わせの結果」と考えている。つまり、それ自体として善いもの、悪いものがあるわけではなくて、何かと何かの組み合わせの結果として、善いことや悪いことがある。

 このあたりは、伊集院のたとえ話を聞いたほうがわかりやすいかもしれない。伊集院は、哲学書をはじめとしたややこしい話を、自分の経験に置き換えて翻訳するのが本当にうまい。

伊集院「ハイカロリーな食べ物は、いい食べ物なのか、悪い食べ物なのか。この食べ物はいい食べ物なのか悪い食べ物なのかは、そのときのボクの状況による。うちのかみさんには、ハイカロリーな食べ物は悪いって、必ず言われますけど」

 なるほど、その食べ物の善し悪しは、周囲はいろいろ言ったとしても、食べる人の体調なり体質なりによって変わる。おいしいステーキも、胃腸の調子がよくないときは悪しきものになるだろう。ストロング系のお酒も、いっときの苦しさを忘れるアイテムとしては善いけれど、とりわけ先輩への批判をネットで配信しそうな夜は控えておいたほうがいいだろう。

 では、「組み合わせ」がよいとはどういう状態か? 解説の先生いわく、そのあたりをスピノザは、「活動能力」の増大として捉えているらしい。組み合わさることである人の力を増大させるものが、その人にとって善いもの、ということのようだ。

 ここで僕もひとつたとえ話を出すとするならば、『ダレトク!?』にも出てきた平野のレミパンは、バラエティ番組の中で面白いアイテムになりそうで、なかなかそうなったことがない。だがしかし、レミパンが「面白い」に変換されたレアなケースもある。ずっと前の『ぴったんこカン・カン』(TBS系/2016年6月25日)での、次のような適当すぎるやりとり。

平野「この人、レミパン欲しくないって言ったのよ」

高田「オレはどっちかっていうと、紐パンがいいかな」

 レミパンも、高田純次と組み合わさると面白くなる。バラエティ番組の中で面白いということは、善いということだ。バラエティという枠組みを与えられた高田純次との組み合わせで面白くなりそうにないものも、あまり想像がつかないわけだけれど。

■クロちゃん「ひとりずつちょっと、面談しようかな」

 あるいは、『水曜日のダウンタウン』(TBS系)と安田大サーカス・クロちゃんの組み合わせ。同番組では現在、「モンスターハウス」という企画が進行している。男女6人が同じ家で共同生活を送り、その恋愛模様を観察する『テラスハウス』(フジテレビ系)的な企画。本家と違うのは、メンバーの1人にルックス的に「美男美女」とは言い切れない、クロちゃんがいるということだ。5日は、第4回目が放送された。

 この企画でのクロちゃんのこれまでの振る舞いが、なかなか味わい深い。2人の女性それぞれに「一番好き」と言ったり、自撮りするフリして女性の写真をこっそり撮っていたり、キスした相手の女性がそれまで座っていたソファに顔をうずめたり。

 今回は、そのクロちゃんの味わい深さが、一層深まっていく展開だった。二股をかけていたことがバレたクロちゃん。そんなクロちゃんから距離を置き始めるメンバーたち。5人で和気あいあいと食卓を囲んでいても、クロちゃんがやって来ると一気に場が冷え切っていく。そんななか、ブラックボックスを手にした黒服が現れる。箱の中にはクジが入っており、当たりを引いた人はメンバーの中から1人を排除することができるという。自分以外の誰かが当たりを引くと自分が排除されてしまうと焦るクロちゃんは、最後まで「出ていかないからね、オレは!」とクジを引くことを拒む。しかし、当たりを引いたのはクロちゃんだった。さっきまでとは表情が豹変し、黙り込む周囲をよそに、饒舌にしゃべり始めるクロちゃん。権力を手にしたクロちゃんは提案する。

「ひとりずつちょっと、面談しようかな」

 VTRを見たスタジオの面々は、困惑していた。

おぎやはぎ・小木「これ流していいの?」

松本人志「オレが松竹芸能(註:クロちゃんの所属事務所)のエラいさんなら、ストップかけるけどね」

 同企画でのクロちゃんの言動は、”味わい深い”という表現では収まらないものかもしれない。場合によっては、悪と認定されても仕方ないのかもしれない。一緒に生活している人たちにとっては、なおのことそうだろう。

 では、そんな悪かもしれないものをバラエティとして見ている、テレビの前のこちら側はなんなのか? あるときはクロちゃんの言動に笑い、あるときは卑しむこちら側は善なのか? 何を楽しんでいるのだろう? 何を見ているのだろう? 悪とは何か? 善とは何か? 美しいとは、醜いとはどういうことか? バラエティとは? ヤラセとは? コンプライアンスって? ポリコレって? 松竹のエラいさんってどんな人だ? そもそもクロちゃんって芸名はどういう了見だ? 「しん」ってなんだ? HIROは元気か? 団長も元気か? 森脇健児って誰だ?

 この企画を見終わった後、僕は毎回いろいろと考えてしまう。『水曜日のダウンタウン』とクロちゃんの組み合わせは、少なくとも僕の活動能力を高めてしまっている。では、それは善いことなのか?

 全体の仕掛けがまだよくわからない、この企画。目隠しをされてよくわからないところに放り込まれたクロちゃんと同じく、テレビの前のこちらも最終的に、善悪の境界がよくわからないところに連れて行かれるような気がする。あるいは、すでに連れて行かれているのか……。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)