高嶋政宏、”変態公言”でもお茶の間から嫌われないワケ

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(2月10~16日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■高嶋政宏「食べ手の変態さっていうのも、これから要求されていくと思うんですね」

 何事も、やり過ぎるのはよくない。いくらポリフェノールが健康にいいからといって、赤ワインを飲みすぎたら、ただのアル中だ。極端に走らず中庸であることを良しとする考えは、洋の東西を問わず昔からある。

 先週11日、『石橋貴明のたいむとんねる』(フジテレビ系)に高嶋政宏が出演していた。高嶋といえば、昨年『変態紳士』(ぶんか社)という著書を出版し、SM好きをはじめアブノーマルな性癖を公言して話題になっている。

 この日の『たいむとんねる』は、「高嶋政宏の変態グルメの世界」と題し、高嶋おすすめの店でおすすめの料理を食べる企画が放送された。同番組では過去にも高嶋を迎え同様の企画を行っており、今回で3回目となる。

 まず高嶋が石橋貴明らを引き連れて向かったのは、ミシュランガイド2つ星を獲得している中国料理店。そこでキジの血を使った料理を食すのだという。しかし、料理が出てくる前に、高嶋は何か円筒形のものを取り出す。水素吸引器である。お店の人にミネラルウォーターを所望し、吸引器に水を入れる高嶋。そして、自身はすでに朝30分吸ってきたとして、石橋に水素を吸引するように求める。

 なぜ、食事の前に水素を吸うのか? 高嶋は説明する。

「キジの血、非常に繊細な味わいなんです。力強くて染み渡るような味を堪能するためには、食べ手のほうも毛細血管を正常な位置に戻して、味覚を元の状態に戻さないといけない」

 また、3軒目に訪れた宮崎料理店でおすすめの熱々の厚揚げをハフハフ言いながら食した高嶋は、自身のグルメ論を展開する。

「やっぱりね、食べ手の変態さっていうのも、これから要求されていくと思うんですね。だから熱いものは熱いうちに、いかに食べたときに外の……外界の空気と混ぜながら、技術でできるだけ板長が出した最高の状態のものを最高の状態のまま食べられるかどうかっていうのが、これから食べ手に要求されることなんですよ」

 作り手が提供した料理を最高の状態でいただくために、食べ手にもまた求められる姿勢がある。たとえばそれは、水素吸引などの下準備なのかもしれない。熱々の状態のものを外気と混ぜ合わせながらうまく食べる、口元の技術なのかもしれない。与えられたものをただ享受するだけではなく、何事かを備えなければならない。その意味で高嶋は、これからは食べ手にも変態であることが必要だというのだ。

 考えてみると、高嶋の発言に繰り返し出てくる「食べ手」という単語は、「作り手」に比べ、あまり一般的なものではない。「作り手」に対応する表現として「食べ手」という言葉が意図的に選択されているのだろうが、ここには、おいしさを追い求める「作り手」と同程度の熱量で食に向き合うことを良しとする、高嶋の姿勢が示されているように思える。

 SMなり、グルメなり、享楽を通じて自己を高めていくこと、趣味に対して自己啓発的であることが、高嶋にとって「変態」であるということなのかもしれない。 

 にしても、そのこだわりは過剰である。

 何事も、やり過ぎるのはよくない。けれど、そんなことはみんなわかっている。わかっちゃいるけどやめられないのが人の性(さが)だ。飲み過ぎるし、食べ過ぎる。だからこそ、過剰なこだわりを厭わず、あえて「変態」を公言する高嶋政宏に、人は惹かれる。というのは言い過ぎだろうか?

■丸山桂里奈「聞かれたことに対して誠実に返すっていうのが、人間としての役目」

 2017年の後半、『しくじり先生 俺みたいになるな!! 』(テレビ朝日系)で先生役として自身の「しくじり」を公表したころからだろうか。元女子サッカー選手、国民栄誉賞受賞者であるところの丸山桂里奈が、バラエティ番組を席巻している。番組出演時のNGがなく、ぶっちゃけ発言を連発するキャラクターで人気だ。

 そんな丸山が、14日放送の『ダウンタウンDX』(日本テレビ系 )に出演。周囲から「ぶっちゃけ」とも評される自身の発言について、次のように説明していた。

「私は、ぶっちゃけだと思ってないっていうか。人間って聞かれたことに対して誠実に返すっていうのが、人間としての役目っていうか。……わかります?」

 自身のこれまでの「ぶっちゃけ」は、すべて誠実であろうとした結果だというのだ。ここで過去の丸山のテレビでの発言を、いくつか振り返ってみよう。

「(そばめしを食べた感想を聞かれて)こんなにも刻める……刻みすぎ……すっごい刻んでるっていう……誰が刻んだんだろうっていうぐらいの刻み。刻み方。刻み方。すっごい刻みまくってる、刻み。刻む。刻みの果てみたいな」(『めちゃ×2イケてるッ!』フジテレビ系、18年2月3日)

「自分の中のすごいポリシーがあって、ヌードとAVは絶対出ないって決めてるんです。(トップは)イエローカードとかで隠してもらって」(『マルコポロリ!』関西テレビ、同2月18日)

「石って結構つまずきやすいから、私は(休みの日になると)石を端にどかしてるんです。だからみなさんの街もキレイになってるじゃないですか」(『しゃべくり007』日本テレビ系、 同6月18日)

 なるほど、これらがすべて誠実さの表れなのだとすると、それなりに合点がいくような気もする。刻んだそばを「刻んでる」と食レポする。ヌードやAVには出ないという「ポリシー」を公言したすぐそばから「トップは出さない?」と出演者から聞かれて、元サッカー選手ならではのバラエティ的な切り返しをする。そして、休日には、あなたの住む街で石を端にどかしてくれている。

 先週の『ダウンタウンDX』でも、TKO・木下から「ちなみに今、サッカー時代から何倍ぐらいに?」と現在の収入を聞かれた丸山は、次のように答えた。

「年ですか? 年だと何倍っていうのはちょっと難しいのでちょっとわからないんですけど、月だとそんなピンポイントは難しいんですけど、290から300ぐらいなんで……」

 収入というデリケートで答えにくい案件だから配慮して「サッカー時代から何倍ぐらいに?」とあえて聞いているのに、自分から具体的な数字をオープンにしてしまう。なぜなら、丸山は誠実だから。

 丸山の面白さの核は、過剰すぎる誠実さにあるのかもしれない。だから、どんなに荒唐無稽であろうと、僕もまた丸山の言葉を誠実に受け止めようと思う。

「私は相当長いですよ、(犬の)リール。100メートルぐらい」(『女が女に怒る夜』日本テレビ系、 17年12月27日)

 丸山の犬のリールは本当に100メートルある。だったとしたら、迷惑だけど。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

ケンドーコバヤシは「悔しい」と言った……テレビのコンプライアンスと『マツコ&有吉』

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(1月27~2月2日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

 

■ケンドーコバヤシ「もどかしい、悔しい。感情で言うたらそれやね」

 最近のテレビはコンプライアンスが厳しくなっている、みたいなことを聞くようになって久しい。ただ、そういう話は本来、テレビを作っている人たちの間で話されていればいいことだ。視聴者がそういう情報を事前に提供されてテレビを観ているというのは、よく考えると不思議な話である。

 もしかすると、そのあたりの裏事情を差し引いてテレビをお楽しみくださいということなのだろうか。なんだか、プロ野球を観に行ったら、試合前にアナウンスで「今日はローテーションの谷間です。各自お察しください」と言われているような。いや、そうかもしれないけれど、わざわざそちらから言うことじゃない。

 毎回3人の芸能人・著名人が集まりトークを繰り広げる『ボクらの時代』(フジテレビ系)。3日の放送には、大阪NSCで同期生だった陣内智則、たむらけんじ、ケンドーコバヤシの3人が登場した。

 トークの終盤、話題は3人が感じている現在のテレビの苦境に及ぶ。自分たちが子どものころ観て育ったテレビは、ビートたけしの番組をはじめ、なんでもありだった。ただただ何も考えずに笑えた。そして、同じようなことがしたいと思って自分たちも芸人の世界に入ってきた。

 でも、実際に芸人になり、テレビで活躍できるようになった今、テレビの状況はどうだろう? 食べ物を粗末に扱うのはアウトだし、ちょっとしたツッコミで頭を叩いても視聴者からお叱りが飛んでくる。自分たちが恋い焦がれたテレビの世界が、やりたいことができないところになってきている。そんな現状に対し、ケンコバは自分の思いを次のように吐露する。

「もどかしい、悔しい。感情で言うたらそれやね」

 陣内はネガティブな展望を語る。以前のテレビに戻ることはもうないだろう。これからむしろ、もっと厳しくなるのではないか。

 対して、ケンコバはポジティブに切り返す。俺は昔の状況にテレビは戻ると思う。なぜか。

「みんなちょっと嫌気さしてるやん。テレビ業界の人だけじゃなくて、一般の人もしゃべってみたら、今なんかもう『堅苦しい』『息苦しい』って言うてるけどね」

 これからのテレビのお笑い番組が、もっと表現上の制約を受けることになるのか、それとも昔のような状況に戻ることがあるのか、それはよくわからない。けれど、テレビのバラエティ番組の第一線で活躍している芸人が、「テレビはいま厳しいんです」という話をして、それが娯楽として視聴者に提供されるというのは、いまやお馴染みの光景ではあるけれど、なんだか不思議なことだとあらためて思う。

 もちろん、野球ファンがローテーションの谷間への対処を含めてペナントレースを楽しんでいるように、テレビの裏事情を込みで楽しむというテレビの観方もあるのだろう。個人的にはテレビの裏事情的なことをそこまで考慮したくないのだけれど、テレビに関してこうやって毎週書いている僕自体が、そういう楽しみ方とまったく無縁だとも思えない。

 けれど、出演者のほうからテレビの苦境に関する情報が大いにお届けされ、「最近のテレビはコンプライアンスが厳しい」という情報を込みで楽しむテレビ視聴が進むとすると、それはやっぱり、今回の3人が郷愁を覚えていたような「ただただ何も考えずに笑えた」テレビからは、離れていってしまうようにも思う。「ただただ何も考えずに笑えた」テレビの良し悪しの評価は置いておくとして。

 というか、今のテレビが昔よりつまらなくなっているとは思わないけどな。ケンコバも陣内も面白くて好きな芸人だ。たむけんについては、各自お察しください。

■マツコ・デラックス「今、100人中2人に向けたことをやっている人多いよね」

 コンプライアンスがうんぬんというような状況下のテレビを、この10年くらい席巻しているのがマツコ・デラックスと有吉弘行だ。そんな2人の番組、『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)の6日の放送は、自信家と謙遜家はどちらのほうが信用できるかという問いかけから始まった。

 この問いそれ自体に対する2人の回答は、マツコの次の言葉に尽きる。

「そんなに自信満々で来られても、そんなに謙遜されすぎても、どっちも信用できないわよね。要はバランスじゃない?」

 トークはそこから、最近は謙遜が強い人が多い、という話題に展開する。ネット社会では自信家よりは謙遜家のほうが叩かれる率が低いという理由で、謙遜が強すぎる人がいるのではないか。たとえば有吉いわく、番組収録中にお茶を飲むことひとつとっても、「こんな僕が本番中にすいません、お茶飲むの生意気なんですけど、どうしても喉渇いたんで飲ませてください」と言ってしまうような、過剰にへりくだる人がいる。そんな謙遜家を有吉が一喝する。

「別にここでお茶飲むのいいじゃん。100人いて2人ぐらいがさ、『本番中にお茶飲んでんじゃねぇよ』って言うのを気にして謙遜入っちゃうヤツがいるのよ。98人はなんとも思ってないのに」

 この有吉の意見を受けて、マツコも言う。

「今、100人中2人に向けたことをやっている人多いよね。だから、どんどんどんどんつまらなくなっていっちゃうのよね」

 マツコと有吉いわく、100人中2人の声を必要以上に大きく受け止めて過度に謙遜してしまう人には、残り98人の声があまり入ってこない。98人はなんとも思っていなかったり、逆に応援していたりするかもしれないのに。98人の声なき声よりも2人の大きな声が目立ちやすいネットが、過度な謙遜家を増やしている面もあるのだろう。だから、あまりエゴサーチとかするものじゃない。そんな話で、この話題は終わった。

 で、この98人と2人の比喩で考えてみたいのだけれど、マツコや有吉自身がブレイクあるいは再ブレイクしたのは、100人中2人の代弁者としての側面が大きかったはずだ。有吉は一発屋としてしばらく苦汁をなめた経歴があるという意味で、マツコはゲイの中でもさらに少数派の女装家という意味で、マイノリティ性を強く帯びた存在である。世間の風潮に対して物申すというようなスタンスをとることも多い。両人ともに、一般的には“毒舌”というカテゴリに入れられている。

 つまり、「世間とズレを感じて生きづらい100人中2人に属する私の思いを代弁してくれる」存在として、マツコと有吉は人気になったのではなかったか。もちろん、どちらもそういう期待に安易に乗ることがなく、今では“毒舌”であることを自ら否定することも多いのだけれど、世間の評価としてはいまだ“毒舌”のカテゴリに収まっているはずだ。

 ただ、本当に100人中2人の代弁者であるだけでは、テレビでブレイクするはずもない。大衆を相手にするテレビには、98人の側に立とうとする慣性が働いている。だから実際には、マツコと有吉の言動に「100人中2人に属する私の思いを代弁してくれる」と感じた者が、98人いたということである。希少であることを求める凡庸な欲望が、マツコと有吉を押し上げたというか。

 テレビは最近コンプライアンスが厳しくなっている、みたいなことを聞くようになって久しい。それはつまり、100人中2人の声に反応しなければならない場面が増えてきているともいえる。そんな中にあって、大衆つまり98人の側に傾きがちなテレビには、絶妙なバランスが求められているのだろう。100人中2人でありたい98人の代弁者としてのマツコと有吉は、そんなバランスの均衡点に立っているように思う。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

ケンドーコバヤシは「悔しい」と言った……テレビのコンプライアンスと『マツコ&有吉』

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(1月27~2月2日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

 

■ケンドーコバヤシ「もどかしい、悔しい。感情で言うたらそれやね」

 最近のテレビはコンプライアンスが厳しくなっている、みたいなことを聞くようになって久しい。ただ、そういう話は本来、テレビを作っている人たちの間で話されていればいいことだ。視聴者がそういう情報を事前に提供されてテレビを観ているというのは、よく考えると不思議な話である。

 もしかすると、そのあたりの裏事情を差し引いてテレビをお楽しみくださいということなのだろうか。なんだか、プロ野球を観に行ったら、試合前にアナウンスで「今日はローテーションの谷間です。各自お察しください」と言われているような。いや、そうかもしれないけれど、わざわざそちらから言うことじゃない。

 毎回3人の芸能人・著名人が集まりトークを繰り広げる『ボクらの時代』(フジテレビ系)。3日の放送には、大阪NSCで同期生だった陣内智則、たむらけんじ、ケンドーコバヤシの3人が登場した。

 トークの終盤、話題は3人が感じている現在のテレビの苦境に及ぶ。自分たちが子どものころ観て育ったテレビは、ビートたけしの番組をはじめ、なんでもありだった。ただただ何も考えずに笑えた。そして、同じようなことがしたいと思って自分たちも芸人の世界に入ってきた。

 でも、実際に芸人になり、テレビで活躍できるようになった今、テレビの状況はどうだろう? 食べ物を粗末に扱うのはアウトだし、ちょっとしたツッコミで頭を叩いても視聴者からお叱りが飛んでくる。自分たちが恋い焦がれたテレビの世界が、やりたいことができないところになってきている。そんな現状に対し、ケンコバは自分の思いを次のように吐露する。

「もどかしい、悔しい。感情で言うたらそれやね」

 陣内はネガティブな展望を語る。以前のテレビに戻ることはもうないだろう。これからむしろ、もっと厳しくなるのではないか。

 対して、ケンコバはポジティブに切り返す。俺は昔の状況にテレビは戻ると思う。なぜか。

「みんなちょっと嫌気さしてるやん。テレビ業界の人だけじゃなくて、一般の人もしゃべってみたら、今なんかもう『堅苦しい』『息苦しい』って言うてるけどね」

 これからのテレビのお笑い番組が、もっと表現上の制約を受けることになるのか、それとも昔のような状況に戻ることがあるのか、それはよくわからない。けれど、テレビのバラエティ番組の第一線で活躍している芸人が、「テレビはいま厳しいんです」という話をして、それが娯楽として視聴者に提供されるというのは、いまやお馴染みの光景ではあるけれど、なんだか不思議なことだとあらためて思う。

 もちろん、野球ファンがローテーションの谷間への対処を含めてペナントレースを楽しんでいるように、テレビの裏事情を込みで楽しむというテレビの観方もあるのだろう。個人的にはテレビの裏事情的なことをそこまで考慮したくないのだけれど、テレビに関してこうやって毎週書いている僕自体が、そういう楽しみ方とまったく無縁だとも思えない。

 けれど、出演者のほうからテレビの苦境に関する情報が大いにお届けされ、「最近のテレビはコンプライアンスが厳しい」という情報を込みで楽しむテレビ視聴が進むとすると、それはやっぱり、今回の3人が郷愁を覚えていたような「ただただ何も考えずに笑えた」テレビからは、離れていってしまうようにも思う。「ただただ何も考えずに笑えた」テレビの良し悪しの評価は置いておくとして。

 というか、今のテレビが昔よりつまらなくなっているとは思わないけどな。ケンコバも陣内も面白くて好きな芸人だ。たむけんについては、各自お察しください。

■マツコ・デラックス「今、100人中2人に向けたことをやっている人多いよね」

 コンプライアンスがうんぬんというような状況下のテレビを、この10年くらい席巻しているのがマツコ・デラックスと有吉弘行だ。そんな2人の番組、『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)の6日の放送は、自信家と謙遜家はどちらのほうが信用できるかという問いかけから始まった。

 この問いそれ自体に対する2人の回答は、マツコの次の言葉に尽きる。

「そんなに自信満々で来られても、そんなに謙遜されすぎても、どっちも信用できないわよね。要はバランスじゃない?」

 トークはそこから、最近は謙遜が強い人が多い、という話題に展開する。ネット社会では自信家よりは謙遜家のほうが叩かれる率が低いという理由で、謙遜が強すぎる人がいるのではないか。たとえば有吉いわく、番組収録中にお茶を飲むことひとつとっても、「こんな僕が本番中にすいません、お茶飲むの生意気なんですけど、どうしても喉渇いたんで飲ませてください」と言ってしまうような、過剰にへりくだる人がいる。そんな謙遜家を有吉が一喝する。

「別にここでお茶飲むのいいじゃん。100人いて2人ぐらいがさ、『本番中にお茶飲んでんじゃねぇよ』って言うのを気にして謙遜入っちゃうヤツがいるのよ。98人はなんとも思ってないのに」

 この有吉の意見を受けて、マツコも言う。

「今、100人中2人に向けたことをやっている人多いよね。だから、どんどんどんどんつまらなくなっていっちゃうのよね」

 マツコと有吉いわく、100人中2人の声を必要以上に大きく受け止めて過度に謙遜してしまう人には、残り98人の声があまり入ってこない。98人はなんとも思っていなかったり、逆に応援していたりするかもしれないのに。98人の声なき声よりも2人の大きな声が目立ちやすいネットが、過度な謙遜家を増やしている面もあるのだろう。だから、あまりエゴサーチとかするものじゃない。そんな話で、この話題は終わった。

 で、この98人と2人の比喩で考えてみたいのだけれど、マツコや有吉自身がブレイクあるいは再ブレイクしたのは、100人中2人の代弁者としての側面が大きかったはずだ。有吉は一発屋としてしばらく苦汁をなめた経歴があるという意味で、マツコはゲイの中でもさらに少数派の女装家という意味で、マイノリティ性を強く帯びた存在である。世間の風潮に対して物申すというようなスタンスをとることも多い。両人ともに、一般的には“毒舌”というカテゴリに入れられている。

 つまり、「世間とズレを感じて生きづらい100人中2人に属する私の思いを代弁してくれる」存在として、マツコと有吉は人気になったのではなかったか。もちろん、どちらもそういう期待に安易に乗ることがなく、今では“毒舌”であることを自ら否定することも多いのだけれど、世間の評価としてはいまだ“毒舌”のカテゴリに収まっているはずだ。

 ただ、本当に100人中2人の代弁者であるだけでは、テレビでブレイクするはずもない。大衆を相手にするテレビには、98人の側に立とうとする慣性が働いている。だから実際には、マツコと有吉の言動に「100人中2人に属する私の思いを代弁してくれる」と感じた者が、98人いたということである。希少であることを求める凡庸な欲望が、マツコと有吉を押し上げたというか。

 テレビは最近コンプライアンスが厳しくなっている、みたいなことを聞くようになって久しい。それはつまり、100人中2人の声に反応しなければならない場面が増えてきているともいえる。そんな中にあって、大衆つまり98人の側に傾きがちなテレビには、絶妙なバランスが求められているのだろう。100人中2人でありたい98人の代弁者としてのマツコと有吉は、そんなバランスの均衡点に立っているように思う。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

櫻井翔が語った“活動休止”をめぐる謎……嵐の物語が終わらないワケ

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(1月27~2月2日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■小手伸也「一応、謎の男として売っていきたいので」

 人は謎に惹きつけられ、解きたくなる。その謎解きの軌跡が、物語となる。だから謎がすべて解明されると、物語は終わってしまう。金田一や右京やコナンが事件の謎を解くたびに、物語がエンディングを迎えるように。

 俳優の小手伸也が28日、『しゃべくり007』(日本テレビ系)に出演していた。約20年の下積み時代を経て、近年『真田丸』(NHK総合)や『コンフィデンスマンJP』『SUITS/スーツ』(フジテレビ系)などさまざまなドラマに出演している小手。僕は見たことがなかったのだけれど、『仮面ライダーエグゼイド』(テレビ朝日系)にも出ていたようだ。大河、月9だけでなく戦隊シリーズも押さえるなど、40代を迎えてから急にブレークした小手は、本人が言うように、確かに「シンデレラおじさん」である。

 そんな小手は、ブレーク後の現在もアルバイトをしていることで知られる。某通販番組のコールセンターのオペレーターとして、時給1,200円で働いているらしい。俳優の仕事が忙しくなったので出勤は週1に減ってはいるものの、周囲から急にチヤホヤされても浮かれないための足かせとして、今もバイトを続けているのだという。

 この日も収録後にバイトがあった小手。それに合わせて、番組の収録時間も短めだった。なぜバイトが優先なのか? なぜ『しゃべくり007』の収録日にバイトを入れるのか? そう聞かれた小手は、次のように答えた。

「『しゃべくり』さんが僕のシフトにかぶせてきた」

 小手のスケジュールは、週1のアルバイトを主軸に組み立てられているわけである。

 トークは、バイト先でのクレームへの対処や、俳優仲間との交流といった話も挟みつつ、小手のプライベートに迫る。結婚について聞かれた小手は言う。

「それは一応、謎の男として売っていきたいので……」

「謎の男」として、既婚かどうかは伏せたいという小手。これを聞いて周囲は、「だったらバイトのところを謎にしろ」「今さら遅いよ」とツッコむ。もっともである。バイト先でクレーマー対応もしているといった情報のほうが、「謎の男」に似つかわしくない感じがする。

 がしかし、よくよく考えるとこのツッコミは正確か。小手の場合、ブレーク俳優だけどバイトをしているという話が、ひとつのブレークの要素になっているはずだ。つまり、「ブレーク俳優だけどバイト」という事実が、小手伸也という俳優の謎を形成し、僕たちを惹きつけているのだ。だから、コールセンターでのアルバイトを公表しても、「謎の男」の謎は解かれない。むしろ謎は深まり、小手はますます「謎の男」になっていく。

 収録も終盤に差し掛かかり、「もうちょっといてくださいよぉ」と追いすがるホリケンに、小手は言う。

「僕を1時間拘束するってことは、1,200円ってことですよ」

 アルバイトの話で始まり、アルバイトの話で終わった小手の出演。今回のトークで、居住地(川崎)や家族(既婚・子持ち)やプロポーズの場所(三軒茶屋)といった小さな謎の答えが小手の口から明らかになった。しかし、「ブレーク俳優だけどバイト」という根本的な謎はさらに深まった。

 謎が物語を駆動する。謎の男、小手伸也の物語はテレビの上でまだまだ続く。

■櫻井翔「結果としてきちんと我々の思いの丈が、温度を乗せて伝えることができた」

 先週は、嵐の活動休止の話題がテレビを駆け抜けた。発表があった日の『Mr.サンデー』(フジテレビ系)では、番組放送時間の大半を使って嵐の会見映像を放送。NHKでもトップニュース扱いだった。

 櫻井翔がメインキャスターを務める『news zero』(日本テレビ系)では28日、活動休止について有働由美子が櫻井にインタビューをする様子が放送された。

 インタビューで最も印象的だったのは次の言葉だろう。活動休止会見では、記者から「無責任じゃないかという指摘もあると思うんです」といった質問も向けられた。櫻井はこれに、

「(今後約2年をかけて)たくさんの言葉をお伝えし、たくさんのパフォーマンスを見てもらい、その姿勢と行動をもって、果たして無責任かどうかというのは判断していただけたら」

と答えていた。この時の表情が厳しかったのではないか。そう聞かれ、櫻井は言う。

「私たちが一番伝えたかった誠意の部分に関してお話ししているので、ちょっと自分の中での温度が少し上がったというのはあるかもしれないです。ただ、あのご質問をいただいたおかげで、結果としてきちんと我々の思いの丈が、温度を乗せて伝えることができた」

 この「無責任」質問についてはネット上で批判がなされ、“炎上”の様相を呈していたりもする。だが、当の本人が、質問した記者にむしろ感謝をする展開。こんな完璧な火消しを僕は知らない。

 会見を通じて最も伝えたかったのは、活動休止に際しての自分たちの「誠意」であったとする櫻井。『news zero』での応答も、もちろんすべてをオープンにできるわけではないのだろうけれど、活動休止に至るまでの経緯や自分たちの思いなどについて、できる限り正確に、「誠意」をもって伝えようとする姿勢に貫かれていたように見えた。

 たとえば次の発言は、活動休止の判断に向けた嵐5人での話し合いの雰囲気について聞かれたときのもの。

「ずっと和やかにというだけではないです。かといってピリついたかというと、そうではないです。もう我々、いい年齢した大人なので、嵐の将来のことを決めるのに、それは真摯に5人で話を続けたつもりです」

 あるいは、アイドルとして年齢を重ねることについて、どう考えていたのか聞かれた際の言葉。

「今はありがたいことにキャーキャー言ってもらってる。でもいつかそりゃ、年齢重ねますから、いつかそうはなくなるかもしれない。(コンサートが)いつか国立(競技場)ではできなくなるかもしれないし、いつかドームではできなくなるかもしれない。なら、その準備を今から始めておきたいし、後に年を重ねたときに、成熟した大人のグループになっていきたいね、っていう話は、30になったぐらいのときに(ほかのメンバーに)しました。そうなれているかどうかは別ですけど」

 嵐は人気絶頂なのだから、人気がなくなったときのことを考える必要もなかったのではとさらに聞かれると、こう答える。

「仮に絶頂だとしたら、山の頂の先には下る景色しか基本的にはないですからね。いつかそのための備えをっていうことです」

 そして、「こんなに前向きな活動休止って素敵ですね」と有働が言ったときの、櫻井の反応。

「ファンのみなさんが、すべてを納得いただいているかというとそうではない部分もあるとは思いますけれども、温かく我々の決断を見守っていただいたということは、ホントに心から感謝してます」

 話し合いは、すべてが和やかに進んだというわけではないかもしれない。いつかはアイドルとしての人気が下降線をたどることになるかもしれない。今回のことについて、すべてのファンが納得しているわけではないかもしれない。そんなネガティブに聞こえかねない部分も含め、櫻井は自分の言葉で誠意をもって語る。その姿は、活動休止に際し周囲が抱きがちな謎を、一つひとつ解いているようにも見えた。そして、多くの謎を自分自身で解き明かしながら、嵐という物語を一旦終えることへと、向かっているようにも思えた。

 だが、それはあくまでも一旦休止である。「嵐の復活はありますか?」と聞かれた櫻井は、「ありますよ」と即答した。

「いつかまた5人でそろってパフォーマンスというのを、頭の片隅に置きながら、2020年の12月31日以降は、それぞれが活動していくことになると思います」

 すでに全員が30代後半を迎えている嵐。グループとしての活動を再開したとき、5人は40代になっているのだろう。あるいは50代になっているのかもしれない。そんな中年後半に入った嵐は、アイドルグループとして何を見せてくれるのか。

 嵐はこれからも、今回の活動休止をめぐる謎を自分たちでできる限り解いていくだろう。そこに彼らの「誠意」が宿っているだろう。そして2年後、グループとしての物語は休止期間へと入るが、そこには復活後の嵐という大きな謎が残されることになる。この謎がある限り、嵐の物語はその後も続く。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

正直者みやぞんとウソつきクロちゃんと、指原莉乃のパラドックス

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(1月20~26日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■松本人志「こういうときに消火器を持って駆けつけてくれる人がよくわかるしね」

 何が本当で何がウソなのかを見分けるのは簡単ではない。たとえば、以前ある番組で指原莉乃が、「インタビューでウソつくんですよ、すぐ」というようなことを話していた。「好きな男性のタイプは?」みたいな質問に対して、媒体ごとに全部違った回答をするのだと。

 では、指原は本当にウソつきなのか? それなら、この発言自体、ウソである可能性が高いので、指原は実は正直者だということになる。だが、正直者ならば、この発言は本当である可能性が高いので、指原は確かによくウソをつくということになる。

 正直者ならばウソつきであり、ウソつきならば正直者――。有名な「クレタ人のパラドックス」ならぬ、「指原のパラドックス」。指原がウソつきなのか正直者なのかは、どこまで行っても答えは出ない。

 というか、答えが出ないことが重要なのかもしれない。答えが出ないということは、指原の言葉の真意をめぐって、何かと話題になり続けるということだから。

 そしてそれは、『ワイドナショー』(フジテレビ系)での、松本人志の「お得意の体を使って……」発言に対しての指原のTwitterでのつぶやき、「松本さんが干されますように!!!」に対しても言えることかもしれない。このツイートは、松本に対して批判的な人にとっては、「松本を批判している」ように見える。けれど、それ以外の人にとっては、「周囲の喧騒をいなしている」ように見える。

 受け取る者によって意味が変わってしまう指原の言葉。話題にする周囲の声が大きくなるほど、指原の真意は見えなくなっていく。ただ、ひとつだけ確かなのは、どちらにしても最終的に「さっしーすごい」に行き着くことだ。一方で、芸能界の大物にも物怖じしない「さっしーすごい」。他方で、大人な対応で松本をフォローする「さっしーすごい」。

 そして、この記事もまた、絶妙な発言で自身の真意を簡単にはわからせない「さっしーすごい」という話に行き着こうとしている。

 20日の『ワイドナショー』で松本は、自身の「お得意の体を使って……」発言について次のように語った。

「炎上はねぇ、この先もボクはしていくと思うんです。これもうしょうがない。炎上で得られるものもあるし。なるほどなって。こんな大火事になるんや。大火事になったときに、ホントに大切なものが見えてくるし。持ち出して逃げなあかんものが何なのかもわかるし。こういうときに消火器を持って駆けつけてくれる人がよくわかるしね」

 東野の「消火器持ってきてくれたのは指原さんっていうことでよろしいんですか?」との問いかけに、「指原もそうでしょうし、高須(克弥)先生とか」と答える松本。

 近々、指原が『ワイドナショー』に出演するそうだ。今回の騒動の話にもなるだろう。ツイートの真意を語ることがあるかもしれない。そのとき、指原が手にしているのは、消火器なのだろうか? はたまた、新たな着火剤なのだろうか? いずれにしても、こちらは「さっしーすごい」と言う準備ができている。

■みやぞん「天国みたいな生き方してるか、地獄みたいな生き方してるかの違いだと思いますけどね」

 ウソか本当かよくわからないことを言う人、というのは以前からテレビによく出ていた。たとえば、叶姉妹とか、テレンス・リーとか、湯浅卓とか。ただ、最近はそういう虚実混交な人よりも、ウソがまったくないように見える無垢な人か、あからさまなウソつきに見える人か、どちらか極端な人にスポットライトが当たりやすくなっているような気もする。

 前者の代表格はみやぞんだろう。『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)の初登場時から注目を集め、その後は『世界の果てまでイッテQ!』など、日本テレビ系の番組に多く出演。いわゆる「お茶の間の人気者」の座に駆け上がった。

 そんな『イッテQ!』で20日、みやぞんが14日間かけてイタリア各地を自転車でめぐる旅が放送されていた。旅の4日目、フィレンツェに到着したみやぞんは、世界遺産に登録されているサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂を訪れる。そこでは多くの観光客が列を作っていたのが、大聖堂の天井に描かれた「最後の審判」。16世紀の作品で、キリストが死者を裁き、天国に行く者と地獄に行く者を選別する場面が描かれている。

 みやぞんは天井を見上げ、絵に込められたメッセージを読み解こうとする。もしかすると、天国に近い場所を天井に描くことで、生きている人間がいる地上、この世は地獄ということを表現しているのではないか。そんな自説を述べるものの、その後、思い直したようにみやぞんはつぶやく。

「でも結局、地獄っていう場所とか、天国っていう場所っていうよりも、天国みたいな生き方してるか、地獄みたいな生き方してるかの違いだと思いますけどね」

 みやぞんは、唐突にこういった含蓄のあることを言う。以前、別の番組で「絶対音感あるの?」と聞かれたみやぞんが、「違います。世の中に絶対はないと思ってます」と答えていたこともあった。

 この日の『イッテQ!』では、こんなエピソードトークも披露していた。

「面白いことっていうのは、実際そんな起きないわけですよ。こないだですね、家に帰りました。ピンポーン。ま、自分ちなんですけどピンポン押しまして、まぁ押さなくていいんですけど。それで家に帰りまして、ガサガサッ、ガサガサッ、て音がするなと思ったんです。ひとり暮らしですよ。あれっ、なんで? なんで? もしかして、お母さんかなと思ったんですよ。で、パッて見たらですね、誰がいたと思います? そう、お母さんだったんです」

 家に帰って物音がしたのでお母さんかなと思ったらお母さんだった、という話。多くの芸人が自分のトークに何かしらオチをつける中、「こんな感じで、あんまり面白いことっていうのは起きないわけです」と、オチではなく、深く読み取ろうと思えば読み取れるような訓示を残して終わるみやぞんのトーク。

 ウソがないみやぞんのトークにオチはない。天国か地獄かという人生最後のオチが重要ではないように。

■クロちゃん「(ZOZOTOWNの)前澤さんに100万円もらった夢」

 対して、あからさまなウソつきに見える人の急先鋒は、クロちゃんだ。『水曜日のダウンタウン』(TBS系)でその虚言癖が白日の下にさらされてから、他の番組でも「ウソつき」としての出演機会が増えている。

 そんなクロちゃんが、21日放送の『名医のTHE太鼓判!』(同)に出演していた。過去に同番組の検査で脳動脈瘤、つまり脳内の血管のコブが発見され、余命3年と宣告されたクロちゃん。この日の放送では、その動脈瘤を取り除くための手術を受ける様子が伝えられた。

 4日前から入院し、手術に備えていたクロちゃん。誰もお見舞いに来ず、寂しい気持ちを吐露するといった場面もあった。しかし、手術当日、両親がやってくる。広島の実家からわざわざ上京した両親を前に、クロちゃんは自身のふがいなさを口にする。

「それこそ温泉旅行とかさ、旅行でさ、親孝行でどっか連れてくみたいな感じでね、東京来てもらうんだったらいいけどさ、オレが入院してさ、来てもらうって……(泣)」

 自身の親不孝ぶりを涙ながらに語るクロちゃん。それはまるで、これまでの素行を懺悔しているようにも見えた。

 けれど、そんな息子の言葉を聞いた母親は即、次のように言い放つ。

「演技うまい」

 母親に続き、父親もまた「ウソつきじゃけ」と追い打ちをかける。「ホントに涙出てるのに!」と訴えるも、両親からも演技だ、ウソつきだと指弾されるクロちゃん。その姿を見て、こちらも思わず涙が出そうになった。ウソだけど。

 さて、「親よりも先に死んじゃダメだと思うから」「絶対元気になるから」という言葉を残してクロちゃんは手術に向かう。およそ2時間に及んだ手術は無事終了し、動脈瘤は破裂の危険が遠のいた。

 クロちゃんは手術台の上で目を覚ます。夢を見ていたらしい。どんな夢だったのか。そう聞かれたクロちゃんは、麻酔の影響で口調もおぼつかない中、次のように答えた。

「(ZOZOTOWNの)前澤さんに100万円もらった夢」

 余命3年をなんとかするための手術直後に、お金の話。しかも、降って湧いたお金がもらえるという。朦朧としたクロちゃんの顔を捉えるカメラ。そして入るナレーション。

「脳に異常はないようです」

 手術直後にちゃんと会話ができたことをもって、「脳に異常はない」ということなのだろう。けれど、何か別の異常さを感じずにはいられなかった。というかこのナレーションも、医療・健康番組として番組を見たい人には「脳に異常はない」とストレートに聞こえるように、クロちゃんを面白がりたい人には「別のところに異常がある」あるいは「まだ脳に異常があるんじゃないか」と邪推させるようになっていて巧妙。

 話は最初に戻って。指原の件で、「さっしーすごい」というようなことを書いた。さて、これは私の本心でしょうか? それともウソでしょうか?

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

ナンシー関は見抜いていた? 松本人志のセクハラ発言は「庶民感覚」の欠落なのか

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(1月13~19日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■岩井志麻子「岡山だったら困ったオバハンでしかなかった」

 テレビは「庶民感覚」を映し出す。たとえば、ワイドショーのコメンテーターは新しい視点をもたらすというよりも、視聴者の一般的な感情を代弁するようなコメントをすることが多い。

 他方で、テレビは「庶民感覚」から逸脱する。たとえば、寺門ジモンが17日放送の『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)で土屋太鳳の印象について聞かれて、「マジメに肉に取り組んでる真剣さを感じた」と言っていた。人を評価するとき、肉への取り組み方を基準とする男、ジモン。一緒に焼肉店に行ったときの土屋の様子を評した言葉なのだけれど、そもそも、「肉を焼く」ことを「肉に取り組む」と表現するところに、ジモンの「庶民感覚」での測れなさが見え隠れする。

 あるいは、19日放送の『肉好き女子 presents 東北肉ざんまい』(同)のエンディングで、丸山桂里奈が「もともと自分も肉なわけじゃないですか。食べた肉と自分の肉が向き合うきっかけになったって思うぐらい、今日は肉をホントにいただいて」と感想を語っていた。カニバリズム的感覚を披露してはばからない、国民栄誉賞受賞者。ジモン的には、これは肉へのどういう取り組み方になるのだろうか?

「庶民感覚」からすると、身近にこのような人がいたら、少し変わった人として扱ってしまうかもしれない。場合によっては、敬して遠ざけてしまうかもしれない。けれど、テレビはしばしば、そういう人を“面白い”の枠組みで理解し、包摂する。

 17日放送の『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、岩井志麻子は言う。

「本人が変わらなくても、環境が変わったらうまくいくことがある。私も岡山県にいたときは、ただの変な人だったんですよ。それが東京に来たら、ちょっと面白い人とかって言われて、テレビに出させていただいたり、本を出させていただいたり、居場所が与えられたんですよね。岡山だったら、ホントにもう困ったオバハンでしかなかった」

「変な人」を「面白い人」と翻訳する東京。そんな東京にキー局を置き、全国に「面白い人」を発信するテレビ。この意味でテレビは、東京の“翻訳”を全国にお届けする機械なのかもしれない。

 けれど、本当にそうなのか? 岩井へのふかわりょうのツッコミが、別の可能性を示唆している。

「おそらく、“全国区の変な人になった”っていうことだと思いますけどね」

 岩井は岡山にいようが東京に来ようが「変な人」である。

 ある意味でテレビは、東京の“錯覚”を全国にお届けする機械なのかもしれない。

■松本人志「お得意の体を使った何かするとかさ、そういう……」

 NGT48の襲撃騒動は真相がうやむやなまま、ネット上では炎上が続いている。そして、この件について芸能人が発したコメントが、“延焼”を起こしていたりもする。

 最も大きな“延焼”が、13日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)での、松本人志の発言だろう。この日はゲスト席にHKT48の指原莉乃も座り、事件についてコメントをしていた。

「今回、私が一番問題だと思ったのは、とにかく誰がトップなのか、誰が仕切ってるのか、私ですらわからない状態なんです」

 運営の対応がずさんだったことはもちろんだが、運営とメンバーの間でコミュニケーションが不足している現状を踏まえ、両者の間に立つ形で、自分は卒業後もAKBグループに関わりたいと指原は語った。

 指原がAKBグループの運営側に回ればいいのではないか。そんな意見も番組では出た。けれど、現時点でもエラい人が仕切って何もできていないのに、自分が上に立ったところで何ができるのか。そう逡巡する指原に、松本が言った。

「まぁでもそれは、お得意の体を使った何かするとかさ、そういう……」

 MCの東野幸治が「すいません、指原さん」と即座にフォロー。指原も「何言ってんですか? ヤバ」と反応する。「ヤバいですね、ホントに」と、東野がさらに続ける。

『ワイドナショー』での松本の発言は、これまで何度も炎上している。着火しやすい案件である。以前、『リンカーン』(TBS系)が始まったころは、大勢の芸人に混ざって若手芸人にツッコまれるダウンタウン、特に松本人志が印象的だった。それまでの松本は、笑いに対する孤高の求道者のようだったから。けれど、『ワイドナショー』が始まると、今度は視聴者からもツッコまれる存在になった。

 東京の“錯覚”を全国にお届けする機械であるテレビは、今やさまざまな角度からその“錯覚”を補正しようとする声にさらされている。

■松本「運営側って言うけど、どんな層のどのぐらいの人たちがやってるの?」

 かつて、ナンシー関がダウンタウンを肯定的に評してこう言っていた。

「ダウンタウンは、ある意味で『庶民感覚』が欠落している部分がある」(『何をいまさら』角川書店)

「庶民感覚」、つまり「さまざまな事象に対する世間一般の平均的な感情」を欠落させた彼らは、世間には見えていないものが見えている。だから、「全国民の絶対的好意」を取りつけていた貴花田(当時)や田村亮子(同)ですら、彼らにとってはツッコミの対象となる。ナンシーはこのように、「庶民感覚」の欠落にダウンタウンの「(お笑い能力の)地肩の強さ」の根拠を見て取った。1992年のことである。

 それから27年後の2019年。あの場面で「お得意の体を……」と言う松本は、いまも「庶民感覚」が欠けているようにも見える。普通の人はあまり言わないことを言っているのだから。

では、それは面白かったのか? 芸人としての「地肩の強さ」を示すものだったのか? 

 というかむしろ、「お得意の体を……」は、「庶民感覚」をなぞった発言になってはいないか。だって、広く知られた指原の過去のゴシップに絡めた、わかりやすい下ネタなのだから。指原に限らず、芸能人はネット上では言われたい放題だ。そんなネットの声が、現在ではひとつの世間を、つまり「庶民感覚」を形成してしまっているのだから。

 さて、この回の松本の発言で個人的に興味深かったのは、次のものだ。

「運営側、運営側って言うけど、どんな層のどのぐらいの人たちがやってるの?」

 世間はいつの間にか、指原らと一緒に運営を批判している。けれど、運営と呼ばれているそれは、普通なら「会社」とか、もっと具体的に「AKS」いった言葉で名指されるものであるべきだ。なぜ、「運営」と呼んでいるのか? 学園祭の実行委員会みたいな名称で呼ぶことで、世間にアマチュア的な印象を植え付け、免罪されていた部分もあったのではないか? いろいろと発覚した後も「運営」と呼び続けるその姿勢は、事件ではなく、芸能ニュースとしてこの案件を処理する動きに、棹さしてしまうのではないか――。

 と、そこまで話を広げると、松本の発言の意図からは外れてしまうのかもしれない。けれど、アイドルもファンも世間も同じように使っている「運営」という言葉に、曖昧にされがちな何かがあると感じ取った松本の嗅覚。そこに、庶民感覚から逸脱した「地肩の強さ」の片鱗が垣間見えないか――。

 これはこれで、ボクの側で作り上げてしまった“錯覚”なのかもしれないけれど。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

ナンシー関は見抜いていた? 松本人志のセクハラ発言は「庶民感覚」の欠落なのか

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(1月13~19日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■岩井志麻子「岡山だったら困ったオバハンでしかなかった」

 テレビは「庶民感覚」を映し出す。たとえば、ワイドショーのコメンテーターは新しい視点をもたらすというよりも、視聴者の一般的な感情を代弁するようなコメントをすることが多い。

 他方で、テレビは「庶民感覚」から逸脱する。たとえば、寺門ジモンが17日放送の『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)で土屋太鳳の印象について聞かれて、「マジメに肉に取り組んでる真剣さを感じた」と言っていた。人を評価するとき、肉への取り組み方を基準とする男、ジモン。一緒に焼肉店に行ったときの土屋の様子を評した言葉なのだけれど、そもそも、「肉を焼く」ことを「肉に取り組む」と表現するところに、ジモンの「庶民感覚」での測れなさが見え隠れする。

 あるいは、19日放送の『肉好き女子 presents 東北肉ざんまい』(同)のエンディングで、丸山桂里奈が「もともと自分も肉なわけじゃないですか。食べた肉と自分の肉が向き合うきっかけになったって思うぐらい、今日は肉をホントにいただいて」と感想を語っていた。カニバリズム的感覚を披露してはばからない、国民栄誉賞受賞者。ジモン的には、これは肉へのどういう取り組み方になるのだろうか?

「庶民感覚」からすると、身近にこのような人がいたら、少し変わった人として扱ってしまうかもしれない。場合によっては、敬して遠ざけてしまうかもしれない。けれど、テレビはしばしば、そういう人を“面白い”の枠組みで理解し、包摂する。

 17日放送の『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、岩井志麻子は言う。

「本人が変わらなくても、環境が変わったらうまくいくことがある。私も岡山県にいたときは、ただの変な人だったんですよ。それが東京に来たら、ちょっと面白い人とかって言われて、テレビに出させていただいたり、本を出させていただいたり、居場所が与えられたんですよね。岡山だったら、ホントにもう困ったオバハンでしかなかった」

「変な人」を「面白い人」と翻訳する東京。そんな東京にキー局を置き、全国に「面白い人」を発信するテレビ。この意味でテレビは、東京の“翻訳”を全国にお届けする機械なのかもしれない。

 けれど、本当にそうなのか? 岩井へのふかわりょうのツッコミが、別の可能性を示唆している。

「おそらく、“全国区の変な人になった”っていうことだと思いますけどね」

 岩井は岡山にいようが東京に来ようが「変な人」である。

 ある意味でテレビは、東京の“錯覚”を全国にお届けする機械なのかもしれない。

■松本人志「お得意の体を使った何かするとかさ、そういう……」

 NGT48の襲撃騒動は真相がうやむやなまま、ネット上では炎上が続いている。そして、この件について芸能人が発したコメントが、“延焼”を起こしていたりもする。

 最も大きな“延焼”が、13日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)での、松本人志の発言だろう。この日はゲスト席にHKT48の指原莉乃も座り、事件についてコメントをしていた。

「今回、私が一番問題だと思ったのは、とにかく誰がトップなのか、誰が仕切ってるのか、私ですらわからない状態なんです」

 運営の対応がずさんだったことはもちろんだが、運営とメンバーの間でコミュニケーションが不足している現状を踏まえ、両者の間に立つ形で、自分は卒業後もAKBグループに関わりたいと指原は語った。

 指原がAKBグループの運営側に回ればいいのではないか。そんな意見も番組では出た。けれど、現時点でもエラい人が仕切って何もできていないのに、自分が上に立ったところで何ができるのか。そう逡巡する指原に、松本が言った。

「まぁでもそれは、お得意の体を使った何かするとかさ、そういう……」

 MCの東野幸治が「すいません、指原さん」と即座にフォロー。指原も「何言ってんですか? ヤバ」と反応する。「ヤバいですね、ホントに」と、東野がさらに続ける。

『ワイドナショー』での松本の発言は、これまで何度も炎上している。着火しやすい案件である。以前、『リンカーン』(TBS系)が始まったころは、大勢の芸人に混ざって若手芸人にツッコまれるダウンタウン、特に松本人志が印象的だった。それまでの松本は、笑いに対する孤高の求道者のようだったから。けれど、『ワイドナショー』が始まると、今度は視聴者からもツッコまれる存在になった。

 東京の“錯覚”を全国にお届けする機械であるテレビは、今やさまざまな角度からその“錯覚”を補正しようとする声にさらされている。

■松本「運営側って言うけど、どんな層のどのぐらいの人たちがやってるの?」

 かつて、ナンシー関がダウンタウンを肯定的に評してこう言っていた。

「ダウンタウンは、ある意味で『庶民感覚』が欠落している部分がある」(『何をいまさら』角川書店)

「庶民感覚」、つまり「さまざまな事象に対する世間一般の平均的な感情」を欠落させた彼らは、世間には見えていないものが見えている。だから、「全国民の絶対的好意」を取りつけていた貴花田(当時)や田村亮子(同)ですら、彼らにとってはツッコミの対象となる。ナンシーはこのように、「庶民感覚」の欠落にダウンタウンの「(お笑い能力の)地肩の強さ」の根拠を見て取った。1992年のことである。

 それから27年後の2019年。あの場面で「お得意の体を……」と言う松本は、いまも「庶民感覚」が欠けているようにも見える。普通の人はあまり言わないことを言っているのだから。

では、それは面白かったのか? 芸人としての「地肩の強さ」を示すものだったのか? 

 というかむしろ、「お得意の体を……」は、「庶民感覚」をなぞった発言になってはいないか。だって、広く知られた指原の過去のゴシップに絡めた、わかりやすい下ネタなのだから。指原に限らず、芸能人はネット上では言われたい放題だ。そんなネットの声が、現在ではひとつの世間を、つまり「庶民感覚」を形成してしまっているのだから。

 さて、この回の松本の発言で個人的に興味深かったのは、次のものだ。

「運営側、運営側って言うけど、どんな層のどのぐらいの人たちがやってるの?」

 世間はいつの間にか、指原らと一緒に運営を批判している。けれど、運営と呼ばれているそれは、普通なら「会社」とか、もっと具体的に「AKS」いった言葉で名指されるものであるべきだ。なぜ、「運営」と呼んでいるのか? 学園祭の実行委員会みたいな名称で呼ぶことで、世間にアマチュア的な印象を植え付け、免罪されていた部分もあったのではないか? いろいろと発覚した後も「運営」と呼び続けるその姿勢は、事件ではなく、芸能ニュースとしてこの案件を処理する動きに、棹さしてしまうのではないか――。

 と、そこまで話を広げると、松本の発言の意図からは外れてしまうのかもしれない。けれど、アイドルもファンも世間も同じように使っている「運営」という言葉に、曖昧にされがちな何かがあると感じ取った松本の嗅覚。そこに、庶民感覚から逸脱した「地肩の強さ」の片鱗が垣間見えないか――。

 これはこれで、ボクの側で作り上げてしまった“錯覚”なのかもしれないけれど。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

”わかったフリ”をしない石原良純に学ぶべきこと

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(1月6~12日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■石原良純「わからないっていうことが普通だから」

「わかる」ことと「わかった気になる」ことは違う、という話をよく聞く。物事の原因と結果の関係を説明されると、人はなんだかわかった気になりがちだ。たとえば、失業の原因は移民にあるのだと言われると、わかった気になって、移民へのネガティブな感情が高まったりする。事件の犯人はアイツだとうわさが広まれば、真偽はあやふやなまま、ネット上で“炎上”が起こったりする。けれど、それで適切に事態を理解したことになっているかというと、必ずしもそうではない。

 石原良純は俳優であり、タレントである。そして、気象予報士でもある。実際に良純が天気を伝えているところを見たことがない人でも、良純の天気予報は外れるだとか、「あさっての天気は明日聞け」と言い放っただとか、そういうことが気象予報士に“あるまじき”言動としてバラエティ番組で面白おかしく伝えられたりするので、気象予報士だということは広く知られているはずだ。

 そんな良純が、6日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、2019年の天気はどうなるのか聞かれて、「そういうんじゃなくて!」と怒っていた。

 スーパーコンピューターの計算能力の向上などで、短期的・局所的な天気予報の精度は年々上がっているのだという。だからネットでも最近は、30分後の雨量が町丁目の単位で的確にわかったりする。けれど、長期の予報は難しく、3カ月先までの天気しかわからないらしい。だから、“2019年の日本の天気”というような答えようのない漠然としたことを聞かれると、良純は怒る。

 また、スタッフに「良純さんって、すぐ『わからない』って言う」と苦情めいたことを言われた良純は、次のように応じていた。

「わからないっていうことが普通だから。わかることが当たり前だと思ってるのがすごく勘違いで、天気予報が全部当たるようになることは絶対にないんだよ」

「わかる」ことと「わかった気になる」ことは違う。本当は、わからないことはたくさんある。なのに、もっともらしい人に、もっともらしい根拠を示されると、人はわかった気になりがちだ。というか、もっともらしい根拠を誰かに示してもらって、わかった気になりたいのかもしれない。

 けれど、最新の技術に基づいて導き出された天気予報にだって、わからないことがたくさんある。テレビの中の良純は、「わかる」ことと「わかった気になる」ことの混同に怒っているのかもしれない。何か、もっともらしい人がもっともらしいことを言ったときには、良純の顔を思い出そうと思う。ちょっと暑苦しいかもしれないけれど。

■前田裕二「それってなんだっけって思うと、スナックかなって思って」

 吉本坂46は吉本興業グループに所属する芸人やタレントなどで構成されたアイドルグループだ。秋元康氏のプロデュースのもと、乃木坂46、欅坂46に次ぐ“坂道シリーズ”として、昨年の夏に結成。昨年末にはシングルをリリースし、大みそかにはNHK『紅白歌合戦』の事前番組に出演していた。

 そんな吉本坂46をオーディションの前から追っている番組が、『吉本坂46が売れるまでの全記録』(テレビ東京系)。8日深夜の放送では、ライブストリーミングサービスのSHOWROOMを立ち上げた実業家、前田裕二氏が出演していた。この日に放送されたのは、SHOWROOMを使った、吉本坂46のオーディションの裏側だ。

 番組の冒頭では、MCの東野幸治の導きのもと、前田氏の半生が紹介された。その中に、学生時代にアルバイトをしていたスナックが、SHOWROOMを作った際のヒントになっているという話があった。SHOWROOMは、芸能人や一般ユーザーがライブ配信できるウェブ上のサービスだ。AKB48など大型グループのアイドルだけではなく、ファンの規模としては小さなタレントなどの配信も多く、配信者とファンとの密なコミュニケーションを促すような仕掛けが設けられていたりするらしい。

 で、そんなSHOWROOMの仕組みは、スナックに似ているという。

「物が売れたりとか、人が動いたりするのは、100人の濃いコミュニティを1万回積み重ねたほうが、動くと思ってるんですよ。1人に100万人(が集まる)よりも。それってなんだっけって思うと、スナックかなって思って」

 おいしい食事に対して対価を支払う普通の飲食店とは異なり、スナックで出される食べ物はイマイチだったりする。でも、ママの人柄や店の雰囲気など、モノ以外のところにファンがつき、何十年と続いていたりする。そんなスナックの仕組みは、今どきっぽく、インターネットっぽい。そして、SHOWROOMっぽいのだ、と。

 また、こんな話もしていた。これまで企業は人の所得を奪い合ってきた。けれど、現在起こっているのは、時間の奪い合いである。ネット検索に時間を使っても、お金を直接グーグルとかには支払ってはいないように。では、次に起こるのは何か?

「それは精神なんですよ。心。心を奪える主体がGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)を倒すっていうのがボクの仮説」

 で、そのように奪った心を換金する装置が、ウェブ上には配備されるようになってきているという。それはたとえば、オンラインサロンとか、クラウドファンディングとか。そして、SHOWROOMとか。

 この先の産業やインターネットがどうなるのか、前田氏の仮説がどのくらいもっともらしいのか、僕にはちょっとよくわからない。とりあえず、さっきから頭の片隅に、「わかった気になるな」と僕に怒っている暑苦しい人がいる。

■森昌子「こんな無茶ぶりされたの初めてです」

 8日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に森昌子が出ていた。前半は普通に徹子とトークしていたのだけれど、後半は、森の姪っ子である“ま~ちゃん”(という設定の森昌子)が出てきた。

 赤いつなぎを着てランドセルを背負い、後ろ髪をツインテールに結んで登場したま~ちゃん(8歳)、というか森。自身のコンサートでは、このキャラクターで寸劇をしたり、歌ったりしているらしい。

 ま~ちゃんは、ファンの間では共有された“お約束”のネタなのだろう。そして、ファンも含めたみんなで“面白いもの”であるという認識に仕立て上げているという意味で、これもひとつのスナック的な濃いコミュニティが産み落とした代物なのかもしれない。

 そのま~ちゃん=森昌子、Tシャツとか飴とか自分のグッズをいろいろ紹介した後は、徹子からいろいろモノマネを振られていた。山口百恵とか、桜田淳子とか、沢田研二とか、前川清とか。森がま~ちゃんに扮して、森が得意とするモノマネを披露するというねじれた構造。徹子はま~ちゃんに、森のモノマネを振ったりもしていた。

 で、次々とモノマネのお題を出される森が漏らしたのが、次の言葉。

「こんな無茶ぶりされたの初めてです」

 たぶん、一番の“無茶ぶり”は、濃密なコミュニティの中で仕立て上げられた“8歳のま~ちゃん”というキャラを、その外でも通用させようとしてはばからないことなのだと思う。

 と、ここまで書いて気がつく。僕もまた、スナック・ま~ちゃんに足を踏み入れようとしている。このままだと、これはこれで面白いものなのだ、という形で、ま~ちゃんのことを理解してしまうかもしれない。急いでま~ちゃんから頭を引き剥がさないと。わからないものは、わからないままにしておこうと思う。頭の中の良純が怒っている。「わからないっていうことが普通だから」と。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

ツッコミもボケもイケる!? みちょぱが”ギャルマインド”でバラエティ番組を席巻中

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(12月30日~1月5日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■みちょぱ「付き合って1カ月後ぐらいで少年院に。しかも、”おはたい”されて」

 年末年始の特別番組には、この1年のテレビをにぎわせた“話題の人”が出演することが多い。ただし、それ以降あまりテレビで見かけなくなるタレントや芸人もいて、そんな彼らは“一発屋”と呼ばれたりする。他方で、この時期を乗り越えて番組に出続ける人たちは、画面に定着するようになる。年末年始の特番は、芸能人にとっての分水嶺のようでもある。

 今回の年末年始は、チョコレートプラネットや丸山桂里奈、DA PUMPなどを頻繁に見かけた。千鳥がMCを務める番組も多かった。あと、目に留まりにくいところで言うと、みちょぱこと池田美優もよく出ていた。2年くらい前からテレビで見かけるようになったみちょぱは、昨年後半から露出が増えた印象がある。ただ、モデル出身の女性タレントというと、滝沢カレンや鈴木奈々など派手な言動で注目を集める人が多く、そんな彼女たちと比べると、みちょぱは目立ちにくいようにも思う。なぜ、彼女は人気なのか?

 ということで、先週のみちょぱの言葉を拾ってみる。たとえば、1日放送の『爆笑ヒットパレード2019』(フジテレビ系)の一場面。心霊系の企画が苦手とか魚が食べられないなど、番組出演時のNGが多いと話すみちょぱに、“NGなし”をうたう女性タレントの一角であるところの野呂佳代が「仕事を選んでる暇はないですよ」と対抗していた。が、そんな野呂をみちょぱは、「でも、選んでなくても今あんまり(テレビに)出てないですよね」と迎撃。一撃だった。

 平成を振り返る番組も多かった。そんなところにも、みちょぱはよく出ていた。たとえば、インターネット文化の平成史を振り返る、2日放送の『平成ネット史(仮)前編』(NHK Eテレ)。堀江貴文やヒャダインが、プラウザを更新する際にF5とCtrl+Rのどちらを使っていたかという話題で盛り上がっていたのだけれど、そこで感想を聞かれたみちょぱは、「(話が)長いなぁと思って」と一蹴。ネットはオタクや陰キャラと呼ばれるような人たちが世の中に出る道も開いたという見解に対しても、「ネットでしか言えないのかって私は思っちゃう側」と意見していた。

 このようにみちょぱは、ツッコミが鋭い。芸人やタレントに対しては視聴者的な立場からツッコミを入れ、年長者や社会的地位が高い人に対しては若者やギャルの立場からツッコミを入れる。番組内での位置の取り方が絶妙なのだろう。「男の目線を気にせず、自分の好きなことをやるブレないところ」と自身が説明する、「ギャルマインド」のなせる業かもしれない。

 他方で、みちょぱはボケの側にも回る。元カレが少年院に入っていた話は、みちょぱがいくつかの番組で披露してきた“持ちネタ”で、自分がボケに回って周囲からツッコミを受けるエピソードのひとつでもある。1日放送の『笑神様は突然に…』(日本テレビ系)でも、同じエピソードが反復されていた。ただ、そこには初耳のキーワードも混ざっていた。

「付き合って1カ月後ぐらいで(元カレが)少年院に。しかも、”おはたい”されて」

 ネットで調べると2017年の使用例が1件だけ引っかかったのだけれど、個人的には初めて聞いた「おはたい」というキーワード。「おはたい」とは? という問いに、みちょぱは答える。

「おはようございます逮捕です」

 元カレだけではなく他の先輩も含め、4~5人ほど一気に「おはたい」、つまり早朝に逮捕されたらしい。なんだよ「おはたい」って、という話なわけだけれど、ボケの要素が添加されてリニューアルされたようなトークを聞きながら、今年はみちょぱをテレビでさらに見るんだろうな、と思ったりもした。ツッコミにもボケにも回れるオールラウンダーとしてのみちょぱ。改元が近づくにつれて平成を回顧する番組が増え、“若者の意見”への需要があるだろうし。

 その意味で、みちょぱにとっての分水嶺は、元号が変わる5月初頭ごろにあるのかもしれない――。とか皮肉っぽく言うと、みちょぱに「ネットでしか言えないのか」と一笑に付されてしまうかもしれないけれど。

■松島トモ子「イノシシはね、まだかまれてないの」

 年末年始は、ゴールデンタイムや深夜帯だけではなく、昼間のユルめの番組も見逃せなかったりする。正月の三が日が終わり、仕事始めの人も多かったであろう4日のお昼にやっていた『ワガババ修学旅行』(フジテレビ系)が珍妙だった。ハライチ・澤部が先導して、デヴィ夫人、瀬川瑛子、奈美悦子、柴田理恵、元谷芙美子(アパホテル社長)、どんぐり(映画『カメラを止めるな!』出演女優)など9人の淑女を富士山開運バスツアーへ連れて行く、という体裁の番組。「ワガババ」という言葉とか、ババアのワガママに澤部が振り回されるといった番組のコンセプトはいかがなものか、という論難もあるけれど、ここで注目したいのは、番組の中心で活躍していた松島トモ子だ。

 松島といえば、テレビ番組のロケ中、ライオンに頭などをかまれ、さらにその10日後にはヒョウに首をかみつかれたことで有名だ。そんな松島が、番組が始まって早々、柴田や奈美らが自分たちは亥年の年女だと話しているところに、次のように割って入った。

「イノシシはね、まだかまれてないの」

 動物にかまれやすい自分の体質を、今年の干支に絡めて自虐的にネタにする松島。もしかしたら、正月になると新年の挨拶がてら、「馬にはまだかまれてないの」とか「かまれたのは虎じゃなくてヒョウなの」とか、毎年言っているのだろうか? そうではないとしても、この一言を今回のロケ前日とかに考えていたのだろうかと想像したりすると、それはそれで面白い。全部台本だと断じてしまうよりも面白い。

 一行は、富士山の麓にある神社を訪れたり、島田秀平に手相を見てもらったりした後に、サファリパークに向かった。ここでのメインイベントは、ライオンへの餌やり。当然、松島にスポットライトが当たる。松島いわく、「ライオンの餌になりかけたことはあったけど、餌をやったことはない」とのこと。ライオンの元へ向かうバスの中で、松島は緊張気味に言う。

「私は偶然にかまれたわけであって、こうやってかまれに行くわけじゃない」

 もう、かまれることが前提だ。もちろん、金網越しのライオンへの餌やり自体は、松島がかまれることなく終わる。が、この後の松島の言葉がまた鋭い。他の出演者が「檻越しに見ると割とかわいい」と感想を口にすると、「1回かまれてごらん」と言い、「キリンの首の骨は何本あるでしょう?」とクイズを出されると、「7本。頚椎いかれてますから(ヒョウに襲われた際、第四頚椎を粉砕骨折したため)、よーく知ってますよ」と即答する。人はライオンやヒョウにかまれると、かまれた側としての矜持が生まれるのかもしれない。サンプルが少なすぎて証明困難な仮説だが。

 松島のライオン餌やり初体験は、こうして終わった。バスから降りて「目がかわいかった」などと感想を口々に話す柴田たち。そんな彼女らに向け、松島は最後に次のように言い放つ。

「素人たちが勝手なこと言ってる」

 松島は玄人である。動物にかまれる玄人。世の中には、いろんな玄人がいるのだ。

■デヴィ夫人「天からお金が降ってくるといいなぁと思ってます」

 松島ともう1人、『ワガババ修学旅行』で中心になっていたのはデヴィ夫人だ。言わずと知れたインドネシアの元大統領夫人であり、東洋の真珠、社交界の華、古市憲寿にブログで怒っていた人である。

 ロケバスの中で、松島がライオンとヒョウにかまれて死にかけた話をしていたときのこと。トークは、出演者がそれぞれ死にかけたエピソードを話す流れになり、瀬川が車にはねられた話をし、奈美が車をスリップさせた話をし、どんぐりが海で溺れかけた話をし、柴田が浅瀬で溺れかけた話をし、最後にデヴィ夫人がインドネシアのクーデターの話をした。

「戦車がアタクシのウチの前を、ガーッて嫌な音を立てて走るんですよ。あの戦車がもし、門を破って入ってきたらどうしようっていう恐怖」

 今さらながら、こういう経歴の人が日本のバラエティ番組に出ているのは不思議なことだ。

 そんな夫人は、今年の抱負を次のように語っていた。

「天からお金が降ってくるといいなぁと思ってます。雪のように降ってくるとうれしいわぁ」

 神社にお参りした際も、天から桜のようにお金が降り注ぐことを願う夫人。「異常な欲ですね」とツッコむ澤部。みんなで集合写真を撮る際には、ハイチーズ的な掛け声で「お金持ち~」と言ってほほえむ夫人。「日本一いやらしい掛け声」とツッコむ澤部。

 この原稿を執筆中、ZOZOTOWNの前澤社長がTwitterで100人に100万円をプレゼントする件が話題になっていた。デヴィ夫人、ちゃっかりリツイートしたのだろうか?

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

ツッコミもボケもイケる!? みちょぱが”ギャルマインド”でバラエティ番組を席巻中

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(12月30日~1月5日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

■みちょぱ「付き合って1カ月後ぐらいで少年院に。しかも、”おはたい”されて」

 年末年始の特別番組には、この1年のテレビをにぎわせた“話題の人”が出演することが多い。ただし、それ以降あまりテレビで見かけなくなるタレントや芸人もいて、そんな彼らは“一発屋”と呼ばれたりする。他方で、この時期を乗り越えて番組に出続ける人たちは、画面に定着するようになる。年末年始の特番は、芸能人にとっての分水嶺のようでもある。

 今回の年末年始は、チョコレートプラネットや丸山桂里奈、DA PUMPなどを頻繁に見かけた。千鳥がMCを務める番組も多かった。あと、目に留まりにくいところで言うと、みちょぱこと池田美優もよく出ていた。2年くらい前からテレビで見かけるようになったみちょぱは、昨年後半から露出が増えた印象がある。ただ、モデル出身の女性タレントというと、滝沢カレンや鈴木奈々など派手な言動で注目を集める人が多く、そんな彼女たちと比べると、みちょぱは目立ちにくいようにも思う。なぜ、彼女は人気なのか?

 ということで、先週のみちょぱの言葉を拾ってみる。たとえば、1日放送の『爆笑ヒットパレード2019』(フジテレビ系)の一場面。心霊系の企画が苦手とか魚が食べられないなど、番組出演時のNGが多いと話すみちょぱに、“NGなし”をうたう女性タレントの一角であるところの野呂佳代が「仕事を選んでる暇はないですよ」と対抗していた。が、そんな野呂をみちょぱは、「でも、選んでなくても今あんまり(テレビに)出てないですよね」と迎撃。一撃だった。

 平成を振り返る番組も多かった。そんなところにも、みちょぱはよく出ていた。たとえば、インターネット文化の平成史を振り返る、2日放送の『平成ネット史(仮)前編』(NHK Eテレ)。堀江貴文やヒャダインが、プラウザを更新する際にF5とCtrl+Rのどちらを使っていたかという話題で盛り上がっていたのだけれど、そこで感想を聞かれたみちょぱは、「(話が)長いなぁと思って」と一蹴。ネットはオタクや陰キャラと呼ばれるような人たちが世の中に出る道も開いたという見解に対しても、「ネットでしか言えないのかって私は思っちゃう側」と意見していた。

 このようにみちょぱは、ツッコミが鋭い。芸人やタレントに対しては視聴者的な立場からツッコミを入れ、年長者や社会的地位が高い人に対しては若者やギャルの立場からツッコミを入れる。番組内での位置の取り方が絶妙なのだろう。「男の目線を気にせず、自分の好きなことをやるブレないところ」と自身が説明する、「ギャルマインド」のなせる業かもしれない。

 他方で、みちょぱはボケの側にも回る。元カレが少年院に入っていた話は、みちょぱがいくつかの番組で披露してきた“持ちネタ”で、自分がボケに回って周囲からツッコミを受けるエピソードのひとつでもある。1日放送の『笑神様は突然に…』(日本テレビ系)でも、同じエピソードが反復されていた。ただ、そこには初耳のキーワードも混ざっていた。

「付き合って1カ月後ぐらいで(元カレが)少年院に。しかも、”おはたい”されて」

 ネットで調べると2017年の使用例が1件だけ引っかかったのだけれど、個人的には初めて聞いた「おはたい」というキーワード。「おはたい」とは? という問いに、みちょぱは答える。

「おはようございます逮捕です」

 元カレだけではなく他の先輩も含め、4~5人ほど一気に「おはたい」、つまり早朝に逮捕されたらしい。なんだよ「おはたい」って、という話なわけだけれど、ボケの要素が添加されてリニューアルされたようなトークを聞きながら、今年はみちょぱをテレビでさらに見るんだろうな、と思ったりもした。ツッコミにもボケにも回れるオールラウンダーとしてのみちょぱ。改元が近づくにつれて平成を回顧する番組が増え、“若者の意見”への需要があるだろうし。

 その意味で、みちょぱにとっての分水嶺は、元号が変わる5月初頭ごろにあるのかもしれない――。とか皮肉っぽく言うと、みちょぱに「ネットでしか言えないのか」と一笑に付されてしまうかもしれないけれど。

■松島トモ子「イノシシはね、まだかまれてないの」

 年末年始は、ゴールデンタイムや深夜帯だけではなく、昼間のユルめの番組も見逃せなかったりする。正月の三が日が終わり、仕事始めの人も多かったであろう4日のお昼にやっていた『ワガババ修学旅行』(フジテレビ系)が珍妙だった。ハライチ・澤部が先導して、デヴィ夫人、瀬川瑛子、奈美悦子、柴田理恵、元谷芙美子(アパホテル社長)、どんぐり(映画『カメラを止めるな!』出演女優)など9人の淑女を富士山開運バスツアーへ連れて行く、という体裁の番組。「ワガババ」という言葉とか、ババアのワガママに澤部が振り回されるといった番組のコンセプトはいかがなものか、という論難もあるけれど、ここで注目したいのは、番組の中心で活躍していた松島トモ子だ。

 松島といえば、テレビ番組のロケ中、ライオンに頭などをかまれ、さらにその10日後にはヒョウに首をかみつかれたことで有名だ。そんな松島が、番組が始まって早々、柴田や奈美らが自分たちは亥年の年女だと話しているところに、次のように割って入った。

「イノシシはね、まだかまれてないの」

 動物にかまれやすい自分の体質を、今年の干支に絡めて自虐的にネタにする松島。もしかしたら、正月になると新年の挨拶がてら、「馬にはまだかまれてないの」とか「かまれたのは虎じゃなくてヒョウなの」とか、毎年言っているのだろうか? そうではないとしても、この一言を今回のロケ前日とかに考えていたのだろうかと想像したりすると、それはそれで面白い。全部台本だと断じてしまうよりも面白い。

 一行は、富士山の麓にある神社を訪れたり、島田秀平に手相を見てもらったりした後に、サファリパークに向かった。ここでのメインイベントは、ライオンへの餌やり。当然、松島にスポットライトが当たる。松島いわく、「ライオンの餌になりかけたことはあったけど、餌をやったことはない」とのこと。ライオンの元へ向かうバスの中で、松島は緊張気味に言う。

「私は偶然にかまれたわけであって、こうやってかまれに行くわけじゃない」

 もう、かまれることが前提だ。もちろん、金網越しのライオンへの餌やり自体は、松島がかまれることなく終わる。が、この後の松島の言葉がまた鋭い。他の出演者が「檻越しに見ると割とかわいい」と感想を口にすると、「1回かまれてごらん」と言い、「キリンの首の骨は何本あるでしょう?」とクイズを出されると、「7本。頚椎いかれてますから(ヒョウに襲われた際、第四頚椎を粉砕骨折したため)、よーく知ってますよ」と即答する。人はライオンやヒョウにかまれると、かまれた側としての矜持が生まれるのかもしれない。サンプルが少なすぎて証明困難な仮説だが。

 松島のライオン餌やり初体験は、こうして終わった。バスから降りて「目がかわいかった」などと感想を口々に話す柴田たち。そんな彼女らに向け、松島は最後に次のように言い放つ。

「素人たちが勝手なこと言ってる」

 松島は玄人である。動物にかまれる玄人。世の中には、いろんな玄人がいるのだ。

■デヴィ夫人「天からお金が降ってくるといいなぁと思ってます」

 松島ともう1人、『ワガババ修学旅行』で中心になっていたのはデヴィ夫人だ。言わずと知れたインドネシアの元大統領夫人であり、東洋の真珠、社交界の華、古市憲寿にブログで怒っていた人である。

 ロケバスの中で、松島がライオンとヒョウにかまれて死にかけた話をしていたときのこと。トークは、出演者がそれぞれ死にかけたエピソードを話す流れになり、瀬川が車にはねられた話をし、奈美が車をスリップさせた話をし、どんぐりが海で溺れかけた話をし、柴田が浅瀬で溺れかけた話をし、最後にデヴィ夫人がインドネシアのクーデターの話をした。

「戦車がアタクシのウチの前を、ガーッて嫌な音を立てて走るんですよ。あの戦車がもし、門を破って入ってきたらどうしようっていう恐怖」

 今さらながら、こういう経歴の人が日本のバラエティ番組に出ているのは不思議なことだ。

 そんな夫人は、今年の抱負を次のように語っていた。

「天からお金が降ってくるといいなぁと思ってます。雪のように降ってくるとうれしいわぁ」

 神社にお参りした際も、天から桜のようにお金が降り注ぐことを願う夫人。「異常な欲ですね」とツッコむ澤部。みんなで集合写真を撮る際には、ハイチーズ的な掛け声で「お金持ち~」と言ってほほえむ夫人。「日本一いやらしい掛け声」とツッコむ澤部。

 この原稿を執筆中、ZOZOTOWNの前澤社長がTwitterで100人に100万円をプレゼントする件が話題になっていた。デヴィ夫人、ちゃっかりリツイートしたのだろうか?

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)