『24時間テレビ』の裏で、『バリバラ』&おぎやはぎ・矢作が愛を叫ぶ!

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(8月18~24日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

YOU「全然、健常でも『わかんない』っていう人もいっぱいいるし」

「哀れむような愛ならいりません。“地球を救う愛”と言われても、ピンときません。私を救う愛が欲しい!」

 車椅子に乗った脳性マヒの男性が、オープニングでそう叫ぶ。同じ時間帯、別の局では「愛は地球を救う」というフレーズで有名な、あの番組が放送されている。

 障害者のための情報バラエティと銘打って始まった『バリバラ』(NHK Eテレ)は、ここ数年、『24時間テレビ』(日本テレビ系)の真裏で同番組を意識した企画を放送している。最初の放送は2016年、障害者をもっぱら感動ストーリーの文脈に乗せて扱うテレビ番組の作り方を問い直した。キーワードとなったのは「感動ポルノ」。障害者は健常者に感動を与えるための道具として使われているのではないか、という問題提起だ。これが『24時間テレビ』を意識したメッセージであることは明白だった。

 もちろん、それは『24時間テレビ』への単純なアンチというわけではない。挑発でもないし、ケンカを売っているわけでもない。番組で司会を務める山本シュウは「誤解してほしく ないのは、感動は悪くないんですよ」と明言している。障害者を使って健常者が気持ちよくなるための感動ポルノ、汐留方面をそう呼んで溜飲を下げるだけだとしたら、それはまた健常者にとって気持ちのいい別の物語を障害者に語らせることにもなりかねない。

 そんな『バリバラ』が24日深夜、今年も『24時間テレビ』の真裏で生放送を行った。題して「2.4時間テレビ 愛の不自由、」。24時間ではなく2.4時間の生放送。「愛の不自由、」は「あいのふじゆうてん」と読む。脅迫などにより開催3日で中止に追い込まれた企画展を、彷彿とさせるタイトルだ。

 で、番組のオープニングで発されたのが、冒頭に引用した言葉。「地球を救う愛」に対置されるのは「私を救う愛」である。この言葉通り、番組では障害のある個々人の恋愛やセックスにまつわる話題が取り上げられた。

 たとえば、下半身がマヒしたことで恋人とのセックスで感じにくくなってしまったという脊髄小脳変性症の女性のエピソード。このVTRを見たスタジオのYOUや、アーティスト集団「Chim↑Pom」のメンバーであるエリイらが語る。

エリイ「セックスって、挿入してイクだけじゃなくって、目で見るとかそういうのもあるから、全部イクっていうのが正しいっていうことじゃないとは、私は思っていて」

YOU「彼女の場合は病気が進行しちゃったけど、全然、健常でも『わかんない』っていう人もいっぱいいるし」

 そんな女性たちの会話に、ムコ多糖症で元AV監督のにしくんが加わる。

「体と言葉のコミュニケーションをひっくるめて、セックスなはずなんだから。それこそ、体にまったく感覚がなかったとしても、気持ちいいと思うことってできると思うんですよ」

 ここまでくるともう、障害のある人だけでなく、障害のない人の恋愛や性の不自由さにも触れる話になってくる。哀れむような愛はいらない。そんな叫びから始まった番組は、挿入をゴールとするセックス観の問い直しにまでトークを展開させていく。

 出演者の組み合わせの妙だろうか? いつもとは違い、放送が深夜帯だからだろうか? 今回の『バリバラ』のトークは、レギュラー放送に輪をかけて開放的だったかもしれない。

 たとえば、脳性マヒの男性が生放送中、電話でこんな相談を寄せていた。家にデリヘル嬢を呼ぶとき、車イスというだけで利用を断られてしまう。店側の理由としては、何かケガがあったときに責任が取れないということのようだ。それに対し、現役風俗嬢アイドルで、多くの障害者を接客した経験を持つ山村茜が応答する。

「よかったら指名してください」

 あるいは、自閉症スペクトラムの女性のエピソード。ある男性に「好きです」と告白された。しかし、抽象的なことや人の感情が理解しにくいという障害を持つ彼女は、その「好き」の意味がいまひとつわからない。かけているメガネが好き、話し方のタイミングが好き、そういう具体的な「好き」はわかる。では、そういった要素がいくつ集まれば、その人を「好き」だといえるようになるのか。

 この話題に、スタジオにいた発達障害の男性が呼応。「普通のものだったら説明書とかあって注意事項書いてあるけど、書いてないもんで」と胸の内を吐露する。これにYOUは次のように答えた。

「それはでも、全国的に失敗してるよね。全員が 」

 タブー視されがちな障害者の恋愛や性の話題。番組中にも日本の性教育の遅れが指摘されていたが、そもそも障害者に限らず、性については語りにくかったりする。そんなテーマを、『バリバラ』は放送を始めた当初から積極的に扱ってきた。介護される妻と介護する夫との間のセックスレス。下半身が動かない障害者同士のエアーセックス。障害を逆手に取ったナンパのテクニック。幻覚と恋をする統合失調症の女性。親の愛を、時に重く感じてしまう障害者――。

 トークをそばで聞いていたジミー大西は、番組中盤でこう口にする。

「Eテレは自由ですね。Eテレがこんな自由なことをしているなんて思わなかったです」

 スタジオにいる障害があったりなかったりする出演者たちは、個々の話題について自由に語り合う。その中で、障害者にも健常者にも共通するような、愛や性をめぐるコミュニケーションの課題を掘り当てていく。自分とは接点のない特別な誰かの悩みから、自分と接点を持つ誰かの特別な悩みへと、話題がほぐされていく。

 もちろん、今回の『バリバラ』の作り方が、障害者の恋愛や性をテレビで取り上げる際の「正解」というわけではないだろう。番組中にも、「愛とセックスって生々しすぎる。障害当事者ですけど、見られない」という視聴者からのメッセージが紹介される場面もあった。障害者の問題提起を「それは健常者も同じ」という結論に落とし込みすぎると、障害がある人に固有の課題がスルーされてしまうかもしれない。

 番組のレギュラーである玉木幸則は、エンディングで次のように語った。

「今回も、まずは知ってもらうこと。それから気をつけなアカンのは、僕らが知らんこともいっぱいあるっていうことを、思っときたいな」

 単なるアンチではない。挑発ではないし、ケンカを売っているわけでもない。愛を注がれる客体でなく、愛を請い、その不自由の前に、時に思い乱れる主体として障害者が語る。メディアにあまり露出しないそんな一面を、まずは知ってもらうこと。今年も『24時間テレビ』の真裏で、それとは別のアプローチで、『バリバラ』は愛と障害の関係を取り上げた。

『バリバラ』が放送されていた24日の深夜。別の局では、また別の形の愛が映し出されていた。

 たとえば、『ゴッドタン』(テレビ東京系)。「冷やし中華はじめました」の歌ネタで知られるAMEMIYAが、芸人たちのエピソードを代わりにネタに昇華し歌い上げる「○○はじめました選手権」という企画が放送されたのだが、ここでおぎやはぎ・矢作から、ある発表が行われた。AMEMIYAは歌い始める。

「毎晩、西麻布で遊び呆けた人生。45歳になり、嫁をもらいました。一人暮らしから2人暮らしになり、そして今。父親の準備、始めました」

 AMEMIYAは続ける。

「俺は父親を知らない。だから父親というものがわからない。だったら俺は、お前育てながら、父親として育っていきたい」

 矢作は幼いころに両親が離婚、母子家庭で育っている。そんな情報も挟みつつ、歌はクライマックスへ。

「この先もし、お前がやりたいことがあれば、『お前がやりたいことは 俺はなんでもやらせてあげたい』。父親の準備、始めました」

 生まれてくる子どもに対する父・矢作の愛の讃歌は、おぎやはぎの漫才に出てくるお決まりのフレーズを引用しながら 最高潮に達した。

 あるいは、『新TV見仏記』(関西テレビ)。みうらじゅんといとうせいこうが2人で全国の寺と仏像を見て回る番組である。合間にスイーツを食べるコーナーもある。今回訪れたのは淡路島だ。

 オープニングで2人が語るところによると、両者は一緒に観覧車に乗ったことがない。ただ、観覧車を臨むホテルで、2人でお酒を飲みながら夜景を眺めたことは2度ほどあるという。

みうら「観覧車に乗るほうならまだしも、その観覧車の夜景をホテルの窓から見てた俺らのほうが、距離が近いからね」

いとう「恋人度でいったら、観覧車って相当上だと思うんですよ。だけどそれを見てお酒を飲んでるのは、恋人度としてはMAXですよね」

みうら「当然『きれいね』は出たよね。『お前もな』が出るでしょ」

いとう「出ないでしょ」

 いとうせいこう58歳、みうらじゅん61歳。ともにアラカンを迎えるおじさん2人の間の友愛。それを自分たちで恋愛に読み替えてネタにしていく会話のおかしみである。

 そして、『24時間テレビ』。深夜25時ごろから、芸能人とその会いたくない人に仲直りしてもらう、という企画が放送されていた。で、そこに現在売り出し中の若手芸人、EXIT・兼近が出演。VTRによると、当時中学2年のときに付き合っていた彼女を、二股で傷つけてしまったという。彼女のほうは二股の現場を目撃し、男性不信に陥ってしまったとか。

 そんな2人が番組で再会し、仲直りすることになるのだが、兼近は放送中も「盛りすぎ」と何度かVTRの不正確さに言及していた。また、ベトナムでユーチューバーをしているという元カノは、出演直後に動画をアップ。二股の現場を見たことはないし、男性不信になったこともない、番組のスタッフに兼近の悪いエピソードを求められた、付き合っていたころのことは今でもいい思い出だし、今回のことで兼近が嫌われてほしくない、というようなことを話した。実際に何があったのかはよくわからないけれど、とりあえず、どこかで何かがこじれているようだ。

 夏の終わりも近い24日の深夜のテレビ。そこはまさにさまざまな形の愛、あるいはその不自由さが投影され、考えたり、感じ入ったり、笑ったり、なんだかなーと思ったりした企画展のようでした。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

『テレビ千鳥』陰の功労者? 志村けんと大悟との寵愛関係

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(8月11~17日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

千鳥・ノブ「今日俺、志村さん習うん?」

 いま「寵愛」と聞いて思い浮かぶのは、どの芸能人か。明石家さんまと加藤綾子。松本人志と指原莉乃。上沼恵美子と梶原雄太(カジサック)。有吉弘行と藤田ニコル、または池田美優(みちょぱ)。周囲がゴシップ的に取り上げるものも含めていろいろな組み合わせがあるだろうけれど、個人的には、志村けんと千鳥・大悟の関係をおいてほかにない。

 先週は、そんな志村と千鳥の組み合わせを何度も見た。14日の『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)では、千鳥の2人がそれぞれ志村とコントを演じていた。電車運転士の大悟が酔っぱらいの志村を電車から降ろそうとするコントと、交番に道を尋ねに来たノブに警察官の志村が道案内をするコントだ。

 こんなふうに、テレビでの共演も珍しくない志村と千鳥。しかし、本人がいないところでも千鳥は頻繁に志村の名前を出す。平均して1番組に1.5志村は出してる感覚だ。あくまでも感覚で。

 たとえば、特番として放送された15日の『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)。大悟が「攻めた夏服」を買いに行く前半の企画も面白かったけれど、後半の企画がまた傑作だった。題して「Lemonを歌いたいんじゃ!!」。米津玄師のヒット曲「Lemon」をカッコよく歌い上げたいというノブがボイストレーニングを重ね、1カ月後の収録で披露するという企画だ。

 まず、2人はボイストレーナーのもとを訪れる。しかし、手始めに「Lemon」を歌うノブの歌声に、大悟は終始しかめっ面。実はノブ、カラオケがコンプレックスになるほど歌がひど い のだ。しかも、博多大吉や光浦靖子といったタイプの、音程が大きく外れたりリズム感が絶望的に欠けていたりといった「音痴」ではなく、単に歌唱力に乏しい「ヘタ」に分類されるであろう歌声。バラエティ的にはすぐに笑いに結びつきにくいやつだ。しばらく聞いていた大悟は、1番が終わったあたりで曲を止め、歌詞を引用しながらツッコんだ。

「ホンマにみんなが『夢ならば』と思ったよ」

 ノブの歌唱力の現状が確認できたところで、トレーナーによる指導が始まる。あくびをする感覚で歌ってみる、イケメンになったつもりで歌ってみる、首の力を抜いて歌ってみるなど、さまざまな方法が試された。しかし、ノブの歌はあまりうまくなったようには聞こえない。そこでトレーナーが意外なことを言い始める。

「米津玄師さんって、ちょっと声の芯が志村けんさんみたいなところにあるんですよ」

 この発言に、当然、志村と親交の深い大悟が食いつく。ここからは、大悟主導での志村式歌唱法のトレーニングの開始である。見本として、志村のモノマネを交えながら歌う大悟。それを見て、ノブが嘆く。

「今日俺、志村さん習うん?」

 歌唱指導は、難関のサビに差し掛かる。トレーナーによると、ここは特に志村ボイスが使えるところ。大悟はノブの横で変なおじさんのダンスを始める。ノブは大悟の指導のもと、サビの「愛」の歌詞で「アイーン」と叫ぶ。最終的には、ハゲヅラをかぶり、例のメイクをマジックペンで描いて変なおじさんになったノブが「Lemon」を歌い上げるのだった。ここだけ見た人はわけがわからないやつだ。

 ノブが「Lemon」を上手に歌いたい。今回の企画は、それだけといえばそれだけである。しかし、特にこの『テレビ千鳥』がそうだけれど、100円だけ持ってゲームセンターに行くとか、ノブの車で海を見に行くとか、日サロで肌を焼くとか、料理を作って食べるとか、ドラクエをするとか、「それだけといえばそれだけ」のシンプルな企画を、千鳥はほぼ2人のやりとりだけで随一のバラエティ番組に昇華する。それが千鳥の真骨頂だ。

 そして、そんな千鳥のやりとりには、高頻度で志村が顔をのぞかせている。

 先週テレビで見た、志村と千鳥の組み合わせ。続いては、12日深夜に放送されたレギュラー回の『テレビ千鳥』。公開収録だったこの日は、ほぼ千鳥の2人だけでのフリートークが展開された。

 トークは初っ端から志村の話題だ。ノブは語る。自分と志村はインスタグラムをやっている。で、自分が写真を上げても基本的に志村は反応しないのだが、例外がある。

「大悟が出てる写真にだけ、『いいね!』をしてくるんですよ。こんなカワイイことあります?」

 この志村トークに、当然のように大悟も追随する。大悟いわく、日本に住むほとんどの人が、子どものころに志村で笑わされた経験があるといっても過言ではない。それほど長く、志村はテレビの世界で笑いを提供してきた。そんなレジェンドと大悟が一緒に歩いていたときのこと。よく考えてみればそれだけでもすごいことだが、前を歩いていた志村は振り返って言った。

「振り向いてお前がいるとうれしいんだよな」

 志村と大悟の寵愛関係を象徴するかのようなエピソード。それを、「こんなことある? こんなうれしいこと」と紅潮気味に語る大悟。そこにノブが立て続けにツッコむ。

「恋人やん」

「キスする前やん」

 もちろん、志村と大悟は先輩と後輩の関係にある。師匠と弟子の関係に近いのかもしれない。大悟はいま志村と深夜番組でコントをやっているが、そこでは多くの学びがあるという。

 大悟によると、自分たちは中学生のときにダウンタウンの笑いを全身に浴びて育ってきた。お笑いのスタート地点、基準点として、ダウンタウンが刷り込まれたのだ。しかし、それは次のことを帰結してしまった 。

「お笑いの教科書でいうと10ページ目から始めちゃってんのよ。ダウンタウンさんのページから始めて、ダウンタウンさんのページに憧れて芸人の世界入ってるから。実は20年、お笑いの1ページ目をやらずに育ってきたわけ」

 そして、芸人になって20年。大悟はようやく、これまで読み飛ばされてきたお笑いの教科書の1ページ目に触れることになる。そこにはずっと、志村がいた。

 俳優、歌手、作家、コメンテーター、イベンター、映画監督、絵本作家、焼肉店経営 など、芸人の活躍の場は横に広がってきた。お笑いとは別の教科書を開く者も出てきた。しかし、大悟は活動を横に広げるというより縦に掘る。お笑いの教科書の1ページ目にさかのぼり、そこで学ぶ。

 志村の背中を見ながら、大悟は歩く。「振り向いてお前がいるとうれしいんだよな」と言われながら。

 さて、以上のように、先週は志村と千鳥の組み合わせがテレビで多く見られたのだが、1点、気になったことがある。『だいじょうぶだぁ』でのダチョウ倶楽部・上島の扱いだ。以前より、志村と親密な関係を築いてきた上島は、プライベートでもよく飲みに行く仲として有名だった。『だいじょうぶだぁ』や『バカ殿』のレギュラーも長年務めてきた。

 しかし、約2時間に及んだ今回の放送中、上島が出演していたコントは4つ。そのすべてがその他大勢としての役回り、モブ的なキャラクターでの出演だった。

 この状況を、上島が「夢ならば」と思ったかどうかはわからない。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

『テレビ千鳥』陰の功労者? 志村けんと大悟との寵愛関係

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(8月11~17日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

千鳥・ノブ「今日俺、志村さん習うん?」

 いま「寵愛」と聞いて思い浮かぶのは、どの芸能人か。明石家さんまと加藤綾子。松本人志と指原莉乃。上沼恵美子と梶原雄太(カジサック)。有吉弘行と藤田ニコル、または池田美優(みちょぱ)。周囲がゴシップ的に取り上げるものも含めていろいろな組み合わせがあるだろうけれど、個人的には、志村けんと千鳥・大悟の関係をおいてほかにない。

 先週は、そんな志村と千鳥の組み合わせを何度も見た。14日の『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)では、千鳥の2人がそれぞれ志村とコントを演じていた。電車運転士の大悟が酔っぱらいの志村を電車から降ろそうとするコントと、交番に道を尋ねに来たノブに警察官の志村が道案内をするコントだ。

 こんなふうに、テレビでの共演も珍しくない志村と千鳥。しかし、本人がいないところでも千鳥は頻繁に志村の名前を出す。平均して1番組に1.5志村は出してる感覚だ。あくまでも感覚で。

 たとえば、特番として放送された15日の『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)。大悟が「攻めた夏服」を買いに行く前半の企画も面白かったけれど、後半の企画がまた傑作だった。題して「Lemonを歌いたいんじゃ!!」。米津玄師のヒット曲「Lemon」をカッコよく歌い上げたいというノブがボイストレーニングを重ね、1カ月後の収録で披露するという企画だ。

 まず、2人はボイストレーナーのもとを訪れる。しかし、手始めに「Lemon」を歌うノブの歌声に、大悟は終始しかめっ面。実はノブ、カラオケがコンプレックスになるほど歌がひど い のだ。しかも、博多大吉や光浦靖子といったタイプの、音程が大きく外れたりリズム感が絶望的に欠けていたりといった「音痴」ではなく、単に歌唱力に乏しい「ヘタ」に分類されるであろう歌声。バラエティ的にはすぐに笑いに結びつきにくいやつだ。しばらく聞いていた大悟は、1番が終わったあたりで曲を止め、歌詞を引用しながらツッコんだ。

「ホンマにみんなが『夢ならば』と思ったよ」

 ノブの歌唱力の現状が確認できたところで、トレーナーによる指導が始まる。あくびをする感覚で歌ってみる、イケメンになったつもりで歌ってみる、首の力を抜いて歌ってみるなど、さまざまな方法が試された。しかし、ノブの歌はあまりうまくなったようには聞こえない。そこでトレーナーが意外なことを言い始める。

「米津玄師さんって、ちょっと声の芯が志村けんさんみたいなところにあるんですよ」

 この発言に、当然、志村と親交の深い大悟が食いつく。ここからは、大悟主導での志村式歌唱法のトレーニングの開始である。見本として、志村のモノマネを交えながら歌う大悟。それを見て、ノブが嘆く。

「今日俺、志村さん習うん?」

 歌唱指導は、難関のサビに差し掛かる。トレーナーによると、ここは特に志村ボイスが使えるところ。大悟はノブの横で変なおじさんのダンスを始める。ノブは大悟の指導のもと、サビの「愛」の歌詞で「アイーン」と叫ぶ。最終的には、ハゲヅラをかぶり、例のメイクをマジックペンで描いて変なおじさんになったノブが「Lemon」を歌い上げるのだった。ここだけ見た人はわけがわからないやつだ。

 ノブが「Lemon」を上手に歌いたい。今回の企画は、それだけといえばそれだけである。しかし、特にこの『テレビ千鳥』がそうだけれど、100円だけ持ってゲームセンターに行くとか、ノブの車で海を見に行くとか、日サロで肌を焼くとか、料理を作って食べるとか、ドラクエをするとか、「それだけといえばそれだけ」のシンプルな企画を、千鳥はほぼ2人のやりとりだけで随一のバラエティ番組に昇華する。それが千鳥の真骨頂だ。

 そして、そんな千鳥のやりとりには、高頻度で志村が顔をのぞかせている。

 先週テレビで見た、志村と千鳥の組み合わせ。続いては、12日深夜に放送されたレギュラー回の『テレビ千鳥』。公開収録だったこの日は、ほぼ千鳥の2人だけでのフリートークが展開された。

 トークは初っ端から志村の話題だ。ノブは語る。自分と志村はインスタグラムをやっている。で、自分が写真を上げても基本的に志村は反応しないのだが、例外がある。

「大悟が出てる写真にだけ、『いいね!』をしてくるんですよ。こんなカワイイことあります?」

 この志村トークに、当然のように大悟も追随する。大悟いわく、日本に住むほとんどの人が、子どものころに志村で笑わされた経験があるといっても過言ではない。それほど長く、志村はテレビの世界で笑いを提供してきた。そんなレジェンドと大悟が一緒に歩いていたときのこと。よく考えてみればそれだけでもすごいことだが、前を歩いていた志村は振り返って言った。

「振り向いてお前がいるとうれしいんだよな」

 志村と大悟の寵愛関係を象徴するかのようなエピソード。それを、「こんなことある? こんなうれしいこと」と紅潮気味に語る大悟。そこにノブが立て続けにツッコむ。

「恋人やん」

「キスする前やん」

 もちろん、志村と大悟は先輩と後輩の関係にある。師匠と弟子の関係に近いのかもしれない。大悟はいま志村と深夜番組でコントをやっているが、そこでは多くの学びがあるという。

 大悟によると、自分たちは中学生のときにダウンタウンの笑いを全身に浴びて育ってきた。お笑いのスタート地点、基準点として、ダウンタウンが刷り込まれたのだ。しかし、それは次のことを帰結してしまった 。

「お笑いの教科書でいうと10ページ目から始めちゃってんのよ。ダウンタウンさんのページから始めて、ダウンタウンさんのページに憧れて芸人の世界入ってるから。実は20年、お笑いの1ページ目をやらずに育ってきたわけ」

 そして、芸人になって20年。大悟はようやく、これまで読み飛ばされてきたお笑いの教科書の1ページ目に触れることになる。そこにはずっと、志村がいた。

 俳優、歌手、作家、コメンテーター、イベンター、映画監督、絵本作家、焼肉店経営 など、芸人の活躍の場は横に広がってきた。お笑いとは別の教科書を開く者も出てきた。しかし、大悟は活動を横に広げるというより縦に掘る。お笑いの教科書の1ページ目にさかのぼり、そこで学ぶ。

 志村の背中を見ながら、大悟は歩く。「振り向いてお前がいるとうれしいんだよな」と言われながら。

 さて、以上のように、先週は志村と千鳥の組み合わせがテレビで多く見られたのだが、1点、気になったことがある。『だいじょうぶだぁ』でのダチョウ倶楽部・上島の扱いだ。以前より、志村と親密な関係を築いてきた上島は、プライベートでもよく飲みに行く仲として有名だった。『だいじょうぶだぁ』や『バカ殿』のレギュラーも長年務めてきた。

 しかし、約2時間に及んだ今回の放送中、上島が出演していたコントは4つ。そのすべてがその他大勢としての役回り、モブ的なキャラクターでの出演だった。

 この状況を、上島が「夢ならば」と思ったかどうかはわからない。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

野沢雅子の感動逸話と、山田隆夫のギャグの価値

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(7月28日~8月3日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

野沢雅子「アニメの力ってなんなんだろうなって思うときあるんですよね」

 先週のテレビの中から、ちょっとグッときた話を2つ。

 28日の『ボクらの時代』(フジテレビ系)に、ベテラン声優の野沢雅子、田中真弓、山寺宏一の3人が出演。自身のプライベートや、声優という仕事について思うことなどを語り合っていた。中でも、『ドラゴンボール』で悟空役を長年務めてきた、野沢の話にちょっとグッときた。

 寝起きでもすぐに声を出せるから、夜中に起こされてもすぐに“かめはめ波”が撃てる。『銀河鉄道999』のアフレコで「メーテルー!」と叫んだら、マイクから最大限離れていたにもかかわらず、新品のマイクが壊れた。最低でも100歳までは現役でやりたい、128歳まではできると自分では思っている。そう豪語するパワフルな野沢が、落ち着いた声で語り始める。

「アニメの力ってなんなんだろうなって思うときあるんですよね」

 ある年の2月、男性から手紙が届いた。息子が大きな病気で、2月いっぱいまで持たないと医師から宣告されている父親からの便りだった。「息子が『ドラゴンボール』が大好きなので、色紙にサインをいただけませんか?」そう書かれた手紙を読んだ野沢は、スタッフに頼んで声を録音し、その親子に送った。

「『オス、オラ悟空』つって、その子の名前呼んで。『ぜってぇに来いよ。オラが劇場で待ってっかんな。約束だぞ!』」

 その年の8月に公開を控えていた『ドラゴンボール』の新作映画。そこへの来場の呼びかけだった。数カ月後、父親からあらためて手紙が届いた。

「『息子が奇跡を起こして(映画を)見られました。本当にありがとうございました』。ベッドで(映画を見に)行ったらしいんですよ。ベッドで行って、絶対座ることできないんですって。そしたら、『どうしても椅子に座って見る』って言って、椅子を持ってきたら、椅子に座って見てたんですって」

 2月までと宣告されていた命は、8月まで生き永らえていた。しかし――。

「で、見られて、帰ってきて、明くる日に亡くなったんですって」

 父親の手紙には、別のメッセージも同封されていた。

「お医者さんのお手紙が一緒に添えてあったんですよ。そしたら、『僕たちは勉強して、人の命を少しでも永らえようとか、生きさせようってしてやってるんだけど、それもできなくて。アニメの力ってなんなんでしょう』」

 もちろん医療の力も大きかったはずだ。けれど、残り短いとされた命がそれ以上に生き永らえたのは、野沢の声の力、アニメの力があったのだと考えたくなる。少なくとも、お礼の手紙を送った父親は、その力を実感しながら、息子と一緒に数カ月を過ごしたのだろう。

「いやもう、すごいなこのアニメの力って。そのとき、すごい感じたんですよね」

 野沢はそう語る。アニメーションの語源はラテン語のアニマ。動かなかったものに、命を吹き込むことを意味するという。

「いきなり連れて行かれてすごい閉め切った狭い部屋に連れて行かれたら、今までに見たことのない複雑な形のものがポツンと置いてあって。そんな形のものをどうするんだって思ったら、そこに座れと。それでどうしたらいいのかわからないじゃないですか。そしたらすごい呪文をお母さんは教えてくれました。『うーん、うーん、って言ってごらん』」

 クイズのようだが、クイズではない。3日放送の『激レアさんを連れてきた。』(テレビ朝日系)に出演していた一般男性、ツボクラさんのエピソードである。このツボクラさん、通常では考えられない体験をした人で、番組では次のように紹介されていた。

「18歳で交通事故に遭って記憶喪失になり、人間の生活習慣全部を忘れてしまったが、奇跡的に社会にカムバックを果たした人」

 ドラマなどでは、人の名前がわからなくなったり、自分が何者かわからなくなったり、そんな状態として描かれる記憶喪失。けれど、ツボクラさんが忘れてしまったのは、もっと広範囲にわたることだった。言葉や文字をはじめ、あらゆることを18歳のバイク事故ですべて忘れてしまったというのである。

 記憶をすべて失ったツボクラさんは、一つひとつのことを母親と学び直していく。忘れたことは、生命維持に関わることにも及ぶ。たとえば排便。食後、なんだかおなかのあたりに違和感を覚えたツボクラさん。母親に連れられ、トイレに入った。冒頭に引用したエピソードは、そのときのものだ。話は次のように続く。

「『うーん』って言うと、なんかだんだん体がスッキリしていくんですよね。体の中にいた生き物が出ていってる感じ。おいしいとかうれしいとかと違う幸せを知ったな。トイレありがとう」

 というかツボクラさんは、排便以前に「食べる」ことも忘れていた。白いご飯を初めて見た彼は、キラキラと光るそれを見て「なんてキレイなものなんだ。これをどうするんだ!」とワクワクしていた。母親に促されるままそれを口にしたツボクラさん。母親は「おいしい?」と聞いてくる。しかし、彼はその言葉の意味もわからない。当時の感覚を、ツボクラさんは次のように振り返る。

「だんだん口に何かが広がっていくんですね。え、なんかすごく胸がほんわりと、ほのかにうれしくなっていくこの気持ち。あ、なんかすごくぴったりな言葉だなって、(『おいしい』という言葉が)すごく素直に受け止めれたんですね。で、赤ちゃんがお母さんの口マネを言い返すように、『うん、おいしい』って素直に言えたのがご飯の始まりでした」

 これを聞いたオードリー・若林は感嘆する。

「これはすごい食リポですね。ご飯だけでこれだけ伝えてくれるって」

 まっさらな状態で世界と出会い直したツボクラさん。その視線から見た世界は、トイレひとつ、ご飯ひとつをとっても、美しさや奇妙さにあふれた新鮮なものだった。彼の話を聞いていると、すでに私たちが「わかっている」と思っているもの、いや、「わかっている」とか「わかっていない」とかいう認識すら頭に浮かばない、認識以前のものにこちらも出会い直しているような感覚になる。

 こんな調子で、寝ること、お風呂に入ること、文字を書くこと、お金を使うこと、それら一切のことをツボクラさんは学び直していく。大阪芸大に入学して2カ月で事故に遭った彼は、大学にも復学した。現在は、草木染めの職人として活動しているという。

 しかし、事故前の記憶は、今もまだ戻っていない。もともとの自分には戻れていない。はた目からは、大きなものを喪失してしまったようにも見えてしまう。しかし、当人は次のように語る。

「事故に遭って最初のころは、言葉もわからないし、思う通りに体も動かない。早く元の自分に戻りたいと、すごく焦っていました。ですが、新たにたくさんの人から、おいしさや面白さや感動やっていうのを教えられて、たくさんの友だちができました。その結果、18年前の過去に戻るより、新たな自分の人生を大事にしていきたいなと思っています」

 すべてがゼロの状態になっても、人間は生き直すことができるのかもしれない。文字通り、人の間にある限りは。

 ちょっとグッとくる話を2つ続けたので、最後にどうでもいい報告を。

 31日の『水曜日のダウンタウン』(TBS系)に、大喜利の座布団運びでおなじみの山田隆夫が出演していた。参加した企画は「おばちゃんファンから逃走中」。タレントが街ブラロケに繰り出し、一切おばちゃんに触れられることなくロケを敢行できるのかどうかを検証する企画である。企画の参加者は、純烈の4人と、石田純一、よゐこ・濱口、カラテカ・矢部、そして山田。純烈チームとバラエティチームに分かれての対抗戦だ。

 で、企画自体は純烈チームが勝利する。山田はルール違反となる奇行を繰り返して失格してしまうのだけれど、それは置いておいて、ここでは彼の発言に注目したい。純烈は歌い始めたら接触を回避できるのではないか。そんなことを参加者同士で話していたロケのオープニングを「それよりもね」とバッサリ遮り、山田は唐突に叫んだ。

「元気ですか! それじゃあいくぞ! 1、2、3、やまダー!」

 アントニオ猪木の掛け声をもじった、山田一流の自己紹介ギャグである。しかし、現場は苦笑い。スタジオの浜田も「何言うてんの!?」とツッコむ。

 実は、28日の『笑点』(日本テレビ系)でも、山田は次のように自己紹介していた。

「みなさーん、僕の新しいあいさつ、覚えてくださいね。それではいきます。1、2、3、やまダー! 隆夫でーす」

 先週は2回、「1、2、3、やまダー!」という山田のあいさつがテレビで流れた。そういうどうでもいい報告です。

 感動話は想像力の乏しさの行きつく先である――。そんな批判を聞いたことがある。確かに、グッときた話を、語源を引いたりして定型的にまとめるのは、あまりに凡庸で面白みがないとも思う。だからといって、「山田隆夫が1週間に2回同じあいさつをした」という報告に、何か創造性があるわけでもないけれど。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

吉本騒動と千鳥・大悟の”すべらない話”に見た、芸人のすごみ

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(7月21~27日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

太田光「テープなんかいらないんですよ。テープ以上のことが再現できちゃうから」

 吉本興業をめぐる一連の騒動は、20日の宮迫博之と田村亮の記者会見を機に、一層混迷を深めている。反社会勢力が関与するパーティーに宮迫ら複数の芸人が参加し、金銭を受け取っていたことに端を発するこの話題。2人の会見を受けた先週は、松本人志や加藤浩次が会社を離れる離れないの話になり、長時間に及ぶ社長の会見があり、宮迫の契約解除が撤回され、かと思うと契約解除の撤回の撤回が会社側からほのめかされ……と事態が推移していった。

 この騒動に関し、ワイドショーや情報番組で言及されるテーマも多岐に及ぶ。宮迫らと反社会勢力の関係をめぐる事実の確認だけでなく、吉本の若手芸人のギャラの安さ、契約書を交わさないマネジメントのあり方、経営陣と芸人たちの個人的な関係、テレビ局の芸能事務所への忖度、吉本が行政案件に食い込んでいる件、教育事業に乗りだそうとしている件、半グレ集団とは、そもそも芸人とは、池乃めだかの「(吉本興業に言いたいことは)背が高くなる薬を開発してくれということぐらい」発言、などなど。いまだにテーマは拡散し続けている。

 話題が大きくなるのは、語る人が多いためでもある。毎日放送されるワイドショーや情報番組には、吉本芸人や宮迫らをよく知る芸人が司会やコメンテーターなどで多く出演しており、先週は日替わりで誰かが当事者としてこの騒動に言及する状態になっていた。そ して、コメントは次々と連鎖していった。ある情報番組でのある芸人のコメントについて、別の情報番組で別の芸人がコメントする、それがまた別の……という具合に。膨大に交わされ、複雑さを増す言葉の収束点は、今のところ見えない。こういったコメントの連鎖が止まるのは、問題が解決したときではなくて、おそらくは時間がたって、みんなが飽きたときだ。

 今回の騒動に関し、日々積み上がっていく芸人たちの言葉。僕は先週の初めまで、テレビを見ながら一つひとつ書き起こしていた。こういう連載も持たせてもらっているわけだし。けれど、コメントする芸人のあまりの多さと、外野が「会社側」「反会社側」と芸人の対立を煽り始めたことなどに、辟易してやめた。というか、宮迫や田村、あるいは松本人志、加藤浩次、ビートたけしなど、芸人たちが次々とテレビで語る姿を見続けて、書き起こしの手が止まった。

 21日、宮迫・田村の会見翌日の『サンデー・ジャポン』(TBS系)で、爆笑問題の太田光は語る。

「芸人にとって一番つらいのは、舞台を奪われるってことなんですよ」

 宮迫らは、自分たちが自由に話せる状況下での謝罪会見を会社側から止められていた。そうだとすると、宮迫らが何よりも我慢できなかったのは、客に向けて自分の言葉を自由に発する舞台を奪われたことではなかったか、と。

「だからそれを奪っちゃったら、それは反乱しますよ。そこがたぶん、会社側が甘く見たんじゃないかなって僕は思うんだよね。(社長は)『テープ回してないですか?』って言ったけど、昨日の宮迫と亮のしゃべりっていうのは、見事に再現できちゃうんですよ、芸人って。舞台にさえ立てれば自分は表現できるって思ってるから。テープなんかいらないんですよ。テープ以上のことが再現できちゃうから。あれは見事な“すべらない話”だったと俺は思う」

 連日さまざまな芸人の発言をテレビで見聞きする中であらためて認識したのは、芸人が観客の前で披露しているのが、身体的なパフォーマンスであるということだった。だから、テープなど回さなくても、社長との会話を見事に再現できてしまう。いや、その場の会話以上のものも再現できてしまう。世間の空気も動かしてしまう。身体の重みを乗せたそのパフォーマンスのすごみ。そのすごみの前に、文字起こしの手がひるんで止まった。

 太田は宮迫らの会見を「見事な“すべらない話”だった」と評したけれど、そんなタイミングで、『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)が27日に放送された。面白い話はたくさんあったけれど、ここでは最もすべらない話をした者に贈られるMVS(Most Valuable すべらない話 )を受賞した、千鳥・大悟の親父の話を紹介したい。2本話されたうちの1本目である。

「子どものころの、ちょっと切ない話でもいいですか?」

 そう前置きして、大悟は語り始めた。自分が生まれ育ったのは瀬戸内海の小さな島。そこではほとんどの家が採石業に携わっている。狭い島に同業者が集まっているため、誰が社長で誰が雇われているのか、誰が「金持ち」で誰が「金持ちじゃない」のかを、みんな明確にわかっている。自分の親父は雇われている側だった。子どものころ、自分が金持ちの家の子とケンカをすると、親父は自分を連れて頭を下げに回ったりもした。謝罪の帰り、軽トラの中で親父は自分に言って聞かせた。

「ワシは頭やったらなんぼでも下げちゃるけぇ。お前は好きなように生きろ」

 そんな父親が18万円で船を買ってきた。その船に乗って、当時小学4年生だった自分は親父と一緒に釣りに出た。島の岩場と船をロープで結び、船を流しながらやる釣りだ。そのとき、クルーザーがやってきた。ロープがあるので親父は「アカンアカン!」とクルーザーに向けて警告する。クルーザーはギリギリで止まり、中から人が出てきた。親父より10~20歳ほど年下の、島の「金持ち」である。

「おいコラ! どこで釣りしとんねん、貧乏人コラ!」

 これから聞きたくない話が始まる。子どもながらにとっさにそう勘づいた。が、船の上なので逃げ場がない。聞くしかない。自分に背中を向けた親父は、「調子乗っとんかコラ!」と年下に引き続きボロクソに言われている。親父、せめて何か言ってくれ。そう願うが、親父は背中を丸めて何も言わず、罵声を浴び続けている。そうこうするうちに、クルーザーは立ち去る。ここで自分は急に悟った。

「(親父が)振り返ったときに言うセリフで、なんかワシの人生決まりそうな気がしたんです」

 自分の一生を左右するかもしれないタイミング。親父はここでなんと言ったのか。

「うちの親父、振り向いて、しわっくちゃな顔で、『お前はああなれよ』って言うたんです」

 大悟が芸人になることを決めたきっかけになったというエピソード。「~って言うたんです」と大悟が話し終わると、松本をはじめ出演者たちは「切なっ!」と言いながら一斉に笑った。僕も笑った。

 が、なぜこの話で笑ったのか、いまだによくわからない。こんなジャンル不明な話を「笑い」の文脈に乗せる大悟の技量。おそらくこの話の面白さは、僕の筆力の乏しさを差し引いても、文字だけでは十分に伝わらないはずだ。舞台に立った芸人は身体の重みを乗せた言葉で、テープが回っていなくとも、テープ以上のものを表現できてしまう。だから、芸人のパフォーマンスを記録したテープからテキストだけを抜き出すと、テープ以上のものは漏れ落ちてしまう。大悟が披露した親父の話もまた、そういう種類の“すべらない話”だった。

 あの謝罪会見をきっかけに、舞台の上に立った芸人のすごみをあらためて感じた。ただ、だからこそ一層、ああいった謝罪会見ではない舞台で、芸人のすごみを感じたいと思った。吉本興業がこれからも芸人に自由な舞台を用意し続けられる会社であることを、視聴者として願う。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

吉本騒動と千鳥・大悟の”すべらない話”に見た、芸人のすごみ

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(7月21~27日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

太田光「テープなんかいらないんですよ。テープ以上のことが再現できちゃうから」

 吉本興業をめぐる一連の騒動は、20日の宮迫博之と田村亮の記者会見を機に、一層混迷を深めている。反社会勢力が関与するパーティーに宮迫ら複数の芸人が参加し、金銭を受け取っていたことに端を発するこの話題。2人の会見を受けた先週は、松本人志や加藤浩次が会社を離れる離れないの話になり、長時間に及ぶ社長の会見があり、宮迫の契約解除が撤回され、かと思うと契約解除の撤回の撤回が会社側からほのめかされ……と事態が推移していった。

 この騒動に関し、ワイドショーや情報番組で言及されるテーマも多岐に及ぶ。宮迫らと反社会勢力の関係をめぐる事実の確認だけでなく、吉本の若手芸人のギャラの安さ、契約書を交わさないマネジメントのあり方、経営陣と芸人たちの個人的な関係、テレビ局の芸能事務所への忖度、吉本が行政案件に食い込んでいる件、教育事業に乗りだそうとしている件、半グレ集団とは、そもそも芸人とは、池乃めだかの「(吉本興業に言いたいことは)背が高くなる薬を開発してくれということぐらい」発言、などなど。いまだにテーマは拡散し続けている。

 話題が大きくなるのは、語る人が多いためでもある。毎日放送されるワイドショーや情報番組には、吉本芸人や宮迫らをよく知る芸人が司会やコメンテーターなどで多く出演しており、先週は日替わりで誰かが当事者としてこの騒動に言及する状態になっていた。そ して、コメントは次々と連鎖していった。ある情報番組でのある芸人のコメントについて、別の情報番組で別の芸人がコメントする、それがまた別の……という具合に。膨大に交わされ、複雑さを増す言葉の収束点は、今のところ見えない。こういったコメントの連鎖が止まるのは、問題が解決したときではなくて、おそらくは時間がたって、みんなが飽きたときだ。

 今回の騒動に関し、日々積み上がっていく芸人たちの言葉。僕は先週の初めまで、テレビを見ながら一つひとつ書き起こしていた。こういう連載も持たせてもらっているわけだし。けれど、コメントする芸人のあまりの多さと、外野が「会社側」「反会社側」と芸人の対立を煽り始めたことなどに、辟易してやめた。というか、宮迫や田村、あるいは松本人志、加藤浩次、ビートたけしなど、芸人たちが次々とテレビで語る姿を見続けて、書き起こしの手が止まった。

 21日、宮迫・田村の会見翌日の『サンデー・ジャポン』(TBS系)で、爆笑問題の太田光は語る。

「芸人にとって一番つらいのは、舞台を奪われるってことなんですよ」

 宮迫らは、自分たちが自由に話せる状況下での謝罪会見を会社側から止められていた。そうだとすると、宮迫らが何よりも我慢できなかったのは、客に向けて自分の言葉を自由に発する舞台を奪われたことではなかったか、と。

「だからそれを奪っちゃったら、それは反乱しますよ。そこがたぶん、会社側が甘く見たんじゃないかなって僕は思うんだよね。(社長は)『テープ回してないですか?』って言ったけど、昨日の宮迫と亮のしゃべりっていうのは、見事に再現できちゃうんですよ、芸人って。舞台にさえ立てれば自分は表現できるって思ってるから。テープなんかいらないんですよ。テープ以上のことが再現できちゃうから。あれは見事な“すべらない話”だったと俺は思う」

 連日さまざまな芸人の発言をテレビで見聞きする中であらためて認識したのは、芸人が観客の前で披露しているのが、身体的なパフォーマンスであるということだった。だから、テープなど回さなくても、社長との会話を見事に再現できてしまう。いや、その場の会話以上のものも再現できてしまう。世間の空気も動かしてしまう。身体の重みを乗せたそのパフォーマンスのすごみ。そのすごみの前に、文字起こしの手がひるんで止まった。

 太田は宮迫らの会見を「見事な“すべらない話”だった」と評したけれど、そんなタイミングで、『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)が27日に放送された。面白い話はたくさんあったけれど、ここでは最もすべらない話をした者に贈られるMVS(Most Valuable すべらない話 )を受賞した、千鳥・大悟の親父の話を紹介したい。2本話されたうちの1本目である。

「子どものころの、ちょっと切ない話でもいいですか?」

 そう前置きして、大悟は語り始めた。自分が生まれ育ったのは瀬戸内海の小さな島。そこではほとんどの家が採石業に携わっている。狭い島に同業者が集まっているため、誰が社長で誰が雇われているのか、誰が「金持ち」で誰が「金持ちじゃない」のかを、みんな明確にわかっている。自分の親父は雇われている側だった。子どものころ、自分が金持ちの家の子とケンカをすると、親父は自分を連れて頭を下げに回ったりもした。謝罪の帰り、軽トラの中で親父は自分に言って聞かせた。

「ワシは頭やったらなんぼでも下げちゃるけぇ。お前は好きなように生きろ」

 そんな父親が18万円で船を買ってきた。その船に乗って、当時小学4年生だった自分は親父と一緒に釣りに出た。島の岩場と船をロープで結び、船を流しながらやる釣りだ。そのとき、クルーザーがやってきた。ロープがあるので親父は「アカンアカン!」とクルーザーに向けて警告する。クルーザーはギリギリで止まり、中から人が出てきた。親父より10~20歳ほど年下の、島の「金持ち」である。

「おいコラ! どこで釣りしとんねん、貧乏人コラ!」

 これから聞きたくない話が始まる。子どもながらにとっさにそう勘づいた。が、船の上なので逃げ場がない。聞くしかない。自分に背中を向けた親父は、「調子乗っとんかコラ!」と年下に引き続きボロクソに言われている。親父、せめて何か言ってくれ。そう願うが、親父は背中を丸めて何も言わず、罵声を浴び続けている。そうこうするうちに、クルーザーは立ち去る。ここで自分は急に悟った。

「(親父が)振り返ったときに言うセリフで、なんかワシの人生決まりそうな気がしたんです」

 自分の一生を左右するかもしれないタイミング。親父はここでなんと言ったのか。

「うちの親父、振り向いて、しわっくちゃな顔で、『お前はああなれよ』って言うたんです」

 大悟が芸人になることを決めたきっかけになったというエピソード。「~って言うたんです」と大悟が話し終わると、松本をはじめ出演者たちは「切なっ!」と言いながら一斉に笑った。僕も笑った。

 が、なぜこの話で笑ったのか、いまだによくわからない。こんなジャンル不明な話を「笑い」の文脈に乗せる大悟の技量。おそらくこの話の面白さは、僕の筆力の乏しさを差し引いても、文字だけでは十分に伝わらないはずだ。舞台に立った芸人は身体の重みを乗せた言葉で、テープが回っていなくとも、テープ以上のものを表現できてしまう。だから、芸人のパフォーマンスを記録したテープからテキストだけを抜き出すと、テープ以上のものは漏れ落ちてしまう。大悟が披露した親父の話もまた、そういう種類の“すべらない話”だった。

 あの謝罪会見をきっかけに、舞台の上に立った芸人のすごみをあらためて感じた。ただ、だからこそ一層、ああいった謝罪会見ではない舞台で、芸人のすごみを感じたいと思った。吉本興業がこれからも芸人に自由な舞台を用意し続けられる会社であることを、視聴者として願う。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

小籔千豊&有吉弘行も閉口……『ハードボイルドグルメリポート』が覆す、グルメ番組の概念

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(7月14~20日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

石塚英彦「『食』って、結局は好みじゃない?」

 人間がやっていた仕事の多くを、これからはAIが代行してくれる。テレビに関しても、たとえば食レポのリポーターがいらなくなる。なぜなら、AIが過去の膨大な食レポのデータを解析して、最適なコメントを言ってくれるようになるから。そんな話をよく聞く。

 AIに詳しくない僕は、それが本当に訪れる近未来なのかどうかよくわからない。だからひとまず、食レポのスペシャリストたちの話を聞いてみる。石塚英彦、彦摩呂、内山信二の3人が14日の『ボクらの時代』(フジテレビ系)に出演し、食レポのテクニックや心がけなどを語っていた。

 石塚らが告発するところによると、内山は食レポをするとき、たまに食べているように見せかけて食べていない。ガーッと食べているように見せながら、丼と箸をカチャカチャさせているだけだったりする。なぜか? 内山の弁解によると、それは口の中が食べ物でいっぱいだとコメントが言えなくなってしまうからだ。

「生放送だと、すぐにコメント言わないとってあるじゃないですか。でもキャラ的にガーッといかないといけないじゃないですか。だからガーッといきながら、(口の中に)ほとんど入ってないんですよ」(内山)

 つまり食レポは、身体的なパフォーマンスでもある。

 彦摩呂は最初、アイドルグループの一員としてデビューした。そんな彼が情報番組のリポーターを始めた当時、「食レポ」や「グルメリポート」という言葉はまだなく、テクニックを教えてくれる人もいなかった。だから開拓者の1人として、さまざまなノウハウを独自に編み出していった。

「パスタもぐるぐる巻いたら最後にシメジで止めるとか。そういう細かいことを全部自分で考えて。どうやったらおいしく見えるかなってことを、ずーっとやってた」(彦摩呂)

 食レポには、テクニックを生み出したプロセスが刻み込まれている。

 石塚は、食べ物をランクづけする番組についても持論を語る。たとえばハンバーグに順位をつけるとしても、それぞれお店の人たちが命を懸けて創作したものだ。にもかかわらず、自分のような通りすがりの人間が「これが2位です、これが1位です」と順位をつけていくのは、本当はものすごく失礼だ。

「もっと言っちゃえば、『食』って、結局は好みじゃない? それぞれの1位、2位、3位があっていいんだから」(石塚)

 食レポには、タレントたちの店への配慮や、食へのこだわりが含まれている。

 AIは、過去の食レポのデータの中から、目の前の料理を表現するのに最適な言葉を選び出すという。しかし、その膨大なデータのプールの中で、食レポをするタレントの身体的なパフォーマンスや、テクニックを生み出してきたプロセス、店への配慮や、食へのこだわりなどは、かき消されてしまうのだろう。もちろん、それら諸々を消去しても、食レポは成立するのだと思う。けれど、それは果たして石塚らがやっている食レポと同じものなのだろうか?

 いや、もしかすると、目の前の料理にためらうことなくランクをつけたりするグルメ番組は、すでに多いのかもしれない。だとしたら、AIの導入をまたずして、AI的な方法論はすでに広く普及しているということかもしれないけれど。

 グルメ番組といえば、15日にこんな特別番組が放送されていた。番組名は『ウルトラハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京系)。タイトルの長さ、ゴテゴテさとは反対に、パイプ椅子が2脚だけ置かれた簡素なスタジオには、小籔千豊と有吉弘行の2人のみ。オープニングのトークもそこそこに、番組はVTRに移り、これから放送されるロケ映像のダイジェストが流れる。その最後には、こんなテロップが入った。

「これはグルメ番組です」

 そう、これは「グルメ番組」である。しかし、カメラを向けるのはミシュランガイドに掲載された名店の料理ではないし、下町の商店街のコロッケでもない。過去に同番組で放送されたのは、リベリアの元少女兵の食事、ロシアのカルト教団の食事、アメリカのギャングの食事など。「食うこと、すなわち生きること」というコンセプトのもと、日本で退屈しのぎにテレビを見ている(かもしれない)多くの人たちからすると、あまりにも隔たった世界に生きている人たちのリアルに、食を通して迫る。そんな「グルメ番組」である。

 今回放送されたのは、ケニアの首都ナイロビにある巨大なゴミ山で生きる青年の食事、これまで800万人以上が落命したといわれるボリビアの鉱山で働く鉱夫の食事、ブルガリアでチョウザメを密漁しキャビアを売りさばく漁師の食事だ。この記事では、1つ目のVTRの食事のシーンのみを主に取り上げる。

 ナイロビ中のゴミが集まるダンドラ地区。そのゴミ山の中を歩くスタッフは、ジョセフという名前の18歳の若者に出会う。ここで暮らし始めて4年。ゴミ山を回ったり、住宅街に向かうゴミ収集車に乗り込んだりしながら、プラスチックや金属を集めて生計を立てているという。両親は貧しく、彼を養うことができないため、14歳で食べ物を探しにここに来たらしい。

 住宅街でのゴミ収集を終えたジョセフは、ゴミ山に戻り、食事の準備を始める。火をつけるために枯れ枝を集め、直射日光などで自然発火しているゴミ山から火種を調達する。着火剤として仕込んでいたのは、クッションの中綿だ。通訳がスタッフに「アスベストです」と説明する。そういえば青年は、住宅街での仕事中もしきりにせき込んでいた。ついさっきまで、あたりには 通り雨が降っていた。ゴミ山の上で火をたく青年の背中に虹がかかる。

 調理が始まる。拾ってきたのであろう缶をネットで洗い、水を入れて火にかける。水が沸騰したら店で買ってきた米を入れて炊き、赤い煮豆を入れる。作っているのは、どうやら赤飯のようなものだ。

 出来上がった赤飯を、ジョセフは大きなペットボトルの下を切って作った器に入れ、プラスチックのスプーンで食べる。湯気が立ったできたてを、フーフーしながら食べる。少し熱くなってきたのか、服で顔を拭う。下唇に米粒がつく。虫が飛ぶ。そして、周囲にはゴミが堆積している。ゴミに紛れたスイカやトマトの種が、ゴミの中から芽を出している。カメラは、無表情に手と口を動かすジョセフの顔を捉える。

 赤飯を頬張っていたジョセフは、カメラを持つスタッフに「食べたい?」と問いかける。スタッフは「いいの?」と言って、代わりに自分が食べる様子を「このカメラで撮ってくれない?」と頼む。青年とスタッフは、赤飯とカメラを交換する。ジョセフはカメラを構える。撮る側と撮られる側が入れ替わり、視線の向きが反転する。食うこと、すなわち生きること。同じ生きる者として、食を介して反転が起こる。テレビ画面には、さっきまで青年を撮影していたスタッフが映る。スタッフは赤飯を食べ、カメラに向けて親指を立てる。「でしょ?」とカメラの手前で青年が少し弾んだ声で言う。

 食事を終えたジョセフに「ここでの暮らしはどう?」とスタッフが問う。「できればここを出ていきたい」と青年は答える。お金があれば、両親を探して会いに行ける。将来は家庭を築きたい。“プレイステーション屋” を開いて、そのゲーム代で稼ぎたい(番組によると、アフリカの多くの国々では、家庭用ゲーム機が1台手に入れば、客をとってプレイ代で稼ぐことができるらしい)。

 スタッフは最後に「いま幸せ?」と尋ねる。ジョセフは答える。

「あなたに会えたから幸せだよ」

 VTRの最後に、取材の後日談が挿入される。取材から1週間後、ダンドラ地区で連続強盗事件が発生した。ジョセフも巻き込まれ、腹と背をナイフで刺された。しかし、運良く病院に運ばれ、翌日にはゴミ山に帰ったという。映像は、病院のようなところでベッドの上 に座るジョセフの写真で終わる。

 カメラは再びスタジオの2人を映す。顔をしかめたままの小籔と有吉。数秒の沈黙が続いた後、小籔が口を開く。

「いや、こっち戻られても別に……特に……」

 現地の生活の厳しさ、そこで生きる青年の知恵と優しさ、どんな環境でも幸せを見いだそうとする人間のたくましさ、危険地帯に少人数で踏み込むスタッフの覚悟、それを安全圏でテレビ画面を通して見ている自分たち。そして、そんなAI的な出来合いの感想を言葉にすることのつまらなさ。画面の向こうとこちらの現実は、あまりにも隔たっている。赤飯とカメラを入れ替えるようには、僕たちは現実を入れ替えることができない。

 ロケのVTRを見て、スタジオの芸能人が何かコメントをする。そんなフォーマットの番組はとても多いけれど、コメントを求められても「別に……特に……」と絞り出すほかない、スタジオの芸能人が機能不全になってしまう映像の強度を持った「グルメ番組」だった。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

小籔千豊&有吉弘行も閉口……『ハードボイルドグルメリポート』が覆す、グルメ番組の概念

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(7月14~20日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

石塚英彦「『食』って、結局は好みじゃない?」

 人間がやっていた仕事の多くを、これからはAIが代行してくれる。テレビに関しても、たとえば食レポのリポーターがいらなくなる。なぜなら、AIが過去の膨大な食レポのデータを解析して、最適なコメントを言ってくれるようになるから。そんな話をよく聞く。

 AIに詳しくない僕は、それが本当に訪れる近未来なのかどうかよくわからない。だからひとまず、食レポのスペシャリストたちの話を聞いてみる。石塚英彦、彦摩呂、内山信二の3人が14日の『ボクらの時代』(フジテレビ系)に出演し、食レポのテクニックや心がけなどを語っていた。

 石塚らが告発するところによると、内山は食レポをするとき、たまに食べているように見せかけて食べていない。ガーッと食べているように見せながら、丼と箸をカチャカチャさせているだけだったりする。なぜか? 内山の弁解によると、それは口の中が食べ物でいっぱいだとコメントが言えなくなってしまうからだ。

「生放送だと、すぐにコメント言わないとってあるじゃないですか。でもキャラ的にガーッといかないといけないじゃないですか。だからガーッといきながら、(口の中に)ほとんど入ってないんですよ」(内山)

 つまり食レポは、身体的なパフォーマンスでもある。

 彦摩呂は最初、アイドルグループの一員としてデビューした。そんな彼が情報番組のリポーターを始めた当時、「食レポ」や「グルメリポート」という言葉はまだなく、テクニックを教えてくれる人もいなかった。だから開拓者の1人として、さまざまなノウハウを独自に編み出していった。

「パスタもぐるぐる巻いたら最後にシメジで止めるとか。そういう細かいことを全部自分で考えて。どうやったらおいしく見えるかなってことを、ずーっとやってた」(彦摩呂)

 食レポには、テクニックを生み出したプロセスが刻み込まれている。

 石塚は、食べ物をランクづけする番組についても持論を語る。たとえばハンバーグに順位をつけるとしても、それぞれお店の人たちが命を懸けて創作したものだ。にもかかわらず、自分のような通りすがりの人間が「これが2位です、これが1位です」と順位をつけていくのは、本当はものすごく失礼だ。

「もっと言っちゃえば、『食』って、結局は好みじゃない? それぞれの1位、2位、3位があっていいんだから」(石塚)

 食レポには、タレントたちの店への配慮や、食へのこだわりが含まれている。

 AIは、過去の食レポのデータの中から、目の前の料理を表現するのに最適な言葉を選び出すという。しかし、その膨大なデータのプールの中で、食レポをするタレントの身体的なパフォーマンスや、テクニックを生み出してきたプロセス、店への配慮や、食へのこだわりなどは、かき消されてしまうのだろう。もちろん、それら諸々を消去しても、食レポは成立するのだと思う。けれど、それは果たして石塚らがやっている食レポと同じものなのだろうか?

 いや、もしかすると、目の前の料理にためらうことなくランクをつけたりするグルメ番組は、すでに多いのかもしれない。だとしたら、AIの導入をまたずして、AI的な方法論はすでに広く普及しているということかもしれないけれど。

 グルメ番組といえば、15日にこんな特別番組が放送されていた。番組名は『ウルトラハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京系)。タイトルの長さ、ゴテゴテさとは反対に、パイプ椅子が2脚だけ置かれた簡素なスタジオには、小籔千豊と有吉弘行の2人のみ。オープニングのトークもそこそこに、番組はVTRに移り、これから放送されるロケ映像のダイジェストが流れる。その最後には、こんなテロップが入った。

「これはグルメ番組です」

 そう、これは「グルメ番組」である。しかし、カメラを向けるのはミシュランガイドに掲載された名店の料理ではないし、下町の商店街のコロッケでもない。過去に同番組で放送されたのは、リベリアの元少女兵の食事、ロシアのカルト教団の食事、アメリカのギャングの食事など。「食うこと、すなわち生きること」というコンセプトのもと、日本で退屈しのぎにテレビを見ている(かもしれない)多くの人たちからすると、あまりにも隔たった世界に生きている人たちのリアルに、食を通して迫る。そんな「グルメ番組」である。

 今回放送されたのは、ケニアの首都ナイロビにある巨大なゴミ山で生きる青年の食事、これまで800万人以上が落命したといわれるボリビアの鉱山で働く鉱夫の食事、ブルガリアでチョウザメを密漁しキャビアを売りさばく漁師の食事だ。この記事では、1つ目のVTRの食事のシーンのみを主に取り上げる。

 ナイロビ中のゴミが集まるダンドラ地区。そのゴミ山の中を歩くスタッフは、ジョセフという名前の18歳の若者に出会う。ここで暮らし始めて4年。ゴミ山を回ったり、住宅街に向かうゴミ収集車に乗り込んだりしながら、プラスチックや金属を集めて生計を立てているという。両親は貧しく、彼を養うことができないため、14歳で食べ物を探しにここに来たらしい。

 住宅街でのゴミ収集を終えたジョセフは、ゴミ山に戻り、食事の準備を始める。火をつけるために枯れ枝を集め、直射日光などで自然発火しているゴミ山から火種を調達する。着火剤として仕込んでいたのは、クッションの中綿だ。通訳がスタッフに「アスベストです」と説明する。そういえば青年は、住宅街での仕事中もしきりにせき込んでいた。ついさっきまで、あたりには 通り雨が降っていた。ゴミ山の上で火をたく青年の背中に虹がかかる。

 調理が始まる。拾ってきたのであろう缶をネットで洗い、水を入れて火にかける。水が沸騰したら店で買ってきた米を入れて炊き、赤い煮豆を入れる。作っているのは、どうやら赤飯のようなものだ。

 出来上がった赤飯を、ジョセフは大きなペットボトルの下を切って作った器に入れ、プラスチックのスプーンで食べる。湯気が立ったできたてを、フーフーしながら食べる。少し熱くなってきたのか、服で顔を拭う。下唇に米粒がつく。虫が飛ぶ。そして、周囲にはゴミが堆積している。ゴミに紛れたスイカやトマトの種が、ゴミの中から芽を出している。カメラは、無表情に手と口を動かすジョセフの顔を捉える。

 赤飯を頬張っていたジョセフは、カメラを持つスタッフに「食べたい?」と問いかける。スタッフは「いいの?」と言って、代わりに自分が食べる様子を「このカメラで撮ってくれない?」と頼む。青年とスタッフは、赤飯とカメラを交換する。ジョセフはカメラを構える。撮る側と撮られる側が入れ替わり、視線の向きが反転する。食うこと、すなわち生きること。同じ生きる者として、食を介して反転が起こる。テレビ画面には、さっきまで青年を撮影していたスタッフが映る。スタッフは赤飯を食べ、カメラに向けて親指を立てる。「でしょ?」とカメラの手前で青年が少し弾んだ声で言う。

 食事を終えたジョセフに「ここでの暮らしはどう?」とスタッフが問う。「できればここを出ていきたい」と青年は答える。お金があれば、両親を探して会いに行ける。将来は家庭を築きたい。“プレイステーション屋” を開いて、そのゲーム代で稼ぎたい(番組によると、アフリカの多くの国々では、家庭用ゲーム機が1台手に入れば、客をとってプレイ代で稼ぐことができるらしい)。

 スタッフは最後に「いま幸せ?」と尋ねる。ジョセフは答える。

「あなたに会えたから幸せだよ」

 VTRの最後に、取材の後日談が挿入される。取材から1週間後、ダンドラ地区で連続強盗事件が発生した。ジョセフも巻き込まれ、腹と背をナイフで刺された。しかし、運良く病院に運ばれ、翌日にはゴミ山に帰ったという。映像は、病院のようなところでベッドの上 に座るジョセフの写真で終わる。

 カメラは再びスタジオの2人を映す。顔をしかめたままの小籔と有吉。数秒の沈黙が続いた後、小籔が口を開く。

「いや、こっち戻られても別に……特に……」

 現地の生活の厳しさ、そこで生きる青年の知恵と優しさ、どんな環境でも幸せを見いだそうとする人間のたくましさ、危険地帯に少人数で踏み込むスタッフの覚悟、それを安全圏でテレビ画面を通して見ている自分たち。そして、そんなAI的な出来合いの感想を言葉にすることのつまらなさ。画面の向こうとこちらの現実は、あまりにも隔たっている。赤飯とカメラを入れ替えるようには、僕たちは現実を入れ替えることができない。

 ロケのVTRを見て、スタジオの芸能人が何かコメントをする。そんなフォーマットの番組はとても多いけれど、コメントを求められても「別に……特に……」と絞り出すほかない、スタジオの芸能人が機能不全になってしまう映像の強度を持った「グルメ番組」だった。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

『脱力タイムズ』から考える、”番宣”俳優の正しい取り扱い方

 

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(7月7~13日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

中村倫也「脳にシナプスってあるじゃないですか」

 ドラマの改編期である。バラエティ番組にも主役級の俳優が数多く出演し、ドラマの宣伝、いわゆる番宣をしている。

 で、番宣でゲスト出演をするそんな俳優たちについては、芸人や若槻千夏などが以前からこんなふうにネタにしてきた。しゃべらない、つまらなそうにしている、トークが面白くない――。なるほど、確かにそういう俳優もいるような気がする。そんな俳優がいると、いくら画面上は楽しそうに番組が進行していても、見ている側は真顔で虚空を見つめてしまうかもしれない。

 ただ、実際のところ、番宣だけして帰るみたいな俳優はもうあまりいない。バカリズムも以前、こんなことを言っていた。

「番宣に来たイケメン俳優さんが、全然しゃべらなくててこずるってことは昔からよくあるじゃないですか。最近はもう、そうじゃない人のほうが多いじゃないですか。イケメンなのに全然気取ってなくて、しゃべりが達者で性格がいい、みたいな」(『アメトーーク!』テレビ朝日系、2019年6月20日)

 バカリズムのトークはこの後、「あんなにチヤホヤされてんのに、ねたむ隙すら与えてくれない。どうしていいかわかんないから、そういう人たちは僕、性格悪いって見なすようにしてる」というねたみを交えたネタに展開していくのだけれど、性格の良し悪しはともかく、俳優が積極的にバラエティ番組に参加する姿を見る機会が増えているのは確かだ。

 たとえば、11日放送の『櫻井・有吉 THE夜会』(TBS系)。この日は、新ドラマ『凪のお暇 』の番宣で、黒木華と中村倫也が出演していた。

 中村は言う。自分は割と周囲から「冷静だね」と評価されることが多い。何があっても動じない、感情をコントロールしている、冷静でいられる。そんな自分は「まったく動じない王」である、と。

 中村はさらに語る。いつも冷静でいるにはコツがある。これを自分は、高校時代のアルバイト中に編み出した。

「高校生のとき飲食店の厨房でバイトしてたんですけど、揚げ物とかすると油がはねたりして、『熱っ!』てなるじゃないですか。それが何回か続いたときに、『熱っ!』てなるのめんどくさいなと思ったんですよ。熱がるのやめようって決めたんですよ」

「脳にシナプスってあるじゃないですか。あれを外せばいいんじゃないかなと思ったんですよ。それをやってみようと思ったら、油がはねても熱くなくなったんですよ」

 シナプスを外す。この時点で話はすでにトンチキなゾーンに入っているわけだけれど、番組は続けて「動じなさ」の検証へと移る。中村の目の前に運ばれたのは、日本一酸っぱいといわれているポン酢を入れたところてんだ。果たしてこれを、自称「まったく動じない王」は、むせずに食べきれるのか?

「確認します。……(シナプスは)外れてます」

 そう神妙な顔つきで前置きした上で、ところてんを一気にかっ込む中村。しかし、見事にむせてすべて吐き出す。「まったく動じない王」や「シナプスを外す」という設定のけったいさと、中村の真剣な顔とのギャップ、そしてところてんを吐き出す勢いの良さに思わず笑った。中村のシナプスは外れなかったし、僕のシナプスも快楽物質をたくさん伝達した。

 確かにこの面白さは、有吉や平成ノブシコブシ・吉村、島崎和歌子らバラエティ番組の手だれが「なんだシナプスって」とかツッコんで盛り上げることで、成立しているものかもしれない。だがいずれにしても、番宣に来た俳優がつまらなそうにしているみたいな話は、もう実態とズレているのは確かだ。

 だから、たまに真顔で虚空を見つめてしまう。芸人や若槻千夏がそういう話をしているのを聞くと。

 バラエティ番組に番宣で出演する俳優は、いまや笑いを生む重要なファクターになっている。そして、多くのバラエティ番組では常時ゲストを迎え、何かしらの番宣をやっている。

 とはいえ、番宣それ自体は、バラエティ番組の中では余計な部分かもしれない。なくても番組は成立するかもしれない。

 他方で、番宣自体を番組の笑いに欠かせない要素として組み込んでいるバラエティもある。たとえば、『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)である。12日のゲストは志田未来。月9『監察医 朝顔』の番宣での出演だった。

 この日の番組のテーマは、コミュニケーション力を上げる会話術。解説員の元TBSアナウンサー・吉川美代子によるレッスンを踏まえた上で、初対面の相手と対談する実践コーナーが始まった。対談のために用意されたセットに、芸人ゲストのダイアン・津田が向かう。対談相手として登場したのは、コワモテの反社会的な感じのお兄さん2人組である。

津田「ご職業は?」

男性 「あ?」

 冒頭からそんな感じで始まった対談は、終始お兄さんの側がケンカ腰。コワモテを前に、汗をかきながら会話を成立させようと奮闘する津田が笑いを誘う。もちろん、『脱力タイムズ』の視聴者ならおわかりのように、これらはすべて津田以外には渡されている台本通りのやりとりである。

 続けて、同じセットに志田が向かう。対談相手として出てきたのは、先ほどと同じコワモテのお兄さんたち。この対談も成立せずに終わるのか。そう匂わせて始まった会話だが、徐々に男性のトーンは柔和になる。

志田「普段は何されてますか?」

男性「そうだなぁ……パチンコ」

志田「パチンコですか。勝ちますか?」

男性「まぁまぁだな。ねーちゃん行かねーの? パチンコ」

志田「ちょっと仕事が忙しくて、行ったことはないです」

男性「何やってる人?」

志田「一応、女優をやってます」

男性「へー、女優。何に出てんの?」

志田「えっと、月曜9時からのドラマに出演させてもらいます」

男性「なんてドラマ?」

志田「『監察医 朝顔』というドラマです」

 会話が成立しないと思われたコワモテのお兄さんが、流れるようなコミュニケーションで俳優を番宣へと誘導する展開。もちろんすべて台本通りなわけだけれど、一部始終をスタジオで見ていた津田も叫ぶ。

「巧妙な番宣!」

 志田がドラマの内容を説明し始めると、コワモテのお兄さんはドスの利いた声で尋ねた。

「見どころとかあんの?」

 バラエティ番組に俳優が番宣で出演する際は、その俳優の素顔やプライベートが、「意外な一面」と共に披露されることが多い。なんだか番宣は、「意外な一面」と引き換えにされるご褒美のようにも見える。番組冒頭から番宣を始めようとする俳優に、周囲の芸人らが「まだまだ!」とストップをかけるという展開もおなじみだ。言ってみれば、茶番だが。

 けれど『脱力タイムズ』は、そんなよくある展開とは反対に、俳優に台本通りの演技をさせる。もちろん、これはこれで茶番なわけだけれど、意図的に仕組まれた茶番であることをすべての前提にしている分、そこから意図せずあふれ出てしまっているように見える部分(芸人のリアクションにこらえきれずに笑ってしまうところとか、逆にまったく動じず真顔を貫くところとか)に、俳優の「素」を感じたりもする。何より、番組が用意する毎回異なる番宣の仕掛け、その巧妙さにはいつも驚かされる。

 バラエティ番組の中で、余計な部分であるようにも感じる番宣。そんな番宣それ自体に「見どころとかあんの?」と問われたら、僕は迷わず『脱力タイムズ』を番宣しようと思う。

 だからといって、俳優はいつも番宣を目的にバラエティ番組に出るわけではない。たとえば、7日放送の『モヤモヤさまぁ~ず2』(テレビ東京系)には、安藤サクラが代打アシスタントとして出演していた。特に番宣とかはなく、単に番組のファンだからという理由で。ポーカーフェイスでババ抜きをしたり、お面をつけて運動器具にぶら下がったりしていた。

 あるいは、8日の『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)に出ていた佐藤健。彼もまた、番組のファンだからという理由だけで出演していた。冒頭の千鳥とのトークから、佐藤の番組愛は止まらない。

「いま一番おもしろい番組です、これが。テレビの1位です」

 この日の企画は「ガマンめし」。普段当たり前に食べているファストフードも、極限まで我慢して食べるとめちゃくちゃウマいのではないか。そんな想定のもと、食べたい気持ちを抑える過程や、ようやく食べたときの喜び、その一部始終をお送りする企画である。

 今回我慢するのは、すき家のキムチ豚生姜焼き丼。このメニューが大好きで週5で食べていた時期もあるという佐藤は、前日の昼から何も食べずに収録に臨んでいた。カメラが回るずっと前から、すでに佐藤の我慢は始まっていたのである。

 空腹の佐藤を、次々と試練が襲う。ビニール袋に閉じ込めた厨房の空気を店外で吸引するなどし、丼への気持ちを高めていく。高まったところで、あえて店に入らず30分ほど散歩する。そうしてようやく店内へ。が、まだ食べない。まずは、キムチ豚生姜焼き丼のスーパースロー映像を見る。そして、いよいよ本物を目にする時間。目の前に運ばれたキムチ豚生姜焼き丼を見た佐藤はつぶやく。

「完璧な料理だ……」

 嗅覚に続き、視覚も刺激された佐藤。しかし、その後も我慢は続く。体格のいいスタッフが丼をかっ込む様子を見る。空のどんぶりと箸を手に持ち、エアーで食べる。改めて一度ロケバスに戻り、20分ほどドライブする。紅生姜を3ミリだけ食べる、大勢のスタッフがキムチ豚生姜焼き丼を食べる様子をただただ見る。そんな苦行が延々と続くロケに、「想像以上にしんどいっすね……」と佐藤からも弱音が漏れる。

 そうやって我慢に我慢を重ねた末に、ようやく注文。キムチ豚生姜焼き丼をまっすぐ 見つめ、「いただきます」と手を合わせる佐藤。ロケ開始からすでに2時間。食事を抜いてからは、もはや30時間。極限まで我慢して口にした味は、果たして。

「おいしい~」

 口に含んだ瞬間に思わず笑みがこぼれた佐藤から出てきた感想は、積み重ねた時間の長さや我慢の過程の紆余曲折さとは裏腹に、とても短くてプリミティブだった。そんなうれしそうな佐藤を見ているこちらも、なぜだか笑ってしまうから不思議だ。

 番宣のために出演したバラエティ番組でつまらなそうにしている俳優は、もはやほとんどいない。多くはトークやリアクションなどで場を盛り上げている。そんな俳優についてバカリズムは、「性格悪いって見なすようにしてる」とねたみ目線でネタにした。しかし、今回の佐藤に至っては、もはや番宣ですらない。動機は単純な番組愛である。

 どうやら、ねたみを差し挟む最後の余地すらふさがれてしまったようだ。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

『脱力タイムズ』から考える、”番宣”俳優の正しい取り扱い方

 

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(7月7~13日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

中村倫也「脳にシナプスってあるじゃないですか」

 ドラマの改編期である。バラエティ番組にも主役級の俳優が数多く出演し、ドラマの宣伝、いわゆる番宣をしている。

 で、番宣でゲスト出演をするそんな俳優たちについては、芸人や若槻千夏などが以前からこんなふうにネタにしてきた。しゃべらない、つまらなそうにしている、トークが面白くない――。なるほど、確かにそういう俳優もいるような気がする。そんな俳優がいると、いくら画面上は楽しそうに番組が進行していても、見ている側は真顔で虚空を見つめてしまうかもしれない。

 ただ、実際のところ、番宣だけして帰るみたいな俳優はもうあまりいない。バカリズムも以前、こんなことを言っていた。

「番宣に来たイケメン俳優さんが、全然しゃべらなくててこずるってことは昔からよくあるじゃないですか。最近はもう、そうじゃない人のほうが多いじゃないですか。イケメンなのに全然気取ってなくて、しゃべりが達者で性格がいい、みたいな」(『アメトーーク!』テレビ朝日系、2019年6月20日)

 バカリズムのトークはこの後、「あんなにチヤホヤされてんのに、ねたむ隙すら与えてくれない。どうしていいかわかんないから、そういう人たちは僕、性格悪いって見なすようにしてる」というねたみを交えたネタに展開していくのだけれど、性格の良し悪しはともかく、俳優が積極的にバラエティ番組に参加する姿を見る機会が増えているのは確かだ。

 たとえば、11日放送の『櫻井・有吉 THE夜会』(TBS系)。この日は、新ドラマ『凪のお暇 』の番宣で、黒木華と中村倫也が出演していた。

 中村は言う。自分は割と周囲から「冷静だね」と評価されることが多い。何があっても動じない、感情をコントロールしている、冷静でいられる。そんな自分は「まったく動じない王」である、と。

 中村はさらに語る。いつも冷静でいるにはコツがある。これを自分は、高校時代のアルバイト中に編み出した。

「高校生のとき飲食店の厨房でバイトしてたんですけど、揚げ物とかすると油がはねたりして、『熱っ!』てなるじゃないですか。それが何回か続いたときに、『熱っ!』てなるのめんどくさいなと思ったんですよ。熱がるのやめようって決めたんですよ」

「脳にシナプスってあるじゃないですか。あれを外せばいいんじゃないかなと思ったんですよ。それをやってみようと思ったら、油がはねても熱くなくなったんですよ」

 シナプスを外す。この時点で話はすでにトンチキなゾーンに入っているわけだけれど、番組は続けて「動じなさ」の検証へと移る。中村の目の前に運ばれたのは、日本一酸っぱいといわれているポン酢を入れたところてんだ。果たしてこれを、自称「まったく動じない王」は、むせずに食べきれるのか?

「確認します。……(シナプスは)外れてます」

 そう神妙な顔つきで前置きした上で、ところてんを一気にかっ込む中村。しかし、見事にむせてすべて吐き出す。「まったく動じない王」や「シナプスを外す」という設定のけったいさと、中村の真剣な顔とのギャップ、そしてところてんを吐き出す勢いの良さに思わず笑った。中村のシナプスは外れなかったし、僕のシナプスも快楽物質をたくさん伝達した。

 確かにこの面白さは、有吉や平成ノブシコブシ・吉村、島崎和歌子らバラエティ番組の手だれが「なんだシナプスって」とかツッコんで盛り上げることで、成立しているものかもしれない。だがいずれにしても、番宣に来た俳優がつまらなそうにしているみたいな話は、もう実態とズレているのは確かだ。

 だから、たまに真顔で虚空を見つめてしまう。芸人や若槻千夏がそういう話をしているのを聞くと。

 バラエティ番組に番宣で出演する俳優は、いまや笑いを生む重要なファクターになっている。そして、多くのバラエティ番組では常時ゲストを迎え、何かしらの番宣をやっている。

 とはいえ、番宣それ自体は、バラエティ番組の中では余計な部分かもしれない。なくても番組は成立するかもしれない。

 他方で、番宣自体を番組の笑いに欠かせない要素として組み込んでいるバラエティもある。たとえば、『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)である。12日のゲストは志田未来。月9『監察医 朝顔』の番宣での出演だった。

 この日の番組のテーマは、コミュニケーション力を上げる会話術。解説員の元TBSアナウンサー・吉川美代子によるレッスンを踏まえた上で、初対面の相手と対談する実践コーナーが始まった。対談のために用意されたセットに、芸人ゲストのダイアン・津田が向かう。対談相手として登場したのは、コワモテの反社会的な感じのお兄さん2人組である。

津田「ご職業は?」

男性 「あ?」

 冒頭からそんな感じで始まった対談は、終始お兄さんの側がケンカ腰。コワモテを前に、汗をかきながら会話を成立させようと奮闘する津田が笑いを誘う。もちろん、『脱力タイムズ』の視聴者ならおわかりのように、これらはすべて津田以外には渡されている台本通りのやりとりである。

 続けて、同じセットに志田が向かう。対談相手として出てきたのは、先ほどと同じコワモテのお兄さんたち。この対談も成立せずに終わるのか。そう匂わせて始まった会話だが、徐々に男性のトーンは柔和になる。

志田「普段は何されてますか?」

男性「そうだなぁ……パチンコ」

志田「パチンコですか。勝ちますか?」

男性「まぁまぁだな。ねーちゃん行かねーの? パチンコ」

志田「ちょっと仕事が忙しくて、行ったことはないです」

男性「何やってる人?」

志田「一応、女優をやってます」

男性「へー、女優。何に出てんの?」

志田「えっと、月曜9時からのドラマに出演させてもらいます」

男性「なんてドラマ?」

志田「『監察医 朝顔』というドラマです」

 会話が成立しないと思われたコワモテのお兄さんが、流れるようなコミュニケーションで俳優を番宣へと誘導する展開。もちろんすべて台本通りなわけだけれど、一部始終をスタジオで見ていた津田も叫ぶ。

「巧妙な番宣!」

 志田がドラマの内容を説明し始めると、コワモテのお兄さんはドスの利いた声で尋ねた。

「見どころとかあんの?」

 バラエティ番組に俳優が番宣で出演する際は、その俳優の素顔やプライベートが、「意外な一面」と共に披露されることが多い。なんだか番宣は、「意外な一面」と引き換えにされるご褒美のようにも見える。番組冒頭から番宣を始めようとする俳優に、周囲の芸人らが「まだまだ!」とストップをかけるという展開もおなじみだ。言ってみれば、茶番だが。

 けれど『脱力タイムズ』は、そんなよくある展開とは反対に、俳優に台本通りの演技をさせる。もちろん、これはこれで茶番なわけだけれど、意図的に仕組まれた茶番であることをすべての前提にしている分、そこから意図せずあふれ出てしまっているように見える部分(芸人のリアクションにこらえきれずに笑ってしまうところとか、逆にまったく動じず真顔を貫くところとか)に、俳優の「素」を感じたりもする。何より、番組が用意する毎回異なる番宣の仕掛け、その巧妙さにはいつも驚かされる。

 バラエティ番組の中で、余計な部分であるようにも感じる番宣。そんな番宣それ自体に「見どころとかあんの?」と問われたら、僕は迷わず『脱力タイムズ』を番宣しようと思う。

 だからといって、俳優はいつも番宣を目的にバラエティ番組に出るわけではない。たとえば、7日放送の『モヤモヤさまぁ~ず2』(テレビ東京系)には、安藤サクラが代打アシスタントとして出演していた。特に番宣とかはなく、単に番組のファンだからという理由で。ポーカーフェイスでババ抜きをしたり、お面をつけて運動器具にぶら下がったりしていた。

 あるいは、8日の『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)に出ていた佐藤健。彼もまた、番組のファンだからという理由だけで出演していた。冒頭の千鳥とのトークから、佐藤の番組愛は止まらない。

「いま一番おもしろい番組です、これが。テレビの1位です」

 この日の企画は「ガマンめし」。普段当たり前に食べているファストフードも、極限まで我慢して食べるとめちゃくちゃウマいのではないか。そんな想定のもと、食べたい気持ちを抑える過程や、ようやく食べたときの喜び、その一部始終をお送りする企画である。

 今回我慢するのは、すき家のキムチ豚生姜焼き丼。このメニューが大好きで週5で食べていた時期もあるという佐藤は、前日の昼から何も食べずに収録に臨んでいた。カメラが回るずっと前から、すでに佐藤の我慢は始まっていたのである。

 空腹の佐藤を、次々と試練が襲う。ビニール袋に閉じ込めた厨房の空気を店外で吸引するなどし、丼への気持ちを高めていく。高まったところで、あえて店に入らず30分ほど散歩する。そうしてようやく店内へ。が、まだ食べない。まずは、キムチ豚生姜焼き丼のスーパースロー映像を見る。そして、いよいよ本物を目にする時間。目の前に運ばれたキムチ豚生姜焼き丼を見た佐藤はつぶやく。

「完璧な料理だ……」

 嗅覚に続き、視覚も刺激された佐藤。しかし、その後も我慢は続く。体格のいいスタッフが丼をかっ込む様子を見る。空のどんぶりと箸を手に持ち、エアーで食べる。改めて一度ロケバスに戻り、20分ほどドライブする。紅生姜を3ミリだけ食べる、大勢のスタッフがキムチ豚生姜焼き丼を食べる様子をただただ見る。そんな苦行が延々と続くロケに、「想像以上にしんどいっすね……」と佐藤からも弱音が漏れる。

 そうやって我慢に我慢を重ねた末に、ようやく注文。キムチ豚生姜焼き丼をまっすぐ 見つめ、「いただきます」と手を合わせる佐藤。ロケ開始からすでに2時間。食事を抜いてからは、もはや30時間。極限まで我慢して口にした味は、果たして。

「おいしい~」

 口に含んだ瞬間に思わず笑みがこぼれた佐藤から出てきた感想は、積み重ねた時間の長さや我慢の過程の紆余曲折さとは裏腹に、とても短くてプリミティブだった。そんなうれしそうな佐藤を見ているこちらも、なぜだか笑ってしまうから不思議だ。

 番宣のために出演したバラエティ番組でつまらなそうにしている俳優は、もはやほとんどいない。多くはトークやリアクションなどで場を盛り上げている。そんな俳優についてバカリズムは、「性格悪いって見なすようにしてる」とねたみ目線でネタにした。しかし、今回の佐藤に至っては、もはや番宣ですらない。動機は単純な番組愛である。

 どうやら、ねたみを差し挟む最後の余地すらふさがれてしまったようだ。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)