『相席食堂』『テレビ千鳥』……千鳥×タバコはもはや鉄板?

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(110月20~26日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

 

千鳥・大悟「一日中、海見て、タバコをワンカートン吸うだけや」

「これは薬物を吸っているのではなく、時間を吸っているのだ」

 昔読んだ本に、そんなことが書いてあった。タバコについてのエッセイだったと思う。出典を覚えていないので正確ではないものの、確か、タバコを吸うのは薬物中毒とかというよりも、居心地が悪かったり手持ち無沙汰だったりする時間を埋めるためなのだと、そんなことが書いてあった。愛煙家がタバコにこだわる理由をずっと疑問に思っていた非喫煙者の僕は、なんとなくそれで納得した。医学的には間違っているのかもしれないけれど。

 そんなタバコに関する話題を、なぜか先週はテレビでよく見かけた。ここでは2本だけ取り上げる(どちらも千鳥の番組だが)。

 まず、22日の『相席食堂』(朝日放送)。野性爆弾のくっきー!が京都府・伊根町を、ピースの又吉直樹が大分県・保戸島をそれぞれ訪れていた。で、又吉のロケが最高だった。

「むちゃくちゃ向いてないんちゃうかな」

 港町でのふれあい旅を前に、そう不安を口にしていた又吉。船着き場から離れ、誰もいない道をトボトボと歩く。そこで、海のそばのベンチにひとり座る男性(76)に出会う。老人 は、黒い肌に白い帽子、白いストライプのシャツ。そして、胸ポケットにはタバコが入っている(大悟によると銘柄はハイライト)。

「どういう島ですか?」

 そう又吉に尋ねられ、老人は答える。

「まぁ、昔の……」

 その声が、なんとも特徴的。ガラッガラ。あまりにもガラッガラのハスキーボイスなのだ。おそらくタバコの影響で仕上がったのだろう。その声を聞いた千鳥の2人は、すかさず「ちょっと待てい!」ボタンを押した。

 老人の語りは続く。かつてこの島ではマグロの遠洋漁業が盛んだった。自分も昔は船に乗っていた。しかし、漁船を減らし、魚の価格を上げようとした国策もあり、補償金と入れ替えに船を降りた。そんなあれこれを語っているときのこと、突然、耳慣れない音がした。

「ちーよ」

 老人から発された声だ。たぶん、「えーと」とか「んーと」みたいな会話の合間に入れる声だと思うのだけれど、島の方言も入っているのか、何よりタバコの影響のためか、その声は聞き取りにくく「ちーよ」に聞こえる。声というか、セミが鳴いているようですらある。

 又吉は、この老人の案内で島を巡ることに。島で唯一の食堂に連れて行ってもらい、マグロ料理に舌鼓を打つ。これまた一軒しかない理髪店に行き、マッサージをしてもらう。最後は老人の自宅に上がらせてもらい、コーヒーをごちそうになる。そしてその間、何度も絶妙なタイミングで、例の声が老人から漏れる。

「ちーよ」

 声がする、というよりも、音が漏れる、という表現が近いかもしれないその「ちーよ」を聞くたびに、千鳥は膝から崩れ落ちて笑う。テレビを見ているこちらも腹を抱えた。

 それにしても、実際のところ老人は何を言っていたのだろう。そういえばVTRを見ていた大悟が、こんな解説を入れていた。

「ワシな、島で生まれたからわかんねんけど、ホンマにもうなんもないねん、することが。一日中、海見て、タバコをワンカートン吸うだけや。そんならこれが仕上がる」

 マグロ漁で栄えた島の時間、漁業が衰退していく時間、高齢化率が高まっていく時間――。なるほど、タバコを吸うことが時間を吸うことだとすると、あの老人は、海を見ながら島の時間を吸い続けてきたのかもしれない。あの「ちーよ」は、圧縮された島の時間が軋む音だったのか。

 たぶん大悟は、いま一番テレビでタバコを吸う姿を見せている芸能人だと思う。次点で、相撲芸人のあかつだろうか。明石家さんまや浜田雅功、矢部浩之も結構見る。新人では、納言の薄幸が追い上げているかもしれない。紅蘭はテレビであまり見かけなくなった。

 そんな千鳥の看板番組『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)のオリジナル企画が22日、AbemaTVで配信された。題して「喫煙所探訪」。テレ朝をスタート地点に、都内の喫煙所を巡って、大悟がただただタバコを吸う。そういうロケである。「たばこ」の文字があしらわれた服を着た大悟が、今回の企画趣旨を語る。

大悟「来年の4月に向けてな、タバコの吸えるスペースがどんどん減っていってるのよ。どんどん街の喫煙所っていうのもなくなってきてるわ」

ノブ「それはオリンピックに向けてね、クリーンな日本をアピールするっていう意味ではいいんじゃないですか?」

大悟「それがクリーンなんかどうなんかも、ワシはわからんけどな。喫茶店や雀荘、パチンコ屋までもが禁煙になっていく時代なんよ。だからここ、最後やろうな。今回が最後、そういう喫煙所を巡りたい」

 テレ朝でさっそく一服した後、千鳥の2人は街に繰り出す。交差点の角にある昔ながらのタバコ店を訪れ、円筒形の灰皿の手触りを確かめる。そこでスパスパ。そこから歩いて3分の道沿いのタバコ店で、店主のおばあさんが手作りしたおにぎりを食べる。そこでスパスパ。荒川を渡った先にあるバイク店の軒先で、停車した原付バイクに乗ってスパスパ。角打ちの店内で魚肉ソーセージを缶チューハイで流し込みながらスパスパ(この時点で1箱消費)。JT本社を訪れ、シトラスミントの香りをたいたり外に煙が漏れないように整備された喫煙スペースで、社員と一緒にスパスパ。

 エンディングは、テレ朝の屋上の喫煙所。東京タワーをバックに、レモンサワーを飲みながら煙をくゆらせる。灰皿を抱いた大悟がつぶやく。

「今日いろいろ回ったけどホンマに、今年中にやってしまわんと、これ無理やったかもしれんな」

 東京五輪を前に、来年4月からは改正健康増進法が施行される。タバコの規制と分煙化が、これまで以上に厳格となる。特に、街のタバコ店にある喫煙所の風景は、これから少なくなっていくのかもしれない。

 なんだかちょっと、郷愁的だ。

 だが、ここで大悟が今回のロケを次のように総括した。今日学んだことは、タバコは自分の好きなタイミングで吸わないとおいしくない、ということだ。無理やり吸うのは、はっきり言ってキツかった。ロケ中、初めてタバコをやめようとすら思った。おかしい。あんなに好きだったのに――。そう語り、改めてタバコの煙を肺に入れた大悟が、せき込みながら言う。

「まずい」

 タバコの吸いすぎには注意しましょう。そんな一種の啓発番組として終わった『テレビ千鳥』の特別版でした。

 ところで番組中には、千鳥のロケでたびたび披露される、大悟によるおかしなキャラクターへの変身も随所で見られた。真っ白なつなぎを着た林修先生好きの元暴走族、枕ワンカートンさん(49)。着流し姿の元プロ野球選手で資産家のニコチン三郎さん(63)。新婦に結婚式をドタキャンされた足でタバコを吸いに来た新郎の煙田しけもくさん(28)――。

 なんだか、あの「ちーよ」の老人も、大悟に思えてきた。

星野源『おげんさんといっしょ』が挑戦する、”わからない”という楽しさ

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(10月13~19日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

星野源「世界で一番カッコいい音をいま出してる自信がある」

 星野源の偏愛的音楽トーク番組の第3弾、『おげんさんといっしょ2019』(NHK総合)が14日に放送された。お母さん役の「おげんさん」に扮した星野、お父さん役の高畑充希、長女の隆子(たかしこ)を演じるのは藤井隆。そんなおげんさん一家を中心にトークや音楽のセッションが行われる、ほぼ生放送の番組である。

おげんさん(星野)「お父さん」

お父さん(高畑)「なんだいお母さん」

 2人のそんな会話で始まった今回の『おげんさん』。そこに、セーラー服で三つ編みの藤井が加わる。年齢も性別も錯綜した配役なのだけれど、もうそんな画面も見慣れたものだ。昨年末にはこのメンバーで紅白にも出場しているのだから。第2弾の放送ではTwitterのトレンドで世界1位も獲得したのだから。

 しかし、放送を重ねるごとに高まる番組への注目をいなすように、星野は冒頭でつぶやく。

「この番組のリビドー、それはダラダラしたいっていうその一心よ」

 他方で、ハマ・オカモトらを抱えたおげんさんバンド(おげんさん一家の兄弟姉妹という設定)のメンバー紹介を終えた星野は、こうも言う。

「このメンバーで今日もダラダラと本当の音楽をやっていくわよ」

 ダラダラと、しかし本当の音楽をお届けする。そんなコンセプトがこの番組の中心にある。

 今回はこれまでの2回よりも長い90分の放送だ。その放送時間の中で、三つ編みをほどいた藤井が洋楽を歌い上げ、髪を結い直して再登場する。チャイナ服を着て紫色のウィッグを被った松重豊がスナックのママ役として登場し、実は私はおげんさんの乳母であると語る。ビヨンセ役の渡辺直美が出てきて例の曲「Crazy in Love」を歌うように促されるも、何度やっても「OK」とか「カモン」とか言い腰をふるだけでまったく歌わない。出演者たちのダラっとした、でも本当の音楽を介したやりとりが、ずっと中火の火加減で面白く続く。

 出演者たちが好きな音楽を語り合う時間も、今回はたっぷりとられた。藤井がイギリスの80年代のユーロビートについて語り、松重が若い洋楽アーティストを紹介していた。

 ただ、わからない。何がわからないって、音楽に明るくない僕は、この洋楽トークに出てくる人名や曲名など固有名詞がまったくわからなかった。いわば、ビジーフォーの洋楽モノマネを、似てるかどうかわからないのにうなずきながら聴いている審査員の状態。唯一わかったのは、藤井のカラオケ仲間として名前が挙がった、椿鬼奴とレイザーラモンRGだけだった。

 もちろん、詳しい人にはよく知られた名前が並んでいたはずだ。けれど、どうなのだろう。番組を見ていたほとんどの人はあのトーク部分、ほとんどわからなかったのではないだろうか。ビジーフォーを聴く審査員の状態、たとえば定岡正二状態だったのではないか。

 だとしたら、それは今この2019年の時点において、とても稀有なことだったと思う。一方で「わかりやすさ」をうたう番組がラテ欄を覆い、他方でそんな番組を見る人がネット上で「情弱」と嗤(わら)われる。そういう「わからない」ことを嫌う情景が当たり前な中で、「わからない」情報を芸能人がしゃべり、それが淡々とテレビの電波に長時間乗っていたということなのだから。

 でも、「わかること」をつなげても、それはそれまでの自分の延長上。「わからない」中で期せずして出会う情報が、人をまったく新しいところに連れて行ったりもするはずだ。

 番組中、ラッパーのPUNPEEらとのセッションを終えた星野は、ギターを下ろしてこう言った。

「世界で一番カッコいい音をいま出してる自信がある」

 世界一カッコいい音に乗せて、わからない人にはよくわからない情報が画面を通じてたくさんお届けされた時間。こんな時間が、もっとテレビの中にあったらいいのになと思った。

 先週見たテレビで気になった言葉の中から小ネタを3つ。

 1つ目。17日の『夜の巷を徘徊する』(テレビ朝日系)で、マツコ・デラックスがこんなことを言っていた。

「ペヤングの、ソースは別のまた何か違う料理に使うのでとっとくのね」

 場所は東京都江東区、門前仲町にあるおしゃれなカフェレストラン。そこで、おしゃれな料理を口に運びながらマツコが話したのは、マツコ流のペヤングの作り方だった。

「野菜だけ入れて、普通に3分待ってお湯切りしたやつに、シーチキンとマヨネーズと、あとちょっとお醤油まぜて、それで焼きそばをあえるのよ。それに刻み海苔をぶっかけて食べるの」

 2回に1回はこうやってペヤングを食べているのだとか。あるいは、ペヤングにスクランブルエッグ(柔らかめ)とケチャップを混ぜてみたり。ちなみに、使わなかったソースは、麺だけを買って焼きそばを作るときや、野菜炒めの味付けに使ったりするらしい。

 トークの合間にちょっとしたレシピを語るマツコの姿。そこになんだかタモリを重ねてしまった。タモリよりもジャンキーで、炭水化物に偏重しがちだけれど。

 2つ目。17日の『有吉・櫻井THE夜会』(TBS系)で、新しいドラマの番宣で出演していた木村拓哉がこんなことを言っていた。

「これ持ってない状態で自分が行っても、セキュリティの人は一切」

 木村が自身のカバンの中身を公開していたときのこと。新ドラマの台本とか、湿布とかリップクリームとか、そんなアイテムを次々と取り出す櫻井。そんな櫻井が「いいですよねこれ?」と木村に一旦確認してカメラに見せたのが、ジャニーズ事務所の入構証だ。木村いわく、最近はこの入構証がないと事務所に入れない、セキュリティの人も通してくれないらしい。「最近ですよね、この1年ぐらい」と櫻井が補足する。

 そういえば、テレビ局に入るときに顔パスできずに警備員に止められた、みたいな話ももうテレビであまり聞かない。スターが生まれない時代と嘆かれてすでに久しいけれど、木村の入構証を見て、なんだか象徴的な出来事のように感じた。誰とも入れ替えのきかないキムタクの存在よりも、他人が所持できる入構証のほうが信用されるというのも、なんだか不思議に思えてくるけれど。

 3つ目。19日の『激レアさんを連れてきた。』(テレビ朝日系)で、ゲスト出演していた中山美穂がこんなことを言っていた。

「人をだます番組とかあるじゃないですか。3回ぐらい引っかかって、3回ともマネジャー殴りましたね」

 この日紹介されていた「激レアさん」は、落語についてまったく知らない状態で入門し、真打ちまで上り詰めた元暴走族総長の落語家。ケンカっ早いところのある元総長が、遅刻した同輩をキレて殴りそうになったという逸話を披露したときのこと。「ちなみにみなさんは、現場でキレちゃいそうになったことありますか?」という弘中綾香アナの問いかけを受け、中山が語り始めたのが上のエピソードだ。人をだます番組、つまりドッキリ番組でだまされて、そのたびにマネジャーを殴ったとのこと。

 殴ったとはいっても、「バカバカ」という感じで軽い猫パンチ的なものをお見舞いしたということらしいけれど、そうはいってもこの2019年現在、マネジャーを「殴った」という話がひとまず面白トークになるのは珍しい。広末涼子だと厳しい。

大久保佳代子と滝沢カレンの、予測不能なトークの行方

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(10月6日~12日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

大久保佳代子「その彼は、その夏の終わりとともにいなくなったの」

 言葉は怖い。テレビの出演者の発言が問題となり、「炎上」することなど日常茶飯事だ。言葉の意味が曲解されて伝えられることもある。多少、無理やりにでも。

 そこでここでは、テレビで出演者たちが交わした会話について、細かいところも含めて思い切り褒めてみたいと思う。指弾するのではなく称賛したいと思う。多少、無理やりにでも。

 題して、「先週見たテレビのこの会話がすごい」。

 1つ目は、12日の『あちこちオードリー』(テレビ東京系)での会話。この日は大久保佳代子と滝沢カレンがゲストとして出演。オードリーの2人とトークを繰り広げていた。

 番組開始早々、「自分で自分を褒めるなら?」と聞かれた大久保が語り始める。

大久保「私は人がそんなに好きじゃないんですよ、たぶん。その分、動物とか生き物にめちゃめちゃ優しい。異常なぐらい優しいところがあって。最近だと夏が終わったけど、夏の終わりって、セミがだいたいアスファルトに裏返って死んでるでしょ。あれを、裏返ったら戻してあげるの、土のところに」

若林「セミを?」

 まず、「人がそんなに好きじゃないんですよ」というトークの導入。これがすごい。テレビのバラエティ番組の役割は、視聴者に何かしらの意味で「面白さ」を感じさせるところにあるのだろうけれど、にもかかわらず、「私は人がそんなに好きじゃない」と始まり、さらに、セミの死というようなネガティブな話題を連ねる。さて、これからどんなふうに「面白く」転がっていくのか、その展開の読めなさがすごい。

 あと、いくら生き物に優しいといっても、死んでいるセミにすら優しいというのはちょっとすごい。若林も「セミを?」と聞き返しているけれど、そう聞き返してしまいたくなるほどの、生命とその循環に対する大久保の慈悲の深みがすごい。

 会話は続く。不穏な話題から入った大久保のトークは、どう展開していったのか。

大久保「夏終わるなと思いながら(死んだセミを土のところに)戻してるんだけど、それを何年もやってた時期があったときに、30過ぎで彼氏ができたの。急に。夏に。飲み屋で会って急激に付き合って、付き合いだして、あぁいいなって思ったときに、うちによく来るようになって。で、お風呂に入ったのね、2人で。で、2人でイチャイチャしながら入ってて、私が髪の毛洗ってたら、その彼が(私の)背中におしっこをかけたの」

春日「え? 急にですか?」

大久保「急に。『熱い』つって」

春日「『熱い』っていうリアクションになるのね」

 セミの死骸を土があるところに移動させるという話から、突然彼氏ができ、お風呂でイチャイチャし、そして放尿されるという話への急激な展開。起承転結の「転」の振り幅がすごい。そんな急展開にもかかわらず、唐突におしっこをかけられるという話が、「私は人がそんなに好きじゃない」という起承転結の「起」にもつながっているように思えてすごい。

 そして、数々の罰ゲームやドッキリなどを経験してきたとしても、突然背後から尿をかけられるという経験はやはりない。そんな春日の「『熱い』っていうリアクションになるのね」という感想からは、どんな話題にも新たな発見はあるのだなと思えて、人類の学習能力はやはりすごい。

 さて、大久保の話はオチへと向かう。

大久保「で、その彼は、その夏の終わりとともにいなくなったの。セミだと思う」

若林「これは素敵な話だなぁ……(笑)」

 おしっこをかけられたあたりからある程度予測はつくわけだけれど、「セミだと思う」というオチ。2人の関係のアツさ、風呂のアツさ、そしておしっこのアツさ、それらが夏のアツさの終わりと重なるという話の構成に、叙情的な切なさと笑いが同時に押し寄せてきてすごい。

 そして何より、切なさとバカバカしさを同居させる話術と、現代の昔話みたいな話のリアリティを担保する大久保佳代子というキャラクターの安定感がすごい。

 大久保は最後に真顔でこう言った。

「うちのベッドがセミダブルだったから。セミダブルの恋」

「先週見たテレビのこの会話がすごい」2つ目は、同じく『あちこちオードリー』の滝沢カレンの霊の話。「夜のルーティンは?」と聞かれた滝沢は、こんなことを話し始めた。

滝沢「部屋の隅々をあけるってことなんですけど。私、いつかの夢が、霊に会いたい」

若林「霊?」

滝沢「幽霊の幽。私は見てないものを見たいっていうのがあるので、真っ暗にして部屋の隅々をあけて、ちょっとでも霊が出やすいような環境を作ってあげて、カーテンも全部ちょっと開けて。で、毎日、怖い映画を見て寝ます」

 何度も聞き直したので聞き間違いではないし、書き間違いでもないのだけれど、若林の「霊?」という問いかけに、滝沢は「幽霊の幽」とはっきり答えた。にもかかわらず、完全にスルーされて会話が続いたのがすごい。

 これはつまり滝沢の場合、「部屋の隅々をあける」というような、合っているのかいないのか微妙な日本語の運用のオンパレードなのだから、むしろあからさまな間違いほど見落とされてしまうということなのだろう。あるいは気づいていても、そこでいちいち会話を止めていられないのだろう。交わされなかった会話から浮かび上がる、そんな滝沢の安定と信頼のしっちゃかめっちゃかぶりがすごい。

 幽霊トークは、滝沢が考える本当の霊の姿へと展開していく。

滝沢「映画が(霊の)怖さを勝手に作ってるじゃないですか。なんで勝手に怖くしちゃってるんだろうって。もっと明るく描いたら……」

若林「明るい霊もね」

滝沢「明るい霊だって絶対いるし。誰もが髪の毛まっすぐ前に垂らしてるわけじゃないし。男の霊もあるのに、白い服着た……っていう。もっとだって霊だって、絶対女子だったらかわいくしたいし。って思うと、私がまず(本物の霊を)見て伝えますよって」

 なるほど、滝沢が幽霊を見たいのは、自分がその本当の姿を世間の人々に伝えたいからだ。その使命感たるやすごい。誰にも頼まれてないのにすごい。それが霊に捧げられたボランティア精神なのだから、なおすごい。

 そして、ステレオタイプにとらわれない幽霊に対する想像力がすごい。というか、さっきは霊が現れやすいようにいつも怖い映画を見て寝ていると語っていたのに、「映画が(霊の)怖さを勝手に作ってる」と不満げで、その態度の一変ぶりがすごい。

 さて、幽霊トークも終盤。こんなに幽霊に会いたい滝沢だが、まだ会ったことはないという。会ったらどんな話をしたいか。そう聞かれた滝沢は、「そっちの世界の気温とか」と答えた。

春日「まず気温を聞くの?」

滝沢「季節感とか。ずっと暖かいか、春夏秋冬があるかだと思ってるんですよ」

若林「寒いはずはないんだ。それはなんで?」

滝沢「みんな薄着じゃないですか、出てくる人」

 幽霊の世界は寒いはずはない、なぜなら「みんな薄着」だから。この論の運びが意外にロジカルですごい。だがしかし、「幽霊は薄着」というのは、まさに滝沢が嫌う映画などで描かれるステレオタイプな幽霊のイメージであるようにも思え、滝沢が幽霊をどう捉えているのか最終的にまったくわからなくてすごい。

 そして何より、こんな意味も結論もない会話を魅せる滝沢のチャームがすごい。

バナナマン設楽統がフェイクドキュメンタリーで見せた、虚無な結論

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(9月29日~10月5日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

設楽統「設楽統にとって設楽統とは何かっていうのは、設楽統なんだと思う」

 ウソをウソと見抜ける人でないとインターネットを使うのは難しい。そんな言い方もあるけれど、実際のところ、何が本当で何がウソかを見抜くのは簡単ではない。

 たとえば、えなりかずきが泉ピン子との共演をNGにしているというのは本当か? えなり、ピン子に会うと発疹が出るらしい。どうでもいいゴシップだけど、思い付いたので例に挙げてみた。まず頭に浮かんだのがこれという事実に、自分で自分が悲しくなるが。

 5日の深夜に『設楽統の妄想ドキュメンタリー』(テレビ朝日系)という番組が放送されていた。ジャンルとしては旅番組と密着系ドキュメンタリーの間、『アナザースカイ』(日本テレビ系)みたいな番組だ。少し違うのは、妄想が混じっているということ。実際にはニューヨークを訪れたのは今回が初めてという設楽が、毎年ニューヨークに来ているという設定で、カメラに向かって意識高めなことをいろいろ語る。そんなフェイク・ドキュメンタリーである。

 夜、タイムズスクエアのきらびやかなネオンの下で、設楽は語る。

「(ニューヨークには)もう20何年前から、ほぼ毎年のように来てるのかな」

「アウトプットばっかりだから、インしないとっていう部分で来るっていうのが大きいかも。ほぼネタとかインスピレーションはそう。ニューヨークで書いたネタとか多いかな」

 あらためて言うが、これはウソだ。設楽は一度もここに来たことがないし、ネタは日本でパソコンも使わず手書きで書いている。

 翌朝、設楽はセントラルパークへ。マットを敷いて朝ヨガを始めた彼の右腕には、オムライスのタトゥーが(という設定。本当はシール)。なぜ、オムライスなのか?

「オムライスって結局ね、オレ好きなんだけど、ある時期やっぱ『オムライスが好き』って恥ずかしくて言えない時期というか。それ逆にカッコつけちゃって、カッコ悪いなと思って。だから、それの戒め」

 その後、いろいろあってラストシーン。設楽行きつけのステーキ店で、スタッフは最後の質問を投げかける。「設楽統にとって設楽統とはなんですか?」そう問われた設楽は、「一言で言えなくてごめんね」と前置きをし、真面目な顔で語り始める。

「オレは、設楽統を演じちゃってると思うの」

 自分では素だと思っていても、素ではない部分もあるのかもしれない。何が本当の自分なのか、わからなくなるときがある。だから、自分は毎年ニューヨークに来ているのだ――。

 メディアの中で本当の自分を見失いそうになるという、なんだか一片の真実が含まれているような、それっぽい語り。だが、再度確認するが、これ全部ウソである。偽りの自分を演じる設定の中で、自分は偽りの自分を演じていると語る。そんな入り組んだ構造。

 何が本当で何がウソなのか? そんな問いを煙に巻くように、設楽は次のように結論付ける。

「だから、設楽統にとって設楽統とは何かっていうのは、設楽統なんだと思う」

 ウソと本当の区別をつけなければいけない場面もある。けれど、つけなくてもいい場面もある。そういうときには、無理をせず思うところを語ればよい。そんなことを今回の番組から教わったような気がする。ビバ自然体。レッツありのままの自分。

……なんていうのはウソ。別に教訓もなにもなく、設楽が口からでまかせに語り続ける様子と、この上なく虚無な結論に。ただただ笑った。

 だから、橋田壽賀子先生には、えなりとピン子の件をテレビでも語ってほしい。できるだけ真剣な顔で語ってもらえたほうが、より虚無でいいと思う。どうでもよさが増すと思う。

 ウソと本当の区別といえば、29日の『NHKスペシャル』(NHK総合)が興味深かった。30年前に亡くなった美空ひばりの歌声と姿をAIでよみがえらせる。さらに、そのAIに美空の新曲を歌わせる。そんなプロジェクトの一部始終を収めたドキュメンタリーである。

 言わずと知れた昭和の大歌手を復活させるという、ある意味で大それた試み。チームには各ジャンルの一流がそろえられた。新曲の作詞とプロデュースを手掛けるのは秋元康。衣装のデザインは森英恵。動きをつけるのは天童よしみ。歌声を再現するのは、初音ミクで知られるVOCALOIDを開発したヤマハのエンジニアたちである。

 もちろん、そう簡単にプロジェクトは進まない。エンジニアたちは苦闘する。過去の楽曲から、美空の歌い方と楽譜の関係のルールをAIは学習した。しかし、新曲「あれから」の曲調は、それまでの美空にはなかった現代的なもの。AIに歌わせてみると、部分的に美空っぽいところはあるけれど、全体的には拙い歌声に聞こえてしまう。

 そして、公開まで1カ月半を切ったある日、開発中の歌声を「美空ひばり後援会」の面々に聞いてもらう機会が設けられた。そこでの評価は、「歌詞がわからない(聞き取れない)」「浅かった」「これだとひばりさんの本当の良さは出てこない」という厳しいもの。

 秋元も同様の感想を漏らす。

「これだとやっぱり人間味がないというか」

「もうちょっと雑味というか、人間臭さとか、温かみとか」

 もう、「人間味のなさ」とか「温かみ」とか言い始めると、じゃあAIで再現しなくていいじゃんみたいな感じもしてくるけれど、とにかくそんな意見を踏まえ、美空の声により近づけるためにエンジニアたちは奮闘する。高次倍音とか、音程やタイミングの微妙なズレとか、そういう要素を取り込みながら、AIの完成になんとかこぎ着ける。

 そして、2019年9月3日、NHKのスタジオに200人の観客を迎え、秋元らプロジェクトチームも同席のもと、よみがえった美空ひばりがお披露目された。映し出される美空の姿。歌い始める美空の声。目元をぬぐう観客たち。手で顔を覆う天童。後援会の皆さんも「神様を見ている気持ちになった」と手放しで絶賛。この反応からも、今回のAIの完成度がとても高かったことがうかがえる。

 あと、あまり関係ないけど、AIの美空が歌う様子を見つめる秋元の顔が画面に映ったとき、その顔をじっと見ている自分がいた。もしかして、目元に光るものでも浮かんでいるのではないか。そんなある種の下世話な期待感に基づく凝視だと思う。秋元に「人間味」や「温かみ」を感じようとしたのかもしれない。

 さて、最後に秋元はカメラの前で語る。

「美空ひばりさんに会いたい、それと、美空ひばりさんの新曲を聞きたいという思いが、それがAIに力を貸してくれた。つまり、人間の思いを科学がサポートしてるという。ですから、AIというテクノロジーは技術が先行していくんではなくて、思いがあってその思いを具現化するために、必要なものだと思いました。やはり、科学というのは人間のそういう夢というか願いとか、それで奇跡を起こすものだと思います」

 今回の技術には危険性もある。本人そっくりの元オバマ大統領のスピーチ映像が人工的に作られてしまうといった、いわゆるディープフェイク動画への転用の問題などだ。本当とウソの区別が今以上につきにくくなる時代へ。それに歯止めをかけるには、人の願いが重要なのかもしれない。ただ、悪用だって人のある種の願いの産物。どこまで歯止めになるのかは、ちょっとよくわからない。

 そんなことを考えたりもしたけれど、今回の番組を見た私の願いとしては、次は五木ひろしのAIを作ってほしいということだ。動きをつけるのはコロッケで。

中川家礼二、フット後藤、霜降り粗品……ツッコミ芸人の身体性

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(9月22~28日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

博多大吉「面白い漫才師さんは音消しても面白いってわかる、って教わった」

 それにしても、テレビの第一線で活躍する芸人たちがお笑いを語るのは面白い。

 先週、2つのバラエティ番組で、立て続けに類似の企画が放送された。26日の『アメトーーク!』(テレビ朝日系)と、28日の『ゴッドタン』(テレビ東京系)である。

『アメトーーク!』の企画は「ツッコミ芸人が選ぶ このツッコミがすごい!」。誰のどんなツッコミが優れているのか、どこがすごいのか、芸人たちがそれぞれの視点で語り合っていた。

 たとえば、サンドウィッチマン・伊達のシンプルで無駄のないツッコミのすごさ、ナイツ・土屋の精密機械のような淡々としたツッコミのすごさ、和牛・川西の自我を抑制してネタの役に入りきったツッコミのすごさ、爆笑問題・田中のツッコミとその前の客を引きつけるフリの話術のすごさ――。

 交わされた話題はこのように多岐にわたるのだけれど、ここでは次のワードに注目したい。「身体」である。

 博多華丸が語ったのは、中川家・礼二の手の動き。礼二は漫才中に手をいろいろと動かしてツッコミを入れるが、次の展開に移る際にそれをスーッと下げる。この自然な動きがいい。邪魔にならない。対して、漫才を始めたばかりの芸人は手の動きに無駄が多い。

 この話を受けて、相方の大吉も「動きって、ものすごく大事」と語る。

「最初のころに、面白い漫才師さんは音消しても面白いってわかる、って教わったんですね。実際やってみるとホントそうなんですよ」

 また、フットボールツアワー・後藤のツッコミ。彼はいつも大声を張り上げてツッコんでいるように見える。しかし、礼二いわく、実は大声を出してそうでそんなに出してない。あそこには技術があるのだ、と。

「首のとこだけにスジをクッといかして、大きい声でやってるというようなとこを見せよるんですよ」

 そして、霜降り明星・粗品の手のひらを上に向けた例のツッコミ。本人が語るところによると、最初のころは人さし指を大きく突き上げるポーズでツッコんでいた。しかし、そのころはあまりウケがよくなかった。少しずつ手を下げていき、手元に収める今の形になりウケるようになった。初期のツッコミがイマイチだった理由を、粗品は次のように説明する。

「ボケの方へのリスペクトが全然なかったなと思って」

 礼二の手の下ろし方、後藤の首のスジ、粗品の手の形。視聴者や観客として普段は気にとめない小さな身体の動きが、大きな笑いを支えている。

 そういえば、番組で芸人らはツッコミの「怖さ」も同時に語っていた。伊達のシンプルなツッコミはすごい。土屋の淡々としたツッコミはすごい。粗品の一言で刺すツッコミはすごい。けれど、同じことを自分がやるとしたら怖い、と。

 なるほど、第一線で活躍するツッコミ芸人たちはそれぞれ、客前で自分の全身をさらしながら、自分の固有の身体と合致するスタイルにたどり着いた。だとすれば、その身体性を伴ったスタイルは他者と入れ替え不能。別の人間が形だけ同じことをやっても、確実にスベる。そのことが同じツッコミ芸人として、それこそ身体でわかっているからこそ、怖い。

 お互いのスタイルに寄せられた「怖い」という声は、ツッコミ芸人たちによる最大のリスペクトの交換であるように思えた。

 続いて、『ゴッドタン』の企画は「お笑いを存分に語れるBAR

~漫才編~」。今年5月に放送された、芸人らがコントを中心にネタを語り合った回の漫才バージョンである。

 こちらもトーク内容は広範にわたる。お互いの掛け合いだけでM-1優勝を勝ち取ったブラックマヨネーズの漫才の完璧さ、M-1史上最もふざけ合って優勝したアンタッチャブルの自由さ、笑い飯の漫才のルーツとしてのおぎやはぎ、くりぃむしちゅー・上田から南海キャンディーズ・山里へと至る例えツッコミの進化――。

 そんな多様な話題を含んだ番組の内容を、ここでは次の言葉を切り口にまとめてみたい。「世界」である。

 2006年のM-1でのチュートリアルの優勝について、皆が語っていたときのこと。セカオワ(SEKAI NO OZAWA)ことスピードワゴン・小沢は、ふいにこう言った。

「今までの漫才師はボケを見せたの。チュートリアルは世界を見せた」

 この話を受けて、矢作も語る。

「チュートリアルに関しては、ああいう徳井さんみたいなザ・イケメンで、ああいう表情でボケるのって、俺、全然笑えなかったの普段。徳井さんだけだもんね、カッコいいのに笑えた。だからうまいこといったと思うよ。ボケじゃなくて世界なんだよね」

 06年のM-1のチュートリアルが決勝の2本目にやった漫才は、徳井が自転車のベル(チリンチリン)に異常に執着するというもの。徳井の異様さにおびえる福田という世界観が、そこでは披露されていた。

 いわば、漫才師がボケを提示するのではなく、ボケた人がいるという世界の提示。2人の掛け合いの中で独創的な別世界を漫才の中に作り出したからこそ、「イケメン」に対する世間的なイメージがいったん漫才の外にくくり出され、大きな笑いにつながった。勝手な解釈かもしれないけれど、小沢や矢作の話を敷衍すると、こうなるだろうか。

 あるいは、小沢は「おぎやはぎの漫才はジャズだもんね」と言う。この言葉が意味するところは語られなかったのでよくわからないけれど、彼らの漫才の即興性や自由さ、観客を彼らの世界に引き込む独特のリズムや色気を指してのことかもしれない。

 それはともかくとして、この話を受けてナイツ・塙が語りだしたのは、音楽と漫才の共通点だ。いわく、漫才師が聴いている音楽は漫才に反映される。

 たとえば、学生時代にロックバンドを組んでいたバイきんぐ・小峠は、ツッコミでもシャウトする。塙自身、YMOのテクノミュージックが好きで子どものころから聴いてきたが、これも同じテンポを刻み続けるナイツの漫才につながっている。そう自説を述べた塙は、イエロー・マジック・オーケストラならぬ「ヤホー・漫才・オーケストラ」だと言って笑う。

 そして、注目の若手芸人を紹介するコーナーで、Dr.ハインリッヒやAマッソ、コウテイやまんじゅう大帝国の名前を挙げながら、小沢は語る。

「オレ、漫才じゃなくて向こうに音楽か文学が見えるコンビがいい」

 文学はもちろんのこと、音楽もまたひとつの世界観の提示だ。同じ映像でも悲しい音楽をかければ悲劇に、楽しい音楽をかければ喜劇になるように。おぎやはぎのジャズ、バイきんぐのロック、ナイツのテクノ。漫才は、コントは、ときにBGM付きの独自の世界を見せている。

 同じ週に、芸人がお笑いを語る2つの企画が放送された。そこで芸人たちは、身体と世界という2つの要素を語り合った。世界の中にある身体。身体が表現する世界。その蝶番としての、芸人の芸。

 やっぱり、テレビの第一線で活躍する芸人たちがお笑いを語るのは面白い。

『徹子の部屋』跡目をめぐる、滝沢カレンと浜口京子の戦い

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(9月15~21日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

レイザーラモンRG「『スベる』じゃなくて『ちょっとわかんなかったな』ってことにしてください」

 どこまで本当なのかはよくわからないのだけれど、「スベる」は松本人志が世間に広めた言葉だとされる。そんな言葉をめぐって、20日の『久保みねヒャダこじらせナイト』(フジテレビ系)で繰り広げられた会話が興味深かった。

 漫画家の久保ミツロウ、エッセイストの能町みね子、音楽クリエイターのヒャダインのトークで主に進行するこの番組。この日は、ゲストとしてレイザーラモンRGが迎えられていた。

 ゴダイゴの名曲「ガンダーラ」を歌いながら、「最近のタケカワユキヒデ」の格好をして登場したRG。そんな彼にヒャダインが問いかける。

「RGさんのネタって、このタケカワユキヒデもそうですけど、受け手のセンスが問われるじゃないですか」

 これにRGが答える。

「それすごく褒めていただくいい言葉だと思うんですけど、簡単にいうとスベることが多いってことなんですよね」

 そして、千原ジュニアの言葉を引用しながら訴える。

「ジュニアさんが言ってたんですけど、『スベるってことはない。伝わらなかっただけだ』って」

「『スベる』じゃなくて、『ちょっとわかんなかったな』ってことにしてください」

「『あいつスベってたな』で、すぐにマウントとるんですよ。世の中って。スベるってことは打席に立ったってことで、打席に立たなければスベらないことなんですよね。打席に立ってる勇気をなぜたたえない」

 なるほど、「スベる」という言葉は、発信者の能力不足を指摘しているように聞こえる。しかし実際には、「ウケる」かどうかは発信する側と受信する側の相性、お互いの知識や感性がどれだけ重なっているかにもよる。関係性の中でウケたりスベったりするものを、発信者個人の能力にのみ帰責するのはいかがなものか。打席に立った側を一方的に責めるのはどうなのか。個人が「スベった」のではなく、お互いの関係性の中で「伝わらなかった」のだ。RGの訴えは、そんなふうに解釈できるかもしれない。

 RGの話を受け、久保らのトークはネタを交えながら誇大妄想的に展開していく。発信側が一方的に「スベった」と糾弾される状況が続くと、世界は一体どうなるのだろう?  戦争が起きるだろう。森林が、地球が、そして宇宙が死んでいくだろう。お互いを理解し合わなければならない。悪い流れを今ここで止めなければならない――。議論が盛り上がったところでRGが宣言する。

「導かないとですよね」

 ウケる/スベるのジャッジを通してマウントをとろうとする世間の不寛容さを問題視していた人が、人類の導師になり圧倒的なマウンティングを決めようとするオチ。もちろんギャグなわけだけれど、小さなサークルがカルト化していくさまを短時間で見せられたかのような展開に笑った。

 くしくも、この日RGが着ていたタケカワユキヒデの衣装は、インチキ宗教家のようだった。

 芸人のネタを「スベった」ではなく「わからなかった」と受け止める。テレビの中でこれを実践しているのが、黒柳徹子だろう。『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で芸人に「これから面白いことをしてくださるそうです」などと前フリした上でネタを披露させ、しかし自分はなかなか笑わない。その様子は「芸人つぶし」とも呼ばれるけれど、考えてみればこれは黒柳なりの「わからなかった」という意思表示なのかもしれない。

 そんな『徹子の部屋』の制作現場に潜入していたのが、21日の『松之丞カレンの反省だ!』(同)。ロケに向かったのは講談師の神田松之丞である。収録に臨むにあたり、スタッフからみっちりとゲストについてのレクチャーを受けている黒柳の様子がカメラに収められていた。

 さて、スタッフとの打ち合わせの合間に神田が黒柳に問いかける。話題は『反省だ!』で共にMCを務める滝沢カレンについてだ。

神田「滝沢カレンさんが(『徹子の部屋』に)いらっしゃったときに、すごくなんか徹子さんと話が弾んでたって」

黒柳「息が合っちゃって。あの方と息が合うなんて、相当私も変わってると思いましたよ」

神田「徹子さんもカレンさんのこと変わってると思いました?」

黒柳「私もあんなときがありましたからね」

 滝沢が出演した回は昨年の『徹子の部屋』の中でも指折りの面白さだったのだけれど、なるほど、滝沢は黒柳も認める好相性。『部屋』を引き継ぐ者として、滝沢は適任なのかもしれない。

 対して、今年5月に放送された『マツコ&有吉 かりそめ天国』(同)で黒柳の後継者としてマツコと有吉が推していたのは、アニマル浜口の娘にしてレスリングの五輪メダリスト、浜口京子である。18日の同番組では、浜口が椎名林檎とトークをしたAbemaTVの映像(『蜜と毒と薬』2019年5月27日)を見た上で、浜口の可能性についてさらに語られた。

 憧れの椎名に自作の俳句「ジョウロより 流れる愛 薔薇受ける」を披露する京子、座右の銘は「いつでも戦えるようにしておけ」だという京子、上腕二頭筋の筋トレ方法を椎名にレクチャーする京子。

 そんな映像を見た有吉は言う。

「いつも通りだよ。なんてことない、いつもの京子ちゃんじゃん」

 マツコも呼応する。

マツコ「やっぱできるわね。できるわよ『京子の部屋』」

有吉「誰が来ても自分の話してりゃいいんだもん」

 カレンと京子。当人も誰も望んじゃいない『徹子の部屋』をめぐる跡目争いが、僕の中で始まった。アンミカが大外から追い上げている。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

コロチキ・ナダルが投げかけた「コマネチ」本当に面白いのか問題

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(9月8~14日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

細川たかし「電車、初めて乗りましたね。満員でしたね」   

 私たちは多くのことを知らない。数学の難問の答えを知らないし、未解決事件の犯人を知らない。不倫発覚後の原田龍二が繰り返し口にする「深い反省」が本当かどうかも知らない。けれどこれらは、世界中の数学者が考え続けたり、警察の捜査が進んだりすれば、いつか答えが出るかもしれない。原田についても、今後また不倫するかどうかで答えを知ることができるかもしれない。知りたいかどうかはともかくとして。

 他方で、世界中の数学者がそこに難問があることに気づいていなかったり、誰にも気づかれずに犯人が事件を完遂していたり、原田の不倫が報じられずに家庭内でのみ問題になっていたとしたらどうだろう。このとき私たちは、問いの答えを知らないのではなく、そこに問いがあることにすら気づいていない。知らないということすら、知らない状態にあるのだ。

 そんな、知らないことすら知らなかったという場面を、先週のテレビの中からいくつか報告したい。

 たとえば、15日の『カンニング竹山の新しい人生、始めます!』(BSテレ東)で、あご勇が密着されていた。かつて芸人として一世を風靡したあご。一時期はテレビとラジオのレギュラー番組が12本、年収は3,000万円に上ったというが、その姿をメディアで見なくなって久しい。そんなあごは、2年ほど前から日帰りバスツアーの添乗員として活躍しているという。

 あるいは、12日の『勇者ああああ』(テレビ東京系)。この日は、メインMCのアルコ&ピースとゲストがスタジオでVTRを見る形式の企画だったが、そのVTRに、にしおかすみこが出ていた。女王様に扮したピン芸人として活躍していた彼女。しかし、今回画面に映っていたにしおかは、普通の清楚な服に身を包んでいた。なお、お化け屋敷に入ろうとするシーンがあったのだけれど、にしおかは過去に失神したことがあるので、お化け屋敷はNGらしい。

 そして、9日の『ごごナマ』(NHK総合)。関東方面を台風が襲ったこの日のゲストは、細川たかしとその弟子の杜このみ。しかし、細川は生放送の冒頭に姿がなかった。台風の影響で到着が遅れている細川は、車をあきらめ電車での移動に切り替えたらしい。杜は、電車に乗るのが初めてだという師匠を心配する。

「切符の買い方とかわかるかな?」

 細川は番組開始から41分ほどたったところで到着。開口一番、69歳にして初体験だという満員電車の様子をリポートし、しみじみと感想を漏らした。

「電車、初めて乗りましたね。満員でしたね」

「あれを通勤の朝やってると思ったら、大変なことですね」

 さらに、台風のため衣装が届いていなかった細川の装いは、いつものような着物ではなく私服だった。胸のところにドクロマークの入った、テカテカ光る素材の黒いブルゾンのようなものと、黒のズボン。そんな黒ずくめの格好で新曲「冬嵐」を歌い上げた。なお、歌声と髪形はいつもと変わらなかった。

 私たちは多くのことを知らない。しかし、あご勇の現在、にしおかすみこの現在とNG項目、細川たかしの電車経験の有無と私服。これらは、そもそも多くの人が疑問にすら思っていなかったことだ。そんな知らないということすら知らなかった数々のことを、先週もテレビを通じて知ることができた。

 知りたかったかどうかはともかくとして。

 9日の『痛快! 明石家電視台』(毎日放送)に、コロコロチキチキペッパーズが出演していた。「キングオブコント」でコロチキが優勝したのは2015年。その後、特にナダルは「ポンコツ」なキャラクターがウケて、バラエティ番組(の中でも、特にお笑い色の強い番組)でよく見かけるようになった。この日も、相方の西野が、ナダルの「ポンコツ」ぶりを示すエピソードを紹介していた。

 たとえば、ナダルは、その発言がしばしばネットニュースになる。そこに寄せられるコメントは、「ホントにナダル大嫌い」とか「コイツが出てたらチャンネル変える」といった批判的なものらしい。しかしその中にひとつだけ、「本当にナダルは面白い。これからのお笑いを背負っていく」というコメントがあった。しかし、実はこれ、ナダルが自分で書き込んだもの。真相を問われたナダルは、真っすぐな目で答える。

「これからも投稿しますよ。かわいそうやもん」

 すがすがしいまでの自作自演。なお、アカウント名は「チェンジアップ」らしい。

 また西野いわく、ナダルは千鳥よりも自分が面白いと思っているという。千鳥がMCを務める番組に出演したときのこと。ナダルはいつものように「ポンコツ」ぶりを披露し、それをノブらがツッコミ、笑いに変えていた。しかし、ナダルは、それが不服だったらしい。収録後に楽屋に戻り、「千鳥さん、しんどいな」と口にした。

 さんまによると、今田耕司を怒らせたこともある。今田がナダルを飲みに誘ったとき、朝6時開始の学園祭を理由に断られた。あからさまな「ウソ」にキレる今田。しかし、ナダルにしてみるとこれはギャグで、「そんな学園祭があるわけない」とツッコんでほしかったのだという。そんなことがあったので、ナダルは今田を力不足だと思っているらしい。

 このように「ポンコツ」ぶりを示すエピソードに事欠かないナダルだが、ひそかに先輩たちを含む芸人のギャグのランキングもつけているという。自身のギャグである「やっべぇぞ」の順位は200位と低い。「だってウケないですもん」と評価は冷静だ。他方で201位はというと、ビートたけしの「コマネチ」だという。

「コマネチ、全盛期はすごかったです。冷静に、冷静にね、今たけしさんここ出てきてコマネチやったとするでしょ。誰が笑いますか?」

 とっさに「笑うやろ」と、周囲の芸人が反射的にツッコむ。しかし、コマネチが「面白い」かどうかあらためて問われると、少し悩んでしまう。

 もちろん、状況次第では笑えることもあるはずだ。けれど多くの場面でのコマネチは、もはや爆笑を狙ったギャグというか縁起物、あるいは始球式に近い気もする。だからむしろ、かしこまった舞台でたけしがコマネチをやると、ちゃんとウケる。そんな「コマネチ」をほかのギャグと同列に並べ、笑いの量で比べるのは適切ではないのかもしれないが、いずれにせよ、反射的に「笑うやろ」と却下できない洞察がナダルの問いにはあるようにも思えて厄介。さんまも少しズラす形で、この問いには応答していた。

「コマネチでは……そら笑われへんやん。オレら同業者やしやな、次の展開考えるよな、どうしても。コマネチやった後」

 これまであまり問われなかったことを、ナダルが問う。番組内で答えは出なかったし、別に出す必要はないわけだけれど、さて、たけしのコマネチは面白いのか。最後に面倒な問いを抱え込んでしまった。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

カジサック、フワちゃん……YouTube芸人の生きざま

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(9月1~7日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

フワちゃん「おはピヨ! フワちゃんで~す!」

 芸人にとってYouTubeは敵。明石家さんまが、そんな趣旨の発言をしたことがある。1人でも多くの人にテレビを見てもらいたいという思いで仕事をしている自分たち芸人にとって、YouTubeは戦うべき相手だ。特に若い視聴者をYouTubeから取り戻さないといけないのだ、と。テレビの第一線で数十年活動し続けてきた芸人の、矜持を示す言葉である。

 けれど、芸人がYouTubeにチャンネルを持ち、動画を投稿することは、もはや当たり前の現象になっている。テレビで有名になった芸人がYouTubeに動画を上げるだけではなく、無名の芸人がYouTubeで人気になり、テレビに出るというケースも散見される。

 その代表格がフワちゃんだろう。かつてワタナベエンターテインメントに所属する芸人だった彼女は、日の目を見る前に事務所を解雇。以後、フリーで活動を続けていたところ、YouTubeに投稿した動画が面白いと話題になった。ネット上での人気を追い風にテレビでの露出も増え、『ウチのガヤがすみません!』(日本テレビ系)では現在、ほぼ毎週出演している。トレードマークは蛍光色のスポーツブラとホットパンツ、そしてスマホと自撮り棒。ちなみに、あのお団子の髪形は、ビビアン・スーのマネから始まったらしい。

 そんなフワちゃんが7日の『ゴッドタン』(テレビ東京系)に出演していた。この日の企画は、ストイックなコント職人として知られる東京03・飯塚に、お笑いを語り合える若い友達を作ってあげようというもの。その友達候補の1人がフワちゃんだった。

「おはピヨ! フワちゃんで~す!」

 そういって登場するなりスマホで飯塚らを撮影し始めたフワちゃんに、飯塚は早々に白旗を揚げる。

「絶対無理! 一番友達になりたくないタイプだもん」

 なるほど確かに、練り上げられた構成と高い演技力で魅せるコントを披露してきた飯塚と、テンション高く野放図に振る舞っているように見えるフワちゃんの間には、大きな隔たりがあるようにも思う。

 だけどフワちゃん、ただテンションが高いだけの芸人ではない。そう感じたのは、『チルテレ』(BS日テレ、8月1日)のインタビューを見たときだった。座右の銘を聞かれた彼女は、いつものヘラヘラした調子から少しだけ真面目な顔つきに変わり、こんなふうに答えた。

「自分でやってて楽しいことをしたいなと思って(今の仕事を)始めたから、それに従ってやるようにしています」

 座右の銘は? という問いかけに対する答えではないようにも思う。けれど、ここから読み取るべきは、実感を伴わないことわざや偉人の格言に頼るのではなく、自分の内側から出てくる手触りのある言葉を指針にするという姿勢なのかもしれない。

 フワちゃんの話は続く。自分が楽しいことをしたい。自分が最高だと思うことをしたい。だからあまり、人の意見は聞かない。偉そうにアドバイスをしてくる人がいると、ケンカにならないよう表面上は「そうですよねー」と受け流すが、心の中では「知ーらんべー」と舌を出していたりする。

 そう語る彼女は、しかし、これはあくまで自分のやり方だと付言した。

「私はそういうポリシーだけど、人のことを吸収して育ったほうがいいっていう人もいるだろうから。自分にどういうのが向いてるかっていうのを、自分で分析して、自分で分析した通りにやることが大切だなと思います」

 自分の意見の発信が、他人への押し付けになっているかもしれない。そんな気配を察知すると即座にフォローを挟む。タガが外れたようなテンションでも、番組収録中にスマホで中継を始めるといった行動でもなく、こういった配慮が自然に出てくるところが最もインターネット的なのかもしれない。

 テレビのバラエティ番組ではなくYouTubeで頭角を現したフワちゃん。お笑い怪獣が「戦場」と呼ぶ場所の外からやって来た彼女は、自分から敵を作らない。

 テレビで活躍する芸人が、YouTubeで活動を始めるケースは数多い。舞台のネタ動画を淡々と投稿する者、ゲーム実況で人気を集める者、キャンプや釣りなどの趣味を披露する者、企画性の高い動画を投稿する者。芸人によりYouTubeの使い方はさまざまだが、いずれにせよ、片手間に関わるものではなくなっているようだ。

 ただし、テレビで名前の知れた芸人がYouTubeで成功した例は、あまり多くない。ヒロシやゴー☆ジャスなど、いわゆる「一発屋」と呼ばれる芸人が注目を集めることが多いようにも思う。とはいうものの、今年5月にはスギちゃんが約1年でチャンネルでの動画投稿を終えてしまった。エレベーターの中や美容室などさまざまな場所で「フェニーックス!」と叫んで腕を広げるという動画をいくつも投稿していた波田陽区は、その意味不明さで一時期話題となったが、最近では再生数が伸び悩んでいるようだ。

 そんな中、芸人ユーチューバーとして最も成功しているケースが、カジサックことキングコング・梶原雄太 であることは間違いないだろう。そんな梶原が、2日の『しくじり先生』(テレビ朝日系)に出演。仕事に追われ、キャパオーバーで失踪しないための対処法を授業していた。

 NSC在籍中にNHK上方漫才コンテストで最優秀賞を受賞、デビューして約2年で『はねるのトびら』(フジテレビ系)のレギュラー獲得など、輝かしい実績を残してきたキングコング。しかし、必ずしも実力が伴わず、人気先行でテレビ出演が増えたことで、数々の番組で失態を繰り返してしまう。テレビやラジオ、舞台などの仕事が連日連夜続く過密なスケジュールと、周囲からの期待に応えなければというプレッシャー。その結果、梶原は一時期失踪してしまった。概要については比較的知られているエピソードだと思うが、先週の『しくじり先生』では、その顛末について梶原本人が詳細に語っていた。

 梶原いわく、仕事が多忙を極める中、大阪から東京に向かう新幹線の車内で体が震えだし、出番直前でトイレに隠れるなど現実逃避が始まり、徐々に感情もなくなっていった。しかし、そんな自身の状況を誰に相談することもなく、しゃかりきに 頑張る自分を演じ続けていた。そんなある日、とうとう頭が「パーン」となり、失踪。「パーン」となってからしばらくの記憶はないという。

 特に深夜時代の『はねトび』は、スケジュールが相当厳しかったらしい。金曜の昼 12時に集合し、土曜の朝6時までコントの打ち合わせとリハーサル。その後、一睡もせずにラジオ体操を挟んで収録が始まり、土曜の深夜24時に終了。そこから日曜の朝5時まで反省会もあった。さらに収録中、梶原はずっとスベっていたのだという。

 そんな梶原が「余談ですが」と前置きして語り始めたのが、カジサックという名前の由来である。かつて『はねトび』で梶原がタイ人に扮するコントがあった。そのキャラクター名が「カジサック」だった。

「あまりにもスベりすぎて思い出に残っちゃって。そっから、ゲームとかあるじゃないですか。『ドラゴンクエスト』とか『ファイナルファンタジー』とか。全部カジサックって名前でやってたんですよ。で、YouTubeやることになって、せっかくだったらその名前つけようって」

 芸人にとってYouTubeは敵。明石家さんまはかつてそう語ったが、その現場には赤ジャージを着て頭にタオルを巻いた梶原もいた。若い人たちに話を聞くと、みんなYouTubeでテレビ番組を見ていたりする。なんとか1人でもテレビをつけさせるために、自分たちテレビで生きてきた人間は対抗しなければいけない。そう語るさんまに、梶原は反論した。

「だからなんですよ。だからYouTubeで活躍してスターになって、YouTubeでテレビ見たくなった小中高生たちを、もう1回テレビに戻したいっていう思いがあるんですよ」(『さんまのお笑い向上委員会』2018年11月17日、フジテレビ系)

 かつて自分を追い込んだ場。逃げ出した場。そんな苦い記憶が刻まれたテレビを象徴するような名前を梶原は自ら名乗り、YouTubeで返り咲く。まるで、テレビに翻弄されてきた自分を取り戻しているかのようだ。そしてその歩みは、テレビに敵対するのではなく、視聴者をテレビに取り戻そうとする挑戦とも重なっている。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

テレ朝・弘中綾香が拡張する「女子アナ」の定義

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(8月25~31日)見たテレビの気になる発言をピックアップします

太田光「芸っていうものが、実はなんでもクリアしていくための武器になる」

 新商品につながるアイデアの生み出し方をレクチャーする。そんなシーンで爆笑問題の太田が熱く語ったのは、「芸」のことだった。お笑い芸人が企業を訪ねてビジネス講座を開く『芸人先生』(NHK Eテレ)。その26日の放送でのことである。

 太田は語る。東日本大震災の発生後、最初にテレビのネタ番組に出演したときのこと。当然、ほかの芸人は震災に触れないネタを披露した。しかし、爆笑問題は事情が違う。普段から時事ネタ漫才をやっている自分たちが、これだけ大きな出来事に触れなかったとしたら、むしろ触れたとき以上の意味を持ってしまうだろう。

 考え抜いた結果、「ぽぽぽぽ~ん」というフレーズが強い印象を残したACジャパンのCMを切り口にすることにした。震災に直接言及するのではなく、多くのスポンサーがテレビCMを自粛し、一斉に公共広告に切り替わった状況、震災に動揺した世間を俎上に載せたのだ。

 太田はここに「芸」があるという。ストレートに取り上げると笑いに結びつかない事象を、いかに視聴者の共感を得る形でネタに昇華できるか。テレビの放送に乗せられるか。ここに「芸」が宿るのだ、と。

「やっぱ芸っていうものが、実はなんでもクリアしていくための武器になる」

 あるいは番組後半、社員から爆笑問題に次のような相談が寄せられる場面があった。新商品を作る際、最初はお客さんに届けたい商品は何かという発想から開発が始まるが、徐々に会社の中で決裁権を持つ人たちの意向を考えるようになってしまう。漫才を作る際にも、いつの間にか目的を見失ったりすることはないのか?

 これに太田は次のように答えた。ネタの一部が聞き手に「引っかかり」を感じさせてしまうと思ったら、自分たちも少し言い方を変えてみたり、先にフォローを入れたりという工夫はしているかもしれない。たとえば、「こんなことを言うと誤解されるかもしれませんけど」と前振りした後で本音を語るとか。

「(そうすることで)共感にもつながるし。急に危ないことを言ったらやっぱり、お客も引くんですよね」

 同じように、決裁権を持つ人の意向を考慮した提案をするのは、間違っていないだろう。むしろそこを考慮することが、より魅力的な提案のためには必要なのかもしれない。

「それで縛られちゃうって思うかもしんないけど、そこを考えないと、突っ走っちゃうと、まったく人の共感を得られないものになっちゃうから」

 しばしば「毒舌」と評される太田は、テレビや世間の枠組みを無視して突っ走っているように見える。しかし、話を聞く限り、彼は枠組みの中でどこまで自身の考える笑いを表現できるか、それを「芸」として追求しているのだ。太田はしばしば感情の高ぶりを隠さずに語る。しかし、その言葉は途中で何度も詰まりながら、ときにたどたどしく発される。解放と抑制のバランスを保ちながら語る姿に、まさに彼がいうところの「芸」が体現されているようにも思う。

 アイデアの生み出し方に関するビジネス講座で太田が語ったのは、「芸」についてだった。しかしそれは、ビジネス講座という枠組みの中で、ビジネスにも通じるメッセージになっていた。

 太田は「芸」を語りつつ、「芸」を実践していた。

 女性ファッション誌の表紙でセミヌードを披露したり、将来の首相候補と目される代議士と結婚したり、チャリティマラソンを完走したり。フリーか局アナかを問わず、最近あらためて「女子アナ」が話題になることが多い。

 テレビ朝日の弘中綾香もまた、注目を集める「女子アナ」の1人だ。『激レアさんを連れてきた。』で、その奔放な発言が広く知られることになった彼女。31日深夜には、局の垣根を超えて『オールナイトニッポン0(ZERO)』(ニッポン放送 )のパーソナリティを務めた。その前哨戦、4月に『オードリーのオールナイトニッポン』(同) にゲスト出演した際は、「夢は革命家」といった発言でも話題になった。

 そんな弘中の初めての冠番組が、先週28日に最終回を迎えた『ひろなかラジオ』である。7月末から期間限定でAbemaTVにて配信されていた同番組は、弘中がインスタグラムに寄せられた質問に答えたり、好きな本やアイドルグループを紹介したり、コスプレやギャルメイクを体験したり、そんなラジオともテレビとも動画配信ともつかないプログラムだった。

 先日の最終回は全編フリートーク。弘中がいま一番会いたい人として名前を挙げた、講談師の神田松之丞がゲストに迎えられた。神田の前で弘中は語る。

「つまらない大人になりたくないなって、ずっと思ってて」

 弘中いわく、ただの視聴者としてテレビを見ていたときの自分は、「アナウンサーって、なんでつまらないことばっか言ってるんだろう」と思っていた。もちろん、局アナになった今となっては、社員としての役割と責任があるのだということが理解できる。ただ、入社後も、こんなふうに思う自分がいる。

「ああいうふうに、80点を取りにいきたくないなって」

 この発言に、神田も思わずツッコむ。

「俺はロックスターとしゃべってますか?」

 同番組ではこれまでにも、ロックスターのような発言が弘中から幾度も聞かれた。たとえば、「結婚していない私は欠陥品なのではと思ってしまう」という女性からのお悩みには、自分も結婚していないので既婚者の気持ちはわからないとしつつ、次のように持論を語った。

「逆に、自分に何か足りないからみんな結婚するんじゃないの? (中略)結婚していないってイコール、不足しているってことじゃないと思う。自立しているってことだと思う。1人でも生きていけるってことだから。自分に拍手!」(8月7日)

 あるいは、「遠距離の彼との結婚を考えているのですが、仕事を辞めるかどうか悩んでいます」という女性からの相談には、子育てを考慮すると相手についていく選択肢もあると思うと前置きした上で、こう応じた。

「仕事を辞めて向こうに行くっていう選択肢もあると思うんですけれども、なんでそれはいつも女の人だけなんだろうと思うんですよね。すごくもったいなくないですか? 私だってキャリアがあるのに、なんで私が辞めなきゃいけないのって……思うよねぇ~」(8月14日)

 少しずつ変化してはいるのだろうけれど、番組のメインを務める男性出演者をサブの位置からサポートする役割を担うことが多かった「女子アナ」は、自らの意見を語る場面がやはり相対的に限られているように思う。しかし、「革命家」たらんとする弘中は、ときに社会の支配的な価値観や慣習と衝突しながらも、個人として語る。しかも、テレ朝きっての人気「女子アナ」という立ち位置はそのままに。

「女子アナ」という枠組みの内側で、弘中は一人称で自らの考えを表現する。「女子アナ」の可能性は少しずつ広がっていく。これもまた、ひとつの「芸」のなせる業なのかもしれない。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

 

テレ朝・弘中綾香が拡張する「女子アナ」の定義

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(8月25~31日)見たテレビの気になる発言をピックアップします

太田光「芸っていうものが、実はなんでもクリアしていくための武器になる」

 新商品につながるアイデアの生み出し方をレクチャーする。そんなシーンで爆笑問題の太田が熱く語ったのは、「芸」のことだった。お笑い芸人が企業を訪ねてビジネス講座を開く『芸人先生』(NHK Eテレ)。その26日の放送でのことである。

 太田は語る。東日本大震災の発生後、最初にテレビのネタ番組に出演したときのこと。当然、ほかの芸人は震災に触れないネタを披露した。しかし、爆笑問題は事情が違う。普段から時事ネタ漫才をやっている自分たちが、これだけ大きな出来事に触れなかったとしたら、むしろ触れたとき以上の意味を持ってしまうだろう。

 考え抜いた結果、「ぽぽぽぽ~ん」というフレーズが強い印象を残したACジャパンのCMを切り口にすることにした。震災に直接言及するのではなく、多くのスポンサーがテレビCMを自粛し、一斉に公共広告に切り替わった状況、震災に動揺した世間を俎上に載せたのだ。

 太田はここに「芸」があるという。ストレートに取り上げると笑いに結びつかない事象を、いかに視聴者の共感を得る形でネタに昇華できるか。テレビの放送に乗せられるか。ここに「芸」が宿るのだ、と。

「やっぱ芸っていうものが、実はなんでもクリアしていくための武器になる」

 あるいは番組後半、社員から爆笑問題に次のような相談が寄せられる場面があった。新商品を作る際、最初はお客さんに届けたい商品は何かという発想から開発が始まるが、徐々に会社の中で決裁権を持つ人たちの意向を考えるようになってしまう。漫才を作る際にも、いつの間にか目的を見失ったりすることはないのか?

 これに太田は次のように答えた。ネタの一部が聞き手に「引っかかり」を感じさせてしまうと思ったら、自分たちも少し言い方を変えてみたり、先にフォローを入れたりという工夫はしているかもしれない。たとえば、「こんなことを言うと誤解されるかもしれませんけど」と前振りした後で本音を語るとか。

「(そうすることで)共感にもつながるし。急に危ないことを言ったらやっぱり、お客も引くんですよね」

 同じように、決裁権を持つ人の意向を考慮した提案をするのは、間違っていないだろう。むしろそこを考慮することが、より魅力的な提案のためには必要なのかもしれない。

「それで縛られちゃうって思うかもしんないけど、そこを考えないと、突っ走っちゃうと、まったく人の共感を得られないものになっちゃうから」

 しばしば「毒舌」と評される太田は、テレビや世間の枠組みを無視して突っ走っているように見える。しかし、話を聞く限り、彼は枠組みの中でどこまで自身の考える笑いを表現できるか、それを「芸」として追求しているのだ。太田はしばしば感情の高ぶりを隠さずに語る。しかし、その言葉は途中で何度も詰まりながら、ときにたどたどしく発される。解放と抑制のバランスを保ちながら語る姿に、まさに彼がいうところの「芸」が体現されているようにも思う。

 アイデアの生み出し方に関するビジネス講座で太田が語ったのは、「芸」についてだった。しかしそれは、ビジネス講座という枠組みの中で、ビジネスにも通じるメッセージになっていた。

 太田は「芸」を語りつつ、「芸」を実践していた。

 女性ファッション誌の表紙でセミヌードを披露したり、将来の首相候補と目される代議士と結婚したり、チャリティマラソンを完走したり。フリーか局アナかを問わず、最近あらためて「女子アナ」が話題になることが多い。

 テレビ朝日の弘中綾香もまた、注目を集める「女子アナ」の1人だ。『激レアさんを連れてきた。』で、その奔放な発言が広く知られることになった彼女。31日深夜には、局の垣根を超えて『オールナイトニッポン0(ZERO)』(ニッポン放送 )のパーソナリティを務めた。その前哨戦、4月に『オードリーのオールナイトニッポン』(同) にゲスト出演した際は、「夢は革命家」といった発言でも話題になった。

 そんな弘中の初めての冠番組が、先週28日に最終回を迎えた『ひろなかラジオ』である。7月末から期間限定でAbemaTVにて配信されていた同番組は、弘中がインスタグラムに寄せられた質問に答えたり、好きな本やアイドルグループを紹介したり、コスプレやギャルメイクを体験したり、そんなラジオともテレビとも動画配信ともつかないプログラムだった。

 先日の最終回は全編フリートーク。弘中がいま一番会いたい人として名前を挙げた、講談師の神田松之丞がゲストに迎えられた。神田の前で弘中は語る。

「つまらない大人になりたくないなって、ずっと思ってて」

 弘中いわく、ただの視聴者としてテレビを見ていたときの自分は、「アナウンサーって、なんでつまらないことばっか言ってるんだろう」と思っていた。もちろん、局アナになった今となっては、社員としての役割と責任があるのだということが理解できる。ただ、入社後も、こんなふうに思う自分がいる。

「ああいうふうに、80点を取りにいきたくないなって」

 この発言に、神田も思わずツッコむ。

「俺はロックスターとしゃべってますか?」

 同番組ではこれまでにも、ロックスターのような発言が弘中から幾度も聞かれた。たとえば、「結婚していない私は欠陥品なのではと思ってしまう」という女性からのお悩みには、自分も結婚していないので既婚者の気持ちはわからないとしつつ、次のように持論を語った。

「逆に、自分に何か足りないからみんな結婚するんじゃないの? (中略)結婚していないってイコール、不足しているってことじゃないと思う。自立しているってことだと思う。1人でも生きていけるってことだから。自分に拍手!」(8月7日)

 あるいは、「遠距離の彼との結婚を考えているのですが、仕事を辞めるかどうか悩んでいます」という女性からの相談には、子育てを考慮すると相手についていく選択肢もあると思うと前置きした上で、こう応じた。

「仕事を辞めて向こうに行くっていう選択肢もあると思うんですけれども、なんでそれはいつも女の人だけなんだろうと思うんですよね。すごくもったいなくないですか? 私だってキャリアがあるのに、なんで私が辞めなきゃいけないのって……思うよねぇ~」(8月14日)

 少しずつ変化してはいるのだろうけれど、番組のメインを務める男性出演者をサブの位置からサポートする役割を担うことが多かった「女子アナ」は、自らの意見を語る場面がやはり相対的に限られているように思う。しかし、「革命家」たらんとする弘中は、ときに社会の支配的な価値観や慣習と衝突しながらも、個人として語る。しかも、テレ朝きっての人気「女子アナ」という立ち位置はそのままに。

「女子アナ」という枠組みの内側で、弘中は一人称で自らの考えを表現する。「女子アナ」の可能性は少しずつ広がっていく。これもまた、ひとつの「芸」のなせる業なのかもしれない。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)