『ラヴィット!』まるで大喜利番組? 麒麟・川島の絶妙な采配「大喜利チャンスだと思わないでください」

 テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(7月4~10日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

「伝説のNHKアナが地上波9年ぶりの登場」

 テレビの中にはクイズがあふれている。クイズ番組が多いだけではない。一見そうは見えないところにも、実際にはクイズが潜んでいる。

 たとえば、情報番組ではフリップの一部…

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『ゆりやんと7人のツッコミ』と小沢真珠と 「特番ってここまでなんでもやっていいもんなん?」

 テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(6月27~7月3日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします

陣内智則「どういうこと? コンセプト教えてよ」

「特番ってここまでなんでもやっていいもんなん?」

 濱家隆一(かまいたち)が途中で発したそんなツッコミが、番組の雰囲気をよく表していた。27日深夜に放送された『…

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博多大吉「自由が一番不自由なんだよ」バイキングで“占う”来し方行く末

 テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(6月20~26日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

博多大吉「自由が一番不自由なんだよ」

 芸能人が素顔や本音を晒すことを謳うテレビ番組は、見せ方を変えながら以前からずっとある。芸能人、特にタレントは何かを売るために自分を売ることを仕事の柱にしていると考えるなら、それは自然…

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『大豆田とわ子』『生きるとか死ぬとか父親とか』“箱の中身”が組み直すいくつかの関係

 テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(6月13~19日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

蒲原トキコ(吉田羊)「私は母の人生について、本人の口から何も聞けなかったことをとても後悔していた」

 最終回を目前に控えたドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』(テレビ東京系)。コラムニストやラジオパーソナリティーなどとして…

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境界線を揺るがす、千鳥とウーマンラッシュアワー

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(12月8~14日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

千鳥・大悟「開いとる店は開いとるけど、閉まっとる店は閉まっとる」

 ステージを降りた千鳥のノブは振り返る。

「この漫才やろうって言いだして、当日までずっと怖かったです」

 8日の『THE MANZAI 2019 マスターズ』(フジテレビ系)。合計23組の芸人がおのおのの持ち味を発揮した漫才を披露したが、ネタの珍妙さにおいて群を抜いていたのは、やはり千鳥だった。センターマイクの前に立ち、軽く客席をいじりながら始まった彼らの漫才。大悟の一言から状況は動きだす。

「あれやねぇ……ラーメンはおいしいな」

 みんなラーメンは大好きだ。ワシ(大悟)も同じく好きだ。けれど、ちょっと問題もある。

「夜の10時ぐらいに行くとや、ラーメン屋さんって開いてる店は開いてるけど、閉まっとるとこは閉まっとるからな」

 ラーメン店は、昼に行ったら普通は開いている。3時から5時ぐらいまで休憩している店もあるけれど、5時から9時ぐらいまではたいてい開いている。ただ――。

「10時っていうのはな、開いとる店は開いとるけど、閉まっとるとこは閉まっとるからな」

 客席の皆さんも行ってみればいい。開いとる店は開いとるけど、閉まっとる店は閉まっとる。ワシはおかしなことはひとつも言っていない。経験上、開いとる店が閉まっとって、閉まっとる店が開いとることはない。

 ラーメンの味は関係ない。しょう油であれ塩であれとんこつであれ、開いとる店は開いとるけど、閉まっとる店は閉まっとる。最近はやっているあっさりしょう油のラーメン屋も、開いとる店は開いとるけど、閉まっとる店は閉まっとる。しょう油ラーメンの店に行くとしよう。すると、開いとる店なので開いとる。あっちの店ラーメンの店は閉まっとる店だから閉まっとる可能性がある。一か八か あっちのラーメン屋に行ってみよう。すると、閉まっとる店やったから閉まっとった。

「怖いのよ、もう」

 永遠に続くかに見えた「開いとる店は~」のループに、ここでようやくノブが重めのツッコミを入れる。しかし大悟は止まらない。ノブは話をそらしたり、大悟をセンターマイクに近づかせないようにしたり、手を替え品を替え、例の一言を言わせまいとする。しかし、タイムループものの物語のように、大悟の言葉はどうやったってこの一言に着地する。

「開いとる店は開いとるけど、閉まっとる店は閉まっとる」

 繰り返される同じフレーズ。絶対に誤りようのないトートロジー。しかし、いかに正しいメッセージでも、それを何度も繰り返すという状況は異常である。トランス状態になってくる。大悟が「開いとる」「閉まっとる」と言うときの「る」の巻き舌が耳に残る。大悟が「開いとる店は~」と言い始める前に期待して笑ってしまう。「開いとる店は~」と言い始めると期待通りで笑ってしまう。舞台の上で繰り広げられているのが、同じフレーズの反復であるだけでなく、高校からの友人だという2人がこれまで繰り返してきたであろう、たわいもない戯れの反復にも見えてくる。

 境界線が揺らぐ。開いてる店は開いているし、閉まってる店は閉まってる。ということでよかっただろうか?

 ステージを降りたウーマンラッシュアワーの村本は振り返る。

「お客さんがみるみるうちに、どの顔で聞いたらいいかわからない顔(になるの)が最高でした」

 賞レース形式だった『THE MANZAI』でウーマンラッシュアワーが優勝したのは2013年。当時はバイトリーダーのネタなどを披露していたが、その後の彼らの漫才は、政治問題や社会問題をふんだんに盛り込んだスタイルになっている。

 今回の『THE MANZAI』で披露したネタも、冒頭こそ吉本芸人の“闇営業”といった話題だったものの、そこから話題は他の漫才師があまり手を付けないテーマへと踏み出していく。原発が数多く立地する福井県の若狭湾、その大飯郡おおい町出身だという村本は、客席を見つめながら連呼する。

「原発原発原発原発原発原発原発原発原発ね。みなさんが日頃から逃げてる言葉を浴びせてやりましたよ」

 村本は続ける。2年前にも、原発問題を盛り込んだネタを、この『THE MANZAI』の舞台で披露した。すると、「どうせお前らの町は原発で飯を食ってるくせに」と批判を受けた。確かに、地元には「原発で飯を食っている」人もいる。でも、そうでない人もいる。自分の祖母は農家をしている。ひとくくりに「原発で飯を食っている」と言われると、ムカつきもする。

 とはいうものの、と村本は切り返す。自分の近所の人や親戚には「原発で飯を食っている」人がいるだろう。自分の発言が誰かに迷惑をかけてしまうかもしれない。それに地元の人からしたら、原発があったら安全面で怖いし、なくても経済面で怖い。だが、人の利害や心情が絡み合ったそんな状況を気にせず、外野は原発の是非を二項対立で議論する。

「ウルトラマンと怪獣ばっかり応援して、その足元で家がたくさん潰されてることは無視するわけですよ」

 ここから村本の弁舌はさらに円滑になる。沖縄の基地問題、台風の避難所でのホームレスの拒否、朝鮮学校の問題、語りたい内容はたくさんある。今日はカメラの向こうの社会としゃべりたい。だが、こんなテーマについて誰かに語ると「みんながどういうテンションで聞いたらいいかわからない」とも言われる。では、そこで前提にされている「みんな」とは誰か。「みんな」の中に、果たしてホームレスや朝鮮学校の子どもたちはいるのか? センターマイクを握りしめた村本は喝破する。

「いつでもみんなの中にいない人がいて、みんなの中にいない人が透明人間にされて、透明人間の言葉は誰にも聞かれないようになるんですよ。透明人間がいっぱい日本にはいるわけですよ」

 政治問題を発信すると、そこには肯定派と否定派、友と敵の二項対立の構図が即座に描かれる。現にウーマンがテレビでネタをすると、ネットでは賛否が巻き起こる。絶対的な肯定派と絶対的な否定派が場外乱闘を繰り広げる。私たちの間に鋭い境界線が走る。分断が起きる。しかし、村本が少なくともこのネタの中でメッセージのひとつとして発信していたのは分断とは逆のこと、「みんな」のイメージを広げませんかということではなかったか。

 さて、村本は語り続ける。こういうネタをしている自分は、全国の原発がある地域に呼ばれて話をすることがある。それを聞きつけた小泉純一郎元総理と先日、原発をテーマに対談をしてきた。しかし――。

「そこで最近気づいたんですが、いま原発で飯食ってるの私でした!」

 冒頭の伏線を回収し、自分で自分をネタにする。ひとくくりにできない現状の中に、そんな「みんな」の中に、自分自身も投げ込んでいく。きれいなオチに笑った。

 村本は最後に言い放つ。

「笑いは緊張からの解放ですから、今お前らを逃してやったのは俺だぞ。じゃあな」

 境界線が揺らぐ。今日はカメラの向こうの社会としゃべりたいと言って彼がこっちをチラッと見た時、私はどんな顔で画面を見ていただろうか?

オードリー・若林から宮下草薙・草薙へ受け継がれる「自意識過剰芸人の葛藤」

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(12月1~7日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

オードリー・若林「俺もね、ホントやりにくかったのよ、35から40までが」

 古代中国の思想家である孔子は「四十にして惑わず」と言った。19世紀のフランスの詩人、ヴィクトル・ユーゴーは「40歳は青年の老年期」と書いた。そして、先日結婚したオードリー・若林は40歳を迎えたときに、「おじさんになって体力がなくなると、悩むことができなくなるんだ」と気づいた(『ナナメの夕暮れ』文藝春秋)。

 なるほど、40歳は人生の折り返し地点。自身の来し方行く末を考え直す年齢として、古今東西、共通するのかもしれない。ただ、晩年の思想家が“悟りを 開き始める時期”みたいに位置付けた年齢を、“体力がなくなって悩めなくなった時期”と喝破する若林はさすがである。いや、別に若林は孔子を意識して書いてはいないのだけれど。

 そんな若林がMCを務める『あちこちオードリー』(テレビ東京系)が7日に放送された。この日のゲストはアルコ&ピースと三四郎の2組。これにオードリーを加えた3組が、中堅芸人としてテレビで活動するときの難しさを語り合っていた。

 若林は語る。

「俺もね、ホントやりにくかったのよ、35から40までが。もう人見知りじゃないし、女の子苦手なんか言ってらんないし。だから、よくわかんなかった。ガールズバーばっか行ってるみたいなキャラを自分につけようと思ったけど、頑張って」

 オードリーが『M-1』で敗者復活から決勝進出を果たし、強いインパクトを残したのは2008年。このとき若林は30歳だった。そこからテレビで活躍の場が広がり、冠番組も多く持ってきた。当初は春日の貧乏キャラが注目されていたが、徐々に「人見知り」や「女性が苦手」といった若林の自意識過剰なキャラクターも面白がられ始めた。

 もちろん、「人見知り」といった若林のキャラクターは作り込まれたものではない。3日の『セブンルール』(フジテレビ系)では、若手時代の若林を知るお笑いライブ・イベント制作会社のK-PRO代表・児島気奈が、当時の印象を「若林さんはホントに誰ともしゃべってないっていうイメージしかなくて。こんなに下向くかっていうぐらい下向いてるイメージで」と語っていた。

 しかし、若林は徐々にラジオ、本、テレビなど、さまざまな媒体で自身の変化を語り始める。いわく、自意識にさいなまれることが少なくなった。スターバックスでグランデと言って「気取ってる」と思われても、気にならなくなった。子どもの写真を印刷した年賀状にいつまでもムカついていたら、もう人として終わりではないかと思い始めた。ガールズバーに頻繁に通っていたら、人見知りも直ってしまった。「人見知り」とか「女性が苦手」とか、そんな自意識過剰なことは言っていられなくなった。

 そして、40歳を迎えたときに、「おじさんになって体力がなくなると、悩むことができなくなるんだ」と気づいた。

 加齢がもたらすのは、体力の低下と内面の変化だけではない。周りとの関係も変化する。『あちこちオードリー』で、若林は語る。

 スタジオの中で自分が一番若手の時期は、そう長くない。5年ぐらいすると下から後輩が出てきて、先輩にイジられ始める。しかもMCには先輩芸人がいる。そんなときの自分の振る舞い方は難しい。後輩と張り合うのも大人げない気がする。

 こんな悩みを、若林はウッチャンナンチャンの南原清隆と2人でぜんざいを食べたときに話したらしい。南原からは、次のような答えが返ってきたという。

「前線から下がってパスを出したり、フォワードが決めきれないときに上がってってチョンっと蹴ってまた下がるとか、っていう時期がくるんだよ」

 先輩がまだ第一線を張り、若手も台頭してきている。その中で、一歩退いたところに自分が仕事をするポジションを見つけなければならない。自意識との呪縛から逃れ、40歳を越えた若林を待っていたのは、周りを生かしつつ自分の存在感を示す、そんな新たなミッションだった。

 青年期を抜け出し、中年期を乗り越えようとする芸人の軌跡を、若林はメディアでさらす。

 さて、こんな先輩たちの話を、いま売り出し中の若手芸人が聞いていた。宮下草薙だ。11月30日の同番組では、草薙が「話聞いてて、ずーっとみんな悩んでんだなって思った」と、若林ら中堅芸人の悩みをブッタ切った 。

 草薙は、テレビに出始めた当初は人見知りの度合いが尋常ではなかった。カメラに寄られることを嫌がり、トークの際も、目も開いているのかわからないほどだった。それが1年ほどで顔が柔和になり、カメラを向けられてもさほど避けなくなった。目が開いている場面も、よく見るようになった。

 そんな宮下草薙が7日の『ゴッドタン』(テレビ東京系)に出演。コンビの関係について語っていた。フリーの芸人として活動していた時期、草薙はなぜか宮下を避け、ほとんど口を聞かない時期があったらしい。ダウンタウンなどに関する断片的な情報から、「センスがあるコンビは、お互いに話さないもの」と思い込んでいたのだという。それであえて冷たい態度をとっていたが、本心は違ったようだ。

「センスあるコンビはこういうのだっていってやってたんですけど、ずっとツラかった」

 草薙は1991年生まれで、現在28歳。あと10年ぐらいたつと、若林のような悩みを抱いたりするのだろうか。それとも、また違う道をたどることになるのだろうか。

 あと、3日の『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で強烈な母親の存在が明らかになった、宮下の今後も気になるところだ。かつての若林のように、目立つ相方の横で独自の存在感を発揮し始めるのだろうか。そして彼の母親は、現在アンガールズ・田中の母親が独り勝ち状態にある“芸人の母親界”に、どんな旋風を巻き起こすのだろうか。

……って、なんだその界。

アンタッチャブル”電撃復活”、種はまかれていた?

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(11月24~30日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

アンタッチャブル・柴田「忙しくなりそうだな、今日も」

 

「柴田からしか(コンビ仲がいいって)聞かないのよ。ザキヤマからは聞いたことない」

 こんな指摘があったのもほんの少し前、11月16日の話だ(『さんまのお笑い向上委員会』フジテレビ系)。2010年に柴田がトラブルに巻き込まれて1年間の休業を余儀なくされて以降、コンビとしての活動が休止状態にあったアンタッチャブル。不仲説もささやかれたりしていた。そんなアンタッチャブルに対する、土田晃之からの冷静な指摘である。

 確かに、コンビの不仲説を払拭しようとする説明は、柴田サイドからのものが多かった。仲が悪いということはなく、2人でよく飲みにも行っている。コンビの復活時期について話すこともある。と、柴田は繰り返してきた。

 ではなぜ、コンビとしての活動ができないのか。柴田いわく、それは山崎の次のような意向があるからだという。いま2人での活動を再開すると、世間的に評判の悪い柴田に山崎が手を差し伸べるように見えてしまう。それは山崎の適当というかお調子者のキャラクターを損ねてしまう行動だ。コンビにとってそれはよくないだろう。だから再始動のタイミングは、柴田が実力で山崎の活躍に追いついたときだ。そうなったら、自然にどこかの番組がコンビとしてキャスティングしてくれるだろう――。

 柴田が休んでいる間に、山崎は1人で活動する機会が一層増えた。それにより、山崎はザキヤマとしてますますバラエティ番組を席巻するようになった。約1年間の休業後、ネガティブなイメージがついた柴田が入り込む隙間はテレビの中にあまり残されていなかった。今田耕司が柴田を評して「お前、何回会っても復帰感が出てんねん」と言う場面もあった(『本能Z』CBCテレビ、16年3月12日)。10年に活動休止に追い込まれた案件とは別に、なぜかファンキーな出来事に巻き込まれたりもした。

 柴田の実力を知る周囲の芸人たちは、彼を繰り返しプッシュしてきた。柴田を番組のゲストに迎えた有吉弘行は、「やっぱアンタッチャブルって2人ともすごいわ。1人ずつで通用すんだもん」とたたえた(『ひろいきの』フジテレビ系、13年11月5日)。関東芸人と比べたときの関西芸人の言葉の上でのアドバンテージについて述べるナイツ・塙は、「江戸弁みたいな、関東なのにちょっと方言みたいな言葉」を使ってツッコむ柴田は、そのアドバンテージを超えた稀有な関東の漫才師だと評した(『ゴッドタン』テレビ東京系、19年9月28日)。東京03・飯塚は端的に「アンタッチャブルは俺の夢だったんだよ!」と叫んだ(同、15年6月6日)。

 しかし、柴田と山崎が同じ画面に映ることはずっとなかった。そして、山崎サイドから相方の名前が出ることもほとんどなかった。不仲説はくすぶり続けた。冒頭に引用した土田の指摘に、柴田はこう返した。

「(山崎が)言わないだけ。言わない性格なだけ。あと、俺のちょっとちょっとのニュースが嫌なだけ。生き方が嫌なだけ」

 そして先週。硬直した状況が、唐突に崩れた。柴田がゲストとして出演していた29日の『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)でのことだ。ゲストであるツッコミ役の芸人だけが台本を渡されておらず、他の出演者やスタッフの、ボケや無茶振りに翻弄されるこの番組。この日もいつものようにオープニングで各出演者が終始ボケた発言を続け、それに柴田がツッコミを入れまくっていた。そして、この後の展開を知る由もない柴田は言った。

「忙しくなりそうだな、今日も」

 確かに、アンタッチャブルが活動を再開する土壌は、特に今年に入って少しずつできていたのかもしれない。中居正広が再始動の時期を山崎に尋ね、「いや、どうですかねぇ。見たいですか?」とはぐらかしながらも答えていたのは今年1月(『ナカイの窓』日本テレビ系、19年1月16日)。野性爆弾・くっきー!との対談で山崎が、コンビとしてなかなか芽が出なかった時期について真面目に語っていたのは7月である(『ロンドンハーツ』テレビ朝日系、7月30日)。

 苦境が続いた山崎は芸人から一歩退き、懇意にしてもらっていた有田哲平とのつながりで、くりぃむしちゅーの座付き作家として生活しようとまで考えていた。それを思いとどまらせたのが、03年の『M-1』での3位入賞らしい。

 対する柴田も、今年11月の『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)で番組全体の軸となる企画のレポーターを任された。いわば番組を裏から支える重要な役回りを担った格好だ。柴田はこの仕事について「いろいろ不祥事起こした俺がついにここまできたかと。ガッツポーズですよ」と振り返った(『さんまのお笑い向上委員会』11月16日)。そういえば14年の『27時間テレビ』では、山崎も同じようなポジションを担っていた。

 山崎が少しずつアンタッチャブルについて触れ始めていた。柴田が山崎の活躍に追いつき始めていた。そんな折の、先週の『脱力タイムズ』だった。

 番組はいつものように始まり、いつものように番組が仕掛けるボケに柴田がツッコミを入れまくり、ヘトヘトになっていた。そしてエンディングのパートへと入っていく。ゲストの新木優子が、好きな芸人としてアンタッチャブルの名前を挙げる。「そうおっしゃると思って、今日は柴田さんの相方をお呼びしました」という具合に有田がザキヤマを呼び込む。

 ここまではおなじみの流れだ。この流れで14年にはバービーが出てきて、18年にはコウメ太夫が出てきた。今年7月はハリウッドザコシショウだった。彼らの奔放なボケに柴田は七転八倒、1年周期で振り回されてきた。恒例の展開に柴田は嘆く。

「(山崎が)出てくるわけないんだから」

 開くカーテン。その奥から出てきたのは、やはり本物ではない。山崎に扮した俳優の小手伸也だ。大きな顔、張った顎。本物より一回り大きいが恰幅もいい。なるほど、バービー以上によく似ている。

 そしてザキヤマ風の小手と柴田の漫才が始まる。しかし、小手が「すいませんちょっと、ネタが飛んで……」と中断し、「ドラマの合間で来てて、いろいろ僕も大変な時期で」とまで言い始める。そんなふざけた態度に有田が「もう帰ってくださいよ」と怒りをあらわにし、小手をセット裏に帰す。番組の険悪な雰囲気に「もう1回やりますか?」と柴田が自ら申し出る。それを受けて有田が小手を連れ戻しにセット裏に行く。

 そして、有田が小手を引き連れて戻ってくる――はずが、そこにいたのは本物の山崎、まごうことなきザキヤマだった。

「うわーーー! バカ、ダメだって!」

 山崎を見た瞬間、柴田が床に倒れ込む。そして、「この番組でやんの?」と驚きながらも、「よっしゃー!」と叫ぶ。ジャケットを脱ぐ。さあ、再始動だ。テレビを見てるこちらのテンションも上がる。これ書きながら、ちょっと泣いてる。

「ありがとうございます!」

 センターマイクの前に立つ山崎に柴田が深々と頭を下げた。10年ぶりに、アンタッチャブルの漫才が始まる。有田が振る。

「それではアンタッチャブルさんの漫才です、どうぞ」

 10年ぶりのアンタッチャブルの漫才は、何よりも面白かった。もちろん、サプライズ感や懐かしさによる補正がかかっているだろう。けれど、10年のブランクを感じさせなかったのは確かだ。ミュージシャンが長らく客前で歌っていなかった名曲を久しぶりに披露したら歌唱力の低下が露呈して、聴いてるほうはちょっとガッカリ、みたいなのとは違ったと思う。

 個人的には、途中で「いいかげんにしろ」とツッコんで漫才を締めようとした柴田を、山崎が「まだまだ」と引き留めて漫才を続けたところにグッときた。自分が柴田に手を差し伸べる構図はよくない――そう言っていたとされる山崎が、柴田を引き留めたところに。今回披露したネタはファストフード店。山崎が芸人として踏みとどまる転機となったと語る、03年の『M-1』で披露したネタだ。

 漫才が終わる。スタジオに響く万雷の拍手。感動のエンディング――となってもいいところなのだけれど、しかし、興奮冷めやらぬ柴田以外は引き続き台本上の設定に粛々と戻る。有田は「ドラマの合間に来るのもいいですけど、ちゃんとやってくださいよ、真面目にね」と、山崎をあくまでも小手として扱う。山崎も「それよりも『モトカレマニア』よろしくお願いいたします」と小手が出演するドラマの番宣を入れ込む。画面の右上には「気を取り直した小手伸也が改めて漫才を披露!!」とテロップが出ている。最後に有田が総括する。

「できれば本物が見たいですね」

 いつものように台本通りに始まり、途中で大きなサプライズを演出したものの、しかし最後はまたいつものように台本へと戻っていく。10年ぶりの復活に必要以上の“意味”を生じさせず、いつも通りの番組のやり方に落とし込む、そんなサラッとした手つきがニクい。それは、過剰な煽りがなくとも2人の掛け合いだけで人を惹きつける芸を持ったコンビに対する、番組側の、そして有田の敬意でもあるのだろう。

 さて、ここで1つ気になることがある。長く続いたアンタッチャブルの活動休止。それによって被害を被っていた男が1人いる。

「アンタッチャブルが休むから一番迷惑被ってるのオレですからね。アンタッチャブル休むから、山崎がひとりで暇になるから、全部俺にきて」(『さんまのお笑い向上委員会』16年6月4日)

 そう語っていたのはカンニング竹山だ。28日の『アメトーーク!』(テレビ朝日系)でも山崎が、「ロンハーの収録のときは後輩の子が車で迎えに来てくれて。後輩っていってもカンニングの竹山さんなんですけど」と言っていた。GPSで竹山の所在地を常時把握できるようにもしているらしい。

 アンタッチャブルの活動再開。これにより竹山が受けている束縛も少し緩んだりは……たぶんしない。竹山のTwitterによると、『脱力タイムズ』終了後に「最高だな!」と山崎にLINEを送ると、「そんな事よりそんなとこで何やってるんですか?」とGPSで突き止められた、とのことです。

(文=飲用てれび)

岡村隆史がビビる松本人志をイジるフワちゃん――お笑い界の新トライアングル

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(11月10~16日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします

岡村隆史「当時のダウンタウンさんって、ホントに真剣振り回してはったんです」

 もう2年近く前のことになる。2018年1月2日、最終回を目前に控えた『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)で、ナインティナインの2人と中居正広による最後の「日本一周の旅」が放送された。そこに、こんな会話のシーンがあった。

中居「それこそ20年後、何やってんだろうね」

矢部「いやぁ、ホンマやな。何歳?」

中居「65、66、67」

矢部「ちっちゃいおっさんが一番年上(笑)」

岡村「そん時また日本一周しようや。スタッフも半分ぐらい死んでるやろうけど」

 定期的に放送されていたこの日本一周企画は、基本的にナイナイが全国各地へと中居を連れ回し、散々な目に遭わせるという流れで進行する。他方で、オープンカーに乗った3人が一緒に歌う姿など、仲の良さを印象付けるシーンも随所に盛り込まれていた。

 上に引用した会話は、そんなオープンカーでのシーンだ。場所は沖縄。時間は夕暮れ時である。実は、同企画の第1回目が放送された1997年にも、当時まだ20代半ばの3人は夕日に染まる沖縄をオープンカーで走っている。「それこそ20年後」という中居の発言は、3人のこれまでの20年を回顧するとともに、これからの20年に思いをはせたものだ。

 この会話からは、彼らの”特別な”関係も透けて見えるだろう。”特別な”というのは、フィクションとノンフィクションを行き来する『めちゃイケ』の演出も相まった、仕事上の関係とそれを離れた親友の関係、そのはざまにあるような間柄という意味だ。

 そんな『めちゃイケ』の日本一周企画に関し、先週、ある事実が明かされた。岡村をゲストに迎えて放送された15日の『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)。そこで当人らが語ったところによると、岡村と中居は一時期、「絶交」と呼べるほど最悪な状態でこの企画に参加していたというのだ。

 話は30年前の99年にさかのぼる。いくつもの番組での共演を通じ、プライベートでも遊ぶほど仲の良かった岡村と中居。その2人の間に亀裂が走った。きっかけは松本人志だ。中居が岡村を誘って居酒屋を訪れたときのこと。偶然そこに先客としていたのが松本だった。

 岡村は振り返る。今でこそダウンタウンの2人は優しいが、当時は違った。

「当時のダウンタウンさんって、ホントに真剣振り回してはったんです」

 岡村は当時、ダウンタウンを恐れていた。番組では触れられなかったけれど、かつて松本は自身の著書で、ナイナイを引き合いに出し若手芸人を批判するということがあった。そんなあれこれが積み重なった上での、恐怖心である。

 岡村は松本と酒席を共にした。しかし、極度の緊張は収まらない。たまらず「明日、朝早いんで」と早々に席を立った。そのとき岡村はこう思っていた。中居は一緒に帰ってくれるだろう。だが、その思いに反し、中居は「あ、そう。じゃあね」と飲み続けるのだった。

 岡村は1人で店を出て帰宅する。その頭には疑念が芽生える。中居は、あの店に松本がいると知って、自分を連れて行ったのではないか。きっとそうだ。そうに違いない。一度そっちのチャンネルに入った思考は、もう後に戻らない。岡村の中で、中居への不信感が募っていく。

 その結果、99年から約5年間にわたる絶交状態が続くことになったというのだ。そして、そんな絶交中にもかかわらず99年と02年の2度にわたり行われた企画が、『めちゃイケ』の日本一周だった。

 先述のように、日本一周企画には3人の仲の良さを印象付けるシーンも随所に織り込まれる。また、収録は2週間と長期にわたる。当然、一緒にいなければならない時間も長い。そんな企画を、仕事とはいえ、仲がこじれている元親友とやらなければならない。中居は当時を「もう地獄だよね」と振り返る。

 さらに、02年の日本一周のクライマックスは、大阪ドームで行われたSMAPのコンサートに岡村が乱入するシーンだった。当然、岡村には事前にダンスを教わる時間が必要だ。そのコーチ役を、中居がやらなければならなかったりもした。それがまたお互いにツラい。それぞれ周囲のスタッフに愚痴を漏らすものの、番組の総合演出は2人の事情を知りつつも「プロとしてできない?」の一点張りだった。中居はこの経験を次のように回顧する。

「(今は)アマチュアみたいなタレントだけど、(今後)プロとしてやっていくためには、っていう(総合演出からの)教えだったかもしれない」

 冷戦状態にあった2人の仲はその後、元に戻る。きっかけは、ナイナイと中居が総合司会を務めた04年の『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)で、岡村が中居の仕事への取り組み方に感服したことだったという。絶交中の仕事を「プロとして」乗り切った彼らを再びつないだのは、やはり「プロとして」仕事に向き合う姿勢だったのだ。仕事上の関係と、それを離れた親友の関係、そのはざまにあるような間柄。そんな彼らの“特別な”関係が出来上がったのは、このときだったのかもしれない。

 18年の日本一周の旅の最後、岡村は中居に長い長い手紙を書く。その手紙は、こんな一文で締めくくられる。

「中居さん、『めちゃイケ』と一緒に22年間走り続けてくれて、ありがとうございます。また、友だちの少ない僕の友だちになってくれて、ありがとうございます」

 さて、上のエピソードのもうひとりの登場人物・松本も、当時から大きく変わった。他の芸人を相手に「真剣」を振るう場面も少なくなった。そんなことをあらためて印象付けたのが、10日の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)だ。

 この日、松本は『行列』に初めてゲスト出演した。で、松本に会わせたい人として番組が用意したのがフワちゃんだ。YouTubeで注目を浴びた芸人である彼女。スマホと自撮り棒を片手に、言動は常時ハイテンション、衣装はビビッドな色のスポブラだ。

 この共演には既視感がある。90年代後半、『HEY!HEY!HEY!』(フジテレビ系)でのシノラーこと篠原ともえとの共演である。常時ハイテンションでダウンタウンに絡む篠原に対し、松本は彼女が持ってきた人形をセット裏に投げ捨てるなどといった塩対応をしていたと記憶する。

 対して、今回のフワちゃんとの共演はどうだったか。フワちゃんは登場するなり松本に「人志松本~」と抱きつき、「Twitterフォローしてるよ」と声をかける。顔がぐにゃぐにゃに変形するアプリで一緒に写真を撮って「ダウンタウンの漫才ぐらい面白い」と言い放つ。そんな彼女に対し、松本は終始なすがままだった。

 そしてフワちゃんは、ある提案する。松本には、もっと周囲がとっつきやすいと思われる存在になってもらいたい。だから、私とおそろいの格好になりませんか? で、松本はスポブラに着替えさせられるのだけれど、そういえば以前、長嶋一茂も別の番組で同じような目に遭っていた。

 その流れの中で、フワちゃんは松本のとっつきにくさを次のように表現したのだ。

「松ちゃんって、基本的にトガってんじゃん」

 岡村と中居は、「トガって」いた松本をきっかけに絶交した。そんな松本はいま、若手から「トガって」いることをイジられるまでになっている。時間は流れ、関係は変わる。そんなありふれたことを、一茂と同じ扱いを受けている松本を見ながら、しみじみと思った。

(文=飲用てれび)

タモリと風間俊介が明かす、小沢健二への愛

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(11月3~9日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

風間俊介「ファンというよりかは、僕が勝手に崇拝しているっていうのが正しいかと思います」

 芸能人に東京ディズニーリゾートのファンは多い。――と書き始めてはみたものの、具体的に誰がいるんだと聞かれると、あまり思い出せない。多すぎるからだろうか。木下優樹菜とFUJIWARA・藤本の名前をいま挙げるのは、ちょっとややこしい気もするし。

 ただ、東京ディズニーリゾートのファンを公言するあまたの芸能人の中でも、この人は別格のように思う。風間俊介だ。俳優組としてジャニーズの中でも特別な存在感を発揮している風間は、年間パスポートを小学5年生から更新し続ける同リゾートのフリークとしても知られている。

 そんな彼が、かつて『マツコの知らない世界』(TBS系)で東京ディズニーランドの魅力を語る際、こんなことを口にしていた。

「むしろ勝手に嫌いになってるのは、そっちの落ち度だぞとも思う」

 風間いわく、長蛇の列に並んだことをきっかけに、東京ディズニーランドを嫌いになる人が多い。しかし、あそこは世界一美しく整備された公園だ。アトラクションに並ぶのではなく、そこにある風景を楽しんでみるのはどうだろう。街並みにも、レストランにも、ゴミ箱にも、物語を読み取ることができるのだから。そんな話の流れで出てきたのが、上の「落ち度」発言である。

 そんな風間が、8日の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出演していた。他のジャニーズの面々とステージ上で歌ったり踊ったりしていたのではない。新曲「彗星」をこのたび披露する小沢健二の曲の魅力を、リハーサル室のようなところでホワイトボードを前に解説していたのだ。虫の魅力を語る香川照之のように。

 小学生のころに「ラブリー」を聴いて以来、約25年にわたる、小沢の大ファンだという風間。そんな彼はしかし、冒頭でこう語った。

「ファンというよりかは、僕が勝手に崇拝しているっていうのが正しいかと思います」

 ファンというよりも信徒として、さらにいえば伝道師として、風間は小沢の曲を解説していく。たとえば「今夜はブギー・バック」については、「ここにおしゃれさ、生き方のおしゃれさがある」。「愛し愛されて生きるのさ」については、「雨上がりの日常の景色、そんな景色をこんなに美しく語れる人はなかなかいない」。「さよならなんて云えないよ」については、「この瞬間を大切にすることの尊さを教えてくれる曲だと思います」という具合に。

 そして付け加える。

「僕はいま、曲の歌詞の説明をしているような気分ではなくて、一冊の小説を語っている、そんな感覚で語っています。これを文学と呼ばずしてなんと呼ぶ? と思ってるんですけど」

 風間は冷静な語り口で、しかし熱を込めて小沢への愛を語った。エンタテインメントを一方的に与えられる側にとどまるのではなく、読み解き、言葉にし、楽しさをくみ尽くそうとする。東京ディズニーランドを語るときと同じく、今回もまた風間のそんなエンタメへの愛の注ぎ方を見た。

 さて、解説が終わり、小沢が新曲「彗星」を歌い始める。その曲の最後、クライマックスの歌詞は、なんだか風間の姿に重なって聞こえた。

「あふれる愛がやって来る その謎について考えてる」

 先週の『ミュージックステーション』では、小沢の曲への愛を語った人がもう1人いた。ほかでもないタモリである。『笑っていいとも!』(フジテレビ系)などで共演するたびに、小沢の歌詞の魅力を語ってきたタモリ。今回も新曲の歌詞について、次のように解説した。

「これはやっぱりテーマになってるのは、現実っていうのがホントは奇跡なんだということがテーマになってまして」

 現実に戻る、現実を超える、そんなふうに「現実」はどこか否定的に捉えられがちだ。今ここの「現実」とは別のところに、「理想」の世界があるというように。だがしかし、小沢はこの「現実」こそをひとつの奇跡と捉え、肯定しているのだ。そうタモリは言う。

「現実こそが奇跡であるという。小沢くんがずっと持ってる全肯定の思想がやっぱ、ここにあるんじゃないかと」

 さて、タモリも絶賛する小沢の新曲のタイトルは「彗星」だったわけだけれど、彗星といえば宇宙、宇宙といえば地学、地学といえば『ブラタモリ』(NHK総合)である(ちょっと無理やりなつなぎだったかもしれない)。

 毎週日本のどこかをめぐり、その土地の歴史や地理、そして地質について探求してきた同番組。一般の人々に地質学の知見を広めた功績をたたえ、学術団体(日本地質学会)から表彰されたりもしている。河岸段丘とか断層破砕帯とか、この番組を通して地学用語をいつの間にか覚えた人もいるだろう。

 そんな『ブラタモリ』の9日の放送は秋田の回だった。「掘れば出てくる“秋田の魅力”とは!?」というテーマでフォーカスされていたのは、秋田で採掘される十和田石と呼ばれる石、そして石油だ。

 実は、秋田の豊川という地区には油田がある。しかし、なぜここで石油が採れるのか? 要は、偶然が重なったということらしい。秋田がまだ海底に沈んでいた1000万年ぐらい前に、石油のもとになるプランクトンなどの死骸が堆積し、100万年ほど前の地殻変動で油がたまりやすい地形に隆起した。そこが、秋田のその土地だったのだとか。

 そんな地下深くの変動は、地表の人々の暮らしにも影響を与える。かつては日本のテキサスと呼ばれるほど石油の採掘が盛んだった同地域。当時は、油田ポンプが立てる「ギーコ」という音を子守唄代わりに、子どもたちは眠りに就いていた。そんな話が、その土地の高齢者から語られる。

 こんなふうに、タモリは毎週各地を回り、その土地の地質に目を凝らしてきた。私たちの足元が人知の及ばない偶然によって形作られてきたことを、そしてその偶然の上に人々が暮らしを編成してきたことを、浮かび上がらせる旅だったといえるだろう。いわば、「現実こそが奇跡である」と示す軌跡だったのだ。

 小沢は新曲のサビで歌い上げる。

「今ここにあるこの暮らしこそが 宇宙だよと今の僕は思うよ なんて奇跡なんだと」

 

所ジョージ&スピードワゴン小沢、「テレビの人」という立ち位置

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(10月27日~11月2日)見たテレビの気になる発言をピックアップします。

所ジョージ「(肩書は)テレビの人でいいよ。テレビに向かって何かやるんだから」

 その昔、ある番組に出ていた野村沙知代の肩書が「エッセイスト」だった。もちろん、そういう仕事もしていたのだし、野村のメディアへの露出が増えたひとつのきっかけは文筆業だったのだから、肩書に詐称の疑いはない(学歴とは違って)。ただ、「タレント」ではいけないのか、とは思った。誰のどういう意向で番組出演時の肩書が決まるのか知らないけれど、共演していたスザンヌらと同じ「タレント」ではダメだったのだろうか。

 野村の場合はともかくとして、確かに、芸能人には肩書問題というのがあるのだと思う。職業欄になんと書けばいいのか迷う、という話はテレビでよく聞く。肩書をどうするかは、「どう見られているのか」以上に、「どう見てほしいのか」という自意識を時に露呈してしまうから厄介だ。肩書は第三者が決めるものだから自分でどうなるものでもない、最終的にはマジシャンってことにしといてくれないか、そう言って笑う高田純次の境地にはなかなかたどり着けない。だから「エッセイスト」とかつい言いたくなってしまう。

 他方で、複数の肩書を持ち、それを行き来することで底上げ効果やロンダリング効果を生んでいるケースというのもあるように思う。「タレント×政治家」という組み合わせが、その筆頭だろうか。要は、東国原英夫のことだけど。

 そんな中、この人ほどジャンルが不定で、かつ肩書の境界を超えることに特別感を出さない人もいないかもしれない。所ジョージである。

 司会をしたり、歌ったり、演じたり、仕事場(世田谷ベース)でいろいろ作ったり。そんな所は、自分の肩書についてどのように捉えているのか? 27日放送の『情熱大陸』(TBS系)で密着されていた所は、肩書を尋ねられて次のように答えた。

「テレビの人でいいよ。テレビに向かって何かやるんだから」

 多岐にわたる活動を繰り広げている所にとって、「これ」という肩書は定めづらい。ならばいっそのこと、テレビでいろいろやるのだから「テレビの人」。なるほど、確かに適切なのかもしれない。

 もちろん、テレビに映る自分に対する徹底した客観視と、その客観的な自分のイメージをテレビの中で完璧にコントロールする技術、にもかかわらず何にも拘束されていないように見える身のこなしでもって長年テレビに映り続けている所は、ただ単にテレビに映っている人という意味での「テレビの人」ではない。卓越したテレビ向けのパフォーマンスを体得した人という意味での特別な「テレビの人」といえるだろう。いや、後者の特別な意味での「テレビの人」を強調してしまうのが、まさに所ジョージ的ではないわけだけれど。

 もちろん、時代の流れの中で、テレビで活躍する芸能人の職場はますますテレビだけに限られなくなっている。「テレビの人」を自称しつつ、必ずしもテレビに映るわけでもない何かを世田谷ベースで毎日作り続けたり、自分で編集した動画をYouTubeに上げたりしている所の存在自体が、その証左だろう。

 だれど、どれだけ時代が流れても、簡単に変わってはいけないものもある。野村沙知代がまずもって「エッセイスト」として回顧されるような歴史の修正が行われたときには、テレビウォッチャーとしてちょっと待ってと言いたい。――って、「テレビウォッチャー」ってなんだ。

 肩書といえば、スピードワゴン・小沢(一敬)が、かつてこんなことを言っていた(『ボクらの時代』2016年3月20日、フジテレビ系)。

「芸人って言われても……芸って言われてもな、って思う時ない? だから芸人じゃないんだよね。特にオレなんか、芸人じゃないのよ。マジ困るんだよね、だから。職業欄マジ困る」

 自分に何か芸があるわけではない。そんな自分が「芸人」という肩書を名乗ることができるのだろうか? そういう迷いを語った言葉である。

 そんな小沢が、31日の『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)に出演していた。この日は、交友関係が広いことで知られるミュージシャンの川谷絵音(ゲスの極み乙女。など)と小沢が、それぞれの「ファミリー」とともに交遊録を語るというような企画。小沢ファミリーからは、秋野暢子、河合郁人(A.B.C-Z)、とろサーモン・久保田といった面々が出演し、小沢について語っていた。

 小沢といえば、「SEKAI NO OZAWA(セカオザ)」と評される独特な世界観と、そこから発されるカッコいい名言の数々で知られる。小沢と同居している後輩芸人、大自然・ロジャーが、そんな名言のひとつを語っていた。

 小沢と一緒に食事に行き、タクシーで帰っていたときのこと。家まで100メートルぐらいのところで小沢が「一流の彫刻家が、どうやって石から石像を彫ってるかわかる?」と話しだした。「わからないですね」と答えると、そこから小沢はなぜか黙った。そのままタクシーを降りる2人。そこでようやく小沢が口を開く。

「さっきボクがなんで黙ったかわかる? タクシーの運転手さん、ボクたちの話、聞いてたよね。すると答え気になるよね。自分で調べるよね。知識になるよね。そういうこと」

 10年以上前から小沢と親交のある野呂佳代も語る。

「ある飲み会のときに、女の子が1人泣いてたんですよ。悲しいことがあって。そしたらハーモニカの音が聞こえてきて、え? って思ったら、小沢さんがその女の子のためにハーモニカを吹いてた」

 パーティーをし、名言を放ち、ハーモニカを吹く。漫才をし、トークをし、そして、自分が「芸人」なのかどうか迷う。そんな自分をどこか客観視しているがゆえの迷いも含めて、小沢はいま改めて、カメラが捉える一つひとつの言動が見逃せない「テレビの人」だ(ちなみに、僕が好きな小沢の言葉は、「やり方って3つしかないの知ってる? 正しいやり方と、間違ったやり方と、キミのやり方だよ」です)。

 さて、話は飛んで、1日の『ウタフクヤマ』(フジテレビ系)。福山雅治が石田ゆり子やリリー・フランキー、満島真之介と一緒に車で熱海をドライブし、最後に旅の思い出を詞にして歌を作るという番組で、4人が車内で歌いだしたりしていた。荒井由実の「卒業写真」を歌う助手席の石田。後部座席でギターを弾く福山。そして、その横でハーモニカを吹くリリー。

 この光景、なんだか面白くて笑ってしまった。どうやら、女性に向けてハーモニカを吹く男性は皆、スピードワゴン・小沢に見える体になってしまったようだ。