自分が好きなものを、いかに人に伝えるか――『有田と週刊プロレスと』という伝え方の教科書

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『有田と週刊プロレスと』公式サイトより
「プロレスとは人生の教科書」  そんな言葉を聞いた時点で、拒否反応を示す人は多いだろう。プロレス好きでもない人にとって、プロレスファンのそういった物言いは圧が強すぎるし、実際に話を聞いたとしても、「ああ、そうですか」としか反応できない。  自分が好きなものを、それに興味がない人に話すのは、とても難しいことだ。  そんな中、冒頭の言葉がキャッチフレーズになっている番組がある。それがAmazonプライム・ビデオで配信されている『有田と週刊プロレスと』(毎週水曜更新)だ。  番組はその名の通り、くりぃむしちゅー・有田哲平が「週刊プロレス」(ベースボール・マガジン社)を元に語り、その中から人生の教訓を導き出していくというもの。 「だったら、私はプロレスファンじゃないし、結構です」となってしまうのは、あまりにもったいない。  番組は昨年11月からシーズン1が始まり、今年5月まで全25回配信された。それが好評を博し、早くも7月26日よりシーズン2の配信が開始されたのだ。  アシスタントは元AKB48の倉持明日香。小橋建太の大ファンだ。現在のプロレスには詳しいが、昭和のプロレスはそれほど知識がないという。  ゲストは、ピース・綾部や宮澤佐江のようなまったくのプロレス初心者から、武井壮やアンガールズ・田中のように一時期だけプロレスを見ていた人、そしてケンドーコバヤシや水道橋博士のようなプロレスマニアまでさまざま。  もちろん、プロレスマニアがゲストの回は話がスイングして面白いが、何よりも面白いのは、プロレスに対し、あまり知識のない人がゲストの時だ。そんな時、有田の驚異的な解説力が浮き彫りになるのだ。  有田はまず、時系列を簡潔かつ丁寧に説明する。そして、マニアックで激似なモノマネを駆使しながら、表舞台で起こったことはもとより、裏で交わされた話も、あたかも現場にいたかのような臨場感たっぷりに話していく。  最初は、“お仕事”的に話を聞いていたゲストが、徐々に前のめりになり、最後には有田の語り口に魅了され、興奮していく。実際、番組を見終わると、そこで語られたことや試合をネットで検索せずにはいられなくなってしまう。  番組では、最初に有田に封筒が渡される。そこに入っているのは1冊の「週刊プロレス」。どの時期のどんな号が入っているかは、事前に知らされてはいない。その場で見て、それをテーマに語るのだ。  いきなり渡されて語れるというだけでもスゴいが、それだけではない。とかくプロレスファンは、昔であれば「新日本プロレス派」「全日本プロレス派」など思い入れのある団体以外は見ないということになりがちだが、有田は新日、全日、UWF……なんでも見ている。好みに濃度の違いはあったとしても、優劣をつけて語ったりはしない。  そしてなにより、昭和プロレスファンと現在のプロレスファンの断絶がいわれる中、今も現役で見続けているという強みがある。昭和プロレス好きは、最近のプロレスは語れないという人が多いが、有田は最近の「週刊プロレス」がお題でも、難なく解説してみせるのだ。  また、この番組が特異なのは、プロレスを語る番組を作ろうという時、そのテーマをたとえば「長州力」だとか「新日本プロレス」だとか個人や団体、あるいは「長州力vs藤波辰爾」のようなある一戦などにしがちだが、そうではなく1冊の「週刊プロレス」にしたということだ。  日本のプロレスは、独自の進化を遂げた。もちろん、アントニオ猪木やジャイアント馬場をはじめ、プロレスラーや団体運営者の力が大きかったのは言うまでもないが、それとは別の側面から見ると、「週刊プロレス」などのような活字メディアの力が大きかった。  それは「活字プロレス」と呼ばれ、試合だけではなく、その背景や心情などを伝えることで、プロレスに奥行きを生み、ファンの想像力を膨らませていった。いわば、活字メディアがプロレスファンを育てていったのだ。  個人的な話をすれば、僕も「プロレスファン」というよりは「プロレス雑誌ファン」だった。実際の試合を見るよりは、そのレポートやコラム、インタビューなどを読むことが主眼になるという本末転倒な状態にもなった。  けれど、そういうファンが多いからこそ、プロレスは、歴史をひもとき、背景を探りながら「語る」べき対象になったのだ。    だから「週刊プロレス」は、たとえ1冊だけでも、さまざまなことが語れてしまうのだ。その語り部に、全方位のプロレスファンであり、いまだに「週刊プロレス」を毎週読み込んでいるという有田ほど、うってつけな人材はいない。  たとえば、2017年2月22日号をテーマにした回。札幌でのオカダ・カズチカvs鈴木みのる戦が表紙だ。そこには「もう事件はいらない!」という意味深なコピーが添えられている。 「アジャ・コング?」  と、オカダ・カズチカの写真を見て言ってしまうほどプロレスに疎い宮澤佐江を相手に、そのコピーの意味を有田が解説してくのだ。  まず有田は、オカダや鈴木がどんな存在なのか、また現在の新日本プロレスの勢力図を、AKBなどを例えに出しながら、わわかりやすく示していく。その上で、コピーに書かれている「事件」とはどういう意味なのかを語り始める。  それは1983(昭和58)年までさかのぼる。そこで有田がプロレスを見始めるきっかけとなった長州力vs藤波辰爾戦が行われ、初めて長州が藤波を破り、王者となった。そして翌84年2月、札幌で長州vs藤波の再戦が組まれたのだ。選手自身もファンも待ち望んだ試合だったが、入場時に長州が藤原喜明に襲撃を受け、試合が不成立になってしまうのだ。いわゆる「雪の札幌テロ事件」である。 「その後、藤波さんは控室に戻らずに、そのまま雪の街を歩いてパンツ一丁で。記者が追っかけていって『大丈夫ですか、藤波さん?』と。藤波さん、ちょっと泣いてるんですよ。『こんな会社辞めてやる』って言って。それくらい藤波さんはこの試合をやりたくて、(できなかったのが)悲しかったの」 と、有田は現場で見ていたかのように生々しく語り、それ以降、札幌は新日本プロレスにとって「事件が起こる場所」になったということをひもといていく。 「だから、札幌、『もう事件はいらない!』なんです!」と、再び「週刊プロレス」の表紙を見せる有田。  オカダと戦ったのは、長州を襲撃した藤原の直系の弟子筋に当たる鈴木。彼自身も試合前のインタビューなどで「事件」をにおわせていた。だが、「事件」は起こらなかった。 「この日、オカダ・カズチカと鈴木みのるは事件をまったく起こさず、普通に試合をして、めちゃくちゃ盛り上げたんです!」  つまり、現在の新日本は、「事件」に頼らずとも、試合内容そのもので盛り上げることができる。そのことを表現した表紙だった。その短いコピーの中に、それだけの歴史と意味が詰まっていることを、有田は鮮やかに解説するのだ。  好きなものを伝える時、熱すぎても相手は冷めてしまう。逆に冷静に客観視しても、相手は引き込まれない。ならば、どうすればいいのか? そのお手本が『有田と週刊プロレスと』の有田の解説だ。自分の知識をひけらかしたり、自分の好みと物事の優劣とを混同したりは決してしない。いかに相手に伝わるかを第一に考え、提示する情報を取捨選択していく。その上で思い入れを加えることでメリハリが生まれ、話自体が面白く、聞きやすくなる。 「プロレスとは人生の教科書」と番組は言うが、『有田と週刊プロレスと』の有田の語り口こそ、人への伝え方の教科書なのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

アイドル愛を語り、杉作J太郎を絶賛、クラブで号泣……フジ『真夜中』が暴く、指原莉乃の本性

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撮影=後藤秀二
「Jさんに会いたいですもん、もはや!」  指原莉乃が、ラーメンをすすりながら言った。 「Jさん」とは、あの杉作J太郎。かつて、彼が地上波の番組で、女性アイドルにこれほど求められたことがあっただろうか?  この少し前まで指原は、苦手な渋谷のクラブ(踊るほう)に連れていかれ、ついには泣きだしてしまっていた。  気分転換に、と入ったラーメン屋で、アイドルとしての節制で何年も食べていなかったというラーメンを食べて、ようやく落ち着きを取り戻した。 「ラーメンなかったら、『真夜中』嫌いになって帰ってた」 『真夜中』(日曜深夜1時25分~/フジテレビ系)は、今年4月から始まった指原とリリー・フランキーのロケ番組。その名の通り、“真夜中”に活動するさまざまな場所に赴き、そこにうごめく人々の話を聞くという内容だ。  街での移動は、帯同するスタッフも少人数で、カメラはほぼスマホのみという完全ゲリラ撮影だという。  たびたび指原が「人生初めて」と口にする通り、超がつくほどインドアな彼女にとっては、未体験で未知の世界。それをナビゲートするのが、“深夜”を中心に何十年も活動をしてきたリリー・フランキーというのは、まさにうってつけのキャスティングといえるだろう。  最初は、ピエール瀧を迎えた「銀座」編(第1~3夜)。銀座の高級クラブ(踊らないほう)で、夜の女の極意やお酒について語り合った。  次に訪れたのは「新宿2丁目」(第4~7夜)。ミッツ・マングローブがガイドする形でゲイバーなどを訪れ、ゲイカルチャーの歴史を聞く。マツコ・デラックスの編集者時代など興味深い話も連発で、指原も前のめりになって質問をしていた。  そして、やや趣が変わった「ファミレス」編(第8~11夜)。この収録の直前、指原は親知らずを一気に4本抜いたばかり。顔が腫れ、食べることはもちろん、笑うこともツラそうな最悪のコンディション。そんな中、ファミレスで待ち構えていたのは、吉田豪、杉作J太郎、土屋大樹、岩岡としえという、テレビとは思えない濃厚なメンバーだった。指原も、プロインタビュアーの吉田以外は、まったくの初対面だ。恐る恐るといった感じで、席に着く。  しかし、リリーが「夜中でみんなが集まってする話といえば、趣味の話」というように、趣味の話をし始めると、それが一変する。指原とほかの4人はみな、女性アイドルファンなのだ。  4人の話を聞きながら、みるみるテンションが上っていき、「懐かしー!」「ヤバい!」「泣きそうになる!」と大興奮の指原。  特に杉作のアイドルの愛し方やそのエピソードの数々に、笑うと痛む歯に「痛い、痛い!」と言いながら大爆笑。 「最近出会った人間の中で一番面白い」 と、絶賛していた。  指原は子どもの頃からアイドルファン。きっかけは、モーニング娘。の後藤真希だったという。大分に住んでいた指原はまだ小・中学生だったから、東京まで後藤を追っかけることはできない。だが、ハロー!プロジェクトのアイドルが、福岡など九州でライブをやるとなれば駆けつけた。その結果、いわゆる「ハロヲタ」になったのだ。  そして、トップアイドルになった今でも、現役のアイドルヲタだという。極力現場へ赴き、移動中や家ではアイドルのDVDを見て過ごす。  それがまったくウソではないことは、すぐに証明された。  番組では、ファミレスからイベントスペースの「渋谷ロフト9」へ移動。アパッチとケンケンというアイドルファンも合流し、アイドル映像鑑賞会をやるという。まずハロヲタのケンケンが紹介したDVDの映像を見始めると、紹介者よりもテンションが上がり、「一番泣けるところ!」「かわいい!」などと絶叫しながら踊りだす。 「誰よりもヤバい奴じゃん」  リリーが苦笑する中、指原は紹介者のお株を奪うように解説を始め、「このDVDなら、私が一番見せたいのがあります!」と言って、別のシーンを再生。  繰り返し見ているという指原は、そのシーンのどこがいいのかを「キャー、エモい!」と興奮しながら伝えるのだ。 「一回自分がアイドルを応援してきたからこそ、アイドルはこうあるべきとかがわかる」 と、リリーは指原のアイドルとしての強さを語ったが、まさにそれを如実に表すハイテンションな放送だった。  しかし、次の回(第12夜)では、そのテンションが一変することになる。前述の通り、渋谷のクラブに行くというのだ。  これも、指原にとって「人生で初めて」の体験。「偏見」だと自覚しつつも、「一番苦手」「クラブとかフェスに行くような人と、友達にもなりたくない」「信用できない」と、道中に嫌悪感をあらわにしている。  番組では、FPM・田中知之、高木完、川辺ヒロシらが、クラブシーンやDJの歴史の変遷などを指原にレクチャーしていく。  この3人は、いずれも落ち着いた雰囲気。指原が抱くクラブやDJの人のイメージとは離れているため、素直に話を聞き、凝り固まった偏見が徐々にほぐれていく。  高木指導のもと、ラップにも初挑戦。 「人生でやった仕事で一番恥ずかしい」 と言いながらも、なんとか仕事を全うしている感じだった。  そうやって、偏見を解いていき、最後には「新しい世界が好きになりました!」みたいな展開が、よくテレビで見かける流れだ。  しかし、いざ実際にクラブを訪れると、やはり顔がこわばってしまう指原。プロのダンサーの踊りに圧倒されながらも、それ以上に「酔っ払って踊ってる人が怖い」と、その場の客の雰囲気になじめない様子。  実は、何軒かクラブを回った後、最後にDJがAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」を流し、そこで指原がステージに上り、みんなで一緒に踊るというプランがあった。 「怖い」と繰り返す指原に、リリーは「人と出会ったり、みんなでパーティーを楽しみたいっていう人のイベントが大箱であるっていうことは、そういうのが求められているってこと。そこで楽しんでいる人も、今日の指原みたいに、最初は怖い、嫌だって思っているうちに、そうじゃないって誤解を解いていく瞬間がある」などと、実際に経験すると変わることもあると言って、エンディングのプランを話すと、指原は一層顔をこわばらせた。 「怖い……。シンプルに……」  そう言うと、みるみる目に涙がたまっていき、「ごめんなさい」と、ついに我慢できずにないてしまうのだ。結局、指原は番組が用意したプランを実行することができないまま、ラーメン屋のシーンにつながっていくのだ。  それはテレビ的な予定調和ではない、指原莉乃のドキュメントだった。たとえ、偏見が緩和されても、「好き」や「嫌い」は簡単に変わることはない。番組の冒頭には、雑誌「真夜中」発行人・孫家邦(リトルモア代表)の言葉が引用されている。 「真夜中に、陽のあたる場所で言えなかったことを言おう  真夜中に、陽のあたる場所でできなかったことをしよう」  真夜中は、そこでうごめく人たちの昼間では見せない本性が暴かれる時間だ。取り繕うことをやめ、「好き」や「嫌い」に忠実になって、むき出しになる。それを『真夜中』は切り取っていくのだ。 「Jさんに会いたい」と指原がつぶやいた直後、次回予告的に杉作J太郎が自転車で真夜中の街を疾走するシーンが挟み込まれた。  まさにそれは、指原を助けにくる救世主のようだった。  しかし、実際に杉作が再登場すると、指原は「この番組は杉作J太郎しか呼べないの?」と、うれしそうに笑った。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

アイドル愛を語り、杉作J太郎を絶賛、クラブで号泣……フジ『真夜中』が暴く、指原莉乃の本性

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撮影=後藤秀二
「Jさんに会いたいですもん、もはや!」  指原莉乃が、ラーメンをすすりながら言った。 「Jさん」とは、あの杉作J太郎。かつて、彼が地上波の番組で、女性アイドルにこれほど求められたことがあっただろうか?  この少し前まで指原は、苦手な渋谷のクラブ(踊るほう)に連れていかれ、ついには泣きだしてしまっていた。  気分転換に、と入ったラーメン屋で、アイドルとしての節制で何年も食べていなかったというラーメンを食べて、ようやく落ち着きを取り戻した。 「ラーメンなかったら、『真夜中』嫌いになって帰ってた」 『真夜中』(日曜深夜1時25分~/フジテレビ系)は、今年4月から始まった指原とリリー・フランキーのロケ番組。その名の通り、“真夜中”に活動するさまざまな場所に赴き、そこにうごめく人々の話を聞くという内容だ。  街での移動は、帯同するスタッフも少人数で、カメラはほぼスマホのみという完全ゲリラ撮影だという。  たびたび指原が「人生初めて」と口にする通り、超がつくほどインドアな彼女にとっては、未体験で未知の世界。それをナビゲートするのが、“深夜”を中心に何十年も活動をしてきたリリー・フランキーというのは、まさにうってつけのキャスティングといえるだろう。  最初は、ピエール瀧を迎えた「銀座」編(第1~3夜)。銀座の高級クラブ(踊らないほう)で、夜の女の極意やお酒について語り合った。  次に訪れたのは「新宿2丁目」(第4~7夜)。ミッツ・マングローブがガイドする形でゲイバーなどを訪れ、ゲイカルチャーの歴史を聞く。マツコ・デラックスの編集者時代など興味深い話も連発で、指原も前のめりになって質問をしていた。  そして、やや趣が変わった「ファミレス」編(第8~11夜)。この収録の直前、指原は親知らずを一気に4本抜いたばかり。顔が腫れ、食べることはもちろん、笑うこともツラそうな最悪のコンディション。そんな中、ファミレスで待ち構えていたのは、吉田豪、杉作J太郎、土屋大樹、岩岡としえという、テレビとは思えない濃厚なメンバーだった。指原も、プロインタビュアーの吉田以外は、まったくの初対面だ。恐る恐るといった感じで、席に着く。  しかし、リリーが「夜中でみんなが集まってする話といえば、趣味の話」というように、趣味の話をし始めると、それが一変する。指原とほかの4人はみな、女性アイドルファンなのだ。  4人の話を聞きながら、みるみるテンションが上っていき、「懐かしー!」「ヤバい!」「泣きそうになる!」と大興奮の指原。  特に杉作のアイドルの愛し方やそのエピソードの数々に、笑うと痛む歯に「痛い、痛い!」と言いながら大爆笑。 「最近出会った人間の中で一番面白い」 と、絶賛していた。  指原は子どもの頃からアイドルファン。きっかけは、モーニング娘。の後藤真希だったという。大分に住んでいた指原はまだ小・中学生だったから、東京まで後藤を追っかけることはできない。だが、ハロー!プロジェクトのアイドルが、福岡など九州でライブをやるとなれば駆けつけた。その結果、いわゆる「ハロヲタ」になったのだ。  そして、トップアイドルになった今でも、現役のアイドルヲタだという。極力現場へ赴き、移動中や家ではアイドルのDVDを見て過ごす。  それがまったくウソではないことは、すぐに証明された。  番組では、ファミレスからイベントスペースの「渋谷ロフト9」へ移動。アパッチとケンケンというアイドルファンも合流し、アイドル映像鑑賞会をやるという。まずハロヲタのケンケンが紹介したDVDの映像を見始めると、紹介者よりもテンションが上がり、「一番泣けるところ!」「かわいい!」などと絶叫しながら踊りだす。 「誰よりもヤバい奴じゃん」  リリーが苦笑する中、指原は紹介者のお株を奪うように解説を始め、「このDVDなら、私が一番見せたいのがあります!」と言って、別のシーンを再生。  繰り返し見ているという指原は、そのシーンのどこがいいのかを「キャー、エモい!」と興奮しながら伝えるのだ。 「一回自分がアイドルを応援してきたからこそ、アイドルはこうあるべきとかがわかる」 と、リリーは指原のアイドルとしての強さを語ったが、まさにそれを如実に表すハイテンションな放送だった。  しかし、次の回(第12夜)では、そのテンションが一変することになる。前述の通り、渋谷のクラブに行くというのだ。  これも、指原にとって「人生で初めて」の体験。「偏見」だと自覚しつつも、「一番苦手」「クラブとかフェスに行くような人と、友達にもなりたくない」「信用できない」と、道中に嫌悪感をあらわにしている。  番組では、FPM・田中知之、高木完、川辺ヒロシらが、クラブシーンやDJの歴史の変遷などを指原にレクチャーしていく。  この3人は、いずれも落ち着いた雰囲気。指原が抱くクラブやDJの人のイメージとは離れているため、素直に話を聞き、凝り固まった偏見が徐々にほぐれていく。  高木指導のもと、ラップにも初挑戦。 「人生でやった仕事で一番恥ずかしい」 と言いながらも、なんとか仕事を全うしている感じだった。  そうやって、偏見を解いていき、最後には「新しい世界が好きになりました!」みたいな展開が、よくテレビで見かける流れだ。  しかし、いざ実際にクラブを訪れると、やはり顔がこわばってしまう指原。プロのダンサーの踊りに圧倒されながらも、それ以上に「酔っ払って踊ってる人が怖い」と、その場の客の雰囲気になじめない様子。  実は、何軒かクラブを回った後、最後にDJがAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」を流し、そこで指原がステージに上り、みんなで一緒に踊るというプランがあった。 「怖い」と繰り返す指原に、リリーは「人と出会ったり、みんなでパーティーを楽しみたいっていう人のイベントが大箱であるっていうことは、そういうのが求められているってこと。そこで楽しんでいる人も、今日の指原みたいに、最初は怖い、嫌だって思っているうちに、そうじゃないって誤解を解いていく瞬間がある」などと、実際に経験すると変わることもあると言って、エンディングのプランを話すと、指原は一層顔をこわばらせた。 「怖い……。シンプルに……」  そう言うと、みるみる目に涙がたまっていき、「ごめんなさい」と、ついに我慢できずにないてしまうのだ。結局、指原は番組が用意したプランを実行することができないまま、ラーメン屋のシーンにつながっていくのだ。  それはテレビ的な予定調和ではない、指原莉乃のドキュメントだった。たとえ、偏見が緩和されても、「好き」や「嫌い」は簡単に変わることはない。番組の冒頭には、雑誌「真夜中」発行人・孫家邦(リトルモア代表)の言葉が引用されている。 「真夜中に、陽のあたる場所で言えなかったことを言おう  真夜中に、陽のあたる場所でできなかったことをしよう」  真夜中は、そこでうごめく人たちの昼間では見せない本性が暴かれる時間だ。取り繕うことをやめ、「好き」や「嫌い」に忠実になって、むき出しになる。それを『真夜中』は切り取っていくのだ。 「Jさんに会いたい」と指原がつぶやいた直後、次回予告的に杉作J太郎が自転車で真夜中の街を疾走するシーンが挟み込まれた。  まさにそれは、指原を助けにくる救世主のようだった。  しかし、実際に杉作が再登場すると、指原は「この番組は杉作J太郎しか呼べないの?」と、うれしそうに笑った。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

番組と局の垣根を飛び越えた、『YOUは何しに』ドイツ人カップルの『探偵!ナイトスクープ』愛

番組と局の垣根を飛び越えた、『YOUは何しに』ドイツ人カップルの『探偵!ナイトスクープ』愛の画像1
TVer『探偵!ナイトスクープ』より
「『探偵!ナイトスクープ』を見るために日本に来ました」  ドイツ人の大学生カップルは「YOUは何しに日本へ?」と尋ねられ、そう答えた。 『YOUは何しに日本へ?』(テレビ東京系)を見続けていると、そういう「そんなことで、はるばる日本まで来るの?」という事例は少なくない。佐世保バーガーを食べるために来たとか、お祭りに参加するために来たとか、ゲームセンターで対戦プレイをするために来たとか、一体どこでそんな情報を? と思うようなことばかりだ。  時はインターネット時代。少なくとも“情報”という部分においては、遠く離れた場所にいようとも、それを入手するのはさほど大変なことではない。この『ナイトスクープ』好きYOUたちも、ネットの動画で番組を“発見”し、好きになったという。 『ナイトスクープ』は、言うまでもなく朝日放送が制作する人気番組。関西ローカルながら、全国に熱烈なファンがいる長寿番組だ。  最初は彼女が見つけ、それを彼氏に紹介。すると、2人のデートは「『ナイトスクープ』を見ること」になった。  2人は日本語を勉強し、いよいよ日本にその収録を見るためにやってきたのだ。 『YOUは~』のスタッフは、当然のように密着取材を申し込んだ。  番組観覧のために日本まで来るというのもクレイジーだが、他局の番組収録を見に行く相手に密着するのもクレイジー。だが、この番組、過去にはTBSの『SASUKE』に挑戦するYOUたちについて行ったこともあるだけに、局の垣根といったハードルを越えることへの躊躇はない。  早速、彼らは大阪に向かい、『ナイトスクープ』を制作している朝日放送へ。だが、聞けば、アポなどを取っていないという。 「行って直接お願いしようと思っている」と。  だが、この日はそもそも、収録日ではなかった。加えて、人気番組の観覧希望者は多数いる。特別扱いはできないと断られてしまうのだ。たとえ、テレビカメラが来ていてもそれは同じ。至極真っ当だ。  落ち込んでいるように見えた2人だが、めげずに正規ルートで応募し、当選を待つことに。朝日放送に向かって「ABC、お願いしますー!」と祈る姿は、なんとも愛おしかった。  その後、2人は奈良公園へ。実はここ、番組屈指の傑作と名高い「20年間会話のない夫婦」の仲直り現場となった場所だ。彼が初めて番組を見た回だという。2人は夫婦が座ったベンチを探し出し、夫婦になりきる「聖地巡礼」を果たす。その姿から、心底番組が好きなんだということが伝わってくる。  これが『YOUは~』で放送されたのは5月22日。その日以降、全国各地から同じ内容の依頼が『ナイトスクープ』の元に大量に届いたという。もちろん、このYOUたちを番組観覧させてやってくれという内容だ。  視聴者からの依頼とあらば「特別扱い」ではない。ちょうど1カ月後の6月23日の放送で、番組は彼らに会いにいくことにしたのだ(※この放送は「TVer」で6月30日まで配信中)。  邪推するならば、『YOUが~』のスタッフも、この展開を望んでいたのではないか。番組をよく見ていればわかるが、この番組は収録から放送までの期間が長いことが多い。ヒドい時には、1年前に密着したものを放送することさえある。しかし、この『ナイトスクープ』好きYOUの場合、4月に密着したものを5月に放送している。かなり早いほうだ。彼らは2カ月日本に滞在すると言っていた。もし放送後、『ナイトスクープ』側からリアクションがあっても十分間に合う計算だ。  そんな思惑があったのか、なかったのか、『ナイトスクープ』から派遣されたハライチの澤部佑探偵は、テレビ東京に出向き、担当ディレクターに話を聞く。もちろん『YOUは~』側も全面協力だ。そして、ついにYOUたちは、澤部探偵と対面したのだ。さらにロケ準備中のカンニング竹山探偵や、「アイドルみたいな存在」という番組常連のパティシエ・林裕人先生などに会いに行く。  2人は目をキラッキラに輝かせ、「人生で一番素晴らしい日」と満面の笑顔。そして、そんな愛情を受けた探偵や出演者たちもうれしそうだ。  そこにあふれていたのは、“テレビを見る”という喜び、そして、テレビの力だ。テレビが夢のおもちゃ箱だった時代を呼び起こすようなダイナミズムを感じさせてくれたし、今だって十分、テレビは夢のおもちゃ箱だと思わせてくれた。  局の垣根だとか、地方局とキー局だとか、タブーだとか、そんな大人の事情なんて関係がない。そんな軽やかさと自由さが、2つの番組にはあるし、それを飛び越えるに足るYOUたちの愛の力があった。  後日、ついにYOUたちの夢がかない、『ナイトスクープ』収録の観覧へ。 「あなたたちは面白い!」  そんなふうに興奮して言う2人に、感極まって秘書の松尾依里佳も局長の西田敏行も涙を流した。  局長が泣く姿を見てどう思うかと聞かれたYOUたちは、見慣れた光景に笑って言った。 「泣くのはわかってた」 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

“にわか”なアルコ&ピースが『勇者ああああ』で伝える「ゲームで遊ぶ楽しさ」

にわかなアルコ&ピースが『勇者ああああ』で伝える、ゲームで遊ぶ楽しさの画像1
『勇者ああああ』テレビ東京
 テレビのバラエティ番組の系譜のひとつとして脈々と続いているジャンルが、「ゲーム情報番組」である。  ファミコン発売以降に登場し、新作のゲームを紹介する番組で、その多くはゲーム会社がスポンサーになっている。番組の性質上、当然ゲームファンに向けたものだ。だから、ゲームファン以外が目にすることは基本的にはない。  だが一方で、古くは『大竹まことのただいま!PCランド』(テレビ東京系)をはじめ、「ゲーム情報番組」とは名ばかりで、それを隠れみのにお笑い要素をふんだんに取り込んだ、もはや「お笑い番組」と呼ぶべき番組も少なくなかった。最低限、新作ゲーム情報を入れれば、あとはゲームに関係あろうがなかろうがやりたい放題。そんな番組だ。  今年4月から始まった『勇者ああああ』(同/木曜深夜1時35分~)も、その系譜にあるといっていい。サブタイトル通り「ゲーム知識ゼロでもなんとなく見られるゲーム番組」だ。  司会はアルコ&ピース。アルピーといえば、通常の番組では平子祐希が目立っているが、この番組では、自身のラジオ番組同様、奔放に振る舞う酒井健太も負けず劣らずの存在感を放っている。そう、ラジオのような自由さが、アルピーの魅力を最大限引き出しているのだ。  ところで先ほど、「ゲーム情報を隠れみのにゲームとは無関係なお笑い番組の系譜」とこの番組を紹介したが、それは正確ではない。なぜなら、この番組のすべての企画が「ゲーム」を題材にしているからだ。  たとえば「コマンド危機一髪」。これは、アルピーとゲストが、リレー形式でコマンド入力を正確に行っていくというもの。スーパーマラドーナがゲスト出演した回では、『ストリートファイターII』で無抵抗な相手をリュウの「竜巻旋風脚」だけで倒すというミッション。一見簡単そうだが、一発一発リレー形式で行い、コマンド入力をミスして別の技が出てしまった時点で挑戦失敗。連帯責任で、全員に電流が流れるのだ。 「メチャクチャ得意」という武智に対し、田中一彦は「(『ストII』は)持ってたんですけど、いつか友達できたらやろうと思ってたので……」と哀しい思い出を語り、ほとんどやったことがないという。  頼りになる武智を先頭に酒井、平子、田中の順で挑戦する。武智、酒井が順調に成功する中、3人目の平子。慎重にコマンド入力するも、繰り出した技は「巴投げ」。  その瞬間、全員に電流が走る。 「何、変なタイミングでミスってるんですか!」  2回目の挑戦では平子も無事成功。だが、初挑戦となる田中がやはりミス。普通のハイキックを繰り出した。 「俺、リュウのあのキック見たの初めてだわ!」  その後も、平子は巴投げを繰り出し、激高した田中から「デブ、こら!」と罵倒され、まさかの「隠れデブ疑惑」が浮上する始末。その2人が足を引っ張り続け、なかなか成功しない。  それでも制限時間残り3分となった15回目の挑戦で、ついに成功。4人は歓喜した。コマンド入力は決して難しいわけではないが、ちょっとしたタイミングで失敗してしまうもの。実際のゲームではそこを多少ミスしても問題がないため、あらためて正確さを要求されると、普段とは違う力が入る。しかも、電流という連帯責任のプレッシャーもかかる。結果、ゲーム上級者ではない彼らは、失敗を繰り返してしまうのだ。見ている方も、いつしか感情移入し、手に汗を握る。で、達成したときに妙な感動を覚えるのだ。  ほかにも「にわかゲーマー一斉摘発 芸能界ゲーム風紀委員」というコーナーでは、アルピーの2人が「ゲーム風紀委員」となり、ゲームがたいして好きでもないのに、仕事を増やそうとプロフィールに「ゲーム好き」などと書く女性アイドルらをオーディションと称して呼び出し、本当にゲーム好きかを検証する企画。  実際、「にわか」のアイドルたちがほとんど。それを“摘発”し、追い詰めていくのは痛快だが、そこではアルピーの「にわか」っぷりが浮き彫りになることも。だが、それを逆手に取り、翌週の放送ではネットで批判されたと公言し、間違いを訂正し、仰々しく謝罪からスタートするふざけっぷりも面白い。 「ゲーム芸人公開オーディション」では、ゲームに絡んだネタならなんでもOKというハードルの低さから、“にわか”の粗い芸を見せる芸人が大挙出演。かつての『あらびき団』(TBS系)を思わせる雰囲気が心地よい。  こうしたお笑い要素が強い企画だけではなく、ゲーム情報要素の強い企画ももちろんある。そのひとつが「ゲーマーの異常な愛情」。ゲーム愛の強い芸人が登場し、人生で最高の一本を紹介するというものだ。  ここでは、今でもカルト的人気を誇る『リンダキューブ アゲイン』や『鈴木爆発』などが、かなりの時間を割いて紹介された。  先にも触れた通り、アルピーは決してゲームに詳しいわけではない。けれど、ゲームを知らないわけではない。彼らは現在、30代。物心ついたときからファミコンで遊び、ゲームの成長とともに大きくなった世代といっていい。その世代における標準的なゲーム知識とゲーム愛を持っている。  だから、マニアックに振れることもなく、メジャーなものだけを扱うわけでもない。ちょうどいいのだ。“にわか”だからこそ伝えられる面白さがあるのだ。 「ゲーム情報」だけを求めるなら、物足りないかもしれない。けれど、『勇者ああああ』が目指し実現させているのは、きっと「ゲームで遊ぶ楽しさ」を伝えることなのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

究極の内輪番組? 『あいつ今何してる?』が深く心に刺さる理由

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テレビ朝日『あいつ今何してる?』
 見るたびに、毎回よくできているなあと思う番組がある。『あいつ今何してる?』(テレビ朝日系)だ。  2015年10月から深夜で放送され、翌年4月から新たにネプチューンを司会に迎え、早くもゴールデンに昇格。現在も好評放送中だ。  番組の内容はタイトル通り。ゲストの著名人が、事前に学生時代の卒業アルバムを見ながら友人たちを回想、その話に出た友人=あいつが今、何をしているかを探る番組だ。  昨今、「素人」に焦点を当てたドキュメント系バラエティ番組が隆盛を誇っている。たとえば、空港を訪れた外国人に密着する『YOUは何しに日本へ?』や、終電を逃した人の家についていく『家、ついて行ってイイですか?』(ともにテレビ東京系)、あるひとつの場所を訪れる人に話を聞く『ドキュメント72時間』(NHK総合)などがそれに当たるが、この番組もその系譜にあるといっていいだろう。  スタッフが「あいつ」を探し出し、その人の職場や自宅に出向き、その後にたどった人生を振り返りながら、ゲストが回想しているVTRを見せて、感想を聞くというものだ。もちろん、「あいつ」はほとんどの場合、一般の人たち。そんな無名の人たちの人生なんか、テレビの、それもゴールデンの番組で取り上げて誰が興味あるんだ? と思うかもしれないが、ひとたび見始めると、これがくぎづけになるのだ。  もちろん、その面白さのひとつに、「あいつ」を通して見た有名人の知られざる過去の話を聞くというものもあるだろう。  卒業アルバムを見ながらゲストが回想するため、それまで忘れていたようなことを思い出したりする。あるいは、これまで話してこなかった初恋の話などをポロッとしたりする。その相手はどんな人なんだろうというミーハーな興味を満たされたりもするし、これまで鉄板のエピソードトークの登場人物のひとりとして登場していた人を実際に見られる喜びもある。数は少ないが、意外な有名人と学生時代からつながっているという奇妙な縁を感じさせるようなときもあったりする。  そして何より、友人の「あいつ」しか知らないゲストのエピソードが語られる、という面白みもある。学生時代、ゲストがどんな人物だったのか、それを本人ではなく、実際に間近で見てきた人から聞けるのは、めったにない。  そうした話には、また違った意味の面白さも付随する。それは記憶の齟齬だ。ゲストが間違いない話として語ったことが、実は全然違うこともよくあるのだ。事実は見る角度で違うのはもちろんだが、人は自分が見たい方向でしか物事を見ないし、その時々の心境が如実に記憶を塗り替えてしまうということがあらわになる。そんな面白さも潜んでいる。  これは、「あいつ」をスタジオに呼ばず、自宅や職場で話を聞くというスタイルが功を奏しているのだろう。スタジオのような素人にとって緊張する場で、テレビで活躍している相手が目の前にいて口を挟んでくると、思うようには話せなくなってしまうもの。だが、慣れた場所でスタッフ相手なら、じっくりと話すことができるのだ。  たとえば、野々村真の「あいつ」は、足に障害を負った同級生。一緒に帰る約束をしていたが、野々村がその約束をすっぽかした日に、その同級生が命に関わる大事故に遭ってしまい、今でも責任を感じているというのだ。  そんな「あいつ」は現在、フランスに住んでいるという。スタッフがフランスの自宅を訪れると、波瀾万丈な人生を経て、ルーヴル美術館のサイトなどを手がけるデザイナーとして活躍していることが明かされた。野々村が後悔している事故の件は、実は約束していたという事実はなく、野々村の家の目の前で事故に遭ったため、責任を感じたのではないかというのだ。つまり、事故を目の前で目撃した母から「いつも一緒に帰っているのに、なんでその日に限ってついていてあげなかったのか」などと叱られた野々村は責任を感じ、記憶が改ざんされたのだろう。そんな野々村に「責任を感じさせてしまっていたら申し訳ない」と優しく語る「あいつ」。その言葉に目を潤ませる野々村の姿に、誰もが持っているであろう青春時代の後悔の重さを思い起こさせるのだ。  また、記憶ということでいえば、「あいつ」がよく口にするのは「覚えてくれていてありがとう」という言葉だ。有名人となり、遠い世界に行ってしまったかのように感じていた同級生が、今でも自分のことを覚えていてくれる。それは、相手への思いが大きければ大きいほど感動するものだろう。彼ら(「あいつ」ら)の多くは、そんな同級生たちの活躍を、日々の生活の糧にしている。そういう思いを吐露する姿は胸に迫るものがあるし、それを見ながら、自分の同級生の「あいつ」は今何をしてるのだろうと思いを巡らせてしまう。  だが、それだけだと、ゲストに興味のある人しか楽しめない。けれど、この番組は、ゲストが誰であろうと面白い。実際、複数のゲストのうちのひとりを目当てに見だしたら、もう一方のゲストの「あいつ」のほうにくぎづけになってしまうことも少なくない。 「日本一面白いテレビ!」 「この5年で見たVTRで一番衝撃!」  出演したゲストの多くは、興奮して口々に絶賛する。ただし、この言葉には注釈がつく。それは「自分にとって」というものだ。ゲストにとっては自分の思い出の扉が開く上、自分が知らない同級生のその後を知ることができるのだから当然だ。「究極の内輪話」といっても過言ではない。ゲストにとっていかに大事な人でも、視聴者にとっては関係ない。狭い話だ。けれど、だからこそ深く刺さる面もある。  今、テレビは「みんなにとって」の方向にばかり進化していっている。なぜなら、それが視聴率を獲るための近道だからだ。だが、本当に大事なのは、いつも「自分にとって」だ。「その人」に向けて作ることだ。だからこそ、思いがダイレクトに伝わってきて、「あいつ」がいつしか自分に投影され、感情が揺さぶられる。  誰かにとって脇役の「あいつ」にも、みんなそれぞれに濃厚な人生がある。人はそれぞれ、自分の人生の主人公だ。と同時に、みんな誰かの「あいつ」のひとりなのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

ゲームをプレイする悦びを描く『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』の冒険

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MBS/TBSドラマイズム『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』公式ウェブサイトより
「みんな聞いてほしい。このエオルゼアに僕の父さんがいる!」  エオルゼアとは、オンラインRPGゲーム『ファイナルファンタジーXIV』の舞台となる世界。そこに集まる仲間たちを前に、「マイディー」を名乗るキャラクターが宣言した。  これは、『FF14』をプレイする親子をめぐるドラマ『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』(MBS)である。  原作は、ハンドルネーム「マイディー」によるゲームプレイブログ「一撃確殺SS日記」(http://sumimarudan.blog7.fc2.com/)で連載していた「光のお父さん計画」。ゲームプレイブログをドラマ化するのは、前代未聞のことだ。  主人公は、ゲーム上で「マイディー」を名乗るゲーム好きの青年・稲葉光生(千葉雄大)。彼の父親・博太郎(大杉漣)は、60歳になると、家族になんの相談もなしに会社を辞めてしまう。次期社長候補にも挙がっていたというのに、だ。  いつしか父と言葉を交わすことがほとんどなくなっていた光生は、父の真意がわからない。そんなことを何気なくゲーム上で、仲間たちに相談した。  すると、その中のひとりが言う。 「これからは一緒に冒険をする時間あるんじゃないですか?」 「ここに呼ぶってこと?」 「正体を隠して仲良くなれば心を開いてくれるかも」  父に『FF14』をプレイしてもらい、自分は正体を隠して共に冒険を続け、いつの日か自分が実の息子であることを打ち明けるという壮大な親孝行を計画したのだ。それが「光のお父さん計画」だ。(ちなみに「光の~」とは『FF』における冒険者が「光の戦士」と呼ばれることに由来している)  念のために補足すると、『FF14』のようなオンラインゲームとは、ネットにつないで世界中の人たちと一緒にプレイするゲームだ。同じゲーム内の世界で、自分と同じように世界中の誰かがプレイしている。ゲーム中すれ違う人たちも全員、現実にいるどこかの誰か、ということだ。その中で、もちろん一人で遊ぶこともできるが、「フレンド」登録して、ほかの誰かと一緒に冒険をすると格段に楽しくなる。 「退職祝い」で息子に『FF14』をプレゼントされた父親は、そんな説明を聞いて、つぶやいた。 「そんなん、なんか恥ずかしい……」  光生がゲーム好きになったのは、小学生の頃、謎の一人遊びに興じる息子を見かねた父がゲームを買ってくれたからだ。その時、一緒に買ったソフトが『FF3』だった。  息子が楽しそうにプレイしているのを見て、父も見よう見まねでプレイするようになった。 「光生、これ、なかなか面白いな」  ゲームは父と息子の共通言語になった。  だが、ある日、父が仕事から疲れて帰ってきたときに、光生は喜々としてゲームの話をしてしまう。 「ゲームばかりせんと、ちょっとは勉強せえ」  そこから、2人は心を開いた会話をすることができなくなったのだ。  しかし今、2人はかつて一緒に遊んだ『FF』の世界で、再び出会った。  その時、「インディ」を名乗る父は、初心者にとっては難敵のモンスターに襲われていた。 「このままでは父さんが死んでしまう!」  インディの命の危機に、マイディーはすかさず加勢し、救ったのだ。 「大丈夫でしたか?」  尋ねるマイディーに、インディは沈黙したまま見つめ合う。やがて、なぜかマイディーの周りを走りだす。戸惑うマイディーを尻目に、インディはそのまま走り去ってしまうのだ。  まだどうやって会話していいかわからない父がなんとか感謝を伝えようとしたが、それができず、結局逃げてしまったのだ。  どうすればよかったのかを聞きに来た父に息子が説明すると、父はしみじみと言うのだ。 「このゲーム、なかなか楽しい」  ドラマは、このように現実の世界とゲームの世界(エオルゼア)を行き来する。エオルゼアの様子には、実際のプレイ画面が使われている。先のインディが逃げてしまうシーンも、ゲーム画面特有の動きのチグハグさが、おかしみを生んでいた。  これまでもゲームをモチーフにしたドラマはあったが、ここまで「ゲームをプレイする悦び」に焦点を当てて、そのゲームの特性を利用し、それをストーリーや映像に組み込んだ作品は例がないのではないだろうか。  その実現に至るまでは、さまざまな苦労があったことが想像できる。実際にその顛末は、原作者のブログ「一撃確殺SS日記」で、「光のぴぃさん」と題し、連載されていた。  たとえば、最初の脚本案。もちろん原作ブログそのままをドラマ化したのでは、オンラインゲームをもともと好きな人は楽しめても、筆者のようなそうでない者は楽しめない。地上波で放送するドラマである以上、それではダメなことは明らかだ。原作ではほとんど描かれていない主人公の背景や、原作では主人公と父と母だけしか出てこない登場人物の追加などは必要不可欠な要素だった。  もちろん、それは原作者も納得していたが、最初に出された脚本案は、受け入れがたいものだった。主人公は引きこもり、父は末期がん。それを知った主人公が「光のお父さん計画」を立てる。旅の仲間たちもアニメオタクやBLマニアなど、テレビ的に誇張されたオタク像。人生経験豊富な父が、そんなネット依存した若者たちを更生、社会復帰させていくというものだった。  なるほど、確かに息子が正体を隠して父をゲームに誘い、その中で交流し親子愛を深めていくという物語の骨格は継承している。  だが、決定的に間違っている。なぜなら、原作が描いているのは「オンラインゲームの素晴らしさと可能性」だからだ。ネットを悪とするような価値観とは相いれない。そんなドラマ化では意味がない。やめたほうがいい。 「やめるのはいつでもできます。でも、そういう時に頑張ることが、大切だと思うんです」  戦いに敗れ、「また今度にしよう」というマイディーにインディは言う。  そんなインディの言葉通り、原作者やそれを理解しているスタッフたちは、理想のドラマ化実現に向け、妥協せずに戦った。ゲームを愛する新たな脚本家を招き、主人公の設定も、マジメな会社員に変更され、オンラインゲームの中で得た教訓や実感を現実の世界で生かし、主人公が成長していく物語に昇華されたのだ。  インディは、また命の危機にさらされる。それを見つけ、マイディーが手を差し伸べ、協力してモンスターを倒す。再び、マイディーに救われたインディ。マイディーをしばらく見つめたインディは、ゆっくりとひざまずき、感謝の意を伝えたのだ。  このシーンには、オンラインゲームのときめきと悦びが、すべて詰まっているようだった。  饒舌な言葉の交流や現実社会での直接の交流がなくても、心が通じ合ったという実感を得られることがある。ゲームだからこそ、生まれる感動があるのだ。ゲームが共通言語になった瞬間だった。  このドラマは、いまだに「ゲーム=悪」という描かれ方をされてしまう風潮への戦いだ。その冒険は、ゲーム界にとっても、ドラマ界にとっても一筋の光だ。そこには大きな可能性が広がっている。  インディは言う。 「人生にゲームオーバーはありません。あきらめない限り」 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

ゲームをプレイする悦びを描く『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』の冒険

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MBS/TBSドラマイズム『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』公式ウェブサイトより
「みんな聞いてほしい。このエオルゼアに僕の父さんがいる!」  エオルゼアとは、オンラインRPGゲーム『ファイナルファンタジーXIV』の舞台となる世界。そこに集まる仲間たちを前に、「マイディー」を名乗るキャラクターが宣言した。  これは、『FF14』をプレイする親子をめぐるドラマ『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』(MBS)である。  原作は、ハンドルネーム「マイディー」によるゲームプレイブログ「一撃確殺SS日記」(http://sumimarudan.blog7.fc2.com/)で連載していた「光のお父さん計画」。ゲームプレイブログをドラマ化するのは、前代未聞のことだ。  主人公は、ゲーム上で「マイディー」を名乗るゲーム好きの青年・稲葉光生(千葉雄大)。彼の父親・博太郎(大杉漣)は、60歳になると、家族になんの相談もなしに会社を辞めてしまう。次期社長候補にも挙がっていたというのに、だ。  いつしか父と言葉を交わすことがほとんどなくなっていた光生は、父の真意がわからない。そんなことを何気なくゲーム上で、仲間たちに相談した。  すると、その中のひとりが言う。 「これからは一緒に冒険をする時間あるんじゃないですか?」 「ここに呼ぶってこと?」 「正体を隠して仲良くなれば心を開いてくれるかも」  父に『FF14』をプレイしてもらい、自分は正体を隠して共に冒険を続け、いつの日か自分が実の息子であることを打ち明けるという壮大な親孝行を計画したのだ。それが「光のお父さん計画」だ。(ちなみに「光の~」とは『FF』における冒険者が「光の戦士」と呼ばれることに由来している)  念のために補足すると、『FF14』のようなオンラインゲームとは、ネットにつないで世界中の人たちと一緒にプレイするゲームだ。同じゲーム内の世界で、自分と同じように世界中の誰かがプレイしている。ゲーム中すれ違う人たちも全員、現実にいるどこかの誰か、ということだ。その中で、もちろん一人で遊ぶこともできるが、「フレンド」登録して、ほかの誰かと一緒に冒険をすると格段に楽しくなる。 「退職祝い」で息子に『FF14』をプレゼントされた父親は、そんな説明を聞いて、つぶやいた。 「そんなん、なんか恥ずかしい……」  光生がゲーム好きになったのは、小学生の頃、謎の一人遊びに興じる息子を見かねた父がゲームを買ってくれたからだ。その時、一緒に買ったソフトが『FF3』だった。  息子が楽しそうにプレイしているのを見て、父も見よう見まねでプレイするようになった。 「光生、これ、なかなか面白いな」  ゲームは父と息子の共通言語になった。  だが、ある日、父が仕事から疲れて帰ってきたときに、光生は喜々としてゲームの話をしてしまう。 「ゲームばかりせんと、ちょっとは勉強せえ」  そこから、2人は心を開いた会話をすることができなくなったのだ。  しかし今、2人はかつて一緒に遊んだ『FF』の世界で、再び出会った。  その時、「インディ」を名乗る父は、初心者にとっては難敵のモンスターに襲われていた。 「このままでは父さんが死んでしまう!」  インディの命の危機に、マイディーはすかさず加勢し、救ったのだ。 「大丈夫でしたか?」  尋ねるマイディーに、インディは沈黙したまま見つめ合う。やがて、なぜかマイディーの周りを走りだす。戸惑うマイディーを尻目に、インディはそのまま走り去ってしまうのだ。  まだどうやって会話していいかわからない父がなんとか感謝を伝えようとしたが、それができず、結局逃げてしまったのだ。  どうすればよかったのかを聞きに来た父に息子が説明すると、父はしみじみと言うのだ。 「このゲーム、なかなか楽しい」  ドラマは、このように現実の世界とゲームの世界(エオルゼア)を行き来する。エオルゼアの様子には、実際のプレイ画面が使われている。先のインディが逃げてしまうシーンも、ゲーム画面特有の動きのチグハグさが、おかしみを生んでいた。  これまでもゲームをモチーフにしたドラマはあったが、ここまで「ゲームをプレイする悦び」に焦点を当てて、そのゲームの特性を利用し、それをストーリーや映像に組み込んだ作品は例がないのではないだろうか。  その実現に至るまでは、さまざまな苦労があったことが想像できる。実際にその顛末は、原作者のブログ「一撃確殺SS日記」で、「光のぴぃさん」と題し、連載されていた。  たとえば、最初の脚本案。もちろん原作ブログそのままをドラマ化したのでは、オンラインゲームをもともと好きな人は楽しめても、筆者のようなそうでない者は楽しめない。地上波で放送するドラマである以上、それではダメなことは明らかだ。原作ではほとんど描かれていない主人公の背景や、原作では主人公と父と母だけしか出てこない登場人物の追加などは必要不可欠な要素だった。  もちろん、それは原作者も納得していたが、最初に出された脚本案は、受け入れがたいものだった。主人公は引きこもり、父は末期がん。それを知った主人公が「光のお父さん計画」を立てる。旅の仲間たちもアニメオタクやBLマニアなど、テレビ的に誇張されたオタク像。人生経験豊富な父が、そんなネット依存した若者たちを更生、社会復帰させていくというものだった。  なるほど、確かに息子が正体を隠して父をゲームに誘い、その中で交流し親子愛を深めていくという物語の骨格は継承している。  だが、決定的に間違っている。なぜなら、原作が描いているのは「オンラインゲームの素晴らしさと可能性」だからだ。ネットを悪とするような価値観とは相いれない。そんなドラマ化では意味がない。やめたほうがいい。 「やめるのはいつでもできます。でも、そういう時に頑張ることが、大切だと思うんです」  戦いに敗れ、「また今度にしよう」というマイディーにインディは言う。  そんなインディの言葉通り、原作者やそれを理解しているスタッフたちは、理想のドラマ化実現に向け、妥協せずに戦った。ゲームを愛する新たな脚本家を招き、主人公の設定も、マジメな会社員に変更され、オンラインゲームの中で得た教訓や実感を現実の世界で生かし、主人公が成長していく物語に昇華されたのだ。  インディは、また命の危機にさらされる。それを見つけ、マイディーが手を差し伸べ、協力してモンスターを倒す。再び、マイディーに救われたインディ。マイディーをしばらく見つめたインディは、ゆっくりとひざまずき、感謝の意を伝えたのだ。  このシーンには、オンラインゲームのときめきと悦びが、すべて詰まっているようだった。  饒舌な言葉の交流や現実社会での直接の交流がなくても、心が通じ合ったという実感を得られることがある。ゲームだからこそ、生まれる感動があるのだ。ゲームが共通言語になった瞬間だった。  このドラマは、いまだに「ゲーム=悪」という描かれ方をされてしまう風潮への戦いだ。その冒険は、ゲーム界にとっても、ドラマ界にとっても一筋の光だ。そこには大きな可能性が広がっている。  マイディは言う。 「人生にゲームオーバーはありません。あきらめない限り」 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

まるでドラッグ……退廃的ムードを醸し出す『100万円の女たち』の中毒性

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木ドラ25『100万円の女たち』(テレビ東京)
 男を中心に、5人の女が食卓を囲んでいる。年齢も風貌もバラバラ。一人はセーラー服姿だし、一人は全裸だ。  彼女たちは、男が用意した夕食を食べながら、その料理にダメ出しをしている。  全裸の女は言う。 「味がぼんやりしてる。アナタみたい」  昨今のドラマでは『カルテット』(TBS系)や『バイプレイヤーズ』(テレビ東京系)、『住住』(日本テレビ系)など、いわゆるシェアハウスものが急増している。そんな中、同じジャンルでありながら、まったく違うムードを醸し出しているのが、この『100万円の女たち』(テレビ東京系)である。  本作は、これも急増している、ネット動画サービスと連携した制作スタイル。Netflixと共同で制作する、新たなドラマ枠「木ドラ25」の第1弾だ。  原作は『俺はまだ本気出してないだけ』の青野春秋が「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に連載していた同名マンガ。  売れない小説家・道間慎が、自宅の一軒家に「家賃」100万円を持って突然押しかけてきた5人の美女たちと奇妙な共同生活を送るというストーリー。  主人公の慎を演じるのは、ドラマでは見かけない顔だ。それもそのはず、映画『君の名は。』の主題歌「前前前世」の大ヒットが記憶に新しいロックバンド、RADWIMPSのボーカル・野田洋次郎なのだ。売れない小説家らしい、地味でさえない雰囲気を見事に表現している。  5人の女の中で、今のところ最も目立っている白川美波役の女性もドラマではあまり見かけないが、(なにしろ、部屋ではずっと全裸なので)強烈に印象に残る存在だ。彼女は福島リラ。主にファッションモデルとして活動し、女優としては映画『ウルヴァリン: SAMURAI』でハリウッドデビュー。その後、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』などにも出演している。  この普段見慣れない2人の強烈な存在感が、本作をミステリアスで新鮮な味わいにしている。  松井玲奈、我妻三輪子、武田玲奈、新木優子が演じるほかの4人の女も、それぞれ個性的で、何やら秘密を持っていそうな雰囲気だ。  夕食を食べ終えると、家に迷い込んだ猫の名前を決めようということになった。「たま」やら「漱石」やら案を出し合う、普通なら幸福感あふれるはずのシーンも、どこか不穏だ。常に緊張感が漂っている。  慎が何気なく女たちに子どもの頃の猫にまつわる思い出を訊こうとすると、「質問はしない約束でしょ」と一蹴される。  この共同生活には、いくつかのルールがあるのだ。 「女たちへの質問は禁止」 「女たちの部屋に入るのは禁止」 「夕食は全員一緒に食べる」 「女たちの世話は慎が全部やる」 「家賃は毎月100万円」  女たちはみな、「招待状」を受け取ってやってきたというが、もちろん慎が出したわけではない。誰が、どんな目的で彼女たちを集めたのかはまったくわからない。  彼女たちはなんらかの過去や秘密を抱えていそうだが、慎もまた壮絶なものを抱えている。  彼の書く小説には、人が死ぬシーンが出てこないという。なぜなら、彼の父親(リリー・フランキー)が、殺人犯だからだ。 「想像できる? 自分の父親が母親を殺しちゃうなんて」  父親は、自分の妻(つまり慎の母)とその不倫相手を殺害。さらに、駆けつけた警察官も殺害。死刑判決を受けているのだ。そのせいなのか、慎の自宅には繰り返し「死ね」「人殺し」などといったFAXが送られてくる。  こうしたサスペンス要素のほかに、このドラマの雰囲気を決定付けているのは、エロティックなムードだ。  そもそもがハーレム状態な上、慎は高級ソープランドに通っている。さらに第2話で、美波は慎の「価値観がぐるぐる揺れている」からいい小説が書けないのだと、秘密にしていた自分の職場へ慎を連れて行く。美波は、高級コールガールクラブのオーナーだったのだ。このクラブのコールガールには人気アイドルグループの一人が在籍しており、そのアイドルの値段は、なんと一晩1,000万円だという。 「質より人気という付加価値に弱い人間は、腐るほどいるの。特に、この国には」  こうした謎が謎を呼ぶサスペンスもののドラマは、その秘密を知りたいから次を見たくなる。だが、このドラマは、ちょっと違う。もちろんそうした意味で続きを見たいという欲求もあるにはあるが、それ以上に、なんだか中毒性があるのだ。  ドラマの画面から醸し出される強烈な退廃的ムードと緊張感を味わうと、理屈ではなく、またそれを味わいたくなる。  価値観がぐるぐる揺れる、麻薬のようなドラマなのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

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『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった』(文藝春秋) スキマさんの新刊出ました まるでドラッグ……退廃的ムードを醸し出す『100万円の女たち』の中毒性の画像3

まるでドラッグ……退廃的ムードを醸し出す『100万円の女たち』の中毒性

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木ドラ25『100万円の女たち』(テレビ東京)
 男を中心に、5人の女が食卓を囲んでいる。年齢も風貌もバラバラ。一人はセーラー服姿だし、一人は全裸だ。  彼女たちは、男が用意した夕食を食べながら、その料理にダメ出しをしている。  全裸の女は言う。 「味がぼんやりしてる。アナタみたい」  昨今のドラマでは『カルテット』(TBS系)や『バイプレイヤーズ』(テレビ東京系)、『住住』(日本テレビ系)など、いわゆるシェアハウスものが急増している。そんな中、同じジャンルでありながら、まったく違うムードを醸し出しているのが、この『100万円の女たち』(テレビ東京系)である。  本作は、これも急増している、ネット動画サービスと連携した制作スタイル。Netflixと共同で制作する、新たなドラマ枠「木ドラ25」の第1弾だ。  原作は『俺はまだ本気出してないだけ』の青野春秋が「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に連載していた同名マンガ。  売れない小説家・道間慎が、自宅の一軒家に「家賃」100万円を持って突然押しかけてきた5人の美女たちと奇妙な共同生活を送るというストーリー。  主人公の慎を演じるのは、ドラマでは見かけない顔だ。それもそのはず、映画『君の名は。』の主題歌「前前前世」の大ヒットが記憶に新しいロックバンド、RADWIMPSのボーカル・野田洋次郎なのだ。売れない小説家らしい、地味でさえない雰囲気を見事に表現している。  5人の女の中で、今のところ最も目立っている白川美波役の女性もドラマではあまり見かけないが、(なにしろ、部屋ではずっと全裸なので)強烈に印象に残る存在だ。彼女は福島リラ。主にファッションモデルとして活動し、女優としては映画『ウルヴァリン: SAMURAI』でハリウッドデビュー。その後、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』などにも出演している。  この普段見慣れない2人の強烈な存在感が、本作をミステリアスで新鮮な味わいにしている。  松井玲奈、我妻三輪子、武田玲奈、新木優子が演じるほかの4人の女も、それぞれ個性的で、何やら秘密を持っていそうな雰囲気だ。  夕食を食べ終えると、家に迷い込んだ猫の名前を決めようということになった。「たま」やら「漱石」やら案を出し合う、普通なら幸福感あふれるはずのシーンも、どこか不穏だ。常に緊張感が漂っている。  慎が何気なく女たちに子どもの頃の猫にまつわる思い出を訊こうとすると、「質問はしない約束でしょ」と一蹴される。  この共同生活には、いくつかのルールがあるのだ。 「女たちへの質問は禁止」 「女たちの部屋に入るのは禁止」 「夕食は全員一緒に食べる」 「女たちの世話は慎が全部やる」 「家賃は毎月100万円」  女たちはみな、「招待状」を受け取ってやってきたというが、もちろん慎が出したわけではない。誰が、どんな目的で彼女たちを集めたのかはまったくわからない。  彼女たちはなんらかの過去や秘密を抱えていそうだが、慎もまた壮絶なものを抱えている。  彼の書く小説には、人が死ぬシーンが出てこないという。なぜなら、彼の父親(リリー・フランキー)が、殺人犯だからだ。 「想像できる? 自分の父親が母親を殺しちゃうなんて」  父親は、自分の妻(つまり慎の母)とその不倫相手を殺害。さらに、駆けつけた警察官も殺害。死刑判決を受けているのだ。そのせいなのか、慎の自宅には繰り返し「死ね」「人殺し」などといったFAXが送られてくる。  こうしたサスペンス要素のほかに、このドラマの雰囲気を決定付けているのは、エロティックなムードだ。  そもそもがハーレム状態な上、慎は高級ソープランドに通っている。さらに第2話で、美波は慎の「価値観がぐるぐる揺れている」からいい小説が書けないのだと、秘密にしていた自分の職場へ慎を連れて行く。美波は、高級コールガールクラブのオーナーだったのだ。このクラブのコールガールには人気アイドルグループの一人が在籍しており、そのアイドルの値段は、なんと一晩1,000万円だという。 「質より人気という付加価値に弱い人間は、腐るほどいるの。特に、この国には」  こうした謎が謎を呼ぶサスペンスもののドラマは、その秘密を知りたいから次を見たくなる。だが、このドラマは、ちょっと違う。もちろんそうした意味で続きを見たいという欲求もあるにはあるが、それ以上に、なんだか中毒性があるのだ。  ドラマの画面から醸し出される強烈な退廃的ムードと緊張感を味わうと、理屈ではなく、またそれを味わいたくなる。  価値観がぐるぐる揺れる、麻薬のようなドラマなのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

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