タイ人ホストに貢いだ山辺節子に共感する日本人女性「私も家を買ってあげたかも」

 タイで身柄を拘束され、4月19日、日本への空路移送中の機内で逮捕された7億円詐欺の山辺節子容疑者。62歳の彼女は、38歳と偽り、交際相手の31歳タイ人男性に、東北部ウボンラチャタニー県の豪邸を購入したとみられるが、このイケメン男性と出会ったのが東部パタヤのホストクラブだという。パタヤのホストクラブとはどんなところなのか、山辺容疑者はなぜタイ人ホストにハマったのか? 「私も家を買ってあげてたかも」と話す、現地の日本人女性に話を聞いた。

■タイ人ホストを連れ出しホテルへ?

 首都バンコクから車で約2時間、海沿いの街パタヤは、もともと米軍の保養地として開発されたため、歓楽街が栄えており、ゴーゴーバーなどで働く女性たちが遊びに行くホストクラブも多数存在する。

 現地で飲食店を経営する女性によると、ホストクラブによっては、日本人や中国系マダムの太客も結構いるという。

「タイは東北部の貧しい農村から都会に出稼ぎに来る人が多いんです。夜の店で働く男の子たちは、バンコクは都会すぎて怖いからと、パタヤを選ぶ子も少なくありません。観光地だから外国人には慣れているけれど、素朴さもあるので、スレていない魅力にマダムたちがハマるのかもしれません」

 実際にパタヤのホストクラブに通い、タイ人ホストに貢いでいた経験を持つタイ在住の日本人女性は、次のように話す。

「タイ人男性は、一般的に女性にとても優しいです。食事の時に、料理を取り分けてくれたり、マメに電話やメールで連絡をくれたりするし、好きな女性には『愛してる』とか『あなたのことを思ってる』としょっちゅう言うので、大事にされているという実感があると思います。あと、タイのホストクラブは、店にお金を払うと、営業中でもお気に入りの子を連れ出して店外デートが可能なんです。食事をしたり、ディスコに遊びに行ったりはもちろん、すぐにホテルに行くこともできるから、深い仲になるのも早い。デートを重ねるうちに独占したいという気持ちが強くなり、離れられなくなってしまうんです」

 山辺容疑者も、夜な夜な店から男性を連れ出していたのかもしれない。

それにしても、見た目が若く見えることは間違いないが、24歳もサバを読む女と交際していた男性は、どういう心理だったのだろうか。そこに愛があったのか。それとも金のために、実年齢を知らないフリをし続けて付き合っていたのか。風俗情報誌の編集者は、タイの恋愛事情を交え、こう説明する。

「タイでは色が白くて肌のきれいな女性がモテますね。だから、日本人女性は人気があるんですよ。それと、ヌードやポルノなどが国内では一切禁止されているんですが、コピーDVDやネットなどで日本のAVが広く流通しています。だから、タイ人男性は『日本人の女はエロいから一度はヤリたい』と思ってる。タイでは年の差カップルは珍しくないし、山辺容疑者も若く見えるから、金も貢いでもらってたなら、交際相手の男も喜んで付き合ってたんじゃないかな」

 一方、前出の女性は、ホストに貢ぐのをやめた理由を金だと明かす。

「結局、お金が続かなくてやめました。彼がどんどん高価なものをおねだりするようになって、だんだん愛されているのか、わからなくなっていったんです。言葉の問題もあって、けんかが絶えなくなりました。そうなると、お金目当てで優しくしてくれるのかという疑問が芽生えて、むなしくなってしまったので別れました。でも、やっぱり彼にお姫様扱いしてもらった気持ちよさは忘れられないし、山辺容疑者のような大金を持っていたら、私だって家を買ってあげてたかもしれません」

 山辺容疑者に出資した被害者の中には、自殺した人もいるという。このまま交際相手の男性の元に豪邸が残るとすれば、彼ばかりがおいしい思いをする結果になる。かつて、青森県住宅供給公社巨額横領事件で、夫が横領した14億円で母国に豪邸を建てたチリ人妻のアニータ・アルバラードがそうであったように、この男性が話題性だけでタレント活動など始めなければよいが……。

“東京”と自分の距離感――長谷川町蔵×山内マリコが話す「東京女子の生きざま」

 『あたしたちの未来はきっと』(長谷川町蔵著、タバブックス)は東京郊外、町田の中学校を舞台に「イケてる女子グループ」に属した一人ひとりの、その後を追った小説だ。その刊行記念イベントとして『小説で描く東京女子の生きざま』が、下北沢B&Bで開催された。長谷川氏とともに出演したのが『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)で地方と上京生活を描き、『あのこは貴族』(集英社)で東京の「貴族階級」を描いた山内マリコ氏。“東京”という街について語ったイベントをレポートしたい。

■町田や千葉、都心から離れる生活
 長谷川氏は小説の舞台となった町田市出身であり、「目黒区は豊かな感じがして苦手。ひがみなんですが」と、同じ都民でありながら都心への嫉妬心を感じていることを話す。電車の路線によっては、東京から神奈川を経由して到着することもあり、神奈川県にあると誤解されがちな東京都町田市。なお、天気予報は東京よりも横浜寄りであり、言葉遣いも「じゃん」を多用するなど横浜に近いという。

 ちなみに、町田市からさらに南に下った神奈川県藤沢市出身の中居正広氏は「だべ?」を語尾につけることがあるが、「だべ?」は藤沢を含む小田急江ノ島線沿線の言葉だと長谷川氏が続けると、場内は深くうなずく人々も少なくなかった。地方の人が聞くと神奈川出身の都会の人がバーチャルで“カッペ”言葉を使っていると思われるかもしれないが、「ガチなのだ」と長谷川氏。

 このように、東京といえども生活が神奈川ベースになっている町田市民だが、「町田なんかに住んでるの?」と言われることは、とても悲しいと話す長谷川氏に、山内氏が「三浦しをん先生が素敵に(町田を)書いてくれたから※」と励ます一幕もあった。(※直木賞受賞作の三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(文藝文春)の舞台は町田がモデルになっている)

 東京からあえて離れるという選択肢もある。「千葉に越して、東京で遅くなり終電がなくなったらビジネスホテルに泊まると割り切って暮らしている知人が、とてもイキイキしている」と山内氏。ライフスタイルに1つの正解はないが、自分にあった暮らしができれば活力が湧くというのはとてもわかる。

 山内氏は上京当初、吉祥寺、荻窪と中央線沿線で暮らしており、町田で生まれ育った長谷川氏も小田急線沿線で住まいを探し「町田~新宿間から、じわっと広がったエリア」でしか住んでいないという。「離れると死ぬ的な、沿線の呪縛がある」と長谷川氏。なお、山内氏はその後、台東区方面と中央線沿線から離れるが、「年齢的に(生活)エリアを変えられるラストチャンスだったと思う。地方から東京に上京するとき並みの大きな転換だった」と振り返る。住んでいる街のカラーを変える、というのは、なかなかに決意や踏ん切りのいることなのだ。

■「東京」は歴史の浅い、新しい街
 イベント後半では、長谷川氏により東京の歴史が紹介された。まず「江戸」の範囲はどこまでだったのかが紹介され、環状になっている大江戸線の範囲までがおおむね「江戸」になり、今の23区よりもかなり狭いことがわかる。このエリアが明治になり「東京市」となり、ほかは「郡」として子分扱いだったという。

 街としての「東京」が完成するのは1936年と案外新しく、「1860年に南北戦争が起きたアメリカと違い東京は歴史があるというが、そうではない」と長谷川氏。因習が息づく古都京都と違い、東京は新しい街なのだ。

 文化の面から東京を見ていくと、小説『武蔵野』で都会から離れたカントリーライフを提言した国木田独歩が、その「カントリーライフ」を送っていたのは渋谷だったという。また、島崎藤村は『破戒』を書いた際に、夏目漱石から「あそこまで田舎で書くとは、よほどの気合だ」と感心されたそうだが、その「田舎」がどこかと言えば、今の歌舞伎町だ。戦前、戦後の昭和カルチャーまでの担い手の中心は中央区、墨田区、台東区といった東京の東側の下町出身者であり、「下町エスタブリッシュメント」が存在していたという。なお、現在の下町エスタブリッシュメントを体現する存在として長谷川氏は“なぎら健壱氏”を挙げる。なぎら氏は「アタシ」が一人称であり、一方、足立区出身のビートたけし氏の一人称は「オイラ」だ。

 なお、ハイソさを感じさせる「山の手」は“第一山の手”エリアから“第四山の手”エリアまであり、オリジナルである第一山の手が文京区。第二山の手が芝、麻布、赤坂という、今のセレブが暮らす街としてのイメージが強いが、街としての歴史は案外浅い。なお、第三山の手は世田谷、太田、杉並と、従来の「江戸」から西、南方面に拡張したものになり、第四山の手になると三多摩地区に川崎、横浜内陸部、湘南、千葉、埼玉も含めた広大なものになるのだそうだ。

 しかし、山の手の言葉で想起されるような「会社員の父親と専業主婦の母親、郊外(第三、第四山の手)に戸建住居があり、犬を飼っていて」というようなライフスタイルを送る人は、今は少ないと長谷川氏。現在、羽振りのいいサラリーマンは郊外の戸建よりも都心に近い豊洲や二子玉川などのタワーマンションを選びがちだ。

■身の丈に合った“東京”で暮らす
 イベント終盤、「女子が選んだ住みたい街ランキング」を参照しながら「初上京で18歳の人が暮らすには、どの街がいいか」というテーマに話が展開した。山内氏は「西荻窪」を挙げ、自身が上京した際に最初に暮らしたのは西荻窪の隣で、人気の街ランキングでもよく上位になる吉祥寺だが、「大学で大阪に出て、その後京都で暮らしてからの吉祥寺だったために、フーンという感じだったものの、18歳でいきなり吉祥寺に暮らしたら、街が大きすぎて4年で(地元に)戻っていたかもしれない」と話す。

 一方の長谷川氏が推すのは「町田」だ。40分あればたいていの盛り場に行けるアクセスのよさと、人口40万人(富山市と大体同じ)という街のサイズ感を挙げる。「すごく地方から、いきなり東京の23区など都会に出てしまうとおかしくなりかねない」とのことで、両氏ともに初上京においては「街のサイズのほどよさ、無理のなさ」を挙げていたのが印象的だった。

 山内氏は、西荻窪で暮らし、千葉に移住した現代美術家・会田誠氏の、「最初は西荻が恋しかったものの、千葉は故郷に似ていた」というエピソードを紹介。「身の丈にあった怖くない東京から暮らしを始めていって、いずれ故郷に似た街へと戻っていくのではないか」と話した。

 故郷や、故郷のような街では暮らしたくないと、それが原動力になって東京に出てくる人もいるだろう。選択肢の多い都市・東京で暮らす人が、「どこの出身で、いまどの街を選んで暮らしているのか」は、その人を知るにおいて想像以上に大きなヒントなのだと感じたイベントだった。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。いとしろ堂

“東京”と自分の距離感――長谷川町蔵×山内マリコが話す「東京女子の生きざま」

 『あたしたちの未来はきっと』(長谷川町蔵著、タバブックス)は東京郊外、町田の中学校を舞台に「イケてる女子グループ」に属した一人ひとりの、その後を追った小説だ。その刊行記念イベントとして『小説で描く東京女子の生きざま』が、下北沢B&Bで開催された。長谷川氏とともに出演したのが『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)で地方と上京生活を描き、『あのこは貴族』(集英社)で東京の「貴族階級」を描いた山内マリコ氏。“東京”という街について語ったイベントをレポートしたい。

■町田や千葉、都心から離れる生活
 長谷川氏は小説の舞台となった町田市出身であり、「目黒区は豊かな感じがして苦手。ひがみなんですが」と、同じ都民でありながら都心への嫉妬心を感じていることを話す。電車の路線によっては、東京から神奈川を経由して到着することもあり、神奈川県にあると誤解されがちな東京都町田市。なお、天気予報は東京よりも横浜寄りであり、言葉遣いも「じゃん」を多用するなど横浜に近いという。

 ちなみに、町田市からさらに南に下った神奈川県藤沢市出身の中居正広氏は「だべ?」を語尾につけることがあるが、「だべ?」は藤沢を含む小田急江ノ島線沿線の言葉だと長谷川氏が続けると、場内は深くうなずく人々も少なくなかった。地方の人が聞くと神奈川出身の都会の人がバーチャルで“カッペ”言葉を使っていると思われるかもしれないが、「ガチなのだ」と長谷川氏。

 このように、東京といえども生活が神奈川ベースになっている町田市民だが、「町田なんかに住んでるの?」と言われることは、とても悲しいと話す長谷川氏に、山内氏が「三浦しをん先生が素敵に(町田を)書いてくれたから※」と励ます一幕もあった。(※直木賞受賞作の三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(文藝文春)の舞台は町田がモデルになっている)

 東京からあえて離れるという選択肢もある。「千葉に越して、東京で遅くなり終電がなくなったらビジネスホテルに泊まると割り切って暮らしている知人が、とてもイキイキしている」と山内氏。ライフスタイルに1つの正解はないが、自分にあった暮らしができれば活力が湧くというのはとてもわかる。

 山内氏は上京当初、吉祥寺、荻窪と中央線沿線で暮らしており、町田で生まれ育った長谷川氏も小田急線沿線で住まいを探し「町田~新宿間から、じわっと広がったエリア」でしか住んでいないという。「離れると死ぬ的な、沿線の呪縛がある」と長谷川氏。なお、山内氏はその後、台東区方面と中央線沿線から離れるが、「年齢的に(生活)エリアを変えられるラストチャンスだったと思う。地方から東京に上京するとき並みの大きな転換だった」と振り返る。住んでいる街のカラーを変える、というのは、なかなかに決意や踏ん切りのいることなのだ。

■「東京」は歴史の浅い、新しい街
 イベント後半では、長谷川氏により東京の歴史が紹介された。まず「江戸」の範囲はどこまでだったのかが紹介され、環状になっている大江戸線の範囲までがおおむね「江戸」になり、今の23区よりもかなり狭いことがわかる。このエリアが明治になり「東京市」となり、ほかは「郡」として子分扱いだったという。

 街としての「東京」が完成するのは1936年と案外新しく、「1860年に南北戦争が起きたアメリカと違い東京は歴史があるというが、そうではない」と長谷川氏。因習が息づく古都京都と違い、東京は新しい街なのだ。

 文化の面から東京を見ていくと、小説『武蔵野』で都会から離れたカントリーライフを提言した国木田独歩が、その「カントリーライフ」を送っていたのは渋谷だったという。また、島崎藤村は『破戒』を書いた際に、夏目漱石から「あそこまで田舎で書くとは、よほどの気合だ」と感心されたそうだが、その「田舎」がどこかと言えば、今の歌舞伎町だ。戦前、戦後の昭和カルチャーまでの担い手の中心は中央区、墨田区、台東区といった東京の東側の下町出身者であり、「下町エスタブリッシュメント」が存在していたという。なお、現在の下町エスタブリッシュメントを体現する存在として長谷川氏は“なぎら健壱氏”を挙げる。なぎら氏は「アタシ」が一人称であり、一方、足立区出身のビートたけし氏の一人称は「オイラ」だ。

 なお、ハイソさを感じさせる「山の手」は“第一山の手”エリアから“第四山の手”エリアまであり、オリジナルである第一山の手が文京区。第二山の手が芝、麻布、赤坂という、今のセレブが暮らす街としてのイメージが強いが、街としての歴史は案外浅い。なお、第三山の手は世田谷、太田、杉並と、従来の「江戸」から西、南方面に拡張したものになり、第四山の手になると三多摩地区に川崎、横浜内陸部、湘南、千葉、埼玉も含めた広大なものになるのだそうだ。

 しかし、山の手の言葉で想起されるような「会社員の父親と専業主婦の母親、郊外(第三、第四山の手)に戸建住居があり、犬を飼っていて」というようなライフスタイルを送る人は、今は少ないと長谷川氏。現在、羽振りのいいサラリーマンは郊外の戸建よりも都心に近い豊洲や二子玉川などのタワーマンションを選びがちだ。

■身の丈に合った“東京”で暮らす
 イベント終盤、「女子が選んだ住みたい街ランキング」を参照しながら「初上京で18歳の人が暮らすには、どの街がいいか」というテーマに話が展開した。山内氏は「西荻窪」を挙げ、自身が上京した際に最初に暮らしたのは西荻窪の隣で、人気の街ランキングでもよく上位になる吉祥寺だが、「大学で大阪に出て、その後京都で暮らしてからの吉祥寺だったために、フーンという感じだったものの、18歳でいきなり吉祥寺に暮らしたら、街が大きすぎて4年で(地元に)戻っていたかもしれない」と話す。

 一方の長谷川氏が推すのは「町田」だ。40分あればたいていの盛り場に行けるアクセスのよさと、人口40万人(富山市と大体同じ)という街のサイズ感を挙げる。「すごく地方から、いきなり東京の23区など都会に出てしまうとおかしくなりかねない」とのことで、両氏ともに初上京においては「街のサイズのほどよさ、無理のなさ」を挙げていたのが印象的だった。

 山内氏は、西荻窪で暮らし、千葉に移住した現代美術家・会田誠氏の、「最初は西荻が恋しかったものの、千葉は故郷に似ていた」というエピソードを紹介。「身の丈にあった怖くない東京から暮らしを始めていって、いずれ故郷に似た街へと戻っていくのではないか」と話した。

 故郷や、故郷のような街では暮らしたくないと、それが原動力になって東京に出てくる人もいるだろう。選択肢の多い都市・東京で暮らす人が、「どこの出身で、いまどの街を選んで暮らしているのか」は、その人を知るにおいて想像以上に大きなヒントなのだと感じたイベントだった。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。いとしろ堂

2035年、日本の人口の半分は独身者に! 「超ソロ社会」でどう生き抜く?

「誰もがソロ(独身)として、生きなければいけないリスクを抱えている」

 そう語るのは、博報堂ソロ活動系男子研究プロジェクト・リーダーの荒川和久さん。2017年1月、『超ソロ社会 「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)を発表し、20年後には15歳以上の全人口に占める独身者(未婚+離別・死別者)数が、男女合わせて4,800万人を突破し、全体の48%を占めるようになる、と推測している。

 未婚化や少子高齢化が叫ばれているが、結婚しても、離別や死別などによって、ソロに戻るリスクがある。世界に先駆けてソロ社会になる日本では、いったいどうすれば生き抜けるのか? 下北沢の本屋B&Bで、『さんまのスーパーからくりTV』や『中居正広の金曜日のスマたちへ』(ともにTBS)など、数々のバラエティ番組のプロデューサーとして活躍し、16年12月にTBSテレビを退社した角田陽一郎さんをゲストに迎え、ソロ社会のこれからについて語った。

■結婚したからといって、安心できない

 荒川さんは、15年に初の著書『結婚しない男たち 増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』(ディスカヴァー携書)を発表し、“結婚できない”ではなく、“結婚しない”男たち「ソロ男」の生態をまとめ、大きな話題を呼んだ。

 今回の新著のテーマ “ソロ社会” について、荒川さんは「未婚化や少子高齢化より深刻なのは、このソロ社会化なんです。結婚したからといって安心できません。3組に1組が離婚する現代。結婚すると、日本人は特に配偶者や家族に依存しがちです。結婚すると、“上がり”みたいに思ってしまう人もいるんですよね」と話す。

 すると、角田さんから「結婚って、ドラマでいうと、『ロングバケーション』(フジテレビ系)の最終話だと思っている。プロポーズをしてゴール。でも、結婚は『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)の第1話ですから! これから、赤木春恵さんとのバトルが始まり、えなり君が大学生になるまで続くんです」と笑いを誘った。

■「バリバリ働く女性ほど未婚率が高い」という事実

 

 トークの序盤では、荒川さんが収集分析した“ソロ社会化”に関係する結婚や離婚に関するデータの数々が紹介された。

 その中で、ソロ社会化する上で問題視されているのが、生涯未婚率(45~49歳と50~54歳の未婚率の平均値から算出したものを50歳時の未婚率とする統計指標)。15年の国勢調査によれば、男性23.4%、女性が14.1%だったが、35年には、男性が3割、女性2割が生涯未婚になると推計されている。過去と比較するグラフでは、1950年には95%結婚していた事実にまず驚かされるが、85年には女性の生涯未婚率がグッと上がる。

「バブルの崩壊という経済的要因も入ってきたりもするんですが、男女雇用機会均等法で、女性の意識が変わった。昔は、専業主婦ばかりだったので、結婚することは死活問題だったんです」(荒川さん)

 つまり、かつての女性は、生活のために結婚せざるを得なかった。しかし、時代が進み、働いて稼げる女性であるほど、経済的に自立する。すると、無理に結婚をする必要がなくなっていく。しかも、女性は自分よりも年収の高い相手を希望する上方婚志向があり、男性も自分より低い年収の女性を求める傾向が顕著なのだ。

■結婚しても、孤独死のリスクはある

 さらに、どうにか結婚できたとしても、離婚が待ち受けているかもしれない。荒川さんが「結婚しても安心できない」と主張する理由のひとつに、「3組に1組が離婚する」という事実がある。厚生労働省の「人口動態統計」によると、「特殊離婚率」(離婚数を婚姻数で割った比率)が、2001年以降35%をキープし続けているのだ。

 離婚率が一番高かったのは、小泉内閣の時。結婚生活は、専業主婦にとっては“経済活動”であるため、景気にもっとも影響されるという。それとは別に、同居期間20年以上の“熟年離婚”も増えており、1947年はたった7%だったが、2016年は30%に上がっている。

 第一生命経済研究所が60代から70代の夫婦を対象に行った調査によれば、男性は90%が「配偶者が頼りになる」と言っているものの、女性は58%。「今と同じ人と結婚したいか?」という質問に「結婚したい」と答えているのは、男性は6割に対し、女性は半分の3割という。夫が円満だと思っていても、妻は見限っているかもしれない。

■不倫問題が待機児童問題につながっている!?

 また、話題は子どもについても及んだ。子どもを持たないと、どこか後ろめたい気持ちを持つ人も多いが、荒川さんは、こう語る。

「結婚をして、自分の子どもを生み育てる集団だけが家族ではないし、それだけが人間としての社会的役割を果たすということではないのでは? 生涯未婚であれ、生涯無子であれ、社会の一員としてしっかり働き、金銭を循環させることで、間接的に子どもをサポートしていければいいはず」

 その話に、角田さんは元水泳選手・岩崎恭子さんの父親の話を取り上げ、「本当の親と一緒に住めない子たちの里親をやっているんですって。自分の子どもを育てるだけじゃない、いろんな子どもを育てる、ということを社会に広めることは、アリなんじゃないかな」と話す。

 それには荒川さんも「アリだと思います。自分の家庭だけ、自分の子どもだけよければいいみたいな風潮が強すぎるんじゃないかな」と応えた。加えて、社会学者が主張している“個人化”について語った。

「よく言われているのは、これからは家族だったり、職場だったり、従来のいわゆる安定した固体的なコミュニティがすべて溶けてなくなり、社会が流動化していきます。それは社会が個人化していくということ。これは世界的な傾向です」

 それを聞いて、角田さんは江戸時代に養子が多かったことについて語り出し、「ある商家がずっと繁栄していて、子どもが生まれなかったら、番頭で一番いい子を養子にして継がせていた。それで経済はしっかり回っていた。芸能人の不倫問題なんかも、実は見かけ以上に複雑で『結婚したら不倫はダメ』とか、結婚という固定観念を検証しないで無理矢理死守しようとしている。それが、待機児童とかあらゆる問題につながっているんじゃないかと思いますよ」と、これまでの固定観念で社会が回っていることに、疑問を呈した。

■独身は幸せを考えない方がいい?

 話題は「結婚できないと、一人前じゃない」という社会の圧力に、独身者たちが潜在的に苦しめられていることについても及んだ。荒川さんによると、その要因は、欧州諸国に比べて日本は結婚規範が根強いことをあげる。強い結婚規範は「結婚できない自分は何かが足りないのだ」という自己否定感と、その人が社会的役割を果たしている、という何かの承認感への欲求を生む。

 さらに、ソロ男もソロ女(詳しくはこちら)も、自己有能感は高い割に、自己肯定感がそれほど高くない。特に、「頑張った割に評価されていない」という承認不足や「まだまだこんなものでは満足しない」という達成不足という欠乏意識の強さがみられ、それゆえ、素直に幸福度を感じ取れないことにつながってしまっているという。

 トークの最後では、観客から「ソロ男はどうやって生きれば、幸せになるか?」という質問が飛び出し、荒川さんからは「独身は無理に幸せを考えなくてもいいのでは(笑)」という、意表をつく答えが返ってきた。

「赤ちゃんの寝顔を見ただけで、疲れがふっ飛ぶという既婚者の幸福感は、家族を持たないソロ生活者はわかりようがない。子どもがどれだけ力を与えてくれるかさえも想像できない。でも、だからこそ、そういう感じられないものを想像したって、しょうがない。特に、ソロ男は、消費で幸福を感じようとする傾向があります。ドーパミン消費といって、アイドルやメイド喫茶にお金をつぎ込んでしまったりする。でも、それを続けるとかえって幸せを感じにくくなります。無理に幸せになろうとして自分を追い込まない方がいい」

 一方、角田さんは、次のように話す。

「既婚者の幸せとかソロの幸せとか、分けていることがナンセンスだと思いますよ。僕は、幸せは欲の処理方法だと思っていて、若い頃は男の場合、性欲を処理することがすべてだったりするんだけど、自分の体が萎えてくると、性欲よりも、睡眠欲、食欲とかが大事になるし、最後には知的好奇心が圧倒的に感情を豊かにしてくれるんじゃないかなと思ってる。この知的好奇心をどう刺激して、満足させて生きていくか」

 幸せの形は人それぞれ。結婚するかどうかも人それぞれ。“既存の家族”という概念が、絶対的ではないものになろうとする未来、ソロ社会を生き抜くため、老若男女、個人と個人が助け合う必要がある。現代は、そうしたそれぞれが精神的に自立し、まったく新しい概念のコミュニティの形が生まれる助走期間なのかもしれないと感じるイベントとなった。
(上浦未来)

荒川和久(あらかわ・かずひさ)
博報堂ソロ活動系男子研究プロジェクト・リーダー。早稲田大学法学部卒業。独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・WEBメディア多数出演。著書に『結婚しない男たち 増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』(ディスカヴァー携書)。東洋経済オンラインにて『ソロモンの時代』連載中。

角田陽一郎(かくた・よういちろう)
1970年千葉県生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業後、1994年にTBSテレビに入社。TVプロデューサー、ディレクターとして『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』『EXILE魂』『オトナの!』など、主にバラエティ番組の企画制作をしながら、2009年ネット動画配信会社goomoを設立(取締役)。2016年末TBS退社。著書に『成功の神はネガティブな狩人に降臨する―バラエティ的企画術』(朝日新聞出版)『最速で身につく世界史』(アスコム)など。『水道橋博士のメルマ旬報』『cakes』で連載中。

2035年、日本の人口の半分は独身者に! 「超ソロ社会」でどう生き抜く?

「誰もがソロ(独身)として、生きなければいけないリスクを抱えている」

 そう語るのは、博報堂ソロ活動系男子研究プロジェクト・リーダーの荒川和久さん。2017年1月、『超ソロ社会 「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)を発表し、20年後には15歳以上の全人口に占める独身者(未婚+離別・死別者)数が、男女合わせて4,800万人を突破し、全体の48%を占めるようになる、と推測している。

 未婚化や少子高齢化が叫ばれているが、結婚しても、離別や死別などによって、ソロに戻るリスクがある。世界に先駆けてソロ社会になる日本では、いったいどうすれば生き抜けるのか? 下北沢の本屋B&Bで、『さんまのスーパーからくりTV』や『中居正広の金曜日のスマたちへ』(ともにTBS)など、数々のバラエティ番組のプロデューサーとして活躍し、16年12月にTBSテレビを退社した角田陽一郎さんをゲストに迎え、ソロ社会のこれからについて語った。

■結婚したからといって、安心できない

 荒川さんは、15年に初の著書『結婚しない男たち 増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』(ディスカヴァー携書)を発表し、“結婚できない”ではなく、“結婚しない”男たち「ソロ男」の生態をまとめ、大きな話題を呼んだ。

 今回の新著のテーマ “ソロ社会” について、荒川さんは「未婚化や少子高齢化より深刻なのは、このソロ社会化なんです。結婚したからといって安心できません。3組に1組が離婚する現代。結婚すると、日本人は特に配偶者や家族に依存しがちです。結婚すると、“上がり”みたいに思ってしまう人もいるんですよね」と話す。

 すると、角田さんから「結婚って、ドラマでいうと、『ロングバケーション』(フジテレビ系)の最終話だと思っている。プロポーズをしてゴール。でも、結婚は『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)の第1話ですから! これから、赤木春恵さんとのバトルが始まり、えなり君が大学生になるまで続くんです」と笑いを誘った。

■「バリバリ働く女性ほど未婚率が高い」という事実

 

 トークの序盤では、荒川さんが収集分析した“ソロ社会化”に関係する結婚や離婚に関するデータの数々が紹介された。

 その中で、ソロ社会化する上で問題視されているのが、生涯未婚率(45~49歳と50~54歳の未婚率の平均値から算出したものを50歳時の未婚率とする統計指標)。15年の国勢調査によれば、男性23.4%、女性が14.1%だったが、35年には、男性が3割、女性2割が生涯未婚になると推計されている。過去と比較するグラフでは、1950年には95%結婚していた事実にまず驚かされるが、85年には女性の生涯未婚率がグッと上がる。

「バブルの崩壊という経済的要因も入ってきたりもするんですが、男女雇用機会均等法で、女性の意識が変わった。昔は、専業主婦ばかりだったので、結婚することは死活問題だったんです」(荒川さん)

 つまり、かつての女性は、生活のために結婚せざるを得なかった。しかし、時代が進み、働いて稼げる女性であるほど、経済的に自立する。すると、無理に結婚をする必要がなくなっていく。しかも、女性は自分よりも年収の高い相手を希望する上方婚志向があり、男性も自分より低い年収の女性を求める傾向が顕著なのだ。

■結婚しても、孤独死のリスクはある

 さらに、どうにか結婚できたとしても、離婚が待ち受けているかもしれない。荒川さんが「結婚しても安心できない」と主張する理由のひとつに、「3組に1組が離婚する」という事実がある。厚生労働省の「人口動態統計」によると、「特殊離婚率」(離婚数を婚姻数で割った比率)が、2001年以降35%をキープし続けているのだ。

 離婚率が一番高かったのは、小泉内閣の時。結婚生活は、専業主婦にとっては“経済活動”であるため、景気にもっとも影響されるという。それとは別に、同居期間20年以上の“熟年離婚”も増えており、1947年はたった7%だったが、2016年は30%に上がっている。

 第一生命経済研究所が60代から70代の夫婦を対象に行った調査によれば、男性は90%が「配偶者が頼りになる」と言っているものの、女性は58%。「今と同じ人と結婚したいか?」という質問に「結婚したい」と答えているのは、男性は6割に対し、女性は半分の3割という。夫が円満だと思っていても、妻は見限っているかもしれない。

■不倫問題が待機児童問題につながっている!?

 また、話題は子どもについても及んだ。子どもを持たないと、どこか後ろめたい気持ちを持つ人も多いが、荒川さんは、こう語る。

「結婚をして、自分の子どもを生み育てる集団だけが家族ではないし、それだけが人間としての社会的役割を果たすということではないのでは? 生涯未婚であれ、生涯無子であれ、社会の一員としてしっかり働き、金銭を循環させることで、間接的に子どもをサポートしていければいいはず」

 その話に、角田さんは元水泳選手・岩崎恭子さんの父親の話を取り上げ、「本当の親と一緒に住めない子たちの里親をやっているんですって。自分の子どもを育てるだけじゃない、いろんな子どもを育てる、ということを社会に広めることは、アリなんじゃないかな」と話す。

 それには荒川さんも「アリだと思います。自分の家庭だけ、自分の子どもだけよければいいみたいな風潮が強すぎるんじゃないかな」と応えた。加えて、社会学者が主張している“個人化”について語った。

「よく言われているのは、これからは家族だったり、職場だったり、従来のいわゆる安定した固体的なコミュニティがすべて溶けてなくなり、社会が流動化していきます。それは社会が個人化していくということ。これは世界的な傾向です」

 それを聞いて、角田さんは江戸時代に養子が多かったことについて語り出し、「ある商家がずっと繁栄していて、子どもが生まれなかったら、番頭で一番いい子を養子にして継がせていた。それで経済はしっかり回っていた。芸能人の不倫問題なんかも、実は見かけ以上に複雑で『結婚したら不倫はダメ』とか、結婚という固定観念を検証しないで無理矢理死守しようとしている。それが、待機児童とかあらゆる問題につながっているんじゃないかと思いますよ」と、これまでの固定観念で社会が回っていることに、疑問を呈した。

■独身は幸せを考えない方がいい?

 話題は「結婚できないと、一人前じゃない」という社会の圧力に、独身者たちが潜在的に苦しめられていることについても及んだ。荒川さんによると、その要因は、欧州諸国に比べて日本は結婚規範が根強いことをあげる。強い結婚規範は「結婚できない自分は何かが足りないのだ」という自己否定感と、その人が社会的役割を果たしている、という何かの承認感への欲求を生む。

 さらに、ソロ男もソロ女(詳しくはこちら)も、自己有能感は高い割に、自己肯定感がそれほど高くない。特に、「頑張った割に評価されていない」という承認不足や「まだまだこんなものでは満足しない」という達成不足という欠乏意識の強さがみられ、それゆえ、素直に幸福度を感じ取れないことにつながってしまっているという。

 トークの最後では、観客から「ソロ男はどうやって生きれば、幸せになるか?」という質問が飛び出し、荒川さんからは「独身は無理に幸せを考えなくてもいいのでは(笑)」という、意表をつく答えが返ってきた。

「赤ちゃんの寝顔を見ただけで、疲れがふっ飛ぶという既婚者の幸福感は、家族を持たないソロ生活者はわかりようがない。子どもがどれだけ力を与えてくれるかさえも想像できない。でも、だからこそ、そういう感じられないものを想像したって、しょうがない。特に、ソロ男は、消費で幸福を感じようとする傾向があります。ドーパミン消費といって、アイドルやメイド喫茶にお金をつぎ込んでしまったりする。でも、それを続けるとかえって幸せを感じにくくなります。無理に幸せになろうとして自分を追い込まない方がいい」

 一方、角田さんは、次のように話す。

「既婚者の幸せとかソロの幸せとか、分けていることがナンセンスだと思いますよ。僕は、幸せは欲の処理方法だと思っていて、若い頃は男の場合、性欲を処理することがすべてだったりするんだけど、自分の体が萎えてくると、性欲よりも、睡眠欲、食欲とかが大事になるし、最後には知的好奇心が圧倒的に感情を豊かにしてくれるんじゃないかなと思ってる。この知的好奇心をどう刺激して、満足させて生きていくか」

 幸せの形は人それぞれ。結婚するかどうかも人それぞれ。“既存の家族”という概念が、絶対的ではないものになろうとする未来、ソロ社会を生き抜くため、老若男女、個人と個人が助け合う必要がある。現代は、そうしたそれぞれが精神的に自立し、まったく新しい概念のコミュニティの形が生まれる助走期間なのかもしれないと感じるイベントとなった。
(上浦未来)

荒川和久(あらかわ・かずひさ)
博報堂ソロ活動系男子研究プロジェクト・リーダー。早稲田大学法学部卒業。独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・WEBメディア多数出演。著書に『結婚しない男たち 増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』(ディスカヴァー携書)。東洋経済オンラインにて『ソロモンの時代』連載中。

角田陽一郎(かくた・よういちろう)
1970年千葉県生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業後、1994年にTBSテレビに入社。TVプロデューサー、ディレクターとして『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』『EXILE魂』『オトナの!』など、主にバラエティ番組の企画制作をしながら、2009年ネット動画配信会社goomoを設立(取締役)。2016年末TBS退社。著書に『成功の神はネガティブな狩人に降臨する―バラエティ的企画術』(朝日新聞出版)『最速で身につく世界史』(アスコム)など。『水道橋博士のメルマ旬報』『cakes』で連載中。

女子ワールド全開!! 「いがらしゆみこ美術館」こそ“結婚相手を見極める”デートスポットだ!

 六本木ヒルズ、しながわ水族館、東京ディズニーランド、横浜みなとみらい――「デートぴあ」(ぴあ)に載っているド定番のデートスポットでは物足りないあなたへ。サイ女編集部が「カップルの愛を試す」ためのデートスポットを独自調査。ワンランク上のデートをご提案します。仲が急速に深まるか冷え込むかは、カップルたちの度量次第、いちかばちかの“博打”デートスポットはここ!

【第8回 いがらしゆみこ美術館】

 男性と最も話の合わないネタって何だろう。お花やハーブの話? ファッションの話? しかし、それ以上に話が合わなさそうなのが少女マンガ、中でもお目々キラキラのお姫様が登場するような話だろう。なんだかんだ女は、ドレスにあこがれがあるけれど、男性は興味があるだろうか。「アントワネットのような格好をしたい」女子はたくさんいそうだが、「彼女にアントワネット風ドレスを着てほしい!」とか強く思ってる男子って少ない気がする。少女マンガに出てくる、かわゆ~いスイーツや、キュートなドリンクをいただけるカフェ~も、“女子”の世界のものである。

 王子様とお花畑で戯れて、抱き合ってゴロゴロ転がって、勇気をバックにチューしたりする、女子の妄想の世界。そんな乙女チックな場所に、デートで行ってみたらどうなるだろう。果たして、彼はドン引きするのか、はたまた楽しんでくれるのか……。

 岡山県・倉敷市にある「いがらしゆみこ美術館」。ここは、いがらし先生の、ぶれることのないブランディングを強固に感じる施設である。

 まず1階は、カフェとお土産売り場とコスプレ体験場。そして2階は、いがらし先生の原画や漫画が展示されている。

 さてこの美術館、まずは屋上に行くことをオススメする。ここにはアフロディーテ像があり、写真を撮ると恋が実るらしい。このあと、階下に広がるムンムン女子ワールドを、彼は受け入れてくれるのか。2人の愛はその試練を乗り越えることができるのか。アフロディーテ像にお祈りしよう。

 お祈りが終わったら2階へ。ここは「美術館」の名に恥じない、原画の数々が。

 残念ながら、これだけ何枚もいがらし先生のイラストがあるというのに、代表作中の代表作『キャンディ・キャンディ』の姿はない。権利問題で訴訟になり、原作者(水木杏子)の許可なしに使用できないことになってしまったからだ。だけどコミックスなら置いてある。

 さあ、とうとう1階だ。ここには併設の「王宮風プリンセスカフェ」と、そしてこの美術館のメインストリームになってしまった「お姫さま体験」という名のコスプレサービスがある。ズラリと並んだドレスに女子の鼻息は荒くなるだろう。

 だが、男子はどうだ……? これぞ、男子が最も興味のなさそうな世界である。そんな中、この女子ワールド満開の場所で、たいへん参考になるカップルを発見した。なんとカップルでドレスを楽しんでいるのである。2人でキャッキャとドレスをたしなみ、記念撮影にいそしんでいる。普段ならイチャイチャしているカップルなんぞ見たくもないけど、この2人なら応援したい!

 撮影をお願いしたら、快く引き受けてくれた気のいい2人である。末永く仲良くしていてほしい。

 ちなみに和久井は1人で美術館へ行き、1人でコスプレを申し込み、1人でドレスを選び、1人でドレスを着て、1人でカフェに行き自撮りを満喫していた。そこへドリンクを持ってきたスタッフ(袴のコスプレ着用)さんが、「撮りましょうか?」と申し出てくれた。

 ただここのスタッフ、お姫様の国で働いている割には、非常に愛想が悪いのだ。コスプレとドリンクのセット割引チケットがあったのに定価でお会計してくるし、終始、笑顔のひとつもない真顔。無言で「なにこのおばさん、1人でコスプレしに来るとか、バッカじゃない?」と責められている気になる。……おかしいな、「笑って、キャンディ!」とでも言わないと、笑顔を見せてくれないんだろうか。

 しかし、撮影を申し出たスタッフにカメラを渡すと、撮影の合図に彼女はこう言った。

「はい、キャンディ!」

 そう、スタッフは愛想が悪いのではなく、ツンデレだったようだ。

 というわけで、スタッフがツンデレなので、1人で遊びに行くと、アイスブレイクのきっかけがなく、真顔でコスプレをいそしむという、つらいことになる。

 やはりここは、1人よりも2人で来た方が楽しいだろう。デートで彼と一緒に来て、彼がどれほど女子ワールドに寛容かをチェックするのもいい。この先、結婚したとしたら、意見の相違は山ほどやってくる。そのときに相手を尊重できる人間なのかは非常に大切なことだ。

 女子ワールドなんて、誰にも迷惑がかかることじゃないのだ。「ドレスのコスプレとか、マジ恥ずかしいから行かない!」などという排他的な彼氏なら、お別れを考えるのも手である。彼との結婚は、お姫さまコスプレの可否で判断しよう。

いがらしゆみこ美術館
【博打デート度】★★★★★
【オススメのカップル】どこまで阿呆になりきれるか挑戦したいカップル

和久井香菜子(わくい・かなこ)
少女マンガ攻略・解析室室長、文筆家。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。「わくい犬日記」「おかしな英語のパッケージ〜Henglish〜」更新中!

“遺伝子銀行”で「国宝」を守る! 国民に愛されすぎの「世界一太った○○」とは……

 豚の漫画を描いたことで、ハンガリーに国賓として招かれた不可思議な出来事をまとめたコミックエッセイ『ブタが好きすぎてハンガリーの国賓になりました』(ポプラ社)。この本の刊行を記念して、著者の松本救助さんとハンガリー大使のトーク、ハンガリーの国宝である「マンガリッツァ豚」を食べる試食会が1月24日に開催された。国宝といえば、日本では建築物や仏像、美術品など、歴史があり、大切に保存するべきものというイメージがあるが、豚が「国宝」であるとは、そして、その豚を食べるって、いったいどういうことなのか!? 確かめるため、ハンガリー大使館に行ってみた。

■数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならない

 同書には、松本さんが国賓としてハンガリーを訪れた経緯や、首都ブダペストの和食店での首相との会食、豚の農園訪問、朝の人気番組への出演など、いち漫画家にもかかわらず、“豚好き”ということから、手厚いおもてなしを受けた体験がコミカルに描かれている。大の豚好きである松本さんが「思ったより毛がごわごわして、スチールウールみたいだった」というマンガリッツァ豚は、丸っこく、羊のような毛に覆われているのが特徴。

 そのマンガリッツァ豚が国宝になったのはなぜなのか? トークショーでは、日本語を含め5カ国語に堪能なイケメンのパラノビチ・ノルバート大使から説明があった。

「かつては1,000万頭いたのですが、第二次大戦後に減少し、1991年には191頭になっていました。私が子どもの頃は、動物園でしか見られなかったんです。マンガリッツァ協会のトート会長がスペインのセラーノハムの専門家と協力して、『遺伝子銀行』を作りました。マンガリッツァの遺伝子を守りつつ、おいしいサラミや生ハムなどを市場に戻す戦略を立てたのです。現在は5万頭前後で、ハンガリー全体で飼育されている豚の1.5%程度。2004年に国宝に認定されました」

 しかし、なぜ国宝なのに食べても構わないのだろうか? その問いに対して大使は、「昔から食べていたので、ただ数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならないのです」と語る。つまり、動物園のようなところで保護するのではなく、日常生活の中にある存在として大切にしていくという考え方のようだ。

■「国宝の豚を勝手に漫画にして、怒られる!」

 そんな貴重なマンガリッツァ豚を主人公にした『Bar:Mangalica』(バー・マンガリッツァ)という漫画をウェブで連載していたことから、松本さんはハンガリーに国賓として招待されるに至った。同作は、バーのマスターを務める豚が客の女性の話を聞いて心を癒やすという内容。マンガリッツァ豚の加工販売を行う食品会社ピック社のF澤さんが、偽物の商品にマンガリッツァの名が使われていないか、定期的にネットで調べていたところ、その漫画を見つけ、松本さんに連絡したのがきっかけだ。

 その時の状況を松本さんは「いきなり『所長がお呼びなので来てください』と言われて……」と恐縮した様子で振り返った。「国宝の豚を勝手に漫画にして、やばい! 怒られる!」とおびていたという。ところが、実際ピック社を訪れると、予想外に歓迎され、食品の展示会「FOODEX JAPAN」のために、同社とコラボレーションした漫画を制作することに。その後、ハンガリー大使館にも招待されて、マンガリッツァ協会のトート会長と会い、同国政府から国賓として招待されることになった。

■世界一太っている豚

 マンガリッツァ豚はハンガリーの輸出品では看板商品だが、高級な食材。高級である理由は飼育に手間がかかるからだという。

「まず、生まれる子豚の頭数が少ない。そして、育てる期間が長いのです。白ブタが8~9カ月で育つのに対し、マンガリッツァは12~15カ月かかります。世界一太っている豚で、脂が多く、体脂肪率が60~70%になります。肉は3割しかとれないため、値段が高くなるのです。政府のサポートがないと、なかなか育てられない」(パラノビチ大使)

 ちなみに脂(ラード)は、バターの代わりにパンに塗ったり、調理やお菓子作りに使うという。もともとハンガリーでは伝統的にラードがたくさん使われ、ラードパンは居酒屋の定番おつまみなのだとか。

 なお、パラノビチ大使によると、マンガリッツァ豚の輸出先としては日本が第1位。日本ではブランド肉が人気で、日本人は肉の特徴をよく理解しているからだという。

 マンガリッツァ豚は、東京・表参道にあるブダペストの老舗カフェ「ジェルボー」の支店などで食べられる。ハンガリー政府もサポートする希少なブランド肉だけに、漫画を通じてその背景が広まれば、知名度も人気も上がるかもしれない。

“遺伝子銀行”で「国宝」を守る! 国民に愛されすぎの「世界一太った○○」とは……

 豚の漫画を描いたことで、ハンガリーに国賓として招かれた不可思議な出来事をまとめたコミックエッセイ『ブタが好きすぎてハンガリーの国賓になりました』(ポプラ社)。この本の刊行を記念して、著者の松本救助さんとハンガリー大使のトーク、ハンガリーの国宝である「マンガリッツァ豚」を食べる試食会が1月24日に開催された。国宝といえば、日本では建築物や仏像、美術品など、歴史があり、大切に保存するべきものというイメージがあるが、豚が「国宝」であるとは、そして、その豚を食べるって、いったいどういうことなのか!? 確かめるため、ハンガリー大使館に行ってみた。

■数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならない

 同書には、松本さんが国賓としてハンガリーを訪れた経緯や、首都ブダペストの和食店での首相との会食、豚の農園訪問、朝の人気番組への出演など、いち漫画家にもかかわらず、“豚好き”ということから、手厚いおもてなしを受けた体験がコミカルに描かれている。大の豚好きである松本さんが「思ったより毛がごわごわして、スチールウールみたいだった」というマンガリッツァ豚は、丸っこく、羊のような毛に覆われているのが特徴。

 そのマンガリッツァ豚が国宝になったのはなぜなのか? トークショーでは、日本語を含め5カ国語に堪能なイケメンのパラノビチ・ノルバート大使から説明があった。

「かつては1,000万頭いたのですが、第二次大戦後に減少し、1991年には191頭になっていました。私が子どもの頃は、動物園でしか見られなかったんです。マンガリッツァ協会のトート会長がスペインのセラーノハムの専門家と協力して、『遺伝子銀行』を作りました。マンガリッツァの遺伝子を守りつつ、おいしいサラミや生ハムなどを市場に戻す戦略を立てたのです。現在は5万頭前後で、ハンガリー全体で飼育されている豚の1.5%程度。2004年に国宝に認定されました」

 しかし、なぜ国宝なのに食べても構わないのだろうか? その問いに対して大使は、「昔から食べていたので、ただ数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならないのです」と語る。つまり、動物園のようなところで保護するのではなく、日常生活の中にある存在として大切にしていくという考え方のようだ。

■「国宝の豚を勝手に漫画にして、怒られる!」

 そんな貴重なマンガリッツァ豚を主人公にした『Bar:Mangalica』(バー・マンガリッツァ)という漫画をウェブで連載していたことから、松本さんはハンガリーに国賓として招待されるに至った。同作は、バーのマスターを務める豚が客の女性の話を聞いて心を癒やすという内容。マンガリッツァ豚の加工販売を行う食品会社ピック社のF澤さんが、偽物の商品にマンガリッツァの名が使われていないか、定期的にネットで調べていたところ、その漫画を見つけ、松本さんに連絡したのがきっかけだ。

 その時の状況を松本さんは「いきなり『所長がお呼びなので来てください』と言われて……」と恐縮した様子で振り返った。「国宝の豚を勝手に漫画にして、やばい! 怒られる!」とおびていたという。ところが、実際ピック社を訪れると、予想外に歓迎され、食品の展示会「FOODEX JAPAN」のために、同社とコラボレーションした漫画を制作することに。その後、ハンガリー大使館にも招待されて、マンガリッツァ協会のトート会長と会い、同国政府から国賓として招待されることになった。

■世界一太っている豚

 マンガリッツァ豚はハンガリーの輸出品では看板商品だが、高級な食材。高級である理由は飼育に手間がかかるからだという。

「まず、生まれる子豚の頭数が少ない。そして、育てる期間が長いのです。白ブタが8~9カ月で育つのに対し、マンガリッツァは12~15カ月かかります。世界一太っている豚で、脂が多く、体脂肪率が60~70%になります。肉は3割しかとれないため、値段が高くなるのです。政府のサポートがないと、なかなか育てられない」(パラノビチ大使)

 ちなみに脂(ラード)は、バターの代わりにパンに塗ったり、調理やお菓子作りに使うという。もともとハンガリーでは伝統的にラードがたくさん使われ、ラードパンは居酒屋の定番おつまみなのだとか。

 なお、パラノビチ大使によると、マンガリッツァ豚の輸出先としては日本が第1位。日本ではブランド肉が人気で、日本人は肉の特徴をよく理解しているからだという。

 マンガリッツァ豚は、東京・表参道にあるブダペストの老舗カフェ「ジェルボー」の支店などで食べられる。ハンガリー政府もサポートする希少なブランド肉だけに、漫画を通じてその背景が広まれば、知名度も人気も上がるかもしれない。

SMAP解散と現代社会における40代の関係とは? 男は生きづらく、女は楽になる!?

 2015年に厚生労働省が発表した「簡易生命表」によると、日本人女性の平均寿命は87.05歳、男性は80.79歳で、過去最高を更新した。それを踏まえると、40代は“人生の折り返し地点”にあたることになる。

 折り返しを迎えた時、人は何を思い、何に悩むのか……。そんなテーマについて、40代真っただ中にして、注目の論者4名によるトークイベント「真剣40代男女しゃべり場 生き方、働き方忘年会議」が下北沢の本屋B&Bで開催された。

 イベントに登壇したのは、プレジデントオンラインの「WOMAN千夜一夜物語」 やnikkei WOMAN Onlineの「それでも女は生きてゆく」など、独自の視点でニュースやトピックの本質を鋭くえぐる河崎環氏。先日、初の著書『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)をリリース。気鋭のコラムニストとして、注目されている論者の1人だ。

 河崎氏と熱い議論を交わしたのは、男性学の研究で知られる田中俊之氏、育児・教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏、働き方評論家の常見陽平氏の3名。オーバーフォーティーの4名によるトークのハイライトをレポートしたい。

■現代社会の中で、40歳の意味が変わってきている

 前半のトークで熱を帯びたのは、それぞれが幼少期から現在までに持ってきた「40代観」。生まれたときに、祖母が47歳だったというおおた氏は、「子どもの頃、(40代男性は)完全な“おじさん”って思っていました」と振り返る。

「今、40代になって、こんなに子どもだったのかなって思った。自分が年取ったからなのか、世の中の40代が若くなったのか、というと後者なんじゃないかなと思う」(おおた氏)

 これに対し常見氏は、「加齢とは何か」の視点から、次のように分析する。

「最近、大きく変わっているのは『社会的加齢』じゃないかな。現代社会の中で、40歳の意味が変わってきていると思います。会社内でも変わってきていて40代で大手企業の部長がいたり、一方で平社員の人もいる世界。それは正社員の話ですが、非正規の『中年フリーター』も問題になっています」

 また、田中氏は10代の頃に抱いていた、40代への冷めた視点が徐々に変化してきたと語る。

「僕が子どもの頃、40代の人って自分が客観視できていないと思っていました。高校生の時に見ていても、援助交際で女子高生と歩いていたり、あからさまにお金で何かしているっていうのがわかるのに、それで満足感あるのかな、と。キャバクラの同伴とかもそう。自分がおっさんできれいな女の子を連れて堂々と歩いて、それが楽しいと思える感性って何だろう、と若い時は見ていました。

 実際、僕が41歳になってみると、わかるとは言わないですが、絶対相手にしてもらえないんだろうと寂しさを感じます。自分に誰も興味がないんじゃないか、という恐怖があるので、だからお金で解決したいと考える人が出てくるのでしょう。昔見た、あのおっさんたちは、こんな複雑な回路をしていたのか、そこには何かしらの哀しみがあったのかな、と思えるようになりました」(田中氏)

■40歳になったら、ものすごく楽になった

 河崎氏は「男性陣と、そもそも意見が違うなと思う」と前置きしたうえで、次のように語る。

「私はド左翼の家庭で育ったのですが、基本的に周りは自立した女ばかりだったので、『40歳になると楽だ』って、ずっと聞かされてきたんです。20代30代って、自意識と他人から要求されるものとの間でつらい思いをしたりとか、自分が一体どういう人間になればいいのか迷ったり、悩んだりが多いんだけれども、40歳になったら、そういうものからすごく自由になるから、そこからなんでもできるよって、ずっと言われていた。

 当時は理解できなくて、楽だっていうのは更年期の話かと思ったんですね(笑)。で、実際自分が40歳になると、開き直りかもしれないんですが、他人からどう見られるか、他人の視線で自分の位置を決めることをしなくなるんです。自分の仕事のあり方であるとか、何と名乗るか、そういったものが自分の意思で決められるようになった。だから、ものすごく楽になった。その時は万能感しかなかったですね。もう何をしてやろうか、何も怖いものがない。このまま90歳まで行くんじゃないかというぐらい、今イイ感じです」(河崎氏)

 20代初期に結婚と出産を経験した河崎氏は、長女が大学に入学したのが40歳の時。そこが大きなターニングポイントで、「何か吹っ切れちゃったんですよね」という。

「一人育て上げたぞ、大学まで入れたぞっていう。まだ、下の子もいるんですが、もう“やりきった感”で、文句あるかコラ! くらいの感じです」(同)

 一方で、男性側の視点に立つと、40代は生きづらさを抱えざるを得ないような環境が取り巻いていると田中氏。

「今、建築業界などで、男性の働き口が少なくなっている。ここ10年ぐらいで考えると40代の男性の給料がすごく下がっている。にもかかわらず“一家の大黒柱=男性”って言われる。だからとってもつらい。現実は変化しているのにイメージは変わらないので、そこが問題だと思うんです。本当は、現実に合わせてイメージを変えていかなきゃいけないのに。専業主婦とサラリーマンの家庭で育っているのがマジョリティだと思うので、それを自分ができないのが情けないと感じてしまう」(田中氏)

■日本の男性像を変えたSMAP

 また、話題は平均年齢40歳オーバーにして絶大な人気を誇り、惜しまれながら12月31日で解散する国民的アイドルに及んだ。「SMAP存続の署名40万人だよ。長時間労働の是正を求める署名は4万人なのに」と、おおた氏。常見氏は、「SMAPがSMAPを降りたことで、僕ら男性にとっては『降りていいんだ』というメッセージになりましたね」と語る。

 これについて、「40オトコたちが、この話題に乗ってきた。キムタクとか工藤静香を、すごい叩いたじゃない? あれは裏切りだと」(河崎氏)、「アイドルをずっと維持するのは大変。アイドルって何歳ですかって話ですよね」(おおた氏)と、解散騒動を振り返る。

 なかでも、田中氏はSMAPの功績について次のように分析する。

「SMAPって日本の男性像を変えていると思う。ビストロスマップで料理をするコーナーがあったり、アイドルなのにお笑い芸人を交えないでコントをやるとか、つまり“おもしろい”とか“やさしい”、“料理”をアイドルがやっている。男がやってかっこいいものだと示した、その功績は大きい」

 「年齢なんて関係ない」と言ってみたところで、肉体の衰えには抗えない。だからといって、希望がないわけではない。4名の論者独自の視点には、加齢によってもたらされる社会からの期待、自身の転機をどう“さばく”かについてのヒントがちりばめられていたように思う。会場に集まった40代からは共感を、そして下に続く世代には希望をもたらすセッションだった。
(末吉陽子)

「私の“ご主人様”は私だった」神田つばきがSM、AV、性の冒険の果てに見つけたもの

<p> 専業主婦だった38歳で子宮頸がんを罹患し子宮を全摘出。それをきっかけに離婚し、SMモデル、フリーライター、AV女優として活動し、さらにAV制作メーカー設立、ドラマものAVの脚本まで手がける神田つばき氏。<br /> </p>