『ザ・ノンフィクション』、『24時間テレビ』の裏で放送した障害者ドキュメントの意味

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月25日放送のテーマは「ある日 娘は障がい者になった ~車椅子のアイドルと家族の1年~」。事故で車いす生活となった仮面女子・猪狩ともかが再びステージに立つまでの日々を追っている。

あらすじ

 研修生を経て 25 歳で激しいパフォーマンスが売りのアイドルグループ・仮面女子の正規 メンバーとなった猪狩ともか。それからおよそ 1 年後の 2018 年春、レッスンへ行く途中に、強風で倒れてきた湯島聖堂(東京・文京区)の看板の下敷きになってしまう。この事故で、脊髄を損傷し車 椅子生活を送ることになる。家族の支えや事務所の協力もあり「車椅子アイドル」として 復帰し、世間の注目を集める一方で、「見世物」など心ない中傷も受ける。後遺症の体調 不良もある中、それでもステージに立ち続け、さらに自分の活動を支える父親の負担を減らそうと、自身も車の運転を始める。ともかは、バリアフリー対応の神社へ家族旅行に出かけるなど活動的に日々を過ごす。

障がい者は明るく、前向きでないといけない?

 ともかは番組内でほぼ笑顔だったが「(自分は)明るいところしか出しちゃいけない気 がして。うまくマイナスのものが吐き出せなくなっちゃって。明るくいなきゃとか。嫌な 自分がいっぱい出てきてるんですよね、最近」と一度だけ涙す

 アイドルだから、そして、たくさんの人に支えてもらい生活しているのだから「マイナ スな感情を出してはいけない」と考え、苦しんでいるのかもしれない。不慮の事故で車い す生活になっただけでもつらいはずなのに、こうした呪縛にまでかかっているのだ。そし て、これは少なくない障害者の胸にも刺さっている“第二の矢”なのだろうかと思う。合宿に途中参加するも、リハーサルの最中に体調不良で嘔吐し、仮面女子の元気な歌がずっと聞こえ続ける体育館の片隅で、布団にくるまり寝ているともかの無念を思うと切なかった。

 今回の放送は、裏で日本テレビが『24時間テレビ~愛は地球を救う~』を放送してい たが、『24時間テレビ』における障がい者の報じ方は美談調が多く、それに対する批判 も多い。一方ここ数年、NHK Eテレの情報番組『バリバラ』は『24 時間テレビ』の裏で「検証!『障害者×感動』の方程式」「2.4 時間テレビ 愛の不自由、」といったテーマを掲げ、障害者の“本音”を伝える内容をぶつけて放送している。

 『24時間テレビ』への批判は私も同調するところはあるし、尺稼ぎにしか見えないマラソンはなくして『12時間テレビ』にすればいいのにとも思うが、一方、毎年約 8~9 億 円ほどの募金を集めているという実績もある。そしてホームページでは、その使い道も詳 細に報告されている。

 特にネット上では、『24時間テレビ』にしらけている人ほど意見を発信する傾向がある ため批判的な反応が目立つものの、実際は、美談に涙する人や、走るいとうあさこを見て コンビニにおつりを募金する人が多数存在し、それが相当な金額になっている現実がある。

 美談と本音、どちらか一方のみが「正解」ではないが、選択肢があるのは“豊かさ”といえるだろう。その点で『24 時間テレビ』と『バリバラ』は、いいコンビともいえる。そして今年はさらに、ともかがいた。

 ともかの番組内容は、美談や本音ともまた違い、淡々と日々を追っていた。脊髄損傷になると尿意も感じなくなり、数時間おきと決めてトイレへ行かないといけないことや、原因のわ からない体調不良にもなること。バリアフリー化が進んでいるとはいえ、電車などの公共 交通機関は車椅子生活では気兼ねしたり、不便なことも多いということ。これらは、すべて今回番組を通じて知った。

 今回『ザ・ノンフィクション』がともかの回を『24時間テレビ』の裏に当てたのは、 きっと『バリバラ』同様に“狙った”のだろう。その結果、日テレ、NHK、フジテレビの3局が8月25日に障害に関する番組を放送した。この“超党派”によって、これまで「明るいところしか出しちゃいけない」番組しかなかったところから、そうでない伝え方ができている。数が増えれば、またさまざまな伝え方が増えていくはずだ。

 『24時間テレビ』が放送される8月は、日本人にとって原爆が投下された終戦の月であり 「戦争」をテーマにした番組が多く放送される月でもある。気が重い、暗くなる、つらい、 と避ける人も多いし、私自身見ないことの方が多い。それでも、それら番組によって「今年もこの時期が来た」と戦争についてわずかでも思いを馳せることはあるだけに、その流れだけはなくなってほしくない。

 『24時間テレビ』は8月の最終週の週末に放送されることが多い。そして、それに合わせ他局が障害の番組を同日に放送する流れが今後さらに加速していけば、8月が戦争の困難の中 生きた人や命を落とした人に思いを馳せるのと同様に、今、障害を抱え、困難の中生き ている人に対して思い、考える月になっていけるのかもしれない。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は「サ母さん 帰ってきてほしいんだ ~フィリピンパブ嬢の母とボク~」フィリピンパブで働く女性とその客である日本人男性の間に生まれた2人の青年による漫才コンビ「ぱろぱろ」。同じ境遇の2人が抱えるそれぞれの家族の問題について。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』美奈子はイライラしたい人の“絶対的アイドル”「新・漂流家族 2019夏 ~美奈子と夫と8人の子供~」

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月11、18日放送のテーマは「新・漂流家族 2019夏 ~美奈子と夫と8人の子供~」。大人気シリーズが2週にわたって放送された。

あらすじ

 『痛快!ビッグダディ』シリーズ(テレビ朝日系)で一躍有名になった美奈子の4度目の結婚相手は、元プロレスラーの佐々木義人。義人は収入安定のためバス運転手に転職し、結婚4年で2人の子どもが生まれた。幼い子どもたちは大家族で楽しそうに暮らしているが、思春期を迎えた長男星音(しおん)と長女の乃愛琉(のえる)はともに高校を中退してしまう。佐川急便で契約社員となった乃愛琉が着実な生活を送る一方で、星音はバイト探しにも身が入らない。高校を辞めてバイトも辞めたことを義人に叱責された星音は、普通科の高校に行きたかったのに、美奈子に金銭面のことを言われたために、普通科高校の進学を諦め通信制の高校を選んだのだと明かす。ぎくしゃくしていた家族は、1泊旅行をすることで久しぶりに少し話すきっかけを得て、番組は星音が新たなバイト先を探す姿で終わる。

長男に謝罪を求める美奈子と、謝る義父

 私は大家族モノが昔から苦手で、見ることを避けていた。その理由は「子どもが(特に上の子どもが)かわいそうだから」だ。そのため『ビッグダディ』系譜の「漂流家族」も今回初めて見たのだが、懸念していた「(特に上の子どもが)かわいそう」を直撃していて、すっかり暗い気持ちになっている。

 長男・星音は働きながら学ぼうと、通信高校に入学し料理人コースに進んだものの中退。義父・義人との話し合いの中で、自分が納得して学校を決めたんだろと叱責されると、「普通科高校に行きたくて、お金がどうのこうのって(美奈子に)言われたから、自分で稼いで行ける学校にした」 と話し、結婚したてでお金なかったと言われたのだと、涙しながら話す。義人はこの話を聞いて「それは知らなかった、ごめんね」と謝っている。

 学費が出せないという事情の裏には、事故や病気といったやむを得ないケースもあるだろうが、「結婚したてでお金がなかった」ことは「やむを得ない」とは思えない。 この家の場合、どう考えても子どもをこさえすぎていることが経済的困窮につながっているように見えるのだ。今の時代、 「普通科高校に行くこと」に大して意味はないように思うが、「行きたくても高校に行かせてもらえなかった」では、まったく話が変わってくる。

 星音はアルバイトを無断欠勤の上退職してしまうなど自堕落な生活を続け、美奈子は「迷惑かけたことくらい謝れ、ちゃんと顔見て」と叱る。指摘はもっともなのだが、それよりも美奈子が先に星音へ普通科高校の進学を断念させたことを謝るのが先だろうと思ってしまう。しかし星音はそれを美奈子に言い出せず、その関係性に美奈子の“毒親”の影を感じてしまった。威力の強い毒親は自分を顧みないし、それを子どもは事前に悟って諦めてしまうのだろう。長男の星音もそうだし、長女の乃愛琉からもそんなあきらめを感じてしまう。

 佐々木家の子どもは、幼い子は多くの兄弟に囲まれ屈託なく楽しそうなのだが、思春期を過ぎた子どもは、目にどこか諦めの色が見えるようになる。そうさせていることについて、おそらく何も感じてないのであろう美奈子にイライラしてしまった。

 すっかりげんなりして、イラついてしまった「漂流家族」だが、この番組はファンも多い。ファンはどう思っているのかネットを見てみたところ「怒っている」人が多く、ようやく合点した。私は下世話な番組でニヤニヤしたいのだが、「漂流家族」は美奈子に対して怒りの感情を呼び起こす番組だ。

 そして、「ニヤニヤしたい」より「怒りたい」の方が、人気のあるコンテンツなのだろう。ワイドショーで大したネタのない日は、トップニュースが「モンスタークレーマーの実態」「近所のトラブルメーカー」みたいなのが紹介されることもある。私は見たくないが、これも「怒りたい」「イライラしたい」ニーズの根強さと言える。

 美奈子の公式ブログやTwitterコメント欄は「怒り派」「説教したい派」の人が大勢いたが、息子に進学を諦めさせる美奈子が、そういった赤の他人の声に応えるわけがないと思う。私は美奈子に対し関心を寄せる気になれないが、「怒り派」の人たちにしてみれば美奈子は「イライラさせてくれ、説教させてくれ」という欲望を持つ少なくない人の期待を裏切らない、絶対的アイドルなのだろう。

 次回のザ・ノンフィクションは「ある日 娘は障がい者になった ~車椅子のアイドルと家族の1年~」。強風で飛ばされた看板にぶつかるという事故で車椅子生活となったアイドル・猪狩ともか。車椅子アイドルとして活動を続ける彼女と家族の生活を追う。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂 

『ザ・ノンフィクション』整形オーディションで整形しないという決断「シンデレラになりたくて…2019」

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。6月23日放送のテーマは「シンデレラになりたくて…2019(後編)」。先週に引き続き整形オーディションに懸ける二人の女性を追う。

あらすじ:整形シンデレラに懸ける二人の女性が下した異なる決断

 出場者は無料で美容整形が受けられ、さらにグランプリ受賞者には賞金300万円が贈られる湘南美容クリニック主催の『整形シンデレラオーディション』。第4回の応募者の一人、麻莉亜はひき逃げ事故に遭い、顔と足に負った傷痕を整形で目立たなくするために応募する。発達障害を抱えるりおは、自分を変えたいという思いで応募するが、合宿を通じ、整形を選ばなくても自分は変われるのではないかと手術を辞退しオーディションを終える。

「変化」を求めたりおは、手術なしでも変わったことに気づいた

 『整形シンデレラ』の応募者のうち、無料で美容整形手術を受けられるのはわずか10人。最終審査では、合宿を通じ20人が10人に絞られたが、番組途中のナレーションでは「(『Rakuten GirlsAward』 の)ランウェイを歩くことができるのは手術を受けた8人中5人」 とあった。つまり、りお以外にももう一人、手術を受けられる権利を獲得したものの、最終的に辞退した人がいたのだろう。

 このコンテストに出る以上、無料で手術ができる代わりに「美容整形手術を受けたことを公表する」ハードルもある。ここ数年で、美容整形の関連配信をメインにしたユーチューバーも増えているが、だからといって、誰もが整形を明かせるかは別問題だろう。りおが辞退を医師に告げたときに、医師は「手術は一番モヤモヤした気持ちで突入しちゃうのが一番ダメなんですよ」 と、手術しないで幸せな人生を送れるならそれでいいと、りおの決断を肯定していた。

 発達障害を抱えるりおは、中学生から不登校になり通信制の高校を中退、現在はニートで、コスプレの趣味以外ではパソコンの前に座る生活を送っている。今は家から一歩も外に出なくても、ネットを通じ最新の情報を入手できるし、人と交流することだってできる。

 できるのだが一方で、実際に生の人に会って話したりコミュニケーションを取る機会がないと、人はなかなか成長しづらいというのはよくわかる。私自身、ネットという居場所にホッとしている一人として、リアルがよくてネットがダメという気はないし、精神的にギリギリの状況にある人にとって、ネットがセーフティーネットになっている事実もわかる。しかしネットにはリアルに比べ、何かの場数が踏めず、それが「幼さ」とつながっているということもわかるのだ。

 生の人間とのコミュニケーションは面倒や鬱陶しいこと、イヤになるようなことも多い。中学で不登校になったりおにも、そういった苦労はあっただろうと推測する。一緒に暮らす父親との仲は良好なようだが、おそらく他人と話しをする機会はあまり多くなかったはずだ。

 そんな中、『整形シンデレラオーディション』での合宿、医師とのカウンセリング、そしてこの番組の取材を通じ、人と話しを重ねたことは、りおにとって自分を見つめ直す絶好の機会だったのではないだろうか。そしてその機会を通じて成長し、整形以外にも変わるためにできることがある、という結論に至ったのだろう。

 「実際に人と話す」というのは、万能薬だとつくづく思う。もちろん、安心して話せる環境であることが大前提だが。

 「顔」は美において残酷なほど重要な要素だが、一方で立っているときや歩いているときの佇まいも、美しさの大切な要素の一つだろう。今回の番組を見ていて、麻莉亜の「立っている姿や歩く姿」は頭一つ抜きん出て美しかった。

 麻莉亜は小学校から高校まで新体操をしていたのだ。インターハイ出場経験もあり現在はコーチもしている 。もともとのスタイルもいいのだが、佇まいもしなやかで美しかった。綺麗な身のこなしを競技生活の中で叩き込まれ、何度も何度も体に染み込ませていったのであろう年月を感じさせた。

 前週登場した、モデルを目指す叶華もアイドルをしている七海も「見られる自分」への意識は普通の女子よりあるだろうし、所作にも人一倍気を配っているだろうが、麻莉亜には年季の違いを感じた。コンプレックスがあると、つい目、鼻、口などその部位に意識が行きがちだが、他人の目にまず入るのは、もっと「引き」の、面積の大きいものだ。その人を表す一番大きな面積を持つ「姿勢」は、しみじみと大事だと思う。

 ところで、前後編と番組を見ていて一つ心配だったのが、「せっかく無料で手術ができるのだし」といった思いから、整形が必要以上にエスカレートしないかという点だ。企画がそもそも『整形シンデレラ』である以上、歯の矯正のみといったマイナーチェンジだけの志願者はおそらく選ばれないだろう(歯だけなら、そもそも矯正歯科のモニターという手もある)。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は『ワケあって…坂口杏里』。まだ28歳なのに「ワケあって」という言葉がこんなに似合う人を私は知らない。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
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『ザ・ノンフィクション』整形オーディションに賭ける二人の女性「シンデレラになりたくて…2019」

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。6月16日放送のテーマは「シンデレラになりたくて…2019(前編)」。整形オーディションに賭ける二人の女性を追う。

あらすじ:『整形シンデレラ』に賭ける二人の女性

 出場者は無料で美容整形が受けられ、さらにグランプリ受賞者には賞金300万円が贈られる湘南美容クリニック主催の『整形シンデレラオーディション』。第4回の応募者の一人、七海は地下アイドルをしている。二重のりを使った瞼のメイクに手間がかかり、何度もやり直すとメイクだけで2~3時間かかることも。モデルを目指す叶華は歯並びが気になり、アルバイトは「マスクができるから」という理由で歯科医院を選んでいる。二人と、その家族を交えながら、整形前後の様子を伝える。

“感じのいい”七海と叶華が抱える容姿コンプレックス

 整形は『ザ・ノンフィクション』十八番のテーマであり、今年3月には美容外科医に密着した「あなたの顔、治します。」が放送され、有村藍里も患者として登場している。

 七海も叶華も家族仲が良好で安心して見ていられた。「幼少の頃から親に容姿を蔑まれていた」「親が整形に猛反対している」といった家族間での“地獄”がなく、よかったと思う。

 叶華はずっと歯並びを直したかったものの、費用を気にして母親に言い出せず、『整形シンデレラ』出場をきっかけに伝えることができた。母親は、初めて悩みの根深さを知り「申し訳ない気持ちがありました。小学5年生くらいまでのときに(矯正を)やってあげていたらこんな気持ちはしなかったのかな」と話していた。

 七海は弟が3人おり、整形費用を地下アイドル活動で賄おうと思っていたが厳しく、『整形シンデレラ』への応募を決意する。容姿のコンプレックスは時に、それが原因で嫉妬心の塊になったり、愚痴や文句ばかりになったりと、精神面に暗い影を落とすこともあると思うが、七海や叶華にはそうした部分が感じられず、二人とも家族の気持ちを気遣うなど感じがいい。年齢が若いため、まだスレていないのもあるかもしれない(湘南美容外科ホームページによると、七海は21歳、叶華は20歳)。

 『整形シンデレラ』において、整形手術を無料で受けられるのは、応募者のうちわずか10人と、かなりの狭き門だ。応募者は書類審査と面接で20人に絞られ、その後、3泊4日の合宿審査が行われる。そこで、「本当に整形が必要か」などさまざまに審査された後、最終的に10人が選ばれる。

 まったくの推測だが、この合宿の過程で「メンタル面が危うい」と判断された者は落とされるのではないだろうか。感情が安定している七海と叶華を見ていて思う。しかし、容姿の苦しみはメンタル面に相当“刺さる”ものであり、とても感じよくなどしてられない人もいるはずだと、想像して思いを馳せてしまった。

 今回の整形で、叶華も、また幼少期に白血病になり抗がん剤の影響で歯が黄色っぽくなってしまった七海も、自分の歯を削り、その上に白く整った歯を被せる「セラミック矯正」を行っている。自分の身の回りを見ても、セラミックではないが、大人になってから歯の矯正をした人は結構いる。

 歯を被せる「セラミック矯正」という手段があることはいいことだし、芸能界など「美で食っていく道」を目指すならやる必要もあるだろう。でもそうでないなら、自分の歯で食べていけるに越したことはないと思う。

 私自身は、歯並び以前にそもそも歯が貧弱で、死に急ぐように永久歯になり、それも次々と虫歯になり、幼少期から奥歯はほぼ詰め物だった。年齢を重ねるにつれ、詰め物のない真っ白な奥歯を持った大人を見ると育ちの良さを感じ、自分の不摂生が恥ずかしくなる。

 つくづく、子どもにしょうもない習い事をやらせるくらいなら、歯並びの悪い子は幼いうちに矯正してやる、虫歯にならない歯の磨き方を幼少期に叩き込んでやる、それが親心だと伝えたい。叶華がそうだったが、親にしてみれば愛嬌に思えるような子供の歯並びの悪さは、当人にとって深刻な悩みだったりするのだ。

『整形シンデレラ』と『ダイアナプロポーションコンテスト』

 『整形シンデレラ』で、一つ残念な点は、応募資格者が30歳以下なところだ。

 私は以前、補整下着で有名な“プロポーションづくり”のダイアナによる全国コンテスト『年代別ゴールデンプロポーションコンテスト』を見に行ったことがある(“自分のため”のキレイを認める――美容コンテストに咲く女たちの「キレイ!」の声)

 こちらでは20代、30代、40代、50代、60代以上と世代別で表彰が行われ、それがとてもよかった。まず、「美」は若い人のためだけのものではない、という姿勢がいいし、世代別にすることで、それぞれの世代に「美しさ」はあるというメッセージがきっちり伝わった。

 『整形シンデレラ』の対象が30歳までというのは、「経済的に余裕のない若年層に選択肢を与えたい」「若い世代にもっと来院してほしい」といった意図があるかもしれないが、個人的には中年、シニア部門設立を期待したい。

 次回の『ザ・ノンフィクション』も引き続き『シンデレラになりたくて…2019(後編)』。ひき逃げ事故に遭い顔や体に傷を負ってしまった母親と、発達障害を抱えるコスプレイヤー二人に焦点を当てる。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

フジ『ザ・ノンフィクション』とNHK『彼女は安楽死を選んだ』:難病女性が選択する生死

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。6月9日放送のテーマは「それでも私は生きてゆく」。難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した美怜(37歳)が、徐々に自由が利かなくなる体を抱えつつも、外に出て人と会い活動的に生きる日々を追う。

あらすじ:29歳で全身の運動神経が動かなくなっていく難病「ALS」を発症

 全身の運動神経が徐々に機能しなくなっていく難病、ALS。国内には患者が9,636人いる。横浜国立大卒で地域活性の仕事をバリバリ行っていた美怜は29歳でALSを発症し、2年で歩けなくなり車いす生活になる。その後も、胃に穴を開けて直接栄養剤を送る「胃ろう」をつけるなど、体の自由は年々利かなくなっていくが、美怜は飛行機乗ってALS患者に会いに行ったり、好きなバンドのライブに30回も 行くなど活動的に日々を過ごす。

美怜が恐れるALSの「閉じ込め状態」とは

 取材は美怜がALSを発症し3年がたった2016年から行われた。取材当初から美怜は手足を動かせず、食事は口元までスプーンを持ってきてもらい、喉には発声器を着け会話をしていた。

 19年の春まで何回か取材が重ねられていく中、美怜の症状は目に見えて重くなっていく。自力で食べ物を飲みこむことができなくなり胃ろうを装着したほか、会話も困難になったことから、文字盤を見る目の動きを読み取ってもらう方法に代わった。番組の最後では顔の筋肉も弱まり、取材当初にはよく見られた笑顔がなくなり、文字盤でのコミュニケーションにも時間がかかるようになった。

 美怜の父親はALSを残酷な病気であり、見ているだけしかできないと話していた。視聴しているだけの私が痛ましいなどと、とても言えないような重い現実だ。

 ALSの症状がさらに悪化すると、目を開けることもできなくなるという。真っ暗な中、体を動かせず、話すことも表情を作ることもできず、外界に対し自分の意思や気持ちを伝える手段がまったくないのに、本人の感覚と思考といった「意識」だけはしっかりしている。この「閉じ込め状態」を美怜は「一番怖い」と恐れていた。

 番組の中で、美鈴は「自分で自分の終わりを選ぶ権利があってもいいんじゃないかな。閉じ込め状態の中でずっと生きていかなきゃいけないのはつらい」と話していたが、番組の最後には「私はこんな体ですがALSが治ることを信じています。そのために必死で生きています」と文字盤を使って話していた。どちらも本心なのだろう。

 美怜はALSを発症してから4年後に一度、重大な決断をしている。筋力が低下し呼吸がしにくくなったため、喉に穴を開け人工呼吸器をつけるか、つけないかの選択を迫られたのだ。呼吸器をつけないと余命は3カ月であり、美怜は呼吸器をつけることを選んだ。なお、ALS患者の約7割が、その手術をしないで死を迎えるという現実があるという。家族の負担が増えるのが大きな理由の一つだともいう。なお、一度呼吸器をつけたのちに「閉じ込め状態」になると、日本においてはその後、呼吸器を外すことはできなくなる。 日本では安楽死が認められていないためだ。

 この番組の少し前にNHKのドキュメンタリー番組「NHKスペシャル」で『彼女は安楽死を選んだ』という内容が放送され、50代の日本人女性・ミナがスイスで安楽死するまでの日々を伝えていた。ミナは多系統萎縮症というALS同様に治療法が確立されていない難病患者で、車椅子で生活している。ミナを受け入れたスイスの安楽死を行う団体は、日本からの申し込みが今年はすでに6件あり、急激に増えていると話していた。なお、安楽死を実行するには「回復の見込みがない」など、いくつかの条件がある。

 NHKスペシャルによると、世界で安楽死を行っている国はカナダ、コロンビア、スイス、ルクセンブルク、ベルギー、オランダで、アメリカとオーストラリアは一部の州でのみ認められているという。一方、日本において安楽死は殺人扱いとなり、医師が罪に問われた事件もある。そうした背景を踏まえ、日本では安楽死に関する議論が避けられていると同番組は伝えた。ミナ自身、「自分で死を選ぶことができるということは、どうやって生きるかということを選択することと同じくらい大事なことだと思うんです。私の願いでもあるんですよ。安楽死をみんな(日本)で考えることは」と話していた。ミナはスイスでの安楽死という選択肢を知る前に、病状を悲観し自殺を図ったこともあったが、筋力の衰えで未遂で終わっている。自分で死ぬことができないつらさがあった上で、ミナはスイスに行ったのだ。

日本に安楽死という選択肢があればできたこと

 NHKスペシャルにおいて特に考えさせられたのが、スイスの病院で医師がミナにかけた、「もし彼女(ミナ)がスイスに住んでいて、長距離移動をしなくて済むのなら、こんな早く死を選ばなくても良かったはずです」という言葉だ。スイスまで移動できる体力のあるうちに死を選ぶ必要がミナにあった。

 もう少し家族と過ごせたはずのミナが下した切実な決断を前にすると、現在の日本は「安楽死の是非」を議論する以前の状況にあると思える。長寿国で死が身近なのにもかかわらず、死にフタをしているように感じるのだ。死のことなんて誰も考えたくないだろうが、考えないゆえのひずみで苦しむ人がおり、そして明日、自分や家族がそこで苦しむ可能性だってある。

 「私が私であるうちに安楽死をほどこしてください」と「私が私らしくなくなる」ことを恐れて安楽死を選んだミナの決断も、そして『ザ・ノンフィクション』の番組最後で、ALSが治ることを信じ、好きなバンドのコンサートに足繁く通うなど、生きる楽しみを追いかける美怜の決断も、両方が正しく私には見えた。

病気になったときに自分を支える二つのもの

 美怜とミナ、二人の決断はある意味で正反対に見えるが、両者には共通点もあるように思う。「愛情(家族)」と「お金」という、二つの大切な土台がしっかりしている様子に見えたのだ。

 まず「愛情(家族)」だが、それぞれの家族は二人のことをかけがえなく思っているのが伝わり、年月で培われた愛情や信頼を感じた。美怜の病気を残酷だと話した父親は、普段のテンションはどこかとぼけた味のあるおじさんで、ツッコみ役の母親とともに家族の雰囲気には温かさがあった。美怜が活動的に生きているのは、この両親の存在が大きいのだろう。一方、両親の離婚で年の離れた姉二人に可愛がられて育ったミナも、最期まで姉たちが寄り添い、大切な人たちに看取られ最期を迎えていた。

 そして「お金」についてだが、介護要員つきで飛行機で外出する美怜も、スイスで安楽死を選んだミナにしろ、どちらも金銭的都合がつかなければできないことだ。

 なにも難病に限らず、日本において病気になった時や老年の最期のとき、「愛情(家族)」と「お金」という二つの土台がないと、「自分で最期を選び看取られ亡くなる(ミナの選択)」ことも、「活動的に生きる(美怜の選択)」ことも選べないのだ。そうして「困難な体を抱え、孤独にただ時を過ごす」という選択肢になってしまうのだと、当たり前すぎるのだが、あらためて思う。

 次回のザ・ノンフィクションは昨年も大反響のあった人気企画『シンデレラになりたくて…2019 ~前編~』。公開美容整形オーディション『整形シンデレラ』に賭ける女性たちとその家族を追う。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』“平成の駆け込み寺”住職とヤンキー二人の交流「おじさん、ありがとう ~ショウとタクマと熱血和尚~」

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。6月2日放送のテーマは「おじさん、ありがとう ~ショウとタクマと熱血和尚~」。元不良のショウとタクマが、11年ぶりに恩人である熱血和尚と再会する。

あらすじ:1,000人以上の子どもを更生させてきた廣中邦充さん

 愛知県岡崎市にある「平成の駆け込み寺」こと西居院の住職、廣中邦充さんは非行、虐待、引きこもり、薬物依存といったさまざまな事情から親元で暮らせない子どもを、無償で引き取り、更生させてきた。その数20年で1,000人以上。九州からやってきた特攻服を着こなす古典的なヤンキーのショウと、目に生気がないものの30秒あればバイクを盗める今風のヤンキー・タクマの二人も西居院で成長し、巣立っていく。しかし2012年、廣中さんに肺がんが発覚し、のちに脳にも転移。19年4月、多くの西居院卒業生に見送られ69歳の生涯を終える。

金属バットを持った不良集団からも「逃げない」住職

 住職は保護者、子どもに向かって「逃げるな」と呼びかけ続けた。子どもに対しては現実から逃げないこと、親に対しては問題行動を起こす子どもから逃げないこと。

 何より住職自身が逃げなかった。ほかの不良少年のシマでバイクを盗んだショウが報復で暴行されたときは、暴行の診断書持って不良グループ(金属バットを持つ者も)と人気のない夜の団地で掛け合う。暴行した少年らを警察に突き出さない代わりに、今後ショウには手を出さない約束を取り付ける。

 ショウを中学校に復学させるときも、素行の悪さから復学を渋っていた担任教師に対し、「もっともっとショウのことを考えてやってほしいんですよ。もし仮にショウに何かかあれば、僕に電話をくれれば僕が飛んでいきますから」と強い口調で訴える。一方でショウにも、努力しないとクラスの子は受け入れてくれないぞ、と諭すのだ。

 住職自身が一番逃げない。だからこそ周囲に向けた「逃げるな」という言葉に強い説得力が出る。その姿はカッコいいが、これはなかなか常人が真似できることではない。ショウの復学のくだりでは、面倒ごとが増えるのを避けたがっている担任に同情してしまった。

 なぜ住職が、これほどまでに子どもたちへ心を砕けるのかというと、自身もかつては荒れた子どもであり、高校時代に暴力事件を起こしあわや退学まで追い込まれるが、そこで校長に土下座し必死で退学を回避してくれた、当時の担任への恩があるからだという。恩がまた違う形の恩となり、継承されていく。九州のヤンキー、タクマは住職の恩を感じ、将来は人の役に立ちたいと話していた。

 恩は継承されることもあるが、一方で子ども相手のことはしみじみ「片思い」なのだとも思う。表情の乏しい今どきのヤンキー、ショウは先述の暴行事件のほかにも家出もして、寺は人員総出で気温5度の街中を探し回った。方々に迷惑をかけつつ成長したショウが、初めて住職に見せた意思表示は、「1日でもいいんで(家に)帰りたいです!」とういうものだった。寺で生きる元気を取り戻したら、家に戻りたいのだ。

 ショウに比べればかなり義理堅そうに見えるタクマでも、事情はあったのかもしれないが、寺を出てから11年間顔を見せなかった。つくづく子ども相手の支援というのは「片思い」であり、巣立ってよかったと笑顔で送れる気持ちがないと難しいのだろう。神様のような仕事だ。

大人という役割をまっとうすること

 住職は、タクマが学校に着ていく「天上天下」の刺繍入り“改造学ラン”も咎めず笑い飛ばすし、子どもたちの抱える問題から逃げることなく、相手にも「逃げるな」と訴えかける。“男らしさ”や“昭和イズム”を感じる言動だ。

 「昭和の男らしさ」というと、近年はパワハラだ、セクハラだ、モラハラだ、それにより女子供は抑圧されてきたのだと「古の悪しき風習」として語られがちだ。それは事実だと思うが、一方その「男らしさ」には、今は失われつつある「いい面」もあったのだろう。昨今は「面倒ごとは避けたい」「コスパ重視」「誰だって苦しさを抱えている」といった風潮であり 、「たじろいでしまうようなことも笑い飛ばす豪快さ」「面倒ごとを引き受ける度量」「みんなの苦しさまで背負う責任感」というものへの価値や評価は下がりつつある。正直になったともいえるが、カッコつけなくなってきているのだろう。

 住職は12年に肺がんが発覚し、のちに脳に転移、最期の数年は立つことも会話もおぼつかず、69歳という若さで世を去った。映像では、いつもくわえ煙草でチェーンスモーカーだったことがしのばれる。肺がんはそのせいもあったのだろうかと思うと複雑だ。しかし、この完全禁煙が進む令和において、住職が煙草を吸う姿からは「昭和の男らしさ」や「カッコよさ」も感じる。

 くわえ煙草の住職の姿を見て思い出したのが、忌野清志郎がいたRCサクセションの曲「ぼくの好きな先生」だ。生徒の目線から、くわえ煙草のおじさん美術教師がイカしていると歌っていて、「恋愛」や「自分のこと」がテーマになる歌が多い中で「敬愛」をテーマにした美しい歌だ。このおじさん先生は職員室が苦手で美術室にいつもおり、住職のような昭和の男らしさ的要素をあまり感じない人なのだが、どこか住職と共通する父性のようなものを感じる。それは子どもに対するスタンスだ。子どもと一緒にはしゃいだりせず、おじさんとして、大人として子どもに接している。大人という役割を背負っているのだ。

 思春期の子どもにとって、親でないが父性を感じさせ、子どもを子どもとして大切に扱ってくれる、尊敬できる「好きなおじさん」がいることはとても豊かなことであり、支えになるのではないだろうか。そして、そんな「おじさん」の存在は子どもだけでなく大人にとっても「大人の役割」をまっとうすることの尊さを教えてくれる。しかし、そんな面倒な仕事を引き受けてくれる「おじさん」が今、どのくらいいるのだろうかとも思う。

 次回のザ・ノンフィクションは「それでも私は生きてゆく」。8年前に有効な治療法がない難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した37歳の美怜。手足はおろか、顔の筋肉まで動かせなくなった美怜が「幸せの瞬間」を求め生きる日々を追う。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』“平成の駆け込み寺”住職とヤンキー二人の交流「おじさん、ありがとう ~ショウとタクマと熱血和尚~」

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。6月2日放送のテーマは「おじさん、ありがとう ~ショウとタクマと熱血和尚~」。元不良のショウとタクマが、11年ぶりに恩人である熱血和尚と再会する。

あらすじ:1,000人以上の子どもを更生させてきた廣中邦充さん

 愛知県岡崎市にある「平成の駆け込み寺」こと西居院の住職、廣中邦充さんは非行、虐待、引きこもり、薬物依存といったさまざまな事情から親元で暮らせない子どもを、無償で引き取り、更生させてきた。その数20年で1,000人以上。九州からやってきた特攻服を着こなす古典的なヤンキーのショウと、目に生気がないものの30秒あればバイクを盗める今風のヤンキー・タクマの二人も西居院で成長し、巣立っていく。しかし2012年、廣中さんに肺がんが発覚し、のちに脳にも転移。19年4月、多くの西居院卒業生に見送られ69歳の生涯を終える。

金属バットを持った不良集団からも「逃げない」住職

 住職は保護者、子どもに向かって「逃げるな」と呼びかけ続けた。子どもに対しては現実から逃げないこと、親に対しては問題行動を起こす子どもから逃げないこと。

 何より住職自身が逃げなかった。ほかの不良少年のシマでバイクを盗んだショウが報復で暴行されたときは、暴行の診断書持って不良グループ(金属バットを持つ者も)と人気のない夜の団地で掛け合う。暴行した少年らを警察に突き出さない代わりに、今後ショウには手を出さない約束を取り付ける。

 ショウを中学校に復学させるときも、素行の悪さから復学を渋っていた担任教師に対し、「もっともっとショウのことを考えてやってほしいんですよ。もし仮にショウに何かかあれば、僕に電話をくれれば僕が飛んでいきますから」と強い口調で訴える。一方でショウにも、努力しないとクラスの子は受け入れてくれないぞ、と諭すのだ。

 住職自身が一番逃げない。だからこそ周囲に向けた「逃げるな」という言葉に強い説得力が出る。その姿はカッコいいが、これはなかなか常人が真似できることではない。ショウの復学のくだりでは、面倒ごとが増えるのを避けたがっている担任に同情してしまった。

 なぜ住職が、これほどまでに子どもたちへ心を砕けるのかというと、自身もかつては荒れた子どもであり、高校時代に暴力事件を起こしあわや退学まで追い込まれるが、そこで校長に土下座し必死で退学を回避してくれた、当時の担任への恩があるからだという。恩がまた違う形の恩となり、継承されていく。九州のヤンキー、タクマは住職の恩を感じ、将来は人の役に立ちたいと話していた。

 恩は継承されることもあるが、一方で子ども相手のことはしみじみ「片思い」なのだとも思う。表情の乏しい今どきのヤンキー、ショウは先述の暴行事件のほかにも家出もして、寺は人員総出で気温5度の街中を探し回った。方々に迷惑をかけつつ成長したショウが、初めて住職に見せた意思表示は、「1日でもいいんで(家に)帰りたいです!」とういうものだった。寺で生きる元気を取り戻したら、家に戻りたいのだ。

 ショウに比べればかなり義理堅そうに見えるタクマでも、事情はあったのかもしれないが、寺を出てから11年間顔を見せなかった。つくづく子ども相手の支援というのは「片思い」であり、巣立ってよかったと笑顔で送れる気持ちがないと難しいのだろう。神様のような仕事だ。

大人という役割をまっとうすること

 住職は、タクマが学校に着ていく「天上天下」の刺繍入り“改造学ラン”も咎めず笑い飛ばすし、子どもたちの抱える問題から逃げることなく、相手にも「逃げるな」と訴えかける。“男らしさ”や“昭和イズム”を感じる言動だ。

 「昭和の男らしさ」というと、近年はパワハラだ、セクハラだ、モラハラだ、それにより女子供は抑圧されてきたのだと「古の悪しき風習」として語られがちだ。それは事実だと思うが、一方その「男らしさ」には、今は失われつつある「いい面」もあったのだろう。昨今は「面倒ごとは避けたい」「コスパ重視」「誰だって苦しさを抱えている」といった風潮であり 、「たじろいでしまうようなことも笑い飛ばす豪快さ」「面倒ごとを引き受ける度量」「みんなの苦しさまで背負う責任感」というものへの価値や評価は下がりつつある。正直になったともいえるが、カッコつけなくなってきているのだろう。

 住職は12年に肺がんが発覚し、のちに脳に転移、最期の数年は立つことも会話もおぼつかず、69歳という若さで世を去った。映像では、いつもくわえ煙草でチェーンスモーカーだったことがしのばれる。肺がんはそのせいもあったのだろうかと思うと複雑だ。しかし、この完全禁煙が進む令和において、住職が煙草を吸う姿からは「昭和の男らしさ」や「カッコよさ」も感じる。

 くわえ煙草の住職の姿を見て思い出したのが、忌野清志郎がいたRCサクセションの曲「ぼくの好きな先生」だ。生徒の目線から、くわえ煙草のおじさん美術教師がイカしていると歌っていて、「恋愛」や「自分のこと」がテーマになる歌が多い中で「敬愛」をテーマにした美しい歌だ。このおじさん先生は職員室が苦手で美術室にいつもおり、住職のような昭和の男らしさ的要素をあまり感じない人なのだが、どこか住職と共通する父性のようなものを感じる。それは子どもに対するスタンスだ。子どもと一緒にはしゃいだりせず、おじさんとして、大人として子どもに接している。大人という役割を背負っているのだ。

 思春期の子どもにとって、親でないが父性を感じさせ、子どもを子どもとして大切に扱ってくれる、尊敬できる「好きなおじさん」がいることはとても豊かなことであり、支えになるのではないだろうか。そして、そんな「おじさん」の存在は子どもだけでなく大人にとっても「大人の役割」をまっとうすることの尊さを教えてくれる。しかし、そんな面倒な仕事を引き受けてくれる「おじさん」が今、どのくらいいるのだろうかとも思う。

 次回のザ・ノンフィクションは「それでも私は生きてゆく」。8年前に有効な治療法がない難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した37歳の美怜。手足はおろか、顔の筋肉まで動かせなくなった美怜が「幸せの瞬間」を求め生きる日々を追う。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂