『ザ・ノンフィクション』語学はネットでググっても習得できない「ここがわたしの居場所~海を渡った熱血教師と教え子の涙~」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月20日の放送は「ここがわたしの居場所~海を渡った熱血教師と教え子の涙~」。中国で一番有名な日本語教師、中村紀子と、彼女のスタッフの成長について。

あらすじ

 中国で一番人気のある日本語教師・中村紀子。ネット配信を活用した授業で教え子の総数は22万人を超える。授業のわかりやすさだけでなく、人情味あふれる人生相談も人気で、日本でのオフ会にも多くの生徒たちがやってくる。中村は幼少期から教員を目指していたが教員採用試験に受からず、塾講師を経て日本語教師となり中国に渡った。中村の語学学校のスタッフで、唯一大学で日本語を専攻しなかった周紫娟(愛称ルンルン)は他スタッフと比べ自分の語学能力が劣ることや、日本語を教える仕事を家族が反対していることで思い悩むも、SNSにルンルンが投稿した仕事ぶりを見て家族との関係も改善。日本語能力試験のN2級も高得点で合格する。

語学はネットでググっても習得できない

 日本語能力試験は、N1~N5のクラスに分かれている。ルンルンが合格したN2は、難易度が上から2番目で、その問題は、日本語能力試験のホームページにある問題例からも見ることができる。その中から一つを紹介したい。

( )に入れるのに最もよいものを1~4から一つ選びなさい
■あの映画の最後は( )場面として知られている。
1.名
2.高
3.良
4.真

 ルンルンの日本語は、書き言葉はちょっとおぼつかないところがあるが、話し言葉は十分伝わるレベルではある。「日本語で話すのがすごく怖い。ミスが怖くて。日本語能力がもっとアップしなければならない」「(自分の語学能力は全然)変わんない」とこぼしていたが、それを聞いていた中村と他スタッフは「変わんない」という日本語は難しくて、それが言えるだけすごいのだ、と慰めていた。どうやらこれは「撥音(ん)」の問題で、「ん」は、外国人にしたら聞き取りがとても難しいようなのだ。

 ただ、そんなルンルンも中村に言われた「ちょっと待ってね」を「少しの間待っていてね」ではなく、「そこで動かないで待っていてね」と勘違いして中村やスタッフを困らせてしまうなど、ネイティブの人間なら小学生でも理解できることでつまずいてしまう。それが外国語だ。

 外国語の習得、特に思春期以降の外国語の習得は長期の地道な努力と、冷や汗をかきつつ実践し恥をかき、それでもあきらめないひたむきさが必要だ。なので、ルンルンや、中村の語学教室で働くスタッフなど、母国語以外の言語を習得した人たちを尊敬している。

 自身の語学力の足りなさを嘆くルンルンに、中村は周りの18歳から日本語学科で学んだスタッフとは学んだ量が違うのだから、これからなんとかなると励ます。ネットが普及し、ググればすぐ手頃な答えがあると勘違いしがちな現代社会においても、語学の学習は「結局ものをいうのは地道な取り組みであり、“量”なのだ」という大切なことを教えてくれる。

一方で、ルンルンの日本語はもうすでに「おおむねオーケー」ではないのか、とも思う。もちろん、ルンルンは日本語教室で働く以上、さらなる高みを目指す必要があるだろう。しかし「語学で食べていく」、もしくは「その地で正社員としてバリバリ働く」のでなければ、このくらいしゃべれればもういいのではないかとも思う。

 というのも、私自身昨年フィリピンに英語の語学留学に行き、それ自体はとてもいい経験だったのだが、英語の「前置詞」「冠詞(a/the)」「複数形」「時制」につくづくうんざりさせられたからだ。これらは日本語ではなじみの薄い概念で、外国人にとっての「ん」のようなものだ。前置詞をこなせば冠詞を忘れる、というように、この4つがすべてきれいに着地できずいつも添削されていた。

 旅行者の会話やSNSのつぶやきレベルなら、見逃してやってくれやしないかと思う。多くの大人が外国語習得で挫折するのは、大人になったのに、箸の上げ下ろしのようなことまであれこれ言われるツラさに耐えきれないからだろう。根性が足りないと言われれば、その通りなのだが。

 世界中どこにいても(英語圏でない場所でも)、当たり前のように英語で話す英語圏の人はいる。「ミス・ユニバース世界大会」で過去に、ベトナム代表が質問に笑ってうなずくだけで返答しないことを、「わからないのにわかるフリをしていて可愛い」と、米国代表がからかい、大炎上したことがあった。たまたま生まれた国が英語圏だっただけなのに、非英語圏の人間が英語を学ぶためにかけた時間や苦労を知ろうともせず、単に思い上がっているだけに思える。

 私は英語に苦労しているので、日本語を学ぶ外国人に優しくありたいと思うが、そうではない人も、残念ながらいるのだ。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は『親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~』。目黒区内のアパートで義父からの虐待の末に亡くなった船戸結愛ちゃん。5歳の女の子に暴力を続けた船戸雄大被告は、彼を知る人からは「学校一バスケがうまかった」「サークルのリーダー的存在」「同期の盛り上げ役」という声も上がる。雄大被告の実像とは?

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』語学はネットでググっても習得できない「ここがわたしの居場所~海を渡った熱血教師と教え子の涙~」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月20日の放送は「ここがわたしの居場所~海を渡った熱血教師と教え子の涙~」。中国で一番有名な日本語教師、中村紀子と、彼女のスタッフの成長について。

あらすじ

 中国で一番人気のある日本語教師・中村紀子。ネット配信を活用した授業で教え子の総数は22万人を超える。授業のわかりやすさだけでなく、人情味あふれる人生相談も人気で、日本でのオフ会にも多くの生徒たちがやってくる。中村は幼少期から教員を目指していたが教員採用試験に受からず、塾講師を経て日本語教師となり中国に渡った。中村の語学学校のスタッフで、唯一大学で日本語を専攻しなかった周紫娟(愛称ルンルン)は他スタッフと比べ自分の語学能力が劣ることや、日本語を教える仕事を家族が反対していることで思い悩むも、SNSにルンルンが投稿した仕事ぶりを見て家族との関係も改善。日本語能力試験のN2級も高得点で合格する。

語学はネットでググっても習得できない

 日本語能力試験は、N1~N5のクラスに分かれている。ルンルンが合格したN2は、難易度が上から2番目で、その問題は、日本語能力試験のホームページにある問題例からも見ることができる。その中から一つを紹介したい。

( )に入れるのに最もよいものを1~4から一つ選びなさい
■あの映画の最後は( )場面として知られている。
1.名
2.高
3.良
4.真

 ルンルンの日本語は、書き言葉はちょっとおぼつかないところがあるが、話し言葉は十分伝わるレベルではある。「日本語で話すのがすごく怖い。ミスが怖くて。日本語能力がもっとアップしなければならない」「(自分の語学能力は全然)変わんない」とこぼしていたが、それを聞いていた中村と他スタッフは「変わんない」という日本語は難しくて、それが言えるだけすごいのだ、と慰めていた。どうやらこれは「撥音(ん)」の問題で、「ん」は、外国人にしたら聞き取りがとても難しいようなのだ。

 ただ、そんなルンルンも中村に言われた「ちょっと待ってね」を「少しの間待っていてね」ではなく、「そこで動かないで待っていてね」と勘違いして中村やスタッフを困らせてしまうなど、ネイティブの人間なら小学生でも理解できることでつまずいてしまう。それが外国語だ。

 外国語の習得、特に思春期以降の外国語の習得は長期の地道な努力と、冷や汗をかきつつ実践し恥をかき、それでもあきらめないひたむきさが必要だ。なので、ルンルンや、中村の語学教室で働くスタッフなど、母国語以外の言語を習得した人たちを尊敬している。

 自身の語学力の足りなさを嘆くルンルンに、中村は周りの18歳から日本語学科で学んだスタッフとは学んだ量が違うのだから、これからなんとかなると励ます。ネットが普及し、ググればすぐ手頃な答えがあると勘違いしがちな現代社会においても、語学の学習は「結局ものをいうのは地道な取り組みであり、“量”なのだ」という大切なことを教えてくれる。

一方で、ルンルンの日本語はもうすでに「おおむねオーケー」ではないのか、とも思う。もちろん、ルンルンは日本語教室で働く以上、さらなる高みを目指す必要があるだろう。しかし「語学で食べていく」、もしくは「その地で正社員としてバリバリ働く」のでなければ、このくらいしゃべれればもういいのではないかとも思う。

 というのも、私自身昨年フィリピンに英語の語学留学に行き、それ自体はとてもいい経験だったのだが、英語の「前置詞」「冠詞(a/the)」「複数形」「時制」につくづくうんざりさせられたからだ。これらは日本語ではなじみの薄い概念で、外国人にとっての「ん」のようなものだ。前置詞をこなせば冠詞を忘れる、というように、この4つがすべてきれいに着地できずいつも添削されていた。

 旅行者の会話やSNSのつぶやきレベルなら、見逃してやってくれやしないかと思う。多くの大人が外国語習得で挫折するのは、大人になったのに、箸の上げ下ろしのようなことまであれこれ言われるツラさに耐えきれないからだろう。根性が足りないと言われれば、その通りなのだが。

 世界中どこにいても(英語圏でない場所でも)、当たり前のように英語で話す英語圏の人はいる。「ミス・ユニバース世界大会」で過去に、ベトナム代表が質問に笑ってうなずくだけで返答しないことを、「わからないのにわかるフリをしていて可愛い」と、米国代表がからかい、大炎上したことがあった。たまたま生まれた国が英語圏だっただけなのに、非英語圏の人間が英語を学ぶためにかけた時間や苦労を知ろうともせず、単に思い上がっているだけに思える。

 私は英語に苦労しているので、日本語を学ぶ外国人に優しくありたいと思うが、そうではない人も、残念ながらいるのだ。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は『親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~』。目黒区内のアパートで義父からの虐待の末に亡くなった船戸結愛ちゃん。5歳の女の子に暴力を続けた船戸雄大被告は、彼を知る人からは「学校一バスケがうまかった」「サークルのリーダー的存在」「同期の盛り上げ役」という声も上がる。雄大被告の実像とは?

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』有名ニートphaの後継者が抱く“不安と結婚”「好きなことだけして生きていく 後編~伝説のシェアハウス解散~」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月13日の放送は「好きなことだけして生きていく 後編~伝説のシェアハウス解散~」。日本一有名なニート・pha(ファ)が、11年運営してきたシェアハウスを解散したその後の生活と、phaに影響を受けた、新しい働き方を模索する「後継者」が紹介された。

あらすじ

 日本一有名なニート、phaは11年間運営してきたシェアハウスを解散し、猫二匹を連れて一人暮らしを始める。一方で、phaに触発された若き「後継者」として、19歳で東京と京都でシェアハウス運営を行う今井ホツマと、開業資金を極力抑えた喫茶店を夫婦で営む25歳の池田達也の働き方が紹介される。

phaの若き後継者二人が結婚に求めたもの

 phaの意志を継ぐ、今井と池田には共通点がある。まず、ほかの就業経験を持たずに最初から事業を始めていることと、そして今井には東京で一緒に暮らす婚約者がいて、池田は妻と子がいるという、今どきの都市部に暮らす男性にしてはずいぶん結婚が早い点だ。

 結婚の理由として、今井は「 身ぐらいは固めとかないとヤバい。土着していかないといけない。あまり(シェアハウス運営に)振れ過ぎるとエネルギーが高くなってしまう。よりしろ(よりどころ)みたいなものが欲しい」と、池田は「 自分のために働きたくなかった。結婚してだれか人のためなら、家族のためなら苦じゃないなと」と話す。

 二人は一見、反対のことを言っているように見えるが、「不安がある」という点は似ている。そんな二人を見ていると、数年間と割り切って、興味がある方面の会社でまず働いてみたら、少し不安は薄まったのではないかとも思ってしまった。

「旧来型の働き方や生き方はもう無理」という危機感は、若い人の方が身に染みているだろう。しかし、「旧来型」を試さず、いきなり「新しい方」を始めるのでは、比較対象を自分の中に持てないために、将来不安がますます強くなってしまうのではないだろうか。

「新しい働き方」を実践する若い二人は、それで生じた不安を「旧来型の生き方」ともいえる結婚で埋めようとしたともいえる。これは皮肉でも悪口でもない。一人の人間の中に、窮屈だが歴史も長く、実践している人も多い、安心感のある「旧来型のやり方」と、自由だが歴史が浅く実践者も少なく、不安のある「新しいやり方」が混在していて、日々それは変化しているのだろう。そして、今井や池田が早くに結婚したように、どこかが新しく突き抜けている人ほど、案外ほかの分野では保守的になるのかもしれない(ただしphaはそういったところも超越していて、あらためて超人だ)。

 一方、シェアハウスからいったん手を引き、一人暮らしを始めたphaはこう話す。

「 シェアハウス疲れる。年齢的なものもあるかもしれないですね。若いころは劣悪な環境で暮らしてること自体楽しかったりするけれど、だんだんただなんかキツくなってくる。飽きてくるというかしんどくなってくるみたいな」

 若いころの貧乏はまだ楽しめるけど、年いってからの貧乏はしみじみきつい――そんな身も蓋もない現実を、11年シェアハウスを運営してきた40歳のphaが言うと重い。

 しかし若いころ貧乏だった人が、年を取ったらそれなり暮らしは安定するなんて、今の社会ではなかなか思えない。ぜひ、中高年を撮らせれば右に出るものなしの『ザ・ノンフィクション』で、「中高年シェアハウス」をテーマにした番組を放送してほしい。「経済的に困った状況にある人のセーフティーネット」としてだけでもシェアハウスの意義は十分あるが、一方で、シェアハウスが一時の宿り木でなく、そこが「住まい」となっている、もしくはならざるを得ない現実はすでにある。

 「若くもなく、金もないと悲惨だ」という絶望や恐怖は、「若くなく、金もなく、でも暮らせている」という人たちの日々の営みを知ることでしか、薄まらないのではないだろうか。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は『ここがわたしの居場所~海を渡った熱血教師と教え子の涙~』。いま中国で一番人気のある日本語教師・中村紀子49歳。これまでの教え子は約22万人で、インターネットを使ったライブ授業ではパソコンの向こう側に約5千人の生徒がいる。彼女と彼女のもとで働く中国人スタッフの日々を追う。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』日本一有名なニートphaに思う、“こうあるべき”の自縄自縛「好きなことだけして生きていく 前編~元ニートの再々再々出発~」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月6日の放送は「好きなことだけして生きていく 前編~元ニートの再々再々出発~」。日本一有名なニート・pha(ファ)と彼の同居人の日々を見つめる。

あらすじ

 日本一有名なニートのpha。京都大学を卒業後、一般企業に3年勤めるも決まった時間に出社する生活がつらく、退職。2008年にシェアハウス「ギークハウス」を発足する。12年には『ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法 』(技術評論社)を上梓し、現在もシェアハウスで生活する。phaの知人で、京都で会社経営をするひらうがシェアハウス拡大のためのビル建設を提案するが、計画は自然消滅してしまう。またシェアハウスの住民、似非原(えせはら)は、ひらうからカードゲームの開発を依頼され途中までは熱心に仕事をするものの、興味がバーチャルYouTuberに移ってしまい、自然消滅してしまう。番組最後ではphaが40歳を前に、シェアハウス運営をやめて一人暮らしを始めると宣言し、シェアハウスは解散することになる。

穏やかで、高僧のようなphaの気質

 phaたちの生活を見て思ったのは、「人と暮らせる能力」は生涯で支払うコストを大幅に削減できる、楽に生きるためのスーパースキルだということだ。人と暮らすことができれば家賃は大幅に削減できるし、それ以外の食費や光熱費だって割安になる。家賃の高い東京などの都市部なら、人と暮らすことで年間60万円は生活コストを減らすことができるだろう。

 しかし、この「人と暮らす能力」はそう簡単なものではないから、スーパースキルなのだ。シェアハウスはここ10年程度で大幅に普及し、敷居は低くなっているにもかかわらず、一人で暮らす人のほうがまだまだ多いのも「人と暮らすのはストレスだから」が大きいのだろう。私自身、友人とシェア生活をし失敗に終わった経験がある。友人と住む家の両方を失う、ヘビーな体験だった。

 phaや彼のシェアハウスで暮らす似非原などは、番組を見る限り「人と暮らす能力」が高い。皆オタクっぽさがあり、こだわりは強そうなのだが、一方で、こだわりが強い人が持ちがちな「気難しさ」や「怒りっぽさ」を彼らからは感じない。気難しいのも怒りっぽいのも、人と暮らすには不向きな気質だ。特に、phaはそれらをどこかに置いてきたかのように穏やかで、高僧のようですらある。その態度に作った感はなく、無理がない。なんでこんなに、この人は穏やかなのだろうと思ったが、発言にヒントがあった。

 シェアハウス拡大のためのビル建設計画が「なんとなく」とん挫したときも、phaは一切悔しそうだったり、残念そうな表情すら見せず、淡々としていた。「やろうと決めたから石にかじりついてでも、とは?」 と番組スタッフが尋ねるのだが、phaは「ないですね。そういうのをやったら不幸になりますからね。やる気がなくなっているのに、やんなきゃいけないとか、そういう義務感でやると不幸になるので。いやになったらすぐやめるのがいいと思いますね」とまた淡々と答える。

 シェアハウスのメンバーの一員、似非原はカードゲームの開発を手掛けるのだが、興味の対象がバーチャルYouTuberに移ってしまい、カードゲーム開発も「なんとなく」とん挫する。それに対しても、「似非原はそういうところある」とphaをはじめ、シェアハウスの面々は淡々と受け止めていて、「受けた仕事は最後までやるべきだ」が一切ない。「こうあるべき」がないのだ。それがないから「気難しさ」も「怒りっぽさ」もなく、淡々としているのだろう。

 「働きたくない。好きなだけ寝て、好きなことだけして過ごしたい」と自著につづったphaは元祖的存在だと思うが、今「好きなことだけして生きていく」と発言する人が多い。この手の発言をする少なくない人が、普通に働く人を“あくせく働く”“搾取されてる”など、小ばかにした感じ、もしくは言下に匂わせているように思う。

 しかしphaは、「普通に働く」ことをばかにしていない。自分たちはそれができない、とただ受け入れていて、“逆ギレ的な居直り”もなければ“卑屈さ”もない。ありのままなのだ。そんなphaは「(自分も似非原も)自分が楽しくなるのがメインになっているので、それだけだと持続しない。もっと人に評価されたいとか、お金を儲けたいとか、そういうモチベーションがないと続けられないんだな、という気はします」とも話している。

 「こうあるべき」という執着や、評価や金儲けのモチベーションがないphaたちは、それゆえにあっさりといろいろな機会を手放してしまう。シェアハウスを兼ねたビル建設計画も、カードゲーム開発の仕事も、そして、phaは長年続けたシェアハウス運営すらあっさりやめて、一人暮らしに戻るという。

 phaたちの生き方を見て、「こうあるべき」の功罪について思いを巡らせた。「こうあるべき」の自縄自縛で苦しむ人たちには、phaたちのようにそれを手放して楽になるという選択肢が残っている。しかし一方で、「こうあるべき」はよりよく生きたいというエンジンや、頑張りの源にもなり、つまり薬にも毒にもなるのだ。用法用量を守り付き合っていきたい。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の続編。『好きなことだけして生きていく 後編~伝説のシェアハウス解散~』。シェアハウス解散の様子と、その後のphaの生活について。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』中高年の「図太さ」は若者にない武器「母と娘の上京それから物語 ~夢のステージ ある親子の8年~」

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月29日の放送は「母と娘の上京それから物語 ~夢のステージ ある親子の8年~」。舞台女優を目指し上京した娘・渡邊美代子と娘の夢を過剰に応援する母・美奈世のステージを目指す日々。

あらすじ

 舞台女優を目指し高校卒業後長野県から上京した美代子。オーディションを受け続けるも芽が出ず生活に追われる日々が続く。それから3年、22歳になった美代子に母、美奈世は地元のご当地アイドルの仕事を紹介する。しかし美代子は、10歳近く年下の他メンバーとなじめず、結局3か月で辞めてしまう。それからさらに4年後、26歳になった美代子はアルバイト先の先輩と結婚し子どもをもうけていた。家賃が安いからと長野へ戻ることを決め、夢を追うことから「卒業」する。

 一方の母・美奈世は、美代子の夢をサポートしていくうちに、芸能関係の仕事を目指していた少女時代の気持ちが再燃。新しいご当地アイドルユニットの結成を手伝ってほしいという話が舞い込んだ際には、それに奔走、娘・美代子がもともと縁のあった作曲家と意気投合し、番組の最後には作曲家の高円寺のライブで歌を披露するなど、娘に代わり夢を追い続ける。

若者は不安でいっぱい――娘・美代子の場合

 娘、美代子は理想や夢(舞台女優になること)はあるものの、具体的な像(どんな舞台女優になりたい、誰の作品に出たい、舞台女優としての自分の強みとは何かなど)は放送を見る限り今一つ見えず、どこかフワフワとしている。

 さらに、仕事がない状態で母が取ってきた地元・長野のご当地アイドルの仕事も、自分が望んだ仕事でないこともあってか、やる気をあまり感じない。それは、10歳近く年下のメンバーから「気を使われてるのもわかってる」とこぼしたり、長野での仕事が終わると、すぐ東京へ戻る生活からも感じられる。3カ月でアイドルの仕事を辞めた後、スタッフにどうするのか問われても「将来的なことも決めかねているから」 と、またしてもフワフワしている。

 「ビジョンはあるようだが、どうもフワフワしてて現実感がない」「受け身でやる気を感じない」というのは、何も美代子に限らず、むしろ若者はそういうほうがスタンダードなのではないだろうか。

 若者は年長者に比べ経験や実績が乏しい。経験が乏しく「実際の落としどころはこんなもん」というのを会得できていないため、理想は逆に高くなりがちだ。よって若者は「高い理想とさえない現実のギャップ」に苦しみ、不安に駆られやすい。そして不安が強いと失敗することがますます怖くなるので、つい受け身がちになったり、及び腰になって、やる気がないように見えてしまうのではないだろうか。

 結婚して子どもができた美代子は、夢を追っていた日々の焦燥感から解き放たれたのか、イラついた雰囲気がなくなり、フワフワしたことも言わなくなり、地に足のついた落ち着きを見せていた。美代子にとっては、こう生きる方が向いているのだろう。しかし、夢を追っていた日々は無駄ではなかったと思う。「やりたくてやってみたけど、ダメだった」という経験を積むことで、現実の落としどころを知る大人になっていくのだろう。

 若者特有の「不安」は年を取ると案外、解消する。まず、生きていれば自然と場数を踏んでいくので「経験不足で不安に駆られる」場面は減っていく。

 さらに、歳をとれば程度の差はあれ誰しも図太くなっていく。こういった図太さは「老害」と否定的にとられがちだが、一方でそんな中高年の母・美奈世は、図太さの利を生かして、なかなか楽しそうなのだ。

 美奈世はかなり図太い。美奈世は介護職に従事してきたのだが、美代子の活動を間近で応援してきたことで、「(今後は自分も)マネジメントとかプロデュースとか(をやってみたい)」 と抱負をテレビカメラの前でニコニコと臆せずに語る。年を取れば誰しも図太くなるとは言え、ここまで言えるのはかなりのタマだ。

 しかし、実際それでご当地アイドルのグループの結成の仕事に携わることになり、またしても「秋元(康)さんみたいになれるかな」 と微笑む。ためらわずに抱負を言える図太さが、チャンスを引き寄せたのかもしれない。

 結局、新しいアイドルグループの話はメンバーが集まらず白紙となってしまうのだが、しかし、その立ち上げに関する打ち合わせで何度も顔を合わせた作曲家が美奈世を気に入り、ライブへゲストで呼ばれ、生歌まで披露していた。

 作曲家は美奈世のことを「美代子ママは、俺の歌とか結構聞いてらっしゃるじゃないですか」 と話していた。美奈世は仕事相手である作曲家の作品をよく研究し、おそらく、本人に曲の素晴らしさなどを伝えていたのだろう。

 仕事相手にこういったことをやれない、したがらない人は結構多い。恥ずかしかったり、おべっかのように思えて嫌だ、という気持ちからなのかもしれない。もちろん心にもないのに褒める必要はないし、そんなウソは相手にすぐ伝わってしまう。しかし、実際に「良い」と思うのなら、「あなたの作品を買いました、好きです、良かったです」と伝えたほうが、相手も当然、悪い気持ちになるはずもなく、その後つかむチャンスも増えるはずだ。

美奈世は単に図太いだけでなく、そういった細やかさも併せ持った人なのではないかと、この流れを見て思った。

中高年が元気で、若者が暗い理由は「世代的レンズ」の違い?

 私の回りを見ても、口では「疲れた」と言いながら、美奈世のように若年層よりよほどエネルギッシュに各地を飛び回り仕事をする中高年をよく見かける。もちろん個体差はあるが、この世代はそもそも元気な人が多い。これには育った時代の価値観の影響もあるのではないかと思う。

 私はそれら中高年より下、いわゆる「失われた10年」の不景気世代だ。就職で苦労したので、世の中を見る基本的な“レンズ”が「どうせ良くならない」と暗い。「失われた10年」に続く「ゆとり」「さとり」など下の世代も、レンズは暗い人が多いのではないだろうか。

 一方で、中高年層の世の中を見るレンズはそこまで暗くない感じがする。たまたま日本が豊かな時代に、思春期や青年期を送った恵まれた人たちともいえるが、美奈世や、また自分の身の回りのパワフルな中高年は楽しそうに働く人が多いし、そういう人を見ているとつられてこちらも楽しくなってくる。

 よって、「レンズが暗め」世代で、物事を暗く批判的にとらえがちで、それゆえに腰が重くなりがちな人ほど、美奈世の道なき道を突き進む図太く明るい生き方が、案外いいヒントになるのではないかと感じた。

 次週のザ・ノンフィクションは『好きなことだけして生きていく 前編~元ニートの再々再々出発~』。40歳になっても「好きなことだけして生きていく」はできるのか? 日本一有名なニート、京都大学卒のpha(ファ)。彼と仲間の6年を見つめる。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』元受刑者への支援は“甘え”なのか?「半グレをつくった男 ~償いの日々…そして結婚~」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月22日の放送は「半グレをつくった男 ~償いの日々…そして結婚~」。“最凶”の半グレ集団「怒羅権(ドラゴン)」の創設メンバー汪楠(ワン・ナン)は現在受刑者や出所者を支援する活動を行っている。改心のきっかけと活動の日々を追う。

あらすじ

 中国出身の汪、47歳。中国残留日本人だった継母の帰国について来て日本に移り住むも、壮絶な差別やいじめから日本社会への怒り、恨みを募らせ、半グレの元祖となる組織「怒羅権」を結成する。酒席でのトラブルになった相手の腕を日本刀で切り落とすなど凄惨な日々を過ごし、28歳で4度目の逮捕となる。裁判官が汪の愛読書『阿Q正伝』(角川文庫ほか)を読み汪を理解しようとしたことや、服役中に多くの支援者からの手紙が届き改心。現在は受刑者に本を差し入れたり、出所後の元受刑者をサポートする日々を送る。活動の運営資金はギリギリで、また、元受刑者の金の持ち逃げなど裏切りも受けるが、彼を理解する女性と出会い、支援者に囲まれた中で結婚式を挙げる。

裏切られても支援する大変さ

 今回まず驚いたのが「刑務所はエロ本OK」ということだ。汪の活動は年間2,000円を払えば受刑者の希望する本を送るというもので、受刑者の希望書籍のタイトルに「しゃぶり尽くしフェラガール」という、どう考えてもエロ本だろうものがあった。

 刑務所の中では「成人指定」の書籍や雑誌はダメで、せいぜい性描写ががっつりしている小説『ノルウェイの森』(講談社)あたりで妄想するのが刑務所性生活だと、私は思い込んでいた。サイゾーウーマンでも中野瑠美さんが「知られざる女子刑務所ライフ」を連載しているが、“塀の中”はこの情報化社会においても秘境なのだと改めて思う。

 受刑者に本を送る活動資金はギリギリだ。年間2,000円の会費で受刑者に書籍を送るものの、番組内でその支払いができているのは全体の10分の1もいない、と伝えられていた。

 さらに汪は出所後の元受刑者を自宅に住まわせたり、役所での手続きや就職先の紹介など献身的に面倒を見るのだが、そのうちの一人、ワタル(仮名)は、汪の妻が活動のために寄付した50万円のほとんどを持ち逃げしてしまう。

 ワタルは持ち逃げした金で“飛ぶ”わけでもなく、別の出所者、ケンジ(仮名)が暮らす予定だったアパートで勝手に暮らしていた。放送されている中では、ほとんど敷きっぱなしの布団の上でタバコをふかしていて、何をするわけでもない。汪に見つかったあとも、金の持ち逃げに対し一切謝罪せず、やたら饒舌に言い訳をする姿がなんとも見苦しく、腹立たしい。

 半グレ時代の汪は、酒席のトラブルで相手の腕を日本刀で切り落とし、ケンカ相手を横浜ベイブリッジの上から突き落とした荒くれ者だ。このとき、私も含めた視聴者の多くが「汪さん、やっちまえよ」と思ったことだろう。

 しかし汪はワタルに制裁を加えず警察に突き出すこともせず、ただ黙って部屋を出る。そして「(出所後の人を)サポートしたからって、どんだけ本人を助けるか微妙、ガス抜きにしかならないけど。ちょっとした期間延ばすだけでもいいとする」と淡々と話す。この発言からは、立ち直りがたやすいことではないこと、また一方で、それでも立ち直りを支援する活動を続ける汪の、人並外れた使命感や愛情を感じた。

 『ザ・ノンフィクション』では元受刑者や、彼らを支援する人たちがテーマになる回がよくある。2019年4月21日放送の「その後の母の涙と罪と罰」では、薬物売買で逮捕されたタカシ(仮名)は出所後、教会に身を寄せ立ち直ろうとするのだが、挫折し今度は覚せい剤の使用で逮捕されてしまうまでの日々が放送されていた。

 タカシは介護職に就き、最初は頑張ろうとしているが、徐々に勤務先へ行けなくなっていく。確かにふがいないのだが、カタギとしての生活経験がないタカシが、介護職というハードな職に、おそらく時短勤務ではなくフルタイムで入るのは、挫折しやすいのではないかと思ってしまった。

 今回、汪は出所したケンジを知り合いの建設会社の取締役に紹介するが、シフトに融通を利かせるスロースタートを提案していた。そもそも、受刑者たちは「カタギのきっちりした生活」が苦手だったり、できなかったりするから犯罪に手を染めてしまうのであり、汪のやり方は実情に即した、自信の芽を育みやすいやり方に思える。

 こういったスロースタートな支援に「甘えだ」という批判はあるし、実際甘えもあるのだろう。だが、そこで「自己責任だ」と突き放したところで再犯に走ってしまうだけだ。そして、こういった「困った人」たちは、その人固有の性格のだらしなさでそんなふうになっていったというよりは、育った境遇――例えば、家庭の貧困や不和などで「困った人」に育ってしまった、という方が多いのではないだろうか。そして困った人の親も困った人で、その親もまた、という気の遠くなるような連鎖があるのだろう。

 ケンジを従業員として引き受けた汪の知り合いは、汪のことを「神様みたいなもん、すごくいい方、見たことない」と話していたが、番組を見ているとこの言葉は決して大げさではなく聞こえる。汪は人並外れた使命感を持つ、立派な人だ。だからこそ、結婚した妻との出会いが汪からの一目惚れだったというエピソードは、自分の幸せを追求する情熱もあるのだなと、人間らしさを感じさせて、なんだかホッとした。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は「母と娘の上京それから物語 ~夢のステージ ある親子の8年~」。舞台女優を目指し上京した娘・渡邊美代子と娘の夢を過剰なまでに応援し続ける母・美奈世のステージを目指す日々。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

 

『ザ・ノンフィクション』元受刑者への支援は“甘え”なのか?「半グレをつくった男 ~償いの日々…そして結婚~」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月22日の放送は「半グレをつくった男 ~償いの日々…そして結婚~」。“最凶”の半グレ集団「怒羅権(ドラゴン)」の創設メンバー汪楠(ワン・ナン)は現在受刑者や出所者を支援する活動を行っている。改心のきっかけと活動の日々を追う。

あらすじ

 中国出身の汪、47歳。中国残留日本人だった継母の帰国について来て日本に移り住むも、壮絶な差別やいじめから日本社会への怒り、恨みを募らせ、半グレの元祖となる組織「怒羅権」を結成する。酒席でのトラブルになった相手の腕を日本刀で切り落とすなど凄惨な日々を過ごし、28歳で4度目の逮捕となる。裁判官が汪の愛読書『阿Q正伝』(角川文庫ほか)を読み汪を理解しようとしたことや、服役中に多くの支援者からの手紙が届き改心。現在は受刑者に本を差し入れたり、出所後の元受刑者をサポートする日々を送る。活動の運営資金はギリギリで、また、元受刑者の金の持ち逃げなど裏切りも受けるが、彼を理解する女性と出会い、支援者に囲まれた中で結婚式を挙げる。

裏切られても支援する大変さ

 今回まず驚いたのが「刑務所はエロ本OK」ということだ。汪の活動は年間2,000円を払えば受刑者の希望する本を送るというもので、受刑者の希望書籍のタイトルに「しゃぶり尽くしフェラガール」という、どう考えてもエロ本だろうものがあった。

 刑務所の中では「成人指定」の書籍や雑誌はダメで、せいぜい性描写ががっつりしている小説『ノルウェイの森』(講談社)あたりで妄想するのが刑務所性生活だと、私は思い込んでいた。サイゾーウーマンでも中野瑠美さんが「知られざる女子刑務所ライフ」を連載しているが、“塀の中”はこの情報化社会においても秘境なのだと改めて思う。

 受刑者に本を送る活動資金はギリギリだ。年間2,000円の会費で受刑者に書籍を送るものの、番組内でその支払いができているのは全体の10分の1もいない、と伝えられていた。

 さらに汪は出所後の元受刑者を自宅に住まわせたり、役所での手続きや就職先の紹介など献身的に面倒を見るのだが、そのうちの一人、ワタル(仮名)は、汪の妻が活動のために寄付した50万円のほとんどを持ち逃げしてしまう。

 ワタルは持ち逃げした金で“飛ぶ”わけでもなく、別の出所者、ケンジ(仮名)が暮らす予定だったアパートで勝手に暮らしていた。放送されている中では、ほとんど敷きっぱなしの布団の上でタバコをふかしていて、何をするわけでもない。汪に見つかったあとも、金の持ち逃げに対し一切謝罪せず、やたら饒舌に言い訳をする姿がなんとも見苦しく、腹立たしい。

 半グレ時代の汪は、酒席のトラブルで相手の腕を日本刀で切り落とし、ケンカ相手を横浜ベイブリッジの上から突き落とした荒くれ者だ。このとき、私も含めた視聴者の多くが「汪さん、やっちまえよ」と思ったことだろう。

 しかし汪はワタルに制裁を加えず警察に突き出すこともせず、ただ黙って部屋を出る。そして「(出所後の人を)サポートしたからって、どんだけ本人を助けるか微妙、ガス抜きにしかならないけど。ちょっとした期間延ばすだけでもいいとする」と淡々と話す。この発言からは、立ち直りがたやすいことではないこと、また一方で、それでも立ち直りを支援する活動を続ける汪の、人並外れた使命感や愛情を感じた。

 『ザ・ノンフィクション』では元受刑者や、彼らを支援する人たちがテーマになる回がよくある。2019年4月21日放送の「その後の母の涙と罪と罰」では、薬物売買で逮捕されたタカシ(仮名)は出所後、教会に身を寄せ立ち直ろうとするのだが、挫折し今度は覚せい剤の使用で逮捕されてしまうまでの日々が放送されていた。

 タカシは介護職に就き、最初は頑張ろうとしているが、徐々に勤務先へ行けなくなっていく。確かにふがいないのだが、カタギとしての生活経験がないタカシが、介護職というハードな職に、おそらく時短勤務ではなくフルタイムで入るのは、挫折しやすいのではないかと思ってしまった。

 今回、汪は出所したケンジを知り合いの建設会社の取締役に紹介するが、シフトに融通を利かせるスロースタートを提案していた。そもそも、受刑者たちは「カタギのきっちりした生活」が苦手だったり、できなかったりするから犯罪に手を染めてしまうのであり、汪のやり方は実情に即した、自信の芽を育みやすいやり方に思える。

 こういったスロースタートな支援に「甘えだ」という批判はあるし、実際甘えもあるのだろう。だが、そこで「自己責任だ」と突き放したところで再犯に走ってしまうだけだ。そして、こういった「困った人」たちは、その人固有の性格のだらしなさでそんなふうになっていったというよりは、育った境遇――例えば、家庭の貧困や不和などで「困った人」に育ってしまった、という方が多いのではないだろうか。そして困った人の親も困った人で、その親もまた、という気の遠くなるような連鎖があるのだろう。

 ケンジを従業員として引き受けた汪の知り合いは、汪のことを「神様みたいなもん、すごくいい方、見たことない」と話していたが、番組を見ているとこの言葉は決して大げさではなく聞こえる。汪は人並外れた使命感を持つ、立派な人だ。だからこそ、結婚した妻との出会いが汪からの一目惚れだったというエピソードは、自分の幸せを追求する情熱もあるのだなと、人間らしさを感じさせて、なんだかホッとした。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は「母と娘の上京それから物語 ~夢のステージ ある親子の8年~」。舞台女優を目指し上京した娘・渡邊美代子と娘の夢を過剰なまでに応援し続ける母・美奈世のステージを目指す日々。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

 

『ザ・ノンフィクション』ひたすらに淡々と“薄情”、誰にもできない仕事「レンタルなんもしない人」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月15日の放送は「なんもしないボクを貸し出します ~『レンタルなんもしない人』の夏~」。「何でもする」便利屋とは真逆の「何もしない」を仕事にしている「レンタルなんもしない人」。彼は何者で、また、彼に来る依頼とはどのようなものなのか。

あらすじ

 フォロワー約23万人の「レンタルなんもしない人」こと森本祥司、35歳(以下、レンタルさん)。彼のTwitterのプロフィールにはこうある。

「なんもしない人(ぼく)を貸し出します。国分寺駅からの交通費と飲食代等の諸経費だけ(かかれば)ご負担いただきます。飲み食いと、ごくかんたんなうけこたえ以外、なんもできかねます」

 レンタルさんには番組内だけでも、「掃除をついついさぼってしまうので、部屋の掃除をする間、家にいてほしい」「愛想笑いするクセを直したく真顔で話す練習台になってほしい」「最近うまくいっていない彼氏と会うとまた喧嘩しそうなので、今日は一緒に過ごしてほしい」「自分の見た夢の話を聞いてほしい」「自分から体臭がにおっていないか確認してほしい」などの依頼が寄せられる。

レンタルさんの収入を推測

 「レンタルなんもしない人」の事業は基本、交通費や飲食代など、実費のみの支払いになる。中には「おふせ」と書いた銀行封筒に2,000円を入れ、レンタルさんに渡していた人もいたが、皆がそうしてくれるとは限らないだろう。

 果たして、レンタルさんはどう金銭を得ているのか? 番組内では、貯金を切り崩しながら、イラストの仕事をしている妻の稼ぎで生活している、とナレーションで触れていた。一方でレンタルさんは本を出版しており、印税収入があることも紹介された。

 ここではいやらしくレンタルさんの印税額を推測してみたい。まず、「本を出せば儲かる」自体は大きな誤解だ。世の中の9割の本は初回の印刷部数もさばけず売れ残る。このような状況ではさっぱり儲からない。しかし、レンタルさんのTwitterを見ると、出版した3冊の本のうち1冊が発売3日で3刷(1回の印刷じゃ売れに売れて追い付かず、3回刷った)と紹介されていた。

 なお、印税率10%(※)の本体価格1,000円の本が1万冊売れたら、著者には1,000円×10%×10,000冊=100万円が入る。3日で3刷にもなった本なら1万冊は刷っているはずだ。これが10倍、10万冊売れれば印税も1000万円だ。ただし、「漫画以外の本が10万冊売れる」ことは激レアと言っていいだろう。

 印税が著者に入るのは出版社によって異なり、結構先になるケースもある。Amazonを見る限りレンタルさんの本はすべて今年の4月以降から出されているため、「貯金を切り崩しながら妻のイラストの仕事で食べている」も事実なのだろうが、印税が今まさに入ろうとしているのも事実だろう。

 こうして計算してみたのは「レンタルさん、ああ見えて稼いでやがるぜ」という揶揄の意味ではまったくない。直接の利用者から金を取らずしても稼げるのはすごいことだ。これが「レンタルさん」を認定資格制度にして、半年通う週1のスクールを開講し、月額制のオンラインサロンを開いて、ノウハウをnoteの有料記事で公開して……みたいなことにしたら、一気にフォロワーが離れてしまうだろう。そういう“生臭み”“いやらしさ”がないからウケているのだ。

 ※ちなみに印税率10%は「いい方」だが、フォロワー23万人というレンタルさんの宣伝力を見越し、10%で推測してみた。なお、印刷や流通のコストを抑えられる電子書籍の印税率はもっと高い。

 フォロワー23万人という、ネット界の有名人。やっていることはそこにいるだけであり、資格や経歴は不要――そんなレンタルさんを見て、「よし俺も」「私も」という2匹目以降のどじょうを狙う第2、第3のレンタルさんも今Twitter上に多数いると番組で紹介されていた。

番組内でレンタルさんをレンタルし、自分の夢日記をレンタルさんに読ませた26歳女性「よもぎ」も自身を「レンタル話を聞く人」として売り出し中だ。ただ、よもぎをレンタルした男性客は「頭にゴミがついてるよ」と、よもぎの髪に触れてみせた。あくまで私個人は、そこに男性客の「触れたい」という意図を感じてしまった。若い女性が男性相手に「レンタルさん」的仕事をすると、大なり小なりこの要素はつきまといそうだ。

 本家のレンタルさんは35歳の男性。中年太りと無縁の、すらっと細身で、清潔感のある青年だ。35という年齢もいい。25歳の男性なら、まだ自然に活力がほとばしるので「何もしない」仕事内容とマッチしないし、またこれがもっと年齢が上になると、容貌的にはどうしても衰えるだろうし、利用者側が気軽に呼べなかったり、気を使って楽しくなくなってしまうだろう。

 またレンタルさんの希少性は、とにかく“雰囲気”だ。男性がつい陥りがちな「俺は俺は」のアクや押しの強さはなく、一方、そうではない男性が抱く「どうせ俺なんて」といういじけた感じもない。レンタルさんはフラットなのだ。その平坦さと、なにもしないというサービスが合致しているように思う。

 しかし、番組が進むほどレンタルさんは意外と野心の人であることがわかってくる。レンタルさんは「それを売りにしたくないが、たぶん(自分は)発達障害なんだと思う」 と話しており、大阪大学大学院卒と勉強はできたが文化祭などの行事はさっぱり役に立たず、その後就職しても職を転々とする。みんなができる普通のことが自分にはできなかったという強いコンプレックスを抱えていて、コピーライターや構成作家の塾に通ったりと模索を続ける。妻に出した昔の手紙では「絶対世に出たいですね」と切実な思いを綴っている。

感情や野心が見えず、ひたすらに淡々と薄情

 レンタルさんの不思議なところは、そのかなりギラギラとした野心が見た目や雰囲気に驚くほど出ないところだ。見た目に野心が出ていたら、女性は「家で掃除する様子を見ていてほしい」なんて気軽に自宅に呼べないだろう。また、番組で見る限りレンタルさんが「うんざりしてそう」「退屈そう」な様子は見えなかったし、一方で「前のめり」な様子も一切なかった。「見た夢の話を延々と聞かされる」という地獄のような依頼すら淡々と受けていた。

 さらに、レンタルさんはレンタルなんもしない人の仕事が軌道に乗り「世に出る」ことに成功すると、家庭よりも仕事を優先したいと、妻と幼い子どものいる家から“淡々と”出ていってしまう。この薄情な行いは、自身のイメージを損なう大打撃のようにも思えるが、一方でそれを隠さずTwitterでつぶやき、それでも依頼は途絶えない。「薄情なことをしている自覚はあるが、それが何か?」という居直りではなく、ただ淡々と薄情なのだ。これはなかなかできることではない。

 レンタルさんは今、「自分の自然な状態」と「職業」が合致していて、さらにそれが受け入れられているというとんでもなく幸福な状況だ。まさに天職だが、レンタルさんの見た目の小ぎれいさと、“淡々と”を貫ける独特な考え方に依るところが大きい。やっていることは何もしないことと簡単そうに見えて、なかなかこれはほかの人には真似できないだろう。

 次回のザ・ノンフィクションは『半グレをつくった男 ~償いの日々…そして結婚~』。最凶の半グレ集団「怒羅権(ドラゴン)」の創設メンバー汪楠(ワン・ナン)は現在受刑者や出所者を支援する活動を行っている。改心のきっかけと活動の日々を追う。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』ひたすらに淡々と“薄情”、誰にもできない仕事「レンタルなんもしない人」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月15日の放送は「なんもしないボクを貸し出します ~『レンタルなんもしない人』の夏~」。「何でもする」便利屋とは真逆の「何もしない」を仕事にしている「レンタルなんもしない人」。彼は何者で、また、彼に来る依頼とはどのようなものなのか。

あらすじ

 フォロワー約23万人の「レンタルなんもしない人」こと森本祥司、35歳(以下、レンタルさん)。彼のTwitterのプロフィールにはこうある。

「なんもしない人(ぼく)を貸し出します。国分寺駅からの交通費と飲食代等の諸経費だけ(かかれば)ご負担いただきます。飲み食いと、ごくかんたんなうけこたえ以外、なんもできかねます」

 レンタルさんには番組内だけでも、「掃除をついついさぼってしまうので、部屋の掃除をする間、家にいてほしい」「愛想笑いするクセを直したく真顔で話す練習台になってほしい」「最近うまくいっていない彼氏と会うとまた喧嘩しそうなので、今日は一緒に過ごしてほしい」「自分の見た夢の話を聞いてほしい」「自分から体臭がにおっていないか確認してほしい」などの依頼が寄せられる。

レンタルさんの収入を推測

 「レンタルなんもしない人」の事業は基本、交通費や飲食代など、実費のみの支払いになる。中には「おふせ」と書いた銀行封筒に2,000円を入れ、レンタルさんに渡していた人もいたが、皆がそうしてくれるとは限らないだろう。

 果たして、レンタルさんはどう金銭を得ているのか? 番組内では、貯金を切り崩しながら、イラストの仕事をしている妻の稼ぎで生活している、とナレーションで触れていた。一方でレンタルさんは本を出版しており、印税収入があることも紹介された。

 ここではいやらしくレンタルさんの印税額を推測してみたい。まず、「本を出せば儲かる」自体は大きな誤解だ。世の中の9割の本は初回の印刷部数もさばけず売れ残る。このような状況ではさっぱり儲からない。しかし、レンタルさんのTwitterを見ると、出版した3冊の本のうち1冊が発売3日で3刷(1回の印刷じゃ売れに売れて追い付かず、3回刷った)と紹介されていた。

 なお、印税率10%(※)の本体価格1,000円の本が1万冊売れたら、著者には1,000円×10%×10,000冊=100万円が入る。3日で3刷にもなった本なら1万冊は刷っているはずだ。これが10倍、10万冊売れれば印税も1000万円だ。ただし、「漫画以外の本が10万冊売れる」ことは激レアと言っていいだろう。

 印税が著者に入るのは出版社によって異なり、結構先になるケースもある。Amazonを見る限りレンタルさんの本はすべて今年の4月以降から出されているため、「貯金を切り崩しながら妻のイラストの仕事で食べている」も事実なのだろうが、印税が今まさに入ろうとしているのも事実だろう。

 こうして計算してみたのは「レンタルさん、ああ見えて稼いでやがるぜ」という揶揄の意味ではまったくない。直接の利用者から金を取らずしても稼げるのはすごいことだ。これが「レンタルさん」を認定資格制度にして、半年通う週1のスクールを開講し、月額制のオンラインサロンを開いて、ノウハウをnoteの有料記事で公開して……みたいなことにしたら、一気にフォロワーが離れてしまうだろう。そういう“生臭み”“いやらしさ”がないからウケているのだ。

 ※ちなみに印税率10%は「いい方」だが、フォロワー23万人というレンタルさんの宣伝力を見越し、10%で推測してみた。なお、印刷や流通のコストを抑えられる電子書籍の印税率はもっと高い。

 フォロワー23万人という、ネット界の有名人。やっていることはそこにいるだけであり、資格や経歴は不要――そんなレンタルさんを見て、「よし俺も」「私も」という2匹目以降のどじょうを狙う第2、第3のレンタルさんも今Twitter上に多数いると番組で紹介されていた。

番組内でレンタルさんをレンタルし、自分の夢日記をレンタルさんに読ませた26歳女性「よもぎ」も自身を「レンタル話を聞く人」として売り出し中だ。ただ、よもぎをレンタルした男性客は「頭にゴミがついてるよ」と、よもぎの髪に触れてみせた。あくまで私個人は、そこに男性客の「触れたい」という意図を感じてしまった。若い女性が男性相手に「レンタルさん」的仕事をすると、大なり小なりこの要素はつきまといそうだ。

 本家のレンタルさんは35歳の男性。中年太りと無縁の、すらっと細身で、清潔感のある青年だ。35という年齢もいい。25歳の男性なら、まだ自然に活力がほとばしるので「何もしない」仕事内容とマッチしないし、またこれがもっと年齢が上になると、容貌的にはどうしても衰えるだろうし、利用者側が気軽に呼べなかったり、気を使って楽しくなくなってしまうだろう。

 またレンタルさんの希少性は、とにかく“雰囲気”だ。男性がつい陥りがちな「俺は俺は」のアクや押しの強さはなく、一方、そうではない男性が抱く「どうせ俺なんて」といういじけた感じもない。レンタルさんはフラットなのだ。その平坦さと、なにもしないというサービスが合致しているように思う。

 しかし、番組が進むほどレンタルさんは意外と野心の人であることがわかってくる。レンタルさんは「それを売りにしたくないが、たぶん(自分は)発達障害なんだと思う」 と話しており、大阪大学大学院卒と勉強はできたが文化祭などの行事はさっぱり役に立たず、その後就職しても職を転々とする。みんなができる普通のことが自分にはできなかったという強いコンプレックスを抱えていて、コピーライターや構成作家の塾に通ったりと模索を続ける。妻に出した昔の手紙では「絶対世に出たいですね」と切実な思いを綴っている。

感情や野心が見えず、ひたすらに淡々と薄情

 レンタルさんの不思議なところは、そのかなりギラギラとした野心が見た目や雰囲気に驚くほど出ないところだ。見た目に野心が出ていたら、女性は「家で掃除する様子を見ていてほしい」なんて気軽に自宅に呼べないだろう。また、番組で見る限りレンタルさんが「うんざりしてそう」「退屈そう」な様子は見えなかったし、一方で「前のめり」な様子も一切なかった。「見た夢の話を延々と聞かされる」という地獄のような依頼すら淡々と受けていた。

 さらに、レンタルさんはレンタルなんもしない人の仕事が軌道に乗り「世に出る」ことに成功すると、家庭よりも仕事を優先したいと、妻と幼い子どものいる家から“淡々と”出ていってしまう。この薄情な行いは、自身のイメージを損なう大打撃のようにも思えるが、一方でそれを隠さずTwitterでつぶやき、それでも依頼は途絶えない。「薄情なことをしている自覚はあるが、それが何か?」という居直りではなく、ただ淡々と薄情なのだ。これはなかなかできることではない。

 レンタルさんは今、「自分の自然な状態」と「職業」が合致していて、さらにそれが受け入れられているというとんでもなく幸福な状況だ。まさに天職だが、レンタルさんの見た目の小ぎれいさと、“淡々と”を貫ける独特な考え方に依るところが大きい。やっていることは何もしないことと簡単そうに見えて、なかなかこれはほかの人には真似できないだろう。

 次回のザ・ノンフィクションは『半グレをつくった男 ~償いの日々…そして結婚~』。最凶の半グレ集団「怒羅権(ドラゴン)」の創設メンバー汪楠(ワン・ナン)は現在受刑者や出所者を支援する活動を行っている。改心のきっかけと活動の日々を追う。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』アジア系ハーフをめぐる日本的な“序列”「フィリピンパブ嬢の母とボク」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月1日の放送は「母さん 帰ってきてほしいんだ~フィリピンパブ嬢の母とボク~」フィリピンパブで働く女性と、その客であった日本人男性の間に生まれた青年二人による漫才コンビ「ぱろぱろ」。同じ境遇の2人が抱えるそれぞれの家族の問題を追った。

あらすじ

 フィリピンパブで働く女性とその日本人客の間に生まれた青年2人が結成した、漫才コンビ「ぱろぱろ」。同じ境遇の2人、和田昭也と大久保健は吉本興業所属で同期の売れっ子にはガンバレルーヤがいる。昭也の両親は仲が悪く、母親は9年前に家を出てしまったが、また家族が一緒に暮らせるよう昭也は両親の仲をなんとか取り持とうとする。一方、ぱろぱろのネタ担当の健は、ネタがフィリピンをバカにしたような内容だと母親から指摘される。番組最後で流れたぱろぱろの単独ライブでは、ネタに改善も見られ、2人の母親も舞台を楽しんでいた。

喧嘩が絶えない両親を、昭也が取り持とうとする理由

 昭也は別居している両親の仲をあれこれ取り持とうとする。父親は清々しいまでの“パチンカス”であり、母親が父親のだらしなさを罵る構図は子どもの頃から変わらない。母親は、このまま父親といたら殺しかねないから家を出たのだと昭也に告げる。そう聞いていながら両親を引き合わせようとするのは、母親の訴えをどこか軽視しているともいえるだろう。家を出て9年たっても怒りが風化していないのだから、もうそっとしておいてあげればいいのにと思った。

 なぜ昭也は、そうまでして「家族一緒に仲良く」にこだわるのだろう。制作側が、番組の盛り上がりを求めて家族関係に触れるよう、昭也に持ち掛けたのかもしれないが、もし本人が「家族一緒に仲良く」を本気で望んでいるとしたら、それはフィリピンの価値観によるものが大きいように思う。

 私は昨年、フィリピンに短期間の語学留学へ行った。語学学校の先生は20代の独身女性が中心だったが、週末の休みに何をするのか聞くと、かなり多くが「実家に帰って家族に会う」と答えた。日本人の独身20代女性に聞いたところで、なかなかこの回答はないだろう。学校はセブ島にあったが、セブには電車がないため交通渋滞がえげつない。それでもバスを乗り継ぎ、何時間もかけ実家に帰り、親や兄弟と過ごしたいというのだ。フィリピンパブで働く女性たちが実家の家族に健気なまでに送金するのも、この「家族愛」という価値観がベースにあるのだろう。そして昭也も健気に両親の仲を取り持とうとするのだ。

 しかし、昭也の母親は家から出て行ってしまっているので、当たり前だが「家族愛」にも個人で濃淡があるだろう。それでも、昭也の母親は子どものそばに親がいることは大事だと話し、帰国しないのも昭也のことを思ってだと言っていた。こうした考えに触れていれば、家族愛が強まっていくのも当然かもしれない。

 一方の健の両親は仲が良く、昭也が抱えているような問題は見えない。しかし健はフィリピンパブで働く母親と、ハーフである自分にコンプレックスを抱えている。一方で高校のときにハーフであることを学校でからかわれたのをギャグで返し教室がどっと沸いたのがお笑いの道を志したきっかけにもなっている。健にとってフィリピンのハーフであることはコンプレックスでありながらも、エンジンにもなっているのだ。

 ただ、健がネタを考える「ぱろぱろ」のフィリピンネタは、健の母親が「(フィリピンを)どっかでバカにしてるなぁという気持ちはありますけどね」 と浮かない顔で話すようなものが多く、健にその思いも伝えていた。

 番組の最後に流れた単独ライブでは「フィリピンを笑いのネタにするのではなくフィリピン人である母と自分の思い出を笑いに変えていました 」とナレーションされており、母親の訴えを受けて何かしらの改善はされていたと思われるが、放送されていたネタの一部は「やーいやーい、お前の母ちゃんフィリピン人」「お前もだろ」 というやりとりで、そこを見る限り「バカにする」視点はさほどなくなっていないように見える。

 しかし、「ハーフ」をネタに日本で笑いを取るならどうしたらいいのだろう。思い浮かぶのはアメリカ、フランスのハーフが、ステレオタイプ的な国民性(アメリカ=ヒーローやリーダー願望、フランス=“おフランス”的な気取った感じ)をネタにする、というものだ。しかし、これの「アジア版」はかなりのハードルを感じる。「お前声でかいわ!」「○○人ですから~」は炎上必至だ。

 アジアをネタにしづらい理由として、欧米より距離が近く、日本と歴史的しがらみを抱えているというのもあるが、ほかにも少なくない日本人が21世紀の今でも「脱亜入欧魂」を抱えているのもあるのではないか。欧米人のハーフならカッコいいけど、アジア人のハーフは……という暗黙の序列に引っ張られているから、健の同級生は教室でからかったのだろう。そして当人である健も、その序列に縛られている。そして「そういうネタで笑うのは失礼だ」と“良識的に”思う人とて、どこかで縛られている。

「そういう日本人の序列って笑えるよね」と漫才で表現できたら、潜在的な差別意識を説教臭くなく指摘する快挙だと思うが、それを毒蝮三太夫の高齢者いじりが如く「ただただ爆笑してしまう」に昇華させるには、想像を絶するようなスキルやセンスがいるだろう。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂