『ザ・ノンフィクション』思い出がもたらす生きる力「父を殺した母へ あれからの日々~無理心中から17年目の旅~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月22日の放送は「父を殺した母へ あれからの日々~無理心中から17年目の旅~」。同作は北米最大級のメディアコンクール「ニューヨーク・フェスティバル2019」のドキュメンタリー・人物・伝記部門で銅賞を受賞。今回の『ザ・ノンフィクション』では受賞作品を再編集した「特別編」が放送された。

あらすじ

 前田勝は台湾人の父と韓国人の母、ヒュンスクとの間に生まれる。両親の離婚の後、母が日本に出稼ぎに行ったことから、韓国で親戚の間をたらい回しにされ幼少期を過ごす。その後、父と台湾で暮らすが13歳の時に母の再婚に伴い呼びよせられる形で、日本で暮らし始める。しかし勝が高校を卒業した直後、浮気をしていた勝の継父をヒュンスクは撲殺し直後に投身自殺、無理心中を図る。勝は喪失感の中、大学を中退。仕事を転々とし、現在はアルバイトをしながら自分の母親の事件をテーマとした舞台に、勝が「自分役」として出演している。

自分を棄てた母親を憎んでいた勝だったが、韓国の親戚、台湾にいる実父に会い、母の思い出を話すことで前向きに生きる力を取り戻していく。

「里帰り」の効能とは

 勝の母、ヒュンスクはきっと「とんでもなくパワフル」な人だったのだろうと思う。勝の実父や、韓国の親戚たちが「男っぽい」「情熱的」と懐かしんだヒュンスクの性格は、近くにいたら疲れる人ともいえそうだ。心中事件を起こし子どもの心に傷を植え付けないわけがない。離婚という選択肢もある中で、自分の憎しみを優先させたヒュンスクはとても自分勝手な人だと思う。

 番組は、勝がヒュンスクから自分が愛されていた事実を知り、生きる力を取り戻していく、という構成になっていたものの、一視聴者の私の心には、ヒュンスクの勝手さは、引っかかり続けた。ヒュンスクが勝を韓国に置いて日本に出稼ぎしていたのは、勝の大学進学を願っていたから、とあったが、「勝が大学に進学したい」ではなく「勝を大学に進学させたい」というヒュンスクの希望だ。置き去りにされ、親戚間でたらい回しにされた勝の韓国の幼年時代は、いまだ暗い影を落としている。ヒュンスクの愛情は自分本位だったように思えてならない。

 また、ヒュンスクだけでなく、韓国のヒュンスクの親戚も台湾の父親にも違和感を覚えた。幼少期の勝をないがしろにした親戚は、会いに来た勝に「許してほしい」と酒席の一言だけで、過去を水に流そうとしていた。父親は、ヒュンスクが亡くなってからも勝に連絡することはなく、勝が会いに行った際には、「ヒュンスクが夢の中で自分に会いに来てくれた」という話を最後に通訳へ残して去った。通訳ナシでも会話ができる2人なのに、通訳をわざわざ介して伝えるのは、なぜだろうか。「ちょっといい話」を、もったいぶった素振りで披露し、それで話をまとめようとしているように見えた。

 しかし何より勝自身が、自分の縁者に会うことで生きていく力が得られたのならば、これでよかったのだとも思う。事件以降、勝は心中事件を舞台にし、勝が自分役で出演するといった大胆な公開を続ける一方で、韓国にも台湾にも「帰省」をしていなかった。自分の心の中でだけ“発酵”してきて、舞台で演じても演じても消化しきれないどころか、かえって膨らむどうしようもない母への思いを、里帰りをして、親類縁者の話を聞き、かつて過ごした町を見ることでガス抜きができ、それで前に進む力を得たのではないかと思えた。

 勝にとって、親類縁者に会うことだけでなく「かつて自分の暮らした町や家を見ること」自体が果たした役割も大きいように思う。勝は台湾でかつて暮らした家を探すとき、途中まではスマホの地図アプリを頼って半信半疑で町を歩いていたものの、一つ道を曲がって、見覚えのある道や果物屋が見えた途端、表情がぱっと明るくなった。幼少期を過ごした韓国の家も、外壁は変わっていたものの記憶がよみがえり、近くの海で遊んだことも次々に思い出していて、その表情も明るかった。「親族をたらい回しにされ、ないがしろにされた韓国時代」も事実だったのだろうが、それ以外の幸福な記憶もよみがえったことで、過去の色合いが変わったのだろう。

 私は引っ越しが好きだ。引っ越し魔といえるほど転々としているが、それで得られる財産というと、思い出のある町がたくさんできたことだ。旅行した町を再訪し「前にもこの道を通った、この電車に乗った」と思い出すことはうれしいもので、それがかつて住んでいた町となると格別だ。当時よく行っていたスーパーやファストフード店が相変わらずそこにあることだけでうれしくなり、気分が上がるのだ。勝ほど壮絶な過去がなくても、思い出は、思いがけないほどに自分を支えている。

『ザ・ノンフィクション』同い年の女性と結婚したくない中年男性の“無自覚”『結婚したい男と女 ~婚活クルーズ それから~』

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月15日の放送は「結婚したい男と女 ~婚活クルーズ それから~」。結婚相談所「ノッツェ」が開催する婚活クルーズは、『ザ・ノンフィクション』の人気シリーズの一つだ。今回は、中年男性二人の奮闘や、前回参加者のその後を追う。

前回の「婚活クルーズ」記事はこちら

あらすじ

 今回の主人公は男性二人。一人は秋本智仁、43歳。 不動産屋のアルバイトをしつつお笑い芸人として活動を続けている。かつて彼女と同棲していたものの、自身の収入面の不安から結婚には踏み切れなかった。周囲も結婚しだし、寂しさから婚活クルーズへの参加を決意する。

 二人目の主人公は村瀬裕二、51歳。 地元の工場に30年勤務する、手堅い「いい人」だが、40歳をすぎて真剣に婚活を始めたところ、交際相手の親に反対されるといった壁が立ちふさがった。婚活クルーズへの参加は4回目となるベテランで、本人も「背水の陣」と語る。二人とも紆余曲折の末、告白した女性から「お友達から」ながらもカップル成立となる。

男40歳「そろそろ結婚しようかな、28歳の女の子と」

 主人公・智仁、裕二のほかに、今回はもうひとりの男性が登場した。過去に同クルーズへ参加した舞台役者・賢茂エイジ、45歳だ 。この三人の結婚観には共通点がある。そしてそれは、都市部で暮らす男性にとってスタンダードなものにも思える。

 その結婚観とは、かなり底意地の悪い感じで言ってしまうと、「30代は気楽に自由に生きたいし、結婚なんて考えられなかったけど、40歳になったし、人目も気になるし寂しくなってきたから、そろそろ結婚したい。28歳の女の子と」となる。というのも、三人とも、自分と同い年の女性は眼中にないらしく、告白相手の年齢は自身よりかなり年下だった(裕二のお相手女性の年齢は表示されていなかったが、見た限りは裕二よりかなり若いように見えた)。

 断っておくが、この三人の男性たちは悪人ではなく感じはいい。番組を見る限り、参加していた中高年の女性参加者に対して差別的な反応をしていたわけでは決してない。なのだが、「自分と同世代の女性」は選択肢としてそもそもすっぽり抜けている、視界にハナから入っていない感じがする。

 この婚活クルーズは女性側の費用は1万円 ほどだが、男性側の費用は16.8万円から。 「高い金払ったんだから若い子に行かせてよ」という気持ちは重々理解できる。だが、若い女性とて、中高年男性と付き合うならば、自分の若さを差し出す分の見返りがほしいところだろう。

 今回ナレーションを務めたのは、女優の剛力彩芽。その元カレ・前澤友作氏は以前、紗栄子とも付き合っていたが、前澤氏は資産家であるため「金=女性の若さと美しさ」という等価交換が成り立っているように思う。しかし、金があるわけでもない中高年男性は、自分の何が等価交換できると思っているのだろう。まさか、「大人の人間性で勝負」とでも思っているのだろうか。

 繰り返しになるが、今回の主人公二人もエイジも皆悪い人ではない。そんな「普通の男性」とて「同い年の女性はそもそも視界に入らない」という無自覚な高望みがある。おじさんである自分を棚に上げていて、さらに、そのことに気がついていない。これは非婚社会が進むなと思った。

 過去に同クルーズに参加し、カップルが成立した人々も今回登場した。このクルーズで披露宴を挙げたのだ。そこには前回のクルーズで、通常は男性による告白タイム中に、あえて女性側から「初日からいろいろな話をして将来のことも話した。これからも歩んでいけたら」「結婚を前提にお付き合いさせていただきたい」と力強く告白し、見事カップル成就となったサヨの姿もあった。

 しかしカップルが成立しても、その後成婚に至らないカップルも当然いる。年下の女性とのカップルが成立したエイジは、その後、舞い上がってしまったのだろうか。彼女から、LINEで「一回り年下に浮かれてないで、芸磨くなり、働くなり、営業するなりしてください。一生懸命さがいいなと思ったのに」 と手厳しい指摘を受け、そのまま振られる形で終わってしまっていた。

 エイジや、そして智仁のクルーズ参加理由は「年も年だし、寂しいし……」といった、自分の都合によるものだ。サヨの「これからも歩んでいけたら」という、この人と二人でやっていこうという意志を見ていてあまり感じなかった。

 一方、裕二は結婚したいという強い意志を感じる。しかし、クルーズ中に疲れたのか酔っ払ったのか、椅子にぐったりと腰掛けている姿は“終電で寝過ごし高尾駅まで行ってしまったサラリーマン”といった趣で、旅をしながら一日中一緒に過ごすという体力勝負のクルーズは、51歳にはそもそも合っていない気がした。普通のお見合いではなく、クルーズを選ぶというセンスがズレているように思う。

 裕二のズレはそれだけでない。告白時に男性は女性にプレゼントを用意するが、ほかの人がぬいぐるみなど手頃なものを選んでいる中、裕二は6万円のダイヤのネックレスを持参し、「それは重すぎる」とスタッフに止められていた。裕二のような「いい人なんだけど……」タイプは、こうした“ズレ”を醸していることが多い。やる気はあるのに、方向がズレているのだ。智仁も裕二もカップル成立となったとはいえ、先行きは大丈夫だろうかと他人事ながら心配だ。

『ザ・ノンフィクション』同い年の女性と結婚したくない中年男性の“無自覚”『結婚したい男と女 ~婚活クルーズ それから~』

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月15日の放送は「結婚したい男と女 ~婚活クルーズ それから~」。結婚相談所「ノッツェ」が開催する婚活クルーズは、『ザ・ノンフィクション』の人気シリーズの一つだ。今回は、中年男性二人の奮闘や、前回参加者のその後を追う。

前回の「婚活クルーズ」記事はこちら

あらすじ

 今回の主人公は男性二人。一人は秋本智仁、43歳。 不動産屋のアルバイトをしつつお笑い芸人として活動を続けている。かつて彼女と同棲していたものの、自身の収入面の不安から結婚には踏み切れなかった。周囲も結婚しだし、寂しさから婚活クルーズへの参加を決意する。

 二人目の主人公は村瀬裕二、51歳。 地元の工場に30年勤務する、手堅い「いい人」だが、40歳をすぎて真剣に婚活を始めたところ、交際相手の親に反対されるといった壁が立ちふさがった。婚活クルーズへの参加は4回目となるベテランで、本人も「背水の陣」と語る。二人とも紆余曲折の末、告白した女性から「お友達から」ながらもカップル成立となる。

男40歳「そろそろ結婚しようかな、28歳の女の子と」

 主人公・智仁、裕二のほかに、今回はもうひとりの男性が登場した。過去に同クルーズへ参加した舞台役者・賢茂エイジ、45歳だ 。この三人の結婚観には共通点がある。そしてそれは、都市部で暮らす男性にとってスタンダードなものにも思える。

 その結婚観とは、かなり底意地の悪い感じで言ってしまうと、「30代は気楽に自由に生きたいし、結婚なんて考えられなかったけど、40歳になったし、人目も気になるし寂しくなってきたから、そろそろ結婚したい。28歳の女の子と」となる。というのも、三人とも、自分と同い年の女性は眼中にないらしく、告白相手の年齢は自身よりかなり年下だった(裕二のお相手女性の年齢は表示されていなかったが、見た限りは裕二よりかなり若いように見えた)。

 断っておくが、この三人の男性たちは悪人ではなく感じはいい。番組を見る限り、参加していた中高年の女性参加者に対して差別的な反応をしていたわけでは決してない。なのだが、「自分と同世代の女性」は選択肢としてそもそもすっぽり抜けている、視界にハナから入っていない感じがする。

 この婚活クルーズは女性側の費用は1万円 ほどだが、男性側の費用は16.8万円から。 「高い金払ったんだから若い子に行かせてよ」という気持ちは重々理解できる。だが、若い女性とて、中高年男性と付き合うならば、自分の若さを差し出す分の見返りがほしいところだろう。

 今回ナレーションを務めたのは、女優の剛力彩芽。その元カレ・前澤友作氏は以前、紗栄子とも付き合っていたが、前澤氏は資産家であるため「金=女性の若さと美しさ」という等価交換が成り立っているように思う。しかし、金があるわけでもない中高年男性は、自分の何が等価交換できると思っているのだろう。まさか、「大人の人間性で勝負」とでも思っているのだろうか。

 繰り返しになるが、今回の主人公二人もエイジも皆悪い人ではない。そんな「普通の男性」とて「同い年の女性はそもそも視界に入らない」という無自覚な高望みがある。おじさんである自分を棚に上げていて、さらに、そのことに気がついていない。これは非婚社会が進むなと思った。

 過去に同クルーズに参加し、カップルが成立した人々も今回登場した。このクルーズで披露宴を挙げたのだ。そこには前回のクルーズで、通常は男性による告白タイム中に、あえて女性側から「初日からいろいろな話をして将来のことも話した。これからも歩んでいけたら」「結婚を前提にお付き合いさせていただきたい」と力強く告白し、見事カップル成就となったサヨの姿もあった。

 しかしカップルが成立しても、その後成婚に至らないカップルも当然いる。年下の女性とのカップルが成立したエイジは、その後、舞い上がってしまったのだろうか。彼女から、LINEで「一回り年下に浮かれてないで、芸磨くなり、働くなり、営業するなりしてください。一生懸命さがいいなと思ったのに」 と手厳しい指摘を受け、そのまま振られる形で終わってしまっていた。

 エイジや、そして智仁のクルーズ参加理由は「年も年だし、寂しいし……」といった、自分の都合によるものだ。サヨの「これからも歩んでいけたら」という、この人と二人でやっていこうという意志を見ていてあまり感じなかった。

 一方、裕二は結婚したいという強い意志を感じる。しかし、クルーズ中に疲れたのか酔っ払ったのか、椅子にぐったりと腰掛けている姿は“終電で寝過ごし高尾駅まで行ってしまったサラリーマン”といった趣で、旅をしながら一日中一緒に過ごすという体力勝負のクルーズは、51歳にはそもそも合っていない気がした。普通のお見合いではなく、クルーズを選ぶというセンスがズレているように思う。

 裕二のズレはそれだけでない。告白時に男性は女性にプレゼントを用意するが、ほかの人がぬいぐるみなど手頃なものを選んでいる中、裕二は6万円のダイヤのネックレスを持参し、「それは重すぎる」とスタッフに止められていた。裕二のような「いい人なんだけど……」タイプは、こうした“ズレ”を醸していることが多い。やる気はあるのに、方向がズレているのだ。智仁も裕二もカップル成立となったとはいえ、先行きは大丈夫だろうかと他人事ながら心配だ。

『ザ・ノンフィクション』87歳認知症の母を介護する95歳の父「ぼけますから、よろしくお願いします。 ~特別編~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月8日の放送は「ぼけますから、よろしくお願いします。 ~特別編~」。認知症になった87歳の母と初めての家事をこなしながら介護を続ける95歳の父を、映像ディレクターの娘が撮影し続けた1200日の記録。同作は2018年に映画公開されており、文化庁映画賞「文化記録映画部門」大賞を受賞。ザ・ノンフィクションでは再編集版が放送された。

あらすじ

 東京で映像ディレクターの仕事をしている信友直子は広島・呉市への帰省のたびに両親の様子を撮影していた。母、文子の様子がおかしいと感じ始めたのは7年ほど前。アルツハイマー型の認知症と診断された文子は、当初、家にリンゴがあるのにまた買ってきてしまう程度で、バス停まで直子を一人見送ることもできたが、年々、その症状は重くなっていく。

 かつて直子が乳がんになったときは、70代後半で上京し、涙に暮れる直子をユーモアを交え励まし、家事をこなしていた文子だが、その姿は見る影もなく、洗っていない洗濯物の上で寝転がったり、小さい子どものような癇癪を起こし、またそんな自分への失望で「死にたい」と口にするようにもなる。だが、老老介護をする父・良則、ヘルパー・道本さんのもと、自宅で生活を続けている。タイトルの「ぼけますからよろしくお願いします。」はすでに認知症の進む文子が、17年の正月に直子へかけた言葉だ。

ヘルパー道本さんの偉大さ――介護における「家族」と「他人」の役割

 認知症の文子と、認知には問題がないものの腰が曲がり、近所のスーパーへの買い物も休み休みでないとできない良則。そんな二人だが、ヘルパーに介護へ来てもらうことに抵抗する。

直子「介護保険はかけよるんじゃけん、要るときはしてもらえばいいんよ」
良則「男の美学があるんじゃ」
文子「それで私が忙しゅうなる」

 この世代の人たちには、「人様に迷惑をかけたくない」という気持ちが特に強いのだろう。しかし、そんなところへ来たヘルパーが道本さんだったことが、落合家の幸福だったように思える。映画版『ぼけますから、よろしくお願いします』は文化庁映画賞受賞作だが、助演女優賞を贈るとしたら道本さんだ。

 信友家に入った道本さんは洗濯にこだわりのある文子を立てて、自分ひとりでやった方がよほど早いであろうに、助手に徹する。終わった後は「お母さんのやり方見せてもろうたわ、勉強になるわ 」とうなずき、横の文子は得意げだった。道本さん、かなりのやり手だ。

 信友家にとっては、道本さんの家事手伝いや介護支援という“実務”は大いに助かったと思うが、何より、道本さんという「他人」が家に来ること自体が、信友家の空気を和らげていたと思う。道本さんが来るときに母は髪を梳いていた。他人が来ることでちゃんとしなくては、という張り合いができたのだろう。

 さらに番組後半、文子が癇癪を起こしたことがあったが、来訪した道本さんは文子の背中をよしよしとさすり、文子は落ち着きを取り戻していた。その後、仕事を終え帰る道本さんに、文子は「また来てね」と、良則は「大ごとじゃねえ、あんたも」と声を掛ける 。これは最大級の「ありがとう」に思えた。あの場で、家族三人だけだったら重たい空気が続いただろうが、道本さんという他人がいたおかげで風穴が開いたように見えた。

 家族だからできることもあれば、逆に他人だからできることもある。介護職従事者は家族にとっていい意味で「他人」であり、かつ認知症など難しい症状を持った人の扱いに長けた「プロ」なのだと感じた。こんな偉大な人たちなのだから、彼女・彼らが「働いていて良かった」と思えるような社会であってほしい。

初めて見る老人が「両親」――『ぼけますから、よろしくお願いします。』が持つ役割

 都市部に核家族で暮らしていると、祖父母との関係が希薄なまま大人になる人も多いだろう。そうなると、初めて目の当たりにする老人が「自分の年老いた両親」になる。もしきょうだいがいれば老いた両親に関する悩みを分かち合う相手が増えただろうに、一人というのはなかなかヘビーだ。(介護方針をめぐり双方の配偶者まで加わっていがみ合い、押し付け合い、冷戦状態になるきょうだいもいるだろうから、一概にいたほうがいいとは決して言えないが)。

 そういう人にとって、『ぼけますから、よろしくお願いします。』の映像が伝えてくれることは計り知れない。淡々と認知症の現実を伝えており、明るい話ではないのだが、現実を知ること自体が救いになるのだと感じた。

『ザ・ノンフィクション』30歳で老後が始まる切なさ「女32歳 きょうからプロレスラー ~父への告白~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月1日の放送は「女32歳 きょうからプロレスラー ~父への告白~」。運動音痴の女性が32歳から女子プロレスラーを目指す理由を追う。

あらすじ

 長谷川美子32歳。高校卒業後、地下アイドルとして12年活動してきたが思うような結果が得られず、このままでは終われないという思いから女子プロレスラーの練習生に転身する。しかし持久走は学年ビリ、スキップもできないという運動音痴。さらに、芸能活動に反対していた父親に転身を言い出せずにいた。このままではよくないという友人の助言もあり、半年ぶりに実家に帰り父親に伝える。父親は個人的には反対と告げるが、美子のデビュー戦である後楽園ホールの試合を見に来て、美子のグッズを買ったファンの女性に頭を下げる。

父親への報告は「逃げ出したい」とまで言うが……

 美子は父親に対し負い目がある。芸能活動も反対されていたし、結婚しないのか聞いてくると美子は話していた。レスラーになったことを報告するため帰省した際、家が近づくにつれ「逃げ出したい気持ちが……」とまで話す美子の緊張ぶりに、てっきり父親はものすごく頭が固く、前時代的な「女は家庭に」思考が強い、話がまったく通じない人なのかと思っていた。

 しかし、父親本人は至って常識的に美子を心配しているだけで、拍子抜けしてしまった。子ども相手に「親」を振りかざして、頭ごなしに「俺は反対だ」と言うのではなく、レスラーを目指す周りの人は20代から体を鍛えているだろうから、今からやって間に合うものなのか? と美子に問いかけるなど、きちんと話そうとする人に見えた。

 一方の美子はボロボロ泣いてしまっており、その後は会話らしい会話になっていなかった。番組の出演シーンの3分の1は泣いていたんじゃないかと思うくらい美子は涙もろい。女子プロレスの先輩からの、別に怒鳴りつけているわけでもない、至極当然な指摘に対してもすぐボロボロ泣いてしまっていた。父親の「結婚どうするの?」発言も、何も女の幸せは結婚だといった押しつけでなく、美子のこういった性格を心配し、支えてくれるパートナーが必要と思っての発言なのかもしれない。

 美子と父親のやりとりで、二人の感じ方の違いが印象的だった部分がある。

美子「もう(芸能活動が)12年たってるけど、結局何もなかったなと思って」
父親「何もなかった? あれだけ一生懸命打ち込んで……」
美子「大きなものを伝えられたことがなかったと。テレビに出るとか」

 父親は美子の芸能活動にも反対だったようだが、「あれだけ一生懸命打ち込んで……」という発言から、娘の努力をきちんと見ていたことがわかる。それまでしてきた自分の頑張りを評価していないのは、むしろ美子自身だろう。

 美子は地下アイドル時代にセンターポジションを務めていたのだ。もっと自分のやってきたことに自信を持てばいいのにとも思うが、一方で、これは自信が折れるだろうな、と思えるようなエピソードも番組内で放送されていた。

 女子プロレスの練習生で自由に使えるお金がほぼない美子は、Twitterを娯楽にしているといい、しかしアイドル時代のお客さんから届くコメントが減っているという。心が弱っている時ならば、自分がこれまで積み上げてきたものはなんだったのだろう、と思いかねないだろう。

 30歳は、実際の社会では「若い」と言える年齢だ。しかしアイドルにとっての30歳はもう「老境」なのだろう。これまで積み重ねてきた知見より、新しく出てくる人たちの容貌や若さがモノを言う世界は、精神的にこたえるものがあると思う。人生の前半にピークがやってくる職業を選ぶということは、老後が長い人生になるということだ。30歳で老後がスタートするのはきつい。ただ、美子が次に選んだプロレスラーという仕事も「アスリート」という若さと体力がモノを言う職種であり、そのチョイスでいいのかとは思う。

『ザ・ノンフィクション』は、「夢を追う中高年たち」をテーマにしたものがよく放送されている。「いい年なんだからもう落ち着け」は「いい年なんだからいろいろ諦めろ」と同義であり、さらにそこには「自分も諦めたのだから、お前も諦めて仲間に入れ」という同調圧力すら滲んでいる。それに対して「そんなの冗談じゃない」「このままじゃ嫌だ」「まだまだ私はやってやる」とあがく姿こそが「若さ」なのだと思う。美子をはじめ、諦めの悪い中高年の「若さ」を私は応援したい。

 12月8日のザ・ノンフィクションは『ぼけますから、よろしくお願いします。 ~特別編~』。認知症になった87歳の母と初めての家事をこなしながら介護を続ける95歳の父を、映像ディレクターの娘が撮影し続けた1200日の記録。同作は2018年に映画公開されており、文化庁映画賞「文化記録映画部門」大賞を受賞。ザ・ノンフィクションでは再編集版を放送する。

『ザ・ノンフィクション』祖父母の子育て支援という高い壁「娘がシングルマザーになりまして… ~29歳の出張料理人 彩乃~」

 根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月24日の放送は「娘がシングルマザーになりまして… ~29歳の出張料理人 彩乃~」。シングルマザーの出張料理人と、娘を支える祖父の日々の模様だ。

あらすじ

 自宅や職場などに出向き料理を振る舞う出張料理人の仕事を東京でしていた新羅彩乃29歳。子どもができるも、相手の男性から堕ろしてほしいと言われシングルマザーを選ぶ。しかし、仕事の時間が読みにくい出張料理人とシングルマザーの両立は厳しく、借金をして事業拠点となる自分のキッチンを構えることに。キッチンが完成してからも、気の強い彩乃とスタッフとの関係はうまくいかない。

 娘の現状を見て石川県から父・孝志(62歳)が会社を辞め上京。当初は孫の育児だけを担当していたが、プログラマーだった経験を生かし会計ソフトを作ったり、彩乃の作った弁当を売るリアカーを設計、製造するなど活躍を見せる。番組の最後に父についてスタッフから尋ねられた彩乃は「支えしかないですね。感謝忘れず頑張ります」と涙する。

今回の主役は娘でなく父・孝志62歳

 今回のタイトルは『娘がシングルマザーになりまして』の通り、真の主役は娘・彩乃でなく父・孝志だったように思えた。孝志の成長物語といってもいいくらい孝志が輝いていた。

 孝志は地元石川県で30年プログラミングの仕事に就いており、出張料理人という、道なき道を突き歩む娘に自分が何かできる立場ではないと、上京後も仕事ぶりを遠巻きに見守るだけだった。孝志は取材で「自分の思いとやりたい事と実際にできる事のバランスがよくわかっていなかった」と当時の自分を振り返るが、これが「わかった」途端、飛躍する。

 孝志はその後、プログラマーだった経験を生かし会計ソフトを作り、趣味の木工細工の腕を生かして彩乃の作った弁当を売るリアカーを一人で手掛ける。完成したリアカーは屋根や広告までついていて「素人の素朴な手作りリアカー」とは一線を画していた。

 リアカーを作る際、孝志は慣れた様子で木にノミで凹みを入れながら、「人件費を安く抑えるためには親父を安く使うしかないよね」と笑っていた。楽しそうに働く人がいる職場はうまく回る。彩乃にとって孝志がサポートしてくれること自体ありがたかっただろうが、「いやいややってる」感がなく、楽しそうに働く父の姿自体は大きな支えになっただろう。

「自分の思いとやりたい事と実際にできる事のバランス」が取れていると、働いていて楽しいし、やりがいもある。一方、ここがちぐはぐであったり、ちぐはぐなことに対して自分は何も言える立場でないときは、無力さを感じてきつい。

 そして「自分の思いとやりたい事と実際にできる事のバランス」は、会社組織で働くよりも、彩乃のような個人事業主の方が実現しやすいように思える。会社は組織である以上、効率化のため大なり小なり分業化がある程度進んでいるため、やりたいことやできることは自分の管轄外、ということが起きてしまうこともある。

 一方個人事業主はすべて自分でこなさないといけない。確定申告など、本業と関係のないこともすべて自前で行う必要がある。私自身一個人事業主として、この「なんでも自分でやる」は、うんざりすることもあるが、なんだかんだで結構好きだ。本業以外もなんでも全部自分でやることを通じて、自分の可能性や進化に気づき自信になったことは、個人事業主になって得られた大きなことだったと思っている。60歳を過ぎ簿記検定に挑む孝志は輝いていて、そこに「老後」感は皆無で、かっこよかった。

 ただ今回は好条件が重なった「奇跡」だとも思った。

 まず、彩乃と孝志の相性がいい。気が強くそれゆえにさまざまなことに挑める彩乃と、そんな娘のガッツを尊敬しつつ、穏やかに見守る孝志。孝志が彩乃のすることにいちいち口を出すタイプだったら衝突の末、孝志が“お里に帰る”ことになっていただろう。それぞれの領分に余計な口を出さないでいるのは簡単ではない。だから今日もさまざまな職場や家庭で火種が爆発しているのだ。

 さらに「孝志が子育てに積極的」なのも幸福だった。孝志自身自分の子ども(彩乃にとっての兄)を死産で失っており、子どもを思う気持ちが強かったのはあるのかもしれない。一方、孫は年に数日やってくるから可愛いのであり、子育てまでは勘弁してほしいという祖父母だって少なくないはずだ。祖父母にだって、当然彼らの人生や都合がある。

 何より、孝志がまだ62歳と若い祖父であることが大きい。以前産婦人科医師を取材した際に、高齢出産の弊害として、高齢である妊婦の妊娠や出産のリスクだけでなく、高齢出産はおおむね「高齢祖父母の誕生」につながることを話していた。60歳の祖父母は育児を手伝う戦力足り得るが、70歳の祖父母だとそれが体力的に難しくなってくる。自身が介護を必要とする側になる可能性だってあるのだ。若く見える中高年は増えたが、体力や体の中まで若返ったわけではない。高齢出産が進むということはそれだけ「手伝いたいんだけど体がついていけない」祖父母も増えている、ということなのだろう。

 今回はうまくいってよかったが「祖父母と協力した子育て」はかなりの難関だな、と思ってしまった。12月1日のザ・ノンフィクションも「娘と父」がテーマになる。『女32歳 きょうからプロレスラー ~父への告白~』。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

DV・虐待者の「更生・回復プログラム」を考える――『ザ・ノンフィクション』「目黒・結愛ちゃん虐待死事件」

 10月27日に放送された『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)「親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~」が、ネット上で大きな反響を呼んだ。船戸雄大被告の友人・知人から話を聞き、その人物像に迫るといった内容だったが、虐待加害に至った親の回復プログラムを開発し実施している一般社団法人「MY TREE」代表理事の森田ゆり氏は、彼の姿をどのように見たのだろうか。

 昨年3月、東京都目黒区で船戸結愛ちゃん(当時5歳)が両親から虐待され死亡する事件が起こり、義父の船戸雄大被告は、懲役13年の判決が確定しました。雄大被告は公判で内面の多くを語らず、元妻の優里被告が自分の公判と彼の公判で、恐怖で解離しながらも自分を語ろうと言葉を紡いだのと対照的でした。公判で雄大被告が語った少ない言葉の端端だけから彼の人間性をあれこれ推測することには、意味を見いだせません。

 この事件とほぼ同時期に起きた、千葉県野田市の虐待死事件も、DVと子ども虐待が併発している「家族内ダイナミックス」(家族内の力学)への理解なしには検証できません。検察も判事も裁判員も、その十分な理解がないままに公判が展開し、判決が下されたことは残念です。

雄大被告が語る「自分のエゴ」とは何か

 雄大被告が公判で語った「理想のしつけ」とは、子どもや妻をまるで自分のロボットであるかのように思う通りに操作し、形成することの喜びと快感を求める“支配とコントロール”でした。公判中、雄大被告が何度も「自分のエゴを強要した」という表現を用いたことや、『ザ・ノンフィクション』を見ても、それがうかがえます。

 雄大被告には、以下に挙げる典型的なDV加害者の価値観、心理と行動が見て取れました。

1)理想の家庭では、その「主人」である自分の考えに皆が従うものだ。何が正しいかは自分が決める。妻や子どもが自分に従わないときは、威嚇や説教や暴力で自分の思う通りにさせるのは当たり前だと考えている。身体的暴力や言葉の暴力で妻や子どもを従わせることで自分の優越性を実感できるので、そのことに多大なエネルギーを注ぎ、充足感を覚える。雄大被告が「バカ嫁」「バカ娘」と暴言を繰り返して優里被告と結愛ちゃんへ長時間にわたる説教をし、終わると「説教をしてくださってありがとうございました」と謝辞を述べさせていたことは、筆者が今まで関わったDV事例でも何度か見てきた支配の方法である。

2)「外からどう見られるか」に細心の注意を払って行動するため、しばしば仕事場、同性の友人たちからの評判は良い。真面目、礼儀正しい、義理堅いなどの印象を持たれることが多い。内の者からは崇め奉られ、外の者からは善き普通の人として認められたいとの承認欲求が、人一倍強いためだ。

3)家庭内での人間関係を操作する。そのよくあるやり方は、家庭内の「主人」としての自分の地位を維持するために、スケープゴートを1人つくって、自分の問題から目をそらさせる。時にそれは、母親がいじめと暴力のターゲットになり、家庭内のすべての問題は母親のせいにされる。ターゲットが子どもになることもある。雄大被告は結愛ちゃんをスケープゴートにすることで、妻を自分の支配下に置くことに成功していた。家族内のすべての問題は、結愛ちゃんのせいにされていた。自分が仕事につけない苛立ちも、結愛ちゃんのせいにされていたかもしれない。

4)妻を支配することに強い執念を抱く。その執念は、とりわけ妻が離婚や別居をしようとする時に常軌を逸する行動として現れる。「別れ話」が出た時は、加害者の攻撃性が最も顕著になる危険な時である。自分の“所有物”である相手が自分から離れていってしまうことは、DV加害者にとって自我の拠り所を失う危機で、何が何でも阻止しようとする。2017年4月には兵庫県伊丹市で、離婚後面会交流中に父親が4歳の娘を殺害し自殺した。DV加害者が離婚や別居後、子どもを殺す事件は、アメリカでは過去11年間に700件以上起きており、その多くが元伴侶への復讐心からだった。これは新たなタイプの子ども虐待として、大きな社会問題になっている。

 優里被告の公判では、検察官とのやりとりから、雄大被告が“恐怖”で妻を支配していた様子が見て取れます。

検察官:夫の報復が怖かったって話が出ているんですけど、報復って何ですか。
被告人:例えば、結愛を連れて逃げるってなった時に、「俺は全国各地、色んな所に友達がいる」って、そういう説教があるんですけども、だんだん……この場で言うのもおかしいけど、殺されるとか、そういう……感じ、です。
(2019年9月5日 目黒事件 母親被告人検察論告詳細報告より)

 おそらくこの検察官には、優里被告の言う「殺される」恐怖のリアリティはわからないに違いありません。DV被害者の恐怖は、言う通りにしなかったら「死」が待っていることなのです。そして実際に殺されてしまった女性たちを、私たちはどれだけ見てきたでしょう。

検察官:当時は離婚したいという思いはあった。
被告人:ずっとありました。
検察官:夫が逮捕されたら、離婚できるって思わなかったんですか。
被告人:逮捕された後に、死刑とかにならない限り、絶対に戻ってきて、絶対に報復されるから、絶対全国どこに逃げても、探偵使ってでも追いかけられるから……できないです。
(2019年9月5日 目黒事件 母親被告人検察論告詳細報告より)

 雄大被告は13年、優里被告は8年の懲役刑(控訴中)。どちらも服役中の態度がよければ早く釈放されるでしょうから、そんなに先のことではありません。雄大被告が刑を終えて出所した後、優里被告と息子の居場所を探してコンタクトしてくる可能性は、極めて高いと思われます。優里被告は、雄大被告が執念深く自分を追ってくることを知っています。その不安とともに、これから生きていくのです。

 DVによる支配とは、相手を自分の思い通りにする“マインドコントロール”にほかなりません。その手段は3つです。

1)相手を孤立させ、外からの情報を遮断する
2)恐怖を繰り返し与え、たまに優しくすることで混乱させる
3)「お前が悪い」「お前のせいだ」と相手を批判し続ける

 その結果は深刻で、恐怖で思考停止状態になり、自分で何かを感じることも、考えることもできなくなります。「支配者の機嫌を損ねないように」と、ただそれだけのためにビクビクしながら暮らすようになります。優里被告は見事にこの3つが揃ったマインドコントロールのもとで、雄大被告の言うがままになり、助けを求めることもせず、娘を死に至らしめた夫の行動を止めることができませんでした。

 収監中に優里被告は、そのマインドコントロールを解き、トラウマに向き合い、自分で感じ、自分で考えて生きていく回復のプロセスを歩んでほしいものです。同時に、雄大被告も元妻と子どもを自分の支配と所有の対象とした優越意識の価値観こそが、この陰惨な虐待死事件を引き起こしたという現実を、深く認識し直す作業が必要です。それは単なる“反省”ではありません。自分を深く見つめ直す厳しさと忍耐を必要とする、時間のかかる作業です。

 しかし、日本の刑務所に、反省を言葉にするだけでない、トラウマの影響を見つめ直すことから始める「DV加害者の更生プログラム」や「DV被害者の治療的回復プログラム」が用意されているとは聞きません。そもそも日本には、DVや虐待の加害者に更生・回復をもたらすためのプログラム受講を命令する法律すらありません。何らかの形でそれをしない限り、刑を終えて出てきた後も、雄大被告は優里被告と息子を追いかけ、DV支配を繰り返そうとするでしょう。一方で優里被告は、その恐怖に怯えて年月を過ごすばかりで、支配をはねのける強さを育てていくことができません。

 上記の見解は、DVと子ども虐待が同時に起きているケースに米国と日本で38年間携わってきた経験及び研究者としての知見から語っています。詳しくは『ドメスティック・バイオレンス』(森田ゆり著、小学館文庫)及び、『虐待・親にもケアを』(森田ゆり編著、築地書館)を参照してください。

■森田ゆり(もりた・ゆり)
作家、「MY TREEプログラム」(虐待に至った親の回復)代表理事。 元立命館大学客員教授、元カリフォルニア大学主任研究員。 1981年からCalifornia CAP Training Centerで、 1985年からはカリフォルニア州社会福祉局子ども虐待防止室トレーナーとして勤務。 1990年からカリフォルニア大学主任研究員として、多様性、 人種差別、性差別ハラスメントなど、 人権問題の研修プログラム開発と大学教職員への研修指導に当たる 。1997年に日本でエンパワメント・センターを設立し、行政、 企業、民間の依頼で、多様性、人権問題、虐待、DV、 しつけと体罰、性暴力、ヨーガ、 マインドフルネスなどをテーマに研修活動をしている。 虐待に至ってしまった親の回復プログラムMY TREEペアレンツ・プログラムを2001年に開発し、 全国にその実践者を養成、 19年間で1138人の虐待言動を終始した修了生を出している。 第57回保健文化賞、朝日ジャーナル・ノンフィクション大賞、 アメリカン・ヨーガ・アライアンス賞など受賞。

DV・虐待者の「更生・回復プログラム」を考える――『ザ・ノンフィクション』「目黒・結愛ちゃん虐待死事件」

 10月27日に放送された『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)「親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~」が、ネット上で大きな反響を呼んだ。船戸雄大被告の友人・知人から話を聞き、その人物像に迫るといった内容だったが、虐待加害に至った親の回復プログラムを開発し実施している一般社団法人「MY TREE」代表理事の森田ゆり氏は、彼の姿をどのように見たのだろうか。

 昨年3月、東京都目黒区で船戸結愛ちゃん(当時5歳)が両親から虐待され死亡する事件が起こり、義父の船戸雄大被告は、懲役13年の判決が確定しました。雄大被告は公判で内面の多くを語らず、元妻の優里被告が自分の公判と彼の公判で、恐怖で解離しながらも自分を語ろうと言葉を紡いだのと対照的でした。公判で雄大被告が語った少ない言葉の端端だけから彼の人間性をあれこれ推測することには、意味を見いだせません。

 この事件とほぼ同時期に起きた、千葉県野田市の虐待死事件も、DVと子ども虐待が併発している「家族内ダイナミックス」(家族内の力学)への理解なしには検証できません。検察も判事も裁判員も、その十分な理解がないままに公判が展開し、判決が下されたことは残念です。

雄大被告が語る「自分のエゴ」とは何か

 雄大被告が公判で語った「理想のしつけ」とは、子どもや妻をまるで自分のロボットであるかのように思う通りに操作し、形成することの喜びと快感を求める“支配とコントロール”でした。公判中、雄大被告が何度も「自分のエゴを強要した」という表現を用いたことや、『ザ・ノンフィクション』を見ても、それがうかがえます。

 雄大被告には、以下に挙げる典型的なDV加害者の価値観、心理と行動が見て取れました。

1)理想の家庭では、その「主人」である自分の考えに皆が従うものだ。何が正しいかは自分が決める。妻や子どもが自分に従わないときは、威嚇や説教や暴力で自分の思う通りにさせるのは当たり前だと考えている。身体的暴力や言葉の暴力で妻や子どもを従わせることで自分の優越性を実感できるので、そのことに多大なエネルギーを注ぎ、充足感を覚える。雄大被告が「バカ嫁」「バカ娘」と暴言を繰り返して優里被告と結愛ちゃんへ長時間にわたる説教をし、終わると「説教をしてくださってありがとうございました」と謝辞を述べさせていたことは、筆者が今まで関わったDV事例でも何度か見てきた支配の方法である。

2)「外からどう見られるか」に細心の注意を払って行動するため、しばしば仕事場、同性の友人たちからの評判は良い。真面目、礼儀正しい、義理堅いなどの印象を持たれることが多い。内の者からは崇め奉られ、外の者からは善き普通の人として認められたいとの承認欲求が、人一倍強いためだ。

3)家庭内での人間関係を操作する。そのよくあるやり方は、家庭内の「主人」としての自分の地位を維持するために、スケープゴートを1人つくって、自分の問題から目をそらさせる。時にそれは、母親がいじめと暴力のターゲットになり、家庭内のすべての問題は母親のせいにされる。ターゲットが子どもになることもある。雄大被告は結愛ちゃんをスケープゴートにすることで、妻を自分の支配下に置くことに成功していた。家族内のすべての問題は、結愛ちゃんのせいにされていた。自分が仕事につけない苛立ちも、結愛ちゃんのせいにされていたかもしれない。

4)妻を支配することに強い執念を抱く。その執念は、とりわけ妻が離婚や別居をしようとする時に常軌を逸する行動として現れる。「別れ話」が出た時は、加害者の攻撃性が最も顕著になる危険な時である。自分の“所有物”である相手が自分から離れていってしまうことは、DV加害者にとって自我の拠り所を失う危機で、何が何でも阻止しようとする。2017年4月には兵庫県伊丹市で、離婚後面会交流中に父親が4歳の娘を殺害し自殺した。DV加害者が離婚や別居後、子どもを殺す事件は、アメリカでは過去11年間に700件以上起きており、その多くが元伴侶への復讐心からだった。これは新たなタイプの子ども虐待として、大きな社会問題になっている。

 優里被告の公判では、検察官とのやりとりから、雄大被告が“恐怖”で妻を支配していた様子が見て取れます。

検察官:夫の報復が怖かったって話が出ているんですけど、報復って何ですか。
被告人:例えば、結愛を連れて逃げるってなった時に、「俺は全国各地、色んな所に友達がいる」って、そういう説教があるんですけども、だんだん……この場で言うのもおかしいけど、殺されるとか、そういう……感じ、です。
(2019年9月5日 目黒事件 母親被告人検察論告詳細報告より)

 おそらくこの検察官には、優里被告の言う「殺される」恐怖のリアリティはわからないに違いありません。DV被害者の恐怖は、言う通りにしなかったら「死」が待っていることなのです。そして実際に殺されてしまった女性たちを、私たちはどれだけ見てきたでしょう。

検察官:当時は離婚したいという思いはあった。
被告人:ずっとありました。
検察官:夫が逮捕されたら、離婚できるって思わなかったんですか。
被告人:逮捕された後に、死刑とかにならない限り、絶対に戻ってきて、絶対に報復されるから、絶対全国どこに逃げても、探偵使ってでも追いかけられるから……できないです。
(2019年9月5日 目黒事件 母親被告人検察論告詳細報告より)

 雄大被告は13年、優里被告は8年の懲役刑(控訴中)。どちらも服役中の態度がよければ早く釈放されるでしょうから、そんなに先のことではありません。雄大被告が刑を終えて出所した後、優里被告と息子の居場所を探してコンタクトしてくる可能性は、極めて高いと思われます。優里被告は、雄大被告が執念深く自分を追ってくることを知っています。その不安とともに、これから生きていくのです。

 DVによる支配とは、相手を自分の思い通りにする“マインドコントロール”にほかなりません。その手段は3つです。

1)相手を孤立させ、外からの情報を遮断する
2)恐怖を繰り返し与え、たまに優しくすることで混乱させる
3)「お前が悪い」「お前のせいだ」と相手を批判し続ける

 その結果は深刻で、恐怖で思考停止状態になり、自分で何かを感じることも、考えることもできなくなります。「支配者の機嫌を損ねないように」と、ただそれだけのためにビクビクしながら暮らすようになります。優里被告は見事にこの3つが揃ったマインドコントロールのもとで、雄大被告の言うがままになり、助けを求めることもせず、娘を死に至らしめた夫の行動を止めることができませんでした。

 収監中に優里被告は、そのマインドコントロールを解き、トラウマに向き合い、自分で感じ、自分で考えて生きていく回復のプロセスを歩んでほしいものです。同時に、雄大被告も元妻と子どもを自分の支配と所有の対象とした優越意識の価値観こそが、この陰惨な虐待死事件を引き起こしたという現実を、深く認識し直す作業が必要です。それは単なる“反省”ではありません。自分を深く見つめ直す厳しさと忍耐を必要とする、時間のかかる作業です。

 しかし、日本の刑務所に、反省を言葉にするだけでない、トラウマの影響を見つめ直すことから始める「DV加害者の更生プログラム」や「DV被害者の治療的回復プログラム」が用意されているとは聞きません。そもそも日本には、DVや虐待の加害者に更生・回復をもたらすためのプログラム受講を命令する法律すらありません。何らかの形でそれをしない限り、刑を終えて出てきた後も、雄大被告は優里被告と息子を追いかけ、DV支配を繰り返そうとするでしょう。一方で優里被告は、その恐怖に怯えて年月を過ごすばかりで、支配をはねのける強さを育てていくことができません。

 上記の見解は、DVと子ども虐待が同時に起きているケースに米国と日本で38年間携わってきた経験及び研究者としての知見から語っています。詳しくは『ドメスティック・バイオレンス』(森田ゆり著、小学館文庫)及び、『虐待・親にもケアを』(森田ゆり編著、築地書館)を参照してください。

■森田ゆり(もりた・ゆり)
作家、「MY TREEプログラム」(虐待に至った親の回復)代表理事。 元立命館大学客員教授、元カリフォルニア大学主任研究員。 1981年からCalifornia CAP Training Centerで、 1985年からはカリフォルニア州社会福祉局子ども虐待防止室トレーナーとして勤務。 1990年からカリフォルニア大学主任研究員として、多様性、 人種差別、性差別ハラスメントなど、 人権問題の研修プログラム開発と大学教職員への研修指導に当たる 。1997年に日本でエンパワメント・センターを設立し、行政、 企業、民間の依頼で、多様性、人権問題、虐待、DV、 しつけと体罰、性暴力、ヨーガ、 マインドフルネスなどをテーマに研修活動をしている。 虐待に至ってしまった親の回復プログラムMY TREEペアレンツ・プログラムを2001年に開発し、 全国にその実践者を養成、 19年間で1138人の虐待言動を終始した修了生を出している。 第57回保健文化賞、朝日ジャーナル・ノンフィクション大賞、 アメリカン・ヨーガ・アライアンス賞など受賞。

虐待者の心理を理解する必要性について――『ザ・ノンフィクション』「目黒・結愛ちゃん虐待死事件」

10月27日に放送された『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、「親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~」が大きな反響を呼んでいる。その番組内容について、都内の児童相談所に心理の専門家として19年間勤務し、『告発 児童相談所が子供を殺す』(文藝春秋)などの著書を刊行した山脇由貴子氏が考察する。

 『ザ・ノンフィクション』で、東京・目黒で船戸結愛ちゃん(当時5歳)が虐待死した事件に関し、船戸雄大被告の友人や同級生、元上司や雄大被告が兄のように慕っていた知人らが、その人柄について語った。

 結愛ちゃんの痛ましい死、そして反省文を覚えている方も多いと思う。5歳の女の子の書いた文章としてはあまりに切なかった。

「ほんとうにおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから やめるから もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします」(反省文の一部)

 私は児童相談所に勤務していた頃、同じように、親に書かされたであろう子どもの反省文をたくさん見てきた。子どもを虐待し、そして反省文を書かせる親は、自分が正しいことをしていると信じている。自分は子どものために、しつけのために正しいことをやっている。だから、自分の言うことを聞かない子どもが悪い。本当にそう思っているから、反省文を書かせるのだ。そして子どもの書いた反省文を、自分が虐待などしていない証拠として、自慢げに持って来る親もいた。

 雄大被告も、自分のやっていることは正しいと信じていたのだろう。実際、番組内では紹介されなかったが、裁判の中で、結愛ちゃんを2度保護した香川県の児童相談所の職員は、雄大被告が「子育てに自信を持っていた」と証言した。雄大被告は、結愛ちゃんをここまで良くしたのは自分だ、と児童相談所職員に話していたのだ。自分のしていることが虐待だと気づかぬまま、結愛ちゃんのために、正しいことをしていると信じ続け、そして死に至らしめたのだ。

語られる人物像から見える「強い孤独感と承認欲求」

 一方、友人や知人らが語る雄大被告の人柄から見えてくるのは、強い孤独感と承認欲求だ。

 雄大被告は、仕事も真面目で、飲み会の幹事も積極的に引き受けていた、という。また、友人のやっている香川のキャバクラで人手が足りないと言われ、友人を助けるために北海道から香川へ転居している。品川のマンションに住んでいた時は、友人を招待することも頻繁だったようだ。

 雄大被告は、独りでいることが耐え難かったのではないだろうか。バーに足を運んで、そこで知り合った人を兄のように慕っていた、という話もある。常に孤独を抱え、一緒にいてくれる人を求めていたのではないだろうか。そして、人から好かれるため、認められるためなら必死に努力した。ほかの人が嫌がる役割も引き受けた。仕事が真面目だったのも、認めてほしい気持ちが強かったからだろう。

 強い孤独感と承認欲求は、雄大被告の生い立ちが関係しているように思える。雄大被告がどんな育ち方をしたのかはわからないが、孤独感と承認欲求の強さからは、子ども時代に寂しい思いをしてきたのではないか、と推察される。もしかしたら「誉められる」という経験も少なかったのかもしれない。だから大人になった後も、人から好かれようと必死に努力していたのではないか。大人になっても、雄大被告は愛情を求め続けていたように思える。

 香川で出逢った優里被告が、雄大被告を頼っていた様子も番組内からは見える。雄大被告は、頼られて、とてもうれしかったのだろう。ようやく認めてくれる、自分を必要としてくれる存在と出逢えた、と思ったのではないだろうか。優里被告と結愛ちゃんを幸せにしたいという気持ちは、きっと本心だったとも考えられる。そして、自分の思い描く理想の家庭を作りたいと願ったのも本心だろう。そしてまた、結愛ちゃんを理想の子どもにしたいと思ったのも本心だろう。

 しかし雄大被告は精神的に脆かった。番組からも、裁判内容からも、雄大被告が完璧主義であったことも垣間見られる。“理想の家庭”など簡単に実現はできない。しかし、雄大被告にはそれが耐えられなかった。自分の思い通りにいかないことに耐えられない。その完璧主義は精神的な脆さだ。雄大被告は、自分の間違いを認める柔軟性を持っていなかった。だから自分の言うことを聞かない優里被告と結愛ちゃんを許せない気持ちが強まっていった。それが、虐待のエスカレートにつながったのだ。人当たりが良く、外で不満を語らない人間は、外での疲れや怒りを家族に向ける傾向が強い。それも雄大被告が虐待をエスカレートさせていった一因であろう。

虐待を繰り返す親の心理状態

 しかしながら、雄大被告がなぜ結愛ちゃんを死に至らしめるほどの虐待を繰り返したのか、その心理状態の詳細はわからない。

 私は児童相談所勤務時代、悪質な虐待を繰り返す親にたくさん会ってきた。そして親の心理テストを取ることも多々あった。しかし日本には、子どもを虐待する親の心理を分析したデータの蓄積がない。児童相談所は親が虐待を繰り返さないための指導はするが、更生のための心理分析やプログラムは十分ではない。

 同じような事件を繰り返さないためには、虐待されている子どもの早期発見や早期の保護も必須であり、児童相談所の強化も必須だが、なぜ親が子どもを虐待するのか、その心理を分析したデータを蓄積し、児童相談所や子どもに関わる現場で働く人間が、虐待者の心理や行動特徴をしっかりと理解することが必要だ。それは各自治体に任せるのではなく、国が方針を出し、子どもを虐待した親に心理分析と更生プログラムを受けさせるという取り組みが必要なのではないだろうか。

山脇由貴子(やまわき・ゆきこ)
家族問題カウンセラー、子育てアドバイザー、心理カウンセラー、作家。都内児童相談所に心理の専門家として19年間勤務。現在、山脇 由貴子 心理オフィス代表。新聞、テレビ等で児童虐待に関するコメントを発信。著書『教室の悪魔』(ポプラ社)『告発 児童相談所が子供を殺す』(文春新書)『思春期の処方せん』(海竜社)他多数。
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山脇由貴子心理オフィス

『ザ・ノンフィクション』友人が語る船戸雄大被告の実像『親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~』

 根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月27日の放送は「親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~」。船戸雄大被告の実像とは。

あらすじ

 2018年3月2日、義父の船戸雄大被告による虐待の末、結愛ちゃんは衰弱死する。119番通報したのは雄大被告自身だった。結愛ちゃんは亡くなったとき体中に170カ所以上の傷があり、5歳の女の子の平均体重が19.9㎏なのに対して、わずか12.2キロだった。雄大被告は一審で懲役13年の判決が出ている。

 この事件は結愛ちゃんが雄大被告に書かされた「反省文」も報道され、その悲痛な内容を覚えている人も多いだろう。

「ゆるしてください おねがいします
あそぶってあほみたいだからやめる
もうぜったいぜったいやらないからね」
(メモの一部より)

 5歳の子どもに「遊んだ」ことを反省させ、真冬に冷水のシャワーを浴びせ、冷え切ったベランダに立たせ足をしもやけだらけにさせた雄大被告。一方で彼の友人や職場の上司からは「バスケのうまいクラスの人気者」「幹事を率先してやってくれる」「職場では高齢の社員にPC操作を教えてくれていた」といった声が上がる。そして雄大被告は、裁判で「私が親になろうとしてごめんなさい」と口にした。

雄大被告、世話焼きで見栄っ張りの一面

 雄大被告は世話焼きで、人付き合いにアクティブだ。大学時代のバスケサークルの友人は体育館の予約など面倒なことをしてくれたと話し、最初に東京で勤めた通信系の会社でもいつも幹事を率先していたという。香川で勤務した会社では、年配社員にパソコン操作も優しく教えていた。プライベートでもバーに通い、カウンターで知り合った人を兄のように慕い、自身が転居したのちもLINEで交流を続ける。人付き合いに積極的で、世話好き。その場さえ楽しく交流できればいいタイプでもなく、関係を継続させていくマメさもある。

 多少は無理をしたり、他人の面倒をイヤイヤ見ていたところもあるのだろうが、本当に人付き合いが嫌で億劫なら、幹事やパソコン操作の指導はやらないだろう。周囲からも、人が好きで、楽しいことも好きな人物として見られていたようだ。

 そして雄大被告は、見栄っ張りで派手好きでもあった。最初に通信会社に就職した際は、品川のベイエリアのマンションに住み、会社の同期を招待するなど、わかりやすい方向に見栄を張る。通信の仕事に不満を覚えるようになると、故郷・札幌で会員制バーのボーイに転身。その後、友人が香川でやっているキャバクラの人手が足りないと伝えられると、縁もゆかりもない土地ながら、頼られたことで世話心がくすぐられたのか、居を移す。そこで、シングルマザーだった優里被告(一審で懲役8年、控訴中)と、娘の結愛ちゃんと出会ってしまう。

 雄大被告の妻、優里被告は裁判で「私が社会に出たときに無知だったので、雄大はすごく幅広い知識を持っていて教えて欲しいと思いました 」と話す。「世話焼き」で「見栄っ張り」な雄大被告が、優里被告の目に「頼れる」と映ったのは想像に難くない。雄大被告は、結婚後に地元の上場企業に転職を決める。

 優里被告にしてみれば、当初は上々の再婚に思えたのではないか。しかし、優里被告も雄大被告のDVの被害者になり、説教や立たされて叱ることなどが日常的に繰り返される。近所の住民は優里被告が結愛ちゃんを「あんたがそんなやけん、ママがパパに叱られるやろ 」と叱責する姿を目撃している。

 なお、これは番組内では触れられていなかったが、裁判の傍聴記事では、雄大被告は優里被告との結婚前から結愛ちゃんに手を上げていたと話すが、優里被告は結婚前は雄大被告と結愛ちゃんの関係は良かったと言い、食い違いを見せている。本当に虐待の事実を知らなかったのか、「再婚」を前に見ようとしなかったのか。

 そして、雄大被告はおしゃべりだ。結愛ちゃんのことを友人たちや、バーの店員たちにも話している。真冬に結愛ちゃんを路上に放置し、二度も書類送検(不起訴)になっているにもかかわらず、そのことまで友人に話しているのだ。もちろん、凄惨な虐待の実態などは話さず、しつけの一環で家の外に出したら通報されてしまった、といった体だ。壮絶な虐待をしているなら、「家族のことに触れない」かと思ったら、むしろ父親である自分、血のつながらない子どもを育てる自分を“誇示”するかのように積極的に話しているのだ。

 この行動には覚えがあった。以前、モラハラ夫として妻に去られた経験から回復し、現在は日本家族再生センターでカウンセラーとして被害者、加害者双方の支援活動を行い『DVはなおる 続』(ジャパンマシニスト社・味沢道明著)の共著者、中村カズノリ氏に取材をしたときのことだ。

 『DVはなおる 続』に掲載されている、男性の加害者側の手記を読むと、総じて結婚願望も家庭を持つことへの願望も強く、「家庭」や「家長である自分」への思い入れが強すぎるように感じた。こんな書き方は性差別的だが、男性の割に、家庭のことばかり考えているなと思ってしまった。大人であれば「家庭の構成員である自分」以外にも「働く自分」「●●が好きな自分」「友達としての自分」「地域社会の自分」など、アイデンティティはいくつも存在するはずだが、加害当事者たちは自分のすべてを「家庭の構成員である自分」に振り切りすぎている感じがした。

 しかし、本人の強い思い入れとは裏腹に、家庭生活は自身のDVやモラハラや虐待で崩壊してしまっている。加害当事者はなぜそこまで皆、判を押したように家庭に強くこだわりすぎてしまうのか中村氏に聞いてみたところ、「それも結局『家庭を作って認められたい』ということなのでしょう」との返答だった。

 雄大被告も「家庭へのこだわり」「家庭をつくって認められたい」という思いが異常なまでに強いようにみえ、しかしそれらはまったくいい方向に向かっていない。

 なお、中村氏はモラハラや虐待、DVの加害当事者たちが変わっていくきっかけの一つとして、「他愛のない日常のおしゃべり」を挙げていた。加害当事者たちは自分が誰にも認められないんじゃないかという不安が強く、防衛のために相手を必要以上に攻撃をしてしまうという。そこで、気負うこともなく、何を話してもよく、話したくないことは話さなくていい、安心できる場所で気楽なおしゃべりの場を通じ「自分も相手も尊重するコミュニケーション力」を培っていくのだ。

 雄大被告は、おしゃべりで友人も多い。しかし、安心して、本当に話したいことを話すことはできなかったのではないだろうか。もしくは、本当に話したいこと、考えなければならないことはなんなのか、雄大被告自身も考えようとしないまま、虐待を続けていた、という方が近いのかもしれない。

 『DVはなおる 続』内の加害当事者達の手記には他にも共通点がある。「配偶者や子どもが家を出て行ってしまう」などの大きな出来事があってようやく初めて自身の加害性に気付くという点だ。船戸家の場合、それは「結愛ちゃんの死」からだった。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂