イグ・ノーベル賞、感動的コメディとなった「動物になってみる」男たちの偉業

 あまりにも寒くて外に出たくない日や、気持ちよさそうに飛ぶ鳥を見たとき、「人間以外の動物になってみたい」と思ったことがある人は多いだろう。普通なら、一瞬空想するだけだが、中には真剣に他の動物になろうと試みる人がいる。今回は、人間以外の動物になろうとして、2016年のイグ・ノーベル賞(生物学賞)を受賞した2冊のサイエンス・ドキュメントを紹介する。

『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(新潮文庫/著: トーマス・トウェイツ )yagininattemita1201

『人間をお休みしてヤギになってみた結果』は、就職活動がうまくいかないフリーランスのデザイナー33歳男性が、“ヤギになって人間の悩み事を忘れ、草を食べながら、のんびりアルプス山脈をわたる”ために、試行錯誤を重ねたサイエンス・ドキュメント。

 笑えるエッセイを読むような、完全現代口語訳も巧みなテキストで、四足歩行するための装具や芝生から栄養をとる装置を開発し、アルプス山脈でヤギの群れと共に草を食べた日々を綴り、イグ・ノーベル賞を受賞した。

 著者は、2009年、ゼロからトースターを作ったレポート『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮文庫)で、世界的にヒットを飛ばしたトーマス・トウェイツ。それから4年たち、「自分は一発屋ではないか」と将来の不安に襲われた彼は、なぜか、「数週間、人間を“お休み”して悩みを忘れ、本能だけで生きたい」と、他の動物になるプロジェクトに取り組み始める。

 時間把握能力を「切る」ために、脳に磁気ショックを与えてみたり、義足を作るためにヤギを解剖したり、草から栄養を取るための人工内臓を作ろうとしたり。著者の「ヤギになりたいし、なんとなくできる気がする」という、狂気を感じさせるほどブレない情熱が、家畜史、文化人類学、動物生理学、解剖学、脳科学などなどたくさんの分野の扉を開き、読者に複数分野の最新の知見を横断的に見せてくれる。

 著者は、各分野の最前線の現場で働く専門家や学者にアプローチをかけ、快活に切り込んでいく。獣医解剖学の権威に「ギャロップをしたい」と宣言して止められ、動物生理学の専門家に、ヤギの内臓にいる微生物の体内摂取を提案して「いやいやいや」と押しとどめられ、義肢装具士に再び「ギャロップをしたい」と言って「体がぶっ壊れる」とやっぱり止められ――。いい大人たちが「ヤギになれる可能性/ヤギになれない理由」について意見を戦わせるやり取りは、どちらも真剣なだけにコメディのようだ。

 それでも「なんとなくできる気がする」という著者の情熱に、多くの研究者が好奇心を刺激され(もしくは心配から)、今までに作られたことのない四足歩行用装具が作られ、ヤギの解剖も手助けされる。最終的に、スイスのヤギ農家に訝しまれながらも、アルプスのヤギの群れに加わり、草原を渡り、草を食べながらヤギから“形の変わった仲間”としてわずかにだが受け入れられる様子は、かなり感動的ですらある。

 人間は、今のところはまだ、何にでもなれるわけではないけれども、普通の人が想像する以上のことができる。と、書くのは簡単だが、実践してみせるのは並大抵のことではない。笑いにまぶしながらも、貴重な偉業を収めている本書は、読んだ人をきっと元気にしてくれるだろう。

『動物になって生きてみた』(著: チャールズ・フォスター/河出書房新社)doubutuninattemita1201

 『動物になって生きてみた』は、獣医師であり弁護士でもある著者が、「野生動物から世界がどう見えるかを知りたい」という一念で、実際にアナグマ、カワウソ、キツネ、アカシカ、アマツバメと同じように生きようとするノンフィクション。とにかく軽い筆致の『ヤギ~』とくらべると文体は硬質だが、こちらも面白味では引けをとらない。

 真剣に動物の生活を実践するという点では、『ヤギ~』と重なるところもある『動物になって生きてみた』だが、動物と同じスペックを装備しようとする『ヤギ~』に対して、素の人間でできる範囲で動物の生態をマネる、という手法を採っている。

 加えて『ヤギ~』は、専門家と著者の丁々発止のやりとりを、「ツッコミ」のように機能させることで、読者は「この人のやってること変だよね」と、ある意味安心して読むことができたが、『動物に~』の著者は、そういった点には全く頓着していない。一貫して冷静に、当たり前のように、街路樹の茂みを這って警察に職務質問されたり、四足歩行で走って近所の女性に心配されたりする。土の中でミミズを食べながら何週間も過ごし、シカとして猟犬に追われ、ツバメを知るために木に登って幼虫を口に入れ、12月に川の中を移動して凍えた自分に落ち込んだりしているのだ。

 著者は、変な行動をアピールしたいわけではなく、ただ純粋に研究しているので、そこに“ツッコミ”は必要ない。が、どうしてもおかしさがあふれてしまう。ついつい著者にツッコみながら読み進めることになる人も多いだろう。

 しかし、本書が最も強くインパクトを残しているのは、「野生動物が感じている(かもしれない)世界」の描写だ。キツネが知覚している「一瞬で100年を見渡す」世界、アマツバメが知覚する「水あめのような」世界。動物と行動を共にした経験と生理学の知識を併せ持った著者にしか書けない、想像を超えた不思議な景色が、豊かな筆力で、まるでファンタジー小説のように鮮やかに立ち上がってくる。

 彼がのぞいている豊潤な世界を垣間見れば、理解し難かった一見変な行動も、もうおかしくは見えなくなってしまう。そしてなにより、あらゆる動物を、読書前とは違う敬意と親近感をもって見てしまうことになる。読む前の感覚には戻れなくなるかもしれないが、それでもぜひ「動物が感じている世界」の一端を本書で堪能してほしい。
(保田夏子)