――覚醒剤、コカイン、大麻、向精神薬……クスリに溺れる女たちを嗤うのはたやすい。だが、彼女らの声に耳を澄ませば、セックスやジェンダーをめぐる社会の歪みが見えてくる。これは、文筆家・五所純子による“女とドラッグ”のルポであり、まったく新しい女性論である。

高層タワーの街は空の高さを意識させられ、人は玩具のように小さい。新宿副都心のホテルのロビー、約束の時間より20分早く、彼女は太い柱の陰に座っていた。うつむいて物思いに耽っているようでも、うなだれているようでもあった。
普段はロリータファッションに身を包むが、「今日は初対面の人に話をするので、そぐわないと思って」。レース編みの白いカーディガンに、黒のミニドレス、ストラップパンプス。誰の気も引かず、誰の気も逆撫でしない、誰でもない服装を選んだ。
名前は“かずき”。本名は“りつこ”。幼稚園の頃から一人称は“僕”で、10歳のときに「たぶん僕はかずきだ」と思った。女性であることに拒否感があったが、どうしようもないことだと受け入れた。現在19歳の大学生。
かずきは3人の神と出会った。
1人目の“神様”は合気道の師匠。香川で200人の門下生を抱える大道場に、生まれつき心臓の弱かったかずきを丈夫にしようと両親が入塾を決め、4歳から通いはじめた。
「師匠は父よりも父みたいな存在でした。『道場の子たちはみんな家族だ』、それが師匠の口癖でした。
40人くらいの塾生を並ばせて、なかでも成績優秀な先輩に対して『俺が死ねと言ったら死ねるか』と、師匠が問いただした場面をよく憶えてます。子どもを使ったパフォーマンスですね。いかに自分が忠誠を尽くされているかを見せびらかして、威信を保っていたんでしょう。先輩は『死ねます』と答えました。次に、『お前はどうだ』と僕が訊かれました。師匠は僕がためらうのを期待してたと思うんです。でも僕は『死ねます』って答えました。別にいつ死んでもいいし、大好きな師匠のためだったら全然死ねたので。『嘘をつくな』と怒鳴られました。
道場はバチバチの体育会系で、完全に年功序列、体罰も当たり前です。『はっきりものを言え。お前と話しとるとイライラする』とよく言われました。僕が主将を務めたときは、『お前がいなかったら○○が主将になれたのに』『みんながお前についてきたかったとでも思うのか』と……。

僕はみんなのことが大好きなんですよ。師匠のことも、先輩たちも後輩たちも。だけど、僕は死んだほうがいいのかな、と思うようになりました。極端ですよね。小学生のときはリストカットを知らなかったので、ハサミで手首を切ってました。中学生のあるとき、気づかないうちに腕を噛みちぎって、目覚めたら口の中に肉片が残っていて。両親は僕を病院に連れていきました。それまでは不眠や頭痛の治療で脳神経外科から睡眠薬を処方されていたんですけど、このとき精神科で解離性障害だと病名がつきました。いまでも記憶がすっぽり抜け落ちたり、日常で現実感がなかったりします。
『かずきはつらくて自傷をしながらも、主将をやり抜いたんだぞ』。中学を卒業する頃、師匠が道場で褒めてくれました。みんなに自傷がバレて恥ずかしかったけど、幸せでした。神様にやっと認めてもらえたから。
あの頃のことは合気道しか憶えていません。それ以外は靄がかかってます」
醒めるかずきは神に心酔し、眠るかずきは神を拒絶していた。高校生になると、しだいに道場から足が遠のいた。すると自傷もおさまった。
道場と入れ替わるように、スナックなどでアルバイトを始めた。16歳が客の接待業務をし、飲酒をする。違法行為だとかずきは理解していた。「大学に行くのはいいけど、学費は自分で出してね」。前々から両親に言い含められていたため、高校在学中に進学費用を稼がなければいけないと考えていたのだ。
「姉が医大に入りました。僕より姉にお金をかけたほうが先行投資として正しいと思います。姉に劣等感ですか?ないです。お姉ちゃんはすごいですもん。僕が姉の犠牲ですか? そんなふうに考えたことないです。うちは仲良し家族ですよ。昨日もLINEグループで父が実家の猫の写真を送ってきて、みんなで『かわいいね』って返事しあいました」
バイト先の店長に言い寄られた。かずきは恋愛やセックスにさほど興味がなかったが、「人生の必修科目っぽいじゃないですか。やらなきゃいけないのかなと思って」。45歳の人と交際していると母に話したら、「意味がわからない」と号泣された。泣き虫の45歳の恋人を慰めたら、「包容力がある」と褒められた。
“ビッチ”“援交女”などと噂を立てられ、居心地の悪くなったかずきは高校を中退する。成人式に喪服で行ってやろうと考える程度には噂の発信源を恨んでいるが、当時のかずきは同級生を低能集団だと見下していたので、おあいこだとも思っている。
過剰処方する精神科医と愛人契約を結んだ

「人が少なくて閉塞感の強い地元を離れたくて、東京の大学を受験しました。それと、このままだと最終学歴が中卒なので、大卒の経歴が欲しかったです」
18歳で上京、通学しやすい新宿に家を借り、歌舞伎町のキャバクラでアルバイトを始めた。学費も家賃も食費も光熱費も通信費も遊興費も医療費も健康保険料も住民税もすべて自分で稼ぐ生活が始まった。そこで、かずきは2人目の“神様”に出会う。
「キャバクラの女の人ってみんな綺麗でお話が上手ですごいんです。僕は前髪パッツンや姫カットが落ち着くんですけど、男性客のウケが悪いので封印して、お話をがんばって、それでもお客さんに選ばれない。自分が嫌になること、不安になること、忘れたいことがどんどん増えていきました。
また自傷するようになったので精神科に、自宅にいちばん近い個人医院に行きました。双極性障害、対人恐怖症、ADHD(注意欠如・多動症)と診断されて、精神安定剤のセニラン、抗うつ剤のデプロメール、あと頓服で抗不安剤のデパスが処方されました。薬を飲んだら驚くほど調子がよくなって、僕なんかでも生きてていいような気がしてきました。
しばらくして、『診察代は安くないし、お金が大変でしょ。連絡先を教えてくれたら、暇なときに相談に乗るよ』と医師が言ってくれました。問診で僕のことを隅々まで話してましたから、不自然には感じませんでした。感激しました。薬を処方してくれるだけでも尊いのに、僕を健康にしてくれる神様が現れた、と。

LINEを交換して個人的に連絡をとりはじめると、『月20万(円)で俺と付き合わないか』と言われました。医師は40歳の独身男性です。彼は最初のうち、僕のことを“彼女”“恋人”と言ってましたけど、あるとき“愛人”と口を滑らせました。『絶対、誰にも言わないで』と口止めされてましたし、愛人契約なんだろうなとわかってたつもりですが、『好きだよ。君は何もしなくていいよ。そのままでかわいいよ』という言葉を真に受けたかったのかもしれません。優しさの先にはセックスが用意されてたんですよね。
月20万以外に、化粧品とか服とか、僕がかわいくいられるための物を買ってくれました。じきに20万が30万に増えて、僕ももっと差し出さなきゃいけないと考えました。誰かが好きと言ってくれたら、“じゃあ、僕も好き。こんな体でよければどうぞ”と思うんです。どうして“体”か、ですか? 体以外に僕が差し出せるものって、なにか他にあります? 心とかですか?
セックスの最中は首をよく絞められました。週に1~2回、会うのはかならず彼の家です。僕のバイトが終わる明け方から、彼の出勤時間まで。休日は深夜に呼び出されました。僕がLINEを返すのが遅れると、興奮した彼が僕の家に乗り込んできました。
薬は欲しいと言えばなんでもくれて、デパスとマイスリーとレンドルミンをよくもらってました。この頃から解離が再発しました。10針縫うほど深く腕を切って、初めて自分の骨を見たのもこの時期です。骨ってほんとに白いんですね。他人事みたいですか? 記憶がないから、他人の惨状を見てるみたいなんですよ。
彼の家にいたあるとき、僕が『もうやだ』と叫びながら壁に頭を打ちつけはじめたそうです。それで、彼は僕に鎮静剤を打ったというんですね。目が覚めたら注射器がありました。病院で使ってる薬でしょうけど、なぜ彼の家にあったのか、どういう薬剤なのか、わかりません。僕はだんだん薬がないと生活できなくなってました」
過剰処方で患者を“薬漬け”にして“常連客”にする精神科医は、医療業界でも評判が悪い。まして女を囲うためになど悪質すぎる。のちに愛人契約を解消して病院を移ると、新しい医師は控えめに言った。「前の先生、ちょっと薬が多いかな」。病院を替えてから、かずきの記憶は飛びにくくなった。医師の愛人だった4カ月間、ずっと意識が朦朧としていたことに気がついた。
新しい居場所を求めて地下アイドルの輪へ

「別れ話をしたら、瓶で殴られたり蹴られたりしました。泣きながら『お前だけは俺のことわかってくれると思ってたのに』って、精神科医と患者の立場が逆ですよね。この人も僕の神様じゃなかった。彼がうずくまってる間に置き手紙をして逃げました。
愛人契約は悪いことだと思わないですけど、かなり危険をともなうとわかりました。どれだけお金に困っても、もう二度とやりません」
自己否定感が和らぐものは「薬、お酒」。好きなものは「アイドル」。3人目の“神様”雛方ゆんあの名前を口にした途端、かずきは破顔した。声が柔らかく上ずり、目尻が溶けそうなほど下がった。
「愛人契約で得たお金で会いに行くなんて、ゆんちゃんに顔向けできませんでした。みんながんばって働いてるのに、僕が稼いだお金は汚かったから。ゆんちゃんはかわいくて清くて優しくて、みんなのことを癒やしてくれます。ゆんちゃんだけが僕の神様です。
神様というのは導いてくれる人のこと。だから、神様の言うことは絶対です。僕は自分の人生に責任をとる自信がなくて、正しい生き方を見せてくれる人を求めてるんでしょうね。師匠も医師も神様じゃなかった。結局、師匠は子どもに甘えて、医師は僕に依存してましたから。
ゆんちゃんのおかげでやっと居場所を見つけられました。道場と違ってファンの人たちはおっとりしてるし、今度こそ疑似家族になれる、と。
ゆんちゃんはいわゆる“地下アイドル”で、ファンの人数は限られてます。ライブもほとんどが男性で、女性は2~3人。LINEグループが20人くらいで、そのうち現場でよく会う数人で遊びに行きました。ゆんちゃんは僕たちを愛してくれて、僕たちはゆんちゃんを愛していて、この輪をみんなで大切にしています。輪は強いです。
だから誰にも言えなかったんですけど、ファングループの人から『かずきちゃんのことが好きになっちゃった。付き合ってほしい』と次々に言われてしまって。僕に優しくしてくれたのは家族だからじゃなくて、その先にセックスがあったからなんだね、と。断るとすごく傷つく人たちですし、僕なんかが傷つけてしまうのも何様なんだという気がして。僕が輪を乱した。もう神様にも会いに行けない。それを考えだすと苦しくて、解離が起きてしまうんです」
雛方ゆんあのライブは、アイドルとファンが一体化して“ここにあるもの”を信じるという宗教性すらあった。その統制が頼もしくも煩わしくもある。さらにアイドルというシステムは、マトリョーシカのように女子を小さく模造化して取り込む力学をもつのか。アイドルサークル内アイドル、あるいは“雛方ゆんあ”の代理を求められたかずきは、“神”のつくった世界を守るために、トラブルを黙って処理する。“世界”の矛盾が皺寄せる。
「僕はメイドカフェで十分」と、かずき自身のアイドル願望は縮小して保たれる。歌舞伎町のキャバクラを辞め、現在は秋葉原のメイドカフェで働く。家賃8万、医療費・薬代3~4万。毎月金が足りず、キャバクラと医師の手当で貯めた金を取り崩す日々。ライブで出会ったサラリーマンの恋人が、日々の出費をさりげなく払ってくれるのがありがたい。大学にはもう行っておらず、退学届を出すつもりだ。
「薬は増える一方で、どんどんやめられなくなってます。こんな奴が生きてると思うとイラッとします。強くなりたいです」
(つづく)
※人物の名称は仮名です。
(写真/草野庸子)
五所純子(ごしょ・じゅんこ)
1979年生まれ。文筆家。映画や文芸を中心に執筆。著書に『スカトロジー・フルーツ』(天然文庫)、共著に『1990年代論』(河出書房新社)、『心が疲れたときに観る映画』(立東舎)がある。
以前の連載記事は下記のリンクから読むことができます
【第一回】ダンサー・君島かれんの野良知性
【第二回】ゴミ収集員【真弓】の物語(前編)
【第三回】ゴミ収集員【真弓】の物語(後編)
【第四回】【向精神薬】をパステルに包む彼女