【京東商城】中国のイーコマース企業が作った「完全無人倉庫」の内情とは?

――あまりにも速すぎるデジタルテクノロジーの進化に、社会や法律、倫理が追いつかない現代。世界最大の人口14億人を抱える中国では、国家と個人のデータが結びつき、歴史に類を見ないデジタルトランスフォーメーションが進行している。果たしてそこは、ハイテクの楽園か、それともディストピアなのか――。

【京東商城】

中国版アマゾンと呼ばれる、巨大なイーコマース企業。通称ジンドン(JD.com)。1998年に設立され、現在は売上高6兆円を超えるまでに成長した原動力が、最先端のロボットやテクノロジーを使った「スマート物流」。2017年に発表した上海にある完全無人倉庫は、人の手にほぼ触れることなく商品を出荷できることで話題になった。最近では次世代物流のため、リニアモーター技術などにも投資をしている。

◇◇◇

 中国といえば、今や世界でもっとも先進的な「キャッシュレス社会」として知られるようになった。しかし、これからは最先端のテクノロジーを駆使した「スマート物流」が間違いなくホットな分野になる。だから最近、中国の物流倉庫を取材している。

「世界で初めてとなる、完全無人倉庫が完成した」

 2017年、中国のイーコマースのトップ企業であるJD.com(京東商城/ジンドン)が、上海エリアにおいて「完全自動化」を施した巨大倉庫の建設を発表した。1日あたり20万個近いアイテムをさばくことができる、フラッグシップとなる物流拠点だ。

 このニュースを報じた米CNBCによれば、倉庫の広さは約4万平方メートル。本来ならば400~500人ほどの作業スタッフが必要となるスケールの倉庫だが、ここにはたったの5人しか必要ないという。つまり必要な人手は、およそ100分の1ということだ。

 JD.comが公開した無人倉庫の動画には、真っ白いロボットアームが登場する。まるで生き物のように、滑らかな動きでスマートフォンの箱を掴み取って、バーコードをスキャンさせて、ベルトコンベアの上に次々と置いていく。

 ちなみに合計20個備えつけられているロボットアームは、三菱電機製。さらにこのロボットの腕をコントロールしている「頭脳」にあたる人工知能は、日本のMUJIN(ムジン)という気鋭のロボットベンチャーが担当している。

「無人倉庫は、そもそもコストパフォーマンスを度外視して作った設備。だから、あらゆる商品を無人倉庫で配送できるわけではないんですよ」

 この倉庫について詳しい関係者は、そのように明かす。まずはお金のことは考えずに、最先端のテクノロジーをかき集めたということだ。実際にこの無人倉庫で扱っているアイテムは、今は四角い箱に入っているスマートフォンに限られている。

 つまりハイテクをアピールするために作った、やや「盛り気味」な完全無人倉庫ともいえる。それでも日本の物流倉庫では絶対に見ることができない、SFの世界だ。

 ロボットアームからベルトコンベアに荷物が流れてゆき、巨大な立体倉庫に在庫として収納されてゆく。そして注文があれば、まるで昆虫のように床の上をチョロチョロと動き回るロボットが、商品を配送エリアに運んでゆく。

 もはやこの物流倉庫は、室内の明かりをすべて消しても、暗闇の中で動き続ける――。メディアでは、そんな「都市伝説」まで紹介された始末だ。

■日本は「スマート物流」の輸入国

 現在は「中国版アマゾン」と言われることも多い、このJD.comのEC取引額は22兆円(2017年)に上る。そのビジネスの心臓部は、最先端のテクノロジーを活用したスマート物流だ。

 歴史的に中国のオンラインショッピングでは、せっかく注文した商品が破損しているなど、クオリティの低い物流によってユーザーは嫌な目にあうことが多かった。そこでJD.comは、なんと自社で物流システムをゼロから構築するという手段に出た。

 きちんとした有名メーカーの商品が、もっとも整備された物流システムによって、美しい状態で手元に届く。これによってJD.comは後発にもかかわらず、中国最大のイーコマース企業であるアリババを追い上げて、中国ナンバー2の座にまで上り詰めた。

 従業員数は17万5000人以上おり、なんと約40%にあたる7万人が物流の配送員をしている。また2010年にはアマゾンより先駆けて「当日配送」のサービスを始めている。

 そして巨大な物流倉庫は500カ所以上もあり、そこでもっとも力を入れているのが、冒頭で紹介したようなロボットと人工知能による自動化の加速だ。人間の腕の代わりにロボットアームを使うだけではなくて、さまざまな商品や商品棚を載せて、昆虫のように倉庫内をチョロチョロと走り回るAVG(自動搬送車)であったり、ドローンといったハードウェアも続々と取り込んでいる。

「中国では、10万人以上もの従業員に対して、高いスキルを一人ひとりに教え込むのは本当に難しい。だったら、ロボットで自動化したほうが早いというのが、経営側の視点です」と、JD.comをよく知る日本人は語る。

 さらにドローン利用でも先行しているのは、中国ならではの理由もある。

「例えば、山が連なる四川省には、陸路で断崖絶壁を4時間かけないと行けない場所に人々が住んでいる。それがドローンなら15kgの荷物を5分の飛行で運べます」(JD.comの肖軍・副総裁)

 今年に入って日本のイーコマース大手の楽天は、JD.comの最先端のドローンや配送ロボットなどを採用して、日本国内における無人配送サービスなどの開発を進めると発表した。つまり、日本はスマート物流において「輸入国」になっているのだ。

■デジタル人海戦術の「限界」

 もうひとつ、中国のスマート物流がこれから大きなトレンドになる背景がある。それが中国の高齢化と人手不足の問題だ。

 中国は、約14億人という世界最大の人口を抱えている大国だ。だから人材を安く使うことができ、余剰労働力がたくさんあるように思うが、話はそんなに簡単ではない。

 まず国連の予想によると、中国の人口は2030年をピークにして減少してゆく。何よりも高齢化がとても早いスピードで進行し、2015年に9.7%だった高齢化率(65歳以上)は、2035年には20%を超えてゆき、2060年には30.5%に到達する。

 つまり数字だけみると、中国は2050年頃には現在の日本と変わらない「超高齢化社会」を迎える。人口そのものは多くても、白髪の人がものすごく増えることになる。

 さらに、中国がどんどんと豊かな国になっていることに伴って、若い世代は肉体労働を伴う仕事をしたくないという傾向が明らかになっている。

「私の教えている学生たちで、アルバイトをしている子はほとんどいません。彼らはプライドが高いので、ブルーカラー的な仕事は絶対にしません」と、先日お会いした、対外経済貿易大学の西村友作教授は語っていた。

 これは、中国にとっては徐々に社会問題になっているという。なぜならテクノロジー国家として注目されるようになっている中国だが、実はその最新のサービスの裏側には、かなりアナログな「人海戦術」があることは周知の事実だからだ。

 出前アプリを使えば、30分でホカホカの料理を持ってきてくれるのは、電動バイクにまたがって、危険をかえりみずに猛スピードで走ってくれる配達員がいるからだ。彼らはスマホに親しんだ「新世代農民工」と呼ばれる存在で、地方から都市部に移ってきては、デジタル社会を底辺から支えている。

 ネットショッピングで注文した商品がすぐに手元に届くのは、郊外にある巨大な物流倉庫などで、同じく無数の商品をさばいてくれる労働力があるおかげだ。もし人手が足りなくなれば、こうしたサービスは価格が高騰して、これまでのように機能することが難しくなる。

 いったん便利になったサービスは、いくら人の手が足りなくなっても、人間はずっと使い続けようとするものだ。だから中国は世界最大の人口を抱える国から、世界最大のロボットを抱える国になっていく。スマート物流分野は、その試金石となるエリアなのだ。(月刊サイゾー6月号より)

●後藤直義(ごとう・なおよし)

1981年生まれ。青山学院大学文学部卒。毎日新聞社、週刊ダイヤモンドを経て、2016年4月にソーシャル経済メディア『NewsPicks』に移籍し、企業報道チームを立ち上げる。グローバルにテクノロジー企業を取材し、著書に『アップル帝国の正体』(文藝春秋)など。

【京東商城】中国のイーコマース企業が作った「完全無人倉庫」の内情とは?

――あまりにも速すぎるデジタルテクノロジーの進化に、社会や法律、倫理が追いつかない現代。世界最大の人口14億人を抱える中国では、国家と個人のデータが結びつき、歴史に類を見ないデジタルトランスフォーメーションが進行している。果たしてそこは、ハイテクの楽園か、それともディストピアなのか――。

【京東商城】

中国版アマゾンと呼ばれる、巨大なイーコマース企業。通称ジンドン(JD.com)。1998年に設立され、現在は売上高6兆円を超えるまでに成長した原動力が、最先端のロボットやテクノロジーを使った「スマート物流」。2017年に発表した上海にある完全無人倉庫は、人の手にほぼ触れることなく商品を出荷できることで話題になった。最近では次世代物流のため、リニアモーター技術などにも投資をしている。

◇◇◇

 中国といえば、今や世界でもっとも先進的な「キャッシュレス社会」として知られるようになった。しかし、これからは最先端のテクノロジーを駆使した「スマート物流」が間違いなくホットな分野になる。だから最近、中国の物流倉庫を取材している。

「世界で初めてとなる、完全無人倉庫が完成した」

 2017年、中国のイーコマースのトップ企業であるJD.com(京東商城/ジンドン)が、上海エリアにおいて「完全自動化」を施した巨大倉庫の建設を発表した。1日あたり20万個近いアイテムをさばくことができる、フラッグシップとなる物流拠点だ。

 このニュースを報じた米CNBCによれば、倉庫の広さは約4万平方メートル。本来ならば400~500人ほどの作業スタッフが必要となるスケールの倉庫だが、ここにはたったの5人しか必要ないという。つまり必要な人手は、およそ100分の1ということだ。

 JD.comが公開した無人倉庫の動画には、真っ白いロボットアームが登場する。まるで生き物のように、滑らかな動きでスマートフォンの箱を掴み取って、バーコードをスキャンさせて、ベルトコンベアの上に次々と置いていく。

 ちなみに合計20個備えつけられているロボットアームは、三菱電機製。さらにこのロボットの腕をコントロールしている「頭脳」にあたる人工知能は、日本のMUJIN(ムジン)という気鋭のロボットベンチャーが担当している。

「無人倉庫は、そもそもコストパフォーマンスを度外視して作った設備。だから、あらゆる商品を無人倉庫で配送できるわけではないんですよ」

 この倉庫について詳しい関係者は、そのように明かす。まずはお金のことは考えずに、最先端のテクノロジーをかき集めたということだ。実際にこの無人倉庫で扱っているアイテムは、今は四角い箱に入っているスマートフォンに限られている。

 つまりハイテクをアピールするために作った、やや「盛り気味」な完全無人倉庫ともいえる。それでも日本の物流倉庫では絶対に見ることができない、SFの世界だ。

 ロボットアームからベルトコンベアに荷物が流れてゆき、巨大な立体倉庫に在庫として収納されてゆく。そして注文があれば、まるで昆虫のように床の上をチョロチョロと動き回るロボットが、商品を配送エリアに運んでゆく。

 もはやこの物流倉庫は、室内の明かりをすべて消しても、暗闇の中で動き続ける――。メディアでは、そんな「都市伝説」まで紹介された始末だ。

■日本は「スマート物流」の輸入国

 現在は「中国版アマゾン」と言われることも多い、このJD.comのEC取引額は22兆円(2017年)に上る。そのビジネスの心臓部は、最先端のテクノロジーを活用したスマート物流だ。

 歴史的に中国のオンラインショッピングでは、せっかく注文した商品が破損しているなど、クオリティの低い物流によってユーザーは嫌な目にあうことが多かった。そこでJD.comは、なんと自社で物流システムをゼロから構築するという手段に出た。

 きちんとした有名メーカーの商品が、もっとも整備された物流システムによって、美しい状態で手元に届く。これによってJD.comは後発にもかかわらず、中国最大のイーコマース企業であるアリババを追い上げて、中国ナンバー2の座にまで上り詰めた。

 従業員数は17万5000人以上おり、なんと約40%にあたる7万人が物流の配送員をしている。また2010年にはアマゾンより先駆けて「当日配送」のサービスを始めている。

 そして巨大な物流倉庫は500カ所以上もあり、そこでもっとも力を入れているのが、冒頭で紹介したようなロボットと人工知能による自動化の加速だ。人間の腕の代わりにロボットアームを使うだけではなくて、さまざまな商品や商品棚を載せて、昆虫のように倉庫内をチョロチョロと走り回るAVG(自動搬送車)であったり、ドローンといったハードウェアも続々と取り込んでいる。

「中国では、10万人以上もの従業員に対して、高いスキルを一人ひとりに教え込むのは本当に難しい。だったら、ロボットで自動化したほうが早いというのが、経営側の視点です」と、JD.comをよく知る日本人は語る。

 さらにドローン利用でも先行しているのは、中国ならではの理由もある。

「例えば、山が連なる四川省には、陸路で断崖絶壁を4時間かけないと行けない場所に人々が住んでいる。それがドローンなら15kgの荷物を5分の飛行で運べます」(JD.comの肖軍・副総裁)

 今年に入って日本のイーコマース大手の楽天は、JD.comの最先端のドローンや配送ロボットなどを採用して、日本国内における無人配送サービスなどの開発を進めると発表した。つまり、日本はスマート物流において「輸入国」になっているのだ。

■デジタル人海戦術の「限界」

 もうひとつ、中国のスマート物流がこれから大きなトレンドになる背景がある。それが中国の高齢化と人手不足の問題だ。

 中国は、約14億人という世界最大の人口を抱えている大国だ。だから人材を安く使うことができ、余剰労働力がたくさんあるように思うが、話はそんなに簡単ではない。

 まず国連の予想によると、中国の人口は2030年をピークにして減少してゆく。何よりも高齢化がとても早いスピードで進行し、2015年に9.7%だった高齢化率(65歳以上)は、2035年には20%を超えてゆき、2060年には30.5%に到達する。

 つまり数字だけみると、中国は2050年頃には現在の日本と変わらない「超高齢化社会」を迎える。人口そのものは多くても、白髪の人がものすごく増えることになる。

 さらに、中国がどんどんと豊かな国になっていることに伴って、若い世代は肉体労働を伴う仕事をしたくないという傾向が明らかになっている。

「私の教えている学生たちで、アルバイトをしている子はほとんどいません。彼らはプライドが高いので、ブルーカラー的な仕事は絶対にしません」と、先日お会いした、対外経済貿易大学の西村友作教授は語っていた。

 これは、中国にとっては徐々に社会問題になっているという。なぜならテクノロジー国家として注目されるようになっている中国だが、実はその最新のサービスの裏側には、かなりアナログな「人海戦術」があることは周知の事実だからだ。

 出前アプリを使えば、30分でホカホカの料理を持ってきてくれるのは、電動バイクにまたがって、危険をかえりみずに猛スピードで走ってくれる配達員がいるからだ。彼らはスマホに親しんだ「新世代農民工」と呼ばれる存在で、地方から都市部に移ってきては、デジタル社会を底辺から支えている。

 ネットショッピングで注文した商品がすぐに手元に届くのは、郊外にある巨大な物流倉庫などで、同じく無数の商品をさばいてくれる労働力があるおかげだ。もし人手が足りなくなれば、こうしたサービスは価格が高騰して、これまでのように機能することが難しくなる。

 いったん便利になったサービスは、いくら人の手が足りなくなっても、人間はずっと使い続けようとするものだ。だから中国は世界最大の人口を抱える国から、世界最大のロボットを抱える国になっていく。スマート物流分野は、その試金石となるエリアなのだ。(月刊サイゾー6月号より)

●後藤直義(ごとう・なおよし)

1981年生まれ。青山学院大学文学部卒。毎日新聞社、週刊ダイヤモンドを経て、2016年4月にソーシャル経済メディア『NewsPicks』に移籍し、企業報道チームを立ち上げる。グローバルにテクノロジー企業を取材し、著書に『アップル帝国の正体』(文藝春秋)など。

ブラックミュージックが世界を席巻する理由 差別、文化、神への信仰…識者が推す「ラップ現代史選書」

――全米の音楽チャートのトップ10すべてがラップという状況も、今やめずらしくなくなった昨今。日本でも今なおフリースタイル・バトル熱が継続する中、「なぜヒップホップがここまで巨大産業になったのか?」を、近年刊行された書籍を中心に徹底分析。音楽はもちろん、映画や宗教といった角度からも攻めてみよう。

 ここ数年でポップ・カルチャーにおいて――とりわけポップ・ミュージックにおいて――すっかり巨大な市場を形成するまでになったヒップホップ/ラップ・ミュージック。その間、いわゆる関連書も当然のことながら何冊も出版されている。本稿では、この1年あまりのあいだに出版された書籍を軸に、ヒップホップ/ラップにアプローチする上で欠かせない著書を発表されている杏レラト、長谷川町蔵、そして山下壮起の三氏が太鼓判を押す書籍を紹介しながら、ヒップホップ/ラップの現在に新たな光を当てていきたい。

 とはいえ、いきなり本題に入るのは不親切だろう。気にはなるけど、急にヒップホップ/ラップと言われても……と思われる読者諸氏もいるに違いない。

 そこで入門書として紹介したいのが『文化系のためのヒップホップ入門1』【1】だ。基本的にヒップホップを聴きながら育ってきたわけではないという、アメリカ・ポピュラー音楽の研究者であり慶応大学の教授も務める大和田俊之氏と、文筆家として活躍する前述の長谷川氏の小気味良いリズムをキープした対話で語られる入門書となっている。一言で言うなら、これはヒップホップ/ラップをほとんど聴いたことのない者にこそ機能する1冊だ。昨年にはその続編となる『文化系のためのヒップホップ入門2』が刊行された。こちらは12~14年までのヒップホップ・カルチャーの動向をしっかりフォローしており、この2冊を読むことで、1970年代から2010年代までのヒップホップ史の要所、ヒップホップ/ラップの勘所をしっかりと押さえることができる。

 さらに、具体的なヒット曲を例に挙げ、79年から15年までの歴史やトレンドをつかみとることができるのが、シェイ・セラーノ著『ラップ・イヤー・ブック』【2】だ。タイトルの通り、著者が重要とする曲を年ごとに1曲ずつ選び、それら楽曲の分析だけにとどまらず、適宜文体を変えながら、時にエッセイ風にまとめあげたりもしている、全体的に楽しい雰囲気に包まれた書籍となっている。

 ここまで紹介した3冊で扱われているのが、基本的なヒップホップの“正史”だとしたら、その正史に大きな影響を与える“日陰の存在”だったカルチャーに「ミックステープ」【編註:実質、有料で販売されるアルバムのような音源を、アーティスト自身がフリーで配布したり、ストリーミングサイトにアップする作品】がある。のちに正史に堂々と登場することになるが、このヒップホップの裏面史ともいえるミックステープが持つ18年上半期までの歴史を掘り起こしたのが、拙著『ミックステープ文化論』【3】だ。

 もう少しわかりやすく説明しよう。今現在のラップ興隆の背景には、スポティファイに代表されるストリーミングサービスの普及や定着も大きく関わっている。ただし、今現在あるストリーミングサービスが誕生したことで、ラップ人気が急激に高まったわけではない。ヒップホップ/ラップに関しては、実は生誕期から楽曲制作に楽器やミュージシャン、設備の整った音楽スタジオなどを特に必要としないこともあり、作品の制作から完成品の発表、そして宣伝・拡散および流通方法までに至るすべての“段取り”を自分たちだけでこなすことが可能だった。こうした段取りのすべてが凝縮された作品が“ミックステープ”なのだ。拙著を読むことでストリーミングという発想そのものは、ミックステープという機構の中に、40年以上も前の遥か昔から組み込まれていたことに、お気づきになるかもしれない。

■映画と共に成長したヒップホップ文化

 さて、ここまではヒップホップ/ラップの歴史に則した内容を持つ書籍を紹介してきたが、米在住の映画ライター・杏レラト氏による『ブラックムービー ガイド』【4】を紹介したい。ブラックムービーの始祖でもあるスパイク・リーの登場から、『ブラック・パンサー』までの歴史的変遷をまとめた著書で、同書で取り上げられている80年代半ば以降は、ヒップホップが映画とリンクし始め、ラッパーが演者として映画の世界に足を踏み入れた時期とも重なる。その頃からラッパーと映画との距離の取り方は、ウィル・スミスやアイス・キューブ、そして2パックの例に見られるように三者三様で、映画の世界には音楽とはまた違う面白さを味わうことができる。そんな杏氏が映画的観点で選んだ本が、アンジー・トーマスが書いた小説『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』【5】。そして偶然の一致か、それほどまでに重要な作品であるためか、長谷川氏も同書をチョイス。

「ティーン向けに書かれたいわゆるYA(ヤングアダルト)小説なのですが、内容は滅茶苦茶ヘビー。なにしろ主人公の黒人女子校生・スターは、幼馴染みの黒人少年・カリルが白人警官に射殺される瞬間を目の当たりにしてしまうのだから。その後の彼女の抗議活動や暴動の描写は、完全にトレイボン・マーティン射殺事件やファーガソン騒動を下敷きにしている。黒人のティーンがいかに死の危険に晒されていると感じているかが、平易な言葉で記された重要作。著者はラッパーを志していた人なので、ドレイクやJ・コールといったラッパーの名も頻発します。タイトル自体も2パックの言葉『The Hate U Give Little Infants Fuck Everybody(憎しみを植え付けられた子どもが社会に牙を剥く)』からの引用となっています」(長谷川氏)

 杏氏が続ける。

「『ザ・ヘイト~』はフィクションなのですが、今のアメリカ、とりわけアフリカ系アメリカ人の現状を克明にわかりやすく描いています。長谷川さんが述べられているように、ティーン向けの小説なので難しい言い回しや表現を用いず、若者たちが牽引するポップ・カルチャーを色濃く反映した物語になっている。ポップ・カルチャーが好きな方であれば、日本人でもわかりやすく読めるという利点もあると思いますね。

 また、本書で描写されている事件は、実際に昔からたくさん起きているのも事実です。55年にリンチで殺された黒人の少年、エメット・ティルの名前が出てくることからも、黒人がアメリカで抱え込んでいる問題はなんら変わっていないという現状も叩きつけられます。2パックをはじめ、ジェイ・Zやケンドリック・ラマーといったラッパーたちがラップを通じて伝えたいことが、ページをめくるたびに目に、そして心に飛び込んでくる本です」(杏氏)

 この『ザ・ヘイト~』の物語、および作者であるアンジー・トーマスの言葉から改めて気づかされるのは、現在のヒットチャートのほとんどがラップであること同様、日常生活に当たり前のようにヒップホップ/ラップが溶け込んでいるということなのだ。

■避けては通れないキリスト教とラップ

 ヒットチャートをにぎわすヒップホップ/ラップが、日常に溶け込んだ形はほかにもある。表立って語らることがないため見過ごされがちだが、ヒップホップにおける宗教的表現の類いがそれだ。ギャングスタ・ラッパーは教会から厳しい批判を受けてきたが、中には普段からキリストの頭部をかたどった“ジーザス・ピース”なるチェーンをぶら下げるだけでなく、リリックで神や天国、さらにはイエス・キリストに言及する者も多く存在する。一方で、80年代初頭には、キリスト教徒によってクリスチャン・ラップ/ゴスペル・ラップが誕生した。日本基督教団阿倍野教会の牧師、そして神学者である山下壮起氏による『ヒップホップ・レザレクション―ラップ・ミュージックとキリスト教』【6】(発売は7月25日を予定)は、ヒップホップの担い手であるアフリカ系アメリカ人における宗教観をテーマにした画期的な著書。アフリカ系アメリカ人の宗教史を紐解きながら、キリスト教にとどまらない宗教の多様性や聖俗観までもフォローしている。

「ヒップホップにおいて、ラッパーたちは薬物の違法売買や銃による暴力といったストリートの現実を題材として取り上げてきました。そのため、反社会的な音楽と見なされ、キリスト教会から厳しく批判されてきた。しかし、ラッパーたちの中にはそうした現実に重ね合わせながら、神や天国、さらにはイエス・キリストといった宗教的モチーフに言及する者が多数いるんですね。それは一体なぜなのか? 拙著はその問いを端緒として、ヒップホップの宗教的な側面を掘り下げたものであり、黒人神学者ジェイムズ・H・コーンの『黒人霊歌とブルース―アメリカ黒人の信仰と神学』【7】における議論を継承したものです。西洋的な宗教観では、聖なるものは世俗から切り離して考えられるのに対して、アフリカでは、“聖”と“俗”は人間の現実の中に混在しているとされる。そうしたアフリカ的な宗教性が宗教音楽である黒人霊歌だけでなく、世俗のものと規定された音楽にも継承されているんです」(山下氏)

 その音楽にあたるものが、ヒップホップだというのだろうか。キリスト教とヒップホップといえば、ここ最近もっとも注目を集めたものとして、アメリカ・カリフォルニア州の野外フェス「コーチェラ・フェスティバル」の一環として開催された、ご存知カニエ・ウェストの“サンデーサービス(日曜礼拝)”がある。

「カニエはゴスペル・ソングと自身の楽曲を一緒に演奏することで、ゴスペル・ソングとヒップホップに神の救いのメッセージが通底していることを示そうとしたのかもしれません。教会がヒップホップを批判してきたことに対して、カニエはサンデーサービスを通して、自由に神を賛美する在り方を教会やクリスチャンに提示。その一方で、非クリスチャンにも神を賛美する喜びや、神への賛美は自由であることを伝えるという目的があったようにも思えます」(同)

 つまり、山下氏が選んだ『黒人霊歌とブルース』の著者、ジェイムズ・H・コーンの考察が、カニエのサンデーサービスにも当てはまるということなのだろうか。さらに山下氏は興味深い見解を示す。

「憶測になりますが、サンデーサービスはカニエの“トランプ支持”から考えることも可能だと思います。福音派の81%がトランプを支持していることを考えるなら、カニエは自身の“宣教”のために福音派をリスナーとして取り込もうと考えているのかもしれません。つまり、サンデーサービスのようなパフォーマンスを行い、世俗音楽に距離を置く福音派からも自身の動向に注目を集めようとしているということです。もしそうだとするなら、カニエはゴスペル・ソングとヒップホップをクロスオーバーさせ、両者に通底する神への視点に気づかせることで、福音派の教条主義的な側面の克服を目指しているとも考えられます。カニエは自身の宣教の課題を聖と俗のクロスオーバーに据えて、宗教の枠を超えたキリスト教的霊性に基づく運動を展開しようとしているのかもしれませんね」

 こうして三氏の選書を並べると、ヒップホップ/ラップは、単なる音楽として扱うだけでは済まされないほど、日常のさまざまな局面において、その深部にまで浸透しているといえるだろう。

 そもそもヒップホップ・カルチャーの流行と共に知られるようになった「キープ・イット・リアル(Keep It Real)」という言葉がある。「自分を偽るな、自分自身であれ」という意味だ。それには、まず自分自身を知らなければならない。だが、そう容易ではなく模索し続けるのが、ヒップホップなのである。さらに、それを聴いた人々が触発され、今回紹介した小説『ザ・ヘイト~』、あるいは論考『ヒップホップ・レザレクション』のような著作が生まれ、ヒップホップ/ラップ・ミュージックにほとんどなじみのない人たちにも影響を与えることになる。

 最初のラップ・レコードが発売された時から数えても。およそ40年の歳月を経た19年、ヒップホップ・カルチャーから生まれたヒップホップ/ラップ・ミュージックは、単にヒットチャートやストリーミングのデータ上だけで人気を得ているだけではない。そのエッセンスが、歳月を重ねることで、さらに濃縮されてもいるのだ。長谷川氏は近年のヒップホップに対する所感として、いみじくも次のように述べている。

「ヒップホップは単なる音楽というよりも、今のアメリカ社会を生きる人々の“集合的無意識のサウンドトラック”だと思う」

 音楽的観点はもちろんだが、文化や映画など、本稿で紹介してきた本を通じ、別の視座からヒップホップ/ラップを眺めてみるのも、実に新鮮なのである。(月刊サイゾー7月号特集『ヤバい本』より)

◇◇◇

【1】『文化系のためのヒップホップ入門1』
長谷川町蔵×大和田俊之/アルテスパブリッシング(11年)
11年に発売された第一弾に続き、昨年には第二弾も登場した「ヒップホップの正しい聴き方」の入門書。かの山下達郎も太鼓判を押すほどのベストセラーだ。

◇◇◇

【2】『ラップ・イヤー・ブック』
シェイ・セラーノ/小林雅明訳/DU BOOKS(17年)
ラップ創成期から現在に至るまでの約40年間の軌跡を振り返るバイブル。図解でわかりやすく、ビギナーはもちろん、上級者でもじっくり楽しめる内容になっている。

◇◇◇

【3】『ミックステープ文化論』
小林雅明/シンコーミュージック(18年)
ヒップホップ文化を語る上では、決して外すことのできない“ミックステープ”という一種のプロモーション。今やグラミー賞も受賞するその文化の歴史を探る。

◇◇◇

【4】『ブラックムービー ガイド』
杏レラト/スモール出版(18年)
『ワイルド・スタイル』や『ストレイト・アウタ・コンプトン』『ゲット・アウト』など、ブラックムービー黎明期から近年作まで、ブラックカルチャーの歴史と変遷を追う。

◇◇◇

【5】『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』
アンジー・トーマス/服部理佳訳/岩崎書店(18年)
女子高生のスターは、10歳のときに幼馴染みのカリルが拳銃で撃たれる現場を目撃してしまう。実際にアメリカで起きている社会問題と重ね合わせられる傑作。

◇◇◇

【6】『ヒップホップ・レザレクション―ラップ・ミュージックとキリスト教』
山下壮起/新教出版社(19年7月25日発売予定)
ヒップホップのオリジネイターであるアフリカ系アメリカ人の宗教性にスポットを当て、キリスト教との関係や聖俗観を徹底的に分析する。

◇◇◇

【7】『黒人霊歌とブルース―アメリカ黒人の信仰と神学』
ジェイムズ・H・コーン/梶原寿訳/新教出版社(83年)
黒人が奴隷制時代に生き延びるために作り出した黒人霊歌と、奴隷解放後に黒人が生みだしたブルースを結びつけ、その表現形態を考察する。

萱野俊人と巡る【超・人間学】「人間は“教育”によって生かされている」(前編)

――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

今月のゲスト
安藤寿康 

萱野稔人の対談企画、今回のゲストは行動遺伝学、進化教育学、教育心理学、生物学的視点から教育についての研究を行っている安藤寿康氏。「人間にとって教育とは。なぜ人間は教育をするのか」を問う。

■“教育”は人間の本質

萱野 安藤先生の著書は以前から読ませていただいており、教育学の分野で非常にオリジナリティのある仕事をされていると感じていました。特に私が面白いと思ったのは「教育とは何か」という大きな問いを“人間”の根幹に関わる問いとして考察されているところです。

 一般に教育学といえば、教育という枠組みそのものを前提として、いかに子どもの学力向上や人格形成を果たしていくのかを探求する学問として位置づけられています。しかし安藤先生は「そもそも教育とは何なのか」「なぜ人間は教育という営みをなすのか」といった問いから議論を展開されています。そのアプローチがとても新鮮だと感じました。

安藤 教育学関係者の教育に関するオーソドックスな議論を聞きながら、いつもモヤモヤしていたんですよ。教育がなんのためにあるのかという最初の出発点が見えていないところで議論してもなぁ……という感じで。それと私自身、いちおう大学教授になっていますが、勉強に関しては落ちこぼれという感覚があって、学校教育のあり方にずっと疑問を抱いていたんです。一生懸命に勉強してもあまり学力が向上しなくて、「なんのためにこんな勉強をしなきゃいけないのか」と思いつつ、国が国民にやれといっているんだから、きっとよいことを教わっているに違いないと自分にむりやり言い聞かせながら……。よっぽど頭のいい人を除いて、受験に取り組んだことのある人なら誰でも同じような思いを抱いたことがあると思います。

 改めて振り返ってみても、自分が受けてきた学校教育がすべての面において本当に役に立ってきたのか。国民全員が教育というものに当たり前に投入されていますが、どこかにおかしいところがあるんじゃないかという思いがあったんです。

萱野 みずからの体験の中に教育そのものの存在を疑う契機があったんですね。なぜそれが存在するのか、という問いはきわめて哲学的です。この場合ですと、なぜ教育などというものが存在するのか、という問いですね。

安藤 萱野先生はいくつかの著書で「国家はなぜ存在するのか」という哲学的な議論をされていますが、とても似ているものを感じています。

 国家の存在は誰にとっても当たり前のもので否定することはできません。教育の存在も人間社会にとって自明のものです。国や文化によって制度や内容の違いはあっても、教育そのものはどんなところにも当たり前に存在していて、例えば発展途上国の支援にしても、教育支援はプライオリティのトップに必ず入りますよね。現在と同じような形だったわけではないですが、歴史的に国家も教育もずっと人間と共に存在してきた。その発生には、何か人間特有の機能が関わっているはずなんです。

萱野 著書『なぜヒトは学ぶのか』(講談社現代新書)で安藤先生は、人間を「教育によって生きる動物である」と規定しています。他者に何かを教える、他者から何かを学ぶ、という教育の営みが、人間という存在にとって普遍的でプリミティブ(根源的)な要素をなしている、ということですね。これは大変示唆に富む指摘です。

安藤 そこに思い至ったのは、あるとき自分に「ダーウィンという神が降りてきた」という感覚なんです(笑)。若い頃はなんでもかんでも「適応」や「遺伝子を残すこと」で説明することに対して懐疑的なところもあったのですが、人間を生物学的な視点でとらえてみると、やはり有無を言わさぬパワフルな説明力に圧倒されたんです。

 ヒトは生きるための知識を他者と交換しながら生きる動物として生まれついている。それをもっとも合理的に説明できるのは進化論だと気づいたんです。私にとってコペルニクス的な転換でした。もっともこれは私の発見というわけではなく、近年の進化生物学、進化心理学、脳神経科学などの研究、知見が示唆していることです。ヒトという動物は他の動物と違って知識を自分だけのものにするのではなく、他者に伝えたがるように生物学的にできている。これはヒトの本質のひとつなんですね。脳科学的にいえば、人間の脳は他者から知識を教わり、教わって学ぶ“教育脳”とでもいうべき、ヒト特有の発達を進化の過程で獲得したと考えられます。それが人類の発展の根本にあるはずです。

萱野 教える・学ぶという行為は人間の脳に組み込まれた行動形態であるということですね。例えば私たちは飲み会で酔っ払っていても、相手が何か間違ってものごとを認識していると感じたら、それを是正しようとしますよね。これも広い意味でとらえれば、正しい知識を教え、共有しようとする教育的な行動といえる。学校教育のような制度化された教育とはまったく異なる形態ですが。

安藤 そうした行動が教育の原点だと思います。

萱野 暇つぶしのネットサーフィンにおいてすら、私たちは知識や情報を集めようとしますよね。

安藤 ネットサーフィンで知識や情報を集めようとする人がいる一方、ウェブ上に何らかの文脈を作って人に何らかの知識や情報を伝えたいという人がいるということで、これも知識の分配という教育的な行動と言えるでしょう。

■“知識”にがんじがらめにされた人間の世界

萱野 教えよう、教えてもらって学ぼう、という両者が合わさって教育という場が成り立っている。そう考えると、教育は人間社会のありとあらゆる場面で営まれていると言えますね。

安藤 人間に一番近い生物とされるチンパンジーでも、教育といえる行動は一切していません。これは教育がヒト特有の行動形態であるということでもあります。

 この教育という行動の特徴として重要なポイントは、無償で行われているということなんですね。他者に何かを教えること、教えてもらって何かを学ぶこと、それ自体が報酬や対価がなくてもうれしかったり、楽しかったりする本能的なものなんです。

萱野 大学で教員をしている身からすると、とても説得力のある話です。学生が何か質問にきたら、やはり仕事を抜きにしてうれしいですから。

安藤 そこで、授業料を払ってもらっているから仕方なく教える、というふうには絶対にならないですよね(笑)。

萱野 質問に対して丁寧に応じても給料は変わらないわけで、作業効率だけを考えたら学生が質問にこないほうがいいということになりますが、それでも学生の質問にはうれしく対応してしまうものですよね。こうした無償性という点も他の生物には見られない点なのでしょうか?

安藤 “学習”だけなら実は、単細胞のゾウリムシでもしています。ゾウリムシは過去に自分が適応した環境を記憶し、変化が生じると、その環境を再現するために行動するんですね。あらゆる生物は学習を行うことで生存していると言えます。

 そんな中で、人間は知識を学習して自分の生存のためだけに使うのではなく、教育を通じて知識を他者と共有しながら使います。このような知識の使い方は人間だけの特異性といえるでしょう。聖書に「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉がありますが、人間が膨大な知識によって生活を支えられていることを思えば、「人は知識によって生かされている」と言えるわけです。

 社会的な動物は進化の過程で“互恵的利他性”と呼ばれる特性を獲得してきました。これは利己的な遺伝子の乗り物である動物が、遺伝子を生き残らせるために一見利他的な行動を取る性質のことですが、この互恵的利他性が知識に関して発揮されたのが教育と言えるでしょう。

萱野 なぜ人間にはそうした行動形態が備わったのでしょうか? やはりそれは、人間が生きる世界が知識によって組み立てられているからなのでしょうか?

安藤 そう考えたときに一番納得できるんですね。私たちの生きている世界のありとあらゆるところに知識は入り込んでいますから。ある意味、私たちの生きる世界は知識によってがんじがらめにされているともいえるぐらいです。しかし、例えば20万年前に狩猟採集をしていた人類の知識は、現代のそれとはまったく異なるでしょう。

 では、彼らに教育はあったのかという疑問が当然出てきます。そこで2011年に今も狩猟採集民の生活を営んでいるカメルーンの先住民、ピグミーの一族であるバカ族の村までフィールド観察に行ってきました。これまで文化人類学者たちの報告では、ピグミーには「教育がない」ことが文化伝達の特徴とされていたんです。しかし、実際に現地に行って調査してみると、確かに制度化、慣習化、テキスト化された教育はありませんでしたが、何らかの知識を教え合う教育行動がさまざまな形で見つかったんです。

萱野 現代の文明社会とは異なる原初的な社会に生きる人たちもまた、食べものや動植物、地形、天候など、自分たちの生存圏に関わることについては膨大な知識を持っていますよね。現代の文明社会であろうが、原初的な社会であろうが、人間はつねに膨大な知識のもとで生きています。そうした膨大な知識があることによって人類は絶滅せずに生存してこられたともいえる。だからこそ、われわれは知識を教え合い、教育をせずにはいられないような存在へと進化してきたのでしょう。

■知識と価値観を共有する教育制度の意義

安藤 「生物が生きるための“三欲”」と言ったとき、“食欲”と“性欲”はすぐ出てきます。続く3つ目として“睡眠欲”や“排泄欲”が挙げられることが多いのですが、私は“知識欲”あるいは“学習欲”だと考えています。睡眠や排泄は欲というよりも生理的な機能で行うものでしょう。

 一方、食欲と性欲は、生存や繁殖のために必要不可欠なもので、それが枯渇しているから、外部から取り込もうとしたり、自分のものにしようとしたりします。知識もまた、そうした欲に近い形で吸収しているんですね。

萱野 その考えは斬新ですね。睡眠欲や排泄欲より知識欲のほうを重視すべきなのは、それが自分とは異なるものを自分の中に取り入れようとする欲求だからですね。その点で、知識欲は食欲や性欲と同列に置かれるべき欲求だといえます。それに知識欲は人間の生存にかなり近いところで発揮されている。

 例えば大学で教えている学生の中には、アイドルオタクの学生がときどきいるんですが、彼女たちはアイドルの追っかけをするために、どういう移動手段と宿泊方法がもっとも安くなるのかを徹底的にリサーチしている。ある意味で、知識欲そのものがとても実践的なんですよね。

安藤 興味のない人からすると「くだらない」と思うようなことでも、好奇心を持つことにのめり込むことは生物学的快感があるし、それだけでなく実際に多くのことを学んでいるでしょう。それは電車の乗り継ぎとかだけではなく、ひょっとしたら自分の好きなアイドルの活躍を見ることで、自らの生き方を振り返ってみるとか、自ずと何かしら大きなことも学んでいるんですよね。

萱野 どんなことであれ、ヒトは個々の知識を学ぶことで価値観や世界観を形作っていきます。それはもはや人間にとっての生存の条件と言っていいかもしれません。

安藤 その通りですね。実用的な意味でも哲学的な意味でも、何を学んでいるのかということが社会での生き方、どのように生きているかということを規定してしまいます。それが面白いところでもあり、怖いところでもあります。

萱野 人生は言ってみれば選択の連続です。今日の昼食に何を食べるかというレベルから進学、就職、結婚まで、ありとあらゆる行為が決定の結果として成り立っています。そしてその「決定する」という営為の前提となるのは、これまでに学んできた知識であり、そこから得た価値観や世界観です。それを考えたら、学んだことが人生を決めるといっても過言ではありませんね。

安藤 知識が将来の選択肢、可能性を決めるのですから、もはや人生そのものともいえるでしょう。

萱野 教育は個人の生き方だけでなく、共同体のあり方をも規定していますね。

安藤 教育によって共同体を維持しようとする行動も生来的に人間に組み込まれているものでしょう。知識を継承することによって、知識の共有で成り立っている共同体を維持、もしくは拡大していくことは、自分自身の生存と深く関わりがあります。

 ヒトを取り巻く世界は常に何かしらの問題を抱えていて、それを解決するために知識を共有する必要がありました。そして、その知識を次世代に伝えて育てていく。教育とは突き詰めていえば一緒に問題解決をする仲間を作るということです。学校という教育制度の本来の機能と目的はそこにあるはずで、それが国家のレベルで教育制度を作っていることの理由ではないでしょうか。国家を動かしている根本にあるものは、教育と同じものではないかという気がしています。

 また、教育には社会的ルールを教えて自己抑制を学ばせるという側面がありますが、国家が暴力によって、国民をコントロールしていることとも共通しています。これも萱野先生の著作を読んで感じたことですが。

萱野 集団の中で価値観や規律を共有するということは、別の側面からみたら、他人を自分の思う通りに行動させたいという欲望の表れでもありますからね。それを法にもとづく強制力によって行うのが国家だとすれば、知識の共有によって行うのが教育だとも言えます。

 つまり教育には2つの側面があるわけですね。一緒に問題解決に取り組む仲間を作るという側面と、相手を自分の望む通りに行動させようとするという側面です。国家が教育に強い関心をもつのも、この2つの側面が人間の生存に深く関わっているからです。国家だけではありません。一般の人々も、誰もが教育評論家になっているといっていいぐらい教育には一家言持っています。それだけ教育は人間と集団の本質に組み込まれているということでしょう。(月刊サイゾー8月号より)

(次号に続く)

構成/橋富政彦

安藤寿康

1958年生まれ。慶應義塾大学文学部教授。博士(教育学)。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は教育心理学、行動遺伝学、進化教育学。双生児法によって遺伝と環境が人間に及ぼす影響の調査・研究を続けている。主な著書に『なぜヒトは学ぶのか』(講談社現代新書)、『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SBクリエイティブ)、『遺伝と環境の心理学』(培風館)、など。

萱野稔人

1970年生まれ。哲学者。津田塾大学教授。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。主な著書に『国家とは何か』(以文社)、『死刑 その哲学的考察』(ちくま新書)、『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門』(小社刊行)など。

【上原実矩】SHISHAMOのMVで注目の美少女は“年金”で女優業に目覚める!?

【拡大画像はグラビアギャラリーでご覧いただけます。】

――映画や人気アーティストのMV、モード系ファッション誌のモデルまで幅広く活躍する注目の女優は、インターネット配信の作品にも意欲的!

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(写真/河西遼)

 今年3月に公開されたBUMP OF CHICKENのMV「Aurora」。オープニングから鬼気迫る表情で、圧倒的な存在感を見せつけたのが女優の上原実矩だ。

 彼女は2010年に映画『君に届け』で主人公の少女期役でデビューしてから、現在までにガールズバンド・SHISHAMOのMVや、「カルピス」のCMなどにも出演。20歳ながら、その幅広い演技により頭角を現しており、今秋にはレギュラーでYouTubeドラマ『主人公』も配信される予定だ。

「YouTubeのドラマが最近増えていますけど、出るのは初めてですね。個人的にはインターネットで配信される作品に出られるのはうれしいです。ニューヨークに住む友だちにも、沖縄に住むおばあちゃんにも観てもらえるから。映画館とか、関東圏でしか放送されない作品だと、なかなか多くの人に観てもらえなくてもどかしいんです。私自身最近はNetflixやプライムビデオで作品を観ることが多いかな」

【想田和弘】技術革新で撮影の手法も変わる! 元ナチスの証言を盗撮しGoProで戦場を撮影

想田和弘(映画監督)

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1970年、栃木県足利市生まれ。『選挙』(07)や『精神』(08)などで知られる。10年には「DMZ国際ドキュメンタリー映画祭」で妻の父母が介護サービスに従事する様子を追いながら、父がエサを与え続けている野良猫の共同体の成り行きを撮影した『Peace』を上映。

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今回多くの識者からタイトルが上がった『ゆきゆきて、神軍』。(発売元:アドネス/販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント/税別4700円)。

 そもそも戦争というのは、よく考えてみると実に不条理な現象なんですよ。だって、生き物は普通、自分が生き残ることを最優先に行動するものでしょう。

 ところが戦争になると、「国」のためだとか、「民族」や「家族」のためだと言って戦地へ行きます。そして同じような大義名分で動員された、個人的には恨みもない、見知らぬ「向こう側の他人」と殺し合う。引いた視線で眺めてみると、いったいなんのために市民同士が殺し合わなくてはならないのか、まったくわからないんです。その馬鹿げたメカニズムを、映像を通して観察、直視することは、戦争を失くしていく上で有効な手段のひとつだと思っています。

 そんな戦争を題材にしたドキュメンタリー作品として、真っ先に思い浮かぶのは原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』(1987年)です。戦時中、ニューギニアに出征し、奇跡的に生還したアナーキストの奥崎謙三は、神戸市で妻とバッテリー商を営んでいる。ところが、敗戦直後に現地で起きた日本軍兵士処刑事件の噂を聞きつけてからは、事件に関係した元戦友たちの元へ、アポなしで押しかけ、時には暴力を振るいながら、真相を究明していく。

警察庁も採用するアリババ級の監視技術 世界を“監視する”NECの技術!「顔認証」監視国家へ進む日本

――いつの間にか世界の最先端テクノロジー大国になっていた中国。それを認めたくない人々からの批判として、常に引き合いに出されるのが顔認証技術やAIを使った国民の監視だ。一党独裁国家による不当な人権侵害であるかのように喧伝されているが、すでに多くの国で同様のハイテク監視が行われつつあることをご存じだろうか?

 満席の講演会場。壇上の人物の言葉に熱心に耳を傾け、メモをとる白髪交じりのビジネスマンたち。そこにいたのは、アリババ・クラウドのデータ・インテリジェンスの最高責任者・朱金童氏だ。4月に東京で開催された「AI・人工知能EXPO 2019」の特別講演でひときわ注目を集めたゲストスピーカーで、講演中はマスコミの撮影・録音も許可されないという厳戒態勢の中で行われた。その内容は、今やAI(人工知能)の研究で世界トップクラスの技術力を誇るアリババのクラウド事業や、将来的なAIクラウドがもたらすインパクトを表層的に解説したものにすぎなかったが、AI強国から来た若い30代の技術者の講演を、一回りも二回りも年上の経営者、サラリーマンたちが聞き入る姿を見て、改めて時代が変わったと痛感した。

 顔認証決済や無人コンビニ、スコアリング制度、自動運転の普及など、中国は世界に先駆けて最先端の技術が導入され、国全体がAI関連の実証実験の場と化している。一方で、一党独裁による監視国家という指摘も少なくない。習近平政権の強権的な政策と、民間企業の技術力が組み合わさリ、今中国では人類が直面したことのない“ディストピア”が生まれようとしている。

 アリババには“裏”の顔がある。2018年11月に会長の馬雲(ジャック・マー)が中国共産党員だったことが明らかとなり、多くの人が衝撃を受けたが、馬はたびたび政府に協力すると明言してきた。実際、杭州市の本社オフィスのほか、都市部の拠点オフィスには警察が常駐していると報じられた。アリババには、自社のECや金融をはじめさまざまなサービスのネットワークをリアルタイムで監視する「アリシールド(阿里神盾局)」という部署があり、警察と連携して違法行為の取り締まりを行っているのだ。アリシールドは表向き、知的財産権侵害やポルノコンテンツの摘発を行っているとするが、実態は謎に包まれている。一方、傘下のアリババ・クラウドも杭州市の警察部門とタッグを組み、ビッグデータと防犯カメラ網、ネットワーク監視、AIを組み合わせた防犯システムの開発に取り組んでいる。

■中国の民族自治区は巨大な収容所!?

 アリババだけでなく、BATIS――中国を代表する大手IT・AI企業のバイドゥ、アリババ、テンセント、アイフライテック(音声認識大手)、センスタイム(画像認識大手)――はすべて政府や警察部門に協力している。例えば米ウォール・ストリート・ジャーナル(17年12月4日付)によれば、北京在住の人権活動家・胡佳氏がWeChatペイを通じて「爪楊枝ボウガン」をネットで購入したところ、国家安全保障局の職員がやってきて「これでお前の家の前の監視カメラを破壊しようと思ったのか」と忠告されたという。WeChatを運営するテンセントは、購入履歴などを簡単に当局に手渡していたわけだ。ほかにも深セン市では顔認証による交通違反取り締まりが有名だが、その顔認証技術はタッグを組むセンスタイムのものが利用されている。

 BATISの持っている個人情報―購入履歴、メッセージ内容、財務状況、趣味嗜好、健康医療情報などあらゆるプライバシーはいつでも、中国政府がのぞき見ることができる。加えて顔、虹彩、指紋、声などの生体情報のデータベース化も進んでいる。

「すでに中国では13億人の顔認証スキャンが完了しているといわれていますが、中国政府は15年に発表した『996号通知』で、20年までに全土のネットワーク化を完了させるとしています。英調査会社IHS Markitによれば、18年末時点における中国の防犯カメラの台数は1億7600万(ちなみにアメリカは5000万台)で、20年には4億台を突破すると予想されています。加えて、一部の自治体では警察部門がタクシーに外向きにカメラを設置することを義務付け、走行中の数千台ものタクシーを“動く防犯カメラ”として運用しています。また最新の防犯カメラは、カメラ自体にAIが内蔵され、映像から瞬時に個人の特徴点を検出しクラウドに送信できるので、ほぼリアルタイムで誰がどこを歩いているのかがわかる。政府系ファンドから出資を受けた顔認証企業の雲衆科技(CloudWalk)は、中国の半数以上の省でその技術が採用され、4年間で1万人の犯罪者を逮捕したと報じられました。また最近では、顔だけでなく歩き方で個人を識別する『歩行認証』や『虹彩認証』も広がっています。並行して遺伝子情報のデータベースの蓄積も進めているので、個人のあらゆる情報が政府によってコントロールできる時代が到来しつつあります」(シリコンバレーに住む中国系アメリカ人)

 ディストピアの壮大な社会実験は、すでに新疆ウイグル自治区で行われている。ロイター通信は、中国の顔認証企業がウイグル族の住民250万人の追跡データベースを誰でも閲覧できる状態にしていたと報じたが(2月17日付)、そこには生年月日や住所、職業、顔情報など個人情報に加えて過去24時間に訪問した場所がすべて記録されていたという。同自治区では17年から、「健康診断」と称して約1800万人の遺伝子情報を採取していることを欧米メディアが暴いたが、人間の持つすべての情報が政府によって握られている状態というわけだ。多数のウイグル族が不当に「再教育キャンプ」という名の収容所に入れられているが、自治区自体が、巨大な“収容所”となる日も近いだろう。

 ところが、こうした状況に対して、中国人からは懸念の声はあまり聞かれないのが実情だ。新中国(中華人民共和国)成立以降、アナログな密告制度が長らく続いて慣れっこになっていることが影響しているが、それよりも人民の利便性と安全性が桁違いに向上したからだ。

「都市部に限ってですが、地下鉄内のスリや窃盗なんかがずいぶん減りましたし、交通ルールが改善して車も電動バイクのマナーもよくなった。私の住むマンションの隣の団地でも、以前は不法投棄のゴミだらけで、自転車窃盗団の倉庫になっていて歩けないくらい自転車が山積みだったんです。でも今はすべてなくなってキレイですね。ニセ領収書を売るオバサンや羊串を売るウイグル族の露天商などもいなくなって寂しい気もしますが……。体感治安は確実によくなっています」(上海在住の日本人駐在員)

 現地の日本人でさえ、そう感じているのだ。中国人自身も、プライバシーや自由より生活の質の向上を求めているのかもしれない。

■世界中を監視するNECの防犯テック

 さて、実はAIやIT技術の進化がもたらすディストピアは、我々にとっても他人事ではない。中国に後れを取りつつ、日本でも着々と監視社会への道を突き進んでいる。

 2月に天皇陛下(現上皇)在位30年記念行事が開催された際、政府主催行事として初めて顔認証システムが導入され、事前に登録していた参加者以外が侵入できないよう万全の対策がとられた。これは警察が実証実験を終え、実用段階に入ったことを意味する。そして、すでに捜査の現場で活用され始めている。

「18年10月の渋谷ハロウィン事件の犯人逮捕をめぐって当初、マスコミは『各所の防犯カメラの映像を執念で追跡した』と発表していましたが、あとになって警視庁捜査支援分析センター(SSBC)が、顔認証と防犯カメラの映像を照合して犯人を特定していたことが明らかになりました。その後、座間9遺体事件やアポ電強盗殺人事件でもSSBCが顔認証を捜査に活用していたことが判明したのです」(全国紙の社会部記者)

 SSBCは長らく知る人ぞ知る存在だったが、最近になってようやくその実態の一部が明らかになってきた。警察に詳しいジャーナリストの今井良氏が、「週刊現代」(講談社)4月6日号で語った内容によると、SSBCは09年に設立され現在、捜査員は120人体制。防犯カメラの分析を行う「機動分析係」と分析データを基に現場で情報提供を行う「分析捜査係」に分かれており、民間出身の画像分析のプロである「特別捜査官」も含まれているそうだ。科学捜査に携わったこともある警察OBは言う。

「捜査や国民監視システムへのAIの導入は中国のほうが進んでいる印象がありますが、つい最近まで日本の科学捜査のレベルは米英と並びトップクラスでした。防犯カメラの粗くて不明瞭な画像を鮮明にする『DAIS(捜査支援用画像分析システム)』や歩き方で個人を特定する『歩容認証』もSSBCが以前から採用していますし、低解像度の映像からナンバープレートの数字を識別する『PRESLLI』という画期的なシステムもあります。そもそも世界に先駆けて1987年から自動車のナンバーを自動で読み取るNシステムが設置され、これまで幾多の犯罪を解決してきました。同装置も今や小型化が進み、電柱や標識にも設置可能です。そういう意味ですでに、日本の警察には素地があるのです。AIや防犯カメラのネットワーク化が進めば、中国よりも優れたパブリックセキュリティーが実現できると思います」

 そして、その契機として最も適しているのが東京オリンピックを控えた今なのだ。警察庁や警視庁は東京オリンピックに向けて、ネットワーク防犯カメラと顔認証を用いた実証実験を数多く行っている。中国政府がBATISと協力して監視システムを構築しているように、日本ではNECが独壇場となっている。

「すでに国内の大きな祭りやイベントではNECが防犯カメラを使った群衆行動解析を行っていますし、例えば地上に置かれた荷物が一定期間、移動されない場合は不審物と見なしてセンターに通報されるシステムも駅などで実証実験が行われています。東京オリンピックでは30万人の選手・大会関係者をすべて顔認証で管理する計画ですが、ほぼNECの技術が採用されています」(IT業界に詳しい経済誌記者)

 NECは防犯カメラや顔認証で世界トップクラスの技術力を誇っており、すでに多くの実績を上げている。例えばアルゼンチンのティグレ市の事例では、多数の防犯カメラを設置してリアルタイム検知システムを稼働させ、08年~13年の間に自動車窃盗を8割減少させたという。またイギリスでは17年に行われたUEFAチャンピオンズリーグ決勝戦において、50万人分の容疑者、要注意人物、行方不明者の顔情報と来場者をリアルタイムで照合するシステムが導入された。同年、ロンドン警視庁とNECが行った実証実験では、パトカーの上にカメラを設置し、通行人を片っ端から“スキャン”して、6時間で3人の容疑者の逮捕に成功したケースもある。

 監視する技術はすでに日本にある。残るはプライバシーに関してうるさい日本人の考え方をどう変えていくか、という問題だ。政府や治安機関は、『東京オリンピックを安全に開催するため』という大義名分を利用すれば、民意が得やすいと考えているに違いない。欧米には防犯カメラの設置に関して、細かい法律で厳しい制約を設けているが、日本はそれが十分に整備されておらず、従来から「悪用されそうで怖い/安全のために必要」といった感情論が先行していた。だからこそ、オリンピックを理由にすれば、やや強引であっても監視システムを整備しやすいというわけだ。例えばオリンピックのテロ対策を名目に期間中、都内のすべてのタクシーの屋根に防犯カメラを設置することが決まっても、ほとんどの人は異議を唱えないはずだ。

 気になるのは、日本人の顔情報の取り扱いだろう。

「運転免許証やパスポート、自治体の各種証明書、資格証などすでに膨大な顔データがあり、現状でこれらは裁判所の令状がなくても警察に提供できる状況にあります。とくに運転免許証は各都道府県の公安委員会が管理しているので、警察は簡単に入手できると考えていいでしょう。気になるのは、このタイミングで総務省がマイナンバーの『通知カード』を廃止し、写真付きのマイナンバーカードへの移行を促すための法改正を検討し始めたことです。運転免許証やパスポートだけでは、全国民の顔データは集められませんが、マイナンバーカードは全国民に付与されるので、それが可能になります」(プライバシー問題に詳しい弁護士)

 中国の監視社会は、全国民に携帯が義務付けられたICチップ付きの身分証があってこそ成立している。技術と民意、そして全国民の顔データの三拍子がすでにそろった状態にあり、いつでも中国並みのディストピアが来てもおかしくない。

「17年頃から、日本から官民問わずイノベーション都市である深センや上海への視察ツアー団が盛んにやってきます。サイバーセキュリティ関連や警備会社の人も来るんですが、警察OBもけっこういるんですよ。たたずまいや目の鋭さですぐわかりますけど、夜の食事会などで打ち解けて話すと、やはり『実は元警察官なんだ』なんて言うんです。視察ツアーは先方の要望で、税関や出入国管理、交通警察の管制センターなどに案内することもあります」(深セン在住の日本人コンサルタント)

 特定秘密保護法や、共謀罪(組織的犯罪処罰法)がすでに施行されている我が国において、顔データや防犯ネットワークを当局がどう運用していくのか、残念ながら我々は知る手立てはない。20年、中国をお手本とした、究極のAI監視体制がニッポンでも誕生するだろう。(月刊サイゾー6月号『令和時代の(新)タブー』より) 

警察庁も採用するアリババ級の監視技術 世界を“監視する”NECの技術!「顔認証」監視国家へ進む日本

――いつの間にか世界の最先端テクノロジー大国になっていた中国。それを認めたくない人々からの批判として、常に引き合いに出されるのが顔認証技術やAIを使った国民の監視だ。一党独裁国家による不当な人権侵害であるかのように喧伝されているが、すでに多くの国で同様のハイテク監視が行われつつあることをご存じだろうか?

 満席の講演会場。壇上の人物の言葉に熱心に耳を傾け、メモをとる白髪交じりのビジネスマンたち。そこにいたのは、アリババ・クラウドのデータ・インテリジェンスの最高責任者・朱金童氏だ。4月に東京で開催された「AI・人工知能EXPO 2019」の特別講演でひときわ注目を集めたゲストスピーカーで、講演中はマスコミの撮影・録音も許可されないという厳戒態勢の中で行われた。その内容は、今やAI(人工知能)の研究で世界トップクラスの技術力を誇るアリババのクラウド事業や、将来的なAIクラウドがもたらすインパクトを表層的に解説したものにすぎなかったが、AI強国から来た若い30代の技術者の講演を、一回りも二回りも年上の経営者、サラリーマンたちが聞き入る姿を見て、改めて時代が変わったと痛感した。

 顔認証決済や無人コンビニ、スコアリング制度、自動運転の普及など、中国は世界に先駆けて最先端の技術が導入され、国全体がAI関連の実証実験の場と化している。一方で、一党独裁による監視国家という指摘も少なくない。習近平政権の強権的な政策と、民間企業の技術力が組み合わさリ、今中国では人類が直面したことのない“ディストピア”が生まれようとしている。

 アリババには“裏”の顔がある。2018年11月に会長の馬雲(ジャック・マー)が中国共産党員だったことが明らかとなり、多くの人が衝撃を受けたが、馬はたびたび政府に協力すると明言してきた。実際、杭州市の本社オフィスのほか、都市部の拠点オフィスには警察が常駐していると報じられた。アリババには、自社のECや金融をはじめさまざまなサービスのネットワークをリアルタイムで監視する「アリシールド(阿里神盾局)」という部署があり、警察と連携して違法行為の取り締まりを行っているのだ。アリシールドは表向き、知的財産権侵害やポルノコンテンツの摘発を行っているとするが、実態は謎に包まれている。一方、傘下のアリババ・クラウドも杭州市の警察部門とタッグを組み、ビッグデータと防犯カメラ網、ネットワーク監視、AIを組み合わせた防犯システムの開発に取り組んでいる。

■中国の民族自治区は巨大な収容所!?

 アリババだけでなく、BATIS――中国を代表する大手IT・AI企業のバイドゥ、アリババ、テンセント、アイフライテック(音声認識大手)、センスタイム(画像認識大手)――はすべて政府や警察部門に協力している。例えば米ウォール・ストリート・ジャーナル(17年12月4日付)によれば、北京在住の人権活動家・胡佳氏がWeChatペイを通じて「爪楊枝ボウガン」をネットで購入したところ、国家安全保障局の職員がやってきて「これでお前の家の前の監視カメラを破壊しようと思ったのか」と忠告されたという。WeChatを運営するテンセントは、購入履歴などを簡単に当局に手渡していたわけだ。ほかにも深セン市では顔認証による交通違反取り締まりが有名だが、その顔認証技術はタッグを組むセンスタイムのものが利用されている。

 BATISの持っている個人情報―購入履歴、メッセージ内容、財務状況、趣味嗜好、健康医療情報などあらゆるプライバシーはいつでも、中国政府がのぞき見ることができる。加えて顔、虹彩、指紋、声などの生体情報のデータベース化も進んでいる。

「すでに中国では13億人の顔認証スキャンが完了しているといわれていますが、中国政府は15年に発表した『996号通知』で、20年までに全土のネットワーク化を完了させるとしています。英調査会社IHS Markitによれば、18年末時点における中国の防犯カメラの台数は1億7600万(ちなみにアメリカは5000万台)で、20年には4億台を突破すると予想されています。加えて、一部の自治体では警察部門がタクシーに外向きにカメラを設置することを義務付け、走行中の数千台ものタクシーを“動く防犯カメラ”として運用しています。また最新の防犯カメラは、カメラ自体にAIが内蔵され、映像から瞬時に個人の特徴点を検出しクラウドに送信できるので、ほぼリアルタイムで誰がどこを歩いているのかがわかる。政府系ファンドから出資を受けた顔認証企業の雲衆科技(CloudWalk)は、中国の半数以上の省でその技術が採用され、4年間で1万人の犯罪者を逮捕したと報じられました。また最近では、顔だけでなく歩き方で個人を識別する『歩行認証』や『虹彩認証』も広がっています。並行して遺伝子情報のデータベースの蓄積も進めているので、個人のあらゆる情報が政府によってコントロールできる時代が到来しつつあります」(シリコンバレーに住む中国系アメリカ人)

 ディストピアの壮大な社会実験は、すでに新疆ウイグル自治区で行われている。ロイター通信は、中国の顔認証企業がウイグル族の住民250万人の追跡データベースを誰でも閲覧できる状態にしていたと報じたが(2月17日付)、そこには生年月日や住所、職業、顔情報など個人情報に加えて過去24時間に訪問した場所がすべて記録されていたという。同自治区では17年から、「健康診断」と称して約1800万人の遺伝子情報を採取していることを欧米メディアが暴いたが、人間の持つすべての情報が政府によって握られている状態というわけだ。多数のウイグル族が不当に「再教育キャンプ」という名の収容所に入れられているが、自治区自体が、巨大な“収容所”となる日も近いだろう。

 ところが、こうした状況に対して、中国人からは懸念の声はあまり聞かれないのが実情だ。新中国(中華人民共和国)成立以降、アナログな密告制度が長らく続いて慣れっこになっていることが影響しているが、それよりも人民の利便性と安全性が桁違いに向上したからだ。

「都市部に限ってですが、地下鉄内のスリや窃盗なんかがずいぶん減りましたし、交通ルールが改善して車も電動バイクのマナーもよくなった。私の住むマンションの隣の団地でも、以前は不法投棄のゴミだらけで、自転車窃盗団の倉庫になっていて歩けないくらい自転車が山積みだったんです。でも今はすべてなくなってキレイですね。ニセ領収書を売るオバサンや羊串を売るウイグル族の露天商などもいなくなって寂しい気もしますが……。体感治安は確実によくなっています」(上海在住の日本人駐在員)

 現地の日本人でさえ、そう感じているのだ。中国人自身も、プライバシーや自由より生活の質の向上を求めているのかもしれない。

■世界中を監視するNECの防犯テック

 さて、実はAIやIT技術の進化がもたらすディストピアは、我々にとっても他人事ではない。中国に後れを取りつつ、日本でも着々と監視社会への道を突き進んでいる。

 2月に天皇陛下(現上皇)在位30年記念行事が開催された際、政府主催行事として初めて顔認証システムが導入され、事前に登録していた参加者以外が侵入できないよう万全の対策がとられた。これは警察が実証実験を終え、実用段階に入ったことを意味する。そして、すでに捜査の現場で活用され始めている。

「18年10月の渋谷ハロウィン事件の犯人逮捕をめぐって当初、マスコミは『各所の防犯カメラの映像を執念で追跡した』と発表していましたが、あとになって警視庁捜査支援分析センター(SSBC)が、顔認証と防犯カメラの映像を照合して犯人を特定していたことが明らかになりました。その後、座間9遺体事件やアポ電強盗殺人事件でもSSBCが顔認証を捜査に活用していたことが判明したのです」(全国紙の社会部記者)

 SSBCは長らく知る人ぞ知る存在だったが、最近になってようやくその実態の一部が明らかになってきた。警察に詳しいジャーナリストの今井良氏が、「週刊現代」(講談社)4月6日号で語った内容によると、SSBCは09年に設立され現在、捜査員は120人体制。防犯カメラの分析を行う「機動分析係」と分析データを基に現場で情報提供を行う「分析捜査係」に分かれており、民間出身の画像分析のプロである「特別捜査官」も含まれているそうだ。科学捜査に携わったこともある警察OBは言う。

「捜査や国民監視システムへのAIの導入は中国のほうが進んでいる印象がありますが、つい最近まで日本の科学捜査のレベルは米英と並びトップクラスでした。防犯カメラの粗くて不明瞭な画像を鮮明にする『DAIS(捜査支援用画像分析システム)』や歩き方で個人を特定する『歩容認証』もSSBCが以前から採用していますし、低解像度の映像からナンバープレートの数字を識別する『PRESLLI』という画期的なシステムもあります。そもそも世界に先駆けて1987年から自動車のナンバーを自動で読み取るNシステムが設置され、これまで幾多の犯罪を解決してきました。同装置も今や小型化が進み、電柱や標識にも設置可能です。そういう意味ですでに、日本の警察には素地があるのです。AIや防犯カメラのネットワーク化が進めば、中国よりも優れたパブリックセキュリティーが実現できると思います」

 そして、その契機として最も適しているのが東京オリンピックを控えた今なのだ。警察庁や警視庁は東京オリンピックに向けて、ネットワーク防犯カメラと顔認証を用いた実証実験を数多く行っている。中国政府がBATISと協力して監視システムを構築しているように、日本ではNECが独壇場となっている。

「すでに国内の大きな祭りやイベントではNECが防犯カメラを使った群衆行動解析を行っていますし、例えば地上に置かれた荷物が一定期間、移動されない場合は不審物と見なしてセンターに通報されるシステムも駅などで実証実験が行われています。東京オリンピックでは30万人の選手・大会関係者をすべて顔認証で管理する計画ですが、ほぼNECの技術が採用されています」(IT業界に詳しい経済誌記者)

 NECは防犯カメラや顔認証で世界トップクラスの技術力を誇っており、すでに多くの実績を上げている。例えばアルゼンチンのティグレ市の事例では、多数の防犯カメラを設置してリアルタイム検知システムを稼働させ、08年~13年の間に自動車窃盗を8割減少させたという。またイギリスでは17年に行われたUEFAチャンピオンズリーグ決勝戦において、50万人分の容疑者、要注意人物、行方不明者の顔情報と来場者をリアルタイムで照合するシステムが導入された。同年、ロンドン警視庁とNECが行った実証実験では、パトカーの上にカメラを設置し、通行人を片っ端から“スキャン”して、6時間で3人の容疑者の逮捕に成功したケースもある。

 監視する技術はすでに日本にある。残るはプライバシーに関してうるさい日本人の考え方をどう変えていくか、という問題だ。政府や治安機関は、『東京オリンピックを安全に開催するため』という大義名分を利用すれば、民意が得やすいと考えているに違いない。欧米には防犯カメラの設置に関して、細かい法律で厳しい制約を設けているが、日本はそれが十分に整備されておらず、従来から「悪用されそうで怖い/安全のために必要」といった感情論が先行していた。だからこそ、オリンピックを理由にすれば、やや強引であっても監視システムを整備しやすいというわけだ。例えばオリンピックのテロ対策を名目に期間中、都内のすべてのタクシーの屋根に防犯カメラを設置することが決まっても、ほとんどの人は異議を唱えないはずだ。

 気になるのは、日本人の顔情報の取り扱いだろう。

「運転免許証やパスポート、自治体の各種証明書、資格証などすでに膨大な顔データがあり、現状でこれらは裁判所の令状がなくても警察に提供できる状況にあります。とくに運転免許証は各都道府県の公安委員会が管理しているので、警察は簡単に入手できると考えていいでしょう。気になるのは、このタイミングで総務省がマイナンバーの『通知カード』を廃止し、写真付きのマイナンバーカードへの移行を促すための法改正を検討し始めたことです。運転免許証やパスポートだけでは、全国民の顔データは集められませんが、マイナンバーカードは全国民に付与されるので、それが可能になります」(プライバシー問題に詳しい弁護士)

 中国の監視社会は、全国民に携帯が義務付けられたICチップ付きの身分証があってこそ成立している。技術と民意、そして全国民の顔データの三拍子がすでにそろった状態にあり、いつでも中国並みのディストピアが来てもおかしくない。

「17年頃から、日本から官民問わずイノベーション都市である深センや上海への視察ツアー団が盛んにやってきます。サイバーセキュリティ関連や警備会社の人も来るんですが、警察OBもけっこういるんですよ。たたずまいや目の鋭さですぐわかりますけど、夜の食事会などで打ち解けて話すと、やはり『実は元警察官なんだ』なんて言うんです。視察ツアーは先方の要望で、税関や出入国管理、交通警察の管制センターなどに案内することもあります」(深セン在住の日本人コンサルタント)

 特定秘密保護法や、共謀罪(組織的犯罪処罰法)がすでに施行されている我が国において、顔データや防犯ネットワークを当局がどう運用していくのか、残念ながら我々は知る手立てはない。20年、中国をお手本とした、究極のAI監視体制がニッポンでも誕生するだろう。(月刊サイゾー6月号『令和時代の(新)タブー』より) 

インスタグラムのパクリ暴露アカウントの正体 実は”ブランド”をリスペクトしていた?

――ブランドのパクリをズバズバと指摘していくインスタグラムの人気アカウントが存在する。しかし、ファッション業界は恐れおののくばかりではなく、奇妙な関係も生まれていた。

 前記事でも触れた通り、グッチの袖が膨らんだファージャケットと、ダッパー・ダンがデザインしたジャケットがそっくりだと指摘したインスタグラムのアカウント「Diet Prada」。2014年12月に開設されて以来、さまざまなブランドのアイテムに対して、過去のデザインとの類似点を皮肉たっぷりのコメントと共に容赦なく暴露してきたため、ファッション業界関係者から恐れられているのだ。運営しているのは、自らも業界関係者であるトニー・リューとリンゼイ・スカイラーの2人。フォロワーは1300万人を誇る(5月初旬時点)。

 ほかに暴露の例を挙げると、18年、韓国のブランドであるブラインドネスのアイテムがシャネルの1991年秋冬コレクションのものとそっくりであることを指摘。あるいは19年、アメリカのインフルエンサーが販売するバッグがヴァレンティノのパクリであることを投稿した。

 さらに、パクリの暴露だけにとどまらない。18年、ドルチェ&ガッバーナがインスタで公開した、アジア系モデルが箸で苦戦しながらイタリア料理を食べるという動画が、人種差別的だと指摘。それによって大炎上し、予定されていた上海でのドルガバのショーが中止に追い込まれたのだった。

 こうした指摘に有名ブランドの多くは戦々恐々としているが、グッチはあえてそれを逆手にとり、18年春夏シーズンに「Diet Prada」をショーに招待したこともある。そして、同ブランドのインスタの公式アカウントにおける情報発信を任せる、というユニークな試みを行い、話題となった。

 また、「Diet Prada」と趣はちょっと異なるが、インスタには「Supreme Copies」なるアカウントもある。ここでは、シュプリームが1994年に創業した当時から現在に至るまで、デザインの“参考”や“オマージュ”したと思われるものが、ネットやフォロワーからの情報を元に掲載されているのだ。例えば2016年の投稿では、シュプリームが14年秋冬に発表したチェリー柄のセーターが、ブルース・リーが主演し、1973年にアメリカで公開された映画『ドラゴンへの道』の通行人が着ているセーターの柄と似ていると指摘した。

 そんな「Supreme Copies」のフォロワーは9万5300人(同時点)。17年にはフォロワー数が5万人に到達したことを記念して、それまでの投稿をベースに、法的な理由でインスタにアップできなかったアイテムの写真も加えて収録した書籍『Supreme Copies』を欧米で刊行した。

 ただし、このアカウントは単にシュプリームの“あら探し”をしているわけではないのかもしれない。アカウント主は、過去にインタビューで「ストリートブランドの服には、常に“オリジナルじゃない”要素が入っているもの」「どんどんブランドのことをディープに知っていくと、まるで歴史の授業を受けているみたいに感じる」と語っているのだ。要は、ストリート・カルチャーはさまざまなコンテクストが織り込まれたものであって、それを体現するブランドとしてシュプリームをリスペクトしている、と投稿を通して伝えたいのではないか。(月刊サイゾー6月号『令和時代の(新)タブー』より)

【井桁弘恵】令和初の仮面ライダーに出演する高学歴美女は意外と“ポンコツ”!?

【拡大画像はグラビアギャラリーでご覧いただけます。】

――「ゼクシィ」の11代目CMガールを務め、映画に特撮にとあらゆる分野で注目を集める女優の素顔とは?

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(写真/岩澤高雄・The VOICE)

「特撮の聖地」こと大泉にある東映東京撮影所で、カメラに向かってはにかむ彼女。女優・井桁弘恵は9月1日から放送開始予定の、令和初の仮面ライダー『仮面ライダーゼロワン』(テレビ朝日系)で、AIによるトラブルを取り締まる内閣官房直属の特務機関の職員役で出演する。

「本作はAIが普及した社会を舞台にしていることもあって専門用語は多いですし、これまで演じてきた役と違いますね。アクションも難なくこなす、冷静で強い女性ライダーという役柄は、とても新鮮です。今は本読みの段階なので、脚本を覚える以外には、撮影で使うゴム製の拳銃を借りてきて、自宅で構え方を研究しています。はたから見ると少しシュールかもしれませんが、ひとりで鏡を見ながらいろいろシミュレーションしています(笑)」

 彼女が本格的に芸能活動を始めたのは、上京して早稲田大学に進学してから。在学中は朝の情報番組『ZIP!』(日本テレビ系)のレポーターとしても活躍し、18年には結婚情報誌「ゼクシィ」(リクルート)の11代目CMガールに抜擢される。