――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。(前編はこちら)
今月のゲスト
吉田たかよし[医学博士]
多彩な経歴を持つ吉田たかよし氏をゲストに迎えた対談後編。生命の起源とエントロピー、人間特有の高度に発達した脳と癌の意外な関係、全世界的な脳のネットワーク拡大における危惧とは――。
萱野 前回の最後に、吉田先生は生命を生み出したのは“環境の多様性”だとおっしゃいました。それは具体的にはどういうことでしょうか?
吉田 この宇宙ではあらゆるところで常に“エントロピー”が増大しています。水に角砂糖を入れたら砂糖水になりますが、その砂糖水は角砂糖と水に戻ることは絶対にありません。これは「秩序があるものは、やがて秩序が崩壊して、乱雑な方向にしか進まない」というエントロピー増大則で、宇宙を支配している物理法則です。それを考えると生命は不思議な存在です。生きている限り生物は秩序を維持していますし、生命の進化も乱雑とは正反対の方向に進んでいます。これはエントロピー増大則に真っ向から反していることです。では、私たちがどのように生命活動を維持しているかというと、食べ物というエントロピーが低いものを摂取して、エントロピーの大きい便を排泄するという、エントロピーの差を利用しているわけです。人体のエントロピーが増大しなくても、その周囲の環境を含めた全体としてはエントロピーが増大している。宇宙全体を見ても、そんな存在は生命だけなんです。つまり、生命の本質はエントロピーの偏りといっていいし、環境がすべて一様な状態からは絶対に生命は誕生しません。
萱野 その場合、生命とは、エントロピーの低さと高さを利用して、環境の中にそれまで存在しなかった秩序をみずから創造・維持する働きとして定義できるかもしれませんね。
萱野 吉田先生の著書で知ったのですが、生物の中で人間だけが「癌にかかりやすい」という特徴を持っているんですね。これは「人間とは何か」を考える上で、とても興味深いポイントだと感じました。
吉田 確かに癌にかかりやすいというのは、人間ならではの特徴のひとつです。地球上に酸素が増えたことで生物は、酸素のエネルギーを使って細胞を爆発的なスピードで増殖させる能力を手にしました。しかし、人間の体内に入った酸素の一部は活性酸素と呼ばれる不安定で反応性の高い物質となり、細胞膜や遺伝子を傷つけて、細胞が無限に増殖する癌を抑制する機能を壊してしまうのです。人間は大きく発達した脳が大量に酸素を消費するため、それだけ体内の活性酸素の量も増えてしまって癌の発症を助長しているわけです。
萱野 一般には、人間の長寿化が、癌の高い発症率の原因とされています。ただ、遺伝子がかなりの部分で人間と共通するチンパンジーの場合、人間が健康管理を行って高齢になるまで生きたとしても、癌の発症率は人間と比べて低いそうですね。
吉田 はい。チンパンジーが癌で死亡する確率はわずか2パーセントで、人間の場合、例えば日本人だと癌で死亡する割合は約30パーセントにのぼっています。この差は活性酸素の量だけでは説明できません。考えられる原因は、また脳に関わるものなのですが、“脂肪”なのです。人間の脳は膨大な情報を効率よく処理するために神経を脂肪(脂質)で覆うことで絶縁体にしており、実際、人間の脳は約6割が脂肪でできているんです。この脳の絶縁体としての脂肪を作るために、人間は進化の過程で脂肪酸を合成する高性能な酵素を獲得しました。癌細胞はその仕組みを利用することで、通常の細胞なら増殖できない低酸素状態でも、脂肪さえあれば増殖することができます。つまり、人間は脳を発達させるために獲得した酵素の働きによって、癌細胞を増殖させる能力も高めてしまったのです。
萱野 人間は、高性能な脳を手に入れることと引き換えに、癌にかかりやすくなってしまったと。
吉田 人間中心主義的に考えると、脳が大きくなって高度に発達したことは全面的に長所だと思ってしまいますが、生命全体で考えると脳が大きいことは、それだけ大量のエネルギーを消費して餓死のリスクが高まるため、大きな短所ともいえるんです。むしろ、生命進化の王道としては小さくできるものなら極力小さくしたほうがいい。ただ、約700万年前にチンパンジーとの共通祖先から分岐して以降、人類にとって癌のリスクよりも知恵を使って食べ物を得るメリットのほうが圧倒的に大きかった。人間であっても高齢になるまで癌になる可能性は低く、寿命の短かったかつての人類には大きな問題にはならなかったのです。高度な脳の機能で長寿を手にした現代人が癌に苦しめられるというのは、なんとも皮肉なことだと思います。
萱野 人間が長生きできるようになったことは人類社会の“進化”ではありますが、それによって人間は高性能な脳のリスクも大きくしてしまったんですね。
吉田 脳が発達したがための問題ということでいえば、人間の“精神”や“意識”も重要です。人間という生命を物質的な側面から見ることも大事ですが、心療内科医として私はこちらも見落としてはいけないと思います。人間の精神構造ということに関しては、まだその糸口しかわかっていませんが、心の病の治療を通し、日々、人間の“精神の危うさ”みたいなものを実感しています。例えば、鬱病などメンタルの病から回復するプロセスの中で、患者の人格がまったく違うものになっていく。こうしたことは何度も経験していることなんですね。一番衝撃を受けたのは、私が医学生の頃です。とてもお世話になっていた大学教授が髄膜炎になって、人格が一変しました。教授は素晴らしい知性と人格の持ち主で、私も大変尊敬していましたが、入院中は性的に下品な冗談をのべつ幕なしに言うようになって、突然踊りだすような奇行を繰り返すなど、まったく違う人間のようになっていました。これは髄膜炎の症状のひとつで、病気が治ればまた元に戻ったのですが、人格や精神というものは、揺るぎなく絶対的なものではないと、そのとき実感しました。
萱野 身体の状態によって、人格や精神もまったく変わってしまうということですね。
吉田 ところで、萱野先生は“幽体離脱”を体験されたことはありますか?
萱野 ありません。それはどのような感覚ですか?
吉田 正しくは“体外離脱体験”というのですが、自分の意識が体から抜け出て第三者的な視点で外から自分を見るような感覚です。私はこれまでに2回、体験しています。一度目はNHKのアナウンサー時代、テレビ番組の「シャチと仲良くなる」という企画があったのですが、その撮影でシャチに投げ飛ばされて頭を強打してしまったんです。そのとき、体外離脱を経験しました。とても生々しくリアルで、ほとんど信じていなかった超常的な現象について「あってもおかしくない」と感じるようになったのですね。それから人生観が一変して「死ぬまでにこの世に何かを残したい」という意識が芽生え、結果的に政治家を目指して加藤紘一先生の第一秘書になりました。その当時は加藤先生を総理大臣にして、ゆくゆくは自分も……と本気で考えていましたよ。
萱野 頭を強打する、という身体への刺激によって、世界観そのものまでもが変化してしまったと。
吉田 その後、脳の頭頂葉と後頭葉が隣接する“角回”という部位を刺激すると体外離脱体験が起こることがあるという研究論文を読んだのです。そこで試しに自分で角回に磁気刺激を行ってみたところ、シャチに投げ飛ばされたときとまったく同じ体外離脱体験が起き、それで再び人生観が変わってしまいました。最初の体外離脱も超常的な神秘体験などではなく、脳が生み出した幻想に過ぎなかったのだと悟って。それ以降、良くも悪くも自分の人格、自我といったものも、装置としての脳が生み出している現象に過ぎないという冷めた感覚がずっとあります。
萱野 確固とした自我や人格というものは、脳が生み出した虚構に過ぎないのではないか、ということでしょうか?
吉田 そういった自己イメージや世界観を作り出す自我そのものが、私には疑わしいものに感じられます。先ほどもお話ししましたが、鬱病の治療前後で別人のように人が変わることは珍しくありません。メンタルの病を抱えていない人でも、体調が悪くなれば憂鬱になるし、何か嫌なことがあればイライラもします。そういうときの自分と楽しいことがあってワクワクしているときの自分、その2つは果たしてまったく同じ自分であるといえるのか、そういう疑問があるのです。
萱野 意識は身体の状態によって変わり得ると同時に、環境によっても変わりますよね。具体的な環境の変化と意識への影響についてはさまざまな研究がありますが、環境によって意識や考えが変わるというのは経験的にも多くの人が納得することだと思います。その点で言えば、自我や意識を作り出す脳は単体で完結しているわけではありません。それは身体を通じて外の環境ともつながりながら、意識や精神といったものを生み出しています。
吉田 人間の脳は“外側”とのフィードバックで機能している装置なんですよ。この脳の外側には、体内と体外の2つがあります。私たちの世界で注目されているのは“情動末梢説”と呼ばれるもので、人間の原始的な感情=情動は脳で自動的に発生するものではなく、“末梢”で起こる反応が先にあるというものです。末梢とは、頭蓋骨に収まっている脳を“中枢”と呼ぶのに対し、その外側を指すものです。
萱野 具体的にはどういうことでしょうか?
吉田 この分野の研究でエポックメイキングだったのは、“デュシェンヌ・スマイル”です。これは口元を上げるだけじゃなく、目尻が下がってシワができる笑顔のこと。この表情を意識的に作ると、たとえ作り笑顔であっても、表情筋の変化が脳にフィードバックされて、本当に“楽しい”という感情が後から生まれるんです。また、逆に目尻のシワをなくそうと眼輪筋にボトックス注射をすると、望んでいた美容効果を得られたのに、表情筋が動かないために楽しいという感情が生まれにくくなって、鬱が生じやすくなるという研究論文も発表されています。つまり、人間の感情は脳だけで創られているのではなく、末梢からのフィードバックも大きな役割を果たしているんですね。私のクリニックでも、鬱病患者に対し身体の動きのフィードバックを重視した運動療法を行い、大きな治療効果が出ています。
萱野 もう一方の“体外”からのフィードバックは、どのようなものとして考えられますか?
吉田 人間の脳はコンピューターにたとえられることが多いですが、どちらかというとスマートフォンに近いと私は考えています。単体で情報処理を行うマシンではなく、他者とのコミュニケーションツールであるスマートフォンのように、人間の脳は無意識のうちに周りの人間の脳と相互のネットワークでつながり合って働いているということです。例えば、今私がこうして話していることは、萱野先生が目の前にいて、こちらの話に頷いたり、表情を変えたり、手を動かしたりする挙動のひとつ一つに私の脳が反応し、それが話の展開や口調にまで影響を与えてアウトプットされているわけです。この周囲の人間とのフィードバックというのは脳にとって非常に重要なんです。例えば何かのきっかけで引きこもりのように他者と関係を断った状態になると、脳と脳が無意識のうちに行っていた他者とのネットワークが働かなくなり、脳が隔絶されてしまうので、引きこもりから抜け出せなくなってしまうのです。
萱野 悩んでいる人に対して「考え方を変えよう」とアドバイスする人がいます。「もっとポジティブに考えようよ」といったように、ですね。でも自分の考え方はそう簡単に変えられません。自分の考えを変えるためには、まずは行動を変えなくてはならない。行動を変えれば感情や意識も変わってきます。もちろんその行動には、よく笑うといった些細なことから、日常の習慣や他者とのコミュニケーションも含まれます。そういった点からも、脳が機能的に身体や環境とつながってフィードバックを重ねているということがよくわかりますね。ただその場合、脳の境界はどこにあると考えればいいでしょうか?
吉田 解剖学的には中枢神経が脳で、末梢神経は脳ではないと区別されます。これは単純に物理的な位置による定義ですが、機能としての脳の境界は、厳密に言えばどこにも存在しないと私は考えています。表情筋のような身体の動きも情動を生み出している以上、機能的には脳と一体化しているとしていいのではないでしょうか。そして、自分の周囲にいる他者も互いの脳に影響を与え合う意味では、ネットワークでつながった脳の一部になっています。突き詰めて考えれば、現代はインターネットで世界全体がつながったひとつの脳ともいえるでしょう。
萱野 その点で言うと、望遠鏡でもテレビでも、パソコンでもインターネットでも、テクノロジーとは脳がみずからの機能を拡張するために生み出したものだと考えることもできそうですね。それを通じてさらに脳はフィードバックの範囲を広げている、と。
吉田 そうです。相互作用によるフィードバックこそが脳の本質です。脳そのものも統一されたひとつの器官ではなく、大きく分けると自我を作っている前頭前野や原始的な感情を司る大脳辺縁系、さらにその中には扁桃体、海馬など、いくつもの部位が相互作用することで情報処理をして、全体としての意識を創り上げています。そういう意味で考えると、今の私と萱野先生は明らかに強い情報の伝達をし合っているわけで、今この瞬間は萱野先生の脳は私の脳の一部であり、私の脳は萱野先生の脳の一部になっているといえるんです。これは人間の脳にとりわけ顕著な特徴なんですね。
萱野 他者も含めた環境とのコミュニケーションが、人間の脳の本質だということですね。
吉田 他者とのコミュニケーションがインターネットとSNSの普及によって急激に広がり、質量とも大きく変化してきたことに私は一抹の不安を感じています。実際、SNSによって人間のエゴや妬みが増幅していることを検証している論文も数多く出ていますが、それも必然ではないかと。現代社会のネットを介したコミュニケーションは、人間の本来の姿から逸脱していくように感じるし、その延長線で進んでいって人間は大丈夫なのか危惧しています。
萱野 確かに現代は、他者とのコミュニケーションにこれまでにない負荷がかかっている時代だといえるかもしれません。上の世代と比べても、今の若い世代は他者とのコミュニケーションに多大な配慮を注いでいます。今後、そのストレスに人間の脳はどこまで耐えられるのか。大学で学生と接していても、メンタルで悩んでいる人はとても多い。
吉田 “メンタル面での不調”まで広げたら、現代人の9割はなんらかの形で精神的な悩みを抱えているのではないでしょうか。それは文明のあり方として正しいのか疑問を感じますし、近い未来に人類を揺るがすような大きな問題が起こるのではないかと強い危機感を持っています。
萱野 それだけ脳は他者とのコミュニケーションから大きな影響を受けるということですね。
吉田 人間のコミュニケーションは、本来、言語だけによるものではありません。表情や声のトーン、身振り手振りや匂いまで、さまざまな要素が複雑に絡んでいるものです。そのすべてが大なり小なり脳の相互作用を生み出してバランスをとっています。今の社会に不安を感じる最大の要因は、ネットによる限られた情報伝達が支配的になっているために、脳が本来持っている多様な機能がとても偏った状態に歪められていることです。私はそこに、底知れない危うさを感じます。
(月刊サイゾー11月号より)
吉田たかよし
1964年生まれ。医学博士。受験生専門の心療内科「本郷赤門前クリニック」院長。受験医学研究所代表。東京大学大学院工学系研究科卒業後、NHKに入局。その後、東京大学大学院医学研究科・医学博士課程修了。加藤紘一元自民党幹事長の公設第一秘書、東京理科大学客員教授も歴任。主な著書に『受験うつ』(光文社新書)、『宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議 』(講談社現代新書) など。
萱野稔人
1970年生まれ。哲学者。津田塾大学教授。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。主な著書に『国家とは何か』(以文社)、『死刑 その哲学的考察』(ちくま新書)、『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門』(小社刊行)など。
(写真/永峰拓也)